【春二】(4)
1 2 3 4 5 6
龍虎Fは“いつものように!”朝寝ているMを襲撃していた。
ふたりはだいたい半分ずつ仕事を分割して担当しているが概して夜間の仕事はMが受け持っている。だからFは早く寝る分早く目覚める。それで寝ているMを襲撃するのである。
「あれ〜お腹の傷跡少し薄くなってない?」
と思いながらMのクリトリス?を刺激している。
「こら何やってる!?」
といってMが起きる。
「ねね、お腹の手術跡がMのは、ぼくより薄い気がするよ。ほら、ぼくのと見比べて」
「あれ?ほんとだ。なんでだろ?」
10月1-2日(土日).
奥村春貴は富山市内の高校に行き、バスケットのD級コーチの講習会を受け、試験にも合格してD級コーチの資格を取得した。D級審判のほうは7月下旬に取得していたのだが、コロナの影響でコーチの講習会が延期されていた。
実はウィンターカップ本戦でチームを率いるためにはD級コーチのライセンスが必要だった。万一春貴がここでD級を取れずH南高校がウィンターカップに行けた場合は、男子バスケ部の横田先生(C級を持っている)に名目上のヘッドコーチをお願いして春貴はアシスタントコーチとして実質指揮を執ることにしていた。
しかし春貴がD級を取れたので、これで富山県予選に優勝できたら本戦でもヘッドコーチとして参加することができる。
なお夏のインターハイの場合はD級があることが“推奨”。これは春貴のようにまだ1年目で、D級取得が間に合わない人がいることを考慮したものか?
『ザ・天下』の“プレ制作”は9月17日(土)から10月2日(日)まで行われた。
北陸組“忍城の攻防”は富山で撮影されたので、入瀬ホルン・麻生ルミナ・古屋あらた、など東京在住のメンバーが富山空港まで運んでもらい、制作に参加している。入瀬トラン・コルネ、古屋あんころなどは地元での制作となり負荷は小さかった。出演者はだいたい津幡の火牛ホテルに泊めている。
関東組“川中島”は千葉のララランド・スタジオで制作され、九州組を宮崎空港と藺牟田飛行場から2機のホンダジェットで郷愁飛行場まで運び参加してもらった。
制作中、貴美と春世の“男の子組”は、女子寮近くのメゾン・ドゥラ・カデット(“乙姫の家”という意味)に泊め、真和は男子寮の元紀の部屋に一緒に泊まった。典佳(月城たみよ)はもちろん女子寮の自分の部屋である。
真和を見た元紀がひとこと。
「お前かなり女性化してる」
元紀を見た真和がひとこと。
「お姉ちゃんこそかなり女性化してる」
典佳は「ふたりともお姉ちゃんと呼んであげるね」と楽しそうに言っていた。
松崎兄弟の中で第1子・月城朝陽(松崎貴美 2001大3)は信玄役をしてもらった。非常に体格が良いのが猛者の信玄らしい。彼は鹿児島市で普通に男子大学生をしている。野球選手だが、卒業後も野球を続けるかどうかは未定。ただ福岡の企業から声を掛けられているらしく、弟(その頃までに多分妹になってる)の元紀と同居することになるかも。彼の出番は10月3日以降は無い予定である。(当初は三方原も予定されていたが尺に収まらないので飛ばす予定)
第2子の月城すずみ(松崎元紀 2003大1)は東京にいる間にかなり女性化が進んだようである。でも今回は男役(馬場信房:武田家の家老)をしている。夏休みの初めから東京に滞在していたが、この川中島のあと福岡に戻る。でも彼は長篠の戦いの撮影にも再度出て来てくれることになっている。
第3子の月城としみ(松崎真和 2006高1)は、夏休み明けの9月頭には女子用のブラウスとスカートで学校に出て行ったものの「やっぱり女子制服で通うの怖い」といって9月はスカート登校する日とズボン登校の日があってふふらふらしていた。友人たちからは
「根性が無い」
「女の子になっちゃったんだからスカートで出て来なよ」
などと言われていたようである。
それでも今回のドラマでは男役(山本勘助)をしてくれた。
10月からは衣替えだが、女子制服を着るか男子制服を着るか悩んでいると正直に花ちゃんなどには言っていた。
「悩むなら上は男子制服で下はスカートとかは?」
などと彼の女性化を煽った妹(典佳)には言われていたが
「それはさすがに恥ずかしすぎる」
と言っていた。彼が女子制服を着ても全く違和感は無い。
第4子の月城たみよ(松崎典佳 2008中2)は、オーディションに合格した本人であるが、背が高く腕も太く、雰囲気が男っぽくて自称も「ぼく」なので、多くの子から「元は男の子だったけど性転換手術をして女の子になった」と思われている!(自分で言ってるし)
真和が小さい頃からスカートを穿いていて親からはほぼ女の子として扱われているのに対して典香はスカートなんて学校の制服以外には持っておらず、自称も「ぼく」だし、親からほぼ男の子として扱われており“典佳”は“のりよし”と読むという説もある!?
「ぼく“のりよし”だったけど、中学に入る直前に性転換手術受けて、その後名前の典佳を“のりか”と読むことにしたんだよ」
などと自分で言っていて、信じているガールズも多い!
第5子の月城流星(松崎春世 2010f小6)はサッカー少年である。今回も当然男役をしている。
制作が終わった後は、貴美・春世・元紀・真和の4人をまとめて藺牟田飛行場に送り届けた。貴美・春世は男装、元紀・真和は女装である。飛行場に元紀の車(タント)が駐まっているので4人で乗り、まず真和と春世を実家にポスト。ここで貴美と元紀も1時間ほど休憩し、それから貴美がタントを運転して鹿児島市へ(元紀は仮眠しておく)。ここで貴美が降りたあと、元紀が運転して明け方福岡市に戻った。
福岡のアパートに帰宅したら、元紀は自分の男物の下着も服も全部捨ててしまった。それで彼はその日から女物を着て出て行くしかなくなる。敢えて退路を断ったのである。こういうのは自分を追い込んだほうがいいと彼は思った。
真和は元紀とかなり話しあった結果、「迷ってるならまだ男の振りをしてろ」と言われ、月曜日からは取り敢えず男子制服“姿”で出ていくことにした。女子制服で出ていけばもう“後戻り”できなくなる。もっとも彼は既に“後戻り”可能なポイントをとっくに過ぎている。
彼は男子制服風の姿で出て行くにしても、ワイシャツではなくブラウスを着るし、下着も女物しか着ない。トイレも男子トイレは使わない(そもそも使用禁止されている)。生理が来た時は女子トイレを使わせてもらうし、その間は女子制服を着る。。。つもりだったが、16日に生理が来たことが女子全員に知られているので、実際には10月3日以降、男子制服を着てても女子トイレに入ることになってしまった。
また男子制服で登校した日も、部活(コーラス部)や音楽の時間は男子用ブレザーを脱いで女子用ブレザーを着てソプラノの所に入る♪またスカートを穿いてからズボンを脱げばボトムもスカート姿になってしまう!
真和は9月2日に肉体的には女の子の身体になっており、“魔女っ子千里ちゃん”との約束では、1ヶ月後に男に戻すかどうか決めるということだったのだが、“魔女っ子千里ちゃん”は10月2日 0:00 (東京の男子寮に居る)になっても来なかった。10/3 0:00 (鹿児島の実家に居る)にも来なかった。
きっと忘れているのだと思う。とにかくあの子は物忘れの酷い性格である(千里全員の共通の性格)。
真和としても男の身体に戻してもらう必要は無いと思っているのでこのままで構わない。そして学校もずっと女子制服でもいいかな・・・と思い始めている。
一方で、藤弥日古(広瀬のぞみ)は『天下』の撮影で東京に居る間は
「もう女の子になっゃったみたいね。それにそもそも実家でも妹さんと同室だったんだって?」(*37)
と言われ、女子寮の妹の部屋で一緒に寝泊まりしていた。彼のidカードの性別も女性に変更されてしまった。
でも部屋では妹に裸に剥かれて
「すごーい。本当に女の子になっちゃったんだ?」
と確認された。
「生理も来たのならもうパーフェクトだね」
そして、翌日(9/18 Sun) には女子寮の全員に「みづほちゃんのお兄さん、性転換手術を終えて完全な女の子になってお姉さんになったんだって。もう生理も来たって」と情報が伝わっていた!
10月2日(日) 夕方、弥日古はHonda-Jet
oldblueで宮崎空港まで送ってもらい母の車で都城の実家に帰還した。
弥日古は長袖Tシャツと秋物のロングスカートという格好である。明日からは衣替えだが、弥日古は冬服の女子制服で通学するつもりである。弥日古は既に学校の登録が女子になっているので女子制服で登校するのに何も問題は無い。むしろ男子制服を着てはいけない(そもそも持ってない)。
「楽しかった?」
と母に訊かれる。
「一応男役要員として呼ばれてるから男役(上杉四天王の甘粕景持)だったけど、ああいうお芝居するのは楽しいよ」
「それでどうするの?§§ミュージックに入るの?」
「まだ決めてないけど入ってもいいかなあと思ってる。私、大学とか行く頭無いし。それで高校出て、スーパーの店員とか、コールセンターで働くとかよりは、芸能関係の仕事してもいいかなあと。あそこは女社長だけあって、変なサービスを強要されたりすることも無さそうだし」
「そういう芸能事務所も結構あるみたいね!」
「それにあの事務所、アクアがいるのもあって、性別の曖昧なタレントさんやスタッフも多いから私みたいなのも居やすい感じで」
「ああ、それは大きい気がするよ」
それで弥日古は帰宅すると、御飯を食べお風呂に入る。身体を洗っていて
「ほんとに女の子の身体はいいなあ」
と思う。おっぱいがあるのは素敵だし。お股に余計なものが無いのも素晴らしい。
お風呂を上がると2階の自室に入る。
この家は3LDKである。それで夫婦が1階Aの部屋、弥日古(広瀬のぞみ)と真理奈(広瀬みづほ)が2階Cの部屋、留依香が2階Bの部屋を使っていた(*37). それで真理奈が東京に行ってしまったので、今この部屋は弥日古がひとりで使用している。
しばらくスマホゲームで遊んでいたが(←お勉強は?)22時頃眠くなってきたので
「結構疲れたかな」
と思い、布団に入った。
(*37) 弥日古と真理奈が同室になった経緯:(読み飛ばし推奨)
彼女たちの兄弟は下記である。(性別は出生時の性別)
藤井寿海2002(いずみ♂)
藤弥日古2004(やひこ♂広瀬のぞみ)
藤真理奈2006(まりな♀広瀬みづほ)
藤留依香2008(るいか♀)
最初に第1子の井寿海が独立して2階Bの部屋をもらう。次に第2子の弥日古も独立して2階Cの部屋をもらう。(この時点で両親は先のことを何も考えてない)
第3子の真理奈を両親の部屋から独立させようということになった時、部屋が塞がっているので、上のどちらかと同居させることにする。ここで井寿海は大きかったので、小さい方の弥日古と同居させた。一応2人の“領域”の間にはカラーボックスや段ボールを積み上げて分離している(年々真理奈の領域が広くなってきている気がするのは気にしない。弥日古は優しい)。
それにこの時点で弥日古の女性傾向が明確になっていて、弥日古は女の子下着を使いスカートを穿いていた。だから女の子の真理奈と同室でいいだろうと両親は思った。つまり両親は弥日古を女の子に分類していて、男の子の井寿海と女の子の弥日古を同居させることは考えなかったのである。
だから弥日古と真理奈は元々仲が良かったし、実は弥日古のお下がりのスカートとかを真理奈は穿いていた。弥日古が読んだ少女漫画を真理奈が読んでいた。それで実は真理奈は弥日古を元々「お姉ちゃん」と呼んでいた。2人の部屋にエレクトーンも置かれていて弥日古も真理奈も弾いていた。弥日古が音楽教室に行きたいと言ったので習わせることにし、真理奈もそれに興味を持ったのでふたりで一緒に通った。発表会では“姉妹で”お揃いのドレスで連弾したりしていた。ギターとかフルート(最初はファイフ)などは2本買ってもらい一緒に練習していた。
井寿海が高校進学で宮崎市に出たので、そのあと留依香がBの部屋に入った。一応部屋を真ん中で分けて、両者の間にはカーテンを引いているので、夏休みなどに井寿海が帰省しても特に問題無く部屋をシェアしている。
さて弥日古は布団の中でもスマホでゲームをしていたが、居間の時計が12時を告げた瞬間、部屋の中に少女の姿が現れる。
「こんばんわ、ヤコちゃん。ぼくは“魔女っ子千里ちゃん”だよ。女の子に変えてから1ヶ月経ったから男の娘に戻してあげるね」
「え?」
と弥日古が驚いている間もなく、“魔女っ子千里ちゃん”は弥日古の身体にタッチすると、消えちゃった!
「え?今更男の子に戻りたくないよぉ」
と思ったものの、弥日古は深い眠りに落ちて行った。
10月3日(月)朝。
弥日古は不快な感覚で目を覚ました。おそるおそる自分の身体に触ってみる。
「こんなの嫌だぁ」
と思う。
おっぱいが無くなり、平らな胸がある。そしてお股に手を伸ばしてみると、世にもおぞましいものが付いてる。その向こうに不快な2個の卵形物体の入った袋まで付いている。
「こんなの邪魔だよぉ。女の子に戻りたいよぉ」
と思って、弥日古は涙が出て来た。
取り敢えずトイレに行ってきたが、男の子固有のホースの先からおしっこが出るのは極めて不快である。しばらく半ばボーッとして考えている内に重大な問題に気付く。
今日は月初めなので学校では身体測定がある。
この身体ではとても身体測定が受けられない。物凄くやばい。
弥日古は松崎真和(月城としみ)に電話してみた。彼女以外に相談できそうな人を思いつかなかった。
「朝早くから御免。実は昨夜“魔女っ子千里ちゃん”が出てきてさ。『女の子に変えてから1ヶ月経ったから男の子に戻してあげるね』と言われて、今朝起きたらほんとに男の子に戻ってたんだよ。これどうしよう。今日は身体測定もあるけど、この身体じゃ受けられない」
真和ちゃんは話を聞いて言った。
「それぼくと勘違いしてる。ぼくはまだ女の子になるかどうか決断ができないと言ったら、だったら取り敢えずお試しで女の子に変えて、1ヶ月後に、このままでいいか男の子に戻すか聞きに来ると言ったんだよ」
「ああ」
「でも“魔女っ子千里ちゃん”は1ヶ月経っても来なかった。ぼくは女の子の身体を体験して、もうこのままでいいと思ってる。だから彼女が来たらこのままにしてくださいと言うつもりだったんだけどね」
「うーん・・・」
「それを間違えてヤコちゃんとこ行って、しかも“女のままか男に戻すか選択”という話が“男に戻す”ということになってるし、酷い勘違い」
「これどうしよう?」
「ヤコちゃん。今日は取り敢えず学校休みなよ」
「あ、そうだよね」
「その状態で学校に行ったら大騒動になっちゃう」
「騒動になると思う」
「そして何とか、“魔女っ子千里ちゃん”と連絡を取るしかないと思う」
「でもどうやって?」
「うーん・・・」
「待って。ちょっと訊いてみる」
「うん」
それで真和は妹の典佳(月城たみよ)に電話してみたのである(10/3 7時頃).
「朝早くからごめん。のりちゃん“魔女っ子千里ちゃん”から、ぼくに生理来るんじゃないかと聞いたと言ってたよね。彼女と連絡取れる?」
「どうしたの?女の子になったのに更に女の子になりたくなった?」
「それ意味不明。いや実は面倒な話なんだけど」
話を聞くと典佳は笑っていた。
「あの子らし〜い。あの子、物忘れや勘違いが多いらしいんだよ。男子寮の子(七石プリム)から聞いたけど、あの子前にも女の子にしてあげると約束してた子とは別の子をうっかり性転換させちゃったりしたことあるらしい」
「ああ、それとケースが近い」
「その時は『ちんちん無くなっちゃったぁ』と泣いてる子を説得して、女の子はどんなに素晴らしいか、女の子になるとこんなにいいことがあると口説き落として、なんとか女の子になることに同意させたらしいけど」
いいのか?
「でもそれ笑い事じゃないよね。連絡取れないか試してみる」
「お願い」
それで典佳は先日もらった護符を目の前に置いて『山の魔王の宮殿にて』(*38) を吹いたのである。
何も起きない。
あれ〜?もしかしてあの子寝てるのかなあ。
でもこれヤバいぞ。
(*38) “魔女っ子千里ちゃん”と約束したのは『アニトラの踊り』である。典佳の勘違い。でも確かにこの時間帯は寝てるかも。
典佳は少し考えているうちに、ひかりちゃん(七石プリム)に連絡してみることを思いつく。彼も“魔女っ子千里ちゃん”のことを知ってるふうだった。それで電話して手短に事情を話す。
「ああ。ちょっと待って」
と、ひかりは言うとフロントに電話してみる。
「はい」
という声がある。
「ユキさん。ひかりです。ちょっと頼みがあるんですが」
と言って簡単に事情を話す。(声だけでユキとツキの区別が付くひかりはレベルが高い)
「オーリンらしいね〜」
とユキは笑っている。うん。やはりこれ笑うべきことだよね。のぞみちゃん本人は焦ってるだろうけど。
「オーリンは風来坊で捉まえるのは結構難しい。のぞみちゃんに姫路に行くように言いなさい」
「姫路ですか?」
「オーリンは北海道の留萌P神社のP大神様のしもべなんだよ。彼女の力の源はP大神の力」
「へー」
「留萌まで行くのが確実かも知れないけど大変だから、姫路に行くといい。そこにP神社の遙拝所があるんだよ」
「ああ」
「そこでお祈りすれば本人が捉まらなくても大神様が何とかしてくれる可能性がある」
「なるほどー」
「だから公共交通機関を使わずにそこまで行くように言って」
「うん」
「正確な住所は確認して教えてあげる」
「分かった」
それでひかりはまず花ちゃんに電話する。
「すみません。私用で申し訳無いのですが、広瀬のぞみちゃんを至急都城から姫路に運びたいんです。今日、宮崎空港から岡山空港か神戸空港へHond-Jetを飛ばしていたただけませんか?最悪ミューズ飛行場でもいいです。回送費用まで含めて、私が全部費用を出します」
「それなら昨日彼女を宮崎空港まで送って行ったホンダジェットがまだ宮崎空港に居るから、それを使おう。どこに降ろすかと費用の件は後で」
「ありがとうございます!」
「これ多分あとは直接のぞみちゃんと話した方がいいよね?」
「はい、その方がいいと思います」
「了解。そうする.君はもう学校に行きなさい」
「分かりました。よろしくお願いします」
それでひかりは、弥日古に電話した。弥日古はひかりからの連絡に驚いていた。つまり、真和に連絡したのが、真和→典佳→ひかり、と連絡が行ったのである。“魔女っ子千里ちゃん”の勘違いから、既に大騒動になっている。
「今すぐ姫路に行って欲しいんですよ。姫路のどこに行けばいいかは追って連絡します。宮崎空港から飛行機を飛ばしてもらえるよう花ちゃんに頼みました。だからのぞみちゃんは、公共交通機関を使わずに宮崎空港まで行って、昨日乗ったホンダジェットに搭乗してください」
「分かった。ありがとう」
それで弥日古は母に頼んだ。
「§§ミュージックで急ぎの仕事があるらしいんだよ。今日学校休んでそちらに行きたいから、お母ちゃん宮崎空港まで連れてってくれない」
「うん。いいよ。あんたが就職するかもしれない会社だもんね」
それで母は弥日古を朝から宮崎空港に連れて行ってくれたのである。
ところで伏木にいる青葉(青葉L)は、一応あちこちからの作曲依頼はあり、週に1曲程度書いているものの、基本的には暇を持てあましていた。その日、ふと庭を見たら真珠が何か車(放送局のヴェゼル)にスプレー?を掛けてるようである。
「どうかしたの?」
「青葉さん、どうか幸花姉さんや神谷内さんには内緒で」
「何したのよ?」
「いや車の左側を電柱で擦ってしまって」
「ああ」
「いや、その電柱車道にはみ出してたんですよ。酷いと思いません?」
「ああ、田舎道にはよくあるよね」
「ちょうど向こうから来た金沢ナンバーの車がセンターラインはみ出して走ってきたんですよ」
「田舎道に慣れてないドライバーにはありがち」
「それでその車を避けようと左に寄ったらちょうどそこに、はみ出した電柱があって」
と真珠。
「それは仕方無いよ。説明したら神谷内さんも叱らないよ」
と青葉。
「そうかも知れないけど、見付からなければもっといいから修復してるんです」
「なるほどー。でも傷の修復ってどうやるの?」
「色々細かい手順はあるんですけどね。まずは傷の出来た付近を紙やすりで削って平坦化するんですよ」
「削るんだ!?」
「傷は概して不規則にできてるんで」
「なるほどー」
「その上に車に使用されているのと完全に同じ色の塗料を塗ります」
「同じ色の塗料が売ってるんだ?」
「車には何番の塗料を使ったと書いてありますからそれを買ってくればいいんです」
「へー」
「それが固まったところでその塗料を紙やすりで削ります」
「また削るの?」
「塗料を塗ったところはどうしても周囲より盛り上がるから」
「あっそうか」
「それで完全に周囲と同じ高さになるようにするんですよ」
「結構精密な作業だね」
「ええ。この部分が一番神経を使うんですよね」
「すごいね。でもそれ結構お金も掛かったでしょ」
「まあこのくらいいいですよ」
「五千円寄付するよ」
「わっ。ありがとうございます!」
弥日古は着替えを2日分持った上で、(女子)制服の冬服を着て、母の車に乗る。その宮崎空港に向かう車の中で、花ちゃんからメールがあり、
「11時に宮崎空港から離陸できるけど間に合う?」
とあるので
「9時頃到着予定です」
と返事する。それで
「神戸空港までフライトできるから」
ということであった。弥日古は花ちゃんにお礼のメールをした。
その後、ひかりからメールがある。
“姫路市・立花北町xx-xx 立花K神社内三泊P神社”と書かれている。境内摂社か何かだろうか。「降りた空港からレンタカーか何かでここまで移動して。タクシーは禁止ね」と書かれている。弥日古は“トラフィック・シグナル”のメンバーなので、公共交通機関の使用が原則禁止である。(通学のバス・列車だけは“時間差通学”することで例外的にOK)
「レンタカーか何かでと言われたんだけどどうしよう?」
「じゃ私も付き合ってあげるよ」
と言って、母も神戸空港まで一緒に飛んでくれることになった。母はレンタカー屋さんに予約を入れていた。
2人を乗せたHonda-Jet
oldblueは、11:10くらいに宮崎空港を離陸し、12時過ぎに神戸空港に着陸した。母はビジネスジェット初体験に
「VIPになった気分だね」
とはしゃいでいた。
空港のレンタカーで予約していた軽自動車を借りる。渡されたのはタントであった。ショップの人に頼んでカーナビに住所を入力してもらい、ETCカードも差して出発する。1時間半ほどでK神社に到着した。
「お母ちゃん、駐車場でちょっと待ってて」
「うん」
男の身体に戻ったなんて話は母には聞かせられない。
それで弥日古は車から降りて、神社の境内に入る。本殿でお参りしてから境内を歩いていると、小さな社殿が2つ並んでいるのに気付く。最初により立派な社殿にお参りする。旭岳神社と書いてあった。続いて少し小ぶりの神社にお参りする。ここに三泊P神社と書かれている。
ここか!
と思ってお参りした直後、声を掛けられた。
「あれ?君、広瀬みづほちゃんのお姉さんだったっけ?」
振り返ると、27-28歳の巫女さん?が立っているが、“魔女っ子千里ちゃん”と顔がよく似てる。
「あの・・もしかして“魔女っ子千里ちゃん”のお姉さんでしょうか?」
「ああ、あの子に会ったんだ!」
「はい。あの失礼ですが、彼女に連絡が取れないでしょうか」
「なんか事情があるみたいね。立ち話もなんだし、中に入らない?」
と言って、弥日古は社務所の中に案内される。
巫女?衣裳の女性は「立花K神社禰宜・村山千里」という名刺をくれた。巫女さんじゃない?もしかしてもっと偉い人?でも“禰宜”の字が読めないよーと思う。
「そちらも千里さんなんですか?」
「ああ、千里は10人くらい居るんだよ」
「そうなんですか!?」
「みんな千里で訳が分からないから、各々セカンドネームを持っている。私はロビンで(←大嘘つき!)、君が会ったのオーリンだよ」
あ、“オーリン”って名前をひかりちゃん(プリム)も言ってた。やはりこの女性はあの子の縁者みたいと思う。
「お姉さんか何かだったら、よかったら私の話を聞いてもらえませんか」
「うん。いいよ」
それで弥日古が事情を説明すると、千里さんは大笑いする。
やはりこれ笑うべき話?ぼくとしては深刻なんだけど。
「あの子は昔からその手の勘違いや物忘れが酷いんだよ」
などと言っている。
「要は、君を女の子に戻せばいいんだよね」
「はい」
「じゃ戻してあげるから」
「ほんとですか?」
「今夜性転換を掛ける、明日の朝にはちゃんと女の子になってるから」
「ありがとうございます!」
この人が言うのならちゃんと女の子に戻れそう、と弥日古は思った。
「ただ、私に助けてもらったって人には言わないでね。でないと性転換希望の人が殺到して、私仕事できなくなるから」
「はい、誰にも言いません」
「取り敢えず握手しよう」
「はい」
それで握手したが、凄く力強い手だと思った。何かスポーツをしてる人かな?
「そうだ。君今日一日、時間が取れる?」
「あ、はい取れます」
本当は今日中に都城に帰りたいけど、こういうシチュエーションでは他の仕事が入ってない限り「時間は取れます」と答えろと、東京の研修所で玉雪係長から言われたよなと思った。
「だったら今日の夕方から頼みたい仕事がある」
「はい、やらせてください」
「君確かトランペット吹けたよね」
「はい、マジで大得意です」
「よしよし」
と言って千里さんは苦笑していた。
千里は「多分訊かれたら得意ですと答えろと教育されているのだろう」と思った。でも本当に自信があるので“マジで”を付けたのだろう。
「実は夕方から、常滑舞音ちゃんのCM撮影があるんだよ」
「舞音ちゃんですか!」
「君が出てくれるから少しシナリオを変える」
「すみません!」
と言ってから弥日古は付け加える。
「ただ今日は楽器を持ってきてないのですが」
「ああ、そのくらいすぐ手配させるよ」
と言ってどこかに連絡していた。
「それとすみません。母を車で待たせているのですが」
「それはいけない。あがってもらって」
と言い、千里さんも一緒に駐車場に行く。
母が車から降りて来る。
「広瀬のぞみちゃんのお母さんですか?私(わたくし)、村山と申します」
と言って、千里さんは名刺を渡す。
「あら、取締役さんですか!うちの子供たちが大変お世話になっておりまして」
と母は言う。弥日古が見ると
《§§ミュージック取締役・村山千里》
と印刷されている。え〜〜〜?千里さんって、§§ミュージックの取締役さんでもあったの?
「実は急ぎのCM撮影がありまして。明日にはテレビでオンエアしなければならないので」
「それは急ですね!」
それで母にも社務所に上がってもらう。
40歳くらいの巫女衣装?の女性がお茶とお菓子を持ってきてくれる。
「あら、この神社は?」
「私が禰宜(ねぎ)、こちらが巫女長(みこちょう)なんですけどね」
「まあ、禰宜さんに巫女長さんですか!?」
弥日古は“禰宜”って“ねぎ”って読むのだったのか!と思っている。
その巫女長さんも名刺を出したので母が受け取った。
「権禰宜(ごんねぎ)って書いてある」
「一応神職の資格も持っているので権禰宜にしてもらっていて昇殿祈祷などもしますが、宮司か禰宜がいる時は巫女長ということで」
「ああ」
「彼女がいるから私も安心して出掛けられる。特に今年はかなり不在にした」
「でも宮司よりは居る確率が高い」
「確かに。宮司が留守がちなものでこの神社はだいたいこの2人でやってるんですよ。あとは中高生のバイト巫女さんと」
「それと千里ちゃんはこの神社を拠点にした立花剣道錬成会の師範代だね」
「禰宜も師範代も無給だけどね」
「むしろよく錬成会の参加者におやつをおごってる」
「まあ師範も無給だしね。§§ミュージックのほうは、会社乗っ取りに対する防衛のために私が1%の株を持っているだけで、会社運営にはあまり関わってないんですけどね」
「ああ、そういうことですか」
「会長・社長・アクアが33%ずつ持ってて私が1%です」
母は一瞬考えたが
「なるほどー!4人の内3人が同意しないと重要事項は決められない」
と感心したように言う。
「そうなんですよね」
と千里さんは言ったが、弥日古はさっぱり分からない!
(母は会社合併などの重要事項は株主総会で2/3以上の賛成が必要なことを知っている)
「だから取締役はほぼ名前だけで、役員報酬ももらってません。もっとも配当が凄まじいですが」
「凄いでしょうね!」
「レンタカーで来られたのなら返してきてください。終わったらこちらでお送りしますよ」
と言って千里さんは助手の伊呉さんという人を呼び、母の車と一緒に姫路市内のレンタカー屋さんに行き、そこで乗り捨て・精算の手続きをした。そして伊呉さんの車で母は制作場所に向かった。
伊呉さんは「宮崎空港との往復のガソリン代も含めて」と言い、レンタカーの代金に加えて1万円母に渡した。母はレンタカーの代金やガソリン代はクレカで払い、§§ミュージックからは現金でもらって助かったようである(支払日までに使い込まないようにね)。
なお仕事がらみになったことで、ホンダジェットの運行経費は全額§§ミュージックの負担となり、七石プリムの負担はゼロとなる。
一方、弥日古は千里さんと一種に§§ミュージック姫路分室(§§ミュージック音楽教室・姫路教室を併設)に行った。
姫路分室には古い船のセットが作られている。但しほとんどハリボテである。こちら側の舷側(げんそく)だけで、向こう側は作られていない。舷側板の向こうには単に鉄骨で架台を組んでいるだけである。いちばん上にフロアが作られており、そこへは梯子で登る。万一転落した場合に備えて周囲には走り高跳びで使うようなクッションがたっぷり置かれている。
姫路分室のスタッフが「トランペット届いてます」と言って千里さんに楽器ケースと新品のマウスピースを渡す。
「吹いてみて」
「はい」
それで弥日古は『展覧会の絵』の冒頭を吹いてみせる。
「かっこいいね!」
と千里さんも姫路分室のスタッフさんも拍手してくれた。合格のようである。
「これ君の衣裳ね」
と言って渡されたのは、竹取物語で船頭の役をした時に着たのと似た貫頭衣風の衣裳である。正確には筒型衣というらしい(*39).
やがて若い女の子たちが入ってくる。こちらを見ると
「あ、広瀬のぞみちゃんだ」
「おはようございまーす」
と挨拶するので、こちらも
「おはようございます」
と挨拶を交わす。
この子たちは関西の信濃町ガールズたちで、姫路教室の子からピックアップして集められたらしい(*40)。しかし本部生でもない自分の顔をよく覚えてるなあと弥日古は思った。
彼女らも筒型衣を着る。彼女たちの衣裳も弥日古の衣裳も麻製だが、彼女らの衣裳は生成り(きなり)で、弥日古の衣裳は黄色く染めてある。化学染料ではなく古来の苅安(かりやす)で染めていると説明された。このあたりはかなり凝っている。
(*39) 本来の貫頭衣というのは、毛皮やフェルトなどに頭と腕を出す穴を空け、かぶって着る服である。ところが魏志倭人伝の記述によれば、倭人は貫頭衣っぽいが少し縫った服を着ていたと言う。つまり毛皮とかフェルトなどは穴を空けてもいいが、糸を織って作った布地に穴を空けるとそこからほつれて分解してしまう。また、当時の織物は幅が30cm程度以上にはできなかったので1枚では身体全体を覆えなかった。
それで日本人は恐らく2枚の布地を縫い合わせるが、頭を出すところと腕を出すところを縫い残したものを着ていたと推定されている。こういうものを筒型衣という。日本の環境ではそのまま着られるような大型の獣の皮が入手できなかったこと、フェルトを作る技術が無かった(平安頃までモンゴルから輸入していた)ことから生まれたものだろう。
(*40) 兵庫県内には現在神戸教室・姫路教室・豊岡教室の3つの教室があるが、§§ミュージックの分室も置かれているのは姫路のみ。関西支部は伊丹空港のそばにあるが、(兵庫県)伊丹市ではなく(大阪府の)豊中市である。伊丹空港は豊中市・池田市・伊丹市に跨がっている。
やがて佐藤ゆかと山道秋乃@FlowerSunshine、それにトラフィック担当の平田結花子マネージャーが来る。弥日古も含めてみんなで
「おはようございます」
と挨拶する。3人も「おはようございまーす」と明るく挨拶して、リハーサルが始まる。
佐藤ゆかはパンダ役で、山道・平田が女官らしい。つまり平田マネはマネージングの仕事ではなくリハーサル役として来たようである。平田さんは170cmくらいあるので、夕波もえこか月城たみよか、背の高い子の代役だろう。パンダは舞音ちゃんだろう。佐藤ゆかちゃんはそもそも舞音ちゃんのリハーサル役によく起用されている。結果的に舞音ちゃんより忙しい。
先に台本の読み合わせをする。5パターン撮るらしいが基本的な流れは同じである。これは姫路拠点のお菓子メーカーH製菓の栄養補助食品“パンダエナジー”のCMと説明された。だからパンダのようである。
下記は台本の一例。
船が嵐に遭っている→みんな頑張って漕いでいるが、なかなか嵐を脱出できない→船頭(広瀬のぞみ)がラッパを吹く→パンダ登場→パンダが「あれで行こう」と言う→女房装束の2人がみんなに“パンダエナジー”を配る→みんな元気が出る→船頭が「島があるぞ。あそこに向かって漕げ」と言う→嵐を脱出→島の浜辺でひとやすみ→“パンダエナジー”は凄いなあ。
極めて安直な30年前のシナリオという感じだが、こういうのが結構いいのかも知れない。なんかコピーライターさんが作ったCMとかだと、イメージは素敵でも、何のCMなのかさっぱり分からんというのが多い。
船頭がトランペットで吹くメロディーは“パンダのテーマ”といって、この商品のCMではおなじみの曲らしい。弥日古が出ない場合、録音で流す予定だった。
読み合わせを充分した後で衣裳を付けてリハーサルするが、佐藤ゆかちゃんにはパンダの着ぐるみ、山道・平田には女房装束が渡される。この女房装束はワンタッチ振袖のように、簡単に着脱できるようになっている。ただし「船の上に乗ってから着ぐるみ・女房装束は着けてください」と言われていた。あれを着たまま梯子の上り下りをするのは危険だ。
着ぐるみと女房装束はロープで吊り上げていた。
舞音ちゃんたちの予定が遅れているようなので、ケンタッキーなど配っておしゃべりしながら待っていると、やがて19時頃、スタジオに
「やっほー」
と言う元気な声とともに常滑舞音がやってきた。
「おはようございます」
とみんな挨拶する。
そして舞音ちゃんの後ろに、付き人みたいにして付いてきたのは、ひとりは予想通り月城たみよちゃんだったが、もうひとりは広瀬みづほ!(弥日古の妹・真理奈)であった。真理奈が弥日古と母に手を振る。
「今東京から来たの?」
「私たちは岡山から移動してきた」
と真理奈。
「あ、岡山空港に降りたんだ」
「降りたのは高松空港」
「え!?」
舞音ちゃんが言う。
「私は昨夜の内に徳島飛行場に降りて、徳島のホテルを2時に出て早朝スクーターのCM撮って。午前中たみよちゃん・みづほちゃんと一緒に高松でCM撮って。午後からは2人に加えて岡山の信濃町ガールズたちと1本CM撮って、そのあとここに移動してきてジャジャジャジャーン」
「なんてハードなスケジュール」
「舞音ちゃん凄いし、私もたみよちゃんも丈夫なのがとりえ」
と真理奈。
「ああ、みづほは体力ある」
と弥日古。
真理奈は実は小学生の頃は水泳をしていて、学年別の地区大会で優勝したこともあるが、弥日古は敢えてその件には触れなかった(理由は後述)。しかしそのお陰で肺活量が凄まじく、歌でも長いフレーズをノンブレスで歌えるし、フルートの息継ぎも最小限で済む。
「タレントの基本は体力よ」
と舞音ちゃんは言ってる。
「いやこの子ほんとに体力ありますよ。たみよちゃん・みづほちゃんもスポーツやってたからね」
と本人も疲れ気味のマネージャー悠木恵美。
なお舞台は最初、奈良時代の役所で決算を前に頑張る人たちが“パンダエナジー”を食べるというシナリオだったらしい。多数の文机が並ぶセットが用意されていた。パンダはきっと中納言か何かで、内侍所の女官2人が助手という設定だった。
しかし弥日古が出るならということで、急遽船のセットが用意された。
それで舞音ちゃんは聞いていた話と違うので
「何でお船があるの〜?」
と驚いていた。
「うん。ちょっと予定が変わった」
と千里が言っている。
「それで新しいシナリオはこんな感じだから10分で覚えて」
「アイアイサー!琴沢先生」
それで舞音、月城たみよ、広瀬みづほが台本を読んでる。
弥日古は真理奈(広瀬みづほ)に小さな声で訊いた。
「琴沢先生って?」
「知らなかったの?こちらは大作曲家の琴沢幸穂先生だよ。松本花子の社長でもある」
「うっそー!?」
月城たみよが弥日古に訊いてきた。
「今朝困っていた件、何とかなりました?」
「ありがとうございます。何とかなりそうです」
「よかった」
と答えながら弥日古は「そうか。真和(まな)ちゃんから妹の典佳(のりか:月城たみよ)ちゃんに照会がいき、そこからひかりちゃんが対応してくれたんだ」
と思い至った。
なお舞音たちが来たのでリハーサル組は帰った。多分明日は、明日の舞音の仕事の分のリハーサルがある!年末が近づいているので舞音の学校はほぼ無視されている。特に今月は土日に長時間時代劇の制作があるので、他の仕事が平日に回されている。でも明日は運が良ければ午前中は学校に出られる。
15分後に読み合わせをする。一発でうまく行く。舞音ちゃんはもちろん、月城たみよも広瀬みづほも全くとちったりしない。舞音ちゃんってこういうスキルが高いからハードスケジュールをこなせるんだなと思った。
それで撮影が始まる。5パターンの収録を1時間ほどで終えた。終わったのは21時である。それで地元のガールズたちは舞音とひとりひとりエア握手してあげてからムーランのお弁当とギャラを渡して帰した。多くは保護者が来ているが、都合のつかない子は姫路分室のスタッフが送っていった。
さて
「今日はもう東京に帰れないね」
と悠木恵美が言っている。
「今から神戸空港に行っても離陸時間に間に合わない。ミューズ飛行場を使う手はあるけど、ミューズにしても郷愁飛行場にしても夜間はできるだけ離着陸しないという口約束があるから」
「みんなごめーん。明日の朝の帰還になる」
「なんかそんな予感はしてた」
と月城たみよ(松崎典佳)が言っている。
「何なら車で送ってあげようか」
「夜中8時間も車に揺られたら明日稼働できません」
「素直に朝一番の帰還で」
「じゃジェット機は全部小浜に回送しよう」
「つまりこれから小浜まで行くんですね」
「明日の朝ね」
千里さんが弥日古の母に謝る。
「すみません。今すぐ神戸空港に向かっても離陸時間に間に合わなくて。大変申し訳ないのですが、明日朝の帰還にさせてください」
「ああ、全然構いませんよ。就職予定の会社の研修と言えばいいですから」
「なるほどですね」
舞音と悠木恵美は姫路分室内の特別室で休ませる。月城たみよ、広瀬姉妹と母、なども姫路分室内に部屋を取ってもらって休んだ。母は久しぶりに娘の顔を見られて嬉しかったようであった。食事は各部屋に配った。
なおこの日(10/3 Mon)都城の藤家では、父と留依香の2人だけで、晩御飯はカップ麺で済ませたらしい。(父も留依香も御飯を作る気は無い)
薩摩川内市。松崎家。
10/4 0:00 真和の部屋に唐突に“魔女っ子千里ちゃん”が現れる。
「ぼくグレースに叱られちゃった。真和ちゃんと間違ってヤコちゃん所に行ってた。真和ちゃんを男の子に戻すんだったよね」
「ぼくは女の子のままでいい」
「そうなの?」
「この身体が気に入ったから女の子のままで居たい」
「OKOK。もし法的にも女の子になりたくなったらぼくを呼んでね。手続きしてあげるから」
「どうやって呼ぶの?」
「弟の典佳(のりよし)君に教えといたから」
「了解」
「アニトラの踊りを吹いてもらえばいいから」
「へー。アニトラの踊りね」
しかし“弟の、のりよし君”か。確かに弟の感覚に近いよね。
「ヤコちゃんが突然男の子に戻されて困ってるみたい」
「ほんと?ちんちんとかあったら邪魔だよね。じゃ女の子に戻してきてあげよう」
「よろしく」
「邪魔なちんちんはチェーンソーで切り落とせばいいかな」
と言ってチェーンソーを取り出す。
「できたらもっと穏やかな方法で」
「じゃハサミにしようかな」
と言って裁ちばさみを取り出す。
この子、ジョークのネタのためだけに色々な物を用意してるようだなと思う。
「できたらもっと穏やかな方法で」
「まあ適当にやるよ」
と言って彼女は姿を消した。
(しかしこのままだと弥日古は“2回”性転換されない?)
姫路分室。12/4 0:10.
弥日古・真理奈と母の元恵が寝ている部屋に唐突に“魔女っ子千里ちゃん”が現れる。なおこの部屋は2人用の部屋(約6畳)にお布団を1組追加して3人寝られるようにしている。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。ぼくは“魔女っ子千里ちゃん”だよ」
と口上を言ったものの、3人とも疲れて熟睡しているようで起きない!
「えーん。起きないの?せっかく名乗りあげたのに。でも疲れてるのかな。まあいいや。ヤコちゃん女の子に戻してあげるねー」
と言って、寝ている“真理奈”にタッチして姿を消した。
「あの馬鹿」
とモニターしていたヴィクトリアが呟いた。
「性転換させる相手を間違うなよー」
(きっと弥日古は女にしか見えず、真理奈のほうがまだ男に見えるので間違った)
「取り敢えずヤコちゃんに仕掛けたトリガーはちゃんと起動した方がいいな」
などと呟いている。
つまりヴィクトリアはヤコと握手した時、性転換のトリガーだけを仕掛けた。それを本当に起動するかどうかは、オーリンと連絡が付くかどうか次第だったのである。
(12/4) 2:22.
藤真理奈(広瀬みづほ)は夜中にふと目が覚めたのでトイレに行った。パジャマ代わりのジャージのズボン、それにショーツを下げて便器に座る。おしっこをしたら何か変だ。真理奈は頭がぼーっとしているので何か変な気がするとは思ったものの、あまり深く考えずにおしっこの出て来たところの“先”を拭き、ショーツを上げズボンを上げて、流してから手を洗いトイレを出る。
そのまま寝ようかとも思ったが、喉が渇いた気がして、バッグを持って部屋を出ると1階ロビーにある自販機まで行った。それでお茶を買うが「100円って安い!」と思った。
部屋に戻ろうと思った時、
「あれ、まだ起きてたんだ?」
と声を掛けられる。
「おはようございます。琴沢先生」
と挨拶する。
「おはよう。あ、みづほちゃん、起きてたのならちょっと手伝ってくれない?」
「はい。なんでしょう?」
「舞音ちゃんに渡す曲の仮歌を入れて欲しいんだよ」
「はい。私に歌える歌でしたら」
「あ、でも着替えてきていいですか」
「いやそのままの格好でいいよ。できるだけ楽な格好で行こう」
「はい」
それでジャージ姿のまま分室内のスタジオに入る。スタジオは演奏室と調整室に分かれ、両者の間にはポリカーボネイトの透明な壁がある。千里と真理奈は最初調整室の方に入った。多数の機器が並んでいる。
「これ譜面ね」
と言ってプリントされた譜面を渡される。楽譜を編集するソフト(実際にはCuBase)から直接プリントしたもののようである。
「まずこれを聞いて」
と言って、MIDIの演奏が流される。乗りのいい曲だ。舞音ちゃんらしいと思う。
「明け方までには木下君(招き猫バンドのリーダー)に送りたくて」
「大変ですね」
「舞音ちゃんは凄いペースで楽曲を出してるからそれを支えてるスタッフも大変だよね」
「ほんとですね!」
それで演奏スペースに移動して歌ったが
「初見でここまで歌えるって凄いね」
と褒められた。えへへ。
ても結構注意されて、7-8回歌ってOKが出る。でも歌っている最中に
千里さんは「あっそうか」などと言って譜面を調整したりもしていた。調整した譜面が即プリントされてくるのも凄いなと思った。
1時間ほどやってOKが出て
「仮歌としてはこんなものかな」
と先生は言っていた。
「仮歌作りの段階で結構調整して、このあと伴奏収録の段階でもかなり調整して舞音ちゃんの時間をできるだけ使わなくて済むようにするんだよ」
「もしかしてバンドの人たちって舞音ちゃん本人より忙しいとか」
「まあ舞音ちゃんみたいにあちこち出歩くことは少ないし彼女たちは学校も無いしね」
「なるほどー」
でも舞音ちゃんの学校も無視されてるよなと思った。
「夜中にごめんね」
「いえ、いいですよ」
というので、先生と握手した。
作業が終わった時時計を見たら3:45である。
「遅くなっちゃったね。このまま空港まで送らせるよ」
といって先生は助手の米沢さん(コリン)を呼んでいた。彼女が来る前に真理奈はトイレに行ったが
「うーん」
と思う。お股に何か変な物がある気がするのはきっと何か夢でも見てるんじゃないかなーと思った。おしっこの出来た先を拭いて下着を戻した。
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【春二】(4)