【娘たちの悪だくみ】(3)

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4月21日(日)に瞬嶽の葬儀に出た青葉は、その後東京に移動した。
 
実は冬子(ケイ)から秘密のお仕事を頼まれていたのである。冬子がここしばらく“ローズクォーツ・グランドオーケストラ”に関する作業で土日が完全にふさがっているため、申し訳無いが平日に来て欲しいという依頼だった。
 
霊的なお仕事は基本的に断るという方針を定めたばかりなのに、学校を休んでまで東京に行くという話に朋子がかなり渋ったものの、色々お世話になっている冬子さんからの話ということで最終的には認めてくれた。冬子との約束は23-24日(火水)だったので、青葉は最初日曜日に葬儀に出た後、いったん高岡に戻って月曜日は学校に行ってからまた火曜日東京に出ていくつもりだったが、それではきつすぎるということで、月曜日も休んで東京直行することになった。
 
冬子からの依頼は耳の聞こえない作曲家で元歌手の田中鈴厨子(すずくりこ)に歌を歌わせようという話で、本人が歌う歌の音の高さをリアルタイムで視覚化し、その表示で音程を確認しながら歌うということをやろうとしていた。
 
ただその際、本人が少しでも聞こえたらかなり助けになると思われたので、それを青葉のヒーリングで何とかならないかという話だったのである。青葉は田中を診てみて、改善の余地があると判断。しばらく定期的に青葉のセッションを受けることになった。
 
さて、この東京行きの際、最近“合唱軽音部”でサックスを吹くことになり練習しているということを言うと、「サックス、自分のを1個買っちゃいなよ」とうまく乗せられる。それでたまたま冬子のマンションに来ていたサックス奏者の宝珠七星さんと一緒に買いに行き、ピンク色のサックス Yanagisawa A-9937PGP(145万円)を買ってしまった。更に冬子と政子からは彼女らが以前使っていたというヴァイオリンとフルートをもらったし、田中さんからは大量のCDまで頂いて、青葉は凄い荷物を手に持って高岡に帰ることになった(越後湯沢での乗り換えの時は知り合いが居ないのをいいことに海坊主に持たせた)。
 

2013年4月24日(水).
 
青葉が東京に来た2日目。
 
ローズ+リリーは14枚目のシングル『100%ピュアガール/疾走/あの夏の日』を発売した(トリプルA面)。この『疾走』はワンティス最後の作品として知られたいたが、ワンティスのメンバーは多数のファンからのリリース要請に沈黙を貫いていた。それが突如ローズ+リリーの歌唱でリリースされたことに驚きの声があがったが、リリース当日『疾走』のクレジットが、長野夕香作詞・上島雷太作曲になっていたことに、戸惑いの声があがった。
 
この『疾走』は自動車事故で亡くなった高岡猛獅の遺作と思われていたからである。
 
この問題について上島と雨宮は27日に記者会見して、実はワンティスの曲で高岡猛獅作詞とされていた曲の大半が実際には長野夕香が作詞したものであることを明らかにした。
 
「それでは作詞印税は実際には夕香さんのご遺族に支払われていたのでしょうか?」
「いえ、高岡の遺族に支払われています」
「では夕香さんのご遺族には?」
「何も支払われていません。それで実は僕が自分が受け取った作曲印税を代わりに夕香さんのご遺族に渡していました」
と上島は発言した。
 

これについてネットでは高岡の遺族に批判が集中する。そして4月30日、高岡の父は地元のテレビ局に弁護士を伴って出演し、会見して述べた。
 
・ワンティスの作品が息子の詩では無かったというのは全く知らなかった。
 
・息子が、そして亡くなった後で自分が不当に受け取った印税・著作権使用料を自分が弁済できる範囲で弁済したい。夕香さんのご遺族と話し合ったが、それを今自分が受け取るより、震災で被害を受けた人たちのために役立てて欲しいと言われた。それで現時点で所有している全ての有価証券を売却し、また現在所有している不動産も全て売却し、全ての預貯金と合わせて、東日本大震災からの復旧に役立ててくれる団体に寄付したい。
 
このお父さんの会見で、ネットの空気は一転した。
 
これまで批判していた人たちが皆、お父さんを「潔い!」と評価。そして全ての資産を売却したら、即生活に困るのではないかといって、お父さんの生活費の足しにといって、多数お金を送ってくる人たちがあった。
 
これに対してお父さんは再度会見し、そのお金を自分は受け取る筋合いがないので、送ってこられたお金も合わせて復旧に役立ててくれる団体に寄付したいので、了承して欲しいと述べた。
 

テレビ局や雑誌が、そのような作者偽装のおこなわれた経緯について追及した。
 
事件の中心人物と思われるワンティスの元事務所社長は昨年末に亡くなっており、当時のスタッフ数人に取材が行われたものの、皆そういうのは知らないと主張した。社長のワンマン事務所であったため、誰も細かい部分にはタッチしていなかったものと思われた。社長は多数の愛人がいたものの結婚はしていなかった。それで過去に愛人だった人をかなり探し出して取材を試みたものの、参考になりそうな情報を持っている人は見つからなかった。
 
当時のレコード会社担当者にも取材が行われた。
 
ワンティスの後半の担当者であった、★★レコードの加藤銀河課長は、記者会見して、自分も偽装のことは全く知らなかったと述べた。普段は好人物としてマスコミ受けのよい加藤氏が、厳しい追及にあい、ほとほと困っていたが、加藤氏は自分が無知だったことにも責任があると言い、向こう1年間の減給、ボーナスの返上を上司に申し出たことを明らかにした。
 
これに対して上島と雨宮は再度会見し、偽装が始まったのは加藤がワンティスのマネージャーになる前であったと表明。加藤には責任が無いと言明した。
 
★★レコードは最終的に加藤課長、町添制作部長、松前社長の減給6ヶ月の処分を発表した。そして3人は今年夏のボーナスを自主返上すると述べた。
 
ネットでは概ね妥当な処分だとする意見が多かった。
 

それで最終的にやり玉にあがったのは、ワンティスの初代マネージャーであった太荷馬武(元★★レコード制作部次長)である。
 
太荷馬武は東京に出てきて記者会見に応じ、偽装のことは知っていたが、自分が指示したものではなく、いつの間にかそういうことになっていただけで、どういう経緯でそのようなことになったかは知らないと主張した。
 
「当時のワンティスのメンバーが、社長はレコード会社の担当から言われて高岡さんの名前でないと売れないから、高岡さんの名前でリリースさせてくれと言われたと言っているのですが」
 
「決して私はそのようなことは言っておりません。ただ、印税の配分などのために、名義を変えるのは、わりとよくあることなので本人たちがいいのであれば、それでいいのだろうと思っていました」
 
「よくあることなんですか?」
と問われて、太荷は今のは失言だったかなと反省した。
 
「そのような事例は聞いております」
「太荷さんが担当したアーティストで、他にもそういう偽装はありましたか?」
「すみません。各アーティストの事情は守秘義務がありますのでお答えできません」
 
太荷の端切れが悪いので、マスコミはかなり彼を追及し、結果的に彼はかなり悪役になってしまった感があった。
 

彼は現在の会社(CDプレス工場)で営業の仕事をしていたのだが、すっかり悪役イメージになったため、これでは営業ができないとして、辞表を提出した。しかし彼の会社の社長は慰留する。
 
「太荷さんの人柄は僕は分かっているつもり。積極的に不正に関与するような人ではないよ。でも確かに営業の仕事はつらいかもね。だったら、しばらく台湾工場のほうの仕事をしてくれない?ほとぼりが冷めるまで」
 
「ありがとうございます」
「君、中国語できたっけ?」
「北京語なら何とか」
「台湾は北京語圏だから大丈夫だね」
「分からなかったら勉強します」
「うん。よろしく」
 
それで太荷は取り敢えず年内は台湾に赴任することになったのである。
 

太荷が台湾に行くためにセントレアに来て歩いていたら
 
「太荷君」
と呼び止める人がある。サングラスとマスクで顔を隠している。思わず空港でそんな格好していたら職務質問されるぞと思った。
 
「何ですか?村上専務」
「その名前を大きな声で言わないで!」
 

それで結局空港内の食堂に入る。何でも好きなものを頼んでと言われたので、ここは高いものを取った方が村上は満足するだろうと考え、ひつまぶしを頼む。専務はひつまぶしの特上を2つ取った。
 
やがて料理が来たので食べながら話す。
 
「なぜ君、ワンティスの偽装の件は僕と事務所社長の話し合いで決めたものだと言わなかったの?」
と専務は太荷に尋ねた。
 
太荷は少しため息をついて言った。
「専務は守秘義務というものをご存知だと思うのですが」
 
「・・・・」
 
「私は仕事をしている間に知り得たものごとは、裁判などで証言する必要があるような場合以外では、決して誰にも話しません」
 
村上専務はしばらく考えていた。
「どうだろう?2000万円で」
 
太荷は苦笑した。
「申し上げましたように、私は守秘義務を守ります。お気遣いは無用です」
 
「すまん」
と村上専務は太荷に頭を下げた。
 
「もし君がこの件で失職したりした場合は、必ずどこか仕事を世話するから」
 
「大丈夫ですよ。職安に行きますから」
と太荷は明るい表情で答えた。
 
太荷は2012年1月に現在の会社に就職してから頑張って働き、養育費の支払いの傍ら、例の事件で松前に肩代わりしてもらったお金の内既に3割ほどは返済を済ませている。この1年3ヶ月の充実した仕事が今は彼の心を支えていた。
 

その日、龍虎たち6年生一同は体育館に集められ、修学旅行について説明を受けた。この日は教頭先生が全体的な説明をする。
 
「日程は1泊2日で行き先は群馬栃木です。行程はだいたいバスで、1クラス1台を使用します。途中1ヶ所だけ鉄道での移動がありますので、迷子を出したりしないように、班ごとの行動を守って下さい。班分けは各担任からお話があると思います」
 
その他、持ち物やお小遣いなどに関する注意もある。携帯は連絡用に持ってきていいが、ゲームでの使用は禁止と言われた。ゲーム機の持参も禁止である。カメラは高額なものでなければOKと言われた。音楽プレイヤー・ヘッドホンは注意事項などの聞き漏らしが発生しやすいので禁止ということだった。お小遣いは昼食代を含めて6000円以内と言われた。
 
20分くらい説明があった上で
 
「女子のみなさんだけに注意があります。男子のみなさんは教室に帰って自習していて下さい」
と増田先生が言った。
 
それで男子は立ち上がり、ざわざわと会話などしながら体育館を出て行く。
 
龍虎も立って出て行こうとしたのだが、増田先生から声を掛けられる。
 
「田代さん、何やってんの?あなたは座ってて」
「はい?」
 
それで龍虎は取り敢えず座る。彩佳が
「龍、こっちおいで」
と言うので、彩佳の隣に移動した。
「何でボク停められたの?」
と龍虎が小声で訊く。
 
「多分龍には必要な話」
 
龍虎は首を傾げた。
 

龍虎はよく分からないまま佐藤先生の話を聞いていた。教頭先生も、2組の広橋先生と3組の竹川先生(いづれも男性)は退出して、ここには保健室の佐藤先生、1組担任の増田先生(女性)の他は(龍虎の他は)女子生徒ばかりである。
 
説明の内容は「女子ならではの身の危険」に関するお話をした上で、絶対に1人では行動しないように。トイレに行く時なども必ず友だちと誘い合って2人以上で行くようにと言われた。
 
「龍は可愛いから、襲われやすいよ。私たちと一緒にトイレは行こう」
と彩佳が言う。
「襲われるって?」
と龍虎は意味がよく分からずに訊く。
「私も同意見。龍はとっても危ない」
と桐絵が言う。
 
「トイレ一緒に行くのはいいよね?」
「あ、うん」
 
そういう訳で龍虎は修学旅行では彩佳たちと一緒にトイレに行く約束をしたのだが、それが何を意味するか、龍虎は分かっていない!
 

男子との恋愛の話もあり、「セックスに誘われても応じないように」と言われたが、セックスって何だっけ?と龍虎は思っていた。更に「ボーイフレンドがいて念のため避妊具を持っておきたい人にはあげますから後で保健室に取りに来てください。一切詮索せずにあげますから」と言っていたが、“ヒニング”って何だろう?と思って聞いていた。
 
また生理のことについてもお話があり、旅行などに出ると環境の変化のため、突然生理が来てしまうこともあるので生理が来る予定の無い人も、必ず使い慣れた生理用品を少し多めに持って行くことと言われた。また、まだ生理が来ていない人もこういう時突然来ることがあるので、お母さんなどと相談して生理用品を用意しておくことと言われた。
 
「龍は生理用品持ってる?」
と桐絵から訊かれる。
「さすがに持ってない」
「生理まだ来てないんだっけ?」
「さすがに来てない」
 
「でも来るかも知れないからナプキン買っておくといいよ」
「そうなの!?」
「何なら買うのに付き合ってあげるよ」
「うーん」
 
龍虎はやや不純な動機でナプキン持っていてもいいかなあ、などと思った。
 
そんな不純なことを考えていたので、なぜ自分が女子だけへの説明の場にいるのかについては、何も考えていなかった。
 
龍虎がどうも不純な悩みをしているようなので、彩佳は笑いをこらえていた。
 

千里はレオパルダ育成チームのメンバーと日々練習していて、日に日に自分が“研磨”されていくのを感じていた。それは今まで5cmレベルの精度で済ませていたようなアクションを3cmレベル、2cmレベルまで精密さをあげていくような作業なのである。
 
「こういう場合、こうすればいい」というのが頭で分かっていても、身体がちゃんとそれをできていなかった。それをきちんと正確にやる。それがこのレベルの仲間たちとやっていて、認識させられていったことであった。
 
最初は2〜3割しか勝てなかったリディアにも、5月下旬頃には半分近く勝てるように進化していた。
 
「コラは成長が速い!」
「コラのスリーは最近簡単にはブロックできなくなった」
 
などとチームメイトから褒められるが、それでいい気になったりせず、自分を引き締めていた。そしてまだ自分の力では勝てない数人のチームメイトに勝てるようになるべく頑張っていた。
 

そのまだ勝てないチームメイトの中に中国籍のシンユウ(Lin Xinyu 林心玉)が居た。2年前に1度トップチームに入れられたが半年でリターンしてきたなどと言っていた。トップチームにもいたというだけあって本当に強かった。
 
ひじょうに背の高い選手で中国ではアンダーエイジの中国代表候補に召集されたこともあるらしい(代表にはなれなかったという)。同じ東洋人ということで結構親しくなった。
 
5月上旬、そのシンユウから
「チェンリー(“千里”の中国語読み)、長期間スペインに滞在するなら、車を1台持っておくといいよ」
と言われた。
 
彼女は高校時代、日本に住んでいてインターハイにも出たことがあるらしい。それで日本語が(わりと)できるので、千里と彼女の会話は、日本語・スペイン語ミックスで進んだ。彼女は九州に居たらしく「〜ばい」とか「〜たい」とかいった語尾がしばしば混入するが問題無い。「おっとっと、とっとってっていっとうたとに、なんでおっとっととっとってくれんかったとっていっとうと」を美しく可愛く発音した。
 
「免許は持ってる?」
「一応日本で国際免許証を発行してもらってきた」
「ああ。それで半年は乗れるんだよ」
「半年?」
「そそ。それを過ぎそうになったらスペインの免許に切り替えればいい」
「へー」
 
千里は中古車でいいと言ったのだが、ヨーロッパでは日本と違ってかなりボロボロになるまで乗る人が多いから、中古車は状態が酷いのが多いよと言う。
 
「日本の中古車とはかなり違う。特にお金に困ってないなら、絶対新車を買った方がいい」
と彼女は言った。
 

それで彼女と2人でセアト(SEAT)の販売店に行った。セアトはスペインを代表する自動車メーカーである。彼女はセアトのタラコ(Tarraco)に乗っているということだったが、実際にタラコを見てみると、かなりでかい!
 
「私はもう少し小さいのがいいなあ」
と千里は言う。
 
「そだねー。千里(チェンリー)は背が低いから、もう少しコンパクトな車の方が合うかも」
 
ということで、お店の人とも話しながら試乗もさせてもらって決めたのはセアトのベストセラーカー、イビサ(Ibiza)の1.6L 6MTである。ヨーロッパはMT車が多い。これはだいたいトヨタアクアなどと似たサイズの車だ。支払いは“例のカード”で払ったがシンユウは「凄いカード持ってるね」と言った。納車は半月ほどかかると言われた。
 
「でも私はこの車は窮屈だ」
とシンユウは言うが、まあ身長192cmの彼女には狭いかも知れない。
 
「この車に同乗する時は後部座席に乗って足を伸ばすといいよ」
「そうさせてもらう」
と言ってから彼女は言った。
 
「でもスペインは縦列駐車(aparcamiento en paralelo)が多いから、特に慣れない内は小さい車の方が楽なことも多いかもね」
「なんか、あれ凄いね!」
 
日本だと縦列駐車する場合、車と車の間は1m程度空いているものである。しかしスペインでは縦列駐車の車間は数cmである。要するに駐める時も出る時も前後の車にぶつけて動かす!のが常識になっている(従って縦列駐車した時はパーキングブレーキは掛けないのがマナー)。概してヨーロッパの人はバンパーはぶつけるためにあると考えており、それが他の車とぶつかることを誰も気にしない。
 

日本女子代表候補24名は5月1日からナショナル・トレーニング・センターで今年の第一次合宿に入った。
 
「レオちゃん、千里のこと何か聞いてない?なんで村山が入ってないんですかって監督に聞いても、召集候補リストに入ってなかったからだとしか言わないし、強化部長に聞いたら、今は言えないというし。本人に直接電話しても、あいつ出ないしさ」
 
と花園亜津子が初日のお昼の時間に言ってきた。千里の話題なので三木エレンも寄ってくる。
 
「ちょっと事情があって、特別コースで練習してるんだよ、あの子は」
「特別コース!?」
「何か故障でもしてリハビリ中?」
 
「うーん。故障の一種かなあ」
と玲央美は言いつつ、心の故障かも知れないなと思う。
 
「なんか手術受けたという噂も聞いたけど」
「ああ、性転換手術受けたみたいよ」
「嘘!?あの子、男になっちゃったの?」
「いや、性転換手術を受けて女になったらしい」
「元から女じゃん」
「そうなんだよね〜」
 
「だから今は候補の中に入ってないけど、最終的にはロースター争いに入って来ると思うよ。エレンさんもあっちゃんも、千里がいないからと気を抜いていたら、直前に落とされるよ」
 
その玲央美の言葉で、ふたりとも顔が引き締まった。
 

一方男子の方は5月11日から合宿開始だったのだが、市川ラボで合宿用の荷物をまとめながら、貴司は気が重いなあと思っていた。
 
またまた龍良から、貴司の“性別疑惑”を追及されそうという気がしていたのである。きっとまた合宿所に入る前におっぱいは消えてくれるんじゃないかという気はするが、ちんちんは何とか誤魔化さないといけない。
 
さてどうやってうまく龍良さんから逃げよう・・・と思っていたら思いがけないニュースが飛び込んでくる。
 
龍良さんが怪我をして、東アジア選手権はパスすることになり、代わりに永石選手が緊急召集されたというのである。
 
「よかったぁ。今回は性別追及されなくてすむ」
と思い、貴司はホッとした。
 
それで取り敢えずお見舞いのメールを送っておいた。
 

そういう訳で貴司は11日から13日までNTCで合宿をおこない、14日に韓国の仁川(インチョン)に渡った。貴司は練習中以外クロノグラフが勝手に腕についてしまうのだが、それ以外に自主的に酸化発色ステンレスの指輪を左手薬指につけておいた(試合中は携帯につけておく)。千里も阿倍子も見ていない時なら、つけておいてもいいよね?と不思議な理屈を考えていた。
 
指輪って空港の金属探知機で引っかからないかな?と心配したものの探知機は反応しなかった。
 
「細川君、ずっと指輪つけてるね」
と前山から言われる。
 
「ええ。村山と交換したんです」
「おぉ!結婚したんだ」
「そうなるのかなあ」
「結婚したんじゃないの?」
「籍は入れてないんですけどね」
「へー。ペーパーレス婚なの?」
「うーん。これは何になるんだろう?」
 
「僕はむしろその腕時計が気になる。それ凄く高そう」
と山崎さん。
 
「実はエンゲージリングの御礼にもらったんです」
「おお、だったら、かなり高いものでしょ?」
「正確な値段は聞いてないですけど、40-50万したみたいです」
「すげー!」
 

「これ40-50万したんじゃないかなあ」
とその日届けられたギター(Yamaha LS56)を見て田代幸恵は言った。
 
「すごーい。そんなのもらっちゃっていいのかなあ」
と龍虎は驚いたような顔をして言う。
 
「まああんたが練習するならいいんじゃない?」
「うん。少し頑張ってみようかな」
 
「上島さんから一昨年頂いたフルート(Yamaha YFL877 定価88万円)よりは安い」
「あれ、高そうだった!」
「でも美事に吹きこなしたからなあ。あんたやはり音楽の才能あるよ」
「えへへ」
「でもどうして急にギターやりたいと思ったの?」
「・・・」
「いや、言いたくなければいいよ」
「高岡のお父さん(龍虎の実父・高岡猛獅)がギターやってたから、ボクも弾きこなせたらいいなあと思って」
「なるほどね。お父さんの演奏のCDとか聴いた?」
「youtubeで見た」
「CD棚の確か一番奥の棚にワンティスのCD並んでいたと思うよ」
「聴いてみようかな」
 

5月9日(木).
 
龍虎たち6年生は社会科見学の一環として市内の複数の工場を見に行った。貸切バス3台で移動するが、行く順番はクラスごとに違う。これは3クラス104人で一度に来られると工場側が対応できないので1クラスずつ時間差で見学するためである。
 
龍虎たちのクラスが最初に行ったのは市内のアイスクリーム・メーカーの工場である。食品工場なので雑菌対策が厳重だ。全員まず手をアルコールで消毒した上で、白衣に布の帽子をつけマスクもする。髪の長い子は全ての髪を帽子の中に納めるのに結構苦労していて最終的には友だちに手伝ってもらっていた。工場の製造部分に入る時はまずコロコロで衣服のほこりを取ってから、エアーシャワーを通る。本当は専用のゴム長靴に履き替えるのだと説明された。
 
製造工程はガラス越しに見るので、本当は単に見学するだけならここまでしなくてもいいのだが、製造ラインのある部屋に入る前にすることを疑似体験できるように、一世代前のエアシャワーを見学者用に開放しているのである。
 
北海道甜菜糖やスキムミルクなどの原材料をミックスし、熱を加え圧力を加えながら材料を均質になるように混ぜていく。加熱殺菌した上で冷まし、更に冷やしていく。型に流し込み、棒を挿し零下32度まで冷やして固める。
 
工程の中で加熱攪拌する機械は工場内の高い位置に設置されており、冷ます過程は下の方に置かれている。熱い空気は上に昇るから、合理的だね、と龍虎たちは言い合った。
 
最後に自動で袋詰めされて製品は完成。検査過程を通った後、段ボール箱に自動で詰められる。基本的には全て機械が自動で動いており、工程内にいる人間の数は少ない。主として製品の途中検査や機械がちゃんと動いているかの監視などがお仕事である。帽子の色で担当が分けられていて、一般作業者は青、見習いは緑、責任者は赤、外部検査官や研究者は紫と説明された。
 
製造されたアイスクリームはいったん冷凍倉庫内にストックされ、これが工場に直付けされたトラックに自動で積み込まれていく。
 
一通りの過程を見るだけで1時間掛かっているが、最後に今製造したばかりの箱を1つ取り出してきてアイスクリームが見学者に配られると歓声があがっていた。
 
「やっぱり出来たてのほやほやを食べると美味しいね」
「アイスクリームは“ほやほや”ではないかも」
「だったら“つめつめ”?」
「うーん。。。そんな単語は無い気がする」
 

11時頃、今度は自動車工場に移動する。
 
この工場では車の最終的な組み立てが行われている。ロール状の板金をカットしてプレスし外板やドアなどの形にしていく。それを電気溶接し、更に塗装する。この塗装も最初に電着塗装といって水溶液の中に車体を沈めて細かい部分までもれなく皮膜が作られるようにし、その後、シーラー塗装、ベース塗装、クリア塗装と進む。全て自動だが、随時人間が(軍手をして)手で触り、塗装漏れや凸凹などがないか確認している。
 
一方他の工場で作られた、エンジン、ガラス、座席、オーディオなどなどが用意され、これらがあるいは自動で、あるいは人間の手で車体に取り付けられていく。最後にドアを取り付け、タイヤを取り付ければ完成である。組み立て終わった車は人間が運転して検査工程に進む。
 
「人が運転するのか!」
「まあ運転できなかったらやばいね」
「お料理の試食と同じだよ」
 
「試食をしない癖の人っているよね」
「うんうん。味は食べてみてのお楽しみって人」
「でも料理好きの人にはそのタイプが割と多い」
「あれ作るのが好きなのであって食べることにはあまり興味が無い」
 
「自動車はそれでは困るな」
「動くかどうかは運転してのお楽しみ」
「それはあまりにも怖すぎる」
「いや車の改造マニアには時々そういう人がいる」
 

ここを見たあと食事になる。クラスごとに時間差で見学しているので食事の場所もクラスごとに違う。龍虎たちはアピタのフードコートで食事をした。ここに来たのが13時すぎだったのでお店はわりと空いている。龍虎は彩佳・桐絵・宏恵・優梨・真智と一緒にロッテリアでおしゃべりしながらハンバーガー・セットを食べた。男子たちにはラーメンを食べている子が多かった。
 
「唐突に思ったけど、龍ってまあまあ食べるよね」
「ああ、それは思ったことある。身体が細い子って食も細いこと多いけど、龍は割と食べる」
 
「やはり病気でずっと入院していた頃はあまり食べられなかったよ。病院の食事を全部食べきれなくて、けっこう点滴で栄養を取ってた」
 
「それって薬の副作用もあるんでしょ?」
「そうそう。食べても吐きそうになるんだよ」
「龍の成長が遅れたのはそれもあるんだろうな」
「退院する頃にはだいぶ食べられるようになっていたし、病院の先生からもしっかり食べるように言われた」
 
「普段晩御飯はどのくらい食べるの?御飯は何杯?」
「御飯は最近頑張って2杯食べられるようになった」
 
「・・・」
 
「御飯茶碗って丼サイズ?」
と真智が訊く。
 
「ううん。このくらい」
と言って、龍虎は両手で大きさを示す。
 
「それかなり小さい気がする」
と優梨。
 
彩佳が笑っている。
「まあ龍が使っている茶碗は、いわゆる姫茶碗のサイズだよ。普通の茶碗の3分の2くらいのサイズかな」
 
「うーん・・・・」
 
「龍、もっと食べよう。私のポテトあげるから」
「え〜〜?さすがにそこまでは入らない」
「龍、もっと食べないと、おっぱい大きくならないよ」
「・・・・・」
 
龍虎が悩んでいるので優梨と真智は顔を見合わせた。
 
「ひょっとして、おっぱい大きくしたいの?」
「え、えっっと・・・」
 
「龍は今Aカップのブラ着けてるけど、Bカップでもいいんじゃないかと思う」
と彩佳が言う。
 
「龍、そんなに大きくなってんの!?」
「たぶん、そろそろ生理が始まる」
「嘘!?」
 

食事の後は、この日最後の工場、化粧品会社の工場に行った。ここは食品工場以上に雑菌対策が凄かった。アイスクリーム工場では各自持参の学校の内履きで見学したのだが、ここではまず入口でスリッパに履き替えさせられる。このスリッパも、その後配られたビニール製のコート・帽子・手袋も全て使い捨てらしい。
 
製造工程はアイスクリームと割と似ている。原料を混ぜ合わせてバルクという状態にし、1日置いてから検査の上で瓶詰めの工程に進む。混ぜ合わせる工程も瓶詰めも全て自動である。検査も自動検査機械に通すとともにサンプリングして人間の目でも検査をおこなう。またテスターの人たちが自分の肌に実際に塗って確認していた。
 
ここでは化粧水、乳液、口紅を作っているが、口紅は非常に難しいんですと説明された。材料を高温で充分に混ぜ合わせてバルクを作り、成形用の型に詰めて充填するが、このあと温風を当てながらゆっくりと冷却していく。そうしないと冷却の過程でひび割れや穴ができてしまうからである。できあがった所でキャップをし、箱に詰めフィルムで包むが、途中何ヶ所も検査があり、結構な量の製品が不合格になる。口紅はどうしても歩留まりが低くなってしまうという話であった。様々な条件変化のため、どうかするとロット単位で全部アウトになることもあり、その度に技術者が機械の設定を調整するという。
 
最後に清浄管理領域から出た後、このメーカーの製品でメイク体験ということになり、女子の希望者から抽選で5名フルメイクしましょうということになる。
 
「私うっかり女子と言いましたけど、もちろん男子でもいいですよ」
と案内してくれている人は言った。
「最近こういうので、女子限定とか男子限定とかいうと、性差別だってお叱りを受けるもので」
などと言ったら
 
「よし。俺も抽選に参加しよう」
と言って金野君も抽選のくじを引いていた。
 

宏恵、菜美、穂ノ佳、それに男子から参加した金野君が当たりくじを引き当てる。
 
「あと1名行けるのですが、まだ引いてない子はいないかな?」
と案内人さんはキョロキョロしていたが、そこで展示されているアイカラーの色見本を見ていた龍虎に目がいく。
 
「君、このくじ引いた?」
「え?」
と言って振り返る。龍虎は話を聞いていなかったので、何のくじだろう?と思いながら箱の中から1枚引く。
 
「当たり!君が5人目ね。こちらに来て」
と言って連れて行かれる。
 
女子たちの間で素早く視線が交わされる。
 
が、みんな「龍ちゃんのメイクした顔が見たい!」という好奇心いっぱいである。
 
それで座らされた5人はまずは眉を切りそろえられた上で、ウェットティッシュで顔の汗などを拭き取る。そして化粧水→乳液→化粧下地→リキッド・ファンデーション→フェイスパウダーと塗られていく。
 
龍虎は「これ何〜〜?」と思いながらメイクをされていた。
 
アイカラーを濃淡3色で入れられ、Tゾーンにはホワイト系のパウダーを入れる。アイラインを入れ(ここが目に刺さりそうで怖かった)、アイブロウを丁寧に毛の方向に沿って入れてから、ビューラーで睫毛にカールを付け、マスカラをたくさん!塗る。
 
チークを大きな筆(熊野筆ということだった)で濃淡2色で入れ、口紅はきちんとペンシルで縁取りをした後でリップスティックで塗る。口を開けさせて口角までしっかり塗る。
 
それで完成である。
 
「おお、美しい!」
「1名を除いて美人だ」
 
金野君の顔だけはプロの手に掛かっても、どうにもならなかったのである。女子3人もみんなきれいに仕上がっていたが、特に龍虎の出来が良い。
 

「龍ちゃん可愛い!」
という声があちこちから出る。
 
「やはり可愛い子がお化粧すると、もっと可愛くなる」
と言われるが、本人は状況を把握しておらず、なんでボクお化粧されちゃったの〜?などと思っている。
 
隣で金野君が
「俺はどうしてもオカマにしか見えない」
と言って笑いを取っていた。
 
それでみんなたくさん写真を撮っていた。
 
「龍ちゃん、もっと可愛い服を着て来ていればよかったのに」
などと言われるが、それでもみんな龍虎と並んで記念写真を撮っていた。
 
メイクをした人はクレンジングを渡されて、その顔のままで帰っていいよといわれたが、菜美は「恥ずかしい〜」と言って、その場でメイクを落としていた。それに対して金野君は「これで母ちゃんをびっくりさせよう」などと言っていた。
 
「金野君のお母さん、心臓麻痺を起こさなければいいね」
 
ちなみに龍虎はメイクしたままバスに乗って学校まで行き、その顔のままで自宅に戻ったが、その日早めに帰宅していた母は
 
「あら、可愛くなってるね」
と笑顔で言っただけである!
 
「ボクもこれ可愛いかもと思った」
「お化粧の練習する?」
「ハマると怖いから、もう少しおとなになってから練習しようかな」
「うん。それでいいと思うよ〜」
 

5月16日から東アジア選手権(アジア選手権予選:5位以上で進出)が始まったが、やはりエース龍良を欠く日本はどうにも厳しい戦いとなった。
 
初日の韓国戦には大敗。17日のマカオ戦はさすがに勝ったものの、18日の台湾戦はかなり接戦となった。
 
万一この試合を落とすと決勝トーナメントに行けず、5位決定戦に回るという悲惨なことになる。
 
後半投入された貴司は、みんなが驚くような冴えたプレイで台湾チームの要となっているスモールフォワードを翻弄する。それで10点ビハインドを挽回し、残り30秒で残り1点差とする。
 
そして相手シュートが入るかと思われたのが運良く外にこぼれたのを前山がしっかりリバウンド確保。貴司に送って、貴司が相手選手を3人抜き独走。最後は須川の「細川、撃てぇぇぇ」という声に反応してミドルシュート。
 
これがブザービーターとなり、1点差逆転勝利した。
 
これで日本は4位以上が確定。アジア選手権に進出することが決まった。貴司はみんなにもみくちゃにされた。
 

日本女子代表の方は5月8日、第一次合宿の最終日の夕方、12名に絞られた。むろんこれは最終メンバーではなく、現時点でのロースターであり、後で入れ替えは大いにあると監督は言明した。取り敢えず選ばれたのは下記の12名である。昨年の世界選手権のメンバーが微妙であったため、今回は一昨年のアジア選手権のメンバーがコアになっている。
 
PG 5.羽良口英子(1982) 9.武藤博美(1983)
SG 4.三木エレン(1975) 10.花園亜津子(1989)
SF 8.広川妙子(1984) 11.佐藤玲央美(1990) 15.千石一美(1986)
PF 6.横山温美(1983) 12.高梁王子(1992) 14.石川美樹(1986)
C 7.馬田恵子(1985) 13.黒江咲子(1981)
 
主な落選者:吉野美夢(1984), 月野英美(1986), 富美山史織(1981), 早船和子(1982)
 
実際問題として前回のアジア選手権代表から、千里と月野さんが外れて、石川と千石が入った形である。もっとも今回千里は代表候補24名にも入っていなかった。
 
なお、横山温美だが、2010, 2011, 2012 と3シーズンにわたってスペインのCDバレンシアで活動していたのだが、年齢的な問題(今年は30歳になる)もあり彼女は4月にロースターから落ちてしまった。それで古巣のビューティーマジックに復帰している。
 
バレンシアはグラナダから割と近く、千里はグラナダに行くと聞いて、横山さんのプレイを見る機会があるかな?と思っていたのだが、残念ながら千里と入れ違いになってしまった。
 

日本代表の一行“10名”とスタッフは5月13日にアメリカに向けて旅立った。
 
代表メンバーの中で、羽良口と高梁はアメリカにいるので現地で合流する。
 
代表一行はアメリカのフェニックスで10日間合宿した上で、スロバキアで合宿、その後リトアニアで「リトアニア国際トーナメント」という大会に出て、スウェーデン・リトアニア・中国の代表チームと戦う予定である。
 

5月19日(日).
 
龍虎の小学校で運動会が行われた。
 
今年、龍虎は徒競走で初めて男子に混じって走った。事前のタイム測定では微妙だったが、龍虎が男子の方で出たいというので走らせたが、男子として恥ずかしくない速度で走れるようにと、運動の得意な桐絵が付き合ってあげて毎日昼休みに校舎の周りを時間いっぱい走っていた。
 
それで男子6人で100m走って5位から20mほど離された6位でゴールしたが
「このくらいの差でゴールしたのは上出来」
と伊藤君から褒めてもらって、ちょっと嬉しかった。お昼に母と来てくれている春風アルトからも「今年は男子で頑張ったね」と褒められた。
 
ちなみに龍虎は応援合戦ではミニスカを穿かされてボンボンを持ってチアをやっていたが、アルトも
「可愛いじゃん」
などと言っていた。田代幸恵は
「まあ、あの子はああいうのを着せられてしまうのがデフォルトですね」
と言って笑っていた。
 
「でもチアやってて、凄く動きがいいのは、バレエやってるせいかな」
「だと思いますよ〜。手足がピシッと伸びているから、実際の背丈より大きく見えますよね」
「それで真ん中で踊っているのかな」
「多分そういうことになったんだと思います」
 

更に午後一番に行われた鼓笛隊では、青い制服に白いショートスカートを穿いてベルリラを打っているのを見られる。
 
「あの子、ほんとにああいう格好をして違和感が無いよね」
とアルト。
「ピアニカを希望したけど、希望者が多いんでベルリラに回されたらしいですよ。本人は第二希望は木琴だったらしいけど、木琴は重たいから男子だけにしますと言われてベルリラに回ったとか」
 
「・・・あの子、男の子ですよね?」
「まあ筋力は女の子並みですし」
「確かに」
「それにスカート穿くのはあの子、女装という意識が無いみたい。日常的な服装の一部と思っているみたいなんですよ」
「なるほどー。単なるファッションとしてスカートも穿きこなしちゃうんだ」
「家の中でもけっこうスカート穿いてますしね」
 
「女の子になりたい訳ではないんですよね?」
「女の子になったら?とか、女の子みたいに可愛い、とか言われるのは好きみたいです。でも女の子になる気は無いですよ。あの子は自分は男だと思っていますよ」
 

運動会の代休あけの21日(火).
 
クラス委員の佐苗が朝の学活の時間に言った。
 
「修学旅行の班分けができました。プリントを配ります。★をつけた人は班長なので、よろしくお願いします。班長は連絡用に携帯を持って来て欲しいのですが、自分の携帯を持っているか、お母さんなどから借りられない場合は、私か増田先生に相談してください。学校でレンタルできると思います」
 
龍虎たちの1組は34人だが、なかよし(特別支援学級・知的)の子(男子2名)を入れて36人で編成する。それで6人ずつ6班に分けたということだった。
 
班長に指名されたのは、だいたいしっかりした性格の子である。クラス委員の佐苗と木下君、昨年クラス委員を務めた麻耶と藤島君、それに伊東君と彩佳である。“なかよし”の子(竹谷・須磨)は一緒の方が不安が少ないだろうということで、藤島君の班(6班)に入れている。ここは
 
藤島・岩間・竹谷・須磨・育江・美樹
 
という男4女2の編成にしている。木下君や佐苗の班にしなかったのは2人はクラス委員で忙しいので、“なかよし”の子のお世話まで手が回らない可能性があるからである。それで昨年のクラス委員の藤島君にお願いし、保健委員の美樹も組み込んだ。
 
プリントが行き渡った所で
「なんで俺たち男だけなの?」
という声が一部の男子からあがっている。
 
「男子が圧倒的に多いので、1班だけ男子のみにしました。他の班は6班以外男女同数です」
とその1班の班長でもある木下君が説明している。
 
「仕方ない。金野にスカート穿かせてお化粧させよう」
「俺身の危険を感じる!」
 

龍虎は彩佳の班(3班)に入っていた。このメンツはこのようになっている。
 
入野桐絵・内海光春・田代龍虎・立石柚季・★南川彩佳・西山拓郎
 
「ねぇ、龍。連絡用の携帯だけどさ、龍のを貸してくんない?」
と彩佳は龍虎に言った。
「うん。彩佳ならいいよ」
 
それでこの班の連絡用携帯は龍虎のを使うことになった。
 
龍虎はプリントを見て「ボクたちの班も男4女2か」と思った。ここで龍虎はさっき木下君が「1・6班以外は男女同数」と言ったことを聞き漏らしている。
 
「なお、ホテルに泊まる時は、当然男女別になりますので、別途部屋割りを作っています」
と佐苗は言っていた。
 

韓国に行っているバスケット男子日本代表は5月20日に準決勝で中国と対戦したが、相手が、軽く流している感じなのに全く歯が立たず大敗した。そして21日の香港戦では何とか勝って日本は3位となった。最終的な順位はこのようになった。
 
1.韓国 2.中国 3.日本 4.香港 5.台湾 6.モンゴル 7.マカオ
 
5位以上が7月のアジア選手権(マニラ)に進出する。
 

男子日本代表の一行は5月22日(水)に帰国した。成田で記者会見などをしてから解散となる。取り敢えず前山・新野と3人で空港内のカフェでお茶を飲みながら1時間近く話した。それでまだ話しながらカフェを出たところに千里がいるのでびっくりする。慌てて左手を隠したが、指輪をつけている所をしっかり見られた。
 
「あ、細川君の奥さん、こんにちは」
と前山。
「こんにちは、前山さん」
と千里も笑顔である。
「あれ?僕のこと知ってました?」
「それは日本代表のサイトでお顔が出ていますし」
「あ、そうか」
 
新野が尋ねる。
「前山君、奥さんを知ってたの?」
「バスケ関係ではかなり有名。そもそも細川君と同じ結婚指輪してるじゃん」
「あ、ほんとだ」
 
「今回はなんで日本代表に入らなかったんですかね?」
「凄い人たちがいますから」
「三木エレンとか引退させて、細川さんを入れればいいのに」
などと前山は言っている。
 
「レンさんはリオ五輪の直前に引きずり降ろしますよ」
「さすがにリオまでやるってことはないでしょう」
 

前山は新野を連れて
「じゃ僕たちは先に失礼しますね」
と言って行ってしまう。
 
「じゃ帰ろうか?貴司」
「何で帰る?」
「A4 Avantを持って来ているよ」
「嘘!?」
 
「のんびりと運転して帰ろう。貴司は寝てていいから」
「うん。時間はあるよね?」
「21時までに市川に着けばいいんでしょ?」
「もしかして今日も練習?」
「それとも大阪のマンションに帰る?」
「まだ死にたくないから大阪には帰らない」
「勘がいいな」
 

空港の駐車場に駐めていたA4 Avantに乗る。貴司は助手席に乗ろうとしたが、千里は「寝やすいように後部座席に乗った方がいい」と言うので、そうさせてもらうことにした。
 
「台湾戦すごかったね。あれで日本は決勝トーナメントに進出できた」
「我ながら頑張れたと思った」
「貴司は修羅場の経験が足りない。ああいう試合をたくさん経験することで貴司は伸びると思う」
「そうかも知れないね」
 
ふたりは時々パーキングエリアでトイレ休憩しては運転交替して、東名・名神と走っていった。17時頃に加西SAまで来る。残りは15分ほどで到着する。4時間ほどの余裕がある。千里はSAの建物からかなり遠い位置に車を駐めた。フロントグラスにはサンシェードを貼り付ける。そして言った。
 
「少し休もうか」
「そ、そうだね」
「取り敢えずトイレ行ってこようよ」
「うん」
 
トイレに行って来た後、2人は一緒に車の後部座席に入る。
 
「いいの?」
「取り敢えず貴司、横になるといいよ。裸になって」
「マジ?」
 
それで貴司が嬉しそうな顔をして裸になるが、千里は服を脱がない。
 
「千里は脱がないの?」
 
「特に脱ぐ必要ないと思うけど」
と言って、千里は貴司の足をマッサージしはじめた!
 

「気持ちいい!」
「これかなりこっているね」
 
千里は右足、左足を交互にマッサージしていく。
 
「できたら別の足もマッサージしてくれると嬉しいんだけど」
「貴司って足が3本あるんだっけ?」
「だからあそこだよぉ」
 
「私には分からないなあ。貴司の彼女さんなら分かるかも知れないけど」
「千里は僕の彼女じゃないの?」
「彼女と言うのなら、再度私に指輪を贈って欲しいなあ。でも私は貴司の妻だけどね」
 
しかし千里のマッサージがとても気持ち良かったので、貴司は結局そのまま眠ってしまった。
 
「ほんとに素直じゃないんだから」
と千里はつぶやいたが、素直じゃないのは自分かも知れない気もした。
 
「でもこれなんで立たないのかなぁ。私に性欲を感じない?」
などと言いながら千里は貴司が寝ているのをいいことにそれを弄んでいた。
 

その日龍虎は彩佳と桐絵に“連行されて”ドラッグストアにやってきた。
 
「そんなもの買ってたら通報されて、ボク警察に捕まらないかなあ」
などとかなり不安を持っているようである。
 
「女の子が生理用品を買うのを誰も変には思わない」
「ボク男の子だよぉ」
「龍は女の子にしか見えないから問題無い」
 
それで3人で一緒に生理用品のコーナーに行く。
 
「この付近がパンティライナー、この付近がタンポン、ここ2列はナプキン」
と彩佳は説明する。
 
「タンポン使うのは、スポーツしている人とか、外国人とかが多いから、パンティライナーとナプキンを買っておけばいいよ」
 
「なんか色々種類があるね」
と龍虎。
「そそ。昼用・夜用、少ない日用・多い日用」
と彩佳。
「そして羽根付き・羽根無しがある」
と桐絵。
 
「どれを選べばいいの?」
「それ私たちでも迷うもんね〜」
「うん。私も色々試行錯誤している」
 
「羽根無し・羽根ありは、ほらここにサンプルがあるでしょ」
「これどうやる訳?」
「羽根ありは、この羽根を裏返してパンティに貼り付けるから動きにくいんだよ」
「なるほどー」
「でも結果的に付けていることが一目瞭然だから、龍は羽根無しでいいと思う」
「さすがにつけてるの見られたら、変態かと思われそう」
 
一瞬彩佳と桐絵は顔を見合わせたが、気にしないことにした。
 

「だったら、昼用の普通の日用・羽根無しを買えばいいと思う」
「でも色々ブランドがあるんだね」
「まあどこを使うかは好みだね。鉛筆をトンボを使うか三菱を使うかみたいな話」
 
「どこがお勧め?」
「どれかひとつ適当に買ってみて、それを使い切ったら別のブランドを買ってみればいい」
「うーん。試行錯誤か」
「やはりその人の肌に合う所、合わない所があるんだよ」
「そういうものか」
 
それで龍虎はセンターインの普通の日用・羽根無しを買うことにした。パンティライナーも同じメーカーのものを使ってみようということでソフィふわごこち・無香料のを買うことにした。香料付きはさすがにやばい。
 
レジを通る時、龍虎はまるで悪いことでもしているかのように、ドキドキしていたが、レジのお姉さんは何も言わずに龍虎が買ったものを紙袋に入れてくれてその上で龍虎が持って来たマイバッグに入れてくれた。
 

「これなんで紙袋に入れてくれるの?」
とお店を出てから彩佳に尋ねる。
 
「まあ外から見られないようにだね」
「へー。こういうことするの、生理用品だけ?」
「うん。そうだと思う。だって持ち帰る時に人に見られたら恥ずかしいじゃん」
「そうか。恥ずかしいものなのか」
「乙女の恥じらいだよ」
「そのあたりがボクはよく分からない」
 
「でも龍って男の子の心も分からない」
「それは思う」
 
「だから女の子の心を少しずつ覚えていけばいいね」
「うーーーーん」
 

彩佳たちは龍虎をその後100円ショップに連れて行き、布製の生理用品入れを買わせた。そしてそこにナプキン2枚とパンティライナー2枚をセットした。
 
「これいつも持ち歩いているといいよ。急に生理来た時に困らないように」
「そうしようかな」
 
と龍虎が真面目に答えるので、彩佳と桐絵はつい笑いそうになったのを何とか我慢した。
 
「でもナプキンってどこに置いておけばいいのかなぁ」
「うちはトイレに置いてる。そこがいちばん使う確率高いし」
「私は自分が使う物は自分の部屋に置いてる」
「龍も自分の部屋に置いてればいいと思う」
「お母ちゃんに見られて変に思われないかなあ」
「龍ちゃんのお母さんなら、容認してくれると思うよ」
「うーん・・・そうかも知れない気がする」
 

貴司が目を覚ました時、車は市川ラボの駐車場に駐まっていた。
 
「わ!?」
「貴司、そろそろ21時だよ。練習行かなきゃ」
「うん。ありがとう」
「服は着た方がいいと思うけど」
「もちろんそうする!」
 
と言って貴司が女物のパンティとブラジャーを着けているので、千里は
 
「やはり貴司は女装に目覚めたのね?」
とからかう。
 
「いやこないだ言ったみたいにここでは僕は女子選手ということになっているから」
「じゃ本当の女子選手になれるように、これ切ってあげようか?私、止血できるよ」
「いや無くなるのは困る」
 
それで貴司は2階に上がっていった。
 
「さて、私も行かなきゃ」
と言って千里はスペインに戻してもらった。
 
千里の練習時間は日本時間では21時から朝4時までである。
 

貴司は2階への階段を昇る途中で女の身体になった。そして練習が終わって部屋に戻るが千里が居ないので
 
「帰ったのかな?」
と思った。千里が居ないせいか身体は女の形のままである。
 
夜食が置かれていたのでそれを食べる。レンジで温めなくても充分暖かかったので、たぶんちょっと前まではいたのだろう。
 

それで貴司はシャワーを浴びて眠ったが、朝目が覚めると千里がいる。パソコンを開いて何か作業しているようだ。
 
「あれ?いたの?」
「夜間に練習してたから」
「そうだったんだ?」
「最近私は夜9時から明け方4時くらいまで練習しているんだよ」
「そうだったのか」
 
それで取り敢えずトイレに行ったのだが、その時気付いた。
 
これ射精してる!?
 
いつの間に!????
 
ちなみに貴司は遠征中はペニスは存在せず、帰国して千里と出会った時に復活した。その後練習が始まる前に消滅し、練習が終わっても(千里がいなかったから?)無いままだった。しかし起きた時は復活していた(多分千里が部屋に戻った時に復活した?)。だから射精したのは今寝ていた間の可能性と、練習前に車の中で寝ていた時の両方があり得ると思った。
 
トイレから出ると千里はお茶を入れていて、テーブルにマフィンに似たお菓子が乗っている。しかしマフィンより甘そうだ。
 
「これピオノノ(pionono)というんだよ。スペイン南部のグラナダ発祥のお菓子なんだって」
「へー」
「通りがかりのお菓子屋さんに出てたから買ってきた」
 
千里は本当にグラナダの町中で買ったのだが、貴司は東京か大阪のお店で買ったのだろうと思っている。
 
実際に食べてみるとシロップを染み込ませたロールケーキという感じであった。最近練習量が凄いので甘いおやつは食べていて心地よい。
 
貴司は千里と話していて、射精のことは、言及しない方がいいかもという気がした。そして普通にまたバスケの話でおしゃべりする。
 

やがて朝食も一緒に取り、甘地駅に行き、千里に見送られて始発に乗った。千里は乗る前にキスをしてくれた。そして別れ際に千里は言った。
 
「私は貴司がプロポーズしてくれるのを待つ。貴司が私を愛してくれていることだけは確信できたから、今はそれでいい」
 
「今の段階では千里にプロポーズできる時が来るかは分からない」
「その時が来るまで5年でも7年でも待ってる」
 
貴司はそれには答えず千里にキスした。千里は人目をはばからずに貴司を強く抱きしめた。
 
「貴司、早く京平を産んでね。京平が生まれたら私貴司と結婚できるし」
「僕が産むんじゃないよ!」
 
貴司の身体は甘地を出てすぐに女の身体になってしまったが、そんなことよりも貴司は今千里が言った「5年・7年」という言葉を脳内で何度も再生していた。
 

一方、千里(せんり)のマンションでは、ベッドですやすやと阿倍子が眠っていた。彼女は朝に弱いのでだいたい10時頃までは寝ている。
 
 
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【娘たちの悪だくみ】(3)