【夏の日の想い出・郷愁】(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2017-12-25
尾藤教授の編曲は1月15日(月)に仕上がった。いったん金曜日に出来上がったのだが、それを見て私は若干の修正依頼をした。
「なるほど!そうだよね」
と教授もその指摘に納得したようで、土日掛けて修正してくれた。
「今回は僕自身凄く勉強になったよ」
と教授は言っていた。
そしてこの曲の収録は、1/22-28 の一週間で収録をおこなった。最初平日の22-25日はスターキッズのみでの演奏でだいたい完成させる。そして26日(金)には休日組の『ふるさと』を完成させた上で、27-28日に♪♪大学の学生オーケストラのピックアップ・メンバー(人選は尾藤教授がしてくれた)が郷愁村に来てくれて、ここで収録を行った。
「このスタジオ広い」
とオーケストラのメンバーが言う。
「何も無い所に建てたスタジオなんで、広く面積を取れたんですよ」
と私は説明した。
上手な人ばかりなので、ほとんど1発で合ったようにも思えた。
しかし私は簡単にはOKを出さなかった。私は最初の演奏の問題点を幾つか指摘する。私が1度聴いただけなのに、各パートの細かい問題を話すので、オーケストラメンバーも、こちらを見直した感があった。
特に私がヴァイオリンやクラリネットなどで「こんな感じ」などと言って実際に演奏してみせたりすると結構表情が変わっていた。
最初はやはり単純な出張演奏のバイト程度のつもりで出てきていたのだろうが、マジでこの曲を演奏するぞという雰囲気になってきた。
夕方18時でいったん今日の練習を打ち切り、宿舎に入ってもらう。この日の夕食は、若葉がムーランのフレンチの車を郷愁村に持って来て提供したので上等のフレンチを味わうことになり、メンバーから歓声があがっていた。
もっとも近藤さんとかは「俺は和食がいいんだけど」などと言って、若葉に牛丼を作ってもらって「鴨のなんちゃらとかより、こっちが美味しい」と言って酒向さん・月丘さんと3人で自主的に持ち込んだビールを飲みながら、デイルームで食べていた。
28日の朝は、用意したバスに乗って、予め借りていた、K市の市民会館に移動した。そしてここのステージの真ん中にスターキッズ、その左右にオーケストラと並び、私とマリが前面に立って、ここで『郷愁協奏曲』を生演奏した。
この様子を撮影してPVの一部に利用する(今回のピックアップメンバーには最初から映像撮影もあることを説明して顔出しOKの人のみで構成している)。
郷愁村に戻ってからまた真剣な感じで練習が続く。一度ステージで演奏したのが刺激になって、このスタジオでの練習でも全員進歩が見られた。それでも私や尾藤先生の指示の声が飛ぶ。
そしてお昼を挟んで午後から実際に録音に入った。そして5回収録した中で、私・七星さん・アスカ・尾藤先生の4人で検討した所、その中の4回目の演奏がいちばん良かったということになり、それを採用することになった。
OKが出た時、メンバーの間に歓声があがっていた。
こうして紆余曲折あった『郷愁』の収録曲は全て録音し終わったのである。
大編成での録音になったので、ミックスダウンには3日下さいと担当の中道さんから言われた。これには七星さんが付き合ってくれる。そのあとマスタリングをして来週頭くらいにやっと『郷愁』のマスターが完成するはずである。一部のPV録画・編集も残っているものの、私たちは28日の夜、郷愁村のデイルームで打ち上げをした。
参加者は私とマリ、スターキッズ&フレンズの7人、氷川さん、秩父さん、風花、妃美貴、美野里、詩津紅、千里、そして郷愁村の村長!?倫代である。今回の郷愁協奏曲の収録に参加していなかった人もいるのだが、呼び出して!参加してもらった。
大量のお肉を持ち込んで焼肉パーティーにする。ビール、日本酒、ワイン、スコッチウィスキーと用意したし(自宅マンションから大量に持ち込んだ)、政子の希望でケーキやクッキーなどもたくさん調達している。
「足りなくなったら買いに行って来ますから」
と妃美貴が言っている。
最初に私がみんなに今回本当に苦労を掛けたことを謝り、更に氷川さんが、レコード会社の方針に振り回されてしまったことを謝ったので
「なんかお詫び大会になっている」
という声があがった。
近藤さんが音頭を取って乾杯して、その後、倒れない程度に自由に食べて飲んでということにする。後、眠くなった人は自分の部屋に帰って寝てねということにした。結果的にはオールナイトになる人たちも出そうである。
「結局収録には5ヶ月掛かっているね。夏にやったのも含めて」
と酒向さんが言う。
「夏にやったのは結果的には準備運動というか、初期練習みたいな感じになりました」
と七星さんは言う。
「うん、あれが無かったら11月以降の録音のひとつひとつにもっと時間が掛かったと思う」
と鷹野さんも言っていた。
「今回費用もとんでもなかったでしょ?」
「Flower Gardenなんて1億でできたんだけどなあ」
と私も嘆くように言う。
「このあとCMとか流す費用がまた数千万でしょ?」
「そうなんですよ。あれがいちばん高い」
「来年は10億掛かったりして」
「色々見直すべき点があると思うんですけどね。さすがに今回はお金を掛けすぎましたよ」
と私は言った。
「だけどこの郷愁村は良かったですよ」
と、フレンズの香月さんが言う。
「これまでは集中して制作に入る時は都心のホテルに泊まり込みだったけど、ホテルって色々不自由な所も多いんですよね。結局色々余計な費用も掛かるし」
「それはあるかもですね」
「郷愁村は自分の別荘感覚で使えたから、ずっと個人的な荷物を置いていたし」
「まあスターキッズ&フレンズとか、私たちや風花・詩津紅・妃美貴・美野里・氷川さんといったあたりは、もう部屋を固定して、空いていてもそこは他の人には貸しませんでしたからね」
「それで撤収するのに“お引越”が必要な人もあるようだ」
「いっそここに住みますか?家賃は共益費込み月6万でいいですよ」
「一瞬考えてしまった」
「いや、さすがに他の仕事に行くのに大変すぎる」
「駅まで行くのに車が必要ですからね」
「何かバイクで通勤していた人もいたね」
「うん。確かにバイクは便利なんだ。ラッシュ関係無いし」
「雨の日以外はいいよね」
「ホテル暮らしだと、食事が外食とコンビニばかりになるのも嫌だったね。結局おなかいっぱい食べられないし」
「今回は自炊していた人もいたね」
「初期段階で要望が出たんで、IHヒーターとそれ対応の鍋・フライパン、フライヤー、ホットプレート、電気炊飯器・オーブンレンジ・オーブントースター・電器ケトルを全室に導入したんですよね。お米も希望者には米びつで配布したし。食パンとチーズ・ハム・ベーコンと牛乳・ヤクルトも毎朝希望者に配給したし」
「そのあたりは倫代ちゃんにお世話になった」
「力仕事はうちの旦那ですが。でも私は楽しかったですよ。凄いハイレベルな音源制作を見学させてもらったし」
と倫代は言っている。
「後から各部屋に配布された昔風のトースターも面白かった」
「あれ結構ハマった」
「妃美貴ちゃんは大地を守る会をここに届けさせていたね」
「だってどうしても野菜が不足するんですよ」
「ところで次のシングルはいつ頃?」
という質問が出る。
「アルバムのリリース日が今の状況だと、2月に海外版の歌唱収録をして、国内盤が3月28日・水曜日、海外版は5月上旬くらいに考えているので、次のシングルは6月くらいに出るといいかも知れません」
と氷川さんは言う。
「じゃその音源制作は3月かな」
「そんなものでしょう」
「次のシングルに入れる曲とかはだったら2月くらいに書いてもらえばいい感じかな」
その時、政子が発言した。
「こないだの曲を入れようよ」
「うん?」
「『アギトとオウガ』だっけ?」
「そのタイトルも面白いけど、書いたのは『をぐなとをみな』だよ」
と私は言う。
「どんな曲?」
という質問があるので、私はパソコンを開けて、まだCubaseのプロジェクトの状態でmp3にも落としていない曲を再生しながら歌ってみせた。
その場がシーンとしていた。
あまり出来がよくなかったかな?と私は思ったのだが
「これいい!」
という声があちこちからあがる。
そして氷川さんが言った。
「この曲、『郷愁』に入れません?」
「え!?」
「これを先頭曲にしようよ」
「そうそう。それで『郷愁協奏曲』がラスト」
「え〜〜!?」
「やはり先頭曲は本当のマリ&ケイ作品がいい」
みんなは『郷愁協奏曲』を丸山アイの代作と思っている。しかしみんなに言われてみると『をぐなとをみな』は『郷愁』のトップにふさわしい作品かもという気がしてきた。日本民族の郷愁という感じである。
それでいったん決まっていた曲順を変更することにした。
金曜日の段階でスターキッズ、私とマリ、氷川さんの8人で打ち合わせていったん次のように曲順を決めていた。
『郷愁協奏曲』
『同窓会』
『刻まれた音』
『トースターとラジカセ』
『斜め45度に打て』
『セーラー服の日々』
『靴箱のラブレター』
『硝子の階段』
『お嫁さんにしてね』
『携帯の無かった頃』
『フック船長』
『ふるさと』
ここでこの『をぐなとをみな』をトップに置いて、『郷愁協奏曲』を『ふるさと』の後に置こうという話である。
「そしたら13曲にする?」
「いや、どれか1つ外そう」
「どれ外す?」
すると七星さんが
「『携帯の無かった頃』を外しましょう」
と言った。これはマリ&ケイ名義だが、七星さんが代作した作品である。
それで私は言った。
「でしたら『携帯の無かった頃』は本来の七星さん風の編曲に戻して、次のシングルに入れましょう」
すると千里が言った。
「じゃ、それを私が《あたかも七星さんが書いたような作品》に改変するよ」
「じゃよろしく」
と私は言った。
七星さんはちょっと呆気にとられていた。
この作品は元々七星さんが《ケイ風》に書いた作品なので、オリジナルに戻しても七星さんっぽくないのである!
結局その場にいたメンツで翌日1月29日の夕方からそのまま郷愁村で録音作業をすることにした。譜面に関しては、千里(千里1)が1日でスコアを作ってくれたので、それをベースにスターキッズ&フレンズで演奏し、多少調整を掛けることにした。
演奏参加者は下記である。
AGt.近藤 Vn.鈴木真知子 Va.鷹野 Vc.宮本 Cb.酒向 Tp.香月 Fl.千里 Cla.詩津紅 Pf.美野里 ASax.七星 Marimba.月丘 箏.今田友見 KB.風花・倫代
友見は呼び出した! ヴァイオリンは真知子ちゃんに連絡したら、今月いっぱいならいいですよ、ということだったので参加してもらった。
そして演奏しながらの調整を始める前に私はみんなに言った。
「最近ちょっと感じていたんですが、私が書いた作品の場合、みなさん他の作家の作品に比べて、あまり意見を出してくれない気がしていたんです。私の作品の場合でも、遠慮無く意見を出して、直した方がいいと思った所はどんどん直していきませんか?」
近藤さんと鷹野さんが顔を見合わせていた。
「分かった。確かに少し遠慮があったかも知れないけど、どんどん意見を出すよ」
と近藤さんが言い、他のメンバーも頷いていた。
結局この曲は29-30日と調整を続け、31日になって完成の域に達した。31日の午後に数回録音していちばん良い出来のものを採用する。
「お疲れ様でした!」
「これで本当の終わり!」
それであらためて打ち上げをしてアルバム『郷愁』に関するアーティスト側の作業は完了した。
『郷愁協奏曲』のPVは、先日の市民会館で収録した生演奏の映像と、郷愁を起こすような風景の映像とのミックスで編集した。これは夏の間に★★レコードのスタッフによって全国各地で撮影されていた映像をかなり使っている。
新たに撮影したのは、主として東北地方で撮影した雪景色である。雪の中の初詣や十日戎などの様子、スキーやスケートをする子供たち、雪合戦(子供会に頼んでやってもらった)、かまくら、雪だるま、家が雪に埋もれて2階から出入りする様子(実は雪を重機で積み上げて撮影した)、などなど。
また沖縄で桜が開花したという情報で現地に飛び、早速その映像を撮影してきた。現地の社員や知人を集めて!花見の宴会もしてもらっている。実はそこにちゃっかり、木ノ下大吉先生も映っていたりする。秋にも紅葉の様子を撮影しておいたので、これで四季の映像を揃えることができた。
『をぐなとをみな』については、弥生時代の衣服を身につけて古い髪型にした俳優さん・女優さんたちに、寸劇を演じてもらい、それをPVとして構成した。女性は古墳島田の髪型に貫頭衣を着てもらい、男性は美豆良(みづら)髪で巻布衣を着てもらった(時代考証はやや怪しいが古代だという雰囲気は出る)。この髪のかつらや衣服は、衣装係の人が1週間で作ってくれた。感謝である。
政子の希望で大林亮平!にも参加してもらい、古墳島田に貫頭衣を着てもらった。政子は亮平に直接電話を掛けて出演OKを取っていた。ふたりの関係はどうなってんだ!?政子に訊いてみたのだが「別にデートする訳じゃないし」などと言っていた。
ちなみに亮平は着せられてから
「なんかこの衣裳、女っぽくない?」
と訊いて
「もちろん女の子の衣裳だよ。男の娘役だから」
と政子が言うので
「うっそー!?」
と叫んでいた。どうもそのことは言わずに呼び出したようだ。
「ちなみに撮影前に去勢手術受けてもらってもいい」
「遠慮しとく」
この劇の撮影が2月中旬に終了し、PVの編集は2月中に終了して、日本語版のマスターはCD, DVD ともに完成した。
また2〜3月は英語版・フランス語版・スペイン語版・ポルトガル語版・ロシア語版・ドイツ語版・北京語版の歌唱収録を各々1週間単位で進めた。これで海外版の音源編集を進めてもらった。
海外版の作業で私とマリに七星さんも3月中、そちらに取られてしまったので、次のシングルの音源制作は4月に入ってからおこなうことにした。
パンフレットに関しては、ライナーノートを蔵田さんに書いてもらい、写真などを入れて、妃美貴が2月中旬までにまとめてくれた。それで2月下旬からプレスに入ることができた。
これはFMIのスタッフの手で各国語に翻訳され、海外版に添付される。
“千里2”からは、“千里1”が予定通り、2月16日に川島信次さんとの婚姻届を提出し、3月17日に結婚式を挙げたことを聞いた。私は“千里1”の結婚式にお花を「唐本冬子」名義で贈っておいた。千里1は、桃香の卵子を借りて体外受精と代理母で子供を作り、特別養子縁組で自分たちの子供にする予定であるという。その方式は、和実たちが希望美ちゃんを作った時の真似かなと私は思った。実際の体外受精は4月頭に実行するらしい。
もっとも千里は京平ちゃんを作った時と同様、自分で卵子を提供できたと思うのだが、おそらく千里1は自分に卵巣があること自体を忘れているのだろう。その卵巣は千里2の説明によると小学4年生の時に骨髄液を採取してその細胞からIPS細胞を作り、それを卵巣や子宮・膣に育てて2年後に移植したものだという。
それは原理的には可能なことであるが、2018年の現時点でもまだそのような手法は医療技術として確立していない。オーバーテクノロジーだ。そもそもIPS細胞の技術は2006年に山中伸弥(ノーベル賞受賞)によって確立されたものだが、千里が小学4年生だったのはその6年前の2000年である(ES細胞なら確立しているもののこれは受精卵が細胞分裂を始めた初期に細胞を採取しておかなければならない)。しかし、千里の言葉はなぜか信じてもいい気がした。
ところで千里1は2月に婚姻届けを出し、3月に結婚式を挙げたにも関わらず信次さんと同居せず、用賀のアパートでそのまま暮らしているようであった。私は彼女に電話してみた。
「信次さんの所に居るのかと思って電話してみたら、お仕事の都合でまだ世田谷区の方にいるんですよ、と向こうのお母さんに聞いた」
「うん。ソフトハウスの仕事はどうしても深夜とかまで掛かるし、その場合、とても千葉市まで戻れないんだよ。それで会社に近い用賀のアパートにそのまま住んでいるんだよね」
「ずっとそのまま?」
「実は信次に転勤命令が出ていて。4月2日付けの転勤の予定だったんだけど信次が手術を受けるから、それが落ち着いてから5月14日付けで名古屋支店に転勤」
「信次さん手術って何か病気?」
「ううん。性転換手術」
「え〜〜〜!?」
「と本人はジョーク言っていたけど、実際は腫瘍の手術。良性だけど、念のため摘出しておいた方がいいという話」
「びっくりした。でも良性で良かったね」
しかし千里1もジョークが言えるほど精神力を回復させているな、と私は思った。
「それで信次が名古屋に行くから、私もそのタイミングでやっと会社辞めさせてもらうことになった。とりあえず信次が手術を受けるあたりからはさすがに私も千葉に移動するつもり。だからこのアパートは3月いっぱいまで」
「なるほど」
「レッドインパルスの方は、休部することにした。そちらも退団させて下さいと言ったんだけど、籍だけは残しておいてというから。1軍と違って2軍は定員がないから、部員は何人居てもいいんだよね」
「なるほどね」
そのあたりも私は千里2から説明を受けたのだが、現在レッドインパルスの1軍に「33.村山千里」、2軍に「66.村山十里」が登録されていて、実際には千里1が2軍に参加しており、千里3が1軍と日本代表で活動しているらしい。
どうも、バスケットの能力は千里3に最も強く出て、音楽の能力や霊的能力は千里2に最も強く出て、女らしさは千里1に最も強く出ているらしい。
「千里3は男の娘だからかなあ。あまり料理とかしないで、ほとんど外食みたい」
「へー」
千里2は4月中旬までフランスのLFBリーグに参加し、その後アメリカに移動して5月からアメリカのマイナーリーグ、WBCBLに参加する予定であるという。私は現在は3の方がバスケット能力が上でも海外のリーグで鍛えられている2はその内3を追い越すかもという気がした。
一方貴司さんは千里2の予言通り、1月21日に阿倍子さんと離婚。阿倍子さんは神戸の実家に京平君と一緒に戻った。
そして貴司さんは2月3日に“妊娠させてしまった”三善美映さんとの婚姻届けを提出した。こちらは美映さんがそういうのは好きでないというのもあり、結婚式は行わない。記念写真を取って、ふたりでお食事をしただけである。(食事会にはどちらの親族も出席せず、貴司さんと美映さんのみ)
この妊娠は京平君の時と同様、本当に妊娠しているのは千里(千里1)なのだが生殖器が一時的に交換されているのだという。千里2の説明によると、貴司さんには、ある種の“呪い”が掛けられていて、彼が誰か千里以外の女性とセックスしようとすると、自動的にその女性の生殖器と千里の生殖器が入れ替わってしまうらしい。だから貴司さんは結果的に千里以外の女性器とセックスができないことになる。そして妊娠する場合も千里の生殖器が妊娠してしまうのだという。
この交換は、出産が終わると(妊娠しなかったら次の生理の時に)元に戻るらしいので、結果的に相手の女性は出産しても処女のままである!
貴司さんがどうやっても浮気ができないようになっているというのは、お釈迦様の掌の上を飛び回る孫悟空を連想させた。
なお、千里1の妊娠中は、千里2・3もHCGホルモンが高い状態になり、妊娠検査薬はプラスを示し続ける。乳房も膨らみ、出産後は3人ともお乳が出るだろうと千里2は言っていた。
「おっぱい大きいと、バスケやってる時に動きにくくて困っちゃう」
などと千里2は文句を言っていた。
「え?だったら、来年は『ときめき病院物語』は制作しないんですか?」
とアクアはコスモス社長からその話を聞いて驚いた。
「主演の三崎京輔さんが今年は映画を撮るので降板したいという申し出があって。三崎さんあっての『ときめき病院物語』だったからね」
「わあ残念ですね」
「テレビ局ではその枠で今度は片原元祐さんを主役にした時代劇をやろうかという話が出ている」
「時代劇ですか!片原元祐さんは武田信玄をなさいましたね!」
それでアクアは2017年12月中旬、多忙な中、コスモス、葉月と一緒にテレビ局の企画会議に出席した。『ときめき病院物語』を担当していた橋元プロデューサーから新しいドラマの企画が説明された。
タイトルは『ほのぼの奉行所物語』である。主な登場人物はこのようになっている。
北町奉行所
鳥居元衛門30(定廻り同心)片原元祐(主人公)
岡っ引き・厳蔵40 新田金鯱
山門新五郎50(定回り同心)藤原中臣
岡っ引き・七次 40 スキ也
南川昇平44(与力)主人公の上司 香川満夫
南川ちか(昇平の妻)万田由香里
南川勝之進22(昇平の長男)岩本卓也
南川和之介18(昇平の次男)アクア
南川しの16(昇平の長女)アクア
南町奉行所
藤沢理太夫26(定廻り同心)中橋智也
立花勘兵衛52(定廻り同心)佐川伝二
北山啓吾41(与力)光山明剛
北山きく37(啓吾の妻)西山羽留香
北山一太郎18(啓吾の長男)松田理史
北山みつ16(啓吾の長女)岡原襟花
越中屋
諭吉43(主人)広川大助
三平22(手代)大山弘之
さよ20(諭吉の娘)神尾有輝子
きぬ16(諭吉の娘)馬仲敦美
主人公の若手同心・鳥居と、ライバルとなる南町同心・藤沢との拮抗、先輩同心山門とのやりとり、また藤沢と先輩同心・立花のやりとり、といったものが物語の中心である。基本的に殺人事件や強盗事件などは(大きくは)取り扱わず、江戸町民の日常的な生活を描いていく。また小普請組(つまり無職!)の勝之進の就活の様子、学問所に通う和之介・一太郎の友人たちとの交流、箏の教室に通う、しの・みつや友人の武家の娘たちとの交流なども描かれる。
アクアはサブストーリーに関わり、北町与力・南川の息子と娘の二役とする。南町与力・北山の息子・娘との微妙な関係が描かれる。例によって葉月がボディダブルを務める。葉月は箏教室の参加者としての顔出しもある。
主題歌は神尾有輝子が歌い、エンディングテーマをアクアが歌う。
初日のこの日は、役者さん同士の顔合わせ、挨拶、また衣裳やカツラ用意のための採寸なども行わた。メイン級の俳優・女優は「似合う」服を用意するため、写真・動画も撮られた。
「アクアちゃんって、ほとんど女の子体型!」
と衣裳会社の担当さんが言っていた。
「きっと、女優さんが男装する時の衣裳が合いますよ」
と山村マネージャーが言うと
「ほんとにそうかも知れない」
と言っていた。
「頭もまだ成長過程だからかなあ。これ女優さん用で合いそう」
と、かつら会社の人は言っていた。
この日、アクアと葉月は主役の片原さんをはじめ出演者にひたすら挨拶してまわった。このあたりはちゃんとしておかないと、なまじ人気があるだけに、人気を鼻に掛けて生意気とか言われかねない。それでマネージャーの山村ともどもしっかり挨拶して回る。挨拶には順番!もあるので結構神経を使う。これって山村さんが付いてないと無理だぁ!とアクアは思った。
3年前に『ときめき病院物語』を始めた時はここまで意識しなかったのだが、やはりそれは3年間で君の立場が変わったからだよ、と山村は言っていた。確かに全くの新人であればそのあたりが楽な面もあったろうし、大目に見てもらえる部分もあったろう。
葉月については
「へー。やはりアクアちゃんのボディダブルは女の子でないと務まらないよね」
「君、わりと男装も行けそうだね」
などと言われるので、山村が
「いえ、この子、男の子なんですよ」
と言ったのだが
「まあ、そんな冗談を!」
と言われて、全然信じてもらえなかった!
なお、このドラマの撮影は室内や庭先などでの場面は都内のセットで、屋外の風景については、つくばみらい市のワープステーション江戸で月に1度まとめて行われる。当地は秋葉原駅からつくばエクスプレスで1時間、みどりの駅まで行き、そこからチャーターしたバスで20分程度で現地に到着する。撮影の日は土曜朝に現地に入り、つくばみらい市内に1泊して日曜日の夜まで撮影は続くことになる。
ところで今井葉月(天月西湖)は現在中学3年生で、来年度は高校進学である。現在、実際問題としてアクアの代役を務めるためにかなりの日数お仕事をしており、今年度もここまで30日ほど学校を休んでいる。それで公立高校は無理だろうということで、芸能活動に理解のある都内の私立高校を目指すことにした。
それで1年前に同じ問題で悩んだアクアに尋ねてみると、芸能活動と両立しやすい都内の私立高校として、渋谷区のK学園、品川区のD高校、世田谷区のJ高校、北区のC学園、多摩市のF学園、という5つの学校があることが分かる。
この中でF学園は女子校ということだったので除外する(たぶん入れてもらえない)。C学園の芸術科は男子も入れることになったのだが、音楽関係である程度の実績のある生徒でないといけないし男子の定員3人というのは厳しいと思ったので、これも諦める。
「アクアさんが時々着ているような女子制服も可愛いけどなあ」
などと葉月は一瞬考えてしまったものの、女子制服で通学してたら、親から何か言われそうだと考えた(西湖は自分が女装にハマッていることをあまり意識していない)。
またK学園も中学時代にある程度の芸能活動の実績のある子しか受け入れないので正直、自分の経歴では微妙という気がした。何でもここは芸能人の生徒だけ隔離して!他の生徒とは別に授業を受けるらしいが、それも何だか嫌な気がした。
そういう訳で、葉月は品川区のD高校と世田谷区のJ高校に絞ることにした。出席日数についてはD高校はわりとアバウト(レポートで出席に代えることが可能)だがJ高校は年間出席必要日数の3分の1以上(約65日)休むと留年になる。しかし§§プロは中高生のタレントに関しては、できるだけ学業優先にしてくれるので、多少忙しくなっても、そこまで休むことはないだろうと思った。
それで取り敢えず学校説明会に行ってみようと思い、日付を確認する。
D高校は10月21日(土)、11月26日(日)、12月9日(土)、1月6日(土)。
J高校は10月22日(日)、11月23日(祝)、12月10日(日)、1月5日(金)。
なんで土日とかばかりなの〜?と葉月は思った。
(普通の人は土日でないと動けない)
葉月は土日祝の日程が全部埋まっているのである。
これじゃ説明会に行けないじゃん!と思う。しかし葉月は気付いた。
1月5日は平日だ!
もっともこの日程は願書提出期間の直前である。出願期間はどちらの高校も1月10-16日で、試験はD高校が1月22日(月)、J高校は1月23日(火)に行われる。
ちなみに葉月のスケジュールはアクアのツアーに同行し、1月4日に愛知ドーム、1月6日は北海ドームなのだが、5日は移動日で空いているのである。4日の公演が終わった後、東京に単独で戻り、翌日説明会に行って、その日のうちに札幌まで移動すれば問題無い気がする。
それで葉月はそういう行動を取っていいか、コスモス社長に訊いてみた所、ちゃんと5日中に札幌まで来るのなら問題無いと言われた。それで葉月は1月5日のJ高校の説明会に予約を入れた。一方D高校については両親に訊いてみたものの、お正月の公演中だから無理とあっさり言われ、どうしようと思っていたら、吉田和紗(桜木ワルツ)さんが「私が代理で行って書類だけでももらってこようか?」と言ってくれたので、お願いすることにした。
それで葉月は4日の夕方、愛知ドームの公演が終わると、そのまま新幹線で東京に戻った。自宅に入るのだが、両親は公演のため劇団事務局に泊まり込んでおり、不在である。しかしそういうのには慣れているので、自分で御飯を作って寝た。翌5日は朝6時に起きて、朝御飯を食べ、問題集を開いて勉強していたら桜木ワルツから電話がある。
「ねえ、西湖ちゃん、ふと気になったんだけど、あんた札幌行きの飛行機の便は予約してるよね?」
「あ、いえ。説明会が終わるのが何時になるか分からなかったから、実際に空港に行ってから買おうかと思ってました」
「それ、お正月の混雑する時期に無茶。チケット取れる訳ない」
「え〜〜〜!?」
ワルツからは
「そういう時は最終便を押さえておくものだよ」
と言われたが、彼女は自分で航空会社のサイトで空きを確認してくれた。
「今日の札幌行きは全部埋まってるよ。念のため、函館行きや旭川行きもチェックしたけど、残ってない」
「どうしよう・・・」
「説明会は何時頃終わるの?」
「分かりません。10時からなんですけど、いつ頃まで掛かるものでしょう?」
「午前中に始まるなら、お昼をはさんでということはないと思う。多分12時かせいぜい12時半くらいには終わると思う。だったら、あんた新幹線で移動しない?」
「新幹線で札幌まで行けるんでしたっけ?」
「今函館まではつながっているんだよ。その後は特急で4時間。だから確認したけど、15:20東京発の新幹線に乗れば今日中に札幌に辿り着くよ。指定席は取れないから自由席、へたするとずっと立ってないといけないかも知れないけど、とにかく乗ることは可能なはず」
「だったらそれで行きます」
それでそちらも桜木ワルツが手配してくれた。新幹線はやはり指定席が取れなかったものの、函館から先のスーパー北斗23号の指定席は取れたということで「助かったぁ」と葉月は思った。
ともかくもそれで葉月は説明会に行くことにした。説明会は渋谷の大橋会館で行われる。服装は学生服にしようかどうしようかと思ったのだが、その後すぐに東京駅に移動して桜木ワルツと落ち合い、ワルツが確保してくれたJRのチケットを受け取り、札幌に移動することにしている。旅支度は軽い方がいいので、普段着のフリースのジャケットにジーンズという格好で行くことにした。
埼京線で渋谷に出て、駅から5分ほど歩いて大橋会館まで来る。到着したのが9:05頃である。説明会は10時からだから少し早く着きすぎたかなとも思う。
でも早い分はいいよねと思い、それで確か11Fだったよなと思い、エレベータに乗ってから11Fのボタンを押そうとしたら、そこに飛び込んで来た27-28歳の女性が居る。10Fのボタンを押してから
「あれ?君、学校説明会に来た生徒?」
と訊く。
「あ、はい」
「もう時間過ぎてるじゃん」
「済みません!」
あれ〜?僕時間、間違ったかな?などと考える。
「どこから来たの?」
「桶川市なんですけど」
「都外からうちに入るんだ!?」
「私、芸能活動していて、それでこちらは芸能活動をする生徒に理解があると聞いたので」
「ああ、確かに芸能活動している生徒はうちの学校多いからね」
と言ってからその女性は少し考えるようにしてから言った。
「だったら私が口添えしてあげるから」
「済みません!」
それで葉月はその女性と一緒に10Fで降りてしまったのである。
受付の所ではもう片付けをしていたが、その女性(先生?)が何か話すと、
「分かりました、二本松先生」
と言って、資料の入っている封筒を葉月に渡す。
「ちなみに名前と予約番号を教えて下さい」
「85番、天月西湖(あまぎせいこ)です」
と葉月は言ったのだが
「あら?85番なんて整理番号はありませんよ」
と言われる。すると葉月を連れて来た二本松先生が
「いいじゃん、説明会受けさせてやってよ」
というので受付の人は
「はい」
と言って、34という番号札を手書きして、葉月に渡した。
それで葉月は説明会の会場に入ることができた。
幸いにもまだ説明会は始まっていなかったようだが、葉月が入ってからすぐに先生が登場し
「本日はお忙しい所、学校説明会に起こし頂きありがとうございました」
と言って、学校の説明を始めた。
葉月はJ高校はミッションスクールと聞いていた気がしたのだが、前に立って説明している50歳くらいの教頭先生は普通のレディススーツを着ており、会場内にもシスター姿の先生とかが見当たらない。あまり宗教色は出してないのかも知れないな、と思った。
話を聞いていると、確かにこの学校は“緩い”感じである。うちは生徒の自律心を大事にしますので、服装チェックや髪型チェックなどはしませんが、あまり酷いパーマとかは注意する場合もありますという話だった。
そもそも制服というのが定められておらず、標準服はあるものの、標準服を着ない生徒もあるということだった。またうちはお嬢様学校とかではないので自家用車、自家用飛行機、自家用ヘリコプターでの通学は禁止です、という説明があると笑いが起きていた。さすがに日本には自家用飛行機で通学するようなとんでもないお金持ちは居ないんじゃないかと葉月は思った。
芸能活動をする生徒、スポーツ活動をする生徒などについてのコメントもある。当校で進級・卒業するためには年間出席日数約190日の内、3分の2以上の出席が必要だが、芸能活動、スポーツ活動、音楽活動などのため、特に許可を得ている生徒は、必要出席日数の半分以上出ていれば不足分はレポート提出で出席とみなす特例を認めていると説明があった。
現在、中高6年1350名(200x3+250x3)の中に芸能活動をしている人が60名、スポーツや音楽などの活動で欠席の多い生徒が40名居るものの、これらの生徒にその特例が適用されているということである。1350名中100名って結構多いなと葉月は思った。でもこんな話、学校のホームページには書かれていなかったのにと葉月は不思議に思った。
学校説明会は10時半頃に終わった。この後、うちを受けたい人はそのまま個別相談をして、その場で願書をお渡ししますということだった。葉月は願書はもらっておきたいと思ったので、個別相談会に参加することにした。
説明会自体の参加者は葉月が34の番号をもらったことから分かるように34名(+保護者)だったのだが、実際に個別相談に参加するのはその内の半分くらいのようだった。葉月は残っている生徒を見て、女子が多いなあと思った。というより、自分以外は女子ばかりである!
今更ながら葉月は間違ってどこかの女子高の説明会に来たってことはないだろうな?と思ったものの、女子高なら自分が説明会に入れる訳ないし、そんなことはないだろう。多分もう出願直前なので、こんな時期まで説明会に来てなかった人が少なかっただけだろうと思った。
30分ほど待って、11時頃「あまぎ・せいこさん、8番へ」と呼ぶ声があるので8番のブースに入る。
「こんにちは、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
と、まずは挨拶を交わす。
「せいこちゃんって可愛い名前ね」
などと言われる。あれ?女の子と誤解されてない?
「今日はあなただけ?親御さんはいらっしゃらなかったのかしら?」
「すみません。両親は舞台俳優で公演中なので来られなかったんですよ」
「あら、そうなんだ」
「実は私も芸能活動をしていて、それでこちらの学校は芸能活動に理解があると聞いたので、取り敢えず説明会に来たのですが」
「なるほどですね。なんてお名前で活動しているのかしら?」
「芸名はたぶんご存知無いと思うのですが、今井葉月(いまいようげつ)と申します。実は少年アイドルのアクアのボディダブルというのをしていまして」
「ああ、アクアちゃんのボディダブルなんだ!」
葉月は、さすが芸能人の多い学校の先生だと思った。普通の人にはボディダブルという言葉自体が通じない。スタントマンとかスタンドインなどは比較的知られているものの、ボディダブルという仕事があまり知られていない。もっとも葉月はアクアのスタンドインやリハーサル歌手も務めている。
「でもアクアちゃんって女の子みたいな体型してるもんね。ボディダブルも女の子でないと務まらないよね」
と先生は言った。
葉月はまた誤解されてる〜!やはり学生服で来るべきだったかと後悔した。
「すみません。私、男の子なんですけど」
「嘘!?だって、あなたお名前は、せいこちゃんって」
と先生は書類を見ながら言う。
「こういう字なんです」
と言って、葉月は自分の生徒手帳を取り出して提示した。
「西湖と書くのか!それに写真では学生服着てる!」
と先生は驚いたように言った。
そしてとても残念そうな顔をして言った。
「でもうちは女子校なんですけど」
「え?J高校さんって女子高校だったんですか?」
「うちはS学園ですが」
「え〜〜〜!?」
それで確認してもらうと、この日は10階で9時からS学園、11Fで10時からJ高校の説明会が行われていたことが分かる。それで葉月をここに連れ込んでしまった二本松先生が
「あらあ、私の勘違い。ごめんねー」
と謝っていた。
「でもあなた女の子にしか見えないのに」
「お仕事で頻繁に女の子役してるからかも」
「あら、女の子役なの?」
「私、女顔だから、女の子の役なら役をあげると言われたので、もっぱら女の子役をしています」
「確かに女顔だよね」
「すごく優しい雰囲気だもん」
「あなたいっそ女の子になったら、うちに入れるけど」
「え〜?どうしよう」
葉月が迷うように言うので先生達が顔を見合わせる。
「女の子になりたい男の子?」
「いえ。別になりたい訳ではないのですが」
「過去に女の子になりたい男の子を女生徒として受け入れたことあったよ」
「あの子も女の子にしか見えなかったもんね」
「去勢とかしてるの?」
「してません」
「ヒゲとかはないのね」
「実は頻繁に女の子役をするんで永久脱毛しちゃったんです。ヒゲとかすね毛とか、脇毛とか」
「喉仏無いよね?」
「私のは目立たないみたい」
「声変わりは?」
「一応してます」
と葉月は男の子の声で言ったが
「でも女の子役が多いので、女の子の声の練習兼ねて、ふだんはこんな感じの声で話していることが多いです」
と女の子っぽい声に戻して言う。
先生達はしばらく何やら小声で囁き合っていた。そして言った。
「あなた女の子の中に居ても違和感無いし、あまり男っぽくない服装で通学してくれるのなら、うちの高校に入ってもいいですよ」
と教頭先生が言った。
え?え?
「うちは性同一性障害には理解があるつもりですから。あ、できたら通学時は標準服か、標準服でなくてもスカートの方がいいですね。あなた自身も、せっかく女子高生になるのなら、女子制服がいいですよね?まあパンツルックで通学する女生徒もいることはいますけど」
あれ〜?やはり、私、女の子になりたい男の子と思われてない?さっきそれ否定したのに!
と葉月は思った。
なお、J高校には、二本松先生が葉月を連れていき、間違ってJ高校の説明会に来た生徒をうちに連れ込んでしまったことを謝り、個別相談とかを受けさせてやって欲しいと言ってくれたので、葉月はJ高校の個別相談も受けることができた(全体説明は聞き逃したが)。それで結局、葉月はS学園の資料と願書、J高校の資料と願書の両方をもらって、12時頃、大橋会館を出た。
それで桜木ワルツに連絡を取り東京駅で確保してもらっていたチケットを受け取る。
「お手数お掛けしました。じゃ明日のD高校の説明会もよろしくお願いします」
「OKOK」
新幹線はどっちみち自由席なので、13:20の《はやぶさ21号》に乗ることにした。それでワルツと一緒にみどりの窓口に行って相談したら、葉月の持っている《スーパー北斗23号》の指定券をこの《はやぶさ21号》17:51新函館北斗着から乗り継げる18:11発《スーパー北斗19号》の指定券に変更可能ということだったので、変更してもらった。
それで葉月は新幹線に乗ったが、仙台から先は座ることができた。それで今日もらった資料見ていたらJ高校の資料の中に「当校を受験する女子生徒への注意」という紙が入っているのでまた葉月は悩んでしまった。
アクアのツアーは1月7日(日)の関東ドームで終わったものの、アクアの仕事は続く。8日成人の日も朝7時から夜10時までアクアも葉月も働きづくめであった、9日からは学校が始まるので“アクアは”放課後限定の活動なのだが、葉月はリハーサルのために、遠慮無く授業中でも呼び出される!葉月は、「ひょっとして僕の方がアクアさんより多く学校休んでいたりして」などと思ったりしていた。
葉月(西湖)は進学について両親と話し合いたかったのだが、正月の公演で両親とも帰って来ない! しかし願書には親の印鑑が必要である。困ってしまって西湖は15日の早朝、劇団事務所まで行った。
「悪いけど、今週いっぱいはお前に構ってられない」
などと不機嫌そうな顔で起きた母に言われるのだが(父は遅くまで台本の調整をしていたらしく寝ているということだった)、
「高校の願書を明日までに提出しないといけないんだよ。保護者欄に署名だけでもして」
と西湖は母に言った。
「ああ、もうそんな時期だっけ?ごめんねー」
と言って母(天月湖斐:柳原恋子)は書類を見てくれた。
「なんか願書が2つあるけど」
「あ、そうか。両方まとめて持って来ちゃった。取り敢えず両方とも署名捺印しておいてくれない?」
「OKOK」
と言って、母はまずは1枚目、D高校の願書とその記入例の紙を見る。
既に西湖本人が記入すべき所は全部記入されている。それで保護者欄に父の名前(天月晴渡)を記入してくれた。印鑑もバッグから認め印を取り出して押印する。その時、ドアが開く。父である。
「あれ?西湖来てたの?」
「高校の願書書いてもらいに来た」
「あれ?もうそんな時期だっけ。放っといてごめんな。じゃ、今コーはそれ書いている所か」
「うん」
と母は返事する。
「だったら、その間に西湖、ちょっと頼まれてくれない?」
「何するの?」
「今夜徹夜した奴らが腹空かせてるから、弁当5つくらい買ってきてくれないかと思って」
「お茶も?」
「お茶は2Lのペットボトルで2つくらいあるといいな」
「じゃ行ってくる」
それで母が五千円札を渡してくれたので、葉月は近くのコンビニまでお弁当とお茶を買いに行った。
その間に母は願書を見ていた。ところがその時、母は願書が3枚あることに気付く。3枚目は2枚目と同じ色だったので、最初ひと続きのものと思ってしまったのである。あれ?でも西湖も2つとか言ってなかったっけ?と思う。
3枚目は西湖自身が書くべき所もまだ書かれていない。ここは本命じゃないのかな?などとは思ったものの、まあいいやと思い、母は本人が書くべき所も一緒に書いて、机の中から適当な印鑑を出し、本人の印鑑の所に押した。
しかし見てみると、まだ3枚とも写真が貼られていないし、受験料の振り込みの控えも貼られていない。しかし写真はプリンタで印刷したものが封筒の中に入っていた。Sサイズの印画紙に4分割でプリントされている。母は各々の願書に指定されているサイズに写真を切って貼り付けてあげた。
やがて西湖がコンビニから戻って来たので
「願書書いて写真も貼っといたよ」
と言って見せる。
「ありがとう!」
「でもこれ受験料の振り込み控えが貼られてないけど、どうすんの?」
「あ、銀行に行って払い込んでその控えを付けなきゃと思ってた」
「でもあんた学校があるでしょ?」
「それはそうなんだけどね」
「私が午前中に銀行行って払い込んで貼り付けて投函しようか?。午前中なら少しは時間取れるし」
「あ、そうしてくれたら助かる」
「じゃやっておくよ。でもあんたこの中のどこ受けるの?」
「試験日がずれてるからどちらも受けようかと思っているんだけど。実は僕、あまり勉強してなくて成績で受かるかどうか自信が無くて」
実を言うと、アクアの影武者を始めた頃から、物凄い忙しさで、この3年間、中学の勉強をほとんどしていないのである。中間期末の成績も酷いものである。
「あんた忙しそうだもんね!」
と母は言う。
「だったら全部払い込んであげるよ」
「ありがとう!お金は後で渡すね」
と西湖は言うが
「お金はこちらで出しておくからいいよ」
と母は言った。
「そう?でも大丈夫?」
「受験料くらいは大丈夫だよ」
「じゃ、お願いしよう」
「あんた学校間に合う?」
「何とかなると思う。じゃ」
「うん。頑張ってね」
それで母は9時になると銀行に行き、D高校、J高校、S学園の受験料を振り込み、その控えを願書に貼り付けて各々封筒に入れ、郵便局で投函した。
2018年1月19日(金)、スイート・ヴァゥニラズのEliseが妊娠に伴う休業を発表した。Eliseはマスコミ各社にFAXを送って発表したのだが、誰の子供なのかとか結婚はするのかとかいったことが何も書かれていないので、たくさん取材の電話が掛かってくる。それで仕方ないので、その日の夕方、レコード会社の会見場で記者会見を開くことにした。
「済みません、まずご結婚はなさるのか質問させてください」
「結婚するつもりはありません」
「休業は今年いっぱいくらい、と書かれていますが、予定日は?」
「よく覚えてないけど9月くらいだったと思う。仕込んだのは12月の中旬の日曜日だったよ」
「中旬の日曜日というと12月10日ですか?17日ですか?」
「17日だと思う」
「それだと予定日は9月9日になりますね」
「ああ、確か医者がそんな感じのこと言ってた」
「お相手の方のお名前とかはお聞きしてもいいでしょうか?」
「忘れた」
「忘れるようなものですか?」
「何か割と有名なミュージシャンだった気がするよ。でも私、セックスした相手は即忘れることにしているから」
「その方とは交際なさっていた訳ではないのですか?」
「セックスはここ半年くらい頻繁にしてたけど、交際しているつもりはなかったよ」
「その方とは今もセックスなさっているんですか?」
「来ればセックスしてもいいけど」
とEliseは言ったのだが
「妊娠中のセックスは控えなさい」
と隣に居るLondaにたしなめられていた。
「Londaさんは、その彼氏のことはご存知なんですか?」
「知ってるけどEliseが言いたくないみたいだから、言わない」
そういう訳で、記者達はEliseから、ほとんど情報を引き出せなかった!
Eliseの言葉から、その彼氏はまたEliseのマンションに来るのでは?と張っていた記者もあったようだが、彼らはEliseのマンションに出入りする男性ミュージシャンを見ることはできなかった。
「男ばかり張ってたけど、実は女だったりして」
「男の娘という可能性も」
「いやEliseなら女とのセックスでも妊娠しかねん」
2月25日(月)、私の姉・萌依が2人目の子供を出産した。
「今回も安産だったね」
と母は言うものの
「でもきつかったよぉ」
と姉は言っている。
「お姉ちゃん、お疲れ様」
「あんたも1度産んでみない?」
「産んでみたいけど、どうすれば産めるんだろう?」
「それはちゃんと仕込めばいいんだよ。彼氏に仕込んでもらいなよ」
「そうだなあ」
「名前はどうするの?」
と母から聞かれて
「“きよか”にする」
と言う。
漢字では「清代歌」らしい。上の子は梨乃香(りのか)で、どちらも「か」で終わるものの、字が違う。
「次も女の子だったら、また別の字で“か”の付く名前にしよう」
と姉は言っていた。
「男の子だった時はどんな名前?」
「その時は性転換させてやはり“か”の付く名前で」
「性転換しちゃうの〜?」
「おちんちんとタマタマ、ちょっと取っちゃえばいいじゃん」
「簡単に言ってる」
「生まれてすぐに取って女の子として出生届を出せば問題無い」
「いいんだっけ?」
「ちんちんは男の子が欲しかったのに女の子が産まれちゃった人にあげればいいんだよ」
「100年後くらいには、そういうことになっていたりして」
2018.03.14(水)、ローズ+リリーの14枚目のアルバム(5枚目のオリジナル・アルバム)『郷愁』が発売された。
私たちは★★レコードの記者会見場で発売記者会見をしたのだが、今回使った記者会見場は、これまで使用していた1階のものではなく、14階に新たに作られたものである。これまでは1階のホールを借りていたのだが、TKRがお引越して14階がかなりスペースが空いたため、そこに会見場を作ったのである。今までの会見場より少し狭いかなと私は思った。
しかしローズ+リリーの記者会見ではこの会見場がほぼ満杯になっている感じであった。私たちはいつものようにスターキッズ&フレンズをバックに『をぐなとをみな』『フック船長』『郷愁協奏曲』を各々ショートバージョンで演奏した。
その後、私とマリ、七星さん、氷川さんの4人で趣旨説明と質疑応答をした。今回は氷川さんはできるだけしゃべらないようにしていると言ったので、私と七星さんでほとんど話した。
今回はやはり制作過程についての質問が多かったが、私はできるだけあちこちに波紋を起こさないような言い方で記者さんたちの質問に答えていった。ツアーの予定なども尋ねられたので、この9月がローズ+リリーのデビュー10周年になるので、8月くらいに行いたいとだけ答えておいた。
また次のアルバムの予定についても尋ねられたので、これは『青い豚の伝説』の発表記者会見の時にも述べた『十二月(じゅうにつき)』で行きたいと思っていると述べた。
3月20日(火)、西湖は横浜市のG高校に来ていた。12時になると合格者の受験番号が貼り出される。
67番、67番、....と思って見る。
掲示板には60, 61, 62, 64, 65, 66, 68, 69, 70, ... と数字が並んでいた。
67が無い・・・。
西湖は再度自分の手許の受験票を見た。やはり67と印刷されている。
うっそー。ここはさすがに通るだろうと思ったのに。。。
血の気が引くのを感じる。少しふらついた気もした。
西湖の顔色が悪かったせいか、近くに居た受験生のお母さん?が
「あなた大丈夫?」
と訊いてくれた。
「あ、はい・・・」
「もしかして落ちたの?」
「私、どうしよう?」
「あんた、定時制とかに行ったら?たしか定時制なら今からでも募集を受け付ける所があったはずだよ」
「定時制ですか・・・。分かりました。考えてみます」
「ひとりで帰れる?あなたおうちはどこ?」
「桶川市なんですけど」
「遠い所から受けに来たね!」
とそのお母さんは心配した。
「誰かに迎えにきてもらいなさいよ。お母さんは来られなかったの?」
「だったら、知り合いのお姉さんに連絡します」
「うん。それがいい」
それで西湖は桜木ワルツ(吉田和紗)の携帯に電話してみた。
「和紗さん、どうしよう?私、G高校も落としちゃった」
と西湖は半分泣き顔になりながらワルツに相談した。
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【夏の日の想い出・郷愁】(9)