【娘たちの二十面相】(2)

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アクアは映画『キャッツアイ−華麗なる賭け』の主題歌と挿入歌『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』も歌うことになっており、それを収録した新しいシングルの音源製作を9月1-3日に行った。
 
今回制作した曲の内、『真夜中のレッスン』は岡崎天音(マリ)と大宮万葉(青葉)の作品で、『恋を賭けようか』は琴沢幸穂という新人作家の作品だった。
 
本当は今回はマリ&ケイの作品と、醍醐春海の作品で構成する予定だったのだが、ケイのほうはローズ+リリーのアルバム『郷愁』の制作で全く余裕がない状態だったので、大宮万葉が対応した。
 
そして醍醐春海は7月4日の事故以来“調子を落として”埋め曲レベルの曲しか書けない状態だということだったのだが、彼女が優秀な後輩がいるので、といって紹介してくれたのが琴沢幸穂だったのである。コスモスは琴沢から新曲を書いて送ってもらい、ひじょうに良い作品だったので使わせてもらうことにした。
 

2017年9月3日(日).
 
この日千里2は青葉が少しやばいなあと思い館林**寺の“身代わり人形”を青葉に渡すべく、大宮の彪志のアパートに投函してこようと思った。8月5日に金沢で“霊の回収”をした直後に頼んでおいたものである。
 
朝、オーリスに乗ってお寺に入り“特製強力身代わり人形”(見た目は普通のと変わらない)を頂いてから東北道に乗り南下する。ここでお腹が空いてきたので羽生PAに入った。それで降りようとしたら、隣に赤いランエボが停まった。
 
「あれ?千里?」
と言ったのはレッドインパルスのチームメイト鞠原江美子である。もっともレッドインパルスで活動しているのは千里3だ。
 
「この車は初めて見た」
「うん。借り物〜」
 
「そうだ。木曜日に千里が道に落ちているの見付けて私にくれたロト7、1万円当たってたんだよ」
「それは凄い!」
 
と言いながら《きーちゃん》に状況を訊こうとしたが、近くに居ないようである。その落ちていたのを拾って江美子に渡したのも、きっと千里3だろう。
 
「山分けで、一緒にウナギでも食べない?」
「いいね!」
 
と言ってこのPAで展開されている“鬼平・江戸処”内のうなぎ屋さん・忠八に入る。
 

席に座って鰻重を注文するが、千里2が内心焦りながら必死に江美子の話に合わせておしゃべりしていた時、ふと彼女は言った。
 
「でも今日は分身してるなと思って、どちらが本体だろうと思っていたけど、こちらが本体だったね」
 
「分身?」
 
「このアプリで千里の位置を見ていると時々分身していることがあるんだよね。ほら、今日は川崎にも千里がいる。残像か何かかなあ」
 
と言って、江美子は自分のスマホに表示される地図を見せてくれた。
 
「このアプリ、まだ使ってたんだ!」
「携帯はガラケーからスマホに変わったけど、id/passで設定を引き継ぐことができたんだよね。子供の位置をお母さんがチェックするみたいな使い方が多いんだよ」
 
「元々その用途のアプリだもんね」
 
「他にも純子とか不二子とか、何人かの位置情報をもらってるんだよね。私、方向音痴だし」
 
2008年の冬、出羽山の修行に初めて参加した江美子が、山駆けをしている時に、他の人たちより遅れた時、千里の居る位置を見てそこに追いつくため、千里(の携帯)の場所を、自分の携帯に表示するアプリなのである。
 
しかし地図を見てそこに行ける人は方向音痴ではない気がする。
 
それより問題はそのアプリの表示である。確かに今千里(千里2)が居る羽生PAの他に、もうひとつ川崎市内にもマークが表示されているのである。津田山駅の付近だ。
 
これ・・・千里3のマンションじゃん!
 

鰻重を一緒に食べた後、まだしばらく休んでいるという江美子と別れてから、大宮方面に向けて運転しながら千里は考えた。
 
千里3が津田山に居るのは全然問題無い。
 
問題なのはなぜあのアプリにその位置が表示されたかである。
 
考えている内に千里2は重大な結論に達した。
 
《千里3はT-008を持っている》
 
それは4月に《きーちゃん》が3番から取り上げたはずだった。しかしきっと《きーちゃん》は欺されたんだ。
 
ということは・・・
 
《千里3は分裂を知っていて、しかも自分は気付いていないふりをしている》
 

千里2は大宮で彪志のアパートに“身代わり人形”を投函した後、中古スマホショップに行った。そして千里3が使用しているのと同じ、AQUOS SERIE mini SHV38 champagne-pink の白ロムを購入した。
 
これを《きーちゃん》や《つーちゃん》などに頼まずに自分で買いに行ったのは、眷属を使うとそれが千里3に筒抜けになるかもと考えたからである。
 
それで用心したのだが、この時点では千里2も3番の情報網の状況に見当が付かなかった。そして実際、千里2がAquosを買ったことは数日中に3番にも知られ、ふたりはこの後2年間「たぬきときつねの化かし合い」(龍虎による)をすることになる。
 

コスモスは『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』のPV制作まで終わった所で、今後も琴沢幸穂の曲を使うなら、一度本人と会っておきたいと思った。それでその付近の話をしようと思い、代理人になっている天野貴子のオフィスを訪れた。2017年9月9日(土)のことである。
 
ところがコスモスは天野のオフィスで、偶然、天野と“琴沢幸穂”が打合せしているところに遭遇してしまう。この“琴沢幸穂”というのは千里だった。
 
千里は天野のオフィスを出てから、当惑した表情のコスモスをお茶に誘い、そこで驚くべきことを語った。それは4月16日に落雷に遭った時、自分が3つに分裂してしまったということだった。それを語ってくれたのが3番だったが、2番はこの日、北海道で自動車レースに出ていた。コスモスはその日の内に1番とも会えるようにした。
 
それで千里(千里3)の説明では、7月4日の事故以来調子を落としている1番が《醍醐春海》の名前を使うことにして、2番と3番は共同で《琴沢幸穂》の名前を使っているということだった。
 
そして千里3は自分が分裂したのと前後してアクアも3つに分裂したことを語った。
 
「やはり?なんかアクアって3人くらいいるんじゃないかという気がしてた!」
とコスモスは言った。コスモスは霊感が強い訳ではないが、物事を素直に見る性格なので、何かおかしいと思っていたようである。
 
千里が他の人に自分とアクアの分裂のことを語ったのはコスモスが最初になった。
 

千里(千里3)から、1番はiPhone(故障中)、2番はガラケーのT-008、3番はAquos Serie を持っているという話を聞き、コスモスは自分のスマホに入っている各々の番号を確認し、千里1・千里2・千里3とコメントを入れた。
 
「だったら分からなかったら、持っている携帯を見せてもらえば、誰なのかは判別付くかな」
とコスモスは言ったのだが、千里3は注意する。
 
「携帯なんて、いくらでも同じ型を用意できるよ。そんなものより、本人が持つ雰囲気とか性格を見て判断した方がいい。オーラだって偽装されている可能性もある。オーラの小さい人が大きく装うのは難しいけど、オーラの大きい人は小さく装うことができる」
 
コスモスはハッとした。先週『少年探偵団』で使用する、最新の3Dフェイスマスクを使ってみせたら、アクアは「顔が同じでも雰囲気で分かる」と言ったではないか。
 
そうか、物理的なものに頼るより、本人の雰囲気を見ればいいんだとコスモスは考えた。この日は3番とは時間を置いて2度会い、その間に1番とも会ったのだが、2番とも近い内に会っておきたいなと思った。
 

また千里3はコスモスに、絶対秘密事項だけどと断った上で、上島雷太に起きつつあることを話し、対策を取るべきだと話した。
 
「§§ミュージックの歌手は上島さんの歌多いでしょ?」
「うん。何と言っても春風アルト先輩の旦那さんだから大量に使っている」
「上島さんに不祥事が発生すると、それ全部歌えなくなるよ」
「やばいね。これ、他の人には話せないけど、個人的に対策を取るよ」
 
「今、1番が埋め曲だけなら高速に書ける状態になっているから、あの子にたくさん書かせてストックを作る。それとね。1番の楽曲作りを見ていて思いついたんだよ。ああいう書き方はコンピュータにもできないかなと思って」
 
「へー!」
 
「それで自動作曲が使えないかという気がしている。ただ、コンピュータが作った曲って、色々人間が手直しする必要があると思うんだよ。そういうのがある程度の速度でできる所。つま最低限の品質が取れて作業余力のある編曲工房に心当たりがない?」
 
「上島さんの破綻はいつくらいだと思います?」
「私も色々調べさせたんだけど、どうもP代議士は年を越せない感じ。その後検察が動き始めたら、たぶん来年の春か夏頃までには何かが起きる。まあ杞憂で済めばいいんだけどね」
 
「だったら今から人材育成をさせても何とかなりますよね?」
「なると思う」
 
「ちょっと心当たりがあります。それに杞憂で済んだ場合は、研修生の内の何人かをその楽曲でデビューさせますよ。正直今アクアの売上げが凄まじすぎるんで、税金を減らすためにも経費を発生させたいからデビューも進めたいんですよ」
 
「その子たちが売れて、更に売上げが凄いことになったりして」
「そうなったらいいですけどね」
 

それでコスモスは紅川にも告げずに単身台湾に行き、アクアの『エメラルドの太陽』のアレンジをしてくれた向日葵音楽工作工房の創立者である楊海民(ヤン・ハイミン)と会った。
 
実はコスモスは楊海民さんが日本で作曲家として活動していた頃、彼から何度も楽曲を頂いていた縁があった。コスモスは彼に、詳しい事情は言えないが、近い時期にたくさん楽曲のアレンジ、更には作曲まで依頼する可能性があるので、アレンジャーを増員して育成してもらえないかと依頼した。その育成資金も提供していいと言うと、楊さんはかなり乗り気になった。
 
その日の内にだいたいの線で合意したが、コスモスはこの後も楊さんとLINEを通してたくさん話し合い、若いアレンジャーを5人東京に留学させてJ-POPの感覚を学ばせることになった。
 

コスモスが千里から千里とアクアの分裂のことを聞いた翌日の9月10日(日).
 
『キャッツアイ−華麗なる賭け』の暫定ラッシュができたので、見てもらいたいと制作側から§§ミュージックに連絡があったので、結局持って来てもらうことになった。この日ラッシュを見たのはこういうメンツである。
 
コスモス、ゆりこ、和泉、山村マネ、紅川、三田原、青葉、丸山アイ。
 
アクアはバラエティ番組の収録で出ていたので、コピーをもらい、仕事が終わってから見てみてということになった。
 
「これが本来のアクアだね」
という声が多い。
 
「やはり昨年の『時のどこかで』は無茶なスケジュールで撮っているから、アクアが疲れを隠しきれていなかった。演技にもキレが無かった」
 
「いやそれはアクアだけじゃなくて、出演者全員そうでしたよ」
「元原マミちゃんもダウンして3日くらい休んだし、沢田峰子さんもダウンして後半は1日3時間の稼働になったし、黒山明(ケン・ソゴル役)君のボディダブルの子も倒れて別の子と交替したね」
 
「あの子、結局半月くらい入院したらしい」
「それは気の毒に」
「黒山君本人よりも演技力があったから、監督が好んで多用したからね。河村さんも謝っていたよ」
 
「あれは半月で3ヶ月分くらい仕事したからなあ、全員」
 
「今年はアクアの表情が本当にいい」
 
「でもアイちゃんも、こんなに演技力があったんだね」
と三田原さんが言っていた。
 
「浅谷刑事のキャラが本当によく生きている。この物語では浅谷って結構鍵を握るんだよね」
 
「まあキャッツ特捜班は浅谷以外は全員キャッツに去勢されちゃってますからね」
とアイが言うと、山村が一瞬お股を押さえる仕草をしたのには、コスモスと青葉だけが気付いた。
 
「アイちゃんとアクアだけだよね。完全に男女を演じ分けきっているのは」
と和泉が言っている。
 
「フェイはやはり基本が男の子みたいで、平野刑事はいいけど、瞳が男っぽい。ヒロシも武内刑事は男らしくていいけど、泪まで男らしくなってしまった」
 
「まあ今回はそのあたりのコンセプトにさすがに無理がありましたね」
と監督も認めている。
 
「ところで本騨真樹ちゃん(木崎刑事役)の女装があまりにも美しすぎたのだけど」
とアイ。どうも自分のことから話を逸らしたいようだ。
 
「あれは家庭内強制女装をさせられているのでは、とある筋からの情報で」
などと、ゆりこが言っているが、ゆりこと山村星歌本人が元々親しいので、“ある筋”というより、本人からの情報だろう。
 
「メイクの練習はだいぶしてるとは言ってたね」
とコスモスまで言っている。あまりプライバシーに踏み込んだことを言う人ではないが、このくらいは構わないだろうと思ったのだろう。
 
「今回の映画ではメイクは本人がしているし。自前のメイク道具入れ持って来てたし」
「すごーい!」
 
「いや、スカート姿に全然違和感が無かったもんね」
 

ラッシュを見終わってから、みんなで食事に行ったのだが、予約していた高級フレンチ店で、パーティールームに入って食事をしていたら、青葉が座っていた席に重い大理石の像が倒れて来るという事故がある。
 
幸いにも青葉はちょうどトイレに行っていた時で、しかも丸山アイとおしゃぺりしていたので助かった。しかし席に置いていたバッグが滅茶苦茶で、化粧品は飛散し、パソコンも壊れていた。そして9月3日に千里(千里2)が置いていった“身代わり人形”が潰れていたのを見て、青葉はゾッとした。
 
取り敢えずお代はタダにしてもらい、補償については後日話し合うことにして、河岸を変え、紅川さんの知っているスナック(高そうだった)に行き、水割りを一杯飲んでから話していた時、アクアのCDが発売される度に何か起きているという話が出てくる。
 
2016/08/11『エメラルドの太陽』7/23 アクア苗場で倒れる
2016/12/24『モエレ山の一夜』同日コスモスが人質に取られる
2017/03/22『星の向こうに/ナースのパワー』4/25鱒渕入院
2017/07/05『憧れのビキニ』7/04千里が事故で重傷
2017/10/04『真夜中のレッスン』9/10青葉危うく大理石の下敷きに
 
「何かの呪い?」
「いや、ただの偶然でしょ」
「でもちょっと怖い」
 
という話から、アクアの関係者一同で厄払いに行こうという話になる。行くのは東京の住吉神社、大阪の住吉大社、滋賀県の多賀大社、伊勢の神宮である。
 

日程の調整は山村がしたのだが、多忙な人が多いので山村も悩む。特に、土日が都合のいい人と、土日は逆に都合の悪い人がいるので困った。それで紅川に提案した。
 
「日程を3つに分けません?それにあまり多人数で行動すると目立ってしまい、まともに参拝できませんよ」
 
実は3人のアクアを1人ずつ参加させたいというのもあったのである。
 
それで日程はこのようになった。
 
7(土)12 アクアN、コスモス、ゆりこ、山村、鱒渕、葉月、和泉、青葉、マリ&ケイ、丸山アイ、佐良しのぶ
9(祝)9 アクアM、田代夫妻、長野支香、ヤコ、エミ、ナツ、ユイ、高村友香
11(水)9 アクアF、紅川、緑川志穂、三田原、雨宮、松浦紗雪、千里・蓮菜、矢鳴美里
別日程:琴沢幸穂、不参加:上島雷太
 
琴沢幸穂については山村が連絡先を知らなかったが、コスモスが
「私が連絡するよ」
と言って千里3に電話した。それで
「大学の試験期間とぶつかるから、別日程で行きたいと言っている」
ということで、旅費・玉串料だけ渡すことになった。コスモスは事務の子に言って、天野貴子の口座に2人分の旅費・玉串料を振り込んだ。
 
それでふたりは9月中(別の日)に他の人たちと同じコースで回ってきた。
 
千里3はコスモスに「私と2番が琴沢幸穂として参拝するから、醍醐春海としての参拝は1番に連絡して」と言った。それでコスモスは
 
「醍醐先生もちょうど別件で連絡事項があったから私が連絡するよ」
と言い、1番の家電に電話した。
 
コスモスが厄払い旅行という話になった経緯を説明すると
「それ怖いね!」
と千里1も言っていた。それで千里1は3日目の11日の参加となった。
 
なお、上島については、多忙なので行けないという連絡だった。コスモスは今上島さんにこそ神仏の加護が必要だと思うけどなあ、と内心思った。
 

千里3は9月16日には翌週結婚する蓮菜に会いに行き、彼女および夫になる予定の田代雅文にも自分が3つに分裂していることを教えた。
 
しかし蓮菜はそれを信じなかった!
 
「まあふつう人間が分裂するとか信じられないとは思うけど」
と千里3は言ったのだが、蓮菜はこう言った。
 
「千里が3人くらいの筈は無い。千里は15人くらい居ると、私は思ってた」
と蓮菜は言った。
 
「俺の感じでは13人だと思う」
と田代君は言う。
 
「ラグビーの人数かな?」
「ラグビーユニオンは15人、ラグビーリーグは13人」
 
「私、ラグビーとかしないけど!?」
 

9月18日は敬老の日なので、千里3は京平を連れて留萠の淑子の所に行った。京平が「ひいおばあちゃんの絵」を描いてプレゼントしたので、淑子は物凄く喜んでいた。
 
淑子も京平が来ることを予測していて、スロープおもちゃ(ボールやミニカーがジェットコースターのように転がっていくもの。部品を組み立てて色々な形のコースを作ることができる)を用意していてくれたので、それでたくさん遊んだ。
 
「ところで千里ちゃん、貴司じゃない人と結婚するんだっけ?」
と淑子が少し困惑するように言った。
 
実は千里1が9月16日に川島信次と婚約してしまい、その報せが留萠の細川家にも貴司経由で伝わっていたのである。
 
「ああ、あれは別の千里です。私は貴司さんの妻ですから、他の人と結婚したりはしません」
と言って、淑子からもらった結婚指輪と大学1年の時に貴司からもらったアクアマリンの指輪をつけた左手薬指を見せる。
 
「別の千里?」
「私って3人いるみたいなんですよ」
「うっそー!?」
 

千里3はコスモス、蓮菜と田代君、淑子に自分の分裂を教えたのだが、千里2の方も自分が分裂していることを9/17に青葉、9/24に保志絵、9/25に妹連合(玲羅・理歌・美姫)に教えている。
 

鱒渕水帆は7月下旬まで、内臓が衰弱しきっていて危険な状態が続いていたのだが、山村に特効薬を打ってもらったのを契機に急速に回復。人工透析も不要になって、9月22日(金)に退院した。
 
退院の時は、お兄さんも実家から出てきてくれたが、コスモスと山村マネージャーも来てくれて、コスモスが支払いも済ませ、ふたりで荷物も持ってくれた。山村が運転するBMW X4 xDrive35iで新百合ヶ丘の自宅アパートまで行き、4人で快気祝いをした。
 
山村が言った。
 
「水帆ちゃんが退院できたのは神様のおかけだと思う。今だから言うけど、死んでいてもおかしくなかった。神様のくれた命だから大事にしよう」
 
水帆も素直に
「はい。頑張って大事にします」
と答えたが
 
「いや、頑張りすぎるのが問題なのだけど」
とコスモスから言われ、お兄さんも苦笑していた。
 

2017年9月23日(土).
 
琴尾蓮菜が長年の恋人(別れていた時期もある)田代雅文と結婚した。ふたりとも関東に出てきて長いので、都内で結婚式・祝賀会をしたのだが、翌24日には旭川でも親戚や古い友人たちにお披露目をすることにしているらい。
 
ふたりが結婚を決めたのは実は先月で、それから空いている式場を探し、結局福生(ふっさ)市内のホテルで行うことにした。
 
急に決めたので、急いで出欠確認のメールを友人などに送る。親戚や北海道の友人には、一応東京での結婚式・祝賀会の日程も記載した上で旭川でもお披露目することを書いた。多くはそちらに出席してくれるようだった。鞠古君と留実子の夫婦はこちらに出てきて、式自体にも参列することになった。
 
千里に関しては、どのメールアドレスに連絡すればいいんだっけ?と蓮菜が考えていた時に、千里からの作詞依頼メールが2通、ほぼ同時に別のアドレスから!来た。それで蓮菜はその2つのアドレスに適当な詩を見繕って返信したが、その際、雅文と結婚することにしたことを書き添え、祝賀会に出られるかどうか打診した。
 
すると2つのアドレスからほぼ同時に「おめでとう!」と言って出席の連絡があった!
 
それが8月下旬のことだったのだが、結局結婚式の1週間前に蓮菜のマンションに千里(千里3)が来訪して、自分で分裂していることを告げたのであった。
 
「まあ、祝賀会には私も出るし、向こうも出るだろうけど、私が2人会場に居ても気にしないでね」
「うん、気にしない」
 

ところでこの9月23日、実は女子日本代表チーム、アジアカップ優勝祝賀会が都内のホテルで行われることになっていた。
 
これに出るのは千里3なのだが、千里3は、結婚式の祝賀会は12:00-14:00, 優勝祝賀会は15:00-17:00だから問題無いと思っていた。ところが千里3は前日になって気付いたのである。
 
福生市のホテルから新宿のホテルに移動するのに2時間掛かる!
 
『ねぇ、きーちゃん』
と千里3は《きーちゃん》に相談した。
 
『新宿のホテルに行っててさ、結婚式の祝賀会が終わる14時のタイミングで入れ替わってくれない?』
 
『まあいいよ』
『きーちゃんが来てくれるなら、2次会にそのまま出てもらってもいいかな』
『じゃ出ちゃうね』
 
そういう訳で当日千里3は東京友禅の色留袖を着て福生に10時すぎに着くよう葛西のマンションを出た。
 
葛西8:39(東西線)9:17中野9:24(中央線快速.青梅行)10:14福生
 

受付で会費を払い、一緒にご祝儀袋(中身は500万円の小切手!)も渡す。薄いし、使用したのが百円ショップで1枚100円の祝儀袋なので、中身は2-3万だろうと受付の人(勤めている病院の事務の人らしい)は思ったかも知れない。
 
鞠古君と留実子は2人とも男性用の礼服を着ていた。
「鞠古君、今日は女性用礼服じゃなかったんだ?」
「けっこうそれで出てるけどね。今日は自粛した」
 
留実子が男物しか着ないので、それに合わせて鞠古君が女性の服を着ていることがよくある。但し鞠古君には女装趣味は無い(と本人は言っている)。彼は会社の女子バスケット部に所属しているが、監督である!(選手にはなれないはず)今日の2人はゲイの夫婦に見えるが、本人たちは何を陰で言われても気にしない。
 
今回の旅行は子供連れだが、蓮菜がベビーシッターを手配して今日は結婚式・披露宴の間は預けているという。昨日は藤子・F・不二雄ミュージアムに連れて行き喜んでいたらしいが、2歳児にどこまで分かったかは微妙だ。
 
11:00から結婚式があり、これに千里も参列した。友人で参加したのは蓮菜の側では千里・留実子と鮎奈、病院の同僚の女医さん、田代君の方では鞠古君と高校時代のバスケ部の友人、現在の会社の同僚などである。
 
式の後、ロビーで友人たちと話す。中にはかなり久しぶりの人もいた。受付の時にもらった席次表では苗字が変わっている人も半分くらい居る。みんな結婚したんだなあと思いながら、それを見ていた。
 
「千里も色留袖だね。結婚したんだっけ?」
「個人的には結婚したつもりだけど、相手はそう思っていないかも知れない」
「複雑な話だ」
「そんなんで、国勢調査では、“結婚している男性”より“結婚している女性”のほうが多いんだろうな」
 
「あれ、結婚してから男から女に変わった人がいるからかと思ってた」
「私はレスビアン婚の人がいるからかと思った」
「男性同士で結婚している人もいるよ?」
「ひょっとするとビアン婚の方がゲイ婚より多いのかも」
「ルームシェアを装っていて実はというのはあるよね」
「そのあたりは調査困難だろうな」
 
やがて祝賀会が始まり、千里は友人代表としてスピーチも頼まれていたので、蓮菜と田代君との古いエピソードも混ぜながら(「こら、その話はやめろ!」と雛壇から声があった)3分ほどのスピーチをした。
 
披露宴ではなく北海道流の祝賀会方式なので、出席者の多くは会費のみである。別途祝儀袋を渡したのは、蓮菜の病院の院長先生、田代君の会社の部長さん、蓮菜のお父さん、田代君のお父さん、そして何人かの音楽関係者くらい。後で蓮菜に聞いたら、“恐ろしい金額”を包んだのは、千里、コスモス、雨宮先生、ローズ+リリー名義、KARION名義、ゴールデンシックス名義、そしてアクアで、千里とアクアが最高額だったらしい。
 

そのアクアは青い振袖を着ていた!
 
花野子や小風などから
「可愛いよ」
などと言われて照れているようである。
 
ここに政子が来ていたら大喜びしてそうだ。
 
「(鹿島)信子さんの結婚式の時は制服で出たら、振袖着ればいいのにと言われたから」
などと本人は下手な言い訳をしている。実際には、きっと川崎ゆりこあたりに唆されて振袖にしたのだろう。
 
もっとも出席者の多くは、彼が田代龍虎の名前で出ているので、新郎(田代雅文)の従妹か何かと思ったのではないかという気がした。凄く女の子っぽいオーラが出ているので振袖が自然だ。実際今日来ているのはFである。
 

余興の時間になった。
 
千里は冒頭で色留袖のまま、持参していたボールを使い、鞠古君と留実子の夫妻と3人で華麗なバスケット・パフォーマンスをして最後は新郎にパスし、新郎がしっかりキャッチ。鞠古君の「マサ、新婦の心もしっかりキャッチしろよ」という声に「もちろん」と新郎が答えて、拍手をもらった。
 
その後はエレクトーンの所に座り、歌うを歌う人たちの伴奏を務めた。
 
アクアはローズ+リリーの『祝愛宴』を歌った。千里が龍笛で伴奏したが、雅楽の音階を使用した難しい歌なのにきれいに歌うのはさすがだと思った。彼の正体を知っている人は少なかったのだが、物凄い拍手をもらっていた。「あんた歌手になれるよ」とか言われていた! 実際、今日来ている中では、たぶん KARION の4人(冬子はアルバム制作でダウンして欠席なので、蘭子パートはゴールデンシックスの水野麻里愛が代行した)の次くらいに上手いかもという気がした。
 
ちなみに今日のゴールデンシックスは、Pf.花野子 G.梨乃 Vn.麻里愛 Fl.千里 B.美空 Tp.鮎奈 Dr.京子と7人入ったスペシャル・バージョンだった。留実子も誘われていたが「今日は僕男の子だから」と言って遠慮していた。
 
(美空と麻里愛はゴールデンシックスとKARIONの2つのユニットに出たことになる)
 

13時少し前に和泉が寄ってきて
「醍醐先生、ずっと伴奏しててお食事もできなかったでしょう?後は私が代わりますよ」
と言うので
 
「じゃ、よろしく」
と言って、エレクトーン伴奏を交替する。和泉ならレパートリーも多そうだし大丈夫だろう思い、いったんテーブルに戻って少し食事をする。
 
それで15分くらい食べていたら、ホテルのスタッフの格好をした《きーちゃん》が来る。
「ごめーん。バスケ協会から13:30に集合してという話だから、向こうに行ってくれる?」
「あ、向こうに誰か置いて来た?」
「うん。私の友だちを置いて来た」
「OKOK。このテリーヌを食べてからでいい?」
「もちろん」
 
それで食べ終わった所で新宿に転送される。ホテルの入口の所のようである。ちょうど湧見絵津子が入ってくる。色留袖を着ている千里を見てギョッとしている。
 
「サンさん、凄い服着てますね」
「ちょっと別のパーティーに出てきたからね。着換えなきゃ」
 
それで2人で案内の所に行って控室を教えてもらい、そちらに行って日本代表のユニフォームを受け取り、それに着換えた。
 

さて、千里3と入れ替わりで福生市のホテルに移動してきたのは、実は千里2だった!
 
ライトブルーのドレスを着ている。何食わぬ顔で千里3が座っていた席に座る。この後、2次会まで付き合うつもりである。
 
「あれ?お召し替えした?」
と隣の席にいる花野子が訊く。
 
「うん。帯を強く締めすぎてたんでお腹が苦しくなったから、洋装に変えた」
「ああ、バスケットとかまでしてたもんね」
と花野子は言っていた。
 
それで千里3が残しておいてくれたっぽい、口を付けてないステーキを食べ始めた。千里3は、口を付けた料理は全て食べているが、ほぼ半分の料理に口を付けていない。つまりこの後、自分がこれを食べることを予測して残してくれている訳だ。
 
要するに、千里3は、自分が「千里3は全てを知っている」ということに気付いたということを知っている。
 
などと考えて、今一瞬訳が分からなくなったぞと思った。
 

でも《きーちゃん》はまだそのことに気付いていないっぽい。
 
恐らく3番は自分と同様に全ての眷属の動きを把握しているのではないかという気がする。だから、やはり眷属を利用すると、それが全て向こうに筒抜けになると考えていいだろう。向こうが眷属を使った場合もだけど。
 
要するにゲームをしようということね?と思って、千里2は楽しい気分になった。
 
ただし筒抜けになってしまうのは“美鳳さんが付けてくれた”眷属に限られるだろう。
 
千里はタロットカードを取り出した。5枚並べる。左から、きーちゃん、えっちゃん、つーちゃん、わっちゃん、ほしちゃんである。この5人は美鳳さんが付けてくれた眷属ではないので、多分動きがお互い相手に伝わらず、手駒として使える。
 
もっともこの時点で千里2は《わっちゃん》の生死を知らなかった。でも千里3があれだけうまく立ち回っているのを見れば、きっと《わっちゃん》を使っている気がした。
 
カードを開く。
 
きーちゃん 愚者
えっちゃん 聖杯8
つーちゃん 金貨3
わっちゃん 聖杯10
ほしちゃん 金貨4
 
『うっそー!?』
 
千里2が驚いたのは《えっちゃん》の帰属である。
 
ここで聖杯は千里3、金貨は自分である。どちらも女性エレメントで女性を表すが、より行動的な3番が聖杯、より受動的な自分が金貨でよいだろう。
 
まず《きーちゃん》は中立であることが分かる。《つーちゃん》と《ほしちゃん》は自分に従っている。しかし《えっちゃん》と《わっちゃん》は千里3に従っているということになる。《わっちゃん》が生きていることも確定だ。《えっちゃん》は自分の眷属にしたつもりだったが、何かの原因で失敗していたのだろう。
 
『分かった』
と千里2は少し考えてから結論を出した。
 
《えっちゃん》は元々、千里3の動向を把握するためにあちらの傍に付けておいたのである。それがうまく3番に取り込まれてしまい、自分でも気付かずに、向こうにとって都合のいい情報だけを流すように仕組まれている。
 
そういう場合は・・・
 
放置!して、向こうの“公式発表”をモニターするに限る。だから《えっちゃん》が自分に報告しない所に、千里3の真実があるわけだ。
 

『きーちゃん?』
『はい』
『3番はご祝儀渡した?』
『はい、会費とは別に500万円の小切手を100円ショップの祝儀袋に入れて』
『じゃ、私は渡さなくていいね?』
『500万円を2度もらったら、さすがに蓮菜さんが仰天します』
『じゃタダ飯食べて行こう。お土産は、きーちゃんがあの子に渡しといて』
『了解』
 
それで《きーちゃん》は寄ってきてお土産の紙袋(バウムクーヘン)を持って行った。
 

千里(千里2)が目の前にあった食事を全部食べ終わると、ボーイが寄ってきて料理のからを片付けてしまう。宴会中に片付けるって珍しいなと思っていたら、そのあと新たに料理を1セット持って来て目の前に置いた。土産物の紙袋まで脇に置く。
 
「あの、これ何ですか?」
と尋ねると
「村山様の所には料理を2人前配膳するように言われましたので」
とボーイは言った。蓮菜からのメモまで渡される。
 
《千里は実際には10人くらい居るけど、その内の2人が代表して来るという話だったから、料理は2人前出すように手配しておくね》
 
そのメモを横から見て花野子が言った。
「やはり千里って10人居たのね?なんか怪しい気がしてたよ」
 

10月3日(火).
 
千里1はいつものように午前中横浜の体育館に行き、レッドインパルス2軍のメンバーと一緒に練習をしていた。この時点で2軍のメンバーで千里とまともに対戦できる相手はいない。コーチは“こちらの千里”も随分復活してきたなと思い、“2つの人格”が統合される日も近いかもと思っていた。たぶん“村山十里”がある程度強くなったら、“村山千里”と統合されるのではとコーチは予測していたのだが、それはかなり正解である。
 
練習が終わった後、千里1は用賀のアパートに帰ろうと思い長津田駅で電車に乗った。用賀駅と長津田駅は東急田園都市線で40分くらいである。とても微妙な時間なので、練習疲れもあって眠ってしまうことも多いが、たいていは降りる駅の直前で目が覚める。ところがこの日千里1は完全に熟睡してしまった。実は《たいちゃん》が起こそうとしたのだが、あまりにも深く眠っていて彼女にも起こせなかった。
 
それで千里1が目覚めたのは終点の久喜駅である。終点なのに眠っていたので、駅員さんに起こされた。慌てて降りてホームの駅名標を確認する。
 
久喜〜〜!? 何で私こんな所まで来ちゃったの〜?
 
などと思うが、眠っていたのが悪い。
 
えっとどうやってアパートまで帰ればいいんだっけ?と思った時、ふとここは館林の近くじゃんと思う。館林といえば昔、**寺で身代わり人形なんて買ったなあと思い出す。それを手術前夜の小1の龍虎に渡したら、手術中に龍虎は死にかけたもののギリギリ死の淵から這い上がり、身代わり人形は消えていた。
 
「そうだ!また龍虎に身代わり人形をあげよう」
 
と唐突に思いついた千里1は館林行きに乗り継いだ。
 
長津田12:16-14:17(寝過)久喜14:38-15:07館林(タクシー)15:15**寺
 

それでお参りしてから、身代わり人形を買い求める。
 
「何色がいいですか?」
「そうだなあ。グリーンで」
 
それでグリーンの身代わり人形(実は小1の時に龍虎に渡したものと同色)を買い求めてから、またタクシーで館林駅に戻る。それで久喜行きの電車に乗り、久喜からJRに乗って赤羽に向かう。
 
ところが千里1はこの電車でまた眠ってしまった!
 
目が覚めたのは終点の沼津である。
 
館林16:07-16:36久喜16:46-19:58(寝過)沼津
 
千里は沼津駅のホームでしばらく考えていたが
「帰ろ」
と言って、この日はそのまま用賀のアパートに戻った。
 
沼津20:38-21:59大船22:08-22:53渋谷23:03-23:19用賀
 

それで翌日千里は練習を休んで龍虎の所に行くことにした。練習に行った後だと、また自分が眠ってしまう気がしたのである。それに千里はこの日、アクアの新しいCDが発売されることを昨日郵便受けに“謹呈”のシールが貼られたアクアの直筆サイン入りCDが入っていたので気付き、発売記者会見で何かあるかもと胸騒ぎしたのである。こないだコスモスも電話で発売の度に何か起きていると言っていたではないか。
 
それで千里は通勤ラッシュが終わってから、赤羽に向かった。
 
用賀10:00-10:16渋谷10:26(埼京線)10:47赤羽
 
それで龍虎のマンションまで行く。インターホンで1023号室を呼び出そうとしてから、ハッとした。
 
今日は平日だから、アクアは学校に行っているのでは?
 
もっと早く気が付くべき問題である。
 
どうしようと思っていた所で《きーちゃん》が姿を表す。
 
「あれ?天野さん、アクアの所に来たんですか?」
「そうそう。今日はアクアは学校を実はずる休みしているんだよ。それで部屋に居ることが分かるとやばいから、その人形を渡すなら、目を瞑って渡してあげてくれない?」
「いいよ」
 
それで天野貴子と一緒にエントランスを通り(きーちゃんは工作のため、ここの鍵を持っている。他にわっちゃんも持っている)、10階まで行く。天野はエレベータの所で待っているというので、千里(千里1)がひとりで1023号室の前まで行った。インターホンを鳴らす。
 
「龍ちゃん。千里だけど、渡したい物があるのよ。私、目を瞑っておくから、私の手から取っていって」
 
それで千里は目を瞑った。ドアが開く。中に入ってと言われるので玄関の中に入る。龍虎はいったんドアを閉める。
 
「今日発売記者会見があるでしょ?その時、パンツでもスカートでも、その時穿いてるもののポケットに入れておいて」
 
「今見ていい?」
「もちろん」
 
龍虎が封筒の中から身代わり人形を取り出す。千里は「へー。今日はスカートを穿いているのか」と思って見ていた。
 
実は千里は目を瞑っていても、普通に物が見える!
 
この能力を1番は7月4日に1度死んだ時は喪失していたのだが、もう復活してきている。
 
「あ、これあの時のと同じ身代わり人形だ」
「そうそう」
「ちんちんも付いてる!」
「まあ龍ちゃんは男の子だし、たぶん」
 
「まだ早まったことはしてないよ。でも聞いたかも知れないけど、こないだ『キャッツアイ』の打合せでレストランで食事していたら、青葉さんの席に大理石の像が倒れて来て、青葉さんは偶然トイレに立っていて無事だったけど、身代わり人形が潰れていたんだよ」
 
とアクア(アクアF)が言う。
 
「聞いた聞いた。怖いね。それで突然胸騒ぎがして」
「ありがとう。ズボンに入れておくね」
 
「うん。じゃぁね」
と言って、千里1は目を瞑ったままドアを開けて外に出ると、エレベータの方に歩いて行った。
 
「1番さん結構元気になってる気がする」
とFは独り言のように言った。
 
見た目のオーラも実際かなり強くなっていたし、そもそも自分がここに居ても驚かなかったことから、きっと1番さんは能力が回復してきて、アクアの分裂を知ったのだろうと思ったのだが、実はまだ気付いていない!
 

アクアの10枚目のシングル『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』はこの日、10月4日(水)に発売され、アクアは学校が終わってから、記者会見に出る(という建前)。記者会見に同席したのは、アクアの他、コスモス社長、青葉、和泉、三田原課長、映画『キャッツアイ』の中村監督である。
 
この日学校に出て行ったのはN、部屋で留守番していたのがFとMで人形を受け取ったのはFだが、記者会見に出たのはMである。それでMは身代わり人形をこの日の衣装、カジノっぽいブラックスーツのズボンのポケットに入れておいた。
 
するとアクアは無事だったのだが、中村監督が質問に答えてイスに座ろうとした時、椅子が崩壊して監督が尻餅を突くハプニングがあった。怪我は無かったものの、僕じゃなかったのは身代わり人形のおかげかなとアクアは思った。
 
監督は厄払い旅行の話を聞き、映画関係者でも同じコースで行ってくるよと言っていた。
 

10月7日(土).
 
アクア関係者の厄払い旅行、第1日程が行われた。参加者は下記である。
 
アクアN、秋風コスモス、川崎ゆりこ、山村勾美、鱒渕水帆、今井葉月、絹川和泉、川上青葉、マリ&ケイ、丸山アイ、佐良しのぶ
 
アクアNは集合時間の30分前に東京佃島の月島駅前に行ったのだが、既にコスモス社長、マリ・ケイが来ていた。それで話していてアクアが日程の3回とも参加することを話していたらマリが「大変ね!」というのでアクアは
 
「ボクはもうバスガイドさんの気分です」
と言う。するとマリは
 
「だったらバスガイドさんの衣装、届けてあげるね!」
と言った。
 

住吉神社に参拝した後、タクシーなどに分乗して東京駅に行き、新幹線で大阪に移動して、新大阪駅そばの駐車場に駐めていたマイクロバスに乗る。これがVIP仕様の素敵な車両で、アクアも「すごーい」と思った。
 
9日と11日はワゴン車なのだが、第1日程は12人になったのでワゴン車に乗らないことからマイクロバスになったが、山村がバス会社と交渉していたら、VIP仕様のもありますよという話になり、それを借りたのである。
 
佐良さん(マリ&ケイの専任ドライバー)が運転して住吉大社まで行き参拝。昼食を取った後、多賀大社に参拝して伊勢に行き、今日は外宮近くのホテルに泊まった。明日朝から神宮に、外宮→内宮の順で参拝する。
 
このホテルでの夕食の席で、ケイが元気が無いという話になる。制作が“終わった”はずのアルバムのことで悩んでいるというので、みんなで聴いてみることになる。
 
アクアの耳でもこれは酷いと思った。
 
「作り直すべきです」
と全員が言う。しかしレコード会社から期限を切られてしまい、どうにもならなかったというケイ。
 
これに対して山村マネージャーが「自分に任せてくれ。かならず制作期限延長を村上社長に呑ませる」というので、彼に任せることになる。それとともに、そもそもローズ+リリーにまともなマネージャーが居ないという話にもなった。
 

翌10月8日(日)は夜明け前にみんなで外宮まで歩いて行って参拝。その後マイクロバスで内宮に移動して参拝した。この時、ちょうど宇治橋を渡る時に日の出となり、とても美しかった。
 
参拝の後は、青葉と丸山アイが、更にどこかのお寺に参拝するとかで宇治山田駅で別れ、名古屋駅でアクアも含めて大半の人が降り、新幹線で東京に戻る。佐良さんと、ゆりこ副社長がマイクロバスを大阪に返却に行った。
 
東京に戻ってから、鱒渕は、ローズ+リリーのマネージングを自分にさせてくれないかとコスモスに申し出た。アクアのマネージングは山村を中心に回っているので、そこに自分が出て行くより、自分はむしろ、アクアの現時点での最大のライバルであるローズ+リリーをマネージングして、アクアと切磋琢磨したいと言ったのである。コスモスは了承し、§§ミュージックからサマーガールズ出版への出向として扱うことになった。
 
この月は10月9日(月)が体育の日で3連休だった。そして10月10日、山村マネージャーこと《こうちゃん》は“鱒渕に擬態して”、秘書とかも通さずに、いきなり★★レコードの社長室に入っていく。そして“ローズ+リリーの新しいマネージャー”を名乗って、村上社長を発覚すれば逮捕間違い無しという危険なネタで脅迫!し、アルバムの制作期限を春以降まで延ばすことを了承させた。
 
ローズ+リリーのアルバムは既に工場にプレスの予約もしていたのだが、急遽ローズ+リリーのベストアルバムを作り、これをその予約でプレスすることになった。リミックスなどはせずに、過去の音源をそのまま転用して、音量などだけ合わせてマスタリングする。楽曲の選定、PV(主として過去のアルバムに収録していないバージョンを使用する)のまとめなどは、KARIONの小風と美空、それにトラベリングベルズの黒木さんがやってくれた。
 

ところでマリは厄払いツアーの後東京に戻るとすぐに、コスプレ衣装を扱っているショップに行き、本当にバスガイドのコスチュームを買った。そしてすぐ§§ミュージックに持ち込んだ。それを河合友里マネージャーが赤羽のマンションまで持って来てくれたので、アクアは翌日(10月9日)の厄払いツアーではこの衣装で参加することになった。
 
10月9-10日の担当はアクアMである。
 
Mはこの衣装(ボトムはミニスカート)を見て喜んでいた!
 
この10月9-10日のツアーは、バスガイド姿(旗まで持っている)のアクアMと家族に、エレメントガードのメンバーで行ってきた。
 
「あんたなんて格好してるの?」
と母から言われる。
「だってマリさんがこの衣装持って来たんだもん。それなら着ない訳にはいかないよ」
とアクアMは言い訳する。
 
「要するにそういう服が好きなのね」
と母から言われた。
 

そして11-12日はこういうメンバーで行った。
 
アクアF、紅川会長、緑川志穂マネージャー、TKRの三田原課長、雨宮三森、松浦紗雪、千里、蓮菜、矢鳴美里
 
もちろん今日もバスガイドさんの衣装(旗付き)である。
 
松浦紗雪さんが物凄く喜んでいた!
 
アクアFは今日参加している千里が1番であることに気付き
「こないだはありがとうございました。おかげで怪我しなくて済みました」
と言ったのだが、
 
「何だっけ?」
と千里1は言った。どうも心当たりが無いようなのである。それでアクアは当惑する。あれ〜?こないだ人形を渡してくれたのは1番だと思ったけど違ったかなあ、と悩む。
 
しかしここで千里(千里1)が蓮菜の結婚を知らなかったことが判明する。
 
「蓮菜、結婚したの!?」
「何を言ってる?千里、私の結婚式に出て、友人代表で挨拶してくれたし、バスケット・パフォーマンスに、歌う人の伴奏とかまでしてくれたじゃん」
 
「そうだっけ!?」
 
「醍醐先生とお話ししていて話が通じないのはいつものことですし」
と千里の専任ドライバー矢鳴が言うと
 
「うん。それが千里の通常運用、通常運用」
などと雨宮先生が言うので、アクアも
 
『本当に忘れちゃったのかも!』
と思った。
 
「でも蓮菜、結婚したんだったら、後でご祝儀渡すね」
「いや、既にもらっている」
「ほんとに?」
 
「葵先生も黙っていれば二重取りできたのに」
 
「そうすればよかったかな。実は結婚式の時はなぜか会費も2人分払われていて祝儀袋も2つもらったから、“この千里”からももらったら三重取りだったんだけどね」
と蓮菜は言った。
 

アクアは厄払い旅行が終わった10月中旬から、ドラマ『少年探偵団』の撮影に入った。主な配役はこうである。
 
小林芳雄:アクア、花崎マユミ:元原マミ
明智小五郎:本騨真樹、文代:山村星歌
怪人二十面相:大林亮平
 
山村星歌は2015年夏に本騨真樹と結婚して芸能活動を一時休止していたのだが、芸能活動を再開する訳ではなく、この番組だけの特別出演ということであった。しかし夫婦で夫婦の役をすることになった。
 
ドラマの第1回目は原作の『少年探偵団』後半の話をベースにしている。初回なので1時間スペシャルである。
 

大鳥時計店に所蔵している黄金の五重塔を盗み出すという予告が来る。大鳥時計店ではこの黄金塔の保護を明智探偵に依頼した。しかし二十面相は予告のカウントダウンの数を提示していく。
 
8とだけ書かれた葉書が届く。
電話が掛かってきて「あと7日」と言って切れる。
朝、ショーウィンドウに6という数字が書かれていた。
店中の時計が5時で停まっていた。
座敷の板戸に4の字が書かれているのを新入りの女中が見付けて悲鳴をあげる。
黄金塔のある部屋で泊まり込んだ大鳥社長のてのひらに3の字が書かれていた。
 
そこで大鳥社長は、門野支配人と話して、あらかじめ作らせていたレプリカを使うことにする。本物は座敷の床下に穴を掘って隠し、レプリカを警報装置付きのケースに入れたのである。
 
その入れ替えを覗き見する影があった。先日4の数字を見付けて悲鳴をあげた新入りの女中・千代であった。
 

予告当日、大鳥と門野が座敷で番をしていたが、予告時間を過ぎてもケースの中の黄金塔は無事なので、二十面相も断念したかとホッとしたものの、二十面相の声が響き「ちゃんと盗んだよ」と通告する。
 
不安を覚えた2人が床下を掘ってみると、黄金塔は姿を消していた。
 
そこに明智探偵が来訪する。
 
黄金塔が盗まれてしまったと訴える大鳥だったが、明智は
「黄金塔は無事ですよ。そこにあるではないですか?」
とケースの中の黄金塔を指さす。
 
「あれはレプリカなんです。本物は床下に隠していたのです」」
「本当にそれはレプリカでしょうか?私は本物だと思いますが」
「まさか」
 
それで警報装置を停めて確認する。
 
「本物だ!」
 
「実はある人物に頼んで、床下の黄金塔とケースの中の黄金塔を入れ替えさせたのです」
 
ここで明智は女中の千代を呼ばせる。それは実は小林少年の女装であった。彼が女中に化けて大鳥時計店に潜入し、入れ替えを実行したのである。
 

そして明智は門野支配人を指さして指摘する。
 
「君が二十面相だ」
 
変な言い掛かりはやめて下さいと言う“門野支配人”だが、本物の門野支配人が入って来たので、逃げ出す。実は黄金塔を隠した穴には抜け穴が作られていて隣接する廃屋に通じていたのである。しかし明智はその出口に警官を立たせておいた。
 
二十面相は出口に警官がいるのに気付き、舌打ちするが焦らず、抜け穴の中で警官に変装する。そして出口の所にいた警官に「お疲れさん」と声を掛けて穴から這い出すと、穴の中の探索を命じられたと言って、まんまと逃げ出してしまった。
 
おかしいと気付いた警官が追ってくるが、二十面相は予め近くに設置していた、偽マンホールに隠れて警官をやり過ごしてしまう。そして青年紳士に変装してマンホールを出、近くにいたタクシーに乗って、アジトに帰還した。
 

アジトに戻った二十面相は一眠りしてから
「小林の奴、女中などに化けやがって」
などと文句を言いながら、盗品で構成した私設美術室を見ていた。
 
「やはり美しいものを見ると心が洗われる」
などと言って、ある富豪の家から盗み出した六観音像を見ていた。
 
「しかし美しい作品だ。まるで生きているようだ」
と言って、聖観音の像に触るとビクッとする。
 
まるで人間の肌のように柔らかく、暖かかったのである。
 
そして6体の観音が一斉にピストルを二十面相に向けた。
 
さすがに仰天した二十面相だが、すぐに気付いた。
 
「貴様!小林か!」
 
六観音は小林少年と5名の少年探偵団のメンバーだったのである。
 
「警察もそろそろ到着する頃だよ、観念しなよ、二十面相君」
 
実は現場近くに偽マンホールがあるのを予め見付けておいたので、客待ちのタクシーを装って、明智の助手が待機していたのである。それでアジトが判明したという仕組みだった。
 

「ところで少年探偵団が仏像に化けた理由は何ですか?」
とアクアは河村監督に尋ねた。
 
確かにアジトが判明したら、さっさと警察が行って逮捕すればいい訳で、凄まじく時間の掛かる仏像メイクをする意味が不明である。実際この仏像メイクには撮影の際、3時間ほど掛かっている。
 
「うーん。乱歩先生の遊び心じゃない?」
と監督は適当そうに!答えた。
 

この物語では、二十面相は門野支配人→警官→青年紳士と変装している。ここで青年紳士は大林亮平のほぼ素顔(付け髭をしている)、警官は単純に警官の服を着ただけだが、門野支配人は、本来門野支配人を演じている榊原良寛さんがほとんどの部分を実際に演じている。つまり物語では二十面相が門野を演じていたのだが、実際の撮影では門野役の役者さんが二十面相を演じているのである。
 
また小林君も女中に変装し、最後は観音様に変装しているが、観音様は特殊メイキャップだが、女中は実際にはCold Fly20の米本愛心が演じている。これは愛心の移籍後初のドラマ出演になった。アクア自身が演じているのは明智に呼ばれてやってきて変装を解き、男の子の顔に戻る所だけである。
 
(「変装を解いてもやはり女の子に見える」と随分ネットに書かれていた)
 
つまりここでも、物語の筋では小林君が女中に化けたはずが、実際の撮影では女中役の愛心が、変装した小林少年を演じているのである。
 
そういう訳で、物語の筋と、ドラマの撮影では、「演じている人」と「演じられている人」が逆転するという状況が起きていた。
 
これはこのドラマでは毎回発生することとなり、出演者に特殊な演技力を要求するものとなった。
 

2017年11月30日、この日3組のカップルが別々の場所でデートしていた。
 
川島信次−千里(千里1)
貴司−三善美映
阿倍子−立花晴安
 
しかし貴司と阿倍子に掛かっている“呪”により、複雑なことが起きて、信次と千里(千里1)の間の子供が美映の体内に宿ってしまう。
 
美映はセックスもしていないのに妊娠してしまうのだが、実際には美映の生殖器と千里1の生殖器が交換されており、美映は自分の体内にある千里1の生殖器で妊娠したのである(つまり美映は処女懐胎)。
 
中有の世界で休眠していた小春(=緩菜)の魂がピクッと震えた。
 

この後の物語は↓trinityで。
http://femine.net/m/read.php/seijinshiki/trinity.htm
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【娘たちの二十面相】(2)