【女の子たちの出会いと別れ】(下)

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ところで千里はU18トップエンデバーに参加している間に生理が来ていた。ふだんの練習の時ならまだナプキンだけでも何とかなるのだが、9月にウィンターカップの地区予選に生理がぶつかってしまった時は、試合に出ている間に外れていて悲惨なことになっていた。11月の層雲峡合宿も生理とぶつかったが副部長の特権で「やばそう」になったら適宜トイレに行って修正したり交換したりしたので何とか乗り切った。
 
しかし今回の合宿はそういう勝手が許されない。
 
『ねぇ、いんちゃん、何かうまい手がないかなあ』
『ああ。やり方があるよ。千里まだ生理初心者だから私がやってあげるよ』
『ほんと?じゃよろしく』
 
ということで《いんちゃん》が何かうまいことをしてくれたようであった。千里は処置をされている間横になっていたので、どうされたのか良く分からないものの「仕上がり」を見ると、生理用ショーツが結構ナプキンで盛り上がっている。
 
『自由がきかないだろうから夜用スーパー付けたから』
『だったら安心だね』
 
しかし《いんちゃん》は何だか忍び笑いをしていた。何なんだ!?
 
『ところでなんで私、生理があるの?』
『まあ、ある人の余計な親切と、あるお方の悪戯の複合結果だね』
『私の身体って、なんかお偉い人たちにもてあそばれているみたい』
『まあ、あの人たちも暇だから』
『生理があるって、私まさか子供産めるの?』
『内緒』
 

火喜多高胤は思わぬ人物の来訪に驚いていた。この人の存在はその筋では伝説化していた。本当に生きていたとは驚きだ。そもそも生年月日が怪しい。明治20年代の生まれという説もある。明治29年生まれとしても112歳になるぞ!?しかしなんて凄まじいオーラだ。こんなとんでもないオーラの持ち主の前にはひざまずく以外の道が無い。
 
「最近活躍しているみたいね」
と彼はとても若い声で言った。
 
「いえ。細々(こまごま)としたことを処理して過ごしています」
「なんか大学の教授になるんだって?」
「ええ。そんなことまで伝わっているとは恐縮です」
「何を教えるの?」
「今の医療は、物理的なものだけを見ていると思うんです。でも人間は物理的な存在であると同時に霊的な存在でもあります。それを理解していないと、心の通った医療にはならないと思うんです。そのあたりを話していきたいと思うんです」
 
「昔心優しい赤鬼がいたんだ」
と彼は話し始めた。
「彼は人間と仲良くしたいと思った。それで人間の町に出て行った。でも赤鬼の姿をみると人間はみんな恐れて、槍を投げたり鉄砲で撃ったりした。赤鬼はなぜこんなことされるんだろう。自分は単に人間と仲良く暮らしたいだけなのにと思った」
 
彼の話はそれだけだった。
 
火喜多はじっと考えていた。
 
「ステップが必要なんですね」
と火喜多は目をつぶって手を口の所に当てるようにして言った。
 
「まあ頑張りたまえ」
「頑張ります。ちょっと出直した方がよさそうだ」
 
「ところで**明王の秘伝だけど」
「もしかして教えて頂けるんでしょうか?」
「君がほしがっていると聞いたので、それで会いに来たんだけどね。残念ながら君はまだ前提条件を満たしてない」
「だめですか!」
「**の法を修めなさい。それができたら教えてあげるよ」
「10年はかかりますね」
「まだ死なないでしょ?」
「節制します」
「もし僕が先に逝ってしまった時のために、ある場所にコピーを取ったから」
「コピーできるんですか!?」
「この手の秘伝は、自分で修められなくても単純にコピー媒体になってくれる子がいるんだよ」
「依代みたいな人ですか」
 
「君はその依代に会ったことがあるよ」
 
火喜多は考えた。
 
「探してみます」
「頑張ってね。君がそれを修められる時が来たら、その依代が誰かは自然に分かるはず」
「私の知り合いのネットワークのどこかに居るということですね」
 
「じゃ僕は帰るから」
「お疲れ様です。どこかにお寄りになられますか? 良かったら車でお送りしますよ」
「ああ。じゃ名古屋に寄ってくれる?℃-uteのライブを見てから帰るから」
「えーーーー!?」
 

この月の千里はほんとに慌ただしかった。3月1日に南体育館の落成引き渡し。3月3日に卒業式でそのあと貴司と『最後の夜』を過ごし、貴司のお祖父さんと会い、翌5-6日は期末テスト、13-16にかけて東京に行ってエンデバーに参加。直後の18日には振分試験。19日は2年生2学期の終業式である。
 
そして20日から23日までの4日間は層雲峡でN高校バスケ部の男女部員が合宿を行った。薫が男子バスケ部から抜けて女子バスケ部に完全移行したので、男子の方はその穴埋めが結構たいへんな感じであった。北岡君も氷山君も練習に熱が入る。ところが初日の夕方、1度男子vs女子の試合をしたが、とんでもない大差になる。
 
「お前ら強すぎる!」
「若生も村山も凄い進化してる」
「歌子から強烈なパワーを感じた」
「ゴール下で花和に全く勝てん」
「森田にマッチングで全敗だ」
「白浜、スリーを全く外さなかった」
 
と男子たちの弁。
 
「北岡にしても氷山にしても水巻にしても、前回の層雲峡合宿からかなり進歩してるんだけどな」
と北田コーチは言う。
 
「暢子ちゃんと千里ちゃんがトップエンデバーに行ってきて、他に留実子ちゃん、薫ちゃん、雪子ちゃんもブロックエンデバーに行ってきて、強い選手に揉まれて凄く進化してる。それに負けじと夏恋ちゃんや睦子ちゃんも相当進化してるね。今の女子チームが去年夏の女子チームともし試合してたらトリプルスコアという感じだね」
と南野コーチは満足そうに言う。
 
「私、学校から帰った後で毎日300本シュート撃ってますから」
と夏恋が言う。
 
「白浜の家の庭に作ったゴールって雪に埋もれてないの?」
「ゴールの下、ボールが落ちてくる所だけ斜めに除雪して滑り台のようになってるから、自動的にボールが戻って来ます」
「それはなんて便利な!」
「但しそれはゴールに入った時だけで、外したら取るの大変なんです」
「アメとムチか」
 
「私も土日は夏恋の家に言ってシュート撃ってます」
と睦子も言う。
「ふたりで10本交代で撃つんです」
と夏恋。
 

「コーチ、私、女子チームにいると出番が無いから明日の男子女子戦では男子に入って良いですか?」
などと川南が言い出す。
 
「ああ、いいよ。じゃ川南と葉月は明日は男子ということで」
と南野コーチ。
 
「お前ら男になるの?」
「落合君がおちんちん譲ってくれたら」
「私と川南で半分こしようよ」
「やだ」
「それ半分こできるの?」
「他にもおちんちんくれる人いたら、教えてください」
「そんな奴いるのか?」
「ちょっと待て。俺はやるとは言ってない」
「歌子のは?」
「薫は、医学的な検査で女子と診断されているから、もうおちんちんは無いはず」
「そうだったのか」
 
「でもチンコ要らない奴がいたら、お前らどうすんの?」
「縛り上げて保健室のベッドに並べてカマでサクッと」
「怖ぇ〜!」
 
「あ、オカマって、カマで切られちゃったから、オカマというのかな」
「それは新説だ」
 
翌日川南・葉月が男子チームに入ると、昭ちゃんとのコンビネーションで結構女子のトップ選手に対抗する。それでやはり一方的な試合ではあるものの、昨日よりは随分マシな結果になった。川南が壁になってあげて昭ちゃんが実質フリーでスリーを撃つという場面があった。川南や葉月が北岡君や氷山君をうまくガードしてシュートさせたケースもあって、水巻君が「佐々木さんの動き、お手本にしなきゃ」などと感心するように言っていた。
 

「そうだ。聞いた?」
と寿絵は唐突に言った。
 
「何を?」
と暢子が訊き直す。
 
「火喜多高胤の話」
「聞いた聞いた。A大学教授就任の話、結局辞退したらしいね」
と敦子が言う。
 
「なんでだろうね」
「やはり批判が多かったからじゃないの?」
「確かに医療に関しては素人だしね」
と睦子。
「まあ科学的霊魂論とかの理論でもできたら、それの講義ができるかも知れないけど」
と暢子が言うと
 
「それってなんか凄くエセ科学の臭いがするんですけど!?」
と寿絵は言った。
 

織絵は困っていた。桃香からデートのお誘いメールが来ている。前回半ば流されるようにしたデートで、織絵は処女を奪われそうになって、ギリギリの所で桃香のお母さんが部屋に入ってきたことで逃げ出すことができた。桃香は翌日「強引なことしてごめん」と言って謝ったので、織絵もその謝罪を受け入れた。 
しかし実は織絵は自分の心境の変化を感じ始めていた。
 
女の子との恋愛って、男の子との恋愛より楽しくない?
 
男の子ってガサツだし、乱暴だし。桃香は女子としては結構「男らしい」タイプだけど、それでも男子と比べたら優しいし、おしゃべりしていて楽しい。男の子が野球や格闘技のこととか、女性アイドルのこととか話すの聞いていても、さっぱり楽しくない。だいたい男の子たちがあこがれているアイドルって歌が問題外の子ばかり。あんなの聞いてるって耳がおかしいのでは?と織絵は思ったりする。桃香は国内のアイドルには全く興味がないらしく、洋楽アーティストの話をよくする。勧められて聴いてみたが、みんな歌が巧い。洋楽っていいな。マイケル・ジャクソンとかダンスも格好良いし。
 
そんなことを考えていると、また桃香とデートしてもいいかなという気もしてきていた。でも次デートしたら、絶対処女を奪われそう。
 
私・・・・男の子じゃなくて女の子に処女を捧げてしまってもいいのかしら? 
そんなことで悩んでいた時、携帯に着信がある。
 
「はい」
とだけ言った。
「あ、桂木さん? 私、&&エージェンシーの白浜です」
「おはようございます。お世話になります」
 
「ねぇ、桂木さん、今度の週末時間取れる?」
「今のところ、予定入ってないですけど」
 
実は桃香にデートに誘われているのだが。
 
「じゃさ、今回、金沢・福井・舞鶴・京都・大阪・神戸なんだけど出てきてくれない?もちろん交通費は出すから。またParking Serviceのバックで踊ってくれないかと思って」
「いいですよー」
 
土日で6ヶ所?なんかハードそうとは思いながらも了承する。
 
「じゃ、詳細メールするね」
「はい」
 
織絵は少し考えていた。そして桃香にメールをした。
 
《桃香、ごめーん。週末バイト入ってるのよ》
 

 
3月29日。千里たち旭川N高校の女子19人+4人のメンバーが釧路市の阿寒湖近くにあるマリモ総合体育館にやってきた。今日明日はここで阿寒カップというバスケットのカップ戦が行われる。男子は先週行われて旭川N高校は3位だったのだが、女子は今週なのである。男女の日程を分けたのは一度に多数のコートが取れないためである。
 
この大会はベンチ枠が18人なのでこのようにした。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 結里(19) 昭子(21) SF 寿絵(9) 敦子(13) 夏恋(10) 薫(15) PF 暢子(4) 睦子(11) 蘭(18) 川南(16) 葉月(17) 永子(20) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14)
 
この他にマネージャー登録で来未、撮影・偵察係で「銀河5人組」の永子以外の4人も連れてきている。「銀河5人組」というのは、もうすぐ彼女たちも上級生になるし、いつまでも「補欠5人組」では可哀想と言って、川南が付けてあげた新しい名前である。(銀河=実は星屑なのだが本人たちは結構気に入っているもよう) 
またボーダー組でこのメンバーに漏れることになった志緒を先週男子チームのマネージャーとして登録して連れていったが「男の子に囲まれてチヤホヤされるのもなかなかいい」などと言っていた。本来はマネージャーは雑用係なのだが、実際には雑用は浦島君や二本柳君たちがしてくれて、ジュースやおやつもおごってもらい、上げ膳据え膳の待遇だったらしい。
 
練習では男子と混じってコートに入り、道原兄弟や服部君に1on1で勝利し、最近成長著しい浦島君にも結構いい勝負をして「性転換したらレギュラーにするぞ」と北田コーチから言われ「どうしよう?」と悩んでいたという。 

今回、女子の参加チームは40校である。初日は1回戦と2回戦が行われる。40校の内16チームが1回戦からになるが、旭川N高校と、更にその話を聞いて「うちも」と言った旭川M高校は締切り後の追加参加だったので、どちらも1回戦からである。ただしどちらも遠方からの参加なので10:30からの時間帯に設定してくれていた。
 
M高校は、学校から参加の費用が出ないということで、部員の自費参加である。遠征メンバーも橘花・伶子・水希・蒼生・宮子・輝子の6人と金田監督のみ。そこで彼女たちをN高校のバスに同乗させて連れて行った。そのおかげで宿泊費だけの負担で参加することができた。
 
ところでこの日、川南が宇田先生に訴えた。
 
「先生、私インターハイに行きたいです。でも選手枠が凄く厳しいし。それで提案です。ボーダー組の中で今回の大会でいちばん点を取った子をインターハイの12人枠に入れてください」
 
「ほほぉ。面白いね」
と宇田先生は、選手の方からそういう案を出してきたことに好感を持ったようである。
 
「でもボーダー組って誰かな?」
と南野コーチが訊く。
 
「私と葉月に敦子・睦子、蘭ちゃん、結里ちゃん、永子ちゃんです」
と川南。
 
確かに今回のベンチ組で背番号4-10の7人はまず落とされることはないだろうが、11-21の11人は微妙だ。その内PGのメグミは雪子のバックアップとして外せないし、リリカも貴重なセンターである。昭子と薫は出られないとなると、今川南が言った7人と新1年生で残る3人の枠を争うことになる。
 
「私はそれでいいよ。川南、枠を争おうよ」
と睦子が言う。
「私もいいよ」
と敦子も言う。
 
南野コーチは
「まだインターハイは先のことだから確約できない」
と言ったのだが、宇田先生は少し考えてから言った。
 
「良いだろう。但しポジションによってどうしても働きが違うから、得点+アシスト+リバウンドの総数というのでどう? それからインターハイ予選であまり恥ずかしくない動きをした場合という条件で」
と宇田先生が言うと
 
「それでいいです。頑張ります!」
と川南が言い、敦子・睦子も頷いていた。
 
さて1回戦、N高校の相手はそれほど強い所でもないので、1年生優先で出ることにして、永子/昭子/結里/蘭/リリカというスターターで出た。先日の大雪カップBチームに続きポイントガードを任された永子が昭子・結里のダブルシューターをうまく使い分けて気持ち良く得点していく。40分間出続けるのは辛いので川南・葉月・睦子・敦子といったメンバーも交代で出たが大勝であった。永子は1,2,4ピリオドで司令塔役を無難にこなした。
 
13:30からの2回戦ではメグミ/夏恋/薫/川南/揚羽というスターターで行く。相手は新人戦の網走地区戦でBEST4になったチームなので結構な手応えがあったものの薫は八分くらいの力でプレイしている感じであったが、女子の大会への参加は初めてなので、何だか嬉しそうにプレイしている。試合は20点差をつけての勝利であった。
 
なお事前に宇田先生・南野コーチ・千里・暢子・薫の5人で話し合い、この大会では原則として薫と昭子は同時にはコートインさせない自主規制をすることにしている。
 
18:00から3回戦が行われる。相手は新人戦の道大会にも出てきたことのある所なので、雪子/千里/寿絵/暢子/留実子という布陣で始めた。しかし前半で15点差が付いてしまったので、後半は千里と暢子は下がり、薫と結里が出た。それでも最終的に25点差で勝利した。留実子は第4ピリオドでリリカに交代したが、少しずつ長時間の稼働ができるようになってきたようである。
 

初日3戦での「ボーダー組7人」の成績は1位永子22 2位結里21 3位敦子20 4位川南18 5位睦子・蘭16 7位葉月8 であった。
 
「私やばーい。これだと落選確実」
などと葉月が言っている一方、 
「川南、言い出しっぺの割に数字が低い」
と寿絵から川南は言われている。
 
「敦子や永子ちゃんはアシスト数がハンパ無いんだ。川南も自分が点を取れなくても、今いちばん点を取れるのは誰かというのを考えて、その子にパスを出せばもっと成績上がるよ」
と薫から言われていた。
 
「そっかー。For the teamですね?」
と川南。
「そうそう」
「明日は頑張ります。南野コーチ、私出してください」
と川南は言うが
 
「状況次第」
と南野コーチはドライである。
 

夕食は焼き肉の食べ放題であったが、M高校の7人の分を宇田先生がポケットマネーから出してくれて彼女たちを招待して一緒に食べた。
 
「私までいいんですか?」
と金田先生は恐縮しているが
「顧問なんかしてるとそもそも金田先生も随分自腹切ってるでしょ?」
と宇田先生から言われて
「そうなんですよね!」
と向こうも言っていた。
 
「でもよく選手6人で頑張るね」
と寿絵が言う。
 
M高校はわずか6人で今日は1回戦で接戦だったものの2回戦は大差で勝ち、3回戦も10点差で勝って明日に駒を進めている。
 
「5人だと誰かがファイブファウルになったら即負けだから、ある意味ギリギリの人数」
と橘花。
 
「計画的に交代して連続長時間の出場にならないようにした」
「でも結局橘花は1回戦と3回戦は40分間フル出場だったね」
 

「薫も昭子も出てたけど、ふたりとも正式に女子チームに移行?」
 
「薫は協会から女子の方に出てという指示が出たんだよ」
「ほほぉ」
「ただ制限が掛かるんだけどね」
 
と言って千里は薫が4月6日から地区大会、7月7日から道大会まで出られることになったことを説明する。
 
「全国大会が解禁になるのは2年後の2010年2月20日から」
と薫本人が明かす。
 
「へー」
「国際大会に出られるのは20歳過ぎてからだったっけ?」
 
「国際大会に出るには戸籍が女になってないといけないらしい。20歳になったら即戸籍の変更を申請するから、それから多分1-2ヶ月かかると思う。まあ裁判所への申請が通ればだけど」
と本人。
 
「でも女子選手として活動していれば裁判所も認めてくれるでしょ?」
と伶子が言う。
 
「それを期待してるんだけどね」
と薫。
 
「じゃ性転換手術はもう済んでるんですね?」
と宮子から訊かれる。
 
「ごめん。まだ完全には終わってない」
と薫は言うが
 
「でも女子選手として認められたってことはもう男性器は無いんだと思うけど」
と千里が言う。
 
「まあ20歳までにはちゃんとするつもりだけど」
と薫。
 
「なんか薫に聞いてもそのあたりが曖昧っぽいんだよなあ」
 
「宇田先生、聞いておられるんでしょ?」
と川南が訊く。
 
「個人情報保護法があるから」
などと宇田先生。
 
「手術が終わっていても、筋肉が男性の筋肉から女性の筋肉に変化するのに時間が掛かるから、待機期間があるんだと思うよ」
と寿絵が言うと、橘花たちも納得していた。
 
「まあ、シャキール・オニールが突然今日性転換しても明日女子選手としては認めたくない」
「それはさすがに勘弁して欲しい」
「いや、シャキール・オニールなら、性転換したらうちのチームに欲しい」
「日本の高校に入ってくれたら、女子高生だよね?」
「女子制服姿のシャキール・オニールを見たいような見たくないような」
 

「昭子ちゃんは? なんか選手名簿にも湧見昭子で登録されてたけど」
と輝子が訊く。
 
「湧見昭子でバスケ協会のIDカード持ってるもんね」
と葉月。
 
「嘘。見せて」
と言うので、昭子が自分のIDカードを見せる。
 
「すごーい。湧見昭子、N高校バスケット部(女子)と書かれている」
「ID番号も6から始まっていて女子の番号」
「へー」
 
「じゃ、とうとう昭子も性転換したんだ?」
「ごめんなさい。まだ手術してないです」
 
「女子選手としてこないだ北海道ブロックエンデバーに招集されたんで、その時に暫定登録証をもらったんだよ」
と千里が事情を話す。
 
「今回、うちが締切りすぎてるけど参加させてもらえないかとこちらに打診した時、松前さんが電話に割り込んできて、薫も昭子も連れてこいと言ったらしくて」
と暢子。
 
「それで参加してるんだ?」
 
「うん。だから今回は男子チームには参加せず女子チームに参加した」
「ああ、さすがに男女両方に出るのはNGだよね」
「昭子が男子チームでは出ないと聞いて、北岡君から代わりに川南でもいいから渡せと言われたんだけど」
と暢子。
 
「私出ていいから、誰かおちんちん下さいと言ったら、誰もおちんちん取られたくないと言うから」
と川南。
 
「川南、女子でインハイに出られなかったら、男子で出てもいいんだ?」
「うん。私、なりふり構わずインハイを目指す」
 
「そういう貪欲な姿勢は好きだなあ」
と薫が言うが
「うーん。薫に惚れられても」
と川南。
 
「川南、男の子に性転換したら、女の子になった私と結婚してよ」
と薫。
「ちょっと待って。それは少し考えさせて」
 

薫も昭子もこの日は当然のように、他の女子と一緒に女湯に入っていた。 
「薫が女湯に居るのはもう普通に思えてきた」
「私、おっぱい大きくしちゃったから、もう男湯には入れないよ」
「でも大きくする前から女湯に入ってたね」
「うん。実は高校に入ってからは女湯にしか入ってない」
「へー。じゃ、その頃、おちんちん取っちゃったのね?」
 
「昭ちゃん、ひとりで女湯に入ったりしてる?」
「無理です〜。ひとりでは女湯に入る勇気は無いです」
 
実際には昭子はウィンターカップの道予選の時にひとりで女湯に入っているのだが、それはみんなには内緒である。
 
「まあ、胸が無いので怪しまれる可能性あるよね」
「高校の内におっぱいだけでも大きくしたら?」
 
「えー?どうしよう」
 
「ってか、少し膨らみかけてるよね、この胸」
と言って敦子が昭子の胸に触ると、昭ちゃんは恥ずかしそうにしていた。 

翌日は朝から準々決勝が行われる。1日目は第1体育館のメインアリーナ3面とサブアリーナ1面に加えて第2体育館にも1面取っていたのだが、今日は第1体育館のみになる。
 
今日の相手は北見T高校で、2月のブロックエンデバーで会った松橋さんがいるチームだ。173cmの長身で、スリーもペネトレイトもうまい手強いシューティングガードである。
 
偵察隊からの情報によれば、松橋さんと背番号4を付けるセンターの早川さんが卓越している。千里たちは事前に昨日のT高校の試合ビデオを見てイメージをつかんでからこの試合に臨んだ。
 
雪子/結里/薫/暢子/留実子というメンツでスタートする。薫が松橋さん、暢子が早川さんのマークに付いて、得点は雪子が結里を使った遠距離攻撃と、留実子を使った近距離攻撃を使い分けていく。また結里がスリーを撃った場合も留実子がリバウンド狙いで中に飛び込んで行く。
 
するといつものN高校に比べると随分得点力は低いのだが、相手の主たる得点源を2人とも押さえているので、じわじわと点差が開いていく。前半だけで38対28と10点差を付けることができた。
 
後半はメグミ/夏恋/寿絵/薫/揚羽、と薫以外のメンツを一新する。早川さんのマークは夏恋にさせる。すると暢子にマークされるよりは早川さんが動けたので、後半は前半よりは向こうの得点が上がったものの、寿絵・揚羽もどんどん得点する。第4ピリオドでは薫も千里と交代した。
 
最終的には68対58でN高校が逃げ切った。
 
M高校はこの準々決勝で釧路Z高校に当たり激戦の末敗退した。さすがにこのレベルのチームに6人だけでは辛かったようである。
 

実質休憩無しで10:30から行われる準決勝の相手は根室P商業である。道大会には出てきたことがないものの、1年生のパワーフォワード花咲さんが強く、1年生なのに背番号7を付けている。新人戦・根室地区大会決勝では1点差で準優勝に終わっている。インハイ道予選には出てくる可能性もある。
 
この試合では花咲さんのマークを連戦にはなるものの薫にさせることにした。他の部員には話してないが、宇田先生・南野コーチ・暢子・千里・薫の5者の話し合いで、決勝戦まで進出した場合、薫と昭子は遠慮して使わないことにしようと決めていた。それでこの大会では薫はこの試合が最後になる予定だ。 
花咲さんはティップオフでP商業がボールを取ると、そのまま速攻で攻めてきて鮮やかにシュートを決め2点先制する。みんな最初そのスピードに驚いていた。やはりビデオで見ているだけではスピード感覚は微妙に分からない。
 
しかしその後は薫が気合いを入れて花咲さん封じに専念する。本人がドリブルで攻めてきたら停めるし、他の選手からのパスはどんどんカットする。花咲さんがボールを持ってローポスト寄りで対峙しても、まず抜かせない。背丈では薫の方が少し高いので、シュートもうまくブロックする。
 
ということで、花咲さんの得点はこの最初の2点だけになってしまったのである。 
試合はこの試合のポイントガードを任せられた敦子がうまく暢子・夏恋・寿絵を使い分けて攻撃し、終始リードを保ったままゲームを進めることができた。川南は南野コーチに「出して出して出して出して」と訴えて「ただっ子だね。じゃ出すけど10分間で6点取れなかったら6月まで掃除係」と言われて「頑張ります!」と言って第3ピリオドに出場した。
 
するとこの試合、川南は昨日薫に言われたことを守り、自分が得点できなくても、夏恋や寿絵が行けるとみたら、そちらにパスして結構アシストを稼いだ。自分の得点に関してはゴール2つしか取れず、掃除係決定かと思われたが、第3ピリオド終了間際スリーポイントを放り込み7点になって南野コーチの課題をクリアした。 
しかし本人は「うっそー!あれが入るなんて奇蹟!」と驚いている。
 
「川南、今のブザービーターで一生分の運を使い果たしたりして」
と葉月に言われて
「やだー、それは!」
と叫んでいた。
 
一方、この試合で終止薫にマークされて何もさせてもらえなかった花咲さんは、試合終了後に薫と握手して「今日は完敗です。6月までに鍛え直してきます」と言っていた。彼女にとっても、物凄く大きな経験になったようである。 

 
3位決定戦は帯広C学園が武村さんの活躍でP商業を倒した。花咲さんは武村さんとの対決でもかなり多くのものを学んだ感じであった。
 
そして決勝戦は釧路Z高校が相手になった。
 
雪子/千里/寿絵/暢子/留実子というスターターで出て行く。すると松前さんが「歌子さん出さないの?」と訊く。
 
「急に生理が来ちゃったから」
と暢子。
「歌子さん、卵巣あるんだっけ?」
と松前さん。
「万能細胞で作ったのよ」
などと暢子は言っている。
 
試合は激しい戦いになった。さすがにZ高校側もラフプレイは自粛して正々堂々と戦う。しかしそういう戦い方をできるところまでメンバーがレベルアップしたのだろうというのを充分感じさせられた。松前さんはこちらが想像していない攻め方をうまく見付けて、福島さんや音内さんをうまく使い得点していく。こちらは松前さんには千里、福島さんには暢子、音内さんには寿絵が付いて対峙するが、福島さん・音内さんが新人戦道大会や先月の大雪カップで見た時よりかなり進歩している感じである。おそらくハンパ無い練習をしているのだろう。
 
一応N高校がリードした状態で進行しているのだが、前半を終わって26対32と6点差。ちょっとした流れ次第で充分逆転があり得る点差である。
 

ハーフタイムで休憩していた時、トイレに行ってきた薫が困ったような顔をしている。
 
「どうしたの?」
「実は今トイレに行ったら松前さんに会っちゃってさ」
と薫は妙にもじもじした顔で言う。
 
「それで?」
と暢子が訊く。
 
「生理が来たんなら、これ使って出場しなよ、と言われて、あれ渡されちゃって」
「ん?」
「ナプキン?」
「じゃなくて」
「生理用ショーツ?」
「じゃなくて」
「まさか・・・」
「タンポンもらっちゃった」
 
暢子が吹き出す。千里も頭を抱える。
 
「で、どうしたのさ?」
と寿絵が訊く。
 
「いや、せっかくもらったの使わないのも悪いと思って」
と薫。
「入れたの?」
「うん」
「どこに?」
「薫、ヴァギナもう作ってるんだっけ?」
「いや、ヴァギナは高校卒業してから作ろうと思ってる」
「じゃどこに入れたの?」
 
薫が何だか恥ずかしがってる。
「まさか、あそこ?」
「うん」
 
「あそこに入れてもいいんだっけ?」
と寿絵が訊く。
「さあ、私もヴァギナにしか入れたことないから分からん」
と暢子が言う。
 
「ああ、暢子タンポン使うんだ?」
「試合に生理がぶつかった時はね」
と暢子。
「すごーい。私タンポンはちょっと怖くて」
と千里が言うので
 
「じゃ千里はどうしてるの?」
と川南が訊く。
「昨日宿舎に帰ってから来ちゃったんだよね。だから今日は夜用羽付きをガムテープでショーツに固定して、ガードルで押さえてる。いや、9月のウィンターカップ地区予選の時も生理とぶつかってさ。羽付きつけてたのに試合中に外れててショーツが血だらけになっててギャッと思ったよ。だから今回ガムテープで留めてみた」
と千里。
 
「私も試合にぶつかった時はガードルで押さえるよ。ガムテープまではしないけど」
と夏恋。
「私は夜用スーパー付けて生理用ショーツ2重に穿く。でもそれでも外れちゃったことある」
と敦子。
「じぉ次は夜用スーパー付けて生理用ショーツ二重に穿いてガードル穿いてみようかな」
と千里は言ったのだが
 
「タンポンの方が楽なのに」
と暢子。
 
「やはり私バージンだし」
と夏恋。
「同じく」
と敦子。
 
「凄く疑問があるんだけど」
と川南。
「何?」
「千里って生理あるわけ?」
と川南が訊く。
「女子高生にもなって生理が来てない訳無い」
と千里。
 
「前から思ってたんだけどさ」
と川南。
「千里、元男の子だっての嘘でしょ?」
「そんなことないよー」
 
ということで薫がそこにタンポンを入れたことは忘れられつつあったものの、葉月が思い出したように言う。
 
「あそこにタンポン入れて、後でちゃんと取り出せるの?」
 
「それは未知の世界だな」
と暢子は言った。
 

向こうが薫と昭子の出場を求めているので、ということで南野コーチ・宇田先生とも話し合いの上、後半はふたりを出すことにする。
 
雪子/千里/昭子/薫/暢子 という向こうが望んでいるメンツで第3ピリオドは出て行った。
 
試合が始まって1分で千里は思った。
 
薫が入っているのはこちらがハンディをもらっているようなものだ。
 
でも昭子を入れているのはこちらにハンディの負荷があるようなものだ! 
昭子は男子の試合ではそれなりに活躍している。但しそれは昭子を初めて見たチームや、あまり強くないチームに限られる。うまい人にマークされると、ほとんど仕事をさせてもらえない。今回は向こうの1年生船引さんがピタリと昭子をマークし、さすがの雪子も昭子に全然パスが供給できなかった。 
2分ほどした時、ボールがアウトオブバウンズになってゲームが中断してそのボールをひとりの選手が取りに行っている時、暢子が近くにいた松前さんに話しかけている。松前さんは少し考えていたようだが、同意するように首を振っていた。何話してるんだ?
 
一方の薫は準々決勝で30分、準決勝では40分フル出場していたものの、三位決定戦の間休んでいるので、何とか体力を回復している。前半の疲れが出始めていた暢子の分をカバーする働きを見せてくれて、こちらがどんどんリードする。あっという間に点差は15点まで開く。
 
しかしここでZ高校は一度タイムを取って気合いを入れ直し、頑張って挽回。第3ピリオド終了時には10点差まで戻していた。
 

そして第4ピリオドもまた激しい戦いが続く。このピリオドでは消耗の激しい雪子を下げてポイントガードはメグミで行く。
 
しかし休憩は取っているもののどちらも今日は3試合目。さすがに体力の限界が近づく。それでも両者とも根性で戦い続ける。Z高校は第4ピリオドの途中でも一度タイムを取って気合いを入れ直す。そしてその後凄まじい猛攻で一時はとうとうN高校を逆転した。
 
そこでこちらもいったんタイムを取り、ブレイクを入れる。そして、昭子も15分間も出せば向こうも満足だろうということで下げて揚羽を投入する。千里・暢子・薫の3人はそのままである。この3人の誰かを下げたら向こうは不満であろう。Z高校側も松前・福島・音内の3人は後半ずっと出ている。向こうはこのタイミングで船引さんを下げて代わりに同じ1年生の鶴山さんを投入してきた。ウィンターカップ道予選で揚羽を殴り倒した人だが、コートインするとすぐに揚羽の所に行きその件を謝っていた。揚羽もOKOKと応じていた。 
タイム明け後、まずは充分休憩している揚羽が2連続でゴールを決めて再逆転する。千里も気合いを入れて松前さんとマッチアップし、このタイムの後では松前さんに1度しか抜かれなかった。しかし松前さんを押さえていても福島さんが疲れの溜まっている暢子を抜いて得点する。また鶴山さんが非常に器用な動きでこちらの守備陣を突破して得点をしてまた逆転される。
 
鶴山さんに3回続けてやられた揚羽に「マッチアップ担当を変えようか?」と訊いてみたが「大丈夫です。次はやられません」と彼女は言い、自分の頬を数回叩いて気合いを入れ直した。それで次のZ高校の攻撃では揚羽がきれいに鶴山さんを停め。ボールを奪った。
 
すぐさまメグミにパスして攻め上がる。行く手を阻まれると薫にパスする。薫は巧みなフェイントの連続で福島さん、そして松前さんを抜いて1ステップで踏み切り華麗にリーチバックシュートを決めた(通常シュートする時はトラベリングにぎりぎりならない2ステップ目で飛ぶ。それを1ステップ目で飛ぶと相手はブロックしづらい。但しほぼゴール下から手を伸ばして撃つので狙いが定めにくい)。
 
これでまた逆転。
 
そしてこの後は、N高校が猛攻する形になった。薫が、暢子が、揚羽がゴールを決め、千里も調子良くスリーを放り込む。しかしメグミもかなり消耗しているようなので残り2分の所で雪子と交代させる。雪子はインターバルと合わせて10分ほど休んでいるので何とか体力を回復している。雪子の巧みなゲームメイクで更に突き放す。
 
それで残り時間が1分となったところで66対82と16点差が付いている。ところがここで暢子は千里のそばに寄り肩を抱いて小声で言う。
 
「この試合、男子2人入れたからその分1人につき10点のハンディを払うことでノノちゃんと話付けたから。だから20点差付けて勝たない限り、こちらが勝ったことにはせず、優勝賞品は向こうに渡す」
 
何〜〜!?
 
向こうがパスを回している。千里は松前さんをマークしているのだが、福島さんが彼女へボールを返そうとバウンドパスをした時、根性の瞬発力で飛び出してそのボールをカット。
 
ボールはセンターライン側に向けて転がる。そのボールに雪子が追いついて確保する。千里も必死に走って雪子からパスを受けドリブルで敵陣に向かう。体力の残っている鶴山さんが千里の前に回り込むが、一瞬のフェイントでそのまま抜き去り、スリーポイントラインの手前でストップ。そのまま華麗にシュートを決める。
 
66対85。19点差。残り50秒。
 
小寺さんが審判からボールをもらっている間に千里は雪子のそばに寄り暢子から聞いた話を雪子にも話す。
 
「えー!?」
「だからさ・・・」
「・・・了解です」
 
スローインされたボールを松前さんがドリブルしながら攻め上がる。N高校のメンバーが守備のため自コートに戻っていく。千里は松前さんの前に出て彼女をマークする。彼女が右手でドリブルしているので千里は左手を伸ばしてカットを狙う姿勢を見せる。松前さんはドリブルを背中に回して左手に移す。 
「危ない!」
と福島さんが声を掛けた。
 
「え?」
と松前さんが言った時には雪子が反対側の死角から松前さんに忍び寄り彼女の背中に回ったボールを巧みにカットしていた。
 
疲労のたまっている松前さんの意識の隙に入り込んでのプレイであった。松前さんも万全な状態なら、こういうのにはやられないだろうが、さすがに今日は3試合目。しかも準決勝は強豪の帯広C学園だったので疲れている。その一瞬の隙を狙ったのである。
 
そのまま雪子が自らドリブルして攻め上がる。薫が必死で走って先行するのでそちらにパスする。薫は鶴山さんを抜いてそのままゴールを決める。
 
66対87。21点差!! 残り34秒。
 
向こうは今度は慎重に、攻め上がる。パス回ししているので何度かパスカットを試みるが向こうもここでスティールされるとやばいと認識しているので油断していない。そして福島さんと音内さんが上手くピック&ロールを決めてゴール。 
68対87。19点差。残り12秒。
 
残り時間は短いが雪子は焦らず攻め上がる。
 
千里には松前さん、暢子には音内さん、薫に福島さん、揚羽に鶴山さんが付いている。雪子の前には小寺さんがいる。
 
薫が福島さんを振り切って中に進入する。双方の選手が入り乱れて結果的にマークが甘くなる。雪子が薫の方に向けてボールを投げる姿勢を見せる。しかしボールは揚羽の所に飛んでいく。鶴山さんと激しいボディチェックがあるものの、揚羽は根性で鶴山さんを押しのけてキャッチ。そのままシュートしたもののフォローに来た福島さんにブロックされる。
 
ボールが転がる。暢子が飛びつくようにして確保するが周囲が混雑していてとてもシュートできない。既に時計は3秒を切っている。そこで暢子は床すれすれの低さで千里の右側にパスを出す。千里が松前さんを振り切るように半ばジャンプしてそのボールを取る。そしてそのまま不完全な体勢のままシュートを撃つ。 
直後に試合終了のブザー。
 

ボールはバックボードの中央向こうよりに当たったもののバックスピンでゴールに飛び込んだ。
 
審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。
 
千里はホッとしたように大きく息をついた。
 
整列する。
 
「90対68で旭川N高校の勝ち」
「ありがとうございました!」
 
あちこちで握手したりハグしたりしている。揚羽は鶴山さんとハグしている。ウィンターカップ予選の件はお互いわだかまりが取れたようである。松前さんは雪子、暢子、千里とハグした後、薫ともハグしていた。そして何か言っている。薫が頭を掻いていた。
 
「何言われたの?」
と暢子が訊く。
「いや、女の子ならちゃんと生理用品は常備しとけって」
と薫。
「薫、実はナプキンくらい持ってない?」
「うん。実はいつも生理用品入れに入れて持ち歩いている。使ったことはないけど」
「やはりね〜」
 

そういう訳でこの大会の賞品、釧路産牛肉6kgはN高校が無事持ち帰ることができた(バスで持ち帰ると途中で解凍されてしまうので、追ってクール便で送ってもらうことにした)。
 
表彰式が終わった後で、松前さんたちが声を掛けてきた。
 
「歌子さん、4月からは女子チームに正式に合流することになったんだって?」
と松前さんが訊く。
「ええ。でも道大会には7月7日以降しか出られないんですよ」
「インターハイの道予選終わってるじゃん!」
「そうなんですよねー」
 
「薫が出られるように、5月にうちの高校が主宰して新しく嵐山カップというの創設したから」
と暢子が言う。
「よし、それ参加」
と松前さん。
「7月の道民バスケット大会にも出るよ」
「よし、それも参加」
 
「部長〜、遠征費用きついっすよ」
という声が出る。最近釧路Z高校は合宿もかなりやっているようだ。個人負担もけっこう来ているだろう。
 
「嵐山カップは招待しようか?」
と宇田先生が言う。
「あ、それお願いします」
と松前さん。
「ちょっとちょっと」
と向こうの尾白監督が慌てるが
「今年新たに創設した記念ということで」
と言うと
「ではお言葉に甘えて」
と尾白さんも容認する。
 
「道民大会って、いつどこでやるんだっけ?」
と松前さん。
「7月19-21日、室蘭・登別」
と暢子。
 
「それ修学旅行とぶつかってない?」
と福島さんが言う。
 
「じゃバスケ部は室蘭・登別へ修学旅行。費用振り替え」
「え〜〜!?」
 

ところで川南が提案したボーダー組の今回の成績1番の子はインハイの枠に入れるという件であるが、2日間の合計は、1位敦子48 2位睦子39 3位川南38 4位結里27 5位永子22 6位蘭16 7位葉月14 という成績であった。
 
「ということで敦子ちゃんはインハイ枠当確」
と南野コーチから言われる。
 
「ありがとうございます。頑張ります」
と敦子。
 
「ただし道予選でもそれなりの働きを見せたらという条件付きだからね」
「はい」
 
「でも川南も頑張ったよ」
と寿絵から言われる。
 
「残り2枠の争いだけど1年生に負けないように頑張れ」
と暢子。
 
「うん。頑張る」
と川南。
 
「私ちょっとやばいな」
などと睦子が言っている。
「2年連続マネージャーでの参加にならないようちょっと気合い入れて練習する」
 
「インハイに出られた前提で言うと、メンバー表を提出するのはたぶん6月25日くらいだから。あと3ヶ月弱で今ほぼ確定している子だって分からないよ」
と南野コーチは言っていた。
 

阿寒カップが終わった翌日、3月31日月曜日。千里は旭川空港を14:20の羽田行きに乗った。伊丹行きに乗り継いで18:40に伊丹(大阪空港)に到着する。そこからモノレールで千里中央(せんりちゅうおう)駅まで行く。そのあと地図を頼りに、そのマンションにたどり着いた。
 
エントランスの所で3331号室のインターホンのボタンを押す。
 
「はい」
という貴司の声があるので
「強盗です」
と千里は言う。
 
「僕の何を盗っていくんだろう?」
「とんでもないものを盗んでいくんだよ」
「こわいなあ。まあ入って」
 
ロックが解除されるのでマンションの建物の中に入り、33階までエレベータを昇る。そして3331号室に行くと、貴司はこちらがボタンを押す前にドアを開けてくれた。
 
「確認する前にドア開けていいの?強盗だったらどうする?」
「強盗なんだろ?」
「そうだよ」
 
と言って千里は中に入る。
 

ドアを閉めるのと同時に、玄関でふたりはきつく抱き合いキスをした。 
5分くらい続いたキスの末、やっと離れる。
 
「あ、そうそう。これ遅ればせながらホワイトデー」
と言って貴司がモロゾフのクッキーセットを渡す。
 
「ありがとう」
と言って受け取る。電話では、サザエぼんでいいよ、などと言っておいたのだが、さすがに考え直したようである。まあ貴司にしては上出来だな。 
「ねぇ、別れるのやめようよ」
と貴司が言う。
 
「今日の運賃は片道57,890円だからね。さすがにこれ毎月とかは払えないよ」
と千里。
 
「運賃は僕が出すよ」
「安月給の会社員さんにはとても負担させられないなあ。それに妹さんたちの学資を貯めないといけないんでしょ?」
「うん。実はそうなんだけどね」
 

取り敢えず寝室に行くが、千里は眉をひそめる。
 
「何よこれ?」
「ごめーん。千里が来る前までに何とかしようと思ったんだけど、ひとりではこれ組み立てるの大変で」
 
ベッドが「組み立て中」なのである。
 
結局、ふたりで協力して組み立てて、疲れたので何もしないまま居間に戻ってお茶を飲む。これもヤカンが見当たらないので、鍋でお湯を沸かして煎れた。さっき貴司がくれたモロゾフのクッキーの箱を開けてふたりで一緒に食べる。 
「でもこれ片付けるまでに1年かかったりして」
「かも知れないという気はする」
「お嫁さんをもらおう」
「千里がお嫁さんになってよ」
「私はバスケがあるからね」
 
「エンデバーに招集されたんだろ? 日本代表になる可能性もあるんだよね?」
 
「エンデバーはあくまで強化目的だから、代表選考とは無関係とは言ってたけどね」
「でも強化したいような選手と、代表に入れたい選手はとうぜんダブる」
「まあ、あの中から代表選手がけっこう出るだろうね」
 

「御飯は食べたんだっけ?」
「まだ」
「食材とかある?」
「全然買物とか行ってない」
「じゃ一緒に買物に行こうよ」
「うん」
 
それでふたりは一緒にマンションを出て、近くのピーコックまで行く。 
「こないだ次会った時は酢豚にしてよと言ってたけど、酢豚にする?」
と千里は訊くが
「それやっちゃうと、その次が無さそうな気がするから、今回はパス」
と貴司は答える。
 
「ふーん」
 
取り敢えず、お肉をたくさんと野菜、パン、ウィンナー、卵などを買った。 
「このお店ってオイルショックの時のトイレットペーパー騒動、発祥の地らしい」
「そんな古い時代からあったのか」
「人間のデマって怖いね」
「うちのおばあちゃんとかも、押し入れがあふれるくらいトイレットペーパー買ったらしいよ」
「みんながそんなに買ったら、そりゃ足りなくなるに決まってる」
「銀行の取り付け騒ぎなんかもそうだよね。全員が預金を引き出したら危なくなくても破綻しちゃう」
「ネット時代だからデマが伝わるのも早い。気をつけないとね」
 

マンションに備え付けの電磁調理器に何とか荷物の中から発掘したフライパンを乗せてお肉と野菜を焼く。
 
「いい匂いだ〜」
「4日に大阪に来てから、何食べてたの?」
「社員寮に入っている間は、寮の食堂があるから、そこで食べてた。先週ここに引っ越してきてからは、外食したり、ホカ弁食べたり、コンビニでパンとか買ったり」
 
「それではとてもバスケ選手の身体を作れないよ」
「うん。自炊頑張らなくちゃとは思うんだけどね」
 
御飯を食べた後はお風呂(シャンプーが無かったが千里は念のため旅行用のシャンプー・リンスセットを持ってきていた)に入り、そのあと再度寝室に行って、3週間ぶりの愛の儀式をした。
 
この日は貴司が「寂しかったよぉ」と言って、何度も何度もしたので千里は最後の方は半分眠りながらされていた。
 

「3月3日をラストナイトにするつもりだったんだけどな」
「3月31日までは夫婦でいる約束だったし」
「もう4月1日になっちゃったけど」
「イギリス時間ではまだ3月31日だよ」
「いつからイギリス人になったの?」
「なんならハワイ人になってもいい」
 
「でもこれが本当のラストナイトだね」
「ゴールデンウィークはふさがってたんだっけ?」
「うちの高校が主宰してカップ戦やるから」
「へー!」
「夏休みはインターハイに国体予選に。その後は受験一色になると思う」
「じゃ次はいつ会える?」
 
「貴司、彼女作りなよ」
「僕はずっと千里のことを思っている」
 
「そんな貴司のことば信じて、裏切られたらショックだから、私としてはやはり自由に彼女作ってと言っておく」
「うーん・・・」
 
「浮気しない自信無いでしょ?」
「それを言われると辛い」
 
「まあ貴司は浮気者だけど、私は好きだよ」
「僕も千里のこと好きだよ」
 

そのあと再度1回したが、貴司は明日会社あるから寝なきゃダメだよと言って2時半頃に眠った。千里も一緒に寝て5時頃起きる。
 
御飯を炊こうとしたが、炊飯器が見付からない! そもそもお米が無い!? 
それで千里は自分のパソコンでお米の通販をしているサイトに接続して、ここの住所にコシヒカリ20kgを送ってくれるよう注文を入れた。ついでにらでぃっしゅぼーやにも貴司の名前で勝手に会員登録して野菜の詰め合わせセットを毎週送ってくれるように手配した。どちらも貴司のカードで決済した!
 
しかし取り敢えず御飯がないので、朝ご飯はパンにすることにし、昨夜買物に行った時に買っておいたウィンナーをボイルする。それと並行してオムレツを作っていたら、貴司が起きてきた。パンを昨夜発掘しておいたオーブントースターで焼く。
 
「なんかいい匂いがする」
「朝ご飯取り敢えず作ってみた。一緒に食べよう」
「うん」
 
それで貴司のカードを勝手に使って、お米と野菜を注文したことを言う。 
「ああ、いいよいいよ。でも野菜の宅配サービスなんてあるんだ?」
「うん。特に独身男性には便利だと思うよ」
「だよねー」
 

ふたりで会話しながら朝ご飯を食べていて、千里は幸せな気分になった。私ってやはり貴司の妻なんだなあというのを再度認識する。
 
御飯が終わった後、貴司が着替えている間に食器を洗う。
 
「これ食器乾燥機とか買うと良いよ」
「あると便利だよね」
 
実際には貴司はその手のものを全くそろえず、食器乾燥機は1年後に千里が買ってこのマンションに持ち込むことになる。
 
7時。貴司が出かけなければいけない時刻である。
 
再度深くキスする。
 
「ねえ、もう一度セックスしない?」
「遅刻するよ。新しい彼女作ってから、その子としなよ」
「千里としたい」
「新入社員が遅刻したらクビになるよ。まだ試用期間なんでしょ?」
「うん」
「さ、一緒に出かけよう」
「そうだね」
 
貴司は名残惜しそうにして、千里と一緒にマンションを出た。地下鉄の駅まで行き、一緒に電車に乗り込む。やがて貴司の会社の最寄り駅に着く。
 
ふたりはホームに降りて見つめ合った。
 
「じゃ貴司、元気で」
「千里も元気で。バスケ頑張れよ」
「貴司もバスケ頑張ってね」
「インターハイ優勝」
「近畿リーグ2部優勝」
 
「ねぇ。昨夜言うつもりだったんだけど、まだ交換日記続けない?」
と貴司は提案した。
 
本当は3月31日で終了させるつもりだった。でも千里も終わらせたくない気分になりつつあった。
 
「いいよ。続けよう」
と千里は笑顔で言った。
 
「実はミニレター、こないだ100枚買った」
「ふふふ。実は私も200枚買った」
 
ふたりはミニレターによる交換日記をもう2年続けているのである。
 
ふたりは笑顔で握手し、それから柱の陰ですばやくキスをした。
 
その場で別れるつもりだったのだが、結局出札口の所まで一緒に行き、そこで再度握手して別れた。
 
次貴司と会えるのはいつだろう? いや、そもそも会えるのかな。私、貴司に彼女作りなよと言っちゃったけど、本当に作られたら、もう私、貴司と会うことないのかも知れない。
 
町並みに消えていく貴司の後ろ姿を見ながら、そんなことを思っていたら、《いんちゃん》が教えてくれた。
 
『千里、来年の春にまた貴司君に会えるよ』
 
『やはり来年の春か・・・』
 
貴司と1年も会えないなんて辛いな、と千里は思った。
 
『今年は千里自身が忙しすぎるから』
『そうかもね〜』
『千里いろいろやりすぎだもん。勉強も頑張ってるし、バスケも頑張ってるし、ずいぶんたくさん作曲もしてるし、巫女さんやって、雅楽合奏団やって市民オーケストラもやって』
 
『そんなに私やってるんだ!?』
『千里ってものごと断るの下手だから』
『うーむ・・・・』
 
『それと貴司君、彼女作るよ』
 
その言葉は千里にはちょっとショックだった。
 
『でも貴司君の奥さんは千里なんだから気持ちをしっかり持っていればいいよ。貴司君って、浮気はたくさんするけど、結局千里が好きなんだから』
 
『それって、やはり私、都合の良い女なの?』
 
と《いんちゃん》に答えて千里は顔をしかめる。
 
『でも好きなんでしょ?』
『そうなのよねー』
と千里は更に困った顔をした。
 
 
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