【眠れる森の美人】(下)

前頁目次

1  2  3 
 
王子は困惑した。
 
以前なら、そこに4人の女性が眠っていたのだが、今夜は何だか様子が違う。大勢の女性が何だか慌ただしく動き回っている。
 
「あ、ビクトル王子様!いい所へ。お子様が生まれますよ」
「え〜〜!?」
 
「何かお手伝いすることは?」
とアルベルディーナが尋ねる。
 
「じゃあなた、バンブーと一緒に台所に行ってお湯を沸かして持って来て」
「はい」
 
それでアルベルディーナはバンブーと呼ばれたまだ10歳くらいに見える若い娘と一緒に階下に降りていくと台所に行き、大鍋に水を汲んで竈に乗せ、お湯を沸かし始めた。
 

「このベッドでこのまま産ませるのは色々問題がある。産屋にお連れしよう」
 
と言って、王子がデジレ女王を抱えて車椅子に乗せ、城の離れにある産屋まで連れて行く。階段は王子が抱えて降りた。
 
お産用のベッドに寝せる。
 
その後もかなり大変であったが、明け方、太陽が東の空から昇る直前に、女王はまず女の子を出産する。
 
「産まれた!」
「いや、もうひとり入っている」
「え〜〜!?」
 
それで1時間ほど後、もう周囲がすっかり明るくなってから今度は男の子が産まれた。
 
「双子だったのか!」
 

産まれた赤ん坊には20歳くらいのマルグリットと呼ばれた女が1時間おきくらいに授乳していた。まだ吸う力が弱いので1回の授乳量も少ないようだ。
 
デジレ女王には後産まで終わった後でお股をきれいに洗い、柔らかいリンネルの布を当てた。女王の体調が回復してきた頃を見計らって、車椅子に乗せてお部屋に戻した。階段はまた王子が抱えて登った。
 
産まれた赤ん坊はへその緒を切り、身体をよく洗ってからベビーベッドに寝せていたのだが、その子たちも赤ちゃんをムリエと呼ばれた女が抱きベッドを王子とマルグリットの夫の2人で持ってお部屋に戻った。
 
今日は王子は重労働である。さすがに疲れたようで礼儀作法は無視して床に座り込んでいる。
 
赤ん坊をベビーベッドに寝せ、マルグリットともうひとりイボンヌと呼ばれた40歳くらいの女がそばに付いている。少し離れた所にもうひとつベビーベッドがあり、そこにも少し大きな赤ちゃんが寝ていたが、マルグリットの子供ということで1歳くらいになるらしい。赤ちゃんを産んでいてお乳が出るので、ここに呼ばれていたということのようである。
 

少し落ち着いてきたところでビクトル王子は尋ねた。
 
「えっと、赤ちゃんを産んだのはデジレ女王陛下ですよね?」
 
「何を今更」
とローズと呼ばれた女が言う。
 
「女王陛下って100歳を越えているのではないのですか?」
とアルベルディーナが尋ねる。
 
「この城は100年の眠りに就いていたので、時間がとてもゆっくり過ぎているのです。100年の間に実際にこのお城で過ぎた時間は10年。ですからデジレ女王はまだ23歳なのです」
 
「そういう仕組みが・・・・」
 
「ところでこの子たちの父親は?」
とビクトル王子が尋ねると
 
「ビクトル王子様、あなたに決まっているではないですか」
とチューリップと呼ばれた女が言った。
 
「え〜〜!?」
とアルベルディーナが驚いている。
 
「やはりそうであったか」
とビクトル王子は言い、アルベルディーナに昨年から何度かこの城に来て、眠っているデジレ女王と交わってしまったことを話した。
 
「眠っている女の人としちゃったんですか?」
とアルベルディーナが非難するように言う。
 
「済まん。いけないこととは思ったのだけど、女王があまりに美しかったものでつい」
 
「でもこれでビクトル殿下が男であったことは確認できましたね」
とアルベルディーナは言う。
 
「うん?」
「殿下がけっこう色々な女とデートしているふうなのに、誰とも交わってはいないようだというので、ビクトル王子は実は女なのではという噂が城下には流れていたんですよ。実は私も殿下の性別を確かめたい気分だったので、夜のお務めをしてくれないかという話に乗ったんですけどね。もちろん殿下のこと好きだったのもあるけど」
 
「ごめん。僕はアルベルディーナのこと気に入っているから、自分の愛人にはしたくないと思っていた」
 
「でもデジレ女王陛下はもうずっと眠ったままなのですか?」
とアルベルディーナは《女王の侍女たち》に尋ねる。
 
「4ヶ月後の8月14日夜に目を覚まします。ちょうど100年経つので」
とリラの精が言った。
 
「おぉ!」
 
「翌日8月15日に迎えに来てください」
「分かった。そうだ。今日生まれた子供たちの名前は?」
「殿下、父親であるあなたが決めてください」
 
「そうか。。。では先に生まれた女の子は太陽が昇る直前に生まれたから、オロール(Aurore あけぼのという意味)、後から生まれた男の子はもう太陽が高く昇ってから生まれたからジュール(Jour 太陽という意味)と名付けよう」
 
「素敵な名前だと思いますよ」
とリラの精は言った。
 

城に帰ると王子は母にフランシスカとの見合いはしないと告げた。
 
「どうして?あの子はいい娘ですよ。女系で大公家の血も引いているから家系的にも問題無いし」
 
フランシスカの母親が、エルビラ王女(エルビス王子)の妹レイアの孫なのである。
 
「母上、私は好きな人ができたのです。その人と結婚したいと思っています」
「どこの娘です?」
「今は言えませんが、しっかりした家の女性です。4ヶ月後に会わせますから、その人と会ってから、私とその女性との結婚を認めるかどうか決めてください」
 
「分かった。でもなぜ4ヶ月後なのです?」
「済みません。いろいろ準備があるもので」
 
母は必ずしも納得していなかったが、とりあえずその娘と会ってから結婚してもいいかを判断してもらいたいという王子の主張を容認した。
 

その後、ビクトル王子はさすがに自分で出かける訳にはいかなかったものの、アルベルディーナを毎週一度茨の中の城に遣っては、赤ん坊の様子などを見させた。アルベルディーナは武術や剣術も学んでいるし、ひとりで馬を使うこともできる。そして茨の森はアルベルディーナに対してもちゃんと左右に別れて道を開けてくれた。数度は自分の側近のジルベール少尉も一緒に行かせた。ジルベールは伝説の城を見て驚いていた。
 
アルベルディーナはけっこう妖精たちから雑用を頼まれ、また買い出しなども引き受けて赤ちゃんたちの世話をした。ジルベールは妖精たちに頼まれて城の痛んでいる所の修理などもしてくれた。
 
デジレ女王は出産後3日もするとお乳が出るようになったが、それでも子供が2人いて足りないのでマルグリットからもずっとお乳をもらっていた。
 
アルベルディーナが王子の使いで度々出かけるので王子の母・カロリーネ皇女がアルベルディーナに問い糾したものの、アルベルディーナは王子様から何も誰にも言うなと言われているのでお話しできませんと言った。
 
「うん。秘密を守るのは偉いことだと思う。ビクトルは良い侍女を持った」
と彼女を褒めた上で
「ただひとつ教えて欲しい。本当に王子の相手はしっかりした所の娘なのか?」
「はい。それは由緒正しい家のお姫様ですよ」
とアルベルディーナは笑顔で答えた。
 
「しかしそんな由緒正しい家の姫であれば政治的に色々面倒なことが起きるかも知れないよ」
「私は大丈夫だと思います。実際にご覧になられました時にご確認下さい」
「分かった」
 

そして8月14日の23:57が来る。
 
デジレはハッと目が覚めた。
 
ベッドの中に居る。
 
「目が覚められましたか」
とリラの精が声を掛けた。
 
「リラ様・・・・。私どうしてたのかしら」
「100年間眠っておられたのですよ」
 
「え〜〜!? じゃ、あの呪いは発動してしまったの?」
「あの時大公が投げた紡錘の先がそなたの指に当たってしまった。大公は私が倒したが、それでそなたは100年間眠っていた」
 
とカラボスが言う。
 
「キエラ様・・・・。じゃ、私今113歳?」
「あと1分で」
 
やがてお城の鐘が鳴った。
 
「お誕生日おめでとうございます」
と言って竹の精が花束を渡した。
 
「ありがとう。あなたは初めて見た」
とデジレ姫が言う。
 
「この子は亡くなった葦の精が育てていた子なんですよ」
とチューリップの精が言った。
 
「やはりリードさんは亡くなったの?」
「あなたを守って亡くなったのですよ、姫様」
「そう。悪いことしたね。私が夜中にひとりで出歩いたのがいけなかった。せめて私に剣の心得があったら良かったのだけど」
 
「いや、大公は剣の腕は大したものだったよ。少々の使い手でも勝てなかったと思う」
とカラボスが言う。
 
「あれ?でも私、113歳になった割にはあまり年取ってない気がする」
とデジレ姫は自分の手などを見て言う。
 
「お鏡どうぞ」
と言ってカナリアの精が手鏡を渡す。
 
「すごーい。自分で言うのも何だけど美人の若い女って感じ」
 
「あなたの身体はまだ23歳なのですよ。100年の間、あなた自身の時間は普通の10分の1の速度で流れていたのです。ですから世間では100年経ってもデジレ姫ご自身は10年しか経っていないのです」
 
「へー。あ、でもなんかこんな美人になっちゃって、もったいない気がするけど私、男に戻らないといけないんでしょ?」
 
「いやそれが・・・」
と妖精たちは何だか言いにくそうにしている。
 
「実は葦の精が姫様の男の印を預かったまま亡くなってしまったので、誰も姫を男に戻すことができなくなってしまったのです」
とリラの精が言った。
 
「え〜〜〜!?」
 
「それで私たちで話し合って、男にできないのなら、いっそ姫様は女にしてしまおうということになりまして」
 
「うっそー!?」
 
「本来はこういう重大な問題は姫様ご本人に説明した後ですべきなのですが、お眠りになっていて意思の確認なども不能でしたので、大変申し訳ありません」
とリラの精が言う。
 
それでデジレ姫は自分の身体を触っていて、乳房が物凄く大きくなっているのに気づく。
 
「まるで大人の女みたいに胸がある」
「女になりましたから」
「あそこに毛が生えてる」
「もう大人ですから」
「お股の形はあのままだ」
「女ですから」
 
「じゃ、私このまま女として生きていかないといけないの?」
「いやですか?」
 

デジレ姫は少し考えたものも言った。
 
「それでいい気がする。だって私、ずっと生まれた時からみんなから王女様とか姫様とか言われて育ってきているもん。女にしかなれないのなら女として頑張ってみるよ」
 
「はい。ですからあなたは今この国の女王なのですよ」
 
「父王は・・・・死んだの?」
「66年前にお亡くなりになりました。その後、ずっとデジレ姫様が女王です」
「でも女王の私がここで眠っていたら、国は困っていたのでは?」
「ステラ王女の子孫がエスト大公となって、摂政として代わりにこの国を治めています」
 
「そうか。ステラ様の子孫が・・・・」
「ルイーズ女大公様も名君として国民から親しまれましたよ」
「ルイーズはもう亡くなった?」
「はい。42年前に」
 
デジレは急に寂しくなった。ルイーズとお人形遊びをしたりお互いに本を読みあったりしたことを思い出す。そのルイーズも成人して、本来は自分が治めるべきであった国を代わって治めてくれて、そしてもう年老いて逝ってしまった。でも自分はまだ若いままだ。
 
「お前たちは妖精だから長い寿命を持っているようだけど、私の知り合いの人間はもうみんな死んでしまったんだよね?」
 
「姫様が目を覚ました時におひとりでは寂しいだろうと言って、姫様のお母様ソフィー様、ティアラ様、ティアラ様のお母様である乳母のタレイア様が一緒に眠っていますよ」
 
「え?本当に?」
 
それでデジレはベッドから起き上がると部屋の中を歩き回る。100年ぶりに歩いたせいか足がふわふわしてまるで雲の上でも歩いている感じだ。デジレはティアラと乳母と母が寝ているのを見る。
 
「この子たちはいつ目を覚ますの?」
「もう少ししたら目覚めさせます。他に男が2人、ローラン侍従長とフランソワがお供したいと言ってこの2人は廊下に寝ています」
 
それでデジレは戸を開けて外を見た。
 
「ローラン侍従長には私、随分叱られたなあ。でも本当にしっかりした人だった。フランソワはよく私のお供をしてくれたし、危ない所を何度も助けられている。この人、いつも絶好の場所に居るんだもん」
 
「そういう想い出があるからお供をしてくれたのでしょうね」
 
そしてデジレは部屋の中を歩き回る内に小さなベビーベッドが2つ並んでいるのに気づく。見ると、可愛い赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
 
「この子たちは誰?」
「デジレ女王陛下、あなたのお子様です」
 
「私の子供? それ誰が産んだの?」
「姫様、あなたが産みました」
 
「うっそー!! 私子供産める訳?」
「女になりましたから」
 
デジレは口に手を当てたまま驚いている。
 
「あ、でも可愛い気がする」
と言って、デジレはピンクのベッドに寝る赤ちゃんをそっと抱き上げた。
 
「お乳をあげてください」
「私、お乳出るの?」
「出ますよ」
 
それでリラの精がデジレの服の前を開けた。乳房が露出するので、デジレはおそるおそる赤ん坊の口を左の乳房に近づけた。すると眠っている赤ん坊が無意識に乳首に吸い付く。
 
「ちょっと痛い。でもなんか幸せな気分」
「女になって良かったでしょ?」
「うん。これ女でなければ味わえない幸福だよね」
「そうですよ」
 
「その子は姫様でオロール様です」
「へー。可愛い名前だね」
 
それからデジレはもうひとりの赤ちゃんも抱き上げた。その子にもお乳をあげた。
 
「その子は王子様でジュール様です」
「この子も可愛い。でも男の子かあ。女の子なら美人になりそうなのに」
 
「なんでしたら、おちんちん取ってしまいましょうか?」
「そうだなあ。でも本人がおちんちん無くしたくなかったと言うかも知れないから、おちんちん取るにしても10歳くらいになって本人に聞いてからにしよう」
 
「それがいいですね」
 

「この子たちも私と一緒に眠っていたの?」
「いえ、この子たちは普通の生活をしています。今は単純に普通に寝ているだけですから、じきに起きて泣いたりすると思いますよ」
 
「そっかー」
と言ってからデジレは唐突に疑問を感じた。
 
「女の人って年頃になったら自然に子供を産むものだっけ?」
「まさか」
「男の人と結婚したから子供が生まれたんですよ」
「私結婚したの!?」
 
「素敵な殿方ですよ」
「でも結婚しただけじゃ子供生まれないよね? あのぉ、何というか、ああいうことするんでしょ?」
 
「ですから、交わりをしましたよ」
「私、覚えてないんだけど」
「デジレ様が寝ていたので、やむを得ず寝ているまま交わったのです」
「え〜〜?私の意志は?」
「確認のしようがなかったので」
「ひっどーい!」
 
「お昼くらいになったら、おいでになると思いますよ。その時、あらためてその方と結婚してもいいかデジレ様が決めて下さい」
「分かった。でも寝ている女としてしまうって、それ犯罪なのでは?」
 
「私たちも止めるべきかどうか悩んだのですが、家柄としては申し分無いお方でしたので」
 
「うーん。王族に生まれた以上は自分の好き嫌いではなく、国家の事情で結婚しないといけないんだよね?」
「御意」
「よくお分かりですね」
 
「でもどういう人なの?」
「ルイーズ様の孫の孫にあたるビクトル様という方です。エスト大公家の跡継ぎですよ」
 
「わぁ」
「見たら気に入ると思いますけどね」
「ふーん」
 

リラの精はお城全体を眠りから目覚めさせた。それまで物凄くゆっくりと時を刻んでいた時計がふつうに動くようになる。
 
リラの精は最初にティアラを目覚めさせた。
 
「ティアラ、ありがとう。私と一緒に100年眠ってくれたのね」
とデジレが声を掛けた。
 
「デジレ様、お目覚めになったんですね!」
と言ってティアラは涙を浮かべている。そのティアラをデジレはハグした。
 
「わあ、もったいのうございます。あれ?デジレ様、胸が」
 
「うん。私、本当の女になっちゃったみたい」
「え〜〜〜?」
「でも私、このまま女王でいいと思う」
「そうですね。デジレ様は最初からずっと姫様でしたから」
 
とティアラは笑顔で言った。
 
しかしデジレが「私赤ちゃん産んじゃった」と言ってオロールとジュールを見せると、さすがのティアラも仰天していた。
 
「デジレ様、子供が産めるんですか!?」
「うん。本物の女になっちゃったから」
「へー!でも可愛い」
「この子たちのお世話とかもティアラに頼むかも」
「はい、任せて下さい!」
 
リラの精がこの子たちの父親が、ルイーズの孫の孫の王子であることを教えるとそれもまた驚いていた。
 

その後で、タレイアとソフィー妃を起こした。
 
ふたりはデジレが本物の女になってしまったこと、そして子供が2人できていることを知ると本当に驚いていた。
 
「でもあなた、結構女の子らしい性格だったもん。それでいいかもね。でもこの子たち可愛い」
 
と言ってソフィー妃は孫であるオロールとジュールの頬を撫でていた。
 
その後で廊下で眠っていた2人の男たちも起こした。
 
2人はそもそもデジレが実は男なのに女の子を装っていたこと自体を知らなかったので(ローランは本来知っておくべきだったが、生来ぼんやり者だし、みんなが王女と呼んでいるので王女と思い込んでいた)、子供が生まれていることを聞いて単純に
 
「それはめでたいです」
と言って喜んでくれた。
 

リラの精から既にデジレの父君シャルル国王は66年前に亡くなっていること、シャルルの後を事実上継いだ、ルイーズ摂政・女大公も42年前に亡くなっていること、現在はルイーズの曾孫にあたるロベールが摂政・大公として国を治めていることが説明されると、一同は涙を流した。
 
「シャルルのお墓とかはあるのでしょうか?」
とソフィー后が尋ねる。
 
「ちゃんとありますよ。あとでみんなでお墓参りに行きましょう」
「ええ」
 

その日はみんな朝まで仮眠した後、お昼頃にやってくるはずのロベール大公とカロリーネ皇女、そしてビクトル王子をお迎えするためにお料理を作ったりした。男性2人はお食事会を開くため広間のお掃除などをした。
 
「なんかオーブンでお肉が焼けてますけど?」
「ああ、それはこの城が眠りに就いた時に料理番がオーブンでお肉を焼いている最中だったのを忘れていたのですよ」
「え〜?じゃこれ100年前のお肉ですか?」
「そのオーブンは完全に時を停止させていたから食べられるはず」
 
それでティアラが味見してみると、何だか物凄く美味しい。
 
「これ、ディナーに出しましょう。2度と出ない味ですよ」
「100年掛けないと出ない味なのかもね」
 

9時頃になって、お城を取り囲む茨の森を抜けて20歳くらいの女と40歳くらいの女が赤ん坊と一緒に城にやってきた。
 
リラの精が彼女たちを紹介する。
「デジレ姫にお仕えしていた侍女コロナ様の曾孫のイボンヌ様とその娘さんのマルグリット様です」
 
「女王陛下、お目覚めになったのですね。マルグリットと申します。僭越ながら陛下のおふたりのお子様にお乳を差し上げております」
と言って若い女の方が挨拶した。
 
「私たち妖精だけでは色々困ることもあったので、コロナ様、そしてその子孫の女性にサポートをお願いしていたのです。ですからコロナ様の子孫は代々この城に月に1度くらい入っていたのですよ」
 
「そうか。コロナの子孫が・・・・」
 
「マルグリット様は偶然にも1年ほど前に赤ちゃんを産んでいたのです。それでお乳が出ているので、オロール様・ジュール様にあげるお乳がデジレ様のお乳だけでは足りないので、マルグリット様からももらっていたのです」
とリラの精が説明する。
 
「本当に偶然だったのですが、お力になれて幸いでした」
とマルグリットも言った。
 
「その赤ちゃんは?」
「私の娘でジャンヌと申します」
「それではその子が少し大きくなったら、ぜひオロールの侍女に」
「はい、よろしくお願いします!」
 

一方のビクトル王子は8月14日の夜、自分の恋人を両親に紹介したいと言った。
 
「それは一体どういう娘なのだね?」
とロベール大公は尋ねた。
 
「この国の女王です」
「は?」
「デジレ女王陛下と私は結ばれております」
「それって100年も前の人なのでは?」
「明日会わせますので、私と一緒にミュゼ城まで来てください」
「お前、ミュゼ城の場所を知っているのか?」
 
その場所自体が100年の間に忘れられてしまっていたのである。
 
「はい。少し遠いですから、朝出発したいと思います」
「分かった」
 

それで翌日ビクトルは両親の他、ごく少数の側近を連れて城を出た。
 
護衛の兵士の馬が隊列の前後に付き、ビクトル王子の馬、アルベルディーナの馬、大公の側近の馬、ロベール大公の馬、カロリーネ大公妃と侍女の馬、ジルベールの馬、ルナーナ太后と侍女の馬、と並ぶ。
 
やがていつもの村に辿り着き森の中に入る。
 
ここから先は先頭を交代してアルベルディーナの馬が先を行き、その後に護衛の兵士、ビクトル王子の馬という順序になった。やがて茨の森に来る。
 
いつもは王子のために茨が左右に分かれて道を作るのだが、この日茨は一行が到着すると、突然枯れ始めた。
 
「何が起きているのだ?」
と大公が言う。
 
「封印の時が終わったのだと思います」
とビクトル王子は言った。
 

茨たちは枯れる前に王子たちが通れるように道を作ってから枯れてくれているので、一行はどんどん枯れていく茨を左右に見ながら進んでいった。やがてそこを抜けて美しい城が姿を現す。
 
「おお、こんな所に城があったのか」
 
最初にアルベルディーナ、続いてビクトル王子が馬から下りた。
 
リラの精とカナリアの精が豪華な儀式用のドレス姿で玄関の前で待っていた。その横にローランとフランソワが儀仗服を着て立っている。
 
「大公殿下、皇女殿下、太后殿下、世子殿下、お待ち申しておりました」
とリラの精が言った。
 
他の者も次々と馬から下りる。
 
「本当にここがミュゼ城なのか?」
「デジレ女王がお待ちです、行きましょう」
 
「生きておられるのか?」
とロベールが驚く。
 
「お美しい方です」
と言って、ビクトル王子が先頭に立って城内に入っていく。リラの精が傍に寄って
「女王陛下は玉座におられます」
と囁く。ビクトル王子は頷いて、一行を玉座の間に案内した。
 

一行が入って行くと、中央奥の数段高くなった所に赤い毛氈が敷かれ宝飾のある椅子があって、この世の物とも思えない美しい美女が王冠をつけて座っていた。
 
ビクトル王子はそこに座っているデジレの姿を見てドキッとした。美しいだけではなく物凄い威厳がある。彼女が漂わせている雰囲気だけで威圧されそうだ。寝ている時のデジレにはここまでの威圧感は感じなかった。ビクトルは思わず跪いてしまった。
 
父のロベール大公も玉座の間に入った途端、凄まじい空気に威圧されてしまう思いだった。
 
玉座にまだ20歳にもならないのではないかと思う女性が座っている。しかし彼女は20歳とは思えぬ物凄い空気を漂わせている。そばには豪華なドレスを着けた女(バラの精)が控えている。そして少し離れた場所にある別の椅子にやはり王冠を付けた見た感じ40代くらいの女性も座っている。
 
毛氈の段の下には侍女たちであろうか数人の女性が豪華なドレスを着て控えている。
 
しかしそこまで観察した時ビクトルが跪いたのでロベールも続けて跪いた。この時もうロベールはここにおわすお方がデジレ女王陛下その人であることを確信していた。
 
ビクトルとロベールが跪いたので、カロリーネ妃も「え?」と思いながらも跪く。他の者も慌てて跪いた。
 

ビクトル王子が数人の集団の先頭に立って入って来た時、デジレ女王はそばに控えているバラの精から「あれがビクトル王子ですよ」と言われて、ドキッとした。
 
ビクトル王子の容姿が亡き父王・シャルルに生き写しだったのである。
 
そうか。だから妖精たちはこの人をお城に入れ、私と交わるのを容認したのね。でも取り敢えず勝手に交わったこと謝ってくれなかったら、すねちゃうから、とデジレは思った。
 
全員が玉座の間に入ってすぐの所で跪いてしまった。デジレは声を掛けた。
 
「大公殿下、長旅ご苦労であった。もっと近くに寄られるがよい」
 
そのデジレの声をビクトル王子は聞いて「なんて美しい声なんだ」と思った。
 
一同は立ち上がり玉座の近くまで来る。ビクトル王子が特にデジレの前まで進んで言った。
 
「陛下、色々これまで無礼があったことをお詫び申し上げます」
「ふむ、それだけか?」
とデジレが言う。
 
「あらためて私は女王陛下に結婚を申し込みたいのです」
とビクトル王子が言うので、後ろでどうもその両親らしき2人が驚いている。
 
「もしお許し頂けましたら、これをお受け取り下さい」
と言って、ビクトル王子は指輪を取り出してそれを掌に乗せ、デジレの前に差し出した。
 
デジレはドキッとした。
 
私・・・女として生きていくのは結構自信あるけど、それでも生まれた時は男だったのに・・・男の人を好きになれるかなあ。男の人の妻なんて務まるかなあ。
 
そんな不安はあったものの、デジレはそんな不安は微塵も顔には出さず、笑顔でその指輪を手に取った。
 
「きれいな指輪ですね」
「気に入って頂けましたでしょうか?」
「ビクトル、あなたが私の指にはめてください」
「はい」
 
それでビクトルが指輪をデジレの左手薬指に填めようとした時、カロリーネ妃が
 
「待って下さい」
と言った。
 

「あなたは本当にデジレ女王様なのでしょうか?」
とカロリーネ妃が訊く。
 
「そうです」
「それにしてはあまりにお若い。一体あなたは何歳なのですか?」
 
「私は100年の間眠っていて、昨夜100年ぶりに目が覚めました。私が眠った時は13歳になる直前でした。ですから昨夜目が覚めた時が112歳、今日が誕生日なので113歳です」
 
「あなたは幽霊とかではなく、本当に生きているのでしょうか?」
「100年、世間で時が経つ間に、このミュゼ城だけはゆっくりと時が進んでいました。ですからこのお城では実は10年しか時は経っていません。ですから私はまだ実質23歳なのですよ」
 
「それでそんなにお若いのか!」
とロベール大公が言った。
 
「いや、私はあなた様を見た瞬間、デジレ女王陛下だと確信しました。実はデジレ様の肖像画が大公家に伝わっているのです。その肖像にそっくりです」
と大公が言う。
 
「そんな肖像画があったのですか?」
とビクトル王子が訊いた。
 
デジレが眠ってしまった後、お城に入ってデジレの姿を画家が絵に描いた。その絵は大量に模写されて当時、国中の家に飾られたのだが、さすがに100年も経つと、みんな無くなってしまい、現在はデジレの肖像画というのはごく少数しか残っていない。実はビクトルも見たことがなかったのである。
 
「お前にもその内見せようと思っていたが、まだ見せていなかった。絵が傷まないように、めったに外に出すことはないのだ」
 
しかしカロリーネ妃はまだ信用しないようである。
 
「大変失礼なことは承知でお尋ねします。あなたが、デジレ女王の姿を借りた変化(へんげ)の類いではなく、本物の女王陛下であることを何か確認する方法は無いでしょうか?」
 
すると
「その方法はある」
とロベール大公が言った。
 
「遙か後の世にデジレ様がお目覚めになった時、確かに本人であるかどうかを確かめる方法として、デジレ様の父君・シャルル国王が残した手紙があるのです」
 
「はい?」
 
「昨夜ビクトルから相手がデジレ女王だと聞いて、この手紙を持ってくることにしたのです。このシャルル国王が残した質問に正しく答えることができれば、あなた様は間違いなく本物の女王陛下だと思います」
と大公は言う。
 
「どんな質問かしら?」
とデジレは言ったが、そこでリラの精が発言する。
 
「その手の質問にはかなり微妙なものもあると思います。よかったら別室でそれを確認しませんか?」
 
「そうですね、それがよいかも」
 

そこで玉座の間の隣にある、小さな控えの間に、デジレ女王、ビクトル王子、ロベール大公、カロリーネ妃、ルナーナ太后、それにリラの精だけが付き添って移動する。ドアを閉めて話し声が玉座の間には響かないようにする。
 
「ずっとこの手紙は封印されていたので、私も初めて見ることになるのですよ」
 
と言って、ロベール大公はシャルル国王が残したという手紙の封印を開けた。
 
「最初の質問です。デジレ様が嫌いな食べ物は何でしょうか?」
 
デジレは顔をしかめて言った。
「私はメロンが大嫌いなのですけど」
「正解です」
 
ちなみにこの時代のメロンは今のメロンのようには甘くない。キュウリよりは少し甘いかなという程度だったらしい。
 
「次の質問です。デジレ陛下が4歳の時に叔母のステラ大公から贈られた人形の名前は何でしょう?」
「スワちゃんです。その子が来てから、私は誰にも添い寝してもらわなくても寝られるようになったんですよ。今も大事に私の私室にとってあります」
「正解です」
 

「次の質問です。デジレ陛下の又従妹にあたるクロード王女が飼っていた犬の名前は?」
「難しい名前なんですよ。正式の名前はドンデカルノ・ヘルマエータ・エスパス・ブラン・エ・ノワールとか言うのですけど、長くて本人も言えないので大抵はドンちゃんと呼んでいました」
 
「はい、ドンちゃんで正解です」
とロベール王は微笑む。
 
「ルナーナ様、あなたのお祖母様のクロード様とはよく鬼ごっことかままごととかして遊びましたよ」
とデジレがルナーナに語りかけると
 
「おぉ・・・」
と感動しているようである。
 
クロード王女は、デジレの祖父フィリップ王の弟シモン殿下の孫である。兄弟の孫同士なので又従姉妹ということになる。そのクロード王女の孫がルナーナ太后(ロベール大公の母)である。この場にいる人の中ではルナーナはデジレが眠る前に知っていた人物から最も血の近い人である。
 
「あの子、凄いはにかみ屋で、当時しゃべる時に『Alors(えっと)』という単語を大量に入れてたのよね。それでルイーズと2人でクロードが5分間に何回『アロー』と言うか数えていたこともあって密かにアロード姫とか呼んでて」
とデジレが言うと
 
「祖母は死ぬまでその癖がありました!」
とルナーナは言っている。このあたりでルナーナはデジレが本物であることをかなり信じてくれている。
 
ロベール王は微笑んでいた。
 

「4番目の質問。あなた様が本物のデジレ様であったら、美しい歌声と楽器の演奏能力をお持ちのはずです。その美しい歌声と楽器の演奏を聴かせてください」
 
「いいですよ」
 
と言ってデジレは立ち上がると、最初にリラの精が渡してくれた横笛を持ち、美しい調べを吹いた。この演奏にその場に居た全ての人が心を奪われる思いだった。その後、デジレはこの部屋に置かれている豪華な装飾のあるヴァージナル(小型のチェンバロ)のふたを開け、それを弾いてみせる。これも本当に美しい演奏であった。その後、今度は歌を歌う。デジレの歌声は物凄い声量で、隣の玉座の間まで響いていき、向こうで待っている人たちを感動させた。
 
歌が終わると誰からともなく拍手が起こり、物凄い拍手が贈られた。拍手は玉座の間からも聞こえてきた。デジレは一同に一礼した。
 
この時点でもうカロリーネ妃は目の前にいる人物がデジレ女王その人であることに、何の疑いも抱いていなかった。そして息子ビクトルとデジレ女王の結婚を祝福する気持ちになっていた。
 

「それでは最後の質問です」
とロベール大公は言った。
 
「デジレ様の性別は?」
 
デジレはにこりと笑ってからまずロベール大公に訊き直した。
「それって、父シャルルが書き残したのですよね?」
「そうです」
と言いながらロベール大公は手紙を見て変な顔をしている。
 
「父は私の本当の性別を知らないのです」
「え?」
 
「父は私のことを男の子と思っておりました」
「ええ、実はそのように手紙には書かれております」
と大公は困ったような顔で言う。
 
ビクトル王子が「うっそー!」という顔をしている。
 
「確かに私は生まれた時は男だったのです。でも魔法で女に変わったのですよ」
「え〜〜〜!?」
 
「実は私は生まれた時に『デジレ王子は13歳になるまでに死ぬ』という呪いを掛けられたので、その呪いを回避するため女に変えられて、13歳の誕生日まで王女として過ごしました。ですから、臣下の者も国民も私のことは皆王女だと信じていたのです」
 
「それもシャルル国王の手紙に書かれています」
とロベール大公が言う。
 
「ところがですね。私を守るために女に変えた妖精が、私の命を狙う親族の者と戦って敗れて死んでしまったのですよ。私を女に変えた魔法を解く前に」
 
「あぁ・・・」
「ですから、私は結局女になったままなのです。そのことを父王は知らなかったと思います。その事情を唯一知っていた侍女のティアラも私と一緒に眠っていたので」
 
「ではあなたは元々は男だったんですか?」
と戸惑うようにビクトルが言う。
 
「そうですよ。でも今は女であることはビクトル、あなたが一番良く知っていますよね?」
とデジレが言うと、ビクトルは赤くなったしまつた。
 

「私が元は男であったということで、私のことを好きではなくなったら、遠慮無く帰って下さい。私は再びこの城を茨に包んで、もう誰も入れないようにし、少数の供の者と一緒に余生を送りますから」
 
「でもあなたはとても男には見えない」
とカロリーネ妃が言う。
 
「私、生まれた時からずっと女として育てられたんです。そして私自身優しい心を持っていたし、可愛いものが好きで、争いごとは嫌いだったし。剣とか弓矢ではなく、お人形とかお手玉とかで遊んでいたのです。私は女の心を持って育ったから、正直13歳の誕生日に男に戻ることに不安があったんですよね。それでもう男には戻れないと言われた時、むしろ喜んじゃったんですよ。女として生きたかったから」
 
とデジレは言った。
 
「でもあなた、それなら本当の女の子と同じだと思う」
と黙って聞いていたルナーナ太后が言った。
 
「ビクトル、ここはあなたの気持ち次第ですよ」
とカロリーネ妃が言った。
 
ビクトルは少し考えていたが、やがて決意したように指輪をしっかり持ち直して言った。
 
「女王陛下、私があなたの指に指輪を填めることをお許しください」
「どうぞ」
 
それでビクトルはダイヤの指輪をデジレの左手薬指にしっかりと填めた。
 
その場に居た全員がパチパチと拍手をした。
 

一同は玉座の間に戻った。
 
「このお方が間違いなくデジレ女王陛下であることを確認しました。そしてビクトル王子と女王陛下の結婚も決まりました」
とロベール大公が言った。
 
玉座の間に残っていた人々から拍手があった。
 
「それでは私の残された家族を紹介します」
とデジレは言った。
 
「こちらは母のソフィー王太后です」
ソフィーが立ち上がって一礼する。ビクトルたちも礼をする。
 
イボンヌとマルグリットがひとりずつ赤ん坊を抱いて出てきた。
 
「こちらは私の娘のオロール王女と息子のジュール王子です」
とデジレが言うと
 
「お子様がおられるのですか!」
とロベール大公が驚いて言う。
 
「えっと、それはデジレ様が母として作られた御子ですか?父として作られた御子ですか?」
とカロリーネ妃が尋ねる。
 
「もちろん私が産みましたよ。私は女ですから、父親になる訳がありません」
「確かに」
「ではその子の父親は?」
とルナーナ太后が尋ねる。
 
「それはビクトル王子に決まっているではないですか」
と笑顔でデジレ女王は言った。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「あんた、女王陛下に子供を産ませたの?」
とカロリーネ妃が息子を問い糾す。
 
「ごめんなさい、母上。実は1年前から密会していたもので」
「呆れた!」
「先に子供まで作っておいて、今更結婚とか、順序が間違っている」
「本当に申し訳ありません!」
とビクトル王子はもう消え入らんばかりに恐縮している。
 
「オロール、ジュールという名前もビクトルが決めてくれたのですよ」
「そうであったか」
 
「だったら、もうふたりの結婚を妨げるものは何も無いな」
とロベール大公は笑顔で言った。
 

「でも18歳のビクトル殿下が、113歳のデジレ女王と結婚するなんて言ったら国民がびっくりしないでしょうか?」
とアルベルディーナが心配して尋ねた。
 
「だったらこういう言い訳をすると良い」
といつの間にか玉座の間に姿を現していたカラボスが発言した。
 
「ビクトル王子は、茨に囲まれて閉ざされた城に密かに住んでいた、デジレ女王の子孫にあたる王女様と結婚するのだと国民には発表すればいい」
 
「なるほど!」
 
「孫の孫くらいということにしておけばいいかな。それで、ロベール大公摂政殿下の嫡男が、祖母の祖母であるデジレ女王の名前を襲名している現在のデジレ女王と結婚するので、ふたりの間に生まれたオロール王女は、デジレ女王の後を継ぐ王太女になられると言えば良いのだよ」
 
とカラボスは続ける。
 
「私はむしろそちらの話の方を信じたい」
とカロリーネ妃が言っている。
 
「公式にはそう説明しておいて、一方でデジレ2世と名乗っているけど、本当はデジレ1世その人で100年の眠りから覚めたのだという噂も流せば良い。そしたら人は各々自分の好きな方の話を信じる」
とカラボスは言った。
 
大公も大公妃も頷いていた。
 

「でも孫の孫が高祖母と似ているというのはまあよくあることですよね」
とリラの精が言うと
 
「ビクトル殿、あなたはシャルルに生き写しですよ」
とソフィー王太后が言う。
 
「本当ですか?」
「だからデジレもビクトル殿のことを好きになったのでしょうね」
とソフィーが言うと、今度はデジレが頬を赤らめた。
 

玉座の間から食堂に移動し、一同が席について、祝いの宴が開かれた。ティアラが一同にワインを注いでまわる。アルベルディーナも「私も手伝います」と言い、ジルベールも手伝いを申し出て、タレイアも含めて4人で動き回った。侍女や護衛の兵士たちにも席を用意した。
 
「今日は私たち王家の者と大公家の方々が100年ぶりに会った記念の席ということで」
とデジレが言った。
 
「ではデジレ様とビクトルの婚約の儀、婚姻の儀はあらためて適当な場所を選んで」
とロベール大公が言った。
 
デジレが乾杯の音頭を取り、一同がグラスを合わせた。
 
「何て美味しいワインだ!」
「こんなワインは初めて飲んだ」
 
とロベール大公やルナーナ太后が言う。
 
「この城とともに100年眠ったワインですから」
「おお!」
 
「200本ほどあります。何かの記念の席などに少しずつ出しましょう」
「それはいいですね!」
 
前菜、スープ、パンと出てきて、肉料理が出てくるが、この料理に
 
「なんて美味しいお肉なの!」
と感嘆の声があがる。
 
「これは何のお肉ですか?」
 
「最後に種明かししますね」
とだけリラの精が言った。
 
その後、デザートとして最初にチーズが出て、その後イチジク、そして焼き菓子と出る。
 
「この焼き菓子はデジレ様が今朝からお作りになったんですよ」
とカナリアの精が言う。
「私、小さい頃からお菓子作りが大好きだったんです」
とデジレ。
「本当に女の子だったんですね」
とカロリーネ妃が言った。
 

最後に飲み物が出てきて食事が終わった後で、リラの精があのお肉は100年前にオーブンに入れられて100年掛けてじっくりと焼かれたお肉であることを説明すると、
 
「うっそー!?」
といった声が出てくる。
 
「2度と味わえない貴重な味ですね」
「ふつう100年掛けての調理なんてできないもん!」
 
「でも100年経っても全然悪くなってなかったんですね」
 

その日、ビクトル王子やロベール太后たちはミュゼ城に泊まった。ビクトル王子はデジレ女王の私室に入ったが、なんだかおどおどしている。なお、ふたりの「結合」の見届け役としてティアラとアルベルディーナも控えている。
 
「どうしたの?」
「いや、えっとその・・・交わってもいい?」
「初めて私に許可を求めたのね。これまで勝手にしていた癖に」
「ごめーん」
 
「うん。でも今日はしていいよ」
「じゃ、させてもらいます」
 
ティアラがデジレの服を脱がせ、アルベルディーナがビクトルの服を脱がせる。ふたりは裸のまま抱き合ってキスをした。
 
「あ、キスをしたの初めてだ」
「ほんとね。でもこれからは毎日して」
「もちろん!」
 
それでふたりは一緒にベッドに入った。
 

「えっと呼び捨てしていいよね?デジレ、君本当に元は男の子だったの?」
とビクトルが小さい声で訊く。
 
「うん。ビクトルのこれと同じようなものが付いてたよ」
「本当に?」
「まあ凄く小さかったけどね。こんな立派なものじゃなかった」
「でも取られちゃったんだ?」
「女の子になりたいと思っていたからちょうどよかったけどね」
 
「へー。でも普通の女の子と同じようにできるんだよね?」
「これまで何度もしてたくせに」
「ごめーん。でも僕実は他の女の子とはしたことないから、同じなのかどうかは分からない」
「それを知る必要は無いよ。だってビクトルはこの後、私としかしないんだから」
「そうだね!」
 
それでふたりはゆっくりと睦み合ってからしっかりと結びつきあった。実際にはもう1年前からふたりは交わってはいたのだが、この日の結合が本当の意味でふたりが「結ばれた」時であった。
 

ビクトルがデジレの中で逝った時、ティアラとアルベルディーナは部屋の中に置かれた時計を見て時刻を記録した。
 
昔の王族同士の結婚では「きちんと逝った」ことをもって婚姻が成立したものとみなす習慣であったので、どうかすると10人以上の見届け人が見守る中でセックスをする必要があった。結婚がうまくいくかどうかが国家の運命に関わるのでそういうことになってしまうのだが、王族というのも全く大変なお仕事である。
 
「これで王家と大公家がひとつになったね」
とティアラとアルベルディーナはそっと部屋を出てから小さな声で囁き合い、握手した。そのまま隣の控えの部屋に入る。
 
オロールとジュールが良く寝ている風であるのを確認する。マルグリットも自分の娘ジャンヌと添い寝して熟睡しているようだ。
 
ティアラとアルベルディーナは取り敢えずワインをグラスに注ぎ2人で乾杯した。
 
「でもアルベルディーナ様、本当はビクトル王子のこと好きだったのでは?」
と小さな声でティアラが尋ねる。
 
「筆降ろしをさせて頂くことになってたんですけどねー。誘惑しに行った夜にデジレ様とのデートに付きそうことになってオロール様・ジュール様の出産に立ち会って」
「あらあら」
 
「ティアラ様もデジレ様のこと好きだったのでは?」
とアルベルディーナは反撃してくる。
 
「デジレ様が王子様として成人していたら、私が筆降ろしをさせて頂いていたかも。でも姫様になってしまったし。筆が無くなってしまっては筆降ろし不能。一応いつでも求められたら応じろって8歳頃から言われていたよ」
 
「8歳ではさすがにセックスしたがる男の子はいないよね?」
「とは思うけどね」
「宮仕えは辛いね〜」
と言ってふたりは微笑んだ。
 
「でさ、夜中にこっそりあれいじったり舐めたりしたことない?」
「それは国家機密ですよ」
 
と言ってふたりは小声で笑いながら各々のベッドに入った。
 

ビクトル王子が、女王デジレ2世と結婚するという発表は国民の間に大きな驚きをもたらした。100年前に「眠った」デジレの肖像画を持っていたごく少数の人たちは、その姿を現したデジレ2世の姿を見て
 
「高祖母のデジレ1世様に生き写しだ!」
と言ってまた驚いた。
 
デジレは国民たちへの挨拶代わりと称して、歌を歌い、横笛やリュートにヴィオール、チェンバロの演奏を披露した。
 
(リュートはギターの先祖のような楽器、ヴィオールはヴァイオリンの親戚のような楽器である。ヴィオール族で21世紀まで唯一生き残っていたのがコントラバス)
 
「でも物凄い美人!」
「歌も物凄くうまい」
「素敵な笛の音だった」
「魅せられるようなリュートの響きだった」
「ヴィオールであんな凄い音が出るって初めて知った」
「チェンバロもまるで2人で弾いているかのように凄かった」
 
「こんな素敵な方が女王ならばこの上も無い」
 
デジレは実質23歳なのだが、元々見た目が若いので18歳のビクトル王子と「お似合い」の感を出すため20歳と発表された。デジレ1世と2世の間には架空の王の名前が考案され、その名前を挿入した系図がでっちあげられていた。エスト大公家やその他の王族の者で早世した王子や姫の名前が実は王家の者と婚姻していたことにされて使用されていた。
 
しかし一方で妖精たちは「デジレ2世は実はデジレ1世その人」という噂も積極的に流した。そして国民の2〜3割はその噂の方を信じた。
 

デジレ2世の成人の儀がミュゼ城で、ビクトル王子との婚約の儀がシャトン宮殿で続けて行われ、翌年1月に婚姻の儀がミュゼ城で行われた。またデジレ2世とビクトル王子の間の子供2人も続けて披露された。
 
これらの式典やお祝いにはカラボス、リラの精を始め、この国に住む10人の妖精を全員しっかりと招待した(アネモネの精とトネリコの精が加わった)。
 
そしてロベール大公は大公と摂政から引退し、ビクトル王子に譲位することを発表した。それでこの年から女王デジレ2世と、摂政大公ビクトルが共同で国を治め、先大公ロベールがバックアップするという体制が取られることになった。
 

シャルル国王が亡くなった後、デジレは自らはミュゼ城に眠ったまま女王になっていたのだが、実際には象徴的な存在でしか無かった。それが67年ぶりに本当の統治者となったのである。
 
実際にはデジレは100年も眠っていたので、100年の間に社会がどう変化したかを把握しておらず、そのあたりは先大公の側近たちや大学の先生たちに習って覚えていった。
 
また国の現状を見ようとビクトルとふたりで一緒にあちこち行幸して回った。シャルル国王がデジレを守るために作った「糸車の町」を見学した時は、そこが立派な工業地帯になっているのを見て感動した。
 
「今はもう糸車に紡錘は使われていないのですよ。代わりに尖った部分が無く安全性の高いボビンというものを使っているんです」
と言って町長さんは最新式の糸車をデジレたちに見せてくれた。
 
また自分が「女の子のお股になってしまった村」ビレーに来た時は思わず笑いが込み上げてきた。村の集会所には今も温泉があったので、デジレは村の女たちと一緒に温泉に入りたいと希望した。
 
それで村長の妻も付き添ってティアラとふたりで一緒に入り、村の女たちと一緒におしゃべりしてひとときを過ごしたが、話題が100年前とほとんど変わらないので、デジレもティアラも大笑いしていた。村の女たちは自分たちのおしゃべりが女王陛下に受けているようなので、饒舌になってあれこれ会話を楽しんだ。
 

温泉から上がったら雨が降り出した。デジレとティアラは一緒に窓の外の雨を見ていた。
 
「やはり私って雨女で確定みたい」
とデジレが言うと
「実は私の方が雨女かも」
とティアラが言う。
 
「うーん。それはどちらが原因かは確かめようがないね」
「私はいつも姫様と一緒ですからね」
 

「でもこの村に来なかったら、私は男のままだったかも知れないよね」
「その時はきっとエルビラ王女みたいな人生を送っていますよ」
「聞いた聞いた。ビクトルの曾祖父の人だよね? 子供を4人作った後でおちんちん切って女になったんだって?」
 
「そうみたいですね」
「おちんちん切る手術って凄く痛かったろうね」
 
この時代は当然麻酔は無いが少なくともアラビア系の医師は縫合や結紮の技術を持っていたはずである。
 
「でも女になるために痛みに耐えたんですよ。ちゃんと割れ目ちゃんまで作っていたらしいですよ」
「すごーい。鞘も作ったの?」
「女同士なら必要無いかと」
 
「確かに!でも女になってしまった後も、奥様と仲睦まじくしていたんでしょ?」
「女同士でも愛し合えるんですよ」
「うん。サフィズムとかいうんだっけ?」
「私、その道に詳しい人にやり方を教えてもらいましたから、デジレ様がビクトル様に飽きたら、私がお相手してもいいですよ」
 
「うーん。ハマったら怖いからやめとく」
 
「ふふふ。実はデジレ様って、男の人も女の人も好きになれるでしょ?本当は男の心と女の心を両方持っておられません?」
 
「それ誰にも言わないでよー」
「もちろん言いませんよ。おちんちん無くしちゃったの残念だったなとか思うことありません?」
「内緒」
「うふふ」
 

そこにフランソワ少佐がワインの瓶を5本も抱えて入って来た。
 
「村長さんからワインもらいましたよ。ここのワインは製法が特殊で独特の味わいがあるんですよ。100年ぶりにあの味が楽しめるかと思うと。。。あれ?摂政殿下は?」
 
「まだお風呂に入っているみたい」
「ありゃ。ジルベールが付いてるからいいだろうと思って、あたしゃさっさとあがったんだけど。話が弾んでるんかね〜」
 
「男の人は男の人で、いろいろお話があるんでしょうね」
 
「デジレ陛下もティアラ様も、何なら先に始めてますか?」
「それもいいかもね」
「前回ここに来た時は私たち子供だったからお酒は飲めなかったもんね」
 
「じゃ始めましょう、始めましょう」
と言ってフランソワは楽しそうにグラスを並べてワインのふたを開けた。
 

「しかしコロナの子孫がずっと私たちが眠っている間に代々城のサポートしてくれていたというのはなんか嫉妬するなあ。ジャンヌはオロール様の侍女確定のようだし」
などとティアラは言う。
 
「んーん、じゃティアラも子供を産んで、女の子ならオロールに、男の子ならジュールに仕えさせる?」
とデジレは言った。
 
「そうだなあ。それもいいかな。でも男の子だったとしても女装させてオロール様の侍女にしちゃおう」
などとティアラは言っている。
 
「まあそれでもいいよ〜。10歳くらいまでは男の子でも女装すれば女に見えるかも知れないし」
「それは最初から睾丸を取っちゃうということで」
「それは可哀想だよぉ」
 
「取り敢えず私はどこかで種もらってこようかな」
などとティアラが言うので
 
「結婚するんじゃないの?」
と訊くと
 
「私は夫に仕えるつもりないです。死ぬまでデジレ様にお仕えします。だから種だけもらって1人で産みます。子供の世話は母に押しつけて」
と結構過激なことを言っている。
 
ティアラの母タレイアは最近はローラン元侍従長と一緒にずっとソフィー王太妃のおそばに付いている。ソフィー妃としては格好の話し相手になっているようである。100年の時を飛んでしまうと話し相手にも事欠く。
 
するとフランソワが突然言い出した。
 
「ティアラ様、私の種でも良ければ差し上げられませんか?実は熊ん蜂退治の時にティアラ様からキスして頂いて以来、ティアラ様のことが好きでした。子供ができたらティアラ様はお忙しいし私が頑張って育てますよ。それに私は早漏だから女の子が生まれやすいです」
 
「ちょっと、ちょっと、デジレ様の御前で何言い出すの?」
とティアラは焦っている。しかしティアラはほんのり赤く頬を染めていた。
 
ふたりの様子をデジレは微笑んで見ていた。
 
 
前頁目次

1  2  3 
【眠れる森の美人】(下)