【振袖モデルの日々】(上)

目次
 
それは10月のある日のことであった。
 
高校1年生の玲花(れいか)はネットショップの数字を見て「うーん・・・・」
と悩むと、「バイトしよっ」
と言って、情報誌を取りにコンビニまで出かけた。
 
コンビニに行ったついでにガルボを買い、レジ横に積まれているバイト情報誌を1部取り、出ようとして、コンビニのドア横に貼ってあった紙に気づく。
 
「へ〜、戦車ギャル・モデル募集かぁ。何か面白そう。あ、これ明日じゃん!行ってみようかな」
 

それで翌日玲花はモデルのオーディションをやるという市の中心部にあるホテルまで出かけて行った。
 
「戦車ギャルのモデル・オーディションに来たんですけど」
と言って書いてきた写真付きの履歴書を出す。
 
「はい。ではここに名前を書いて下さい」
と言われるので名前を書き、番号札と案内の紙をもらった。
 
それで案内を読んでいてギョッとする。
 
・服装 半袖またはノースリーブのポロシャツ・キャミソール等、膝上のスカート。
 
私、ズボン穿いて来ちゃったよぉ。
 

中学1年生の鈴佳(すずよし)は学校からの帰り、たまたま近所に住む尚美(なおみ)と一緒になった。彼女とは幼稚園の頃からの親友である。多くの他の女子の友人とは小学3〜4年頃から次第に縁遠くなっていったが、なぜか彼女とだけはずっと友人であり続けている。
 
むろんふたりの間には恋愛感情は無い(ということを中学に入る時にお互い確認し合っている)。
 
「そういえば大阪だかの高速のサービスエリアのトイレに『今だけ男』禁止って貼り紙がされたらしいよ」
 
「何それ?」
「トイレってさ、特に女子トイレは混むじゃん」
「混むじゃんと言われても、僕女子トイレは入ったこと無いし」
「一度入ってみるといいよ。いつも凄い列ができてるから」
「入ったら捕まるよ!」
 
「そう。そこが問題。男の子が女子トイレに入ったら痴漢で捕まるじゃん」
「そんな変態は逮捕されて当然」
「でも女子トイレが混んでる時に、男子トイレに侵入していくおばちゃんがいるじゃん」
「ああ。見たことある! なんで女の人がいるの?と思って。ここ女子トイレだっけ?と焦ったことあるよ」
 
「だからそういうおばちゃんが『今だけちょっと男』とか言って男子トイレを使うの禁止ってことよ」
「男子トイレに侵入するおばちゃんも痴漢として逮捕すればいいのに」
「全く全く」
 
「だけど男子トイレに平気で入っていけるって、そもそもその人女を捨ててる気がする」
と鈴佳は言う。
「うん。だから『今だけ男』じゃなくて『ずっと男』なら、まあ男子トイレに入ってもいいかもね」
と尚美。
 
「それは性転換して、ちんちん付けてもらわなきゃ」
「女の子の前で、ちんちんとか言わないでよ」
「えー!?じゃ、何て言えばいいのさ?」
「そうだなあ。男性専用排出器具とか」
「別にあれ器具じゃなくて、身体に作り付けなんだけど」
「不便ね」
「なんで〜?」
 

「そういえば、スズ、電子辞書は買わないの?」
と尚美は話題を変えて言った。
 
「欲しいんだけどね〜。お父ちゃんに言っても、辞書なんて紙のものを使った方が覚えるんだって言われちゃって」
 
「まあそれはそうだけど、電子辞書だと1個で英和・和英・国語・漢和・古文と全部済んじゃうからね。重たい辞書いくつも持ち歩かなくて助かる。問題とかも解けるし」
 
「うん。そのあたり説明しても分かってくれないみたいで」
「私の貸すから見せてみたら? こんなに使えるんだって」
「場合によってはナオに頼むかも。でも1月にお年玉をもらえたら、それで貯金と合わせて自分で買えるかもとは思ってるんだよね」
 
「自分で買うなんて偉ーい」
「バイトでもできたらすぐ買えるんだろうけど」
「中学生でバイト雇ってくれる所は無いと思うよ」
「だよねー」
 

一方オーディションに来ていた玲花はこの戦車ギャルの応募要項が掲載されていたネットのURLを自分のスマホで開いてみる。それで読んでみると、そこにもちゃんと「スカートで来て下さい」というのが書いてある。
 
あちゃぁ〜。見落としていたよ。どうしよう? 
それで悩んだ末に自宅に電話してみた。5回くらい鳴った所で弟が出た。
 
「はい、大沼です」
と弟の鈴佳(すずよし)の声。
 
「なんだあんたか。お母ちゃんは?」
「出かけてるみたい」
「仕方ないなあ。じゃ、あんたでもいいからさ。ちょっと頼まれてくれない?」
「何?」
 
「私、今日オーディション受けに来てるんだけど、スカート穿いてこないといけないのにズボン穿いて来ちゃってさあ。悪いけど、私のスカート持ってここに来てくれない? うん。**町のKKホテル3階」
 
などと話していたら、スタッフさんから注意される。
「済みません。オーディションが終わるまでは携帯の電源は切っておいてください」
 
「すみませーん」
と玲花は謝り、弟に「じゃ頼んだよ」
と言って切った。
 

鈴佳(すずよし)は尚美と自宅前で手を振って別れたあと、鍵を開けて中に入ると電話が鳴っているのに気づく。慌てて飛び付くようにして取った。
すると姉からの電話で、 
「私のスカート持ってKKホテルまで来て」
と言われて戸惑った。
 
どんなスカートなのかと聞きたかったのだが、電話は「じゃ頼んだよ」という言葉で切れてしまう。
 
しょうがないなあ。適当に何着か持って行くか、と思い姉の部屋に入る。
 
ちょっとドキドキする。
 
小さい頃はふつうに入って姉の部屋の本棚にある少しませた本など読みドキドキしたりしたものだが、やはりお互いある程度の年齢になると、姉弟とはいえ、異性の部屋に入るのは抵抗感を感じるようになった。実際ここに入るのも半年ぶりくらいである。
 
「スカートとかタンスに入っているのかなあ」
などと独り言を言いながら整理ダンスの段を適当に開けると、ブラジャーとかパンティとかが大量に入っていて「わっ」と思う。
 
慌てて閉める。
 
その下の段も何だか下着でいっぱいだ。
 
姉ちゃん、どんだけ下着持ってるんだ!? 
そんなことを思いながら更にその下の段を開けるとポロシャツやTシャツの類いである。更に下の段を開けると、やっとそこにスカートやズボンの類が入っていた。
 
さて、なんかのオーディションに行くとか言ってたみたいだし、可愛いのがいいのかなあと思い、幾つか取り出してみる。
 
うーん・・・・。
 
あまり可愛いのが無いなあ。
 

と思っていた時、突然部屋のドアが開く。
 
「わっ」
と声を出して驚く。
 
母であった。
 
「お母ちゃん、お帰り」
「ただいま。鈴佳(すずよし)、あんた何やってんの?お姉ちゃんの服とか出して。あんた女装でもすんの?」
 
「まさか。お姉ちゃんからスカート持って来てくれって言われたんだよ。何かスカート穿いて行かないといけないのに、ズボン穿いて行っちゃったんだって」
 
「ふーん。じゃ私が見てあげようか」
「助かる!僕女の子の服って全然分からなくて」
 
それで結局母がわりと可愛い目のスカートを3つ選んでくれて「ついでにこれも持って行った方がいいかも」
と言って、キャミソールを2着、水着を2着選び、全部まとめて紙袋に入れてくれた。
 
それで鈴佳はバスに乗って町の中心部に出てKKホテルに行った。
 

鈴佳が3階まで上っていくと、受付の所の人たちがテーブルを片付けようとしていた。
 
「君は?」
と聞かれるので「今日こちらのオーディションを受けるのに来た姉が忘れ物をしたということだったので届けに来ました」
と答える。
 
「じゃ、そこの鳳の間だから」
と言われ、「ありがとうございます」
と答えて行こうとしたのだが「あ。待って」
と言って呼び止められる。
 
「君、何かセンスいいね。君もオーディション受けない?」
「え〜?」
「お姉さんが受けるんでしょ? 一緒にいいじゃん」
「でも何のオーディションなんですか? 全然話を聞いてなくて」
 
「戦車に乗ったり、横に立ったりして一緒に写真に写るんだよ」
「戦車ですか!?」
 
この時、鈴佳は世間で女の子が戦車に乗ってスポーツ競技する漫画が流行っているなんて夢にも思わなかったのである。
 
「どう、やってみない?」
と言われると「戦車は割と好きかも」
と答えてしまう。
 
鈴佳は小学4−5年生の頃、戦車のプラモデル作りにかなりハマっていた時期があったのである。
 
「じゃここに名前書いて」
と言われるので《大沼鈴佳》 
と記入。それで328番と手書きで書かれた番号札をもらい、首からさげた。
用意していた番号が足りなくなって手書きになったのかな?などと思った。
 

それで控室に入って姉を探す。
 
ふーん。戦車とかのオーディションにしては女の子が多いなあ、などと思いながら部屋の中を歩き回る。5分近く歩き回って、やっと見付ける。姉は121と数字が印刷された番号札をさげていた。
 
「お姉ちゃん」
「おお、助かった」
 
「お母ちゃんがちょうど帰ってきたからお母ちゃんに見てもらって、3つ持って来たけど」
「それは助かった。このスカートが好きかなあ。ちょっと着替えてくるから、ここで待ってて」
「うん。そうだ。お母ちゃん、念のためと言ってキャミソールと水着も入れてたけど」
「え?ちょっと待って」
 
と言って玲花は案内の紙を見ている。
 
「あぁ、半袖かノースリーブと書いてあった。じゃ、このキャミソール着よう」
 
それで姉はスカートとキャミを1枚ずつ持つと控室から出てホテルのトイレに行き着換えて来た。
 
「ありがとね。この着替えたポロシャツとズボンは他の服と一緒に持ち帰ってくれる?」
「うん。いいよ」
と言って姉の着替えを受け取って袋の中に入れる。
 
その時、玲花は初めて「それ」に気づいた。
 
「あんた、なんで番号札掛けてるの?」
「案内の所でお姉ちゃんの忘れ物持って来たんですと言ったんだけど、あんたもオーディション受けなさいといわれて、名前書いて、この番号札もらった」
 
「だってこれ女の子のオーディションなのに」
「え〜〜!?」
「でもあんた、女の子と思えば女の子に見えるかもね。どっちみちすぐ落とされるだろうし、あんたも受けてもいいかも」
 
「うーん・・・」
「あんたもキャミとスカートに着替える?その服貸してあげるよ」
「やだ」
 

席が番号順ということなので、鈴佳は姉の所から離れて後ろの方の席に移動した。
いちばん後ろの人が327の番号札を付けているのを確認して鈴佳はその隣に座った。
 
やがて選考委員の人が入って来て「最初にペーパーテストをします」
と言った。
 
それで裏返しのテスト用紙とボールペンが配られる。オーディションでペーパーテストなんてするんだ?と思いながらも鈴佳は 
「では表に返して回答してください」
という声で用紙を返し答え始めた。
 
内容は戦車というものに関するごくごく基本的な問題である。
 
「戦車が動き回るのに使用する凹凸のあるベルト状のものを何と言うか?」
(答え:無限軌道あるいはキャタピラー) 
「戦車のことを英語で何と言うか?」
(答え:タンク) 
鈴佳は何て簡単な問題なんだ!と思いながら回答していった。
 
「回答終了。裏返して下さい」
という声で全員いっせいにボールペンを置きテスト用紙を裏返す。
 
それでスタッフの手によって集められた。
 

その後、順番にひとりずつ名前が呼ばれ、10秒以内で自己紹介しなさいと言われる。それで実際問題として、ほとんどの子が 
「お疲れ様でした。もう帰っていいですよ」
と言われている。つまり不合格である。
 
時々「では隣の控室で待機してください」
と言われてスタッフにナビゲートされ移動している子がいる。
 
鈴佳は見ていて、どうも今やった試験の成績が良い子と、可愛い子、センスのいい子を残しているようだと思った。姉は合格した。控室の方に移動する。
へー。大したもんだなと思う。
 
2時間ほどそれを眺めていて、やっと順番が来る。
「おおぬま・すずかさん」
と呼ばれた。
 
それ「すずか」じゃなくて「すずよし」なんだけど〜と思うものの「はい」
と答えて出て行き 
「こんにちは。大沼と申します。中学1年生です。戦車は好きで小学4年生の頃、たくさんプラモデルを作りました」
と言った。これでもう10秒である。
 
「はい。では隣の控室で待機してください」
と言われる。
 
ああ、テストの成績が良かったからかな、と思ったのだが、 
「あ、ちょっと」
と言われる。
 
「はい」
 
「君、服装はズボンではなくスカートを穿いてきて欲しかったんだけど」
「あ、すみません!」
「スカート持って来てないの?」
「あ、いえ持ってはいますが」
「じゃ着替えてくれる?そこの衝立の後ろででも。それと上も半袖かノースリーブで」
「はい」
 
それでスタッフに促されて衝立の後ろに行く。
 
ちょっとぉ、スカート穿くの〜?と思ったものの、そう言われた以上穿かないといけないような気がしたので、鈴佳は紙袋の中からキャミソールとスカートを取り出し、上の服とシャツ、それにズボンを脱いで姉のキャミソールとスカートを身につけた。
 
やだぁ、こんな格好。
 
と思ったものの「まだ掛かるかな?」
と言って女性スタッフがこちらを覗き込むので 
「今参ります」
と言って、そのスタッフに付いて、隣の控室に移動した。
 

第一次審査に参加したのは自分まで入れて328人だったのだが、この控室にいるのは、20人ほどである。鈴佳が入って行った時、それを認めた姉の玲花が吹き出すような顔をした。
 
もう! 
それで鈴佳が席に着くと、次の審査方法を説明される。
 
「第二次審査では、審査員の前を往復歩いてもらって、それで姿勢や歩き方などをチェックさせてもらいます。そのために足の動きが見えやすいようにみなさんには膝より短いサイズのスカートを穿いてきて頂きました。歩いてもらった後でいくつか質問をさせて頂く場合もあります」
と言っている。
 
それで最初の一次通過者から名前を呼ばれて前に出て行く。審査員の人たちが座っているテーブルを前にして、まず左側に歩いて端まで行き、それからターンして右端まで歩く。またターンして真ん中まで戻る。それで質問される。
 
「好きな歌手は?」
「Exileです」
 
「好きな食べ物は?」
「納豆御飯です」
 
この人は左側のテーブルの所で座って待っていて下さいと言われた。
 
2番目の人は今の人よりスタイルがいい感じがした。それでウォーキングしたあとで尋ねられる。
 
「316×235の答えは?」
「72510です」
(本当は74260である。結構良い勘をしている) 
「カメルーンの大統領は?」
「エムボマ」
(本当はポール・ビヤ。エムボマはカメルーン出身のサッカー選手) 
この人はデタラメな回答をしたものの、やはり左側のテーブルで待ってて下さいと言われた。
 
3番目の人は美人ではあるが、スタイルは微妙かなと思った。しかしウォーキングはいい雰囲気だった。質問される。
 
「好きな野球選手は?」
「あれ?誰だろう?えっと確かあのメジャーリーグに行った人。名前が出て来ない。済みません。思い出せません」
 
「好きなAKB48の曲は?」
「ごめんなさい。私、AKB全然聞いてないので」
 
この人は「お疲れ様でした。もうお帰りになっていいですよ」と言われた。
それで鈴佳は選考基準が分かった。この質問には「即答する」ことが大事なんだ。内容は間違っていても構わないんだ! 

4番目の人は歩いている時の姿勢が悪いと思った。案の定この人は質問もされないまま「お疲れ様でした」と言われてしまった。
 
22人の一次通過者がウォーキングと口頭試問(?)に臨み、5人の受験者が通過して左側の席の所に残っていた。なんと姉の玲花も残っている。姉ちゃんすげーと思った。玲花は 
「日本の総理大臣は?」
「橋下徹」
(正解は安倍晋三) 
「アニメ『妖怪ウォッチ』の主題歌を歌ったユニットは?」
「キング・クリムゾン」
(正解はキング・クリームソーダ) 
と微妙?な回答をしたものの残った。鈴佳は「姉ちゃん、高校生にもなって日本の総理大臣の名前を知らないってひどい」と思った。それとも受け狙いだったのか?? 
最後に「おおぬま・すずかさん」と呼ばれるので「はい」と言って出て行く。
姉が「ほほぉ」という顔をしている。
 
鈴佳は他の参加者同様、まずは左に向かって歩く。スカートなんて穿いたことないので無茶苦茶恥ずかしい。それで歩き方が少し内股になった。
 
左端まで行ってから180度向き直り、それからまた歩く。内股で歩くと両足をぶつけそうなので、結果的に腰でバランスを取るような歩き方になった。右端まで行くとまた振り向いて中央まで歩き、審査員テーブルの真ん中の所で右を向いて審査員たちを見る。審査員さんたちが何だか頷いている。何なんだ!? 
「299×298は?」
鈴佳は1秒くらい考えてから答えた「89102です」
 
へ?という顔をした審査員の人がひとり携帯を取り出して操作している。どうも本当に計算しているようだ。それで他の審査員に見せている。驚いている様子。
いや、(n-1)×(n-2)は、n^2-3n+2 だから900-9:2と一瞬で計算できるんだけど? 
「エストニアの首都は?」
「タリンです」
 
これも審査員の人たちが驚いている。それで本来は2つしか質問されないはずが更に聞かれた。
 
「君、数学とか地理とか得意?」
「数学はわりと得意です。エストニアの首都は先週たまたま授業で出てきたんですよ」
「なるほどー」
 
それで「ではあなたも合格です。そちらの席で待機していた方もこちらに出てきてください」と言われる。
 
それで二次合格者6名が並んだ。
 

「みなさん6名が合格です。撮影は来年の春まで数回に及びますが、まずは今日の午後から水戸市に移動しておこないます。服装はこちらで用意していますので現地で着替えてください。高校生の女子制服のような衣装です。報酬は今日1日拘束で11,111円、源泉徴収して1万円をお渡しします。確定申告するとたいていの場合、全額戻って来ます」
 
と説明された。
 
すごーい!1万円ももらえるのか! 
鈴佳はその報酬の額を聞いて、今日1日は女の子のふりをしてもいいかなと思った。
 
それで各自いったん「普通の服装」に着替えた上で移動することになる。
スタッフの人たちが退席して、合格した6人だけで着替えた。
 
「あんたそのままスカート穿いていたら?」
と姉が言うが「取り敢えずズボンにする」
と言って家から穿いて来たジーンズを穿く。そんなことを言った姉も最初穿いていたサブリナパンツに戻った。
 

実際合格者6人のうちスカートのまま移動したのは1人だけで他の5人はパンツルックである。
 
「私足がすぐ冷えるから実はスカート苦手なんですよー」
などと言っている子もいる。
 
スタッフの人と一緒にJRで水戸に移動し、その先は用意してあったワゴン車に乗せられて水戸市郊外にある撮影現場に行った。
 
戦車が10台、空き地のような所に置かれている。
 
「あの戦車の型が分かる人いますか?」
と聞かれるので 
「ドイツIV号戦車、日本の97式中戦車、ソ連のT-34、アメリカのM4中戦車・・・」
 
と鈴佳が全部名前を挙げると 
「君、凄いね!」
と言われる。
「いや、君はペーパーテストで唯一の全問正解者だったんだよ」
とも言われた。
 
そりゃまあ、女の子たちは戦車のこととか知らないよね。
 

撮影用の衣装は言われたとおり、高校の女子制服のような感じの服であった。
ただしスカートの丈が異様に短い。鈴佳はもう開き直って他のモデルさんたちと一緒に着替え、女子高生の格好になった。
 
「あんた結構その格好似合ってるね。今度いろいろ女の子の服を着せてあげようか?」
などと姉が小声でささやく。
 
「勘弁して〜」
 
撮影はひとつひとつの戦車に数人で寄っかかったり登ったり、あるいは車内から上半身だけ出したりして、笑顔でポーズを取っている所を撮影するというものである。戦車はハリボテなのだが、枠組みは鉄パイプを組んで作られており、ボディをかたちづくる合板も厚いものが使用されていて、何人かで乗っても割と平気っぽかった。
 
「一応車体の上は慎重に歩いてね。踏み抜いたりしたら危ないし修理代も大変だから」
とスタッフさんから言われる。
 
「壊した時の修理費は壊した人の個人負担ですか?」
と質問が入る。
 
「特に悪質な場合以外は、ちゃんとプロジェクト側で負担するよ。でも怪我したら大変だし」
 
一応鈴佳たち6人はこの日だけ有効の傷害保険に加入させられた(むろん保険料もプロジェクト側負担)。鈴佳は 大沼鈴佳・2002年7月4日生・性別男と記入したものの、スタッフさんが 
「君、性別間違って丸付けてる」
と言われて、性別・女に修正されてしまった。
 
これって万一本当に怪我したら虚偽登録とか言われて保険金出ないのでは?と少し心配になった。
 

「お姉ちゃん、この1万円で何買うの?」
と帰りの電車の中で鈴佳は姉に訊いた。
 
「歌手の西本貴明さんへのクリスマスプレゼント」
「そんなの贈っても受け取ってくれるの?」
「一流のお菓子ショップから直送で送ってもらうんだよ。すると実際の品物は福祉施設とかに贈られる。手作りとか個人で配送した物は全て廃棄」
 
「そりゃ手作りだと何が入っているか分からないから怖すぎるよ」
「そうそう」
「でも実際に本人に渡らないのなら意味無い気がする」
 
「貴明さんが福祉施設を応援する形になるからいいんだよ」
「僕には分からない世界だなあ」
 
「鈴佳は何にするの?」
「貯金と合わせてシャープの電子辞書買う。今クラスで持ってないの僕だけなんだよ。お父ちゃんに言ったけど、辞書なんて紙のものを引くから覚えるんだと言われたし」
 
「私もそれお父ちゃんの意見に賛成だけどなあ」
「そう? お姉ちゃんのクラスでは電子辞書使ってる人いない?」
「使っている人多い。でも敢えて紙の辞書で頑張っている子も多い」
「へー」
 

「ところで今日の鈴佳、可愛かったよ」
「僕男ですと言おうと思ったけど、報酬の1万円に目がくらんだ」
「まあ1万円なんて、そう簡単にはもらえないからね」
「恥ずかしかったけど、開き直った」
 
「これを機会に時々女装してみない?」
「やだよぉ」
「今日オーディションの時に穿いてた私のスカートは少し大きいみたいだった」
「うん。ずれ落ちそうなのを時々上に上げてた」
 
「じゃ少し小さくなって私が穿けなくなったスカートあげるよ」
「要らないよぉ」
「だって捨てるよりは鈴佳にあげた方がいいし」
「うーん・・・」
 
「じゃ後でまとめて鈴佳の部屋に持って行くね」
「そうだなあ」
 
その時、鈴佳もちょっと今日の女装にやや味をしめた面もあったので、スカートとかもらえるなら、ちょっと部屋の中で穿いてみるのもいいかなと少し思ったのであった。
 
しかし数日後、部屋に姉の服が段ボール3箱分も置かれているのを見て鈴佳は「うっそー!?」と声を挙げてしまった。
 

この「戦車ギャル」のモデルのお仕事は来年の春まで何度か呼び出して撮影に協力してもらうこともありますと言われ、連絡先も届けておいたのだが、実際に10月中旬にも姉ともども呼び出しがあった。
 
すると前日、姉は言った。
 
「ねぇ、こないだあんた男物の下着付けてたじゃん」
「だって僕男だもん」
「このお仕事する時はあんた女の子なんだから、女の子下着をつけなさいよ」
「え〜〜!?」
 
「だってみんな一緒に着替えるのに、あんただけ男下着つけてたら変じゃん。
こないだは最初だったし、あんたが私の忘れ物届けに来て突然言われてオーディションに参加したことも他の子に言ってたからさ。防寒用に男物の下着をつけてたかと思ってもらえたかも知れないけど、毎回そんなの着てたら、性別疑惑を持たれるかも知れないじゃん。だから女の子下着をつけていこう」
 
「うっそー」
「だって男とバレたら、こないだの報酬も返せって言われるかもよ。それどころか他の子との絡みで使った写真も使えなくなったといって何十万円もの損害賠償を求められるかも」
 
「そんなの払いきれないよ!」
「だったら、女の子で通すしかないね」
「えーん」
 

なんか姉に適当に丸め込まれてしまった感もあったのだが、結局それで鈴佳は姉に連れられてスーパーの女性下着売場に連れて行かれる。
 
ふだん接したことのない女物の下着がずらりと並んでいると、鈴佳は緊張して固まってしまう。
 
「何やってんの。おいで」
と言って引っ張って行かれる。視界に大量のブラジャーやパンティや・・・・名前のよく分からない下着が多数入ってくる。なんか変態にでもなった気分だと鈴佳は思った。
 
「あんたどのくらいのレッグが好き?」
「レッグって?」
「例えばこれがハイレッグ。こちらはノーマルレッグ」
「ハイレッグは前が細いんだ?」
「そうそう。更に細くて3〜4cm程度の帯状になっているのをIフロントと言う」
「それ多分こぼれちゃう」
「あ、そうか。あんた余計な物が付いてるからなあ」
「余計な物って・・・」
「それいっそ取っちゃわない?」
「取る〜〜?」
「病院に行って手術して、お股にぶらぶらしてるもの全部取ってもらえばいいんだよ」
「やだ、そんなの」
 
「じゃ仕方ないなあ。このハイレッグはどう思う?」
「それでもこぼれそうな気がする」
「あんたのってそんなに大きいんだっけ?」
「大きくなった時にこぼれるよ」
「ああ。あれ小さいままにしておけないの?」
「無理〜」
 
「男の子って面倒ね。じゃノーマルレッグがいいか。丈はビキニでいいんだっけ?」
「えっと・・・」
 
「この腰骨にちょうど引っかかるくらいのがビキニ。もっと短くて腰骨に当たる付近で穿くのがローライズ、これがそうね。そしておへそをちょうど隠すくらいがジャストウェスト、更にもっと丈の高いハイウェストもある。おばちゃま達の御用達」
 
「ジャストウェストがいいかなあ」
「でも最近、ズボンの方が股上の短いもの多いんだよね。ビキニでさえはみ出してしまうものもある。ローライズなら、そういう股上の短いズボンでもはみ出さないよ」
 
「でもこの丈だとまるで穿いてないみたいな感じになりそう。重さで下がるかも」
 
「ああ、余計な重量がパンツの中にあるからなあ。やはりそれ取っちゃおうよ」
「やめて〜」
「仕方ない。ビキニあたりで妥協するか」
「うん。じゃ、そのくらいで」
 

それで結局ビキニのノーマルレッグのパンティを取り敢えず5枚買っておくことにする。サイズは姉が目で見て「たぶんSでいいな」と言ってSにした。
 
「あんた多分ガードルがいるよね」
「ガードルって?」
「パンティの上に穿いて、体型を整えたりする下着だけど、あんたたぶん余計なものが外に見えにくいようにするのにガードルで押さえた方がいい。ほらこれがガードル」
と言って姉は鈴佳にガードルを1枚触らせる。
 
「凄いバネがあるみたい」
「それで強制的にお尻のお肉を支えたり、お腹の脂肪が目立たないようにするんだよ。あんたの場合はお股の物体が目立たないようにするのに使える気がする」
 
「じゃ買っておくかなあ」
それで姉はミディアムタイプのショートガードルを2枚籠に入れた。
 

次にブラジャー売場に行く。
 
「あんた何カップだろ?」
「僕胸全然無いよぉ」
「豊胸手術とかする気は?」
「なんでそんなのしないといけないのさ?」
 
「まあジュニアブラでいい気がするよ。私も中学生の頃はジュニアブラ使ってたし。さすがにブラは自分の使ってたのを人にはあげられないけどね」
「それはさすがに遠慮しとく」
 
それで姉は凄く可愛いデザインのジュニアブラを2枚籠に入れた。鈴佳は、「きゃー。こんな可愛いのを僕がつけるの?」と思って頭がクラクラする気分で、それを見ていた。
 
お会計をすると9795円である! もしかしてこれ今度のモデルの仕事の報酬はまるごと姉に渡さなければならないのでは!? 

翌日の撮影の現場には先日参加した6人の内の5人しか来ていなかった。来ていない1人は先日の撮影の時に何度もダメ出しをくらっていたので、外されたのかもと玲花と鈴佳は小声で話していた。
 
この日の撮影は水戸市内で学校の教室のようなセット、および船の甲板のようなセットの上で行われた。衣装は先日と同じ、高校の女子制服っぽい服である。
5人一緒に控室で着替えたのだが、着替える時に他の3人のモデルさんの視線がこちらにチラっと来るのに鈴佳は気付いた。
 
やはりこないだ男下着つけてたことから、マジで性別疑惑を持たれていたかなと思った。今回ちゃんと女下着をつけているのを見せたから、これでOKだろうか。
 
なお今回の撮影では戦車が無い代わりに、様々な小道具を持って撮影した。
戦車の修理に使うのか工具のようなものを持ったり、教科書やチョークなどを持つかと思えば、古い九九式短小銃のモデルガンを持っている所の撮影などもあった。
 
また身体を寄せ合うようにするシーンもあったが、この時は鈴佳は端に立って玲花とだけ身体が接触するようにしたので、他の女の子との身体の接触は生じなかった。
 
軽い昼食をはさんで9時頃から14時頃まで行われ、報酬はまた源泉徴収後の金額で1万円もらった。鈴佳は「じゃ建て替えてもらっていた分」と言って、その報酬をまるごと玲花に渡した。
 
「おお、さんきゅさんきゅ」
「でも今回はこないだより疲れた気がするのに、実質無報酬になっちゃった」
「まあおやつくらいおごってあげるよ」
「ほんと。ありがとう。お姉ちゃん」
 

撮影終了後はまた水戸駅まで送ってもらい、帰りの電車賃をもらったが、姉が「おやつをおごってくれる」ということで、ふたりは駅ビル内のケーキショップに入り、ケーキセットを注文した。
 
「こんな所、久しぶりに来た」
と鈴佳が言うと「私もこういう臨時収入でもあった時くらいしか来られないよ」
と玲花も言う。
 
ケーキはとても美味しく、ふたりとも気分がよくなって会話が弾む。鈴佳は姉とこんなにたくさん会話したのって、もう4〜5年ぶりじゃなかろうかと思った。
小さい頃はたくさん話していたのに、やはり姉が小学5−6年生頃、今から思えば思春期が来た頃から、ふたりの会話は事務的なレベルに留まるようになっていた。
 
「ところであげた服着てみた?」
などと玲花が言うので、鈴佳はギクっとする。
 
「ああ、その表情だと着てみたな」
「ちょっとだけだよ」
「スカートもいいでしょ?」
「ちょっと足が涼しいんだけど、夏ならよけい快適かもという気がした」
「まあスカートはそれが長所でもあり短所でもあるね」
 
「でもお姉ちゃん、制服以外ではあまりスカート穿いてない気もする」
「うん。最近の女子はあまりスカート穿かないんだよね〜」
「へー。そういうもん?」
「最近はむしろスカートは女装男子の方がたくさん消費しているかも知れん」
 
鈴佳はむせ込んだ。
 
「女装男子が増えると日本経済は活性化するよ」
「なんで?」
「だって女装男子って、男の服も女の服も両方買うんだよ」
「なるほどー」
「しかも女装男子には、服のコレクションに走る人が結構多い。天然女子以上に女物の服を買う。そもそも男性は女性より経済力が大きい人が多いから購入力も大きい」
 
「確かに」
「だから女装男子を増やすのは経済効果が大きい」
「なんかその結論だけ聞くと、凄く嘘くさい気がする」
 

ケーキショップで1時間くらいおしゃべりしてから、そろそろ帰ろうかということになる。それでお店を出て切符売場の方に行こうとしていたら、 
「大沼さん」
と呼ぶ声がある。そちらを見ると、戦車ギャル・プロジェクトの運営委員に入っていた女性で、確か東京の大手芸能プロに所属する・・・石原さんとか言ったかな。
 
「こんにちは、石原さん」
と取り敢えず笑顔で挨拶する。
 
「ねえ、君たち今3〜4時間くらい時間ある?」
「あ、はい」
と玲花が代表して答える。今16時くらいだ。4時間かかっても20時。ちゃんと親に連絡しておけば問題無い範囲だろう。
 
「もしよかったら、ちょっと振袖のモデルしてくれない?」
「振袖ですか?」
 
「成人式用振袖の広告モデルを頼まれていたんだけどさ。アサインしていた子が体調が悪くて出て来られないという連絡が入って、それで誰か他の子で使えそうな子が居ないか、今事務所のほうで緊急に当たってもらっている所なんだけど、君たちけっこう振袖も似合いそうな気がして」
 
「着たことないですけど」
と玲花が言う。
「君たち高校生?」
「私が高校1年、妹は中学1年です」
 
と玲花が答える。
 
鈴佳はドキドキした。そっかー。僕、今女の子のふりしてるから、お姉ちゃんにとっては僕は弟ではなく妹なのか。
 
何かそれは凄く新鮮な発見のような気がした。
 
「だったら着たことないかもね。でもふたりとも結構背丈があるから。今回の戦車ギャル自体が身長160cm以上を実は内々の条件にしてたんだよね」
 
「ああ、確かに背の高い子ばかり残ったなと思ってました」
「そういう身長の子は振袖でも映えるんだよ」
 
「確かにモデルさんって背の高い方が有利ですよね」
 

それで結果的に振袖モデルに同意したような感じになった。石原さんは事務所に電話して、代役の子を確保したので、もう探さなくていいと連絡していた。
 
「済みません。先にトイレ行っておいていいですか?」
と玲花が訊く。
「うん。どうぞどうぞ。それから撮影場所に移動しよう」
 
それで玲花がトイレの方に行き、何となく鈴佳も一緒にそちらに行く。それでトイレの前で当然玲花は女子トイレの方に入る。鈴佳は男子トイレの方に行こうとしたのだが、玲花にキャッチされる。
 
「何してる?」
「え?トイレ」
「あんた今女の子でしょ?」
「あ、そういえば」
「だったらトイレも女子トイレ使わなきゃ」
「え〜!?」
 

それで姉に連れられて、女子トイレの中に入ってしまう。
 
鈴佳はこれ先日尚美と話した『今だけ女』なんじゃないかと思った。あの時、鈴佳は尚美には「そんな変態、逮捕されて当然」などと言った。僕、逮捕されちゃったらどうしよう? 尚美が軽蔑した目で自分を見る所が想像されてしまう。
 
「お姉ちゃん、まずいよぉ」
と情けない声で言うが「おどおどしていたら変に思われるよ」
と姉は言う。
 
鈴佳はマジでこれが女子トイレ初体験であった。まず見慣れた小便器がどこにもないので戸惑う。ひたすら個室のドアが並んでいる。男子トイレだと小便器がずらっと並んでいて、個室は1個しかないことが多い。何だか異界のトイレにでも来た気分である。
 
そして更に戸惑ったのが「列」である。個室は数えてみると扉が10個あるのだが、どうも全部ふさがっているようである。そして空くのを待っている人が列を作っている。
 
男子トイレでは列ができるのって、めったにないことであるが、そういえば先日、尚美は女子トイレではいつも列ができてるんだと言ってたっけ?何でこんなに列ができるのさ? 
列はゆっくりはけていく。そしてとうとう前に並んでいる人がいなくなり、次に個室が空いた時、玲花は鈴佳の手を引いて一緒に中に入ってしまった。
 
「一緒に入ってどうするの?」
「まず私がおしっこするから目をつぶってて」
「うん」
 
それで鈴佳が目を瞑っている内に玲花はおしっこをしたようである。何だかゴゴゴゴゴという音が鳴り、それに混じって水音が聞こえた。それが停まってから少しして水を流す音がする。
 
「じゃあんたの番」
と言われる。
「お姉ちゃん、目を瞑ってよ」
「ダメ。見てる」
「え〜?」
とは言ったものの、トイレまで来てしまうと条件反射で、おしっこが凄くしたい。
それで、もう姉の目は気にしないことにして、鈴佳はズボンのファスナーを降ろして、おちんちんを取りだそうとしたのだが 
「それダメ」
と姉から言われる。
 
「なんで〜?」
「女の子は座ってするもの」
「そんなことまで合わせないといけないの?」
「当然」
 
それで鈴佳は便器に向かっていたのを逆にドア側に向き直り、ズボンとパンティをさげて便器に座った。
 
「どうしたの?」
と姉が訊く。
「おしっこって、どうするんだっけ?」
「あんたいつもしてるでしょ?」
「いつも立ってしてるから座ってする仕方が分からない」
 
「男の子って不便ね。でも大する時は座るでしょ?」
「うん。でも両方一緒に出ちゃう」
「座った状態で、大は我慢して小だけ出すようにできない?」
「あ、それで行けるかも」
 
それで後ろの方を引き締めたまま、前の方だけ筋肉を緩めるような感覚にしてみる。
 
「あ、出た」
 
その瞬間姉が、壁にある操作パネルのどこかを押した。ゴゴゴゴゴという音がする。
 
「良かったね」
と姉が言う。
 
「でもこれ今まで体験したことのなかった感覚だよ」
「だったら、それに慣れるのに今度からはいつも座ってするようにしよう」
「え〜!?」
 
「最近、座ってする男性が増えているらしいから、問題無いよ」
「ほんとに?」
 
鈴佳は姉が操作したパネルのことも訊いてみた。
 
「そこを押すと音が鳴るの?」
「そう。これは音消しだよ」
「音消し?」
「だっておしっこしている時の音を他人に聞かれたら恥ずかしいじゃん」
「なんで?」
「女は恥ずかしがるものなの。だからあんたも女子トイレ使う時はこの音姫を作動させなきゃダメだよ」
「へー。そういう女の子の心理はよく分からないや」
 
「昔はこういうものが無かったから、みんなおしっこする前に一度水を流してたんだよ。その流れる音がしている間におしっこする」
 
「水がもったいないよ」
「そうそう。それで水の使用量を減らすためにこの音姫が発明されたんだよ」
 
「でもそれの音、水が流れる音とは違うよ」
「おしっこの音が隠せたらいいんだよ」
「へー」
 

それでおしっこが終わり、立ち上がろうとすると「拭いて」
と言われる。
 
「何それ?」
「女の子はおしっこした後、あのあたりを拭くんだよ」
「拭くって何(なに)で?」
「トイレットペーパーに決まってる」
「へー!」
 
「知らなかった?」
「知らなかった!」
 
それで姉に教えられてトイレットペーパーを10cm程度取ると、それを丸めておちんちんの先のあたりを拭く。何かすごーく変な感じ。
 
それでパンティを穿こうとしたのだが「それ違う」
と言われる。
 
「何が違うの〜?」
「おちんちんの向きは上ではなく下」
「へ?」
 
「おちんちんを上向きに収納すると、おちんちんの形がガードルの上からでも注意すると結構分かる。万一大きくなったら飛び出す。下向きにすると目立たないんだよ。女装サイトに書いてあった」
 
女装サイトって何それ?と思ったものの、それで言われてしようとするが、下向きにパンティの中に入れようとすると、タマタマが邪魔である。
 
「障害物があるんだけど」
「タマタマは体内に格納できるはず」
「あ。確かに入る」
「やり方分かる?」
「うん。それは遊んでて入れられる場所見付けたことある」
 
それで鈴佳はタマタマを両方とも体内に押し込み、その上でおちんちんを下向きにしたままパンティを上げた。それでガードルも穿くと、本当におちんちんやタマタマが付いてないかのような外見になる。
 
「これすごーい」
「これからは毎日そうするといいよ」
「それじゃ立っておしっこできないよ」
「だから座ってすればいいんだよ」
「でも男子トイレ、個室少ないから」
「だから女子トイレに入ればいいじゃん」
「うっ・・・」
 
あまり個室の中で時間を取ってもいけないので、それで流して個室を出る。
そして手を洗ってトイレから出たら、女子トイレの前で石原さんは待っていた。
鈴佳は内心ギョッとした。もし自分が男子トイレに入っていたら、ここで変に思われていたところである。
 
それで彼女に一礼して、一緒にタクシー乗り場の方に行った。
 
 
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