【平和を我らに】(2)

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「私、私、アクアはきっと特種合格だろうから、そのまま海兵隊とかに入隊して、3年間会えないって、覚悟してたのに。それでも待とうと思ってたのに」
とハヅキは泣きながら訴えた。
 
「ごめんね。私には人殺しはできない。だから兵役を拒否した」
「確かに、アクア、人を殺したくないって言ってたね」
とハヅキは何とか私のことを理解してあげようとするかのように言った。
 
「でも私はどうなるの?」
「ごめん。私はハヅキの夫になってあげることができない」
「じゃ、お別れなの?」
「ごめん。本当にごめん」
 
私は心底から彼女に謝った。
 
「私のこと嫌いになった?」
「ハヅキのことは今でも好きだよ。私、女になってしまったけど、ずっとハヅキのこと好きなままでいると思う」
 
するとハヅキは思わぬことを言った。
 
「だったら結婚してよ」
「無理だよ。女同士になっちゃったから」
「私、男だけど」
「は?」
「言ってなかったっけ?私男だって」
「待て、私はちゃんとハヅキの女の身体を抱いたよ」
 
「私、中学に入る前に性転換したから」
「何〜〜〜〜!?」
「でも20歳になるまで、市民登録証の性別は変更できないのよね」
「待て。でも妊娠するかもとか言ってなかった?」
「IPS細胞で作った子宮と卵巣があるから、妊娠は可能だよ。ちゃんと毎月生理来てるし」
と言ってからハヅキは悪戯っぽい微笑みとともに
「次の生理は来ないかも知れないけど」
と言った。
 
でも・・・ハヅキ、性別のことは私にバッくれておくつもりだったろ?まあどうせ私も性転換しちゃったから、ハヅキの性別のことは言えないけどさ。
 
「でもでも、ハヅキが男なら、徴兵検査は?」
「私は第1子だから免除」
「うっそー!?」
 
「アクアは市民登録も女になったの?」
「なった。これまだ仮の登録証だけど」
と言って、私はコスモス医師から渡された“性別女”と書かれた仮登録証を見せた。
 
「私の登録証はこれ」
と言って、ハヅキは
《イマイ・ハヅキ 性別:男》
と書かれた市民登録証を見せてくれた。
 
「私、アクアが兵役に就いている間に20歳すぎるから、そしたらすぐ登録証の性別を書き換えるつもりだった。でもアクアが女の子になっちゃって、それで私のこと、今でも好きというなら、私たちこのまま結婚しない?」
 
私は一瞬考えた。
 
「それいいかも」
「だったら善は急げよ。今日結婚しちゃおう」
「今日!?」
「嫌?」
「えっと・・・」
 
「だって、兵役拒否したから、性奉仕を4年間しなきゃいけないんでしょ?」
「うん」
「でも結婚した場合は、結婚した時点で残っている奉仕必要年数の1.5倍普通の奉仕活動をすればいい」
「確かに」
 
「高校を卒業したら、奉仕活動に入らないといけないなら、卒業前に結婚してしまえばいいのよ」
 
丙種・丁種になった人の奉仕活動は、普通の丙種丁種の人は、老人や傷痍軍人(しょういぐんじん:戦争の怪我で身体に障碍が残った人)のお世話や買物代行・犬の散歩等、災害とかの復旧工事、病院の入院患者の看護とか、街の清掃とか、書籍の点字翻訳とかの作業である。しかし、兵役拒否した人の場合は、男性軍人への性奉仕と決められている。
 
しかし結婚している女性に性奉仕をさせる訳にはいかない(戒律違反になる)ので、免除され、残期間の1.5倍の普通の奉仕活動に代えてもらえる。4年間まるごと振り替えられると6年間の奉仕活動をすることになる。それは性奉仕をするよりはずっとマシだと私は思った。
 

それで私たちはこの計画を双方の両親に話した。ハヅキの両親も、私の母も賛成してくれた。私の父は
「アクア?それ誰?」
などと言っていたが。
 
しかし、それで私とハヅキは翌週、結婚式をあげ、婚姻届も提出したのである。我が国では、男は17歳以上、女は13歳以上で結婚できる。私もハヅキも17歳なので結婚できた。
 
結婚式では、市民登録上男性であるハヅキがタキシードを着て、私がウェディングドレスを着た。そういう結婚式をあげないと、婚姻届が認められないからである。でも後で、衣装を交換して、私がタキシードでハヅキがウェディングドレスという記念写真も撮った。元々私とハヅキは大きな身長差があったのだが、私が縮んでしまったので、ほとんど同じ背丈になり、衣装が交換可能になっていた。
 
結婚式には、むろんハヅキの妹たち、私の兄たちも出席した。私の父は出てくれなかったが、時間を掛けて理解してもらおうと思う。
 
しかしこれで私は高校卒業後、性奉仕は免れて、老人や傷痍軍人の介護・病院での介護や清掃活動・災害復旧作業などの社会奉仕活動を6年間することになった。
 
そして・・・ハヅキは妊娠した!
 
あの晩のセックスが“当たって”しまったようである。
 
(多くの女子から人気であった私を確実に自分のものにするためにわざと排卵期に私を誘ったんじゃないかという気もする。あの晩ハヅキがかなり“淫乱”だったのも排卵期だったせいだ)
 
「市民登録が男なのに出産できるんだっけ?」
「男が子供を産んではいけないという法律は無いよ。ほら、ちゃんと“母子手帳”ももらってきた」
 
とハヅキは嬉しそうに母子手帳を見せた。
 
つまりハヅキは“男だけど母親”になることになる。そして私は“女だけど父親”になる。何か変な気分だ。
 
予定日は9月らしい。高校の卒業式は7月で、この頃は9ヶ月目だが、まだ臨月ではないので(臨月は8月上旬から)、普通に卒業式に出るよと言っていた。ただ、体育の授業やお祭りの集団行動は見学にさせてもらう。
 

その後、私は卒業式のある7月まで半年ほどの女子高生生活を送ったのだが、最初は女子トイレや女子更衣室で悲鳴をあげられるわ、身体検査では会場から追い出されるわ(結局個別検査してもらった)、なかなか大変だった。
 
でも少しずつ女子のクラスメイトたちも私が女生徒になっことを認めてくれるようになった。
 
女子トイレは
 
「私ちんちん無くなったから男子トイレ使えないんだよぉ」
と訴えると、
「それは仕方ないね」
と言って、使用を容認してもらった。
 
更衣室については、女子たちに念入りに“審査”された(だいぶ触られた)上で、
「じゃ女子更衣室を使ってもいいけど、目を瞑って使って」
と言われて、本当に目を瞑って着替えていた。目を瞑っていると自分の着替えを見つけきれないこともあるが、ポルカちゃんたちが代わりに手に取ってくれた。
 
身体測定は最後まで別途測定だった!
 

同様に強制性転換されたミサキとアケミだが、ミサキは最初から
「ミサキちゃん、一緒にトイレ行こうね」
とか
「恥ずかしがらないで、一緒に着替えに行こうよ」
とか言われて完全に女子の仲間として扱われていた。
 
ミサキは身体測定も恥ずかしがりながらも女子と一緒に受けていた。
 
アケミは女になってしまい、女子制服を着ているのに男子トイレを使おうとして
「お前は女になったんだから女便所使え」
と言われて追い出されていた。結局ミサキに連れられて女子トイレを渋々使っていた。
 
更衣室に関しては、先生に頼み込み、個室で着替えさせてもらうことにした。アケミの場合は、女になってしまったので男子と一緒には着替えられないが、女子と一緒に着替えるには、女子の下着姿を見て心が平穏に保てないと訴えたのである。アケミは完全に心が男である。
 
アケミも身体測定は私同様個別測定になった。
 

私はクラスメイトの女子たちから
「アクアちゃん、女の子になったんなら、お料理覚えなよ」
「アクアちゃん、女の子になったんなら、お裁縫覚えなよ」
とか言われて、女子の基礎的な教養を身につけることになった。
 
礼儀作法とかも、躾のよくできているカペラちゃんが指導してくれた。スカート穿いてる時に足を広げてはいけないとか、床に落ちたものを拾う時には腰を曲げるのではなく膝を落とすようにとかは、言われないと全く気付かなかった。
 
お裁縫についても、ポルカちゃんやカペラちゃんが熱心に教えてくれて、高校卒業までには、自分のスカートとかパンティくらいは縫えるようになった。
 
「アクアちゃんお裁縫の才能あるよ」
「そうかなあ」
「手先が器用だもんね」
「私、ビアノ弾くからかも」
「ああ、ピアノとかヴァイオリンする人は指の力が強い」
 
ブラウスとかドレスとかはまだまだ練習が必要と言われた(高校卒業して2年くらいでやっとまともに縫えるようになった)。
 
「でもお料理はダメね」
「私才能無いみたーい」
「お料理のできる男の子と結婚するといいかもね」
 
などと言われたけど、既に結婚してる!(みんなには秘密だけど:結婚したことを明らかにするとハヅキの性別までバレてしまう)
 
ハヅキは苦笑していた。ハヅキは料理がとっても上手い。
 

私は、ハヅキとの子供を育てるため、大学には進学せずに、仕事に就くことにした。
 
それで仕事を探そうとしていたら、思わぬ話が持ち込まれた。
 
性別が変えられてしまったので、男子選手としては自動的に引退になってしまうが、実は女子のジュニアチーム(U18)のコーチをしてもらえないかという話が飛び込んで来て、私はそれに応じることにした。
 
「アクアちゃん、スリーがうまいでしょ?特に女子の試合ではスリーが試合の行方を決めることもあるからさ。有望な中高生シューター数人を指導して欲しいのよ」
とチーム代表のムラヤマ・チサトさんに言われたのである。彼女は過去にオリンピックとワールドカップで合計10回もスリーポイント女王を取った、もはや伝説的な選手である。40歳すぎまでナショナルチームで現役を続けたが、さすがに数年前に引退した(でも国内プロリーグではまだ現役選手!)。
 

それで高校生中心(一部中学生)の女子チームを指導したのだが・・・
 
「アクアさん、なんでそんなに100発100中なんです?」
「女子の現役で行けるのでは?」
などと若い選手たちから言われる。
 
「いや、性別変更したら2年間は大会に出られないし」
 
(女子から男子への変更はこの2年間の待機期間が不要である)
 
「じゃ2年後には女子のナショナルチームに入ってくださいよ」
「2年後には、いくらなんでも君たちが私を追い越してるでしょ?」
 

この年は(ワールドカップ予選になる)アルカカップの年だったが、私は男子ではないから男子チームには入れないし、女子になってから2年経過してないから女子チームにも入れないので、どちらにも参加しなかった。リズムは大会の間だけ部隊から離れて参加し、彼の活躍もあって、わが国の男子代表は優勝でワールドカップに駒を進めた。女子代表は残念ながら4位でワールドカップ進出を逃した。
 
チサトさんが
「私の後継シューターがなかなか出て来ないなあ」
と嘆いていた。私が指導している中高生たちの中には、有望な子もいるものの、まだフル代表で活躍するにはレベル不足である。
 

ハヅキは予定通り9月に赤ちゃんを出産した。
 
女の子で私たちはマネという名前を付けて育て始めた。父は相変わらず私には何も言葉を発しないものの、マネのことは凄い可愛がりようであった。
 

テカトラとの戦争は一進一退の状況がずっと続いていた。しかしXX26年夏、ダイカルの潜水艦が誤ってスメリシの民間客船を撃沈してしまい2000人もの死者が出たのをきっかけに、スメリシがテカトラ側で参戦してきた。
 
この事件では海軍司令官が陳謝し、遺族に賠償金を払うと表明したものの、スメリシの国民が納得しなかった。
 
さすがに大国スメリシが参戦すると、こちらの旗色は急速に悪くなった。大きな決戦で我が国ダイカルは連敗し、大量の兵器、そして人員を失った。特に先頭で戦っていた海兵隊に大きな損害が出て、海兵隊の戦力が大きく低下。結果的にますますこちらが押される状況になった。
 
サッカー、バスケット、バレー、のプロスポーツリーグが全て休止になり、中高生のスポーツチームの活動も当面休止とされた。各スポーツのナショナルチームだけは活動を続けたが、いつ休止になってもおかしくない状態だった。
 
バスケットのワールドカップも、スメリシの圧力で、我が国は世界バスケット連盟から出場を拒否され、出場資格を得ていた男子チームの派遣ができなかった。
 

高校のクラスメイトで招集されて戦死した者も出た。
 
ルキアはほぼ全員戦死した部隊で唯一生還した。実は野営地で“女装”させられて、夕食時に幹部に給仕をしたりしていた所を敵の降下部隊(当然精鋭)に急襲された。兵士は全員戦死したものの、ルキアは女装だったし、武器も携帯していなかったので、民間人の女だと思われて、一時拘束されたものの捕虜にもならずに解放されたらしい。
 
軍事用の通信装備なども持っていなかったので電話で私に連絡があり、“その筋”から支援してもらって、第三国の偽造パスポートを使い、民間の船を使って密かに帰国して私と内密に会った。現地の協力者に女の格好をしていると伝えておいたら親切?に女の偽造パスポートを渡されたので結局女装のままの帰国だったが、会った時私は思わず言った。
 
「可愛いじゃん」
「男とバレないかひやひやした」
「いや、このレベルならバレない」
 
「女子トイレや女子のシャワールーム使うのにはだいぶ慣れた。でもほんとに助かった」
「無事に帰国できて良かった」
と言いながら女子用のシャワールーム使ってたのか?と内心思う。
 
「でも女装って役に立つもんなんだなあ」
とルキアは言っていた。
 
「いっそ手術して本当に女になる?女の身体もなかなかいいよ。女の市民登録証は用意してあげるからさ」
「手術は、やだ」
 
彼は部隊に戻ると「おめおめとひとり生き残ったのか?」とか言われて自決を強要されるかもと言って、結局戦争が終わるまで女装して女のふりをして過ごすと言っていた。要するに脱走兵だが、徴兵検査の時の不自然な女装からは随分進化していて普通に女に見えるので、バレることはないだろう。
 
本当に女になっても、やっていけそうな気がする!
 
それで結局、彼にはマジで女の市民登録証を渡してあげた。市民登録証が無いと、配給制になってしまった小麦や塩も買えない。
 
でも最終的に彼の恋人のモナが密かに彼を支援することになった。ルキアはモナの実家の地下シェルター内で、モナの従妹を装って暮らした。
 

翌年4月、次兄のヒロカが戦死した。ヒロカは8月には兵役を終える予定だった。もっとも今の状況では、除隊にはならず、そのまま継続して兵役を続けることになった可能性が高い。
 
9月、“待機期間”が終わった長兄のアリサが志願して再入隊した。アリサは「ヒロカのかたきを取ってやる」と言っていた。しかしそのアリサも翌年2月戦死してしまった。
 
さすがに父が落ち込んでいた。
 
「お父ちゃん、元気出して。私がお父ちゃんお母ちゃんの世話はするから」
「ふざけるな!まだ子供の世話になる年じゃないわい!」
 
それは私が性別を変えられた後、初めて父が私に返したことばだった。
 

戦場が完全にこちらの国内に移ってきた。ムリラ大統領は全国民死ぬまで戦え、なんて無茶なこと言ってる。
 
今年はオリンピックの年だったのだが、ダイカルは不参加を表明した。実際問題として、とても選手選考会などができる状態ではなかったし、各競技ともオリンピック予選に参加できなかったので、団体競技はそもそも出場資格を得られなかった。
 
私がコーチをしているバスケットの女子ナショナルチームも、とうとうしばらく活動休止ということになり、選手は各々の地元に戻った。
 
「みんな無事で再会しようね」
と言ってみんな涙を流してハグしあった。
 
(私も4年近く女をしているので、今更女子と抱き合っても欲情したりはしない。そもそも欲情しても反応する器官が存在しないし!)
 
私も首都カレマンから地元のフェーマに戻った。
 
うちの街・フェーマの南方100kmの都市ハピマが空爆を受けて市民5万人が死亡したという情報が入ってきた。防衛隊が必死で防衛戦をしたことが、かえって市民の犠牲者まで増やしたようである。むろん新聞やテレピ・ネットではこういう情報は一切流れてない。しかしある筋から私は情報を得ていた。
 

ある日、私がハヅキと一緒にマネをベビーカーに乗せて歩いて(電気は軍用優先になっているので、車の充電は許可されず、民間の車は現在バス以外全く動いていない)買物に行っていたら、敵機が襲来した。
 
「大変だ!どこかシェルターに飛び込まなきゃ」
と私は言ったのだが、ハヅキは私たちの近くにあるものを指さした。
 
「アクア、あれ撃たない?」
 
それは高射砲だった。生憎今は誰も居ないようである。
 
「私は戦闘しないよ」
「撃たなきゃたくさん人が死ぬのに?」
「ごめん。私は意気地無しなんだよ」
 
ハヅキはじっと私を見た。そして言った。
「だったら私が撃つ。アクアはマネを見てて」
 
「ハヅキが撃つのなら、私もそばに付いてる」
 

それでハヅキは階段を昇って高射砲の所まで行く。私はベビーカーを放置し、マネ(3歳)を抱いて一緒に階段を昇った。
 
入口の所に鍵が掛かっている。
 
「貸して」
と言うと、私は“護身用”にハヅキが携行している拳銃をホルスターから直接取り、鍵に向かって撃った。
 
鍵が壊れる。
 
「よし、中に入ろう」
「アクア、物に対しては撃つのね」
「無人攻撃機なら撃ってもいいよ。でも今日来てるのは有人戦闘機ばかりだ。テカトラは無人戦闘機を持ってないんだよ」
「ふーん」
 
それでハヅキは高射砲で敵機に狙いを定めて・・・
 
発射する。
 
敵機が1機撃墜された。
 
「右のを行け」
「うん」
 
それで撃つとまた1機撃墜される。
 
ハヅキはそれでダイカル兵が駆け付けて来て
「代わろう」
と言って交替するまで、高射砲を10回発射し、7機も撃墜したのである。
 
この子、射撃の才能があるのでは?
 
(ハヅキは市民登録は男でも学校では女子扱いだったので、軍事教練とかは受けていない)
 

この日の空襲では被害は出たものの、襲来した敵機20機の内半数以上の11機も高射砲と迎撃した防衛隊の戦闘機により撃墜されたため、死者は40-50人に留まったようであった。(撃墜した11機の内7機はハヅキが撃墜したもの!)
 
私たちが帰宅すると、ハヅキの家は空爆で破壊されていた。しかしハヅキの両親や妹たちは防空壕に避難していて無事だった。私の両親も無事だった。そちらは家自体無事だったので、私たち3人も含めハヅキ一家は私の実家に取り敢えず居候することにした。
 
しかし初期段階で威力を発揮した高射砲と、防衛隊の飛行場がスメリシの巡行ミサイルで破壊されてしまった後は、完全に制空権を取られ、空爆は一週間続いた。結局フェーマ市街は7割が焼失する。死者も恐らく数百人出ていると思われた。
 
破壊されかたの割に死者が少ないのは当地の防衛隊が迎撃より市民保護優先で、避難誘導に主力を置いていたからである。それでも私たちは空襲の度に家の地下にあるシェルターに避難していた。
 
母の実家が空襲でやられたという報せがあったので、私は母と2人でそららの様子を見に行ってみた。幸いにも母の両親は無事だったが家が無くなったので、私たちは2人を連れて家に戻った。
 

ハヅキの妹・ルビーが狼狽している。
 
「どうした?」
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、」
「ハヅキに何かあったのか?」
 
「進駐してきたスメリシ兵に連れて行かれちゃった」
「何だって?」
 
「私とロマンが襲われそうになったのをお姉ちゃんがかばってくれて、代わりに連行されたのよ」
とルビー。
 
マネを抱いたロマンも青ざめた表情をしている。
 
「済まない。俺は何も出来なかった」
と言う父は、顔にあざを作っている。
 
ハヅキの父が言う。
「アクアのお父さん、スメリシ兵に取りすがってハヅキを守ろうとしたんだけど、殴り倒されてしまって。済まない。俺も何もできなかった」
 
「私がハヅキを連れ戻してくるから、みんなここで待ってて」
 
「どこに連れられて行ったか分かるの?」
「ハヅキのいる所は分かるよ」
 

それで私はマネの世話をルビーたちに頼み、単身、ハヅキがいるのでは?と思う方向に歩いて行った。私は霊感とかは無いと思うけど、ハヅキの居場所だけは昔から勘で分かっていた。
 
いつの間にか市庁舎前の広場に野営地が出来ている。スメリシ海兵隊の旗が翻っている。ここに野営したということはスメリシはこの町の多くを支配下に置いてしまったのだろう。
 
門らしきものの所に警備兵が居る。
 
「何だ、お前は?」
「あら、司令官さんに“お呼ばれ”になったのよ」
と私は意味ありげに、警備兵にウィンクした。
 
「そうか。だったら通れ」
と言って、警備兵は嫌らしい笑みで私を通してくれた。
 
女って便利ね!
 

私はキャンプ内に入り、時々詮索するような目でこちらを見る兵に流し目でウィンクしながら奥へ入っていった。
 
やがて広間のような所に出る。司令官らしき男がいる。フェーマ市長と何か話している。占領方針について意見交換しているのだろうか。
 
しかし、私はその司令官を見て目を疑った。
 
「ネオン?」
 
「ん?君は何だね」
と司令官がスメリシ語で言う。私もスメリシ語で答えた。
 
「久しぶり。私はアクアよ」
「アクア?・・・そういえばアクアに似ている。君はアクアの・・・妹?」
「アクア本人よ。私、女になったの」
 
「嘘だろ?あのアクアが。君って女の子になりたかったの?」
 
「徴兵検査で兵役拒否したら、兵隊にも行かないなんて男の資格が無いから、男性機能は没収と言われて、性転換されちゃった」
 
「無茶苦茶な国だな、ダイカルは。しかしその女になったアクアが何の用だ?」
 
「私の妻がスメリシ兵に拉致されて、ここに連れ込まれたみたいだから取り戻しに来た」
 
「君は女になったのに奥さんが居るの?」
「女に変えられる前から婚約していた。彼女は私が女に変えられても結婚してくれた」
 
「君は意識は男なんだ?」
「もちろん。身体は女の子になっちゃったけどね」
 

ネオン司令官(大尉の階級章を付けている)は、じっと私を見ていたが、やがて部下に言った。
 
「誰か民間人の女を拉致して連れ込んだ奴はいるか?」
「すぐ調べさせます」
 
それで10分もしない内に、憲兵が若い兵士2人とハヅキを連れてきた。
 
「アクア!」
「ハヅキ無事?」
「今の所はまだ無事」
と答えるハヅキはさすがに青ざめている。
 
「ネオン大尉。私と君の友情に免じてハヅキを返してくれない?」
「そういえば、君には借りがあったな」
「ああ、オリンピックの時のね」
 
ネオン大尉はしばらく考えていたが、やがて若い兵士2人に、自分の傍まで来るように言った。
 
「どうして女を拉致した?」
「すみません。ずっと女を抱いてなかったのでつい」
と2人は上官の前でかしこまっている。
 
「そうか」
と言うと、ネオンはいきなり自分の銃を抜き、早撃ちで2人の兵士の頭を撃ち抜いた。
 
「キャー!」
とハヅキが悲鳴を挙げた。
 
2人の兵士が倒れる。頭から凄い血が吹き出している。
 
フェーマ市長や、他の兵士たちは声までは出さないものの緊張した顔である。
 
「軍規違反だ。現地の非戦闘員に危害を加えていたら占領政策がうまく行かない。これは我が国の政策に重大な障害を与える行為である。軍法会議に掛けるところを忙しいから手間を省いたぞ」
 
とネオンは言っている。
 

「ネオン大尉、そちらの軍規についてはゆっくり処理してもらうことにして、その女を返して欲しいんだけど。そしてできたら、この町から撤退して欲しい」
と私はスメリシ語で言った。
 
「アクア、君とのオリンピック決勝戦は俺としては不満の残る試合だった。ここで君と勝負がしたい。1on1でもいいし、シュート対決でもいいぞ、それで君が勝ったら、女は返してやる」
とネオンはわざわざメリタン語で言った。他の兵にあまり聞かれたくないのかも知れない。
 
「ごめん。私は女に変えられてしまったから、筋力も激しく落ちたんだよ。とても君の相手にはならないと思う」
と私はスメリシ語で答える。
 
ネオンは不満そうな顔をしていたが、やがて部屋の中央のテーブルに食べ物が色々盛られているのを見ると、そのテーブルに行った。そして食べ物が載った大皿をひっくり返して食べ物は床にぶちまけてしまう。
 
そして言った。
 
「酒を持ってこい」
 
数人の兵士が大きな酒の瓶を持ってきた。
 
ネオンは黙ってその酒の瓶を、食べ物を捨てて空になった大皿に注ぐ。
 
「もう1本」
 
兵士が酒の瓶を渡すと、ネオンはその酒瓶も大皿に注いだ。結局ネオンはその大皿になみなみと酒瓶3本分の酒を注いだ。
 

私はじっと見ていたが、ネオンは言った。
 
「アクア、この大皿の酒を飲み干してみろ。全部飲めたら女を返してやる」
 
フェーマ市長が
「そんな無茶な」
と言う。ハヅキも
「アクア、お酒が飲めないのに」
と言う。
 
私はじっとネオンを見たが言った。
 
「分かった、飲む」
 
「やめてアクア!そんなに飲んだら死んじゃう」
とハヅキが叫ぶ。
 
「大丈夫だよ。君を守るためには私は頑張る。でもネオン、私がこの酒を飲んだら、ハヅキを返して、この町から撤退してくれないか?」
 
「女は返す。進軍については約束できない」
 
私はとにかくハヅキを返してもらうためにはと、その大皿を抱えた。
かなり重い!酒瓶3本分だから酒だけでも5kgくらいあるだろう。
 
しかし私はひるまず、大皿に口をつけると、ぐいぐいお酒を飲んだ。
 

さすがにフラッとなるが、耐える。自分が倒れたら、ハヅキはネオンに何をされるか分からない。
 
苦しい。
 
でも我慢する。ハヅキを守るためだ。
 
それにこの辛さは、ミニマイザーを注射された時ほどの辛さではないぞ。
 
あれを体験したら、どんなものでも耐えられる気がした。
 

私は皿をテーブルに置いた。
 
「凄い!」
という声があちこちから掛かる。
 
「よく飲んだね!大酒飲みの私でも自信が無い」
とフェーマ市長。この市長は駆け出しの議員だった頃、酒に酔って裸で通りを走り、警察に捕まって、議会で懲戒処分を食らったことがある。さすがにその後はそういう不祥事は無かったものの、結構飲んではいたのだろう。
 
「君は本当に偉い男だ」
とネオンが感心したように言った。
 
「女だけど」
 
「しかし、スメリシの軍人に二言は無い。女は君が連れて帰れ」
「撤退は?」
「約束できない」
 
「取り敢えず彼女は連れ帰る。でもありがとう。こりで借りは返してもらったね」
と私はネオンに笑顔で言うと、ハヅキに
 
「さ、帰ろう」
と声を掛けた。そして私はハヅキと一緒に野営地を出た。
 

「アクア、本当に大丈夫?」
とハヅキが心配して言う。
 
「実はとても辛い」
「吐いて!吐けるだけ吐いて!あのアルコールの量はどう考えても致死量を超えてる」
「うん」
 
それでハヅキは私の口の中に無理矢理手を突っ込み、吐かせた。
 
大量に道端に吐く。アルコールの物凄い臭いが立ちこめる。ハヅキは近くの民家に頼んで水をもらってきて、それを私に飲ませ、更に吐かせた。30分くらい掛けてかなりの酒を吐いた。
 
「かなり楽になった気がする」
「病院行こう」
「それがいいかも」
 
結局ハヅキに連れられて私は病院に行った。ハヅキが事情を説明すると、ケイという名札を付けた医者は私にチューブを飲み込ませ、それで強く吸引した。事前にかなり吐いたのに、更に大量のアルコールが出て来た。
 
吸引をやりながら、一方では食塩水の点滴をされる。体内のアルコール濃度を下げるためである。更にお茶も飲まされる。点滴を受けながら何度もトイレ(女なので当然女子トイレ:ハヅキも一緒にトイレに入れるので便利かも)に行き、大量のおしっこをした。
 
そんな感じで、一晩治療を受けたら、朝にはかなり楽になった。
 
「峠は越したと思いますが取り敢えずあと1日入院して」
とケイ医師は言った。
 
「はい」
 
翌日もひたすら食塩水の点滴を受け、経口でも水分を取って、体内のアルコール濃度を下げる。事情までは聞いてないカナという名札を付けた看護婦が
 
「一気飲みでもさせられたの?女の子は筋肉が少ないから男の子ほどは飲めないから気をつけてね」
と言っていた。
 
筋肉・・・私は普通の女よりはかなり筋肉があると思う。ひょっとしたらそれで持ちこたえてるのかもという気もした。しかしケイ医師は
 
「普通の人は男性でもこれだけのアルコールを摂取したら死ぬんですが、あなた女性なのに、よく生きてますね」
と言った。
 
「ははは、丈夫なもので」
 

ともかくも私は1日半の入院でかなり楽になり、無事生還して退院することができたのであった。
 
「アクア、結局戦闘せずに私を助けてくれたね」
と言ってハヅキは私にキスした。
 
「私は平和主義者だから」
 

スメリシ軍の部隊は一週間後、100人ほどの駐留兵だけ残して、フェーマの町を出た。そして更に北方のウッドランドに進駐した。そちらではダイカル軍で大量の脱走兵が出て総崩れになり(敗色濃厚になったことからダイカル軍は軍規がかなり弛んでいる。既に憲兵隊も壊滅状態である)、ほとんど戦闘が無いまま占領が行われた。
 
占領は行われたものの、ネオン指揮下の軍は規律が厳しく、レイプ事件のようなものは皆無だったらしい。
 

7月、国土の3割をスメリシ・テカトラ連合軍に押さえられた所で、閣議の場で、内務相がムリラ大統領を射殺するという事件が起きた。
 
臨時大統領に就任した副大統領のダメラは、スメリシに対して、無条件降伏をすると発表した。
 
実は臨時大統領は中立国キイナを通してできるだけ良い条件での降伏を模索したのだが、キイナのマツマエ・ケイコ大統領から「無条件降伏以外の道は無いしグズグズしているとメリタンも参戦してダイカルは分割統治され分断国家になってしまう」と説得され、無条件降伏に至った。
 
ダメラ臨時大統領の発表直前にはそれを阻止しようとする若手将校たちが臨時大統領を襲撃したものの、護衛兵たちがダメラ臨時大統領を守り切った。首謀者5人の内2人は護衛兵に射殺され、残り3人は自決した。
 

それで戦争は終結した。
 
25年近い長期の戦争で、戦死者は600万人、一般市民の犠牲者も150万人に及ぶと推定された。
 
進駐軍はダイカルの5軍(陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・海兵隊)および湾岸警備隊と警察まで武装解除させ、警官の拳銃も含めて全ての武装を没収した。そして政府と議会も解体。更に政府に協力的であった新聞やテレビ・ネットも全て閉鎖させた。
 
その上で中立国の報道機関と、国連の治安維持部隊を入れて取り敢えずの広報手段と治安を確保した。国連の治安維持部隊は1年後に警察が再構築されるまでダイカルに駐留した。
 
そして全国の知事を招集し、大学教授や文学者も加えて憲法制定会議とした。彼らにまずは新しい憲法を制定させようという方針だった。
 
半年後に新しい憲法が制定され、新たに国会議員選挙が行われた。旧国会議員は立候補欠格とされたので、完全にメンバーの入れ替わった議会が生まれた。これまで国会議員は男でなければなれなかったのを逆に、議員定数の3割を女性専用とした。実際には新しい国会は議員定数の半数が女性となった。
 
そして新体制での最初の首相には女性のヒメジ・スピカ(小説家)が選出された。彼女は反戦活動家のひとりで、戦時中も一貫してダークウェブ(通常の検索では到達できず、また特殊な暗号化がなされていて専用のブラウザでしか見ることができないサイト)を通して反戦小説を書き、反戦活動や戦争非協力を貫く人たちに愛読されていた。実は私も彼女の熱心なファンであった。ヒメジ・スピカというのもその小説を発表するペンネームだったのだが、本名がヤマシタ・ハナというものであったことは、この時初めて明らかにされた。
 
最高裁判所長官には、元国連大使で、ムリラ大統領の方針に反対して罷免されていたハナサキ・ロンドが指名された。彼女は5年ほど前から、フライツで亡命生活をしていたのが、終戦後帰国した。実はスピカ新首相とも古くからの知り合いであったらしい。
 
新体制において、政治的な権力は無く象徴的な存在となる新しい大統領には、国民の直接投票により、歌手のマリ・ナカタが選出された。彼女も反戦主義者とみなされ当局に目を付けられていたので、ここ10年ほどメリタンで亡命生活を送り、メリタンで制作した歌をゲリラ電波でダイカル国内に流していた。終戦後帰国した直後のコンサートは10万人収容のナショナルスタジアムが3日間満員であった。
 

新しい体制では徴兵制度は廃止され、警察や軍隊は再構成されたものの、軍は全員志願兵のみとなった。旧軍の准将以上、旧警察の警視以上が全員退役・退職とされた。一部戦犯として裁かれた者もある。
 
徴兵検査で丁種となり、様々な社会的制約を受けていた人たちは全員資格回復された。大学入学資格も回復されたので、年齢は高くなったものの大学入試に挑戦する人たちも出た。丙種になって強制性転換されていた人たちも、希望すれば男に(無料で)再性転換することができるとされ、実際男に戻る手術を受ける人たちも相次いだ。
 
ミサキは結局自分はやはり男として生きるのは無理みたいと言って女のままで生きていくことにした。アケミは性転換されてから最初の2年くらいは「男に戻りたいよぉ」と言っていたものの、やがて「女もいいわね」と言うようになり、結局彼女も女のままでいることにした。そしてアケミはミサキと結婚した。
 
新憲法の下では、同性婚も可能なので、女同士の結婚を選択したのである。
 

「アクアは男に戻らないの?」
とハヅキは私に訊いた。
 
「今更だし。それに女になってみたら結構楽しいから、このままでいい」
「ふーん。まあいいけどね」
 
でもハヅキは市民登録を女に変更した。だから私とハヅキも同性夫婦になった。
 
セックスはほぼ毎晩している。とても気持ち良くて、私たちは相性の良さを再認識している。男女の夫婦と違って、射精して終わりというのが無いので、つい朝までやってしまって翌日が辛い日もある。
 
ちなみにどちらが男役をするかは、毎晩ジャンケンで決めている!入れるのも気持ちいいけど(疑似ペニスのインサートでこちらのクリトリスが刺激される)、入れられるのも気持ちいいなあと思う。
 
ハヅキは2人目の子供を妊娠した。私はとっくに睾丸など持っていないのだが、私のIPS細胞から睾丸を育て、その睾丸が生み出した精子を人工授精してハヅキは妊娠したのである。
 
「睾丸は別に本人の身体にくっついている必要はないよね」
などとハヅキは言っていた。
 
それつまり男は要らないということだったりして!?
 
実はアケミとミサキも同様の方法で赤ちゃんを作った。もちろん妊娠・出産したのはミサキの方である。
 
「ボク男だから妊娠しないもんね」
などとアケミは言っていた。アケミは身体こそ女であっても意識は一貫して男のようだ。でも彼女(彼?)も生理はあるので妊娠可能なはずである。
 
私の性別意識は・・・もう分からなくなった!
 
ハヅキからは「アクアって結構性格が女の子だよ」とよく言われる。
 
そして私の子供の頃のスカートを穿いている写真を私の母に見せてもらっては大喜びしていた。
 
「おい、アクア、本当は君は元々女の子になりたかったんだろ?」
などと言って私を責めている!?
 
ちなみにハヅキの子供の頃の写真もスカートを穿いた写真ばかりである。ハヅキはそもそもズボンを穿いた記憶がないと言っている(多分結婚式の時だけ)。この子の友人たちも、みんな最初からハヅキは女の子だったと思い込んでいるようだ。だから私とハヅキは、新体制になるまでは事実婚だったのだろうと多くの友人たちが思っている。
 
ちなみに私の“社会奉仕”なのだが、実はずっとダイカル代表の指導をしていたので、国家に対する貢献ということになり、指導をしていた期間はそのまま奉仕必要期間から減算されていた。だから結局私は1度も社会奉仕活動をしていない。
 

そして・・・私は戦争終結して再開されたバスケットボールで、何と女子のナショナルチームに招集されてしまったのである。
 
「若い子たちの中に入って、しかも元男の私が無理ですよー」
などと言ったのだが
「スリーであんたに勝てる選手がまだいないし」
とチサトさんから言われたのである。
 
サブのシューターとしては、私がここ数年指導していたライムという子(まだ高校生)が入った。たぶん数年後の正シューターになる。
 
なお私は元男性ということで、男性時代の筋肉が残っていたりしないか、世界バスケットボール連盟から(わざわざ海外の病院で)医学的な検査を受けさせられ、間違い無く女の筋肉であることを確認された!
 
更に性器が確かに女かとかまで検査されて、恥ずかしかった!
 
この頃までには私は移植された卵巣が分泌する女性ホルモンの作用で胸もCカップサイズまで膨らんでいたので、女にしか見えない身体付きであった。実際審査したベントロ人医師は、私のことを半陰陽のケースと思ったようである。
 
海兵隊で参戦して、激戦地を連戦したものの無事生還したリズムは復興したバスケットボールで、男子のナショナルチームに招集された。前回は私とリズムは同じ男子ナショナルチームでやったが、次のオリンピックは、私は女子、彼は男子で頂点を目指すことになった。
 

戦後間もない頃から、“大酒を飲み干してフェーマの町を救った女性”が居たという噂が広がったのだが、現場を見ていた元市長(戦争協力の責任を取って引退の上、全財産を復興のために寄付)の証言を元に、新しく設立された新聞社が調査して、それが私であることを見い出してしまった。私は一躍、時の人になる。
 
「いや、妻がさらわれたのを取り戻しに行っただけで、町の開放はそのついでのようなものです」
と私は遠慮がちに言ったのだが、騒ぎは広がり、とうとうフェーマ駅前に“大皿の酒を飲むアクア”の銅像まで建ってしまった!
 
除幕式にも出席したけど、恥ずかしぃ!
 
「ちなみに普段はどのくらいお酒飲むんですか?」
「ほとんど飲みませんよ。あの時は愛する人を助けるためと思って必死だったから」
と私は答えた。
 

ルキアは戦争が終わったので、ようやく“脱走兵”生活を終えて、女装をやめ男に戻る・・・・と言っていたのだが、一向に男の格好に戻らない。
 
「もしかして女の子ライフにハマった?」
「そうかも。女の子の身体になる手術とかはする気無いけどね」
「ああ、ルキアが女の子になっちゃったら、モナちゃんが困るよね」
「それがモナは女同士になっても結婚してあげるよと言ってる」
「じゃ思い切って手術しちゃえば?ちんちんは要らないんでしょ?精液を保存しておけば赤ちゃんも作れるし」
 
「いやちんちんは無いと困る」
 
彼は市民登録証とかは男だけど(戦死扱いになって除籍されていたのを復活させてもらった)、完璧に女の子としてパスしているのでトイレなどもちゃっかり女子トイレを使っているようだ。むしろ男子トイレに入ろうとしたら「こちら違うよ」と言って追い出されるらしい。恋人(既に事実上の夫婦なので実質は妻)のモナは
 
「一緒にトイレに入れるのは便利」
などとうちのハヅキみたいなことを言っている。
 
「今度一緒に温泉に入ろう」
とモナから言われて
「それはさすがに無理」
とルキアは言っていた。
 
我が国の温泉は更衣室は男女別だけど、中は男女ミックスで全員水着を着けて入る。プールとほぼ同じステムなので、更衣室さえパスできたら女として入浴することもできる筈である。きっと彼はモナに唆されて、女として温泉に入りそうな気がする。
 
でもルキア、胸がある気がするんだけど、それ本当に偽装??
 

この年の4月、ハヅキは私たちの第2子となるビーナを出産した。私は女なのに2児の父となってしまった。ハヅキはマネの時も安産だったけど、今回も軽いお産だった。
 
「私、体型が安産型だって言われた」
「小さい頃から女性化してたからだろうね」
 
どうもハヅキは小学生になる前から女性ホルモンを摂取していたようだ。ハヅキは勃起の経験が無いとも言っていた(事実なのか脚色なのかは分からないけど)。
 
私の父はすっかり「おじいさん」になり、姉のマネ(5歳)と一緒にビーナを愛でていた、
 

XX32年。今年はマヒコでオリンピックが開催された。私はダイカルの女子代表としてこれに参戦。スリーポイントを炸裂させて美事優勝した。決勝戦の相手は強豪・メリタンだったが、激しい接戦の上、これを倒した。
 
しかし・・・メリタンの女子代表選手って、おまいら本当に女かよ?と思いたくなるほど、たくましい選手ばかりだった。
 
私は身長157cmで、元々外国人に比べると小柄な選手の多いダイカルチームの中でもとりわけ背が低い(登録上はポイントガード)ので、メリタンの選手たちにとっては、小さいのがチョコマカ走り回ってる感じで、よけいやりにくかったようである。
 
「アクアは小さな巨人だ」
などとメリタンのエース(女子だけど210cm!)のシノブーが言っていた。
 
この大会で、得点女王とリバウンド女王はそのシノブーが取ったものの、スリーポイント女王、アシスト女王、それにMVPは私が獲得した。ベスト5には、私もシノブーも選出され、私たちは表彰式で握手してハグしあった。
 
(サブシューターのライムもスリーポイント成功数が5位で成長ぶりを見せた)
 
しかし男子でスリーポイント王とMVPを取り、女子としてもスリーポイント女王とMVPを取ったのは、私が史上2人目らしい(前にもそういう人がいたのが凄いと思う)。
 

男子の方もダイカルは決勝戦まで進出し、決勝戦ではスメリシと延長5回にまで及ぶ死闘をした末、惜しくスメリシに敗れ、準優勝となった。若きエースとして成長したリズムが本当に悔しそうだったが、彼はスメリシの若きエースとなったネオンとハグしていた。ネオンも戦争終了後は名誉除隊してバスケットに復帰したらしい。
 
そういう訳で、私たち女子チームは金メダルを取ったが、男子チームは惜しくも銀メダルであった。
 
今回のオリンピックでも私はウィニングボールをもらってしまった。8年前のオリンピックでもらったウィニングボールも大事にとってある。今回もらったのとはボールのサイズが違うけどね!
 
(前回は男子サイズ、今回は女子サイズ)
 

男女の表彰式が終わった後、ネオンが私に声を掛けてきた。
 
「アクア!」
「何?優勝のお祝いにキスでもして欲しい?」
「おぉ!して欲しい。してして」
と彼が言うので、私は彼の“額”にキスをした上で
「あの時はありがとうね」
と小声で言った。
 
「アクア、君の試合見てたけど、女になっても全然パワーが衰えてないじゃないか」
とネオンは言う。
 
「スリーは腕力で撃つものじゃなくて、要領で撃つものだからね」
と私は言う。
 
「俺とスリーポイント対決しろ」
「それ決着つかない気がするけど」
 

ともかくも私とネオンはコートに出た。まだ残っていた観客がざわめく。
 
私たちはラックにボールを置き、“スリーポイントコンテスト”の要領で対決を始めた。
 
まずは2人とも全球入れた。どちらも30点である。これには観席から物凄い歓声や拍手があり、いったん会場を出たのに戻って来た客もいた。
 
「ね、決着付かないでしょ。引き分けということでいいよね?」
 
「守備の選手を出そう」
とネオンは提案した。
 
それでスメリシの女子チームからガードのセシル、こちらの男子チームからリズムが出て、各々相手の邪魔をすることにした。その防御をかいくぐってスリーを入れられるかという対決である。
 

セシルは女子チームのガードといっても背が高い。175cmくらいありそうだ。私はかなり撃ちづらさを感じたが、結局25本のシュートのうち20本入れた。
 
一方リズムがガードしていると、ネオンはかなりやりにくそうだ。特にリズムはネオンを封じるためにかなりの研究をしている。しかし試合中ではなく戦略無しで純粋にボールを入れればいいという状況下ではネオンは強かった。
 
彼も25本中、20本入れた。
 
「俺が負けた」
とネオンは言った。
 
実はカラーボールの問題があったのである。
 
スリーポイントコンテストではオレンジボール20個とカラーボール5個が使用される。オレンジボールは1点だが、カラーボールは2点になる。
 
私は20本の内、オレンジボール16個とカラーボール4個を入れた。しかしネオンは。オレンジボール18個とカラーボール2個を入れた。
 
だから同じ20本入れたのでも、私は16×1+4×2 = 24点。一方でネオンは18×1+2×2 = 22点となる。
 

「そうなの?引き分けだと思ったけど、ネオンが負けたというなら、私の勝ちということにしておくね。じゃまた2年後に(ワールドカップで)会おうね」
と言って、私はネオンに投げキスをしてからコートを去った。
 
ネオンが私の後ろ姿に声を掛けた。
 
「アクア、男子チームに入らないか?それで俺と試合で対決しろよ」
「ごめんねー。私女子になっちゃったから」
と私は振り向きもせずに答えた。
 
リズムが私を追いかけて来た。
「おいアクア、お前マジで男子チームでも行けるぞ」
「ごめんね。私、女の子だから。それともリズムも女の子になる?」
「俺、子供の頃、酔った親父にチンコ切られそうになったことある」
「その時切られてたら私と一緒に女子チームで活躍できたのにね」
と言うと、私は素早くリズムの“頬”にキスし
「キスは内緒ね」
と言って、後ろ向きに手を振り、女子更衣室に向かう。そして向いながら歌を歌っていた。
 
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem.
 
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々を憐れみ給え
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々を憐れみ給え
世の罪を取り除く神の子羊よ、我々に平和を与え給え
 
(ヨハネ福音書1-29でイエスを指す“世の罪を取り除く神の子羊”
という言葉が引用されている。Dona nobis pacemの歌はこの歌の最後
のフレーズを繰り返したものと言われる。つまりこちらが元歌らしい)
 

そこでアクアは目が覚めた。
 
Agnus Dei(神の子羊)の歌がまだ耳に残っている。
 
「なんか変な夢だったぁ!」
「かなりうなされてたよ。悪夢?」
と隣で裸で寝ていたアクアFが尋ねる。
 
「お前、なんで裸なんだよ!?」
「セックスしたくてしたくて。M、私とセックスしない?」
「セックスしたかったら、理史君としろよ。ボクとしたら浮気になるぞ」
「避妊具つけてたら大丈夫だよ」
「その考え絶対おかしい」
 
「でもどんな夢だったの?」
とFが訊くので、MはFに服を着るように言って、取り敢えずロングTシャツを渡した上で、今見た長い夢のことをかいつまんで説明した。Fは下着無しでそのロングTシャツだけ着て、大笑いしながら聞いていた。
 
「葉月に赤ちゃん産ませちゃうんだ?」
「変な夢だよね」
「あの子、ボクがセックスしてと言ったら応じるよ、きっと」
「そんなことしちゃいけないよ。それは性暴力だよ」
 
もっともアクアFは葉月(F)にかなりセックスの指導をしている。むろん彼女の処女は傷つけていない。彼女は多分ワルツにバージンを進呈したのだろう(もし葉月が女の子だとしたら!?)。
 
「でも強制性転換されちゃったんだ?」
「身長も縮む薬打たれて」
「へー」
と言ってからFは思いついたように言った。
 
「ね、身長測ってみない?」
「うん?」
 

それでFとMはデジタル身長計を出してきて身長を測り合った。
 
(機械式の身長計の頭に乗せる部分だけのもの。フローリングの部屋の壁に立って頭の上にそれを乗せる→身長計を動かさないようにしながら本人は離れる→計測ボタンを押すと音波が発射されて床面での反射により身長が計測表示される:床面がしっかりした平面であれば機械式と同程度の測定誤差)
 
アクアの“公称”身長は156cmなのだが、実はFとMでは微妙に身長が異なる。それで実は2人はお互いの雰囲気を近づけるために、しばしばFが男役をしてMが女役をしている。この事情を知っているのは、ふたりの入れ替えを担当しているわっちゃん(和城理紗)だけである。またふたりを正確に見分けるのは千里さんだけで、冬子さんや青葉さんは結構勘違いしている(勘違いに話を合わせるので間違ってることに彼女たちは気付かない)。コスモス社長はどっちがどっちでもいいみたいだ!(でも冬子さんより当たる確率が高い)
 
それでこの朝測ると、アクアFの身長は157.9cmであった。それに対して、アクアMの身長は157.1cmだったのである。
 
「うっそー!?縮んでる!」
とMは声をあげた。半年くらい前(の朝)に測った時はアクアFが157.7cmに対してMは158.7cmだった。つまりその時から1.6cm(1%?)も縮んでいる、
 
一般に身長は朝と夕では2-3cm変わる。朝が一番高くて夕方は縮む。だからFが朝157.9cmだった場合、夕方には155.7cmくらいになっている。つまり“公称”身長は実は夕方に測定した場合の身長に近い。そしてFとMの身長差は1日の変動誤差内に収まっているので、ふたりが入れ替わっても誰も気付かないのである。
 
「でもこれなら、これからしばらくはボクが女役して、Mが男役した方がいいかもね。良かったじゃん、Mはちゃんと男の服が着られて。スカートはいいとしてブラジャーは恥ずかしいとかよく言ってるし。本当は好きなくせに」
とFは言う。
 
Mは中学生の頃は結構興味本位でブラジャーを自主的に着けていたが、高校生になって以降は、女役をする時以外、日常では着けなくなっていた。やはり自分は男の子だという意識が育ってきているんだろうなとFは思っていた。またFが好むような可愛いブラ、花柄のブラなどを恥ずかしがる。Mが女役をする時に着けるブラは、だいたいシンプルなタイプである。
 
(ブラジャーを日常的には着けていなくても、Fがブラジャーを着けるので、Mもブラ跡が消えない。2人は怪我なども連動する)
 

「なんでこんなに縮んだんだろう?」
「身長を縮む薬を打たれたからじゃないの?」
「あれは夢の中の話なのに」
「ま、ちょっとトイレに行ってきたら?長い夢見たら、きっとたくさん溜まってるよ」
「そんなに性欲は溜まってないよ」
「性欲じゃなくて、おしっこだよ」
と言いつつ、性欲なんて無い癖にとFは思う。
 
「あ、おしっこか。行ってくる」
と言ってMはトイレに行った。
 
そしてFはトイレの中でMが
「うっそー!?」
と大きな声で叫ぶのを聞き、吹き出した。
 

“平和を我らに”年表
 
※基本的には就学年齢の区切りは1-12月である。その年の内に6歳になる子が9月に小学校に入学する。そのため、8-12月に生まれた子は17歳で高校を卒業する。(現代日本で3月下旬や4月1日に生まれた子が17歳で高校を卒業するのと同じ)
 
XX03.09 長男アリサ誕生
XX06.05 次男ヒロカ誕生
XX07.08(0) 三男アクア誕生
XX13,08(6) 6歳の誕生日
XX13.09(6) 小学校入学(4年間)
XX17.07(09) ハヅキが性転換手術を受ける(夏休みを利用して療養)
XX17.09(10) 中学校入学(4年間)
XX20.12(--) アリサが徴兵検査で甲種合格。即入隊。XX23.08まで兵役。
XX21,09(14) 高校入学(4年間)
XX23.08(--) アリサが名誉除隊、XX27.08までは兵役待機期間。
XX23.12(--) ヒロカが駐兵検査で乙種合格。XX24.09-XX27.08まで兵役予定だった。
XX24.11(17) アンドで五輪。男子バスケで優勝。
XX24.12(17) アクアが徴兵検査:拒否して強制性転換。
XX25.01(17) アクアがハヅキと結婚。
XX25.06(--) アルカカップの年だが、女子になったので参加できず
XX25.07(17) アクアが女子高生として高校卒業。女子代表のコーチ就任。
XX25.09(18) ハヅキがマネを出産。
XX26.07(--) ダイカルの潜水艦がスメリシの民間客船を誤って撃沈。死者2000名。
XX26.08(--) ワールドカップの年だが国際的圧力でダイカルは参加拒否される。
XX26.10(19) スメリシがテカトラ側で参戦。
XX27.04(--) ヒロカ戦死(21)。
XX27.09(--) アリサ再入隊。
XX28.02(--) アリサ戦死(25)。
XX28.07(20) 本土決戦が始まる。
XX28,11(21) スイリア五輪だが、ダイカルは不参加。
XX28.12(21) フェーマの町が空襲を受ける。
XX29.01(21) ハヅキが拉致され、奪回する。
XX29.06(--) アルカカップの年だがとても参加できず
XX29.07(21) 終戦。
XX29.10(22) バスケットボール活動再開。女子のナショナルチームに招集される。
XX30.02(22) 新憲法発布。新議会総選挙。新内閣発足。
XX30.08(--) ワールドカップの年だが昨年の地区予選に参加できなかったので出られず
XX31.01(23) 大酒を飲むアクア像が除幕
XX31.04(23) ハヅキが第2子・ビーナを出産。
XX32,11(25) マヒコで五輪。アクア・ネオン優勝。リズム準優勝。
 
 
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