【クリスマス・パーティー】(1)

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忍は高校2年のバレンタインの時、風邪でダウンした友人・鈴音の代理で女の子限定のバレンタイン・イベントに女装で行ったが、それをきっかけに、すっかり女装にハマってしまった。
 
ふたりで一緒に宮古島までバレンタイン・ライブに「女の子2人旅」などもしてしまったのだが、その後、ひな祭り・ホワイトデー・七夕などいくつかのイベントでも女装してふたりでお出かけを経験したし、ふだんでも鈴音の家にお邪魔して、女装してからお勉強会をする時もあった。
 
12月にもなると、お互い勉強も最後の追い込みである。ふたりとも同じ大学の同じ学部を受けるので、良い刺激になるしということで、ずっと、鈴音の家での勉強会をしていた。しばしば模試形式で問題を解き、回答を交換して採点しあうなどということもやっていた。英文読解などもひとりでは微妙に意味の解釈で迷うようなところもふたりで考えているとよく理解できた。
 
「頑張ってるね、お茶どうぞ」
などといって、鈴音のお母さんがお茶とお菓子を持ってきてくれる。
「ありがとうございます。済みません。いつもこちらにお邪魔していて」
「ふたりちょうど学力が同じみたいね」
「ええ、こないだの11月の模試の成績も5点差でしたし」
「合格ラインは越えてるんでしょ?」
「ええ。でもその時の体調とか得意不得意とかで変動することもあるから気が抜けないです」
「特にセンター試験で失敗すると痛いよね」
「受ける大学がハイレベルだから、センター試験では全科目満点に近い点数を取っておかないといけないんです。あそこ受ける子はみんなそのくらいの点数だから」
「センター試験というのは、上位の大学を狙う子には辛い制度だよね」
 

お母さんの携帯にメールが着信する。
「ああ。電車がこの雪で停まってるらしい。私、お父さん迎えに行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい。今の時間帯は雪道が凍ってるから気をつけてね」
「慎重に運転するよ。忍ちゃん、申し訳無いけど、女の子を夜一人きりにするの不安だし、私が帰るまでこの子と一緒にいてくれる?戻って来たら、忍ちゃんのうちまで送って行くから」
「ええ。私もまだしばらく勉強していたいし」
 
お母さんはしっかりと防寒用の服装をして出かけていった。車のエンジン音が遠くなっていく。
「あれ?何握ってるの?鈴音」
「あ、今出がけにお母ちゃんから渡された」
と言って鈴音は避妊具を見せた。
「親切だね」
と忍は笑った。
 
「使いたい?」と鈴音はいたずらっぽい表情でこちらを見る。
「ううん。大学に合格するまではお預け」
「息抜きにちょっとくらいしてもいいよ、私」
「ううん。その代わり、大学に合格したら、させて」
「いいよ。でも何なら今日はお口でしてあげようか?」
「それも合格までお預け」
「ふふ。でもキスはして」
「うん」
といって忍は鈴音の唇にキスをした。
 
ふたりはまだセックスはしたことがない。でも口でならこの1年の間に何度かしたことがあった。鈴音の母は、忍が男の子であることを承知でしばしば忍と鈴音をふたりっきりにしてくれたし、ふたりが泊まりがけの旅行などするのも容認してくれていた。一方で忍の女装も可愛いと褒めてくれていた。
 
はじめて忍が女装で鈴音と一緒に宮古島までふたりきりで旅をしてきた時も、鈴音の母は鈴音に避妊具を持たせてくれていた。そしてふたりが旅行から帰ってきた時、忍の母も忍に「Hした?」などと訊いた。忍の母も一緒に旅をした相手が女の子であることはお見通しであった。「まあ、する時はお前も馬鹿じゃないからちゃんと避妊するだろうと思ったし」などと忍は言われた。そして忍の母も忍の女装を認めてくれて、女物の下着や服を買ってくれたりしていた。そのため、しばしば忍は家で女装してから鈴音の家を訪問することもあった。
 
「私女の子が欲しいと思ってたんだよねー」
などと母は忍に言っていた。眉毛なども忍は夏頃からは自分で切り揃えられるようになったものの、春頃までは母がよく切って整えてくれていた。
 

ふたりは2月のバレンタインデーをきっかけに恋人として付き合い始めたのだが、ゴールデンウィークと夏休みにはふたりで一緒に塾の合宿にも行ってきた。その時、忍は女装して「女子の友人ふたり」として参加したのである。忍が男の子であることは周囲にはバレてない感じで、おかげで忍は随分女子の友人も増えた。
 
そういう忍と鈴音の変則的な関係を知っているのは双方の母だけで、双方の父には内緒である。鈴音の父は忍のことを鈴音の女の子の友だちと思っているようだし、忍の父は鈴音のことをふつうのガールフレンドと思っているようである。忍はしばしば鈴音の家にお泊まりもしていたが、その件について忍は父に「ちゃんと別々に寝ているから大丈夫だよ」と言っていた。父は《別の部屋》で寝ていると解釈したようであるが、実際にはふたりは《同じ部屋の別の布団》で寝ていた。
 
忍の母と鈴音の母は電話でもよく話していたし、実際にも結構会っていた。
「まあ、もし出来ちゃったら結婚させちゃえばいいですしね」
などとふたりは忍と鈴音のいる所でも笑って言っていた。
 
「でも私たち付き合い始めてから10ヶ月でしょ。まだセックスしてないってゆったら、公子が『あり得なーい』なんて言ってたよ」と鈴音。
 
「けっこう、みんなしちゃってるよね。井村君と紫乃も、こないだしたって言ってたしね」
「することでお互い励みになると思ったから、敢えてしたって言ってたね」
「それはあるだろうね。お互いの信頼関係はぐっと高まるだろうしね」
 
鈴音が忍の隣に座る。忍はドキッとした。
「ね。私たちも信頼関係を高めない?」
「充分高いと思ってるけど」
「私に欲情しない?」
「またそんな試すようなことを」と忍は苦笑する。
 
「大きくなってないかなぁ〜?」と言って、鈴音は忍のお股に触る。
「あれ?小さい」
「我慢してるから」
「我慢しなくてもいいのに。よし、じゃ女装してもらおう」
「そう来るのか」
「女の子の格好するの好きでしょ?」
「うん、まあ」
 
鈴音は忍の服を全部自分で脱がせると、ショーツを穿かせ、ブラジャーを付けてあげる。忍の女装はいつものことなので、忍は自分ででも女物の服を着れるが、鈴音はそれをしてあげるのがまた好きである。
 
「もし、その気になったら、私、忍のおちんちん、チョキンって切ってあげるね」
「ありがとう。まだ、おちんちん放棄する気にはならないから」
「でも、そのうち女の子の身体になりたくないの?」
「ちょっとなりたい気はするけど、おちんちんも気持ちいいんだよね」
「取り外し可能だったら便利なのにね」
 
女物の下着を着せたあと、Tシャツ、スカート、カットソー、と着せた。今日のスカートは膝上サイズのフレアスカートである。
 
「このカットソー、凄くフェミニンな感じ」
「忍をより可愛くするためよ」
「スカート丈が随分短いね、これ」
「忍にイタヅラするためよ」
と言って、鈴音は忍のスカートの中に手を入れ、ショーツをさげて、忍のおちんちんをいじり出す。
 
「ちょっと・・・・気持ち良くなっちゃう」
「私の手の中に出してもいいからね。それともお布団敷く?」
「いや、ここでいい」
 
「せっかくだから英文読解しようよ。忍、その文章読んで」
「これ、されながら?」
「私もこれしながら。体調が悪かったりして集中できない時でも、ちゃんと問題を解けるようにするための練習よ」
 
「He hired a middle aged housewife with an introduction from employment agency. That housewife was so wild and rude, broke 3 dishes on a day, thus, he first suspected that she was an escaped soldier disguised as a woman.」
と忍が文章を読み上げる。
 
「彼は職業斡旋所の紹介で家政婦を雇い入れた。その家政婦はとても粗暴でがさつであり、1日に皿を3枚割ったので、彼は最初、こいつは女装した脱走兵ではないかと疑ったほどだった」
と鈴音が耳で聞いた英文を日本語に訳して話す。
 
「でも、ふつうの男の人が女装すると、すっごく変になるよね」と鈴音。
「それはたぶん、女物の服を着たことないから、着こなせないんだよ。女の人でも、お金があるからと高い服を買って着こなせずにすっごく変になっちゃってる人、いるでしょ?ユニクロ着た方がよほどマシって世界」と忍。
 
「忍は最初からちゃんと女の子に見えたよ」
「別に私は女物の服は着たことなかったけどね」
「天性の女装才能があったんだな」
「そんなのより、もっと簡単に記憶ができる才能とかが欲しい」
「ああ、私も暗記は苦手」
 
ふたりはそんな感じで、いろいろHなことをしながらも受検勉強をしていた。鈴音が「私のもしてよ」というので、忍は充分手を洗ってから、彼女の敏感な部分をたくさん刺激してあげた。
 
「ちゃんと手を洗ってからやらないと、私の手に付いた、精子を含む我慢汁が鈴音の性器に付着して、そこから精子が泳いで侵入して、なんて可能性もあるからね」
 
「処女懐胎はさすがにしたくないなあ。Hした結果避妊に失敗して妊娠したら諦めて素直に産むけどさ」
 
「産むの?」
「産んじゃだめ?」
「ううん。産んで欲しい。でも、そういう事故は起こしたくないね。お互い大学出るくらいまでは」
 
「そうだね。でも在学中でも、結婚しちゃったら産んでもいいかも」
「それやると、学業が中断しちゃうから」
 
「赤ちゃんできちゃった場合は、いったん私が休学して1年くらい子育てに専念して、忍が卒業して就職してから復学するよ。その頃には保育所に預けられる程度まで育っているだろうしね」
 
「そうだね・・・」
 

その夜は色々Hなことはしていたものの、お布団に入って抱き合ったりする所まではしなかったので、忍は少し生殺しの気分だった。鈴音の母に自宅まで送ってもらった後、お風呂に入って自分の部屋に入り、明日の準備をしてから布団に入る。
 
昔はこういう気分の時は「おいた」をよくしていた。でも最近、少なくとも女の子の下着をつけて寝ている時は、それをする気分にならない。でも気分が昂揚したまま眠れないので、忍は溜息をついて携帯を開けた。少し前の写真などを見てみる。鈴音が撮ってくれた、可愛い女の子姿の自分の写真を見て、ちょっと微笑む。
 
これはゴールデンウィークに一緒に草津温泉に合宿に行った時の写真だ。草津は有名な場所ではあるが、ちょっとした秘境である。行く時のバスの中で「きゃー」などと思いながら景色を見ていた。隔絶された世界で勉強に集中しようということで、合宿先の旅館は各部屋のテレビが撤去されていたし、パソコンやゲーム機、タブレット、スマホなども全て禁止。見つかると没収であった(こっそり持ち込んだ人も電波であっという間に見つかっていた)。
 
でもゴールデンウィークに行った草津温泉も、夏休みにまた合宿に行った山梨県の秘境っぽい温泉も、部屋は鈴音とふたりだったし、部屋にお風呂が付いていたので、安心してお風呂に入ることができた。さすがに大浴場に行く訳にはいかないだろう。
 
しかし忍は自分がよく分からない。女の子になってしまうのも悪くないかなあという気もする。スカート穿くの楽しいし、ブラジャー付けるのも慣れちゃうと付けていない時のほうが変な気さえする。ふと鏡に映った自分にバストが無いとあれ?とか思ってしまう。女の子になっても鈴音自分と結婚してくれそうだからなあ。その場合、ふたりともウェディングドレス着て結婚式??
 
でも今よく一緒にトイレに行ったりするけど、女同士になれば一緒にお風呂にも入れるよな、などと考えるとドキドキする。
 
でも女の子になる手術(手術だよね?女の子の身体になっちゃう薬とか無さそうだし)って、どうやるんだろ? ちょっと怖い気もする。
 

そんなことを考えているうちにいつの間にか眠っていたようだ。夢を見ていて夢の中で忍は、病院のような所に居た。白衣を着た女医さんに診察されているが、女医さんの顔は鈴音だ。
 
女医さんは忍に裸になるように言う。
 
「胸は全然無いね。女の子になるなら最低Cカップくらいの胸が欲しいね。付けちゃう?」
「はい。お願いします」
「どのくらいの大きさにする? お勧めはFカップ」
「それはさすがに大きすぎます。Dくらいでいいです」
「じゃEカップに」
 
なぜそうなる!?
 
鈴音の顔のお医者さんは裸の忍をベッドに寝かせた。そしておちんちんをいじっている。
 
「あらあら。いじってたら大きくなるなんて、こんなものが付いてたら女の子になれないわね。触っても大きくならないように神経か血管を切ろうか?それとも、このおちんちん自体を切っちゃう?」
と女医さん。
 
「いえ、どれも切らなくていいです」
と忍は答えたが
 
「じゃ、おちんちん切りましょうね」
 
なんで〜〜!?
 
「メス貸して」
と女医さんが言うと、看護婦さんが電気メスを渡す。それでスイッチを入れるとブーンという低い音がする。ちょっと、ちょっと、ホントに切るの〜?
 
「このまま切ると痛いだろうから、麻酔を打ってあげるね」
と言って注射器を数ヶ所に刺して液を注入している。そりゃあんな敏感な所を麻酔無しで切られたら、痛くてたまらないだろう。
 
そして鈴音の顔をした女医さんは左手で忍のおちんちんの先を握ると、まず、タマタマの真ん中を切り開いた。きゃー。
 
「タマタマは要らないよね。邪魔なだけだし、蹴られると苦しむし。無い方がいいよ」
と言って、タマタマを1個取りだして、それに付いている精索をハサミでチョキンと切っちゃった。ひゃー。そしてもう1個のタマタマも取り出し、同じように切っちゃう。えーん。僕、男の子じゃなくなっちゃったよー。
 
「ここをね。ちゃんと切開してから根元から切らないと、おちんちんって表面に出ている部分だけじゃないからさ。切開せずに切ると、根元が残っちゃって、問題なのよ」
と女医さんは言って、忍のペニスを完全に露出させた上で、根元のところで電気メスを操作し、きれいに切っちゃった! うっそー!!
 
「じゃ、これはゴミ箱にポイっと」
と言って、さっきのタマタマと一緒にゴミ箱に捨てちゃう。
 
「割れ目ちゃん、欲しい?」
と女医さん。
 
「えっと、女の子になっちゃうのなら、やはり欲しいです」
と忍。
 
「じゃ作ってあげるね。ヴァギナは欲しい?」
「男の子と結婚するつもりは無いけど、どうせならあった方がいいかな」
「じゃ、それも作ろう。子宮は欲しい?」
「妊娠するつもりは無いので不要です」
「そう。じゃサービスで作ってあげる」
 
うむむ。
 
「卵巣は欲しいよね?」
「いえ、無くてもいいです」
「じゃ大サービスで作ってあげる。それでちゃんと毎月生理が来るようになるよ」
 
いや、生理は無くてもいいんだけど。
 
そして鈴音の顔をした女医さんは、その後どんどん手術を進めていった。忍はもう目を瞑っていた。
 
「できたよー」
と女医さんが言うので、見てみると、お股の所は、鈴音のお股と同じように、きれいな割れ目ちゃんが出来ていた。
 
「ここにクリトリスがあるから、女の子の友だちに使い方は教えてもらうといいよ」
などと言っている。
 
自分にクリちゃんが出来ちゃったら、きっと鈴音がたくさんそれで遊びそうだな、などと忍は思った。
 
「ちゃんとヴァギナ、子宮、卵巣あるから。半年もしたら生理が始まるよ。生理の時はちゃんとナプキンしてね」
 
「はい。それは分かると思います」
 
「あと、おちんちん無くなっちゃったから、もう立っておしっこできないからね。おしっこする時は座ってしてね」
 
「はい、それも分かると思います」
 
「証明書もあげるね。これ学校に提出したら女生徒扱いになるから、女子制服で通学しないといけないよ」
 
「はい、それは何とかなると思います」
と忍は答えて、渡された《性転換証明書》を読んだ。
 
『患者名・桜野忍。上記の患者は本病院の治療の結果、完全に女性になったことを証明する。治療内容:陰茎・陰嚢・睾丸の除去、大陰唇・小陰唇・陰核・膣・子宮・卵巣の形成、乳房の女性化』
 
忍は何だか除去したものより形成したものの方が数が多いな、などと思いながらその証明書を眺めていた。
 

夢から覚めた時、忍は恐る恐る自分のお股に触ってみた。
 
そしてその感触を確かめた時、凄くがっかりした気分になった。
 

翌日。
 
学校で昼休みお弁当を食べていたら同級生の男子・加賀が寄ってきた。
 
「桜野〜、12月22日のボクシングのチケットもらったんだけどさ、お前行かない?」
 
忍は笑って応える。
「受験生がこの時期にボクシング観戦なんて有り得ないよ」
「だよなあ。いや、桜野は安全圏かなと思って」
「一応模試ではA判定出てるけど、試験は一発勝負だから、多少体調崩したりしてもそこそこの点数を取れる程度にしておかないと。特にセンター試験で失敗すると、行き先が無い」
 
「うん。その怖さはあるよな」
「でもどうしたの?」
「兄貴がバイト先で押しつけられたらしくて。チケットが全然売れてないらしいんだけど、あんまり観客が少ないとみっともないというので、タダ券を知り合いに配っているらしい」
 
「何かお金出して買った人が可哀想」
「どうかした所はバイト雇って頭数揃えるらしいぞ」
「それ買った人がますます可哀想」
 
そんなこと言っていたら、同級生の女子・公子も寄ってきた。
 
「忍〜、12月24日に終業式が終わった後、ケーキ食べ放題のクリスマス会に女子何人かで行くんだけど、忍も来ない?」
「僕、受験勉強していたい」
 
「受験勉強しててもお腹は空くじゃん。チケットがさぁ、本来1人2000円の所、10人分買うと1万円だったからって、蓉子がつい買っちゃったんだって。それで行くメンツを集めてるんだよ」
 
「うーん・・・。まあ、いっか」
「よし。じゃ、これね」
と言って、公子はチケットを2枚渡す。
 
「2枚?」
「当然、鈴音も誘っていくでしょ?」
「あはは。鈴音に押しつけようと思ってたのに」
「せっかくだから2人でおいでよ。別にからかったりしないからさ」
「うん・・・」
 
「おい、桜野、女の誘いには乗るの?」
と加賀が言ったら、
「あ、加賀君も来る?」
と公子は言う。
 
「そう来るのか!?」
「少食の子ばかりじゃ元が取れないじゃん。加賀君ならたくさん食べそうだし」
「ま。いっか。1000円で4000円分くらい食べるかな」
「じゃ、はい、これチケット。忍も代金はあとでいいから」
と公子は言う。
 
が、チケットを受け取ってから加賀が困惑するように言った。
「ちょっと待て。これ女性限定と書いてあるぞ」
「ああ。一応そういう建前なんだけど、男性でも女装すればOKなんだよ。忍はもちろん女の子の格好で来るよね?」
 
「なんでー?」
 
忍も少し焦る。確かにチケットには「女性限定・ケーキ食べ放題クリスマス会」
と書かれている。
 
「忍が女装することは、この学年の女子なら大抵知ってるから」
「そうなの!?」
「でも、みんな実際の女装の忍を見たことないんだよ。ぜひ、みんなの前で披露しよう」
「あははは」
 
「もしかして俺も女装するの?」
と加賀が少し情け無さそうな顔で言う。
 
「加賀君の女装も一度見てみたいね。熟視はしたくないけど。で写真を撮っておいて後で脅迫のネタに使うとか。あ、服は私が貸してあげるよ。多分母ちゃんの服が入ると思う」
「はははは」
 

7時間目の授業(受験生用の補講)が終わり、ちょっと図書館に寄ってから帰ろうと思っていたら、忍は廊下で保健室の先生に呼び止められた。
 
「桜野君、ちょっといい?」
 
保健室に入るのかと思ったら、面談室に連れて行かれる。
 
「このボールペン、桜野君のじゃないかと思って」
 
と言って、シーサーの絵の入ったボールペンを出す。
 
「あ、済みません。探してたんです。ありがとうございます」
「ああ、やはり桜野君のだったんだ?」
「はい。2月に沖縄に行った時に買ったんです」
 
「これね。実は体育館の女子更衣室に落ちてたんだけど」
と言って、先生はこちらを試すように見る。
 
女子更衣室!? あはは。それはまたヤバイ所で落としたものだ。
 
「済みません。そこで着替えました。先週の金曜日」
 
と言って、忍はその時の状況を説明した。
 

金曜日の放課後、忍は数人の友人と一緒に体育館のそばの芝生でおしゃべりをしていた。その時、野球部の子が打った特大ホームランがこちらに飛んできた。
 
そのボールは誰にも当たらなかったのだが、近くにあった「歓迎松井選手」と書かれた看板に当たった。これは数年前、うちの高校に(当時ヤンキースに所属していた)松井秀喜選手が来てくれた時に、歓迎用に作った看板であった。
 
そしてその看板がボールに当たって落ちてきて、ひとりの女生徒に当たりそうになった。それでとっさに忍が彼女を突き飛ばして助けたのだが、その時勢い余って忍本人はその先にあった側溝に落ちてしまった。
 
ずぶ濡れになったものの、着替えが無い。その時、その場に居た鈴音が「私の服を貸してあげるよ」と言い、それでふたりで体育館の女子更衣室(他の子はいなかった)に入って着替えたのであった。
 

「なるほど、そういうことか。それで畑中さんの体操服か何か借りたの?」
 
「あとでそうすれば良かったと気付きました」
「ん?」
 
「彼女が自分の着ていた制服を貸してくれて、本人は体操服を着たんです」
「ん? ということは、金曜日、桜野君、女子制服を着て帰ったの?」
 
「そうなんです。ちょっと恥ずかしかった。幸いにも知り合いに会わないまま自宅まで戻れましたけど」
「女子制服を着て帰って、お母さんびっくりしたんじゃない?」
 
「それが、『あら、そんな制服いつ作ったの?』と訊かれました」
 
「うーん・・・・」
と保健室の先生は悩んでいる。うん。悩むよねー。
 

12月24日。終業式とその後のホームルームが終わった後で、忍は加賀を連れて3年1組の教室に行った。
 
「俺、あの教室苦手」
と加賀は言う。
「なんで?」
 
「だって、女臭いじゃん」
と加賀は言う。
 
3年1組は女子クラスなので、中に入ると、思春期の女子特有の強烈な甘い香りがするのである。そもそも女子ばかりいる所に行くのを嫌がる男子は多い。
 
「ああ。でも慣れたら平気だよ」
と忍。
「そうか?」
 
教室に入って行くと、今日の幹事役の蓉子が
「よし。来たね。それじゃ、お着替えしようか」
などと楽しそうに言う。
 
今日の「ケーキ食べ放題クリスマス会」は女子限定だが、男子でも女装していればOKということで、忍と加賀は女装で参加することになっているのである。最初は服さえ貸してもらえたら、男子更衣室で着替えるよと言っていたのだが、その着替える過程を見たいという希望が出て、女子更衣室で着替えない?と提案されたものの、加賀が断固拒否したので、じゃ、3年1組で着替えなよという話になったのである。
 

何だか、3年1組の他の女子たちもこちらを注目している感じだ。そもそもこの教室では男子生徒は珍客である。
 
「どちらが先に着替える?」
「じゃジャンケンで」
 
ふたりでジャンケンをすると加賀が勝った。
「じゃ、俺、あとが良い」と加賀。
「じゃ、僕から着替えるね」と忍。
 
「じゃ、忍、この4枚の紙の中から1枚選んで」
と言って蓉子が白い紙を並べる。
 
「うーん。じゃこれ」
と言って選んだ紙をひっくり返すと「女子制服」と書かれていた。
 
「惜しいな」
などと蓉子が言って、他の3枚を開くと「看護婦さん風」「ビキニの水着」
「アイドル歌手風」と書かれている。
 
「この冬空にビキニは勘弁して欲しいなあ」
「忍、クジ運良いね」
 

それで着替えることにする。学生服の上下を脱ぎ、ワイシャツも脱ぐ。
 
「あれ?男子の下着をつけてるの?」
などと言われる。
 
「なんでー?」
「いや、てっきり忍は女子下着をつけてるかと思ってたのに」
「そんなので学校に出て来ないよー」
「ああ、じゃ家ではつけてるの?」
「そのあたりはプライバシーで」
 
「でも足の毛は無いね」
「剃ってるからね」
「今日のために剃ったの?」
「いつも剃ってるよ」
「へー」
 
女子同士で顔を見合わせている。
 
忍は下着のシャツも脱ぎ、鈴音が渡してくれた女子下着を手に取った。
 
「ねぇ、その下着は?」と質問が出るので
「ああ、これ忍のだよ」と鈴音は答える。
 
「何だ。やっぱり女子下着を持ってるんだ」
「でもそれを鈴音が持っているというのはなぜ?」
「いや、いつも鈴音に洗濯してもらってるから」
「なんか、そのあたりのふたりの関係を追求したいなあ」
 
「気にしない、気にしない」
と言って、忍はまずはブラジャーの肩紐を腕に通し、後ろ手でホックを填める。
 
「凄い。すんなりと後ろ手で留めるね」
「慣れてる〜!」
「私なんか後ろ手で留めきれないから、前で留めてぐるっと回すのに」
「それやると、バストをきちんと収められないから、後ろで留められるように練習した方がいいよ」
 
その後、ブラのカップの中にシリコンパッドを入れ、キャミソールを着て、女子制服の上を着て、更にスカートを穿く。それから穿いていたトランクスを脱ぎ、ショーツを穿く。穿いたままパンツを交換できるのはスカートの便利な所だ。
 
ちなみに今日忍が借りたのは実は鈴音の制服である。そして鈴音は友人の洗い替え用の予備の制服を借りて着ている。
 

着替え終わると、周囲の女子が何だか沈黙している。
 
「どうかした?」
「いや、普通に女の子にしか見えん」
「てか可愛い!」
「美少女じゃん」
 
「眉毛細いね」
「いつもこんなものだよ」
「良く見たら髪型も女の子っぽい」
「いつもこんなだよ」
「それ、先生に注意されない?」
「されたことないなあ」
 
「うーん」
とみんな悩んでいる。
 
「よし。じゃ、次は加賀の番だよ」
と忍は言ったが、加賀は自分を見詰めてぼーっとしている感じ。
 
「どうしたの?」
「いや、可愛いなと思っちゃって」
「でも僕、男だからね〜。ついでに恋人いるし」
「ほんとに男なんだっけ?」
「さっき着替える時に、胸が無いの見たでしょ?」
「チンコはあるんだっけ?」
「あるよー」
 

蓉子がまた紙を4枚並べる。
「加賀君、この中から選んで」
 
「うーん。じゃこれ」
と言って加賀が選んだのは「食堂のおばちゃん風」と書かれている。
「ぶっ」
「でも、そのくらいが難易度は低いよ」
という声があがる。
 
「他のはどんなのだったの?」
と言うので蓉子が開けてみると、「セーラー服」「スクール水着」「OL風」
と書かれている。
 
「スクール水着なんて着て外を歩いてたら逮捕される!」
「まあ職務質問くらいはされるかもね」
 
「衣装はこれね。ロングスカートだから、足が完全に隠れる。足の毛は剃らなくてもいいよ」
「良かった」
「下着も今着ているののままでいいと思う」
 
「残念だなあ。セーラー服やOL風だったら、毛を剃ってあげようと思ってたのに」
「スクール水着なら、おちんちん切ってあげようと思ったのに」
「おいおい」
「だってスクール水着のお股の所が盛り上がっていたら、変態だよ」
 
「桜野は女子の水着を着たことあるの?」と加賀。
「私たちふたりで夏にプールに行ったよ」などと鈴音が答える。
「それって、つまり女子の水着をつけたの?」
 
「隠し方があるんだよ。それにパレオ付きだったし」
と忍は答える。
「ああ、パレオがあれば、かなり問題は減るね」
「でもスクール水着にはパレオ付いてないしね」
 
それで加賀は学生服を脱ぎ、ワイシャツは着たままで、その上におばちゃんっぽいダサめのトレーナーを着る。そしてワゴンセールで買ったようなニットのロングスカートを穿く。ウェストが伸縮性のある作りなので、W82の加賀でも入る。
 

「うーん・・・・」
と女子たちが悩んでいる。
 
「男にしか見えん」
「これじゃ女装にならんなあ」
「スカート穿いたからといって女に見える訳じゃないんだなあ」
 
「そうだ、眉毛切ってもいい?」
「えー!?」
「冬休みだから、いいじゃん」
「学校始まるまでには伸びるよ」
「ってか、加賀君なら明日までに伸びるかも」
「そうかも!」
 
ということで、忍がいつも使っている自分の眉毛切りと眉毛用カミソリを出して、鈴音が加賀の眉毛を細くしてあげた。
 
「ああ、眉毛でだいぶ印象変わったね」
「この程度のおばちゃんなら普通に居るよね」
 
ヒゲの剃り跡は、100円ショップのリキッドファンデと固形ファンデの二重塗りで何とか誤魔化した。しかしファンデを塗ってしまったので、バランス上、アイカラーと口紅(どちらも100円ショップ。お金は忍が出した)も入れることになったが、これは女子たちが楽しそうに塗ってあげていた。
 
「これで何とか女に見えるようになったかな」
「ほんと?」
「鏡見てごらんよ」
 
と言って手鏡で顔を見せてあげると
「気持ち悪い!」
と本人は言っていた。
 
「このお化粧品は加賀にあげるから少し練習するといいよ」
「いや、やめとく。ハマったら怖い」
 
加賀は歩こうとして、いきなりスカートに足がぶつかり倒れていた。
 
「足の膝から下だけを動かす感じで歩かなきゃ倒れるよ」
と忍が教えてあげる。
「へー」
「腰でバランスを取る感じにすると可愛くなるよ」
「なんでお前、そういうの分かるの?」
と加賀が訊くが
 
「それだけたくさん女装で出歩いてるってことだよね」
と公子が代わりに答えていた。
 

それで学校を出て、ぞろぞろと会場に向かう。校門の所に立っていた先生は、加賀を保護者か何かと思ったような雰囲気もあった。
 
「だけどふと思ったけど、桜野のことはみんな名前呼び捨てなのに、俺のことは苗字・君付けなんだな?」
と加賀が言う。
 
「ああ、忍は割と頻繁に女子たちと一緒に遊んでいるから」
「いつの間にか他の女子と同様の呼び方になっちゃったね」
「でも加賀も今日は女子だしね。名前呼びにする?」
「ああ、それもいいかな」
 
「じゃ、満男(みつお)?」
「えっと・・・・」
「男名前で呼ぶのは可哀想だよ」
「じゃ、満子(みつこ)で」
「でも満子(みつこ)って名前だったら絶対満子(まんこ)と呼ばれてからかわれてるね」
 
「それ小学校の同級生にいたよ。本名は『まんこ』だったんだけど、本人は『みつこ』と呼んで欲しいと言ってたから、みんな『みつこ』『みっちゃん』
だったんだけどね」
「親もよく考えて名前付けなきゃね」
 
「でもこんな格好で外を歩くの恥ずかしい」
と加賀は言っている。
 
「忍は全然恥ずかしがってない感じだけど」
「私も最初の頃は恥ずかしかったよ」
「慣れだよねー」
「つまり慣れるくらい女装で出歩いているのか?」
 

「でもこれトイレどうしたらいいんだろ?」
と加賀が言うので
「あ。私が付き添ってあげるよ」
と忍は答える。
 
「付きそうって、どっちに?」
「どっちって?」
「いや、その男子トイレ?それとも・・・」
「女子トイレに決まってる」
「その格好で男子トイレに入ったら『おばちゃん、混んでるからって男トイレに来るなよ』と言われるね」
 
「でも女トイレに入っていいもの?」
「まあ気付かれたら通報されるかもね」
 
などと言っている内に駅まで来たが、ホームで何だか加賀がもじもじしてる。
 
「満子、もしかしてトイレ?」
「えっと。。。スカートって何だか足が冷えてさ」
 
「じゃ、私付き添ってあげるねー」
と言って、忍は加賀の手を取り、トイレの方に行く。男女表示の前で加賀が一瞬躊躇う感覚はあったが、強引にそのまま手を引いて女子トイレに入る。
 
「満子、声を出さない方がいいよ」
と小声で言ったら、頷いている。
 

年末が近いのもあるのだろう。トイレは混んでいた。列が出来ているのでそれに並ぶ。
 
「まあ、待つしかないね。駅の女子トイレなんて、いつもこうだから早めに行く必要があるんだよ」
と忍は小声で加賀に言うが、加賀は、『いつも』女子トイレに入っているのか?と忍に訊きたい気分であった。
 
かなり待ってから個室が空いた所で、忍は先に入るように加賀に言った。加賀は頷いて中に入る。少し待ってもうひとつ空いたので、忍も中に入って念のため出しておいた。忍が個室から出ても、まだ加賀は中にいるようだ。少し待ったら出てきたが、スカートの後ろが乱れている。
 
「ちょっと待って」
と言って直してあげた。
 
「スカートって慣れてないと、結構後ろが乱れていることに気付かないんだよ」
と小声で言う。
 
つまり忍はそういうことに気付くくらいスカートに慣れているのか?と加賀は訊きたい気分だった。それでまた手洗いの列に並んで、やっとトイレの外に出た。
 
「何だか潜入スパイになった気分だった」
と加賀は言う。
 
「慣れたら平気になるよ」
「慣れたくねー!」
「ふふふ」
「それに臭いが強烈だった」
 
確かに男子の加賀には女子トイレの臭いはたまらないだろう。特に駅のトイレは換気が悪いし掃除も行き届いていないので臭いが強い。
 
「それも慣れたら平気になるよ」
「いや、だから慣れたくない」
 

みんなの所に戻り、一緒に新宿に出て、会場のホテルに行く。受付でチケットを照合して中に入る。みんな赤いバラのリボンを付けてもらったが、係の人は加賀を見て
「お客様、もしかして、男性の方でしょうか?」
と訊いた。
 
そばにいた公子が
「女装していたらOKですよね?」
と訊くので
「はい、構いません。が、それではこちらのリボンを付けてください」と言って、ピンクのバラのリボンを渡した。
 
「このリボンを付けている方が男子トイレに入っていても咎めないようにホテルのスタッフに言っておりますので」
と係の人。
 
なるほどー。そういう了解を取っているわけだ。加賀はそれを聞いてホッとしているようだった。
 
「これで安心してジュースが飲める!」
「よかったね」
 
「だけど係の人、忍には何も言わずに赤いリボン渡したね」
「そりゃ、忍は女にしか見えないもん」
 
「じゃ、俺はやはり男に見えるの?」
「いや、ふつうにこのくらいのおばちゃんはいるよー」
「あの受付の人、かなりリードの達人っぽい」
 
「恐らく本人も女装者じゃないのかな」
「ああ、そうなのかも」
 
「リードって何?」
「女装している男だというのがバレること。バレないのをパスと言うんだよ」
「つまり、忍はパスしてるけど、満子はリードされちゃったね」
 
「でもあの受付の人が女装者だとしたら、女装者にもパスしてしまう忍の女装レベルは凄く高いということだよね」
 
「でも忍はお化粧もしてないのに」
「パスできる人は、むしろ素顔でもパスできる。女か男かというのを判断する時にいちばん重要なのは《雰囲気》だから」
「へー」
「ってか、制服の女子高生がお化粧してたら、その方が不自然」
「確かに」
 
「忍、ヒゲはどうしてるの?」
「抜いてるよー。剃ったら跡が目立つから」
「なるほどねー」
 

クリスマス会の会場は、ほんとにたくさんケーキ(プティサイズ)が置いてあり、みんな嬉しそうに取って来ては食べていた。ケーキ以外に、フライドチキンとかローストビーフにサラダなども置いてある。
 
飲み物もたくさんあるので、コーラとかジュースとか飲んでいる。シャンパンやワイン、ビールなども置いてあるが、もちろんそういうのには手を出さない。スタッフの人も制服の女子高生には求められてもアルコールは渡さないであろう。
 
ただひとり、保護者のおばちゃん風の加賀を除いては。
 
「これ、どうしよう?」
「どうしたの?」
「お客様いかがですか? と言われたんで、つい受け取っちゃったけど、これジュースじゃないみたい」
 
「ああ、これはシャンパンだね」
「誰かスタッフの人に返せばいいよ。うっかり受け取っちゃったけど、未成年なのでとか言って」
「未成年というよりふつうにおばちゃんに見えるけどね」
「アルコール飲めないのでと言えばいいよ」
 
加賀はトイレにも行ってきたようだが、男子トイレに入れるということだったのでひとりで行かせておいた。しかし戻ってくると
 
「おばちゃん、こっち違うと、他の客に言われた」
などと言っている。
 
「なんて答えたの?」
「性転換してるんで、と言った」
 
「それって、女から男に性転換したのか」
「あるいは男から女に性転換したのか」
「どちらなのか聞いた方も判断に迷ったかもね」
 
「忍はトイレはどうしてるの?」
「普通に行ってるけど」
「どっちに?」
「もちろん女子トイレだよ。女子制服を着て男子トイレには行けないよ」
「何も言われなかった?」
「何を?」
 
「まあ、全然不自然さが無いもんねー」
 
「でも、鈴音、彼氏がこんな感じでいいの?」
と蓉子が訊く。
 
「別に構わないし、可愛いのは良いこと」
と鈴音。
 
「どうも鈴音が煽っている分もあるとみた」
と公子は言う。
 

パーティー会場では、弦楽四重奏で、クリスマスっぽい曲が演奏されていた。
 
アデステ・フィデレス、ファースト・ノエル、ジョイ・トゥ・ザ・ワールド、ひいらぎ飾ろう、もみの木、グローリア、グリーン・スリーブス、スカボロ・フェア、ホワイト・クリスマス、ファースト・オブ・メイ、赤鼻のトナカイ、サンタが町にやってくる、ラスト・クリスマス、クリスマス・イブ、恋人がサンタクロース、ジングル・ベル、きよしこの夜。
 
「ところで受験する人たちは、もうみんな志望校決まってるの?」
と専門学校組で、のんびりと構えている蓉子が訊く。
 
「私はWS」
「私はHB」
「なんか凄い学校ばかりだ」
「MJ〜」
「少し安心した」
「JS女子〜」
「凄く安心した」
 
「私はOS大の工学部」
と恥ずかしそうに加賀が言う。このパーティーが始まった頃は自分のことを『俺』と言っていたものの、『女の子が俺と言ってはいけません』と言われてなんとか『私』と言っているが、凄く言いにくそうだ。
 
「鈴音と忍は〜?」
「TK大の理学部だよー」
「男女交際たっぷりしといて、そういう所を狙うというのは許せんな」
「男女交際じゃなくて女女交際だったりして」
「うむむむ」
 
「ふたりとも自宅から通うの? そこに合格した場合」
「山手線に近い所にアパート借りて暮らそうかと言ってる。やはり毎日この距離を通学するのはけっこう辛い」
「もしかして同棲するつもり?」
「同棲というか、一緒に暮らすだけだよ」
「ますます許せんな」
 
「だけどふたりだけで暮らしたら、忍は1日中女装生活になったりして」
と蓉子が言う。
 
「ああ、忍はそのつもりだと思うけど」
と鈴音は言う。
「えっと・・・」
と忍は困っている様子。
 
「ああ。じゃ大学には女装で通うつもりなんだ?」
「最初から女子として受験したりして」
「ああ、受験にも女子制服で行けばいいよね」
「えっと・・・」
 
「卒業するまでには性転換してしまっていたりして」
「いっそ受験前に性転換しちゃうとか」
 
「でも忍のおちんちん無くなっちゃったら、鈴音は困らないの?」
「別にいいよ。取る前に精子を冷凍保存しておいてくれたら」
「なるほどー」
「私たちセックスはしないから、実際今はレスピアンと似たようなことしてるよ」
「ほほお」
 
「じゃ、精子さえあれば、おちんちんは用済みか」
「それなら、取っちゃってもいいよね」
「私も彼氏にそれ勧めてみようかな」
 
「お前ら怖いこと言ってるな」と加賀。
 

パーティーは3時間ほどで終わり、みんな平均15個以上はプティケーキを食べた感じであった。加賀はケーキ40個くらいにチキンも20本くらい食べたなどと言っていた。今日のパーティーのスポンサーになっている化粧品会社からのお土産をもらって会場を出る。
 
「凄い、これ。化粧水・乳液に口紅4色サンプルとリップブラシのセット」
「受験が終わったらお化粧も練習しなくちゃ」
「忍もお化粧練習するよね?」
「するよー」
「満子もお化粧練習するよね?」
 
「しないよー! 桜野使うんだったら、これやるよ。こんなの持って帰宅したら、うちの母ちゃんが仰天するし」
などと言って、加賀はお土産の化粧品を忍に渡してくれた。
 
「でも工学部行くんでしょ? 男子ばかりだろうから、女装したらクラスのアイドルになれるよ」
「嫌だ、そういう展開は嫌だ」
「姫になれるのに」
「そういう腐女子の用語言っても、たぶん満子は分からない」
 
「満子、姫って分かる?」
「へ? プリンセス?」
「やはり分かってないようだ」
「忍は分かるよね?」
 
「多分満子は女装しなくても姫になりそうな気がする」
「ああ、そうかも」
「忍は分かっているようだ」
「忍も腐女子だったりして」
 

「でも今日はみんなお疲れ様ー。冬休みはひたすら勉強だろうけど、みんな頑張ってね」
「蓉子はお正月何するの?」
「ひたすら寝るー」
「いいなあ」
 
「私、最近睡眠時間は毎日4時間くらい」
「私もそんなもの」
「私、5時間くらい寝てる。4時間では身体がもたない」
 
「でもセンター試験の1週間くらい前からは早寝早起きにした方がいいよ」
「そうそう。試験に向けて体調を整えたほうがいいんだよね」
 
「じゃ、みんな今日は帰ったら勉強?」
「そうそう」
「忍と鈴音もしばらく交際は保留かな?」
 
「うーん。年内は私、鈴音の家に泊まり込むから」
と忍は言う。
 
「何〜!?」
「エンドレスで練習問題を一緒に解く。多分解いている内に眠っちゃうから結局泊まり込むのと同じ」
 
「ふたりで一緒だと〜!?」
「何て奴らだ」
 
「でも受験まではキスまでしかしない約束。ボディタッチNG」
「キスはするのか!?」
「やはりこいつら許せん」
 
「加賀も一緒に勉強する? 加賀なら受験レベル近いし」
と忍は誘ってみたが
「遠慮しとく。当てられて勉強にならん気がする」
と加賀は呆れたような口調で言った。
 

加賀は駅の多目的トイレで女装を解いて学生服に戻ったが、忍は女子制服のまま、鈴音の家に行った。御両親に挨拶した上で、鈴音の部屋で一緒に勉強をする。このまま大晦日まで受験体制だが、鈴音の父は忍のことを女子の友人だと思っている。でもこの時期、忍は受験が終わったらきちんと自分の性別のことを自分の父にも鈴音のお父さんに話さなければならないと思っていた。
 
ふたりは友人たちにも言ったようにしばらくはキスを越えることはしないという約束で、11月末に一度シックスナインをしたのが最後。その後は裸で抱き合ったり、お互いの敏感な所を刺激したりするようなことは(原則としては)していない。厳密にはちょっとだけなら触ることもあるし、着衣で2度抱き合っているが、そこまででお互い気持ちを抑制した。
 
気持ちが暴走しにくいように、こたつの向かい合わせの位置に座って一緒に勉強していたのだが、夕食の後は鈴音は忍の隣に座った。どうも今日はクリスマス会に行ってきたので少し興奮状態にあるみたいだなというのは感じていたので、とうとう我慢できなくなったなと忍は思った。
 
ちなみに夕飯前にふたりとも制服を脱いで普段着に着替えている。ふたりともセーターに長めのスカートだ。それで鈴音が身体をくっつけてくる。
 
「大きくなってたりしない〜?」と鈴音。
「しないよー」と忍。
 
すると鈴音は
「確かめてみよう」
などと言って、忍のスカートの中に手を入れてくる。
 
「ちょっとちょっと。ボディタッチNGの約束」
「忍の健康状態を確認するだけよ」
「健康状態??」
「性的な機能の健康状態」
「そんなの確認しなくてもいいと思うけど」
 
「あれ?小さい・・・・っと思ったら大きくなってきた」
「さすがに触られたら大きくなるよ」
「出しちゃわない?」
「その気になった時は自分でするよ」
「でも私考えてみたら、忍が自分でしてる所を見たことない」
「私がする前に鈴音がやっちゃうじゃん」
 
と言って忍は苦笑する。鈴音はしばしば自分の手でしてくれたり、あるいは口でしてくれたりする。ふたりはシックスナインまではしたことあるが、まだスマタとかはしたことがないし、(どちらの)Aも使ったことはない。ふたりの間で暗黙に了解している微妙な境界線である。
 
「やってる所、一度見てみたいなあ」
「やめとくよ」
「どうして?」
 
「この格好の時は私も女友だち同士のつもりだから」
「こんーなに密着しても?」
と言って鈴音は身体をほんとに密着させてくる。鈴音の身体から甘い匂いがして忍の嗅覚を刺激する。
 
「だから受験が終わってから、たっぷりやろうよ」
「もう・・・・」
 

それで9時頃になって、お母さんがドアの隙間から
「あなたたち、お風呂には入らない?」
と声を掛けてくれた。
 
Hなことをしていない限り、ドアは少し開けておく、というのがお母さんとの間の了解事項なので、ドアが開いている限り、お母さんは気軽に声を掛けてくれるし、おやつやお茶などを持って来てくれたりもする。
 
「ああ。じゃ忍から先に入るといいよ」
と鈴音が言うので、忍は先にお風呂をもらった。
 
一応Hなことはしない約束だけど勢いでしてしまう可能性はあるのでちゃんと丁寧にあの付近を洗う。また結構汗を掻いていたので頭も洗い、しばらくゆっくりと湯船に浸かって手足を揉みほぐす。それから上がり際に冷水を身体に掛ける。
 
冷たい!!!
 
でもこれをやらないとこの後眠ってしまって勉強にならない。(実際、鈴音はたいていお風呂の後、眠ってしまう)
 
身体を拭き、今夜は新品のショーツとブラジャーをつけ、その上にお気に入りのキャミソールを着て、トレーナーとスカートを穿き、セーターを着て部屋に戻った。着替えた服は脱衣場の洗濯籠に入れておくと、鈴音が洗ってくれることになっている。
 

鈴音とタッチして、鈴音がお風呂に入っている間、忍は勉強を続ける。
 
すると10時頃、携帯に着信がある。加賀だった。
 
「夜分ごめん。でも起きてると思ったし」
「加賀も今日はお疲れ様ー。でも女装楽しかったでしょ?」
「桜野が女装にハマってしまった訳が分かるような気がした」
「何なら女物の服を買うのに付き合ってあげようか?」
「いい。自分が怖い」
「あはは」
 
「それでさ」
「うん」
「お前さ、まだ畑中とやってないんだろ?」
「まだしてない」
 
「でも将来、結婚するつもりなんだろ?」
 
結婚という言葉をダイレクトに聞いて、忍はドキっとした。確かに彼女のことが好きだし、大学に入ったら一緒に暮らす約束もしている。でも、具体的に《結婚》という概念までは考えたことは無かった。
 
「うん」
 
たっぷり5秒くらい考えてから忍は答えた。
 
「プロポーズしちゃえよ。その方が試験前にお互いの気持ちも安定するぞ」
と加賀は言った。
 
プロポーズ!
 
忍と鈴音はお互いに好きだというのは今年のバレンタインに告白した。そして10ヶ月間、恋人として付き合ってきた。でもまだ《結婚》という言葉は口にしたことない。
 
でも忍は答えた。
「うん。考えてみる。ありがとう」
 
「あ、それと今夜、ちゃんと避妊しろよ」
「えっと・・・・」
「持ってるよな?」
「うん。それはいつも持ってる。万一そういうことになった時のために」
「今夜はクリスマスイブだぞ」
 
「うん」
忍は笑って答えた。
 
「じゃ、またな。頑張れよ」
「うん。加賀もね」
「俺、恋人いねーよ」
「違うよ。勉強だよ」
「そうだな。お互い頑張ろう」
「うん」
 
忍は加賀との電話を切ってからしばらく笑みが消えなかった。
 

やがて鈴音があがってきた。忍がミルクココアを入れておいたので、それを飲んでから、また勉強を再開する。でも、ほどなく鈴音は眠ってしまった。
 
忍は鈴音に毛布を掛けてあげた。この鈴音の寝顔を見られるのも自分にとっては幸せだよな、と忍は思う。この寝顔をずっと見ていられたらいいなとも思う。
 
鈴音は1時間半ほど寝ていた。
 
「あれ〜。私寝てた〜」
などと言って目を覚ます。
 
「お早う。今日は疲れたもんね」
と忍は言う。
 
「そうだね。何時だっけ? 23:50か」
「コーヒー入れてくるよ。ちょっと待ってて」
 
忍はコーヒーサーバーを持つと部屋を出て台所に行き、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを入れた。勝手知ったる家の中である。
 
ふたりで一緒にコーヒーを飲んでいる内に0時を告げる時計の音楽が流れる。
 

「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
とふたりで言い合い、キスをした。
 
「2時くらいまで頑張ろうか」
「そうだね」
「まあ途中で眠っちゃってもいいけどね」
「暖房は入っているから風邪引くこともないだろうし」
 
「それでね」
と忍は話を切り出した。
 
「ん?」
 
「こんな時に言うのも何だけど」
「なあに?」
 
「今すぐは無理だろうけど、大学卒業して就職して、少し収入が安定してからになるかも知れないけど」
 
鈴音はじっと忍を見ている。
 
「結婚して欲しい」
と忍は言った。
 
鈴音は相好を崩した。
 
「いいよ」
と鈴音は答えた。
 
それで忍もドッと肩の荷がおりた気がして笑顔になった。
 
そしてふたりは再度キスをした。
 
「でもさ」
と鈴音は言った。
 
「ん?」
 
「就職してからって、忍は、男性社員として就職するの?女性社員として就職するの?」
 
「んーーー」
と忍は悩んでしまった。
 
「女性社員として就職でもいいよ。それから結婚式はふたりともウェディングドレスでもいいよ」
と鈴音は言うが
 
「それ、唆さないでよー」
と忍は言った。
 
「それから、結婚前に性転換してしまっていてもいいよ」
「それ、自分が怖い!」
 

2時過ぎまで勉強してから、寝ようということになる。
 
いつものように布団を2つ敷く。(最初からHなことをするつもりの時は1つしか敷かないが、ふつうにお泊まりする時は2つ敷くのが、ふたりの了解事項である)。布団は30cmくらい離すのもふたりのルールである。
 
ふたりとも可愛いパジャマに着替える。鈴音は大きなひまわり柄のパジャマ、忍はキティちゃんのパジャマ(鈴音が選んだ)である。
 
「おやすみー」
と言って電気を消して布団の中に入る。
 
でも忍は眠られなかった。
 
鈴音が「忍、寝ちゃった?」と声を掛けてきた。
 
「ううん。今夜はなんだか眠れない感じで」
「私もなの」
 
「でも、そろそろ寝なくちゃ。また明日も1日中勉強だし」
「ね。私たち結婚の約束したから、もうフィアンセだよ」
「うん」
 
「フィアンセっぽいことしてから寝ない?」
「そうだね。そうしようか?でもいいの?」
「もちろん。いつでもあげると言ってたのに、忍がもらってくれないんだもん」
 

それで忍は鈴音の机の2番目の引き出しから、避妊具を取り出し1枚開封した。
 
「それ、どのタイミングでつけるの?」
「もう付けられる」
と言って鈴音は自分のパジャマとショーツを少し下げる。
 
「あ、もう大きくなってる」
「ふふふ」
 
実は付ける練習をしたことがあるので、忍はスムーズに装着することができた。
 
「じゃ、しちゃうよ」
「うん」
 
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
とふたりで言い合い、キスをした。そしてしっかりと抱き合った。鈴音が忍のブラを外してしまう。鈴音は自分のブラは忍に外させた上で乳首を舐めることを要求した。鈴音も忍の乳首を舐めてくれた。
 
クリスマスの夜は静かに、そして熱くふけて行く。
 
「でも忍がおちんちん取っちゃうまでに、私たち何回くらいするのかなあ」
などと鈴音が言う。
 
「私、おちんちん取っちゃうんだっけ・・・」
「取りたいんでしょ?」
「うーん・・・・」
 
忍は悩んでしまったが、今はそのことも忘れて、ただ鈴音との熱い時間に没頭して行った。
 
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【クリスマス・パーティー】(1)