■春銅(11)

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ところで昨年春から夏にかけて起きた、X町の“古い祠の呪い”事件について、金沢ドイルを抱える〒〒テレビは沈黙を守っていたものの、他局は当時、住民などに取材して、特集番組を構成したりしていた。あれから1年経とうとしていたので某局は夏に向けて怪奇特集として、このネタをとりあげ、あらためて住民へのインタビューなどをおこなった。
 
現地の映像も撮影し、新しい祠や、そのそばで育ちつつある挿し木の杉と、斬り倒した御神木の切り株に生じていた萌芽から育った小さな新しい木なども撮影する。また、この祠・御神木を迂回して通した下水道管の経路図なども町役場から入手して映していた。
 
このテレビ局は大胆にも金沢ドイル(青葉)にも取材を打診してきたのだが、青葉は守秘義務を理由に、丁寧にお断りした。新しい町内会長の伊勢さん(真珠の父)にも取材したが、伊勢さんは言葉少なに、当たり障りのないことだけ話した。亡くなった前・町内会長の息子は「申し訳ありませんが」と言って何も話さなかった。そして、テレビ局は、亡くなったX神社の前宮司・町子氏の長男で、6月にX神社の権禰宜になった栄宝さんにも取材したのである。
 
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栄宝さんとしては、X神社の権禰宜という立場上、テレビ局の取材を無碍に断ることはできなかった(これは新町内会長の伊勢さんも同様)。それで少しだけならと取材に応じ、答えられる範囲で質問に答えていっていたのである。
 
テレビ局側も遠慮してあまり強い追及などはせずに、一般的なことなどを中心に質問していた。
 
ところがテレビ局が
 
「あれは何か悪霊みたいなものだったんでしょうか?」
と尋ねたのに対して、栄宝さんが
 
「違いますよ」
と言って、説明しようとした時のことだった。
 

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突然栄宝さんが倒れたのである。
 
びっくりして声を掛ける。別室で待機していたお母さんと妹の令美さんも来て名前を呼ぶが意識を失っているようである。それで119番し、栄宝さんはX町の総合病院に緊急搬送された。
 

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医者は首をひねった。
 
原因が分からないのである。
 
それで結局、医大病院に移すことになり、救急車で搬送された。
 
しかし医大の先生も首をひねった。
 
X町の病院でもMRIには掛けていたものの、医大が所有する精密な新型MRIに掛けて調べるが、やはり原因が分からない。どこにも異常が見られない。
 
「単に眠っているだけのような気がする」
と脳外科の佐々木教授は言った。
 
「眠っているだけなら、なぜ起きないのでしょう?」
 
と栄宝の母は尋ねるが、佐々木は腕を組んで考え込んだ。
 

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栄宝さんが倒れたのが6月12日の14時頃で、16時頃、医大病院に移動された。しかし医者が首をひねっているのを見て栄宝の妹・令美は〒〒テレビに電話をしてきた。
 
神谷内ディレクターが令美さんと話した。そして、その状況を聞いてこれは確かに医者ではなく霊能者の出番かもと思った。そこで高岡の青葉に連絡があったのである。
 
これが6月12日の20時頃であった。
 
青葉はこの日の水泳の練習を終えて、ちょうど帰宅した所だったが、
 
「行きます」
と答え、できるだけ普通の服装をして、見舞客のような顔をして、医大病院に行くことにした。
 

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青葉が“普通の服”を着ていたら、やっと酔いが覚めてきた桃香からダメだしを食らう。
 
「そんな怪しげな格好をして行ったら目立ち過ぎる、通報されるかもしれん」
「そこまで〜!?」
「千里、何か貸してあげて」
 
桃香は“普通の女性が着るような服”を持っていない。それに桃香の服は、青葉にはウェストが大きすぎる。
 
「じゃ、これ着なよ」
と言って、千里はグレイルで買った、カットソーと膝丈スカートを渡した。
 
「うん。これで何とか27-28歳には見えるな」
「え〜〜!?」
 
ちなみに青葉は現在23歳である。グレイルは女子大生に人気のオンラインショップである。
 
出かけようとしたら《姫様》が青葉に言った。
『千里も連れて行け。神様関係は千里のほうが強い』
 
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「確かにそれはありますね」
と青葉も言い、千里に同行を頼む。
 
「そうなりそうな気がした」
と言って、千里も出かける準備ができている。千里はプリマルク(アイルランド発祥のユニクロみたいなブランド)のブラウスとジーンズパンツである。
 
「青葉は半日練習した後で疲れてるから、私が運転するね」
と言って、千里が青葉のマーチを運転して、医大病院まで行った。
 
ロビーに神谷内さんが待っている。
 

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「おぉ、コイルさんもこちらにおいででしたか」
「神社に関わることのようなので、姉の方がもしかしたらいいかもということで、偶然こちらに来ていたので一緒に来てもらいました」
と青葉も言う。
 
神谷内さんが令美さんに連絡する。令美さんがロビーまで降りてきた。
 
「金沢ドイルさん、金沢コイルさん、お目に掛かれて光栄です」
などと令美さんは言って、青葉・千里と“エア握手”した。
 
「先日、栄宝さんがうちの局までわざわざ挨拶に来て下さったんですよ」
と青葉は言う。
 
その時に聞いた“行き止まりのトンネル”の夢のこと、0と1の夢のことも青葉はここに来る途中、千里に話している。
 

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「御本人のそばに行けます?」
と青葉が尋ねる。
 
「私と一緒に来て下さい」
と令美さんが言い、あまり大人数になってもいけないので、青葉と千里だけが令美さんと一緒に行く。
 
病室は個室である。ベッドに意識の無い栄宝さんが寝ており、お母さんと思われる60代の女性が、心配そうな顔でそばの椅子に座っている。
 
「お母さん、こちら金沢ドイルさんとお姉さんのコイルさん」
「おお、これは。お世話になります。ご足労頂き申し訳ありません」
「お医者さんは何か言われました?」
「まるでただ眠っているだけのように見えると」
 
青葉と千里は患者を見た。
 
「どう思う?」
「ただ眠っているだけのように見える」
 
「え〜〜!?」
 
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「青葉、青葉も少し寝ない?」
と千里は言った。
 
「へ?」
 
「だからさ」
「あ。分かった。そういうことか」
「右側に行きなよ」
と千里は言ったが、青葉はその意味はその時は分からなかった。
 
「済みません。ちょっと席を外します」
と青葉は言い、病室を出て行く。そのまま下に降りる。
 
神谷内さんがいる。
 
「ドイルさんどうだった?」
「町子さんはただ眠っているだけですね」
「え!?」
 
「私もちょっと眠ってきます。失礼します」
「え〜〜〜!?」
 
「病室には姉がいますから」
 
と言って、青葉は困惑している神谷内を放置して駐車場に行く。
 
自分のマーチに乗り込む。ドアをロックし、後部座席に行き、タオルケットを身体に掛けて、青葉は目を瞑った。たくさん練習した後なので青葉はすぐに眠りに落ちた。
 
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青葉はすぐに夢の中に入った。
 
「さて、入れたかな?」
と独りごとを言う。
 
まわりを見回すと、山道である。
 
心静かに探査する。
 
「ああ、こっちだ」
 
青葉は栄宝の“波動”を感じ取り、そちらに歩いて行った。
 

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青葉は元々他人の夢の中に勝手に侵入する“悪い癖”がある。それで千里は青葉に栄宝さんの夢の中に入ってみない?と言ったのである。どうもそれはうまく行った気がした。
 
洞窟がある。青葉には鍾乳洞のように見えた。入口は2つ並んでいるが、栄宝さんの波動は左側の穴から来る。それで青葉は左側の穴に入っていった。
 
途中分かれ道がいくつかあるが、栄宝さんの波動は全部左側からだったので、青葉はそちらに向かった。
 
(感覚的に)10分ほど歩いたところで立ち往生している栄宝さんを見つけた。
 
「こんにちは、町子さん」
「金沢ドイルさん?」
 
「出られなくなったんですか?」
「そうなんですが・・・ここって夢の中では?」
「夢の中ですよ。一緒に脱出しましょう。手を握っていいですか?」
「はい」
 
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そけで青葉は栄宝の手を握り、後戻りした。
 
途中いくつか分かれ道があったものの、青葉は全部右に行った。
 
青葉はここまで来る途中、分かれ道があったら全部左に折れている。その道を逆方向に戻るには、分岐点を全て右に行けば良い。もっとも青葉はここまでのルートを全て記憶しているので、左右が混じっていたとしても、ちゃんと入口の所まで戻ることができた。
 
10分ほどで洞窟の入口の、穴が2つ並んでいる所まで戻ることができた。
 
「凄い。出られた」
 

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「今度は右側の入口から入りますよ」
「はい」
 
それで青葉は右側の洞窟の入口に入り、栄宝の手を握ったまま進んでいく。途中の分岐を全て右に行く。
 
「ほんとにこっちでいいんですか?」
と栄宝は心配そうである。
 
「人間って、分かれ道があって、どちらに行けばいいか分からない場合、つい左側に行きがちなんですよ。でもそれって、しばしば遭難しやすいんですよねー」
と青葉は言いながら、歩いて行く。
 
「考えてみれば、私はさっき左へ左へと行っていた気がします。やはり左より右のほうがいいのでしょうか?」
 
「洞窟とか迷路でいちばん悪い歩き方は、右へ行ったり左へ行ったりすることです。絶対訳が分からなくなりますし、戻れなくなりますから」
 
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「あ、それはそんな気がします」
 
「左なら左、右なら右と決めて、必ずそちらへ行くことにするというのは、悪い方法ではありません。必ず左へ進んでいった場合、諦めて戻ることにした場合は今度は分かれ道で必ず右へ進めば入口に戻れるはずなんです」
 
「なるほど」
 
「ただここで“分かれ道の見落とし”というのが発生するんですよ」
「あぁ」
「特に洞窟の中は暗いから、進んでいく時に見落としていた分岐を帰りは見てしまい、違う方向に進んでしまう可能性がある」
「確かに」
 
「だから正しい洞窟探査の方法は、クノッソス宮殿でテーセウスがしたように、入口の所に結びつけた長い紐の端を持って入って行くことですね。そうしたら、その紐を辿れば入口に戻れる」
 
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「やはりあの方式ですか」
 

「リアルの洞窟に入る場合はそうしましょう。でないと洞窟内で行き倒れて500年後に発見されるなんてこともあり得ます」
 
「ありそう」
 
「ただ、ここは夢の中なんですよ」
 
「ええ」
 
「夢の中はリアルみたいには行きません。夢の中を含めてシンボリズムの世界では、一般に“左”は心の内面の深い部分や魂・神秘などを表し、“右”は現実に近い部分、心の表層部分などを表すんです」
 
「へー!」
 
「夢の中で“移動”が発生する場合、その方向は意識しておいた方が良いです。左への移動が多い時期って、心の深い所を探求していますけど、心は内向きになっていて、深い思慮をしているんです。それに対して右への移動が多い時期は思考の時期が終わって、現実の活動を始めるべき時なんですよ」
 
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「そう言われるとそんな気がします」
 
「ですから、町子さん、左へ進みすぎて、心の深い所に填まり込んでしまったんですね。だから現実に戻って目を覚ますには、右に行かないといけないんですよ」
 
「私、もしかしてずっと眠ってます?」
「もうすぐ起きられますよ」
 

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青葉がそんなことを言った時、
 
「あ」
と栄宝は声を挙げた。彼も感じたようである。
 
「出口が近いみたいですね」
「はい。私もそう思いました」
 
そして2分もしない内に、2人は洞窟の終端に辿り着いたのである。
 
「ふさがってる」
 

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実は出口のようで、向こうは明るいのだが、出口?自体は塞がっていて、通れない。薄い岩壁の全体が明るくなっているだけである。
 
「どうしましょう」
と栄宝が尋ねる。
 
「物事って、スムーズに行く時もあるけど、時には実力でぶつかって強行突破しなければならない時もあるんですよ」
と青葉は言った。
 
「ぶつかって突破か」
と栄宝は青葉の言葉を繰り返すと
 
「よし」
と決意するように言い、
 
思いっきり、壁にぶつかる。1度ではダメだったが、数回ぶつかっていたら壁が崩れて、人が通れるようになった。
 
「開通ですね!」
「町子さん、今、町子(ちょうし)さんは、0を1に変えたんですよ」
「わぁ」
 
それで2人は外に出た。
 
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とても明るい。太陽も照っている。
 
唐突にロシア童謡『いつも太陽があるように』(Пусть всегда будет солнце!)の歌が聞こえてきた。
 
プーシグダー・ブージェット・サンツェ
プーシグダー・ブージェット・ネーヴァ
プーシグダー・ブージェット・マーマ
プーシグダー・ブードゥー・ヤー!
 
Пусть всегда будет солнце!
Пусть всегда будет небо!
Пусть всегда будет мама!
Пусть всегда буду я!
 
いつも太陽がありますように!
いつも空がありますように!
いつもお母さんがいますように!
いつも私がいますように!
 
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(後で栄宝さんと話したら、栄宝さんが聴いたのは『てのひらを太陽に』だった!)
 

目の前に石碑のようなものがあり、そこには1枚の古風な鏡が置かれていた。
 
栄宝は思わずその鏡を手に取った。
 
「これで、町子(ちょうし)さん、あとは1人でやっていけますよ」
と青葉は言った。
 
「ではまた」
と青葉が笑顔で言った時、栄宝は目が覚めた。
 

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