【女子中学生のバックショット】(2)
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(C) Eriko Kawaguchi 2022-06-03
「セナちょっと来て」
と姉の亜蘭が呼ぶので、世那はちょっと“期待”して姉の部屋に入った。女の子らしい壁紙やカーテンを見て、いいなあとちょっと憧れる。
「これ着て」
と言ってワンピースを渡される。
「これ着るの?」
と一応聞き返したが
「好きなくせに」
と言われる。
それで着ていたワイシャツとズボンを取り敢えず脱ぐ。
「ああ、ちゃんと女の子パンティ穿いてるね」
「いけないかなあ」
「好きなものを穿けばいいんだよ」
「そうだよね」
それでワンピースを着る。姉の部屋にある大きな姿見に映すと、そこには可愛い少女の姿が見える。ドキドキする。
「うん。可愛い。可愛い。そこの椅子に座って」
と言われるのでスツールに座る。背もたれが無いから背筋を伸ばしてバランスを取る。
「うん、いい感じ、いい感じ。あ、カラーリップ塗ろうかな」
と言って、姉はリップを塗ってくれた。
リップって、余計なものが付いてて邪魔な感じはあるけど、女の子になったみたいでいいよなあと世那はいつも思っていた。
姉は更に世那の眉毛を細くカットした。眉毛を細くすると顔が物凄く女の子っぽくなる。
姉は世那を椅子に座らせると、スケッチブックにステッドラーの美術用鉛筆でデッサンを始めた。
「自分をモデルにして書くのってけっこう大変だからね。モデルになってくれる可愛い“妹”が居て助かる〜」
などと姉は言っている。
“妹”と言われたことで世那はまたドキドキしている。
「それにその表情がいいのよね。はにかみがちで」
と言われると、ますます世那は赤くなった。
「身長も体型も私と近いから、私の服が入るしね」
「ぼく、小さい頃からお姉ちゃんのお下がりの服着てた」
「そうそう。だからあんたの子供の頃の写真にはスカート穿いた写真が多い」
「スカート結構好きだけどね」
「あんたいっそのこと女の子になったら?」
「なれるもの?」
「来年の7月だったからは、戸籍上の性別を変更できるようになるらしいよ」
「へー!!」
「3月に卒業したら、私の中学の制服、あんたにあげるね」
鞠古君からもらった女子制服を学校に置いていることは姉も含めて家族には黙っている。
「だから4月からはセーラー服で学校に通ったら」
「先生に叱られないかなあ」
とは言ったものの、これまで学校でセーラー服を着てて先生に注意されたことは一度も無い。
「叱られる訳が無い。だってセーラー服も制服なんだから、制服を着て通学しなければならないという校則には反しない」
「そういえばそうか」
世那は千里や沙苗が女子制服で通学し、留実子は学生服で通学していることを思い起こした。沙苗は正式に女子制服での通学を認めてもらったみたいだけど千里や留実子のは、あれ勝手に着ているだけじゃないのかなあ。実際、千里が学生服を着ている所、留実子がセーラー服を着ている所も何度か見たし。
だったらぼくもセーラー服着てもいいのかなあ。
「でもお父ちゃんに殴られそう」
「自分は女の子になったからセーラー服で通うと言えばいいのよ」
「“なった”なの?」
「“女の子になりたい”ならまだ男の子だということ。“女の子になった”なら既に女の子だから、むしろセーラー服で通学するのが自然」
「えっと・・・」
「今はまだ“女の子になりたい”でしょ?」
「うん。そうかも」
「でも性別って気持ちの問題だからね。自分は女の子と思うようになったら、その時から世那はもう女の子だよ」
「気持ちの問題かあ」
「女の子なのに身体が男だったら変だから性転換手術してもらう」
「やはり性転換手術しないといけないのかな」
「簡単な手術らしいよ」
「そうなんだ!」
「一週間程度の入院で済むらしいからきっと盲腸の手術程度だよ」
「へー」
「昔はモロッコとかシンガポールまで行かないといけなかったけど今は日本国内でも受けられるようになった」
(埼玉医科大学が性転換手術を始めたのは1998年10月16日)
「でも“性転換手術”という呼び方はおかしいよね。その手術で性別が変わるわけではない。そういう手術を受ける人って実際にはとっくの昔に女の子になっている。女の子なのに男みたいな身体だからそれを修正してもらうだけのこと。だからむしろ“性適正化手術”とでもいうべきかもね」
「なるほどー」
性転換手術というのは、小学3〜4年生の頃から名前だけは聞いているし、どうも千里や沙苗はその手術を受けたみたいだけど、どんな手術なんだろう。簡単な手術だったら受けたい気もする。世那がそんなことを考えていたら
「ああ、その物憂い表情がいい。そのままそのまま」
と言って、姉は熱心に鉛筆を動かしていた。
ワンティスの初アルバムは2004年1月28日に発売されることが発表されていたものの、実は12月中旬になっても、どれを収録曲かにするかで揉めていた。またいくつかの曲のアレンジでもメンバー間の意見が対立して収拾がつかなかった。
「発売日を延期しませんか」
「それはできない」
とレコード会社の担当・加藤銀河は言う。
「いっそ2枚組にはできないんですか」
「既に3500円で予告しているからそれは無理。予約が既に20万枚入っている」
「ひぇー」
なお、ワンティスは12月27日に大阪の関西ドーム、12月28日は東京の関東ドームでライブをすることになっており、チケットはどちらもソールドアウトしている。そのライブでは、このアルバムの中から10曲程度(ほぼ全曲に近い)を披露することになっている。
本当はライブに向けての練習もしたいのだが、アルバム自体の完成がまだ見えないので、それどころではない。ライブは実質、ぶっつけ本番になる可能性が濃厚になってきつつあった。サポートミュージシャンとして頼んでいる人たちも待機しているのだが、彼らに確定したスコアを渡すことがことができない。未完成のスコアを渡して
「まだ変更があると思うけど、取り敢えずこれで練習しといて」
と言っている。
なお、ライブの後は、12月31日にRC大賞と紅白歌合戦にも出場する。この2つの番組では今年7月に出した『秋風のヰ゛オロン』を演奏する予定である。紅白のリハーサルが29日から始まるので、28日に関東ドームでのライブをした後は、29日から31日まで、NHKホールに詰めることになる。
年明けてからも3月いっぱいまで、スケジュール表は全て埋まっている。実はこれまでアルバム制作中だからといって断っていた仕事が全部そのあたりに押し込まれているのである。そのスケジュールが埋まっている中で、ゴールデンウィークに五大ドームツアーをするので、それまでにシングルを1枚出してくれと言われている。正直、いつ制作するのか難題である。
12月15日(月).
英検2級・3級の結果が通知された。千里は合格していた。蓮菜や久美子も2級に通っていたし、恵香も3級に通っていた。
12月21日(日).
この日、ワンティスはスタジオを出てテレビ局に行き、音楽番組に出演。この日も先週好評だった『川と花の物語』を演奏した。演奏前に高岡は
「先週言った通り、セーラー服を着てもらおう」
と言われてセーラー服を着せられてしまったが、セーラー服が似合う!のでスタジオ上で他の出演者たちから歓声があがっていた。保坂早穂が
「高岡さん、私のお嫁さんになってください」
などと言って、猛獅は照れていた。
結局セーラー服のまま演奏した。
またこの日、ワンティスは保坂早穂の伴奏も務め、ワンティスが彼女に提供した『空っぽのバレンタイン』を演奏した。これも猛獅はセーラー服を着たままであった!
この日の放送を志水照枝は録画していたので、後に大きくなった龍虎がこのセーラー服を着た猛獅を“父の最後の姿”として見ることになる。
12月23日(火・祝).
天皇誕生日の祝日だが、今年も留萌市のクリスマスイベントが市民体育館で行われる。千里たちは昨年までN小合唱サークルでイベントに参加していたが、今年はS中合唱同好会で参加することになった。この同好会が参加する最初の発表機会である。
会場でN小の馬原先生を見たので挨拶した。
「あんたたち、合唱同好会作ったんだ?頑張ってね」
「先生が合唱の楽しさを教えてくださったお陰です。でもそちらは今年は残念でしたね」
「うん。でも3年連続全国大会に行けたのが奇跡だと言われたよ。また頑張る」
「はい、頑張ってください」
今年N小合唱サークルは北海道大会には行ったが北海道2位で、全国大会進出を逃した。千里たちが全国大会に行っていた3年間も、参加校の顔ぶれは毎年大きく変わっていた。全国大会進出というのが、いかに大変なことかを示していると思っていた。
今年のクリスマス会のプログラム
矢野秋子オンステージ(1)
F幼稚園
留萌商工会女声合唱団
S中合唱同好会
Fishergirls
V小学校吹奏楽部
お元気会集団演技
N小学校合唱サークル
矢野秋子オンステージ(2)
クリスマスツリー点灯式
昨年・一昨年と来てくれた広中恵美ちゃんは、色鉛筆を卒業してしまったので今年はマリンシスタの矢野秋子ちゃん(17)が来てくれている。彼女は深川市出身で、うちの市の市役所の、何とか部長さんの親戚の子の元同級生だとか言っていた。
Fishergirlsというのも今年初登場だが、4人組の“男性”バンド!である。でも名前からガールズバンドと思われがちなので、メンバーが営業とかに出ていくと「マネージャーさんですか?」と言われるらしい!ちなみに男の娘とかではなく普通の男性4人らしい。
千里たちは、F幼稚園の子供たち、留萌商工会女声合唱団、に続いて演奏した。
全員セーラー服姿である。
ピアニストのセナもセーラー服である!
セナのお母さんも来場していたが「おお、可愛い、可愛い!」と喜んでいた。
「セーラー服持ってたの?」
「借り物だよぉ」
「あんた冬休み中にセーラー服作って3学期からそれで通学する?」
「恥ずかしい!」
「町中の人にセーラー服姿を曝しておいて今更だと思うけどなあ」
「そうですよね!お母さんもこう言っていることだし、3学期からはそれでおいでよ」
とみんなで乗せるので、本人も迷っている?ようであった!
今回演奏した曲は、ポルノグラフィティの『アゲハ蝶』とクリスマスにちなんで『アデステ・フィデレス』であった。特に失敗もなくうまく歌うことができた。
12月25日(木).
千里たちのS中学校では終業式が行われ、約4週間の冬休みに突入した。
千里(B)は学校が終わると、バスで留萌駅に出た。高速バスで旭川に出る。そして大阪国際空港行きに搭乗した。
留萌駅12:37(沿岸バス)14:31旭川駅前→15:00旭川空港/旭川15:50(JAS622)17:35伊丹
旭川駅から旭川空港までは、瑞江(ミミ子)に頼んで彼女の車RX-7で運んでもらった。
(伊丹行きは1日1本なので何としてもこれに乗る必要があった。それで、千里Bが移動手段について小春に相談→小春は天子の所に瑞江が同居することになっていたのを瑞江本人から聞いていたので、瑞江に相談→瑞江が運んであげることにした、という経緯)
千里Bは瑞江とは初対面(?)だったが、車に乗ると
「なーんだ、瑞江さんって、北山紫さんのことか!」
などと言うので
「その名前はあまり呼ばないで下さい」
と悲鳴をあげるように言った。
Rに一発で真名(まことの名)がバレたんだから、YやBも当然一発で分かるのだろう。
「でも瑞江さん、天子さんのアパートに同居してくださってるんだそうですね。お世話になります」
などとBが言うので、“この千里”はどこまで知っているのだろうと疑問を感じた。
「いえ、天子さんとおしゃべりするの楽しいですよ。でも天子さん目が見えてるとしか思えない動きですよ」
「ほんとあの人は凄いですよね〜」
などと千里は言っている。
ミミ子は3人の千里のことを考えていると訳が分からなくなりそうなので考えるのをやめた。
伊丹空港からは連絡バスで丸ビル前まで行き、そこから地下鉄で本町まで行った。
「笛の会の会合に来ませんか」という話は、Q神社の香取巫女長から11月下旬に打診された。
「笛の会ですか?」
「そうそう。神事や御神楽(おかぐら)で龍笛・高麗笛・神楽笛とかを吹く巫女さんが多いでしょ?それでそういう巫女さんたちの会があるのよ。夏に研修に来た時、千里ちゃんの笛が凄く良かったから、もし良かったら入りませんか?ということでね」
「あのぉ会費とかは?」
「会費は要らないよ。2ヶ月に1度くらい会報が発行されているけど、そのあたりの費用は神宮からの補助と、会員さんからの任意の寄付で運用されている。あと年に2回、だいたい冬休みと夏休みに会合があるけど、出席は任意。遠くから来るのは大変だからね」
「へー」
「まあそれで会合に出るのも自由だけど、一度行って来たらと思って。レベルの高い人の演奏を聴くのも勉強になると思うよ」
「あのぉ参加費は?」
「参加費も交通費もうちの神社から出るよ。だから千里ちゃんの個人の負担は食事代くらいだと思う」
「だったら行ってみようかな」
「OKOK。じゃチケット手配するね」
「年末の会合なら、今の内にチケット確保しないと移動不能ですよね」
「そうなのよ」
「でも私、年末の忙しい時期にこちらの神社休んでも大丈夫ですか?笛を吹くの京子さんだけでは大変だと思うし」
と千里が心配して言うと
「循子ちゃんがいるじゃない」
と香取巫女長が言う。
すると
「え〜〜〜!?」
と本人が声を挙げていた。
※Q神社巫女の笛のレベル
7.龍(りゅう)千里
6.蛟(みずち)寛子(退職)
5.虹 細川
3.きゅう 京子
2.ち 映子
1.蟠
0.蛇
-1.ミミズ
-2.ビニール紐 循子
香取巫女長の笛は誰も聞いたことがなくレベル不明!
それでチケットを取ってもらって、今回の会合に出席することにしたのである。
会場となる大阪神宮会館に入ったら、フロントの所で夏の研修で笛を指導してくれた人とばったり遭遇する。
「おはようございます」
「あ、えっと村山さんだったかな?」
「はい。覚えていてくださってありがとうございます」
「いや、君の笛は凄かったからね」
その人と5分くらい会話した。
その後、指定されたお部屋に行くと既に3人の女性(20代かなと思った)が入っていた。
「おはようございます。お世話になります」
「おお、若い子が来た。君、どこから?」
「はい。北海道の留萌(るもい)という所から参りました」
「ニシンのたくさん取れる所だ!」
「昔は取れたんですけど、最近はダメなんですよ。主力はスケソウダラに移ってそれも最近は年々漁獲が落ちてて」
「獲りすぎたのかな」
「ニシンさんもスケソウダラさんも、ずっと北の方に行っちゃって、ロシアの領海内になっちゃったから日本の漁船は獲りに行けないらしくて」
「地球温暖化のせいかな」
12月25日の“終業式が終わった後”、千里Yは“歩いて”留萌駅まで行き、深川行きの列車に乗った。S中学から留萌駅までは歩いて30分ほどである。
留萌13:30-14:28深川15:16-15:48旭川16:15(連絡バス)16:50旭川空港18:40(AirDo36)20:20羽田
(Yが旭川空港に着いたのが16:50, Bが旭川空港から飛び立ったのは15:50なのでふたりはきれいに重ならないように空港を利用している)
羽田空港では迎えに来てくれていた遠駒真理さんの車に乗った。
「ごめんね。急に呼び出して」
「いえ。ちょうど学校が冬休みに入った所だったから」
「でも飛行機が取れて良かった。実は最後の1席だったのよ」
「飛行機満員でした。それでどういうご用件でしょう?」
「ちょっと千里ちゃんにしか手が負えなさそうなことがあって。しかも27日には公開しなければならないから」
「私で役に立つのでしたら」
夏休みに千里は三重県の河洛邑(からくむら)に行き、富嶽光辞の解読に協力した。その件ではまた冬休みに協力する約束をしており、1月明けてから行くつもりだった。ところが先日東京で、富嶽光辞の一部かもと思われる文献が見付かったということなのである。富嶽光辞を自動書記した遠駒来光さんと交友のあった神秘学者・竹中常数の息子さんが亡くなり、その遺品を整理していたら、100枚ほどの富嶽光辞に似た文献が発見されたのである。
それで12月27日に東京で開かれる予定の日本神知学会(*2)で公開して、皆さんの意見を聞きたい、と遺族が言っていたのだが、公開する前にほこりだけでも取っておこうと作業していたら、強風が吹き込んできてページがばらばらになってしまい、元の順序が分からなくなってしまったらしい。
(*2) “日本神知学会”というのはこの物語における架空の組織であり、実在のいかなる団体とも無関係です。
それで遠駒恵雨さんにヘルプ要請があり、恵雨は神知学会に出るつもりは無かったのだが、松戸市にある、竹中家まで行った。
恵雨は「これは来光の字ではない」と断言した。
また光辞の中にこれに相当するページは存在しないと断言した。
しかし類似の文章、または誰かが模写したものである可能性はあると言った。それで恵雨の感覚で取り敢えず並べ直してみたものの自信が無いという。それで駿馬(千里)なら正しく並べられないだろうかという話になり、ご足労願えませんかという話になったらしいのである。
「それ私も自信無ーい」
「でも千里ちゃんの感覚で並べてみて欲しいのよ。それでまたみんなで検討するから」
「ただ学会が27日にあるから、それまでに並べ直したいと?」
「そうそう」
「みんなにバレない内に」
「そうなのよ!」
この日はもう遅いのでということで、松戸市内のホテルに泊まり、作業は明日おこなうことにした。(実はこの日は、来光の高弟・湯元雅成がパズルをやっているのである。そして明日千里にもやってもらって、3人の並べ方を突き合わせて検討しようという魂胆である)
12月25日の“終業式が終わった後”、千里Rは玖美子から声を掛けられた。
「今日は剣道部は練習お休みだって」
「あ、そうなんだ?」
「どうする?一緒にP神社に行く?」
「そうだなあ。しばらく顔出してなかったし、行ってもいいかな」
と千里は言った。
玖美子としては「千里毎日P神社に来てるじゃん」と思っている。
でも多分“この千里”は、いつもP神社で見る千里とは違うのかもしれない気がする。その場合、この千里をP神社に連れて行ったらどうなるのだろうか?千里が2人並んだりするのだろうか?
玖美子は興味を感じた。
それで一緒にバスに乗りC町まで戻る。そして一緒にP神社に入りちょうど遭遇した宮司さんに
「おはようございます」
と挨拶すると、宮司が首を傾げて言う。
「あれ?千里ちゃん、用事は良かったの?」
「用事と言いますと?」
「急用ができたから2〜3日こちら休みますと電話もらったのに」
「え?そんな話ありました?」
「ああ、もう用事済んだのなら助かるよ。よろしくね」
「あ、はい」
玖美子はなぜか納得したように頷いていた!
それで玖美子と一緒に勉強会をしている部屋に行く。
「あ、毎日勉強会してたんだ?みんな頑張るねぇ」
などと千里が言うと、恵香が
「何言ってんの?千里も毎日来てるじゃん」
と言うので
「あれ〜〜〜?」
と千里は悩んだ。
「お、千里、来たか。今日はこれやるぞ」
と言って、花絵さんから小学3年生の掛け算の問題を渡される。
「これするの?」
「昨日のより少し難しいぞ」
と言われたのだが・・・
「千里どうした?ここ1ヶ月くらい教えたことが全然できてないじゃん」
と花絵さんから言われているので玖美子がおかしさをこらえていた。
この日は結局小学2年生の足し算のドリルに戻って、やり直しさせられていた。
しかしRもこのあと半月くらい花絵さんに鍛えられて、だいぶ算数の基礎を学び直すことができたのであった。
なおこの日は世那も神社に来ていたが、セーラー服を着ていた!恵香にここに連行される時「セーラー服持っておいでよ」と言われて(いつも学校に置いている)セーラー服を持って来て、ここで学生服から着替えたらしい。
(学校でセーラー服に着替えてセーラー服で神社まで来るのは恥ずかしいと言った)
「年末年始はここではセーラー服着ておくといいね」
「手が足りない時は巫女衣装着て、巫女さんもやってね」
と言われて、嬉しそうにしていた!
千里の父たちの船は、12/23(火)の祝日はそのまま働き、26日(金)に帰港した後、1月12日の成人の日まで休みで、1/13(火)が初出港になるということだった。約2週間、漁を休むことになる。
船は26日の帰港時、今年も大漁旗を立ててなかった。年末は本来、そこまで豊漁でなくても、できるだけ大漁旗を立てるものである。それが立ててないということは、やはりかなり酷い不漁なのだろう。
船から降りた武矢はかなり機嫌が悪かった。1年の終わりだから喧嘩しないようにしようと思っていた津気子もあまり酷く当たられるのでつい反論して結局喧嘩になってしまう。
取り敢えず自宅まで戻ると
「まあいいや。飯食うぞ」
と武矢は言ったのだが
「ごめん。職場からそのまま港に行ったから、まだできてないの。今から作るね」
などと言うので、武矢はまた機嫌が悪くなった。
「今日、千里と玲羅は?」
「千里は神社行ってる。年末はお正月の縁起物作るのとかで忙しいみたいで。玲羅もそちらに行ってる」
玲羅は今日は絶対父の機嫌が悪いだろうと踏んで、千里が朝剣道の稽古に出掛けるのに付いていってそれを見学し(ついでに竹刀持たされて素振りや切り返しに参加した)、稽古が終わってから千里・玖美子と一緒に神社に行き・・・・漫画を読んでた!
千里たちと別のテーブルで5・6年生のグループも勉強会をしているので「玲羅ちゃん、一緒にしない?」と声を掛けられたが「私勉強苦手だし」と言って、そちらには参加しなかった。
津気子と武矢が帰宅してから1時間(武矢はその間ビールを飲みながらテレビを見ていた)ほどして、やっとカレーライスができる。
「金曜日、陸(おか)に上がってこれが楽しみなんだよ」
と言って、カレーを食べたが
「まずい」
と声をあげて、また不快な顔をする。
「ごめーん。私、千里みたいに上手に作れないみたい」
と津気子は謝った。
「もういい。寝る」
と言って、武矢は結局自分の寝床に入って寝てしまった。
↓再掲
千里と玲羅は20時すぎに帰ってきた。
「千里ごめーん。私カレー失敗しちゃったみたいで」
「どれどれ」
と言って、千里は母が作ったカレーを味見してみた。
「うーん・・・・」
と千里は少し考えていたが
「あ、分かった」
と言って、カレーの鍋を弱火に掛けてお玉で掻き混ぜる。
「やはり」
と千里は声をあげた。
ルーの塊が鍋の底のほうにあったのである。つまりルーが融けてないので味がしなかった!という問題であった。更に水加減が多すぎるのも問題である。
更に千里は玉葱に火が通ってない!という問題にも気付いた。それで玲羅を呼ぶ。
「玲羅さあ。漫画読みながらでいいからこの鍋をかき回し続けて」
「了解〜」
それで玲羅に掻き混ぜてもらっている間に千里は玉葱を1個みじん切りにするとマーガリン(村山家にはバターなどといった高級食材は無い)をフライパンに落とし、炒め始めた。塩・胡椒も軽く振る。
「お姉ちゃん、みじん切りうまーい」
「玉葱のみじん切りはね、この端を切り落とさずに残して包丁を入れるのがコツ。そしたらバラバラにならないから、簡単にみじん切りになるんだよ」
「なるほどー」
「お姉ちゃん、いつでもお嫁さんに行けそう」
「えへへ」
そして5分ほど炒めた所で、カレー鍋に入れる。掻き混ぜるのを交替して2分ほど混ぜた所で味見をした。
「まあまあかな」
それで「できたよー」と言って、カレー鍋を食卓に持って行った。
「あ、おいしい」
と母は言ったが、玲羅は
「普段のよりは少し味が落ちる」
と厳しい。
「ごめんねー。明日くらいには少し味がよくなると思うんだけどね」
と千里は言いながら、リカバーしたカレーライスを食べた。
大阪に来た千里(千里B)は、26日の午前中は笛に関する講義を受けた。そして午後からは、10人くらいずつ5つのグループ(というよりレベル!)に分けて各々のグループごとにひとりずつ笛を吹いてみて、みんなから感想を言ってもらうというのをする。千里が入れられたグループは上手い人ばかりで
「きゃー、こんな凄い人たちばかりの所に居ていいのかしら」
と思うほどだった。
でも千里が自分の笛(Tes No.224)で吹くと、みんながピタリとおしゃべりを辞めるので「わあ、みんなから下手糞と思われてるんじゃないかなあ」と不安になる。しかし吹き終わった後
「凄いうまいね」
「それにその笛もいい」
とみんなが言う。
「君高校生?」
「いえ、中学1年生です」
「中学1年でそれだけ吹くなら、20歳頃には師範レベルだな」
などと言われた。
「その笛はどこの楽器店で買ったの?」
「これ先輩の巫女さんから頂いたんです。お代は出世払いということで」
「これだけの吹き手だからあげたんだろうね」
「これ多分100万はする」
「ひぇー!?そんなにするもんですか。先輩は40万と言っていたんですが」
「40万は全くあり得ない」
「きっとあまり高い値段ではビビるから安く言ったんだろうね」
千里は“織姫”の方を使わなくて良かったと思った。そちらは眷属のコリンに持たせている。あんなの見せたらみんなから何言われるか分からない。
「君龍笛の経験は3年くらい?」
「龍笛はこの春から始めたんですけど」
「その前に神楽笛(かぐらぶえ)を小さい頃から吹いてたとか?」
「あるいは幼稚園の頃からフルート吹いてたとか」
「まだちんちん付いてた頃から明笛(みんてき)吹いてたとか」
「ちんちんとか付いてるんですか〜?」
「手が出て足が出てちんちんが無くなって人間になる」
「カエルみたい」
「男の子は〜?」
「進化途中だな」
「進化仕掛けが男の娘」
男の娘は男の子から進化したものなのか!?
「小学校の鼓笛隊ではファイフ吹いてましたが」
「どっちみち天才だな」
それでもわりと細かいこと(本当に細かいこと)を注意してくれるので、千里は素直に聞いていた。
27日は、せっかくたくさん集まっているから合奏しようということになり、越天楽と、賀殿破・賀殿急という曲を練習した。越天楽はみんな聴いたことはあるのですぐ覚えたが、賀殿は苦労していた。それでみんなの仕上がり具合を見て、破の方は保留して、今回は賀殿急のみ練習することにした。
また夕方近くになって息抜きで『いつも何度でも』をやったら、みんな楽しく吹いていた。
夕食後
「明日の朝、演奏会をするよ〜」
という話を聞き
「え〜〜!?」
という声があがった。
近くに泊まっている音楽ユニットのメンバーがぜひ龍笛の演奏を聴きたいということだったので披露するということだった。
「じゃ越天楽と、賀殿急と、いつも何度でも?」
「いつも何度でもは、くだけすぎの気がする」
「だったら『アメイジング・グレイス』吹かない?」
と20代の巫女さんが提案した。
「あ。それは吹けると思う」
と言っている人が多くあった。
「この曲だっけ?」
と言ってひとり吹いてみせたのは『パッヘルベルのカノン』だった!
あらためて提案者が『アメイジング・グレイス』を吹いてみせると
「ああ、分かった」という人が多かった。
千里は貴司と出会った時の曲だよなあと少し懐かしくなった。最近デートしてないなあとも思う(実はなぜかデートをするのはRになってしまうことが多い)。
「じゃアメイジング・グレイス」はぶっつけ本番で」
「びっくり交響曲になったりして」
12月26日(金)朝。
東京、というより正確には千葉県松戸市(埼玉県でもない)に来ている千里Yは、朝5時に目が覚めてしまったものの、まだホテルの朝御飯の時刻まで2時間ある。
お腹空いた!
と思って、千里は部屋を出るとホテルから外に出て近所のコンビニに行った。(千里は近くのコンビニの位置が分かる:近くの神社の位置も分かる!でも近くのトイレの位置は分からない)
おにぎりとかパンとか買物カゴに入れていたら、2歳くらいの女の子の手を引いた27-28歳くらいのお母さんが入ってきた。おにぎりを物色するのか千里が居る付近に来た。
「可愛いお嬢ちゃんですね」
と千里は言った。
「この子が凄い夜泣きするものだから」
とお母さんは言っている。
「大変そう!」
と言ってから千里はかがんで、今は泣き止んでいる女の子と同じくらいの高さになり
「お嬢ちゃん、あまりママを困らせたらダメだよ」
と言って、その子の肩付近をなでてあげた。すると女の子は千里に撫でられて笑顔になった。
「あらら、この子、お姉ちゃんが気に入ったみたい」
「お嬢ちゃん、名前は?」
「りゅうこ」
とその子は答えた。
「私は千里(ちさと)だよ。恐いお化けとかきたら、お姉ちゃんがやっつけてあげるから、あまりママを困らせないようにね」
と千里は笑顔て言った。女の子はコクリと頷いた。
千里も龍虎も照絵もこのことを忘れてしまったが、これが実は千里と龍虎のファースト・コンタクトだったのである。
母娘とは帰る方向が一緒になり、彼女たちのマンションの玄関前で別れた。
千里は部屋に戻り、おにぎりを食べお茶を飲んで、また一眠りした。
一眠りして起きてから9時頃朝食に行く。そして10時頃、竹中家に真理さんと一緒に出掛ける。
「これなんだけどね」
と言って、見せられたが、光辞とは別系統の文献だと千里は思った。ただ使用されている文字?は似ている。読み方もわりと似ている気がした。
「ちょっと通読します」
「はい」
それで千里はそこに積み上げてある文献(隅に鉛筆で仮番号が入っている)を読んでいく。そして読みながら、畳の上に並べ始めた。
千里は2時間ほどでこの文献を読み終えたが。読み終えた時、畳の上には10個の書類の山ができていた。それを眺めながら千里は積み重ねていく。
「この並びだと思います。音読しましょうか?」
「お願い!」
それで千里は、お昼を頂いてから少し休憩の後、並べた文献をあらためて音読していく。千里がすらすら読んでいるので、竹中家の人たちが驚いている。息子の一雄さんがICレコーダでそれを録音している。
千里の音読は1時間掛かった。
「この読み方ならこの並びでいい気がする」
と遠駒藤子さんが言った。
「恵雨さんの並べ方・湯元さんの並べ方と比較しよう」
「駿馬ちゃん少し休んでいて」
「はい」
千里が読み終えたのが15時頃でそこから、3通りの並べ方を比較していく作業を真理さん、藤子・蓮子の姉妹、湯元本人、竹中一雄、その妹の百合子さんの6人でしていった。恵雨は高齢なので別室で休んでいる。
3人の並べ方は概ね一致していた。3人ともだいたい似たような感じで捉えたということだろう。その微妙に違う所を、藤子や百合子がページを見比べて、類似性や筆の墨の色の変化具合などを参考に比較していっていた。
千里(Y)はのんびりと休みながら、花絵さんから渡された小学3年生の算数ドリルをやっていた。難しいなあ、どうしてみんなこういう問題スラスラと解けるんだろうなどと思っている。
一方、竹中一雄さんたちは、千里がどうしてこんな訳の分からない文字で書かれた文献をスラスラ読める?と思っている!
やがて夕食が出てくるのでいただく。千里は食事の後、眠ってしまった!
起こされたのは(12/27)朝4時頃であった。誰かが布団を敷いて、千里をその上に寝せてくれていたようだ。
「千里ちゃんごめんね。最終的に恵雨さんの判断で、千里ちゃんの並べ方が正しいという結論に至った」
恵雨は休んでいたのだが、時間が掛かっているようだったので3時頃出てきて検討に加わった。そして千里の音読なども部分的に聞いて「これが正しい読み方のような気がする」と言った。
「残り2ヶ所、こことここだけが揉めてたんですが」
という所を恵雨は再度見比べた。
「ここは多分これの次がこれ。こちらはここに入る」
と示した。
「村山さんの並べ方と一致する!」
「会長が再度見た感覚とあの子の並べが一致したのなら、それで正解だろうね」
と湯元。
「たぶんそうです」
と竹中百合子(この人は少し霊感がある)も言い、それで確定ということにした。そして全部写真に撮った上で、仮番号を書き直したのであった。
「ほんと?良かった。お役に立てて」
「ホテルまで送るね」
「はい、すみません」
それで真理さんと一緒に帰るが
「あ、すみません。おやつ買っていきたいからコンビニで降ろして下さい」
「だったら私も付き合うよ」
と真理さんは言い、ホテルの駐車場に車を駐めてから、ふたりで一緒にコンビニに行った。
なんか今朝はたくさん入るような気がしたので、唐揚げ弁当を買った。真理さんはサンドイッチを買っていた。会計は自分で払おうとしたが
「私がまとめて払いまーす」
と真理さんはレジの所で言って一緒に会計してくれた。
「ありがとうございます」
「いやいや。このくらいは。お礼はまたあらためてするね」
「はい」
それでふたりはコンビニから歩いてホテルに戻ることにした。
ふたりが昨日母娘と別れたマンションの前まで来た時、真理が何かを蹴ってしまったようでカラカラと転がる音がした。
「私何蹴ったんだろう」
と言って懐中電灯を向けて探す。
「これかな」
と言って千里が拾い上げた。透明のプラスチックケースに入ったSDカードであった。
「これ落とした人困ってるかも。朝になったらこのマンションのフロントに届けてあげよう」
などと言っていた時、真理は何か気配を感じて振り向いた。女がひとりこちらに向かって歩いてくる。
その人物は一見ごく普通の女に見えた。だから真理はなぜ自分はこの女が気になったのだろうと思った。しかし真理が女を見た瞬間、女の形相がまるで般若のようになった。こちらをギロリと睨む。
え!?
と思ったが、次の瞬間、女は崩れるように倒れた。
そして消滅した!
何?何?何?と思った時、千里の表情に気付く。
「千里ちゃん!?」
「やられそうだったから、やりました。人間では無さそうだったし」
「それって気功みたいなもの?でも後ろ向きだったのに!」
「振り返ってからでは遅いと思ったから。後ろ向きにエネルギー弾撃つのは精度が悪いんですけどね」
「へー!でもあんた凄いね!今のは、しまったやられた!と私思ったよ。物凄い殺気だった」
2003年12月27日、5時半頃だった。
この瞬間、このマンションの一室で激しく泣いていた龍虎がピタリと泣き止んだ。
千里は昨日龍虎とした『恐いお化けとかきたら、私がやっつけてあげるから』という約束を果たし、龍虎をしっかり守ったのである。
そしてこの騒動で千里はSDカードのことはきれいに忘れてしまった!
(このSDカードは千里が服のポケットに入れたままになり、留萌に戻った後、P神社で落とし、何気なく恵香が拾って恵香も自分のポケットに放り込んでいて、やがて彼女の机の引き出しに放り込まれる:青葉が言った2021年10月時点で現存していた『ワンザナドゥ』の音源3つの内の1つ)
12月26日(金).
ワンティスは明日は大阪でのドーム公演がある。年明けからは予定が詰まっており、もうこれ以上アルバムに関する作業をする時間は残されていなかった。
それまで細かい点で現時点でのアレンジに異論を唱えていたメンバーがタイムリミットの中、妥協するようになる。
15時近く。
とうとうアルバムは完成状態になった。
正確には完成状態“とみなした”!
各々相当の妥協をした、かなり不満の残るものであったがやむを得ないという空気だけがメンバーの間で共有されていた。
ここ3日ほどはほぼ徹夜に近い状態で、全員クタクタに疲れていた。特に高岡・上島・雨宮の3人はたぶんこの3日間一睡もしていない。
みんなが一応「これでいい」と言うので、★★レコードの加藤銀河は技術者に
「最終マスタリングされたデータをちょうだい。僕が工場に持ち込む」
と言った。
ここの所、楽曲データは毎日2回、ミックスダウン・マスタリンクがされている。いつでも工場に持ち込めるようにするためである。
そして実は今日の17時までに工場に持ち込まないと発売に間に合わない。
「これにコピーしてあります」
と言って、技術者はデータの入ったハードディスクを加藤に渡した。
「すぐ出る。左座浪君、後は頼む」
と言って加藤銀河はディスクをリュックに入れて飛び出して行った(急行できるように加藤はバイクでこのスタジオに来ていた)。
「16:53の新幹線の切符を確保しています。今から皆さんをお連れします」
と左座浪が言った。
「みんな先に行ってて。僕は一眠りしてから移動する。今新幹線に揺られたら死ぬ」
と高岡が言う。
「最終新幹線は21:18なのですが、それまでに東京駅に来られます?」
「間に合わなかったら明日の朝移動しようかな」
「明日朝一番の新幹線では、朝ЭЭテレビに出演するのに間に合わない」
と上島が言う。
「じゃ夜中に車で移動するよ」
「大丈夫か?」
「ひと眠りすれば平気」
「分かった。だったら安全運転でな」
「うん」
「酒は飲むなよ」
「大丈夫。酒飲んだらたぶん朝まで寝てる」
「明日の夕方まで寝てたりして」
と雨宮が言っている。
「私が付いてます。猛獅さんが起きれなかったら、私が運転して大阪に向かいます」
と夕香が言う。
「それがいいかも知れん。じゃ夕香ちゃん頼む」
「はい。私はお酒は飲みませんから。テレビ局の番組が朝9時からだから午前2時くらいまでに出ればいいですよね」
「2時で間に合うか?」
「多分後半は俺が運転できる」
「ああ。交替で運転するのなら間に合うな。だったら高岡絶対酒は飲むなよ」
「誓う」
「そうだ。ギターは置いてけよ。俺たちが一緒に持ってく」
「そうだな。頼む」
と言って、高岡は自分の愛用のGibson J-185とレスポール・ゴールドトップを上島に託した(*3).
そして2人は、夕香が新品のポルシェを運転して帰って行った。
ここで2人が“八王子に”帰ったとは、誰も知らない。中目黒のマンションに行ったのだろうと思っている。
そしてこれが高岡猛獅と長野夕香の生きている姿を上島たちが見た最後になったのである。
(*3) ここで高岡がこの2本のビンテージ・ギターを上島に託したおかげで、この2本のギターは事故で燃えず、2018年に息子(娘?)の龍虎に渡されることになる。
ほかに、志水英世が着替えだけ取って来たいと言ったので、彼にはチケットをそのまま渡し、指定席は自分で書き換えてと左座浪は言った。
英世は東京駅まではみんなと一緒に移動した。マイクロバスの中で、松戸市のマンションにいる照絵に電話し、着替えを東京駅まで持って来てくれるように頼む。自分が往復するより早い。
駅でみんなと別れると、みどりの窓口に行き、念のため最終新幹線に指定席を変更した。やがて、東京駅の新幹線乗り場の所で照絵と落ち合う。英世は新しい着替えのバッグを受け取ると、汚れた下着などの入っているバッグを照絵に託した。
「それとこれ左座浪さんから頼まれたんだ。マンションに置いといて」
と言ってSDカードの入ったケースを照絵に渡す。
「何かのデータ?」
「僕も聞いてない。ただ置いておくだけでいいらしい」
「分かった」
しかしその後の大騒動のせいで、このSDカードのことは、照絵も英世もきれいに忘れてしまった!
「あれ?龍虎、泣いてるの?」
「今朝あたりからずっと泣いてるのよ。熱とかは無いから病気ではないと思うんだけど」
「どうしたのかなあ」
「高岡さん忙しいだろうけど、せめて夕香さんに、お正月明けて少しでも時間の取れる時があったら顔出してと言っといて」
「分かった」
それで照絵は夫と別れて龍虎と一緒に松戸のマンションに帰ったが、龍虎は起きている間はひたすら泣いていた。特に翌朝の4:50頃はあまりの激しい泣き方に、照絵は夜中だけど病院に連れて行ったほうがよくないかと悩んだ。
しかし朝5時半頃、突然泣き止み、それ以降は泣かなかった。
スタジオからワンティスのメンバーが退出し、技術者たちが後片付けをしていた所に、★★レコードの村上制作次長がスタジオにやってきた。
「あれ?みんな居ないの?もうアルバムは完成した?」
と訊く。
残っていた村飼社長が答える。
「さきほど完成して、加藤さんが工場に持っていかれました」
「それは良かった。そうだ。ワンティスのアルバムの一部の楽曲を放送で流したいから発売前に1部欲しいという問合せがあちこちの放送局から来てるんだよ。アルバムが完成したのなら、早めに100枚くらい
もらえない?」
村飼は、この人、アルバムが完成したというのは、既にCDが存在すると思っているのでは?と思った。村上さんは、極度の機械音痴でCDとMDの違いも分かっていない。むしろアナログレコードとCDの違いさえ分かっていない!
「でしたら1枚焼きますから、それをそちらの技術者さんにコピーしてもらって下さい」
と村飼は答え、スタッフに指示して、その場で完成したマスターをCD-Rに焼いてもらった。レーベルに関しては
「この中に入っているデータをそちらのプリンタで印刷して下さい」
と言って、SDカードで渡した。
「分かった。ありがとう」
と言って、村上はそれを持ち帰った。
でも翌日の騒動で、結局コピーや発送はさせなかった!
村上が帰った後、村飼は
「このCD僕も持っておきたいな。悪いけどもう1枚プリントしてくれる?」
とスタッフに頼む。
「いいですよ」
と言って、スタッフはもう1枚CD-Rを焼き、レーベルもプリントしてくれた。
「ありがとう」
と言って、村飼はそのCDを自分のカバンに入れた。
このCDが、千代の見舞いに来ていた伊藤辰吉の手に渡り、18年後に辰吉の孫・秋風コスモスを通して、上島雷太の手に渡ることになる。
村飼はまた最終的なProToolsのプロジェクトデータをハードディスクにコピーしてもらい、それも自宅に持ち帰った。年明けたら、また多摩市の伊藤太郎の家に持って行こうと思っていたのだが、彼もその後の騒動で、この作業をするのを忘れてしまった。この最終版のハードディスクの行方は分からない。
さて、高岡たちは八王子のマンションに戻ると、まずはディープキスを10分くらい交わし、それからセックスした!
実際には猛獅は逝く前に眠ってしまった!
3日も寝ていなかったから無理も無いよなあと夕香も思った。腰を引いて手で彼のものをそっと抜くと、猛獅の身体の下から自分の身体を外した。でも、フィニッシュまで行かずに中途半端になったのは自分も不満なので、俯せに寝ている彼の身体を何とか仰向けに変え、口でしてあげた。
猛獅は寝ているのに気持ち良さそうな顔をしている。『たけちゃん、好き〜』と心の中でつぶやきながら手でも刺激してあげると射精したので口で受け止めて、飲んじゃった!
飲むのってあまり美味しくないから好きじゃないけど、この日は猛獅の全てを自分のものにしたい気分だった。でも男の人って意識無くても射精するのね〜。
その後、アラームをセットして自分も少し寝ることにした。大阪まで5時間くらい(←スピード違反する気満々)ノンストップ運転だから充分寝ておかなくちゃ、居眠り運転はできない。
これが17時半頃てあった。
1時間半後。
ピンポンという音がした。何度か鳴ったかもしれない。夕香は少し頭痛がするなと思いながらベッドから起き出す。壁時計が19時少し前を指していた。
再度ピンポンが鳴った。
「はい」
「あ、夕香さんですか?私広中です。今マンションの前にいるんですが、中に入れてもらえません?」
「ああ、広中君。お疲れ!今開けるね」
それでエントランスをアンロックすると広中は夕香たちの部屋のフロアまであがってきた。玄関ドアを開けて中に入れる。
猛獅もちょうど睡眠のサイクルで眠りが浅くなっていたようで目を覚ました。
「あれ?広中君、どうしたの?」
「おふたりともお疲れだろうから、何かあってはいけないので、お前が車を運転して2人を大阪まで運べと左座浪さんから言われまして、参りました」
「おお、それは助かる!」
「ですからおふたりとも寝てていいですから」
「分かった」
「でも広中君、なんでスカートなの?」
と夕香はさっきから気になっていたことを訊いた。
「スカートだと中に風が入ってきて涼しいから、身体が引き締まって居眠りしにくいんですよ」
「なるほどー。そういう効用があるわけか」
「それにスカートって運転中に膝に物を置きやすいんですよね。ズボンだと股の間に落ちてしまう」
「あ、それは私も思う。たまにズボンで運転すると不便〜と思う」
と夕香。
「スカートなんて穿いたことないから分からんな」
と高岡。
「たけちゃんも一度スカート穿いて運転してみるといいよ」
と夕香は言った。
「でもだったら飲もう!」
と猛獅は言った。
「え〜〜〜!?」
と夕香が非難するように声をあげる。
「だって上島さんたちに絶対お酒は飲まないって約束したじゃん」
「それは僕が運転する前提だよ。広中君が運転してくれるのなら僕は安心して飲める。夕香、お前も飲め。アルバムの完成記念だ」
「かなり妥協の産物だったけどね」
「俺、どうしても『ロングロングアゴー』のサビ部分の伴奏が気に入らなかったけど、もうこれ以上議論しても結論は出ないから妥協した」
「たけちゃんも少しはおとなになったと思うよ」
それで猛獅は冷蔵庫からウィスキーを出してくると、グラス2つに注ぎ、広中のグラスにはサイダーを注いで3人で乾杯した。
少し飲んでから夕香はトイレに行きたくなったので、席を立つ。
便器に座って少しぼーっとしていたらマンションの外に救急車の来た音がした。
何だろう?と思う。今くらいの時期は、お年寄りとかで倒れる人も多い。気温の変化で体調を崩すし、お風呂に入る時のヒートショックなどもある。だからうちは脱衣場にハロゲンヒーターヒーターを置いている。
夕香は唐突に思った。
そうだ!左座浪さんにお礼のメッセージだけでもしとこ。
それで夕香はトイレで座ったまま左座浪にショートメールをしたのである。
「広中君に運転を依頼して下さってありがとうございます。私も安心して後部座席で休んで大阪に向かえます」
夕香がメールをしている間に、救急車はサイレンを鳴らして走り去った。
この日の猛獅はとても饒舌だった。
ワンティスデビュー以来の色々楽しい話が出てくる。相手が広中なので、猛獅は“龍子”のことも話す。彼はふたりの間に子供がいたとは知らなかったようで驚いていた。どうも子供のことは事務所内でも知っている人は少なかったようだ。妹の支香にも言ってないし、広中君が知らなくても普通かもね、と夕香は思った。猛獅が龍虎のことを女の子と思い込んでいるのは今更なので訂正しなかった。
しかし夕香も、まあ広中君が運転するのならいいかと思い、ウィスキーを口に付けた。あれ〜〜?ウィスキーってこんなに美味しかったっけ?と思う美味しさだった。これはファンからもらった極上のウィスキーだったし、夕香もここ数日の作業でかなり疲れていたのもあり、美味しく感じられたのだろう。
ふと気付くと、自分は911 Carrera の助手席に座っていて、車は高速で走っていた。あれ〜。私いつの間に車に乗ったんだっけ?と思ったが記憶が定かではない。
「なんか気持ちいいね」
と夕香が言うと、運転席の猛獅も
「やはり車は200km/h出さなきゃね」
などと言っている。
「確かに120-130km/hで走るのとは別世界だよね」
「この速度で走らせていると、感覚が変わる。人間の反射速度が極限まで上がる。僕は、歌手にならなかったら、カーレーサーになっていたかも」
「B級ライセンスは取ったね」
「A級取りに行きたいんだけど、事務所に反対されて行けなくて」
「事務所辞めたら取りにくいといいよ」
「そうしようかな」
夕香は200k/hで疾走するポルシェの助手席で、何か今までに無い感覚が込み上げてきた。バッグの中からレターペーパーと愛用の青いボールペンを取り出す。
猛獅の運転する車は、前方を走る多数の車を華麗に追い越して行く。よくこんなに瞬時に反応できるなと、あらためて感心した。
そしてこの高速疾走の特異な感覚を夕香は一心に詩に書き留めた。
「あれ?詩を書いたの?」
と猛獅が訊いた。
「うん。見てくれる?」
「どれどれ?」
と言って彪志はウィスキー片手に夕香の書いた詩を読んでいた。
「なんかこれ凄い。夕香の書いた詩の中でこれが最高傑作だと思う」
「そうかな?」
「これすぐにも上島に曲を付けてもらおう」
と言って、猛獅は夕香が詩を書いたレターペーパーの上方の空きに
《上島、いい詩を夕香が書いたから、曲を付けて欲しい。これを俺たちの置き土産にするよ》
と書き、上島のアパートにFAXした。
「でも俺も一眠りしてだいぶ疲れが取れた。もう一発やってから出発しようよ」
と猛獅は言った。
「そうだね。たけちゃんお酒飲んじゃったから私が運転するよ」
と夕香。
「頼む」
それで2人はキスしてベッドの中に抱き合ったまま倒れ込むようにした。
充分夕香を昂揚させてから、猛獅は入れてくる。男性がいちばん大事なものを無防備に女の身体に入れてくる瞬間。それは彼の全てを女に委ねる瞬間だ。ここで女は彼の大事なものの運命を握っている。ちょん切っちゃったら、彼は永遠に私のもの。実際男の子を食べちゃってる瞬間である。夕香は猛獅の全てを支配し、彼が夕香に快感を与えてくれることに満足していた。
やがて猛獅は逝ってしまう。無数の生命の素が自分の身体の中に注入されたのを感じた。彼は脱力して全体重をこちらの身体に乗せてしまう。
男の子ってこのために全てのエネルギーを使い果たすんだもんね〜。
だから今私は猛獅の全てを自分のものにしたんだ。
今夜は私妊娠したかも、と思った。
さて私も少し身体を休めてからシャワーを浴びて出発しよう。
と思った時、夕香は奇妙なことに気付いた。
あれ〜〜!?さっき私、猛獅と一緒に車に乗ってなかった???
だから私、車の助手席で詩を書いたじゃん。
更に奇妙なことに気付く。
確か広中君が来て、運転は僕がやりますと言うから、猛獅は安心してお酒を飲んだ。彼がいるならと思い、私までついお酒を飲んでしまった。
広中君はどこに行ったの???
そして夕香は更に重大な事実に気付いた。
広中君は10月に亡くなったじゃん。だったらうちを訪ねて来たのは誰???
しかし夕香はそれ以上思考することができなかった。
激しい衝撃音があり、浮遊感があった後、何か硬いものに身体が叩き付けられた。激しい痛みが全身に走る。
そして、すぐに全てが無に帰した。
2003.12.27 4:51であった。
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【女子中学生のバックショット】(2)