【春声】(2)
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(c)Eriko Kawaguchi 2012-05-20
6月の2-3日は青葉の岩手行きの日だった。ゴールデンウィークの後、青葉は5月下旬にも岩手に行ったのだが、彪志とはその直後の誕生日に会う約束をしていたので、彪志と接触のないままであった。しかし今回の岩手行きでは彪志が青葉のスケジュールに合わせて、宮城−岩手間を付き合ってくれた。
金曜日の晩の高速バスで青葉が仙台に出る。朝一番の新幹線で仙台入りした彪志がレンタカーを借りて青葉を大船渡まで運んだ。
彪志は5月に運転免許を取得したのである。
「まだ免許取り立てで下手だから、乗り心地悪くてごめんな」と彪志。
「ううん。乗り心地は問題無いよ。それより安全運転でね」
「うん」
「田舎って、アバウトなドライバーが多いから都会とは運転する時のモード変えないと怖いから」
「あ、その辺、分からないや。免許取ってからまだ市内でしか運転してない」
「脇道からの一時停止しない車が多い。交差点で直進車を差し置いて自分が先に右折しようとする車がいる。曲がるのにウィンカーつけない車が多い。右ウィンカー点けて左に曲がったりする。横断者がいるからと思って横断歩道で停止したら、その横から追い抜いて行く車がいる。赤信号になってから5秒くらいはまだじゃんじゃん車が通過する。制限速度40km/hの道は70km/hで、60km/hの道は90km/hで走る。制限速度で走ってたら、無茶苦茶煽られる」
「それ・・・日本なの?」と彪志。
「警察もさ、都会でどうでもいい軽微な違反を強引に捕まえたりせずに、少しは田舎の無法ドライバーたちを捕まえて欲しいよ」と青葉。
「ひぇー。でもさ、青葉、よくそんなの知ってるね」
「あ・・・・えっと、まあ、とにかく気をつけてね」
彪志は笑いながらレンタカーで借りたヴィッツを運転していた。
その日の仕事は3件であった。仕事中の移動は慶子の車を使うので、彪志は青葉が仕事をしている間、港に車を停めて寝ていた。
1人目は健康相談であったが、青葉が診てみたところ、霊障などとは関係無い単純な更年期障害であった。
「でも病院から頂く薬が全然効かなくて」
「お薬見せて頂けますか?」
青葉がチェックしてみると、ああ確かにこの人の体質にはこれは合わないと思った。
「私、医師の資格も薬剤師の資格も持ってないので、こういうこと言ってはいけないのですが、漢方薬の***と###が体質に合うと思います。仙台に知り合いの漢方薬店があるので、そちらで良かったら再度相談してもらえませんか?」
「はい。あの、今言われた薬の名前をメモか何かで頂けますか?」
「はい」
青葉は薬の名前を書き、漢方薬店の名前・住所・電話番号も書いて渡した。
2人目も健康相談であったが、確かに霊障と思われた。しかし呪いの類ではないようである。御自宅を見せてもらった。
「ここは持ち家ですか?」
「いえ。借家です」
「それなら、できるだけ早い引越をお勧めします」
「この家の問題ですか!」
「ここに引っ越してこられたのはいつですか?」
「あんた、何年前だっけ?」と旦那さんに訊いている。
「4年前だよ」
「体調が悪くなったのは?」
「3年くらい前から・・・・ああ、そういうことか」
「この家自体が新建材を使っていてシックハウスの問題もあります。それからこの付近一帯の土地が、周囲より少し低い場所にあって、悪い気が溜まりやすいんです。また、ここはT字路の突き当たりなので、風水的にも良くないです」
「霊障ですか?」
「霊障を起こしていた直接の原因となっていた霊は先程除霊しました」
「わあ」
「でも、ここに住んでいたら、またすぐ新たなのに取り憑かれます。それと取り敢えずシックハウス対策だけでもしましょう。換気扇を掛けたり窓を開けたりして、とにかく室内に空気をためないようにしてください。あと、影響を与える化学物質は空気より軽いので、2階の方が辛いです。できるだけ1階にいましょう」
「私、いつも2階で昼寝してた。窓は開けてたけど」
「日中は1階の居間でエアコン掛けて寝てればいい。お金より健康だよ」と旦那さん。
「1階の方が霊的な影響は受けやすいんです。それで2階で寝たくなったんでしょうね。でも2階にいるとシックハウスにやられます」
「難しい選択だ」
「ここの1階は仏間より居間の方が霊的影響は少ないです。ただ、この面の窓は開けないでください。カーテンも閉めて。金魚鉢を置くと少しだけ緩和されます」
「金魚! すぐ買ってきます」
「でも結局は、お引越しがいちばんの対策です」
「せっかくここは津波の害が無かったのになあ」
「そうですね。こういう高台で、もう少し明るい感じの所をお探しになったほうがいいですよ。ご主人はお仕事に出ておられるので影響が少ないのですが、奥様はずっと家におられるので、どうしても影響を受けますね」
「よし。引越を考えるか」
「引越し先の候補ができたら観てもらえますか?」
「はい」
最後の3人目の相談は新しく立てる家の図面をチェックして欲しいということであった。実際の建てる場所にも行き、見せてもらう。
「何かこの図面に違和感を感じて。でも専門家の書いた図面をどう直してと言ったらいいのか分からなくて」と依頼主。
青葉はその場所に図面の建物が出来た場合の気の流れをイマジネーションしてみた。ああ。。。。。
「ここは気が東から西へ流れているんです。道路の東側だからということで、玄関が西側にありますが、これが最大の問題ですね」
「じゃ、玄関を東側にすればいいですか?」
「東側の玄関は不便ですよね。ご主人の生年月日を教えてください」
教えてもらった日付から暗算で風水の本命卦を出す。これで本人の吉方位・凶方位が分かる。
「南でもいいです。この土地と図面なら、南側に庭ができますよね」
「はい」
「その庭に面して玄関を作ればいいです。明るい側に玄関が欲しいと言えば良いでしょう。あと、東側のここに窓を作ってと要望してみましょう。朝日が入ってくる窓っていいですからね。ここに窓があれば、そこから良い気が流れこんで来ますよ」
「よし、その線で変更してもらおう」
その日の仕事は16時で切り上げ、祭壇でリセットしてから彪志に電話をすると慶子の家まで迎えに来てくれた。
「青葉ちゃん、専用ドライバーが出来てよかったね」
「ええ。おかげで行動範囲が広がります」
彪志の車でそのまま一ノ関まで行き(乗り捨て)、彪志の実家を訪問する。
「どうも、ご無沙汰しておりました」
ここに来るのは3月以来、3ヶ月ぶりである。
その日は彪志のお母さんと一緒に晩御飯を作ろうと約束していた。メニューは焼き餃子である。先に皮を作る。小麦粉を練ってまるめて30分ほど寝かせておく。
その間に中身を作る。豚のバラ肉を青葉が包丁で細かく切っていく。それとお母さんが切ってくれたキャベツ・ニラと混ぜ、ニンニクと一緒に炒める。
小麦粉の塊を棒で伸ばし薄くして適当なサイズに切っていく。それで具を包んでいく。この包む作業はお母さんとふたりでやっていたが、彪志が興味深そうに見ていたので、彪志にも手伝ってもらった。
出来上がった餃子をフライパンで焼く。ごま油を敷き、まずは焦げ目を付けるように焼いて、片栗粉を溶いた水をそそぎ、蓋をして蒸し焼きにする。パリパリの餃子の出来あがりである。フライパンで3回に分けて焼いたが、焼けた分を食卓にどんどん運び、先にお父さんと彪志に食べてもらった。「美味しい、美味しい」と評判であった。
「青葉ちゃん、料理のセンス良いね」とお母さんから褒められる。
「高岡に来てから、母にたくさん教えてもらったので」と青葉もにこにこ顔で言っている。
「青葉はいつでもお嫁に来れるよね」と彪志は餃子をどんどん食べながら言う。
「私も、もう青葉ちゃんのこと、うちのお嫁さんと思っちゃおうかな」
などとお母さんは言っている。
「俺はもう青葉のことは自分の奥さんと思ってるから」などと彪志。
「おやおや」とお母さん。
お父さんもにこやかな顔をしている。
青葉は微笑みながら、自分でも餃子を食べていた。
夜21時頃まで、交替でお風呂に入りながら居間で雑談をしていた。お茶を入れて青葉が買ってきた富山県のお菓子を摘まみながら話す。
「でも実際問題として彪志が千葉にいると、一ノ関まで来る機会が減るかも知れないけど、時々彪志と一緒にこちらにも来てね」とお母さん。
「ええ。結局は今回みたいに、途中から彪志さんと一緒に来て、帰る時も一緒に途中まで帰るのが手かな、と」と青葉。
「どちらかというと、普段はその方法以外に青葉とデートする方法がない気もするんだけどね」と彪志。
「今回みたいに高速バスで往復する時は彪志さんに仙台に迎えに来てもらって、帰りも仙台まで送ってもらって。新幹線を使う場合は大宮から一ノ関まで一緒に乗って、帰りも大宮まで一緒に乗ってかなと。少しお金は掛かりますけどね。今日は変則的で来る時がレンタカー、帰りは仙台まで新幹線になりましたが」
「今回のレンタカー代・ガソリン代は経費で落ちるらしいしね」と彪志。
「70%だけね。仙台−大船渡が170km, 大船渡−一ノ関が70kmだから距離比。全額落としたら公私混同」
「たいていの自営業者はそのあたり公私混同やってない?」
「うん。でも祈祷師って、税務署から睨まれやすいのよ。特に私売上多いし。だから、そのあたりは厳密にやってるよ」
「偉いね」
「これ以外のデート方法としては、私が仕事のない週末に、東京か富山かにどちらかが行ってデートする手なんですよね。4月に1度私が千葉に出て行ってディズニーランドでデートしましたが」
「双方の中間点の越後湯沢か長岡でデートって手もあるけどね」
「越後湯沢よりは長岡かなって気もするなあ」
「私、18歳になったらすぐ免許取るつもりだから、双方車の運転ができると、信州で落ち合ってデートするのもいいよね。松本か安曇野あたりで。ただし3年後だけど」
「ああ、あのあたりも素敵よね」
21時半くらいに彪志と一緒に2階の部屋に入った。布団は一応2つ敷いてある。
「じゃ、寝よ」
「うん」
青葉は微笑んで服を脱ぐと、ひとつの布団の中に潜り込む。彪志も服を脱いで同じ布団に入った。熱い時間が過ぎていく。
「こういう形でのセックスも今日が最後かな・・・・」と青葉。
「いよいよ来月は手術だもんね」と彪志。
「手術の傷が治って体力回復するまでは、お口でしてあげるね」
「それ・・・とても楽しみかも」
「ふふ」
「でも、俺達って、遠距離恋愛だからいいのかも知れないね」
「どうして?」
「だって近くに住んでたら、俺、たぶん歯止めがきかない」
「そうかもね」
「でも、まだ青葉は中学生だもん。あんまりやりすぎたら結婚できる年齢になるまでテンションが維持できない気がして」
「そうね・・・でもセックスレスになっちゃっても構わないよ。愛してくれてたらセックスするしないは関係無い気もするしね」
「いや、したい」
「そうか」
岩手から戻った週の月曜日、青葉は担任の小坂先生から、進路について尋ねられた。
「高校の選択というのは、結局どこの大学に行きたいかで選択しないといけないのよね。あなた成績優秀だし、やはり旧帝大クラス狙う?」
「旧六狙いで」
(旧帝大:旧帝国大学:東大・京大・東北大・九大・北大・阪大・名大)
(旧六:旧官立医大:新潟大・岡山大・千葉大・金沢大・長崎大・熊本大 但しその医学部のみを指すという説が根強い)
「ああ、やはり医学部狙う? あなた医学の知識凄いみたいだし」
「うーん。英文科とか考えているんですけどね」
「・・・・あなた今更、大学の英文科で習うような内容ある??」
小坂先生はマジでそう訊いた。
「でも、気が変わるかも知れないし、東大・京大クラスを狙える高校に行きなよ」
「ただ、私の性別問題に対応してくれる所にしか行けないから」
「川上さんが行きたいと思う高校と、こちらでも交渉するよ。校長先生にも動いてもらうし」
「じゃ、やはり第1希望はT高校かな」
「うんうん」
小坂先生は校長と連携しながら、青葉が第1希望と答えたT高校に連絡を取り、GIDの生徒がそちらに進学を希望しているが、戸籍上の性別ではなく本人の実態性別で受け入れてもらえないかということを打診した。
向こうでもそれまでの事例が無いことなので、生徒指導の先生や保健主事の先生なども含めて会議をしたりして対応を検討したようであるが、とにかく一度本人にも会いたいという話になった。
そこで6月中旬、青葉は母と小坂先生に付き添われてT高校を訪問した。模試などを受けていたらその成績が見たいと言われたので昨年夏と今年4月に受けた県下一斉模試の成績表を見せた。高校の校長先生が成績表を見て頷く。ここの高校の合格ラインは軽く上回っている筈である。
「性同一性障害とのことでしたが、ふつうに女生徒にしか見えませんね」と校長。
「この子はそもそも男の子として通学したことが無いんです。幼稚園の時からずっと女の子扱いで。小学校でもずっと女の子の服を着て、女子トイレを使い、水泳では女子の水着を着て参加していて、昨年はずっと女子の制服で通学していますが、その前年、前の学校でもほとんどの時間を女子制服で過ごしていたんです」と母が説明する。
「これ、私の昔の写真です」と言って青葉は大船渡の友人たちからコピーさせてもらった、自分の幼稚園や小学校の頃の写真のアルバムを見せた。どの写真を見ても青葉はふつうの女の子として写真に収まっている。
「わあ、可愛い」と女性の教頭が声をあげた。
「そのせいですかね。今見ても、とても自然ですね」と校長。
「これ、主治医の先生にあらためて書いてもらいました」
と言って、朋子は日本語で書かれたGIDの診断書(鞠村医師のもの)を校長に渡した。
「川上さんは全然他の女生徒と変わりません。うちの中学でもこの子を受け入れる時に、やはりあれこれ考慮してあげなきゃということで、随分話し合ったんですけどね。実際受け入れてみると、何も考慮する必要が無いんですよ。あまりにも完璧に女の子だったので。かなり拍子抜けしました」
と小坂先生は微笑みながら言った。
「そちら生徒手帳はどうしてます?」
「女子になっています」と言って青葉は自分の生徒手帳を見せた。
「分かりました。そちらの校長さんからも、ほんとにふつうの女生徒と何も変わりませんからとお聞きしたのですが、こんなに自然だとは私も思いませんでした」と校長。
「声変わりしてないんですね?」と保健主事の先生。
「ええ。私自分で小学5年生の時に睾丸の機能を停めてしまいましたから」
と青葉は笑顔で話す。
「それから実物を見てもらった方がいいと思うので、私のヌードを見てもらえませんか?」
などというので、校長と生活指導の男性教諭が席を外し、保健主事と教頭先生だけ残ったところで、青葉は服を全部脱いで、裸になってしまった。
「完璧な女性体型ですね」
「胸が大きい」
「はい。Cカップあります」
「ウェストもくびれてるし」
「ホルモンですか?」
「ホルモン製剤は飲んでいません。これは自分で体内の女性ホルモンを活性化させて作ったものです」
「この子は、気功の達人で、小さい頃から他人の病気なんかも治療してきているんですよ。いわゆる霊感少女みたいなものですね」
「へー」
「お股は・・・もう男性器は除去済みなんですか?」
「睾丸はもうありません。陰茎も来月手術して取ってしまいます。代わりに造膣をして、女性器の形に作り替えます。ですから陰茎はまだ存在しているのですが、今タックというものをしていて、外見上女性の股間に見えるようにしています。接着剤で留めているんですが、水泳などしても温泉に入っても崩れません」
「勃起はしないんですか?射精は?」
「少なくとも小学校に上がって以降、勃起の経験はありません。射精も1度もしていません。現在は海綿体組織がかなり退化しているので物理的にも勃起は不可能ですし、睾丸が無いので射精も原理的に不可能です」
「なるほど、これなら今でも女子生徒と一緒に着替えたりしても問題無いし、来月の手術が終わったら、もう完全な女性と思っていい状態になるんですね」
「はい。法律上、戸籍の性別は20歳まで変更できないのですが」
青葉に服を着させて、それから校長と生活指導の教諭を呼び戻す。
その後であらためて、青葉の交友関係(友人の男女比など)、生活状況などについても色々尋ねられたが、青葉がしっかりとした受け答えをするので、かなり好感してもらえた感じであった。
コーラス部の部長をしていてソプラノを歌っており、昨年の大会ではソプラノソロを歌って全国大会まで行ったと言うと「そんなに高い声が出るんですか」と驚かれた。
「恋愛対象は男性ですか?」
「男性です。現在男性の恋人がいます」
「相手は同い年くらいの子?」
「今年大学に入りました。関東の大学に行っているのでずっと遠距離恋愛です」
「この子、その人とはもう3年付き合っているのですが、最初の数ヶ月以降はずっと遠距離恋愛なんですよ。なかなかデートできなくて寂しいみたいですが」
「3年続いているのは凄いですね」
「私が大学に合格するまではお互い節度のある付き合い方しなきゃと言ってます」
「うんうん」
「この子が、こんなに女らしく育ったひとつの要因は彼氏とのお付き合いなんじゃないかと私は個人的に思っているんですけどね」と朋子。
「この子、お料理も得意ですし、休日にお友だちと一緒にお菓子作りとかしたりもしていますし」
高校側としても、これほど違和感が無ければ、受け入れに問題は無いだろうとその場で校長先生が言明してくれた。ただ、受け入れるとなると、一応の態勢作りなどもしたいので、高校側としても本人がこちらに入学するという前提で動きたいということで、他の高校を併願したりせずに推薦入学の形で処理する方向で検討しましょうということで話はまとまった。
6月の下旬に、青葉は親しい友人のひとりで女子卓球部の部長をしている奈々美から声を掛けられた。昨年は同じクラスだったのだが、今年は別のクラスになってしまっていた。しかし気の合う友人のひとりなので、顔を合わせれば色々おしゃべりをしている。
「青葉さ、卓球わりとうまかったよね」
「うん。結構好きかな」
「実はさ、うちの卓球部の女子、こないだまで6人いたんだけど、ひとり急にやめちゃって」
「あら」
「それでさ、来月大会があるのに団体戦のメンツが足りないのよ」
「あぁ。。。。」
「青葉、コーラス部の方で忙しいだろうし練習には来なくてもいいから大会にだけ出てくれない?」
「あ、それはダメだよ。私、染色体が女じゃないから出場できない」
「あ、そうなんだっけ? でも青葉ほど女らしかったら、染色体とか関係無いと思うけどなあ」
「いや、女らしいとかそういう基準で決まるものではないから。女らしさを言い出したら、女子スポーツ界は出場禁止になる選手がぼろぼろいるよ」
「う・・・確かに。でも青葉おっぱいもあるし」
「おっぱいで出場できる訳じゃないと思うけどなあ」
あまり奈々美が熱心に誘うので、顧問の先生に青葉が出場可能かどうか見解を聞いてみることにした。顧問の先生は
「オリンピックでは性転換してから何年かたった元男子選手は染色体の性に関わらず女子選手として出場できるんだよ」
と言い、県の体育連盟の方に問い合わせてくれた。体育連盟もそういうケースは過去に無かったようで、上部団体の方に照会して回答するという返事だった。翌日その連絡があった。
「中学生では過去に例が無いらしいのだけど、高校生では他県のテニスで昨年そういう事例があったらしくてね。欧米での対応事例などを参考にルールを決めたらしい。それで結論をいうと、去勢から1年経過している元男子選手は女子選手として出場可能」
と先生は言った。
「青葉、いつ去勢したの?」
「実質去勢したのは小学5年生の時だけど睾丸が消失したのは去年の7月」
「7月何日?」
「実際に消えたのは7月11日だけど、診断書をもらったのは7月14日」
「だったら出れる。うちの大会は7月14日だよ」と奈々美。
「えっと・・・・私15日にコーラス部の県大会があるんだけど」
「うん。だから練習とか出なくて試合にだけ出ればいいから。会場はこの学校だもん。コーラス部の方で練習してていいよ。試合直前に呼びに行くから」
「あはははは」
「ちなみに私、18日に性転換手術受けるから、その後1ヶ月くらいは稼働不能になるよ」
「それは心配ない。うちの卓球部弱いから、県大会に進出することは無いから」
コーラス部は、昨年全国大会に行き10位以内入賞したことから、今年は地区大会が免除となり、県大会からの出場となっていた。15日に県大会があり、3位以内に入れば29日の中部大会に進出。そこで3位以内になると、8月の全国大会に行ける。
「そういう訳で、私が18日に性転換手術を受けて、しばらくはとても歌えないんで、県大会は私がソロ歌うけど、中部大会では葛葉ちゃん歌って欲しいの」
と、青葉は職員室で、寺田先生のところに、美津穂・葛葉と3人で集まった場で言った。
「えー?よりによって中部大会ですか! 自信無いです。あ、川上先輩が中部大会の方を歌って、私は県大会の方というのではダメですか?」と葛葉。「いや。先に中部大会があれば、それできるけどね」と先生。
「葛葉ちゃん、やれる、やれる。それに採点はソロだけでされる訳じゃないから。演奏の全体で評価される分がほとんどだから、他のみんなが頑張れば少しくらいソロがとちっても平気」と美津穂。
「うーん。じゃ、みんなの頑張りに期待しよう。私、本番に弱いんですよー」
7月14日土曜日朝。千里がタイで性転換手術を受けるために成田空港から旅立った。手術日は4日後の18日で、夕方近くの予定である。青葉の方の手術も同じ18日の夕方の予定なので、おそらくほぼ前後して受けることになる。千里には桃香が付き添って一緒にタイに渡ったが、千里の妹さんも成田まで来て見送ってくれた。
「ちょうど東京に出てきたかったから、そのついでだけどね。この手術って死んだりはしないよね?」と妹さん。
「うーん。稀に死ぬ人もいるみたいだけど」と千里。
「じゃ、死なないように気をつけてね」
「ありがとう。お母ちゃんによろしく」
青葉は千里との霊的なコンタクトが取りやすいように愛用のローズクォーツの数珠を郵送して千里に持って行くように言った。元々千里に買ってもらった数珠なので、ふたりの間に強烈なリンクを張ることができる。
「手術中は何も身体に装着できないだろうけど、手術が終わって病室に戻った所で、ちー姉の手首に巻いてあげて欲しいの」と青葉は桃香に頼んだ。
「おっけー。でもそちらも大事にね」
「うん」
「タイのおみやげは何がいい?」と桃香。
「そうだなあ・・・・タイは宝石加工が盛んだから、何かいい感じの宝石のイヤリングがあったら。あまり高くない範囲で」
「イヤリングね?」
「うん。ピアスの方が多いと思うけど、校則で禁止なのよ。数珠をちー姉に選んでもらったから、何か桃姉に選んでもらいたいと思ってたのよね」
と言うと桃香は
「よっしゃー」と張り切っていた。
青葉自身は明日コーラス部の県大会なので、当然今日は練習に出ていくのだが、体操服の上下を着て出かける。(一応制服も持って行く)この日、青葉たちの中学の体育館を会場に行われる卓球の地区大会に助っ人で出るためである。
青葉の出場資格に関しては、昨年7月14日にMRIまで取って睾丸の消失を確認してもらった時の診断書があったので、それを本人が県の体育連盟の事務局を訪問して提示し、理事の人からいろいろ質問もされ、また本人が女生徒として生活している実態を付き添いの担任の先生と保護者に証言してもらった結果、今年の7月14日以降は女子選手として大会に出場可能であるという確認書を事前に交付してもらっていた。
「だけど、あなたが男の子だったということ自体、言われなければ誰も想像付きませんね。あなた女の子にしか見えないもん」
と最後に理事さんから言われた。
「ばっくれて出てもバレないよとかも言われたのですが、後でバレたら、よけい騒動が大きくなって嫌ですし。私、新聞とかに自分の性別のこととか書かれたくないですもん」と青葉。
「ですよね」
弱小卓球部なので、ユニフォームなどもなく全員授業の時の体操服である。青葉は大会のゼッケンをもらい、自分の服に安全ピンで留めてもらってから、コーラス部の部室に行き、明日の大会に向けて練習に励んだ。
11時頃、卓球部の部員のひとりがコーラス部の部室に来て、青葉を呼び出す。
コーラス部は、昨年は古いアップライトピアノが置かれた理科室で練習していたのだが、全国大会で入賞した結果、学校側が音楽室に隣接していた音楽準備室(とは名ばかりで実質ただの倉庫になっていたもの)を改装し、防音板を壁や天井に貼り、新しくグランドピアノも設置してくれたので、そこが新しい部室になっていた。
「みんな、ごめーん。練習しててね」と言って体育館に行く。
卓球の団体戦は、シングルス、シングルス、ダブルス、シングルス、シングルス、と5試合やり、3勝した方の勝ちというルールになっている。6人必要なので人数が足りないとその分が不戦敗になり圧倒的に不利なのだ。とにかく頭数だけでも揃えたいというので、助っ人に出ることになっていた。
「え?私が2番目なの?」
「うん。6人の内2人が先月無理矢理勧誘した1年生でふたりとも卓球ほとんどやったことないっていう子で、この2人にダブルスをやらせる」
と奈々美。どうもかなり泥縄のチームのようだ。
青葉が行った時は先頭の子が試合をしていた。結構うまい。
「うまいね」
「うん。うちの卓球部でいちばんうまい。最後までもつれたら絶対勝てないから先に実力者を並べる作戦」
「それで私が2番目でいいの?」
「まともに卓球できるのは今試合してる子と私だけなのよ」
「なるほど」
最初の子が勝ち、青葉の番になる。奈々美が持っているシェークハンドのラケットを借りて卓球台の前に行く。挨拶して試合を始める。正直青葉はルールもよく分かってない。サーブ権もよく分かってないので、なんとなく雰囲気に合わせてプレイした。そして1セット目を11-3で取った。
「あれー。勝てた」と青葉。
「青葉、やっぱりうまいよ」と奈々美。
「私、ルールもよく分かってないんだけど」
「来た玉を返してれば、その内相手がミスして勝つから」
「うん、それしか分からない」
2セット目は11-8で負けたが、3セット目はまた11-2で勝てた。3セット目は、ほとんど相手の自滅という感じだった。
「落ち着いて、落ち着いて」
「OK」
そして4セット目はデュースにもつれたが16-14で勝ち、チームに2勝目をもたらした。
「悪いけど、戻っていい?」と青葉。
「うん。もしまた出番が来たら呼びに行くね」と奈々美。
結局、この試合は1年生の初心者2人でやったダブルスも運良くフルセットで勝ち、3勝で青葉たちの中学は2回戦に進むことが出来た。コーラス部の方ではお昼で休憩をしてお弁当を食べていた時に「青葉〜、またお願い」と呼びに来た。
2回戦の相手は初戦で戦ったチームとは段違いだった。かなり強い。1戦目は歯が立たない感じでストレート負けをくらった。「あちゃー」と奈々美が言っている。「私も負ける。ごめんねー」と言って青葉は出て行ったが、青葉の相手は確かに強い!と思うのだが、その強さが空回りしている感じで、1セット目は11-2,2セット目は11-1で青葉が勝ってしまった。
「凄い、凄い、行ける行ける」と奈々美が興奮して言う。
「いやあ、向こうが自滅してるだけだから、立ち直ったら負ける」
と青葉は言ったのだが、結局3セット目も相手はサーブミスしたりスマッシュgがことごとくアウトになるなど自滅状態を続けて、11-4で青葉が勝ってしまった。
「私、ほとんど何もしてなーい。部室に戻るね」
と言って青葉はコーラス部に戻る。結局、その後は呼びに来られることもなく、15時過ぎにコーラス部の練習を終えて解散した。
体育館に一応寄ってみた。
「どうだった?」
「2回戦はあの後ダブルスはさすがにストレート負け。次のシングルスで私が何とか勝ったけど、5戦目は相手がもう強すぎて1ポイントも取れずにストレートで負けた。今個人戦の準決勝やってるけど、5戦目に出てきた子がさっき決勝に進んだところ」
「それは相手が悪すぎたね。うちの個人戦は?」
「全員2回戦までに敗退」
「まあ、今の1,2年生に来年以降頑張ってもらうしかないね」と青葉。
「そうそう。でも今の1,2年生は初心者ばかりで教える人もいないけど」と奈々美。
「ゼロからのスタートと思えば」
「実は今も既にゼロなんじゃないかという気もする」
卓球の大会の翌日、7月15日はコーラス部の県大会であった。青葉たちは富山市まで出かけ、今年の課題曲、そして自由曲の『合唱組曲・立山の春/五番・愛』
を歌った。例によって青葉のソプラノ・ソロをフィーチャーした編曲になっている。当初バックアップのソロである葛葉が E6 の音までしか出ないので最高音が E6 になるように半音下げて練習していたが、そのうち葛葉が F6 も安定して出せるようになったので、先月からは本来の調に戻して最高音が F6 になるアレンジとした。
また1年生に入ってきた子で、鈴葉(すずよ)という子がピュアな声質で高い声が出るので3人目のソロシンガーとして育て始めたが、彼女はまだ C#6 までしか安定的には出ないので、この歌のソロを歌うことはできない。
「しかしうちのコーラス部のソロって『葉』が付かないといけないのかな?」
「そんなことない筈だけど。偶然だよね」と青葉。
「3人とも『葉』の字の読みが違いますよね。青葉(あおば)・葛葉(くずは)・鈴葉(すずよ)」と葛葉。
今回の出場者は昨年の大会を経験している2,3年が多いのでみな落ち着いて歌うことが出来た。出番は出場校中のラストだったが、無難にこなす。そして青葉たちの中学はこの県大会を1位で通過した。
「じゃ、葛葉、29日はよろしくねー」と青葉が笑顔で言うが
「私、自身無ーい」と葛葉はまだ言っている。
青葉は16日は自宅で入院の準備などをし、17日は学校を休ませてもらって、手術を受ける病院に入院した。この日の昼以降はもう何も食べても飲んでもいけないということだったので、朝御飯は味わって食べた。
「今日から私付いてようか?」と朋子は言ったが、青葉は
「今日は手術する訳じゃないから大丈夫だよ。明日は付いてて」と笑顔で言う。
それで朋子はその日はふつうに会社に行き、明日・明後日を休むことにした。
「あ・お・ば・ちゃーん、いよいよ明日は女の子になれるね☆」
と病室に来て診察してくれた松井医師が楽しそうに言う。タックも外し、剃毛が済んだ青葉の男性器をもてあそんでいる。何だかそれをとうとう切断できるのが楽しみで仕方ないといった表情である。どちらかというと今すぐ切りたい雰囲気。青葉はこの病院ちゃんと存続していけるかしら、と少し不安を感じてしまった。
「ね、ね、あなた医学用語とかに凄く詳しいよね」と小声で松井医師は言う。「そうですね。興味持って勉強してたので」と青葉。
「ひょっとして普通のお医者さんレベルの医学知識持ってない?」
「あはは、それは時々言われます」
「将来、お医者さんになりたいとか思わないの?」
「なりたいような気持ちもあるんですけどね。私は祈祷師なので。患者さんが病院に来て、私が診察して、これは悪霊に憑依されてると判断して、おもむろに大麻(おおぬさ)とか取り出して、祝詞(のりと)唱え始めたら、患者さん逃げちゃいますよ」
「うーん。それは確かに私が患者でも逃げる」
「私の医学知識は、自分とこに来たクライアントが本来祈祷師じゃなくて医者の所に行くべきでは、とかいうのを判断するためのものなんです。ですから、私は医者になってはいけないと思ってます」
松井医師は頷く。
「そういうしっかりした定見持った祈祷師さんとは逆にこちらが組みたいね。正直、これは医者の仕事じゃないと思う患者も時々いるんだよね」
「きっと、昔は医者と祈祷師はそうやってお互いに補完し合ってたんじゃないでしょうか」
「たぶんね。今はちょっとお互いに不幸な時代だし、そのため迷子の患者も出ている気がするね」
「もし、青葉ちゃんがお医者さんになりたいんだったら、青葉ちゃん自身を手術しているところを見せてあげたいくらいだと思ったんだけどね」
「あ、私を手術しているところを写真とか動画とかに撮影できません?後で見てみたいです」
「ふーん。そういうの見るの平気?」
「それは全然平気です」
「青葉ちゃんのケースはとっても特殊だからね。記録が残ると、こちらも好都合だよ。誰かに撮影させよう」
「お願いします。もういっそリアルタイムで見ていたいくらいです」
「・・・・何なら下半身だけの部分麻酔で手術してあげようか?」
「え?いいんですか。嬉しい!それでずっと見ていたい」
「よし、それでやろうか」
松井医師はその件を鞠村医師と病院専属の麻酔科医とに相談した。
「性転換手術を下半身麻酔のみでなんて聞いたことありません」と鞠村。「反対です。患者が耐えられる訳無いです」と麻酔科医。
「でも、あの子の精神力はハンパじゃないよ。もし少しでも血圧や脈拍に異常が見られたら即刻全身麻酔に切り替えるというのはどう?」
「うーん・・・・」
青葉に再度確認すると、ぜひ見たいし自分は絶対大丈夫だと主張する。そこで硬膜外カテーテルを入れて下半身麻酔でスタートするものの、もし少しでも体調に変化が認められたら即刻全身麻酔に切り替えることにした。
「どっちみち術後の鎮静剤投与もあるし、硬膜外カテーテルはするからね。って、硬膜外カテーテルってのは分かる?」と松井先生。
「はい。寸止めして留め置きですよね。脊椎の硬膜の中まで針を入れずにその外側の所まで差し込んで留め置いたカテーテルから麻酔薬を注入する」
「さすがよく知ってるね。青葉ちゃん自身が麻酔を打ったことは無いの?」
と松井先生。
「あ、えっと硬膜外に打ったことはないです」
「ほほお。硬膜内なら打ったことあったりして」
「あまり追求しないでください。患者は助けましたから」
「ま、いいや」と松井医師は笑っている。
夕方は携帯でタイにいる桃香・千里と話した。タイとは時差が2時間ある。青葉は明日日本時間で16時からの手術の予定であるが、千里はタイ時刻で15時(日本時間で17時)の手術予定になっている。ただ、どちらも前の患者さんの手術の遅延などにより多少の変動が発生する可能性もある。
「青葉〜、おちんちん切られる覚悟はできたか?」と桃香。
「そんなのとっくに出来てるよ」と青葉は笑っていう。
「取っちゃう前に彼氏にニギニギしてもらう?」
「やだ。そんなもの見せたくない」
「千里〜、明日取っちゃう前にセックスしようよ」
などと桃香はこちらにも聞こえるように電話口で言っている。
「無理。これ、もう立たないもん」と千里。
「青葉、これが一時的に立つようにできる?」と桃香。
「それはできるけど・・・・」
「いや、絶対そんなの」と千里が言う。
「本人が嫌がってるからしない」と青葉は言った。
その日の夜遅く、千葉から彪志が到着した。母が富山駅まで迎えに行ってくれて、そのまま病院に連れてくる。本来は面会時間をすぎていたが、遠くから来たからということで病室に入れてもらい、1時間ほど話した。
「もし気が変わって手術やめる、と思ったら今しか逃げるチャンスは無いよ。一緒に逃げてあげてもいいよ」
と彪志。
「逃げたりしないよ。せっかく手術受けられることになったんだから。この病院の性転換手術だって、本来は18歳以上が条件なんだよ。それを特例中の特例で15歳で手術してもらうんだもん」と青葉。
「怖くない?」
「怖いよ」
「でも受けるんだね」
「もちろん。あ、キスしてくれると少し不安がなくなるかな」
母が微笑んで「ちょっとジュース買ってくる」と言って病室を出る。
彪志は少しかがみ込み、ベッドの上半分を20度ほど起こして身体を斜めにしている青葉にしっかりとキスをした。舌を絡め合い、濃厚に愛を伝え合う。
「ね・・・・最後に青葉、おちんちん見せてくれない?」
「やだ。私は最初から最後まで、彪志の前では女の子でいたいから」
「しょうがないなあ・・・」
「パジャマの上から触るだけならいいよ」
「え?」
青葉は彪志の手を取り、自分の股間に触らせた。
「お願い、キスして」
「うん」
彪志は青葉の股間の感触を確かめながら、青葉の唇にキスした。そのまま30秒ほど、また舌を絡め合う。
カチャッという音がする。ふたりは離れた。しかしドアはすぐには開かない。たぶん母が時間の余裕をくれているのだろう。
「彪志、私を捨てるなら、できたら今捨てて。それを考えてもらうために、今触ってもらったの。私は生まれながらの女の子じゃないし、逆に男の子としても振る舞えないから、あるいは彪志の期待に副えないかも知れない。でも、私、手術が終わった直後とかに捨てられたらショックで死ぬかも知れない。だから捨てるなら今捨てて欲しいの」
と青葉は小さい声で言った。
「捨てたりしないよ。青葉のこと好きだもん。そして青葉が男の子として生まれたということ、そして女の子になっちゃうということも承知の上で青葉のこと好きになったんだから」と彪志。
母は室内に入ってきたが、彪志は構わず再度青葉の唇にキスをした。
母はふたりがキスしたのは黙殺して「今日の天気は良いんだか悪いんだか分からない天気だったわねえ」などと言いながら、自分と青葉と彪志の分のジュースを並べる。それを飲みながら3人はふつうの会話をした。
「へー、卓球の大会に女子選手として出場したんだ?」
「去年タマが消滅した時に、何となく診断書まで書いてもらってたのが役に立った」
「でも青葉って着々と、女子としての実績を重ねてるね。コーラス部でソプラノを歌って、卓球の試合には女子選手として出て。これで女子高にでも進学したら完璧だね」
「それはさすがに受け入れてくれないだろうなあ。そもそも今、富山県にも隣の石川県にも、もう女子高は無いんだよ」
「あ、そうなんだ。そういえば、進学する高校も決まったんだったね」
「うん。霊能者の仕事の方も抱えてるから、ゆるい学校の方がいいかな、とも思ったんだけど、気が変わるかも知れないし、ハイレベルの大学狙える高校を選んだ方がいいと言われて。毎年東大に20人くらい入ってる超進学校。でも大学の選択に関しては確かにそうかも知れないなあと思って」
「そうそう3年の間に気が変わることもある」
「でも勉強が忙しくなると霊能者の方の仕事をセーブしないといけないかも」
「私はむしろ、大学出るくらいまでは基本的に学業優先にさせてもらった方がいいよ、と強く言ってるんですよ」と母。
「俺もそれに賛成だね」と彪志。
「最低料金とか作って、少し仕事を選んだ方がいいよ。どんどん仕事入ってきたら身が持たない」
「うん。それと、この仕事って、やれるペースに限界がある。マスコミとかに出て有名になった霊能者の多くが、それで仕事やりすぎてスポイルしちゃってるよね。竹田さんなんかは例外中の例外。あの人は化け物だよ」
「で、大学はどこ狙うの?」
「旧六クラス考えてるんだけどね」
「旧六って、俺の行ってる大学?」
「あそこも旧六だけど、今考えているのは地元の旧六」
「そっちか」
「自宅から通えるもん」
「自宅から通うのはさすがに遠くない?」
「大丈夫。朝早く出ればOK。新幹線が開通したら新幹線通学しようかなあ」
「新高岡駅、ここから遠いから、そこまで行く間に金沢に着く気がする」
「うん。それはそんな気もする。あの道いつも渋滞してるもんなあ」
「学部は? 医学部?」
「英文科とか言ったら、担任の先生から今更英文科に行く意味無いと言われた」
「同感。青葉みたいな学生に来られたら先生が困るよ。教えること無くて」
「ということで今考えてるのは法学部」
「弁護士になる?」
「ならない、ならない。祈祷師と医者の兼業もありえないけど、祈祷師と弁護士の兼業もあり得ないよ」
彪志はその日、青葉の家に泊まった。そして手術当日も朋子と一緒に病院に来た。
タイの病院でその日の夜、もう面会時間があと1時間くらいになった所で桃香はあらためて千里に言う。
「いよいよだね」
「うん。昨日くらいまではドキドキしてたんだけど、今は心の中が澄み切った感じで、明鏡止水の境地ってのかな、それに近い感じ」
「20年間付き合ったおちんちんとお別れする感想は?」
「特に無いかな」
「千里、去年の去勢手術の時も感想は無いって言ったね」
「うん。よくMTFの人には間違って付いていたものを取ってもらうんだとか感想言う人もいるけど、それって一種の言い訳じゃないかな、なんて思ったりする。私は自分で決めて体を改造することにしたわけだから、決めた通り進むだけ」
「それでいいと思うよ」
「ねえ千里、夕方も言ったけどさ、明日は女の子になっちゃうんだから、最後の記念に1回セックスさせてよ」
「無理だよ。どうやっても立たないから」と千里。
「ほんとに無理?」
「触ってみてよ。立たないでしょ?」
「残念だなあ。立つ内にやはりレイプしておくべきだった」
「何かほとんどレイプに近いこと、数回された記憶あるんだけど」と千里。
「気のせいよ。結局まともにやったのって成人式の翌日だけだよね」
「うん」と言って千里は少し優しい顔をした。
「仕方ないなあ。じゃフェラしていい?」
「うん、それなら。っていつもしてる癖に」
「でも、もうできなくなるからなあ」
桃香は千里の病院着のズボンを少し降ろすと、優しく舐めてあげた。それはもう性感帯でもなくなっているので、舐められて快感がある訳ではない。しかし桃香の愛が伝わってくる。千里は舐められながら、桃香が前方に伸ばした腕をずっと撫でていた。
面会時刻終了のアナウンスが流れる。桃香は名残惜しそうにフェラをやめた。
「でも。これで千里のおちんちんは永遠に私の物。だってこれ明日には無くなっちゃうんだから、これを舐めたのは私が最後になるもん」
「最後でなくても桃香以外に舐めた人はいないけど・・・でも舐めると自分のものになるの?」と笑いながら千里が言う。
「だって『つばを付ける』というしね。そうだ!これ私の物になったことだし、先生に言ったら、明日の手術で切り取った後、私もらえるかな?」
「桃香持って帰るつもり?」
「うん。去年摘出した、千里のタマタマもまだ冷凍保存してるよ」
「いいけど」千里は苦笑した。
翌日は前の人の手術がずれ込み、15時開始予定が16時(日本時間18時)の開始になった。手術室に運び込まれていく千里を見送り、桃香は青葉のローズクォーツの数珠を握り、目を瞑って千里の無事を祈った。唯物論者の桃香が「祈る」などということをしたのは、おそらくそれが初めてであった。
青葉の手術も既に始まっていることを母から連絡受けていた。このふたり本当に縁が深いみたいだけど、手術の時間までぶつからなくてもいいのに、と桃香は思った。
病室でじっと待つ。やがて母からの連絡で青葉の方の手術が無事終わったことを聞く。そちらも気になっていたのでホッとする。桃香は病室で千里が読んでいた雑誌を開き読み始めるが中身は全然頭に入らない。そしてやがて千里は病室に戻って来た。先生から手術の成功を聞き安心する。その件を母と、千里の妹さんに連絡する。
千里は麻酔で眠っているのでじっとそのまま待つ。医師から「これ頼まれたもの」
と言って、丸いプラスチックケースに入った物体をもらう。千里から切り取った男性器の残骸である。
「コップクン・マーク・カー(ありがとうございます)」
と桃香は医師に謝意を表した。
やがて千里が意識を回復する。
「千里、女の子になれたよ。おめでとう」と桃香。
「ありがとう。嬉しい。でも痛い・・・・」と千里。
千里はかなり痛がっている。桃香がナースコールして見てもらい、痛み止めを処方してもらったものの、そんなものでは効かないようである。
「苦しそう。大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃないかも」と千里。
桃香は千里の手を握ってやる。うーん。青葉がいてくれたらヒーリングさせるのにと思うが、今青葉自身も千里と同様の痛みに耐えているところだろう。せめて数日ずれていたらと思う。
この時千里はほんとに自分がこのまま死んでしまうかも知れないという気がした。少し血糖値が高かったのだが、このくらいなら大丈夫でしょうと言って手術してもらったのであるが、やはりそれがまずかったかなあ、もっと節制して、血糖値を下げてから手術を受けるべきだったか?などとも思うが今更である。
千里はほんとうに苦しくて、これは遺書でも書かなければいけないだろうか、というのまで考え始めていた。ただ、桃香が手を握ってくれて、身体をさすってくれているので、自分も頑張らなきゃと思って身体のバランスがばらばらになりそうな中、何とかそれをまとめようとし、アドレナリンを大量放出させていた。「頑張れ、私。せっかく女の子になれたんだぞ。これから自分の人生は始まるんだぞ」。千里は必死で自分にそう言い聞かせていた。
その時、桃香の携帯が鳴る。
「はい。青葉!? もう大丈夫なの?」
「桃姉、ちー姉の様子は?」と青葉。
「かなり苦しんでる」
「数珠、手に付けてくれた?」
「あ、忘れてた! ごめん。自分の腕に巻いたままだった」
と言って桃香は、青葉の数珠を千里の左手に巻き付ける。
「ヒーリングするよ。ちー姉」
「青葉・・・あんたこそ、大丈夫なの?」と千里。
「私は元気だよ。ハンズフリーにして、子宮の上に置いて」
「子宮の上ね。OK」
と桃香は言って、携帯を千里の「仮想子宮」の上に置いた。
青葉のヒーリングが始まる。桃香は初めて青葉の強烈なパワーを肌で感じた。何か見えないものが携帯から流れ出してきて、千里の身体に吸収されていくような感じだ。何かの錯覚だと桃香は思ったが、この際、錯覚でも幻覚でもいいから、千里の回復に寄与してくれたらいい。
「千里、どう?」と桃香。
「まだ痛い・・・・でもさっきよりはマシ」と千里。
その顔は明らかにさっきより生気を帯びている。
「青葉、まだヒーリング行ける? でもあんたは無理してないよね?」と桃香。
「うん。こちらもまだまだ痛いし、さっき鎮静剤も留め置いてるカテーテルから入れてもらった。でも、基本的な自分のヒーリングは完了したから。このまま30分くらい続けるよ」
「うん。お願い」
手術の傷は、膣の部分、大陰唇・小陰唇の部分、尿道口の部分、陰核の部分と広範囲にわたるが、どうも青葉が膣部分の傷を優先して治しているようだというのを桃香は感じた。たしかにそこがいちばんきついだろう。身体の表面に近い部分はまだ何とかなるはずだ。
青葉は30分と言っていたが、実際のヒーリングは1時間ほど続いた。桃香は時計を見た。桃香は面倒なので時計を日本時間のままにしている。1時だ。タイでは23時。桃香はさすがに青葉の体調を心配する。
「青葉、もう遅いよ。今日は無理しちゃだめ。千里はかなり楽になっているからこの後しばらくは自分の身体を治して」
「うん。そうしようかな。自分の身体を治せば、またその分パワーが出るから、また明日朝からちー姉のヒーリングやるよ」
「うん。無理しないでね」
「おやすみ」を言って電話を切る。桃香はまだまだ苦しげな表情の千里のお腹をずっと撫でてあげていた。
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【春声】(2)