【夏の日の想い出・ダブル】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-12-20
19:00。日はもう落ちている(この日の日没は18:39, 日暮れは19:13である)。薄暗いステージにライトが当たり、客席も闇に包まれつつある。
ステージ横に立っている電光式の時計が19:00を示したのと同時にステージに立っているスターキッズや他の伴奏者が、酒向さんのドラムスを合図に音を出し始める。
しかしステージにはマリの姿もケイの姿も無い。
前奏は進むもふたりの姿は見当たらない。客席に小さなざわめきが起きる。
その時、2つのスポットライトがステージ左右の上空を照らす。そこにハングライダーを背負ったケイとマリの姿が浮かび上がり、客席にどよめきが起きる。ふたりはそのままステージに向けて降下していき、ジャストステージ中央のマイクの前に降り立った。
そして私とマリはすぐに『摩天楼』を歌い始める。ハングライダーを付けていたので、ヘルメットもかぶったままである。
割れるような拍手と歓声が起きた。
そしてステージ後方に高層ビル群の姿が浮かび上がった。
実際には私たちはハングライダーで飛んできた訳ではなく、クレーンで吊ってもらって下に降りただけである。ハングライダーは身体に絡みつかないようにわざわざ細いプラスチックの棒で支えていた。周囲が暗くなってきたので出来た演出であった。
また摩天楼の映像は、後方に薄い幕を張って、更にその幕の後方から投影したものである。これも暗くなってきたことで出来たものだ。そしてクレーン本体はこの幕の裏に隠していたのである。
このあたりの演出は、私たちの時間の割り当てが日没後になることが判明した時点で雨宮先生から発案され、氷川さんも了承して実行したものであるが、掛かった費用はなかなか凄かった!
この曲は私がニューヨークで曲だけ書いていたもので、帰国後マリが曲を聴いて歌詞を書いたものである。ギターを2本フィーチャーしており、近藤さんと宮本さんで弾いている。月丘さんのキーボードは昔の電気ピアノのような音を出しており、山森さんのキーボードはまだ電子化されていなかった時代の《電動式》のハモンドオルガンのような音を出している。
曲が終わった所で挨拶する。
「こんばんは!ローズ+リリーです!」
大きな歓声が来る。「マリちゃーん」「ケイちゃーん」という声も聞こえる。
「あたりはすっかり暗くなってしまいましたが、良かったら私たちと一緒に夜のひとときをお過ごし下さい。次の曲は最新シングルから『コーンフレークの花』」
歓声の中、近藤・魚ペアがステージに出てくる。彼女たちはムームーのようなドレスを着ている。
そして観客もかなり期待していたようであるが、1番と2番の間の間奏で2人ともそのドレスを脱いでサンバっぽいビキニ姿になる。そのダンサー2人に対して歓声があがる。
「うさぎちゃーん」
「みちるちゃーん」
という声まで掛かっている。
歓声に対して手を振りながらもふたりのダンスは続き、私たちの歌も続き、大きな手拍子で8万人の大観衆が大いに盛り上がった。
苗場では最初からサンバの衣装だったのだが「脱いでくれること期待したのに」という声が多かったこと、主催者に打診したら「裸になるのでなければ構わない」との回答があったので、ムームーからビキニへという演出にした。
なお和服から脱いでいくのは、実際に試してみたものの結構手間取るので、その間しばらく踊れず、流れが悪いということになり、簡単に脱げるムームーを使うことになった。
政子は「あ〜〜れ〜〜」をやってみたいなどと言っていたのだが!?
その後、近藤うさぎが黒いドレス、魚みちるが白いドレスを着て『黒と白の事情』を演奏する。
それから2人が下がって代わりにヴァイオリン奏者6人を並べて『花園の君』、『花の女王』と演奏。すっかり暗くなった公園に華麗な弦楽器の音が響いた。
その後今度は一転して、近藤さんと鷹野さんのツインギターだけをフィーチャーして『言葉は要らない』を演奏する。他の演奏者はお休みでいったんステージを離れる。
その後、今度は月丘さんのキーボードだけをフィーチャーして『スタートライン』を演奏する。この曲は本来はアコギ/ウッドベース/マリンバ/フルートという構成の曲なのだが、エレクトーン的なアレンジにしたものを使用している。
静かな曲を2つ続けた後は一転して元気な曲である。
ステージ後方の投影幕に「踊る影たち」を映して『影たちの夜』を演奏する。それで盛り上がった所で私とマリがお玉を持って『ピンザンティン』を演奏する。例によってお玉を振ってくれている人たちが随分いるのがステージから見えた。
通常のライブならここで幕が下りて、アンコールと行くところであるがフェスなので、そういう手順を省略する。
そのまま『夏の日の想い出』をスターキッズの基本メンバー(近藤・七星・鷹野・酒向・月丘)5人で演奏した上で、最後は伴奏者が全員下がって私とマリの2人だけになり、私のピアノ演奏のみで、ふたりで『ずっとふたり』を演奏する。マリはいつものように、ピアノを弾いている私の左側に立って一緒に歌った。
最後の音が消えてしまうのを待って大きな拍手と歓声が来る。
私は立ち上がり、マリとふたりで両手を斜め上にあげて、その歓声を受け止めた。
その日、私と政子は横須賀市内のホテルに泊まり、翌日午前中に新幹線で大阪に移動した。
この日山村星歌がツアーで大阪公演をすることになっており、そのゲストとして呼ばれているのである。
公演は13:00からなのだが、私たちは12:00頃に到着した。楽屋に入っていくと星歌と同じ「2010年組」の富士宮ノエルが来ている。
「私、昨日神戸でライブがあったんですよ。それでこちらにちょっと顔を出してみたんです」
などと言っている。
「ふたりはデビュー年は一緒だけど、生まれは星歌ちゃんが1年上だったね?」
「ええ。(坂井)真紅ちゃんは私と同じ学年なんだけど、デビューが1年早いんですよね」
と星歌は言っている。
「3人いい感じのライバルだったからね」
「え〜?結婚しちゃうの?ずるい、と思いましたよ」
とノエルは言っている。
「ずるいなのか」
「しかも、あんないい男を捕まえるなんて」
とノエル。
「(本騨)真樹君は楽屋に応援とか来てないの?」
と私は訊いたのだが
「楽屋に出入り禁止なんですって」
とノエルが言う。
「あらあら」
「それどころか、星歌ちゃんがライブやる都市自体にその日は来てはいけないという話で。その日どこにいるかを毎日証拠写真と一緒にツイートしろって話なんですよ」
「きびしー!」
「ってか大変そー」
「それ寂しくない?」
と政子が尋ねるが
「毎日電話しているから大丈夫です」
と星歌。
「ごちそうさま」
星歌の前半のステージは白雪姫のイメージということで、お城の広間のような感じのセットが組んであった。星歌はこのセットで、白いお姫様ドレスを着て、ギター・ベース・ドラムスにキーボード2人という構成のミュージシャンをバックに歌っていた。コーラスとして彼女と同じ事務所の若い女性歌手3人が貴婦人っぽい衣装で歌っており、貴族っぽい衣装の男性ダンサー4人が星歌の左右で2人ずつ踊っていた。
前半が終わるといったん幕が下りる。私とマリはその幕の前に出て行って
「こんにちは。ローズ+リリーと申します。良かったら箸休めに私たちの歌を聞いて下さい」
と挨拶する。
スタッフの人がパイプ椅子を置いてくれたので、私はそこに座ってスカートの中で足を組み、膝に愛用のアコスティックギター(FG730S)を抱える。そしてそのギターの伴奏のみで私とマリは『私にもいつか』『言葉は要らない』の2曲を歌った。
ローズ+リリーのライブで、私のピアノの伴奏のみで歌うというのは、毎回しているのだが、ギターの伴奏のみで歌うのは、あまりやったことが無い。実は東日本大震災の後の東北ゲリラライブではよくやった形式である。私はちょっと当時を懐かしく感じた。
それでMCを交えて2曲歌って拍手をもらい、引き上げようとしたら、ステージの袖で★★レコードの北川さんが指で「1」という数字を出している。
「えー、2曲歌う予定だったのですが、もう1曲歌ってくれということなので、『ファイト!白雪姫』」
と私が言うと、何か受けたようで、ドッと笑いが来た。
私は笑顔でギターを抱え直すと、ストローク奏法で伴奏を始める。先の2曲は指で爪弾くようにポロロン、ポロロンという感じに弾いていたのだが、この曲はピック(念のため持っていた)で激しくジャン、ジャン、ジャン、ジャン、という感じの弾き方である。
曲調がとっても元気いっぱいの曲なので、先の2曲では静かに聞いていた聴衆が、この曲では手拍子を打ちながら聞いてくれた。
白雪姫が剣を持って王子や小人たちと共に王宮に攻めて行き、母親を倒して自分が女王になるぞ、という勇ましい曲だ。それで私たちは
「ファイト!白雪」
という繰り返す歌詞を4回目には
「ファイト!星歌」
と歌った。
すると客席からも「ファイト!星歌!ファイト!星歌!」という声が返ってきてひじょうに大きく盛り上がった演奏となった。
満場の拍手を受け、私たちはお辞儀をして舞台袖に引き上げる。そして幕が上がると、後半のステージは七人の小人の小屋という感じのセットになっている。私たちが歌ったりしゃべったりしていたほんの20分ほどの間にこれだけのセットのチェンジをするのは、本当に大変であろうと私は見ていて思った。
前半白いドレスだった星歌は赤・青・黄と使ったカラフルなドレスになっており、コーラスの3人と4人のダンサーは小人さん風の衣装である。なるほどちょうど「7人の小人」になるように構成したのかと私は思い至った。でも王子はどうするのだろう?と思ったものの、星歌の王子である真樹はお出入り禁止ということなので、残念ながら登場はかなわずというところか。
「あれ?ダンサーさん、女の子になってる。性転換した?」
などと政子が言い出す。
同じ人数だったので私も気づかなかったのだが、確かに見ると星歌の左右で踊っているのが、前半は男性4人だったのが、今は女性4人になっている。
「体力を激しく消耗するので、コーラス・ダンス担当は前半と後半で別の人を当てているんですよ」
と近くに北川さんが説明してくれた。
「なるほどー!」
「星歌ちゃんも前半と後半で別の人だったりして」
「ふたり居たら楽ですけどね」
「まあさすがに星歌は交替できない」
「歌手は体力使いますね」
「ケイちゃんたちが歌っていた間、あの子ひたすら寝てましたよ」
「そうでないと身体が持ちませんよ」
「最近は長時間のライブが多いですしね」
ライブは後半大いに盛り上がり、最後は観客から
「結婚おめでとう!」
「幸せになってね!」
などという声をあらためてもらって、星歌は涙を浮かべていた。しかし体力的に限界だったのだろう。幕が下りると、その場に崩れるように座り込み、スタッフに抱えられるようにして下がった。結局楽屋で30分くらい寝せてからホテルに引き上げたようだ。
ライブ終了後、私はホテルに入って楽譜の整理をしていたが、政子は新幹線で大阪までやってきた美空と待ち合わせてふたりで「こなもん食べ歩き」をしてきたようである。
「さすがにお腹いっぱい」
と言って18時頃、帰ってきた。
「じゃ今日の晩御飯はパスかな?」
と言ったら
「もちろん食べるよ」
と言っている。
やはり政子の胃袋は宇宙並みの神秘だ。
19時頃、星歌から電話が掛かってくる。
「マリさんたち、良かったら一緒に食事しません?」
するとマリは
「行く行く」
と言っている。
ほんとに入るのか?と私は思ったものの、ふたりでホテルのプライベートキッチンに降りて行く。同席しているのはマネージャーの蕪田さん、★★レコードの北川さん、それに陣中見舞いに来てくれていた富士宮ノエルだけである。
「いや、コーラスの子たちと一緒に打ち上げする時もあるのですが、どうしても気疲れするので、今回はツアー最後の打ち上げを除いては内輪だけで打ち上げすることにしたんですよ」
とマネージャーの蕪田さんが説明した。
「まあ後輩と一緒だと、何かと気を遣わないといけないよね」
と私も言う。
「初日は加藤やそちらの社長さんも入れたんですけど、男性がいると、あられもない格好にもなれないしね」
と北川さんは言っている。
「疲れてると服脱ぎたくなりません?」
と星歌は大胆なことを言ってる。
「あ、私裸で寝るの好き〜」
と政子が言っている。
「うーん。裸で寝たことは無いな」
とノエル。
「ノエルちゃんは何着て寝るの?」
「パジャマですよ〜。一時期ネグリジェに憧れていたこともあったんだけど、私寝相が悪いから、起きたら腰の所までまくれあがっていて、足が冷えて辛いからやめたんです」
「まあ確かにネグリジェとかベビードールとかは実用的ではない」
と私も言う。
「ベビードールとかはやはり彼に見せるための服ですよね〜」
などと星歌が言うので、ノエルが
「実際、真樹君とセックスしたんだっけ?ここだけの話」
と訊く。
「してる。もう10回近くしたかな。もちろんちゃんと避妊してる。でもあれをセックスと言うんだとは例の記者会見の時は知らなかったんだよ。性交という言葉は学校の保健の時間に習って知っていたんだけど」
と本人。
「ちょっと安心した」
とノエルも政子も言っている。
蕪田さんや北川さんも笑って頷いている。
「いやでも私たちって学校のクラスメイトとかともあまり話さないし、仕事が忙しいし、色々と常識が欠けていることはあるよね」
とノエルは言っている。
「私、つい最近まで自民党とか民主党とか知らなくて、それ砂糖の一種?とか訊いて呆れられた」
とノエル。
「そのくらいはいいよ。私、キスマイなんて名前を覚えてなくて、放送局で声を掛けられた時に、一瞬どなたでしたっけ?と言っちゃって」
と星歌。
「ああ・・・」
「そばに居た北川さんが『星歌ちゃん、メガネメガネ』と言って近くにあったメガネを渡してくれて『済みません。キスマイの皆さん、この子すごい近眼で』とか言ってくれたので助かりました」
「まあ私のメガネだったんですけどね」
と北川さん。
「ナイス・フォローですね」
「私、キスマイやSexy Zoneの個々の名前が分からない」
とノエル。
「私もExileやJ Soul Brothersの個々の名前が分からない」
と政子。
「私はwooden fourの個々の名前が分からない」
と星歌が言うので
「こら、嘘はいかん」
と突っ込みが入った。
「マリさんは大林亮平さんとは何かありました」
とノエルが尋ねる。
「別に何もないよ。まあメールアドレス教えてとうるさかったから、アドレスだけは教えてやったけどね」
と政子。
「おぉ!」
「メールはよく送ってくるけど、私は返事書いてない」
「熱心ですね」
「まああくまで友だちならいいよと言っているけど、恋愛をするつもりは無いよ」
と政子は言う。
「ヘー」
「私たちは契約で恋愛は禁止されてないんだけどね。町添さんとの口約束で2018年までは結婚も妊娠もしない予定」
と私は背景的な説明をする。
「あと3年か」
「それ以前に歌手やめてたら、その時点で結婚しちゃうかも知れないけどね」
「結婚したらローズ+リリーはどうするんですか?」
「ローズ+リリーというのは、私とマリのふたりが生きている限りは続いていくよ」
「おばちゃんになったら、おばちゃんのローズ+リリー、おばあちゃんになったら、おばあちゃんのローズ+リリー」
「そういうのもいいかもですね〜」
「ケイはおじいちゃんじゃなくておばあちゃんになれそうで良かったね」
と政子。
「あれってやはり性転換した人は年取ると、ちゃんとおばあちゃんの風貌になってますよね。ホルモンの関係ですか?」
と星歌が訊く。
「だと思う。元々性転換するような人は女性的な外見の人が多いけど、ホルモンはやはり顔つきとかにも結構影響するよ」
と私は答える。
「ケイは生まれた時もお医者さんに女の子と思われて、女の子の出生届けを提出したからね」
と政子が茶々を入れる。
「だからそれは記入ミスだってのに」
と私。
なお、政子は18時頃帰ってきた時に「お腹いっぱい」と言っていたとは思えぬ「普段以上」の食欲を見せていた。マーサって胃袋のスペアでも持っているのか?と思いながら私は見ていた。
「ねえ、ケイちゃん、星歌ちゃんが2年くらい経ってから歌手に復帰する時、よかったら復帰祝いに歌を書いて下さいよ」
と北川さんが言った。
「じゃ、その頃まだ私たちがこの世界に居たら」
と私は答えた。
「もう一曲は東郷先生に頼んでおこう」
と北川さんは言うが
「東郷先生の中の人にですね」
とノエルは言っちゃう。
「そのあたりは言わぬが花よ」
と北川さんも笑って言っていた。
山村星歌に楽曲を提供している東郷誠一先生の「中の人」というのは、つまり千里(と蓮菜)だ! 千里たちが東郷先生の名前で出している曲は、山村星歌・川崎ゆりこ・アクア・森風夕子などに提供されている。純アイドル歌謡という感じで、中高生女子の心情を歌った可愛く歌いやすい歌が、蓮菜&千里の得意とする所のようだ。
しかし誰もアクアに男の子向けの歌を歌わせようとは思いもしない。紅川さんは「ファンが女性だからそれでちょうどいいんだよ」と言っていたが。
「千里たちって、年間に200曲近く書いてない?」
とある時私は彼女に訊いてみた。その日私たちは和実が勤めているメイドカフェで話していたのだが、和実は勤務中で、お客さんも多く、時々様子を見に来るだけで、私と千里の2人だけでほとんど話していた。
「さすがにそんなには書いてない。2014年中に書いた曲は70曲程度だよ」
「それでもかなりの多作だ」
「でも冬の書く曲とは全くモノが違うんだよ」
と千里は言う。
「ん?」
「冬が政子や和泉ちゃんと組んで書いている作品は芸術作品、私が蓮菜と組んで書いている作品は工業製品だよ」
「えっと・・・」
「私たちは雨宮先生の指揮の下(もと)に楽曲を生産している。タイトルを考える人、そのタイトルと歌手のマッチングをする人、それを割り振る人、そして私たちのように楽曲を作る人、その楽曲の最終アレンジをする人。流れ作業だよ」
「うーん・・・・」
「私たちは月平均5-6曲程度のリストを割り振り担当の人からもらう。リストに書かれているのは、タイトルと歌手名、ボーカルの音域、そして納期。それをCubaseで制作して納品する。私たちは基本的にボーカル代りのフルートに、リズムギター・ベース・ドラムスというパターンで書く。伴奏者の構成が変則的な場合は別途アレンジ担当の人がCubaseのデータを調整する」
「なるほどー。そうやって生産しているのか。でも鴨乃清見名義のはそうではないでしょ?」
「そうだね。醍醐春海名義でKARIONに書いている曲、大裳名義でラッキー・ブロッサムに書いた曲も、そういうフローじゃなくて、事務所から直接発注をもらっている。納期はきついのが多いけど」
「きついの!?」
「量産品は一度に5個とか10個とかのグロスでの発注だけど、だいたい依頼日から納期まで2-3ヶ月ある。ところが事務所から直接頼まれるものは、明日欲しいとか、金曜日に電話が掛かってきて月曜日までに欲しいとか。しばしば他の人に頼んでいたものがアウトになって、緊急に頼むというものが多い」
「う〜ん・・・」
「かえって、そういう短時間で作った曲から名曲が生まれると思わない?」
と千里は言う。
「それは私も思い当たる節がある」
と私も答えた。
「でもCubaseのデータ作るのって時間掛かるよね?」
と私が尋ねると
「1曲書くのに、私の場合でも30-40時間は掛かる」
と千里は答える。
「速い!私はその倍は掛かるよ」
「まあケイの曲ほど精密なチューンアップしてないから」
ここでいう「チューンアップ」というのは書き上げた楽曲データを再生しては調整、再生しては調整して、不自然な所や納得のいかない所を直していく作業で、これに掛ける時間がもっとも長い。
「それでもよく他の仕事やバスケとかしながらそんな時間が取れるね」
「まあ寝ながらやってるから」
「うーん・・・」
「私、寝ながらCubaseしたり、寝ながらプログラム組んだり、寝ながら車の運転するの得意だから」
「寝ながらの運転は危ないよ!!」
「桃香とのセックスも疲れている時は好きにしていいからと言って寝ちゃうこともあるし」
「私は政子に任せると恐ろしいことになるからそれできない」
「ああ、政子ちゃんは手加減を知らない感じだ」
それで私はさり気なく訊く。
「細川さんとのセックスでは?」
すると千里は忍び笑いのような表情になってから言った。
「まあ冬だから言うけど、私と貴司は平均して2ヶ月に1度くらいデートしてる。でも私はセックスは拒否している。貴司に法的な妻もしくは婚約者がいる限り応じられないと言ってね。だから風俗店のサービス程度だよ」
「うーん・・・・」
「実際、私が手伝わないと、あいつ射精できないし」
「へ?」
「私以外の女性の前ではどうしても立たないし射精もできない。それどころかひとりででも出来ない。阿倍子さんは多分貴司をEDだと思っているだろうね」
私は少し考えた。
「ね。千里としかセックスできないけど、千里はセックスさせないということは貴司さん、誰ともセックスできないわけ?」
「まあそういうことになる。自業自得だと思うけど」
と千里。
「もしかしてゲイとか?」
「男性ヌードとか見てみたけど、精神的に萎えると言っていた」
「なるほど」
「京平を作った精子も私が出してあげたものだよ」
「え〜〜!?」
「だから、京平は私と貴司の共同作品なんだよ」
そう言って千里は少し嬉しそうな顔をしていた。私は千里と貴司さんの微妙な関係を垣間見る思いがした。千里が最近バスケでかなり頑張っている風なのは、ひょっとしたら貴司さんとの関係が良好?なせいかも知れない。しかしそこまで深い縁があるのであれば、なぜ貴司さんは千里を棄てて阿倍子さんを選んだのだろう。私はまた貴司さんの気持ちが分からなくなった。それとも私が貴司さんの気持ちを理解できないのは私が結局男ではないからなのだろうか?
私の表情を見て千里は「はい、どうぞ」と言って五線紙を出す。
「ありがとう」と言って私はそれを受け取り、五線紙に音符を書き込みながら尋ねた。
「でも卵子も千里の卵子なんでしょ?」
その質問を投げかけた直後、和実が
「疲れたぁ、やっとお客さんがはけた。お昼食べなくちゃ」
と言って、私たちの席にミルクティーとオムレツを持ってきて座った。
「お疲れ様」
と私は和実に声を掛けたのだが、それを見て千里は微笑むと言った。
「私、採卵台に寝たよ。部分麻酔打たれて、それでヴァギナから採卵用の針を刺すんだよ。麻酔打たれているのにこれが痛いんだ。磔にされている気分」
「千里、卵巣あるんだっけ?」
と和実が尋ねた。
「なかなかうまく行かなくて、何度もリトライした。その度に痛かった。でも最終的に採卵針の中には確かに卵子が入っていた」
と千里が言う。
和実はコーヒーを飲む手を休めて千里を見ている。すると千里は和実に言う。
「私でさえ採卵できるんだから、和実ならもっと確実に採卵できる。和実これまで何度も卵巣がMRIに写っているもん」
「じゃ、やはり千里の卵子だったのか」
と私は言ったのだが、そこで千里は困ったような顔をする。
「アリバイ作りのために、あんたがそこに寝なさいと言われて私が寝た。でも本当に針を刺されたのは私ではない気がしたんだよね。だからあれって採卵台の上には私と誰か別の人がダブルキャストで寝ていた感じ」
「意味が分からん」
「まあ実際に私は無茶苦茶痛かった。あまり何度もはやりたくないね。私はもしかしたら痛みを引き受けるためにあそこに居たのかも知れない。京平の母親の資格を得るために。そして卵子は別の人の卵巣から取ったんだと思う。すり替えられているんだよ」
と千里。
「誰に?」
「神様かなあ・・・」
私には千里が嘘をつく、あるいはとぼけているのか、本気で神様のしわざと言っているのか、判断がつかなかった。しかし和実は何か別のことを考えているように見えた。
8月15日(土)。世間ではお盆なのだが、この日、パラコンズのくっく・のんのが各々の婚約者と結婚式を挙げることになっていた。
結婚式・披露宴は京都市内のホテルで行われるので、私たちは早朝から新幹線で京都に向かった。
10:00からくっくの結婚式、11:00からのんのの結婚式が、各々人前方式で行われ、12:00から合同の披露宴ということになっていた。ふたりは仲が良いようで、招待状の出欠ハガキも
「1.玖美子の結婚式に出席 2.徳子の結婚式に出席 3.披露宴に出席 4.欠席」
となっており、複数選択式で○を付けるようになっていた。なお人前結婚式にしたのは、ふたりとも「信心が無いから」と言って宗教色の無いものを選択したかららしい。人前結婚式はホテルの神殿・礼拝堂前のロビーで行われるので参列者数に制限も無いということだった。
私たちは8時半頃ホテルに到着。まだ時間あるなと思ってロビーで休んでいようかと思っていたのだが、今日の花嫁2人と各々の彼氏らしい男性2人がいるのに遭遇する。
「今日はおめでとう」
と声を掛け、
「御祝儀直接渡しても大丈夫かな?」
と言って《ローズ+リリー マリ&ケイ》名義の祝儀袋をくっく・のんの双方に1つずつ渡す。
「お、祝儀袋が別々だ」
「それひとつにした方がいいのか悩んだんだけどね」
「これはお小遣いにしよう」
「でもかなり重たいな、これ」
「まあこの世界のふつうの相場程度ということで」
私はふたりに「おめでとう」とは言ったものの、くっくとのんののそばに居るふたりの男性に妙な不快感を感じた。これ何かの感覚に似ていると、彼女たちとおしゃべりしながら考えていたのだが、やがて私は、蛇とかムカデでも見た時の感覚に似ていることに気づいた。
うーん。この人たち、私と相性が良くないのかも。。。。私はその時はそんなことを考えた。
そのふたりが何だかこちらを見ているが、その視線が何となく、まとわりつくように感じられて私はそれも不快だった。チラっと政子を見ると政子はそちらから視線を外してフロントの方に視線をやっている。
「でも何か新幹線も混んでいたし、京都市内もふだんより混んでいるみたい」
と私は言う。
「うん。今インターハイやってるから、それで混んでいるみたいだよ」
とくっく。
「へー!」
「結婚式は今日は私たちだけらしいんだけど、ふだん披露宴に使う部屋の幾つかは臨時の食堂に仕立てて、インターハイ参加の高校生もさばくとか言っていた」
とくっく。
「わあ、たいへんだね」
「けっこうたくさん体格のいい高校生たちを見るよ」
とのんの。
「なるほど」
「ほら、あそこにも来た」
とのんのが言うので見ると、見知った顔だ。
「青葉!?」
「ケイさん!?」
向こうもびっくりしたようで、こちらに寄ってくる。同年代の女子1人と男子1人との3人連れである。
「青葉、もしかしてインターハイの応援?」
「いえ、選手です」
「青葉、合唱軽音部じゃなかったっけ?」
「水泳部も兼部なので」
「あ、そうか!そんなこと言ってたね。凄いね。それでインターハイに出るなんて」
「まあギリギリで北信越予選を通過したんですけどね。あ、こちら男子水泳部部長の魚さんと、女子水泳部部長の竹原さんです」
「はじめまして、魚です」
「はじめまして、竹原です」
「こちらはローズ+リリーのケイさんとマリさん、そちらはえっと・・・すみません」
と青葉は言いよどむ。パラコンズを知らないのであろう。それで私が紹介する。
「こちらパラコンズのくっくさん、のんのさん、そしてそれぞれの婚約者さん。今日このホテルで結婚式をあげるんだよ」
「お盆にですか!?」
と青葉が驚く。
「ふたりとも無宗教らしいので。だから人前結婚式」
と私。
青葉は最初戸惑うような顔をしていたが、すぐに厳しい顔になった。
「あの・・・・失礼ですが、そちらの男性お二方が、この女性お二方の婚約者で今日結婚なさる予定なんですか?」
「ええ、そうですけど」
と男性ふたりが言う。
「籍は?」
「婚姻届けは書いたので、挙式の後、原さん(くっく)と近藤さん(のんの)の各々のお父さんに出して来てもらうことになっています」
とくっくの彼氏が言う。
すると青葉は、くっくをじっと見つめた。
「くっくさん、お名前、何でしたっけ?ご本名」
「原玖美子ですが」
「原玖美子さん、本当にこの男性と結婚するんですか?」
と言って青葉はくっくを強い視線で見つめた。
「え!?」
とくっくは最初戸惑うような表情を見せたものの、しばらく青葉に見つめられている内に唐突に言い出した。
「私、結婚やめます。この人とは別れます」
「え〜〜〜〜!?」
「のんのさん、そちらはお名前なんでした?ご本名」
と青葉は今度は、のんのを強い視線で見つめる。
「近藤徳子ですが」
「近藤徳子さん、本当にこの男性と結婚するんですか?」
と言って青葉はのんのを強い視線で見つめた。
「え!?」
とのんのも最初戸惑うような表情を見せたものの、しばらく青葉に見つめられている内に唐突に言い出す。
「私、結婚やめます。この人とは別れます」
「え〜〜〜〜!?」
「ね、くっく」
「うん、のんの」
「なんで私たち、こいつらと結婚しようと思ったんだろう?」
「私も分からない」
「ちょっと、君たち何を言い出すんだ?」
とくっくの彼氏が怒るように言う。
「あんた、同棲している女がいるよね。**さん」
とくっく。
「え!?なんでそんなこと知ってる?あ!?」
と自分で言ってしまってから口を押さえているが、もう遅い。
のんのも自分の彼氏に向かって言う。
「あんた、子供が3人いること、私に隠してたよね。**ちゃん、**ちゃん、**ちゃん」
「嘘!?誰にも言ってなかったのに。あ!」
とこちらも口を押さえているが、もう遅い。
「破談だね」
とくっく。
「こちらも破談だね」
とのんの。
「ということで、ケイさん、マリさん。済みません。結婚式は中止です」
と、くっく・のんのは言う。
「うっそー!?」
と私は声を挙げた。
青葉たちは朝食を取りに来ていたらしい。それで青葉だけ残って、魚さんと竹原さんは少し離れたところのテーブルに行き、朝食を注文していた。
くっくとのんのは事務所の社長を呼び、事情を説明し、婚約を破棄し、結婚式も中止すると述べた。社長は驚いていたが、各々の婚約者に問い糾す。なお、会話の内容は私が録音させてもらった。
「同棲している人がいるというのは本当ですか?」
「すみません。結婚式までに別れるつもりだったのですが、揉めてしまって、まだ完全に切れていません」
「お子さんがいたというのは本当ですか?」
「申し訳ありません。その内、言うつもりだったのですが」
「その母親とは切れているのですか?」
「3人のうち2人とは切れているのですが、もうひとりとは実はまだくすぶっていて。養育費のことでも揉めていますし」
「じゃ、未清算の異性関係があるのですね?」
「すみません」
「どちらも婚約を破棄するのに相当する正当な事由ですね」
と私は横から言った。
「今後のことはまた話し合うことにして、とにかく今日の結婚式は中止しましょう」
と社長は言った。
それで2人は取り敢えず帰って行った。
「今の会話の録音が明確な証拠にもなります。あとは弁護士さんのお仕事ですよ」
と私は社長に言い、ICレコーダをそのまま渡した。
「うん。そうしよう。君たちは婚約破棄で異存は無いね?」
と社長は、くっく・のんのに問う。
「ええ。なんか突然醒めちゃったんです。なんでだろう?」
とくっく。
「私も醒めちゃった。なんであんな男に熱を上げたんだろう」
とのんの。
「あの人たちが邪法を使っていたからですよ」
と青葉が言う。
「え〜〜〜!?」
「まあ私の敵では無いので、その邪法を破りました。それでおふたりとも冷静になることができたのだと思います」
と青葉は言う。
「すみません。どなたでしたっけ?」
と社長。
「日本で五指に入る霊能者、川上青葉さんです。あの竹田宗聖さんや火喜多高胤さんが、難しい案件を処理する時に力を借りている人ですよ」
と私は紹介した。
「そんな凄い人が!」
「たまたまインターハイに出るのに京都に来ていたんですよ」
「まだ高校生ですか!」
「ああ、おとなびているから女子大生くらいに見えるよね」
と政子。
政子はここまで何も発言していなかった。政子は私より霊感が強いので、多分明確に何かを感じ取っていたのだろう。
「こないだ小学生の子供に《おばちゃん》って言われた」
と青葉。それはあとで知ったが千里の子供・京平だったらしい。実際に青葉は京平の叔母には当たるのだが。
「ああ、私も18歳の時に《おばちゃん》と言われたことある」
と私が言うと
「ケイは《おにいちゃん》とか《おじちゃん》と言われたことはないはず」
と政子が茶々を入れる。
それで、ついくっく・のんのも笑っていた。
結婚式に出席するために集まっていた人たちは一様に突然の結婚式の中止に驚いていた。
「やはり盆の中日に結婚式なんて縁起が悪かったのでは」
「いや、きっと変な人たちだから、そういう日に挙げたくなったのでは?」
男性側の招待客も式の中止に驚いていたものの、本人達がもう帰ったと聞き、各々出していた御祝儀を返してもらって引き上げて行った。しかし見ているとどうも目つきの悪い人、あきらかにヤ○○っぽい人たちが随分混ざっていた。
女性側の招待客にもとにかく御祝儀を返していったが、私たちはくっくとのんのに言った。
「これキャンセルに伴う出費が凄いでしょ。私たちの御祝儀をそのキャンセル代の足しにしてよ」
「う、実はそれ辛いなと思っていた所です。じゃ取り敢えず貸してください」
「うん。貸したことにしておいてもいいよ。次にまともな人と結婚する時までの貸しで」
「すみません」
それでくっく・のんの・その親と社長が、ホテル側と話し合った結果、せっかくこれだけの芸能関係者が集まっているし、料理も用意されているので、単純な食事会として実施しましょうということになる。
それで私たちは12時に大広間に入り、食事会をすることになった。
くっくとのんのが前に出て、いつものようにふたりでキスした上で
「せっかく集まって頂いたのに申し訳ありませんでした。婚約破棄記念パーティーということで」
と言うと、一同から笑い声が出る。
招待客の中でいちばん年長っぽかった、卍卍プロの三ノ輪会長が
「ではふたりの婚約破棄と、新しい旅立ちを祝して乾杯」
と言って乾杯して、食事会は始まった。
私は三ノ輪さんも何かとトラブルに関わっていること多いよなあと思って見ていた。後から聞くと、くっくとのんのは、卍卍プロに紹介されたお仕事をした時にそのふたりの男性と知り合ったらしい。
しかし取り敢えず政子は、すぐに食事を食べられることに大満足である。普通の披露宴というと、特に芸能関係のものは、ケーキ入刀の前にスピーチが1時間以上続いたりして、出席者は食事を目の前にして、じっと我慢の子を強いられることが多い。
「余興やろう、余興」
という声があがる。若手のピアニストさんが前に出て行って伴奏を買って出てくれて、そのあと2時間ほど、出席者の歌やコントなどの余興が続いた。
なお、くっくとのんのは、まるでふたり同士で結婚するかのような雰囲気で大振袖を着て雛壇に座っていたが、各々の親が、招待客に酌をしてまわって、不手際を謝ってまわっていた。
私たちは翌16日に北海道でライブがあるので関空を19:20の新千歳行きに乗る予定であった(京都17:15の《はるか》に乗る)。しかし青葉と話したかったので、連絡を取った結果、今日の指定練習場所での練習が終わった後、15時くらいからなら会えるということであったので、京都駅で会った。
「あそこに入って行った時、わあ、低級霊憑けてる人が居るなあと思ったんですよ」
と青葉は言う。
「それって本人も意識しているの?」
「微妙ですね。でもその低級霊の力を使って彼女をたぶらかしているのは見るからに明らかでした。あれだけ酷かったら冬さんたちも変な感じがしたでしょ?」
「何か蛇でも見たような気分だった」
「ああ、それに近いと思いますよ」
と青葉は言った。
「ああいう人と付き合うだけで、あの女性2人、かなり運気を落としていたと思います」
「あの2人、去年の春から休業していたんだよ」
「関係があるかも知れませんね」
「でもインターハイに出られるほど水泳頑張っているとは思わなかった」
と私は言う。
「参加資格に自分としては疑問があったんですが、あっさりOKされて」
と青葉。
「性転換してから一定期間過ぎていればいいんでしょ?」
「ええ。基本的には去勢してから2年経っていれば全国大会OKらしいです。県大会までなら1年でいいという話で」
「なるほどー」
「県大会に出る段階では、高体連の事務局に行って、私の顔見ただけでOKされて登録証をその場で作ってくれたんですけどね」
「へー」
「でもインターハイに出ることになってから、あらためて病院で精密検査受けさせられました」
「わあ」
「どんな検査されるの?」
と政子が興味津々な様子である。
「まず裸にされて、全体的な体付きをチェックされました。性別が怪しい人って、けっこう体付きや顔つきが男っぽいんですよ」
「過去にオリンピックとかで騒ぎになった人も、なんかそういう感じだったよね」
「染色体もチェックされました。これはXYで、仕方ないです」
「青葉なら染色体もXXになってそうなのに」
と政子が言うが
「こればかりはどうにもなりませんね」
と青葉。
「もちろん女性器の外見もチェックされましたし、クスコを中に入れて内部も観察されましたよ」
「きゃー」
「千里姉も過去に10回くらい中まで突っ込まれて検査されたと言ってました」
「あの子、結局、中学生くらいで性転換してるんだよね?」
と私は訊く。
「どうもそういうことのようです。桃香姉も、千里姉が性転換したのは本当は2006年の夏かも知れないと言っていました」
「へー」
「千里姉が最初に性別検査されたのが高校1年、2006年の秋らしいですから。それで女性だという診察結果が出て、男子バスケ部から女子バスケ部に移動されちゃったらしいんですよ」
と青葉。
「冬と同じようなもんだね。もっとも冬は小学生の内に性転換したみたいだけど」
と政子がまたまた茶々を入れる。
「MRIで下半身をつぶさに検査されました。体内に睾丸が残っていないかの検査らしいんですよ」
と青葉は言う。
「なるほどー」
「睾丸を体内に温存して外見だけ女性の形にする性転換手術ってのもありますからね」
「うん。ごく稀にそういう手術を受ける人がいるね。もっとも体内の睾丸は機能不全になるはずだけど」
「ええ、それでもスポーツ選手の場合、睾丸が存在するだけで運動能力的に有利になりますから」
「だろうね」
「千里も高校時代から何度もMRI検査受けてるの?」
と政子が言う。
「受けたらしいですよ。ただ・・・」
と青葉は言葉を濁す。
「ただ?」
「まるで和実みたいな話なんですけどね、千里姉も過去に1度MRIに卵巣や子宮の映像が映ったことあるらしいです」
「ほほぉ」
「普通のMRIでは写らなかったそうなんですけどね。リアルタイムMRIに写ったらしいんですよ、一瞬だけ。もし本当に子宮や卵巣があったら、本人ではなく女性の身代わりが受診している可能性があるから、再度その付近にフォーカスを移したものの、その後は二度と写らなかったというんですよ」
「機械のエラーとかの可能性は?」
「あり得ないです。日本で最高の大学病院の最新鋭検査機器ですから。間違いでそんなものが写る訳無いです。だから、千里姉には卵巣や子宮が本当にあるのかもと思います」
と青葉は言った。
もしそうだとすると「採卵」は本当にできたのかも知れないと私は思った。
「でも普段は写らないんでしょ?」
「恐らくですね」
と言って青葉は言葉を切った。
「千里姉のパワーが凄まじいから、普段はそれを写らないようにコントロールしているんですよ。写った時は、うっかりしていたんでしょうね。特にリアルタイムMRIの映像をコントロールするのは難しい」
「そんなのコントロールできるの?」
「霊的なパワーって、実際には電磁気的な操作能力ですよ。MRIみたいな磁気と電気の塊みたいな機械は、能力の高い霊能力者ならある程度操作できると思います。私は自信無いけど」
「本来あるものを無いように見せることができるなら、逆に本来無いものをあるようにも見せられるよね?」
「実はそうなんです。だから結局私は、千里姉の実態がよく分からないんですよ」
と青葉は悩むように言った。
8月下旬。『ときめき病院物語』の撮影がクランクアップしたが、その翌日から『ねらわれた学園』の撮影がクランクインした。私たちはその主題歌の制作を頼まれたので(歌うのはアクアの先輩・品川ありさ)、初日の撮影を見に行った。
薬師丸ひろ子、原田知世など、色々な人が主演して過去に映画やドラマが制作された眉村卓の名作である。
アクアは「本来の主人公」である関耕児の役であった。青い学生服っぽい感じの男子制服を着ている。
「アクア、女の子の役じゃないの?」
と政子が声を掛けると
「僕一応男の子なので」
と彼は言っている。
ヒロイン・楠本和美(薬師丸ひろ子版では三田村由香の名前に変更されていた)は新人女優の元原マミちゃん。新人とは聞いたが、演技指導を受けている所を見ると、ひじょうに上手い。役柄は中学2年生ではあるものの、実際にはアクアより3つ上・17歳の女子高生である。
事件の黒幕「京極」(原田版では本田恭章が演じた。薬師丸版では峰岸徹が未来人ではなく金星人と設定を変えた「星の王子様」の役名で演じた)はWooden Fourの大林亮平で、彼は積極的にこちらにやってきて、盛んに政子に声を掛けていたが、政子は適当にあしらっていた。その会話を聞いていた教師役の倉橋礼次郎(『ときめき病院物語』の医師役)が
「マジでマリちゃんと大林さんは恋愛関係は無いみたいですね」
などと言っていた。
「その恋愛関係を構築したいのですが」
と大林君。
「まあ構築される可能性はゼロだね」
と政子。
そんなことを言いながらもふたりは楽しそうに会話のジャブの応酬をしていた。取り敢えず「お友達」という線にはなっているようだ。
『ときめき病院物語』でアクアのガールフレンド役を演じていた馬仲敦美ちゃんも生徒役で出ている。彼女はサブ・ヒロインという感じの位置づけのようだ。役名は西沢響子で、原作では主人公たちと対立する生徒役なのだが、今回のドラマでは最初は対立するものの、途中から協力者に変わる設定になっているらしい。
西湖はやはり女子中生の役ということで、セーラー服を着ていた。物語の初期では成績がクラスで一番下であったものの、英光塾に通うようになってから、急にクラスでもトップ争いをする成績になる役どころらしい。どうもこちらが本来の西沢響子の役どころの一部を受け継いでいるようにも感じた。
「最初男子中学生の役だったんですけど、監督がお前女顔だから女子生徒役とおっしゃって。でもおかげでセリフを頂けることになったんですよ」
などと言っている。
「でも女の子役で、声はどうするの?」
と政子が訊くと
「えへへ、だいぶ練習しましたよ」
と女の子の声で彼は答えた。
「すごーい。女の子の声に聞こえる!」
「6月下旬に一度出演予定者が集まって打ち合わせをして。その時に女の子役でよければセリフを付けるけど、女の子の声が出せることが条件と言われたんです。それでボイトレに通ったんですよ。自費ですけど」
と彼は男の子の声で言う。やはり女の子の声を長時間持続するのは辛いのか。
「わあ。レッスン代高かったでしょ?」
「親に借金しました」
「まあ親ならいいね」
「事務所に借金するとあれこれ辛い」
「事務所決まったんだっけ?」
「§§プロさんが取り敢えず委託契約で事務取扱してくださることになりました。研究生に準じた扱いで。秋風(コスモス)社長が、誘って下さったんです」
「おお、良かったね」
撮影(初日だけあって実際にはほとんど指導で終始している感じ)を見ていて私はふと思った。それでちょうどセーラー服姿の西湖がこちらに来た機会に尋ねた。
「高見沢みちる役は誰?」
この物語のアンチ・ヒロインの超能力を持つ生徒会長で、薬師丸版では長谷川真砂美、原田版では伊藤かずえ、もっと古いNHK版では阪本真澄が演じた、強烈なインテリ少女のキャラクターである。
「すみません。それは今年いっぱいは絶対に外に漏らしてはいけないと箝口令が敷かれているので」
と西湖。
「へ!?」
「でもドラマが始まったらすぐ分かるよね?」
「絶対に顔を映さないんです」
「ほほぉ!」
その西湖の言葉から想像されるのは、誰かとんでもない有名女優を使うのか、あるいは・・・・ここにいる出演者の誰かの1人2役だ、と私は思った。
初日の撮影を見てから私は政子を誘ってリーフでドライブに出かけた。行った先は芝浦埠頭である。私たちは車を駐車場に駐めて歩いて海岸に寄る。そしてレインボーブリッジを見上げた。
「上は首都高、下はゆりかもめ・一般道・遊歩道」
「二層構造なのか」
「うん」
「歩いて渡れるんだっけ?」
「渡れるよ。片道30分くらいかな」
「よし、渡ろう」
と政子が言うので、私たちはエレベータで橋まで上がり、プロムナードを歩き始めた。
「ねぇ、高見沢みちる役ってさ」
と政子が言う。
「マーサもそう思う?」
と私は答える。
「何か怪しいよね」
「うん。アクアが男の子役だけにしてもらえる訳ないじゃん」
「やはりそうだよねー」
「アクアはやはり本人が俳優志向というだけあって、俳優の素質あると思うよ。演技が掛け値無しに上手い。歌える俳優という路線でいいと思う」
「ひとつの役に役者さん2人当てるのはダブルキャストというじゃん。逆は何ていうんだっけ?」
と政子が質問するので、私は
「ダブルロールだよ」
と答える。
「あ、そーか」
「『さびしんぼう』の富田靖子の1人2役とか、ネタバレになるけど『メリーポピンズ』のディック・ヴァン・ダイクの1人2役が凄かった」
「どちらも見てない」
「DVDがマンションにあるから見てみるといいよ」
「そうしよう」
私たちは結局40分掛けてお台場側に渡った後、向こうで1時間ほどファミレスで食事をし、また40分ほど掛けて歩いて芝浦に戻ってきた。
私は途中のベンチで曲のいくつかのモチーフを書いた。政子は自宅に戻ってから詩を書くと言っていた。
それで結局わたしたちは2つの曲を作ったのである。
ひとつは直接的にはアクアがどうもダブルロールをするみたいだという所から発想を得た『ダブル』という曲だが、先日のくっく・のんのの中止された「ダブル結婚式」の影響もある。そして政子にはさすがに言えなかったが、千里たちの恋愛模様のことも念頭にあった。
実際この作品のサビに使った複雑な和音進行のメロディーは先日、千里から千里と貴司さんの「浮気」の実情を聞いた時に着想したメロディーを使用している。
あそこは、阿倍子さん−貴司さん−千里−桃香−桃香の彼女、と数珠つなぎのような恋愛関係だが、各々はそれぞれ2つの恋愛を同時にしている。いわゆるポリアモリーに近いが、実際には、阿倍子さんは貴司さんと千里の関係に同意していないし、千里は桃香と彼女の関係を黙殺しているだけで認めている訳では無い。桃香は千里と貴司さんの関係にかなり嫉妬している。
しかしつい先日までの、露子さん−松山君−政子−私−正望、という恋愛関係もポリアモリーに近いというのにも思い至った。この場合、露子さんが松山君の独占を仕掛けて彼の獲得に成功し、松山君と政子のつながりは切れてしまった。
それとこれも政子には言えなかったのだが、京平君はいったい誰の子供なのかという疑問もこの曲に影響している。千里は京平君を作った精子は貴司さんと千里が協力して出したものだと言っていた。
京平君の母親にしても、産んだ阿倍子さんと、卵子提供者2人が母親なのかも知れない。
つまり京平君の母親も父親もダブルキャストになっているかのようである。
更にその採卵自体が「ダブルキャスト」だったと千里は言っていた。
実際に採卵台に寝たのは千里なので、卵子提供者は千里である可能性が濃厚だ。そもそも千里は最初からあの子のことを「私と貴司の不義の子」と言っていた。
しかし千里に本当に卵巣があるのかについては疑問が大きい。彼女とのこれまでの付き合いを考えるに、やはり千里は天然女性ではなく性転換者に思えるのである。
さて、もうひとつ作った曲はドラマ『ねらわれた学園』のために書いたもので『海嘯(かいしょう)』という曲である。この単語は川の逆流を表す。
河口が三角形になっている大きな川では、大潮の時に、盛り上がった海の水がその三角形の河口がパラボナアンテナのような感じでエネルギーを集め、海水が川を遡っていくことがある。アマゾンではポロロッカと言い、河口から数百kmもの距離まで登ってくる。
「ねらわれた学園」は未来の人が現代に干渉して歴史を変えようとするのに現代人の主人公たちが抵抗する物語なので、時間の流れを川にたとえてその因果律に対して逆向きの動きを、海嘯にたとえたのである。
そしてこの背景には、千里自身が因果律に反する存在のようにも思えてしまうことがある。
もっとも彼女は「時間を超越しても因果律は絶対に崩れないんだよ」と言っていた。しかしそれって、彼女が実際に時間を超越していることを示唆している気もする。
青葉とは8月27日のKARION富山公演の時に再度会った。
「ケイさん、Flying Soberの最後のCDができたので、これまだプレス前のものですが」
と言って青葉がCD-Rを1枚私に渡してくれた。
「これで解散?」
「ええ。メンバーが高校を卒業してしまうから、これで最後です」
「空帆ちゃんは、大学に入っても活動続けるでしょ?」
「新たなバンドを作ると言っていました。Flying Soberという名前は高校時代の想い出として封印するということです」
「私と冬は高校卒業してもずっとローズ+リリーのままだね」
と政子が言う。
「まあ一時期危なかったけどね」
と私は言ってローズクォーツ時代のことを思い起こしていた。
「そうだね。冬がちゃんと性転換手術して女の子になってなかったら、危なかったよね」
などと政子は言っている。
「冬さんがいつまでも性転換しなかったら、政子さんはどうしてたんですか?」
と青葉が訊くと、政子は答えた。
「その時は冬に眠り薬を飲ませて、病院に運び込んで、寝ている内に性転換しちゃう」
「無茶な」
「日本では厳しいけど、外国ならきっとやってくれる医者もいる」
「かも知れないね」
と言いつつも、政子がマジなのか冗談なのか私は判断に悩んだ。
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【夏の日の想い出・ダブル】(2)