【春練】(2)
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(C)Eriko Kawaguchi 2018-09-30
「さてこんなものかな?」
と天月湖斐は用意した道具を見て言った。
「西湖ちゃん、君がもっと生きやすいようにしてあげるね」
と言って湖斐は楽しそうであった。
「そろそろ、“肝油ドロップ”効いてきてるかなぁ。私娘が欲しかったのよね〜」
西湖は母からちょっと来てと言われて劇団事務所に行った。
「あんたが女子高生を演じるのにおちんちんをいつも体内に埋め込んでいるというのを桜井先生が聞いて心配してさ、ちょっと血行障害とか起きてないか診せて欲しいというのよ」
「それ最悪そういうことになっても精子は保存しているから大丈夫だよ」
と西湖は言ったのだが、母に言われて結局一緒に母の友人である桜井ルミが院長をしている病院に行った。桜井レディースクリニックと書かれている。女性専用の病院に入るのはちょっと抵抗があるなあと思ったが、ともかくも少し待合室で待たされた後、診察室に入った。
「え?女の子なの?」
「いえ、偽装しているだけです」
と言って、西湖は不本意ながら除光液を使ってタックを解除した。
「上手に隠しているねぇ」
と桜井先生は感心したように言い、それから西湖のおちんちんやタマタマを触っていた。サイズを定規やスパゲティを量るもののような感じの穴の開いたプラスチックのプレートで測っている。揉まれて「痛たたた」と声をあげた。
「これ、おちんちんもタマタマも既に機能喪失しているね」
「あらら」
やはりそうなのか・・・だからボクのおちんちんは立たないんだろうな、と西湖は思った。機能喪失しても構わないとは思っていたのだが、医師にそう診断されるとややショックである。
「どうしたらいいの?ルミ」
と母が訊く。
「機能喪失したものを身体につけておくと敗血症とか起こすこともあるし、癌化することもあるから、取っちゃおう」
え!?
「それがいいかもね。じゃお願い」
「じゃ西湖ちゃん、手術しておちんちんとタマタマ取っちゃおうね」
「ちょっと待って」
「このままにしておくとよくないのよ。大丈夫よ。ちんちんとタマタマを取るだけなら1時間くらいの手術だから」
え〜〜!?
と思ったものの西湖は麻酔を打たれて意識を失った。
目が覚めた時、西湖はベッドに寝ていた。
「あら、気がついた?」
と母が言った。
「えっと・・・手術は?」
「成功したよ。もう西湖の身体に害毒を流すものは全部取っちゃったから安心してね」
母がナースコールをすると桜井先生が入って来た。
「じゃ傷口を確認しましょう。3日くらいはシャワーもお風呂も禁止ね。その後はシャワーはしていいけど、お風呂に入るのは1ヶ月くらい我慢して」
などと言いながら、お股のところに巻かれた包帯を解いていく。
そしてお股が露わになった時、西湖は息を呑んだ。
おちんちんもタマタマも無くなっている。代わりに縦のスリットがある。先生がそれを指で開いて説明する。
「ここがクリちゃん。ここがおしっこの出てくるところ。ヴァギナは無いけど、結婚する前には造るからね」
「これ、まるで女の子みたい」
「そうだね。女の子とほとんど同じだよ」
と先生は言う。
「西湖、もう女の子と同様だし、そもそもあんた女子高生だし、戸籍の名前も西湖から聖子に変えちゃおうよ」
うっそー!?と西湖は思った。
そしてそこで目が覚めた。
起き上がってから、まだ心臓が速く脈動しているのを感じながら、西湖は自分のお股を確認した。
普通にタックされている。割れ目(とじ目?)は接着されていて開くことはできない。指を入れてみて、おちんちんが存在することを確認した。
あ、でも少しほつれかけている。ちゃんとメンテしなきゃ、と思って西湖は奥側の「とじ目」が少し外れかけているのを接着剤を使って補修した。接着してから2分くらい手で押さえておく。これでだいたい接着できる。
でも最近メンテさぼったりしてるなあと西湖は思った。高校に入ってから「義務教育ではない」こともあり、学校を途中で呼び出されることが増えている気がする。世界一周の時には撮影で疲れていたこともあり、半分くらいまで開い(ておちんちんが見えてい)た所で気付いて、慌ててしっかり補修した。
万一全部外れてしまった場合、その外れた時にいた場所次第では大変なことになるぞと西湖は思い、ちゃんと毎日チェックしなきゃと思った。
ちなみに母は看護師の資格を持ってはいるものの(それで怪我した時に母に応急処置をしてもらったこともある)、桜井というお友達の女医さんなどというのは存在しない。いったいどこから桜井なんて名前が出てきたんだろうと西湖は思った。
2018年10月15日。
淳が性転換手術をしてから33日後。
和実が妙にはにかんだような顔をして寝室に入ってきた。その様子があまりにも可愛くてドキッとする。まさか求めてるのかな?まだとてもセックスには応じられないんだけどと淳は思ったのだが、和実は思わぬことを言った。
「私、できちゃったみたい」
「は?」
「お医者さんに行ったら、妊娠6週だって」
「和実、妊娠できるの〜〜!?」
男の娘だったはずの和実が妊娠したという話に、淳はこの件に付いてクロスロードの仲間に相談した。集まってくれたのはこういう面々である。
冬子、あきら・小夜子、青葉、千里(千里2)、桃香、和実の姉と母
「病院の先生に私があらためて話を聞いてきたのですが、物理的には和実は腹膜妊娠しているそうです」
と淳は言う。
「腹膜妊娠は分かるけど、そもそもどこから卵子が来た訳?」
と小夜子が疑問を呈する。
「希望美ちゃん(2016.7.7生)の卵子は和実から採ったんでしょ?卵子があるんだから妊娠する可能性もあったんだよ」
と桃香が言う。
「DNA鑑定したけど、希望美は確かに私を父とし、和実を母とする子供であるという結果が出ています」
と淳。
「やはり和実には卵巣があるんだと思う」
「じゃ半陰陽だったの?」
その件に付いて、和実は「自分はハイティング代数的に妊娠している」と主張した。数理論理学専攻であった千里が解説したが、その解説内容を理解した人は皆無だった。
「だから多分今、和実は『妊娠している』という状態も『妊娠していない』という状態も成立していないけど『妊娠しているかしていないかである』という状態は真なんだよ」
と千里は説明するが、部分的にもそれを理解したのは、青葉と淳くらいだった。
「要するに物凄く曖昧に妊娠しているんだ!?」
と冬子。
「希望美ちゃんの時もそうだった。希望美ちゃんは代理母さんのお腹の中で曖昧な状態で存在していたから、ある手法で何とかこちらの世界に連れてきた。つまり希望美ちゃんが存在する確率を強制的に1に変更したんだよ」
と青葉は言っている。
「そんなことをしたのか・・・」
「だから多分和実は妊娠中、そして出産の時もあれと同様のこと、いや多分もっと大変なことをしなければいけないと思う」
と青葉。
「フェイの妊娠(2016.8-2017.3)とも似てるね」
と千里が言う。
「そうそう。あれもほんとに大変だった。でもフェイは小さいながらも子宮があったから何とかなった」
「青葉、千里、この通りだ。何とか和実をメンテして、出産まで辿り着かせてほしい」
と淳が頭を下げて言う。
「もちろんそのつもりだよ」
と青葉は言った。千里も頷いている。
「でも私、実は男の子が子供を妊娠して出産したケースを知っているよ」
と千里が言った。
「え〜〜〜!?」
「6年ほど前に大阪でそういう事例があったんだよ。物理的には腹膜妊娠だったんだけど、本人は自分は見えない子宮で妊娠していると言っていた。生まれた子は五体満足。元気に育っている」
と千里は言った。
「それは和実のケースと似ている気がする」
「前例があるから、充分ちゃんと生まれる可能性はあるよ」
と千里、
淳が言った。
「実は今掛かっている病院の先代院長さんが、昔1度腹膜妊娠の女性を担当したことがあって、無事生児を得たらしいんです。その子も全く異常がなく、今は東大生だそうです」
「それは心強い」
「もしそこの病院に掛かるなら、その先代院長さんが張り付いて見守ると言ってもらっている」
「でも死亡率も高いし、先天異常がある可能性もあるんですよね?」
とあきらが心配して言う。
「和実は中絶は絶対拒否と言っています。そのために自分が死んだとしても悔いはないし、異常のある子が生まれてもその結果を自分は引き受ける。だから、このまま10ヶ月見守ってくれと言っています」
と淳が言う。
「私が和実でもそう言うと思う。だって、これはとんでもない奇跡だもん」
と青葉。
「だから私、全力で和実を守るよ」
と青葉は付け加えるように言う。
「10ヶ月見守る必要はない。8ヶ月くらいまで行った所で帝王切開して取り出せばいいと思う」
と冬子が言う。
「そうそう。フェイの時と同じ方式。実は6年前の大阪の例も8ヶ月で帝王切開している」
と千里。
「やはりその一手だろうね」
「では和実の妊娠はこのまま見守るということで」
「ちー姉、ふたりで交替で見守ろうよ」
「まあそれでないと、私たちが身が持たないね」
少し時間を戻す。
西湖(今井葉月)は夏休みの間は7月23日から8月23日に掛けてアクア主演の映画『80日間世界一周』の撮影のため、アクアや大林亮平などと一緒に実際に1ヶ月かけて世界一周の旅をしてきた。
これまで何度も両親に連れられて海外旅行をしてきている西湖にとっても今回の旅は一生忘れられないかもという旅になった。そもそもこんな長期間国外に出ていたのは初めてである。
ところで西湖は学生である。取り敢えず女子高生である。当然学業があるわけだが、学校では6月中旬から水泳の授業が始まっていた。アクアが通うC学園は都心部にあるのでプールは特殊棟の地下1階に造られているが(地下2階は体育館“乳香”)、西湖の通うS学園は郊外に立地しているので、プールは地上1階である。一応女子高であることもあり、外部から覗き見されないようにするためもあって屋内プール(ついでに温水プール)になっており、2階は第2体育館である。
しかし西湖は仕事が忙しすぎて、この6月中旬から始まった水泳の授業に全く出ていなかった。しかし8月23日に帰国して24-26日はお休みにしてもらったので、少し練習しようと思った。水泳用水着は春に入学の時に買っているので、取り敢えず自宅アパートで身につけてみる。
女子用水着なんて着けるのは初めてなので、けっこう不純な動機でドキドキする。あの付近が少し熱くなる感覚もある(大きくはならない)。でもボク女子高生なんだから、女子用スクール水着くらい着けないとね。アクアさんだって女子用水着を着てたし、などと思っている。ところが・・・
きつい!
特に胸がきついのである。
あれ〜〜!?ボク太ったかなあと思う。
まだ1度も使ってないのに〜。
でも小さい水着では辛い。仕方ないので買い直そうと思う。
水着は学校のマークとかも付いていないふつうのスクール水着なので、適当なお店とかで買えばいいかな?と思った。
それで西湖は自転車で近くのスポーツ用品店に行ってみた。
水着コーナーに行くと、何か格好いい水着があるなあと思う。見てみると値段が34,500円と書かれているのでギョッとする。
かっこいい訳だ!!
それでしばらくその付近を見ていたら、店員さん(女性)が寄ってきた。
「水着をお探しですか?」
「はい。持っていたのが少しきつくなったので」
「なるほどですね。やはりFINA認定の水着ですか?」
「フィ??」
「国際水泳連盟です。水泳の公式大会に出る時はFINAが認定したバーコード付きの水着を着用することが必要なんですよ」
「そんな凄いの使いません。私、学校の授業に使うスクール水着が欲しいんですが」
「なるほど。それならこちらですね」
と言って連れて行ってくれた。2800円とか3800円とかの値段のが並んでいる。
「この値段見てホッとしました」
と西湖が言うと
「やはりFINA認定の水着は高いですからね」
と店員さんも言っている。
「この付近の商品の、値段の違いは何なんですか?」
「お腹を引っ込める作用のあるものとか、胸の所にカップが入っているもの、生地の厚さや伸縮性、それにデザインとかですね」
「ああ」
店員さんは西湖を見て
「あなたは結構胸があるから、カップの入っているものがいいですよ。でないと乳首が擦れて痛いですよ」
と言う。
「それとスクール水着の場合、水抜きのあるものとないものとがあります」
と言って、お腹の所の布をめくってみせる。
「面白ーい」
「こういうのがついてるの着たことありませんでした?」
「あ、はい」
そもそも女子用スクール水着を着けたことがなかったんだけどね。
でも西湖は水抜きが面白そうなので、その水抜きのあるタイプ、そして胸の所にカップが入っていて、裾は水平に近いタイプを買った。生地もけっこう厚い。身体に吸い付くので水の抵抗が小さいとお店の人は言っていた。サイズはきちんと計ってもらった上で試着もさせてもらい、Lサイズを買った。
「スリムな体型なのに、胸が大きいからLになるんですね」
「実は今持っているのは、春に入学の時に買ったばかりなのに、胸がきつかったんですよ」
「今は成長期ですからね。バストは結構急速に発達しますよ」
「へー」
でもボク、男の子なのになぜバストが発達するの!?と西湖は思った。
この他に、黒いインナーショーツを勧められて買った。また、ゴーグル、スイムキャップ、ビニール製の水着入れ、着換え用バスタオルを持っていなかったのでそれも一緒に買った。
それで西湖はアパートに戻ってインナーショーツを穿いた上で水着を身につけた。試着もしているので問題無いが、ピタリとフィットする。バストで選んでいるから、ウェストはかなり余裕があるはずだが、伸縮性のある生地なので、ウェストの布が余ったりはしない。お店の人に言われたようにきれいに吸い付き、隙間から手が入れられないくらいである。脱ぐ時は肩紐を外してから下にずり下げる。
西湖はお昼を食べて少し胃が落ち着くのを待ってから、再度水着を身につけ、その上に半袖のTシャツとショートパンツを着て、着換えの下着とバスタオルを持ち、また自転車に乗って、区のプールに出かけた。
「だけどタックしている状態で自転車乗ると痛いよなあ。アクアさんはどうしてるんだろう」
などと西湖は呟いた。タックする時は、ペニスを折り曲げて後ろにやっているが、その部分が自転車のサドルに当たるので、これは結構痛いのである。西湖はアクアがドラマの撮影で自転車に乗るシーンを何度も見ているが全然平気そうであった。やはりアクアさん、ちんちん無いのでは?
ところで学校のプールの方がよほど近いし、夏休み中もずっと開いているし、無料で使えるのにわざわざ区のプールに行ったのは、西湖は全く泳げないので少し恥ずかしかったのと、もうひとつ根本的な問題として、水着姿をクラスメイトに見られるのが恥ずかしいので、少し慣れたいというのもあった。
プールに着いたのは14時少し前だった。
プールに行って自販機で「大人女子480円」の赤いボタンを押す。西湖は未だにこういう所で「女子」を選ぶ時にドキドキする。ちなみに龍虎は女装している時は平気で女子のボタンを押す。
受付でチケットを見せてロッカーの鍵をもらう。少しドキドキしながら女子更衣室に入る。女子高生生活を5ヶ月やっているのに、西湖はいまだに女子更衣室に入る時は緊張する。
他の人の身体をできるだけ見ないようにしながら、自分の持っている鍵の番号のロッカーを見つけ、着換えなどをそこに入れる。水着は着てきているので、Tシャツとショートパンツを脱ぎ、水泳帽をかぶってゴーグルを着ける。鍵を締めて手首につけ、シャワーを通ってプールに行く。
準備体操をしていたら、
「初心者教室を始めます。泳ぎに自信の無い方、ぜひ参加して下さい」
などと言っていたので参加してみることにする。
取り敢えず少しは泳げる人と、全く泳げない人に分けられたので、西湖は全く泳げない組に入った。ほとんどが女性だが、年齢は小学生くらいから60歳くらい?まで範囲が広い。再度準備体操をしてから1コースの水の中に入る。水中歩行で2往復してくる。その後、壁に捉まってバタ足の練習である。
「顔を身体にまっすぐにして水につけて」
というのを盛んに言われる。西湖も顔を浮かべすぎと言われて直される。もちろん息が苦しくなったら顔を上げて呼吸していいのだが、呼吸したらまたちゃんと水につける。
西湖は一度呼吸すると結構長時間呼吸しなくても済むものなんだなと思った。
それをしばらくやった後、ビート板をつかって、バタ足だけで進む練習をする。これが結構怖い。ビート板は左右に揺れるので時々溺れそうな気がして思わず立ち上がる。でも一呼吸ついたら、また再挑戦。このビート板での練習を結局30分くらいやっていた。
それができた人と、まだできない人に分けられる。西湖は一応できたので、できた人の組に入る。今度は腕をまっすぐ伸ばした状態でバタ足で進むのと、息継ぎをする練習である。
水に入る前に息継ぎの仕方をプールサイドで横に寝て練習する。腕を伸ばし、バタ足をしながら、息を出していって1,2,3,4と数えた所で首を回転させ、息を吸う。このリズムを10分近く練習続けた。
そして水に入る。
地面の上でやっていた通りにやると、多少水を飲んでしまうのを怖がらなければ結構いけることが分かる。ただある程度泳いでいると1,2,3,4のリズムでは苦しくなり、1,2で息継ぎしたりして、その内どうにもならなくなって立ち上がってしまう。しかしこれを何とか立ち上がらずにできるだけ長時間もたせるように頑張った。
「君はあまり水泳の授業に出たことなかったのかな?」
と声を掛けられた。
「はい。小学1年生の時にいきなり溺れかけて、その後、君は水泳はしなくていいと言われてずっと見学だったので」
「それはちょっと不幸な事故だったね。でも君、かなり泳げる感じだよ。次はいつ来れる?もっと教えてあげたい」
「明日も来られますが」
「じゃ明日も14時から初心者教室やってるから、おいでよ」
「はい!」
この日の夜は、西湖のアパートに桜木ワルツと千里(千里2)が来てくれて、お誕生会をした。西湖は龍虎と同じ8月20日が誕生日だが、両親はいつも忙しいので、お誕生日を祝ってもらったことなど1度もない。それで西湖は感激して泣いてしまった。
「水着が干してあるね」
「9月に水泳大会があるから練習してるんですよ」
「ちゃんと女子水着を着たね」
「男子水着で泳いでて知ってる人に見られたらやばいです!」
「確かに確かに」
「それに男子水着はおちんちんが無いと穿けないから、西湖には穿けないね」
と千里が言うと、西湖は
「あれ?男子用水着ってそうなってましたっけ?」
とマジで考え込んだので、桜木ワルツが吹き出していた。
西湖は翌25日(土)の午後も区のプールに行き、初心者教室に参加した。この日西湖は、少し泳げる人のクラスに入れられクロールの練習をした。そしてこの日1日で西湖はクロールができるようになり、取り敢えずプールの半分くらいまではそれで行けるようになった。
「息継ぎをした時に身体が曲がってしまうんだよね。それをちゃんとまっすぐに戻すこと。顔を思い切って水中につけること。そのあたりを気をつければ、君はすぐにも25m到達するよ」
と指導員の人から言われた。
初心者教室は明日26日の日曜はお休みで、また27日(月)からあるのだけどと言われたが、27日からは映画撮影のお仕事があるので来られない。それで用事があって、この後夏休み中は来られないんですよと言うと指導員さんは残念そうな顔をして、この後の練習のポイントを書いた紙を渡してくれた。
それで初心者教室は無かったのだが、26日もまたこのプールに来て、昨日言われたことに気をつけて練習した。するとこの日のラストに初めて25m到達することができて、西湖は思わず「やった!」と叫びたくなった。
8月27日から31日までは都内のスタジオで映画の追加撮影が行われた。これで一応撮影は終了で、あと編集中に必要な場面などが発生した場合は、あらためてお願いするかもということであった。
それで9月1-3日はお仕事はお休みになった。その間にアクアはローズ+リリーのPV撮影があるということであったが、この撮影に西湖は同席不要ということであった。それなのにギャラはもらえるというのでびっくりした。
「まあ基本的に葉月ちゃんはアクアちゃんとセットということで料金設定しているしね」
と秋風コスモス社長は言っていた。
それで思いがけず3日間お休みがもらえることになった。もっとも9月3日は月曜日で夏休みが終わり学校が始まる。放課後がフリーになるだけである。
それで西湖は休暇の間にまた水泳の練習をしようと思った。
山村マネージャーは休暇の間に性転換手術を受けたら?傷がすぐ治る所知っているよ、などと言っていたが、さすがに今すぐ男の子を廃業する気にはなれない。高校卒業までこの男の子の身体を維持できる自信は無いし、どこかでふらふらと手術を受けてしまうかもしれないという気もしないではないのだが。
そういう訳で、西湖はまた水着をアパートで着込んで、区のプールに行ってみた。
お休み〜〜!?
9月1-2日は臨時休業しますと書かれているのである。
あら〜?どこかやっているプールは無いかな?と思い、取り敢えず自宅に戻って調べてみようと思う。それで自宅方面に戻っていたら髪の長い女性がジョギングしているのを見る。西湖は自転車を停めて降りた。
「醍醐先生!」
「葉月ちゃん!」
「いつもお世話になっています」
「君もいつも頑張っているね」
「アクアさんには足元にも及びませんけど。あのバイタリティはどこから来るんだろうと思って」
「まああの子は3人分仕事してるからなあ」
「ですよね!アクアさんって3人か、ひょっとしたら7人くらいいるのではと思うことありますよ」
「でもまあ葉月ちゃんがアクアの代役やるのも、たぶんあと2年くらいだろうし、その後は、派手に単独デビューさせてあげよう、なんてこないだもちょっとある人と話していたんだけどね」
などと千里が言うので西湖はドキッとした。
「私が代役できるのってあと2年くらいですかね?」
「だってアクアは既に成長が止まっている。あの子はたぶんあれ以上身長は伸びない。葉月ちゃんは普通の男の子だからあと少し身長は伸びる筈。だからその時点で別の子、たぶん女の子が代役の仕事はバトンタッチすることになると思う」
やはり・・・そうなのかな。
それは少し考えていた可能性である。
アクアがデビューした頃、アクアは155cm, 葉月は153cmであった。しかし現在アクアは156cm, 葉月は158cmある。確かに2年後に葉月は160cmを越える気がする。そうなるとアクアの代役としては微妙になるだろう。
「アクアさんはあれ以上身長は伸びないんですか?」
「去勢している以上もう成長しないと思うよ」
「やはり去勢してるんですか?」
「本人もコスモスも否定しているけど、実際あり得ないでしょ。あの年で声変わりしてないのは」
「やはりそうなのかな・・・」
「ひょっとしたら、睾丸を一時的に除去していて、後日戻すつもりなのかもね」
「そんなことできるんですか?」
「医学的には可能だよ。どっちみち精液は保存してるんでしょ?だから機能回復しなくても問題無い」
「それはそうですけどね」
「葉月ちゃんも一時去勢する?」
「少し考えさせて下さい」
「ふふふ」
「そういえば葉月ちゃんは、このあたりに住んでいるんだっけ?」
と千里は訊いた。
へ!?
「いや、あの3月まで醍醐先生が住んでおられたアパートを私に譲って頂いたのですが・・・」
と西湖が遠慮がちに言うと、
「あれ、そうだったっけ?」
などと千里は言っている。
覚えてないの〜〜〜!??
その時、突然声がする。
「千里何言ってんのさ?あんたが用賀のアパートを引き払うというので、この子に譲ったんじゃん。但し京平ちゃんの神殿は維持しないといけないから、そのお世話だけこの子に頼んで」
そう言った女性は、いつからそこに居たのだろう?と西湖は疑問に思った。千里の向こう側に30歳くらい?の女性が立っていた。
「あれ?そうだったっけ?ごめーん。私自分が言ったことや、したことをきれいさっぱり忘れていることがよくあって」
と千里は言っている。
「まあそれは千里、小さい頃からそうだったね」
とその女性は言っている。
「ね、きーちゃん、私がそこに置いていた楽器群とか、どこに持って行ったんだっけ?」
と千里が訊いている。
むろんここに居るのは千里3で“用賀のアパートにある楽器を取ってこようと思って”、合宿所を抜け出してきたのである。千里1は千葉に住んでいて、常総ラボに行き、普段は《すーちゃん》と練習しているのだが、今日は都合により《びゃくちゃん》と一緒に練習している。千里2は現在フランスのマルセイユに住んでいるのだが、実は今日・明日はアクアと一緒にローズ+リリーのPV撮影をしている。
「あれは“十里”が使っていたのを一時千葉のマンションに持って行って、名古屋に引っ越す時に名古屋の中村区のマンションに移して、そこも引き払ったから、青葉が尾久のマンションに移したよ」
と《きーちゃん》が言う。
「尾久にマンションがあるんだっけ?」
「2LDKSのマンションで、1部屋を筒石さん、1部屋をジャネちゃん、サービスルームを千里が使って、そこに緩菜の神殿を設置している。緩菜の神殿が主目的だから千里が家賃を払っている。そのサービスルームに楽器を積み上げている」
「ふーん。じゃ今度、日本に戻ってきてからでいいから、一度そこに私を連れていってよ」
「OKOK」
「取り敢えず、そこにアルトフルートが無かったか見てきてくれない?」
「確かあったはず。宿舎に持って行けばいい?」
「うん。お願い」
西湖はふたりの会話内容がよく分からず首を傾げて聞いていた。
「そういえば葉月ちゃんはプールにでも行ってきたの?」
「行こうと思ったら、今日お休みだったんです。それでどこか泳げる所がないかネットで調べようかなと思って。私、1日から3日までお休み頂いたんですよ。3日は学校があるから放課後だけですけど。その間に少し水泳の練習しようと思って。来週、学校で水泳大会があるんですよね」
「へー。葉月ちゃんも結構泳ぐの?アクアはかなり泳ぐみたいだったけど」
「アクアさん凄いですよね。高校に入った頃は全く泳げなかったらしいのを去年の映画撮影していた時は2〜3往復泳げるようになったと言っておられたし、今は600メートルくらい泳げるらしいです」
「あの子も努力の子だからなあ」
「私は小学1年生の水泳の授業で溺れかけて、その後、君は泳がなくていいからといわれてずっと見学だったんですよ。それで全く泳げなかったのですが、こないだの世界一周から戻った後24-26日の3日間お休みだったのでその時初心者教室に参加してとりあえず25メートル泳げました」
「それは凄い」
「だからもっと練習してもう少し泳げるようになれないかなと思って」
「葉月ちゃんも努力の人だね〜」
と千里は言ってから、
「きーちゃん、今日使えるプールでどこか空いている所知らない?」
と隣の女性に尋ねた。
「ちょっと待ってね」
と言って、きーちゃんと呼ばれた女性はスマホを見ている。
「**町のプールが割と空いているよ。夏休みの終わりだから、どこも混んでいるけど、ここはまだマシ。一応泳げる程度には空いている」
「じゃそこ行こうか。私が少し泳ぎの指導してあげるよ」
「わっ。すみません」
「千里、水着持ってるの?」
「あるよ」
「さすが」
「醍醐先生も泳ぐつもりだったんですか?」
「私はその日必要になるものは全て分かるんだよ」
「すごーい」
「でも千里、合宿は?」
「代理を置いて来たから平気」
「ああ」
実は今日は《すーちゃん》が千里3の代理をしているので、千里1の練習相手は《びゃくちゃん》が代行しているのである。
「きーちゃん、今、用賀の駐車場には何が駐まってる?」
「ごめーん。あそこ解約したんだよ。経堂にはアテンザが駐まっているよ」
「じゃ経堂まで行こう。葉月ちゃんは自転車、私はジョギングね」
「大丈夫ですか?」
「まあ日本代表選手はそのくらい鍛錬だよ」
それで西湖は自転車、千里はジョギングで経堂に向かった。きーちゃんと呼ばれた女性は用賀駅に向かい、そこから尾久に回るらしい。
ほんの5分ほどで経堂の駐車場に到達する。西湖は自転車を駐車場のブロックにチェーンで留めさせてもらう。千里のアテンザに同乗して東京郊外、**町のプールまで行った。
「料金は私が払います」
と西湖は言って、自販機で「大人女性300円」というボタンを2回押してチケットを2枚取り、1枚を千里に渡した。
それで受付を通り、女子更衣室に入る。なんか2人で入る時は1人の時よりあまりドキドキしないなあと西湖は思った。
隣同士のロッカーだったのでそこを開け、着換えなどを置く。そしてTシャツとショートパンツを脱ぐと、水着姿である。千里はいったん裸になってから水着を着たが、その裸体がまぶしく思えた。つい「いいなあ」と思ってしまった。
「どうした?」
「千里さん、凄く均整が取れて美しいなあと思って」
プールの中で声を掛け合う時は「西湖ちゃん」「千里さん」にすることにした。
「スポーツで鍛えているから手も足も太いけどね」
「でも凄く女らしいです」
「ちんちん無いし」
「女の人にちんちんは無いです!」
「女子高生にもちんちんは無いよね」
と千里が言うと、西湖はドキッとする。
「でも西湖ちゃん、女の子のヌード見ても興奮したりしないでしょ?」
「慣れてしまいました」
「だろうね」
「だからボク、男の子に戻れるかどうか自信無いです」
「ああ、たぶん無理」
「うっ・・・」
「そろそろ覚悟を決めた方がいいと思うけどなあ」
「やはりそうなります〜?」
「男だとバレずに4ヶ月もったの自体が奇跡だよ」
「そうかも」
「女の子になっちゃっても何とかなるでしょ?」
「それはそんな気もします」
「まあ取り敢えず泳ごうか」
「はい!」
人はそこそこいるが、先日行った時の世田谷区のプールに比べると随分少ない。これならたっぷり泳げるかなと西湖は思った。
一緒に準備体操をしてから「泳いでみてごらん」というのでプールに入ってから泳ぎ出す。息継ぎが苦しくなって17-18mのところで立ち上がってしまった。
「西湖ちゃん、最初は良いんだけど息継ぎした後、首が起きてる。それで身体が曲がってしまって浮力が失われている」
「それ指導員の先生にも言われました」
「それを意識して直さないといけないなあ。首を沈めるのって勇気が要るけど、そうすることで浮くことができる。女子更衣室でおどおどしていたら不審がられるけど開き直って堂々としていれば、西湖ちゃんレベルの子なら何も怪しまれない」
それって同じなの〜?
「頑張ります」
「私が泳いでみせるから、特に息継ぎの後をよく見てて」
「はい」
それで千里が泳ぐのをプールサイドを歩きながら見ていた。
力強い泳ぎだ。
さすがバスケットの日本代表だなあと思う。
スピードも物凄く速い。たぶん西湖の5倍以上の速度だ。
そして息継ぎを見ているが、千里は1,2,3,4ではなく1,2,3,4,5,6,7,8で息継ぎをしている。すごーい!と思う。確かに指導員の先生も本当は8つ数えて息継ぎした方がいいとは言っていた。西湖はそこまで息をもたせる自信は無い。
千里の泳ぎを見ながらイメージトレーニングしたので、その感じで西湖も泳ぐ。あ、何とか息継ぎの後、体勢が立て直せた気がした。確かにこれは“勇気”だよなあと思った。
それで結局この日西湖は千里の指導で25mは確実に泳げるようになったのである。泳ぎの速度も最初からするとかなり上がった。やはり姿勢が崩れていたので速度も落ちていたようである。
「明日もやろう」
「はい!」
それでその日はまた千里のアテンザで用賀のアパートまで送ってもらい、また明日午前中にここに来る約束をした。
(実際に帰りのアテンザを運転したのは《えっちゃん》である)
そして9月2日(日)、千里(本当はえっちゃん)がアテンザで用賀のアパートまで迎えに来てくれたので一緒に乗って昨日と同じ**町のプールまで行く。
それで千里(合宿所から抜け出してきた千里3)に教えられて水泳の練習をする。この日は飛び込みの練習をした。
飛び込みはわりとすぐに覚えた。
「ここのプール浅いからあまり角度つけて飛び込まないでね。プールの底で頭を打ったら、一生病院のベッドの上だよ」
「気をつけます!」
飛び込み台から飛び込むには本当は1.3mの水深が必要とされるのだが、実際にはほとんどの公共プールが1m程度しか水深が無い。1.3mで作ると小学生が立ちあがっても息ができず危険だからである。
ちなみに西湖の学校のプールはプール底が可動式になっており、授業の時は浅くして、高体連の大会などで使う時には深くしている。
ターンは9月3日の放課後に練習した。
原理を言葉で説明した上で、千里が何度か模範演技を見せてくれた。その後で実演するが、うまく回転できないし、プールの壁をうまく蹴れない。
それで「はい」とターンするタイミングで声を掛けてもらい、千里が西湖の身体を捉えてきちんと回転させてあげる。それを数回やっている内にまずは回転の要領が分かるようになり、やがて声を掛けられなくてもタイミングが分かるようになってきた。
「だいぶうまくなったね」
「ありがとうございます。凄くいい感じになってきました」
それで飛び込み台から飛び込み、向こう側の壁でターンして戻ってくるというのをやる。これで西湖は立ち上がったりせずに(体力が続く限り)ずっと泳いでいられるようになった。
「西湖ちゃん、体力はあるんだね」
「やはり日々ハードな仕事をしているお陰だと思います」
「確かにアイドルなんて体力がないとやってられないもんね」
かなり練習が進み、あとはスピードアップが課題だね〜、などと言っていた時にその事故は起きた。
西湖は泳いでいる最中に何か違和感があったものの、取り敢えず泳ぎ終えてから確認しようと思った。それで結局25mプールを6往復(300m)した所で水からあがる。
ところが水からあがった途端、千里がギョッとした顔をして
「西湖ちゃん、水に戻って!」
と言った。慌てて戻るが、千里は更に言った。
「お股が大変」
「え!?」
それで触ってみて西湖もギョッとする。
タックが外れてしまい、水着のお股の所に盛り上がりができているのである。
「きゃー!どうしよう?」
「立ち止まってたら変に思われる。1コースに行こう」
「はい」
1コースは水中歩行用なのだが、この時間帯、幸いにも誰もやっていない。西湖が1コースまで行ったら、千里も水の中に入った。
一緒に歩きながら小声で会話する。
「それいつ接着したの?」
「接着は世界一周の前にやって、その後数日おきにメンテしてました」
「最後にメンテしたのは?」
「8月31日かも」
「たぶん飛び込みとかターンとか激しい動きを水中でしていたから弛んじゃったんだろうね」
「う・・・」
「プールって塩素も入っているし、泳ぐ前後にはメンテが必要かもね」
「今後気をつけます。でもこれどうしましょう?」
「そのまま女子更衣室に行ったら痴漢で通報されるだろうね。その前にプールサイドで悲鳴をあげられそうだ」
「何かで隠してって訳にはいきませんよね?」
「お風呂とかで外れたのなら、タオルで隠せるんだけど、プールじゃタオルとかも使用禁止だしなあ」
「手で押さえていたら目立ちますよね?」
「物凄く目立つ。それ脇から手を入れて何とか直せない?」
西湖は試してみたのだが、手が入らない!
「手が入りません!」
「うーん。。。」
肩紐を外して少し水着が下げられないか試してみたのだが、水中では水着はズレないようである。泳いでいる最中に外れたりしないような造りになっているようだ。
「水からあがったらズレるんだろうけど」
「でもその前に悲鳴あげられますよね?」
千里は考えるようにして言った。
「いっそのこと一時的に女の子の身体になっちゃう?」
西湖はドキッとした。
「そんなことができるんですか?」
「そういう秘法があるんだよ」
西湖は4月に心電図検査をされた時“誰かが”西湖の身体を女の子の身体に変えてくれて、夜中の0:01になった所で男の子の身体に戻ったことを思い出した。
「それ、可能であるならしてもらえませんか?」
「女の子になっちゃってもいい?」
「後で男の子に戻れるんですよね?」
「それは可能。これ使って男になったり女になったりしてる人いるから」
「へー!」
むろん羽衣のことである。羽衣は会う度に男になっていたり、女になっていたりすると千里は思った。まあもっとよく分からないのは丸山アイなのだけど・・・
「だったらお願いします。これ万一通報されたりしたら、とんでもない騒ぎになっちゃう。事務所にも迷惑かけるし、私はたぶん退学だろうし」
「それは悲惨だね。じゃ女の子になってもいいのなら、私の左の10番目の肋骨に触って」
「10番目って?」
正直、千里には大きなバストがあるので数えられない気がしたのである。
「私の左胸の前にある肋骨の中でいちばん下の所。残りの2本は横までしかないんだよ」
「それなら分かる気がします」
それで西湖は千里の左側の胸を触り、いちばん下にある骨に触った。
「うん。それそれ。だったら女の子に変えちゃうよ」
「はい」
「じゃ起動するよ。15分くらい掛かるから、ずっとそのまま一緒に水中歩行を続けよう」
「はい」
それでふたりは、西湖が千里の肋骨に触ったままの状態で歩き続けた。
西湖は身体が急速に変化しているのを感じた。なんかお股の付近が凄く変な感じである。また胸が・・・苦しくなってくる。
「千里さん、胸がきついんですけど、どうしましょう?」
「ブレストフォームを外しなよ。緊急事態だから、むしり取った方がいい。でないと窒息するよ」
「分かりました!」
しかし片手ではうまくむしり取れないようである。
「貸して」
と言って千里は西湖の水着の中に手を入れてブレストフォームをむしり取った。むしり取ったシリコンのフォームは、千里が自分の水着の中に入れてしまう。
「この西湖ちゃんの水着、ピタリと身体に吸い付いているね」
「あ、吸い付くから水の抵抗が少ないとか言われました」
「なるほどねー」
西湖の女性化は実際15分ほどで終了した。
「終わった気がします」
「プールを出よう」
「はい」
それで一緒にプールからあがり、更衣室で身体を拭いてショーツだけ穿き、Tシャツとショートパンツを穿いた。
「取り敢えずアパートに戻ろう」
「ええ」
それでアテンザに乗って西湖のアパートに戻った。
服を脱いで確認する。
「すっかり女の子になったね」
「嘘みたい。ボクの身体がこうなっちゃうなんて」
「胸はこれはBカップくらいあるね」
「この胸、本物なんですよね?」
「触ると感触があるでしょ?」
「はい」
西湖はおそるおそる自分のお股に触る。
「これ本物ですよね?」
「その割れ目ちゃん、開けるでしょ?」
西湖は後ろを向いて、実際に開いてみたようである。
「確かに開けます。クリちゃん、おしっこの出てくるところ、そして膣もあるっぽいです」
「女の子だからあって当然」
「あのぉ、これもしよかったら一週間くらいこのままにできます?取り敢えず明日は身体検査があるし」
と西湖は言った。
4月に女体化した時は数時間だった。今回はこの身体を何日か楽しみたいという“下心”が起きたのである。
「一週間も何も、これは一度性別を変更すると、1年は元に戻せない」
と千里は言った。
「え!?1年戻せないんですか!?」
と言って、西湖は青くなっている。
「1年後に私に言ってよ。元に戻してあげるから」
「1年も・・・」
「女の子の身体でやっていく自信無い?」
「えっと・・・」
「どうしても自信無いなら、今すぐ性転換手術を受けて男になる手もあるけど」
「手術受けたら、しばらく稼働できませんよね?」
「3ヶ月は静養しておく必要がある」
「それではアクアさんの代役ができないから、手術は受けられません」
「だったら1年間我慢するしかない」
西湖はしばらく考えていたが言った。
「何とか頑張ってみます」
「うんうん。何なら永久にこのままでもいいけど」
「1年後に考えさせてください。でも1年後に男の子に戻らなかった場合はもうずっと女の子のままですか?」
「1年以上経っていればいつでも男に戻せるよ。でも男に戻したらその後1年は女の子に変えられない」
「大変なんですね!」
「そりゃ性別をコロコロ変えたら、混乱するだけ」
「そうかも」
「まあその1年の間は女性ホルモン優位になるから、どんどん女の子らしくなっていくだろうね」
「でもそれは多分アクアさんの代役するのには影響無いですよね?」
「うん。アクアはほとんど女の子みたいなものだし」
「ですよねー」
「それから1月もすると生理が始まると思うからちゃんと処理してね」
「それは多分何とかなる気がします」
西湖は今でも生理用品を持ち歩き“仮想生理日”をカレンダーとダイアリーに記録している。仮想生理日にはちゃんとナプキンをつけている。
「男の子と生でセックスすれば妊娠の可能性があるから、する時は絶対に避妊具をつけさせること」
「ひー!」
それは想定外だった。ボクが妊娠するの!??
「あ、そうそう。この***の法というのは、実は性別が変わるのは副作用なんだよ」
「副作用?」
「本作用は年齢が若くなること。だから西湖ちゃんは若返りした」
「若返り!?」
「今西湖ちゃんは歴史的には16歳だったから・・・2歳くらい若くなったはず」
「じゃ私中学生くらいですか?」
「そうそう。その体型を見ても、まだ女として未熟で女子中学生くらいかもという感じだよ」
「へー!」
「西湖ちゃん、これまで男の子だったから女としては全く未熟だった。だからこのくらいの方がこれまでの西湖ちゃん見ていた人には違和感が少ないかもね」
「そうかも」
「あと身長も低くなったはず」
「あっ」
それでメジャーを出して身長を測ってみると156cmである。
「これアクアさんと同じ背丈です」
「だったら代役するのに、やりやすくなるね」
「ほんとですね!」
と西湖は喜んでいるようだ。どうもこの子は“アクア依存症”だなあと千里は思った。
「ね。西湖ちゃん、春に買った水着がきつかったから新しいの買ったと言っていたよね。ひょっとして今のバストサイズなら、春のが着られない?」
「試してみます!」
それで西湖は自分の胸に付いているブレストフォームのかけらを丁寧に取り、お股の付近についている接着剤のカケラも除光液を使って取り外した上で、春に買った水着を着てみた。
「なんかピッタリです」
「良かったね。たぶん、西湖ちゃんが飲んでいた女性ホルモンの作用で胸が膨らんでしまって、着られなくなっていたんだよ。でも今回いったんリセットされたからちょうど春に偽装していたくらいの本物バストサイズになったんだね」
「え?私女性ホルモンとか飲んでませんよ」
「隠さなくていいよ。女性ホルモンを飲まずに男の子の胸が大きくなる訳ない」
「え?でも本当に飲んでないですけど」
千里は腕を組んで考えた。
「西湖ちゃん、この春から誰かに飲むように言われたものない?例えば山村マネージャーから渡されたものとか?」
「山村さんからは特にもらっていません。アクアさんからはマリさんと松浦紗雪さんの両方から毎月送られて来てダブっているからと言って、プレマリンとプロベラというお薬を頂いていますが、それは飲まずに机の引き出しに放り込んでいます」
「誰からも何ももらってない?」
「えっと・・・あ、母から肝油をもらっていますが」
「見せて」
「はい」
千里はその“肝油”のふたをあけて、中に入っているドロップを1つ取った。
「この匂いが肝油のものではない。多分これが女性ホルモン」
「え〜〜〜!?」
「西湖のお母さんって、ひょっとして西湖を女の子にしようとしてない?」
西湖は考えてから言った。
「それ心当たりあります」
「やはりね〜。この肝油は回収していっていい?」
「はい。私どっちみち不要ですよね」
「女の子が女性ホルモン飲んだら生理不順とかの原因になるよ」
「ああ、そうなるでしょうね」
そういう訳で、西湖は突発的に女の子の身体になってしまったのであった。
山村マネージャーから(冗談で?)性転換手術してくれる病院紹介すると言われたのだが、結局本当にこの3日間の休みの間に性転換してしまった。でも後で元に戻れるからいいことにしようと思う。手術していたら絶対に元には戻れない。
9月4日(火)、西湖は爽快に目覚めた。
なんか凄く気持ちのいい目覚めだなあと思った。トイレに行っておしっこをするが、おしっこの出方はまるで違う。昨日既に帰宅後はずっとこの感覚を味わっているのだが、あらためて「気持ちいい」と思った。思えば男の子って凄く変なおしっこの出し方をしていたんだなあという気がした。
朝御飯を食べた後で軽くシャワーをする。この時、胸の付近を洗っていて、今までと全く感触が違う。これまではそこにはブレストフォームを貼り付けていたから、触っても感触が無かった。しかし今日はちゃんと感触がある。
「なんか女の子の身体も結構いいなあ」
などと西湖は思った。
「まあ最低1年は男の子に戻れないんだから、開き直って女の子していこう」
とつぶやく。
西湖が1年後、果たして男の子に戻りたいと思うかどうかは神のみぞ知る!?
学校に出かけて「お早う」「お早う」とクラスメイトたちと挨拶を交わすが、この挨拶も新鮮に感じた。これまでは女の子と偽って女の子社会に潜入しているような気分が少しあったのだが、今自分は女の子なんだから、彼女たちの仲間だという思いがあった。それで何もストレスが無くなったのである。
「今日の聖子、凄く女らしい」
と親友の紀子から言われた。
「私、今日は女の子である喜びを感じている」
と西湖が言うと
「もしかして誰か男の子とセックスした?」
と言われた。
「セックスとか、してないよぉ!相手もいないし」
と言いつつ、ボクその内、誰か男の子とセックスとかすることあるのかなあ、などと思った。ボクその時“うまくできる”かなあなどとも妄想する。そしてちょっとだけ興味も感じる。
ちらりとアクアの顔が浮かんだものの、多分アクアさんにはおちんちんは無いのではという気がした。
この日は新学期ということで身体測定があったが、西湖はクラスメイトたちと一緒に保健室で並んでいる時も、身長や体重を計られる時も、夏休み前に身体測定された時のような緊張感が無かった。自分はここにいる子たちと仲間なんだという気持ちがあり、西湖は心の充足を感じていた。
「身長が7月に測った時より1.6cm低い」
と記録していた保健委員の優美が言うが
「測定誤差かも」
と西湖が言うと
「そうね。これが16cm低かったら大変だけど」
「それはドラえもんのデビルカードでも使わない限りあり得ないな」
と次の順番の奈津が言う。
「聖子(西湖の生徒登録名)、デビルカードで5000円くらい使わなかったよね?」
「そんなカード持ってないよ!」
その日夜遅く仕事を終えてアパートに戻ると母が来ていた。
「お母ちゃん、公演は大丈夫なんだっけ?」
「今日はお休み〜。だから晩御飯買ってきたよ」
「わあ、ありがとう」
“作って来たよ”ではなく“買ってきたよ”なのが母らしいなあと思う。西湖はいわゆる《お袋の味》を知らない。
ともかくも一緒に食べる。どことかの何とかいうお店のと言っていたが確かに美味しかった。
「女の子として暮らす練習、どんな感じ?」
「練習というより日々が実践だけどね。ボロは出してないよ」
「さすがさすが」
「もう開き直って3年間女子高生を演じるよ」
「その後は女子大生かな」
「さすがにそんなのする時間は無い。高校卒業したらそのまま俳優になるつもり」
「女優でしょ?」
「そうなるかもね」
それは自分でも分からない気がする。女の子になりたい気持ちは無かったはずだが、現実に女の子になってしまった今、それはどちらでも構わない気がした。性別なんて些細なことじゃないかなあ、と思ったらそれって丸山アイさんが言ってたことだと気付く。
「そうだ。肝油ドロップ飲んでる?補充しておこうと思ったのに缶が見あたらないんだけど」
と母が言う。
「あれ女性ホルモンでしょ?」
「なんだ知ってたのか」
「ボクこちら飲んでいるから大丈夫だよ」
と言って、机の引き出しに入れている女性ホルモン剤を見せる。
「あんたこんなの買ってたんだ?」
「アクアちゃんからもらうんだよ。毎月」
「ああ、アクアちゃんも飲んでいるの?」
「そうみたいだよ。だから、ボクおっぱい大きくなったよ」
と言って西湖は母の手を自分の胸に触らせた。
「これ本物?」
「本物だよ」
「じゃもう男の子は廃業?」
「分からない。でも最近あまり立たないんだよね〜」
などと言ったところまでは覚えているのだが、西湖のこの夜の記憶は
ここで途切れている。
西湖が眠ってしまったのを見て、湖斐はそっと西湖を横にして、スカートをめくる。
「それだけ胸が大きくなるほど女性ホルモン飲んでいるのなら、もう睾丸は死んでいるよね?機能喪失した睾丸は取っちゃっていいよね?」
などと独り言を言っている。
「さあ、西湖ちゃんもう男の子は完全に卒業しようね〜。もうお前は私の娘だよ」
などと言いながら“手術用具”を取りだし、パンティを下げる。
「これが偽装には見えないなあ。さてタックを解除しなきゃ」
と言って湖斐は剥がし液を取りだし、西湖のタックを解除しようとした。
「え!?」
触ると、それがどうにも偽装には見えないのである。
湖斐は更に西湖のお股を触り、スリットを開けてみたりして中も確認する。そしてこれが完全な女子のお股であることを確信した。
「西湖あんたいつの間に性転換手術しちゃったの〜?」
などと湖斐は声をあげたが
「まあいいよね。既にあんたは私の娘になっていたのね。成人式に振袖を買ってあげる積み立てしないといけないなあ」
と湖斐は嬉しそうな顔で言った。
そういう訳でもしこの時西湖が男の子の身体であったなら、この日で男の子を廃業することになっていたのだが、女の子の身体になっていたので、それを偶然にも免れることができた。
西湖の男性器は風前の灯火ならぬ「扇風機の前の蝋燭」に近い、というのが冬子の見解である。
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【春練】(2)