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■夏の日の想い出・愛と別れの日々(6)

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中継はその後、オーストラリア北西端(12:29)、東ティモール(13:15)、ニューギニア島北西部(13:49)の定点観測地点から、##放送、◇◇テレビ、ΛΛテレビの女子アナがレポートをし、幾つかの洋上観測ポイントでの中継もあり、またオーストラリア近辺でロシアの超音速ビジネスジェット機Tu-144に乗る佐賀の民放局の22歳新人女子アナを含む国際報道団がマッハ1.8の速度で日食を完全に追いかけ10分間にわたって皆既食の様子をレポートした。地上での皆既継続時間は最大でも1分程度である。
 
日食の軌跡→
https://eclipse.gsfc.nasa.gov/SEsearch/SEsearchmap.php?Ecl=20230420(NASAのサイト)
 
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日食は月が地表に落とす影なので、地球の表面が太陽と成す角度により移動速度は変化する。太陽を真正面に見ることになる中心区域では2000km/h程度だが、端の方になるほど地面が斜めに向いていることになり速度が上昇する。朝と夕方の影が長くなるのと同じ現象である。日食の開始ポイントでの移動速度が物凄かったのはこのせいである。
 
宮古島に居る私たちは13:25頃、全員日食グラスを持って表に出て南から少し西の方にある太陽を見る。大輝・かえで・葉月の幼い3人は、千里が見ておくよと言って家の中である。
 
「まだ欠けてないよ」
と政子が言う。
 
「もう少しだよ」
と私は答える。
 
「あ、左側が少し欠けてきた」
と最初に声をあげたのはあやめであった。
 
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宮古島での日食は13:28に始まった。
 
「これもっと欠けるの?」
「いや、ここではちょっと欠けるだけ。一応最大食は14:16くらい」
 
「なんだつまらない」
などと政子は言うが、あやめや夏絵などの4歳児連合、京平や哲夫などは太陽が少し欠けているのを見て、充分大騒ぎをしていた。
 
「でもけっこう長時間継続するね」
と桃香が言う。
 
「終了は15:01かな」
 
途中で私は家の中に入り
「千里、交代するから見ておいでよ」
と言った。
 
千里も「ありがとう」と言って、私と交代で表に出て部分日食を見ていたようである。
 
「ぼくはみちゃいけないの?」
と大輝が訊くが
「大きくなってからね」
と言っておいた。
 

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青葉が乗る特別観測機は日本時刻の12時(現地時刻13時)前にグアムを飛び立ち、マーシャル諸島南方海域へ飛ぶ。1000km/h程度で3時間近く飛行し、かつての日本最東端であったミリ環礁(ミレー島)の南南西160kmの海上 4.58N 171.14E 付近に到達する。
 
「太陽は現在皆既食です」
という青葉の声がテレビから響いたのが日本時刻14:50(現地時刻17:50)くらいであった。
 
「あ、あおばおばちゃんだ」
と京平が声を挙げるが、京平の声はやや、おびえている!?
 
「おにいちゃんって、あおばおばちゃんをこわがってるよね」
と早月が言う。
 
「私がいる限り大丈夫だよ」
と千里は言っている。いったい何があってるんだ!? 青葉がこんな小さな子供をいじめるとも思えないが。
 
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「川上さん、なんか凄い服を着てますね」
とスタジオが呼びかける。青葉は耐G耐熱スーツを着ていて顔も宇宙飛行士のようなヘルメットで覆われている。
 
「はい。この服を着ていなかったら数秒で失神するそうです。でもこれ年齢も性別も分かりませんね」
と青葉は応じている。
 
「現在既にマッハ3.2 (3800km/h)で飛行していますが、これより加速するそうです」
という声のあと一瞬画像が乱れる。この特別機が付けているロケットブースターに点火したのである。
 
「現在速度はマッハ7.8 (9400km/h)に到達しました」
と青葉はレポートする。
 
この飛行機はアメリカ海兵隊が管理している最新鋭のジェット観測機で、機体の外装は超音速飛行のため発生する350度もの高温に耐えるチタン合金。単独でもマッハ3.6まで加速することができるのだが、スペースシャトルの打ち上げに使用するような巨大なブースターに点火することで最高マッハ8近くまで加速することができる(スペースシップワンと同様の方式だが、スペースシップワンはマッハ3しか出ない)。
 
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ただし最高速で飛べるのはせいぜい6-7分である(もっともその6分間で900km 福岡から那覇くらいの距離を飛ぶことができる)。飛行時にはとんでもないソニックブームが発生するのでこういう海の真ん中でしか最高速飛行はできない。
 
このジェット機は制作費用が1機1兆円も掛かっておりアメリカもわずか3機しか所有していない。定員は操縦士2名を含めて8名。民間人は日米の大学の先生1名ずつと女子アナ1名=青葉。撮影は同乗している航空自衛隊の技術将校さんがしてくれている。非常に貴重な場所に陣取っているのだが、青葉も大学の先生たちも、加速時に掛かる凄まじいGと、機内冷却装置でも冷やしきれずに50度近くになる室温に耐える宇宙飛行士並みの訓練を受けさせられている。
 
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(もっとも青葉は訓練中に米軍中尉さんから「うちの部隊に入隊しない?」と勧誘されたという噂がささやかれていた)
 
14:54頃「もうすぐ皆既食が終わります。ダイヤモンドリングが光りますからよく見ていてください」と青葉は言う。そしてすぐに「今終わりました。確かに光りましたね!」と興奮した口調で語った。
 
「よくわからなかった!」
などと由美と夏絵は言うが
 
「ひかったのみえたね」
と早月やあやめは言っている。緩菜は何のことやら分からない様子。私はそれを見て、どうも早月もあやめも霊感を持っているなというのを感じた。霊感を持っている人というのは、大事なシーンを視覚外でキャッチして、しっかりとそれを見る習慣がある。時計をふと見たら3:33だったとか、4:44だった、とかいう体験の多い人は概して霊感の持ち主である。
 
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そして青葉は皆既食の終了を告げると、ほんの一瞬の後、続けて
「今金環食が始まりました!」
とアナウンスした。
 
この間、わずか2秒半、移動距離では数km。速度は9000km/h程度である。
 
そしてこの金環食も2分ほどで終了する。そして金環食の終了後すぐに太陽は(光っている側を上にして)西の空に沈んでしまう。
 
「三日月のような太陽が今沈んでいきます。約3時間の素晴らしい天体ショーを私たちに見せて。この感動をたとえれば、男の子がスカート穿いて魚を釣っているようなとでも言いますでしょうか」
 
この青葉の言葉は中継されている国に同時通訳でその国の言葉で伝えられたが「As if a boy on skirt fishing」と聞いたアメリカやインドの視聴者は、日本人の感覚はぶっ飛んでる!などとネットに書き込んでいたようである。日本のネットワーカーの間では「意味が分からん!」という意見が多かったようだ。
 
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天体ショーの終了地点は 北緯2度58.9分、西経178度48.2分で、ハワイの南西300kmほどの場所である。実際この飛行機は観測終了後、速度を次第に落としてハワイに向かい日本時刻の15時半(現地時刻4月19日20時半)頃、ホノルル国際空港に着陸した。
 

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この天体ショーを、青葉がレポートする太平洋上の中継まで見てから、私たちは宮古空港に移動し、帰途に就いた。紅川さん一家が空港まで見送りをしてくれたが、すっかり仲良くなった子供たちが別れを惜しんで泣いたりするので、
 
「じゃ、また夏休みに来るよ」
と言って私たちは飛行機に乗り込んだ。
 
夕方の飛行機で那覇に移動し、那覇からの最終便で私たちは東京に戻ったが、政子の実家に戻って子供4人を寝かせてから、私と政子は深夜、新宿のマンションに行った。
 
大量の郵便物の山がある。急ぎのものは姉や麻央が時々チェックして連絡してくれていたのだが、緊急ではないものは山のようになっていた。
 

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「あれ、同窓会の案内が来てるよ」
「どの同窓会?」
「高校の時の。今週末。土曜日、つまり明後日」
「久しぶりだね」
「なんだ。佐野が幹事になったのか」
「ほほぉ」
「今まで生徒会長した飯田君が幹事していたんだけど、もう5年くらい実質活動できない状態が続いていたんで、佐野君が引き継ぐことにしたらしい。それで、新幹事になって第一回の同窓会だって」
 
「佐野君が幹事なら行かざるを得ないね」
「まあそうなるね」
 
佐野敏春は、私の姉・萌依の夫である小山内和義の妹の麻央の夫である。麻央は私の小学校の時の親友だし、佐野君自身、私や政子とずっと交流があった。まあ要するにほとんど身内だ。
 
私たちはその夜はマンションに泊まり、翌金曜日にレコード会社・放送局・事務所などに東京に戻ってきたことを報告して回った。そして土曜日、できるだけ質素な服装で、同窓会会場になっているビアレストランに出て行った。
 
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会場に入っていくと、
 
「おお、唐本〜、愛してるよぉ」
などと言って佐野君がいつもの台詞を言って寄ってくるが、私に抱きつく前に麻央から蹴りを食らっている。
 
「麻央も来たんだ?」
「私関係無いと言ったんだけど、アシスタントで付いてこいと言われた」
 
「まあ配偶者同伴は構わないはず」
 
「あれ、唐本のフィアンセは来てないの?」
と近くに居た菊池君。
 
「正望は今大きな訴訟抱えていて忙しいみたい。私も1ヶ月くらい会ってない」
と私。
「お前ら七夕夫婦に近いだろ?」
と佐野君。
 
「そうなんだよねー。メールは毎日してるけど」
「そりゃメールも途切れたら自然消滅だろうな」
 

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副生徒会長だった紗恵が乾杯の辞を述べて乾杯し、あとは適当に食事を取りながら歓談する。私は政子があまり食べないので、旅疲れであまり食欲が湧かないのかなと思って眺めていた。
 
しかしさすがにこの年齢になると女子の出席者は少ない。女手が足りないので私や政子、麻央もけっこう忙しかった。私たち以外で来ていた女子は、奈緒、琴絵、仁恵、詩津紅、紀美香、理桜、紗恵、など、何だか私と特に親しかった子が多い。学年は400人居たのだが、来ているのは男子100人・女子20人くらいである。
 
「女子は俺が個人的なコネで一本釣りした」
などと佐野君は言っている。
 
「なるほどねー」
 
それでこのメンツか。
 
「私、着ていく服が無いと思ったんだけど、佐野君から聞いた来てくれそうなメンツ聞いて、そのメンツなら普段着でいいかと思って出てきた」
と理桜。
 
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「年収億ある人たちが、ユニクロ着てるからなあ」
と紀美香。
「私たちは普段着こんなもんだよ」
と私。
 
「那覇の国際通りで100円で買ったTシャツ着てこようかと思ったんだけど、さすがにやめとけと冬に停められた」
「庶民的だな」
 

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宴が半ばになった頃
 
「ごめーん。遅れた」
と言って入って来た人物がある。政子がドキっとした表情で私の手をぎゅっと握りしめた。政子の表情を見るとどうも来ることを知っていたようだ。それであまり食べていなかったのかと私は思い至った。しかし政子は何だかもじもじしている。
 
「マーサ、挨拶だけでもしてきなよ」
「うん」
 
それは政子と一時恋人関係になっていた松山貴昭だった。彼と政子は2012年秋から2015年秋まで恋人であった。しかし2014年夏に彼が大阪本社に異動になった後はどうしても会う頻度が落ちていたようであった。また政子はなぜか最初から彼とは《友だち》という立場を崩さなかった。3年間も付き合ったのに、おそらくセックスは10回くらいしかしてない。結局、貴昭は2015年秋に同じ会社に勤める女性と婚約し、2016年春に結婚した。ふたりの間には子供も2人できたことを私は佐野君を通して聞いていた。
 
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政子がなかなか動こうとしないので、私は政子の手を引いて彼の傍に行った。
 
「こんにちは」
と私が挨拶すると、貴昭は政子を見てドキッとしたような顔で
 
「久しぶり」
と言った。政子も何だか乙女のように恥ずかしがりながら
「久しぶり」
と挨拶する。
 
「松山君、大阪から来たの? 大変だったでしょ?」
と私は言う。
 
「いや、僕は4月3日付けで東京支社に転勤になったんだよ」
「あれ、そうだったんだ?」
 
「実はさ、誰からも聞いてなかった? 女房が去年亡くなってね」
「え!?」
 
「あ、その話、実は俺も昨日知ったんだよ」
と佐野君が言っている。
 
佐野君も知らなかったのなら、こちらまで伝わってくる訳が無い。
 
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政子は唇に手を当てて本当に驚いているようだ。政子も知らなかったのだろう。
 
「それで僕も小さい子供2人抱えて途方に暮れて。昼間は保育所に預けてたんだけど、夕方引き取りに行くのが大変で。実際仕事の都合で行けなくて、こういうのは困るって随分保育所からも言われていたんだよ」
と貴昭。
 
「父子家庭って母子家庭以上に辛いんだよね」
と私は言う。
 
「奥さん、どこの人だったっけ?」
と佐野君が言ったら
 
「鹿児島県なんだけどね」
と貴昭が言ったのに続いて、政子が
「甑島(こしきしま)って所。川内(せんだい)から高速船で1時間半かかる」
 
となぜか政子が言う。貴昭はふーんといった感じの顔で政子を見ている。
 
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「せんだいって宮城県?」
と佐野君。
「鹿児島県だって」
と近くに居た菊池君。
 
「それでうちの母さんにふだんの世話を頼めないかと思って東京に転勤させて欲しいと上司に訴えて、それでこの春にやっと東京に戻れたんだ」
と貴昭。
 
「じゃ、今、実家に住んでるの?」
と私が訊くと
「それが実家には兄貴夫婦が同居してるから、さすがに居候はできなくて、**町にアパートを借りたんだよ」
と貴昭は言う。
 
「私の実家の近くだ」
と政子が言う。
 
「借りた時に、それは一瞬考えた」
と貴昭も言う。
 
「取り敢えず出勤前に娘2人を保育所に連れて行って、夕方は母さんに引き取りに行ってもらっている。そして僕が会社が終わったら実家から回収してくる。母さんができない時は、兄貴の嫁さんが行ってくれる場合もある。でも娘2人がうちの母さんとあまり合わないみたいでさ。行儀がなってないって随分叱られているみたいだし、食事の習慣とかが違うのも困惑してるみたい。うちは関西風というか九州系の食事だったから」
 
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「なんだか苦労してるね」
 
「ねぇ、その子たち、昼間はうちの実家につれてこない?」
と政子は言った。
 
お、政子にしては積極的だと私は思った。実際この時、政子がこんなことを言い出していなかったら、その後の展開は無かったろう。
 
「ああ、それはいいね。うちなら誰か世話する人がいるよ」
と私も援護射撃をしておく。
 
「うち今4人子供がいるからさ、そこに2人くらい増えても構わないから、うちに連れてきたら、御飯やおやつくらい食べさせるよ」
と政子。
 
「中田さん、子供4人もできたんだっけ?」
と貴昭。
「3人産んだし、1人は拉致してきた」
と政子。
 
「でも、旦那さんに悪くない?」
「私、結婚してないよ」
「その子たちの父親は?」
「4人の子供の父親が3人なんだけど、1人は死んでるし、1人とはお互いに結婚の意思は無いし、1人とは法的に結婚できない相手だし」
 
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と政子は言った。危ない言い方である。死んだのが夏絵・かえでの父である百道大輔、結婚の意思がないのが大輝の父である大林亮平、そして法的に結婚できないのがあやめの父である私だな、とその時私は考えた。
 
「なんか複雑っぽいね」
「だからこれ以上複雑になっても平気」
 
「政子のお母さんが九州出身だから、うちの食事も基本は九州系だしね。松山君の娘さんたちとも合うかもよ」
と私は言っておく。
 
「それにうちは行儀なんて存在しないし」
と政子。
 
「まあ、お前たちって、食事以前の生活習慣が問題外だよな」
と佐野君。
 
「躾にはよくないだろうけどね」
と私。
 
「守らせているのはゲームは1日1時間以内というのと9時までには寝ることかな」
「いや、それはけっこうしっかりしている」
と麻央が言った。
 
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「助かるかも」
と貴昭は少し考えながら言う。
 
「じゃ決まったね」
と私は言った。
 

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■夏の日の想い出・愛と別れの日々(6)

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