【眠れる森の美人】(上)

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昔々ある所に王様とお妃様がいた。なかなか子供ができず、跡継ぎが無いのを悩み、日々森の奥の泉のところで子供が授かりますようにとお祈りをしていた。この泉には女神が棲んでいで、子宝を得るのに効果があると言われていたのである。
 
ある日王様とお妃様がいつものように泉の所でお祈りをしていると、1匹の甲虫(こうちゅう)が歩いているのを見る。何だか美しい模様の甲虫だ。お妃はふと昔のエジプトではスカラベという甲虫が神の使いだとか言われて大事にされていたのだという話を思い出した。
 
甲虫は怪我でもしているのか、後ろ足を引きずるような感じで動いていた。何かを感じて向こうの方に目をやると、野ねずみがこちらを伺っているのに気づく。この甲虫を狙っているのだろうか?
 
お妃はこの美しい模様の甲虫が可哀想になった。それで手近な石を拾い、走り出してきた野ねずみめがけて石を投げる。それで野ねずみはひるんで、向こうの方に逃げて行った。
 
するとその甲虫がお妃に向かって人間の言葉でしゃべった(ような気がした)。 
「お妃様、ありがとうございます。御礼に良いことを教えます。来年にはあなたがたにお世継ぎが生まれますよ」
 
そしてお妃様はその予言通り、1年後の8月15日に赤ちゃんを産んだのである。 

王様は子供の誕生を喜び、この頃、侍従長になりたてであったローランに命じて国中に住む妖精たちを城に招いて、世継ぎが生まれたお祝いをした。呼ばれてやってきた妖精は7人である。
 
バラの精、チューリップの精、カーネーションの精、桑の精、カナリアの精、葦の精、そしてリラの精で、妖精たちは豪華な食事でもてなされた。王様は純金の盃を妖精たちにプレゼントする。妖精たちは各々生まれた赤ちゃんに贈り物をしてくれることになった。
 
妖精は生まれて1ヶ月後の赤ちゃんに1人で1つだけ贈り物をすることができるのである。
 
「こちらがデジレ殿下(Son Altesse Desire *1 *2 *3)でございます」
と言って乳母のタレイアが赤ちゃんを披露した。
 
「可愛い〜!」
という声があがる。
 
妖精がひとりずつ立って贈り物を述べる。
 
バラの精は「デジレ様はとても美しい容姿になるでしょう」と言い、チューリップの精は「デジレ様は優しい心を持つでしょう」と言い、カーネーションの精は「デジレ様は誰からも愛されるようになるでしょう」と言い、桑の精は「デジレ様はとても賢いお方になるでしょう」と言い、カナリアの精は「デジレ様は美しい歌声を持つでしょう」と言い、葦の精は「デジレ様はどんな楽器も素敵に弾きこなすでしょう」と言った。
 
そして7人目のリラの精が何か言おうとした時、不機嫌そうな顔をして入って来る者があった。
 
「カラボス様!?」
とローラン侍従長が驚いたような声を挙げる。
 
それはこの国に住む妖精の中でも最年長で年齢は恐らく1000歳を越えているのではと言われているカラボスであった。
 
「国王に赤ん坊が生まれただと?」
「はい、そうです」
 
カラボスはその場に居た他の妖精たちをじろっと見る。
 
「なぜこいつらだけ呼んで私を招かなかった?」
 
「申し訳ございません」
と侍従長が頭を床に付けて謝罪する。
 
「カラボス様もお呼びするつもりだったのですが、誰もここ1年ほど姿を見ていないと聞きまして、お亡くなりになったか、旅に出ておられるものと思い込んでしまいまして」
と侍従長は焦りながら言い訳をする。
 
「まあちょっと危なかったな。でも助けてくれた人がいて命拾いしたよ」
と言ってチラとお妃様を見たが、お妃様は首を傾げている(*4)。
 
「料理長!カラボス様にお料理を!」
と侍従長が料理長を呼んだ。
 
それで侍従たちが急いでカラボスの席を最上位に作り、そこに座らせて料理長が料理を運んでくる。
 
「ふむ。美味いな」
とカラボスは笑顔で言った。また侍従長は他の妖精たちにプレゼントしたのと同じ黄金の盃を持ってきて、カラボスにも渡した。
 
「なかなか良い盃じゃ。そういえば赤ん坊の名前は何だったかな?」
とカラボスが尋ねる。
 
「デジレ(望み)という名前にしました、カラボス様」
と王様はカラボスの機嫌が良さそうなので答えて言う。
 
「ほう可愛いな」
と言ってから、カラボスは
「では私もその赤ん坊に贈り物をしてやろう」
とカラボスは言う。
 
それを他の妖精が不安そうな顔で見ている。
 
「デジレ王子は12歳までに死ぬのは糸車の針が刺さった時だろうね」
と言って大笑いするとそのまま帰ってしまった。
 
一同が呆然としていたが、7人の妖精の中で最年長になるリラの精が言う。 
「皆様、私はまだ贈り物をしておりませんでした。カラボス様の魔力は物凄く強くて私の力では取り消すことができません。しかし弱めることはできます。12歳の年までに、デジレ様は針が指に当たるかも知れませんが、そうなった場合も死ぬのではなく100年の眠りにつきます。ひたすら眠って100年後に目を覚ますでしょう」
 
「100年も眠るのですか?」
とお妃様が言う。
 
「そこまで弱めるのが私の力では限界です」
とリラの精は言った。
 
「しかし100年も眠られたら、この国の跡継ぎは」
「申し訳ありません。どなたか親族から御養子でも」
 
「でも死なないのなら、それがせめてもの救いかも」
とお妃様は言うが、王様は
 
「大臣!すぐに国中にお触れを出せ。国中の糸車を全て焼き捨てるのじゃ」
 
と言った。
 

「でもさっきカラボス様、変なことおっしゃいましたね」
とカーネーションの精が言う。
 
「変な事?」
「だって、デジレ王子(Prince Desire)と言った気がしたのですが。王女さまなのに」
とカーネーションの精が言うのだが
 
「いえ、この方は男の子ですけど」
と乳母が言う。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「いや、皆様、美しい容姿とか、美しい歌声とか、優しい心とか、まるで女の子みたいな属性を贈ってくださるなとは思ったのですが」
 
とまだ青ざめた顔をしている王妃が言う。
 
「だって、だって、デジレって・・・」
と言って妖精たちが顔を見合わせる。
 
「いや。デジレは女の名前でも男の名前でもある。確認しなかった私たちが悪い(*3)」
と美しい歌声を贈ってしまったカナリアの精が言う。
 
「うーん。でも、美形で歌が上手くて、優しい心を持つ王子というのも悪くないかも知れないわよ」
 
と王様の妹のステラ王女殿下が言うと
 
「それはそうかも知れないね」
「まわりの大臣とか親族がしっかりしていればいいんだよ」
 
といった声もあがった。
 

「カラボス殿は12歳までにデジレ王子は死ぬと言いましたね?」
 
と王様の弟のノール大公ハンス殿下が言う。
 
「そうです。ですから13歳になるまでお守りすることができたらカラボス様の呪いは消滅すると思います」
とリラの精が言う。
 
「ではとにかく糸車によらず針の類いを13歳の誕生日まで王子の近くに置かないように気をつけていればお守りできますよね?」
と葦の精が言う。
 
「それは王子様の傍に付く者が常に気をつけておくようにしよう」
と王様が言う。
 
「ふと思ったのですが」
とステラ王女殿下が言う。
 
「『デジレ王子』が死ぬと予言されたのですから、『王女』として育ててはどうでしょうか?」
 
「ほほぉ!」
 
「どっちみち、7歳の誕生日までは男の子もドレスを着ますし(**)、それを13歳の誕生日まで延長ということで」
 
「なるほど」
 
「いや、そもそも魔除けのために男の子に女の子の服を着せて育てるのは昔からよくあったことです」
とパーシテア王太后(シャルル国王の母)も言った。
 
「その間は私たちもデジレ王子様ではなくデジレ王女様とお呼びしましょう」
とハンス殿下も言う。
 
「確かにカラボス様の呪いはデジレ王子に効くのですから、デジレ王女には効かないはずです」
とリラの精も言う。
 
「うん。ではそうしようか」
と王様も同意して、デジレ王子は13歳の誕生日までドレスを着せて育て、みんなも「王女様」あるいは「姫様」と呼ぶことになった。
 

(**)ヨーロッパでは20世紀初頭まで、特に上流階級では、男の子であっても7-8歳頃まではドレスを着せて育てるのが一般的であった。赤ちゃんの頃はロングドレスで、3歳くらいになると膝丈程度のショートドレスになる。 
男の子であってもドレスを着せていたのは、昔のズボンは脱ぎ着するのがかなり大変なシロモノで、幼い子供には着脱が困難だったため、トイレをしやすくするのにドレスを着せていたのである。
 
ルノワールは息子のココにとっても可愛いドレスを着せ髪も長くして育てており、それを絵にもかなり書き込んでいる。知らずに見ると、女の子を描いた絵にしか見えないものが随分ある。
 
7-8歳頃になって、それまでドレスを着せていた男の子にズボンを穿かせるようにすることをBreechingと言う(Breechesはズボンのことで、男役を演じる女優や女性オペラ歌手をBreeches roleと言う。日本語でも「ズボン役」と言うのと同じ)。
 
もうドレスを卒業したはずの年齢になってから、排尿の失敗などをすると今度は罰としてスカートを穿かせられることになる(ペティコート・パニッシュメント)。 

糸車に関しては王様がいったん全て焼き捨てろと言ったものの、それでは糸を紡ぐことができなくなって繊維製品を作れなくなってしまいますと大臣が反対し、結局国内に5つの町を定め、糸車は全てその町に集められることになった。町の出入口で厳しい検問をして、絶対にそこから外に糸車が持ち出されないように注意する。また他の地域で糸車を使用したり隠し持っていた者には重い罰金を科した。
 
結果的にはこれは後のエンクロージャー(囲い込み)に似た効果が生まれることになる。糸車が集められたことから、糸を紡ぐ作業は農家の妻が農作業の合間にするものではなく、いつ間引きされてもおかしくないような状況だった農家の二女・三女などが食い扶持を求めてその町にやってきて賃金をもらって作業するものとなる。それで作業者のレベルが上がり、専門職によって紡がれることで糸の品質自体も上がったのである。
 
また糸車などの紡績機器を作る職人もここに集まってきて、機械自体の改良も進み技術革新が起きていく。
 
100年後、これらの地域は、あるいは良質の糸や布の大生産地になったり、あるいは機械工業の中心地になったりして、産業革命のインフラとなっていく。その発端となる囲い込みを行った王としてシャルル王の名前は歴史に残ることになるが、なぜシャルル王が糸車を5つの町に集めさせたのかの理由については誰も伝える者が無かった。
 

さて「デジレ王女」とみんなから呼ばれるデジレ王子は乳母・侍女や妖精たちに守られて成長していくが、5−6歳になると自分の性別に疑問を持つ。 
「私、みんなから姫とか王女様とか呼ばれてるよね?」
と乳母に言う。
 
「はい、そうですよ、姫様」
 
「姫様とか王女様とか、女の子に対する呼び方だよね?」
「はい、そうです」
「女の子って、おちんちん付いてないんでしょ?」
「一般的にはそうですよ」
 
「でも私おちんちん付いてるから、実は男の子なんじゃないかな?」
 
「それは実は『デジレ王子は12歳までに死ぬ』という呪いが掛かっているからなんですよ」
「え〜〜!?」
「ですから13歳の誕生日を迎えるまでは、姫様として育てることになったんです」
「そうだったのか」
 
「ですから姫様は、13歳になったら男の子に戻って王子様として、王様の跡取りになってもらわなければなりません」
 
「でも私、男の子になれるかなあ。剣とかも使えないし」
「大丈夫ですよ。姫様は元々は男の子なのですから、時が来たらちゃんと王子様になれますって。剣なんて13歳になってから学べばいいんですよ」
 
「なるほどー。でも私人を傷つけたりするの嫌。剣を持っても相手を刺したりする自信無い」
 
「今はまだ考えなくてもよいですよ。13歳過ぎてから考えましょう」
「そうね」
 

そういう訳でデジレは本当は男の子だけど、姫様ということにして育てられていく。国中の糸車を国王の居城であるミュゼ城(*5)からは遠い5つの町に集めさせたはずなのに、デジレの周囲には時々唐突に糸車が出現した。しかし侍従や乳母、また交代でデジレのそばに付いている妖精たちがすぐに排除して事なきを得た。 
「これってカラボス様の仕業でしょうかねぇ」
「でもカラボス様が本気になったら、こんなまどろっこしいことしない気がする」
「実はただの嫌がらせなのでは?」
などと妖精や側近たちは話していた。
 
デジレは元々が男の子であるからだろうが冒険好きでけっこう城内で危ないことをしたりもしたが、不思議と大怪我したりすることは無かった。木登りしていて落ちても、うまく干し草の上に落ちたりしたし、何十年も使われていなかった地下牢に入ったまま出られなくなった時は、偶然地面が陥没して地下牢と地上との間に道ができてしまい、そこから這い出すことができた。
 
「デジレ姫ってけっこうお転婆なんだな」
「元気で良いのでは」
などと人々は噂した。
 
ある時はテラスの手摺りが壊れていて、そこに寄りかかって外の景色を見ようとしたデジレが落ちそうになる。しかしたまたま近くに居たフランソワという兵士が駆け付けてデジレを引き上げてくれた。
 
ある時は、部屋の中に熊ん蜂が1匹飛び込んで来たことがあった。この時もまた偶然近くに居たフランソワが悲鳴を聞いて走り寄り、剣を抜いて一撃で蜂を退治してくれた。
 
「フランソワすごーい!」
「ポーム(Jeu de paume, テニスの原型のようなスポーツ)で鍛えてますから空中を飛んでいる物に当てるのは得意です」
とフランソワは笑顔で語った。
 
「へー。こないだも助けてもらったし御礼にキスしてあげたいくらい」
とデジレが言うと
「姫様が配下の者にキスなんていけません。私が代理でします」
と言ってティアラがフランソワにキスした。フランソワは何だか喜んでいた。 
しかしデジレが様々な災厄にあっても、偶然切り抜けられたり誰かが助けてくれたりするので、デジレ姫の周囲では
 
「この姫君はきっと神に愛されたお子様なのだろう」
という噂が立ち、デジレ姫に対する期待は膨らんだ。
 

やがてデジレは7歳の誕生日を迎える。普通の男の子であればドレスを脱いでズボンを穿くようになるのだが、デジレはそのままドレスを着続けた。髪も長くしているし、顔もかなりの美貌である。それで可愛いドレスを着ていると、ごく少数のデジレの性別を知っている人以外には本当に王女様にしか見えなかった。
 
それで臣下や国民からの誕生日の贈り物も、お人形とかアクセサリーとかドレスといった女の子向けの贈り物ばかりであった。
 
「私も悪ノリしてこんなのあげちゃう」
などと言ってステラ王女はデジレに遙か東の彼方にあるジャポンという国で作られたというイナプペ(Hina Poupee)という男女対の人形を持って来てくれた。 
「すっごく綺麗。ジャポンって黄金に満ちた国なんでしょう?」
「そうそう。黄金がありあまっていて、建物も黄金で作られていて、食器も全部黄金だし、お酒にも金を混ぜて、服にも金が織り込まれているし、道路にまで敷き詰めてあるらしいよ。この人形の服も絹織物に金糸の刺繍が入っているね」
 
「すごーい」
 
「東の果てのもうそこから先には世界が無く真っ暗闇という果てにある国なんだって。これは東方から来た商人から買ったんですよ」
 
「高かったでしょう?」
「これ元々そのジャポンで毎年3月に女の子がすこやかに成長して行きますようにと願って飾るお人形らしい。私もデジレ姫様が可愛い女の子に成長してくれますようにと思って買っちゃった」
 
「えへへ。私も時々可愛い女の子になりたい気分になることある」
「それでもいいよ〜。おちんちん切っちゃう?」
「痛そう〜」
 

「ステラ様からはたくさんお人形頂いたなあ。私、いつもスワちゃんと一緒に寝てるし」
とデジレは言う。
 
スワちゃんというのは、デジレが4歳の誕生日の時にステラ王女からもらったイタリア・フィレンツェ生まれのお人形で、デジレはこの人形が来てから、大人に添い寝されなくてもひとりで寝られるようになったのである。
 
「可愛いアクセサリーとかもお好きなようですね」
とステラ王女付きの侍女も言う。
 
「うん。男とか女とか関係無く可愛いものは可愛いもん。ラスプ王子とかは弓矢のおもちゃとか竹馬とか独楽とかもらってたみたいだけど、私竹馬も独楽もできないし」
 
「ラスプ殿下から竹馬に誘われていましたね」
「全然立てなかった。私、お歌は好きなんだけどなあ」
 
ラスプ王子はノール大公ハンス殿下の息子であり、この国の王位継承権第3位の王子である(第1位=デジレ、第2位=ハンス、第3位=ラスプ、第4位=ステラ 第5位=ステラの娘のルイーズ)。
 
「姫様の歌はとってもお上手ですよ」
とステラ王女。
 
「私ラスプから『僕のお嫁さんになって』とか言われたけど、どうしよう?」
「それはちょっと難しいかもね」
とステラ王女も苦笑しながら言った。
 

デジレが10歳の年の夏、国内では天候不順で水不足が続いていた。王様もお妃様も、ハンス殿下やステラ王女も、手分けして国内を巡回し、苦しんでいる国民たちを激励した。時には水の取り合いで争いが起きている所の仲裁もしたし、川や湖などからの水路を作れば何とかなりそうな所は、王室の予算から出費してすぐにも工事を行わせたりした。
 
デジレも
「国民がみんな苦しんでいると聞いています。私も国民の激励に行きたい」
 
と言ったので、警護役の兵士として女性王族のガードの経験が豊かで細かい所によく気がつくアンジェロ大佐、何かとデジレに関わることの多いフランソワ軍曹、それに若いものの剣術に優れているジェラール2等兵の3人を付け、乳母のタレイア、タレイアの娘でデジレと同い年の侍女ティアラ(デジレの乳姉)、そして家庭教師のカピア先生の一行7名で、比較的被害が少なくあまり殺気立っていない地域に行かせることにした。この旅には葦の精も同行してくれた。 

南方の国境近いビレー村に来た時のことである。
 
世にも美しいと評判のデジレ王太女様殿下を一目見ようと村人が集まってくる。デジレは村民たちを前に父のシャルル国王から預かったメッセージを代読した。美しい声での代読に村民たちが盛り上がる。
 
「王太女殿下は笛もお得意と聞きました」
 
と発言する村民がいるので、デジレはペルシャ伝来の横笛を取り出す。デジレが笛を横に構えるので、かなりの村民が驚き、ざわめく。
 
この頃、横笛というのはひじょうに珍しいもので、笛といえば縦に構えて吹くものという観念があったのである。
 
しかしデジレがこの横笛を吹き始めると、その美しい音色に村人たちは感動し聴き惚れていた。やがて笛の演奏が終わると物凄い拍手があった。歓声も凄い。 
「殿下。日照りが続いていて苦しいけど、何とか我々も頑張ります」
とひとりの青年が言う。
 
「本当に大変だと思いますけど、私も国王もいつも国民とともにあります。それに私の名前はデジレ(望み)です。国民に望みを与えるのが私の役目だと思っています」
 
とデジレはアドリブでお言葉を言うと、村民たちの間から
 
「よし、雨が降るという望みを持って頑張ろう」
「王太女様からのお言葉で本当に希望が湧いてきた」
 
といった声があがった。
 

最初はそのまま村の集会所に行き、泊まる予定だったものの、村人たちの中から御礼にお祭りの踊りを王太女様にお目に掛けようという声があがり、デジレたち一行は用意してもらった席に座り、それを見学した。村長が 
「暑いですし、お水でもいかがですか?」
とコップに注いだ水を渡そうとしたが
 
「今、水はとても貴重なものです。私たちは自分たちの飲む分の水は持参しております。それはどうぞ村人の妊婦とか老人とかにあげてください」
 
とデジレが答えたので、村長は感心していた。
 
「姫様はお若いのに本当にしっかりしておられる。王国も安泰ですね」
と村長は言った。
 
そして祭りの踊りが1時間ほど続いた時のことであった。にわかに雲が発達しあたりが暗くなると、大きな雷鳴とともに、いきなり大粒の雨が降り出した。 
「雨だ!」
「恵みの雨だ!」
 
「これで作物が随分助かる!!」
 
村人たちはみんな喜んでいる。
 
「きっとデジレ姫様が来てくださったからだ」
という声が村民から出るが
 
「いえこれはきっとみなさんが熱心に踊りを踊ったから神様が降らせてくださったのですよ」
 
とデジレは微笑んで答えた。
 

しかし野外に居て、突然の大雨なのでその場に居た全員がずぶ濡れになる。集会も村長が解散を宣言し、みんな自分の家の畑などを見に行く。デジレ一行は村長に案内されて、泊まる予定の集会所に行った。
 
「姫様、すっかり濡れてしまわれましたね。お身体が冷えて、風邪でも召されてはいけません。今、他にも村の女が多数入っており失礼は承知ですが、どうかお風呂にお入りになってください」
 
と村長の妻が言った。
 
デジレは正直「どうしよう?」と思った。しかしここで少しでもためらいを見せたら、やはりさすがに王女様は下々の者と一緒にお風呂に入ったりはしないよなどと言われる。いや、それだけで済めばまだいいが、誰か野暮な者が「王女様に平民と一緒の風呂を勧めるとか言語道断」などと言って、この村長の妻を罰しようとしたりするかも知れない。
 
デジレはほんの一瞬でそこまで考えると、
「ありがとうございます。それでは私も村の女性たちと一緒にお風呂を頂きますね」
と答えた。
 
これに仰天したのが乳母たちである。
「しかし姫様・・・」
と言って止めようとするが、デジレは
 
「私は国王の娘です。国王はいつも国民とともにあるのですよ」
と笑顔で言った。
 

その時、葦の精が言った。
 
「しかしこの人数で入って行くと、大袈裟になりますね。私とティアラ様の2人だけ姫様についてお風呂を先に頂いてきましょう。乳母様と家庭教師様はその後にして頂けます?」
 
すると妖精ならば何とかするのだろうと察した侍女ティアラが
「そうですね。うるさ方の2人は置いて、姫様と私とリード様(葦の精)の3人だけで先にお風呂を頂きましょう」
 
と笑顔で言う。
 
この時、葦の精は小さな声で「失礼します」と言うと、デジレのスカートの中に魔法の杖を入れ、お股の所にタッチした。するとデジレはお股の付近の感覚が変わったのを感じた。しかしそれも一切表情には出さず、笑顔のままである。
 

村長の妻に案内されて、集会所の隣にある温泉に行く。ここは集会所の左手に礼拝堂、右手に温泉があって、村の中心になっているようである。村長の家もここから近いらしい。
 
温泉は入口が2つに別れていて、左側にFemme(女)、右側にHomme(男)という字が書かれている。村長の妻は当然Femmeの方に行く。デジレとティアラ・葦の精もそれに続く。
 
「濡れたお洋服をこちらにお置きください。すぐにかまどのそばに干して乾かしますので。こちらに粗末な物で申し訳ないのですが、とりあえずの服を、それが乾くまでのつなぎで」
 
と言って女児用のドレス2着と大人の女性用のドレス1着を渡してくれた。 
「ありがとうございます。お借りします」
とデジレは笑顔で言い、まっさきに自分の濡れたドレスを脱いでしまった。 

この頃は下着をつけるのはあまり一般的ではない。ドレスの下はもう裸である。そのデジレ姫の裸を見て侍女ティアラは「へ〜!」と思った。デジレ姫のお股のところは、普通の女の子と同じ形になっている。おちんちんもタマタマも見当たらず、代わりに縦に割れ目ちゃんまで見える。
 
自分もすぐにドレスを脱ぐ。自分も裸である。葦の精も服を脱いで裸になった。 
村長の妻も既に裸になっているので、4人で一緒に浴室に移動する。入っていた女性たちがこちらを見て仰天する。
 
「わ、王太女殿下だ!」
「申し訳ありません。私たちすぐ上がります」
 
といった声があがるがデジレは言った。
 
「皆さん、そのまま入っていてください。充分温まらずに出たら風邪を引きますよ。私は国民とともにありますから、お風呂も一緒ですよ」
 
女たちは顔を見合わせたが、デジレのみならず、そばに付いている同じ年頃の少女も、年齢不詳に見える大人の女性も頷いているので、みんな湯船から出ようとしていたのを再度入り直した。
 
デジレは身体を自分で洗うとティアラ、葦の精と一緒に湯船に浸かる。 
「本当は恥ずかしいんですけどね。私、まだおっぱい無いし」
などとデジレが言うと
 
「10歳ではまだおっぱい無いですよ」
という声が村の女たちからあがる。
 
「うちの娘なんて、もう16歳なのに、ぜーんぜん胸が無いですよ。あんた、それじゃまだお嫁に行けないね、などと言うと、私がお嫁さんもらうからいいなんて言って」
 
とひとりの女が言うと、デジレがおかしそうな顔をして笑うので、それで壁が無くなった感じがした女たちは、そのあとたくさん村の噂話を出す。誰々さんはマッシュルームが苦手みたいな話、誰かがどこで転んだら靴が頭にジャスト乗ったみたいな本当にどうでもいい話をし始める。しかしデジレはそういうくだらない話を笑顔で聞いて、頷いたり相槌を打ったりするので、女たちも本当に姫と打ち解けた感じになった。
 
「でも水不足でもこの温泉は豊かに湧いているんですね」
「そうなんですよ。それだけが助かっています」
「この温泉の湯の冷めたのを畑にも使えたらいいんですけどね〜」
「硫黄がたくさん入っているから、こんなの掛けたら作物は死んでしまうし」
「なかなか難しいですね」
「まあ飲むくらいは問題無いから、温泉に入ったついでに結構飲んでますけどね」
「少し苦いけど、何だか身体にいいような気がするよね」
 
「それにこの温泉、入ったあとお肌がすべすべになるんですよね〜」
 
「じゃ私もここに入っていたらすべすべになるかな」
とデジレが言うと
「お姫様は最初からすべすべお肌ですよぉ」
と言われて若い娘に身体のあちこちを触られる。
 
あはは、こんなに触られたら、万一おちんちん付いてて、お股の間にはさんで隠していたりしたら、女の人に触られたのでおちんちん大きくなって困ってた所だよぉ、などと思ってデジレは冷や汗を掻いていた。
 
「いや、姫様が女王になったら、この国はますます繁栄しますよ」
などとみんなから言われて、デジレはお風呂を後にした。
 

身体を拭いてから、村長の妻が用意してくれた服を着、今日泊まることになっている集会所の居室に入る。乳母と家庭教師が心配そうにして待っていた。 
「あなたたちもお風呂頂いてくるといいよ」
とデジレが言うが
 
「姫様、女湯に入られたのですか?」
と家庭教師が訊く。
 
「入ったけど?」
「まあ王女様が男湯に入ろうとしたらパニックだろうね」
 
「でもおちんちんを見て村の女たちが驚いたのでは?」
「おちんちんは見られてないから大丈夫」
とデジレが言うし、ティアラが
 
「姫様がどうやってごまかしたかは私たち3人だけの秘密ね」
などと言う。
 
それでまあ騒ぎにならなかったのならいいかということで、2人もお風呂をもらいに行った。
 

「で、これどうなっているの?」
とデジレは3人だけになった所で葦の精に訊く。
 
「おちんちんは私が一時的にお預かりしました」
と葦の精は答える。
 
「あら」
「元に戻しますね」
「あ、待って」
「はい?」
 
「こういうことってまた起きるかも知れないし、しばらく葦の精さんが預かっていてくださいよ」
とデジレが言う。
 
「おちんちん無くても大丈夫ですか?」
と葦の精が尋ねる。
 
「取り敢えず今回の旅が終わるまではそのままで。まあ、13歳の誕生日が来て私が王子に戻る時までに戻してもらえばいいです」
「分かりました。それでは取り敢えずお預かりしておきます」
 
「でもこれおしっこ、どうやってしたらいいの?。女の子ってどうやっておしっこするんだっけ?」
とデジレが尋ねる。
 
「私、男の子になったことがないので、男の子だった人に女のおしっこの仕方を説明するの難しいですけど、私がおしっこする所を見ますか?」
とティアラが尋ねた。
 
「じゃ1度だけ見せて。その後は自分で頑張ってみる」
とデジレは言った。
 
それでティアラはデジレ姫と一緒にクローゼットの中に入り、便器を出してきて座っておしっこをしてみせた。終わった後、麻布でその付近を拭くのを見て「へ〜!拭くの?」とデジレが尋ねる。
 
「男と違って女は身体の内側から発射するので、どうしてもあちこち濡れるものですから。拭かないでおくとドレスが濡れたりしてまずいんですよ」
とティアラは答える。
 
「なるほど〜」
 
それでティアラは予備の麻布をデジレに渡し、デジレがおしっこをしてみる。 
「あ、出た出た」
と何だか喜んでいる。
 
「すごく感触が違うけど、すぐ出し方分かったよ」
「それはよかったです」
「でもほんとにこれ濡れるね〜」
と言ってデジレは自分のお股を麻布で拭いていた。
 
「でも恥ずかしい所見せてもらってごめんねー」
「大丈夫ですよ。私の身体も心も全て殿下のものですから、好きにしてもらってもいいんですよ」
 
とティアラは言ったが、デジレは意味が解ってない雰囲気だった。
 

デジレ一行は1ヶ月ほど掛けてあちこちの村を訪れたが、行程中10回もデジレが来たところで雨が降った(その度にずぶ濡れになり、お風呂を頂いたりした。最初からお風呂を空にしてくれた所もあったが、村の女たちと裸の交流をすることも多かった)。デジレは女たちと一緒にお風呂の中でおしゃべりしていて「私女の身体にしてもらって良かったぁ」と思っていた。
 
「でも私って雨女なのかも〜」
などとデジレは言っていたが、どこでも恵みの雨だとして喜ばれた。村々から「雨を降らせてくれた御礼」といって、その村特産のワインとか工芸品とかをたくさん頂いた。
 
デジレ王女が来ると雨が降ってくれるようだという噂まで立ち、ぜひうちの地方へなどという話も出る。デジレは「私は神様ではないので、私が行っても降るとは限りませんよ」とは言って出かけて行ったものの、実際には姫が行くと2回に1回くらい雨が降り、結果的にデジレは何度も何度もずぶ濡れになっていた。
 
警護の兵士は毎回違うものの、自ら志願して全ての行啓に同行したフランソワ軍曹は「私もにわか雨でずぶ濡れになるの、かなり慣れました」などと言っていた。
 

国王はこの厳しい状況で子供が間引かれたり餓死するのをできるだけ防ぐため、各村や町の長に、貧乏で子供に御飯を食べさせきれずにもう殺すか売り飛ばすかしかないと思い詰めてそうな家庭があったら子供を村で引き取るように指示した。その子供たちを国内30箇所の拠点に創設した慈善院に集め、王室の予算でその子供たちに御飯を食べさせ、また字や算数を教えたりした。
 
そのような政策もあり、この年の日照りは死者もあまり多くなく、8月の下旬には大雨が降って何とか解消された。王様はこの機会に国のあちこちにため池を整備するよう大臣に命じ、これも王室の私的財産を供出して予算を取り、工事をさせた。その工事に携わった人夫の賃金が農作物が育たず途方に暮れていた人たちをまた救った。
 
状況が改善されたことから慈善院に集められていた子供たちも半分くらいは翌春までに実家に帰還した。
 
今回の日照りは結果的に王様と、そして王太女であるデジレの評価を高めた感があった。
 

やがてデジレが12歳の誕生日を迎えた時、乳母と葦の精がふたりで話し合った。 
「何とかあと1年まで来ましたね」
「カラボス様も本当はあまりデジレ様を殺すおつもりは無いのでは?」
「ちょっとツムジを曲げられただけだと思いますよ」
 
「まあ乳母の仕事もどっちみちあと1年。私はもうこれでお仕事は引退するつもり。ティアラを置いて田舎に帰って畑でも買って耕して暮らそうかと思っています。ティアラはこのまま王子付きの侍女にしてもらえたら、それでもいいし」
と乳母は言う。
 
「ティアラ様、デジレ様のこと好きでしょ?」
と葦の精が言う。
 
「好きにならなきゃ、侍女なんて務まりませんよ。まあ筆降ろしの練習くらいはしてもらってもいいですよ。求められたらいつでも応じるようには言ってますが、まだ誘われたことは無いみたい」
 
実際には今デジレにはおちんちんが無いので、そういうことをしようにもできない。もっともそもそもデジレが性行為を理解しているかどうかもやや怪しい。 
「でもデジレ様はたぶん自分の友だち的にティアラ様を見ていますよ。欲情したりはしないかも」
 
「まあそれはそれで。ティアラは自分の立場は分かっています。どんなに好きになっても妻にはなれない身分。ティアラはデジレ様がどこぞの姫君と婚姻なさったら、その姫君のサポートもして結びつきの見届けなどもする覚悟でいます」
 
「まあ王族に身近で仕えるものの辛さですね」
 

ある日ティアラが葦の精と話をした。
 
「こないだから気になっていたんですけど、デジレ様、まだ声変わりが来ませんよね」
とティアラが言う。
 
「ああ、それはおちんちんを預かっているから、来ようにも来ないのです」
と葦の精。
 
「あら」
「13歳の誕生日の日におちんちんを戻しますので、そのあと男性としての発達は始まると思います。今はデジレ姫は中性なんですよ」
 
「へー。女の形になってますけど、おっぱいが膨らんだりはしないんでしょ?」
「しません、しません。卵巣や子袋などもデジレ様にはありませんし」
 
「だったら問題無いですね」
とティアラは言う。
 
「デジレ様の胸が膨らんできたりしたら、王様もお妃様も仰天するでしょうね」
「でもデジレ様、すごく優しい性格だから、本当の姫君になってしまっても悪くないかも」
「ああ、それはチラッと何度か思いました。デジレ様からおちんちんをお預かりして、すぐにも返してと言われると思っていたのに、無いままでずっと普通にお過ごしのようですし」
 
「デジレ様とルイーズ王女殿下、殿下のお気に入りの侍女セシルさんと私の4人で一緒にお風呂に入ったことあるんですよ」
「あらあら」
「ルイーズ姫には『こうなっているのは誰にも内緒ね』とおっしゃってました」
 
「ルイーズ様は口が硬いから大丈夫ですよ」
「あの方、母君のステラ王女よりしっかりしておられますね」
 

誰の仕業か分からないものの、相変わらずデジレ姫の近くに時々思い出したように糸車が出現していたが、みな侍女や兵士たちが片付けてしまう。 
「カラボス様のしわざですよね?」
とその日も糸車を1個庭で焼却したフランソワ軍曹が訊く。
 
「だとは思うけど最近は何だかおざなりだなあ。壊れた糸車とかが多いし、今日のやつはそもそも紡錘が紛失していて無害だったし」
 
などとバラの精は言っていた。
 
「そうだ、フランソワさん、お酒好きだよね?」
「大好きです」
「プロイセンに住んでる友だちのバラの精がバラのリキュール作ってこちらにもお裾分けしてくれたんだよ。飲むなら今度持ってくるよ」
「バラの精が作ったバラのリキュールなら本物ですね!ください」
「じゃ今度お城に来る時持ってくるね」
「はい。私は非番の日もお城に来ますから」
「ああ、ティアラやコロナに便利に使われているね」
 
コロナもデジレ付きの侍女でデジレお気に入りの侍女のひとりである。ティアラがお休みの時は「東宮侍女長代行」を名乗っているが、そもそも「東宮侍女長」なる職名は存在しない。
 

それで無事に1年も過ぎ8月14日になる。いよいよ明日はデジレの13歳の誕生日である。城では一緒に成人式もすることになっていた。本来は男子の成人式は15歳なのだが、女子の成人式は13歳である。しかしデジレはここまで表向きは王女ということになっていたので、13歳で成人式をしなかったら国民から奇異に思われる。また王太子の場合は少し早めに成人式をしても構わないことになっていた。
 
成人式で初めてデジレは男子の礼服に身を包んで国民の前に姿を現し、これまでは事情があって女装していたことを公表することになっていた。これはカラボスの呪いを避けるため、明日までは公表できないのである。
 

その日はハンス殿下とステラ王女が部屋にやってきて
 
「私たちからのプレゼントです」
と言ってデジレが明日の誕生日のお祝い兼成人式で着る服と腰に下げる剣を持って来てくれた。
 
「わあ、ズボンだ」
とデジレは声を挙げる。
 
「殿下はこれを初めて穿くことになりますな」
と大公が言う。
 
「ちょっと穿いてみる?」
とステラ王女が言うものの
 
「明日穿く!」
と言ってとりあえず断っておく。
 
今着替えると、おちんちんが無くなっているお股を見られて困る、とデジレ姫は思った。
 
剣の方はふつうに兵士たちが使っている剣より随分長い。バスタードと呼ばれる長剣だとハンス殿下は説明した。鞘から抜いて見せてくれたが剣というよりナイフの大きいのという感じである。平らな形状で刃が鋭い。
 
「この剣は突くこともできるが斬るのにも適しているし、そしてこうやって両手で持つんだよ。普通のラピエル(後のレイピア)は相手の鎧の隙間を狙って突くことが多いんだけどね」
 
などと言って何度か高く構えて振り下ろしてみせてくれた。
 

「でも私、13歳になるまでの間に糸車の針に刺されて死ぬと予言されていたんでしょ?」
とデジレ姫が言う。
 
「ええ。でも国王が全国の糸車を5つの町に集約させて絶対にそこから出さないようにさせましたからね。でもたまにひょいとミュゼ城の周辺で見つかることがあるんですよね〜」
とステラが言う。
 
「私見たことないから、実物を見てもそれが糸車って分からないかも」
 
「あなたに付いている誰かが認識して排除するから大丈夫よ」
 
「そういえば、こないだうちの部下が宮殿の北塔で糸車の音を聞いたらしいよ」
と大公が言う。
 
「あら」
「すぐに兵士たちを動員して調査させたが、北塔のどの部屋からも糸車らしきものは見つからなかった」
 
「でもそれ気になるわね」
「うん。お城のどこかに隠されているかも知れないと思うとヒヤヒヤだよ」
と大公は言っていた。
 

大公たちが帰ってしばらくして葦の精とリラの精がやってきた。
 
「式典の直前に、おちんちんを戻しますね。式典までは油断できませんから」
と葦の精が言う。
 
「私ちょっと不安。もう3年くらい、女の子みたいな身体で過ごしてきたし、そもそも生まれた時からずっと王女として暮らしてきたから、ちゃんと王子になることできるかなあ」
 
「大丈夫ですよ。デジレ様は元々は男の子なんですから」
「私、おちんちんを使ったおしっこの仕方も忘れている気がする」
「それもすぐ思い出しますよ」
「おちんちんの無いのに慣れると、これはこれで便利なんだよねー」
 
「おちんちんのある状態と無い状態の両方を経験する人はそう多くないから貴重な意見かもね」
と葦の精。
 
「そう多くないって時々そういう人いるの?」
「宦官という人たちがいるんですよ。おちんちんを切り落として王宮や貴人の家にお仕えするんですよ。この界隈ではめったに見ませんけど、アラビアや中国などには多いそうです」
 
「なんで切り落とすの?」
「王宮でご婦人方のお世話をするんですよ。アラブや中国では王様は何人も奥様がいて、奥様やその侍女が住んでいる大きなおうちがあるんです。そういうところで男手も必要だけど、ふつうの男が女ばかりの所で仕事をしていたら、女の人とあやしいことしたくなるでしょ?意味分かるかな」
 
「うん。分かるけど、そのためにおちんちん切り落としちゃうんだ?よく切っちゃうね。切るの嫌じゃないのかな」
「給料が良いからでは」
 
「わあ。でもおちんちん切り落とすって痛そう。私は何の痛みも無いまま、無くなっちゃったけど」
 
「無くした訳ではなく、一時的に預かっているだけですから」
 
「そっかー。でも私、いっそこのまま王女ということで女の礼服で成人式しちゃったらダメだよね?」
 
「そういう訳にはいきませんよ。王子様は呪いから逃れるため13年間王女として暮らしていたのだとちゃんと国民には説明しますから」
 
とリラの精が微笑んで言った。
 
「なんかドレスに慣れてるから、そこに置いてあるズボンとか穿いて、私ちゃんと歩けるかしら?」
 
「今穿いて練習してみる?」
「いや、やめとく」
 
「男に戻られた後で、女の服が恋しくなったら、時々こっそり着てみてもいいですよ。お化粧とかもして。私が協力しますから」
とティアラは言った。
 
「こないだお化粧してたね!」
 

しかしデジレは本当に明日から自分は男としてやっていけるのか、どうにも不安で寝付けなかった。おちんちん使っておしっことかしばらくしてないけどちゃんと使えるだろうか?などと変な事まで考える。
 
その日は闇夜で時刻が分かりにくかったものの、王子はアラビア伝来の時計が夜11時半を差しているのを見た。あと30分で13歳になる。
 
小さい頃いつも一緒に寝ていたスワちゃんは今はもう棚に置いており、デジレは広いベッドにひとりで寝ている。少し離れた所に置かれた小さなベッドには侍女のティアラが寝ている。
 
ティアラやコロナをはじめとするデジレ付きの侍女たちは、みんな今日はかなり忙しそうであった。やはり自分の成人式の前日ということで様々なお膳立てが大変だったのだろう。
 
デジレはティアラが熟睡している雰囲気なのを感じ取り、音を立てずにそっとベッドから抜け出した。
 

ひとりでは不安だったので明日の式典で使うために持ち込まれている剣をベルトごとドレスの下に装着した。
 
宮殿の中を足音を立てないようにして歩き回っている内に、デジレは突然昼間大公が来ていた時、北塔で糸車の音を聞いたという話を思い出した。
 
それで何となく北塔まで行ってみる。
 
大丈夫だよね?
 
そんなことを考えながら、デジレは塔の螺旋階段を昇り始めた。
 
何か音がする?
 
デジレは人を呼んでくるべきかと思った。ティアラを呼んで来る?あるいは詰め所まで行けば警備の兵士がいるはずだ。兵士と一緒に行く方が安心かも。特に今夜はデジレも馴染みのアンジェロ准将もいる。でもデジレは自分が誰かを呼びに行ったら、その間に音が消えてしまうような気がした。
 
それでデジレはそっと自分の足音を立てないようにしてゆっくりと塔を登った。 

デジレが登っていくにつれ、音は少しずつ大きくなっていく。
 
デジレは自分の心臓の音が高まる気分だった。この音で向こうは気づいてどこかに逃げたりしないだろうか?などと思ったりする。
 
やがてデジレは塔のいちばん上まで辿り着いた。
 
音はハッキリ聞こえる。
 
「誰?(Qui est la? キエラ?)」
と言いながらデジレは戸を開けた。
 

するとそこには見たこともない大きな機械が置かれており、ひとりの老婆がその機械に付いている大きな車輪のようなものを回していた。
 
「キエラ?私はキエラですよ(Qui est la? Je suis Quiela)」
と老婆は手を休めてデジレの方を見て答えた。
 
「あなたのお名前がキエラさん?」
「私は先代のお妃様、あなた様のおばあさまのパーシテア様からキエラ?と訊かれたから、キエラという名前にしたんです」
と老婆は笑顔で答えた。
 
「おばあさまの侍女さんか何かだった人?」
「ええ、そうですよ。デジレ王子」
 
「あら、キエラさん、私が王子だと知っているんだ?」
「それは今の王様からもお妃様からも可愛がって頂きましたから」
 
「わあ、そうだったんだ。安心した」
 
こういう相手に安心してはいけないのだが、このあたりがデジレのまだ世間の怖さを知らない無垢なところである。
 
「それなあに?」
「これは糸車でございます。真綿や羊毛などを紡いで糸を作るのでございますよ」
 
「え〜〜? それが糸車なの? 私、13歳になるまでに糸車の針が刺さって死ぬと言われていたの」
 
「あらあら、それは大変ですね。針と言ったらこの紡錘の先でしょうかね。確かにとがっていますから危ないですよ」
 
と言って老婆は紡錘を見せる。
 
「よく見たいけど、私怖いから離れて見てる」
 
「それがいいかも知れませんね。糸車なんてお城からは全部片付けたはずなのにこんな所に置かれていたんですよ。さっきこれに気づいて私がどっかに片付けようと思っていたところなんです。少し懐かしくなってちょっと動かしてみましたけどね」
 
「わあ、お疲れ様です」
「全く誰がこんなもの持ち込んだんだろうねぇ」
とキエラは言っている。
 

(*0)「眠れる森の美女」というタイトルはよく修飾関係が曖昧だと言われる。「眠れる」が「森」に掛かっているのか「美女」に掛かっているのかよく分からないのである。フランス語のタイトルも La Belle au bois dormant で dormantが belle(美女)に掛かっているのか bois(森)に掛かっているのかよく分からない。これはおそらくペローの言葉遊びなのであろう。その言葉遊びをそのまま日本語に訳した人は素敵だ。
 
なおチャイコフスキー版のタイトルはСпящая красавицаで単に「眠っている美女」と言っている。英語のSleeping Beautyと同じで「森の」が入っていない。なおグリム版はタイトルが全く異なっていてDornroschen である。dornは茨、roseがバラでroschenは小さなバラということ。つまり「小さな茨のバラの姫」といった感じである。一般には「いばら姫」と邦訳されている。 

(*1)「殿下」という言い方は英語では His Highness, Her Highness と男女で異なるのだが、フランス語の場合 Highness に相当する単語が Altesseで母音で始まっており、男女の別なく Son Altesse になっている。つまり、フランス語では敬称だけでは男女が区別できない。
 
日本では時々女性は妃殿下と呼ぶと思い込んでいる人がいるが、妃殿下というのは王族・皇族の妻に対する敬称であり、元々王族・皇族に生まれた女性は妃殿下ではなく殿下とお呼びする。
 

(*2)デジレはチャイコフスキーのバレエ版では王子の側の名前( Дезире)になっていて、眠り姫の名前はオーロラ(Аврора)になっています。しかしオーロラというのは本来は眠り姫の娘の名前です(暁という意味。息子はジュール:太陽)。
 
デジレというのは、眠り姫の類話のひとつMadame D'Aulnoy(1650-1705)作の「森の牝鹿(La Biche au bois)」のヒロインの名前から転用しました。実はチャイコフスキー版の王子の名前もこの物語の王女の名前から転用したのではという説もあるようです。
 
「森の牝鹿」ではデジレ姫は生誕祝いに招待してもらえなかった妖精から「15歳になるまでに日の光に当たれば多分死ぬ」と予言されてしまいます。そこで彼女は日の差し込まない部屋で育てられ、Guerrier王子との婚姻のため、完全に覆われて光が中に入らない馬車に乗って赴くのですが、姫に成り代わろうとする侍女が馬車の覆いを切り裂いて光を入れてしまいます。しかしデジレ姫は死ぬのではなく牝鹿の姿になって森の中に逃げ込みました。こちらの物語の場合は100年経過することなく、ゲリエ王子とデジレ姫は森の中で再会し、愛の力で魔法は解けてハッピーエンドとなります。
 
私はこの物語を少女時代に読んだ記憶があるのですが、この物語の原作本は邦訳が出ていないようで、Andrew Lang(1844-1912)がリライトした物語「白い牝鹿(The White Doe, or The Doe in the Woods)」の邦訳は出ているようなので、恐らく私が実際に読んだのはそちらではないかと思います。 
なお元のオルノワの作品は英訳でもよければ↓で読めます。The Hind in the Woodsのタイトルになっています。1892年と書かれていますがオルノワ夫人は17世紀の人です。英訳された年代か??
http://www.surlalunefairytales.com/authors/aulnoy/1892/hindinwood.html  
今回の「男の娘版」眠り姫では、Guerrier(英語ならWarrior 戦士)という名前を少し変えてビクトル(Victor 勝利)という名前を作りました。
 
なお、眠り姫の類話の中で最も古い部類に属するGiambattista Basile(1566-1632)「ソレとルナとターリア(Sole, Luna, e Talia)」では眠り姫の名前がターリアで、ターリアの2人の子供がソレ(太陽)とルナ(月)になっています。ターリアは「花開く女」という意味らしいです。ディズニー版では3人の妖精のひとりの名前がフローラで偶然かも知れませんが、少し関連のある語になっていますね。 
この付近の話は円環伝承さんのサイト、名作ドラマへの招待のサイトを参考にさせて頂きました。
http://suwa3.web.fc2.com/enkan/minwa/sleeping/00.html http://www2.tbb.t-com.ne.jp/meisakudrama/meisakudrama/memurerubijo.html  

(*3)デジレという名前は男でも女でもあると妖精が言っていますが、実際には日本語で書くと同じデジレなのですが、 フランス語では男性はDesire, 女性名はDesireeと綴ります。英語ではそのまま読めばデザイアですがホープ(hope)の方が名前としては一般的。ホープという名前はたいていは女性名ですが男性のホープさんも時々います。日本ならそのまま、のぞみちゃん。日本の名前の「のぞみ」も男女両方ありますね。
 

(*4)カラボス(Carabosse)という名前はフランスの昔話にしばしば登場する割と一般的な意地悪な妖精の名前らしい。その語源には幾つかの説があるようですが、今回注目したのが筬虫(おさむし Carabus)を語源とする説です。
 
carabusという名前自体は「硬い虫」を表すギリシャ語語源のようで、日本語の甲虫(こうちゅう)という単語と似た雰囲気です(筬虫は甲虫目の一種)。神秘家の間では重視されるスカラベ(scarab)なども同語源の模様(スカラベも甲虫目)。
 
日本語の「筬虫」というのは、おそらくは元々は「梭虫」だったのが、どこかで漢字が混同されたのではないかと考えられます。
 
筬も梭も「おさ」と読み、どちらも機織機(はたおりき)の部品なのですが、筬というのは糸を押さえておく櫛状の部品で、梭の方が糸を左右に飛ばすのに使う紡錘状の部品−杼(ひ)とも言う−(英語ではシャトル)です。オサムシはこのシャトルに形が似ているのですよね。
 
この日本語のオサムシの語源は、眠り姫が様々な類話の中で糸車の針に指を刺されたり、あるいは糸が絡んだりして仮死状態になるのと、呼応しているようでなかなか面白い。
 
この付近の話はチャイコフスキー庵さんのサイトを参考にさせて頂きました。http://blog.goo.ne.jp/passionbbb/e/3e95fe866b2705629428fd95b0a0e364 
他に語源辞典、フランス語辞典、昆虫関係の本などを参照しました。
 

(*5)眠りの森の美女のお城のモデルとなったのはパリより南西に240kmほど離れた所にあるリニー・ユッセという町のユッセ城(Chateau d'Usse)とされている。ここではその名前を少し変形してミュゼ(Musee)とした。Museeというのは芸術を司る乙女たちミューズ(Muse)の住む所という意味である。転じて美術館の意味にも使われる。
 
 
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