【女子大生たちの二兎両得】(2)

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「あ、千里、車は?」
「こっち」
と言って、桃香を自分の車の所に連れて行く。
 
「お、インプだ。買ったの?」
「借り物〜。知り合いの人が運転の練習に貸してくれたんだよ」
「ふーん」
「助手席に乗っていいよ」
「彼女に悪くない?」
「彼女なんて居ないよ〜」
「そうか? 朱音がきっと千里には恋人がいる、なんて言ってたから」
 
はははは。まあ恋人に近い人はいるけど、少なくとも「彼女」ではないな。貴司が何かの気の迷いで性転換でもしない限り。
 
でも貴司がもし性転換しちゃったら、可愛い服着せてあげなきゃ、などと妄想が暴走する。ああ、でも私そしたらレスビアンになっちゃう。などと思って、ドキっとする。
 
私、女の子とセックスしたらレスビアンになっちゃうからなあ。でも元男の子と元男の子のレスビアンってちょっと倒錯的で燃えるかも!?
 

向こうのランエボはまだ発進しない。こちらの発進を待っているのだろうか。千里は取り敢えずインプ(スバル・インプレッサ)を発進させる。すると、ランエボも発進する。
 
「こちらに付いてくるつもりかな?」
「いや多分高岡に帰ると思う」
と桃香は疲れたような顔で言う。
 
「さっきはキスしちゃってごめん」
「ううん。別に恋人になる可能性のない人とのキスはノーカウント」
「ふむふむ」
「だって桃香は女の子が好きなんでしょ?ボクは恋愛対象外のはず」
「それはそうだが、千里も私は恋愛対象外か?」
「ボク、女の子と親しくなると、友だちにしかならないんだよねー。桃香とも友だちのつもりだよ」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
 
桃香はむしろその会話で少しホッとしたような様子であった。
 
「荷室の段ボールの中に、コーヒーとかカロリーメイトとかあるから、それは適当に食べていいから」
「そうか?じゃもらっちゃおう」
 
と言って、桃香はカロリーメイトを1箱開け、缶コーヒーを飲みながら食べている。
 
「お腹空いてるなら、次のSAに入るけど」
「いや。むしろ寝た方がいい気がするから、悪いけどすぐ寝るから」
「うん、寝てて」
 
彼女のランエボはその後ずっと千里のインプの後を付いてくる。真っ赤なインプと真っ赤なランエボが並んで走っていたら、走り屋さん仲間かなと思われそうだが、千里が100km/hジャストで走っているので向こうも100km/hジャストで追随している。
 
しかし小牧JCTの所でランエボは中央道方面に分岐した。高岡に帰るというのであれば、そこから東海環状道経由で、東海北陸道の下り線に入るつもりだろう。この付近は高速同士が複雑に結合しているので、ぐるぐると何周も回ったりできる。
 
桃香はそれを見て安心して目を瞑り、睡眠に入ったようであった。
 
『千里、この子にいろいろ憑いてるけど、取り敢えず全部剥がすぞ』
と《とうちゃん》が言った。
『ほんと? よろしく』
 
千里は後部座席の窓を開けた。
 
《とうちゃん》は《げんちゃん》《せいちゃん》らと協力して、桃香に憑いている「変なもの」を剥がしてはどんどん窓の外に放り出していた。車は100km/hで走っている。大半はその衝撃で粉砕されると《とうちゃん》は言った。残ったものも風に吹き飛ばされて霧散するだろう。作業は15分くらい掛かったようであった。
 
『千里、運転代わるぞ』
と《こうちゃん》が言うので
『うん、お願い』
と言って、《こうちゃん》に身体を預け、千里は精神を眠らせた。
 

明け方、海老名SAに入る。千里がトイレ(当然女子トイレ)に行ってきてから車に戻ると桃香も目を覚ました所だった。
 
「桃香もトイレ行ってくる?」
「あ、そうしようかな。なんか凄く気持ち良く眠れた。すっきりした気分。ここしばらく疲れていたんだけど、その疲れも取れた感じ」
「良かったね」
 
まあ憑かれていたみたいだけど、憑いてたものは取ったからね〜。
 
「でも・・・」
「ん?」
「今、千里、女子トイレから出て来なかった?」
「まさか。その前を通過しただけだよ」
「あ、そうか」
 
お腹が空いたから朝御飯食べようよということでフードコーナーに一緒に行く。桃香が2人分の朝御飯を買ってくれたので、一緒に食べた。
 
「夜通し運転して疲れなかった?」
「あ、平気平気。半分眠りながら運転するの得意」
「寝るのか!?」
「冗談、冗談」
「いや、私も運転できたらいいんだけど、免許取ったあと違反を2回立て続けにやってしまったら、母ちゃんに免許証を取り上げられてしまって」
「あはは」
「なんで警官って、あんなえげつない場所にいるのかなあ」
 
「違反が起きがちな場所に居るんだよ。見通しの良い直線とか、一時停止する必要なさそうな気がする交差点とか、急に変わる信号のそばとか」
 
「私の最初の違反も、うっそーと思うほど突然信号が変わって、信号無視を取られたんだよ」
「そういう所って、制限速度で走っていれば、突然変わっても即応して停止できるはずという変わり方なんだよ」
「だって、みんな制限速度+10か+15くらいで走ってたのに」
「だから捕まえやすいんだよ。鴨が多い場所なんだよね」
「くっそー。私は鴨か」
 
桃香とはその後、バイトの話(電話オペレータになったらしい)や学校での教官のうわさ話などをした。恋愛問題に関しては敢えて触れなかった。
 

30分くらい休憩してから、車に戻って出発した。
 
「桃香まだ寝てていいよ」
「そうしようかな」
 
と言って、桃香はまた眠ってしまった。それで千里は今度は《きーちゃん》に運転を代わってもらい、千葉まで戻った。
 
「アパートに寄る?」
「いや、そのまま学校に行く」
 
と言うので、学校の中まで進入して理学部の前で桃香を降ろし、千里は車を学校近くの時間貸し駐車場に入れた。
 
でも、私って時間貸しの駐車場の料金、毎月3万くらい使ってないか?と千里は少し悩んだ。携帯駐車場が欲しいよ!
 

7月下旬の土曜日から、千里は塾の先生のバイトで出て行った。貴司から借りたワイシャツと背広上下を着て、ネクタイをして、男性用の靴を履いて出かける。貴司の靴は28cmなので、足の先に靴下を1枚入れている。でも歩きにくい!
 
自転車で千葉駅まで行き、ここで講師仲間の2人の男性と合流し、車に相乗りして、夏期講座が行われる旧**女子高の校舎まで行く。ここは数年前までは女子高であったものの、交通が不便なのもあり生徒数が少なくなって経営難に陥り廃校になったのである。
 
職員室で時間割を確認する。今回の講座の主任講師の人から説明がある。千里は中学1〜2年クラスの英語、小学5〜6年生クラスの算数を担当することになっていた。
 
早速授業に出ていく。1時間目は中学生の英語である。予習をしていないが、まあ何とかなるだろうと度胸勝負である。
 

教室に入って行く。
 
「Hello. My name is Chisato Murayama. I'm teaching you English readings every Saturday, for at time」
と取り敢えずは挨拶である。英語の授業は原則として全て英語で進めてくれという指定であった。
 
すると、ひとりの女生徒が手を挙げて立ち上がる。
「Ms Murayama, I have a question」
「Sure」
 
うむむ。Msと言われたしまったぞ。背広着てるのに。
 
「Why are you wearing Men's suits?」
 
ふむふむ。女性なのに男性用のスーツを着てたら変だよなあ。
 
「Because my father believes that I am a man」
 
と答えたが、何だかざわめいていた。オスカルか竜之介かって感じ?
 

取り敢えず授業を始める。最初に生徒を指名して文章を読ませる。それから意味の取りにくいところを少し解説していく。
 
「16th line. "She makes him a good wife". This sentence not means "She let him be a good wife." this word "make" means "become". So, the person becomes wife is not he, bus she. In other expression, "She will be a good wife of him」
 
英語の文章を英語で解説しているのだが、生徒の反応を見ていると千里の説明にけっこう頷いている感じだ。それでこのクラスの生徒が結構優秀であることを確信する。
 
「May I have a question?」
「Yes」
 
「In many case, he becomes husband, but today some he becomes wife, doesn't he?」
「Yes yes. Today, various types of love are permitted. Man can be a wife; Woman can be a husband. There are also wife-wife couple, husband-husband couple」
 
別の女生徒が質問する。
 
「Ms Murayama, Are you going to be a wife, or a husband?」
「Perhaps, I will be a wife」
 
質問した生徒も他の生徒も大きく頷いていた。
 

授業が終わった後でトイレに行く。WCの表記のある所に入り、個室が並んでいるので、そこに入って用を達して流し、手を洗って外に出る。
 
そこに英語の授業に出ていた女生徒がいる。
 
「ああ、村山先生やはりこちらを使うんですよね?」
「え?何か問題あったっけ?」
「いえ、全然問題無いと思います」
と言って生徒は微笑んだ。
 
職員室に戻って次の授業の準備に取りかかる。空き時間が1時間あるので、算数の授業の予習をする。英語はぶっつけ本番で何とかなっても、算数はちゃんと予習しておかないと、問題を解けなかったらやばい。特に小学生の問題は方程式を使わずに解かなければならないから頭の体操である。
 
それでテキストを見ながら問題を解いていたら、他の先生たちの会話が聞こえる。
 
「ここ、元々が学校だから、ホテルの部屋とか使ってやるのよりはやりやすいですね」
「そうそう。ホテルの部屋って、いまいち勉強の雰囲気にならないんですよ」
「くつろぐために作られているからか、緊張感が不足するんですよね」
「なんか臨海学校か林間学校かって雰囲気になりがち」
 
「でも唯一の欠点がトイレかな」
「そうそう。元々が女子高だから、男子トイレは職員室のそばに1つあるだけですからね」
「休み時間の度に、列ができてますね」
 
「一応各教室の近くにある女子トイレに関しては、男女共用で使っていいということにしていますが、なかなかそこに入る男子生徒は少ないみたいです」
「女子トイレ使っていいと言われても、なかなか落ち着かないでしょうね」
 
え〜〜!? あれ女子トイレだったの? そういえば個室だけが並んでたな。男子トイレには確か小便器があったはず。
 
と千里は焦る思いだったが、後ろから《こうちゃん》が
『千里、確信犯じゃなかったのか?』
と言ってきた。
 
しかし教室そばの女子トイレは共用で使っていいということだったので、千里はこの夏期講習の間、そのまま女子トイレの使用を継続した。
 

この講習会では、お昼はだいたい近所の庶民的な中華飯店に行って食べていた。だいたい650円の天津丼、680円のラーメン、620円の五目炒飯のローテーション。一応千葉市内なのだが、都心からはかなり離れており、近所に食べる所といえば、その中華飯店か、もうひとつ少し高めの洋食屋さんしか無かったのである。
 
3回目に講義に行った時、塾のオーナーが陣中見舞いにやってきた。それでお昼はオーナーのおごりでみんなで食事に行きましょう、ということになり、ぞろぞろと、その洋食屋さんの方に行った。
 
しかし値段が高めといっても、立地が立地なので、いちばん高いメニューがカツカレーの1200円である。オーナーさんは、みんなに3000円くらいのランチをおごるつもりでいた雰囲気だったが、高くてもそれなので、結局全員カツカレーということになる。
 
色々今回の講習の状況について話している内に、料理が来る。みんなの前にカツカレーの皿とスプーン・フォーク、それに付け合わせのサラダが置かれたが、更に千里の前にだけフルーツヨーグルトが置かれた。
 
「あれ?これ私だけですか?」
「はい、土日は女性のお客様にフルーツヨーグルトをサービスさせて頂いております」
とウェイターは言って下がった。
 
「女性のお客様??」
とオーナーは怪訝な顔であるが、他の同僚の講師たちは
「なるほどー。納得」
などと言っていた。
 

この夏期講習では、千里が「唯一の女性講師」ということで、女生徒たちから恋の相談を受けたりもした。
 
千里は恋愛で迷走している感じの自分がこんな相談受けていいものかとは思ったものの、ひとりひとりの悩みを聞いてあげて、だいたい「告っちゃえよ」とか「悩んでいる間に電話してみるべし」などと発破を掛けておいた。
 
中には「勇気を出して告白したら彼も好きだって言ってくれました」「取り敢えずお友だちとしてメール交換しようということになりました」などと事後報告してくる子もいた。
 
千里は無筮立卦で、可能性のある子にしかそういうことは言っていないので成功率は高かったようである。見込みのない子には「それはさすがに無理だよ」とか「カラオケで3時間くらい歌うとスッキリするよ」などと言ってあげていた。
 

 
8月8日(土)。千里たち千葉ローキューツのメンバーは車3台に相乗りして茨城県稲敷市の江戸崎体育館へと向かった。この日行われるシェルカップに出場するためである。この日は、いつも練習にも顔を出している夢香がどうしても来られないということだったので、代わりに麻依子が東京都内の会社に勤めている旧知の佐藤玲央美を助っ人に呼んできた。
 
「助っ人が使えるの?」
「この大会はオープン大会だから、1人の選手が複数のチームに出場するのだけは禁止だけど、そうでなければ誰が参加してもいい。取り敢えず女子の部には女子しか出場できないけどね」
 
「あはは。女子ね。私いいんだっけ?」
と千里が麻依子に訊くと
「女子選手だよね?登録証持ってるよね?」
と訊くので
「うん」
と答えると
「問題無いじゃん」
と麻依子は言う。
 
浩子たちは千里の性別のことを知らないので、何だろう?という感じで聞いていた。
 
「でも佐藤さん、自分のチームの規定には引っかからないの?」
「私、今どこにも所属してないから」
「うっそー!?」
 
「佐藤さんのレベルなら、実業団で即戦力じゃないの?」
「私、中学高校の6年間で燃え尽きちゃったんだよ。だからウィンターカップの終わった後、7ヶ月間何も練習してないから、勘がにぶってると思うけど」
 
「なんか6月に千里が言ってたのと同じこと言ってる」
と浩子。
 
「ふーん」
と言って佐藤さんは千里を見る。
 
「私も中学高校で燃え尽きた感じだったから、大学のバスケ部にも入らずに非スポーツ少女みたいな顔してたんですけどねー。でもなんかまたやりたいって衝動が抑えられなくなって。ひとりで練習してたら浩子たちと偶然遭遇して練習に誘われて、なしくずし的にメンバーに」
 
「ほほぉ」
 
「でもきっと佐藤さんなら、今からでも実業団や上位のクラブチームで勧誘したいと思っている所ありますよ」
 
「そうかなあ。今の時期はもうレギュラーが確定しているから、必要ないんじゃないかなあ。それに村山さんみたいなガード、特にシューターは希少だから需要があるけど、私みたいなフォワードは捨てるほど人材がいるもん」
 
「いや、佐藤さんの実力は捨てがたい」
「錆び付いてるよ」
 
「あ、でもひとりだけ苗字呼びも不自然だから名前で呼んでいいですか?」
と浩子が言う。
 
「OKOK。玲央美なりレオちゃんなりで」と本人。
「あ、レオちゃんって可愛い」と浩子。
 

この大会は昨年から始まったもので今回が第四回だが、女子の部は今回が最初ということであった。エントリーしていたのは8チームだったのだが・・・。
 
「女子の部、参加予定だった****がキャンセルの連絡がありました。この会場に来ておられる女性の方々で、飛び入り参加してみたいという方はおられませんか?女性5人いれば参加できます。男性の方でも今すぐ性転換すれば参加を認めます」
などと言っている。
 
「今すぐ性転換すればってどうすればいいんだ?」
「まあ、おちんちんを切り落とせば」
「試合に出るためにおちんちん捨てる気概のある人なら女子として出場を認めてあげていい気がするな」
 
麻依子が苦しそうにしている。もう!
 
10分ほどして再度放送がある。
 
「近隣のTS大学の女子バスケット部の1年生のみなさんが出場してくださることになりました」
 
それを聞いて、千里も麻依子も玲央美も、きっと引き締まった顔をする。
 
そこには自分たちと北海道で激しい戦いをした中島橘花(旭川M高校)や松前乃々羽(釧路Z高校)が居る。1年生ということならあの2人もメンツに入っているかも知れない。
 

1回戦の相手は水戸市内の中学生チームだった。
 
この相手には千里たちも本気は出さない。軽く流して62対32で勝った。
 
同時刻に他のコートで行われた他の1回戦では、先月の千葉クラブ大会で決勝戦を争ったサザン・ウェイブス、東京のママさん?チーム江戸娘が勝ち残った。TS大学1年生チーム・TSフレッシャーズも当然勝ち残っている。
 
この日はこの1試合だけなのでそれで帰還する。結局この日は橘花たちの姿を見ることはできなかった。
 
翌日午前中に準決勝が行われる。相手は東京の江戸娘である。「娘」を名乗っているが全員30代という感じ。多くがママさん選手のようだが、この人たちが無茶苦茶強かった。
 
おそらく全国レベルで戦った経験のある人が数人入っている。他の人もたぶん都道府県大会の上位で活躍したことのある人たちばかりだ。
 
実力がある上に試合に慣れている感じであった。こちらは去年からやっているのは浩子と夏美のふたり。4月から麻依子、7月から千里が入って、まだ充分こなれているとは言えない。更に玲央美は今日飛び入りの助っ人だ。
 
それでコンビネーションの乱れを突かれて前半はかなり苦戦する。一時はリードを奪われたものの、その状況で玲央美が覚醒した感があった。
 
後半になると麻依子とふたりでリバウンドを取りまくるし、相手のシュートをブロックしまくる。玲央美は高校時代の千里のシュートをことごとく封じた数少ない選手だ。彼女が本気を出すとマッチングした相手のシュートはほとんど叩き落とされる。結局後半だけ見るとトリプルスコアという凄いことになって、最終的にはローキューツが圧勝した。
 
「玲央美、勘が戻ったね?」と麻依子。
「いや、覚醒したでしょ?」と千里。
「うん。何だか楽しくなった」と玲央美。
 

そして午後からの決勝の相手は昨日朝になって飛び入りエントリーしたTSフレッシャーズだが・・・・
 
試合開始前からハグ大会である。
 
向こうは橘花、乃々羽の他、秋田N高校に居た中折渚紗、岐阜F女子高に居た前田彰恵、福岡C学園に居た橋田桂華というメンツ。5人だけで交代要員はいないようだ(後で聞いたら5人で霞ヶ浦の見物に来ていて、たまたま近くでバスケット大会をしているのに気付き寄ってみただけだったらしい)。
 
千里も玲央美も中折さん・前田さん・橋田さんと戦った経験があるのでハグしあう。橘花・乃々羽と、千里・麻依子・玲央美もハグしあう。
 
しかしこんな凄い選手が揃ってたら、大会主催者は飛び入りエントリーを認めたのを後悔してんじゃなかろうかと千里は思った。
 
玲央美と橘花でティップオフして、玲央美が貫禄で勝つ。千里がボールを取りドリブルで運ぶ。中折さんが前に立ちはだかりマッチアップ。一瞬の気合勝負で千里が勝利して突破して向こう側へドリブルで抜ける。そのままスリーを撃って3点。ローキューツが先制して試合は始まる。
 

ほんとに激戦だった。どちらもマジモード全開。全力の真剣勝負である。
 
オープンのクラブ大会ということで、のんびりした試合を想定していた人たちが思わず息を呑むようなハイレベルの試合になった。ダンクあり、アリウープありで、男子顔負けの大技が炸裂する。千里は妨害されながらも遠くからスリーをどんどん決める。実際これインターハイの3回戦程度のレベルはあるよなと千里はプレイしながら思っていた。
 
得点も抜きつ抜かれつである。前半を終わって32対28、第3ピリオドまで終わって46対46の同点という展開。お互いにかなり消耗していたが、向こうが交代要員無しで戦っているのに敬意を表して、こちらも選手交代はせずに戦っている。もっとも茜は
 
「これ私や美佐恵が出たら、そこが即穴になっちゃう」
などと言っていた。
 
残り80秒で58対55の所で中折さんがスリーを決めて61対55と突き放す。しかし残り65秒で千里もスリーを決めて61対58と追いすがる。更に橘花と麻依子が2点ずつ取って63対60。TSフレッシャーズの3点リード。
 
残り35秒で3点差なのでTSフレッシャーズはゆっくり攻めようとするが、千里がドリブルしていた橋田さんの意識の隙にうまく入ってスティールを決める。そのまま自らドリブルして駆け上がり、スリーポイントラインの直前で停まる。即撃つ。きれいに決まって63対63と同点に追いつく。
 
残り12秒。速いパスの連絡で前田−橋田−中折とつなぐ。中折さんはスリーポイントラインの所で停まるが玲央美がそばに付いている。いったん反対側のサイドにいる橘花にパスする。橘花はドリブルしながら次の一手を考えているふう。橘花の前に麻依子がいる。
 
橘花はそのまま強引に進入するが、当然そのままではシュート困難。残り2秒で廻り込んできた中折さんにパス。千里がパスカットを試みるができず、中折さんはそこから撃つ。中折さんをマークしていた玲央美がブロックするのにジャンプし、指で弾いて軌道を変える。
 
が、その軌道を変えられることまで中折さんは計算していた。
 
試合終了の笛が鳴った後、ボールはバックボードに当たり、きれいにゴールに吸い込まれる。玲央美は天を仰いだ。
 
「65対63でTSフレッシャーズの勝ち」
「ありがとうございました」
 
試合終了後、またまたハグ大会となった。
 
そういうわけでシェルカップ初の女子の部では、ローキューツは準優勝に終わったのであった。
 

「最後のプレイは中折さんが絶対入れてくれると信じてぎりぎりまで時間を使った橘花の頭脳プレイだよね」
と麻依子が言う。
 
「千里が居れば残り3秒あれば3点取られて逆転というのが分かっているから、こちらに時間を残さないようにしたんだよ」
と玲央美も言う。
 
残り3秒あれば麻依子か玲央美からのロングスローイン+千里のスリーポイントで3点というのは、充分可能なプレイである。ラスト2分を切ってからの得点後スローインは、スローインされたボールが他の選手に触れた所から時計が動き出すルールだ。
 
「中折さんのシュート精度に絶対の信頼があるからできるプレイ。まあこちらでも私と千里のコンビネーションで可能なプレイでもある」
と麻依子。
 
「だけどバスケットって楽しいね」
と玲央美は言った。
 
「楽しいでしょ?」
と麻依子。
 
「また少し練習しようかなあ」
「どこか入るチームが決まるまではうちで練習してもいいよ」
「そうさせてもらうかも。麻依子や千里のレベルとマッチアップとかすると心が奮い立つよ」
 
そう言って、玲央美は麻依子や千里、浩子らとハグした。
 

8月12日(水)。千里が塾の夏季講習を終えて、相乗りの車で駅前に戻り、帰りのバスに乗るのに、バス乗り場の方に行こうとしていたら、ばったりと同級生の宮原君に会う。
 
「わ、村山君か」
「こんばんわー、宮原君」
「村山君が背広着てる所とか初めて見た」
「ボクだって、男だもん。背広くらい着るよ」
「ふーん」
と言って、宮原君は少し考えているふうである。
 
「あ、そうだ。今日何か用事ある?」
「ううん。なんで?」
 
「いや、実は紙屋と一緒に映画見に行こうと言ってたんだけど、あいつ急用ができたとかで来れなくなったんだよ。それでひとりで見てもつまらないなと思ってさ、良かったら一緒に見に行かない? 映画代おごるから」
 
あはは清紀か。彼、私のこと何か宮原君に言ってないよな?などと思う。
 
「何の映画?」
「エヴァ」
「はははは」
「嫌い?」
「いいよ。一緒に行こうか」
 
それで結局電車で移動してシネコンに行く。
 
「じゃ宮原君がチケットおごってくれるなら、ポップコーンとかジュースとか、ボクが買うよ」
「あ、うん。よろしくー」
 
窓口に行き、宮原君が
「大人2枚」
と言って千円札を4枚出したのだが、係の人はこちらをチラっと見ると、千円札を1枚返す。
 
「本日は女性の方はサービスデーになっておりまして1000円でいいですので」
と言って、普通のチケットと、レディスサービスと印刷されたチケットを発行してくれた。
 
「ん?」
と言って宮原君はこちらを見たが
「まいっか」
と言って、そのレディスサービスと印刷されたチケットを千里に渡してくれた。
 

「村山君って背広着てても、女の子に見えちゃうんだね」
「えへへ。実はボクいつも映画は水曜日に見に来てる」
「レディスデイの常用者なんだ!」
「あははは」
 
映画を見終わった後で千里が「ちょっとお手洗いに」と言うと、宮原君も僕もと言ってトイレの方に行く。
 
そして千里は普通に!女子トイレに入る。え?という声を聞いた気もした。出てきたところで宮原君が待っていた。
 
「村山君、やはりそっち使うんだ?」
「え?」
「いつも女子トイレなの?」
「え?え?」
と言って千里はトイレの男女表示を確認する。
 
「あ、ボク女子トイレ使っちゃったのかな?」
「その格好で騒がれなかった?」
「別に」
 
「むしろ村山君って、男子トイレに居ると騒ぎが起きている気が」
「あはははは」
 

映画館を出た後、何となく流れで、深夜営業しているハンバーガーショップに入る。
 
「宮原君、最近少し悩んでいるみたい」
と千里は言った。
 
「うん。実は他の子から聞いてるかも知れないけど、僕来年医学部を受験しなおそうかと思っているんだよね」
「それで、今のまま大学の勉強をしながら受験勉強もするのか、あるいはもう大学の方は諦めるのか、悩んでるのね?」
 
「うん、実はそう」
「占ってあげようか?」
 
「あ、村山君占いするんだ」
「うん。ボク、中学の頃に神社で巫女してて、占いを覚えたんだよ」
「へー」
 
それで千里はバッグの中から愛用のタロットを取り出した。
 
3枚引いてV字型に並べる。
 
中央底のカードは魔術師である。左上のカードは棒の10、右上のカードは女司祭であった。
 
「魔術師というのは物事の始まりを表すから基本的には良い兆候だよ。医学部の再受験は悪くないと思う。でも左上のカードは棒の10。このカード絵柄を見ると、棒を10本も抱えて重そうにしてるでしょ?」
「うん」
 
「つまり両方やるのは過負荷だってこと」
「やはりそうだよねぇ」
 
「右上のカードは女司祭。これは理学部を辞めるかあるいはサボっちゃう場合。女司祭というのは図書館を表すんだよ。図書館みたいな所で頑張って勉強していれば、道は開ける」
 
「片方だけにしろってことだよね」
「そそ。二兎を追う者は一兎をも得ず」
「ありがとう。もう少し考えてみる」
「うん」
 

「でも村山君、今日はなんで背広なんか着てたの?」
「うん。実は塾の先生をしてるんだよ。それできちんとした服装をしてくれって言われて」
 
「女の子が背広を着るのは全然ちゃんとしてないと思う」
 
千里はドキっとした。
 
「村山君って実際は女の子だよね? 今日はつけてないけど、よく花の香りの香水を付けてる」
「ああ、あれはオードトワレなんだけどね」
「うーん。そのあたりの区別は僕はよく分からないけど。でも実はそういう香水を付けてない時は、ほんのりと甘い香りがするんだよ。今もその香りを感じている」
 
そういえば昔から何度かそれ言われたな・・・。
 
「岡原さん(朱音)なんかと話してても気付くことある。ほとんど女っ気の無い高園さん(桃香)でも、その香りがする。多分あれ女の子のフェロモンか何かだと思うんだけどね」
 
千里は微笑んだ。
 
「ボク、確かにそういう香りがするって何度か言われたことあるよ」
「それは村山君は実は女の子だからだ」
 
「ボクが男の子か女の子か確認してみる?」
 
宮原君がドキっとした顔をする。
 

それで2人でタクシーに乗って、ちょっと怪しげなホテルに入ってしまう。
 
「じゃ、本邦初公開・・・って訳じゃ無いけどね」
 
と言って千里は着ている服を全部脱いでみせた。紙屋君にもこないだ見せたしなあ。
 
宮原君は微笑んでいた。
 
「やはりそうだったか」
「まあ、生まれた時は男の子だったよ」
「こういう選択をするのに悩まなかった?」
「たくさん悩んだよ。でも自分のあるべきやうは、こうだと思った」
 
「あるべきやうは・・・。明恵上人だね?」
「ああ。知ってるんだ」
「うん」
 
「宮原君も、迷わず自分の道を進みなよ。自分のあるべやうは?と考えれば答えは自ずから分かること」
 
「そうしようかな」
 
「ちなみにこのままHしてもいいよ。避妊具は持ってるよ」
「村山君の彼氏に悪いからHはしないよ」
 
「宮原君って自制的だね」
「意気地が無さ過ぎると高校時代のガールフレンドに言われたことある」
「ああ、宮原君、そういうタイプかも」
 
「でも、こんな所まで一緒に来たよしみでさ。僕と村山君の間では名前で呼び合わない?」
 
「いいよ。じゃ私のことは千里と呼び捨てにしていいから」
「うん。じゃ、僕のことは文彦で」
 
その夜は携帯の番号とアドレスを交換した後、ふたりでカーレースのゲームを2時間ほどしてから別れた。
 
そして宮原君は10月から始まった後期の授業には姿を見せなかった。後期は休学しているということであった。
 

夏期講習はお盆の期間は休みとなるが、この時期にゴールデンシックスの音源制作を集中しておこなった。
 
一応、千里も蓮菜も、また麻里愛も「忙しいから」ということでゴールデンシックスには入っていないのだが「音源制作の時だけでも頼む」と言われて出て行ったのである。
 
「やはりオーバーダビングするには、きっちりとした譜面で演奏しないといけないでしょ? それより多少のハプニングがあったとしても、セッションの面白さと揺らぎの自然さを取って、一発録音した方がいいと思うんだよ」
と花野子は言った。
 
それでこの年のアルバムでは、基本的には演奏データの切り貼りはせずに、通して録音したものの中でいちばん出来の良いものを採用して収録するという方針で制作を進めたのであった。
 
楽器はゴールデンシックスの6人と、ゴールデンシックスに参加しなかった元DRKメンバーの4人の合計10人でいろいろやりくりして演奏する。ベースはノノ(希美)が弾いてくれるし、ヴァイオリンは上手な麻里愛が弾いてくれるので、千里はもっぱらフルートや篠笛・龍笛を吹いた。
 
10曲入りのアルバムの形で制作したので、録音には練習も含めて合計50時間、12-13時間ずつ4日を要した。
 

15日には現在KARIONとして活躍中の美空も来てくれていた。
 
「契約上関われないけど、見学だけ」
「見学だけでも心強い!」
「でも忙しかったのでは?」
「昨日の東京公演でこの夏の活動は終わったんだよ。今日からは受験勉強のための休養期間」
「おお、お疲れ様!」
「どこ受けるの?」
「M大学」
「へー。普通っぽい」
「3人揃って合格できそうな大学というので、そこになった」
 
「ああ、同じ所の方が何かと都合いいよね?」
と花野子が言ったら
 
「某小風ちゃんが何とか頑張れば入れそうな所という線か」
と蓮菜が言う。
 
「そうそう」
と楽しそうに美空。
 
「でも3人だけ? 蘭子ちゃんは?」
と千里が訊く。
 
「ああ、蘭子はあちらの相棒と一緒に△△△大学だよ」
「すごーい! あんなに忙しくしてたのに、よくそんな所狙えるね」
 
美空と千里・蓮菜がそんなことを言っていたら
「らんこって誰?」
という質問が出る。
 
「KARIONのメンバー」
「KARIONは、いづみ・みそら・らんこ・こかぜ、名前が尻取り」
 
「KARIONって4人なの!?」
「3人だと思ってた!」
 
「まあゴールデンシックスがシックスと言いながら、こうやって10人で音源制作しているようなもの」
「10人でもシックス、人数が減って1人になってもシックス」
「いや、1人という事態は想定したくない」
 
「まあシックスは、あくまで名前だから」
「セブンイレブンが最初は7時開店11時閉店だったのが今は24時間営業になっているようなもの」
「アメリカン・エクスプレス(直訳すると米国急便)が最初は宅急便屋さんだったのが、いまは金融会社になっちゃったようなもの」
「黒猫大和が最初は黒猫ちゃんが運んでいたのが今は人間が運んでいるようなもの」
「いや、それは違うぞ」
 
「でもKARIONはそもそも『4つの鐘』という意味」
「へー!」
 

音源制作が終了したのは16日の夜10時頃であった。この日も昼間だけ美空は顔を出して、ケンタッキーの差し入れをしてくれた。
 
「ねえ、蓮菜、レーベルのデザインやジャケ写だけど、田代君に頼める?」
と花野子が言うと
「いいよ。仮音源聴かせて、そのイメージで描いてもらう」
と蓮菜は答える。
 
「蓮菜さぁ、田代君との関係はどうなってるの?」
と京子が半ば心配そうに訊いた。
 
「ああ、あいつとは当面セフレということで」
「マジで〜〜!?」
 
「他にもセフレ化しつつある子がいるみたいだけど」
と蓮菜は意味ありげに言うので、千里はまあいいかと思い
 
「私の場合はメフレだね」
と言う。
 
「何それ?」
「メンテナンス・フレンド」
「はあ?」
 
「まあ、体調が悪かったら看病してあげたり」
「ほほぉ」
「セックスで悩んでいたら、少し練習させてあげたり」
「セックスの練習!?」
 
「やはり、それはセフレでは?」
 

「そういえば千里は大学に入ったら速攻で去勢したという噂を聞いたが」
「どこからそんな噂が」
 
「まだ玉あるの?」
「そんなの無いと思うけどなあ、私女の子だし」
「おお!」
「やはり去勢済みか」
 
「待って。女の子だし、ということは既におちんちんも無いとか?」
「普通、女の子におちんちんは無いと思うよ」
「おぉ!!!」
「性転換手術しちゃったんだ!」
「体調はだいじょうぶ?」
 
「でも凄く困ってることがあってさ」
「ん?」
 
「私が去勢手術を受けるのは多分2年後で性転換手術はその1年後」
「へ?」
 
「意味が分からん!」
 

ゴールデンシックスの音源制作が終わって後片付けをしてスタジオを出ようとしていたら、何と雨宮先生が顔を出した。
 
「おはようございます」
とDRK以来のメンバーは即反応するが、ゴールデンシックスになってから参加した3人は、誰なのか認識できない。鮎奈が「ワンティスの雨宮三森先生」と言うと「うっそー! なぜそんな大物が」と驚いている。「挨拶、挨拶」と言われて慌てて「おはようございます」と他の子と同様の挨拶をする。
 
「音源できた?」
「録音だけは完了しました。まだまとめてません」
「そのまとまってないデータでいいからコピーちょうだい」
「はい」
 
ということで、千里がノートパソコンを出して予備に持っていたハードディスクにProtoolsのデータをまるごとコピーしてディスクごと渡す。
 
「マスタリングが終わったら、それもそちらにお送りしますので」
「うん、よろしくー」
 
「千里、そのハードディスクは?」
「予備に持ってきてた」
「そんなのいつも持ってるの?」
「必要になりそうな気がしたから今朝1台買って来た」
「なんで〜?」
 
「いや、千里は昔からこうだった」
「何が必要になるかが分かるらしい」
 
「普通の人が雨降りそうだなと思って傘を持って出るのと同じだよ」
「いや違う」
 
雨宮先生はディスクを受け取ると、千里に別のハードディスクを渡す。
「これ私が自分でミックスダウンするつもりだったんだけどさ、どうにも時間が取れないのよ。あんたミックスダウンしてくれない?」
「はい。いつまでに?」
「そうだなあ。来年の3月までに」
「了解です。今月中にやります」
「私、いい弟子を持ったわ」
「ありがとうございます」
 
「あんた夏休みはいつまでだっけ?」
「9月末までです」
「長いね!」
「うちの大学、夏休みが始まるのが8月10日なので」
「変わってるね。まあいいや。じゃそれまでに曲を20曲作ってくれない?これタイトルと歌わせる歌手のリスト」
と言って先生は千里に紙を1枚渡す。
 
「分かりました。それでは9月末までに5曲書いてMIDIにしてそちらにお送りします」
「私、いい弟子を持ったわ」
「ありがとうございます」
 
「何なの〜?この会話は?」
「哲学的だ」
「禅問答だ」
 
千里はポーカーフェイスであるが、蓮菜は苦しそうにしていた。
 
「でもあんた、どの5曲を書くのさ?」
「先生が最も書いて欲しいと思っておられる5曲です」
「それが分かるの?」
「ではお互いにその5つを書きだしてみましょうか?」
「よし。じゃ、それが当たったら、あんたたちに夜食をおごってあげるよ」
「じゃ外れたら、先生の飲み代を私が出すということで」
「面白い」
 
それで雨宮先生と千里がそれぞれ見えない所で5曲のリストを書く。
 
見せ合う。
 
順序は違っていたものの、ラインナップは完全に一致していた。
 
「参った、おごってあげるよ。居酒屋にする?スナックにする?」
「未成年なのでファミレスで」
 

それで全員で深夜のファミレスに行き、思い思いのものを頼む。
 
雨宮先生はHな話も好きだが、普通のガールズトークも好きなので話が盛り上がる。いろんな大学の学生が集まっているので、それぞれの大学の雰囲気のような話も出て、先生が絶妙な茶々を入れるので、ほんとに楽しい会話になった。
 
その内バイトの話になる。医学部の子たちはやはりバイトは無理と言っている。文系の子は、だいたいバイトをしているようだが、理学部の子は、してはみたものの負荷が大きくて辞めたという子もいる。
 
「私も最初家庭教師のバイトして、その後、今塾の先生してるんだけど、今月いっぱいで辞めるつもり。今は夏休みだから何とかなってるけど、学校の講義あっている時期は両立不能って感じなんだよね」
と千里も言う。
 
「基本的にお仕事って昼間だからね。どうしても大学の講義とぶつかっちゃうよ」
 
すると雨宮先生が言う。
「千里さぁ、昼間の仕事が難しいなら、夜のお仕事したら?」
「おっ」
 
「夜のお仕事ですか?」
「そそ。あんたほどの子なら、オカマバーに勤めたら、凄い稼げるよ」
「私、人をおだてるの苦手だから、たぶんあの系統は無理です」
「ああ、確かにあんたは本音が多すぎる」
「先生の教育が良いので」
 
「千里って雨宮先生の弟子なんでしょ? なんか先生に対する遠慮が無いね」
などと京子から言われるが
 
「雨宮先生はイエスマンが嫌いなんだよ」
と千里は言う。
 
「だから普通の会社で出世するようなタイプは雨宮先生の弟子は務まらない」
「なるほど、なるほど」
 
「まあ、普通の会社ならまっさきにリストラされそうな子が、私の好みだね」
と先生も言っている。
 
「好みって意味深〜」
「この子、ベッドに何度も誘っているのに、応じてくれないんだから」
「そのお誘いって、基本的には数撃ちゃ当たるみたいな誘い方だから」
「ふむふむ」
 
「でも先生は千里を男の子として誘っているんですか?女の子として誘っているんですか?」
 
「それが私にも分からないのよね。それでベッドの上で裸に剥いて確かめたいんだけど、いつもはぐらかされてばかり」
 
「謎は謎ということで」
 

塾の夏期講習は8月29日の土曜で終了した。千里は特に女生徒たちに人気だったということで、9月以降の通常の講習も受け持たないかと誘われたものの、やはりふだんの日の講習は、大学の講義との両立が困難であるとして辞退した。
 
正直、雨宮先生から作曲を頼まれた件で9月末までに5曲というのは、結構全力でやらないと間に合わないので、他の仕事は入れたくなかったというのもあった。5曲というのは当然ゴールドディスクが狙えるレベルの曲を5曲書くという意味である。
 
29日に最後の授業を終えてアパートに戻ってきたら、入口の所に貴司が座っていた。
 
「いつから居たの?」
「お昼頃から。朝の新幹線でこちらに出て来た」
「ごめーん。今日はバイトだったんだよ」
「いや、言わずに来た僕が悪いから」
 

取り敢えず鍵を開けて中に入れる。
 
「雨漏りはその後どう?」
「どうにもならない感じ。梅雨の間はもう達観してたよ」
「なるほどー」
「でも台所は雨漏りしないから、そこで生活すれば平気」
「そのポジティブさが千里らしい」
 
エアコンのスイッチを入れると、早速ツッコミが入る。
 
「なぜ、こんな場所にエアコンを置いてる?」
 
台所と居室の間に窓用エアコンがどーんと置いてあり、スイッチを入れると冷気が台所に向けて吹き出してくる。
 
「どっちみち、居室の方では過ごせないから。それにこのエアコンでは居室と台所の両方は冷やしきれないんだよ。パワー弱いから」
「うーん。合理的かも知れない」
 
冷蔵庫からビールを出して勧める。
 
「暑かったでしょ。まだまだ残暑厳しいもん。選手は本当は禁酒だろうけど、こんな日は少しはいいよね?」
 
「・・・これ、千里がいつも飲んでるの?」
「私は未成年だよ」
「じゃ、彼氏が来た時のために?」
「貴司が来た時のために決まってるじゃん」
 
それで貴司は千里に何か言いたげな感じで見詰めながらプルタブを開ける。それで一口飲んでから
「あれ? これ初めて飲んだ」
「ああ、昨日発売されたばかりらしいよ」
「それって・・・・」
と貴司は何か言いかけたが
 
「いや、騙されないぞ。これっていつもの千里のハッタリだ」
と言う。
 
「ふふふ。今更この程度で驚かれたら困るよ」
 

「そうだ。うちの実家に盆の汁粉、ありがとう」
「ううん。お葬式に行かなくてごめんね」
 
貴司のお祖父さんが今年の2月に亡くなったので今年は初盆なのである。それで千里は貴司の実家に塔のように積み上げる形式の汁粉のセットを贈った。もっともお祖父さんは貴司の家で暮らしていたのではなく、礼文島にある貴司の伯父の家で暮らしていた。
 
「いや、僕でさえ行ってない。ちょうどリーグ戦やってた時期だったから。千里も受験のまっただ中だったし。でも葬式には香典と弔電までもらっちゃったし」
 
「友だちとしての付き合いだよ」
と千里は言う。
 
「それでさぁ、うちの母ちゃんとちょっと揉めてね」
「ごめーん。私のことで揉めちゃった?」
 
「初盆の贈り物もしてくれて、病気の時は看病までしてくれる子と、病気の僕を見捨てて帰っちゃう子と、どちらがいいのか考えてみろって」
 
「あはは。マジでごめーん。私とは友だちだって説明しておいてよ」
「納得させられなかったよ!」
 
「まあ30歳まで独身だったら結婚してあげるから」
「いっそ今すぐ結婚しない?」
 
貴司はそう言って千里を見詰めた。
 

「緋那さんとはどうなってんのよ?」
「別れる」
「ふーん。まだ別れてないんだ?」
「僕は別れて欲しいと言った。でも彼女は別れたくないと言った」
「ふーん」
 
「こないだから何度か家に押しかけて来て、御飯作ってくれた」
「へー!」
 
「千里が買った食材をいっそ全部捨ててしまおうかと思ったけど、捨てるのもったいないし、千里の食材を自分の愛情で重ね書きして自分の料理にしてしまうんだと言ってた」
 
「そういう性格好きだなあ。貴司の彼女でなかったら、きっといいお友だちになれる子だ」
 
「でもやはり自分でも色々考えたけど、自分はまだ千里のことを忘れられずにいるから、緋那のこと、ちゃんと愛してあげられないと言った。だからあれ以来彼女とはもうセックスもキスもしてないよ」
「ふーん」
 
「それでも自分は僕のこと好きだから、僕が彼女のことを好きになってくれるまで頑張ると彼女は言っている」
「ほんとに好きな性格だ」
 
「でもやはり僕は彼女ではなく、千里のことが好きだ」
 
「『彼女より私のことが好き』とは言わないのが、貴司の性格のいい所だなあ」
「え? 何か変だった?」
「ううん。まあでも私も貴司のことは好きだよ」
 
「・・・千里、千里の新しい恋人というのは?」
「別れちゃった」
「なんで?」
「女装の男の子が彼は好きなんだよ。おっぱいくらいはあってもいいけど、おちんちんが無いと萎えちゃうんだって」
 
「つまり、そいつ、ホモなんだ?」
「貴司も実はホモなんじゃないの?」
「うっ・・・」
 
「だって、私となら逝けるのに、女の子とでは逝けないなんて」
と言って千里は貴司の顔を見詰める。
 
「やはり・・・・そうなんだろうか?」
と貴司は不安そうな顔をする。
 
「でも私も女の子だからね。貴司がホントにホモなら、私にも立たないはずだよ。多分、逝けなかったのはこないだも言ったように、女の子側が締めてなかったからだと思う」
 
「でもテンガでも、自分の手でやっても逝けない」
 
「あるいは本当に男性機能を喪失しちゃったか」
「それ実は不安でしょうがないんだよ」
「やはりここは手術して女性機能を付加して」
「だから、その話は勘弁してよー」
 
「じゃ、私としてみる?」
 
と千里は言った。
 

ふたりはしばらく無言で見つめ合った。
 
「千里としたい」
 
千里はそれに答えずに貴司を見て微笑んでいた。
 
「『私としてみたい』じゃなくて『私としたい』と言う貴司の性格って本当に良いと思うよ」
「え?何か変だった?」
 

「あぁあ、今日は暑かったね〜。私汗かいちゃったからシャワーしちゃおう」
 
と言って千里はタンスの中から自分の着替えを出すと、わざわざ貴司の目の前で裸になる。バスケをしているので引き締まった千里の裸体が露わになる。貴司がじっと自分を見詰めている、特に胸とお股を見詰めているのを感じる。でも千里は微笑んでシャワー室に入り、きれいに汗を流してから出て来て身体を拭いた。
 
「貴司も汗流してくるといいよ。気持ちいいよ」
「うん」
 
それで貴司がシャワーをしている間に千里は台所に布団を敷いてしまう。そして裸のまま中に入った。
 
ああ・・・睡眠の誘惑。貴司が出てくる前に眠っちゃったらごめんねー。
 
しかし千里が眠ってしまう前に貴司はシャワー室から出て来た。身体を拭いてから寝ている千里にキスをしようとする。しかし千里は手でそれを遮った。
 
「結局、私と貴司の関係って何なのかな?」
 
「僕は夫婦のつもり」
「夫婦なのに、他に恋人作るんだ?」
「そのあたりは凄く微妙なんだけど。千里は恋人作ったのは、僕にもう興味が無くなったから?」
「恋人作ったら貴司のこと忘れられるかなと思ったんだけどね」
と千里は正直に言った。実際には作るに至ってないけどね。
 
「でもほんとに千里、恋人作ってたの?」
「作ったよ。ホテルにも2回行ったし」
 
その2回が別の男の子だと言ったらさすがに呆れられるかな?実際はどちらともセックスしなかったけど。
 

「なんか嘘くさい気がするんだけどなあ」
 
などと言いながら、貴司は冷蔵庫を開けた。
 
「このビール、もう1缶もらっていい?」
「いいけど」
 
それで貴司はそのビールを開けた。
 
一口、二口、三口に分けて、貴司はビールを飲む。
 
そして千里に手渡す。
 
千里は貴司を見詰めた。貴司が真剣な表情で千里を見ている。
千里は微笑むと、そのビールを一気に全部飲んでしまった。
 
「えーーー!?」
「私と結婚したかったら、ちゃんと緋那さんと別れて」
「分かった」
「でも貴司として緋那さんと既に恋人ではないという気持ちであるのなら、私も貴司の友だちとしてセックスくらい、していいよ」
 
「うん」
 
貴司は神妙に返事をすると千里にキスをした。今度は千里も抵抗しなかった。
 

お布団の中で、ふたりの心を燃え上がらせた。ふたりの愛の儀式はわずか5分ほどで終了した。
 
「逝けたね」
「逝けた。やはり僕はEDじゃない」
「貴司のおちんちん、私のヴァギナとジャストサイズなのかもね」
「・・・かも知れない」
 
と言って貴司はしばらく考えているようだった。
 
「千里、エンゲージリング買ってあげるよ」
「今はだめ」
「どうして?」
「それも緋那さんとのこと、きっちりケリがつくまでは受け取れない」
 
「分かった。頑張る」
 
「時間が掛かってたら、その間に私、また恋人作るかもよ」
「うーん・・・・」
 

翌日。千里は貴司に付いてきてもらって、バイク屋さんに行った。
 
「千里、どういうのがいいわけ?」
「うん。どういうのがいいのかが、良く分からない」
 
「何に使うのさ?スクーターを。買物?」
「ひとつはバイト先に行くのに。通学は足を鍛えたいというのもあるから自転車なんだけど、バイト先にはすみやかに移動しないといけないから、そういう場面でスクーターを使いたいのよね。それと自分の駐車場まで行くのにスクーターを使いたい」
 
「それだけど、わざわざ東京都内に駐車場を借りる意味が分からない。千葉市内に借りて、そちらは解約したら?」
「雨宮先生が借りてくださったものを勝手に解約する訳にはいかないよ」
 
「面倒くさいなあ」
「浮世の義理だよ」
 

千葉−東京間を頻繁に往復するのであれば、ある程度のパワーのあるものがいいという話になる。しかし、あまり大きいモデルは千里の身体では取り回しにくい感じであった。
 
結構な台数を見ていった後で、貴司が一台のスクーターに注目する。
 
「千里、これは?」
「なんか手頃なサイズだね」
「ちょっと座ってみ」
「うん」
 
それで試しに腰掛けてみると、割といい感じだ。
 
ホンダのディオチェスタである。
 
「ディオの系統は実用性の高さに定評があるんだよ。見た目より実用性重視の千里には合うと思う」
「ふーん。でも外見も悪くないよ、これ」
 
スタッフさんが出て来て、少し走らせてみますか?というので構内をちょっと走ってみた。
 
「割といい感じ。これ3万円でしたっけ?」
「いえ6万8千円です。諸経費込みで9万5千円になります」
「高い! せめて《込み》7万で。今キャッシュで払うからさ」
「それでも無理ですよ〜」
 
「千里、これ充分安いと思うけど」
「貴司、大阪人らしくない」
「千里は充分大阪のおばちゃんだ」
 
「これはかなりの出精価格なので、これ以上の値引きは無理です」
「そこを何とか半額で」
「無茶言わないでください」
 
そんなことを言っていた時、千里は少し離れた所に同型のスクーターがあるのに気付く。ただしかなり年季が入っていて、塗装も日焼けしているし、シートも少し破れていたりする。
 
「あ、そこにあるのは?」
「あれは動かないんですよ。部品取り用ということで」
「でも1万8千円って書いてある。諸経費を入れたら?」
「えっと、4万円になりますが。始動しなかったので、年数も経っていることから敢えて修理はしないことにしたもので」
 
とスタッフさんは言ったのだが、千里は
「じゃ動いたら、整備してその値段で売ってくれます?」
と言う。
 
「いいですよ。無理だと思いますけど」
 
それで千里はそのスクーターに跨がり、車輪をロックし、メンテナンススイッチをonにする。そしてスタータスイッチを微妙な長さと間隔で3回押す。
 
「掛かった!」
「嘘! どうやっても掛からなかったのに」
 
「これなら修理できる見込みあります?」
「あります。というか1度でも始動すると状態が良くなるんですよ。それ停めないでください。しばらく動かしておきたい」
 
「じゃこれを整備して4万円で」
「うーん。。。整備費にせめて1万円くらい出してもらえません?」
「いいですよ。じゃ5万円で」
 
「じゃ頑張って修理しますから」
「よろしくお願いします」
 
ということで、千里はこのスクーターを整備してもらい諸経費込み5万円で買うことにしたのである。そして耐久年数を遥かに超えていたにも関わらず、このあと4年間、千里の足として活躍してくれることになる。
 
 
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【女子大生たちの二兎両得】(2)