広告:僕がナースになった理由
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■受験生の悩み(1)

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A君と最初に会ったのは5年ほど前であった。彼は当時高校3年生の春で親は病院の院長をしていて、その長男ということで医学部に進学するよう言われて猛勉強をしていたが思うように成績が上がらず、ストレスから心身症を引き起こしていた。そこで内科的な症状を診察して心理的な原因があることに気づいた医師から私が紹介され、母親と一緒に来院したのである。
 
診察してみて最初に気づいたのは彼がとても優しい性格で、そもそも血を見るのも苦手な性格であるということであった。何度かの来院を経て心理テストを受けてもらったりした結果なども示しながら、私は正直に言った。
「A君は性格的に優しすぎて医師には向かないのではないでしょうか」
 
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「はい。自分でもひょっとしたらそうかも知れないと思うことはあるのですが、長男だし頑張らなきゃと思ってやってきたのですが」色白のA君はハイトーンの声でそう答えた。「ごきょうだいは、上のお姉さん1人と下に弟さん2人でしたか」「そうです。4人きょうだいです。姉は看護学校を出て今ほかの病院で看護婦をしています。正直、僕も女だったら看護婦になれたのにと思うんですけど。そっちの方がまだ自分に合っている感じで」「看護士の資格は男性でも取れますよ」「でも僕、長男だし、父からも期待されているみたいで」
 
「うーん。いっそ自分が男だってこと忘れてしまったらどうかな」私がそう言ったのは深い意味があったからではなかったが、これがこの治療の大きな転換点になった。
 
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「男を忘れる。いっそ女だと思う?」「うん。それでもいいね」
「姉を見ていていいなと思うときもあるんですよね。うーん。僕も女だったら。。。看護婦になるのもいいし、いや医療関係から離れてスチュワーデスなんかもいいな。美容師もいいし」「そうだね。男か女かということより、自分が本当にしたいのは何かというのを最初に考えるべきじゃないのかな」
そう話しながら私は母親がうなずいているのに気づいた。母親もこの子は医者には向いてないと感じていたのだろう。
 
「でも日常生活していれば男を忘れるのは難しいですよ。実際叔父さんとかよく『もっと男らしくしろ』なんてよく言うし」「うーん。じゃショック療法で女装とかしてみる?」私はほとんど思いつきで言ったのがこの時の反応が面白かった。本人はびっくりした感じで「え?女装ですか?」とあっけにとられた感じだったが、母親が「あ。それいいですね。やってみましょう」
と言い出した。
 
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かくしてA君に関する「女装療法」が始まったのである。
 
最初はスカートを穿くだけで、それもうちのクリニックに来て診察を受けている間だけだった。それも最初の1〜2回はスカートをあまり見られたくない感じで、雑誌をひざに置いて少しでも隠すようにしていたが3〜4回目くらいからは少しずつ慣れて平気な感じになっていった。私はクリニックの中ではA君に女子トイレを使うように言った。
 
A君の症状はこの女装療法が始まってからぐんぐん良くなり始めた。内科的な症状が少しずつ軽減されていって、そちらの治療薬は軽いものに変更された。A君はスカートを穿いている時は気分がいい気がすると言い出して、家の自分の部屋で勉強をする時もスカートを穿くようになっていた。
 
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そしてやがてスカートだけでなく、パンツも女子用のものを穿くようになり、その秋口になるとスリップを付けはじめ、秋の終わり頃にはブラジャーもつけるようになって完全な女装という感じになった。この頃になると自宅ではずっとその格好ですごすようになり、クリニックにも最初からその格好で来るようになっていた。結局学校に行く時以外は完全に女装生活になっていた。この頃はもう学校で体育もないので学校に行く時も下着は女物にしているということであった。
 
そしてその頃にはもう内科の治療薬は不要になっていた。そしてこういうA君の生活を彼の父親も認めてくれたのはなんといっても、治療が進行すると共にA君の成績自体がかなり上がり始めたからであった。「女の子の格好しているとなぜか参考書の文章がどんどん頭に入るんです。問題集を解く時の速度もあがるし。女の子の格好のままで受験できないかな」とA君は言った。
「その受験する学校にもよるだろうけど、高校の制服で来ることを求められていない場合は、セーターに女性用のスラックスとかならいいんじゃないの?」
と私は答えた。
 
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しかしA君の行動はもっと過激だった。彼は3学期になるとなんと姉が高校時代に着ていた制服が残っていたのをもらって、それを着て登校しはじめた。学校側は少しパニックになったようであったがもう3年生で卒業間近という事で敢えて黙殺してくれた。実際問題として3年生の授業は1月以降は事実上自由参加のような形になっていたのである。そして彼はその格好でセンター試験も受けたし、大学の受験にも行った。試験場でも特に問題になることはなかったようである。受験票の写真と本人の風貌が一致しているので最近はこういう人も多いしということで大丈夫だったようであった。
 
彼は結局有名大学の薬学部に合格した。血の嫌いな自分の性格にあっているもので、看護婦より薬剤師がいいかなと思ったようであった。スチュワーデスは現状では難しそうということと美容師は美的センスに問題があるかも知れないと自覚したようであった。
 
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彼の治療は大学の1年の終わりまで続いたが、その後も時々経過報告に来てくれる。結局彼はそのまま女性の格好で暮らし続けて、もちろん大学にもそのまま通学していた。もともと女子の多い学部だけにきれいにとけ込んでいたようである。明らかに男の格好をしていた時代に比べて友達が増えましたと言っていた。
 
「でこのあとどうします?大学を出たら男に戻りますか?それとももう女になってしまいますか?」卒業を間近に控えた時期に訪れた彼に私は尋ねた。すると彼は恥ずかしそうにその時はじめて、彼の秘密を打ち明けてくれた。
 
「実は私、去年、念のため精子を10本冷凍保存してもらって玉抜きしちゃったんです。それとずっとホルモンもしていて、それとこの冬休みにタイに行って性転換手術を受けてくるんです」
 
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私はさすがに驚いたが、彼、いや彼女の未来の幸福を祈って「そうか。おめでとう。色々大変なこともあるだろうけど頑張るんだよ」と励ました。
 
(2004.09.17)
 
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