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■夏海くんの時間(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2000-05-26

 
1.オリエンテーション 
 
「みなさん、こんにちは。私がこれからみなさんのお世話をします氷室由美子といいます。よろしく。短大を出たばっかりでまだ馴れませんけど、皆さんと仲良くやっていたきたいと思います」
 
今日は合唱団の入団式、小学校4年生の山口夏海君も式に先立つ説明会に来ていました。
 
「それでは今から制服を配ります。一人ずつ呼ばれたら取りに来てください」
「安藤君」 「井上君」 「江頭君」
 
呼ばれるのは男女別の五十音順のようです。夏海君は「山口」ですから男子でも最後の方なので、まだまだだよなぁ、と思っていたら「森田君」と呼ばれた後すぐに「上野さん」「金子さん」
 
と女子に行ってしまいました。あれあれ? まさか忘れられちゃったのかな?と思ってとまどっている内に、女子も終りの方になって「山口さん」と呼ばれます。
 
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まさか自分じゃないよな、女子だからと思っていたら誰も返事をする人がいないようです。先生が「山口さん、山口さん? 来てないの?」といいます。
 
夏海君はおそるおそる「はい、ぼくですか?」と聞きます。
「君、山口さんなの?」
「はい」
「山口夏海さん?」
「はい」
「だったら、呼ばれたらすぐ返事をして。早く取りに来なさい」
「ごめんなさい」
 
夏海君は恐る恐る前に出ていくと先生から合唱団の制服を受け取りました。
「それから女の子が『ぼく』なんて言っちゃだめよ」
「え? でもぼく男の子なんですけど」
「え? うそ」
今度は先生がびっくりする番です。
 
「困ったわね。先生の勘違いだわ。『なつみ』なんて、てっきり女の子だと思った から、先生、女子の制服用意しちゃった」
「ええ、そんな?」
 
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確かに受け取った制服を広げてみると、可愛いフリルのついたブラウスに、ヒダのいっぱい付いたスカートです。
 
「うーん、予備の服はないし、どうしよう.....」
先生も困った様子で夏海君を眺めていましたが、やがてふと思いついたように
「でも、あなた声のトーンも高いわね」
「えっと上のソまで出ますけど」
「だったら、あなたソプラノを歌えるわよ。今日は女子の制服着て、ソプラノに入っててくれない?」
「ええぇ?」
「あなた可愛い顔してるもん。私さっきあなたがここに出てきた時もまさか女の子でないなんて思わなかったんだから。ね、今日だけ勘弁して。来週にはちゃんと男子の制服用意しとくから」
そう言い含められて、夏海君は「だったら仕方ないかなぁ」と思うのでした。
 
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2.着替え 
 
さて、入団式は制服を着て参列し、式の最後でみんなで「みどりのそよ風」を歌わなければなりません。そこで男女別に別れて更衣室で着替えるのですが、夏海君はすっかり困ってしまいました。
 
夏海君は男の子だから男子更衣室に入りたいのですが、手に持ってる制服はブラウスとスカートという女子の制服です。こんなの男子がいっぱいいる中では着れません。といって、女子更衣室に入る勇気はありません。
 
更衣室が2つ並んだ前でうろうろしていると、氷室先生がやってきました。
「あら、困ってるのね。そうよね、女の子の服なんて着たことないだろうし。こっちにおいでなさい」
 
と、先生は職員の更衣室に連れて行ってくれました。
「うん。今の時分は誰もいないわ。余程遅刻でもした人で無い限りこんなところに来るわけないからね、安心よ。まずズボンとポロシャツを脱いで」
夏海君がおずおずと靴を脱いで、ズボンと服も脱いでパンツとシャツになると、うむを言わさず先生は上にブラウスを着せ、スカートを履かせて、後ろのファスナーをキュッっとあげました。
 
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「脇がゴムになってるからね。誰でもピッタリ入るのよ。でもあなた男の子にしてはウェストが細いほうね」
 
鏡があったのでのぞいてみると、ほんとに女の子の格好です。きゃー、はずかしい。今日は誰も知り合いがいなくてよかった。などと思っていると
 
「うーん。下のシャツの線が見えちゃうわね。これはまずいわ。そうだ」
 
というと、先生はロッカーを開けて紙袋を出してきました。中から取り出したのはどうも女の子の下着のようです。
 
「これうちの姉に頼まれて、姉の子供の女の子用に午前中買ってきたものなんだけど、いいわ、また買ってくるから」
 
そういうと先生はまたブラウスを脱がせてその下のシャツまで脱がせます。
 
「ちょっと、先生」
「ごめんね。下着もちゃんと女の子のを付けてないと線がみえちゃうのよ。ここに足入れて」
 
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という訳で、先生はてきぱきと、下着を着せ、またブラウスを着せてしまいました。
 
「ちょっと髪型も整えようね」
 
そういうと先生はブラシを出してきて、夏海君の髪をなでつけます。
 
夏海君は鏡に映っている女の子の姿の自分にただ呆然と眺め入りながら、なすがままにされていました。
 

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3.ホームルーム 
 
まるで夢でも見ているかのような気分で夏海君は女の子の格好のまま合唱団の入団式に出席し、ソプラノのパートで「みどりのそよ風」を歌って、ホールから出て来ました。練習室に戻ってから着替えて解散の予定です。
 
「山口さんったら、とても声量があるのね」
「とても澄んだ奇麗な声だし、すごいわ」
部屋の中では、ソプラノのパートの他の女の子たちに囲まれて、夏海君はにわかに人気者になってしまいました。
「ねぇねぇ、次からもソプラノのパートに入ってよ」
「うん、とっても頼もしいもん」
どう答えていいのか分からなくて夏海君が困っている内に先生が入ってきました。
 
一人の女の子が大きな声で言いました。
「先生?、山口さんを次からもソプラノに入れてくださーい」
 
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それを聞いた氷室先生は信じ難いことを言いました。
「そう。実はさきほど団長にも呼び止められてね。とてもいいソプラノの子がいるねって。もちろん山口さんのことよ。もしよければ来月の県大会にも4年生からは異例だけど出してくれないかって」
 
「わぁ、すっごーい」
教室中が盛り上がってしまいました。
 
「で、でもぼく男の子なのに」
と夏海君はすっかり慌ててしまいます。
 
「関係ないわよねぇー」
「そう。山口さんって、色白だし、優しい顔立ちだし、女の子で通るもん」
「そうそう」
みんなが口々に言います。
 
どう反論しようかと迷っている内に先生が「それではクラス全員の総意ということで、山口さんはソプラノということでお願いします。来週からは代表の人達の練習が1時からありますので、今日より2時間早く出てきてくださいね」と言ってしまいました。
 
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満場の拍手にこまってしまう夏海君でありました。
 

4.車の中で 
 
ホームルームが終ると先生は夏海君の手を引いて教室から連れ出しました。
 
「ごめんね。でもあなたって、ほんとに素敵な声してるんだもん。テノールやらせるにはもったいないわ。やはり合唱の花はソプラノよ。さて更衣室が困るでしょう着替えられるところに連れてってあげるからね」
 
先生は手を引いたまま夏海君を駐車場まで連れて出ました。
 
「えっ? ここは?」
 
「私車で来ているのよ。私の家まで連れてってあげる。そこで着替えるといいわ」
「はい、ありがとうございます」
 
先生は夏海君を乗せると、赤いスポーツカーを発進させました。夏海君のお父さんもお母さんも免許を持ってないので、車に乗るのは半年くらい前に友達のお父さんに乗せてもらって以来久しぶりです。つい景色に見とれてしまった夏海君でしたが、車が松屋デパートの角を曲がったところでハッとして
「でも、ぼく今日は何が何だかよく分からなくなっちゃって」
 
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と言い掛けましたら、運転をしながら先生がチュッチュッ、と舌を打ちます。
「それなんだけどね、山口さん。一応団長には山口さんが男の子だってことは話しているけど、他の先生や他の学年には内緒にしてくれってことなのよ。だから、今から合唱団の中では女の子の言葉使いをしてくれないかな、悪いけど」
「そんな、急に言われたって、ぼく...」
「女の子は『ぼく』って言っちゃいけないの。あたし、って言って」
「ええ、そんなぼく言えない」
「あたし、よ。はい言って」」
「....あたし?」
「そうそう、言えるじゃない。そうだ今日はこれから女の子のレッスンをしましょう」
 
そういって先生は大きく頷くと車をUターンさせて、商店街の方へ向けたのでした。
 
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5.ショッピング 
 
それから先生は車を駐車場にとめると、そこから夏海君の家に電話を掛けて、山口君はとても優秀なので来月の県大会に代表として出られるということを伝えた上で、今夜は個人レッスンをしたいので、先生の家にとめて明日家まで送ります、と言いました。電話に出たお母さんはとても喜んだ様子で「夏海、しっかり鍛えてもらうんですよ」と言いました。何を言ったらいいか分からずただ「はい」と答える夏海君でした。
 
しかし、ぼくがソプラノとして代表に選ばれたなんて知ったらお母さん何ていうだろう、それが不安ではありましたが、氷室先生はそんな夏海君の気持ちにはお構いなく手を引いてずんずんとデパートの中に入っていきます。
 
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連れてこられた所はジュニアものを売っているところでしたが、先生は女の子の服を色々と見ています。言っていたお姉さんの子供さんの服を選ぶのかな? などと思って見ているうちに「これが似合いそうね」といって、明るい緑色のスカートを夏海君の腰のところに合わせます。
 
「え?」と言うと「うん、夏海さんにはこれが合うかなと思って」といいます。
「あの、ぼく、じゃなかった、あたしが着るんですか?」
「そう。ちょっと『女の子』の状態に馴れてもらよなくちゃいけないから。気にしないで。迷惑かけるから、お詫びに私からのプレゼント」
そんなお詫び、余計迷惑ですよ、と言おうとした夏海君でしたが、先生はあれがいいわこれがいいわ、と言って結局スカート4?5着にブラウスや女もののポロシャツを数着、そして下着もたくさん買いました。店員さんが「可愛いお嬢さんですね。妹さんですか?」などと聞くと「うん、姪なの」などと先生は答えました。夏海君は真っ赤になって下を向いていました。
 
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(to be continued???)
 
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■夏海くんの時間(1)

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