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宦官 - eunuch


宦官(かんがん, eunuch)とは、中国・中近東などで歴史的に見られたもので、主として後宮の雑役などに従事した、去勢された男性

後宮の女性たちと性関係が持てないように原則として陰茎陰嚢(従ってその中の睾丸も)の両方を除去したものが当てられていたが、隋王朝初期に「刑罰」としての男性器切断(宮刑)は(あくまで原則としてではあるが)廃止され、自主的な性器切断へ移行した事に伴い、陰茎温存も認められた。

その為、陰嚢と睾丸のみを除去して、逆に女性たちと積極的に性的関係を持つものもあった……と云う説もあるが、去勢すればED(勃起不全)になる確率が高い筈で、睾丸や陰嚢よりも陰茎切断の方が大幅に危険度が高いとは言え、「実は充分にはEDになってないから、性交可能」では無い、という信用を得たいが為に、陰茎も取っていたのかも知れない。

中国では初期の段階では戦争で得られた捕虜を去勢してあてていたが、後に身分の低いものが貴人のそばに仕えて出世できる手段として、自ら去勢(自宮)して宦官になるものが多くなった。この「自主的男性外性器切除」が公然と行なわれていた時代(清王朝確立期から宣統帝退位直前まで)には、「男性器切除専門医?」もレッキとした職業になっていた。

古代の手術は陰茎と陰嚢を切除した後、熱い砂の中に埋めて消毒する、 などという乱暴な方法が取られており、死亡率も軽く50%を超えていたが、近世では衛生的になり、安全性の高いものになっていった。「自宮」が盛んになると、安全に男性外性器を切除出来る「専門技術者」のneedsが高まるのは当然の成り行きだが。

「史記」の著者司馬遷は元々高級官僚であったが、「必ずしも重要とは言い難い戦」に敗れた将軍を「擁護する発言」が武帝の怒りに触れて宮刑に処されたが、後に許されてこの歴史書作成の仕事に従事した人物としてあまりに有名である。

中国以外での宦官の研究がどの程度在るかは不明だが、中国以外では「単に、奴隷にされたシンボル」として、「子孫を残す事は出来ず、女のスタイルで排尿しなくてはならない身体」にされた、というだけの存在だった為、目立つstoryが後世に残らなかったのだ、と言うのが筆者の仮説である。

中国の宦官は通算での人数が突出しており、その分政治を歪めた悪玉が多かった事は確かだが、理不尽な理由で宮刑にされたからこそ、義侠心に溢れた快挙に依り後世に於いて英雄視されている者も少なくないし、更に宮刑にされたから宦官になった者とそうでない者とがいるし、元々通算で視れば宮刑が無かった時代の方が多いのに、「宦官と言えば、宮刑にされた人」と誤解している人は多そうである、などと話題が豊富だと言う点も大きいと言えよう。

尚、一昔前までの中国人はわれわれ日本人に比べ、子孫を残す事が出来ない事をずっと大きな屈辱、と認識するので、仮に宮刑が有った時代の手術が痛みも危険性も少なかったとしても、「子種を奪われる事」は辛かったのである。現在の日本人のように、お金が無いとホイホイ子作りを諦める人種とは感覚が異なっている。一方、筆者自身は子供嫌いの為、「道程」ですが。

カストラート,宮刑,司馬遷, ヌル


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