【平和を我らに】(1)
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(C) Eriko Kawaguchi 2021-05-01
Dona nobis pacem. (平和を我らに Traditionall round)
Dona nobis pacem pacem, Dona nobis pacem.
Dona nobis pacem , Dona nobis pacem.
Dona nobis pacem , Dona nobis pacem.
"Dona nobis pacem"はとても古くからある三部輪唱曲(round)で、ラテン語で「私たちに平和を与えてください」という意味の "Dona nobis pacem"という歌詞を繰り返す曲。少なくとも300年以上前からある。モーツァルト作曲と書かれた文献もあるが、そういう証拠は無いし、多分それより古い。
本作品に登場する人物の名前は全て妄想であり、実在の人物とも他の作品の登場人物とも無関係です。登場人物の名前がどこかで聞いた気がするのはきっと気のせいです。
試合時間はもう終わり近かった。現在点数は82-80でこちらが2点負けている。キャプテンのアルトさんのシュートが外れてリバウンドをスメリシの最年少選手・ネオンが取った、速攻で来る。俺は必死に彼の後を追う。彼がシュートのために一瞬停止した瞬間、俺は彼の前まで走り込み、勘でシュートのタイミングを見計らってジャンプ。180度ねじった掌でボールを弾いた。
リバウンドをリズムが取ってくれた。ドリブルで走る。俺も走る。ベンチから「(あと)3秒!」という声がくる。まだハーフライン手前だ。
「リズム!寄こせ!」
と俺が叫ぶと、こちらにパスが来る。まだ10mくらいある。俺がボールをセットすると後からネオンが体当たりしてきた。しかし俺はそれをものともせずにシュートした。
直後、試合終了のブザーが鳴った。
会場の全員が俺が撃ったボールの行方を見ている。
ボールは大きな放物線を描き、
ダイレクトでネットに飛び込んだ!
審判がスリーポイント成功のジェスチャーをしている。
「スリーポイント・ゴール、ダイカル、ナガノ・アクア選手」
という場内アナウンスがあった。
点数は82-83に変わる。
そして試合終了である。但し、俺のシュートの時にスメリシのネオンがファウルしたので、俺はフリースローをもらっう。ネオンは一発退場をくらって、代わりの選手がコートに出て来た。俺はフリースローをきれいに決めて、最終的な得点は。82-84となった。
歓喜にあふれた観客がコートになだれ込んできたのを警備員が排除して、表彰式が始まった。
キャプテンのアルトがでっかい優勝カップを受け取った。副キャプテンのソナタが優勝盾を受けとった後、アキノリさんが賞状をもらう。副賞のバイクのカタログをタクロウさん、副賞のスポーツジャケットをリズムが掛けてもらう。ウィニングボールはいったんテッペイさんが受け取ったが、彼はそれを俺に渡してくれた。
全員金メダルを掛けてもらう。
これまでたくさん金メダルをもらったけど、オリンピックの金メダルは格別だ。俺は思わず金メダルを噛んでみた。
「美味しい?」
とリズムが訊く。彼は俺と同じ高校のチームメイトでもある。最後の舞台に彼と一緒にオンコートできたのは嬉しい。高校生でこの代表チームに参加したのも俺とリズムの2人だけだ。俺は補欠だったが、骨折した選手の代わりに直前にロースターに入ったんだけどね。だから背番号も最後の番号18だ。
「あまり美味しくない」
と俺は答える。
「だろうね」
と彼は笑っていた。
俺は、この他に、得点王・スリーポイント王・大会ベスト5とMVPまでもらって、たくさん賞状とか記念品ももらった。補欠からMVPへの大躍進だ。
なお、ラストで俺に激しいファウルをして一発退場になり、表彰式にも出られなかったスメリシのネオン(銀メダルはキャプテン経由で渡された)は、後でこちらの控室まで来て俺に直接謝った。
「試合の流れの中でのファウルだもん。気にすることないよ。2年後のワールドカップでまたやろう」
「うん。済まない。アクアに借りを作ったな」
「そんなの気にしないで」
「うん、じゃまた2年後の決勝戦で」
それで俺とネオンは硬い握手を交わした。
オリンピックのホスト国アンドから飛行機でダイカルに帰国。カレマン空港に到着すると報道陣があふれていた。インタビューを受けた後、ムリラ大統領にも謁見し、バスケット連盟やオリンピック委員会の幹部とも会った。行事があまりたくさんありすぎたし、嬉しくて何を話したかも覚えていない。
「ナガノさんはもうすぐ徴兵検査ですよね。ナガノさんならどこでも好きな部隊に入れると思いますが、陸軍・海軍・空軍・宇宙軍・海兵隊、どこに行かれます?やはり海兵隊ですか?」
我が国の海兵隊は世界で5本の指に入る強力部隊とも言われている。そこに入るのは名誉あることである。高校生の内にスポーツ界で活躍した選手は海兵隊に入る人が多い。
「行き先は決めてますが、この場で言うのは控えさせて頂きます」
とだけ、俺は答えた。
でも記者たちはやはり海兵隊志望なんだろうなと思ったようである。
地元フェーマに戻ってからも大変だった。キャスタル州知事、フェーマ市長にも挨拶し、学校に戻ってからも校長と話して学校の全体集会でも祝福してもらった。なんか名誉市民にすると言われたのを俺は断った。
そんなのもらったら剥奪された時に何と言われるか。
家でも親父は浮かれてるし。2人の兄貴も
「アクアよくやった」
と手荒に頭を叩いて祝福してくれた。
「全くお前は俺の自慢の息子だよ」
と嬉しそうに親父は言っていた。
「やはり子供は男の子がいい。嫁にやるしかない女はつまらん」
などと父が言うと母が不快そうである。
「何なら俺がスカート穿いて女の子になろうか」
と俺が言ってみると
「気持ち悪いこと言うな。スカートなんか穿いてたら俺が射殺してやる」
などと親父は言っていた。
更に親父は
「お前は特種合格だろうな。名誉なことだよ」
と前祝?のビールを飲みながら興奮して言った。
4つ上の兄貴・アリサは甲種合格して陸軍に入って3年半(XX21.01-XX23.08)の兵役を終え、上等兵まで出世して名誉除隊した。1つ上の兄貴・ヒロカはあまり体力が無く乙種合格だった。しかし志願して(父の命令で志願させられて)高校卒業後の今年XX24.09から兵役に就き、海軍の通信兵になって、駆逐艦に乗船している(現在はXX24年12月)。ちょうどこの時期は船が母港に帰港していたので、俺が戻って来るというので上陸許可をもらって帰宅していた。
徴兵検査では、即兵役に就けるような身体壮健の者は甲種合格で、それに満たない者は乙種合格である。甲種は高校を自動的に卒業扱いになり即入隊する。乙種は召集令状が来ない限りは兵役に就かないが、志願すれば(高校卒業後)従軍することができる。
なお身体に障碍があったり慢性病などで兵役に適さない者は丁種(不合格)となり、体力の許す範囲で4年間の社会福祉活動に従事することになる。丁種になると大学進学は欠格となり(病気治癒や人工四肢装着後などに再度徴兵検査を受ける道はある)、また会社に就職しても35歳までは給料は女と同額(普通の男の半額)しかもらえない。40歳までは会社の役職に就くこともできない。
甲種合格は徴兵検査を受ける高校3年男子の約1割と言われる。息子が甲種合格するとどこの家でも庭で仔牛の丸焼きをして(近所の人にもふるまう)、シャンパンを開けてお祝いする。これはとても名誉なこととされている。
特種合格というのは、とても稀なもので、だいたい1万人に1人と言われる。極めて壮健な身体と高い運動能力を持つ者だけに適用されるもので、普通の人なら入隊すると最初は二等兵だが、特種で合格するといきなり上等兵になり、1年後には伍長(海軍・海兵隊なら二曹)になる。多くが3年間の義務兵役の間に軍曹か曹長(海軍・海兵隊では上曹か一曹)まで出世し、除隊後は士官学校に推薦される場合もある。
なお、3年間の義務兵役を無事終えて普通除隊か名誉除隊すると国立大学に入学する権利が与えられる。アリサ兄は大学には行かずに戦車や戦闘機を作っている企業に就職し、技師として勤務しているが、また軍務に戻りたいと言って日々身体を鍛えている、3年間の義務兵役を終えた場合、最低4年の一般人としての社会生活を経てからしか志願兵にはなれない。“軍人馬鹿”を作らないための制度である。アリサ兄はXX23年8月に除隊したので、再入隊できるのはXX27年9月以降である。(現在はXX24.12)
普段の学生生活に戻ってからも2週間くらいはざわざわしていた。
やっと落ち着いてきたかなという頃、ハヅキが下校時に声を掛けてきた。
「今日は、うち親が留守なのよ。うちに来ない?」
「行く」
それで俺は彼女と一緒に彼女の自宅に行った。
家の中に入ると、ハヅキは俺に抱きついてキスした。
「優勝おめでとう。人が多くてなかなか言う機会が無くて」
「俺もなかなかハーちゃんとふたりになれなくて寂しかったよ」
「約束通り、優勝のお祝いに私をあげる」
「もらう」
それで俺たちは彼女の部屋に入る。
再度キスしてから彼女のセーラー服とスカートを脱がせ、ブラウスを脱がせる。彼女の魅力的な下着姿が露わになる。
「ほんとにしていい?もし妊娠したら」
「アっちゃんの赤ちゃんだもん。ちゃんと産むから心配しないで」
それで俺は彼女をベッドに押し倒すとブラジャーを外し、パンティを脱がせた。俺のほうはもう準備万端だが、彼女の身体を準備させる。彼女の身体の敏感な部分を刺激すると、声まで出して気持ち良さそうにしている。
「じゃ入れるよ」
「どうぞ、私の愛しい人」
それで俺は彼女を俺の物にさせてもらった。俺もこんなことするのは初めての経験だったけど、結構うまくいった気がする。男ってのもいいなあという気がして少しだけ今後のことで迷いが生まれる。
凄く気持ちが良かったから4回も5回もした。俺は自宅に電話して母に、今夜はハヅキの家に泊まると連絡した。母は俺とハヅキの仲を容認していたから、
「彼女を大事にしてやってね」
とだけ言った。
俺とハヅキは朝までお互いの愛をむさぼり合った。
「そうだ。これハーちゃんに渡そうと思ってた」
と言って、俺は青い宝石箱を出した。
「え?これは?」
「今回のオリンピックでスリーポイント王を取った記念品」
宝石箱を開けると大きなスターサファイアのペンダントが輝いている。
「サファイアはハーちゃんの誕生石だなあと思ったし」
「え?でもオリンピックの記念品なんて私がもらっていいの?」
「だってハーちゃんは俺の大事な人だし」
「嬉しい。ありがとう」
と彼女は言って俺に抱きついてきたので、俺はさすがに疲れていたけど、もう一回“する”ことになった。
この日は一緒に登校した。
俺たちが一緒に登校してきたことに気付いた奴はほとんどいなかったようだ。ただ、リズムだけが「ふーん」という感じで俺を見た。
教室では目前に迫る徴兵検査のことが話題になっていた。
男子の高校3年生は卒業を半年後に控えた12月に徴兵検査を受けなければならない。それで甲種合格すれば、高校生活は免除になって即入隊である(翌年の7月に在籍していた高校から実家に卒業証書が郵送される)。乙種合格なら7月の卒業式の後(志願した者は)入隊可能である。あるいは抽籤で招集令状が来て入隊しなければならない場合もある(徴兵検査直後の抽籤による招集は3月に通知が来る)。招集されなかったら、受験勉強して大学進学を目指す者もある。身体に障碍のある者や内臓疾患などの慢性病を持つ者は丁種となる。彼らは大学進学の道を断たれるので、多くが専門学校に進学して、各々の体力でも就業可能な仕事に就くことを目指す。
多くの男子生徒の関心は“如何にして丁種になるか”ということである。
甲種になるか乙種であっても招集されれば兵役に就かなければならない。現在、義務兵役3年間の“死亡率”は10%もある。20年も続くテカトラとの戦争は終わる見込みは全く無く、毎年10万人程度の戦死者が出ている。戦死者は圧倒的に未熟な若い兵士に多い。それで様々な不利益を被っても、何とか兵役を避けようとする者が多い。
さすがに手足を切断してまで不合格になろうという者は(めったに)居ないが、聴覚障害や精神疾患を装う者、大量に塩分を取って高血圧などを装う者、などなどはありふれている。ありふれすぎていて、だいたいその程度は見破られる。
第1子は親からの申請があれば免除される(でもアリサ兄の徴兵検査では親父は「ぜひ兵隊にしてください」という上申書を出した!)。それで戸籍上の操作で第1子になろうとする者もあるが、不正操作とみなされると親ともども懲役刑をくらう。
「如何にしてバレないように聴覚障害を装うか」などとクラスメイトの男子たちが話しているのを聞いて、俺は半ば呆れていた。お前らそれバレたら、厳罰を食らうぞ〜、などと思っていた。その手の徴兵逃れがバレると乙種合格の上で高校卒業後即招集されていきなり前線に回される。市民軍事訓練の参加率が悪い人などもそうだが、基本的に戦争非協力者とみなされると“反動を回されて”招集されやすいし、危ない場所に送られやすい。
暗い顔をしている子がいる。
「ボクやはり丙種かなあ」
などと言っているのは、ミサキである。彼は身長149cm 体重35kg という貧弱な身体である。まあ兵役は無理だ。兵役に就くには最低165cmの身長が必要である。
「ミサキちゃんはそれでいいと思うよ。覚悟を決めなよ」
と俺は彼には言っておいた。
「俺絶対甲種合格するぞ」
と元気な奴もいる。アケミである。彼は全国大会とかには出たことがないが卓球部のエースである。まあ彼なら甲種かもね、と俺は思った。
12月29日、金曜日だが、この日は高校3年男子は学校が休みになるので、俺は自宅から徴兵検査会場の市民体育館に向かった。
「あれ?お前髪は切らなかったのか?」
と親父が言ったが、
「行く途中で切るよ」
と俺は答えておいた。
徴兵検査を受ける者は、基本的に丸刈りにしておくものである。
しかし俺は散髪屋にも寄らず、そのまま会場に向かった。
徴兵検査令状を見せる。
「貴様、なんだその髪は?」
と言われる。
「検査の後で切りますよ」
と俺が言うと、ヤマムラという名札を付けた受付の兵士(軍曹の階級章を付けていた)は
「まあいいか」
と言って、番号札を渡してくれた。それで俺は中に入った。
俺のちょっと後でクラスメイトのナルミが来た。彼(?)はセーラー服姿である。
俺はどうなるかなと思って見ていた。
ナルミが徴兵検査令状を見せる。
「貴様、何の用だ?」
と受付のヤマムラ軍曹が怒ったように言う。
「徴兵検査受けに来たんですけど」
「お前、女じゃないのか?」
「男ですよ。徴兵検査令状が来たし」
「貴様、キンタマ付いてるのか?」
「そんなの付いてませーん」
「キンタマ無い奴は対象外だ。帰れ」
「はい、失礼しまーす」
と言って、それでナルミは帰っていった。
まあ彼(彼女?)に兵役は無理だろうね。彼女は声変わりもしてないからたぶん睾丸は10歳くらいで除去手術を受けたのだろう。もしかしたら既にちんちんも無いのかも知れない。
あの子を無理矢理従軍させたら、部隊内で“彼女の取り合い”で争いごとが起きて部隊内が不和になるだろう。ナルミのようなケースでは、“そもそも男子ではない”ということになり、徴兵検査そのものが取り消しになる。何の罰則も無い。
一応我が国にも女性兵士の部隊(全員志願兵で志気は高いし実力も高い)はあるが、女性のみで編成しているし、決して男性兵士の部隊と一緒には軍事行動もしないし、野営なども一緒にはさせない。(男性部隊が女性部隊の護衛をして一緒に行動するのはたまにある)
ナルミが帰るのを見て、会場内に入ろうとしたが、そこに“変な格好”した奴が来るので、俺はもう少し待った。
“セーラー服を着た”ルキアが徴兵検査令状を見せる。
「貴様、何だその格好は?」
と受付のヤマムラ軍曹が怒ったように言う。
「徴兵検査受けに来たんですけどぉ」
「そのふざけた服をすぐ脱げ」
「アタシぃ、女の子だからぁいつもこの格好ですよぉ」
なんか言葉のイントネーションが気持ち悪いんですけどぉ。
「下手な嘘ついてもバレるぞ、おい、こいつの服を脱がせろ」
と軍曹が命じると、近くに居た数名の兵士がルキアのセーラー服を無理矢理脱がせる。彼は御丁寧に女物のパンティにブラジャーまで着けていた。
結局全部脱がされて裸にされる。
「貴様、ちゃんとキンタマあるではないか」
と言って、ヤマムラ軍曹は彼の睾丸を思いっきり握りしめた。ルキアが苦しそうな顔をしてうずくまる。
「大丈夫?」
と俺は声を掛けた。
「何でバレたのかなあ」
と彼はやっと声が出せるようになって言っている。
「違和感ありありだったよ。女装っていつもしてないと女の服を着こなせないからね」
「ナルミはうまく行ったのにぃ」
「あの子は普段から学校でもずっとセーラー服着てるし。あの子に徴兵検査令状を出すこと自体が間違ってるよ」
と俺は言った。
「そうかもな。でも裸にされちゃった」
「どうせ中では裸になるからいいのでは?」
「帰りはどうしよう?」
「裸で帰ればいいさ」
「え〜?」
「ま、何とかなると思うよ」
ともかくも俺はルキアと一緒に会場内に入った。
最初に身長と体重を計られる。俺は185cm 80kg、ルキアは175cm, 70kg でどちらも合格である。
「君は不合格だ」
と言われている子がいる。ミサキである。
「ですよね。覚悟してきました」
「よし。君には丙種を宣言するけど、いい?それとも何か基礎疾患か何かある?」
基礎疾患があれば丁種になる可能性がある。それで情けを掛けているのだろう。
「いえ。ボクは特に病気とかはありません。それに大学に行きたいから丁種は嫌です」
「だったら丙種を宣言するぞ。本当にいいか?」
「はい、お願いします」
「では君は丙種だ。連れて行け」
それでミサキは若い兵士に連れられて“別会場”に連行された。
「ああ、可哀想に」
とルキアは言ったが
「彼にはその方がいいと思うよ」
と俺は言った。
「確かにそうかもな」
とルキアも思い直すように言った。
身長・体重の後は、視力・聴力の測定がある。俺は両目2.0・聴力も異常無しで合格。ルキアも視力両目1.5・聴力異常無しの合格である。
ここで聴覚障害を装っていた奴がいたが、検査医が
「君は聴力不足かな。丁種になるけど」
と“小さな声で”言うと
「ありがとうございます!」
と元気に答えて、速効で嘘がバレていた。
「馬鹿な奴」
とルキアが思わず呟いたが、人のことは言えん気がする。
その後、血圧が測定される。ここでまた詐病を装おうとしてバレている奴がいた。
体力検査が行われる。
検査種目はまず40kgの砂袋を持ち上げられるかの検査。俺もルキアも軽く持ち上げたが、キャロルはこれを持ち上げきれなかった。少し休憩をさせてから何度かリトライさせていたが、どうしても無理だった。
「不合格だね。丙種がいい?何か丁種になるような案件持ってる?」
「扁桃腺肥大とかではダメですか?」
「んじゃ丁種にしてあげるよ」
「ありがとうございます!丙種は絶対嫌です」
それで彼は丁種の判定状を渡されて会場から帰って行った。
「あいつは丙種でもいいと思うけどなぁ」
「同感」
キャロルはスカート姿が似合いそうである。
その後は、模擬手榴弾の投擲(15m以上)、反復横跳び(30回以上)、そして最後に1500m走(10分以内)がある。どれも合格規準はそう厳しくないのだが、規準に満たず、丙種か丁種を選べといわれてほとんどの子が丁種にして欲しいと言って、適当な病名を申告していた。それを見ていて俺は、最近は軍も結構簡単に丁種にしてくれるんだなと思った。
もっとも“わざと”悪い成績を出しているとみなされた者は再度やらされていた。コウヘイなど「君は丁種は認めない。丙種にするぞ」と言われて「頑張ります」と言って、1500mを2度走る目になっていた(2度目は6分で楽々合格)。
しかしルキアは裸で1500mを走って
「ぶらぶらして邪魔で走りにくかった」
などと言っていた。
「邪魔なら取っちゃう?」
「それだけは嫌だ」
最後に性器検査がある。ここで全員裸になる。
最初から裸だったルキアは
「良かった。これでみんなと同じだ」
などと言っていた。
ひとりひとり軍医に性器をチェックされる。特に大事なのは性病におかされていないかの検査らしい。部隊内で性病が蔓延すると面倒なことになり、場合によってはその部隊の戦闘力にも影響が出る。
俺もルキアも問題なしということになった。射精検査も普通にできた。しかし人前で射精するというのは恥ずかしくてなかなかできずに苦労している奴もいた。
ところが、俺たちの少し後で
「嫌だぁ!」
と声を挙げた奴がいた。アケミである。
「君は包茎だから不合格だよ。丙種を宣言するよ」
と軍医から言われている。
「包茎くらい構わないんじゃないんですか?」
「仮性包茎は問題無い。君のは真性だから、部隊内の規律維持に影響する。丙種になるから覚悟を決めたまえ」
「そんなあ。そうだ。丁種とかにはならないんですか?」
「君何か基礎疾患とかある?」
「えっと・・・何だろう?」
「ダメだね。丙種です。連行して」
それでアケミは抵抗したものの、数人の兵士に取り押さえられて、泣き叫びながら“別会場”に連行されていった。
「可哀想」
「甲種合格するぞって、張り切ってたのにね」
「真性包茎はさすがにやばいなあ」
「予め手術とかして剥いておけばよかったのに」
「もう今更遅いな」
「結局剥く必要もなくなる訳か」
「まあ軍も親切すぎるかもな」
これで全ての検査は終了した。服を着て、最終面接官のところに行く。(ルキアは裸のままである)
ここまで来た者は、だいたい甲種か乙種である(ごく稀に特種)。丙種・丁種、また検査保留になったもの(戊種:2ヶ月後に再検査)は帰宅あるいは別会場に行っている。
俺は面接室に入った。
「君、バスケットでオリンピックに出たんだって?」
と初老の面接官(“ベニカワ”という名札を付けていて、中尉の階級章を肩に付けている)は書類を見て笑顔で言った。
「はい、出て来ました」
「さすがだね。今日の体力検査の数値も物凄く優秀だし」
「そうですか」
「君は特種合格になる。上等兵に任官して即入隊してもらうけど、どこの部隊に行きたい?陸軍、海軍、空軍、宇宙軍、海兵隊、どこでも好きな所に配属するよ」
とベニカワ中尉は言っている。
それで俺はずっと考えていたことを言った。
「私は自分の良心に従って兵役に就くことを拒否します。自分が人を殺すということを私は許せません」
中尉さんの顔が曇る。
「きさま、気でも狂ったか?」
「私は正常です。私には戦闘し、人を殺す行為はできません」
中尉さんはかなり怒っているようだったが、テーブルの上のお茶を飲むと自分を落ち着かせるようにしてからこう訊いた。
「どうしても戦闘しないのか?君が敵兵に襲われたらどうする?」
「襲われても戦いません」
「君が街を歩いていたら敵機が襲来した。君のすぐそばに高射砲の発射台があったけど誰も居ない。今街を救えるのは君だけだ。君はどうする?」
「街のみんなに『早く逃げて』と呼びかけます。足の不自由な人とかを見たら避難の手伝いをします」
「君のそはに高射砲があるんだぞ。君が撃てば敵機を撃墜できるぞ。特に君の身体能力なら確実に撃墜できるはずだ」
「その敵機のパイロットだって、国に帰れば彼の帰りを待っている奥さんや子供がいるんです。どうしてそういう人を殺せるでしょうか」
「だったらこういうのはどうだ?敵兵が攻めてきて、君の恋人を連れ去ろうとした。連れ去られたら彼女はレイプされるだろう。君はどうする?」
「その兵士を説得します。戦場で現地の女性を襲うのはよくないことだ。やめなさいと説得します」
俺は中尉さんと1時間くらいにわたって激論した(結果的に俺の次の順番のルキアは1時間待たされた)。しかし俺はどんな状況でも決して戦わないという態度を貫いた。
1時間後、中尉さんは頭を抱えていた。
「やむを得ない。君のような優秀な人は特種にしたかったし、俺の部下に欲しいくらいだが、君は兵役拒否者として登録する。兵役の代わりに4年間の“奉仕”活動が必要である」
「はい、それでいいです」
と言いながらも、ちょっと抵抗感はある。介護とかの奉仕ならいいんだどね。でも仕方ない。
「君が恐いから徴兵を逃れたい意気地無しとは違うことだけは理解した。君は勇気ある男だ」
とベニカワ中尉は言う。
「ありがとうございます」
と俺は答える。
「徴兵検査自体は丙種になるが良いか?」
「はい。丙種でいいです」
「だったら特別に俺がこの場で見届けてやる」
「ありがとうございます」
中尉は助手の看護婦を呼んだ。看護婦はユリコという名札を付けている。
「この男にこの場で丙種を執行する」
「分かりました」
と看護婦は言う。
「あなたは丙種になりましたので、男性としての全ての権利を失います。よろしいですか?」
とユリコという名の看護婦は俺に言った。
「はい、いいです」
「男性ではなくなったので、ズボン及びトランクスを穿く権利も無くなりました。この場で脱いでください」
「はい」
それで俺はズボンとトランクスを脱いだ。
「あなたは男性ではなくなったので、ガクラン・ワイシャツ・男物シャツを着る権利も無くなりました。脱いでください」
「はい」
(我が国では男物の服は男の市民登録証、女物の服は女の市民登録証が無ければ買うことが出来ない。もっとも商店ではいちいち市民登録証の確認までしないので、異性の性別で“パス”している人は普通にその性別の服を買うことができる。実は俺は小さい頃は女の子みたいな雰囲気だったので、母は俺の服に男物を買うことができず苦労したと言っていた。だから俺の小さい頃の写真にはスカートを穿いた写真がたくさんある)
俺はガクラン・ワイシャツ・そしてその下に来ていたアンダーシャツも脱いだ。結果的に丸裸になる。
「中尉殿、お願いがあります」
「何だ?」
「俺が脱いだ服を部屋の外で待っているヒロタ・ルキアに渡してあげてくれませんか?彼は服がなくて裸なので」
「なぜ服が無い?」
「オカマを装って徴兵逃れしようとしたのがバレて女の服を脱がされてしまったので」
「そういう馬鹿もいるのか。分かった。君が脱いだ服は彼に渡そう」
「ありがとうございます」
ともかくも俺が着ていた服は全部ルキアに渡されることになった。これで彼は服を着て帰宅することができる。
ユリコという名の看護婦は言った。
「あなたは男性ではなくなったので、男性器を所有する権利を失いました。よって没収します」
「はい、お願いします」
この時、ベニカワ中尉が言った。
「君はほんとに見上げた男だな。特別に俺が執行してやる」
「はい。ありがたいことです」
俺は椅子に座り足を広げるように言われた。足下に金属製の膿盆(のうぼん)が置かれる。
それで中尉殿は軍刀を抜くと、俺のペニスの根元に軍刀を当てた。
「後悔しないか?今ならまだ全部無かったことにしてやれるぞ」
「後悔しません」
「君は本当に素晴らしい男だ。尊敬する」
と言うと、ベニカワ中尉は俺の全ての男性器を切り落とした。
切り落とされたものが下に置かれた膿盆に落ちる。
凄まじい血が出る。
猛烈に痛い!
「ではこの後の治療は私が」
「頼む」
「歩けますか」
「平気です」
それで俺はユリコ看護婦に股間に脱脂綿を当ててもらい、彼女に連れられて奥の部屋に移動した。
ベッドに寝せられる。
「尿道が塞がらないように針を挿した上で3日くらい待つと傷は塞がりますが麻酔を打って痛みを和らげることもできます。ただし料金が10デナリー(多分1万円程度)かかりますが、麻酔を打ちますか?」
「払いますので麻酔を打ってください」
と言って、俺はカバンの中から10デナリー銀貨(*1)を出して看護婦に渡した。
(*1)この時代には世界共通貨幣として古代の通貨の名前から採ったデナリー(denary)と補助通貨としてパラ(para)が採用されている。重さ50gの500デナリー金貨(大金貨)は、例えば金1グラムが7000円なら35万円に相当する。この時代には本金貨および補助貨幣として世界銀行発行の下記のものが流通している。添付した価格はAD2021年現在の金そのものの価格である。
大金貨(500d) 直径32mm 重さ50g 35万円
小金貨(100d) 直径19mm 重さ10g 7万円
大銀貨(50d) 直径27mm 重さ15g
小銀貨(10d) 直径22mm 重さ 8g
穴銀貨(5d) 直径22mm 重さ 5g
穴なし白銅貨(1d=1000p) 直径24mm
穴あり白銅貨(500p) 直径24mm
穴なし青銅貨(100p) 直径22mm
穴あり青銅貨(50p) 直径22mm
穴なし黄銅貨(10p) 直径20mm
穴あり黄銅貨(5p) 直径20mm
穴無しアルミ貨(1p) 直径18mm
同じ素材で出来た硬貨は、一般に穴あきのものがワンランク下である。これは穴を開けることで重量が小さくなるのが主たる理由だが、男尊女卑の強いわが国では“穴が空いてるのは女だから穴の無い男よりランクが下”などとも言われる。
「分かりました。では麻酔を打ちますね」
と言って、看護婦が麻酔を打ってくれたので、俺はようやく激しい痛みから解放された。
しかし・・・股間に何も無いというのは、何か寂しいものだ。
ああ、俺男辞めちゃったんだなあと思うと、軽い後悔の念もあるが決めていたことである。
看護婦は言った。
「あなたの市民登録簿から、今、男性という属性が消去されました。現在あなたは無性です。この後、料金を払えば女性または男性の性器を形成することができます。女性器の形成は料金1000ディナール(きっと100万円くらい)、男性器の形成は2000ディナール(きっと200万円くらい)かかります」
「男の性器を形成したら徴兵検査に逆戻りですよね」
「はい。あらためて徴兵検査を受けて頂くことになります」
「だったら女性の形にしてください」
「その場合、あなたは女性に課せられた義務を負うことになりますがよろしいですか?」
「はい、構いません。ただ、私はIPS細胞から育てた自分の女性器があるので女性器の形成や人工女性器の埋め込みではなく、それを移植して頂けますか?」
(女性器を形成する場合は切除した男性器を材料に擬似的な女性器を形成する。たとえぱペニスの皮を裏返してヴァギナにし、陰嚢の皮膚を利用して大陰唇を形成、亀頭の一部を陰核に転用、残りをポルチオ(子宮口)に転用する。またペニスの海綿体を利用して小陰唇を形成する。もう数百年前からある技法である。人工女性器は合成樹脂製で、女として性行為をする場合(男性側は)最も気持ち良いらしい。男性用自慰器具をこちらの体内に埋め込むようなものである。しかし、妊娠能力はないし耐久性が無いので最長でも10年おきに交換手術が必要である。IPS細胞から育てた人工培養女性器だけが、妊娠能力を得られるがこれを育てるには最低3年必要である、つまり俺は3年前からこれを準備していた)
「あなた、そのつもりで準備してたのね」
「はい、そうです」
と言って、俺は自分の女性器のストックコードを携帯に表示させて提示した。看護婦はそれをスキャンする。
「在庫を確認しました。料金払えますか?」
「はい」
と言って、俺は500ディナール金貨を2枚、カバンの中から出して看護婦に渡した。
「用意がいいわね。出庫指示を出します」
それで到着には1時間ほど掛かるということだった。
「女性器を移植すればあなたは機能的には女性になり、市民登録簿にも女性の属性が付与されます。しかしあなたは男性的な逞しい体格をしています。もし希望なさる場合、体格を女性化させるミニマイザーを投与することもできますが、希望しますか?料金は500ディナールで、1時間ほどで体格が女性化します。ただしこの薬は約10%の確率で死亡します」
10%の死亡率って高すぎるよなと思う。
「はい。覚悟してきました。注射してください」
と言って、俺は500ディナール金貨をまたカバンから出して看護婦に渡した。
「では打ちますが、この注射を打った後は1時間ほど激しい苦しみを体験することになります。死ぬ方の多くはその苦しみに耐えられずに死んでしまうようです。本当に打っていいですか」
「いいです。打ってください」
それで看護婦は俺にミニマイザーの注射をした。
これは・・・
マジできつい!
チンコを切られるのは覚悟していたし、その痛みも我慢したが、このミニマイザーの辛さは・・・・本当に死んだ方がマシと思うくらい辛い。チンコ切られたのは後悔しなかったけど、ミニマイザーの注射は・・・・マジ後悔した!
全身にわたって激しい苦しみが続く。
そろそろ1時間かなと思って看護婦に尋ねるとまだ20分しか経ってなかった。ひぇー。
そして精魂尽き果てるくらい苦しんで、ようやく1時間が経過したようで、俺は苦しみから解放された。
「立てますか」
「何とか」
と答えた時、あれ?と思う。
「声が高くなってる」
「身体が縮んで声帯も短くなったので」
「なるほどー」
俺はバリトンボイスだったのだが、これはソプラノだ。
身長・体重を計られたが、身長は157cmになっている。
ミニマイザーはだいたい身体を10%縮めるので185cmなら166cmになりそうだが、かなり効き過ぎているようだ。15%くらい縮んでいる。
「あ、済みません。薬の投与量が多かったみたいです。計り間違いました」
とユリコ看護婦。
おいおい。
「普通はこの量を打つと致死量を超えているのですが、あなたよく生きてますね」
「ははは、丈夫なもので」
しかしわざと“間違えた”んじゃないのか?兵役拒否者は昔はその場で銃殺されていた時代もあった。今でも兵役拒否した後“事故死”したという話はわりとよくある。
体重は80kgだったのが、49kgまで半分近く減っている。身長が15%減れば体積は1-0.85
3 = 38%減る計算だ。よくこれだけ減って死ななかったものだ。あ、だから致死量を超えていたのか。あはは。
この後、IPS細胞から育てていた俺の女性器が到着したので、その移植手術を受けることになった。コスモスという名札を付けた医者が来て、俺に全身麻酔を打った。完全に意識を失ったので、何がどうなったか分からないものの、目が覚めた時、俺は病院のヘッドに寝ていた。
「目が覚めたらナースコールしてください」
という紙が貼ってあったのでナースコールする。
昨日も見たコスモスという名札を付けた医師が来て病院着の裙をめくり、股間に巻かれた包帯を外した。
そこにはきれいな女の股間があった。
俺は一瞬「きれーい」と思った。これもいいかもね。ハヅキのお股と同じ形だ。彼女と別れなければならないのは正直辛いけど仕方ない。心がキュンと痛む。
そして俺はこのお股に誰か男性が自分のペニスをインサートする状況を想像してドキドキした。俺、その時、ちゃんと女として反応できるかなあ。
医者は俺の“割れ目”を指で開き、内側のあちこちを触る。更には“穴”の中に金属製の器具を入れて観察していた。何か変な気分だった。
「もう血も止まったようですね。痛いですか?」
「特に痛くはないです」
「ではもう退院していいですよ」
「あ、いいんですか」
「あなたの市民登録簿は性別女性に書き換わっています。あなたは三男だったのですが、長女に変更になりました。名前も変えることができますが、変えます?」
「いえ、そのままでいいです」
「性転換証明書をお渡ししますね」
と言って、コスモス医者が書類をくれた。
《ナガノ・アクアは、全ての男性器を除去され、完全な女性器を移植された。ナガノ・アクアはもはや男性ではなく女性である。彼は今後は彼女と呼ばれる。彼女は男性としての全ての権利を喪失し、女性としてのあらゆる義務を課されることになった」
と書かれていた。まあこの国は特に男尊女卑社会だからなあ、だから男は権利で女は義務なんだ、と俺は思った・・・いやもう女になったから、自分のことは“私”と言うことにしよう。そう私は思った。
「新しい市民登録証は一週間程度で自宅に郵送されますが、それまでのつなぎに仮の市民登録証をお渡しします。これを持っていれば女子トイレや温泉・プールの女子更衣室に入ってもとがめられませんし、女の服を買うこともできます」
「分かりました」
と言って、私は“ナガノ・アクア 性別:女”と書かれた仮の市民登録証を受け取った。
「男性の市民登録証は返却してください」
「はい」
それで私はこれまで携帯していた“ナカノ・アクア 性別:男”という市民登録証をコスモス医師に渡した。
「服を買いに行くまでのつなぎで、女物の下着とスカート・ブラウスをお渡しします。これは返却不要です」
「ありがとうございます」
私は、渡されたパンティを穿き、キャミソールを着て、ブラウスを着、スカートを穿いた。
「あなた、全然問題無くブラウスのボタンを留められたわね」
とエーヨという名札を付けた看護婦が言った。
「難しいものなんですか?」
「いやいいけど。実は私も元は男の子だったんですけど、徴兵検査で丙種になって、女にされちゃったから、看護婦になったんですよ。女になってすぐはブラウスのボタンが留められなかったもん」
この国では看護婦になれるのは女だけである。外国では男性看護婦もいるらしいけど(男でも“婦”でいいんだっけ?)、我が国には存在しない。
「へー。ボタン留めるのがそんなに難しいのかなあ。だけどあなたは女の子になってよかったと思いますよ。可愛いもん」
「ありがとう。私も女に変えられてすぐの頃はちんちん無くなってショックだったけど、その内女の子もいいなと思うようになった」
「むしろあなたのような人が男だなんてもったいないと思う」
「そう?友だちからも割とそれ言われた」
それで私は歩いて病室を出る。
「あなたよくスカートでちゃんと歩けるわね」
「え?何か難しいものなんですか?」
なぜ元男性だという看護婦さんがそんなことを言ったのかは分からなかったが、私はスカート姿で退院した。
そしてまずは洋服屋さんに行った!
女になったので、マジで女の服が必要だ。
かなり身体が縮んだから多分パンティーはMでいいだろうと思ったが、ブラのサイズが分からない。素直に店員さんに訊く。
「すみません。私ペチャパイなんでブラジャー着けてなかったんですが、あんたも高校生ならブラくらい着けなさいと言われて。でもサイズが分からないので見てもらえますか」
「はいはい」
それでアヤカという名札を付けた店員さんはメジャーで私の胸を測ってくれた。
「あなたホントに絶望的に胸が無いわね」
「すみませーん」
性転換手術では通常、豊胸手術などはしない。性転換後に、移植された卵巣から出る女性ホルモンの作用で(卵巣の移植をしなかった場合は人工的な女性ホルモンの摂取で)、胸は数年以内に発達するので、自然な発達に任せる。
結局、B65にして、足りない分はパッドを入れるといいと言われたので、そのサイズのブラを5枚買い、ウレタン製のパッドも買った。
その後、普段着用スカートを取り敢えず3着、カットソーを5着買う(我が国では女は特に理由がない限りズボンを穿くことは禁止されている。必ずスカートを穿かなければならない)。荷物がだいぶ重たくなってきたが、自分に腕力が無いのを感じる。身体が縮んだから筋力も極端に落ちたようだ。
その後、私は学校の制服を取り扱っている店に行った。
「すみませーん。転校してきたので、**高校の制服を作りたいのですが」
「はいはい」
それでヒロエという名札を付けた店員のお姉さんがサイズを計ってくれたが、このサイズなら出来合であるということだったので、それを購入した。そしてフィッティングルームを借りてその制服に着替えた。
鏡の中を見るとちょっと可愛い女子校生がある。
あはは、朝家を出た時はがっちりした男子高校生だったのに。
でもこういう可愛いのもいいな。
そう思うと楽しい気分になって自宅に戻った。
「ただいまあ」
と行って、家の中に入っていくと、父は軍事雑誌を見ていた。母が料理の手を休めてこちらを見る。
「あのぉ、どちら様でしょう?」
「私、アクアだよ。徴兵検査で丙種になったから、男は辞めさせられて、女の子になっちゃった」
「え〜〜〜〜!?」
と母が驚き
「何だとぉ!」
と父が激怒した顔で叫んだ。
私は本来は特種合格のはずだったが、良心にもとづき兵役を拒否したことを説明した。それで扱いは丙種ということになり、男性という性別を剥奪されたので、無性になったところで、女性器の移植をしてもらい、女性になったと言った。
父は驚きを通り越して、気分が悪くなったようで、奥の部屋に行って寝てしまった。母もかなりショックを受けていたようだったが、ちゃんと私の話を聞いてくれた。
「だったら、あんたこれからどうするの?」
「7月の卒業式までこのまま女子高生として通学するよ。その後、大学進学を目指す」
丁種であれば男性という性別は維持できるが、大学進学の道は閉ざされる、就職しても給料は女並みである。しかし丙種の場合は、試験に合格すれば大学に進学できるけど、男性ではなくなる(就職した後の給料は普通に女なので、やはり男の半分しかもらえない)。
不合格になった子は男を捨てるか進学を諦めるか厳しい2択を迫られる。
まあ、普通は男までやめたくないから、進学を諦めて丁種になるけどね。
但し兵役拒否者の場合は丁種の選択は無い。必ず丙種である。
「まああんたがそれでいいなら、私はそれでもいいけど」
「理解してくれてありがとう。お母さんの娘になったから、頑張って親孝行するよ。男だと戦争に行って死んじゃうけどさ」
「それは確かに1人くらい女の子が欲しかったなあとは思ってたのよね」
と母は複雑な表情の中で言った。
父は私がスカートなんか穿いてたら射殺するなどと言っていたことも忘れて一週間くらい寝込んだ末に、私の存在を無視するポリシーに転じたようであった。私を見ても何も言葉を交わさないし、私が「おはよう」とか言っても一切返事をしない。
アリサ兄、ヒロカ兄は私の選択に呆れていたが
「何か困ったことあれば言えよ」
と言ってくれた。
連休が終わる。今年は12/29(金)に徴兵検査が行われ、30日(土), 31日(日), 1/01(祝)と休みが続いて1月2日から学校がある。
むろん私は女子制服を着て学校に出て行った。
「おはよう」
と私が教室で声を掛けると
「あんた誰だっけ?」
「転校生?」
などと言われる。
「私ナガノだよ。女の子になっちゃった」
と私が言うと
「え〜〜〜〜〜!??」
とみんな一斉に驚いたような声を出した。
ルキアが来た。
「俺にお前の服を渡してくれるように言われたと言ってたから何があったのかと思ったら、女になってしまったのか」
「うん。だから男の服が要らなくなったからルキアにあげた」
「ナガノ君も女の子になっちゃったの?」
と女子制服姿のミサキが来る。
「ミサキちゃん、女子制服似合ってるよ」
と言うと彼女は
「恥ずかしぃ」
などと言っている。
「いや、ミサキは女の子になって良かったよ、とみんな言ってた所」
「うん、私もミサキは女の子になる素質があると思ってた」
「そう?ボクまだスカートでちゃんと歩けなくて、学校まで来る間に3回も転んじゃった」
とミサキ。
「ミサキちゃん、女の子になったんだから“わたし”と言おうよ」
「それも恥ずかしぃ」
「アクアは普通に女の話し方になってる気がする」
「そう?特に私何も意識してないけど」
「スカートで歩ける?」
「普通に歩いてるけど」
と言って、私は少し歩いてみせた。
「お前、女として順応しすぎている」
と私はみんなから言われた。
「そうだ、アケミは?」
「あの子、男を辞めさせられて女になったのがショックで今日は学校休んでる」
「まあショックかもね」
「ボクもショックだったけど、だいぶ両親やお姉さんたちに慰められた」
とミサキはまだ“ボク”という自称で言っている。
彼、いや彼女は女の子3人産まれた後にやっとできた男の子だった。それが女の子になっちゃったのは、親もがっかりしているかも知れない。彼女の場合、長男ではあったが、第1子ではないので“第1子徴兵免除”規定が使えなかった。
「アクアは平気なの?」
「兵役拒否すること決めて覚悟してたし」
「勇気あるなぁ」
「ちんちん切られる時、痛かったでしょ?」
「それも覚悟してたし」
通常丙種は全身麻酔を掛けた上で、男性器の切断と女性器の形成(または移植)が“無料で”行われる。しかし兵役拒否者の場合は麻酔無しで男性器を切断されるし、その後女性器の形成(または移植)する場合は有料である!。(お金が無くて無性のままになってしまう人もある:私の場合は大会でもらった賞金の類をこのためにずっと積み立てておいた)
「だけど兵役拒否した人は“あれ”を4年間しないといけないんでしょ?」
「我慢する」
「それも偉いなあ」
「あ、リズムは?」
「彼は特種合格して即海兵隊に入隊したから、もう学校には出て来ない」
「まああいつなら特種だろうな」
「あれ、ハヅキは?」
ハヅキは確かに教室に居たはずだが、その辺りに見ない。
「帰っちゃったよ」
「え?」
「アクアが女の子になったの見て顔が青ざめてた」
「好きだったんでしょ?もう結婚してあげられないだろうけど、後でお家に寄ってあげなよ」
とクラスメイトたちが言ったが、私は即言った。
「今すぐ彼女の所に行く。先生には私、今日欠席すると言っといて」
「うん。それがいいかも」
「これ、お母ちゃんに書いてもらった、性別変更届け。先生に渡しといてくれない?」
と私は届けの紙をルキアに託した。
「分かった。渡しておく」
とルキアはしっかり届けを預かってくれた。
私は真新しい赤い学生鞄も教室に置いたまま、通学用のローヒールを履いて(母から「よくヒールのある靴で歩けるね」と感心?されたけど、何か難しいんだっけ?)学校を飛び出した。
多分ハヅキは自宅に帰ったのではないと思った。私は急いで走った。彼女がいる方角が分かるような気がして、私は勘で走った。そしてイーハトーブ地区のケンジュウ公園に行った。そこの噴水の所にハヅキは居た。
「ハヅキ!」
と声を掛けると、放心状態のハヅキがこちらを振り向いた。
「ハヅキ」
と言って駆け寄り、私は彼女を強く抱きしめた。
彼女が求めて来るのでキスする。
舌を入れ合って激しく吸う。
ああ、特高(特別高等警察)に見つかったら罰金モノだなと思いながらも、私は彼女と長時間のキスを続けた。人の視線を感じるけど、構うものか。
たぶん20分近くキスしていたと思う。
でもそれでやっとハヅキは落ち着いたようだった。
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【平和を我らに】(1)