【夏の日の想い出・新入生の秋】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2011-12-03
9月の8〜10日は関西行きであった。8日は講義が終わってから新幹線で京都に行き、夕方の生番組2つに出演した。9日・10日は大阪・兵庫・和歌山などのFM局に出て来た。10日は金曜日なので、そのまま土日羽を伸ばしたい気分であったが、翌11日からローズ+リリーのアルバム制作が始まることになっていたので、私は10日の最終新幹線で東京に戻った。
その帰りの新幹線を新大阪駅のホームで待っていた時、声を掛けてくる人があった。
「こんにちは〜、ケイちゃんだよね?ローズ+リリーの」
「わあ、こんにちは。スリーピーマイスのレイシーさんですよね?」
「おお。私のこと分かるのね?」
「はい。まずはそのお声で。それにお三方の顔は闇情報で」
「ふふふ。ケイちゃんの顔もインディーズ版の『明るい水』のジャケ写以外は今年になるまでほぼ非公開だったからね」
「ああ、謎の歌手というのでは、もしかして私たち共通点があったんですね」
「そうそう」
スリーピーマイスは女性3人組の歌手だが、素性を明かしていないことでは、高校時代のローズ+リリー以上である。CDのジャケ写にも3人の顔は写っていないし、ポスターなどでも顔が写らないように撮影されている。CDショップなど開放空間でのライブはやらないし、テレビにも出ない。プロモーションビデオでは、しばしぱフェンシングの面のようなものを付けて出演している。彼女たちの顔を見ているのはコンサートに来た人だけなのである。
私が3人の顔を知っているのは、ネット上にほんの一瞬だけアップロードされた顔写真を偶然ダウンロードに成功したからで(投稿者自身が掲載の5分後に消去した)、たまにそのようなゲリラ的に誰かがアップロードすることはあるものの、ふつうにネットを検索したりしても、絶対に彼女たちの顔は拝めない。
★★レコードの歌手の中では上位10位以内に入るようなセールスを上げているし、年齢は全員が22歳と公開されているから、★★レコードの2011年カレンダーのピーチに出てくれないかと町添さんは交渉したのだろうが、たぶん拒否だろうと思っていたら、案の定だった。
レイシーは大阪での私用を片付けて東京に帰る所ということだった。私たちは隣り合う席に座った。
「明日のライブ行けたら良かったんですが、明日からレコーディングなんですよ」
と私は残念そうに言う。
「ああ、ライブのことは知ってたんだ」
「ええ。1年ぶりのライブツアーでしょ?去年は受検勉強中、一昨年はローズ+リリーが忙しすぎて行けなかったから。私、SLM(スリーピーマイスの略称)のCDはインディーズ時代の4枚も含めて全部持ってますよ」
「おお、ケイちゃんがSLMのファンだったとは知らなかった」
「SLMの曲って、絶対私には書けないだろうな、と思うような曲ばかりなんです。だから、凄く刺激になります」
「刺激はいいけど、刺激されすぎてケイちゃんの音楽が変になったら困るな。ケイちゃんの曲って素直に作られてるのが良いのよね」
「発想が単純なんです」
「歌いやすくていいと思う。私たちはひねくれてるから歌いにくい曲を作ってるし」
「でも不思議な調和感がありますよね」
「でもローズ+リリーが出て来た時は、何か私たちと似たようなことしている子たちがいるなと思ってね」
「すみません。真似するつもりは無かったんですが」
「真似も何も、メジャーデビューしたのは、そちらが先だしね。でもケイちゃんの性別を隠すために情報を出してなかったというのは思いもよらなかったな。ケイちゃんが男の子なんてのも思いもよらなかったし・・・・まだ男の子なの?」
「7割くらい女の子になりました」
「おお」
「たぶん1〜2年のうちには完全に女の子になります」
「おおお」
「でもSLMは情報を出さないのはポリシーなんですか?」
「インディーズ時代はお金も無かったし、写真の加工したりできるパソコンに強いメンバーもいなかったから、単純な幾何学模様とか花の写真とかでジャケ写作ってたのよね。でも、なんかそんな感じのCD出してるうちに、ファンの間で、私たちは顔を秘密にしている、という話ができあがっちゃってて」
「なりゆきだったんですか!」
「そそ。でもそういう話ができあがっちゃってたら、それをポリシーという事にして、顔を徹底的に隠すのも面白いかも、なんてことになって。メジャーデビュー曲では仮面を付けたPVを作ってみたのよ」
「『仮面武闘会』は凄いヒットになりましたね」
「いやあ、あれは本気でびっくりした。まさかあんなに売れるとはね。当時はなんか凄まじい忙しさだったよ」
「私たちはヒットしたのが休養中で良かったなあ・・・それ以前でも殺人的な忙しさだったのに」
「高校生だと大変だろうね」
「親に隠して活動してたから、授業は絶対休めないし。遅くとも9時くらいまでには帰宅しないといけないし。その中で学校終わってから放送局3つとCDショップ2つなんてことしてました」
「恐ろしい・・・・そういうのやりたくなーい」
「SLMはCDショップとかの店頭ライブしませんもんね」
「私もだけど、特にエルシーがスロースターターだからね。短時間のライブが苦手なのよ。調子が出る前に終わっちゃう」
「あぁあ」
「だからコンサートの時は開場時刻ぎりぎりまでリハやってる」
「なるほど」
「そして、開場時刻の30分後に開演する。それ以上間があいたら調子落ちちゃう」
「生ものなんですね」
「そそ。フレッシュ・ミュージック」
「ところで町添さんからカレンダーに写らないかって話来ませんでした?」
「来たけど断った」
「やっぱり」
「仮面付けてでもいいよと言われたけど、仮面付けるのはPVだけのお遊びだから」
「ですよね。それで、私たちが横滑りで10月のカレンダーに納まりました」
「おお。魔女の衣装で?」
「ええ。こういうの嫌いな筈のマリが結構楽しんでたから、まあよかったかなと」
「私たちが出てたら、ちょっとヤバすぎるよね。仮面付けて魔女の衣装は少し怖すぎるよ」
「確かに!」
私たちはそのうち一度一緒に何かしたいね、などという話をして別れた。携帯のアドレスと番号を交換した。
翌日は朝からローズ+リリーの初のオリジナルアルバムの制作を開始した。伴奏をしてくれるミュージッシャンさんは6人と聞かされていた。須藤さんは最初、クォーツの3人に多少のスタジオ・ミュージシャンを加えた編成を考えていたようだったが、クォーツのメンバーが全員昼間の仕事で多忙で、どうにも都合が付かず、結局全員スタジオ・ミュージシャンでの編成になった。
朝1番、予定より1時間も早く来てくれたのが、以前『甘い蜜』の録音に参加してくれたギターの近藤さんだった。当時まだ歌唱技術の未熟な私たちにいろいろ親身にアドバイスしてくれて、そのおかげで当時、自分達の実力以上の歌が歌えたので、私も政子も近藤さんには、ほんとに感謝していた。甘い蜜が80万枚も売れた要因のひとつは近藤さんの指導だと思っている。
スタジオにはまだ私と政子しか来ておらず、須藤さんもまだであった。近藤さんとは久々の再会になったので、まずは「お久しぶりです」などと言いながら握手を交わした。
「1年ちょっと休養してたけど、春から少しずつ活動再開してきた感じだね。新曲もとりあえず公開だけしてるし。しかしCDを出さずに、有線とかカラオケだけに流すというのは不思議な商法だ」
「いえ、いろいろ事情があって、苦肉の策なんです。あ、これ近藤さんにはお渡ししてと言われたので」
と言って、超限定版・幻のシングル『恋座流星群』を渡す。
『恋座流星群』・『私にもいつか』・『ふわふわ気分』の新曲3つと『明るい水』・『ふたりの愛ランド』の新録音版が収録されたCDである。これを私たちから渡したのは、クォーツの3人、スイート・ヴァニラズのEliseに続いて5人目である。
「おお!これヤフオクで売ったら10万行くかもね」
「そんなことはしないだろうと思う方にだけお渡ししてます」
と私は笑って言う。
「でも、アルバム録音ということで、いよいよローズ+リリー本格復活?」
と近藤さん。
「いえ、復活はしません」と私と政子。
「むしろメモリアル・アルバム、追悼版ですね」
と私は笑って言った。
「えー?ローズ+リリー、もうやめちゃうの?もしかしてこれがラストアルバム?」
「いえ、毎年作っていきます。ですから、メモリアル2, メモリアル3, メモリアル4,と、私たちが死ぬか、あるいは喧嘩別れするまで」
「悪趣味なネーミングだな」と近藤さんは笑った。
「あるいは、ここだけの話ですが、何年か先にマリがライブ活動に復帰する気になったら、メモリアルシリーズは終了します」
と私が説明すると政子は笑っている。
「なるほど。それでメモリアルな訳か。じゃ、ローズクォーツの方はマリちゃんが復帰するまでのユニットになるのかな?」
「いえ、ローズクォーツも20〜30年はやるつもりです。他のメンバーと喧嘩したりしなかったら。ローズクォーツではロックシンガーのケイ、ローズ+リリーではフォークシンガーのケイなんです」
「両方とも売れたら、恐ろしく忙しいことになるよ」と笑いながら近藤さん。
「頑張ります!」
近藤さんの次に来てくれたのが管楽器の宝珠さんであった。この人はローズ+リリーで高校時代コンサートツアーをした時、バックバンドでサックスやフルートを吹いてくれていた。当時は女性のサックス奏者って珍しいなと思ったものの男性奏者顔負けのパワフルでダイナミックな演奏に度肝を抜かれたものである。宝珠さんとも久々の再会だったので「ご無沙汰してました」などといって握手を交わし、女同士の気安さでハグしあった。近藤さんが羨ましそうな顔をしていた。
他のミュージシャンさんたちは10時以降の到着になったので(須藤さんも10時半に来た)、私たちは近藤さん・宝珠さんと4人でしばらく話していた。その間にこれから約半月で録音する曲の、私たちの仮歌に、打ち込みで作った伴奏を重ねたものを流して、聴いてもらっていた。
「しかし、マリちゃん、かなりうまくなったね」
と近藤さんも宝珠さんも言った。
「マリは去年の春に自宅にパソコン用のカラオケシステム入れて、毎日歌ってたんです。先月からは週3回、歌のレッスンに通ってるし」
「凄い。やる気満々だ」
「いえ、やる気60%くらいです」と政子。
なお、近藤さんと宝珠さんは、この録音での出会いがきっかけでいろいろ話をするようになり、意気投合してふたりを中心に翌月新バンド「スターキッズ」
を結成するに至った。スターキッズという名前は近藤さんの下の名前・嶺児と宝珠さんの下の名前・七星(ななせ)の、星と児に由来する。この5年後くらいにローズ+リリーのバックバンドとして定着していく、アコスティック演奏を得意とするバンド、スターキッズは実は、元々ローズ+リリー絡みで生まれたバンドなのである。
やがて10時をすぎると、先日の『天使に逢えたら』などの録音にも参加してくれたヴァイオリンの松村さん、直接会ったことはなかったものの、昨年のベストアルバムの録音に参加してくれていたベースの坂下さん、そしてドラムスの青竹さん、キーボードの太田さんという方が来てくださった。今日は須藤さんがいちばん遅くなり、始める予定の時刻、10時半ジャストに飛び込んで来て「ごめーん。遅くなった」と言っていた。
今回収録する曲は、上島先生の『白い手紙』と『再会』の他、私と政子で書いた曲が14曲である。一部は既に公開されている。
『あの街角で』、『私にもいつか』、『恋座流星群』、『ふわふわ気分』、『彼の家なう』、『秘密のプリ』、『剥がした写真』、『紅茶とマシュマロと便箋と』、『用具室の秘密』、『積み木の城』、『Spell on You』、『USB Love』、『After 2 years』、『8GB Memory of you』
構成的には、『白い手紙』を先頭に、そのあと『恋座流星群』『私にもいつか』
と続け、最後に『8GB Memory of you』、『After 2 years』、『あの街角で』、そしてラストに『再会』という並べ方にしていた。
『ふわふわ気分』は先日の録音をそのままアルバムに収録することになっていた。『恋座流星群』も若干の楽器の音を付加してリミックスの方針である。
『あの街角で』は8月にリリースしたローズクォーツのシングルにも収録されていた。また『私にもいつか』は翌年春にリリースしたローズクォーツのシングルにも収録された。どちらも須藤さんが編曲したアコスティックなバージョンを今回は収録する。(ローズクォーツ版の方は電気を使用する楽器をバリパリ使った編曲で下川先生に編曲してもらったものである)
須藤さんにダメ出しをされて、最初書いていた曲を捨てて新たに書き直したのが『Spell On You』だった。私が最初書いていたのは、怪しげな雰囲気の不協和音をわざと多用したものであったが、これじゃ売れんなどと言われて、一度アラビア風のメロディーを付けてみた。須藤さんは面白がっていたが、自分でどうにも納得がいかなかったので、あと1日ください、もう一度書き直したいと言って最終的に書き上げたのは、一部アラビア風のメロディーを採り入れてはいるものの、全体的には小気味の良いダンスナンバーという雰囲気にした。
今回は下川先生の編曲が2つ、私と須藤さんの編曲が各々6つずつであった。『白い手紙』『再会』『恋座流星群』『Spell On You』以外はだいたい静かな感じの曲が多く、アコスティックなアレンジをしたので、元々アコスティックギターが得意な近藤さんと、ヴァイオリンの松村さんが張り切っていた。特に『あの街角で』などはドラムスも入れず、ほとんどの部分を近藤さんと松村さんだけで演奏し(信号音も使わず自由なテンポで弾いてもらった)、一部に宝珠さんのフラウト・トラヴェルソ(バロック・フルート)が入るという珍しい編曲で、結果的には発売後の個別ダウンロードでは、これがいちばん多くダウンロードされていた。(2位『白い手紙』、3位『恋座流星群』、4位『Spell On You』)
フラウト・トラヴェルソなどという珍しい楽器が入ることになったのは、彼女がこれを持ってきていたのを近藤さんが見て「何?これ」などと騒いだので、使ってみようということになったためで、この曲は基本的には須藤さんのアレンジだったのだが、そのパートだけは私が書かせてもらった。私はこの楽器の演奏を7月に風花に誘われて見に行ったバロック音楽のコンサートで聴いていたので、結構イメージが湧いたのであった。私がすらすらとそのパートの音符を書き込んでいたら、宝珠さんが「この楽器の音域をちゃんと知ってるんだね」などと感心したふうに言っていた。
初日の録音は「長丁場だから最初から無理するのはやめよう」ということで18時で終了し、解散となった。
私と政子がミュージシャンの人たちに「お疲れ様でした」と挨拶をしてスタジオを出ようとしていた時、出口のところでひとりの男性とあわやぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい」「ごめん」
「あら?」「あれ?」
それはスカイヤーズのYamYamであった。
「おはようございます。レコーディングですか?」
「うん。おはよう。君たちも」
「はい。今日から始めました。2週間ほどの予定ですが」
「こちらは今追い込みで。本当は明日までに終わらせる予定だったんだけど。無理。あと3日はかかるな」
「わあ、お疲れ様です」
「君たち、もしかして帰るところ?」
「はい。初日から無理するのはやめようということで」
「じゃ、時間があるよね」
「え?」
「ちょっと、こちらのスタジオに来ない?」
「えー!?」
私たちは6階のGraceDollというスタジオを使っていたのだが、スカイヤーズは12階のAngelDanceというスタジオを使っていた。ここのスタジオの名前は上のほうの階にあるものから、AngelDance, BeatMama, CrownRing, ... という感じでアルファベット順に名前が付けられている。12階から6階までは1フロアをひとつのスタジオが占有して基本的な機材とシステムが揃っておりプロ用、5階以下は複数のチームが共用する形のセミプロ用である。上の階ほどいい機材が置いてあり、要するに料金も高く、下の階ほど安い。スカイヤーズはいちばんいいフロアを使用し、私たちはいちばん安いフロアを使用していた。
「なんか、ここは内装も素敵だなあ」と政子。
「君たちもすぐここ使えるようになるよ」とYamYam。
中に入ると、疲れ切った表情のスカイヤーズの面々がいた。
「おーい。きれい所を連れてきたぞ。みんな、あと一息頑張ろう」
「あ、ケイちゃんじゃん。おはよう」とChou-ya。
「おはようございます。こちら相棒のマリです」
「おはようございます。初めまして。マリです」
「ね、ね、『彼女のお尻に一撃』に、この子たちのコーラス入れない?」とYamYam。「ああ。イイネ!」とリーダーのPow-eru。
「なんか凄いタイトルを聞いた気が・・・・」と政子。
「乗りだよ、乗り」とBunBun。
私たちは顔を見合わせる。
「ちょっとマネージャーに連絡して歌っていいかを・・・」と言いかけるが「硬いこと言わない。コーラスだし」とYamYam。
「その辺は俺が話つけとく」とスカイヤーズのマネージャー、飯倉さん。
「分かりました」
「君たちの声域は?」とPow-eru。
「私がG3からA5, マリはF3からC5です」
「よし。そのパート書く」
Pow-eru は五線紙を取り出すと、その場でギターを弾きながら曲にコーラスのパートを書き入れた。
「よし、これ歌って」
「あ、はい」
私たちは取り敢えず現時点での仮ミクシングされた楽曲を聴かせてもらい、次いで、政子が指定されたメロディーを正しく歌えるようにするため、キーボードを借りて、そのパートを私が弾いた。
その演奏を聴きながら、政子が歌う。私も一緒に自分のパートを歌う。2回練習させてもらってから録音した。
早速、私たちの歌を重ねたミクシングを聴いてみた。
「おお、いい感じだ」とスカイヤーズの面々。
「ケイちゃんの歌がうまいのは分かってたけど、マリちゃんだってうまいじゃん」
「なんか高校の時から大バージョンアップしたね」
「最近、私そればかり言われる。昔の歌がいかにひどかったかだな」と政子。
「努力を褒められてるんだよ」
「でも、これ凄い歌詞ですね」
「マリちゃんには書けない歌詞だよね、たぶん」
「書けません」と政子。
「これは男の人でないと書けない歌詞です」と私は笑って言った。
「ねー。他の曲にもコーラス入れない?」とChou-yaさんが言いだし、
「よし、行ってみよう」
とPow-eruさんが言って、結局、その日あと2本、コーラスを吹き込んだ。
「よし、今日はこれで上がり」
「明日もまたよろしくねー」
「えー!?」
結局、翌日、須藤さんと飯倉さんの話し合いで、とりあえず3日間、私たちは18時から23時まで、できたら22時までという時間帯で、スカイヤーズの録音に参加することになった。ギャラは適当な額を支払うことで話がまとまった。
「なんか結局全部の曲に私たちのコーラス入れるんですね」
「そういうこと。アルバムのクレジットに協力;ローズ+リリーって入れとくね」
「ありがとうございます」
そんな感じでコーラスを入れていったのだが、礼儀正しい人の多い、自分たちのアルバムの録音チームに比べて、スカイヤーズはみんな野性的で、私たちがいる前でも平気で、かなり露骨な下ネタなど言うので、政子などYamYamをどついたりしていた。YamYamもそういう政子の反応を楽しんでいるかのようであった。
3日目。その日も18時から12階に上がり、コーラスを2曲歌ったところで、「じゃ、これで最後」と言って、譜面を渡されたのだが。。。。。
「これ、コーラスじゃないですよね?」
「うん。ケイちゃんがメインボーカル、マリちゃんがハモり、BunBunはオブリガードって感じかな」
「えー?」
「済みません。そういうことなら、これちょっとうちの社長に相談させてください」
と私はいうと、自分の携帯で須藤さんに電話を掛け、Pow-eruさんと須藤さんで話し合ってもらった。微妙な問題があったようで、Pow-eruさんはいったん部屋の外に出て話していたが、5分ほどで戻って来て、OK のサイン。電話を代わってといわれるので、須藤さんと話す。
「いろいろお世話になってるし、これは友情出演みたいなもの、ということで」
「了解です」
「更に、ついでに、だいぶ協力してもらったから、スカイヤーズもこちらの録音に協力してくれるって」
「わあ」
そういう訳で、1時間ほど掛けて、最初は練習で4回歌い、多少の指示をPow-eruさんから受ける。そして本番録音となるが、リテイクして3回録音した。しかし最終的に2回目の録音を採用することにした。
「いや、2回目のでパーフェクトと思ったんだけど、念のため再度お願いした」
とPow-eruさんは言った。
この曲『略奪宣言』は、11月に発売されたスカイヤーズのこのアルバムのボーナストラックになっていた。そのため、ローズ+リリーのファンでこれが目的でこのアルバムをまるごとダウンロードする人も結構あったようである。他の曲にもケイとマリのコーラスが入っているので、ローズ+リリーのファンには結構嬉しいアルバムだった。
スカイヤーズの録音の最終日は22時前に終わったので
「23時までには解放するという約束だから1時間だけ打ち上げに付き合ってよ」
と言われ、付き合うことにした。炉端焼きの店を借り切っての打ち上げであった。
「まま、いっぱいぐいっと」
「未成年なのでウーロン茶で」
「硬いなあ」
「未成年飲酒、社長にバレたらクビですから」と私。
「あの人そのあたりが厳しいんだよね。以前中学生の女の子4人のユニットをプロデュース兼マネージングしてたことあるけど、その時も厳しかったみたいだよ。ほとんどノートラブルだったしね」と飯倉さん。
「へー。そういう経験が。須藤さん、そういう昔のこと何も話さないんですよね」
「話すと、守秘義務に微妙なことが出てくるからでしょ」
「あ、そうか」
「お酒やたばことか、こういう仕事してるとどうしても誘惑されやすいから、そのあたり締めるのと、中学生だから恋愛禁止にして、服装規定も厳しくて」
「私たちは恋愛禁止って言われてないね」と政子。
「そりゃ、君たちの場合、禁止する必要ないしね」とYamYam。
「え?」と言って私たちは顔を見合わせた。
「しらばっくれてもダメだよ」
「えっと・・・」
「でも服装は万一写真週刊誌とかに撮られても恥ずかしくない格好だけしてろと言われてるくらいかな」
「パジャマでコンビニに行ったりするなとかね」
「あとパンダメイク禁止とか言われたね」
「服装規定というと、ケイは男の子の格好で仕事場とか放送局とかの近くをうろつくななんてのがあったね、高校時代」
「あれ、服装規定になるのかな?」
「なるなる」
「そうだったのか!」
「ケイちゃん、身体改造したみたいだけど、どこまでやったの?」
「あり、あり、なし、です」と私。
「なるほど」とYamYam。
「何?どういう意味?」とPow-eru。
「男の子はなし、あり、あり。女の子はあり、なし、なし、ですよ」と私。
「・・・・ああ、分かった」
「じゃ、7割くらい改造完了か」
「そんな感じです」
「ケイはよく7割って人に言ってますが、私の見解では9割女の子です」と政子。
「おお」
「完全な女の子になるのもそう遠くないのかな?」
「1〜2年以内にはやるつもりですが」と私。
「さっさとやっちゃえばいいのに、って煽ってるんですけどね」と政子。
スカイヤーズのアルバムの録音作業が終わった翌日、スカイヤーズの面々が6階のGraceDollスタジオを訪れた。私たちはまだ手つかずであった『Spell On You』
を彼らに演奏してもらうことにした。Aug7♭9とか+9とか+13とか、ふだんあまり使わないようなコードを多用している上に転調部分もあるので「これ、どう弾くんだっけ?」などと指を確認していたが、3回合わせたところでいい感じになったので、それで収録した。信号音は使用せずにテンポはChou-yaさんのドラムに全部お任せした。そして、その演奏を聴きながら、私たちの歌を収録する。
仮ミクシングして聴いてみると、ひじょうにノリの良いナンバーに仕上がっていた。
「さすがですね。ほんとに聴いててノリが良くて気持ちいい」
と近藤さんが感心したように言っていた。
「シンコペーションがいい感じですよね。一発録りっぽいし、踊り出したくなる」
と宝珠さんも頷いている。
その近藤さんは、Chou-yaさんとは旧知の仲のようで、「よっ、コン*ーム、お久。元気そうだな」などと言われていた。そう言われた近藤さんも「直腸君も詰まらずに調子良さそうじゃん」などと返している。Chou-yaさんの本名が「胡蝶直哉」であることに引っかけたアダ名らしい。宝珠さんが「あんたたち、どういう感覚なのよ?」と呆れるように言っていた。Chou-yaさんはスカイヤーズを結成する前、近藤さんと同じバンドに在籍していたことがあったらしい。宝珠さんもスカイヤーズのコンサートでサックスを吹いたことがあるらしく、スカイヤーズの面々と握手していた。
「でもこれで呆れられてるし、宝珠ちゃんを何と呼んでいたか言ったりしたらやばいだろうね」とChou-ya。
「なんとなく想像付きますけど、それ言ったらセクハラで裁判にしますよ」
と宝珠さん。
「ほんとに裁判起こされそうだから、やめておこう」
今回の録音作業は9月25日の土曜日まで15日間続けられた。ただし平日は私たちは学校が終わってからの参加になったし、またミュージシャンの人たちも全員毎日は出て来れないので、出て来ている人のパートを順次録音する方式で進められた。
レコーディングが半ばまで進んだ18日(土)のお昼、楽器の人たちの収録作業をしている間に、私と政子は昼食を食べに、スタジオの隣にあるファミレスに行った。忙しい時間なのでフロアスタッフさんが寄ってこない。空いている席が見えるので、勝手に座ってようということで、そちらに行きかけた時、途中の席に見覚えのある女の子がいるのに気付いた。
「あれ?」「あ!」
「お久しぶりです」と私。
「あ、覚えてました?」
「もちろんです。デビューの時、私たちハグしてもらったから落ち着いて歌うことできましたし」
それはローズ+リリーのメジャーデビューの日、参加したイベントのトリを務めた女の子4人組のユニット、ELFILIESのひとりであった。
「それでローズ+リリーが順調にスタート切れたのだったら私も嬉しい」
「ハルカさんでしたよね?」と私。
「わあ、ちゃんと名前まで覚えてくれてたのね」
「でも私ハルカさんに謝っておかないと。あの時、私自分の性別をちゃんと言ってなかったから」
「でも、ケイさん、いつかラジオで自分は心は女の子って言ってたよね」
「わあ、あれ聞いてました?確かに自分では自分のこと女の子だと思ってます」
「だったら問題無いじゃん」
「ありがとうございます」
「もしかしてELFILIESもレコーディングですか?」と政子。
「あ、そちらもレコーディング?」
「はい」
「実は今、ELFILIESは実質休養中なのよ。このまま自然消滅かも」
「えー、もったいない」
「すごくノリが良かったのに」
「3年間やってて大きなヒット曲が出なかったからなあ。一番売れたので3万枚。維持費も大変みたいだし」
「うーん。あのユニットは売れる要素けっこう高いと思ったけどなあ」
「それで取り敢えずソロでやってみないかって言われて、そのレコーディングを今日から始めた所なの」
「わあ、それは頑張ってください」
「でもね・・・」
「どうしました?」
「なんか渡された楽曲見ても、全然売れそうに見えないのよ」
「ああ・・・」
「作詞者作曲者の名前見ても知らない人だったから、どういう方ですか?って訊いたら、私も知らないって、プロデューサーに」
「ひどーい」
「午前中歌ってみたけど、こんな曲ならいっそ自分で書きたいと思った」
「あ、ハルカさん、作曲するんだ?」
「音楽の授業レベルだけどね」
「それ未満の歌ってことか!」
「義理があるから取り敢えずこの歌までは歌ってCD発売して、多分売れないだろうから、その辺りで私も辞めさせてもらおうかなとも思ってるんだけどね。ヌード写真集を出さないかなんて話もあったけど、お断りしたから、潮時感じてたし。アイドルなんて20歳すぎたらお祓い箱なのかなあ・・・・・他の3人はどうも年内一杯で解雇されそうな雰囲気だし。4人仲良しだから、アマチュアに戻ってユニット名変えて、音源の自主制作するのもいいかな、とか」
「うーん。。。」
「あ、そろそろ戻らなくちゃ」とハルカ。
「うん。また会おうよ」
と言って、私はハルカと携帯の番号とアドレスを交換した。
私たちの方のレコーディングは25日までの予定だったが、24日の金曜日は私と政子も学校を休み、25日まで掛けて最後の調整を行った。この2日間は、近藤さん・宝珠さん・太田さんの3人はずっと付き合ってくれた。特に太田さんのキーボードはいろいろな楽器の音を付加するのに便利なので、かなり稼働してもらった。宝珠さんもYAMAHA-WX5(ウィンドシンセ)を吹いて、楽曲に厚みを付けるのに貢献してくれた。
25日の夜7時頃、これでだいたい完了したかな、などという雰囲気になってきていた時、クォーツのサトが顔を出した。
「こんばんはー。ちょっと陣中見舞い」
などといって、モスチキンを差し入れてくれた。すると須藤さんが
「サトちゃん、ちょうどいい所に来てくれた。ちょっとだけドラムス打ってよ」
と言う。
『白い手紙』の仮ミクシングを聴いていて、微妙に付け加えたいフレーズが8小節ほど出て来たものの、ドラムスの青竹さんは今日は来ていないので、その部分は打ち込みしちゃうか?などと言っていたところだったのである。
「でも、他のドラマーさんが全体的に打っているのに、そこだけ俺が打っていいの?」
などとサトは言うが
「うん。だから、青竹さん風に打ってよ」
などと須藤さんは言う。
私たちが休憩している間に今回録音した曲を通して聴いてもらう。
「うまいなあ、この人。かなわん」などとサトは言っていたが、実際には結構それっぽい感じでその部分を打ってくれた。それに合わせて、近藤さんのギター、宝珠さんのサックス、太田さんのエレクトリック・オルガンを付加する。ベースも近藤さんが弾いてくれた。そこに私たちの歌も加える。
今回のアルバムの録音はこの追加部分で完了となった。
作業が完了したのは9時半頃だった。太田さんは家族が待っているのでといって帰って行き、近藤さんと宝珠さんはふたりだけでどこかに行きたいような雰囲気であったので「今夜は頑張ってね」などと政子が言って送り出し(宝珠さんからは「そちらも頑張ってね」と返された)、結局、私と政子、須藤さんとサトの4人で打ち上げということになった。
「いや、俺最後にちょっとだけ出て来たのに良いのかな?」
などとサトは言っていたが、須藤さんは
「とりあえず一仕事終える度に締めはしなくちゃね」
と言って、4人でファミレスに行く。
サトさんが生ビール、他の3人はトロピカルジュースで乾杯した。
「いや、実は今日で会社を退職したのよ」とサトさん。
「そうだったんですか!お疲れ様でした」
「高校出てから海上自衛隊6年やって、あの会社に入って3年。なんか年だけ食っちゃった感じだけどね。自衛隊時代にアフガンの後方支援でインド洋に行ってきたのがいちばんワクワクした。会社勤めでずっと事務所の中で図面ばかり描いていると、なんか鬱屈した気分になっちゃってね。。。そんな時にたまたまマキと知り合って俺の腕見て『ドラムス叩かない?』なんて言って、一緒にやり出したんだよね。楽しんでたけど専業になる所までやるとは思わなかった」
「クォーツのメンバーってどういう順序で入ったんですか?」
「マキとタカが5年くらい前に他にふたりのメンバーと一緒に作ったんだよな。最初はリードギター、セカンドギター、ベース、ドラムス、という構成だったんだ。そのセカンドギターの奴が歌がうまくてメインボーカルだったらしい。でもそいつが仕事が忙しくなって脱退して、しぱらくは3人でやってたものの、他の3人がみんな歌が下手なもんで、いい奴いないかな?なんと言ってた所でカズって奴が入って」
「ああ、名前だけは聞きました」
「こいつは楽器は何もできないんだけど、歌がうまかった。それでボーカル専任で、楽器はギター、ベース、ドラムスという構成になったんだよ。しかし、ドラムスの奴の父親が急死して」
「あら」
「急遽、田舎の造り酒屋を継がなきゃいけなくなったらしくて、辞めることになって、それで急いで後釜を探してたときに、俺を見つけたらしい」
「へー」
「実は俺、それまでドラムスなんて打ったことなかったんだけどね」
「えー!?」
「この腕なら打てるって言われて練習して、始めて1ヶ月でライブやった」
「すごい」
「腕の太さだけで採用されたんだ!」
「あと子供の頃ピアノ習ってたもんで、キーボードが弾けるからというので曲によってはドラムスはリズムマシンに任せてキーボード弾くようにした。当時はリズムマシンの方が俺よりずっとうまかった」
「おっと」
「それが2年前だよ。でも去年の暮れにカズがトラブル起こしてね」
「あら」
「最終的にはほとんど喧嘩別れのような感じになってしまった。お互いに後味が悪かったね」
「私はまだカズさんがいた頃にクォーツを知って、演奏技術が高いから音源制作してダウンロード販売サイトに登録しない?なんて言ってたんだけど、その計画進めている最中にカズさんが離脱しちゃってね」と須藤さん。
「ああ」
「残った3人の中ではサトさんがいちばん歌がうまいから、多重録音でサトさんがボーカルやって吹き込む?なんて話もしてたんだけど」
「ライブでは俺はドラムスやキーボードしながら歌うだけの器用さがないもんだから、マキがだいたい歌ってたんだけど、あいつ音痴だから」
「わっ」
「そういう訳で、私もいいボーカルいないかって言われてたんだけど、ちょうどローズ+リリーのほうも、ふたりに接触する前に情報集めてたら、どうもマリちゃんはあまりやりたがってないようだという感触で」
「ちゃんとそのあたり掴んでたんだ!」と政子。
「無理矢理口説き落とすようなことしても仕方ないし、とりあえずケイちゃんをソロで歌わせておいて、少しずつマリちゃんのやる気回復を待つかと思ったんだけどね」
「ええ」
「6月上旬に突然ケイちゃんとクォーツを組ませることを思いついたんだ」
「へー」
「それで津田さんや町添さんとかとも話し合ってて、ローズ+リリーとローズクォーツの並行稼働という線にたどりついたのよ。ただし、ローズ+リリーの方は、マリちゃんのやる気に合わせて、のんびりとやろうと。ローズクォーツのアルバムとローズ+リリーのアルバムを来年の春にほぼ同時にリリースする方向で考えようというのも、津田さんと町添さんと3人で決めたのよね。理想は両方のアルバムが同じくらい売れてくれること。あくまで私がケイちゃん・マリちゃんの両方と契約できたらの場合だったけど」
「私との契約も必須だったんですか?」と政子。
「ふたりはセットだからね。マンザイのコンビをばら売りはできないのと同じ」
「私たちってマンザイだったのか!」と政子。
「やはり、私がボケでマリが突っ込みだよね」と私。
「ふたり見てるとそんな感じだね」と楽しそうにサト。
「でも最初須藤さんからケイちゃんと組まないかという話を聞いた時、マキの反応が面白くてね」
「へー」
「女の子ですか?女入れるとチームワークが乱れそうで、と言って。確かに恋愛問題が絡んで、誰とくっつくかみたいになるとややこしいから」
「ええ」
「でも戸籍上は男の子なんだよね、なんて須藤さんが言うと、変態は嫌だとか言って」
「あはは」
「でも、タカがローズ+リリーのCD全部持ってるというから、取り敢えず聴いてみようかと言うことになって、タカの家に行って聴いてみたら、うまいじゃん。特に、これまだCDにはなってないんだけど、と言って聞かされたFM番組から録音した今年の新曲聴いたら、生で歌っているのに凄く上手いから、これだけ上手かったらちょっと組んでみたいね、という話になってきたんだよね」
「へー」
「でも最後までマキは、これ男の子の声を電気的に加工して女の子の声に聞こえるようにしてるのかなあ、とか言ってた」
「ボイスチェンジャーは使ったことないですよ」と私は笑って言う。
「カウンターテナーと似た発声法だよね。でもかなり高い所まで出てるよね」
「今回のアルバムには入れてませんが『天使に逢えたら』はC6まで使ってます。でも上の方はヘッドボイスなんですよね。ふつうに使ってるミックスボイスでは今A5までしか出ません」
「うっと。よく分からない」
「A5まで出れば、一応ふつうの合唱のソプラノパートは歌えるんですよね」
「実際、ケイは高校のコーラス部でソプラノ歌ってたね」
「すごいな」
「でも恋愛問題に関しては、みんなマリちゃんとケイちゃんの様子を見て安心したんだ。タカは残念って顔してたけど」
「え?」
「既に恋人がいる子なら、恋愛問題は起きないからね」とサトは笑って言った。
「え??」
翌26日は、政子はレコーディングで疲れたと言って寝て過ごすと言っていたので、お昼御飯はこれをチンしてねと言って、私は頭の中をリセットするためドライブに出た。何となく車を進めていたら東北道に乗ってしまったので、鹿沼ICで降りて、宇都宮の例のデパートに行く。そして少しぼんやりとしていた時に、あやめ親子と遭遇した。
(「新入生の夏」参照
http://femine.net/j.pl/ms/29 )
そのあと△△社の遠藤さんに見つかってしまい、その日出演する女子中学生3人のユニットに引き合わされた。3人が私を見て「きゃー」などと騒いでいた。
「こんにちは。スリファーズです」と3人。
「こんにちは、ローズ+リリーのケイです」
と言って、3人と握手する。サインくださいと言われたので遠藤さんが持っていた色紙にサインする。交換で彼女たちのサインももらった。
「この子たち、ピューリーズの妹分として売り出し中なんですよ」
「わあ」
「実は、年末にメジャーデビューさせる予定だった市ノ瀬遥香がメジャーデビューのめどが立たなくなってきてましてね」
「あらあら」
「代わってこの子たちを年末にメジャーデビューさせる方向になりつつあります」
「わあ、頑張ってね」
「ありがとうございます」
「ピューリーズの妹分なら、楽曲は同じ堂崎隼人?」
ピューリーズはメジャーデビュー以降、10年ほど前にロングノーズというバンドでヒット曲を出し、最近は主として作曲活動をメインにしている堂崎隼人という人から曲の提供を受けていた。
「それが実は困ってまして」
「あら?」
「堂崎先生が、今不調で、しばらく創作活動を休止なさってるんですよ」
「あらら」
「ピューリーズはうまい具合に受験前の休養期間に突入したので、いいんですが、この子たちをメジャーデビューさせるのに使う楽曲を、誰に頼もうかというので社長も悩んでいるみたいで」
「ふーん・・・・」
やがて開演時間になり、3人がステージの方に行く。私は遠藤さんと一緒にステージの横の方に立ち、様子を見た。遠藤さんに許可をもらってICレコーダで録音することにした。政子へのお土産である。
オープニングにピューリーズのヒット曲のひとつを歌う。あれれ・・・この子たち、本家よりうまいじゃんと思って私は興味深く見る。続いてフレンチキスの曲、Perfumeの曲、Buono!の曲、と女の子3人組の曲をカバーして歌っている。どれもひじょうにうまい。中学生とは思えない歌唱力である。特にリードボーカルの子がとても安定した音感をもっているようだ。ノリがよくて、観客を巻き込んでいく。最初登場した時は拍手もなかったのに、今はみんな手拍子を打っている。私は楽しみなユニットが出て来たなと思って見ていた。
やがて大きな歓声の中、リードボーカルの春奈が大きな声で「ありがとうございました」と言って、3人は下がった。私はいったん一緒に控え室に引き上げ、「君たち、凄いうまいんだね」と言って褒めて、15分ほどあれこれ話してから引き上げた。
翌日の朝、その日は1時間目がふたりとも休講だったので遅く起き出し、私が朝御飯を作っている最中、パソコンでニュースを見ていた政子が
「あれ?」という声を上げた。
「どうしたの?」
「冬、この子たちの面倒を見てあげるの?」
「へっ?」
見ると芸能ニュースの片隅に
「デビュー間近なスリファーズ、ケイがプロデュース?」
などという記事が出ている。
どうも昨日の宇都宮のデパートでのライブで、ステージ横に私がいたのに気付いて盗撮し、それを芸能新聞社に売り込んだ人があったようであった。
「参ったなあ。これ須藤さんに叱られる」
などと思って、須藤さんに電話を入れて謝ると、ちょうどその件で話があるので、今日時間の取れる時でいいので、政子と一緒に出て来てと言われた。須藤さんは何だか上機嫌であった。
月曜日は5時間目まで講義を入れているので、UTPの事務所に出て行ったのはもう夕方であった。
「遠藤さんに会ったこと報告してなくて済みませんでした」
「ううん。偶然の遭遇は全然問題無い。あそこ、私もよく時間が半日空いた時とかに行くしね」
「あ、そうなんだ」
「今回の件は、遠藤君のほうが恐縮して、迷惑掛けてすみません、って電話してきたよ」
「わっ」
「それで、実はその件で津田さんの方から、これを瓢箪から駒、嘘から出たまことにできないかって話が来ていて」
「え?」
「プロデュースまでしてくれなくてもいいんだけど、スリファーズにケイちゃんとマリちゃんから楽曲提供してもらえないだろうかという話」
「ああ」
「どう?できると思う?」
「どのくらいのペースと量で提供すればいいんですか?」
「年間シングルを3〜4枚。アルバムを2枚くらい出すことを想定しているらしいのよね。シングルに毎回1曲、アルバムに毎回2曲くらい出してもらえたら、残りは他の作曲家さんに依頼して埋めると言っている」
「看板になればいいんですね」
「そ。あなたたちにとっての上島先生みたいなポジション」
「それなら問題無いです。昨夜もあの現場で録音した演奏を政子と一緒に聴いていたんですが、ほんとこの子たちうまいよね、なんて言っていたところで」
「やれるなら、津田さんに連絡するよ」
「はい」
須藤さんが△△社の津田社長に電話を入れると、今から少し打ち合わせしましょうということになった。3人で一緒に△△社を訪れる。応接室に通され、すぐに津田社長、遠藤さんと甲斐さん、そしてスリファーズの3人が入ってきた。何だか大人数の会議だ。
「昨日はどうも済みませんでした」と私も遠藤さんもどちらも謝る。
その上で、津田社長が、あらためてスリファーズを簡単に紹介し、彼女たちへの楽曲の提供を依頼された。私たちは快諾した。
「じゃ、あらためて自己紹介」と彼女たちのマネージングの責任者である甲斐さんが3人に促す。
「スリファーズのリードボーカル・ソプラノの春奈です」
「スリファーズのサブボーカル・メゾソプラノの彩夏です」
「スリファーズのサブボーカル・アルトの千秋です」
「3人は声域がきれいに別れていて、春奈ちゃんが絶対音感持ってるから、凄く安定したハーモニーになるんですよね」と甲斐さん。
「春奈ちゃん自身はG3からE6まで、3オクターブ弱の声域を持ってます」
「凄い」
「あ、それと・・・」といたずらっぽい微笑みを見せて、春奈に
「言っていいよね?」と尋ねる。
「はい」と笑顔で春奈。
「春奈ちゃんは戸籍上は男の子なの」
「えー!?」
「うそ!?」
これには私も本当にびっくりした。あらためて彼女を見るが、女の子にしか見えない。
「じゃ、春奈ちゃん、私と同類?」
「ええ。小学校の時もスカート穿いて通学して校内で堂々と女子トイレ使ってましたし、中学は最初からセーラー服で通学してます」
「すごい」
「親にも認められてというか諦められていて、中学に入るのと同時に女性ホルモンを飲み始めました。GIDの診断書ももらっています」
「じゃ、その声はボーイソプラノというか・・・・」
「むしろカストラートですね。まだ取ってないけど」と春奈は笑って言った。
「春奈は、もう1年半ホルモン飲んでるから、胸もけっこうあるんですよ」と彩夏。「私たち、いつも一緒に着換えてるもんね」と千秋。
「いや、この子たちを売り出すのには私もちょっと迷ったんだけどね」
と津田社長。
「ケイちゃんを売り出して、今回春奈ちゃんを売り出して、とやってると、この後、この傾向の子がうちにどんどんやってきて、女装歌手専門のプロダクションみたいに思われないかって」
「それも面白いですけどね」と遠藤さん。
「ぜひ、スリファーズの曲、書かせて下さい」と私は言った。
「面白そうな子たちだから、私も頑張って書いちゃう」と政子。
そういうわけで、私たちはスリファーズに楽曲提供することで合意し、取り敢えず半月程度以内に、彼女たちのデビュー曲に使えそうな曲を書くことにした。また、春奈が個人的な問題で相談したくなったらお話させて欲しいというので、春奈と携帯の番号とアドレスを交換した。その後、けっこう彼女とは色々な話をした。
私と政子が書いた曲『香炉のダンス/アラベスク』(結局今回は2曲提供した)を携えて彼女たちは11月に★★レコードからデビューし、作曲者の私とリードボーカルの春奈が同類であることなども話題になり、非常に大きなセールスをあげた。これは受検勉強中のピューリーズの3人をかなり刺激したようであった。
「スリファーズがあんなに売れてなかったら、私とか休養のついでにフェイドアウトしようかと思ってたんですけどね。あれでちょっとやる気が出た」
などとピューリーズのユウは後で言っていた。
またスリファーズの3人の名前に春・夏・秋の文字が入っており、私の名前に冬があるので、作曲者まで入れて「四季」になっている、ということを多くの人が指摘していた。実際、津田社長は3人が△△社に売り込んできた時、誰か冬という名前の付く女の子をスカウトしてきて4人組で「フォーシーズン」とか「シーズンズ」などといった名前で売り出そうかということも考えたりしたらしい。
「でも私たちへのファンレター、スリーファーズになってるの凄く多いんです」
と春奈は言っていた。
「まあ、ふつうの人は thurifer なんて単語知らないもん」
「3人だからスリーという思い込みもありますよね」
9月28日。私たちがスリファーズの件で△△社を訪れた翌日、私たちは須藤さんと一緒に##プロの事務所を訪れた。
##プロは私たちが高3の時、複数のプロダクションが私たちを獲得しようと競争していた時期、いちばん私たちの音楽を理解してくれている感じであった所であった。須藤さんという存在がなければ、私たちはここと契約してしまっていたかも知れないくらいだった。その時、一所懸命私たちを勧誘してくれていた長谷川さんに挨拶する。
その日私たちがここを訪れたのはこの事務所から年末にメジャーデビューする予定のスーパー・ピンク・シロップ(略称SPS)に関する取り決めなどを確認するためであった。そのSPSの担当も長谷川さんだったのである。
「SPSはあのフェスティバルに参加する直前、路上ライブやっている所に私がたまたま通りかかってね。なんかいい感じの曲で雰囲気のいい演奏してたから注目したのよ。でもその時は、まさか君たちふたりの曲だとは思わなかった」
と長谷川さんは笑顔で言った。
「じゃ、ほんとに初期に目を付けてたんですね」
「うんうん。それでうちの事務所と契約しない?なんて誘ったんだけど、まだプロでやっていく自信無いからフェスティバルで入賞したらという話になって、それで3位になったから契約してもらったの」
話し合いは特に問題となる事項もなく、スムーズに進んだ。向こうが提示してくれた印税の分配比率も充分こちらに配慮してくれたものであった。レコード会社は★★レコードを当初予定していたものの、フェスティバル1位のガールズバンドがそちらから同時期にデビューすることになったため、◎◎レコードに変更したということであった。そちらにはその日の夕方一緒に訪れ、担当課長の林葉さんに挨拶をしてきた。
「それで、もし良かったら今後も彼女たちに楽曲を提供してくれると嬉しいんだけど」
「いいですよ。シングルに1曲、アルバムに2曲くらいのペースでいいですか?」
「うん。だいたいそんな感じでいいよ」
長谷川さんとの話は後半はすっかりローズ+リリーの音楽論になってしまった。須藤さんも「あ、そうか」などと、彼女の論評に真剣に耳を傾けていた。
「もしかして、長谷川さんって、この子たちの音楽の最大の理解者かも」
などと須藤さんも言っていた。
「でも世間ではケイちゃんとマリちゃんはレスビアンだというもっぱらの噂だけどさ、私の感触では、なんかそれとは少し微妙に違うんだよなあ。何ということばで表現したらいいのか、よく分からないんだけど」と長谷川さん。
「私もこの子たちの関係って、どうも微妙に分かったような分からないような感じでね。。。。普通に世間的にいう恋人同士とは違うっぽいし」と須藤さん。
「え・・・だって私たち友だちだよね」と顔を見合わせて私と政子は言う。「いやいや、それは違う」と長谷川さんも須藤さんも言った。
SPSのデビューシングルのタイトル曲はフェスティバルで入賞した『恋愛進行形』
と決まっていたがc/wにする曲については、この時点ではSPSの美優自身に書かせると言っていた。しかしまだこの頃は美優もまだ作曲技術が未熟で、商業ベースで出せる品質の曲を書くことが出来なかった。そこで今回はもう1曲こちらに書いて欲しいということになり、私たちは『炎の砂時計』という曲を書いて提供した。
彼女たちの曲は10月下旬にレコーディングを行い、私は多忙なスケジュールの中、レコーディング・スタジオを訪れて彼女たちを激励した。CDは12月8日に発売され、8万枚のヒットとなった。
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【夏の日の想い出・新入生の秋】(2)