【夏の日の想い出・女になりましょう】(下)

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その日の午後からは渋谷に移動して、KARIONの次のシングルの制作に入った。
 
今回のシングルのタイトルは『コーヒーブレイク』。前回の作品は「4」という数字を強調するコンセプトCD的になってしまったので今回は「一息ついて普通の音楽を」という趣旨である。
 
タイトル曲の『コーヒーブレイク』は実は高校1年の秋に私がローズ+リリーとKARIONの《ダブルツアー》をした時、私がマジで忙しそうにしているのを見たトラベリングへルズのSHINさんが
 
「まあ、コーヒーでも飲んで一息つきなよ」
とBOSSの缶コーヒーを渡してくれた時に思いついたものである。
 
元々は私が歌詞・曲ともに書いているが、和泉に添削してもらっている。クレジットは普通に森之和泉作詞・水沢歌月作曲にしているし印税配分も普通通りである。私の作曲クレジットにしていて和泉に手伝ってもらっているものもあるし、このあたりは「おあいこ」ということにしている。
 
カップリング曲の『恋の足音』は櫛紀香さんの作詞作曲である。福留彰さんが作詞作曲までしたものは過去に入れたこともあるが、櫛さんの作曲作品は初めてになる。実は福留さんの詩作が今ちょっと不調でKARION的な作品を書く自信が無いと言われたこと、いつも福留さんや櫛紀香さんの詩に曲を付けている相沢さんと黒木さんのふたりともがツアー疲れで「曲を書く精神的ゆとりが無い」と言っていた時、櫛さんが「僕が曲まで書いてみてもいいですか?」というので書いてもらった所、かなり良いできだったので採用した。実際には細かな音符や構成を黒木さんが少し修正している。特に間奏は黒木さんオリジナルだがクレジットには出さない。
 

「でも和泉ちゃん・蘭子ちゃんは僕らよりハードそうなのに、よく創作までする精神的余裕があるね」
などと黒木さんが言う。
 
「今回のはストックから使いますから」
「若干詩・曲ともに見直しましたけど」
「そうだね。半分くらい書き直したかな」
「結構な作業じゃん!よくやるね」
 
「若さでしょ」
と小風が言う。
「まだ20代だけどな。僕も」
と黒木さん。
 
トラベリングベルズの5人の中で黒木さんだけがまだ20代。残りの4人は既に三十路に突入している。
 
「でもストックってたくさんあるの?」
「20-30曲はありますよ」
「昨年のアルバムに入れるつもりだったのが漏れたのも残ってるし」
「その内換骨奪胎して何かに使いますけどね」
 
「しかし換骨奪胎って字面を見ると物凄い単語だよな」
「大改造手術ですね」
「性転換手術ってのもあれ、物凄いことしてるみたいね」
「あれは体積は減るけど、表面積はほとんど変わらないという手術なんです。内容物は廃棄するけど皮膚はほとんど捨てませんから」
「内容物ねぇ」
 
「プラモか人形でも改造するかのように巧みに素材を融通して女性器を作りあげるんですよね。考えた人凄いです。手術の様子はyoutubeにもたくさんアップされてるから、見たければ見れますよ」
 
「いや多分見たら気分悪くなる。チンコも痛くなりそう」
と黒木さん。
「実は見てみたことがあるけど3分で停めた」
と小風。
 
「多分見ても平気なのは、医療関係者か、性転換したいと思っている人だけ」
 
「でもSHINさんも一度性転換してみる?」
などと小風が訊く。
 
「そうだなあ。35歳までに結婚できなかったら、いっそ女になっちゃおうか」
「SHINさん、女装似合いそうだもんね」
と小風。
「SHINさん、スカートとか一度穿いてみてごらんよ」
と美空。
「ハマったら怖いからやめとく」
と言ってから黒木さんは付け加える。
 
「ローズクォーツのタカはあれ絶対個人的にも女装の味しめてるよな?」
 
私は含み笑いをした。
 

最後の『夕映えの街』は最初実は広花(広田純子・花畑恵三)ペアに頼むつもりだったのだが、ちょうど別のユニットのアルバム制作中ということで余裕が無いようだったので、照海(葵照子・醍醐春海)ペアに頼んだら、3日で書いて返してくれた。例によって、おふたりの可愛い字でのコメントが付いていた。
 
「君たちが4人というのは春海から聞いて知ってたけどやっと4人のカリヲンが表に出れて良かったね。君たちにはちょっと可愛すぎる歌詞かも知れないけど、小風ちゃんの笑顔や美空ちゃんの雰囲気見てると、ついこんな感じのになっちゃうのよね」(照)
 
「実は『女神の丘』の神社の裏手に行って夕映えの千葉市を見ていてこの旋律を思いつきました。あそこ良い場所ですね。でも蘭子ちゃん、ライブでの1人2役お疲れ様。オーバーワークにならないようにね」(海)
 
「4人というのを醍醐照海さんが知ってたって、美空が言ってたの?」
と私は訊いた。
 
「ううん。言ってないけど、照海さんは最初から知ってたよ。むしろローズ+リリーがデビューした時に『洋子ちゃん、他のユニットも兼任するの?』と言われた。あの年の秋のツアーで北海道に行った時」
 
「うむむ」
 
でも私は今美空が言った言葉の中に何か引っかかる単語があった気がした。
 
「いや、KARIONの初期からのファンの中にはそういう認識だった人、割と居たみたい」
と和泉。
 
「このペアは私たちのデビュー前からこの世界に居たみたいだから、視野が広いんだろうね。Lucky Blossomのデビューが私たちより1年くらい前だから、その時以来でしょ?」
と小風も言った。
 
小風のその言葉で、私はまた頭の中のもやもやしたものが増えたような気がした。
 

「でも『小風ちゃんの笑顔や美空ちゃんの雰囲気』って、この雰囲気って体形と書きかけて書き直した気がする」
 
「私、そんなに体重無いよー」
「いやこのツアーの間に明らかに太ってる」
「そうかな?」
「だってウェストのホック留めるのに苦労してた」
「やはりツアー先で、その土地のうまいもんをたくさん食べてるからという気がするぞ」
「ツアー終わったら少しダイエットした方がいい」
 
「美空、万一体重が60kg越えたら教育入院って社長が言ってたよ」
「それはやばいな」
 
「御飯の量を1割減らして、その分、野菜を食べればいいんだよ」
「そうそう。葉っぱ系の野菜とか海藻にキノコ類はノンカロリーだからいくら食べてもいい」
 
「でも買い物に行く時間が無いんだよねー。らでぃっしゅぼーやか大地を守る会に入ろうかなあ」
 
「まあいいかもね」
「頼むんなら2〜3セットで注文しないと足りないかもね」
「標準のセットだと1日で終わるよね、たぶん」
 

「『女神の丘』の神社に醍醐春海さん行ってみたって書いてあるけど、あの近くに住んでるのかな?」
 
「うん。醍醐さん、千葉だよ。葵さんは都内だけど」
「へー、そうだったのか」
 
「なんかあそこ参拝者が増えてるらしいね」
「ローカル番組でしばしば取り上げてるみたいだよ」
 

6月29日(日)。その女神の丘の神社に、招き猫を設置するという件で、青葉が富山から出て来た。
 
「いや、話を聞いた時はびっくりしましたよ」
などと青葉は言っている。
 
「かぁいい子たちだよー」
と言って常滑の窯元で作ってもらった大きな白黒の招き猫を政子が青葉に見せる。
 
「大きいですね!」
「左手挙げた白猫はメスで運を開き人を招く、右手挙げた黒猫はオスで厄を除けてお金を招く。これ、どちらも20号と言って高さ63cm。特注品」
 
それで巨大な招き猫2体を荷室に載せたまま、政子と青葉を乗せて千葉まで行く。現地で千里・桃香・彪志と落ち合う。既に祠の手前に設置している狛犬台の上に招き猫を載せてみる。
 
「これどっちがどっち?」
「ちー姉、どっちだと思う?」
と青葉は千里に訊いてみたが
「そういうのは分からないから青葉が決めて」
と言っている。
 
青葉は千里を試してみたのかな、という気がした。すると政子が出て来て
 
「これはねー、祠に向かって祠に向かって左側に右手を挙げた黒猫、右側に左手を挙げた白猫だよ。そうすると、各々外側の手を挙げている形になって門が広くなる。内側を挙げたら狭くなっちゃうよ」
 
と言って、そういう配置に置いてみる。
 
「はい、それでいいと思います」
と青葉は言った。
 

そんなことを言っていた時、近くにワゴン車が駐まり、そこからテレビカメラを持った人を含めた男女数人が降りてくる。
 
「こんにちは〜。こちら関東不思議探訪という番組なんですけど、もしかしてこの神社関係の方ですか?」
と声を掛けてきたのは旧知のアイドル、谷崎潤子ちゃんだ。
 
「潤子ちゃん、おはよう」
と私は声を掛ける。
 
「わぁ、洋子さんだ! おはようございます! って今日はケイさん?蘭子さん?」
 
私は苦笑する。
 
「その洋子さんとか蘭子さんって知らないんだけど」
「あ、ケイさんですね。あ、マリさんもいる。おはようございまーす」
「おはようございまーす」
とマリも挨拶する。
 
「あれ? 何か可愛い招き猫!」
「これを設置しに来たんですよ」
 
「あっそうだったんですか! 実はこの神社の左右に何か台が作られているという情報があって取材に来たんですよ」
 
「もう少ししたら工務店の人が来るので固定してもらいます」
「わあ、だったら、そこまで取材していいですか?」
「いいですよ。って、これ生放送じゃないよね?」
「はい。生放送です。スタジオさん、いったんお返しします」
 
やれやれ。「洋子さん?ケイさん?蘭子さん?」というのも放送されちゃったのか? まあ、今更だけどね!
 

ほどなく工務店の人が来たので、今置いている状態で固定してくださいと頼む。それで工務店の人がその常滑焼の招き猫2体をその位置にセメントで固定してくれた。作業をテレビカメラが撮す。後でこの部分の録画を流すのだろう。
 
「じゃ今日は富山の鱒寿司を奉納しよう」
と言って青葉は笹義の鱒寿司を祠の前に一パック奉納し、左右の招き猫の所にも小さいパックを1個ずつ置いた。
政子は虎屋の羊羹、私はショートケーキの箱、桃香はバウムクーヘン、千里はメロン、彪志はクッキーを置いた。
 
お参りする。潤子ちゃんたちもお参りしてくれる。少し待機する。
 
「虎屋の羊羹がある〜!」
「潤子ちゃん、撮影が終わったら持って帰ってもいいよ」
「え? ほんと? もらっちゃおう」
「他にも欲しいのあったら持って帰っていいよ」
 
「わぁい。あれ?この鱒寿司って富山の名物でしたっけ?」
と潤子ちゃん。
 
「そうですよ。富山から来たんで」
と青葉が答える。
 
「へー。私も北陸方面に行った時、よく買うんですよ。あれ? これいつも買ってるのと少し違う気がする」
 
「よく売られているのは源というところの製品です。これは笹義。鱒寿司を作っている所はたくさんあるんですよ。それぞれごひいきがあるんですよね。博多の明太子で、人によって色々ごひいきがあるのと同じで」
 
「なるほどー」
「ここのは高速のSAとかに置いてありますよ」
「じゃ今度寄った時に見てみよう。これももらっていいですか?」
「いいよ、いいよ」
 
すると青葉が言った。
「ただですね、谷崎さん。その鱒の寿司は今神前に奉納して神様が頂いたので味が薄くなっちゃったんです。せっかくですから、同じものを製造元からそちらにお送らせますよ。何でしたら食べ比べてみられるといいです」
「え?そういうことあるんですか?」
 
「普通だよね?」
と言って青葉は千里に振る。
「まあ、そういうこともあるかもね」
と千里は微笑んで答える。
 
「青葉、生ものを事務所に送っても廃棄される可能性あるから、うちに送ってよ。私が潤子ちゃんとこに持って行くよ」
と私は言った。
 
「あ、それはいいですね。よし、今回の味をしっかり覚えておいて、後から頂いたのと味の比較をしよう。もし味が違ってたら、その件を番組で言ってもいいですよね?」
「いいですよー」
 
「それ神社に関わる人の間ではわりと知られているんだけどね」
と彪志が言った。
 

ディレクターさんっぽい人が電話でスタジオ側と話している。潤子ちゃんもそのそばに寄って頷いている。やがて放映再開するようだ。
 
「はーい。みなさーん。招き猫2体が今設置された所です。ほんとに可愛いですね。奉納のおやつもたくさん置かれてます。でも招き猫って、色の違いとか、左右の挙げている手とかで意味の違いが出るんでしたっけ?」
と言って、潤子ちゃんは、一番近くに居た千里にマイクを向けた。
 
千里はびっくりしたようだが解説する。
 
「一般に左手を挙げた招き猫はメスで人を招き、右手を挙げた招き猫はオスでお金を招くと言います。また白い招き猫は開運の効果があり、黒い招き猫は厄除けの効果があります」
 
青葉も頷いている。
 
「あ、だったら、左手挙げた白い招き猫と、右手挙げた黒い招き猫でお金も人も呼んで、開運厄除けで何でも行けますねー」
 
「そうですね」
「じゃ、この右側にいる白い子がメスで、左側にいる黒い子がオスなんですね」
「そうです。陰陽で右は陰、左が陽ですから、その起き方が自然です」
 
「普通の狛犬も右がメスで左がオスですか?」
「それは議論があって定まらないんですよ。狛犬は右に阿形、左に吽形ですが、その阿形(あぎょう)口を開いている方がメスと言う人と、そちらはオスで、左の吽形(うんぎょう)口を閉じている方がメスと言う人があって、議論も決着がつかないです。性別は無いんだという人も多いです。沖縄のシーサーも狛犬と同じ配置ですが、やはり性別は不明です」
 
私はこういうことに意外に千里が詳しいんだなと感心した。確かに青葉が必要な様々な神具・呪具などの類いも千里が東京で買って送ってあげていると聞いたこともあった。元々そういう方面に強いのだろうか。
 
「オスの招き猫を拝むと、男の子の機能が強くなったり、メスの招き猫を拝むと女の魅力が上がったりします?」
と潤子ちゃんが訊いた。
 
こらこら、この子は何を言い出すんだ?
 
すると千里は苦笑しながらも
 
「元々、猫というのは結構生殖の象徴の面もあるんです。エジプトの女神バステトは猫神様ですが、家の守り神であり、また多産の象徴ですね。多産は豊穣につながるので、子供をたくさん産む動物、猫・犬・豚などは古くから農業や牧畜の守護神として、また子孫繁栄の守護神として信仰されてきたんですよ」
と解説してあげた。
 
「ということだそうです。男の精力・女の魅力を磨きたい人は、ここに来て招き猫ちゃんにお供えするといいかもですよ」
と潤子ちゃんはカメラに向かって言う。
 
全くローカル番組だと思って、凄いこと言う子だ。(この不思議探訪は関東圏のみで放送されている)
 
その時、政子が横から口を出した。
 
「ね、ね、女の子になりたい男の子は白いメスの子、男の子になりたい女の子は黒いオスの子にお参りすればいいかな?」
 
「あ、どうでしょう?」
と言って、潤子ちゃんはまた千里にマイクを向ける。どうも潤子ちゃんは千里を神社の巫女さんか何かと思っている感じだ。
 
「ああ、効果あるかも知れないですね」
と千里は答えたが、何か変な参拝客が増えないか?と私は心配した。
 
それに続いて千里は大事なメッセージを語った。
 
「あ、それから食べ物などを奉納して、そのまま放置すると、野犬などが食べて困ったことになります。食べ物を奉納した場合は、神前に置いて10分もすれば、神様はちゃんと受け取ってくれますので、必ずそのままお持ち帰りください。特にここは常駐する管理者がいませんので、ご協力をお願いします」
 
「ああ、それは大事ですね。食べ物を奉納した人は10分置いてから持ち帰る。みなさん、マナーを守って、お参りしましょう。それではスタジオにお返しします」
 

「取材協力、ありがとうございましたー」
と潤子ちゃんが言う。
 
「お疲れ様でしたー」
「そういえば、ケイさんはこの神社にどう関わっているんですか?」
と潤子ちゃんが訊く。
 
「この神社で私たちの『女神の丘』のPVを撮影したんだよ」
「ああ、そうだったんですか!」
「ついでにこちらの高校生がこの神社の設置者」
「えー!? そうなんだ? どういう縁で?」
 
「どうも色々と複雑なカラクリの中に組み込まれちゃってる気がしますね。ここの女神様は、谷崎潤子さんが以前取材していた、C大学の噴水の所に居た女神様ですよ」
と青葉は言う。
 
「わぁ、あそこからここに引っ越しちゃったんですか?」
「あそこにも居ますよ。神様はどこにでも居られるんです。遍在って言うんですけどね。同じゲームにログインしている人は、北海道に居る人も九州に居る人も、同じ酒場でチャットができるのと似てます」
と青葉。
 
「ああ、神様ってオンラインゲームみたいなもんなんですね」
「そうそう。ここはその端末なんですよ」
「なるほどー」
 
「とても神格の高い神様なのに、あの噴水では何かと不便だろうというのでちゃんとした祠も設置したんです。ここからあの噴水の場所が見えますよ」
と言って、青葉は潤子ちゃんを神社の裏手に連れて行く。
 
「見えます?あのあたりに噴水があるのですが」
「ちょっと待って」
と言って潤子ちゃんはポケットからメガネを出して見ている。
 
「あ、ほんとだ!」
「だからこことあの噴水は繋がっているんですよ」
「じゃここはあの噴水の奥の宮みたいなもの?」
「あ、そう考えてもらってもいいです」
 
「すごーい。でもここ、これだけの神社作るのにお金かかりませんでした?」
と潤子ちゃん。
 
「神社作りたいねー、なんて話をしていた時に、ちょうど大きな仕事が入って3000万円頂いたので、それをまるごと使いました」
と青葉。
 
「あのぉ・・・あなた、何してる方ですか?」
「潤子ちゃん、オフレコにして欲しいんだけど、その子は日本で五指に入る凄い霊能者」
と私は言った。
 
「えーーーー!?」
「まだ高校生ということもあって、どんどん仕事が来ると困るので、口コミだけで仕事を受けている。依頼者にもあまり人に言わないでと言っている」
 
「でも3000万円の仕事って凄いですね」
「1000億円単位のビジネスに関わる作業をしてくれたんだよ」
「ひゃー。1000億円って1円玉でどのくらいかな」
 
面白い発想をする子だと思った。
 
「1円玉1000億個だよ。1円玉の直径は20mm, 厚さ1.5mm。100坪の土地にずらっと並べたら高さ何mになる? はい、マリ」
「約150m」
「150mだと1階4mとして38階のビル1杯分だね」
 
「すごーい! でも今どうやって計算したんですか?」
「マリの頭の中には電卓が内蔵されているから。最後の150÷4は私にも暗算でできるよ」
「マリさん、凄いんですね!」
 

「そちらの神社の方もありがとうございました」
と言って潤子ちゃんが帰ろうとするので、千里が
 
「私は別に神社の人じゃないけどね」
と笑って言う。
 
「あら、そうだったんですか? でも今までも何度かここでお会いしましたね」
と潤子。
 
「うんうん。妹がこの神社を設立したから、時々お掃除に来てるだけだけどね」
と千里。
 
「あ、そうだったんですか?」
「まあ、でも所有者の姉ということでは神社関係者かもね」
「なるほどー」
 

虎屋の羊羹と笹義の鱒の寿司を持って、潤子ちゃんたちが帰った後で青葉が千里に訊く。
 
「ちー姉、お掃除してくれてたんだ?」
「うん。祝詞は毎朝晩L神社の人があげてくれるけど、ここ結構ゴミが落ちてるんだよねー。ファミレスのバイトが終わったらここに寄ってお掃除してゴミ集めて帰ってる。でも今まで2回、谷崎潤子ちゃんの番組に遭遇したよ」
 
「へー」
「あの番組の定期観察スポットになっているっぽい」
 
「そのせいかな。お賽銭の量が増えてるんだよね。御守りとか無いんですかという問合せが多いから、L神社の費用で御守り授与処を設置してもいいか?と言ってきたんで、いいですよと答えておいた。土日祝日の午前10時から午後6時まで交替で職員を置くらしい」
 
「売るのはお札とか御守りとか?」
「普通のお札の他にL神社の巫女さんが考えてくれた勾玉のパワーストーンの御守りを置くことになった。ストラップ付きで八色あるんだよね。アメジスト・ラピスラズリ・ターコイス・ペリドット・グリーントルマリン・シトリン・ピンクトルマリン・ローズクォーツ」
と青葉は石の種類を挙げる。
 
「8色揃えたい人も出て来たりして」
「1個1080円だから8640円掛かるよ」
「消費税高くなったね」
 
「しかしその授与処が建ったらまた取材に来るでしょうね」
と彪志。
 
「するとますますここは繁盛しそうだ」
と桃香が言っている。
 
「日曜の午後とかは駐車の列が凄いらしくて、交通の妨げになるから、市が隣接する土地に駐車場を作ってこちらに貸与しようかという話も出て来てるんですよ」
「それは凄いな。でも借り賃が高かったりして」
 
「今話しているのでは20台分くらいの駐車場で月15万でどうだというんですけどね」
と青葉。
 
「道路の混雑が解消されて、遊んでいる土地で収入が得られたら市も助かるだろうな」
と桃香が言う。
 
「でも個人的に毎月15万はけっこう辛いです。1年分まとめ払いだから180万円。今の所お賽銭は月に1万円くらいだし」
と青葉。
 
「180万なら、私に伝票送ってよ。私が個人的に払うよ」
と私は青葉に言った。
 
「あ、助かります」
と言ってから青葉は唐突に千里に言った。
 
「でもちー姉、ゴミ以外にも何か掃除してない?」
「ゴミ以外? ああ。草とかもむしってるよ」
「ふーん。ありがとう」
 
奉納していた他の食べ物を回収して引き上げる。その時、千里が戻る方向に突然何かが出現したような気がした。え? と思ったが千里はそこに何も無いかのように「それ」を通り抜けた。
 
「やはり気のせいかな・・・・」
と青葉が呟くのを私は聞いた。
 

そのまま、そのメンツで千葉市内のファミレスに入った。
 
「長いライブツアーが終わりましたけど、今はアルバム制作ですか?」
と彪志が訊いた。
 
「うん。去年ほどまで凝ったことはしてないけど、今ずっと毎日スタジオに入って作業している」
 
「やはりアルバム制作だとどこかをずっと借りっぱなしにするんですか?」
と彪志。
 
「そのあたりはアーティストにもよるけどね。ローズ+リリーの場合はシングルの制作は★★レコードの付属スタジオで1〜2週間掛けて作るけど、アルバムは別の所を借りっぱなし。去年は半年借りっぱなしにしたけど今回は4ヶ月だね。実際問題としてこんな長期間、★★レコードのスタジオを借りっぱなしにはできないというのもあるけどね」
と私は説明する。
 
「普通のスタジオを借りっぱなしにするのは凄いお金がかかるから、多分普通は使う時だけ数日単位で借りるんでしょうね?」
 
「うん。そういう所が多いと思う。そもそも最近は伴奏を全部打ち込みで作ってしまうアーティストが多い。するとスタジオ使うのは歌の収録の時だけでいい」
「歌までボカロイドだったりして」
 
「まあボカロイドより下手な歌手も多いから。その内、ボカロイド技術が発達したら、下手なアイドル歌手は歌わせずに音素だけ取って、その子専用のボカロイドに歌わせて音源制作となるかもね」
 
「その内、昔は人間が歌ってたんだよ、なんて言われたりして」
 
「ライブはダンスのみで歌は口パクだよね?」
「そのダンスもホログラフィだったりして」
 
「昔は人間がステージに立って歌って踊ってたんだよと言われたりして」
 
「聴く方も3Dリアルタイム中継で家庭で見るパターンになって、昔は人間が演奏している場所に集まって聴いてたんだよなんて言われたりして」
 
「それも録画しておくだけで放置だったりして」
 
「昔は人間ってのが居たんだよと言われたりして」
 

『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換ノススメ』の制作は6月中に楽曲のアレンジを下川工房のアレンジャーさんにお願いしたのだが、今回は特に本人もMTF(Pre-Op)であるヒナさんという人が丸1ヶ月、専任になってこのアルバムの編曲作業をしてくれた。
 
彼女は高校までは男子として通学していたものの、音楽大学を受験する時に女子の格好で受けに行き、そのまま女子として通学している。まだ手術などはしていないものの、女性ホルモンを飲み始めて1年だと言っていた。
 
「性別のことで御両親と話します?」
「全く話してません。母は私がいつも女の子の格好をしていることは知っているし、おっぱい大きくしていることも気付いていますけど」
 
「まあ、なかなか話せないよねー」
「でもこの楽曲を編曲してたら、もう居ても立ってもいられない気分になってきました。お金貯めて去勢しちゃおうかなとも思っているんですけどね」
 
「ああ。これはこの楽曲に関わった人、これを聴いた人の中から大量にそういう人が出そうな気がする」
 
「たぶんみんな性転換手術まではなかなか受けられないと思うんです。100万も200万も貯金できないもん。でも去勢だけならそんなにしないから、それだけでも受けようかなという人は出ますよね」
 

実際の音源製作はアレンジ譜が出来上がったものから順に6月中旬から開始された。今回も『Girls Sound』以降の製作をしている渋谷のLスタジオを使う。今回の製作は、私がローズ+リリー・KARION両方の音源製作を同時進行させていて、とても余裕がないことから、全体的なサウンドのチェックを、長年ドリームボーイズの楽曲制作に私と一緒に関わってきた、樹梨菜さん(現在は蔵田さんの奥さん)に見てもらうことにした。実は樹梨菜さんも《ヨーコージ》の一部なのである。
 
私が古い友人女性歌手にお願いすると言ったのに、スタジオに出て来たのが、どう見ても男性なので、タカやサトが「え?」という顔をしている。
 
「他では口外しないで欲しいんですが、ジュリさんはFTMなんですよ」
「そうだったのか・・・・」
「だから男性同性愛者の蔵田さんと結婚できたんですね」
とサトが言った。
 
「樹梨菜さんはこうやってプライベートで男の格好で出ている時は男子トイレ使うし、立ってしちゃうよね?」
 
「うん。女の格好してる時は女子トイレに入って座ってするけど、男の格好してる時は男子トイレに入って立ってする」
と樹梨菜さんが低い声で言うと
 
「男の声に聞こえる!」
と感嘆の声が上がる。
 
「でも歌手としてはソプラノですよね?」
「まあ、それは発声法だね」
 
樹梨菜さんは高木倭文子の名前でこれまでに10枚ほどのCDを出している。但し結婚後は現在休養中の状態である。
 
「女でも努力すればちゃんとこういう低い声は出るんだよ。冬が中高生の頃にしてたみたいにね。あ、男性ホルモンは飲んでないよ」
 
突然こちらに火の粉が飛んできて、私は咳き込む。
 

「済みません。ちんちんあるのでしょうか?」
と呆気にとられていたマキが唐突な質問をする。質問した後でサトにド突かれている。
 
「ほしいけどね。まあ子供産むまでは付けないよ」
「性転換するとしても、子供2〜3人産んだ後だよね?」
「そう考えてる」
 
「ちんちん付いてない人でも立っておしっこできる道具があるんだよ」
と私が言ったら
 
「冬も中学高校の頃はあれ使ってたんだろ?」
などと樹梨菜が言う。
「使ってませんよー」
「だって、中学生の頃、既にちんちん無かったじゃん」
 
タカが「なるほど」という感じで頷いている。う。これは絶対今みんなに信じられてしまったなと私は思った。
 
この場に政子が出て来てなくて良かった!
 
「まあ、そういう訳で今回サウンドプロデューサーをさせてもらうけど、僕は冬子みたいに流されないで、思ったことはズバズバ言うから反発を感じることもあるかも知れないけど、よろしく」
 
と樹梨菜は言ったが、さばさばした雰囲気は、タカやサト・ヤスたちに好感された感じがした。
 

「それではみんな女の子の服に着替えてもらおうか」
と樹梨菜が言うと、溜息を付くものの、みんな渋々と着替える。
 
「ああ、ちゃんと足の毛は剃ってるね?」
「最初の頃は全然剃れなかったんですが、だいぶうまく剃れるようになりました」
 
「まあ最初は慣れてなくても日々やっていれば、ちゃんと女の子として日常が送れるようになるよ」
「そうなりたくないです!」
 
「タカ君は、このCD制作が終わったらタイに渡って性転換手術を受けるということで予約済みだって聞いたけど、手術の予定日はいつ? 制作の日程絡みがあるから教えて」
 
「そんな予約入れてません!」
「ああ。じゃ終わってから予約入れるの?」
「私、性転換手術なんて受けるつもりないですよ。そもそも女性の婚約者がいるし」
 
「FTMの子でも恋愛対象は男性って子けっこういるし、MTFの子でも恋愛対象は女性って子いるよ。女の子と結婚して子供作った後で性転換手術受けて女同士になって子育てしている人も知ってるし」
 
「そういう人がいるのか」
とヤスは良く分からないという感じの顔をする。
 
「そういう人は割と多い」
と私は言う。サトが頷いている。
 
「でも私、ほんとに女になるつもりないですよー!」
とタカは悲鳴をあげるかのように言った。
 

6月下旬のこの時期は、ローズ+リリーとKARIONのシングルの音源は完成して、どちらの側もアルバム制作に突入していた。
 
どちらもシングルの伴奏に関しては通常の伴奏陣を基本にして、必要に応じて誰か知り合いに頼むというパターンで行ったのだが、アルバム制作では結構な人数の動員をしていた。
 
だいたいは春のツアーに参加してもらった人がベースである。夢美と七美花にそのままヴァイオリニストあるいはオルガニスト・管楽器奏者として、KARIONの制作に参加してもらう一方で、ローズ+リリーの方には山森さんにエレクトーンで参加してもらった。
 
またローズ+リリーの方で昨年『花園の君』のヴァイオリンが美しかったねという話から、ヴァイオリニストを頼むことにした。従姉で某音楽大学准教授になったアスカから、伊藤ソナタ、桂城由佳菜という2人の女子大生を推薦してもらう。伊藤ソナタなんてまるで芸名みたいだが本名らしい。
 
これで、私、松村さん、鷹野さん、伊藤さん、桂城さん、政子の6人でヴァイオリン六重奏をする。これは七星さんの負担を軽減する意味も大きい。
 
この時期、今まで私がやっていた作業の負担が大きすぎると言って七星さんが、かなり私の作業の代行をしてくれていたのだが、その七星さんの負担が大きくなりすぎていることを私は気にしていた。今回はサウンドディレクターというのと、サックスプレイヤーということだけに集中してもらえたらと思った。
 
一方でKARIONの方の弦楽セクションは、ツアーに付き合ってくれたカンパーナ・ダルキのメンバーが出て来られる範囲で出て来てくれることになった。またコーラスについてはVoice of Heartが入れることになったが、彼女たちの出番は最後の方である。
 

ローズ+リリーとKARIONのツアーが終了した6月中旬、私は風花と話し合いを持った。
 
「空いてるからと言って、突然ツアーミュージシャンなんかしてもらって御免ねー。毎週地方に出かけるし、アルバムのアレンジとかまでしてもらったから就活の時間も無かったでしょ?」
 
「うん。無かった。というか、あれだけの量のアレンジを冬が自分でやろうとしてたのが無茶だと思った。私でもヒーヒー言いながらスコア書いてたよ」
 
「他のアーティストに渡す曲は、もう下川工房のアレンジャーさんたちに投げてしまっているんだけど、自分たちで歌う曲は自分でアレンジしたいんだよね。風花なら私の意図をちゃんと読み取ってくれると思ったし、感性も比較的私と近いし」
 
「うん。そんなこと言ってたね。そのあたりの気持ちは分かるなあ。でも次のツアーはいつやるんだっけ?」
 
「七月下旬に苗場ロックフェスティバルに出る。それから8月の下旬に箇所は少ないんだけど、アリーナツアーをする。でね。単刀直入に、もしよかったら、このまま来年の3月くらいまで、うちのスタッフしてもらえないかな?譜面のまとめ作業は実はかなりある。目の前に迫ってるものだけ泥縄式に整備してたから。それとツアーとか音源製作にも参加してもらえたら嬉しい」
 
「なんか、それ結構なハードワークという気もするけど、それを冬がひとりで今までやろうとしていたのが恐ろしすぎる。あまり短期間で転職したという履歴を残すのも就活で印象悪くなるし、やっていいよ」
 
「助かる。取り敢えず、これとこれとこれとこれとこれのアレンジスコアを書いてもらえないかな?」
 
「・・・冬、どれだけバックログ抱えてるのよ!?」
 

6月の下旬から7月上旬の時期は、怒濤の春のツアーが終わり、ツアーをやりながら制作を進めていたローズ+リリーとKARIONのシングルも順調に制作できて、アルバムの制作はまだウォーミングアップ段階で、KARIONのシングルタイトルではないが一種のコーヒーブレイクのような時期であった。その時期に私はここしばらく多忙すぎて出来ずにいたことを少しずつ片付けていた。
 
しかし超多忙状態が少し緩和されているみたいと見たレコード会社から作曲依頼も舞い込む。
 
ELFILIESが所属していた◎◎レコードからも、中堅の歌手へのスポットでの楽曲提供を頼まれ、メロディーだけ書いて下川工房に流す。下川工房にはマリ&ケイの楽曲をアレンジする専任部隊が7-8人いるようである。
 
★★レコードからは鈴鹿美里の楽曲もまた頼まれた。昨年は1曲を上島先生、1曲をマリ&ケイで書いたのだが、今回は1曲は萌枝茜音さんという作曲家さんの作品で、もう1曲がマリ&ケイであった。
 
その日は少し時間が取れたし、鈴鹿美里にも会いたかったので政子と一緒に、音源制作の現場に出かけて行った。
 
制作の指揮をするのに★★レコードの鷲尾さんが来ていたのでびっくりした。
 
「本当は北川の担当なのですが、今回他のアーティストの音源制作とスケジュールがぶつかってしまって、私にやってくれと言われまして」
などと鷲尾さんは言っている。
 
彼女は本来スリファーズと遠上笑美子の担当である。
 

既に伴奏音源はできていて(スタジオミュージシャンを集めて半日で作ったらしい)、今日は鈴鹿美里の2人がその音源を聴きながら練習していた。
 
「でもMTFの子でもひとりひとり個性が違うんですね」
と鷲尾さんは言う。
 
「ああ。春奈ちゃんと鈴鹿ちゃんは結構タイプが違いますね」
「どちらも元男の子だったというのをしばしば忘れてしまうくらい普通に女の子なんですけどね」
 
「春奈は自分の意志で性別を頑張って変更してきた子。鈴鹿は最初から自然に女の子だった子」
と政子が言う。
 
「ああ、そうかも」
 

私たちが行ってから30分くらいした所で休憩になる。
 
「お早うございます。ケイ先生、マリ先生」
と鈴鹿美里の2人が演奏フロアから出て来て挨拶する。
 
「おはようございます。そうそう、苗場ロック出場おめでとう」
「びっくりしました。今年はサマーロックの方も、自分たちのユニットで出ることになりましたし」
「昨年はローズクォーツの代理ボーカルだったからね」
「記念すべき初代代理ボーカルだよね」
 
「あれ、ほんとに毎年交替なんですか?」
「そうそう。Ozma Dreamは来年3月まで。またその後は誰かにやってもらう」
「面白いやり方ですね」
 
「元々はサマーロックで私たちがローズ+リリーとローズクォーツの両方に出るのは辛いというので君たちに代理をお願いしたのが発端だけど、その後、覆面の魔女の去年後半のスケジュールが浮いてしまったのをうまく利用してやって、それがうまく行ったので、システム化してしまったね」
 
すると政子が言う。
「あれは良い制度だと思う。ローズクォーツの演奏の主体がバンドにあることを明確にするから。ローズクォーツは結成してから一昨年までの2年間は、ケイの付属品に過ぎなかった」
 
「うん。私とそのバックバンドって感じになってたよね」
と私。
 
「それが明確にバックバンドなら、まだいいんだよね。スターキッズはそれに徹してくれている。ローズクォーツの初期の方向性の誤りは、ケイと一緒にクォーツを売ろうとしたことなんだよ。これは一番売れないパターン。過去の様々なユニットが既に証明している」
と政子。
 
鷲尾さんが頷いている。
 
「まあでも私はソロ歌手として歌うつもりは無かったからね」
「私に遠慮しなくてもいいのに」
 
などと言っていたら
 
「そのひとりで歌いたくないっての分かります」
と鈴鹿美里2人が口を揃えて言った。
 
「私たちもずっと一緒にやってきたからね」
「2人で履歴書は1枚でいいくらいだもん」
 
「いや実際ふたりの履歴書には相違点が存在しない」
と私は言った。
 

「鈴鹿ちゃん、去勢して半年経って、体調おかしかったりはしない?」
と私は訊いた。
 
「ホルモンバランスが一時的に無茶苦茶になりました」
と鈴鹿。
 
「うん、なるよね」
「一時期すごく辛そうにしてた」
と美里。
 
「あれが更年期障害なんでしょうね」
「そうだよ。それを乗り越えないといけないんだ」
「でも落ち着いたらホルモンの効きがよくなった感じです」
「おっぱい成長してるでしょ?」
「自分でもびっくりするくらい成長してます」
と鈴鹿。
「その内、追い抜かれるかも知れん」
と美里。
 
「あれは立つ?」
「ぴくりともしません」
「まあ、そうなる人が多いみたいね」
「立つ人もいるんですか?」
 
「ある偉い先生の場合ね」
「ああ」
と鈴鹿も美里もその先生の顔が浮かんだようで一緒に溜息を付いた。
 

「ところで、萌枝茜音さんってこれまでもあちこちに楽曲書いておられた方なんですか? 何か凄く女らしい曲を書くなと思って」
と私は鷲尾さんに訊いた。
 
「あ、この名前での楽曲提供はまだ少なくて、何人かのアイドル歌手にコンペで提供しただけらしいんですけどね」
 
「どなたかの別名義ですか?」
「うん。私も名前覚えてないんだけど、トライアル&エラーとかいうバンドの人らしいよ。自分のバンドの曲は書いてたけど、他人に提供するなら勉強しなきゃと言って作曲の勉強をしなおして、コンペに応募してこっそり作曲技術を鍛えていたけど、だいぶ自信がついたんで本格的に稼働するらしい。本体のバンドの方もここしばらく活動が停滞していて時間もあるらしいのよね」
 
「ちょっと待って下さい。トライアル&エラーってメンバーは全員男性ですよね。萌枝茜音さんって男性なんですか?」
 
「あれ?そうだっけ? 私ロックの方はあまり詳しくなくて。《あかね》っていうから女の人と思い込んでいた」
と鷲尾さん。
 
「私もてっきり、萌枝先生って女の人と思ってました!」
と鈴鹿。
「この歌詞が絶対女性の詩だよね?」
と美里。
 
私と鈴鹿美里は顔を見合わせる。
 
「女の人になりたい男の人だったりして」
「あるいは男の振りしてた女の人だったりして」
 

雨宮先生が発案し、政子がローズ+リリーのデビュー前後の頃に「女装させた私」
を見て大量に書いた《女性化ソング》をローズクォーツが歌う『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換ノススメ』は7月初めに発売された。発売の2日前にyoutubeでPVが公開されたが、物凄い再生回数になった。
 
PVでは5人の女性が着衣で街を歩いたりカフェでおしゃべりしたりしているだけである。しかしその5人の中で唯一顔を隠していない女性が性転換歌手の花村唯香であること、そして楽曲のタイトルから、多くの人がこの5人は全員性転換美女であることを想像した。
 
なお、5人居ることは服装と身長・体形などで確認できる。唯香は赤い服を着ており、青い服を着ている子はモデルさんのように細くて背が高く(実際にファッションモデルをしていた175cmの近藤うさぎ)、白い服を着ている子はスポーツウーマンという感じのやや長身で均整の取れた身体付き(169cmで元バスケ選手である千里)、黒い服を着ている子はその子の次に背が高くて少女のような体形(167cmの和実)、黄色い服を着ている子は他の子より結構背が低くウェストをあまり絞っていない(158cmの新田安芸那)。
 
今回のアルバムは内容の性質上配信限定とし、18歳以上の年齢制限を掛けた。また「歌唱者:タカ」「このアルバムではマリ・ケイ・Ozma Dreamは歌唱していません」
と太字で注意を促していたが、ダウンロードストアの公開直後から物凄いアクセスが来た。全国10ヶ所でキャンペーンをする旨を掲示すると整理券を求める問合せが殺到した。★★レコードでは急遽地方都市で予定していた会場を大きな所に変更するなどの対応をした。
 

普通音楽のキャンペーンというと、通常の「お店が開いている時間帯」朝10時から夕方20時くらいまでの時間帯の中で設定する。ところが今回は Daytime : 1400-1530, Night Time : 2100-2230 と1日2回公演にして、前者は主婦層、後者はサラリーマン層が来やすくしたのである。入場はむろん18歳以上限定である。(但し「当事者」のみ高校生以上であれば特例で入場を認めた)
 
1時間半の構成は、制作したPVの《顔出しバージョン》および非公開の《水着バージョン》まで上映した上で、そこに出演していた5人と雨宮先生・タカ(当然女装)に「暴走歯止め役」の氷川さんという8人によるトークショー。そしてローズクォーツによる今回の楽曲の生演奏(30分)である。イベント終了後、花村唯香と「タカ子」のサイン会までした。
 
各会場とも満員で特に日曜日に設定された横浜と大阪の会場は整理券の競争率が3倍を超えた。
 

見た人たちの声。
「タカ以外は全員ちゃんと女の声でしゃべってた。すげー」
「水着バージョンきれいだった。ひとりを除いて体形も美しいし」
 
ひとりというのは当然新田安芸那である。近藤うさぎは引退していた身であるにも関わらず、美しいボディラインをしっかりキープしていた。
 
「トークの内容は時々雨宮が暴走発言してたけど、楽しかった」
「性転換手術のやり方聞いてたら、チンコかゆくなってきた」
 
「話の中に出て来た、闇討ちで手術してしまう性転換病院ってちょっと怖いな」
「泣き叫んでる患者を強引に手術室に連行していくの見たという話も怖い」
「でもそこに入院した時点で性転換するつもりになってた訳だから」
 
「雨宮がケイは日帰りで手術を受けて翌日にはスタジオで歌っていたとか言ってたけど本当かな」
「ケイならあり得るな」
「本人が主張している2011年4月3日に性転換手術を受けたという話を信用した場合、前日朝に渋谷のスタジオから出てくるのを目撃されている」
「翌日夕方に広島駅で見たという話もあった」
 
この広島に居たというのは実際にはローズ+リリーのそっくりさんで売っていたローザ+リリンの2人であるというのが2chでは既に確認済みなのだが、まだこの噂がくすぶっていたようである。
 
「しかし今回のキャンペーン見た奴の中から100人は性転換手術受けるやつが出るな」
 

公開後、音楽業界の内外から、このアルバムへの賛否両論が上がり、議論も白熱したが、おちゃらけた内容でもないし、アルバムに添付された「性転換を考えている人へ」というガイドも大学の精神科の先生に書いてもらったしっかりした内容であったことなどもあり、全否定的な非難の声は少なかった。
 
但し多くの中学高校で校内放送に掛けるのを禁止したし、テレビ各局のランキング番組はタイトルのみの紹介に留めた。しかしラジオは17-21時の時間帯を除いては結構掛けてくれたし、深夜の高校生に人気がある番組では結構なオンエアをして、リスナーからの反響も大きかった。
 
「迷ってたけど、やはり自分は性転換を目指したいと思う」
などという声を寄せる当事者もかなり居た。
 

「でもタカはやはり、性転換するのか?」
「するんじゃないの?」
「今回のアルバムの印税が入ったら手術すると聞いた」
「でも女の婚約者がいるんだろ?」
「女と結婚して性転換する奴もいるよ」
 
などという声もあがっていたが、タカの婚約者である当の麗さんは「もう達観してます」などと半ば諦めの表情だった。ただ、麗さんの両親が心配して電話してきたと言っていた。
 
「あの司会してたレコード会社の担当もあれも性転換美女?」
「そうなんじゃないの?」
「あの人、確かローズ+リリーとスリファーズの担当だよ」
「本人も性転換してるから、性転換ボーカルのいるユニット担当してるんだろ?」
「あの人、高校生の内に性転換したと聞いた」
 
などと変な噂まで流れていたが、氷川さんは笑っていた。
 

7月中旬。私は呼び出されてUTPの花枝と一緒に★★レコードに出て行った。
 
加藤課長、氷川さん、ゴールデンシックスの2人、そして∞∞プロの谷津さんと、その部下だろうか? 見知らぬ女性がいる。
 
「ケイちゃんも松島さんも谷津さんは知ってるね?」
と加藤さんが訊く。
 
「はい。どうもご無沙汰しておりまして」
「冬ちゃん、花枝ちゃん、ごぶさたー」
 
谷津さんは、以前○○プロで篠田その歌のマネージャーをしていて、その後∞∞プロに移り Lucky Blossom のマネージャーをした人である。篠田のマネージャーだった頃は私は随分谷津さんにお世話になっている。Lucky Blossomとは直接関わっていないのだが、そのサブリーダーでフロントパーソンであった鮎川ゆまとは、古い友人である。花枝は以前いた会社に居た時、イベントの打ち合わせで谷津さんと何度も会っていたらしい。
 
「で、こちらは私の部下で菱沼伊代ちゃん」
「初めまして。菱沼と申します。よろしくお願いします」
「ケイです。よろしくお願いします」
「松島と申します。よろしくお願いします」
 
お互いに名刺を交換する。
 
「課長、ゴールデンシックス、いよいよメジャーデビューですか?」
と私は訊いた。
 
「うん。彼女たちとは4月に横浜レコードから出した新譜が6月までに5000枚売れたらメジャーデビューという約束をしてたんだけどね。先月末までのCD出荷数とダウンロードが合計で5800枚DL行っているし、過去のCDがこの期間だけで5枚合計2万枚DL行っているから、メジャーデビュー決定」
と加藤さん。
 
「2万枚って凄い!! おめでとう」
「ありがとうございます」
 
2万枚というのは多分「布教用」に買った人がかなり出たなと私は思った。
 
「それで彼女たちの事務所について話していたんだけどね。ケイちゃんとこのUTPだと、そもそもローズ+リリーと競合する。∴∴ミュージックはKARION, $$アーツはAYA, &&エージェンシーはXANFUS, ζζプロはチェリーツイン、とケイちゃんと関わりのある所はたいてい競合アーティストを持っているんだよね」
 
「そうですね。§§プロとはタイプが違いますし」
「あそこは歌は割とどうでもいいから可愛くだから。そもそも20歳過ぎたらほとんど放置されている」
 
私はつい苦笑してしまう。
 

「それで∞∞プロさんですか。確かに大西典香ちゃんが引退しちゃって、この年代のビッグネームが居なくなっちゃいました」
 
「そうそう。∞∞プロはポスト大西典香を探していたんだよ。それでこの子たちに訊いてみたら、そもそもこの子たち∞∞プロと関わりがあったんだね?」
 
「はい、そうなんです。ゴールデンシックスを結成する前にDRKというバンドを組んでいたんですが、そのバンドの制作で∞∞プロの谷津貞子さんや、三島雪子さんのお世話になりまして」
とカノンが言う。
 
へ? と思った。ここで(∴∴ミュージックの)三島さんの名前が出て来たことに私は驚いた。確かに∴∴ミュージックは∞∞プロの仕事の下請けをよくやっていた。でもちょっと待て。何か似た話をどこかとどこかで聞かなかったか??
 
「それで元々関わりがあったのなら、∞∞プロでお願いしようかという感じで話が進んでいるんだけど、ケイちゃんの意向も聞いておきたいと思って」
と加藤さん。
 
確かに今回のローズ+リリーのツアーでゴールデンシックスの2人に関する様々な事務処理はUTPで担当したので、こちらにも彼女たちに関する権利を主張できる余地はある。どちらかというと彼女たちが適当な事務所を見つけられない場合は、サマーガールズ出版かバレンシアーナに一時的に所属させてもいいとは思っていた。しかし∞∞プロとの関わりがあるならこちらに異存は無い。
 
私は花枝と目で会話したが、花枝も異論は無いようである。
 
「問題ないですよ。元々そちらと関わりがあったのですから、そちらで進めてください」
 

「ありがとう。それでこの子たちのメジャーデビュー曲なんだけどね。ケイちゃんが1曲提供してくれるという話があったとかで」
と加藤さん。
 
私は微笑んで答える。
「ええ。約束しました。1曲提供しますよ」
 
「それはマリ&ケイ? 森之和泉+水沢歌月?」
「あ、えっと。マリ&ケイですが。水沢歌月はKARION以外には書きません」
 
「うん。そうだとは思ったけど、葵照子・醍醐春海のペアがいつもKARIONに楽曲を提供しているから、それなら水沢歌月の方が自然かも知れないと、ふと思ったもので」
と加藤さん。
 
「え?葵照子・醍醐春海ですか??」
 
私には全く話が見えなかった。するとカノンが言った。
 
「ケイさん、うちの作曲者の醍醐春海とは多分お知り合いですよね。以前からよく春海が水沢歌月さんのこと話していましたが、同じKARIONの楽曲提供者として興味があるのかなと思っていたのですが、こないだ千葉のファミレスでケイさんと春海が親しそうにお話ししているのをお見かけしたので。楽しそうにしておられたので、声掛けちゃ悪いかなと思って声はお掛けしなかったのですが」
 
何!? 醍醐春海は私の知り合い!?? こないだ千葉のファミレスで楽しそうに話していただと!??? ちょっと待て。それは一体誰だ?
 

「あ・・・・・」
 
その瞬間、私の頭の中で全てのストーリーがつながってしまった。今までどう組み立ててよいか分からなかったジグソーパズルが重要なピースを1個見つけたことで、一気に組み立てることができたのだ。
 
でもなんでこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
 
「あのさ」
と私は笑顔でカノンに尋ねた。
 
「そのゴールデンシックス以前にやってたバンド」
「DRKですか?」
「そこに、KARIONの美空もいたよね?」
 
「はい。仙台での打ち上げの時に、その話しませんでしたっけ?」
とカノン。
 
「うん。確かにした!」
 
と言って私はとってもとっても楽しくなってしまった。もっとも正確には私が聞いていたのは、美空が以前従姉に誘われてバンドをしていたことと、従姉がカノンたちの親友であったということだけだが、つなぎ合わせたら美空が従姉やカノンたちと一緒にバンドをしていたというストーリーが浮かび上がる。そして、きっとあの子も一緒だ。
 
「そのDRKの最初のCD作成で雨宮先生が関わっているんだよね?」
「はい、そうです」
 
「そのDRK絡みで、Lucky Blossomが結成されたんでしょ?」
 
「あ、その話はてっきりご存じかと思ったのですが。元々ポスト・マリンシスタを谷津さんが探していて、先に私たちを見つけられたんですよ。それで本格的な音源製作をして頂いたり、雨宮先生まで紹介してくださって」
とカノン。
 
「うん。それも聞いてた!!」
 
と私は笑顔で言った。正確には複数の人から分散して少しずつ聞いていた。それを全部つなぎ合わせると、そういう話になるんだ!!
 
ここ半年ほど、頭の中でもやもやしていたものが全てスッキリしてとても気持ちよくなった。
 
つまり、醍醐春海って、彼女なんだ!!
 
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【夏の日の想い出・女になりましょう】(下)