【娘たちのフィータス】(4)
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(C) Eriki Kawaguchi 2019-08-19
2015年5月14日、千里はバスケット協会の強化部に呼ばれて出て行った。
ユニバ代表を辞退したことで何か言われるかな?と思っていたのだが、話は別のことだった。
「実はバスケット協会から毎月スペインのBBVAという銀行のChisato Murayama名義の口座、そしてその関連かと思われるLeoparda Granadaという所に毎月合計3000ユーロ(約39万円)ほど払われているようなんだけど、このChisato Murayamaというの、ひょっとしてあなた名義?」
千里はやっと、その話ができる状態になったかと思い説明した。
2013年春に強化部からスペインで修行してきてくれと言われて渡航したこと、最初の話では派遣は半年間ということだったのに、その後、強化部のスタッフが頻繁に入れ替わったせいか、何度か連絡したものの放置されたこと、送金される金額は時々唐突に変わり、一時期は1000ユーロを下回って少し困ったものの、数ヶ月経つと突然増額されたりしていたこと。経理部のほうにも話をしたが、経理部としては強化部の指示で払っているので、そちらと話してくれと言われたこと。
「それは申し訳無かった!」
「協会からの育成費支払いもありますが、グラナダ球団から選手報酬の一部がそちらに“育成費の相殺”として支払われているはずですが」
「え?そうなの?」
「経理部に確認して下さい」
「でもそれなら派遣は半年で終了したんだっけ?」
「派遣自体は終了しましたけど、私はグラナダとの直接の選手契約に移行しました。ですから普段はずっとスペインに居ます。今年は先月リーグ戦が終わったので帰国して、この後は9月まで日本に居る予定です。10月からまたスペインに行きます」
「そうなっていたのか!でも村山さん、どこか国内のクラブチームに所属していなかったっけ?」
「日本バスケットボール協会の籍を維持する目的と、日本に居る間の練習相手確保で40 minutesというチームに所属していますよ」
「なるほどー」
そういう訳で、バスケット協会からの“派遣費”振込はやっと停止することになった。強化部では悪いけど、2014年春以降の強化費は分割でもいいから返却してくれないかと言い、千里は「資金的な余裕はあるからいいですよ」と答えた。
後日きちんと計算して請求額を出すということだったのだが、実際には
「済まない!こちらがもらいすぎだった!」
という連絡があり、千里はバスケット協会から、400万円も返してもらった!
2015年5月15日、千里と青葉は雨宮先生を通して、藤吉真澄(木ノ下大吉の弟でゴーストライター斡旋の元締め)からの依頼で沖縄に飛んだ。木ノ下先生が“おかしくなっちゃった”ので、診てくれないかということだったのである。
しかし青葉たちは木ノ下先生が結構“正気”であることを認識する。木ノ下先生は“自分はノロになった”と言ったが、自分は誰か本来のノロに引き継ぐための仲介だと思うと語った。
沖縄に行くなら、ついでで申し訳無いがという冬子からの依頼で、2人は宮古島に行き、明智ヒバリと会った。彼女は毎日コスモス畑を見て、絵を描いているということだったが、彼女の絵を見た2人は、ヒバリがかなり精神的に回復に向かっていると感じた。
その宮古島に泊まった日、明智ヒバリは唐突に覚醒して「自分はノロである」と言った。その姿はものすごく神々しかった。
ヒバリは自分は夜明までに沖縄本島に行かなければならないので移動手段を用意してほしいと言った。それで千里は予め“日程未定”で予約だけしていたヘリコプター会社に連絡し、宮古島まで迎えにきて欲しいと伝えた。向こうは朝ではダメですか?と言ったものの、『ノロさんが明け方までに沖縄まで行かなければならないと言っている』と千里が言うと『ノロさんが言うのなら対応しますよ』と言ってヘリを出してくれた。
最初から多分夜中にお願いすると言っていたのに!きっと予約を受けた人から他の人に伝達されていなかったのだろう。
何とかヘリで運んでもらい、那覇空港に降りたところで千里はヒバリの行き先の見当がついたので、借りていたレンタカーで一行を恩納村の木ノ下先生の自宅まで運んだ。すると先生がノロの衣装で出てきて、ノロの地位をヒバリに継承する儀式をおこなった。
ヒバリは古いウタキを破壊して、リゾートを開発しようとしていた不動産会社の土地に入っていく。何か妖怪のようなものが現れて邪魔しようとしたが、千里が∽∽寺の導覚から託された独鈷杵をヒバリに渡すと、妖怪は倒された。
騒ぎを聞きつけて不動産会社の社長がやってくるが、ヒバリは
「ここは神が降りてくる場所である。この土地を自分に貸して欲しい」
と言った。
あまりに神々しいヒバリの雰囲気に呑まれて、社長はあっさり土地を貸すことを承諾した。それでそこにウタキが再建され、ヒバリはそのウタキを管理するノロになってしまったのである。
沖縄から戻ってきた千里に、ユニバーシアードの篠原監督から緊急連絡が入った。ユニバ代表の伊香秋子が、怪我して出場できなくなったので、代わりに代表になってほしいというものだった。
仮病だろうとは思ったが、千里は秋子の思いを汲んで代表になることにする。今年は千里がユニバ代表になる資格を持つ最後の年なので、これは最初で最後のユニバーシアード代表ということになる。
もっとも、エントリー締め切りまでに日本の資格停止が解除されない限り、出場はできないのだが。
5月23-30日にはユニバ代表の合宿が行われたが、千里はグラナダの球団事務所にその旨を言って参加した。事務所の人は
「日本、制裁解除されたらいいね」
と言って送り出してくれた。
6月中旬、アクア(龍虎)は、バラエティ番組の撮影に参加した後、
「ちょっと付き合って」
と言われて、局のディレクターに連れ出された。この時、マネージャーは(全体的に多忙で)たまたま誰もおらず、バイトの付き人兼運転手で、若林さんという21歳の女子大生だけが付いていた。この日は、アクアの(この当時の)メインマネージャーであった田所も、撮影が終わったら帰宅するだけだから、若林さんだけでも何とかなるだろうと思っていたのである。
ところが連れてこられた所は、病院である。
「アクア君、申し訳ないけど、今度番組で男子アイドルの健康診断というのをやるんだよ。それでここの病院で少し健康診断を受けてもらえないかなあ」
アクアは
「そういう話は聞いていませんけど、事務所に話は通っているんですか?」
と尋ねた。
「ああ、それはFAXで送っていたはずだけど」
とディレクターは言うが、どうも適当っぽい。事後承諾にするつもりではと思った。
「私は事務所を通さずに仕事をすることを、契約書によって禁じられています。それを確認できないと、お仕事できません。若林さん、ちょっと事務所に電話を入れて確認してもらえませんか?」
「はい」
何かイレギュラーなことが起きているようだと感じたものの、どうすればいいのか悩んでいた若林はそれで事務所に電話しようとした。ところがディレクターは彼女の発信を停めてしまう。
「何をなさるんです?」
とアクアが抗議する。
「健康診断くらい、いいじゃん。バラエティ番組ではよくある演出だよ。それとも、アクアちゃん実は女の子で、健康診断受けたら、それがバレちゃうから受けられないということないよね?」
とディレクターが言う。
アクアは、なるほど、目的はそれだったかと思い至ったものの、
「だったら撮影優先で健康診断受けますけど、もしちゃんと話が通っていなかったら、それ相当の処置をしますからね」
とアクアは堂々と言っている。
それがとても中学生タレントとは思えない貫禄なので、若林は「この子凄い」と思った。一方ディレクターは毅然とした態度のアクアに一瞬ビビったものの、§§プロなんて弱小事務所だし、文句言うならテレビにそちらの事務所のタレント誰も出さないぞと言えば黙るだろうと思った。それで強引にアクアに健康診断を受けさせたのである。
『こうちゃんさん?』
とアクアは心の声で語りかける。
『OKOK任せろ』
と彼の声が返ってくるのでホッとする。
病院ではまず最初におしっこを取る。龍虎が(自粛して)男子トイレに入るとカメラマンたちも付いていこうとしたが、若林は入口に立ちふさがり
「排尿の様子を公共の電波に流すおつもりですか?」
と言う。
「確かにそれは流せんなあ」
と言って、カメラマンたちは中には入らなかった。
その後、採血をして、身長、体重(着衣のまま)、脈拍、血圧を測る。その後、内科医の診察を受けるが、アクアは診察室に入ったと思ったら、どこか知らない場所にいた。
《こうちゃん》がニヤニヤしている。
「ここどこ?」
「しっ。見てろよ」
大きな水晶玉があり、そこに診察室の様子が映っている。自分そっくりの男の子が医師の前で上の服を脱いでくださいと言われ、上半身裸になる。診察室の中にはカメラマンもディレクターも入るのを病院側から拒否されたようだ。それで外で会話を録音しているようである。
「胸は普通の男の子の胸ですね」
「僕、男の子ですから」
と言っている声もアクアそっくりの声である。
「じゃ上半身はいいです。上の服を着てから、そこのベッドに横になって、お股を見せてもらえる?」
「まあいいですけど」
と言ってアクアはベッドに横になり、ズボンとパンツ(トランクス)を下げた。
「ちんちん、少し小さいとか他のお医者さんから言われたことない?」
と医師が言っている。
「僕小さい頃に大病をして、かなり強い薬使っていたんです。その副作用で一時期、おちんちんが皮膚に埋もれて、無いように見えるくらいまで縮んでいたんですよ。でももう治療も終わって投薬も終了したので、少しずつ大きくなってきたんです。今だいたい小学3〜4年生くらいのおちんちんのサイズだと言われています」
「ああ、確かにそのくらいだね」
と言って、医師は少年のペニスの長さと外周を測り、それから睾丸のサイズも測ったようである。
「うん。確かにこれは小学3〜4年生くらいのサイズだよ。これから少しずつ大きくなっていくだろうね」
「はい、そう思っています」
それで医師の診断は終わったようである。その少年が
「ありがとうございました」
と言って席を立ち、部屋を出る。
と同時にアクアは診察室の外に立っていた。
「これでいいですか?」
「済まなかった。もう1ヶ所付き合ってくれない?」
それでディレクターがアクアと付き人の若林を連れて行ったのは相撲部屋である。
「ここでちょっとまわしをつけて相撲を取ってみてくれない?」
「何の意味が?」
「いいじゃん、アクアちゃん男の子でしょ?男の子なら相撲くらい取るよね?」
「まあいいですけどね」
ボクの胸を撮影したいんだろうなと思った。アクアは真新しい白いまわしを渡されるが
「昔1度つけたことがあるので、1人でつけられると思います」
と言って、それを持って1人で更衣室に入る。カメラマンも更衣室に入ろうとしたが若林が
「出てくればまわし姿が見れるんだから、着換え中まで撮すことはないでしょ?」
と言って停めた。カメラマンがディレクターを見ると「まあいっか」と言って着換え中の撮影はしなかった。
更衣室内でアクアは問い掛ける。
『こうちゃんさん?』
『取り敢えず服は全部脱げ』
『うん』
それでアクアが真っ裸になると《こうちゃんさん》が姿を表し、アクアにまわしをつけてくれた。
『こぼれるものが存在しないから着けやすい』
『ちんちん、いつ返してくれるのさ?こないだから無くて困っているんだけど』
『何も困ってないくせに。よしこれで出ていきな』
『バストは?』
『あ、しまった。もったいないけど、一時的に平(たいら)にしよう』
と言ってこうちゃんがアクアの胸に触ると、そこはまるで男の子の胸のようになった。
『おっぱいが無いって寂しいね』
『だろう?だから完全な女の子に変えてやるというのに』
『嫌だって言ってるのに』
それでアクアがまわし姿で出て行くと、若林は口に手を押さえて驚いているようである。
「おお、凜々しいね」
とディレクターは喜んでいるが、ちょっと残念そうだった。アクアには実はバストがあるのでは?と思っていたのだろう。
この相撲部屋の部屋頭で、小結の**峰が出てきた。
「じゃ1番取り組んでみよう」
とディレクターが言う。
アクアと**峰が土俵の中央で各々仕切り線に手をついて見合う。
タイミングは一発で合った。それで取り組む。アクアが全力で押すものの、**峰はびくともしない。やがて**峰が35kgのアクアの身体を釣り上げて、そっと土俵の外に置いた。
「吊り出し、**峰の勝ち」
と部屋の親方が言った。
部屋の中でいちばん若い15歳の力士・**山(序二段)が出てくる。この力士とは一発ではタイミングが合わなかった。
「今のは**山が悪い。その女の子のタイミングが正しかった」
と親方が言っている。
どうも親方はアクアを女の子タレントと思っているようである。
それで仕切り直す。相手は緊張している。それを見てアクアは立ち会い変化した。すると**山は前のめりに倒れてしまった。
「つき手、タレントさんの勝ち」
と親方。
「おお、凄い。アクアちゃん、1勝1敗」
これでアクアは解放された。
アクアは若林と一緒に撮影後すぐに事務所に行って、このことを報告した。話を聞いた紅川会長は激怒した。そして∞∞プロの鈴木社長に連絡を取った。
「分かった。2度とそういうふざけた真似はさせない」
と鈴木さんは言った。
しかしこのテレビ局はこの日の撮影内容をその日の夜の番組で放送してしまったのである。
放送は物凄い視聴率となり
「ああ、アクア様はやはり男の子だったのね」
「残念。絶対女の子だと思っていたのに」
という声があがると同時に
「アクア様が男の子だったら、私結婚したい」
「アクアが男でももう構わない。俺はアクアと結婚したい」
といった書き込みが多数あふれていた。
そしてテレビ局への抗議も凄まじかった。その日、テレビ局の電話は夜中まで全くつながらなくなり、業務に支障をきたす事態となった。
翌日、鈴木社長は朝1番にこのテレビ局を訪れ、制作部長と面談して、この件に付いて事務所に話をつけないままタレントに脅迫紛いのことをして直接徴用するというのは放送業界と芸能界の間の重大な信義違反であり、この問題についてきちんと謝罪すること、このようなことは今後絶対しないと誓うこと、そして関係者の処分と報告をしない限り、∞∞プロ系列の全てのプロダクションのタレントを同局から引き上げると言ったのである。
制作部長は震え上がった。そんなことされたら、全ての番組が崩壊する。実際その日の朝の生番組に∞∞プロ所属の芸人さんが2名出て行かず、プロデューサーが代わりにと思い、○○プロに声を掛けてみたもののそちらからも断られ(要するに∞∞プロ系列だけでなく業界全体に話が付いているもよう)、番組では緊急に若手のアナウンサーやADに代理させるなど対応に追われた。
局内は凄い騒動になったようだが、結局、昼過ぎ、テレビ局の社長と制作部長が豪華な菓子折を持って、§§プロに謝罪に来た。担当プロデューサーの戒告、減俸6ヶ月、アクアに強引な撮影をしたディレクターの停職6ヶ月、撮影したカメラマンにも厳重注意をしたことを報告、制作部長も半年間自主的に給与の1割を返上することにしたと語った。
また来週の同番組に「不適切な撮影があったことを陳謝します」というテロップを入れたいと申し入れた。なお、ディレクターは申し訳無かったと言って、退職願いを提出したので認めたことも報告した(事実上の解雇)。
紅川はカメラマンについては上司に言われて撮影しただけだから処分は勘弁してやってと言った。それでカメラマンに対する処分は取り消されることになった。
「ただ、紅川さん、アクアさんの性別は多くの視聴者が興味を持つことだと思うんですよ。今回はゲリラ的撮影で申し訳なかったですが、来年以降年に1度でいいので、事前に話し合いの上、ご了承頂けたら、アクアさんの性別確認の特集を作らせてもらえませんか?」
とテレビ局の社長は言った。
「どうかね?」
と紅川はコスモスに尋ねる。
「ちゃんと事前に話し合って、こちらの同意が得られた上でならいいですよ。アクアはふつうの男の子だから、性別確認したって何も実害はないですし」
とコスモスは平然として答えた。
「分かりました。来年以降はそれで企画書を提出しますので」
それで翌年以降、毎年1回、アクアの性別確認番組“アクア男の証明”が作られることになったが、まわし姿で相撲などというのはこの1回だけで、翌年以降は医師の診察の後、ふつうに服を着て、サッカーや野球など様々なスポーツをやることになった。しかしアクアは運動神経が結構良いので、かなり優秀な所を見せることになり、女性ファンを熱狂させた。
テレビ局の人たちが帰ってから、紅川はコスモスに尋ねた。
「でも結局、アクアって本当に男の子だったの?」
コスモスは笑って答えた。
「心は男の子ですよ。でも身体は実際にはほとんど女の子ですよ。ちんちんが小さすぎて身体に埋もれていて、陰嚢も身体に張り付いているから、結果的にほぼ女の子のお股と同じです。実際にはそういう建前で小さいちんちんと言っているのは実はクリちゃんで、本物の女の子ではという疑惑もありますけどね。でも、そう簡単に女の子みたいな身体だという証拠は掴ませませんよ。あの子、誤魔化すのがうまいですから」
「ほほぉ」
紅川はどうやってコスモスがアクアの股間を確認したのか、疑問を感じたが、あまり深くは追及しないことにした。
なお、若林は自分がついていながら、このような撮影を防げなかったと言って退職願いを出したものの、紅川もコスモスも
「あなたには責任は無い」
と言った。なによりアクア自身が
「若林さんのおかげで、撮影が過激になるのを防げたと思います。彼女の責任は問わないでください。ボクを守ってくれたんですから」
と言った。
それで慰留され、彼女は結局翌年2月までアクアの付き人を務めてくれた。(大学を卒業して福岡に“Jターン”就職するので辞職)
「でも私、アクアちゃんって女の子と思い込んでいたから、まわし姿になって胸が無いのでびっくりしました」
と若林は言った。
「ああ。私もアクアの担当になってから2ヶ月くらい男の子だなんて気付かなかったから」
と鱒渕が言う。
「でもアクアちゃん、いつも女性用楽屋だし、結構女子トイレ使っているんですけど?」
「そのほうがトラブル少ないし。アクアは他の女性タレントから、女性用楽屋に連れこまれてしまうし、他の女性が女子トイレであの子を見掛けても、何も疑問を感じないし」
とコスモス。
「そうかも!あの子、男子トイレに入ったら追い出されますよ」
「でしょ?」
「相撲部屋の人は最後までアクアちゃんのこと、小学生の女の子でまだ思春期前で胸が無いのだろうと思っていた感じでした」
「実際、アクアは思春期前なんだけどね。小さい頃病気をしたせいで成長が遅れているんだよ」
「あれ?そうなんですか?だったらこれから胸が発達するのかな?」
「どうだろうね?ほんとに胸が発達したりして」
とコスモスは笑いながら言った。
実際若林はその後、ずっとアクアに付き添っていて、やはりこの子、本当は女の子なのでは?あの時はうまく誤魔化したのでは?と感じていた。
6月17日、越谷F神社で、和実と淳が結婚式をあげた。千里は巫女としてこの結婚式に出たのだが、ここに京平が遊びに来ていた。
「あんた、予定日まであと10日くらいだけど、面倒掛けずに出てきてよね」
「大丈夫大丈夫」
などと本人は言ってお友だちと走り回っていた。
この日、披露宴に臨月の小夜子も出席していたのだが、披露宴の最中に産気付き、千里・あきら・桃香の3人で病院に運んだ。この日はおめでた続きであった。この夜は更に冬子の姉・萌依も赤ちゃんを産んでいる。
千里は、もうすぐ産まれてくる予定の京平に思いを馳せていた。
京平は“泳次郎様”が東北方面に行く用事があったので、そのついでに連れてきてもらっていたらしい。深夜、小夜子が出産した病院に千里がいたら、その泳次郎様がやってくる。千里は挨拶に行き、先日の用賀のアパートの処理の件の御礼を言っておいた。
「あれくらいは問題無い。世間様に迷惑を掛けている者があったら気軽に麿に連絡するがよい」
「それは助かります。実は似たような案件をうちの妹が頼まれまして、誰か処理できる人の心当たりがないだろうかと訊かれていたのですが」
「よい。では麿が行ってやろう」
それで翌日、問題の場所に行ってくださることになった。
泳次郎様は京平は6月26日にこちらの世界に送り出すとも言っていた。
翌日、福井県の問題の場所に、千里・青葉、そしてこの件を持ち込んだ火喜多高胤と依頼主が集まる。青葉の召喚により泳次郎様が来訪。泳次郎様は怒りくるっていた神様たちをなだめると、伏見に帰ろうと言って、連れて帰った。
火喜多はあまりにも巨大な存在の来訪に呆然としていた。この手の体験はあまり無いのかも知れない。
ところで、この時、ふと見たら京平がいた。
「あんた何してるの?」
「暴れん坊を連れて行くから、僕は怪我したらいけないから、お母ちゃんに送ってもらえって」
千里は、これが多分京平が“生まれる前”の最後の千里との遭遇だから、2人だけにしてくれたのだろうと考え、京平を電車に乗せて伏見まで連れて行った。京平は特急列車などというものに乗るのは初めてなので、物凄くはしゃいでいた。
伏見で、きつねうどんと稲荷寿司を一緒に食べて別れた。
京平が元気に伏見のお山の階段を登っていくのを千里は微笑んで見送った。
6月19日(金). FIBAの執行委員会は、改革がやっと進み始めた日本バスケット協会に対する制裁の「部分解除」をすることを決定した。これで日本はユニバーシアードは出場することができることが決まった。ユニバーシアードは7月4日から13日まで韓国の光州(クァンジュ)で行われる。
女子ユニバーシアード代表は6月24日から7月1日までNTCで合宿をおこない、2日に韓国に渡り4日から大会に臨む。今回の制裁部分解除はまさにギリギリで実行された。
千里はグラナダの球団事務所に電話して、ユニバーシアードに出ることになったので、大会が終わるまで、練習を休ませて欲しいと連絡した。球団側は「出られるようになってよかったね!頑張ってね」と言ってくれた。
千里は《すーちゃん》に頼んで、また“パスポートF”を持って、フランスから成田への飛行機に乗ってもらい《帰国》した。このパスポートで韓国に渡る。
千里たちの合宿日程と重なる形で、女子フル代表および、貴司たち日本男子フル代表もNTCで合宿をしていた。同時期に合宿していても、千里と貴司は廊下や食堂で遭遇したら挨拶する程度であり、お互いの部屋を訪問したりはしない。
6月26日の夕方、食堂で千里と遭遇した貴司は千里に、赤ちゃんがいつ出てくるか占ってくれと言った。それで料金を取って!千里が筮竹を使って占いをしてみると、今日出てくるという結果が出た。泳次郎様も26日と言っていたから、間違い無いと千里は思った。
ところがその出産を目前に控えた阿部子がひとりでマンションに居ると聞いて千里は不安に思った。貴司に
「ちょっと様子を見ておいでよ。そしてもう病院に入院させた方がいい」
と言ったのだが、貴司は今から大阪まで行き、阿部子の様子を見て入院させてから戻ってきて明日の合宿をする体力の自信が無いなどという。「軟弱な」などと言っていたら、話を聞いていた玲央美(彼女はフル代表の合宿で来ていた)が
「千里見に行ってあげなよ。どうせお産で男は役に立たないよ」
と言う。
それで京平のことだし、仕方ないかと思い、千里は大阪まで往復してくることにしたのである。
さて大阪までの往復を考えた時、本来ならインプレッサを使えたらいいのだが、ちょうど合宿・韓国遠征が入るしと思って、千里はインプを車検に出してしまっていた。それで冬子に連絡してエルグランドを貸して欲しいと言った。冬子は自分たちも偶然大阪に行く所だったので一緒に行こうと言った。
それで千里が恵比寿のマンションまで行くと、川崎ゆりこと秋風コスモスが居て、その2人はもう帰る所だった。しかし一緒に駐車場に降りて行くと、エルグランドは(政子の)ライト消し忘れでバッテリーがあがっていた。
結局、川崎ゆりこの車・ポンガDXに、千里・冬子・政子・ドライバーの佐良さんが乗り込み、大阪に向かうことにした。エルグランドは矢鳴さんが適当な車を持ってきてバッテリーを繋ぎ再始動した上で、楽器類を乗せて大阪まで運ぶことになった。(コスモスは電車で帰宅する)
ところがこの行く途中の静岡付近で、運転していた川崎ゆりこがブレーキペダルの踏みすぎでフェード現象を起こし、ブレーキが利かなくなってしまう。千里は運転中に運転席と助手席を交代するという離れワザで自分が運転席に就いた上で、車の左側を防護壁に微かに擦って減速するという方法で何とかこの車を停止させた。
先行して大阪に飛んで阿部子の様子を見に行ってくれた《びゃくちゃん》と《りくちゃん》から、阿部子が倒れて苦しんでいるという報告が入る。一方、貴司からは阿部子から返事が無いという連絡が入る。
一刻も早く大阪に行かねばと考えた千里は、静岡在住の知人作曲家、福田瑠美に電話でお願いし、彼女のフリードスパイクを貸してもらうことになった。ゆりこの車は彼女の手で修理工場に持ち込んでもらう。
それでフリードスパイクに乗り換えて千里たち5人は出発したが、千里は《とうちゃん》に頼んで、同乗者4人を眠らせてしまう。そして《くうちゃん》に頼んで、車を直接、豊中市のマンション前に転送してもらった。
それでマンション内に入ってみると阿部子が倒れている。千里は冬子・佐良と協力して阿部子をフリードスパイクに乗せ、ゆりこと政子にはマンションで休んでもらうことにして、阿部子を産婦人科に連れて行った。
ところが阿部子のお産は今にも出てきそうな感じなのに、なかなか出てきてくれない。阿部子は結局28日まで苦しみ続けることになる。自分だけでは手に終えないと考えた千里は青葉をわざわざ富山から呼び寄せる。
『しかし京平、何やってんだ!?面倒かけずに出ておいでよと言ってたのに!』と千里は怒る。京平の魂自体はどうも病院内を「探検」したりして遊んでいるようである。千里は彼の気配を探して、待合室で本を読んでいるのを見つけた。
「京平、何やってんの? あんた、泳次郎様から26日に出て行くように言われたんでしょ? もう28日だよ。なんで出て来ないのさ?」
「お母ちゃん、話が違うよー。お母ちゃんが僕を産んでくれると思ったのに、よく見たら知らない人なんだもん」
「阿倍子さんが産んでも京平は私の子供なんだよ」
「僕、お母ちゃんから産まれたいよ」
そこで千里は説明した。
「京平を本当に妊娠しているのは私なんだよ。ただ、世間の事情で、私の子宮と産道を、阿部子さんの子宮・産道と入れ替えているんだよ。だから阿部子さんが出産しても、それは実は私が産んだことになるんだよ。胎児の京平の身体に臍の緒を通して栄養をあげているのも私。お産の痛みを感じるのも私。阿部子さんは実は単に寝ているだけ」
「え〜〜!? そうだったの?」
「あんたは私から十月十日栄養をもらって育ったんだよ。だから安心して阿倍子さんから産まれておいでよ」
と千里は笑顔で言った。
「じゃ仕方ないな。出て行くか。でもそしたら、僕、阿倍子さんのこともお母さんと呼ばないといけないの?」
「私がお母さんだから、阿倍子さんのことはママと呼んであげたら?」
「あ、それならいいな」
「すぐ産まれてきてよね。これ以上ぐずぐずしてたら、京平が産まれてきたところで、おちんちん切って女の子にしちゃうから」
「え〜?それ嫌だ〜。じゃ約束する。でもお母ちゃん、お願い」
「何?」
「僕が産まれたら、お母ちゃん、最初に僕を抱いてよ」
「まあいいや、それは何とかするよ」
「うん」
「抱いたついでにおちんちん切ってあげてもいいけど」
「それは切らないでー」
それで京平はバイバイをして走って産科の方に行った。千里はその背中を愛おしい表情で見守った。
阿部子の担当医たちは、あまりにお産に時間が掛かっているので、このままでは母体がもたないとして帝王切開をすることにした。それで分娩室から手術室に阿部子を移動したのだが、メスを入れようとした途端、胎児が子宮から産道に移動し始めてしまった。帝王切開は子宮内に胎児がいるからできるのであって、これでは帝王切開できない。それで様子を見ていたら、赤ちゃんはあっという間に生まれてしまった。産道に移動してからは物凄いスピードである。
そして千里は現場が大混乱して、多数の人間が出入りしているのを利用して、まんまと京平を最初にだっこすることができた。ちゃんと京平との約束を果たしたのである。それで千里は自分の代理をしてくれていた《きーちゃん》と入れ替わって東京NTCに戻った。出産で猛烈にあの付近が痛いのを《びゃくちゃん》に鍼を打ってもらったものの、できるだけ座らないようにし、どうしても座る時はドーナツ座布団を使用していたので、鞠原江美子から「痔でもやった?」と訊かれた。
それで京平のバースデータは 2015.06.28 15:30 豊中市、である。
ところがお産が終わった後、突然阿部子のバイタルが低下する。阿部子は実は何もしていないので低下するはずがないのだが、出産で死にそうな気分だったという思い込みが体調を本当に低下させているのである。
医師団が必死の手当をするものの、どちらかというと「御臨終」間近という感じである。この2日間ずっと阿部子のサポートをしてくれていて、やっと出産完了ということで休んでいた青葉を冬子が呼びに行って、青葉はくたくたの身体に鞭打って阿部子に生命エネルギーを送り続ける。
このままでは自分ももたないと思った時、千里から「どうかしたの?」と直信がある。青葉が状況を説明すると、千里は「使って」と言って自分のエネルギーを青葉に供給した。これで青葉はパワーを回復し、青葉のヒーリングで阿部子も死の淵から回復。何とか死なずに持ち堪えたのであった。
青葉と医師団たちの2時間ほどに及ぶ死闘であった。
翌日、6月29日(月)、千里はインプの車検を頼んでいた工場から電話を受けた。このインプはもう限界で直そうとしてもエンジンを始め相当数の部品交換が必要となり費用も軽く100万を超えるだろうということなのである。それで千里はこのインプは諦めて別の車を買うことにしたのである。
千里は遠征先から雨宮先生に連絡し、インプレッサ(実は書類上の所有者は雨宮先生である)がもう限界で修理も困難と言われたので、代わりの何か適当な国産のMT車を1つ調達したいこと。しかし自分が合宿と国外の大会で忙しく、車検切れまでに対処できないので、代わりに調達してくれないかと言った。
それで雨宮はオークションでアテンザのディーゼル・タイプのMT車をゲットしたのだが、その売り主が桃香の親友・優子であったことを千里は4年後まで知らないままだった。
千里は7月4-13日に光州でユニバーシアードを戦った。日本は決勝トーナメントに進出したものの、準決勝で延長戦の末アメリカに敗れ、3位決定戦でロシアに敗れて4位に終わった。しかし選手たちは、世界のトップレベルの選手たちと互角に戦ったことで物凄い自信を得た。
千里たちは14日に帰国した。記者会見や文部科学省への報告などを終えて解散した後、千里は修理不能と言われたインプレッサを引き取りに工場に行った。
その翌日、千里はフル代表監督の山野監督から呼ばれて再度NTCに行った。そして「君をフル代表に招集するから」と言われた。2013年10-11月に緊急召集されて参加したアジア選手権(バンコク)以来、1年8ヶ月ぶりの代表復帰であった。
フル代表は既に12名に絞られた名前のリストが発表されているので千里は驚いたものの、その12名は現時点での12名だから、8.29-9.5のアジア選手権本番までにはまだ入れ替えがあるからという話だった。千里以外にも数名追加招集されているらしい。実はユニバーシアードが終わるまでは、代表兼任は中途半端になるから待っていたのだと言われた。同じくユニバ代表だった鞠原江美子も召集したということだった。合宿は21日からだからよろしくと言われる。渡されたスケジュール表を見て千里は言った。
「全然空きが無いじゃないですか!」
「うん。この後、オリンピック予選まではずっと代表チームで活動してもらうことになる」
7.21-23 合宿(NTC)
7.24-31 オーストラリア遠征
8.01-10 ニュージーランド遠征
8.13-16 代表強化試合(東京)
8.18-28 合宿(NTC)
8.29-9.5 アジア選手権(オリンピック予選)中国・武漢
空いているのは今日から20日まで、8月11-12日の2日間、17日、と合計8日しかない。
ここまでユニバーシアードの合宿や本番ということでずっと会社を休んでいたのだが、このあと更に2ヶ月ほど休むことになる。千里はJソフトに行き専務に、申し訳無いので辞めさせて欲しいと言った。しかし山口専務は休職ということにさせてくれと言った。“千里”(実際には、きーちゃん+げんちゃん)がひじょうに優秀な設計をするので、専務としては、たとえ休みがちでも手放したくなかったのである。
千里はグラナダの球団事務所に再度電話して、ユニバーシアードは終わったが、そのままフル代表に招集されてしまったので、アジア選手権が終わるまで休めるかと尋ねた。球団側はシーズン開始前だから全然問題ないが、長期間に及ぶので、日本バスケット協会から招集状を出して欲しいと言った。それで協会に言うとスペインまで召集状を郵送してくれた。
「スペイン語で書かないといけない?」
「英語で大丈夫ですよ〜」
7月17日、千里は青葉に呼ばれて富山県J市まで行った。その町で“妖怪が徘徊”して困っているので、封印をする手伝いをしてくれというのであった。
2人は地図で確認して封印用の御札を貼るべき場所を決め、地元の水城さんという人と一緒に町内を回って3つの御札を貼った。
17日が選ばれたのは、千里は代表合宿が始まる前だったこと、青葉も明日から水泳の北信越大会に出る予定があったからであった。
千里たち日本代表候補の一行は7月24日から8月10日までオーストラリア・ニュージーランドへの海外合宿をおこなった。
ところが7月25日夜、シドニーの宿泊先で練習が終わった後くつろいでいたら雨宮先生から連絡があり、先生のお父さんが亡くなったので舞鶴で行われる葬儀(26通夜27告別式)に顔を出して欲しいと言われた。
「私、合宿でオーストラリアにいるんですけど」
「あんた、これまでの私の恩を忘れたわけじゃないよね? それにこないだは新しい車を探してあげたよ」
そこまで言われると辛いので、千里は
「ちょっと待って下さい。時刻を確認してご連絡します」
と言って、いったん電話を切り、時刻表を調べてみた。
それで千里が計画して実行したのが、“オーストラリア大返し”作戦である。
千里は雨宮先生に電話し、時刻表を確認したが、今からどんなに頑張っても26日の通夜には間に合わないことを言い、27日の葬儀の出席だけで勘弁してもらった。すると雨宮先生は27日の朝くらいにこちらに来るのであれば、苗場ロックフェスティバル(7.24-26)に行っている上島を苗場から舞鶴まで運んでくれないかと頼まれた。
「オーストラリアから緊急帰国して、疲れた身体で車で苗場から舞鶴まで走れとおっしゃるんですか?」
「飛行機の中で寝てればいいじゃん」
雨宮先生の無茶振りはいつものことである。千里は先生に先日購入したアテンザは使えるか尋ねたが、まだ整備中らしい。そこで車検切れ直前のインプレッサを使用することにした。これがインプレッサの最後のお勤めになった。
●2015年7月の“オーストラリア大返し”概要
(1)きーちゃんに千里に擬態して Sydney 7/26 8:15-17:05成田 に乗ってもらう。その後、インプレッサを越後湯沢まで運転してもらう。
(2)オーストラリアにいる千里と位置交換。千里が越後湯沢から舞鶴までインプで上島雷太夫妻を運ぶ。実際には冬子と政子も同乗した。
(3)27日午前中におこなわれる告別式に出席する。
(4)越後湯沢から東京までインプを運転して戻る。これに冬子と政子も同乗した。
(5)オーストラリアにいるきーちゃんと位置交換。千里は合宿に復帰。きーちゃんは羽田7/27 22:00- 7/28 8:35Sydney の飛行機に乗ってもらう。
最初は実は告別式が終わった所で、きーちゃんと入れ替わるつもりだったが、誰かさんの余計な親切で、体育館の電気系統が故障したため、27日の練習は休みになった。それで千里はインプレッサの帰りも運転できたのである。これが2009年から6年間付き合ったインプレッサとのお別れとなった。
冬子と政子を乗せたので、東京では、主役抜きで練習だけしていたローズ+リリーのアルバム制作スタジオに車をつけたが、青葉も制作スタッフとして参加していた。青葉は、千里が、昨日オーストラリアから飛んできて、舞鶴まで往復車を運転し、今からオーストラリアに帰ると言うと、あまりのハードスケジュールに目を丸くして驚いていた。
龍虎は7月25日の夕方、NHK-FMでの番組収録が終わった後、渋谷のNHKから、ゲスト出演するドラマ撮影のためお台場のFHテレビに移動していた。若林が“白いアクア”を運転し、後部座席にアクアと並んで鱒渕が付き添っている。例の事件以降、アクアには必ずマネージャーの誰かが付いていることになった。それでこの時期、いちばん若いマネージャーでアクアとの関わりが深い鱒渕が付いていることが多くなっていた。
その移動中に龍虎のスマホに着信がある。上島雷太なので、鱒渕に許可を取って電話に出た。
「雨宮のお父さんが亡くなった。明日通夜で明後日告別式なんだけど、ワンティスのメンバーは全員集まることになっている。龍ちゃん、高岡の代理ということで出席できない?」
「上島さんのほうから事務所に連絡して許可を取れますか?」
「OKOK」
先日テレビ局のゲリラ取材で「必ず事務所を通すこと」というのを§§プロ側から主張したばかりなので、そちらから話を通してもらったのである。それで上島はすぐにコスモス社長に連絡してくれて、コスモスから鱒渕に電話が掛かってきて、龍虎は26-27日の2日間舞鶴まで行ってくることになった。
龍虎はすぐに田代の両親にメールをしたが、ふたりとも龍虎に付いて行くことになった。例によって夏休み中なので、両親とも休みが取りやすい。
龍虎はお葬式は制服かな?と思ったので、学生服を持って行こうと思ったものの、荷造りしている時に、それが無いことに気付く。
「龍ちゃん、用意できた?」
と言って母が来る。
「学生服が見当たらないんだけど、お母ちゃん知らないよね?」
「知らないけど。あまり龍ちゃんのこと知っている人もいないだろうし、いっそセーラー服着ていく?」
どうも母は龍虎にセーラー服を着せたいらしい。
「それは一瞬考えたけど自粛する」
と言って、龍虎は彩佳に電話を掛けた。
「早朝なのにごめん。悪いけど、ボクの予備の学生服、こちらに持って来てくれない?」
「ああ。龍がこちらに取りに来ると言ったら、絶対ニセモノの龍が取りに来るよね」
「全く向こうも巧妙だから」
これは龍虎と《こうちゃん》のゲームのようなものである。
それで彩佳が予備の学生服を持って来てくれたので、龍虎は無事学生服を持って旅に出ることができた。
もっとも旅の途中で着るつもりだったコットンパンツが見当たらず、龍虎はやむを得ず、キュロットを穿いて両親と一緒にタクシーに飛び乗った。
「どうせあんたトイレは女子トイレしか使えないんだしスカートの方が便利だよ」
などと母は言っていたが!?
早朝高崎線の電車に乗って東京に出、新幹線・特急はしだて1号を乗り継ぎ、舞鶴線で舞鶴に至る。
熊谷5:39-6:51東京7:00-9:17京都9:25-10:31綾部10:33-10:55西舞鶴
龍虎たちが葬儀場に到着した時、ワンティスのメンバーで来ていたのは、三宅先生と海原先生だけだった。三宅先生とは古くからの知り合いなので
「中学生はこちらで休んでいなさい」
と言われて“女性用”控室に連れて行かれたが、実はこの時凄いメンツが集まっていたのである。
橘美晴(小2)後のミュージシャン:ムラン・ルージュのリーダー
桜田行滋(年長)後の俳優・桜幸司
藤島行将(年長)後のウィステリア社長
里中彩奈(昨年生れ)後のアイドル秋山怜梨
各々の母親に連れられていた。他に妊娠中の女性も1人いたのだが、その“5人”が雨宮先生の子供らしかった!祖父の葬儀だから連れてきたということのようだが、雨宮先生の(元)愛人が5人並ぶという様は、まず見られないものであった。しかしお互いわだかまりはないようで、その5人はふつうにおしゃべりしていた。なぜ仲良くできるんだ?と龍虎には理解不能だったが。
橘美晴の母・橘由利香にも1度会ったことがあったので会釈した。旅番組やクイズ番組などのレポーターやドラマの端役などに時々出ている(と思っていたのだが、実は龍虎が見ていたのは双子の妹・恵利香のほうだった!ユリカもたまにテレビに出ることはあるものの、エリカほどの頻度ではない)。
「アクアちゃん、おはよう。あんたまさか雨宮の子供じゃないよね?」
と由利香から訊かれる。
「違います。私は高岡猛獅の子供なので、その名代(みょうだい)で来ました」
「そうだったのか!」
「みんなそのことは秘密にしといてね」
と三宅先生が言うと、みんな頷いていた。
なお、後に橘美晴は、この時にアクアと出会ったのが、自分も歌手になろうと思ったきっかけだったと述べていた。
三宅先生はすぐに出て行って会場の準備作業などを手伝っていたようである。彼女は一応“男手”である。龍虎の両親も手伝いに出て行った。
ワンティスのメンバーも次々と到着したが、上島さん夫妻は仕事の関係で今夜には間に合わず、明日の告別式にだけ出席するという話だった。ワンティスのメンバーは全員、龍虎が高岡の子供であることを知っている。
「よく来たね。忙しそうなのに」
と声を掛けてくれたりした。下川先生は小学6年生の娘さんを連れていて、彼女はアクアに握手を求め、更にサインが欲しいと言ったものの、父親からたしなめられていた。
「でも学生服なんですね。セーラー服着ればいいのに」
「今日それ既に10回くらい言われた」
「たぶん明日までに100回言われるますよ」
「どうしよう?」
「セーラー服を着れば問題解決。持ってるんでしょ?」
「うーん・・・」
通夜自体は夕方16時から始まり18時頃に終了した。出席者の大半はお父さんの会社関係の人で、お花なども○○支店一同などというものがたくさん並んでいた。
翌朝、上島夫妻が千里、マリ・ケイと一緒に到着した。苗場ロックフェスティバルが行われた越後湯沢から千里が車を運転して連れてきたのだという。「千里さんも体力あるなあ、さすが日本代表のバスケット選手だよな」と思う。
告別式は9時頃から始まったが、出席者は昨夜以上のようだった。雨宮先生の子供たちは昨日は各々の母親に連れられていたものの、今日は母親たちは出席を遠慮し、どうも雨宮先生から頼まれたらしい、下川先生の奥さんと娘さんが連れてお参りさせていた。
お経もやたらと長く(きっとお布施がすごかったのだろう)、告別式が終わったのはもう11時すぎだった。合宿に戻らなければならない千里さんはすぐ帰るということで、アルバムの制作中で、ミュージシャンたちを待たせているケイさん、マリさんも千里さんのインプレッサに同乗していくという話だった。
しかし、この時初めて龍虎は、千里が合宿中のオーストラリアから、この葬儀に顔を出すためだけにとんぼ返りしてきたと聞いて、驚いた。あり得ない!呼びつけた雨宮先生も無茶だけど、千里さんの体力もとても信じられないと思う。
『こうちゃんさん、千里さんは体力の限界超えていると思う。手伝ってあげてよ』
『OKOK。任せとけ』
と言って、《こうちゃん》はインプレッサに付いて行ってくれたようである。
告別式が終わった後は、火葬している間に親戚一同+ワンティス関係者の会食があったが、出席者は50人以上いた。龍虎も田代の両親とともにこれに出席した。
お骨を拾って骨壺に入れるのは、ごく近い親族だけでおこない、龍虎はそれをじっと見ていた。その後、初七日の法要までおこなってから、葬儀は14時半頃に完全に終了した。
そして15時半頃から宴会が始まる!
龍虎の父は完全に宴会好きな親戚たちにつかまってしまった。ワンティスのメンバーでも、上島・下川・雨宮・水上・海原・山根の6人は参加してかなり盛り上がっていたようである。
春風アルトさん、下川さんの奥さんと娘さんや、雨宮先生の子供たちと母親たち、それに三宅先生と支香さん、それに龍虎は別室で何人かの親戚の女性と一緒にお茶を飲んでいた。三宅先生がいるので、支香さんとアルトさんもこの場は“休戦”という感じである。もっとも2人の関係はアルトさんが支香さんに敵対的な視線を送るだけで、支香さんは気にしていない、というのが龍虎の見方である。
それにしても三宅先生って、男物の喪服を着けてて出棺の時は棺を担いだし、一応“男扱い”なのかなという気もするけど、この席では中性的な服を着て女声で話している。きっと本人の基本は男でも、生まれてから大学に入る前までは女としての生活を強要されていたから、女になることもできるんだろうなどと思う。一度わざわざ触らせてくれたけどDカップくらいのバストがあった。
なんかこういうふうに男女2つの性を生きるのも悪くないかもと龍虎は一瞬考えた。
雨宮先生の従妹という人が、ケーキを持ち込んでいて頂いたが、凄く美味しかった。
「これ都会でも売れそう」
という声がある。
「でもここ安いんですよ。これだいたい平均350円くらい」
「すごーい」
「まあ都会レベルの値段をつけても田舎では売れないから」
「それは言えるなあ」
龍虎は両親とともに今日の最終で東京に戻った。父は完全に酔いつぶれていて、母にかなり文句を言われていた。荷物を持てない状況だったので、結局支香が荷物持ちを兼ねて付き合ってくれた。
支香は
「田代さんもお疲れ。立場上断れないでしょ?私も誘われそうになったけど、酔っ払いたちには付き合ってられないから離脱の理由ができてよかった」
と言っていた。
西舞鶴 7/27 18:15-19:53 京都 20:05-22:23 東京
特急まいづる14号と新幹線の乗り継ぎである。龍虎は明日の仕事に備えて、そのまま東京の§§プロの寮に泊まり、両親は新幹線(東京23:00-23:38熊谷)で帰宅した。支香も上野東京ラインで浦和に帰った。両親は最初高崎線に乗ると言っていたのだが、龍虎は、僕がお金出すから新幹線に乗りなよ、疲れてるでしょと言って、新幹線に乗せたのである。
龍虎が寮に行くのに使ったのも上野東京ラインだが支香が乗ったのとは別系統である。上野東京ラインは運転系統が分からないと言う人もいるが、実は龍虎もよくは分かっていない。“上野東京ライン”そのものは2015年3月に完成した上野−東京間の線路の名称であるが、これを利用して新しい路線が作られた。
基本的な運行系統は2つである。
沼津・伊東−東京−上野−大宮−前橋(高崎線)・黒磯(宇都宮線)
品川−東京−上野−我孫子−高萩(常磐線)・成田(成田線)
支香が浦和に帰るのに使用したのは上野から高崎線方面に行く籠原行き(籠原は熊谷の次の駅)、龍虎が乗ったのは常磐線方面に行く土浦行きであった。龍虎はこれを北千住で降りて東武に乗り換え五反野で降りる。駅から先はパスを持っているのでタクシーを使用する。
§§プロの寮で龍虎は固定の部屋No.208を使用する。実はこの部屋の鍵もいつも持っていて、熊谷まで帰れない時、疲れて帰る気力がない時はいつでも使っていいことになっている。隣の207号は北海道出身の高崎ひろかである。品川ありさは海老名市の実家に住んでいるが、ここの寮の209号も割り当てられており、遅くなった場合あるいは早出の場合に泊まることがある。他にはNo.204には中学2年、No.205には高校2年の研修生が居て、現在研修所に常時居るのは3人、それ以外に龍虎とありさが泊まることもあるという状況である。この時期は§§プロの在籍タレントの数も少なかったし、研修生の数も少なかったのである。
それで龍虎が寮に入って、階段を登って2階にあがっていったら、洗面器を抱えた高崎ひろかが部屋から出てきた所だった。
「龍ちゃん、お帰り。お仕事早く終わったのね」
「ううん。今日は親戚のお葬式で舞鶴まで行って来てその帰り。明日は朝から仕事だから熊谷まで帰らずにこちらに泊まることにした」
「いっそ夏の間はここにずっと泊まっていたら?」
とひろかは言う。
「ああ、ひょっとするとそれがいいかも知れない」
と龍虎も言われて思った。お母ちゃんに相談してみようかな。実はあと半月ほどで熊谷−東京間の新幹線定期が切れるのである。夏休みの間はここに泊まってもいいかも。
「私、お風呂行くところだけど、龍ちゃんも一緒に入る?」
「いやいい!クニちゃんあがったら教えて」
「恥ずかしがらなくていいのに。“女の子同士”なんだし」
と言って、ひろかは階下に降りていった。
部屋に入ってベッドの上に横になってから龍虎はつぶやいた。
「やはり自宅から通おうかな。ここにずっと泊まってたら、ボク、クニちゃんやハナちゃんに解剖とかされそう」
既に3度も品川ありさにはフルヌードを見られて、ちんちんが無いお股と少し膨らんでいるバスト(身長を伸ばすために敢えて飲んでいた女性ホルモンの副作用)もその度に見られていることは取り敢えず忘れている。
うとうととしていたら、部屋のドアがトントンとされる。
「龍ちゃん、寝た?私はあがったけど」
と高崎ひろかの声。
「ありがとう!じゃボク入るよ」
と言って起き上がり、お風呂セットを持って部屋を出た。階段を降りていき、浴室に行く。脱衣場に入って、服を脱ぐ。この時、龍虎は疲れていたので、脱衣場の中に他にも脱衣カゴが出ていたことに全く気付かなかった。どちらかというとボーっとしたままの状態で、キュロットとTシャツ、ブラジャーにパンティを脱いで、タオルとシャンプーセットを持って浴室とのドアを開けた。
“浴槽の中に入っていた”女の子がこちらを振り返って言った。
「あ、龍ちゃん、お疲れ〜。今夜は寮に泊まるの?」
No.204の住人、中学2年の米本愛心(よねもと・あこ)であった。龍虎はさっきの高崎ひろかの言葉を思い起こしていた。クニちゃんは“私はあがった”と言った。ボクも彼女に「クニちゃんがあがったら教えて」と言った。でも他にも入っていた子がいたのか!
「一緒に入ろうよ。“女の子同士”で中学生同士、遠慮することもないよ」
と愛心は笑顔で言った。自分が入ってくることを予想していたようだ。クニちゃんと共犯か?
でもアコちゃんにまで、ボク、ヌードを見られちゃったよぉ、えーん、と龍虎は思ったが、今更である。
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【娘たちのフィータス】(4)