【Les amies 結婚式は最高!】(1)

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小夜子と晃は高校の同級生で、その頃は正式に交際していた訳ではないものの、かなり良い雰囲気の「ボーイフレンド・ガールフレンド」の関係であった。
 
お互い1度も「好き」と告白したことは無かったので、デートしたこともなければ、お互いの携帯にも登録されていなくて自宅に電話したり、携帯で話したりしたこともなかった。そしてふたりは高校を卒業し別の大学に進学したのを機に自然と疎遠になり(そもそも連絡手段も作っていなかった)、大学では各々新しい恋もした。
 
ふたりが再会したのは大学を出た後だった。小夜子は大学を出た後都内の商社に入ったが、補助的な仕事ばかりさせられるし男女差別も激しかったので、そこを半年で辞めて、企業システムのアウトソーシングをしている会社に入り直した。
 
営業要員として採用されたのだが、忙しい時は結構プログラミングやオペレーションにも駆り出された。小夜子は秒7文字打てたのでかなり重宝されていた。ここは給料も安いし残業も多かったが精神的には充実していた。何より営業で人と話をするのは小夜子は好きだった。
 
小夜子が入った会社は社長以下社員が全員女性という会社で、それを売りにしていたが、ソフト関係の会社はそもそも身なりを気にしない女子が多く、更に男の視線が無いということで、みんな社内ではパンツルックだし、スッピン、髪もまとめただけ、などという状態。手入れが楽なようにショートカットにしている子がほとんどである。
 
小夜子は髪はセミロングだったが、普段はお化粧もせずにズボラにしていた。営業で外回りをする時もせいぜい髪にブラシを入れて口紅を塗る程度だったが、新規の顧客を訪問する時はさすがにスカートを穿いてちゃんとお化粧もしていた。しかし、ふだんあまりやってないのでメイクが適当すぎるとしばしば社長(35歳独身・彼氏複数あり)から注意されたりしていた。
 
「あなたね、少し髪もちゃんとセットしようか。パーマでも掛けてきたら?」
 
ふだんは1000円カットの店でちゃちゃっと切っているだけだったが、その日は明日、大きな会社に営業に行くというので、たまにはパーマでも掛けてみるかと思い、会社が終わってから、適当に目に付いた美容室に飛び込んだ。2月も下旬の頃だった。
 
何だか凄くおしゃれな雰囲気。広いフロアに多数の美容師さんが動き回っている。入口にマックナイトのシリアルナンバー入りの版画が掛かっていて洋楽のBGMが流れている。たくさんある椅子は全て埋まっていて、待っているお客さんも10人近くいたが、みんなおしゃれな服を着ている。私、イオンで買った上下合わせて5000円の服なのに!小夜子はここに入ったことを瞬間的に後悔した。
 
しかしすぐに受付の女の子が寄ってきて笑顔で
「こちら初めてですか?」と訊かれる。
「ええ、初めてです」と答える。
 
「ではカルテを作りますので、お名前と生年月日よろしいですか?」
というので、カルテの入力用紙に『松阪小夜子、1984年10月9日生』と記入し、性別は女に○をする。書きながら半ば帰りたい気分だったが、その時、
「あれ、サーヤ?」
という声がした。
 
自分をサーヤと呼ぶ人は数人しかいない(普通はサヨちゃん・割と親しい子でもサヨリン)。びっくりしてそちらを見る。椅子に座ったお客さんにパーマのスティックを巻きながら、長身の女性がこちらを見ている。えっと誰だっけ?と小夜子は10秒くらい考えてから
「まさかアッキー?」
と言った。
 
ちょうど晃はその時対応していたお客さんが終わった後のお客さんはアサインされていないということだったので、晃を指名してカットとパーマをしてもらうことにした。
 
晃は「シニアアシスタント」という肩書きで、まだスタイリストではなく見習いなので、通常はパーマやカラーを担当しているらしいのだが、特に指名があればカットもさせてもらえるらしい。
 
最初に新人っぽい女の子にバックシャンプー台でシャンプーをしてもらい、その後、少し待ってから鏡の前の椅子に案内され、晃が来てカットを始める。
 
「さて、年齢鯖読みさん、どんな感じのヘアスタイルにしましょう?」
「あのくらいの鯖はデフォルトよ。お任せするから可愛くして」
「了解」
 
建前上、見習いがカットする場合はスタイリストがそばに付いていることになっているらしいのだが、晃の技術が高いのでスタイリストの人は隣の客のカットをしながら時々見るだけであった。
 
「でも、こういうシステマティックな美容室って私、初めて」
と小夜子は言う。
「うん。都会ではこういう美容室が多くなったね。まあ美容師側としては少しずつ仕事を覚えていける利点はあるけど」
と晃。
 
「でも、見違えたなあ。。。。いつもそんな格好してるの?」
晃は女物のカットソーを着て膝丈のスカートも穿いている。眉は細くしていてお化粧もしている。お化粧うまいじゃん。私が習いたい、と小夜子は思った。髪もロングで、毛先に軽くパーマを掛けて内側にカールさせたおしゃれな雰囲気。
 
「いや、美容室ってお客さんの大半が女性でしょ。女性のファッションを理解してないとヘアスタイルも理解できないと思って、最初色々女性の服を買って眺めてたんだけど、着てみないと分からないかなと思って、着て出歩くようになったんだよね」
「へー。勉強のためなんだ。でも恥ずかしくない?」
「うーん。恥ずかしかったのは最初の頃だけ。今はすっかり慣れちゃった」
「声も女の子の声だし」
「あ、だいぶ練習したんだよ。出せるようになったら面白くて、最近こちらの声ばかり使ってる」
 
「髪も長いよね」
「うん。大学に入ったらロングヘアにしようと思ってたんだよね。高校3年の12月に切った後は、ずっと伸ばして、この長さになったのは大学4年の時だよ。でもロングヘアのお手入れって大変なんだよね。シャンプーも手間が掛かるし。トリートメントもしっかり。枝毛はマメに切ってるし。パーマは最低限にしてカラーリングもせずに、とにかく髪を傷めないようにしてる」
「うん。すごくきれいな髪だって思った。さらさらしてるし」
「ありがとう」
 
「でも美容師になってるとは思わなかったなあ」
「大学に通いながらバイトしなきゃと思って、最初の頃はファミレスのフロア係してたんだけどね。だけどシフトが複雑で生活が不規則になって体力がもたなくなったもんで、そんな時同級生のお姉さんから土日だけ美容室のアシスタントしない?って誘われて、最初の内はお客さんにお茶を出すのとシャンプー・お流しばかりひたすらしてた。でも美容院での仕事が何だか楽しくなっちゃって、大学卒業してから都内の美容師学校に入ったんだよね」
「それはまた・・・・」
 
「今、美容師学校で勉強しながら、協力関係にあるこの美容室で夕方からと土日に見習いをしてる。ここは閉店が夜11時だから、夕方からでもたっぷりお仕事があるんだよね。それで、前の大学の近くにあった美容室で土日と夏休みや春休み限定だけど3年間アシスタントやってて、実はけっこうカットとかパーマもさせてもらってたから、充分腕があるというので、ここでは最初からシニア・アシスタントにしてもらった。学校卒業して国家試験に通ったらスタイリストにしてあげるよって言われてる」
「へー。凄いね」
 
「アキちゃんは経験7年の私よりカットうまいよ」と隣の席のスタイリストさんから笑顔で声が掛かった。
「おお、凄い」
 

これがきっかけで小夜子は晃とメール交換をするようになった。小夜子の仕事が忙しいし、お互いの休みの曜日が違うこともあり、なかなかメール交換というレベルから先に進まなかったのだが、メール交換が3ヶ月ほど続いた頃(その間に2度晃の美容室にも行った)、とうとうデートの約束をする。
 
しばらく休みも全然無い状態で仕事をしていたので、ちょうど区切りのいい所で有給休暇を消化してと言われて、火曜日に休みを取る。そしてちょっと気合いを入れてローラ・アシュレイの可愛い花柄のワンピースを着て待ち合わせ場所に行ったのだが。。。。。そこで先に来て待っていた晃を見て絶句する。
 
「なんで晃、今日も女装なのよ?」
晃はアニエスベーのモノトーンなブラウスと膝上スカートを穿いている。髪はまとめて可愛いお花のバレッタで留めているし、メイクもバッチリメイクだ。睫毛が長い! 小夜子はお化粧は15分で仕上げて出てきたのに!
 
「え?別に女装はしてないけど」
「男がスカート穿いたら女装だよ」
「そんなことないと思うよ。男性のスカートルックは最近けっこういるよ。秋葉原とかでは普通に見るし」
「あそこは特殊だよ! それにお化粧もしてるし」
「このくらい普通だと思うけどなあ」
「うーん」
 
小夜子は取り敢えず気を取り直して一緒に散歩する。会話をしていると楽しい。ああ、やっぱり自分は晃とは相性いいよなあと小夜子は思った。思えば大学時代に2人、就職してからも1人の男性と交際したが、どうにもフィーリングが合わずに短期間で別れてしまった。
 
午前中街を散歩してアクセサリーのお店を覗いてみる。このイヤリング可愛い!なんて言っていたら晃が「買ってあげようか?」というので、買ってもらった。早速付けると。何だか幸せな気分になってきた。
 
お昼はデパートの食堂街にあるイタリアンレストランでランチのコースメニューを頼む。晃は食べ方が美しい。高校時代から思ってたけど。小さい頃の躾が厳しかったのかなあ。
 
晃がトイレで中座する。小夜子はコーヒーを飲みながらぼんやりとして待っていた。今日・・・・私たちどこまで行っちゃうんだろ・・・・・。やがて晃が戻った時、ふと思って訊いてみる。
 
「ねぇ、アッキー、そういう格好している時、トイレはどちら使うの?」
「どちらって?」
「やっぱり女子トイレ?」
「まさか。僕は男だもん。男子トイレだよ」
「へー。やっぱり男なんだ?」
「女に見える?」
「充分見えるけど」
「そうかな?」
「ねえ、本当に男なのか、確かめさせて」
「え?」
 
ふたりは食事の後、何となく雰囲気で坂を上り、ラブホテル街へ行く。途中のコンビニでおやつと飲み物、それに避妊具を買った。
 
ホテル街まで来ると、何だか派手な外装のホテルが並んでいる。ふたりは「わあ」
などと言いながら見とれていたが、やがて「あ、ここ何となく好きかも」と小夜子が言ったホテルに入った。
 
「ウォーターベッドだ。気持ちいい!」
と言って小夜子はベッドに乗ってはしゃぐ。晃はそれを微笑ましそうに見ていた。
 
「こういうホテルって1度来てみたかったのよねぇ。晃は何度か来たことある?」
「ううん。僕も初めて」
 
「ふふふ。じゃ、脱いでもらおうかなあ。裸になって男なのか女なのか確認させて」
 
晃はポリポリと頭を掻き、カットソーを脱ぐ。下にライトイエローのキャミソールを着ている。へー、という感じで小夜子は見ている。スカートを脱ぐ。
「ガードル付けてたのか」
「付けてないと、アレが立っちゃった時に、やばい構図になる」
「ああ、それは凄くやばいかもね」
 
キャミソールを脱ぐと下にブラジャーを付けている! ストラップレスだったのでキャミ姿を見た時は気付かなかった。
 
「うっそー。ブラまで付けてるの?」
「いや、何となく」
「やっぱり女装じゃん」
「そうかな。最近はブラ付けてる男性もけっこう多いらしいよ。メンズブラというんだよ」
 
「そんな馬鹿な。男がブラ付けてたら変態かオカマだよ。ちなみにブラのサイズは?」
「A75だけど」
「まあ、Eカップとか付けても仕方ないよね。でも可愛いブラだな」
「Aカップ買おうとするとジュニア向けっぽいのが多くて」
 
ガードルを脱ぐ。小夜子も予想していたが女物のショーツを穿いている。しかしあるはずの膨らみが確認できない。
「膨らみが無い。やっぱりおちんちん無いの?私、この際無くてもいいよ」
「いや、下向けてるから」
と言って晃がショーツも脱ぐと、まごうかたなき男性器が姿を現した。
 
「ふーん。付いてたんだ」
「付いてるよ。前にも見てるくせに」
 
ふたりは高校を卒業した日、1度だけHなことをした。但し入れる所まではしなかった。小夜子は入れていいよと言ったのだが、恋人でもないのにそんなことできないと言って晃はしなかった。「恋人でもない」という晃の言葉が耳に残った。
 
「でもあれから5年たってるからね。無くなっていても不思議じゃないし」
「そんな、無くなるもの?」
「最近そういう人多いしね。ほら歌にもあるじゃん。『あの****よ、どこ行った〜』って。あれっていつの間にか消えちゃったんだよね?」
「僕もあの歌の歌詞は謎だ」
「よし、アッキーが取り敢えず男のようだというのを確認した所でシャワー浴びてくる。裸のまま待ってて」
「うん」
 
小夜子はバスルームに入り裸になって思いっきり熱いシャワーを身体に当てる。汗をきれいに流してから、今度は冷たいシャワーを当てて身体を引き締めた。身体を拭いてからドアを少し開け
「ねえ、私お風呂から出るから、ちょっと目を瞑ってて」
「いいよ」
 
小夜子は服を手に持ち裸のままベッドまで行くと、布団の中に潜り込む。
「入ったよ」
「じゃ、僕もシャワー浴びてくる」
と言って晃はこちらに目をやらないようにしてバスルームに入った。ほどなく出てきて、小夜子をじっと見つめた。熱い視線だ。
 
「サーヤ」
「うん・・・」
「好き」
「私も好き」
 
晃はベッドの中に入り、小夜子を抱きしめた。小夜子の脳があっという間に沸騰する。キスする。5年ぶりのキスだ。高校時代の思い出がフラッシュバックする。私たちどうして別れちゃったのかなあ。大学が違ったって、電車で2〜3時間あれば会いに行けたんだもん。付き合い続けることはできたはずなのに。
 
お互いをむさぼるように愛撫した。キスされるのが気持ちいい。乳首をいじられるのが気持ちいい。背中を撫でられるのが気持ちいい。
 
「えっと・・・入れていいんだよね?」
「何を今更。外形だけじゃなくて機能的にも男であることを証明してよ」
「うん」
 
ベッドの枕元に置いておいた避妊具の箱を開ける。装着しているようだ。小夜子は晃の乳首をイタズラしていた。晃が小夜子のあの付近を触って濡れていることを確かめる。そしてあの場所を指で確認して、そっと入れて来た。わぁ。。。。
 
晃は身体が密着するまで深く入れてから、しばらくそのままぎゅっと小夜子を抱きしめ、ディープキスをした。脳が陶酔物質であふれる。小夜子は我慢できずに「早くしてよ」という。晃はゆっくりと腰を動かして出し入れを始めた。少しずつスピードを上げていく。あまり長い距離を動かさず、短い距離の出し入れだが、その短いリズムがよけい脳を強く刺激する。
 
きゃー、何だかこれ気持ちいいよぉ。小夜子は入れられながら晃の背中をずっと撫でていた。キスしようとしたが息づかいが荒いのでやめておく。これって男の人にとっては、けっこう体力使う運動なんだろうなあ。
 
やがて一瞬晃の力が抜けたので「あ、逝ったかな?」と思う。それでも晃はまだ腰を動かしていたが、少しずつペースが落ちてきて、やがて深く入れたままぎゅっと小夜子を抱きしめた。
 

「サーヤ、初めてだったんだね」
セックスが終わってから晃が言った。
 
「あまりもてなかっただけよ。アッキーは経験あったの?」
「ううん。僕もこれが初めて」
 
ふたりは微笑みあってキスをした。そしてそのまま第二戦に突入した。この日は結局延長して5時間滞在し、4回もセックスした。晃自身も男性機能がそんなに強くないと思っていた自分が4回も連続でできたことに驚いた。
 

それから小夜子は毎週月曜日の夜に晃とデートするようになった。小夜子も毎日仕事が遅くまであるので、月曜日の夜22時に待ち合わせて、軽く御飯を食べてからドライブする。それから、晃のアパートに行き、セックスして夜食を食べておしゃべりして一緒に寝る。正直な話、晃とのセックスも気持ち良かったが、それ以上に一緒に寝るのが凄く幸せな気分にさせてくれた。
 
小夜子が毎週外泊するので、母は「彼氏、一度連れてきなさいよ」と言った。しかし小夜子は悩んでいた。だって・・・髪が長いのは美容師だしいいとしてもお化粧してブラジャー付けてスカート穿いてる「彼氏」なんて、親に見せられない!
 
「ねえ、背広とかは持ってないの?」と小夜子は晃に訊く。
「そんなの持ってないよ。着る機会も無いし」
「もしかして男物の服、全然持ってないとか?」
「そうだなあ。僕あまりパンツ好きじゃないからスカートばかりだし」
うーん。これは重症だ。
 
「ねえ、私男物の服、買ってあげるから、ちょっと男装してみてよ」
「えー!?」
 
小夜子は翌朝(火曜日)、会社に電話して今日休ませて欲しいと言い、晃と一緒に街に出て、ユニクロで男物のパンツとワークシャツを買った。出がけに晃がお化粧しようとするのをやめさせ「すっぴんは恥ずかしいよぉ」などと言うのを無理矢理そのまま引っ張って出て行った。髪もお団子にまとめさせていた。
 
試着室を借りて買った服に着替えさせてみる。
 
うーむ・・・・と小夜子は困ってしまった。男物の服を着せたのに女にしか見えない!
 
「取り敢えず今日はこれでデートしよう」
「なんか、こんな格好恥ずかしいよぉ」などと情けない声で言っているが黙殺。
 
そのままお昼を食べに行ったが、何だか落ち着かないそぶりだ。
小夜子はまじめな顔で言った。
 
「ねえ、お母ちゃんから、彼氏を連れて来てよと言われてるのよ。何とか恋人の親に会える程度の格好にできない?」
「うーん。自信無い。僕もう3年以上男物の服着てないし。今も何だか凄く変な気分で」
「私のこと嫌い?」
「好きだよ」
「じゃ、ちょっと頑張ってよ」
「うん。じゃ、頑張ってみる」
 
その日、昼食後晃は小夜子と一緒にスーパーの紳士服売場に行き、あれこれ悩みながらいくつか服をチョイスして買い、自宅に持ち帰った。男物のトランクスとシャツも買った。
 
自宅に戻り小夜子と一緒にいろいろ着てみる。どうも普通に男を装うより、中性的な路線を目指した方が、何とかなることが判明した。
 
「BUCK-TICKのあっちゃんとか、西川貴教とかの路線を目指してみようよ」
「ああ、あのくらいなら何とかなるかも。SHAZNAのIZAMとか?」
「IZAMじゃだめ!女にしか見えないじゃん」
 
今日買ってきたワークシャツやポロシャツを着せてもどうにも変なのが、かえって元から持っていたレディスの少し中性っぽいブラウスを着せて髪もお団子をほどきふつうにロングにして、その代わり眉毛を少し太く描き、キリッとした顔をして、斜め35度くらいの方角から写真を撮ったら《男と言われたら男に見えるかも》と思える程度の写真になった。
 
「バンコラン路線だなあ。よし、とりあえずこの写真を母ちゃんに見せよう」
「ごめんねー。僕、全然男らしくなくて」
「ううん。アッキーは凄く男らしいと思うよ」
 
普段一緒に歩いている時、晃がさりげなく小夜子をしっかりガードしているのをいつも感じていた。食事のメニューなど決める時も素早い。深夜営業のスーパーやコンビニで一緒に買物などすると買い方が豪快。一度街を歩いていて、ちょっとチンピラっぽい男に絡まれそうになったら晃が毅然とした態度で接したので、向こうが
「済みません。どちらの姐御でしたでしょうか。申し訳無いです」
などと言って、逃げていった。『姐御』には少し引っかかったが。
 
その件を後で聞いたら
「ああ、気合いじゃ負けないよ。ダテに剣道三段は持ってないから」
などと晃は笑っていた。
 
そうだった。小夜子は高校時代、剣道で晃が連戦連勝するのを憧れの目で見ていた。
 

晃を男らしく見せる大作戦は毎週続いていたが、瞬間的に男かもと見える時はあっても、普通に会話したり食事をしている時は、やはり女にしか見えないし女の子と話している感覚になってしまう。それに一晩一緒に過ごし、朝になるといつも晃は可愛い服を着ている。洗顔し化粧水と乳液でスキンケアをしっかりしてから、朝ご飯を作ってくれて、小夜子を最寄り駅まで送っていく時は、ふつうにスカートルックである。
 
それはそれで可愛いし、晃と話していると楽しいし、晃の手料理も美味しい。晃と付き合い始めてから小夜子はお化粧もよくよく教えてもらい、社長からも「だいぶ上手くなったね」と褒められていた。
 
しかし・・・小夜子はやはり晃に「男である」ことも求めてしまった。
 
そしてある日とうとう小夜子は爆発してしまった。
 
「どうしてこんなにアッキーって女らしいのよ。私、男の子のアッキーと付き合いたいのに」
「ごめん。僕はそういうサーヤの期待には応えきれないと思う」
「そうなの? じゃもう私別れる」
「僕はサーヤが好きだよ」
「好きなら男になってよ」
 
しばらく沈黙が続いた。
 
晃は黙ってバッグから調髪用のはさみを取り出すと、自分の長い髪を切った。かなり短くなってしまった。
 
「これで少しは男になれる?」と晃は訊いた。
 
小夜子は晃がとても大事そうにしていたその長い髪をまさか切るなんて思いもよらなかったので、自分がどうしたらいいか分からなくなってしまった。
 
「もう嫌い!」
そう言い残すと、小夜子は晃のアパートを飛び出して行った。
 
晃はどっと疲れたかのように椅子に座り込み、自分が切ってしまった髪を手に取って小夜子が出て行った扉を見つめ、涙を流した。ふと棚の上に置いていた箱にも視線が行く。
 
来週、小夜子の誕生日なので渡そうと思ってパリに住む友人に頼んで買ってもらい日本に送ってもらっていた、カルティエのネックレスであった。
 

それから5年がたった。
 
小夜子はその後も何度か短期間男性と付き合うことはあったが、一度もセックスする所までは辿り着かなかった。デートしておしゃべりしている時、いつの間にか目の前の彼を晃と比較している自分に気付くことがあった。
 
晃ならもっと優しいのに・・・・
晃ならもっと男らしいのに・・・・
晃ならもっとセンスいいのに・・・・
晃ならもっと楽しい話をしてくれるのに・・・・
 
小夜子の携帯で、晃の携帯の番号は0番に登録していた。ボーイフレンドができても、機種変更してもそれは一度も変えなかった。晃にはいつでも掛けようと思えば掛けられる。でも小夜子は晃と別れてから1度もその番号に掛けることは無かった。
 
そんなある年の10月の金曜日、小夜子は大口の仕事をライバル会社との競争を制して受注することに成功した。受注額は年間6000万円である。小夜子も社長も取れるとは思っていなかったので大喜びでその日は軽く祝杯を挙げた。「増員しないといけないね」などと社長と話したりしながら9時近くまで飲んで別れる。
 
何となく夜風に吹かれながら夜の街を散歩している内に酔いは醒めたが興奮はまだ冷めない。うーん。誰かとセックスでもしたい気分だな、と思って、ふと晃のことを思い出す。晃・・・私に振られてショックで性転換でもしちゃったかな・・・・などと変な想像もした。1度電話でもしてみようか。。。。
 
そんなことを考えながら歩道橋を渡っていたら、下を走る車のヘッドライトが何だか美しい。小夜子は足を止めて歩道橋から下を眺めていた。
 
その時、誰かに突然乱暴に抱きしめられる。
 
心の中で『きゃー』と悲鳴を挙げたものの声も出ない。完全に無防備だったので、身体が全く反応しない。小夜子が何をすべきか慌てて考え始めた時、小夜子を抱きしめた人物が言った。
「早まっちゃいけない。生きてれば何とかなるものだから」
『はあ?』
小夜子は訳がわからずに周囲を見た。
「ねえ、君少しゆっくり話そう」
 
小夜子はどうも自殺志願者と間違われたようである。少し離れた所に人が2人ほどこちらを見ていたし、歩道橋の下には凄い人だかり!
 
「違います。私死んだりしないから離して」
「大丈夫?」
「ただ、夜景を見ていただけです。自殺じゃないです」
「ほんとに?」
といってこちらを心配そうに見るこの人・・・あれ、この人は?
「アッキー?」
「あれ、なんだサーヤだ。久しぶり」
「うん、ほんと久しぶりね」
 

結局晃に促されて一緒にその場を去り、近くのファミレスに入った。
 
ファミレスでオーダーをしている晃を見つめて小夜子は『会いたいと思っていた時に、ビンゴ会えるなんて、やはり私、この人と赤い糸なのかな』などと思った。でもさすがにいきなり『セックスして』とは言えないよなあ。今日はとってもしたいのに。
 
小夜子はわざと突き放したような視線で晃を眺めて言った。
「もう性転換しちゃったの?」
「なんで〜? そんなのする訳無い。僕は男だよ」
 
しかしそう答える晃の声は可愛い女声である。声だけ聞くと22-23歳の女の子にしか思えない。私、晃のこの声も好きだよなあと小夜子は思った。
 
「でもそうやってると、完璧に女の人にしか見えない」
「うん、そう思われるのには慣れてるから、そう思われても気にしない」
「まあ、個人のファッションの感性は自由だと思うよ。もう私も関係無いし」
 
ああん。私の馬鹿〜。今でも好きだって言えばいいのに。でもまだ性転換してないんだったら、セックスできるな・・・・しかし晃ったら何て美人なの?
 
晃は白いブラウスに黒いフレアースカート、モスグリーンのカーディガンを着ている。髪は以前付き合っていた時より長い。あの時切っちゃった髪がこれだけ長くなったのね。ここまで伸びるのに3年は掛かったんじゃないかな、などと小夜子は考えた。
 
やがて注文した料理が来る。ピザにホットチキン。あ、ホットチキン大好き。と思って取って食べる。そういえば少しお腹空いてきたな。社長と飲んだのが8時頃だからもう3時間以上たってる。私3時間もどこを歩いてたんだろ。
 
「でもサーヤ、しっかり美人になってる。彼氏いるの?」
「ありがと。恋人はいないけど、アッキーとまた恋人になるつもりはないから心配しないで」
 
また私の馬鹿〜。ずっと好きだったのに。なぜ今日はこんなに私って素直じゃないんだろう。こんな会話してたら、このまま『じゃ、また。さよなら』になってしまいそう。などと思いながら、お腹が空いてきたのでピザを食べる。
 
「でもアッキーも随分美人になったんじゃない?」
「ありがとう。メイクの技術上がったと思うし。それとボクもしばらく恋するつもりはないから大丈夫だよ」
 
ふーん。。。。じゃ取り敢えず今恋人はいないのかな。
 
「お客さんのメイクとかもするの?」
「するよ。若い女の子向けにミニ・メイク教室とかやったりもしてるよ」
「へー」
「まあ少人数の美容室だから、そういう仕事もやらせてもらえるんだろうけどね」
「ああ、前の美容室やめたのね」
 
「うん。あそこでは一応シニア・スタイリストまで行ったけど、大手は基本的に分業方式だからね。ひとりのお客さんの、髪を切る人、シャンプーする人、パーマ掛ける人がぜんぶバラバラ。どうかすると左右で別の人がパーマ掛けたり。それでは『その人の髪』に責任を持てないと感じて、マンツーマンで、ひとりのお客さんの髪について全部ひとりの美容師が担当する方式の所に移ったんだ」
「へー」
 
小夜子はウェイトレスが持って来たケーキを自分の傍に引き寄せ食べ始める。続けてお汁粉も来たので、一気に飲み干す。うーん。甘いもの最高!
 
「おかげで、ここではメイクとか着付けとかもさせてもらえる」
「着付け?相手は女性よね」
「一応、30歳未満のお客さんは全部女性の美容師さんがする方針。30歳以上のお客さんで、ボクでもいいという人を担当してる」
 
「でもアッキーだと、半分くらい女の同類かも知れないから、いいのかもね」
「うーんと・・・・そうだ!」
 
「何か?」
「唐突だけど、サーヤさ、着付けの検定のモデルとかやってくれないかなあ」
「検定のモデル?」
「実は今年から着付けの国家試験ができたんだ。筆記試験は既に通って12月に実技試験があるんだけど、これが人間のモデルに振袖の着付けをしないといけないんだ」
 
おお、素晴らしい。これで晃としばらくつながりができる!
 
「12月か。まあいいよ。私とアッキーの仲だしね。有休とってモデルしてあげる」
「助かるよ、頼めるような女の子がいなくて、どうしようかと思ってた。それで検定前にもできたら練習で着付けさせてもらいたいんだけど」
 
「練習・・・・どのくらいの頻度で?」
「できれば毎週1回くらい。検定の前の数日間は可能なら毎日」
「毎日!?」
 
それは素敵だ!ラブチャンスじゃん、と思ったものの、顔には出さないようにして素っ気なく返事をする。
 
「・・・・まあ試験だしね。いいよ。そうだ、今からうちに来て、ちょっと着付けしてみてよ」
「今から?夜中だけどいいの?」
「ためらうような仲でもないしね」
 

そういう訳で、小夜子は深夜、晃を自宅まで連れて行った。母はまだ起きていた。
 
「おかえり。随分遅かったのね」
「うん。でもお友達と一緒だったから大丈夫。今夜泊まってもらうから」
「あ、すみません。お邪魔します」
晃は慌てて小夜子の母に挨拶した。
 
「あら、美人のお友達ね」と小夜子の母がにこやかに言った。
 
小夜子は晃を自分の部屋に連れて行き、いちばんお気に入りの振袖を晃に着付けさせた。途中で母も様子を見に来て、晃の着付けを見、満足そうな笑みを浮かべる。
 
「あなた、腕力があるのね。しっかり締まっている」と小夜子の母。
「ありがとうございます。でも着付けは全身運動ですね」
「お母ちゃん、アッキーは剣道やってたから腕力あるんだ」
 
「へー。それは凄い。日本の伝統武道を嗜む大和撫子なのね。でもふくら雀がきれいにできてること。ふんわりして形が上品。私もこんなにきれいには作れないわ。さすがプロね」
 
あ、お母ちゃん、晃を気に入ったみたい、と小夜子は思った。でもお母ちゃん、大和撫子なんて、晃のこと女の人だと思ってるよね。そうだなあ、いっそのこと女友達で押し通しちゃおうかなあ。どうせ晃も女の子になりたいんだろうし、などと小夜子は考えた。
 
母が下がったあと、晃は小夜子の求めに応じて記念写真を何枚か撮り、今度は着物を脱がせていった。終わったのはもう4時近くだった。
 
「えへへ。久しぶりにこれ着たし。mixiの日記に載せちゃおう」
「サーヤ仕事は?」
「私は土曜日はお休み」
「ボクは9時半にはお店に出ないと。余ってる毛布とかあったら、恵んでくれる?部屋の隅で寝るから」
 
「あら、ベッドで一緒に寝ましょう。セミダブルだからふたりで寝れるよ」
「え、だって」
「遠慮する仲でもないでしょ?あんな所まで舐めあったことのある仲だし」
「あのねぇ・・・」
 
「Hはしないよ。我慢できるよね」
 
小夜子はこんなことを言っておいてベッドの中で誘惑しちゃおうという魂胆だった。
 
「我慢も何も、純粋に睡眠を取りたいから」
「じゃ、一緒に寝よう。私パジャマに着替える。私ので良ければパジャマ貸すよ」
「うん、助かる」
晃は小夜子のパジャマを借りると手早く着替えてベッドに潜り込み奥の方で丸くなって眠り込んだ。
 
「アッキー」と小さい声で呼びかける。
 
が反応が無い! えーん。もしかしてもう眠っちゃった? せっかくベッドまで連れ込んだのに。眠っちゃったらセックスできないじゃん!!
 
でもいいかな・・・・毎週連れ込めるなら、そのうち籠絡できるよね。小夜子はそんなことを考えながら、晃を愛おしい視線で見ていたが、やがて自分もベッドに潜り込み、晃の額に軽くキスするような真似をする。そして少し離れた位置で目を閉じ眠りの世界に入っていった。
 

その後、晃は毎週水曜と土曜の夜に小夜子の家を訪問し、着付けの練習をさせてもらうことになった。水曜は晃も早番だし小夜子もノー残業デーなので早めに始めて終電前に終わり自分のアパートに戻るが、土曜日は遅くなるのでそのまま泊まっていくのを常にした。泊まる時は小夜子のベッドに一緒に寝たが、ふたりの間には何も起きなかった。
 
小夜子は一度裸で先にベッドに入り、いたずらっぽい視線で見つめたりしたが、晃は困ったような顔をして「ちゃんと服着ないと風邪引くよ」と言い、軽く頬にキスしただけで、壁のほうを向いて寝てしまった。自分に魅力や欲情を感じないから何もしなかったというより、自分を大事にしてくれるから何もしなかったというのを、小夜子は晃の優しいキスで感じ取った。
 
小夜子もそういう関係を続ける内に、自分たちは「女友達」という関係の方がいいのかも知れないという気になってくる。それである時言ってみた。
 
「ねえ、性転換手術の費用無いんだったら、私出してあげるよ」
「いや、なんでそうなるの。ボクは男だし、女になりたい訳じゃないから」
「性転換手術までしなくても、去勢して女性ホルモン飲むだけでもかなり女らしいボディになれるんじゃない?」
 
「そんなのしない。ボクは単に女の子の服を着るのが好きなだけだから」
「本物のおっぱいとか自分のものにしたくない?」
「ないない。一応、ボクも可能なら将来女の人と結婚して子供も作りたいし」
「私、産んであげようか?」
「はあ?」
「アッキーの子供を私が産んで。そうねえ、2人くらい子供作ったら、スパッとおちんちん取っちゃうとか」
「なぜ取る必要がある?」
 
「私レズになってもいいよ。アッキーは女の人としても充分適応していけると思うし、というか事実上既に女になっちゃってる気もするしね」
「そうかなあ。。。。でもさ」
「うん?」
「ボクとサーヤって、子作りというかHしない関係の方がうまく行きそうな気がする。まだ先のことは分からないけど、当面『女友達』でいない?」
「うん」
 
小夜子はまじめな顔に戻って頷いた。やっぱりそうなのかも知れないな、という気もする。5年前に恋人として付き合っていた時は、晃の女装がストレスだったのに、今回はセックスもせずにほんとに「女友達」状態で付き合っているが、ふたりの関係はとても順調だし、何もストレスがなくて、晃と一緒にいることが純粋に楽しい。
 
「でもさあ、私達が恋人に戻らないとしたら、私が他の男の人と結婚しても平気?」
「ショックだけど、受け入れるよ。君が選ぶほどの人なら」
「ふーん。やはりショックなんだ」
「そのあたり、あまり突っ込まないで欲しい」
「うふふ」
 

検定前の一週間は晃は小夜子の家に寝泊まりしてたくさん練習をし、そこから美容室にも通うようにした。小夜子の母は歓迎な様子で「なんでしたらずっと居てくださってもいいのよ」などと言っていた。
 
しかし検定が終わってしまうと、晃は当然来なくなる。小夜子はイライラする気分だった。
 
「あきらさんはいらっしゃらないの?」と母から訊かれる。
「だって試験終わったし」と小夜子。
「別に試験と関係なくてもお呼びすればいいのに。友達呼ぶのに理由なんて必要?」
「あっ」
「あなたたち、ほんとにのんきね。私をいつまで待たせるのかしら」
「え?」
 
「あきらさんと、あなた以前交際してたでしょ。もう随分前だけど。写真見せてくれたじゃない」
「よく覚えてたわね。。。。結局うちに連れてきたことなかったのに。あれ?お母さん、彼女が男の子と分かってた?」
 
「そりゃ分かりますよ。仲直りして復縁したのかと思っていたのに」
「いや、アッキーとは恋人として戻ったんじゃないの。あくまでお友達」
「普通のお友達には見えないわね。あなたが彼女を見る目は恋をしている目だし、彼女があなたを見る目も愛おしむような目だし」
「お母さん・・・・・」
 
「電話したら?」
「お母さん、私・・・・・・あきらと結婚してもいい?」
「あなたがいいのなら、お母さん反対しないわよ。まあちょっと変わった子だけど、いい子だもん、あの子。私けっこう気に入っちゃった。娘も30すぎたら、早く片付いて欲しいしね」
「私まだ30になってないけど」
などと言いながらも小夜子は携帯のアドレス帳を開き、先頭にある晃の番号に掛けた。
 

その晩、晃がやってきたのは22時過ぎだった。
「ごめん。遅くなって」
「ううん。急に呼び出しちゃったし。あ、ごはん食べた?」
 
などといって二人は一緒に遅い夕食を取った。
 
「ねえ、来週はクリスマスじゃない。イブから2日越し、一緒に過ごさない?」
「ごめん。クリスマスは書き入れ時で。イブも当日も予約いっぱい」
「うーん、仕方ない。その翌週は?」
「31日は17時で閉店で、1日から4日まではお休み」
「じゃ閉店したあと、ふたりで4日まで」
「そんなに長時間何するの?」「ゆっくり話したいの」
 
「まあいいよ。ボクも少しゆっくり話したい気はしてた」
「今夜もちょっとだけゆっくり話せるよね」
「うん泊めてよ。でも2時に寝る。明日も朝から仕事だから。年末お客さん多くて」
「あ、私もパーマしようかな。してよ、アッキー」
「営業時間外にずれ込んでもいいなら予約ねじ込むよ」
「じゃ24日の最終予約を」
晃は苦笑した。「いいよ。そのあとミニデートね」
「うん。本番は年末年始」
 
ふたりは食事の後小夜子、晃の順でお風呂に入り、小夜子の部屋に入った。小夜子はベッドの中で待っていた。
晃は少し困ったような顔をして自分もベッドに入った。
小夜子は裸だった。
「アッキーも服脱いで」「いいよ」晃は素直に服を脱いだ。
小夜子は抱きついてきたが、晃は拒否しなかった。
 
「私、アッキーに謝らなくちゃ」「え?何を?」
「アッキーに性転換しないの?とか、ホルモンしないの?とか、勝手なこと言って」
「言われ慣れてるから気にしないよ」
「私さ、以前恋人として付き合った時より、今回ほんとに女友達同士の感覚ですごした2ヶ月間のほうがずっと楽しかった」
「それはボクも。ボクはやはり普通の男の子みたいには振る舞えないしね」
「それでさ、アッキーがいっそ本当の女の子になってくれたら、ずっと女友達のままでいられるのにとか思って、だから女にならないの?とか言っちゃったのかなと反省して」
「・・・・・」
 
「でもアッキーはアッキーなんだよ。無理にアッキーを男か女かに分類しようとするのが間違い。私とアッキーは仲良く付き合っていける。でも私がアッキーを男として捉えようとしたり、逆に女として捉えようとすると、無理が来ちゃうんじゃないかな。だからもう私、アッキーのこと、男だとか女とかいった分類はせずに、アッキーのあるがままの姿を私は受け入れることにする」
 
「ありがとう。僕自身、正直なところ性別意識が結構揺れてる。5年前にサーヤと付き合った時は少し男らしくしないといけないかなと思って無理しちゃった所があったかも。逆に最近は何となく職場でもサーヤの前でも女を演じすぎていた所があるかも知れないけど、実際問題として100%女になりきれない自分もあるんだよね。もっとも、心理的には7-8割は女かなという気はするんだけど。電車の定期も女で登録してるし」
 
「でさ」
「うん」
 
「そういう男とか女とかいう枠組み外して、私アッキーのこと好き。男女の恋人として好きとか、女友達として好きとか、そういう枠組みではなくてアッキーという人そのものが好き」
 
「ボクもサーヤのこと好きだよ。自分が男か女かは置いといて」
 
「じゃ結婚しよう」「え?」
「好きなら結婚できるよね」「・・・・・」
「別に無理に『夫』を演じなくてもいいから。ふつうにしてくれて、ただ一緒にいてくれればいいの」
「ボクもそれしかできないよ」
小夜子は晃に熱いそして長いキスをした。
 
その日、ふたりは5年ぶりのセックスをした。それはお互いの存在と位置付けを確かめ合うかのようなセックスだった。
 
「世の中には七夕カップルとか、オリンピック・カップルとかいるらしいけど、私たちオリンピックより周期長いね」
「でもこれからは、ずっとカップルでいようよ」
「うん。デイリーカップルだよね」
 
翌朝、晃は小夜子の母の前で自分は戸籍上男であることをきちんと言い、また自分の生活スタイルはたぶん変わらないと言った上で、それでも小夜子を愛しているので、できたら結婚させて欲しいと五十鈴に申し入れた。
 
五十鈴は快諾した。
 
晃はまた実家の母にも電話して、近い内に結婚するつもりであることを言った。母は「おめでとう! 相手は男の人?」などと訊いた。
 
「えっと、女の人だけど」
「あら?アキ、男の振りして騙したの?」
「騙してないよ。ボクはいつものボクだよ」
「それで結婚してくれるなんて、凄い奇特な人だね!大事にしなきゃ」
 
途中で電話を替わった小夜子は
「晃さんの女装癖は承知の上で結婚しますから」
などと言い、母に感激されていた。
 

クリスマスイブ。小夜子は会社が終わるとケーキを買ってから晃の美容室に行きパーマを掛けてもらった。そしてお店が終わるのを待ってから一緒に遅いディナーを取った。
 
「そうだ。これプレゼント」と言って晃は小夜子にリボンの掛かった箱を渡す。
「わ、何だか重い。それにこの箱ってカルティエ!・・・・開けていい?」
「うん」
「すごーい。豪華なネックレス」
「パリの本店でしか売ってないネックレスだよ。パリに住んでる友人に頼んで買って送ってもらったんだ」
「へー。でも私たち恋人になったの6日前なのに。よく間に合ったね」
小夜子は早速そのネックレスを付けてみた。
 
「実はさ、それ5年前に渡しそこねたの」
「えー!?」
「5年前にサーヤとケンカしちゃったの、サーヤの誕生日直前だったじゃん。誕生日のプレゼントにこれ渡して、それでプロポーズしようと思ってたんだよ。今回リボンは新しいの買ってきて自分で結び直した」
 
「わあ、私ってなんてもったいないことしたんだろ。どうせなら誕生日過ぎてから別れたら良かった。でも渡しそこねたんなら、郵送してくれても良かったのに」
「それはさすがに押しつけがましすぎる。渡すのに5年掛かっちゃってごめんね」
「ううん、ありがとう」
と言って、小夜子は素早く晃にキスをする。
 
「サーヤも初デートの時に買ったイヤリング付けてきてくれた」
「えへへ。これもありがとう。私買ってもらってばかり」
「ううん。サーヤからはたくさん愛をもらってるからいいんだよ」
「アッキーからもたくさん愛をもらってるよ」
 
「でも以前付き合ってた時はクリスマスを1度も一緒に過ごせなかったね」
「なんかタイミング悪かったよね。高1の時はボクが風邪引いてて、高2の時はサーヤが風邪引いてて」
「高3の時は、アッキーの家が引っ越しの真っ最中」
 
晃の一家は晃が高校3年の時に北海道に引っ越してしまった。12月24日は突然の辞令を受けて、その引っ越しを大慌てでしている真っ最中だった。晃は大学受験を目の前にしていたので、その後受験まで、高校の先生の家に居候させてもらったのであった。
 
「そして5年前は10月に別れちゃったしね」
「あれは、やっぱり私が悪かったわ」
「ううん。僕の思いきりが悪かったんだよ。もっと早く髪を切ってたら、もう少し男っぽく振る舞えたかも」
「あの、髪切っちゃったあと、どうしたの?」
「半年くらいウィッグ付けてた」
「ショートカットで過ごしたんじゃないんだ?」
「それは恥ずかしいよ」
「やっぱりアッキーはアッキーだな」
と言って小夜子は笑った。
 

ふたりは3月22日(火曜日)に神社で結婚式を挙げ、小夜子の叔母のビストロで食事会をすることを決めた。
 
招待客は、晃の親族が母・妹・叔母、小夜子の親族は母とビストロのオーナーとその娘さん以外には、父の妹と娘さん、母のもうひとりの妹と娘さんで親族関係は合計10人、晃の美容室の同僚が7人、小夜子の会社の同僚が7人、そして晃と小夜子の高校時代の同級生(女子)3人、で友人関係が合計17人。出席者は新郎新婦を入れて29人となった。
 
出席者は全員女性。ついでに新郎新婦まで女性である。晃は知り合いのニューハーフさんから神奈川県のK神社で同性の結婚式もあげてくれる、と聞き込み、その神社に電話で自分たちの状態を説明して、そういうカップルでも構わないという確認をもらい、結婚式の予約を入れた。3月22日に予約したのは、予約がかなり先まで埋まっていたものの、直前にちょうど1件キャンセルがあったらしく、偶然空いていたためである。火曜日というのも美容室が休みで都合が良かった。
 
そして小夜子の叔母にもその日の貸し切りをお願いしたのだが・・・・・
 
(晃が)予期せぬ自体が発生した。
 
お正月早々に小夜子の妊娠が発覚したのである。
 

「ごめんねー。コンちゃんの付け方が悪かったのかなあ」と晃が謝る。
「ううん。どうせ3月には結婚するんだから問題無い」
「だけど3月に結婚式したら、ちょうどつわりのひどい時期だよ。妊娠してしまった以上、すぐにでも入籍しよう」
「えー!?」
 
小夜子は実は確信犯だったので(先月18日は自分の排卵期に当たることを承知でコンドームに針で穴を開けておいた)、落ち着いていたのだが、晃の方はこうなった以上、速やかに入籍しようと言って、1月24日(月曜・友引)に繰上入籍することで、小夜子の母と話を付けてしまった。
 
結婚式についても、3月に予約を入れていた神奈川県のK神社はキャンセルしたので、いったんは神社での式を断念して人前結婚式で挙式しようかとも言っていたのだが、晃が埼玉県内の神社に絨毯爆撃方式でひたすら問い合わせた所、E市のH神社が、男性と女性の式であれば、衣装がふたりとも花嫁衣装でも構いませんよと言ってくれたので、偶然にも入籍予定日の翌日25日(火曜・先負)の午後に空きがあったので、そこで式を挙げることにした。
 
また晃は小夜子を連れ出して都内の宝石店に行き、ダイヤのエンゲージリング(プラチナ)と、お揃いの18金のマリッジリングを購入した。左手薬指にエンゲージリングを付けた小夜子は、何だか夢でも見ている気分だった。
 
そして、更に晃は早々にアパートを引き払って、小夜子の家に同居し始めたのである。晃の実行力が高いことは小夜子は認識していたつもりだったが、こんなにスピーディーに物事を進めるのには正直驚いた。そして、小夜子があれ?あれ?あれ?などと思っている間に、いつの間にか事実上の新婚生活がスタートしてしまっていて、ふと気付くと、もう来週は入籍の日ということになってしまった。
 
「まだうちの実家に挨拶に行ってなかったでしょ?だから今週北海道まで行って来よう。3人分、チケット取ったから」と晃。
「3人?」
「うん。ボクとサーヤとお母さんと」
「あらあら」と五十鈴は笑っている。
 

3人は金曜日の朝の飛行機に乗って北海道の晃の実家を訪れた。実家とは言っても実は晃はここで暮らしたことがない。晃は生まれた時から高校時代までずっと埼玉にいた。親の方が高3の時に北海道に転勤で引っ越してしまった。その後、晃はずっとひとり関東に居座っているのである。実家に来たの自体が7年ぶりである。
 
3人が実家を訪れると、晃の母は
「こんな変態息子を『もらってくれて』ありがたい」
などと言っていた。
もう何年も晃と口を聞いていなかった父まで
「いや、わざわざ遠い所済みません。お腹の赤ちゃんは飛行機大丈夫でしたか?」
などと小夜子を気遣う。
 
父は奄美の出身で向こうにはあまり親戚もいないのだが、母は元々北海道の出身なので、こちらには近くに母の親戚がいる。それで、3人が行った翌日は親戚が集まってきて、実質お披露目のような雰囲気になってしまった。晃の妹が手配して仕出しまで頼んである。
 
その日は晃も小夜子もこの日だけマリッジリングを付けて(小夜子はエンゲージリングと重ねて付けて)持参した京友禅の振袖を着た。小夜子のお気に入りの振袖の中から晃が『月風』、小夜子が『雁楽』という作品である。ふたりの振袖を見た親戚のおばちゃん達は
「凄い豪華な振袖」
「きれーい」
「刺繍が美しい」
などと言った後で
「でもなんでアキちゃんまで振袖着てるの?」
「そうそう。何だか似合ってるけどさ」
などと訊かれる。
 
「済みません。ボク変態なんです」と晃。
「あら、女の子みたいな声になっちゃってるのね。性転換しちゃったの?」
「いえ、性転換はしてないですが、勤め先でもほぼ女扱いで」
「へー。知らなかった。でも最近そういうの多いし、いいんじゃない?」
「こんなに美人になるんなら、それもいいよね」
と、みんな晃の「生態」を受け入れてくれた。みんなからご祝儀も頂いてしまった。
 
従姉妹たちの中で2人が東京に出てきた時に女装の晃を見たことがあったので
「ますます女らしくなってるね」
などと言われる。
 
「あり・あり・なし?」とひとりの従妹に訊かれる。
「いや、なし・あり・ありだよ」と晃が答えると
「なんだ。つまらん。さっさと手術すればいいのに」などとも言われた。
 
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【Les amies 結婚式は最高!】(1)