【ボクが女子高生になった理由(わけ)】(中の2)

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その朝、校長は自宅に理事長が突然訪ねて来たのに驚いた。「どうしたんです?とにかく、どうぞ」と中に入れると理事長がお茶を出してくれた校長の夫を見る。それで夫が察して「ちょっと買物に行ってくるから」といって出かけていった。「実は匿名の電話があったのよね」と理事長は難しい顔をして口を開いた。
 
森田真琴は母に付き添われて病院に来ていた。「お母さん、私まだ気持ちの整理が付かない。来年じゃダメ?」「高校生ともなれば恋愛もあるもの。そうしたらアレでしょ」「だって、女子高なのに」「クラブ活動とかで男の子と親しくなることもあるじゃない。そんな時に困るでしょ、今のままじゃ」「うん。。。」
「早くちゃんとしてしまった方がいいのよ」
 
竹田真也は図書館に借りていた本を返した後、町でノートを買って来ようと、商店街の方へ歩いて行っていた。その時、何気なく小さい十字路を通ろうとした時、右から車が来たのに気付いた。「あ」と思った時は遅く、真也は車にぶつかってしまった。
 
小さい道で車もあまりスピードを出していなかったため、真也は転んだだけで済んだし特に痛みもなかったが、立ち上がれなかった。慌てて車から出てきた男の人が「大丈夫?」と声を掛けたので「大丈夫です」と答えはしたものの、身体が言うことを聞かなかった。一時的なショック状態だったのだろう。
 
「病院に行きましょう」と車の男性は言うと、真也の身体をぐいと抱えあげ、車の後部座席に寝かせてくれた。男性から抱き上げられたのは初めての経験だ。真也はちょっとドキドキした。
 
理事長が言った言葉に校長は絶句していた。「そんな馬鹿な。第一そんな子がいたら入学の書類で気付きますよ」「しかし名前や写真だけでは分からない子だっているでしょう」「写真くらいは何とかなっても、学園生活でボロが出ませんか」「うーん」「唯の悪戯電話なんじゃないですか?」「私もきっとそうだとは思うのだけど、万一ということがあるし」「うーん」今度は校長が悩んでしまった。
 
真琴は医師から最後の意志確認をされていた。「はい、お願いします」と明るく言ってしまったが、実はまだ心の中には迷いがあった。でももう引き返せない所まで自分が来ているのも事実だ。指定された個室、321号室に行き、着替えてベッドに寝ようとした所で、母の携帯が鳴った。「あ、私ったら電源切るの忘れてた」といいつつ、そのまま話し始める。「あ、はい。え?あら、あれ今日でしたっけ」と言って困ったような顔をして真琴の顔を見る。「お母さん大丈夫だよ。手術が終わった頃に来てよ」と真琴は言った。正直な所、少しひとりになりたかった。母は「御免ね。こんな日に。できるだけ早く戻ってくるから」と言って、病室を出て行った。
 
真也は病院に運び込まれ、救急担当の医師の診察を受けていた。病院に着く頃にはもう自分で歩けるようになっていた。「怪我の場所、痛い所はどこですか」
と聞かれる。左手が痛い気がしたので見せる。地面にぶつかったので少しすりむいていた。それから右足も痛いような気がしたので見せるが、こちらは少し内出血しただけのようである。大きな血管は切れていないようであった。
「やはりこういうので恐いのは頭の怪我ですので、MRIを取りましょう。この書類を持ってMRI室に行ってきて下さい」
 
校長が思いついたように言った。「そうだ、みんな春に健康診断を受けていますよ。女の子じゃなかったら、そこでいくらなんでもバレますよ」「健康診断ですか。全部脱ぐんですか?」「いや、パンツくらいは穿いたままですが、上半身は裸になりますよ」「でもこの年齢の女の子ではまだ胸がそれほど発達していない子もいるから、そこに紛れていると分からない可能性もありますよ」
「うーん」その時、理事長が何か思いついたようで、校長の方に乗り出して言った。「来年から導入を検討していた、全校生徒の婦人科検診。あれを今年からやっちゃいませんか?」「なるほど、婦人科検診なら余計な物が付いていたりしたら一目瞭然ですね」校長は大きくうなずいて答えた。
 
真琴は結局着替えずに制服のままベッドに寝転がると、今までのことをずっと考えていた。小さい頃。女の子として育てられてきて、自分が女であるということに何の疑問も感じていなかった頃。しかしやがて自分が他の女の子とどうも身体の構造が違うようだということに気付いた頃。そして真実を知って悩んでいた頃。しかし自分はずっと「いい子」であり続けた。学校ではずっと優等生だったし、親に対しても少女らしい少女という自分を演じ続けていた。そして自分がいったい何なのか少しずつ分からなくなってしまっていた。小学3年生の時に母に言われるまま、アレを除去する手術を受けた。それで少なくとも自分が男の子ではない存在になったことは分かった。しかしまだ女の子でもなかった。今日の手術が終われば、自分は完全に女の子になれる。ある意味では幼い日々からの悩みが解消され、すっきりしてしまうだろう。
 
そんな時に突然竹田真也の顔が浮かんだ。実は彼女は自分にとって最初の親友だ。小学校の時も中学校の時も、自分の身体に対するコンプレックスと、また優等生という自分の仮面とから、あまり親しい友人はできなかった。しかし、高校に入ってみて、なぜか真也とは発想が似ていることがあったりして仲良くすることができていた。自分がちゃんと女の子になったら、彼女とももっと心を割って色々話ができるようになるかな。そんなことを考えていたら、今日の手術は迷っていたけど、ちゃんと受けていい気がしてきていた。
 
真也は少し歩き疲れ始めていた。MRIを取りに行ったら、機械の調子が悪いから午後にしてくれと言われた。それを言いに戻ると先生は次の急患で急がしそうだった。やっと時間が空いた風なのを見てそれを言うと代わりに頭部のレントゲンを撮ってくれと言われてまた書類を持って今度はレントゲン部に行く。それはかなり時間待ちして撮れたが、その後もあの検査この検査と、様々な検査を受けるように言われて病院の中をかなり動き回っていた。「病院って身体の弱い人には来れない所だな」と真也は思い始めていた。
 
しかし校長は困ったように言った。「でも理事長、例の婦人科検診についてはPTA会長の強い反対があるわけですが」「うーん。処女に傷が付くのではないかというのですね。そんなことは無いのだけど」「来年からというのにも強く反対されているのに今年からなんて言った時には」「参ったわね」「そもそもその匿名の電話、どの程度信頼性があるとお考えですか?」「うーん....1%くらいかしら」「それなら、お金も掛けて、PTA会長の反対を押し切ってするほどのメリットは」「ないわね」理事長はどっさりと椅子に腰を落とした。「仕方ない。私もこの件はもう少しゆっくり考えてみるわ」「私も考えてみます。こういうのはリラックスして考えた方がいいアイデア浮かぶらしいですよ」「リラックスね。。。。温泉でも行って来ようかしら」「ああ、いいですね。私もご一緒しましょうか」「どこの温泉にする」「そうね。。。温泉!?」
理事長と校長は同時に思いついて顔を見合わせた。
 
真琴は突然ベッドから降りると、靴を履き、身の回りの物だけを持って321号病室を出た。「やっばり嫌だ。もう私はお母さんの言いなりにはならない」
真琴は急いで階段で1階まで下りると、通用口から飛び出した。
 
真也はやっとMRIの検査まで終えて、結果が出るまで病室で休んでおくように言われた。指定された312号室へ行く。交通事故の後は急変することもあるので、病院で1泊して明日また状況を見ましょうと言われたのである。連絡を受けて母も来るらしい。しかし真也は度重なる検査と病院内の移動で疲れていた。エレベータで3階まで上がり病室を探す。「312か....」真也は方向音痴である。実は検査に行くのにも何度も迷っていた。3階でうろうろしていたら、目の前に321号室という番号が見えた。「ああ、ここか」真也は中に入って、ベッドを見ると、疲れと今になって少し痛く感じるようになっていた怪我とでそのまま何も考えずに中に潜り込んで眠ってしまった。
 
新人看護師の利香は手術室に運ぶ患者を連れてくるよう言われた。「321号室の森田さんか」メモを見ながら階段を登っていく。「16歳ね。ふーん。」利香はさっき診察室で見た春菜の制服を着た女の子を思い出していた。自分も春菜の出身だったため少し親近感を感じていた。何の手術かは知らないけど大変だなと思う。メモをポケットにしまって3階のドアを開け、321号室を探した。「あったあった」中に入ると確かに高校生くらいの女の子がベッドに寝ている。確かにさっき見た春菜の制服だ。間違いない。寝顔のせいか、さっき見た時と少し雰囲気が違うような気がした。念のため確認しておくか。利香は女の子を揺り起こした。「あ、御免なさい。寝てたようです」「えっと、あなたが16歳のえっと、何とか田さん」「竹田ですけど」真也は半分ねぼけたまま答えた。「じゃ今から手術室に行きますよ」「あれ、手術ですか」「ええ、心配しなくていいですからね」利香は真也を促してストレッチャーに乗せると、それを押してエレベーターの方に向かった。真也は寝ていたので少し記憶が混乱していた。手術って何の手術だろう。あれ?ボク容態が悪くなったのかな。。。
 
医師は運び込まれてきた少女に全身麻酔を掛け、効いてきたのを確認した上で施術を開始した。患部を確認すると、陰嚢の中身は空である。カルテ通りだ。医師はメスを手に取った。
 
理事長と校長はすっかり楽しい雰囲気で話を進めていた。「秋に全校生徒で温泉旅行。それでいいですね」「できるだけ広い所がいいですね。湯船も色々な種類があって、裸のままあちこち移動できるところ」「タオルの使用は禁止ですよね」「もちろん。湯船にタオルをつけてはいけません」
 
真琴はマクドナルドでハンバーガーセットを食べた後で、駅に行こうかとも思ったところでふと真也の声が聞きたくなった。しかし携帯に電話したが出ない。少し迷ったが自宅に掛けてみた。お母さんらしき人が出た。「え?マヤが交通事故に遭ったんですか?」真琴はびっくりした。しかし向こうも動転しているようである。「私も行きます。病院はどちらですか?」病院名を聞いて真琴は頭を抱えた。「まさか同じ病院とは」真琴は5分ほど迷ってから、来た道を引き返しはじめた。
 
真也は麻酔から覚めた時、すごい痛みを下半身に感じていた。何だろうこれ。意識がはっきりしてくるにつれ、辛い気がしてきたが、周囲を見回しても誰もいない。先生に見てもらおう。そう思うと、真也はベッドから降りて、近くにあった靴を履き、フラフラと病室の外に出た。エレベータの方に行きかけた時にちょうど母にばったり会った。「何してるの?大丈夫?」「うん。ちょっと気分が悪かったから」「じゃ病室で寝てなさい。看護婦さん呼んできてあげるから」「ありがとう」「病室はどこ?」「あ、えっと312号室かな」「じゃこっちね。さあ行きましょう」真也は母に促されて、312号室へ行った。何だかさっきいた部屋と違う気がする。しかし病室に入るとまた眠くなってしまった。真也はベッドにもぐりこむとまた眠り込んだ。
 
その様子を見て母はナースセンターに行き、312号室の竹田ですと言う。すると看護師が困ったような顔をして「患者さん、おられなかったので探していたんですよ」と言った。「すみません。少し病室の外を歩いていたみたいで」と言うと、「歩けるようでしたら大丈夫でしょうね、今医師を呼んできますから」と言われしばらく待たされた。やがてやってきた医師は、MRIやレントゲンをはじめ様々な検査の結果を示して、説明を始めた。
 
真琴はおそるおそる病院の中に入ると、受付で竹田真也の病室を訪ねた。312号室と聞いてびっくりである。同じフロアだったとは。しかし真也に会いたいので、意を決して3階に上っていく。病室の案内を見ると312号室は自分の321号室とは反対側の方にある。これなら大丈夫かなと思って、そちらに行きかけた時に母と出くわしてしまった。「真琴ちゃん、もう歩けるの?」「え?」「御免ね。いちばん大事な時に一緒にいてあげられなくて。手術は無事終わったそうね」終わった??真琴は訳が分からなかった。「これでもう真琴ちゃんも立派な女の子だわ。でも手術したところ痛くないの?」真琴は何がなんだか分からなかったが、このままここにいるともっと面倒なことになりそうな気がした。「お母さん、私もう帰る。家で休んでいいでしょう」と言った。「え?先生は一週間くらい入院しましょうと言っていたのに」「家で一週間寝ているから」
「うん」母は困ったような顔をしていたが、真琴はさっさとエレベータの方に行ってしまった。仕方ない。真也の所にはまた後で連絡しよう。真琴は思った。
 
真也は母から揺り起こされた。「マヤちゃん、もう大丈夫だってよ。帰ってもいいって」母は最近真也のことをマヤと呼ぶようになっていた。どっちみち学校ではみんなからそう呼ばれているのでもうそれでもいい気はしていたのだが。真也は白衣の医師が立っているのを見て尋ねた。「手術も大丈夫だったんですか」「え?手術とかはしてないよ」「え?あれ、記憶が混乱しているのかな」「ああ、事故に遭ったショックでそういうのはよくあるんですよ。自宅でゆっくり休めば落ち着くでしょう」「じゃ帰りましょう」真也は母に促されて病室を後にした。
 
 
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