【夏の日の想い出・3年生の秋】(1)

Before前頁次頁時間索引目次

1  2 
 
2012年9月16日。一時帰国した政子の両親の合意の元、政子はこれまでの「人前で歌わない・テレビなどに出ない」といった契約を見直し、学業に支障の無い範囲で、フルに芸能活動をすることができる契約に移行した。
 
実際問題としてこの年政子は、4月14日に沖縄でローズ+リリーのシークレット・ライブで歌い、2008年のロシアフェア以来、1218日ぶりに一般観客を前にしたステージに立った。そして8月11日にはサマーロック・フェスティバルで、ローズ+リリーとして、そしてローズクォーツの拡大メンバーとして都合2回のステージを務めた。
 
政子は年内にもう1回くらい歌いたいと言い、町添部長はすぐにその企画を作った。そのことを政子がうっかり8月28日のFMの番組で言ってしまったため問い合わせが殺到したが、★★レコード、○○プロ、△△社、UTPでは年内にローズ+リリーのライブ(公式のライブとしては2008年11月30日東京ライブ以来)を予定しているが、詳細は後日発表すると回答した。
 
政子は放送でうっかりこのコンサートのことを漏らしてしまった時、その詳細な企画をまだ見ていなかったのだが、町添さんからのメールを見て12月大分であることを知り、私が
「だって、去年の12月にマーサは1年後に大分に関サバを食べに来たいと言ったよ」
と言うと、
「覚えてくれてたのね、冬大好き!」
と言って、私にキスしたのであった。
 

政子との契約を見直した翌日は私は富山に行った。8月にアメリカで性転換手術を受けた後、富山で静養をしていたスリファーズの春奈を迎えに行ったのであった。
 
「春奈ちゃん、経過が良さそうだから、11月に全国ツアーやろうね。新曲も出そうね」
「えー!?鬼〜!」
「じゃ。私、ツアーに同行しようか? 同じ性転換手術の経験者として何かサポートできるかも知れないし」
「お願いします。ケイ先生に付いててもらったら少し心強いです」
 

その翌日9月18日、★★レコードに、私と政子に美智子、○○プロの前田課長が集まり、★★レコード側は担当の氷川さんと加藤課長、町添部長まで出席して年末のローズ+リリーのライブに関する打ち合わせをした。
 
「そういう訳で日程は12月23日天皇誕生日。会場は別府アイコンプラザのハルモニアホールです。マリさんが1000人規模くらいの会場の方が歌い易いということでしたので、ここを押さえています」と加藤課長が説明する。
 
「キャパは?」と前田課長が質問する。
「1190人ですが、PA席・見切り席などを除いて、販売数は1000にします」
 
「しかし4年ぶりのコンサートですしね。詳細近日発表とホームページに掲載しているのに連日凄い数の問い合わせがあるんですよ。これまで来た問合せのメールとツイートがうちだけでも既に5000通を超えています」と前田課長。
 
「実際1000の販売数は一瞬で売り切れると思います。そこで、副会場を設置することにしています」と加藤課長。
「副会場?」
 
「このハルモニアホールの隣にコンベンションセンターというのがありまして、フリマとかビジネスフェアとかしたりするのですが、ここは椅子を並べると会議なら1万人入るのですよ」
「ほほお」
「一応コンサートで使う場合は8000人までという規定になっていますが、ここを副会場として利用し7000人入れます」
「どういう運用をするんですか?」と私は訊いた。
 
「主会場のステージの映像を撮影して、副会場に設置する映写スクリーンにプロジェクターでリアルタイムで投影し、音声は主会場のPAの音をそのままケーブルで引っ張ってきて、これもそのままリアルタイムで流します」
「なるほど」
 
「それと同時に副会場の観客の様子を撮影しまして、これを主会場の両脇に設置する映写スクリーンに投影して、副会場の興奮が主会場にいる人たちやステージで歌っているローズ+リリーのおふたり、バックバンドの人達にも伝わるようにします」
「面白いですね」と私は興味を持って言った。
 
「これだと歌っている側は1000人キャパのこじんまりしたホールで歌う感覚なのですが、実際には8000人の観客で楽しめるというわけです」
 
「チケットの価格とか申し込みとかどうするんですか?」
「主会場は6000円、副会場は3000円の設定です。申し込みは、主のみ希望、主の抽選に落ちたら副希望、最初から副希望、というのを指定してネット又は電話で申し込んでもらい、抽選です。転売禁止にして入場には携帯での認証か写真付き身分証明書必須ということにします」
 
「けっこうそのあたりの作業は大変ですね」
「★★レコードにも連日凄い問い合わせが来てまして。こちらも既に問合せは1万件を超えています。UTPさんも凄いんじゃないですか?」と加藤課長。
 
「電話が鳴り止みません。バイトさんに対応してもらっていますが、朝から晩までひたすら『詳細は近日発表しますので』と言い続けています」と美智子。
 
「今の反響からなら武芸館2日間やってもいいくらいですよ」
と加藤課長。
「まあ、今回わざわざ大分を選んだのは、それで人数を絞る意味もあるのだよね。東京や大阪の大会場でいきなりやるのは、主催側としてもリスクが高すぎるし」
と町添部長は言った。
 
そんな話をしていたら政子が唐突に言った。
 
「だけど、わざわざ大分まで行って副会場で聴いてる人たちって何だか可哀想。だって、すぐ隣でライブやってるのに、そこに行けずに隣で映像と音だけって。凄い疎外感。蛇の早贄(はやにえ)だよ」
 
「えっと。。。。蛇の生殺し(なまごろし)かな」と私は訂正する。
「あれ?早贄は何だっけ?」
「百舌(もず)だよ」
 
「あ、そうか。それでさ、当日会場に行く時は主会場に当たった人も副会場に当たった人も一緒に電車やバスに乗っていくのに、その道すがら仲良くなっても主会場に入れる人と入れない人がいるって、嫌じゃん。入れなかった人は凄く悲しくなっちゃう」
 
「そう言うんだったら、マリ、いっそ最初からその大きい方の会場で歌う?」
と私は訊いてみた。
 
「うん。歌おうよ」と政子。
 
私は美智子、町添さん・氷川さんと顔を見合わせた。
 
「7000人の前で歌うことになるけど大丈夫?」と私。
「夏フェスでも7000人の前と8万人の前で歌ったよ」と政子。
「マリさえ良ければ、それで進めちゃうけど」
「うん。頑張る」
 
「それでは、ハルモニアホールの方はキャンセルして、コンベンションセンター単一会場でやりましょうか?」と加藤課長。
「まあ、その方が単純だね」と町添さんも笑顔で言った。
 

翌日、ローズ+リリーの大分ライブの詳細が発表になり、チケットの申込日は9月29日(土)〜10月7日(日)と掲示された。その期間に申し込んだ人から抽選で当選者を決める。チケットの一般販売数は6000枚(残り1000枚は九州・山口・愛媛のFM局に招待枠として出した)だったが、別府という決して集客性のある土地ではないにも関わらず、申込みは3万枚近く来て倍率約5倍だった。町添部長が「東京でやってたら6万は来てたな」と数字を見て言った。
 
一方で私たちは9月24日から10月14日まで、ほとんどスタジオに入り浸りになってスリファーズ、富士宮ノエル、花村唯香、そしてローズクォーツ、とひたすら音源製作の作業をしていた。
 
富士宮ノエルは元々木ノ下大吉というベテランの作曲家が楽曲を提供していたのだが、この人が失踪事件を起こし最終的に作曲活動を引退してしまったため、一時的にマリ&ケイで楽曲を提供していたが、その後、伊賀海都という30代の作曲家(女性だが性別非公開)が付いて毎回6〜7万枚程度のアイドルとしては安定したセールスを上げていた。ところがその伊賀先生が妊娠出産のため休養期間に入ったため、またピンチヒッターで楽曲提供とプロデュースを依頼されたのである。
 
「妊娠による休業ってのも公表しないんですか?」と私は町添さんに訊いた。「それ出すと、性別も公開することになっちゃうから」と町添さん。
「まあ、男性は妊娠出産しませんからね、普通は」と私は言ったが
「現代なら、奥さんが妊娠出産するので休業する男性もいるかも」と政子。
 
「・・・君たちは出産の予定はまだ無いよね?」
「こないだその件話し合って、私は27歳で子供を産むことに決めました。タネの当てはあるので」と政子。
「ああ。まあ、そのくらいならいいか。ケイちゃんは?」
「私、産めませんから」
「・・・ほんとに?」
 
「私が子供産んだら、世界中のお医者さんが仰天しますよ」
「いや、ケイちゃんって時々、元々女の子だったのを男の子だと偽ってたんじゃないかと思いたくなる時があってさ」と町添さん。
「まさか!」
 
「ケイちゃん、生理があるって言ってたよね?」
「ええ。あることはありますが。普通の女性のものに比べると軽いですけど」
「それって実は元々女の子だったから、ということは?」と町添さん。
 
「どうなんだろうね? でもケイなら、妊娠出産もあり得る気がしてきた」
と政子も言った。
 

花村唯香は上島先生の友人でもある水上信次先生が元々楽曲を提供していたのだが、水上先生が一時期調子を落としていた時、スイート・ヴァニラズや上島先生、そしてマリ&ケイで楽曲を提供して支えた。元々実力派なのにヒットに恵まれずレコード会社との契約解除の可能性もあった所が、その時期に1万枚を超えるヒット『ベレスタ』(スイート・ヴァニラズ作)が出て、首の皮1枚つながった。
 
その後また水上先生が調子を戻してきて、また水上先生の歌を歌うようになったのだが・・・・・
 
昨年(2011年)秋に所属プロダクションに「花村唯香は男である」という密告の手紙が来た。この手の手紙は普通は無視するのだが、非公開にしている本名や本来の生年月日・出身中学などまで書き添えられていたため、プロダクション側が本人に念のためと言って尋ねた所、彼女はあっさり戸籍上の性別は男性であることを認めた。
 
そして11月の新曲発表会の席で自ら自分の年齢と性別のことをカムアウトした。
 
ファンの間で衝撃が走り、翌日のスポーツ新聞の一面トップを飾り、ネットでは物凄いツイートが発生して、彼女はワイドショーなどにも呼ばれて一躍時の人となった。私は「ああ、自分もこんな感じであちこちに引っ張り出されていたかも知れないな」と思い、他人事ではない気分だった。私の場合は父が即時の全面的な芸能活動停止を申し入れたため、こういう目には遭わなくて済んだのだ。その代わり美智子がさんざんワイドショーで叩かれた訳だが。
 
しかし唯香は私よりかなり神経がずぶとい感じで、色々きわどいことをテレビで訊かれても笑ってうまく答えていた。
 

「私、あんたと放送局の女子トイレで一緒になったことあるけど」
と年配の女性タレント。
「まあ、私が男子トイレに入ったら『こっち違う』と言われますね」
「ふだんから女子トイレに入るの?」
「子供の頃からそうですけど」
 
「温泉のレポート番組で他の女性タレントさんと一緒にお風呂入ってたよね?」
という質問に合わせて、その時の番組の映像が流れる。
「私、スーパー銭湯とかに行ってチェックインすると、まず女性用脱衣場のロッカーの鍵をもらいますね」
 
「ずっと女湯なの?」
「私の両親、小さい頃に離婚して、きょうだいは女ばかりだし、物心付く前でも女湯にしか入ってなかったみたいだから、私は生まれてこの方、一度も男湯に入ったことはありません」
「修学旅行の時とか、どっちに入ったの?」
 
「私は自分は女の子だと思ってたから、ちゃんと女湯に入りましたよ」
「でも、ちんちん付いてたんじゃないの?」
「クロークに預けておきました」
「預かってくれるの!?」
「だって『大事なもの』って言いますし。私個人的には不要品なんですけど」
 

散々話題になったおかげで、この時に出した曲は2万枚ものセールスをあげ、彼女のそれまででの最大のヒット曲となった。
 
★★レコードと○○プロでは彼女の売り方を全面的に見直すことにした。
 
年明けに予定していた次のシングルの音源製作はいったん白紙に戻した。バラエティ系の番組から多数の出演依頼が来ていたが、本人が自分は芸人ではなく歌手として活動していきたいと主張したので、全て断ることにした。
 
また水上先生の書くアイドルっぽい曲は彼女の性別をカムアウトしてしまった以上今後のセールスは見込めないし、そもそも彼女の高い歌唱力と合っていないので、今後は本格的なポップスあるいはロック系の曲を歌わせた方が良いということで、○○プロの浦中部長と★★レコードの町添部長の意見が一致した。
 

そこで次の作品は、ファンの反応を探る意味もこめて、前々から関わりのあるスイート・ヴァニラズとマリ&ケイに1曲ずつ書いてもらい両A面で出したいということで打診があった。スイート・ヴァニラズにロック系の曲を書いてもらい、マリ&ケイにポップス系の曲を書いてもらおうという趣旨である。私もEliseもこれまでの彼女との交友があるので、受諾した。
 
「男の子だったなんて、全然気付かなかったぞ」とEliseは言っていた。
「ごめんなさーい」
「ちなみにその胸は本物?」
「本物です」
「ホルモン?シリコン?」
「ホルモンですよ」
 
「おちんちんあるの?」
「まだあります」
「たまたまは?」
「中学生の時にこっそり取っちゃいました。親にバレて泣かれたけど」
「ああ。泣かれると辛いね。いっそ怒られたり殴られた方がいいよね」
とLonda。
 
「私一応きょうだいの中で唯一の男の子だったから。でもお前がそうしたかったんだったら、仕方ないねって言ってもらえた」
「いいお母さんだね」
 
「学校にはどっちの制服で行ってたの?」
「男子の制服で中高6年間通いました。ケイさんみたいに女子制服で通いたかったなあ」
 
「私は女子制服で通ってないけど」
「え?そうなんですか? マリさんから女子制服着たケイさんの写真何枚も見せてもらいましたが」
「マリはそういう写真集めるのが好きなんだよ」
と私は言った。政子は笑っている。
 
「ああ、確かに『通学』はしなかったかもね、高校の時は。中学の時はどうだか分からないけど」と政子は言う。
「なんか意味深な言い回しだな」とElise。
 
「冬は多重偽装してたみたいだからなあ。実態を知ってそうな唯一の古い友達は凄い口が硬いし。でも冬は中学・高校ともに女子制服の夏服・冬服を持ってますよ。まだクローゼットの中に取ってあるしね」
「ほほお」
「あまり深く考えないでください」
 
「冬は唯香が男の子って知ってたの?」とElise。
「最初博多で会った時は気付かなかったですよ。去年の12月にロシアフェアで再度会った時に気付きました」
「へー。同類の冬にもすぐには分からないって、かなり凄いんじゃない?」
「ええ。唯香ちゃんは完璧な女の子ですよ。だから、私も普通に女の子と思って付き合ってますよ」
 
「よし。私もそうしよう。で、唯香、今夜セックスしない?」
と言ってEliseはLondaからどつかれていた。
 
そして5月、新譜『灼熱の嵐/言いかけてやめないで』が発売された。前作性別カムアウトで話題になり2万枚売れた『私のパラソル/恋愛帰宅倶楽部』
からは完璧な路線転換である。この新譜は7万枚売れて路線転換の正しさを裏付けた。
 
問題は個別ダウンロードの比率だったのだが、ロック調の『灼熱の嵐』6割、ポップス調の『言いかけてやめないで』4割で、完全に票が割れた。レコード会社もプロダクションも悩んでしまったのだが、とりあえず次の作品もまたスイート・ヴァニラズとマリ&ケイ1曲ずつで出してみようということになってしまったのであった。
 

今回の曲『ラブ・レールガン』(スイート・ヴァニラズの作品)『私は誘惑人形』
(マリ&ケイの作品)は、Elise, Londa, 私、政子の4人が同席して制作を進めた。前回は★★レコードの北川さんが全体のまとめをしたのだが、Eliseからの申し入れでこの4人でまとめさせて欲しいということにした。ミクシングも私が行う。伴奏はスタジオミュージシャンの人たちだが、前作と同じメンバーが揃った。
 
「なあ、冬、この子の作品、当面はスイート・ヴァニラズとマリ&ケイで書いてあげない?」とEliseは言った。
 
「私もそれがいいんじゃないかって気がするんですよね。唯香って、元気な女の子って感じで、けっこうスイート・ヴァニラズやローズ+リリーと世界観が近いような気がするんですよね」と私。
 
「町添さんは私たちの負荷を心配してる感じだけど、時間的な余裕がある中での制作なら何とかなりそうな気もするんだよね」
「ええ。こちらも多分何とかなります」
 
「しかし前作が7万枚だけど、前回は結構手探りの部分もあったからね。今度は私も冬も唯香の『使い方』が分かってきたから、ゴールドディスク狙いたいね」
とElise。
「ゴールド狙える素材だと思いますよ、唯香は」と私。
 

「ところで、マリ&ケイの作品って、作詞作曲マリ&ケイとクレジットされるけど、実際にはマリ作詞・ケイ作曲だよね」
「そうですね。でも精神的にはやはり共作してるんです。政子が詩を書く時には私がいないといけないし、私が曲を書くときも政子がいないといけないんです」
「なるほどね」
「実際は詩と曲は一緒にできていて、その詩の部分が政子から、曲の部分が私から別れて紡ぎ出されてくる感じなんですよね。テレビの電波が音声信号と映像信号に別れて伝搬して、端末でひとつにまとめられるのに似てます」
「ああ」
「でもたまに私が詩まで書いてることもあるし、政子が曲まで書いてることもありますよ」
「へー!」
 
「スイート・ヴァニラズも作詞作曲スイート・ヴァニラズだけど、実際には大抵Elise作詞 Londa作曲ですよね」
「そうそう。でも曲を仕上げる過程では5人でかなり議論するからね。だからこれは5人みんなの作品だよねといって全部スイート・ヴァニラズでクレジットすることにした。印税も山分け。で実はこちらもたまに他のメンバーが詩や曲を書いている場合もある」
 
「『祭り』はたぶんCarolさんでしょ、曲を書いたの?」
「なんで、そんなどこにも公表してないこと分かるのさ?」
 

「しかし今度の曲がヒットしたら、唯香ちゃんも性転換手術代、ゲットできるね」
「ええ。売り上げの1%もらえる契約だから。こないだのでも、通帳見てびっくり」
と唯香。
 
「だけど売れちゃうと、性転換手術受ける時間が取れないね」
「そうなんです。ケイさんは手術受けて1ヶ月後にライブツアーやったんでしょ?私、さすがにそんな体力の自信無いです。最低半年は休みたい」
「なかなか半年も休ませてくれないよね、人気歌手は」
 
「それでも春奈は手術してから来月のツアーまで2ヶ月半休むけどね」
「それも充分超人的です!」
 

10月から私たちはテレビに出演することになった。前々から私たちを口説いていた◇◇テレビの響原部長のお誘いに乗ることにした。バラエティ番組のエンディングテーマを歌うのだが、番組の収録がそもそも2週分ずつまとめて行われるので、私たちも月に2回の収録である。
 
番組の収録が行われたスタジオの片隅で、ふつうの格好でふたりで並んで歌を歌うだけであるが、番組に出ていたタレントさんたちが、まじめに歌っている私たちの周りで、おかしなポーズをしたりして笑わせようとするので、それを黙殺して歌ってくださいという指定だった。私はつい笑みが漏れたりすることもあったが、政子は全く笑わずに無表情で歌っていた。
 
「だって別に面白くないもん」などと政子は言っていたが、「それ、あの人達の前で言わないようにね。傷つくから」と私は言っておいた。
 
このエンディングテーマ曲『愛の中心』は、中堅の歌手・支香さんが歌うオープニングテーマ『単純な朝』とカップリングされて、10月5日に発売された。どちらもマリ&ケイの作品である。
 
「でも支香さんって凄く背が高いね」と放送局のカフェで政子は言った。
「175cmくらいあるよね。高校時代はお姉さんと一緒にモデルやってたらしいよ」
「あの事故で亡くなった人ね?」
「そうそう。ワンティスのリーダー、高岡さんと一緒に」
 
「・・・・あれ?まさか春の時の騒動の上島先生の浮気相手って」
「しっ!」
と私は言ってあたりを見回した。幸いにも近くには記者っぽい人はいない。しかしここはその手の話をするにはヤバすぎる場所だ。
 
「冬、知ってたの?」と政子は小声で訊く。
「あの写真のシルエットの身長見てわかったよ。ふたりが友人以上の関係っぽいのは、ちょっとした偶然で知ってたから。たぶん響原さんも分かってたと思う。だから支香さんも今回の仕事は謹慎明けなんだよ。この半年、どこの局にも出てなかったし、CDも出してなかったでしょ?」
 
「うーん。。。大人の世界って怖い」
と政子はマジな顔で言った。
 

10月19日金曜日。ローズ+リリーの新譜『出会い/宇宙恋愛伝説』が発売になった。ローズ+リリーの9枚目のシングルである。
(1:明るい水 2:その時 3:甘い蜜(*) 4:涙のピアス(*) 5:可愛くなろう 6:天使に逢えたら(*) 7:神様お願い(*) 8:夢舞空 *はミリオンヒット)
 
『出会い』は今年のお正月に私の実家で政子が書いたもので、通作歌曲形式という珍しい形式の歌である。シューベルトの『魔王』などがこの形式で書かれているが、「1番」「2番」とか「Aメロ」「Bメロ」「サビ」などの概念が無く、最初から最後まで、全て異なるメロディラインで歌が進行する。別の見方をすると「Aメロ」から「Zメロ」くらいまであるが、「Aメロ」が2度3度出てきたりはしないのである。(正確には28個のメロディから出来ていて、前奏・間奏・終奏も含めて260小節の曲である)
 
偶然の出会いから恋が始まりふたりが結ばれていく過程が歌われているが、詩の進行にあわせてずっとオリジナルのメロディが付けられ、曲の盛り上がりは転調などで表現されている。
 
『宇宙恋愛伝説』は8月に金沢のホテルで書いたもので、こちらは普通の繰り返しのある歌(有節歌曲形式)だが、異様に長い歌詞で、32小節(ABCA型)の歌が10番まであり演奏時間は12分ほどに及ぶ。内容はスペースオペラ的な恋愛ロマンスである。女戦士と王子のせつない恋を描いている。
 
前回の「夢舞空」も実験色の強いシングルだったが、今回のは全くセールスを考えていない、実験そのものという感じのシングルであった。
 
町添さんが「まあ、こういうのも面白いけど、次は売れるようなの作ってね」
と言ったほどであった。
 
しかしこんな実験的な曲であるにも関わらず、このシングルはCD/DL合わせて30万枚も売れたのである。ファンは本当にありがたい。
 

発売当日。私たちは札幌にあるJFN系の放送局AIR-Gに来た。全国のFM局に流す番組の中で10分ほどの枠を取ってもらっていた。
 
「こんにちは〜、ローズ+リリーの出しゃばり屋ケイです」
「こんにちは〜、ローズ+リリーの影の実力者マリです」
「今日はちょっと事情があって、札幌に来ております」
「札幌は蟹にポテトにイカにトウモロコシに牛肉にと美味しいものばかりですね」
「マリは新千歳に着くなりラーメン食べてたね」
 
「美味しかったよお。ケイにも少し分けてあげたじゃん」
「さて、クイズ。マリはラーメンを何杯食べたでしょう?答えを #roselily でツイートした方の中で早くタイムラインに表示された正解の方、先着3名に素敵なプレゼントがあります。2回以上ツイートした人は最初のツイートのみ有効とさせていただきます」
 
「ところで今日、私たちの新しいシングルが発売になりました。全国のFM局さんには、事前にたくさん曲の一部を流して頂いて、本当にありがたいです」
「でも、今回のシングルの曲はどちらも凄く長い曲ですね」
「おかげで、普通のシングルCDの収録時間に納まらなかったので今回は12cmCD、マキシシングルのサイズで発売させていただいておりますが、お値段は普通のシングルのお値段800円ですので」
 
「『出会い』は8分ほど、『宇宙恋愛伝説』は12分ほどの曲ですね」
「しかしよくそんなに長い詩を書きますね、マリさん」
「ケイさんも、よくこんなに長い曲を書きましたね」
「ええ。『宇宙恋愛伝説』の方はふつうの形式だからまだいいのですが、『出会い』
の方は繰り返しの無い、通作歌曲形式という形式で書いたので、これだけで普通の曲を10個くらい書くエネルギー使いました」
「あらあら、お疲れ様です」
 
「はい。ラーメン当てクイズは終了します。正解は5杯でした。よく食べますね。正解で早くツイートした先着3名は**** さん、****さん、****さんでした。プレゼントの内容はこのあと説明します」
 
「ところで年末に私たちのライブがありますね」
「はい。12月23日に大分県別府市のアイコンプラザです」
「チケットはソールドアウトしてしまいましたね」
「ええ。申し込みが殺到して抽選になりましたが競争率が5倍だったそうです」
 
「落選した方、ごめんなさいねー」
「来年はもう少し頑張ってライブしますからね〜」
「全国ツアーとかしないの?」
「それは私が大学在学中は辛いなあ。私、ケイと違って勉強と歌手の両立はあまり自信無いから、在学中は単発ライブで勘弁してくださいです」
 
「じゃ、大学卒業したらツアーやりたいね」と私。
「全国30箇所とかやれたらいいね」
「いいね。12月のライブは諸事情で大会場になっちゃったけど、本来は私たちの音楽って、3000人クラス以下のコンサート専用ホールで聴いて欲しい歌が多いもんね」
 
「まあ、それまで私たちの人気があったらだけどね」
「落ちぶれてたら、ストリートライブでもいいんじゃない?」と私。
「私は全国の美味しいもの食べられたら、ストリートライブでもいいよ」と政子。
「ああ。流浪のミュージシャンって感じだね。車中泊で全国回ろうか」
 
「ヴァイオリンとウィンドシンセ持ち歩いて、演奏しながら歌うのかな」と政子。
「ヴァイオリンもウィンドシンセも、弾き語りは無理っぽい気がする」
「昔の演歌師ならヴァイオリンを弾き語りしてたよ。ケイはウィンドシンセの弾き語りを練習しようよ」
 
「無茶だよ!だけど今年のこれまでのマリの出演って、突発的だったね」と私。
「そうだね〜。4月はシークレットライブだったし、8月は出演者が都市高速で事故に巻き込まれて身動きできなくなって、空いてしまったステージの穴埋めだったしね」
「でもあれ、本人には怪我がなくて良かったよね」と私。
 
「ほんとほんと。でもどうせなら突発出演、もう一回くらいやっちゃうのもいいかもね」と政子。
「あ、面白いね。じゃ、明日ここ札幌でライブやるなんてのはどう?」と私。「ああ。いいね。ラーメンが美味しかったから歌っちゃうよ」と政子。
 
この会話を聞いた全国のリスナーがぶっ飛んだ。
 
「ということで、突然ですが、明日札幌きららホールでローズ+リリーのライブをします。もしご都合の付く方はぜひいらしてください」
と私は言った。
 
「詳細を言います。明日10月20日・土曜日、夕方18時半 札幌きららホールです。チケットは本日13時・午後1時ちょうどから****で発売になります。コードは****です。繰り返します。****です。当日券はありません。携帯電話によるチケットレス方式での発行になりますので、ダフ屋さんもまずいません。見に来てくださる方は確実にチケットを確保した上で札幌までお越し下さい。ご自身の携帯電話またはスマートフォンがチケット代わりになるので、絶対に予約に使った携帯電話を忘れてこないようにしてください」
 
「なお、先ほどラーメン数当てクイズで正解した 3名の方にはこのコンサートのチケットをプレゼントします。連絡方法をこちらから直信しますので、その方法でご連絡下さい」
 

放送を聴いたリスナーが多数ツイッターに書き込み、リツイートも多数行われてトレンドにも上がり、それで気付く人も多かった。★★レコードやUTPなどにも問い合わせの電話が殺到したが、とにかくも発売開始時刻までにこのことを全国で数千人以上の人が知るところとなったようであった。
 
そして1300席の販売枠が10分で売り切れた。発売サイトへのアクセスは売り切れた後も1時間ほど回線集中状態が続いた。
 
発売翌日のコンサートのチケットなのでチケットレスである。昔のようにチケットを印刷して郵送する以外の渡し方が無かった時代には不可能なライブ企画でもあった。
 
この「突発ライブ」は実は、9月18日に別府でのライブの詳細を決めた時に同時に決めたものであった。発端は政子の発言である。
 
「でも今年は沖縄でライブして、別府でライブして、って南の方でばかりライブしたら北の方の人が可哀想ね」
 
「んー。じゃどこか北の方ででもライブする?」と町添さんは言った。「北海道なんかいいんじゃない?」と政子。
「へー」
 
「沖縄は幕が開くまで誰が出演するか分からなかったでしょ? それはさすがにギリギリすぎるから、前日に分かるというのはどうかな?」
「ああ、それは面白いかも知れないね」と前田課長も言った。
 
「一応今年2回歌ってはいるものの大分は4年ぶりの有料ライブになるからね。7000人でやる前に一度小さい会場で試運転しておきたい気分でもあるね」
と町添さんも言った。
 
期日は「8月にサマフェスで歌って、12月に別府で歌うんだから10月がいい」と政子が言ったので、急いで10月の土曜日で、札幌近郊のコンサートホールの空きを調べた。(遠方から来る人の都合を考えると土曜日しかありえない)
 
すると20日にきららホールが空いていることが分かったので、即押さえたのである。そしてそれに合わせて前日19日にローズ+リリーのシングルを発売することを決め、ライブ告知のために放送枠も押さえたのであった。
 

このライブは突然のことだったので、交通手段を確保するのに苦労した人が多かったようである。一応、チケットを販売する時点で、東京発・大阪発・中部発・福岡発の新千歳行き航空券とセットにしたものを選択できるようにしていたが、これは確保していた分を全て売り切った。
 
それ以外でも独自に最寄りの空港から新千歳空港への空路を確保できた人は良かったのだが、旭川または函館への便を確保してその後、道内の空路またはJRなどでの移動になった人もいたし、青森まで新幹線で来て津軽海峡線で北海道に渡り、ひたすら鉄道で移動して札幌に辿り着いた人もあったようである。大洗からフェリーで苫小牧に車ごと乗ってきて友人同士交替で運転して辿り着いたという人もあったようである。
 
そうして(ステージの横や後方にある見切席を除いて)1300席が埋まった満員のきららホールに私たちは立った。
 
オープニング。
 
幕が開くと同時に会場の全員が立ち上がり物凄い拍手。
 
だが、ステージにフルート・ヴァイオリン四重奏が並んでいるので、戸惑うようなどよめきがある。間違って違うコンサートに来てしまったのではと一瞬思った人も随分いたらしい。
 
しかしその四重奏で演奏する曲は『遙かな夢』である。高校時代にローズ+リリーとして活動し始めて、最初に発表した私と政子の曲だ。
 
観客は何となく着席し静かに聴いている。そして終わった所で拍手。
 
今日のライブの司会役を買って出てくれたAIR-G(FM北海道)の川崎さんが振袖姿で登場して、四重奏のメンバーを紹介してくれる。
 
「チェロ、鷹野繁樹」拍手。
「ヴィオラ、宝珠七星(ななせ)」
少し大きな拍手に「ななちゃーん!」という女子大生っぽいグループのコール。
「ヴァイオリン、マリ」
物凄い拍手と歓声。鳴り止まないので少し時間を置く。
「そしてフルート、ケイ」同じく物凄い拍手と歓声。
 
私たちは楽器を鷹野さんと七星さんに預け、ステージ前面に出る。鷹野さんと七星さんがいったん退場する。私たちは声をそろえて挨拶した。
 
「こんにちは、ローズ+リリーです」
大きな拍手と歓声。
「マリちゃーん」「ケイちゃーん」という声も多数響く。
 
私たちは手をつなぎ、それと反対側の手を斜め上にあげて、歓声に応えた。
 
「2008年11月9日にこの同じきららホールでライブをさせて頂きました。約4年ぶりの札幌公演になりました。みなさん、お待たせしてしまって済みません」
「今日は突然のライブで、びっくりさせてごめんなさい。みなさん遠くから駆けつけてくれて、ありがとう」
 
私たちの後ろでスタッフさんたちが、四重奏のチェロ、椅子・譜面立てを片付け、グランドピアノを運んできてくれた。私がピアノの椅子に座ると、政子はその隣に立った。さきほどはチェロとヴィオラを弾いた鷹野さん・宝珠さんが、今度はヴァイオリンとフラウト・トラヴェルソ(バロックフルート)を持って入ってきた。私が『涙の影』の前奏を弾き始めると、大きな拍手と歓声。ヴァイオリンとフルートの音色も加わって、やがてふたりで一緒に歌い出す。PAは使わず、生の楽器の音、生の声だけでの演奏である。1000人キャパの音楽専用ホールだからこそできるワザだ。
 
「1日1週1月、そして半年1年、月日が巡り・・・・」
 
静かな曲でPAも使ってないのでみんな手拍子を遠慮して静かに聴いていてくれる。しかし手拍子はなくても、会場全体の雰囲気がステージと一体になる中、私たちは高校時代に書いたその曲を歌っていった。
 
私たちはそのまま私のピアノ伴奏とヴァイオリン・フルートのアンサンブルで、『花模様』『A Young Maiden』『あの街角で』『私にもいつか』『帰郷』
『神様お願い』と歌っていった。間に1〜2分程度の短いMCをはさんでいく。『A Young Maiden』と『神様お願い』は泣いている子もたくさんいた。
 

『神様お願い』を歌って拍手が鳴りやまない中、私は立ち上がり、
 
「ここで今日のゲストの紹介です。富士宮ノエルちゃん、坂井真紅ちゃん、花村唯香ちゃんです」
 
と言った。マリ&ケイで楽曲を提供している女性歌手3人が出てくると
「キャー」
という黄色い歓声が上がる。観客席はだいたい男女同数程度である。
宝珠さんと鷹野さんはいったん退場する。
 
「こんにちは」と3人で一緒に挨拶。
 
「いやー。突然の話でびっくりしましたねー」
「私なんか蟹を食べさせてあげるからおいでと言われて来たんですけど」とノエル。
「私は発売されたばかりの新曲キャンペーンだよと言われて飛行機に乗せられました」
と真紅。
「私はよく分からないけど、ケイ先生からちょっと来てと言われて行ったら新千歳行きの切符を渡された」と唯香。
 
「でも私たち3人とも中高生年代でマリ先生・ケイ先生から曲を時々もらってるもんね」
「みんな2年くらい前からだよね」
「誰かひとり本当は20歳すぎてる子がいるらしいけどね」
と唯香が言うと、真紅とノエルが唯香を指さす。
 
「だけど自分で言うのもなんだけど3人とも美少女だよね」とノエル。
「そうそう。3人とも歌もうまいしね」と真紅。
「ただひとりこの中に男が混じってるらしいよ」
と唯香が言うと、真紅とノエルが唯香を指さす。
 
しばし3人で漫才的トークをして、観客席に笑いが生じる。唯香が三枚目を演じて、うまく話のオチを作っていた。
 

3人にコーラスに入ってもらってまずはマイナスワン音源を流して『天使の休息』
を歌う。アニメのエンディングテーマだが、本来2月から流れる予定だったのが、上島先生のスキャンダルで延期になり8月から使われるようになった曲だ。
 
更に『可愛くなろう』を歌ったところで、私とマリは退場する。
 
そして3人の各々の新曲(真紅は発売されたばかり、ノエルは11月発売、唯香は12月発売)をマイナスワン音源で歌い、残りの2人はコーラスを入れる。
 
そして歌い終わった所で、お色直しを終えた私と政子が再登場する。前半はドレッシーな服だったが、後半はミニスカで上半身も露出度が高く活動的な服である。たくさん汗を掻こうという態勢。
 

まずは三人を改めて紹介して、拍手とともに3人は退場する。それと入れ替わりになるかのようにスターキッズのメンバーが入ってきて『出会い』の前奏を始める。そしてこの<1番・2番の無い>曲を歌う。
 
長い歌なのに、同じメロディーが一度も出てこないので、困惑するというより不安がっている観客もけっこういた感じであった。
 
この曲を聴いたファンからのお便りの中に
「ものすごく長い1番ですね。これの2番はあるのですか?」
というものもあった。
 
政子が「2番書こうか?」と言ったが私は
「それって、更に別のメロディーを28個作れってことだよね?」
と訊くと
「正解!」
というので、私は「さすがに勘弁して」と答えた。
 

今回の伴奏がスターキッズになったのはマキの急病のためである。元々はローズクォーツで伴奏する予定で準備をしていたのだが、水曜日に突然マキが40度の熱を出して寝込んでしまった。ベースだけ他の人に頼む手も考えたのだが、ローズ+リリーの曲をあまり弾いたことのない人では不安がある。頼むとしたらスターキッズの鷹野さんだろうな、という話もしていたのだが、どっちみち宝珠さんはサックスでサポートに入る予定でいたので、いっそのことスターキッズに丸投げした方が演奏のコンビネーションの問題でスッキリするということになってしまった。
 
それで鷹野さんと宝珠さんがいるなら、フルート四重奏をしてもいいのでは?という話でオープニングの『遙かな夢』のフルート四重奏も決まったのである。元々ローズ+リリーの曲には、クラシック楽器と調和するものが多い。鷹野さんは音楽大学のヴァイオリン科の出身で、元々の専門はヴァイオリンだが、ヴァイオリン族は全て弾けるし、宝珠さんもヴァイオリンを「趣味の範囲」で弾くが、ヴィオラも一応弾けるということで、あのラインナップになった。
 
「全員、本職ではない楽器を使う」というのもコンセプトだった。
 
フルート四重奏に続く、前半のアコスティックアレンジは水曜日の夜に急遽私が書いてふたりに渡したものだが、ふたりともさすがスタジオミュージシャンの経歴が長いプロである。2日で覚えてくれた。
 

とっても長い曲『出会い』が終わった後は、リズミカルな曲が続く。
 
『影たちの夜』で大いに盛り上がり『Spell on You』『恋降里』『風龍祭』と続き、上島作品を4つ『甘い蜜』『涙のピアス』『夢舞空』『夏の日の想い出』
と続けてから『キュピパラ・ペポリカ』で会場は興奮のるつぼとなる。
 
ここでいったん長めのMCをはさんだ上で
「それでは最後の曲・宇宙恋愛伝説」
と言って、12分に及ぶ長い長い曲を歌った。
 
大きな歓声。それに手を上げて応える。そして幕が下りる。
 
鳴り止まない拍手。やがて幕が開く。私たちはまたステージ中央に出て行って挨拶をした。衣装は着替えていない。沢山リズミカルな曲を歌って汗を掻いたままである。
 
「アンコールありがとうございます。一応アンコールの曲まで考えて準備はしていたのですが、有料でのコンサートって4年ぶりなので、ブーイングの嵐になったり、アンコールの拍手も来なかったらどうしようと思ってました」
と私は笑顔で言う。
 
政子も昂揚した状態で上機嫌の顔をしている。ノエルたちが出ていた間にカツゲン2L飲んだ上でイカの丸焼き2本食べ、アンコール前の小休憩ではコアップガラナの500ccを2本上げて、男爵コロッケ5個食べているから、お腹も満足しているだろう。私の方はお茶しか飲んでいないがまだエネルギーは充分だ。
 
スターキッズの伴奏が始まる。伴奏を聴いただけで歓声が上がる。私たちは活動休止中のヒット曲のひとつ『恋座流星群』を歌う。カラオケで無茶苦茶歌われた曲である。
 
演奏が終わって拍手と歓声。そしてスターキッズが退場する。スタッフの人たちが再びグランドピアノを中央に持って来てくれる。
 
私は歓声に応えてからピアノの前に座る。そして政子もその隣に来る。
 
前奏に引き続き『天使に逢えたら』を弾き語りする。非常に高い音を使う曲である。PAを切った状態で、ふたりの声がこの大ホールに美しく反響する。コンサート専用ホールならではの響きだ。聴衆は遠慮気味の音量で「ターンタ・タン、タタンタ・タン」というリズムで手拍子を打ってくれた。
 
そして終曲。手拍子がそのまま拍手に変わる。私たちは立ち上がり、静かにそして大きくお辞儀をして幕が降りた。演奏終了のアナウンスが流れたにも関わらず、10分近く拍手が鳴り止まなかった。
 

ライブが終わってから、蟹料理を食べに行く。中学生のノエル、高校生の真紅がいることを配慮して「飲む兵衛コース」と「食い気コース」に別れることにした。
 
「飲む兵衛コース」はスターキッズの宝珠さん以外の4人、美智子、美智子とは旧知の真紅のマネージャー・梅谷美春(元サンデーシスターズ)の6人。こちらは少し上品な蟹料理店のコース料理。お一人様17000円である。
 
「食い気コース」は私と政子、ノエル・真紅・唯香、宝珠さん、そしてノエルのマネージャー、唯香のマネージャーの8人。こちらは大衆店の食べ放題コース。お一人様8000円である。政子がいる以上、食べ放題に来ないと会計が怖い。しかしノエルや真紅もよく食べていた。
 
「君たち体重制限とかは言われないの?」
と心配して宝珠さんが訊いたが
 
「明日からダイエットします」とノエルは言うし、
「来週いっぱいキャンペーンでハードスケジュールだからそれで体重落ちます」
と真紅は言っていた。ノエルのマネージャーも笑っていた。
 
ノエル・真紅・唯香は3人で並んでライブステージに立ったのは初めてだったらしいが、お互いにテレビの歌番組やイベントなどでよく顔を合わせているのでお互い遠慮はいらない雰囲気だった。
 
「そういえば、私たちってマリ&ケイ・カズンズと呼ばれてるみたいね」
とノエル。
「カズン?」
「ローズクォーツ、スターキッズ、スリファーズ、SPS、ELFILIES、パラコンズ、といったところが、継続的にマリ先生・ケイ先生から楽曲を提供されていてマリ&ケイ・ファミリー。私たち3人は時々楽曲をもらっているから、ファミリーではないけど、それに準じるということで従妹:カズンズなんだって。私たち以外にも山村星歌ちゃんとか、小野寺イルザちゃんなんかも入れられるみたい」
 
「ああ、なるほど」
「そういうこと言ったら、ローズ+リリーは上島カズンだなあ」と政子。
「ああ。上島ファミリーではないですもんね。でも継続的に楽曲は提供されていますよね」
「そうそう。特に最初は『上島先生の作品ならうちからCD出しましょう』って★★レコードさんには言ってもらったからね」と私。
 

「確かにメジャーから曲を出すのは、ふつうなかなか出来ないよね」
と唯香が言う。
「私はカラオケで歌っていた所を、雨宮先生に『君、歌がうまいね!』と言われてスカウトされて、君の年齢ならアイドルとして売れるから、それが得意な水上さんに預けてみようと言われて、水上先生から曲をもらえて、やはり水上先生だからということで、★★レコードから出してもらえたのよね」
 
「水上先生、雨宮先生、海原先生、上島先生、下川先生、といった元ワンティスの友情は堅いみたいね」
「あ、『元ワンティス』と言っちゃいけないらしい。単に活動休止しているだけで、解散した訳じゃないから。『ワンティス』と言わないと、だって」
「そうそう。そうだった」
 
「私は小学生の時のキャン・フェアリーの活動があったからなあ。木ノ下先生にはその時からの縁だったし」とノエル。
 
「木ノ下先生もまだ若いしね。精神的に落ち着いて復活できるといいけどね」
「うん。木ノ下先生の歌は男の人から見て可愛い女の子のイメージ。今曲をもらっている伊賀先生の場合は、同性から見て可愛い女の子って感じで、どちらの雰囲気も好きだけどね」
 
「まあ、でも伊賀先生の曲を歌うようになってから女の子のファンが増えたよね」
と蕪田マネージャー。
 
「私の場合はうちの父の先輩が木ノ下先生と知り合いだったからね。コネだなあ」と真紅。「コネでも何でも利用して、それで売れたら勝ちだよ」と唯香。
「コネでデビューできても、コネでは売れないからね」と私も言う。
 
「真紅ちゃんなんか上手いからいいけど、木ノ下先生はけっこうコネで頼まれると、あまり実力が伴ってなくても曲をあげて、デビューさせてた感じね。ただ、あの先生波があるからなあ。真紅ちゃんはいい曲もらえたみたいだけど『えー?』と思うくらい酷い曲もらってた子もいたね」
と蕪田さん。
 
「その調子の波が下まで行って、そこから上昇できなくなっちゃったんでしょうね」
「ああ、そんな感じだろうと思うよ。ここだけの話だけど、以前、やはりコネでデビューさせた歌手で私の妹と同じ中学の子がいたんだけどね。もらった曲が素人以下って感じの曲で」
「わあ、可哀想に」
 
「その子のお父さんが木ノ下先生に、すぐにもデビューさせてとか言ったんで伴奏も弟子に打ち込みで作らせてデビューさせちゃったんだけどね」
「アバウトな仕事する先生ですね」と私は苦笑する。
 
「いや、中にはもっと酷い先生もいるよ。自分では実際何もせずに弟子に丸投げしてる先生とか。その弟子が消耗しきると次の弟子に丸投げ」
「創作の泉って無理して使ってると枯渇しやすいんです。枯渇すると復活させるのが大変」と私は言った。
 
「でもやはり上島先生が丁寧すぎるんだよ。あの人、どんなに忙しくても、どんな歌手に渡す曲でも手を抜かないもん。いつも全力投球」
「よく体力持ちますね」とノエルが言う。
 
「ああ、私もいつもそれ心配してます。ただ上島先生はかなり渡す相手を選びますよ。最低限の歌唱力のある人にしか曲を出さない」と私は言う。
 
「私たちの時も浦中部長に頼まれたもののインディーズから出ていた私たちのCDを実際聴いてみて、ああデビュー曲でこれだけ歌える子たちなら、曲を提供してもいいなと思ったんだって。ただ、その時、まさか私が男の子だなんて、思いも寄らなかったと後で笑ってた」
 
「私もこないだ同じこと水上先生に言われた」と唯香。
 
「それなら上島先生の所に行ってたら、件の子は断られてたろうね。結局、その子のCDは200枚くらいしか売れなくて、すぐ契約切られちゃったね。こないだ妹が聞いたのでは、その子、もう引退して結婚して北海道でコンビニのオーナーやってるらしい。いや実は北海道に来たので、思い出した」
 
私はその経歴に覚えがあった。
 
「もしかして、その歌手って Akiko さんって人では?」と私は尋ねた。「あれ?知り合い?」と蕪田さん。
 
「実は Akiko さんと一緒にステージやったことあります」
「へー。でもそれって、ローズ+リリーを始める前だよね?」
「『A Young Maiden』を含む『Month before Rose+Lily』を作ることができたのはその時のステージマネーのお陰です。スタジオ借りたりミキシングの道具を揃えたりとかの資金にさせてもらいました」
 
「へー。じゃ、彼女なくては、あの名曲は世に出てなかったんだ?」
「ええ。20歳の私とマリが歌っても、あの曲はあそこまで人を感動させてなかったと思うんですよね。16歳17歳の私たちだったから、生まれた名曲だと思う」
 
「やはり、その年齢年齢で歌える歌ってあるんですね」とノエル。
「そう。だから15歳のノエルちゃん、真紅ちゃんでないと歌えない歌があるから頑張ろう」
 

「ねえ、冬。その Akiko さんとかいう人との話、私今初めて聞いたんだけど」と政子。
「別に聞かれたことなかったし」
「よし。今夜はたっぷり拷問して追求してみよう」
「また拷問なの〜?」
 
「なんかおとなの会話だね」と真紅。
「まだ見ぬ世界だね」とノエル。
 
「年齢もだけど、ケイ先生は、男の身体だった頃と、女の身体になってからと、歌う時の感覚、変わりましたか?」
と唯香。唯香はふだんは年齢が近いこともあり「ケイさん、マリさん」と言っているが、今日はノエルたちに合わせて「ケイ先生・マリ先生」と言っている。
 
「うーん。どうだろ?それは考えたこと無かった」と私。
「そばで聞いている限りでは変わってないよ。ただパワーがあがった感じ」
と政子。
 
「たぶん個人差が大きいと思うよ。私の場合は、身体にメス入れる前からかなり体質が女性化していたからね。手術後は男の身体で滞っていたものがスムーズに流れるようになってパワーが上がったという感じ。でも基本は変わってないかも。たぶん唯香ちゃんも、そんなに変わらないと思うよ。パワーは上がると思うけど」
「そっかー」
 
「唯香ちゃん、性転換手術受けて休養する時は、私が唯香ちゃんの仮面かぶって代役でステージに立ってあげるよ」とノエル。
「あ、私も代役引き受ける。交替でしようか?」と真紅。
「ああ、それいいね」とノエル。
ここ数時間でノエルと真紅はかなり仲良くなった感じであった。
 
「ありがとう。ほんとにお願いするかも」と唯香。
「私は手術後1ヶ月で復帰したけど、ふつうは半年は休まないと無理だよね」
と私。
「その休んでいる間も冬はたくさん曲を書いてたね」と政子。
「やはりケイ先生って超人的!」
 

札幌での突発ライブがあった翌日、ローズ+リリーの公式ホームページ上で来年前半のライブの予定を発表した。
 
「ローズ+リリーは2月23日に名古屋チェリーホール、5月5日に宮城県ハイパーアリーナで公演を予定しています」
と表示し、2月の公演は1月12日発売と告知した。
 
そして翌週、2012年10月27日(土)の午後、私の姉・唐本萌依が結婚式を挙げた。
 
 
Before前頁次頁時間索引目次

1  2 
【夏の日の想い出・3年生の秋】(1)