■続・夏の日の想い出(2)

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「高校生だとファミレスとかがいいのかも知れないけど、もうふたりとも大学生だからね。こういう場所もいいかなと思って」もちろん須藤さんは未成年の私達にお酒は勧めたりしない。須藤さん自身もウーロン茶を飲んでいる。
 
「ふたりが同じ大学に合格したことは佐々木さんから聞いてたんだけどさ」
と須藤さんは切り出した。佐々木さんは同じ学校の1年後輩で、あの事務所のバイトでイベントの設営をしているのである。
「合格後にすぐ接触したかったんだけど、あちらとの約束で、ローズ+リリーが終わってから1年間はふたりやその家族には接触できないことになってたの」「ああ」
 
ローズ+リリーの実際の活動は高2の12月で終わったが、シングルが1月に、そしてレコード会社が勝手に編集したベスト盤が6月に出たのであった。「昨日がベスト盤が出てちょうど1年の日だったから今日、政子ちゃんちに電話したのよ」「なるほど」
「須藤さんのことは私達もよく話してましたよ。ご自身の事務所を設立なさったのはブログ見て知っていたので。頑張っておられるみたいですね。手がけているアーティストも全国で30組くらいですよね」「もう少し増やしたいというか、あそこに名前出てない人で、音源制作の手伝いだけした人とかもけっこういるんだけどね、あれ以上は増やせないのよ。一人でできる限界。人を雇うにもお金無いしね」「人を雇ったら固定費で出て行きますからね」
「うん。そうなの。でさ」
「はい」
 
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「単刀直入に。またやる気ない?」
「私はパスだけど、冬子はやる気あるみたい」
「私、やりたいです」
「よし、やろう」
 
私の再デビューは、そういう単純な会話で決まったのだった。
 
私は政子がこの1年半の間に書きためた詩があり、それに私が曲を付けて、ふたりで歌いカラオケ屋さんの設備を使って録音したものがあることを言った。須藤さんが興味を示したのでMP3化したデータを入れたUSBメモリーを渡した。 
「聴いてみるね。政子ちゃんのほうはやらないにしても、どうにかした形で使いたいなあ。以前書いてもらって編曲もしてもらったまま録音してなかった『あの街角で』もあるしね」「ええ。それも歌って、そのデータの中に入れてますから」
「ありがとう。結局さ」
「はい」
「昔はCDという形でプレスしないといけなかったから50曲発表したい曲があっても10曲くらいに絞ってアルバムという形で発売してたのだけど、今はダウンロードだからね。売れる売れない関係無く50曲全部登録できるんだよね。最低限の品質があるものであれば」「なるほど」
「だから、この曲もどこかのタイミングで発売しよう。その時はスタジオで録り直したいけど、それには政子ちゃんも参加してくれる?」「ええ、そのくらいは構いません」
 
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「でも私がやらずに冬子だけやるとしたら、ソロ歌手で売る形になるんでしょうか」
「政子ちゃんだけやると言われた場合はその形にするつもりだった。アイドルに近い形だよね」「あはは。またミニスカ−トとか穿くことになったのか」
「ふふふ。冬子ちゃんだけやると言われた場合は、バンドにするつもりでいた」
「バンド?」
 
「目を付けてるバンドがあるんだよね。ボーカルが他のメンバーと喧嘩して脱退しちゃって。とりあえずリーダーの人が歌っているのだけど、演奏はプロ級でも歌はプロ級には遠くてね。向こうからもボーカルのいい人がいたら紹介してほしいと言われてたんだ」「へー」
「数人の候補は考えていたんだけど、冬子ちゃんが使えるなら、今度向こうに打診してみて同意してもらえたら引き合わせる」「いろいろシミュレーションしてたんですね」
「うん」
 
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「ところで冬子ちゃんのその胸はもしかしてホンモノ?」
「はい。先月豊胸手術しました。いきなりDカップになって少し戸惑ったけどだいぶ慣れてきました」「そうなんですよ。私より大きくしちゃって。ちょっと嫉妬してます」
「私よりも大きいかもね。女性ホルモンもやってるよね」
「はい。分かりました?」
「男の子の体臭がしないから。もしかして性転換手術とかもしちゃってる?」
「いえ、それはまだです。でも去勢は先週しちゃった」
「おお。そしたらもう男の子ではなくなったんだ」
「はい」
 
「冬子はもう女の子ですよ。割れ目ちゃんもありますから」
「え?」
「去勢するのと同時に女の子の股間を形成してもらったんです。大陰唇・小陰唇作ってもらいました。棒状の器官はまだ付いているけど、中に隠せるんですよね」「私、見て確認しました。きれいに収まっちゃうから、しっかり閉じている限り女の子にしか見えない」「手術の傷跡が生々しいから見せたくなかったんだけど、政子がそれでも見たいというから見せました」と私は苦笑いしながら言った。
「ということは女湯に入るような仕事もできるな」
などと須藤さんが言う。
「温泉レポートみたいなのですか?」
「ふふふ。もしかしたらやってもらうかも」
「あはは」
 
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私はその場で芸能活動に関する契約書を渡された。まだ未成年なので親の同意が必要である。
「承認取れると思う?」
「たぶん大丈夫だと思います。母に頼んでみます」
 
母は私がまた相談したいことがあると連絡すると
「今度はどこいじるの?」
と言ったが、芸能活動を再開したいので、契約書にハンコが欲しいというと、「それならいいよ」
と快諾してくれた。
「女の子の格好で歌うの?」
「うん」
「あんたはそれが似合っているのかも知れないねえ」
母は、わざわざこちらに出てきてくれて、ハンコを押してくれた。
 
「いつもこういう格好なの?」
母がアパートを訪ねてきた時、私はフリルのついたTシャツに膝丈のスカートを穿いていた。
「うん。だいたいこんな感じ」
「大学にもそれで行ってるの?」
「うん。男の子の服とか持ってないし」
「今更だけど、後悔しないよね、こういう生き方をすることにして」
「うん」
「それなら私も娘を授かったんだと思うことにする」
「ありがとう」
 
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「再デビューしたいから、あちこち身体をいじったの?」
「ううん。それとは無関係。自分はやはり女なんだなって確信したから中途半端はやめて、ちゃんと女の子になろうと思ったの。須藤さんからはこないだの手術の後で初めて連絡があったんだ。1年前にローズ+リリーのベストアルバムが出たのが、ローズ+リリーの活動の最後だったから、それから1年間、須藤さんは私達と接触できない約束だったらしい」 
「へー。須藤さんには悪いことしたしね。毎日テレビとかで叩かれてたし、結局あれで会社辞めたんだから」「うん。少しお返ししないと」
「また中田さんとやるの?」
「ううん。政子はやめとくって」
「じゃ、ひとりで?」
「そのあたりは今調整中みたい」
「誰かと組むんだったら、相手はいい人だといいね」
「うん」
 
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翌週の土曜のお昼過ぎ、私は久しぶりに私が実際に歌っているところが聴きたいといわれて、都内のカラオケ屋さんで須藤さんと会った。27〜28歳くらいの感じの男性を連れている。背広を着ていたので、レコード会社か何かの関係者だろうか?と思った。この業界で背広を着ている男性というのは珍しい。 
「初めまして。唐本冬子と申します。芸名はケイです」
と名乗ったが、男性は「うん、聞いてる」とだけ言った。うーん。ふつうこっちが名乗ったら、そっちも名乗らないか?まあいいけど。
 
最初にカラオケにも入っているしといわれてローズ+リリーの最後の曲である「甘い蜜」を歌った。それから高音が聞きたいと言われてユーリズミックスの「There must be an Angel」を歌った。曲の最初にある高音のスキャットを私が無難に歌うと背広の男性が「ヒューッ」と声を上げて笑顔になった。 
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歌い終わったらその男性が楽譜を取り出し
「初見でこれ歌える?」
という。
「1分ください」と言って私は譜面を急いで最後まで読んだ。
「Love Faraway」というタイトルが付いている。歌詞まで読まなかったけど失恋の歌かな?
 
あまり難しいコード進行は無かった。歌えそう。
「行きます。ちょっと音取ります」
 
私は携帯のピアノアプリを起動して最初の音を取ると、歌い始める。途中1ヶ所引っかかったものの、すぐやり直してなんとか最後まで歌いきることができた。 
パチパチパチと須藤さんも背広の男性も拍手している。
「初見でここまで歌えるってすげー」
「どう気に入った?」
「まあ。でも、ふつうに女の子ですね。この子」
「でしょ。ふつうの女の子と思って接すればいいよ。ちなみに既に男性としての機能は存在しないから」「ああ、そうなんですか」
「最終的な手術はまだだけどね」
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続・夏の日の想い出(2)



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