【女子社員ロッカー物語】(下)

目次
 
俺は大学の4年間、ひたすらロックをしていた。就活も忘れるくらいに。それで卒業後仕事を探すのに、長い髪のまま職安に行ったら女と間違えられて、紹介された会社でも女と思われて採用されて、俺は女子制服を着て勤務し始めた。
 
俺は最初その制服が女子用ということに気付いていなかったが、俺が男子トイレに入ろうとしていた所を先輩に見つかり、騒動になる。で、結局男子枠は定員が満ちていて女子の人数が少なくて困っていたからということで、結局、俺はそのまま女子制服を着て勤務し、電話応対や接客などをすることになってしまった! 
更にその状態で1年ほど勤務している内に全国の営業社員の研修会があるというので行かされたら、それは女子社員の研修会だった! お陰で俺は女の服を着せられ、ついノリで豊胸手術もしちゃって、他の地区から来た女子社員と温泉の女湯で親睦を深めることになってしまった。
 
研修が終わって戻って来てから、外回りしていたら会社から電話が掛かってきて、高木慶子さんという人が《井河比呂子》に会いに来ていると言われる。研修先で親しくなった人だったが、彼女はなんと会長の孫娘で関西総本部長の肩書きを持っていた。
 
彼女が俺を女と思い込んでいるので、俺は急遽女の服を着て彼女に会うことになる。そして彼女は俺に、こちらに少数精鋭の女子営業部隊を作りたいという計画を打ち明け、結局、俺と俺の先輩の山崎さん、上司の麻取さんが参加することになる。
 
それで俺は「女子社員だけで構成する」戦略的営業センター(SSC)の営業課長の肩書きをもらい、毎日女性用ビジネススーツを着て、お化粧して通勤する日々を送ることになってしまったのであった。
 

最近とっても多い「女の子になりたい男の子」だったら、こんな環境大喜びなんだろうけど、俺はあいにくそんな性向は無い。でも順応性があるおかげでこんなOLライフを日々こなしていた。
 
戦略的営業センター(SSC)は年明けのオープンだったので、俺は先輩の山崎さんに勧められて、年内にヒゲと足の毛のレーザー脱毛を受けた。それまでは女子の制服を着ているといっても、オフィス内の全員が、俺が男だというのは承知だったので、ヒゲも適当に剃って処理していたが、本格的に女子社員として勤務するなら、きちんと処理した方がいいと言われた。レーザー脱毛の施術料は会社の雑費で処理してくれた。しかしこれ受けた直後は、とても人前に出られない感じで会社も一週間休ませてもらってアパートに引き籠もっていた。
 
お化粧もこれまでたまにすることがあっても適当だったのを、山崎さんとふたりでメイク講座に通って少し勉強した。山崎さんも、ふだんお化粧するといっても口紅付けるくらいという人だったので、ふたりとも鍛えられた。
 
「だけど、ひろちゃん、おっぱい大きくしてるのね?」
と山崎さんには指摘された。
 
「あはは。ちょっとノリで大きくしちゃった」
「その内、下の方も取っちゃうの?」
「私、そういう趣味は無いですよー。一応健全な男子のつもりだし、そのうち普通に女の子と結婚したいですー」
 
「おっぱい大きくしてたら、女の子と恋人にはなれないと思うけど」
「ですよね。困ったな」
 
「いっそ女の子になる手術を受けて、男の人と結婚したら? 今戸籍の性別も変更できるんでしょ?」
「らしいですね。凄い時代になったもんだ」
「別におちんちんは無くてもいいんでしょ?」
「要ります! 無くしたくないです」
「ふーん」
 

俺は営業して回るのは嫌いではないので、仕事自体ではストレスは無かったが、やはり女装して1日を送るのでは結構なストレスがあった。
 
それで、帰宅すると俺は男の服に着替えて、ちょっとHな写真やビデオでも見て、快楽をむさぼるのを日課にしていた。男の服で出歩かないでなどと言われてたので、コンビニとかに行く時はジャージやスウェットの上下などに着替えていたが(客層ボタンはだいたい赤い方を押されていた。あはは)、戻るとまた男の服に着替えて、ちょっと遊んだりしていた。
 
それでもストレスがたまって仕方無い時は、愛用のフライングVのギターを取り出し、適当に掻き鳴らしながら歌っていた。
 
やはりこういう時はロックだぜ! 

しかし女として日常生活を送るというのもほんとに大変だ。
 
まず洋服を随分買った。通勤用・勤務用のビジネススーツは、男なら1種類で押し通す手もあるが、女だとそういう訳にも行かない。取り敢えずジャケットとスカートのセットを3着買い、それと合わせやすいスカートを更に3着買った。
これで取り敢えず1〜2週間は違った雰囲気で出て行くことができる。それに防寒用の女性用ハーフコートを買った。
 
とんでもない出費だ。年末のボーナスをかなり女物の服につぎ込んだ。
 
普段着も、女性仕様のボタンが左前になっているポロシャツ、女性用のセーター女性用スラックス(までは穿いてもいいと言われた)などを結構買い込んでこれも結構な出費だ。
 
もう半分ノリで女物の下着も大量に買った。セシールで安いのをどーんと大人買いする。ブラジャー(これだけ胸があるなら着けろと山崎さんから言われた)とショーツのセットを10セット、ショーツを更に20枚、冬なのでキャミソールを10枚、それからパンストも取り敢えず20個ほど買った。
 
しかしパンスト穿くのって大変だ! 
これまでは女子制服とか着ていても、そもそもズボンだったし、パンストなんて穿いたことなかったけど、しっかり伸ばしながら上げて行かないと長さが足りなくなるので、最初の頃は随分何度も「伸ばし直し」をした。
 
そしてよく伝染する! 最初結構可愛いのが気に入って穿いたら1日で伝染して、ショックだった。高かったのに〜。でもそういう可愛いのは営業の仕事をする以上、積極的に穿いた方がいいと山崎さんからは言われた。
 
ショーツは普通に穿くと、アレがこぼれてしまうので困っていたのだが、参考にするのに見ていた女装サイト(すげー、美人!などと思う人がごろごろ居た)でアレは下に向けて、玉は体内に格納して穿けと書いてあったので、やってみたら何とかなった。玉が格納できるなんて、知らなかったぜ! 
しかしゴムのしっかりしたショーツならそれで大丈夫だが、ハイレグのだとそれでもこぼれてしまうので、その場合は、内側にしっかりしたショーツを穿いて、二重穿きにするようにした。
 
また勤務中はショートガードルを穿いて、不意に大きくなってテントを張ったりすることのないように気をつけていた。ガードルも5枚ほど買ったが冬用なので夏になったら、また夏用のガードルを買わなくちゃ。
 
ほんとに女って金が掛かる。
 
それに、俺こんな生活してたら、マジ彼女を作れないじゃん! 
これだけの女物の服を収納するのに、男物の服はかなり大量に段ボールに詰めて押し入れに入れた。
 
俺いつかちゃんと男に戻れるんだろうか?あはは。
 

ヒゲや体毛についてはレーザー脱毛してしまったので、気にすることもなく、楽だった。中学生の頃からやってたヒゲ剃りから解放されたのは良い気分だ。
他の人もすればいいのに、なんて思っちゃう。
 
お化粧はいったん覚えると、何だか楽しくなって、毎朝30分ほど掛けてしっかりメイクをしていた。研修会の時に若林さんが買ってくれたものに少し自分で足して使っていた。口紅は2種類追加してその日の気分で使い分けるようにした。
グロスを塗るのも何だか楽しみになった。
 
しかし女装にハマる人が多いというのが分かる気がした。
 
こういうのって、男として生活してたら味わえない楽しさだもん! 
女性との営業トークのネタ作りにnonnoとかminaとかBlendaとか買って読むので、本棚にそういう雑誌がたまっていく。もうノリでカーテンも女の子っぽい可愛いのに変えてしまった。あはは、この部屋見られたら女の子の部屋と思われるだろうな。
 

それ以前の段階で女子制服を着て1年半も仕事していて結構慣れた部分もあるにはあったのだが、やはりしばしば不本意に興奮してしまうこともある。
 
トイレは会社でも外出先でも日常でも女子トイレを使うよう言われたが、最初の頃は女子トイレを使うということだけでドキドキして、つい興奮して大きくなってしまい鎮めるのに苦労したこともあった。まあ、鎮めるにはアレするしかないが、最初の頃は女子トイレの中でそんなことを自分がしているということ自体が、何だか変態みたいな気がしてそれで更に興奮して2連続とかになったりしていた。もっとも慣れると平気になって、最近ではそんなことでいちいち興奮しなくなった。
 
しかしそれでもやはり興奮する時は興奮する。
 
トイレ以外でも、例えば地下鉄に乗っていて突然変な気分になることもある。
(それで結果的には女子トイレに飛び込む) 
それで出してしまうと下着を汚すことになる。最初の内はティッシュを挟んでおいたのだが、それでは大して下着を守れない上に、ティッシュの破片がアレの先に付着して不快。
 
ということで、女性用のパンティライナーを使ってみることにした。男物のトランクスとかでは固定できないし、ブリーフでも内部でアレ自体が移動しまくるので制御できないが下向き収納方式で女物のショーツを穿いているとしっかり押さえられていて1ヶ所に留まっているので、ちゃんとアレの先から後で出てくる汁を全部受け止めることができていた。
 
パンティライナーはいちばん薄い奴ではなく、少量のおり物とかを吸収できるタイプの方が漏れも起きにくいし、また感触も優しいことに気付いてそういうタイプを愛用することにした。
 
しかし最初パンティライナー買いに行った時はドキドキした。どんなのがあっても、どんなのがいいのかさっぱり分からない。でもメーカーのホームページ見ててもさっぱり分からない。種類がありすぎる! 
それで、最初ドラッグストアで、売場をざっと見て雰囲気をつかんだ上でいったん引き上げ、ネットで各商品の特徴をよくよく調べてから再度買いに行った。
しかしレジを通る時にまたドキドキした。
 
18-19歳くらいのレジの女の子がそのパンティライナーをいったん黒い袋に入れてから持参のエコバッグに入れてくれたので、ふーん、生理用品はこういう扱いなのかな?と思って見ていた。
 
結局その黒い袋に入れたまま家のトイレに置き、数枚だけ100円ショップで買った生理用品入れに入れて持ち歩くようにした。
 

戦略的営業センター(SSC)がオープンして最初に取り組んだのが、大手建設会社A社だった。俺と山崎さんとで組んで訪問して、最新のシステムを提案した。
先行して導入した事例なども説明し、何度か本社からそのシステムの開発自体に関わった技術者も呼んで説明させた。
 
先方はそれで面談している時はけっこう良い反応をするのだが、なかなか契約してくれない。
 
「これ競合してるよね?」
「たぶんR社との争い」
 
と私は山崎さんと言い合った。
 
「もっと思い切って値引きした方がいいですかね?」
と私たちは、センター長の麻取さん、担当役員の高木さんと4人で話し合った。
 
「いや、これ以上値引けば赤字になる。赤字覚悟で受注するのはモラルの崩壊を招く。それで取れなかったら仕方無い」
 
かなり話が煮詰まってきた所で、とうとう客先担当者がやはり競合していたR社の見積書を見せた。
 
「私としてはおたくと契約したいんですけどねー。R社さんはこの値段を出しているんですよ。せめて、このレベルまで値引くことはできませんかね?」
 
私たちはいったん持ち帰って検討すると返事をしたが、麻取さんも高木さんもやはりこれ以上の値引きには否定的だった。結局今出している見積より、あと10万円だけ特別出精値引きするという見積書を作った。
 
再度訪問してそれを見せると、先方は「分かりました」と答えた。
 
そしてその後、A社からは連絡が無かった。情報網を通じてR社がA社と契約したことが分かった。
 

「なんか悔しいね」
「R社のこの見積もり、どう考えても赤字」
「これを無理して取れば確かに今回はとにかく仕事は取れるだろうけど、次もまた無理な値引きを要求されるよ」
「結局は仕事はしていても、ひたすら赤字ってことになりますね」
 
「うちは、まっとうな商売しようよ」
 
「でも、ほんと悔しいなあ」
「なんかスッキリすること無いかなあ」
 
「ひろちゃんは、なんかもやもやした気分の時、どうしてる?」
「私は、ギターを掻き鳴らしてますよ」
 
「ギターを掻き鳴らすって、つまりオナニー?」
と山崎さんが言うんで、俺は焦った。
 
なお、この場に居たのは、俺と山崎さんと麻取さんの3人で、高木さんは今日は東京本社に行っていた。
 
「オナニーはしますけど、ギターはギターですよぉ。なんで突然スクール・オブ・ロック用語が?」
 
「まあ、あの番組、私始まった時から聞いてるから」
「それは凄いですね」
 
「でもオナニーはするんだ?」
「健全な男子ですから。しかしよくオナニーなんて言葉口に出しますね?」
 
「まあ、女も28歳になればこんなものよ。でもひろちゃんって健全な男子じゃなくて健全な女子かと思ったのに」
 
「私、その傾向は無いつもりなんですけどねー」
 
「でもギターはどんなの弾くの?」
「フライングVです」
「おっ。ギブソン?」
「いや。そんなの買うお金無いんで。私のはバッカスのです」
 
「へー。じゃ、どっかスタジオにでも行って、思いっきり音出して演奏しない?」
「あ、いいですね」
「私、ドラムス打つよ」と山崎さん。
 
「あ、そういえばドラムス担当だったと言ってましたね」
 

そんな話をして、スタジオを予約した上で、事務所を片付けて出ようかとしていたら、高木さんが戻ってきた。
 
「あれ?今日は東京泊まりじゃなかったんですか?」
「午前中で片付いちゃったから、午後の飛行機で戻ってきた」
「わあ」
 
私たちは高木さんにA社の受注が取れなかったことを報告した。
 
「まあ、それは仕方無いね。次頑張ろう」
「はい」
 
「で、みんなもう今日は帰るの?」
「ええ。それで残念会でスタジオに行って、ひろちゃんのギターとあっちゃんのドラムスで演奏でもしようかという話になっていた所なんです」
と麻取さんが言うと 
「おお、ロックか! じゃ私も混ぜて。私ベース弾くよ」
と高木さん。
 
「おお!」
 

ということで、俺と高木さんが自宅まで楽器を取りに行き、夕方19時スタジオに集まった。
 
「高木さん、なんて庶民的なベースを!」
 
「親からはヴァイオリン習いに行かされててさ、そちらは200万くらいするヴァイオリンがあるんだけど、実はお稽古サボって、お小遣いでこのベース買って友だちとバンドっぽいことしてた」
「なるほどー」
 
高木さんは Ibanez(アイバニーズ)のベースを持っていた。購入価格は多分3〜4万くらいか。ちなみに俺のバッカスのギターもヤフオクで3万円で落としたものだ。
 
俺たちがスタジオで部屋が空くのを待ってロビーに居た時、40代くらいの男性が声を掛けてきた。
 
「ね、ね、君たちガールズバンドか何か?」
 
私たちは顔を見合わせたが、特に返事はしなかった。
 
「君がギターで、君がベースか。そしたら・・・多分、君はドラムスで、・・・・お母さんがキーボードでも弾くのかな?」
 
楽器を持っていない山崎さんをドラムスと見抜いたのは凄いと思った。何か空気のようなものでも読んだのだろうか。しかし「お母さん」なんて言われてしまった麻取さんがムカついたようで答える。
 
「私、まだ独身ですけど」
「あ、そうなんだ? 老けて見えるけど実はまだ25-26歳だとか?」
「43歳です。年齢なんて余計なお世話でしょ?」
 
「そうだな。僕の叔母で53歳で初婚なんて人もいたからなあ。まあ何歳になってもお嫁さんに行く夢は捨てない方がいいよ。で、君がキーボード?」
 
「私は楽器は弾きません。見学です」
「なんだ。やはりこの子たちの保護者なんだ」
 
などと言われて麻取さん怒ってる! 
「で、君はドラムス?」
と山崎さんに訊く。
 
「そうですけど」
「じゃ、キーボードが居ないね」
 
「まあ、キーボードは居なくても演奏は何とかなるから」
「でも寂しいよ。音が単純すぎるじゃん。キーボードが入ることによって彩りが出るんだよ。あ、そうだ! 僕がキーボード弾いてあげようか?」
 
「あなたの腕前は?」
と高木さんが訊く。
 
「僕ね。昔結構な有名バンドのサポートでキーボード弾いてたんだよ」
「へー」
「****とか****とか****とか」
「それは凄い!」
と思わず、俺と山崎さんは言った。
 
「女の子バンドのサポートをしたこともあるよ。****とか****とかね」
 
「あなた、スタジオミュージシャン?」
「昔はね。今は、しがないサラリーマンだな」
「へー」
 

そこにスタジオの人が来て「空きましたので3階の3Cスタジオにどうぞ。ドラムスはセッティングしてあります」
と言う。
 
「あ、キーボードも用意できる?」
と《自称元ミュージシャン》が言う。
 
「はい。すぐ御用意できます」とスタジオの人。
 
それで、結局、彼は私たちと一緒にスタジオに入っちゃった! 

「さあ、弾こう、弾こう。何弾くの?」
と彼は張り切っている。
 
私と山崎さんと高木さんはお互いに顔を見合わせたが、まいっかという線だ。
麻取さんだけは少々不快そうな顔をしている。
 
「じゃ取り敢えずウォーミングアップで、AKBの『ヘビーローテーション』」
と俺が言うと「おお、AKB48もライブのバックで弾いたことあるよ」
などと彼は言っている。
 
山崎さんのドラムスから曲が始まる。すると《自称元ミュージシャン》の彼はそれに合わせてキーボードを弾きながら歌い出す。
 
うまいじゃん! 
キーボードもうまいが歌もうまい。へーと思いながら俺も山崎さんも彼の演奏を見ていた。
 

1曲終わった所で自己紹介する。
 
「井河比呂子です」
「高木慶子です」
「山崎温子です」
「麻取妙子です」
「あ、僕は望月彰二郎」
 
「堅苦しいの嫌いだし、名前で呼び合わない?」
「うーん。まあいっか」
 
「じゃ、ひろちゃん、けいちゃん、あっちゃん、たえちゃん、しょうちゃんでいいかな」
「OKOK」
 
「たえちゃん、歌は歌えないの?」と望月さん。
「私、歌は下手だから」と言う麻取さんはまだ怒ってる。
 
「下手でもいいじゃん。歌うと楽しいよ。次は歌いなよ」
「えっと・・・」
「たえちゃんの年齢でも分かりそうな曲というと・・・『岸壁の母』とかやる?」
「そこまで年じゃありません!」
 
ああ、また怒らせてる! 
「松田聖子の『SWEET MEMORIES』とかどうでしょ?」
と俺は提案してみた。
 
「ああ、それなら歌えるかも」
と麻取さんも言うので、また山崎さんのドラムスに合わせて演奏する。
 
麻取さんが歌うが、確かに下手だ! そういえば女子社員でカラオケなどに行っても、麻取さんはいつも何も歌ってなかったなと思ったが、やはり下手なんで歌わないのだろう。
 
しかし歌詞はかなり覚えていたみたいで、結構勝手に作詞しながら?も最後まで歌った。
 
「たえちゃん、さ。確かに下手だけど、それって歌い慣れてないからの下手さだって気がするよ。たくさん歌ってればうまくなると思う」
などと望月さんは言う。
 
「そうかな?」
などと言って麻取さんも少しは軟化した感じ。
 

そういう訳で、結局その日は麻取さんが歌えそうな、1980年代くらいのヒット曲を中心に、俺たちは演奏をした。この時代の曲はあまり複雑なビートなども使っていないので、結果的にはギターやドラムスを演奏する側もあまり間違わずに弾くことができた感じであった。
 
最後の方は麻取さんもかなり乗ってきて、かなり熱唱していた。音は外していたけど、気持ち良さそうだった。
 
2時間の演奏を終えて撤収する。
 
「でも凄く興奮しちゃった。なんだかこのまま帰るのも何だし、飲みに行きません?」
と麻取さんが提案して、スタジオを出たあと5人で居酒屋に入る。
 

ビールで乾杯して、今日の演奏絡みで、昔の歌手の話題なども話す。松田聖子、沢田研二、サザンオールスターズ、ゴダイゴ、ラッツ&スター、小泉今日子、森高千里、本田美奈子、中山美穂など。主として麻取さんと望月さんの2人がしゃべっていて、俺たち20代の3人は聞き役という感じになった。何だか麻取さんと望月さんは意気投合してしまった感もあった。
 
これって、いわゆる最悪の出会いから恋が・・・なんてことになったりして、などと後で俺と山崎さんは話したりした。
 
「じゃ、しょうちゃんもまだ独身?」
「うん。若い頃、さんざん遊びまくったから、もう女は良いかなという感じでここ5年くらいは恋人いないよ」
 
「女に飽きたんなら、男の子がいいんですか?」
「さすがに僕もそちらの趣味は無い」
 
「でも可愛いニューハーフとかは?」
とあっちゃん。
「そうだなあ。ニューハーフならまだ許容範囲かな。ちょっと経験してみたい気もしないではないな」
「ほほぉ」
 
と言って、あっちゃんは俺を見る。あはは。勘弁してー。俺は男とセックスする趣味はないぞ。
 
「例えばここの井河さんが実はニューハーフだったりしたらどうします?」
とあっちゃん。ちょっと、ちょっと! 

「ああ。このくらい可愛ければニューハーフでもOK」
と望月さん。
 
「あはは。性転換してニューハーフになっちゃおうかな」
と俺。
 
「女の子がニューハーフに性転換したい場合は、おっぱいはそのままでいいから、チンコだけ作ればいいのかな?」
 
「うーん。何だかよく分からない世界だ。ヴァギナはどうするんですかね?ふさぐのかな?」
 
「せっかくあるんなら、そのまま付けとけばいい気がする。ニューハーフさんって、ヴァギナ欲しがってる人多いよね?」
 
「でもおちんちん作る材料にヴァギナ使わないの?」
「そんな話は聞いたことない」
 
「男から女に変える場合、ヴァギナ作るのにおちんちんを材料に使うと聞いたから、私、女を男に変える場合は、ヴァギナを取り出して中に何か詰めて、おちんちんにするのかと思った」
 
「そういうやり方は無い気がする」
「おちんちんは、上腕部の皮膚から作るらしいですよ」
「へー」
 

「ああ、でも私子供の頃、けっこうおちんちん欲しいと思ってた」
とあっちゃん。
 
「ね。あると便利そうじゃない?」
などと言って俺を見る。
 
「ああ、あったら、おしっこする時は便利でしょうね」
と俺。
 
「まあ確かに、おしっこは男の方が圧倒的に楽でしょうね」
「服の構造の問題もある気はするけどね」
「ああ、女にはわざと面倒な服を着せてるんじゃないかという説はありますね」
 
「おちんちん使ったオナニーって気持ちいいのかなあ」
と唐突にあっちゃん。
 
こらこら。酔ってきてないか? 
「ああ、気持ちいいよ」
と望月さん。
 
「オナニーする度に、男に生まれて良かったと思う。女の子はあんな快感は感じられないだろうからね」
「へー、そんなに気持ちいいですか?」
と麻取さんまで、オナニー論議に加わっている。
 
「セックスかオナニーか、どちらかしかできないとしたら、僕はオナニーを選びますよ」
「なるほどー」
 
「ああ、その意見は他の男の子からも聞いたことある」
と高木さんまでこの論議に加わる。
 
「でも男の快感と女の快感とどちらが大きいのかってのは、時々議論されるけど、永遠の謎ですよね」
などと麻取さん。
 
「まあ、両方経験できる人はいないからね」
 
「性転換して女になった人も、快感は男型じゃないかとも言われますね」
 
「逆に性転換して女になって快感も女型だと言ってる人いるけど、その人は多分元々女型だったんですよ」
 
「ああ、それはありそう」
 
「そういう人って元々の脳の構造が女の脳だったりすること多いみたいですね」
 

「女の子になりたい男の子の場合は、オナニーしちゃう度に、もうこんな身体は嫌だって思うらしいね」
と望月さんが言う。
 
「へー」
「やはりそういう人でもオナニーするもんなんですか?」
とあっちゃんはまた俺に目をやりながら訊く。
 
「本能だから、やっちゃうんだろうね。タマタマが付いている限りは」
「ああ、じゃ、タマタマ取っちゃったらもうオナニーしなくなるのかな?」
 
「それでもついしちゃうらしいよ。習慣的なものもあるんだろうけどね」
「タマタマがなくても、できるんですか?」
「タマタマ取っても、おちんちんが付いてればできるんだろうね」
「おちんちんも取っちゃったら、もうできないだろうけどね」
「へー。でも精液は出ませんよね?」
 
「逝った感覚はあるけど、何も出ないらしい」
「じゃドライなんですね?」
と高木さん。
 
「そうそう。ドライ」
と望月さん。
 
「ドライって何ですか?」
と俺は訊いてしまった。
 
「射精とか潮吹きとかしないまま逝っちゃうこと。女の子が逝くのはだいたいドライだよ」
と高木さん。
 
「ああ・・・」
「ひろちゃん、セックス未経験?」
と笑顔で高木さんが尋ねる。
 
「あ、まだしたことないです」
と言って俺が赤くなったら 
「可愛い!」
とか言われてしまった。
 

その後は何人かニューハーフタレントさんの話をした後で、話は今度は最近の音楽の話題になり、AKBとかももクロとかE-girlsとか恵比中とかの話もした。
 
かなり話は盛り上がり、結局そろそろ終電という時刻になって解散することにする。
 
「あ、そうそう。名刺渡しておきますね」
と言って、俺は戦略的営業センター営業課長・井河比呂子の名刺を渡す。
 
「あ、じゃ私も」
「じゃ、私も」
と言って4人とも出す。
 
その名刺を見た望月さんが「なんか全員肩書き付き!凄い」
などと言っている。
 
「じゃ僕も名刺配るね」
と言って、望月さんは名刺を俺たちに4枚配った。
 
「B社福岡支店・支店長!?」
 
B社は国内中堅の商社である。
 
「うん。まあ、叔父が社長やってるもんで、お前支店長やれと言われて福岡に来たんですよ」
 
「あの、御社に営業に行ってもいいですか?」
とあっちゃん。
 
「あ、いいよ」
と望月さんは笑顔で言った。
 

それで俺たちは翌週から、高木さん・麻取さんを含めて4人でB社に行き、望月支店長と面談。B社福岡支店の現状のヒアリングをして、それならこういうシステムがあるのですが、というのを提案した。
 
「ああ、それは面白いね。検討してみようか」
と望月さんが言ってくれたので、具体的な提案に入った。
 
A社との交渉では、俺たちはいつも肩書きのない担当者と打ち合わせていたので、その人が権限を持っていないため、合意したはずの話がすぐひっくり返って何度も何度も似たような作業の繰り返しを強いられていたが、B社との交渉では、望月さんがいつも対応してくれて、そこに担当者を同席させて、忌憚ない意見を聞くという形で進んだ。判断できる人がその場にいるおかげで短期間で話がまとまった。
 
それで見積書を出すと、「うん、これでOK」と言い、一発で契約してもらえることになった。
 
A社との交渉が4ヶ月も掛けて結果的にアウトだったのが、こちらは1ヶ月半ほどで妥結に至る。
 

こうして、戦略的営業センター(SSC)は開業してから半年で、とにかく最初の案件を獲得することができたのである。
 
望月さんは、その後も俺たちと時々スタジオでセッションをした。ある時は彼の古い友人でサックスを吹くという人を連れてきたが、その人が地場の運送会社の幹部さんで、その縁で俺たちはそこにもシステムの提案をして、導入することができた。またある時は、食料品卸の中堅の会社の部長さんを連れてきてくれて(この人はヴァイオリンを弾いた)、またそれでお仕事をもらえた。
 
このセッションにはその内、うちの福岡支店の女子社員・さっちゃんも加わるようになった。さっちゃんはピアノが上手いので、望月さんの代わりにキーボードを弾いていた。ついでに、さっちゃんを福岡支店から戦略的営業センターの方に引き抜いた! 
しかし、何だか音楽を媒介にして、人脈が広がっていき、望月さんがまるで俺たちの営業活動の要になってくれている感じだった。望月さんは「そもそも会社と会社を結びつけるのがうちの会社の仕事だから」と言っていた。確かに商社というのはそういう仕事だ! 
むろんそれとは別に、俺とあっちゃん、さっちゃんで積極的に地場の中小企業などを訪問して契約は取っていたのだが、大口の契約はほとんど望月さん経由でもたらされている感じであった。
 
そして・・・・1年後、望月さんと麻取さんは結婚した。
 
ただし麻取さんは仕事はそのまま続けるし、旧姓で勤務するということだった。
 

結婚式には俺は、女性用のドレスを着て出席した。あはは、さすがに男物の礼服を着る訳にはいかないだろうなぁ。
 
しかし俺ほんとにこんな生活していていいのか? 
「このドレス買ったの?」
とナミちゃんから訊かれた。
 
「レンタルだよぉ。女物のドレス買っても着ていく所ないし」
「でも多分、結婚式はまだまだ発生するよ」
「だけどさ、同じ服を着ていく訳にはいかないじゃん」
「そうそう!それが女の面倒な所だよねー」
「男の人は同じ礼服でいいのにね」
 
「でもすっかり女の子が板についてる。お化粧も上手だし」
「さすがにお化粧は慣れた」
 
「いつ頃、性転換するの?」
「しないよー。私、男だよー。その内ちゃんと背広着た生活に戻るから」
 
「いや、多分もう男には戻れなくなってると思う」
「う・・・・」
 
「だいたいさあ。いつも、ひろちゃん、女子更衣室で他の子とおしゃべりしながら着替えてるじゃん」
「うん」
「今更、ひろちゃんが男だなんて主張したら、下着姿晒してる女子全員からリンチにあうと思うぞ」
「こっわぁー」
 

まだ福岡支店所属だった頃は、男性の同僚と飲みに行ったりすることもあったのだが、最近はもうずっとしていない。生活が完全に女性化してしまっているので、勤務が終わってからどこかに行くのも、女性の同僚たちとしかしてない感じだ。スカート穿いてお化粧していると、男性の同僚たちとの間に壁を感じてしまっていた。
 
その年の夏は、生の松原に海水浴に行こうという話が持ち上がっていた。
 
福岡支店長が以前住んでいた家(現在空き家)が今宿にあるので泳いだ後はそこに泊まり込もうという計画である。ごろ寝だが、一応部屋は男子と女子に分けるという話だった。参加者は男性が10人と、女子はあっちゃん、さっちゃん、ナミちゃん、まいちゃん、はるちゃん、ゆきちゃんに俺!である。俺は完全に女子の方にカウントされていた。麻取さんは水着姿なんて晒せないと言って欠席。
高木さんは東京の本社で用事があり欠席だ。
 
「ひろちゃん、水着持ってる?」
とあっちゃんから訊かれた。
 
「えっと・・・学生時代に着てたのなら」
「それって、水泳パンツなのでは?」
「うん」
「まさか、それを着ないよね?」
「おっぱい大きくしちゃったからなあ」
「じゃ、女子水着を買いに行こう」
「うん」
 
という訳で、一緒に天神コアに行って水着を物色した。
 
「ビキニ着てみる?」
「さすがにその勇気は無い。ワンピース型にさせて」
 
結局、体形をかなりカバーできるタイプで、パレオ付きのを買った。それとアンダーショーツも一緒に買う。
 
「ひろちゃんさ、いつも更衣室で着替えてる時に見る感じではショーツの上から、アレの形は分からないじゃん」
「目立たないように穿いてる」
 
「たぶんアンダーショーツをそういう穿きかたした上で水着を着たら、付いてるようには見えないと思うよ」
「あ、そうかも」
 

そういう訳で自宅に帰ってから実際に(玉は体内に格納して棒は下向きにして)アンダーショーツを穿き、その上でワンピース水着を着てみると、全然目立たない。そもそも上から触っても、まるで付いてないかのような感触だ。
 
これならパレオ無しでも行けるかも知れないなあと俺は思った。
 
鏡に映してみると「何だかいい女じゃん」と思ってしまう。以前はこんな時は性的に興奮して、アレが熱を持ったりしていたのだが、最近はそういうことも無い。自分の心自体が女になりつつあったりして。あはは。ホントに俺その内男に戻れるのかな。
 
水着を着たまま鏡の前でいろいろポーズを取ったり、ついでに携帯で自分の写真を撮ったりしていた時、俺はふとある問題に疑問を感じた。
 
あっちゃんに電話してみる。
「ね、ね、こういう水着を着てる時さ、トイレはどうすんの?」
「どうすると思う?」
「やはり全部脱ぐしかないんだっけ?」
 
「まあ、それもひとつのやり方だね」
 
「水着の股の所をずらして出来るかな?」
「それやるとどうしても水着におしっこが掛かるだろうね。でもひろちゃんはおちんちんを引き出したらできたりして」
 
「それやると、元に戻せないから結局全部脱いで着直すことになる。そもそも無理矢理引き出した状態では、尿道が圧迫されるから、実際問題として出そうとしても出ないと思う」
「なるほど。おちんちんも不便ね」
 
「まさか、海の中でこっそり放流とか?」
「それは、はしたないと思う」
 
「他にやり方あるの?」
「ふふふ。男の子には想像も付かないやり方があったりしてね」
「うーん・・・・」
 

当日は朝から水着を下に着込んで、その上に水貴の模様を隠すのにグレイのシャツを着てから、サマードレスを着て集合場所に行った。今日はノーメイクだ。とはいっても、化粧水と乳液と日焼け止めは塗っている。日焼け止めは直前に手足にも塗るため持って行っている。
 
「おお、夏少女ですね」
とはるちゃんから言われた。
 
「ひろちゃん、何歳でしたっけ?」
とまいちゃんから訊かれる。
 
「26歳だけど」
「まだ21と言っても通るよね」
「うんうん。凄く若い」
 
「まあ、私ロッカーだし」
「ああ、音楽やってるから若さが保たれてるのかな」
 
「ひろちゃんは、最初この会社に来た時、私はてっきり高卒かと思ったよ」
などとあっちゃんは言っている。
 
「まあ戸籍上は26の男でも、実態は21の女でいいのかもね」
とさっちゃんも笑って言っている。
 

西新まで地下鉄で行ってからバスに乗り継いだ。海水浴場前で降りる。
 
まいちゃんとはるちゃん・ゆきちゃんは更衣室に行ったが、俺とあっちゃん、さっちゃん、ナミちゃんは水着を着込んできていたので、そのまま服を脱いで水着姿になった。
 
「ひろちゃん、それもしかして、おっぱい本物?」
「えへへ」
 
「ひろちゃんはもう2年くらい前から、本物おっぱいだよ」
とあっちゃんからバラされる。
 
「へー。やはりひろちゃん、そっちなのね」
「あまり勝手に納得しないように」
 
男性社員たちからも、俺のバストのことは指摘された。
 
「井河、とうとうおっぱい大きくしちゃったんだ」
「うん、まあ」
 
「そうなって当然だよなあ」
「もう下も取っちゃった?」
「まだですー」
「でも付いてるように見えない」
「この水着でお股が膨らんでいたら恥ずかしいから隠してます」
 
「隠せるようなもの?」
「やり方があるんですよー」
 
「性転換手術受けるのに半年くらい休職するんなら、その間の営業廻りは代行してやるよ」
「ありがとうございます。って、性転換手術するつもりはないですけど」
 
「実はもう手術済みということは?」
「ないですー」
 
「でも話し方が完全に女の子口調になってる」
「実は男の話し方を忘れつつあるのではないかという気がして」
 
「別にこのまま女になっちゃうんなら忘れてもいい気がする」
「うーん・・・」
 

昼間はたっぷり海で遊んだ。男性たち数人は結構沖の方まで遠泳したりもしていたが、女子は波打ち際でビーチボールを打ち合ったり、誰か犠牲者を決めて砂に埋めたりして遊ぶ。もっともその犠牲者の第一号は俺だったが! 
足だけ出されてくすぐられたりするので「やめて、やめて」と言いながら笑っていた。男子も2人ほど捕まえて砂に埋めて、お約束で顔にお化粧を施した。
 
「俺、井河2号になっちゃいそう」
「週明けから女子の制服着る?」
「あはは。やってみたい気もする」
「じゃ着せてあげるよ」
「いや、多分サイズが入らない」
 
「そういえばひろちゃんは最初から女子制服がちゃんと入ったんだよねー」
「やはり元々そういう傾向があったのでは」
 
「元々も何も私はそういう傾向は無いんだけど」
「そういう傾向の無い人が、おっぱい大きくする訳が無い」
「言えてる、言えてる」
 
ぼーっとしているのが好きなナミちゃんは砂の城など作ったりしていたが、彼女も最後は砂に埋められて、足をくすぐられて「彼氏の名前を吐け」などと言われていた。彼女は実は技術のS君と付き合っているのだが、そのことは俺とあっちゃんくらいしか知らない。
 

15時で引き上げることにする。シャワー室で水着を脱いで全身にシャワーを当てる。俺はそのままシャワー室の中で身体を拭いて服まで着てしまった。
 
俺がその格好でシャワー室から出てきたら「なんだ、もう着ちゃったの?」
とさっちゃんが言う。
 
「着替える所はしっかり見てようと思ったのに」
「あはは、そんな見て楽しいようなものでもないよー」
と俺は答えておいた。
 
バスで今宿の支店長の家に移動する。ふつうの3LDKだ。1階にLDKと6畳の和室があり、2階に4畳半の洋室が2つある。今日はその1階の和室に女子が、2階の2部屋に男子が泊まることになっている。寝具は無しの雑魚寝である。
 
「支店長から、井河はどっちに寝せるの?と訊かれたから女子と一緒でいいですよ、と答えておいたから」
とあっちゃんに言われた。
 
「ほんとにいいんだっけ?」
「むしろ、ひろちゃん、男の人と同室だと寝られないでしょ?」
「うん、そんな気はする。服も女の子の服だし」
 
「実際女子社員は全員、ひろちゃんのこと女の子としか思ってないよ」
「私、完全にはまりこんでるよねー」
 
「まあ、その内気が向いたら性転換手術受けちゃいなよ」
「それ受けたくなったりしないかと自分が怖い」
「ふふふ」
 

夕食は庭でバーベキューをした。俺は他の女子社員と一緒に材料を切ったりする作業をした。
 
「包丁使い、結構うまいね」
「まあ、大学時代から自炊してたから」
「偉いなあ。私なんか学食頼りだったのに」
「学食にも行きはしてたけど、お金が足りないから」
 
「まあ確かに節約するなら自炊だよね。学食だって充分安いけど」
 
収拾が付かなくなるのを避けるため、夕食中はビールのみとした。それで食事が終わってから、LDKに移動して日本酒や焼酎を出して酒盛りである。俺たち女子社員は協力して、竹輪にチーズとか、クラッカーにハムとかの簡単なおつまみを作った。
 
「今だから言うけど、俺実は一時期、井河のこと好きになってしまったことある」
と男子社員のひとりが大胆な告白をする。あはは。まさにアルコールの勢いという感じだ。
 
「ああ、井河って、そうしてると結構美人だもんな」
「今は戸籍の性別って変えられるんだろ? 井河がちゃんと戸籍上も女になれば結婚できるんじゃない?」
 
「ごめんなさい。私、女の子が好きだから」
「でも実際女の子と恋愛したことあるの?」
「えっと・・・無い」
「男の子との恋愛は?」
「無いですよー」
 
「まあ性転換しちゃえば、男の子も好きになるんじゃないの?」
「ああ、取り敢えず手術しちゃえばいいよね」
 
他にも俺をサカナにオナニーしたことがあるという奴、以前一緒に飲み会に行ってた頃、身体が触れ合うとドキっとしてたなどと言う奴、職場の女子の中でいちばん相性のいい人というのを出したら(そういうソフトを入れた奴がいる)俺だったと言う奴、まあ色々と俺はネタにされた。
 
「ひろちゃんって、実は福岡支店のアイドルだったりして?」
とナミちゃん。
 
「そうそう。SSC配属になってフロアが違っちゃったから寂しいよぉ」
 

男子たちの中には酒瓶を持ったまま2階にあがり徹夜で飲み明かす態勢の人もあるようだった。どうも2階の2部屋は就寝組と徹夜組に分かれそうな雰囲気。
 
女子はみなだいたい11時頃にLDKの隣の和室に入って寝る態勢になった。
俺は窓際で寝転がったが、 
「ひろちゃんの隣には私が寝るねー」
と言って、隣にあっちゃんが来た。
 
俺の性別に配慮してくれたのだろうけど、俺も日々いちばんよく接しているあっちゃんが隣というのは気楽だった。
 
なお、寝具は本来無いのだが、女子にはタオルケットが1枚ずつ配られていた。
 
「タオルケットで隠れてるから、こっそりオナニーしてもいいよ」
「振動があってもお互い気付かない振り」
「OKOK」
 
女の子同士なので大胆なことも言う。
 
「でも、私オナニーってしたことない」
などと、まいちゃんが大胆な発言。
 
「クリちゃんを揉んでたら気持ち良くなるよ」
「揉んでみたけど、確かに気持ち良くなるけど、逝く感覚まで行けないのよね」
「いや、気持ち良くなればそれで充分」
「女の子は射精しないし、それでいいんだよ」
「一晩中揉み揉みしてたことあるよ、私」
「すごーい」
「そのあと夕方まで寝てたけど」
「そりゃ疲れるだろうね」
 
「ひろちゃんは寝る前にオナニーとかするの?」
などとさっちゃんから訊かれる。
 
「SSC勤務になった当初は1日女の格好で過ごすのにストレスがあったせいか、毎晩してたんだけどねー。最近は全然しなくなった。前回いつしたのかを思い出せない」
 
「ああ、身も心も女の子になってきたのね」
「それ、立つの?」
「立つと思うけどな、多分」
「ああ、つまりしばらく立ってないのね?」
「いや、立ったことあったと思うけど」
「いつ?」
「えっと・・・あれ?いつかな?」
 
「ああ、ずっと女として暮らしてるから多分男の機能が退化してるんじゃない?」
「その内、女の機能が進化するね」
「きっと生理も始まるよね」
「そんな馬鹿な!」
 
「でも女性ホルモンも飲んでるんでしょ?」
「そんなの飲んでないよぉ!」
 
「あれって女性ホルモンを飲んでたら、生理も始まるんだっけ?」
「それは子宮が無い以上有り得ないと思う」
「実は子宮があったりして」
「まさか!」
 

その年のクリスマスイブだった。俺は取引先のノルマに協力して買ったクリスマスケーキの箱を持ち、IMS(イムズ)を覗いてぶらぶらしていた。そこでバッタリと、あっちゃんに会った。あっちゃんもクリスマスケーキの箱を持っている。
 
「あ、せっかく会ったし、一緒に夕食でもしない?」
「あ、うん」
 
「それともボーイフレンドと熱いクリスマスイブを過ごす予定とか」
「そんな人いないよー。あっちゃんは彼氏いないの?」
「私は彼氏いない歴=年齢だよ」
「え?そうなの? 何度か男の子と付き合ったことあるんだと思ってた」
「ただの耳年増だから。まぁセックスは経験あるけどね」
 
俺はドキッとした。彼氏を作ったことがないというのにセックスの経験があるって、それどういう状況でしたのだろう? 
透明なエレベータに乗って上の階に行き、和食の店に入る。純米酒をグラスに注いで乾杯した。生簀の鯛を料理してもらう。前菜の豆腐料理を食べながら俺たちは会話した。
 
「時々帰省してる?」
とあっちゃんは訊いた。
 
「全然。実は高校出た後、一度も実家には戻ってない」
「喧嘩でもしたの?」
「元々父親と折り合いが悪かったんだよね。兄貴とも合わないし。母親とは毎月1〜2回電話してるよ」
 
「お母さんは、ひろちゃんがOLしてること知ってるの?」
「言ってない。というか言えない」
「だよねぇ。でも、何かの機会に、お母さんにだけでもちゃんと言った方がいいよ」
「ちゃんとって?」
「自分は女の子になりたいから、女として会社勤めもしてるって」
「私、別に女の子にはなりたくないよー」
 
「ふふ。今日はそういうことにしといてあげようかな」
と言って、あっちゃんは微笑んだ。
 

鯛の刺身に天麩羅、それに味噌を載せて焼いたものなどが出てくる。
 
「だけど、ひろちゃんが女の子になるつもりないのなら、これって私とひろちゃんのデートだったりしてね」
とあっちゃんは言った。
 
ちょっとドキっとする。
 
「そうだね。クリスマスイブだし、デートということでもいいよ。女同士だけど」
と俺は言った。
 
「ふふ。ひろちゃんって優しいなあ。だから好き」
 
好きという言葉を使われて俺はまたドキッとした。
 
「でも、ひろちゃん、今自分が女だと認めた」
「あ、しまった!」
 
その日、俺たちは何気ない会話を重ねた。日々お互いに結構なストレスの中で営業の仕事をしているので、この日はふたりとも心を開放して、のんびりとした時間をむさぼっていた。
 
「**堂からクリスマス用にルージュ4本とアイカラーのセットが出てたでしょ」
「あ、あれ可愛いなと思ったけど、値段も張るなと思ってた」
「一緒に買ってシェアしない?」
「ああ、それもいいね。自主的クリスマスプレゼント」
「そうそう」
 

デザートまで食べてから下の階に降りて**堂のショップで1万円のクリスマスセットを買った。あっちゃんのカードで買ったので俺が5千円渡した。
 
「よし。どこかで開けて、山分けしよう」
とあっちゃん。
 
「カフェか何かにでも入る?」
と俺は訊く。
 
「ホテルなんてどう?」
とあっちゃんは言った。
 
俺はまたまたドキッとした。
 
「多分今日はどこも一杯だよ」
「意外にこの時間帯はキャンセルがあるかもよ」
 
それでソラリアホテルに行き、フロントで訊いてみた。
 
「デラックスツインでしたら空きがございます」
「ではそれで」
「かしこまりました」
 
それで俺たちはホテルのツインルームに入ってしまった。こちらは俺のカードで決済したが、俺が Mr. Hiroshi Igawa と刻印されたカードを使い「井河比呂志」
とサインしても、ホテルの人は特に何も言わなかった。
 
女装がバレてるんだろうか?それとも家族のカードを勝手に使っていると思われたか?あるいは、Mr.の刻印に気付かず、比呂志を女の名前と思われたか? 

「わーい。さすがソラリアだぁ。広いね−」
とあっちゃんは無邪気に喜んでいる。
 
「ベッドも柔らかーい。よく出張とかで行くビジネスホテルとは違うなあ」
 
俺はもうひとつのベッドに座って、それを笑顔で眺めていた。
 
「でさ。ベッドくっつけちゃおうよ」とあっちゃん。
「そうだね。それもいいかな」と俺。
 
ふたりで協力してベッドをずらし、くっつける。
 
「私、寝相が悪いからさあ」
とあっちゃん。
 
「ああ。夏に支店長の家に泊まった時も夜中に私の上に乗っかかって来たよね」
「私、家でも朝起きるととんでもない場所で寝てることがあるよ」
 
「それは確かに広いベッドでないと大変だ」
 
「ワインでも欲しいな」
と言って、あっちゃんはルームサービスを頼み、白ワインを持ってきてもらった。
 
開けてまた乾杯する。
 
「今年はほんとにお疲れ様」
「まだ何日かあるけどね」
「まあ、残りは勢いで」
 
「なんか少しお腹が空いてきた。クリスマスケーキ、食べちゃおうか」
「ああ、そうしよう」
 
ということで、あっちゃんが持っていた箱の方を開けて切り分ける。
 
ふたりで「頂きます」と言って食べた。
 
「美味しいね」
「うん。こんなに美味しいと、ノルマ協力で買うのもいいかなという気分になる」
「この生クリームのケーキを選ぶのがミソだよね」
「そうそう。作り置きができないから」
 

「でも、ほんとに食事して乾杯して、ホテルに来てって、まるで恋人みたい」
とあっちゃんは言う。
 
「まあ、女同士でなかったら、一夜の経験ってのもありかもね」
 
「ひろちゃんさあ、ホントに女の子なの?」
とあっちゃんは意味ありげに俺を見た。
 
「そうだよ」
「ふーん。じゃ確認させてもらってもいい?」
「確認したいなら戸籍謄本でも持ってこようか?」
 
「実地確認がいいな。機械のメンテも現地に行かないと分からないものが多い」
「実地確認ってどうするの?」
 
「取り敢えずお互い服を脱いで相手の性別を確認するというのは?」
「あっちゃん、男なの?」
「もしかしたらそうかもよ。私が本当に女かどうか確認してみない?」
 
「うーん。あっちゃんは普段女の子してるから、それで私は充分だけど」
「ひろちゃんも普段女の子してるね」
「だから、私も女の子だよ」
 
「それを念のためチェックしたいなあ」
 
俺たちはお互い思わせぶりな表情で見つめ合った。
 

翌朝。携帯の着メロで目を覚ます。
 
「おはようございます。望月さん」
 
それはいつもお世話になっているB商事の望月支店長だった。
 
「ね、ね、今日の午後1時に、いつものメンバー集まれるかな?」
「いつものというと、私と、あっちゃんと、けいちゃんと、さっちゃんに、たえちゃんですか?」
「そそ」
 
「けいちゃんが昨日東京に行ってたんですが、昨夜遅く帰宅しているはずなので連絡してみます。あっちゃんとさっちゃんはすぐ呼び出します。たえちゃんは・・・・」
 
「ああ。ここで寝てるから連れていく」
と望月さんは、そばに居るもようの新妻の方を見ている感じで答えた。
 
「場所はどこでしょう?いつもの大名のスタジオですか?」
「今日は呉服町の**スタジオ。午後1時に楽器を持って集まって」
「はい」
 
またどこかの会社の幹部さんでも紹介してもらえるのかも知れないと思い、俺はすぐに高木さんに電話した。
 
「ごめーん。昨日は福岡まで帰られなくて。まだ東京に居るのよ」
と言っていたが、望月さんからの招集と伝えると 
「了解。今から羽田に行ってすぐ福岡に戻る」
ということだった。
 
次にさっちゃんに連絡する。彼女も午後1時に来てくれるということだった。
 
「また何かお仕事の話なのかなあ」
 
とあっちゃんは俺の隣で、幸せそうな顔をして、裸のまま俺のおっばいをいじりながら言った。
 

午後1時、指定されたスタジオに行くと、知らない人がいたが、俺はその人の職業を読めなかった。どうもふつうの会社の人ではない感じがする。デザイン系か、あるいはゲーム制作会社か何か。どうも世間一般のビジネスとは異質の雰囲気を持っていた。
 
「取り敢えず演奏してみて」
と言われる。
 
「何を弾きましょう?」
「オリジナルがいいから、『百万度の恋』」
 
それはこのセッションをしばしばしていて、俺たちで作ってしまった曲だ。
むろんみんなすぐ弾ける。
 
俺がギター、高木さんがベース、あっちゃんがドラムス、さっちゃんがキーボードという布陣で演奏スタートする。あっちゃんのスティックの音を合図に一斉に演奏する。俺とさっちゃんがメインボーカルを歌い、高木さんとあっちゃんがコーラスを入れる。
 
望月さんが連れてきていた人が笑顔で拍手してくれた。
 
「あのぉ、済みません、どなたでしょうか?」
と高木さんが訊く。
 
「ああ、済みません。私はこういうものです」
 
と言ってその人は俺たちに名刺をくれた。
 
《**レコード 制作部・課長JPOP担当 中川信司》 
と書かれていた。レコード会社の人!? 
「いや、先日東京で親戚の結婚式に出ていてて、中川君と会ったんだけど、雑談していて、僕が福岡で凄腕営業女子社員で構成したガールズバンドをやってると言ったら、ぜひ聴かせて欲しいと言われてね」
と望月さんが説明する。
 
「あなたたちの演奏は充分プロクラスだと思います。ぜひCDを出させて下さい」
と中川さんは言った。
 
えーーー!? 
「今の曲も充分良い曲だと思います。後細かい点などを検討・調整した上で、来月くらいに最終録音、3月くらいに発売という線でどうでしょう?」
 
それって・・・・まさかメジャーデビュー!? 
でも「女の子バンド」として? 
俺、ますます男に戻れなくなるじゃん!! 
あはは。俺どうしたらいいんだろう? 
俺の脳裏に昨夜の、あっちゃんとの甘い時間がプレイバックされながら、俺は真剣に悩んでいた。
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