【夏の日の想い出・小5編】(下)

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会場ロビーの奥で、相手役の男の子(6年生)と合わせてみた。1ヶ所思っていたのと相手の動きが違ってビクっとしたが、何とか辻褄を合わせて、その後は無難に踊りきった。
 
みんなから拍手をもらう。
「ほんと君うまいね〜。ほんとに2年もやってなかったの?」
「2年前も正式に習ってた訳じゃないんですけど」
 
「1ヶ所ずれた所は、うちの教室で少しアレンジした部分なんだよね」
「今ので分かりましたから、本番では合わせます。こんな感じですよね」
 
と言ってその部分だけ踊ってみせると
「そうそう。よく分かるね!」
と言われる。
 
「待って。なぜ、それ男の子に支えられてない状態で踊れるの!?」
 
「あ。ひとつ前の子たちのが始まった」
「じゃスタンバイよろしく〜」
 
ということで慌ただしく舞台袖に入る。
 

中学生男子4人による『トレパック』が演じられていた。コサックダンスなどの動きも取り入れられていて、まるでブレイクダンスみたいに激しい踊りだ。でも楽しそうだ! 客席の反応も良く、盛り上がっている。
 
そしてそれが終わると、私と相手役の男の子が出て行って『スペインのホットチョコレートの踊り』を踊る。ちょっとフラメンコっぽい動きの踊りである。
 
通常のバレエの動きよりアップテンポでくっきりとした手足の使い方をする踊りである。さっきのロビー奥での練習でずれた部分もきちんと合わせた。パートナーに支えてもらって回るところも、うまく息が合う。(ここで身長差があるとうまく行かないので、小学校高学年の子の相手は小学校高学年の子でないと務まらないのである)
 
拍手をもらって下がってきて、高校生ペアの『スペインのホットチョコレートの踊り』を見る。身長がある分ダイナミックな踊りになっている。わあ、格好良いなあ、と思って舞台袖で鑑賞していた。
 
そしてその次が協佳がソロで踊る『金平糖の精の踊り』である。
 
今日の公演では音楽は全部CDを使っている。CDケースを見ると何だか楽しそうな雰囲気のくるみ割り人形の絵があり、「ビシュコフ指揮ベルリンフィルハーモニー管弦楽団」と書かれていた。しかし美しい音だ。
 
「これ、高い音は何て楽器の音ですか?」
とそばにいた大学生のお姉さんに訊くと
「これチェレスタというんだよ。きれいな音だよね。それと低い音はバス・クラリネット。この高音と低音の呼び合いが凄く素敵」
 
と教えてくれた。この時は自分が2年後にそのチェレスタとクラリネットの重奏を1人で!することになるとは思いもよらなかった。
 
私はその美しい音に酔いしれながら、協佳の力一杯の踊りを見つめていた。
 

10月6日には地域のお祭りがあった。ちょうど1年前のお祭りの時から、私の「女の子ライフ」は始まったのである。昨年は間違って女の子の着替え場所に案内されてしまい、女の子用の甚兵衛・半タコを着たのだが、今年は最初から「冬はこっち」と奈緒たちに言われて、女子の着替え場所に行った。
 
昨年は青い衣装を着たが、今年は黄色い衣装である。
 
「なんか、そうやってると女の子の下着姿にしか見えないよねぇ」
「そうそう。だから普段の体育の着替えの時も女子更衣室に来ればいいのにさ」
「夏休みはプールの女子更衣室で着替えてたじゃん」
 
「だよね〜。裸になって水着になるのでも女子更衣室で着替えて問題無いんだから、ふつうに下着になるだけの通常の体育の時間の着替えなんて、全然問題無いはずだよね」
「全く、全く」
 
「だいたい、冬が男子更衣室で着替えてたら、他の男子が困るんじゃない?」
「男の子たちの暗黙の了解で、冬が着替える時は、そちらを見ないようにしているらしい」
「ああ、それやはり男子たちに迷惑掛けてるよ」
「やはり冬は女子更衣室に来るべきだね」
「そうだ、そうだ」
 

さて昨年は、1時間遅刻した他はずっと山車を担いでいたのだが、今年は途中で太鼓の演奏に加わった。言われたのは2週間ほど前である。
 
「メンバーの一人が転校することになってさ。人手が足りないんだよ」
「それで以前太鼓習ってた子を誘ったんだけど、長いことやってなくて自信無いというからさ」
「そんな話してたら『代役の天才』がいると聞いて」
 
「確かに代役の天才と言われたことはあるな」
「歌を歌う子が出られなくなった時は代わりに歌ったし、バレエでは主役がダウンしたら美事にその主役の代わりを踊ったし、病院でお医者さんが病気になった時は代わりに急患の手術をしてあげたというし」
 
「その最後のはさすがにガセネタ。いくらボクでも手術なんてできないよ」
「いや。冬ちゃんならやりかねん」
 
「で、太鼓を叩くのね? でもそれ女太鼓なんでしょ? ボクが叩いていいの?」
「冬ちゃんは実は女の子だと聞いた」
「やれやれ」
 

ということで練習に出ていった。大人の女の人が最初に模範演技を見せてくれる。
 
「こんな感じで打てるかな?」
とりあえずバチを渡される。
 
「これ、どのくらいの強さで打つのかな?」
と言いながら打ってみる。
「わっ」
と思わず声が出るほど大きな音が出た。
 
「強すぎたかな?」
「いや、もっと強く叩いて」
「もっとですか〜?」
 
かなり力を入れて叩いて、やっと「うん、そのくらい」と言われた。
 
それで何となくリズムで打ってみたのだが
「いい感じ、いい感じ」
と言ってもらえた。
「その調子ならすぐ覚えてくれそう」
 
「でも疲れる〜」
「毎日腕立て伏せ100回だな」
「ひぇ〜」
「でも冬ちゃん、少し筋力付けた方がいいもん」
「そうそう。その腕、細すぎる」
 

腹筋も必要だと言われて、それから毎日腕立て伏せ100回、腹筋100回に、背筋、側筋も入れて基礎体力作りメニューをすることにした。
 
「だけど冬ちゃんに頼んでみようという話をした時には、冬ちゃん半分男の子だから、きっと腕力ならあるだろうと思ったのに、冬ちゃんリズム勘は良いけど腕力は全然無いね」
 
「ごめーん。多分ボク、腕力は女の子並みだと思う」
「それも力の弱い女の子並みだよね」
 
「冬ちゃん、その内結婚して子供産んで、子育てするようになったら、腕力必要になるから、今の内に少し鍛えておいた方が良い」
「結婚して子供産んで、という展開は無い気がするけど・・・」
「ああ、子供産んでから結婚するんだっけ?」
「最近そういうケース多いよね」
「えっと・・・」
 

太鼓の練習の隣では、6年生の男の子たちが甚句の練習をしていた。
 
「いい雰囲気の甚句だね」
「昔は町ごとの調子があったんだけどね。伝承者が少なくて、もう今では町の区別は付かなくなってしまった。でもせめて今の調子だけでも残していきたいね」
と私たちを指導してくれている女性が言っていた。
 
何気なく、今聞いた甚句の節回しが頭の中で再生され、声に出して歌ってみた。
「冬ちゃん、さすがコピーの天才」
「君、うまいね。来年は甚句唄ってみる?」
 
「でも甚句は男の子が唄うんじゃないんですか?」
「女の子が唄う場合もあったらしいよ、昔は」
「へー」
 
「でも冬ちゃん、戸籍上は男の子だから歌ってもいい気がする」
「そうだなあ。来年までにはボクも声変わりしてるかも知れないし」
と言ったら
「それはあり得ん」
とみんなから言われた。
 

お祭りでは最初は山車を担いだ。女子の着替え所からバスでスタート地点まで移動し、
「女子は内側に入って、男子は外側を担いで」
と言われたので外側の棒に就いたのだが・・・・・
 
「唐本、お前力無いな」
と近くに居た同級生の男子に言われる。
 
「うん、ボク腕力はあまり無い」
「こないだ体力測定で測った背筋、いくらだった?」
「25kgだったかな」
「25〜!? あり得ん。お前、内側に入れ。そこにいたら邪魔」
「ごめーん」
 
ということで私は女子の方に移動して、男子がその分散らばって支えるようにしてくれたようであった。
 
「冬ちゃん、どうしたの?」
「腕力無い奴が担いでいると邪魔だから、内側に行けと言われた」
「ああ、冬ちゃん、女子と腕相撲してもいつも負けてるよね」
「うん、勝った記憶無い」
「冬ちゃん、うちの小学2年の妹にも負けてた」
「ああ」
「もう少し身体鍛えないと。ピアノとか弾くのにも腕力必要だよ」
「だよね〜」
 
ちなみに小学5年生の背筋は、女子で50kg,男子で60kgくらいが平均のようである。
 

お昼すぎから市役所前の広場で太鼓の競演が行われる。
 
最初の30分ほどは自由演奏で広場のあちこちで各チームがそれぞれ自由に演奏していたが、その後1チームずつステージに上がって演奏する。小学生・中学生・おとなの各々の女太鼓、それからおとなの男性の神楽太鼓と、近隣の地域から来た太鼓チームの客演演奏が行われた。
 
私は小学生の女太鼓チームで他の子と一緒にステージに上がった。太鼓は男子が手伝って持って行ってくれた。
 
叩く面を上に向けて置いた3つの太鼓を1つの太鼓に3人ずつ付いて9人で叩く。3人の息が合ってないと、バチ同士がぶつかったりするので、一緒に同じ太鼓を叩く子同士は、リズムとお互いの息を感じ取り合いながら演奏した。
 
太鼓では1人がひとつの太鼓を叩いたり、太鼓を横置きにして両側から1人ずつ叩くものが多いようであるが、この町の女太鼓だけが3人で同じ面を叩く方式を採っている。やや珍しい方式のようで、テレビ局が来ていたが、全国ニュースで流されていたようだ。
 
(その日のニュースではおとなの女性チームの演奏は10秒近く映されていたが、小学生チームのは2秒ほどで、ニュースを見ていた父は私には気づかなかったようであった)
 
でも演奏が終わってから、
「冬ちゃん、来年も頼むね」
と言われた。あはは。
 

お祭りが終わって少しした頃、隣の組の香坂先生が、ちょっとちょっと、と言って、私と奈緒を呼んだ。
 
「こないだの体力測定の結果なんだけどね」
「はい」
「唐本さんの計測結果が、握力が11kg/10kg, 背筋24kg, 反復横飛 20回, 垂直飛 15cm, 立位体前屈 マイナス5cm。運動苦手な小学2年生女子って感じの数値」
 
「すみませーん。ほんとに体育苦手なので」
 
「それがさ、こないだちょっと耳にしたんだけど、唐本さん、8月にバレエの発表会に出て、フラメンコみたいなの踊ったんだって?」
と先生。
 
「ええ。ちょっと怪我した子がいて、その代理だったんです。しかも冬って、パートナーに支えられてない状態でもバランス取るの難しい姿勢を取ってみせたんですよ」
と奈緒。
 
「そう!その話を聞いたのよ。先週のお祭りでは上手に太鼓叩いてたよね?」
「ああ、頑張ってましたね」
 
「それから唐本さん、ピアノわりとうまいよね」
「ああ、あれ、音楽室で弾いてる時は『わりとうまい』ですけど、私の家のピアノ弾いてる時は『物凄く上手い』ですよ」
 
「うんうん。そういう話も聞いた」
と先生は言った。
 
「なんかうちのクラスの女子が噂してたんだけど、唐本さんって、女の子の服を着た時は能力があがるって」
 
「ええ、そうです。うちの家に来てピアノ弾いてる時は、女の子の格好してますから」
と奈緒は言う。
 
「お祭りの太鼓は、女子のお祭り衣装で叩いてたよね」
「そうですね」
「バレエを踊ったのって、たぶん・・・女子の衣装だよね?」
 
「ええ。本当はフラメンコみたいな衣装らしいんですけど、急だったので、東堂さん(協佳)の練習用のクラシック・ボン(ボンというのはチュチュのスカート部分だけのもの。練習の時にチュチュの代わりに使用する)を付けて踊りました」
 
「それってさ、つまり女の子の衣装付けてたから上手かったとか?」
「ああ、あり得ると思います」
と奈緒。
 
「だからね。こないだの体力測定、唐本さんに女の子の服を着せて再度測ったらどうなるかなと思って」
と香坂先生。
 
「ああ、それは測定してみる価値がある気がします」
と奈緒は言った。
 

それで翌日「女の子下着を着けて」体操服を持ってくるよう言われ、奈緒が「私と冬の仲だからいいよね」と言って、ブルマを貸してくれたので、それを穿いて測定してみた。
 
「計測結果が、握力28kg/25kg, 背筋48kg, 反復横飛 40回, 垂直飛 31cm, 立位体前屈 プラス25cm。全然違う! まるで別人!」
 
と香坂先生は本当に驚くように言った。
 
「これ、普通の女子の数値ですかね?」
と奈緒。
 
「握力と、立位体前屈が大きい。それ以外はふつうの小学5年生女子の数値」
 
どうも先生も奈緒も「男子」の数値と比較するつもりは毛頭無いようだ。
 
「やはりピアノ弾くから握力あるんですよ。それと冬は少なくとも女の子の服を着ている時はすごく身体が柔らかいから。冬、180度開脚してごらんよ」
 
「うん」
と言って、私は左右に足を開いてぺたんと腰を床に付けてみせる。
 
「そんなに身体がやわらかい人が立位体前屈マイナスなんてありえなーい!」
 
「でも180度開脚できるのは、女の子の服着てる時だけだよね?」
「そうだね。男の子の服を着てる時はぜんぜんダメ」
 
「ね、唐本さん、明日から女の子の服を着て、通学してこない?」
「えっと・・・・」
 
「賛成!」
と奈緒は言った。
 

10月最後の日曜日の学習発表会が開かれ、うちのクラスは全員参加で『眠り姫』
を上演した。プティパとチャイコフスキーによるバレエ『眠り姫』(日本では『眠りの森の美女』と訳しているが、原題は Спящая красавица(直訳すると眠っている美人:英語の Sleeping Beautyも直訳)で「森」という単語は含まれていない)の物語に準じて進行する。但しバレエを踊ったりはせず、ふつうに歩いて出てきて台詞をしゃべる。
 
「全員参加って、お前、何の役するの? 去年は柱だったか何かでびっくりしたけど」
と父から言われた。
 
「去年は灯篭だね。今年は台詞があるよ。カラボスだよ」
「なんだっけ?」
「悪い魔女だよね。オーロラ姫に呪いを掛ける人」
と姉が言う。
 
「何だ、女役か?」
「ああ、悪役だから女子が誰もやりたがらなかったから、男子の方で誰かやってと言われて」
 
などと言っておいた。
 
「そういえばあんた幼稚園の時も『白雪姫』の母親役やってたわね」
と母。
 

劇は約30分にまとめてあるので、結構忙しい。4幕構成で幕間は1分である。
 
序幕(10分)は、オーロラ姫が生まれた時で、たくさんの人が祝福に訪れるがたいていの登場者は「おめでとう」とだけ言って下がっていく。やがて5人の魔女が現れて、まずは王が魔女たちに貴金属(プラチナ・金・銀・ホワイトゴールド・ピンクゴールド)の贈り物をする。すると魔女たちはお礼にと、ひとりずつ姫にプレゼントをする。
 
「姫には優しさを贈ります」
「姫には勇気を贈ります」
「姫には元気を贈ります」
「姫にはおおらかさを贈ります」
 
と言った所に私が扮する黒い衣装のカラボスが現れ、なぜ私をこのパーティーに招かなかったのかと怒る。王は謝って、急いで贈物を用意させるが、準備していなかったので、箱もみすぼらしく、中身もプラスチック製の安物であった。
 
「王よ、これが長年この国を守ってきた私に対する仕打ちですか?」
とカラボスは言い、
「私もオーロラ姫にプレゼントをしよう。オーロラ姫は16歳の誕生日に糸車の針に指を指して死ぬであろう」
 
そしてみんなが呆然とする中カラボスが大笑いしながら退場するが、まだプレゼントをしていなかったリラの魔女(協佳)が
 
「カラボスの魔力は強くてあれを打ち消すことは私にもできません。代わりに姫は死ぬのではなく100年の眠りに就くと、修正します」
と言った。
 

第1幕(7分)。16年後。オーロラ姫(由維)の誕生パーティが開かれていた。王は呪いが成就しないよう、国中の糸車を焼き捨てさせた。それで姫は糸車というものを見ずに育った、などという事情が語り手によって語られる。
 
誕生の祝いに訪れる人々。そして姫への求婚者の4人の王子が現れる。
 
それぞれの王子が姫にプレゼントをして、プロポーズの言葉を述べる。姫は誰のプロポーズを受け入れるのかは、パーティーの最後に発表すると言う。4人の王子が求婚した後、更に1人、立派なみなりの王子(男装の私)が登場する。
 
王たちが、あれは誰だったっけ?といぶかる中、王子(私)は姫(由維)に小さな箱を贈る。そして音楽が鳴り始め、舞踏会となる。姫は、求婚した5人の王子と次々と踊る。4人の王子と踊った後、私と踊るが、その時私は姫に
 
「その箱を開けてごらんなさい」
と言う。姫が箱を開けると、中には糸車の針が入っていた。それを見たことのない姫は「これは何だろう?」と言いながら針に触り、誤ってその先で指を刺してしまう。
 
姫(由維)が倒れる。
 
私は王子の衣装を脱ぎ捨てる。するとその下に序幕で着ていた黒い魔女の衣装を着ている。みんなが驚く中、私は高笑いして去る。
 
しかしそこにリラの魔女が現れて
「姫は死にません。100年の眠りに就くのです。ですから皆さんも100年眠ってください」
と言ってその場に居る全員に魔法を掛けてしまう。
 

後でみんなで話したこと。
 
「オーロラ姫が100年眠るからって、一緒に眠らされた人たちってすさまじく迷惑じゃない?」
「酷い道連れだよね」
「王や王妃はよいけど、求婚者の4人の王子なんてかわいそう。結局姫を獲得できないのに100年眠らせられちゃう」
 
「リラの魔女もカラボスも何だか同レベルという気もする」
 
「でも王子の衣装を脱いで魔女になった冬ちゃんってさ、要するに男の振りをするのをやめて、女としての本性を現したってことだよね」
「ああ、思った、思った」
 

なお、舞踏会の音楽は最初CDを掛けようと言っていたのだが、誰かが
「CD使ったらジャスラックにお金払わないといけないのでは?」
と言い出し、
「じゃ、みんなで演奏しちゃおう」
 
ということになり、音楽室で演奏して録音したものを流した。
(実際にはこの場合は、CDでも演奏の録音でも届出も支払も不要)
 
「ダンスの音楽といったら、エレキギターとか?」
「それはさすがに無い。弦楽四重奏とかじゃない?」
「弦楽四重奏って?」
「ヴァイオリン2つとチェロとコントラバスだっけ?」
 
(本当は普通はヴァイオリン2・ヴィオラ・チェロ。ヴィオラという楽器は小学生の記憶には残りにくいようだ)
 
「あ、私、ヴァイオリン弾いていいよ」と由維。
「ヴァイオリン2つなら、誰かもうひとり弾かなくちゃ」
「冬、何でもやっちゃうけど、ヴァイオリンは弾けない?」
「弾いてもいいよ」
「よし。あと、チェロとコントラバス持ってる人?」
 
「そんなの誰も持ってない気がする」
「ピアノとフルートにしたら?」
「ああ、フルートなら私吹ける」と協佳。
「ピアノは弾ける子何人もいるから誰か適当に捕まえればいいな」
 
ということで、結局私と由維がヴァイオリンを弾き、ピアノはたまたま音楽室でピアノの練習をしていた隣のクラスの若葉を捕まえて弾いてもらい、フルートは協佳が吹いて、四重奏をして録音した。
 
そういう訳で、これに立ち会った奈緒も、それからたまたま徴用された若葉も、この時、私がヴァイオリンを弾いたのは見ているのだが、若葉はそんなことを誰にも言わないし、奈緒はこの時に由維と一緒にヴァイオリンを弾いたのは私ではなく若葉で、私はピアノを弾いたと思い込んでいる風である。
(実際、たぶんそういう担当にした方が、より上手い演奏になったと思う)
 
なお第一幕で流したのは『眠りの森の美女』から『ワルツ』であった。
 

第2幕(5分)。100年後。このシーンは途中まで、緞帳の前で行われる。
 
森を歩いてきたデジレ王子の前に、オーロラ姫(の幻)が現れる。
 
「なんて美女なんだ!」
と言って姫のそばに寄ろうとするものの、王子が手を握ろうとすると、スルリと抜けていき、捕まえることができない。やがて姫の姿が消えると、猟師が現れ、この森の奥に古い城があって、そこには美しい姫が眠っているという伝説があること。しかしそこに行こうとして帰ってきた者はいないことを告げる。
 
しかし興味を持った王子は、猟師が停めるのも聞かずお城へと進んでいく。しかしデジレ王子が進んでいくと、お城を閉ざしていた茨などが自然に開いていき、デジレ王子はすんなりと城に到達することができた。
 
(ここで『眠りの森の美女』から『パノラマ』を演奏。そして幕が開く)
 
10年前のパーティーの時のまま多数の人が眠っていて、中央にベッドに寝ているオーロラ姫がいる。そして王子が近づいて行った時、ちょうど100年が経過して、みんなが目を覚ます。(キスをして目を覚ますのは改変版で本来は100年の経過により自然に目を覚ます)
 
そこでデジレ王子はオーロラ姫にプロポーズし、オーロラ姫が受諾して、ふたりの結婚が決まる。
 

第3幕(5分)。結婚パーティー。
 
中央やや右寄り、並んだ椅子にオーロラ姫とデジレ王子が座っている。そこに多数の人々が訪れて祝福する。
 
ここで流れる曲はなぜか『くるみ割り人形』の『花のワルツ』。奈緒が勘違いして提案したのだが、華やかな曲だから、それでもいいかもと協佳が言って、4人で演奏したのであった。
 
録音していた音楽が流れる中、ダイヤモンド・サファイア・金・銀という4人の宝石の精が現れて、音楽に合わせて少し踊ってから「結婚おめでとう」と言って退場する。
 
黒い衣装のカラボス(私)と白い衣装のリラの魔女(協佳)が手をつないで入場してきて「末永く幸せに」と祝いの言葉を言う。私が姫たちの方にピストルのようなものを向けるので、姫たちが驚くが、クラッカーである。リラの魔女もふつうのクラッカーを鳴らす。ふたりは、そのまま姫たちのそばに留まる。
 
長靴を履いた猫と白猫が一緒に来てお祝いを言い、10秒ほど踊って退場する。赤ずきんとオオカミが来て、お祝いを言い、ふたりで漫才のようなやりとりをしながら退場する。シンデレラとフォルテュネ王子が来て「私たちのように幸せになってください」と言って去る。青い鳥とフロリナ姫が来て、祝福してから、やや長めのダンスを踊る。
 
そしてそこに、これまでの出場者が全員現れ、ステージの上でみんなで踊り、賑やかに閉幕する。
 

学芸会の翌週は高山で従兄の結婚式があり、そこで夏に東京で会ったアスカと再開。披露宴でアスカが高そうなヴァイオリン(後に私が愛用することになる《Rosmarin》)を弾いたのを見て、私はヴァイオリンへの情熱を新たにする。
 
この時私自身は披露宴で里美伯母から借りた三味線を弾いたので、三味線弾くならこれ持ってけと言われて、昔母が弾いていた三味線を乙女伯母から託されたので、それから数日は、母が買物に出ている時間などに三味線を弾いていたのだが、やがてヴァイオリンも頑張ろうと思い、高山に行った翌週の日曜日、私はヴァイオリンを持って、川岸へと出かけた。
 

私はいつものように川岸の道路の下でヴァイオリンを弾いていた。
 
少し前まで数人の「橋の下の住人さんたち」が聴いていてくれたのだが、その日は公園で食料の配布があるからといって、みんなそちらに行ってしまった。私もそろそろ帰ろうかなと思いながら、何となくワンティスの『漂流ラブ想い』を弾いていて、これを弾き終わってからにしよっと思った。
 
ところがその曲を弾き終わった時
「『リズミトピア』」
という声が掛かる。私は誰か「住人さん」かなと思い、
「はいはーい」
と言って弾き始める。しかし、弾き始めてからその声がした方角を見てびっくりした。くたびれた服の「住人さん」ではなく良さそうなスーツを着ている若い男性だ。それは夏頃に公園で会って、私に作曲の指導をしてくれたTTさんであった。
 
私がワンティスの『リズミトピア』を弾き終わると、TTさんは力強い拍手をしてくれた。
 
「今この近くを通りかかったら、橋の下にいるのがFKちゃんのように見えたから降りてきた」
 
「ここなら、騒音とかで苦情が来る心配無いから」
「確かにね。でも、君凄いね。これ今日発売された曲なのに!」
「いえ、数日前からFMとかで流れてましたから」
「それで弾けちゃう所が凄い」
 
「これ懐古調の曲ですよね。80年代くらいの雰囲気でしょうか。『ダンシング・オールナイト』とか『ダンシング・ヒーロー』とか『ランナウェイ』とか。やや退廃的な夜を感じさせる曲」
 
「そうそう。あの時期、こんな雰囲気の曲が結構流行ったね。だけど君ヴァイオリンも上手いんだね」
「独学です」
「ホント? できたらどこか教室に通った方がいいけど」
「うち貧乏だから。このヴァイオリンも、お小遣いで安いのを買ったんです。あれ? TTさんもそれヴァイオリンケースですよね?」
 
「うん。安物だけどね。でも君こそお小遣いで買うって凄いなあ。そうだ、君が今弾いている姿を見て、この詩を書いちゃったよ」
 
読んでみると凄く美しい詩だ。タイトルに『Fairy on String』と書かれている。英語はよく分からないけど、Fairyって妖精? Stringって弦楽器だよね?ヴァイオリンを弾いてる妖精という意味? 私、妖精に見えた?きゃー。
 
なんて思っていたら
「君が今ヴァイオリンを弾いている時に、まるで君のヴァイオリンの上で妖精が踊っているみたいに感じたんだよ」
などと言う。
 
何〜!? 妖精って私のことじゃなかったのか! この正直者〜。もてないぞ!でも、にこやかに私は言う。
「わあ、素敵な詩」
 
「これに曲を付けられる?」
「やってみます。私が書いた後で添削していただけますか?」
「うん」
 
それで私はヴァイオリンをケースにしまったが、ふたはせずに後から閉じようと思った。バッグの中からボールペンと五線紙を取り出すと、TTさんの詩に合わせて「どこからか流れてくるメロディーを受け止めるような気持ちで」曲を書いて行った。
 
「へー。君、ボールペンで書くようになったんだね」
「こないだTTさんから言われたから」
「でも青いインクのボールペンを使うって変わってるね。黒の方が読みやすそうなのに」
「このボールペン、ちょっと思い出の品なんです」
「へー」
 
「小学2年生の時に、漫画雑誌に応募して努力賞もらった時の記念品なんです」
「君、漫画も書くんだ!?」
 
「絵で頑張ろうか、音楽で頑張ろうか、って悩んだ時期もあるんですけど、やはり私は音楽かなあ、と最近思うようになりました」
 
「君才能あるもん。きっと10年後には日本を代表する作曲家になってるよ」
「それはさすがに褒めすぎです」
 
「いや本気。僕の友人に凄い作曲家がいるんだけどね。君は彼とライバルになってるかも知れないなあ」
 
「褒めても何も出ませんよ〜」
 

私が曲を書いている間に、彼は私のヴァイオリンを見ていた。
 
「このヴァイオリン、いかにも安っぽい」
「小学生のお小遣いで買ったヴァイオリンですから、察してください」
 
「でもこんなヴァイオリンで練習してたら悪い癖が付くよ。そうだ!僕のこのヴァイオリンも安物だけど、それよりは随分マシだと思う。君、これで練習しない? あげるから」
 
「えー? でも高そうなのに、悪いです」
「こないだ君と会った後、僕も何だか良い詩が立て続けに書けてさ。凄く調子が上がって来ているんだよ。だからその感謝の印で」
 
「もしかしてTTさんって、プロの音楽家さん?」
 
私はこないだ会った時の口ぶりから、音楽家志望の大学生か何かかと思っていたのである。もしかして現役ミュージシャン?という可能性をこの時初めて考えた。
 
「それはごめん。詮索しないで」
「はい」
 
「でも君のヴァイオリン、幾らで買ったの? お小遣いで買ったって凄いなと思ったけど」
「150円です」
「150円〜!?」
 
「ヤフオクで落としました」
「なるほど! それでも150円は凄い。だったら、なおのこと、そのヴァイオリン、僕のと交換しない? 実はね、訳あって、とっても安いヴァイオリンが欲しかったんだ。このヴァイオリンは中古楽器を扱っている店で3万円で買ったんだけどさ、それ150円で買ったというのなら、そちらの方が凄い。今度作るつもりの楽曲で、安いヴァイオリンというのをネタに使いたいというのもあって」
 
「ああ、そういうことなら交換しましょうか。それでも150円のヴァイオリンと3万円のヴァイオリンの単純交換じゃ悪いから、そうだ!私が使ってるこのボールペンもあげます」
 
「でもそれ大事な記念の品なんでしょ?」
「だからあげます。TTさんが素敵な詩を書いてくださるように」
「ありがとう。じゃもらっちゃおう。青い字で書くとまた何か違うかも知れないなあ」
 
そう言ってTTさんは私のボールペンを受け取った。
 

TTさんがワンティスの高岡さんだったことを私が知ったのは、翌年末に高岡さんの事故死のニュースをテレビで見た時であった。
 
考えてみると私と高岡さんは10年の歳月を経て、お互いの愛用ボールペンを交換したようなものかも知れない。青い字のボールペンと青いボディのボールペンと。
 
ワンティスの《最後のCD》となった『秋風のヰ゛オロン』は当時高岡さんの作詞として発表されたが2013年の春に上島先生たちが、これも夕香さんの作詞であったと発表し、JASRACの登録もそう修正された。
 
しかし私はあの時の高岡さんとの会話からして、この詩は高岡さんの作品なのではないかという気がしてならない。何の根拠も無いけど。
 

しかしまあそういう訳で私は150円のヴァイオリンから3万円のヴァイオリンにグレードアップした。
 
150円のヴァイオリンは made in Itary (原文ママ)という怪しすぎる原産国?表記だけで制作所の名前も入っていなかったが、この3万円のは鈴木のヴァイオリンで、確認してみると新品を買うと20万円くらいの品だったようだ。傷が付いたりしていたので、それで3万円で中古楽器店に出ていたのだろう。ナイロン弦が張ってあったが、少し伸びている感じだったので、新品のナイロン弦(の一番安いやつ)を買ってきて張り替えた。
 
(この時期は民謡の方の賞金でナイロン弦程度は買うのに心理的抵抗が無い程度に私の「秘密のお小遣い」も増えていた)
 
スティール弦とナイロン弦では音が全然違うので、翌日私の演奏を聴いていた「橋の下の住人さん」たちから、「何だか今日は音が柔らかいね」などと言われた。
 

12月のある日、突然電話が掛かってきた。
 
「やっほー、冬。今私どこにいるか分かる?」
「静花さん?また東京に出てきてるんですか?」
 
それは小学2−3年の時、愛知で私に歌を指導してくれた4つ年上の松井静花だった。彼女は3年前から毎月2回、東京の芸能スクールに通っていた。特待生ということで授業料も無料、愛知からの交通費もスクール側から出ていた。しかし朝から晩までレッスン漬けなので、東京に来ているといっても、私は会う機会がなかった。
 
「あったりー。でも私、引っ越して来たんだよ」
「えー、そうだったんですか?」
 
「実はね。私、来年の5月か6月くらいにCDデビューすることになったんだ」
「わぁ! おめでとうございます!!」
 
「それでその準備のために東京に引っ越したんだよ」
「もしかしてひとりだけで?」
「うん。単身赴任。時々お母ちゃんも来てくれるけどね」
「きゃー。高校はどうするんですか?」
 
「私は別に行かなくてもいいと言ったんだけど、お父ちゃんが高校には行かなきゃダメだというから、とりあえず行くことにした。私立だけど。公立より自由がきくから。それで高校在学中は基本的には土日限定で活動する予定」
「へー」
 

それで月曜日の夕方、新宿まで私が電車で出ていき、マクドナルドで会った。何でも歌のレッスンが月曜日だけお休みで時間が取れるらしい。高校は一芸入試とかで内定しているらしく、受験勉強も不要なので(というか中学の勉強は何もせずに歌と音楽の勉強ばかり3年間していた静花がふつうに高校受験して合格できる訳がない)、毎日朝から晩までレッスンなのだそうだ。ちょっと私には耐えられそうに無い!
 
「なんかますます女らしさが増してない?」
「気のせいです」
「だって冬、そろそろ第二次性徴が始まる頃だよね。まるで女子の第二次性徴が始まっているような雰囲気」
「まさか!声も本当はこんな感じになりつつあって」
と言って当時開発中だった男声(っぽい声)を出してみる。
 
「ふーん」
「声が不安定だから、歌うのにも苦労してる」
これは本当のことである。
 
「せっかく東京に出てきたし、冬の歌を見てあげたいけど、私自身が
毎日レッスン漬けだから」
「いや、私のことは気にせず、練習頑張ってください。芸名とか決まったんですか?」
「うん。松原珠妃(まつばらたまき)というの」
「わっ、格好いい!」
 
「冬、ヴァイオリンも頑張ってるみたいね」
「え? 分かりました?」
 
「その左手。指先が硬くなってる」
と言って静花は私の左手を触った。
 
「ピアノもやってるみたいだけど、右手に比べて左手の指先が特に硬いのはヴァイオリンだろうと思ってね」
「つい最近練習を再開したんですよ。お小遣いでヴァイオリン買って」
「おお、よく貯めたね」
 
「最初150円で買ったので再開したんですけど」
「150円!? 150万円じゃなくて?」
「150万円なんてお金無いですー。でも、それ弾いてるの見たある人が、そんなので弾いてたら悪い癖付くと言って、つい先日ですけど、もう少し良いのに交換してくれました」
 
「おお、それは良かった。冬に才能があると思って、良いのをくれたんだよ」
「ああ、そうなのかな・・」
 
「だけど、その150円のを使ってたせいかな、その指先の硬さは」
「え?」
 
「こんなに指先が硬くなったのは、冬の弦の押さえ方が間違ってたせいだと思うよ」
「あ・・・」
 
「私自身はヴァイオリン弾かないから、教えてあげられないけど、こうなるのはヴァイオリン初心者によくありがちな間違いのせいだと思う」
 
「やはりひとりで練習してると、自分では気づかない変な癖付いてるのかなあ」
 
「冬、自由になるお小遣い、どのくらいある?」
「うーん。。。今ストックは30万円くらいかな」
「ぶっ。お金持ちじゃん。だったら、短期間でもいいから、うちのスクールのヴァイオリンコースのレッスン受けない? 紹介してあげるよ。冬がスクールに顔を出してくれたら、私も話をする機会が作りやすいし」
「そうですね」
 

そういう訳で、私はこの12月から3月まで、静花が通う★★レコード系の音楽スクールのヴァイオリンコースの初心者向け「体験コース」に参加し、フリーチケット方式で、月に2〜3回指導を受けるようになった。静花と事前に連絡しあって、静花の空き時間にうまく会えるような時間帯に出席したので、この4ヶ月間のレッスンは、ヴァイオリンの学習というよりは、東京に単身出てきて友人もほとんどいない静花の話し相手になる、という面が大きかったのだが、結果的には当時あやうく付きそうであったヴァイオリンの悪い癖を何点か先生に修正してもらえることにもなった。
 
静花は、デビュー前の大事な「人財」ということで、交友関係も厳しく管理されていた。それで私も「変な人でない」ことを確認するため、事務所の社長さんと会い少し話をした。
 
「なるほど。愛知にいた頃のお友達なのね?」
 
50代の男性社長・兼岩さんはなぜか女言葉で話していた。タバコを咥えながらで、私はその煙がちょっと辛かったが、笑顔で応じた。
 
「はい。色々歌のことで教えてもらいました」
「あら、だったら、あなた歌も歌うの?」
「たくさん教えてもらいましたけど、松井さんには遠く及びません」
 
「ふーん。でもちょっと何か歌ってごらんよ」
 
それで私は『亜麻色の髪の乙女』をアカペラで歌った。
 
兼岩社長が驚いたような顔をして、タバコをぽろりと落とした。
 
「ね、君、どこか他の所ででもレッスンとか受けてる?」
「えっと・・・津田アキ先生という方の民謡教室に通ってますが」
 
「津田さんとこか!? やはりこれだけの素材は注目されるわよねぇ。残念」
 
などと社長さんは言っていたが、それが私もスカウトしようかと思ったもののこの業界では有名な津田さんのところ(実際には全然そんなことないのだが、○○プロ直系と思っている人が多い)に私が在籍していると聞いて、てっきり民謡歌手として育成中かと思い、諦めたものだということに、私は全然気づいていなかった。しかし、津田さんが警察庁の元警視であり、絶対にヤクザとは関係ないというのも知られているので、このことは好印象だったようである。
 
それで私と静花との交友については問題無いということになったようであったし、寮にも電話を取り次いでもらえることになったので、私たちはよく話していた。
 

3月上旬の週末。静花のレッスンがお休みということで、静花のお母さんは一度愛知に戻っておいでと言ったらしいのだが、静花は「レッスンで疲れ果ててるから、寝てる−」と言った。それで、それならというので、お母さんが静花のお姉さん(高校2年生)と一緒に上京してきた。私がこちらで静花の話し相手になっていると聞き、ぜひ一緒に会いましょうと言われたので私も母に断って、会いに行ってきた。母からは「こちらこそ色々教えてもらっているんでしょ?」
と言われて、お土産のお菓子など持たされた。
 
それで私が静花の母にお土産を渡したら「あら、こちらこそお世話になっているのに」と言われて、名古屋のお土産を渡された。
 
「ちょっと早いひな祭りだね。女の子ばかりだし、和食を食べよう」などと言って、六本木の少し落ち着いた和風レストランで「女性専用・お雛様ランチ」
を食べた。その日は雪もちらついて寒かった。
 
「寒い日は風邪引かないようにしてる?」
「うん。暖かくしてるよ」
「夜出歩いたりしてないよね?」
「20時門限だから、遊びようもないよ。門限破り3回やったらクビらしいし」
「クビになると、違約金が恐ろしいわね」
「ほんとほんと。昔のお女郎さん並みだよ」
などと静花は笑っているが
 
「・・・・あんた、そちら要求されたりはしてないよね?」
と心配そうにお母さん。
 
「ああ、そういう事務所もあるらしいけど、うちは大丈夫だと思うな。誰かと寝ろとか言われたら辞めて帰ってくから」
「うん、そうしなさい。借金は父ちゃんに頑張って返してもらうから」
 
などという話をしていたが、私は意味がよく分かっていなかった。
 

「デビューの日程は決まったの?」
「うん。結局4月23日。連休前に発売して、連休いっぱい全国キャンペーン」
「わあ、すごーい」
「先行して4月中はあちこちのラジオ局とかにゲスト出演。発売後はむしろテレビとかにも頻繁に出演」
 
「それ、かなり力を入れて売ってくれるのでは?」
と私。
「うん。そんな感じがする」
 
「デビュー曲はもう吹き込んだんですか?」
「これから。でも曲目は決まった。木ノ下大吉先生の『黒潮』って曲」
「すっごーい! 大物作曲家!」
とお姉さんが驚愕する。
 
「静花さん、ほんっとに期待されてますね」
と私も言った。
 

そんなことを話していた時、私たちの席から少し離れた所に、20歳前後のカップルが仲居さんに案内されて入ってきた。
 
男性の方は私にヴァイオリンをくれたTTさんだった。女の人と仲よさそうだ。TTさんは立派なスーツ、女の人はきれいな振袖を着ている。見ていると冷酒を開けて乾杯している。私はちょっと嫉妬の気持ちが起きた。
 
「どうかした?」
と静花から声を掛けられる。
 
「ううん」
と言って笑顔になる。その時、私の脳裏に、あの時TTさんと作った曲がプレイバックされた。
 
「ね、ね、静花さん、この後どこかスッキリするような所行かない?」
「スッキリする所というと・・・トイレ?」
「なんで〜!?」
「あ。せっかく東京に出てきたから、私、今話題の大江戸温泉物語に行きたい」
とお姉さん。
 
「ああ、いいね!、行こう行こう」
 
ということで私たちはオープンしたばかりの大江戸温泉物語に出かけた。
 

さて。静花は、もちろん私が男の子であることを知っている。しかしお母さんとお姉さんは知らない。そして静花さん自身もこの時、私の性別のことはきれいに忘れていたという。
 
まあ、そういう訳で、入口でお母さんは
「大人1枚、高校生1枚、中学生1枚、小学生1枚」
と言って通行手形を4つ受け取る。そして浴衣を受け取る場所に行き、それぞれ好きな柄のを選んでそれから、その近くにあった大きな赤いのれんをくぐる。のれんには大きな「ゆ」の文字(とこの時私は思ったが実は「女」という字の崩し字だったかも)が染め抜かれていて、そばには段飾りのひな人形が飾られていた。
 
私はのれんには単に「ゆ」しか書かれてないから、ここは男女共通の入口なのかな、などとのんびりと考えていた。
 
ところが入った所にはロッカーがたくさん並んでいて、たくさんの女性が服を脱いだりしている。ここでやっと私は『あ・・・』と思った。それと同じくらいのタイミングで静花も『あ・・・』といった顔をした。
 
「ん?どうかした?」とお母さん。
「うーん、まあいいかな」と私。
「いいの〜?」と静花。
「うん」
 
と言って、私はとりあえずパーカーを脱ぎ、セーターを脱ぎ、ポロシャツも脱いじゃう。そしてジーンズも脱いじゃう。
 
「ふーん、可愛い下着つけてるね」
と静花は言った。その日、私は黒地に白や黄や赤でウサギさんやお花・お星様の模様が入ったカップ付きキャミソールと、キティちゃんのショーツを穿いていた。
 
「うん、こないだ友達と一緒に買いに行って、ちょっと乗せられて買った」
「ああ、冬の友達って、そういうの唆しそう」
 
それで私は花柄の浴衣を着る。静花も服を脱いで、手鞠柄の浴衣を着ていた。お姉さんは青海波みたいな浴衣、お母さんは菱模様みたいな浴衣を着ていた。
 
それで、ぞろぞろといったん内側のロビー(男女共通エリア)に出て少し歩き、大浴場入口を入り、全員で左側の女湯の方に行く。静花は私が平然と女湯の方へ行くので、半ば呆れた風な感じで見ている。
 

脱衣場で浴衣を脱ぐ。静花が自分は脱がずにこちらを見ている。私はそのままカップ付きキャミソールも脱いじゃう。
 
「うーん・・・」
と静花は言って苦笑いするような感じで、私の胸を触る。
「冬、おっぱい膨らみ始めてるね」
「そうだねー。私少しバストの発達、遅いみたい」
と私も開き直って言う。
 
「うん。確かにこれ小学4年生くらいの胸かなあ」
 
静花が私の下半身に視線をやるので、私はさっとショーツを脱いじゃう。
 
「うーん・・・・」
と言って静花は腕を組んだ。
 
「あんた、何やってんの? 脱がないの?」
ともうブラも外してショーツだけになっているお姉さんが静花に言う。
 
「ああ、脱ぐ、脱ぐ」
と言って、静花も全部脱いだ。
 

浴室に移動し、各自身体を洗ってから、手近な、あまり広くない湯船に浸かる。
 
「冬が男湯には入れないようであることは確認した」
と静花は含み苦笑いという感じの笑みを浮かべて言った。
 
「あんた何言ってるの?小学5年生が男湯に入れる訳ないじゃん」
とお姉さん。
 
「まあ、混浴は幼稚園までだよね」
と私も開き直って言う。
 
「そうそう」
 
「まいっか。私が歌のレベルアップ図ってる間に、冬は女の子としてレベルアップしている感じだし」
と静花は言った。私はちょっとムッとしたが、その場では何も言わなかった。
 
「小学校の高学年の頃って、身体が子供から女へといちばん変化していく時期だよね」
とお姉さん。
 
「確かにね〜。あれ? 冬、そのお腹の所に貼ってるのは湿布か何か?」
と静花はその貼り薬に気づいて言った。
 
「あ、これは私栄養が足りてないとお医者さんに言われて、補給するのに貼ってるの」
 
と私が答えると、お姉さんが
「確かに冬ちゃん、凄く細いもん。ご飯もっと食べなきゃ」
と言う。
 
それで静花は
「なるほどー。分かった。足りない『栄養』かぁ」
と言って、初めて明るい感じで笑った。
 
「それ、どのくらい貼っておくの?」
「一週間貼って交換して。3週間貼り続けたら1週休みです」
「ああ、なるほどね〜」
と静花は納得したように言った。
 

雪が降っていたので露天風呂には行かなかったが、内風呂を全種類移動しながら4人でいろいろおしゃべりした。
 
それであがって身体を拭き、服を着ていた時、私は敢えて静花に言った。
 
「静花さん。私、女の子としてだけじゃなくて、歌もレベルアップしてるから」
「ふーん。じゃ、このあとカラオケにでも行ってみる?」
「行きましょう」
 
お風呂を出たのが16時頃であった。静花の門限は20時なので、19時頃までには帰途に就く必要がある。それでカラオケしながら晩ご飯を食べようということになり、私は母に一度電話を入れた。
 
カラオケ屋さんに入る。
 
最初に静花が「私が歌う」と言い、デビュー予定曲だという『黒潮』をアカペラで歌った。
 
物凄い、圧倒的な、歌のパワーであった。お母さんとお姉さんが「ひゃー」という感じで聴いていた。
 
そして、静花は「どんなもんだ?」という顔をしてマイクを私に寄こした。私は笑顔で受け取った。
 
そして私は11月にTTさんと作った歌『フィドルの妖精』をアカペラで歌った。
 
お母さんとお姉さんがこれもまた「ひぇー」という顔をしている。そして静花は顔色が変わった。初め血の気が引いて青い顔になり、やがて鬼も逃げ出しそうな怖い顔になった。私は上等!と思った。
 
なお静花(松原珠妃)はこの『黒潮』で2003年のRC大賞を取ることになる。そして11年後、ワンティスが『フィドルの妖精』で、2014年のRC大賞を取るので、この時の私たちの対決は実はRC大賞対決であった。(どちらも未公開曲だったけど!)
 
「冬」
「はい」
「今日を限り、私と冬は先生と生徒じゃない」
「うん」
「ライバルだ」
「はい、それでいいです」
 
そして私と静花は硬い握手をした。
 
「でも、元先生と元生徒ということでもいいかな?」
と私。
「まあ、それはそれでいいね・・・冬ってホント平和主義者だな」
「私、喧嘩するのとか嫌ーい」
 
という感じで私たちは、また笑顔になった。
 
「よし。この後は歌いまくるぞ。冬、1回交替で行こう」
「そうですね」
「自分で番号呼び出すのじゃ面白くないから、互いに相手が歌う番号を呼び出すというのはどう?」
「OKです」
 
「よし、行くぞ。こんな番号はどうだ?」
と言って静花が呼び出したのは、青い三角定規の『太陽がくれた季節』だ。
 
私は余裕で歌う。でもこれが歌えるのは橋の下の住人さんたちのおかげだ!静花が『ちっくしょー』という感じの顔をしている。向こうがそういう感じで来るならこちらも、向こうが弱そうな所で行かなくちゃねー。これは全力で相手を倒す殴り合いだ。手を抜いたら友情に反する。
 
それで私はShakiraの『Objection』を呼び出した。静花がゲッという顔をする。この曲は知らなかったようだ。しかしさすが静花である。流れる伴奏と表示される歌詞だけを頼りに、かなり創作しながら!歌いきった。
 
「あんたはこの曲知ってるの?」
「うん。だって私のお母ちゃん、洋楽マニアだもん」
「そうだった!」
 
「よし、それなら、こちらはこれだ」
 
という感じでその日はお互いに相手が不得意そうに思えるジャンルの曲を徹底的に呼び出したのであった。お母さんとお姉さんは自分たちが知らない曲がどんどん流れて二人とも凄く上手に歌うので、ポカーンという感じであった。
 
「冬、あんた年齢誤魔化してないか?」
「何歳だと?」
「『金色夜叉の唄』が歌えるなんて。冬、11歳じゃなくて101歳だろ?」
「まさか!」
「国籍も誤魔化してるだろ?」
「何人だと?」
「きっとロシア人だ。あんたロシア語の歌もきれいに歌うんだもん」
「ロシア語は規則通り読めば良いから英語より読みやすいよ」
 
そういう訳で、この日、結局私たちは全員晩御飯を食べ忘れて! タイムアップとなった。
 
「冬、私の時間が取れる時は冬を呼び出すから、またカラオケ対決しよう」
「しましょう。私も鍛え直しますから」
 
このカラオケ対決はその後何十年も続くことになるが、ふたりとも全曲歌うので未だに勝敗が付いたことが無い。
 
最後に静花は言った。
「私も鍛え直す。というか今日は自分が少し天狗になってたのを鼻をへし折られたから、デビューに向けて再度必死に練習するよ。社長や作曲家さんからまで『君は10年にひとりの天才だ』なんて褒められていたから」
 
「私は50年にひとりの天才になります」
と私。
「よし。だったら私は100年にひとりの天才になる」
と静花。
 
さすがにお姉さんが吹き出した。
 
「頑張ってください」と私。
「冬、たぶんあんたも4〜5年したら、私と同じ世界に来るんだろうけどさ」
と静花。
 
「はい」
「私のプロダクションには来るなよ。ってか入ろうとしたら蹴落とすぞ」
「別のプロダクションの方がいいですね。純粋にライバルになれるから」
「そういうこと」
 
「じゃ、また」
 
私たちは硬い握手をして別れた。
 
 
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