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■夏の日の想い出・愛と別れの日々(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2015-02-11
 
前回来た時は半月ほどの滞在だったのだが、今回は私も千里もしっかり仕事をしていることもあり、滞在は長期間に及んだ。もっとも私も千里も各々のやむを得ない用事で、何度か島外に出ている。千里が出ている間は私は子供たちと政子!の世話で仕事にならなかったし、私が出ている間は千里も仕事にならなかったろう。
 
また正望・貴司さん・青葉の指導者の菊枝さん、和泉・美空・小風、★★レコードの八雲(旧姓氷川)課長・サマーガールズ出版の風花、千里の友人溝口さんや佐藤さんなどが度々島を訪れ、ついでに子供たちと少し遊んでいってくれた。特に風花は、こちらと東京の連絡役として毎週東京と宮古島の往復をしていた。菊枝さんはアナウンサーの仕事で自由の利かない青葉に代わって政子の心のヒーリングもしてくれた。
 
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また亮平さんまで1度「大輝の顔を見に来た」と言って島を訪れたが、彼は宮古島の空気がとても気に入ったようで、引退したらここに住みたいなどと言っていた。
 
「でも大輝、なんでお前スカート穿いてんの?」
「おねえちゃんがはけっていった」
「お前女の子になりたい?おちんちん取っちゃう?」
「おちんちんはとられたくないよぉ」
 
亮平さんはどうもまだ政子に気があるようだったが、政子は「ごめん。まだ私、恋愛する気持ちにはなれない」と言っていたし、亮平さんも無理はしない感じであった。
 
八雲さんも「せっかく東京から2000kmも移動してきたから」と言って出張に有休を組み合わせて一週間も滞在し、島の空気を満喫して「うちの子供も連れてくれば良かった」などと言っていた。
 
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「おばちゃん、左手のくすりゆびに、ゆびわつけてる」
と早月やあやめが言う。
 
「結婚してる人は付けるんだよ」
と八雲さん。
 
「うちのママとお母ちゃんは結婚してるけど付けてないよ」
とあやめが言う。ママというのは私のこと、お母ちゃんは政子のことである。
 
「あやめちゃんのママとお母さんはおそろいのプラチナのブレスレットをしてるでしょ。あれが指輪代わりなんだよ」
と八雲さんは教えてあげる。
 
「そうだったのか!」
 
「うちのお父さんはつけてるけど、お母さんはつけてない」
と京平。ややこしいのだが、京平の言うお母さんは千里でお父さんは桃香のことである。京平は実の父である貴司はパパ、実の母である阿倍子はママと呼んでいる。
 
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「京平君のお母さんはバスケットをしてるから付けてないんだよ。バスケットをする人は付けるの禁止なんだ」
 
と八雲さんは答えていたが、千里は普段付けてはいないものの結婚指輪を2本所有している。桃香と一緒に買ったものと貴司さんと一緒に買ったものだ。信次さんと買ったものは三回忌の時にお母さんに返したらしい。
 

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月があらたまり、4月2日(日)。この日は大輔と良輔の百ヶ日法要の日であった。実際には東京の大輔たちの実家の方に集まる人は皆無で、お母さん・リンナに須藤さんと付き添い役の悠子(ついでに美季)、それに大輔の事務所の元社長・レコード会社の元部長さん(どちらも今回の事件で引責辞職している)という7人でお寺に行き、お坊さんにお経を上げてもらったらしい。
 
ずっと後から聞いたのではこの時、須藤さんは初めて悠子が良輔の娘であることをお母さんに打ち明けたという。お母さんは、自分の孫が夏絵以外にも存在していて、こんなにも立派になっており、可愛い曾孫まで居ることを知って、随分元気づけられ、立ち直りのきっかけをつかんだらしい。その後、お母さんはしばしば悠子の家を訪れては、曾孫の美季と遊んであげる生活になったようだ。
 
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宮古島でも私と政子に夏絵の3人で島内のお寺に行き、お経を上げてもらって故人の冥福を祈った。(「かえでも連れて行かないの?」と言ったら政子は「小さいからいい」と言った)政子は向こうのお寺の住職に、大輔の戒名を書いてもらった細長い紙を持ってきていて、それまでは毎朝その紙を取り出して夏絵と2人で「なんまいだー、なんまいだー」などと言っていたのだが、この日このお寺さんにその紙を納めて、それ以降は毎朝のお祈りもやめてしまった。
 
「もういいの?」
「うん。もう大輔との縁はこれで切れた」
「相変わらずドライだね!」
「千里も前の旦那が死んでから百ヶ日で仕事に復帰したらしいし、私もこれから仕事に復帰するよ」
「ほほぉ」
「ここのところずっとサボってたけど、今日からは毎日ちゃんと歌の練習をする。ピアノとヴァイオリンとフルートも気が向いたら練習する」
 
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「よしよし」
 

実際この頃から政子が日々書く詩の品質も、まだ本調子ではないものの、かなり良くなった。
 
一方4月なので、京平は2年生になるが、そのままこちらの学校で2年生を迎えさせることにした。(埼玉の小学校には4月中くらいに戻ることを伝えており、教科書・教材なども確保してもらっている)
 
「ね、千里」
と私は前から疑問に思っていたことを尋ねたくなって千里に声を掛けた。
 
「何?冬」
と私と並びのデスクで作曲作業をしながら千里は返事をする。
 
私たちは紅川社長が用意してくれた部屋でデスクを並べ、ふたりともキーボードを接続したパソコンで仕事をしていた。
 
「京平君って、もしかして狐憑きか何か?」
「どうしてそう思った?」
「あの子、稲荷寿司が異様に好きだよね。それと私たちがここに来てから、紅川さん宝くじが2度も当たったって喜んでいた。それもしかして京平君のせいのような気がして」
 
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「京平のお母さんは、離婚して2人で暮らし始めてから、早々にうちの貴司からの養育費をもらえなくなっちゃったんだけど、宝くじが頻繁に当たるもんだから、それで実は生活費が何とかなっていたらしい。でも京平を手放した後は全然当たらなくなったんだって。逆に京平と暮らすようになってから桃香は2度も100万円を当てている」
 
「それって何だか凄い」
「でも京平は狐憑きではないよ。少なくとも」
「でも何か似た系統の憑きもの家系?」
「秘密」
「むむむ」
 

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「だけど京平君、けっこうスカート好きみたい。よく穿いてるし、学校にもそれで行ったりしてるね」
と私は言う。
「あれは桃香が唆している面もある。でも大輝ちゃんもよくスカート穿いてるね」
と千里。
 
「あれはあやめの悪戯。でも緩奈ちゃんは、ずっとタックしてるんだね。あやめは一緒にお風呂に入っても緩菜ちゃんが男の子だってのに気付いてないようだし」
「タック外すの嫌がるから」
 
「やはり自分は女の子だって意識なんだろうね、それ」
「冬も小さい頃からタックしてたんでしょ? 政子から冬の4歳くらいのヌード写真見せてもらったけど、お股の所女の子みたいにしてた。その頃性転換済みかとも思ったけど、さすがにそんな小さい頃に性転換はしないだろうから」
 
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「あれ、うちのお母ちゃんが悪戯で時々やってたみたい」
 
タック(男性器を体内に押し込み、まるで女性のような割れ目ちゃんを手術無しで作ってしまう方法)が女装者の間で知られるようになったのは2001-2年頃で、実際には私が小さい頃にはまだあの方法は確立されていない。雨宮先生によると先行して1998年頃、アメリカで医療用ホッチキスで留めてしまうのを公開していた人が居たというが、MTFの人ではなくSM系の人が去勢の疑似体験をするためにしていたもようである。ただ、単純に中に押し込んでしまうのは、昔からやっていた人は多いのではと雨宮先生は言っていた。雨宮先生は高校生の頃、剃毛した上で中に押し込んで、荷造り用テープで留めてから女物のショーツを穿くと男性器の形が分からなくなるのでよくやっていたと言っていた。ただし荷造り用テープ程度では長時間もたないし、裸になるのは不可能。また現在の「テープ・タック」のように割れ目ちゃんまで形成してしまう方法は思いつかなかったと言っていた。
 
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きっと、小学生の頃から女湯に入っていたMTFなどというのは私や千里たちの世代が最初だ。
 
「私も冬も骨格が女子だと青葉は言ってたね」
と千里は言う。
 
「うん。私が白骨死体で発見されたら、十中八九女性の白骨死体と判定されるよって、奈緒(小学から高校までの親友で現在群馬県内の病院で医師をしている。クロスロードの参加者)も言っていたよ」
と私も言う。
 
「実はね。私が性転換して即女子選手として認められたのは骨格が女子だったかららしい。つまり第二次性徴発現前に性転換したと認められたから」
と千里はやっとそのあたりの事情を明かす。
 
「ああ、そういうことだったのか。ふつうは性転換してから2年経たないと女子選手としては認められないはずなのにと疑問に思っていた」
「だから、薫は去勢してから2年掛かったんだよ」
「そんなこと言ってたね」
 
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「冬は停留睾丸だったんでしょ?」
「そのおかげで男性化が遅れたみたい。声変わりは5年生の時に来たけど」
「私は声変わりは高3の時。私、小学4年生の頃からずっと睾丸を体内に押し込んでいたから。おかげで二次性徴の発現が遅れたみたい」
 
「でもお互いよくそれで精子が作れたね」
と私は言った。
 
「睾丸ってしぶといんだよ」
と千里。
 
「それは同意。熱湯に曝しても皮膚病治療用の赤外線照射を毎日2時間掛けても、使い捨てカイロで常時暖めていても死なないんだから」
と私。
 
「何か壮絶なことしてるなあ。でも生殖細胞って45度くらいで死滅するらしいから、それいったん死滅した後でまた復活してるよ」
「そうかも。でも千里もそのくらいしたでしょ?」
 
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「まあ金槌で叩くくらいのことはしてるよ。するりと逃げるから逃げないように片手で押さえておいて叩く」
「うんうん。すぐ逃げるから押さえておく。でも結構痛いよね」
「気を失いそうになった」
「それでも潰れない」
「たぶん潰れるくらいの力で叩く勇気が出なかったんだよ」
「それはあるかもねー。自分で切り落とそうとしたこともあるでしょ?」
「それは私たちみたいな子は、みんな何度もやってるよ」
 

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やはり百ヶ日法要で政子なりに気持ちの整理が付いたのであろう。4月も中旬になった頃、やっと政子らしい詩が復活してくる。
 
「良い詩を書くね〜」
と紅川さんが感心したように言うと
「私天才ですから」
と政子は答えた。
 
「いつもの政子だ」
と千里が言った。
 
「じゃ、そろそろ帰る?」
と私は言った。
 
「この島の生活も楽しいんだけどなあ。泡盛も美味しいし」
と桃香。
「宮古の泡盛が気に入ったのなら少し送ってあげるよ」
と紅川さん。
「わあ、欲しいです!」
 

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私たちは結局4月20日の日食を見てから帰ることにした。
 
この日食は東京都区内では見られない。房総半島の館山で0.009くらいのわずかな食分、紀伊半島の潮岬で0.025、九州の鹿児島で0.029 だが、那覇で0.149, 宮古島では0.155まで欠けるのである。それで日食を見るためにわざわざ沖縄まで来る人も居たようである。(南大東島で0.206 小笠原の父島で0.270 海外ならグアムで0.702 オーストラリアの北西のケープレンジ国立公園付近では皆既になるので皆既を見たい人の多くは実際にはオーストラリアに行ったようである)
 

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この日、テレビの取材班が乗る観測隊第1群は3機のジェット旅客機で南アフリカのヨハネスブルグを日本時刻の7時(現地時刻で午前0時)頃に離陸して一路観測地へ向かった。時速1100km程度のいわゆる遷音速で4時間ほど飛行し、インド洋南、フランス領南方南極地域ケルゲレン(Kerguelen)諸島付近に到達する。
 
ケルゲレン諸島は地図で見ると一見、紅葉の葉のような形をしたひとつの大きな島に見えるのだが、実はとても小さな島が多数で構成された諸島なのである。島と島を区切る水路はまるで川のようであり、良港に恵まれ、高緯度海域を航行する船のかっこうの待避所になっている。
 
日食が始まるポイントはこのケルゲレン諸島の北西、48゚27.1'S、63゚37.5'Eの位置である。日出直後で最初は金環食で始まる予定だったのだが・・・・
 
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雪である。
 
観測ポイントに浮かべた船の上でリポートするNHKの人気女子アナが悔しそうな表情で風雪に荒れる夜明け空の中継をしていた。
 
しかしジェット機は雲の上を飛ぶので雨も雪も関係無い。安全間隔ギリギリの10km程度の間隔をあけて飛ぶ3機の飛行機は、各々アメリカ・日本・ロシアに所属していて、共同で取材をしている(パイロットはアメリカ空軍・航空自衛隊・ロシア空軍所属の、曲芸飛行の経験もある熟練パイロット)。テレビにはこの3つの飛行機から太陽を映した映像が並んで表示されている。
 
日本所属の観測機に乗る横浜の民放テレビの30代ベテランアナウンサーが「雲の上は晴れです。東の海から欠けた太陽が登ってきました」と報告する。この第1群の観測ポイントはケルゲレン諸島の北東、南緯46.5度・東経71.6度付近、日食開始ポイントから600kmほどの距離の場所である。
 
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そして日本時間の11:37(現地時刻6:37)、日食はこの地点で金環食から一時的に部分食に変化した後、皆既食に変化した。テレビの画面では最も西を飛ぶロシアの飛行機の画面が金環食から部分食に変化し、そのわずか2秒後に最も東を飛ぶアメリカの飛行機の画面が部分食から皆既食に変化して「ハイブリッド食」というのがどういうものか中継されている各国の一般家庭に伝わったようである。この変化する間、真ん中の日本の飛行機の映像は部分食のままであった。
 
この様子は日本とアメリカはもとより、韓国や台湾・インド・ロシアなどにも中継されているのだが、幻想的な天体ショーにかなり沸いたようである。
 
なお、この金環→皆既の変化が起きたのは、時間的には開始点でのレポートがあってからわずか36秒後。日食はこの付近では時速6万kmという猛スピードで移動しているのである。スペースシャトルが宇宙空間を飛行する速度の倍であり、この速度に比べたらジェット機など停止しているに等しい。この様子を飛行機の中から撮影したのは「雲の上で撮影する」という意味しか無い。
 
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■夏の日の想い出・愛と別れの日々(5)

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