祖父の家で蔵の整理に駆り出されていた中学1年生の進藤ヒカルは古い碁盤を見つけ、そこから平安時代の囲碁名人・藤原佐為の霊に取り憑かれる。
佐為が「囲碁を打ちたい!」というので、ヒカルは近所にあった碁会所に入る。しかし中をチラっと見ると、タバコ吸ってるおっさんばかりで戸惑う。受付の女性から「実力は何級くらい?」と訊かれ「対戦したことないから級とか分からないけど、そこそこ強いぜ」などと言うヒカル。その時、ヒカルは碁会所の奥に中学生くらいの少女がいることに気付く。
「あ、子供居るじゃん!あの子と対戦出来る?」
「えっと・・・あの子は・・・」
少女は立ち上がって笑顔で言った。
「対戦相手探してるの?いいよ。私打つよ」
彼女は橘中ミナコと言った。
「石は5個くらい置く?」
「何それ?」
と囲碁のことを全く知らないヒカルは尋ねる。ハンディの付け方だということを説明するが、同い年なんだからハンディとか要らないと言い、ミナコもまあいいかと思い、打ち始める。ミナコはヒカルの初心者っぽい石の握り方・置き方を微笑ましく思いながらも打っていく。しかし打ち進める内にヒカルが石の持ち方こそ初心者なれど囲碁の実力自体は、ただ者ではないことに気付く。そしてヒカルの一手に当惑する。
『これは最善の手でもない、最強の手でもない。これは私の力を試している手だ。はるかな高みから・・・』
対局は僅差でヒカルの勝ちだった。ミナコはショックを受けている様子であった。一方、囲碁のことを全く知らないまま佐為の指示通りに石を置くのにヒカルは苦労したので「オレまだ対局は早かったみたい」と言って碁会所を出た。碁会所ではミナコが負けたと聞き、ギャラリーが騒然としていた。
ミナコは実際戸惑っていた。この対局はまともな対戦ではなかった。彼の打ち方はまるで指導碁のようであった。それなのにあのまだ囲碁を始めて間もないとしか思えないような石の持ち方。一体彼は何者??
その時受付の女性が言った。
「ミナコちゃんが負けた!?嘘でしょ?だってあの子、対局したことないって言ってたわよ」
「対局したことがない!?」
数日後、道で偶然ヒカルと再会したミナコは強引にヒカルを碁会所に連れていく。ふたりの2度目の対局が始まる。前回ミナコはヒカルを初心者と思っていたので軽く打ったが、今回は対等以上の相手と思い、マジである。ヒカルがコミ(*3)とかニギリ(*3)というのを知らないので、それを教え、それでふたりは打ち始めた。決着はあっという間についた。大して手も進まない内にミナコが投了(*3)したのである。
『なんて勝ち方するんだ?上手に何目差とかで勝つんじゃなかったのか?』
と佐為に訊くヒカルに佐為は言った。
『彼女はそんな余裕を与えてくれなかったのです。もう胴体と頭を一刀両断するしかありませんでした』
厳しい顔つきでそう語る佐為に、ヒカルはミナコの物凄さの一端を感じた。
(*3)コミは後攻に与えられるハンディキャップ。囲碁は先攻の黒が絶対有利なので後攻の白はコミとして6目半をもらう。例えば打ち終えて黒の目が白の目より4目多かった場合、白に6目半を加えて最終的には白の2目半勝ちとなる。現在ではコミは6目半だが、ヒカルの碁が連載開始された時期は5目半だった。
ニギリ(握り)とは先攻後攻を決めるやりかた。片方(一般に上段者または年長者)が白石の碁笥に手を入れ適当に石を握る。もう一方はそれが奇数と予測したら黒石1個、偶数と予測したら黒石2個を置く。予測が当たれば黒石を置いた人の先攻、外れれば白石を握った人の先攻(碁笥を交換する)。
投了とは負けを認めること。「ありません」または「負けました」と言って頭を下げる。声は聞こえないことも多く相手がムニャムニャと口を動かして頭を下げたら投了である!上段者の対局ではよほど微妙にならない限り、最後までは打たず、途中で勝てないと思った時点で投了するのがマナーとされる。そのため大抵の対局は投了で終わる(「中押し勝ち」と記録される)ので、「投了は最大の敗因」とも言われる。上段者同士の対局では、なぜ投了したのか普通の人には理解困難な場合も多い!!