【新生・触】(2)
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(c)Eriko Kawaguchi 2013-03-09
9月12日の水曜日に東京に戻り、その日の内に年金、健康保険、運転免許証、などの性別変更の手続きをした。また銀行やクレジット関係にも電話して変更をしてもらったり、用紙を送ってもらったりした。
翌木曜日には店に顔を出すと、まずは麻衣に
「私が不在の間、チーフ代行お疲れ様でした。そして結婚おめでとう!」
と言う。
「ありがとう。でもサブとチーフではこんなに違うのかと改めて思ったよ」
「まあ、チーフは逃げられないしね。いろいろ面倒なことにも関わらないといけないし」
和実は盛岡のショコラでもチーフをしていたので、そのあたりはある程度慣れていたが、そういうの未体験だと、結構大変であったろう。
「結構トラブル関係、若葉に処理してもらってた。あの子、肝が据わってるから」
「ああ、物事に動じない性格だよね」
もう完全に内装なども終わり、保健所の検査も完了した銀座店にも顔を出す。ここしばらく永井は主としてこちらに詰めていたようだった。
「お昼のメニューにこういうの作ろうと思ってね」
と言ってポップを見せる。
《新生ランチ》
と書かれている。
「しんなまランチ? 社長、ビール付きのランチ始めるんですか?」
と銀座店サブチーフに就任する秋菜が尋ねる。
「いや『しんなま』じゃなくて『しんせい』だよ。うちはアルコールは出さないよ」
と永井。永井は本店ではだいたい「店長」と呼ばれているのだが、新宿店・銀座店では店長に任命されている悠子・和実と紛らわしいので「社長」と呼んでと言っていた。もっともそれでも結構「店長」とも呼ばれている。
「しんせいって?」
「実は元々うちの店は銀座で始めたんだよ」
「へー」
「当時はエオン Aeon の名前だったんだ。でも客が全然入らなくて」
「ああ」
「家賃も銀座は結構高かったしね。そんな時、神田で安い物件があるんだけど、という話があって神田に移転して、その時店の名前を運気を変えるため v を入れて エヴォン Aevon にしたんだ」
「それで成功したんですね」
「まあ成功したとまでは言えないけど、何とか採算が取れるようになったね」
「なるほど」
「それで発祥の地・銀座に戻ってきたから新生。まあ場所自体はこことは違うけどね。あとは震災からの新生の意味もある。ランチに入れるホットケーキの小麦粉は岩手県産、ホットケーキ・オムレツの卵は宮城県産だから。もちろん放射能チェック済み。検査報告書を店内に掲示する」
「それならお客様も安心でしょうね」
「あと、この銀座店で使う食器も茨城県の笠間焼とか福島県の会津塗りとかですしね」
「そうそう。そのあたりは和実ちゃんがボランティアで知り合った東北の人たちとの人脈で調達した」
「わあ」
午後からは音響会社の人が来て、店内の音の響きをチェックする。生演奏はするものの、それでテーブルに向かい合っている客同士が会話が聞こえなくて困るという状態にはできない。永井は最初グランドピアノを置きたいと考えたようだが、その問題があって諦め、結局クラビノーバ(電子ピアノではあるがグランドピアノと同じ物理的なハンマー機構を持っている。つまりグランドピアノの弦を電子に置換した楽器)を設置し、店内に全部で10個の小型スピーカーを設置した。また壁には吸音板を貼っているので、あたかも広いホールで聴いているかのような音の響きがあった。
また、弦楽四重奏もサイレント・ヴァイオリン、サイレント・ヴィオラ、サイレント・チェロで演奏してもらう(これも店で用意した)。フルートは「サイレント・フルート」が存在しないので生の音をマイクで拾うことになる。その場合、生の音の響きとスピーカーから出る音の響きを調和させるのは結構大変である。
この日は実際に演奏してくれる演奏者の人たちにも何人か来てもらい音を出してもらって、音量や残響などを確認していた。
「基本的にステージの近くは音量が比較的大きく、離れるにつれ小さくなるように設計してるんだよね」
「スピーカー通して流すのでも、そうする訳ですね」
「そそ。むしろそのスピーカーの配置で音の立体感を演出している。スピーカーから出る音にはセンチ秒単位の遅延を入れてるからね。それで、あまり自分たちの会話を他人に聞かれたくないと思う人はステージ近くの席、逆に多人数でおしゃべりを楽しみたい人は離れた席に就いてもらえばいいし」
「ああ、それはいいですね」
「こんな面倒なことしなくても、店内全体に通るスピーカーを1個置く手もあるんだけど。そんな音響で良いのなら生演奏する必要無い。有線で構わん」
「いや、これ結構臨場感がありますよ」
弦楽四重奏、ピアノ+フルート、フルート+ヴァイオリンなど幾つかのケースでのミキサーの設定を音響会社の人が書いてくれて渡された。これを店のスタッフが操作することになる。和実は音響会社の人に教えられてミキサーに触り音の変化を確認して「おお」と声を上げた。
「実際に耳で聞いてみて違和感があったら微調整してください。最後は人間の耳がいちばん確かですから」
と技術者さんに言われる。
「はあ」
「あと微妙な場合、何か振動しやすいもの。例えばテーブルに立ってるメニューとかに指を触れてみて、その振動で確認する手もあります」
などとも言う。
「へー!分かりました。やってみます」
と言って秋菜にも機器を触らせて体験させておいた。自分と秋菜が主としてこの装置を操作することになるはずだ。
「でも歌のある曲はやらないんですね?」
「うん。今のところそのつもり。歌が入っていると歌詞が、ここで色々企画を練ったりする人の思考を邪魔するんだよ」と永井。
「確かに」
エヴォンには、コーヒーを飲みながら色々仕事の企画や構想を練りに来る人たちもかなり多い。そういう客が居心地のよいようにする必要がある。お店とそういう常連さんたちとの間では「長時間居る場合は1時間半〜2時間程度に1回追加オーダーする」「長居する場合壁際の席を使う」などというのが、暗黙の了解として成立していた。時々「先輩の常連」から「後輩の常連」にそういう暗黙のルールが伝達されているのを見かけることもある。店としては長時間滞在自体は問題にしておらず、中には朝から晩まで居て、テレビ番組の脚本を書きながらモーニングサービスからランチ、ディナーまで食べていくライターさんとか、ここで難しいプログラムの論理設計をしていくSEさんとかもいる。
なお、生演奏をするのは、昼の12時、(14時)、(16時)、18時、20時の1日5回で(14時と16時は金土日祝のみ)、1回約45分である。この「45分」という微妙な数字は、昼休みに来ていた人が、生演奏の終了で「そろそろ会社に戻らなくちゃ」
と思う時間を採用している。生演奏をしていない時間帯はミュージックバードのクラシックチャンネルを流す。
(ラジオ放送を店内に流すのはJASRACへの支払不要。但し放送を録音したものを流してはいけない。CDを流す場合は包括契約でないのでJASRAC管理曲であれば曲目の報告と支払が必要になる。実際にはCDを流す予定は無い)
「これ、ミュージックバード流してても臨場感がある!」
「ふふふ」
「だけど私少しクラシック勉強しましたよ」と秋菜が言う。
「ほほお」
「クラシック百曲選ってCD買って来て聴いてたら、結構知ってる曲があるんですよね」
「ああ、CMとかで流れてたりするしね」
「私、高校時代にベートーヴェンの『白鳥の湖』聴いて、これシューベルトだったっけ?と言ったくらいの人ですから」
と秋菜が言う。和実は訂正すべきかどうか悩んだ。永井が忍び笑いをしていた。
この日は店内に設置した無線LANの電波の状況も確認した。ここに籠もって仕事をする人たちにとっては、無線LANと電源は必須なので、エヴォンでは各店とも電源はパソコンあるいは携帯電話やMP3レコーダーなどで使用する限りは無料で貸し出しているし、BBモバイルのアクセスポイントを入れているので、会員になっている人はネットも自由に使うことができる。無線LANは最初独自に入れて完全無料にすることも考えたのだが無料のアクセスポイントにしばしばセキュリティに問題がある所も多いので、お客様側の安心感を優先して、大手の無線LANを導入したのである。
無線LANがあるので、しばしばゲーム機を持ち込んで、熱心にやっている人も見受けられる。メイドの中にも休憩時間中、モンハンとかどうぶつの森とかしている人もいる。和実も結構誘われたが「私、ゲーム分からない」と言って逃げておいた。やり出したらハマるのが見えているので、取り敢えず逃げておくのである。
オープン前日の14日には、みんなで麻衣の送別会をした。お客さんの少ない時間帯に本店のパーティールームに麻衣と店長を座らせ、お茶やお菓子などを用意して、たくさんお祝いと冷やかしを言う。ふたりとも凄く幸せそうな顔をしていた。新宿店のスタッフも交替で来て、参加した。それで実際には送別会というより、ふたりの結婚のお祝いという感じになった。
「とりあえずふたりの馴れ初めを暴露してください」
と瑞恵が言う。
「あ、えっと。私がオフの日に吉祥寺の駅の近くを歩いていたら急に雨が降ってきて。困ってたらちょうどそこに永井さんが車で通りかかって」
「おお、雨の日の出会いだ」
「店長のこと何て呼んでるんですか?永井さんじゃないよね」
「あ・・・えっと、たっくんかな」
「おお!たっくん!」
「どんな所でデートしてたんですか?」
「昼間は仕事があるからだいたい深夜に。高速を1時間くらい走って辿り着いた先のSAで食事しながらおしゃべり」
「じゃそのままSAの駐車場でお泊まりH?」
「えっとSAは人が多いからPAで」
「あ、和実ちゃんたちと同じだ」
「ちょっとちょっと」
「結婚式はいつですか?」
「12月22日土曜日。友引」
「夫婦の日だ」
「うんうん、そうなの。それで毎年覚えておけるかなと思って」
「店長は翌年には忘れているというのに1リラ」
「来年はクリスマスイブになってから結婚記念日を思い出すというのに1ペソ」
「うーん・・・」
「妊娠してますか?」
とダイレクトな質問。
「あ、えっとちゃんと避妊してくれているので。子作りは籍を入れてからにしようと」
「おお、しっかりしてる」
質問には主として麻衣が答え、店長は終始照れている感じであった。
「いよいよ明日オープンか。話を聞いた時はまだ半年先だしと思ったけど、結構あっという間だったね」
とその日久しぶりに午前になる前に帰宅した淳は和実と遅い御飯を食べながら言った。
「前半は私自身、診察で富山と毎月往復する度に『あれ?もう1ヶ月経った』と思ってたけど、手術受けた後は、なんかあっという間だったね」
「でも店長だとチーフとはまた色々違うの?」
「その店の責任者だからね。会計とかもしないといけないし」
「新規採用者の面接とかもするの?」
「しない。面接は基本的に本店で永井さんがやる。あと労務管理は各メイドが自分で携帯やスマホで働ける日と時間帯を登録したら、コンピュータで計算して、一週間の勤務予定表が自動でメールされてくるシステムだから、急な休みの連絡受ける程度だし。だから、名目上は店長でも、いわゆる管理責任者じゃないよ。給料は時給が他のメイドより高いけど基本的には歩合制だし。時間外手当ももらえるし」
「じゃファミレスの店長なんかと同じ扱いか」
「そうそう。食品衛生責任者にはなるけどね」
「ああ。あれ講習とか受けなきゃいけないんだっけ?」
「私は調理師免許持ってるから問題なし」
「調理師免許? そんなの持ってたんだっけ?調理師学校とか行かなくても取れるの?」
「調理師学校出たら無試験で免許もらえるけど、学校に行かなくても調理の実務経験が2年以上あれば、試験受けて取れるのよ。私、高校1年の時からずっと喫茶店で調理に携わってたから。実務経験既に5年」
「へー! 試験の実技はお魚をさばいたりするの?」
「実技は無いよ。ペーパーテストだけだよ」
「そうだったんだ!」
「まあ、お魚はさばけるけどね。でも、エヴォンにしてもショコラにしても、ホールスタッフとキッチンスタッフの区別が無いから。全員調理までやらされてるから、調理師免許を取得してる子多いよ。麻衣や若葉も持ってるし」
「へー!」
「でも調理師って資格は、食品衛生責任者になれるくらいしか意義が無い資格でもある」
「ほほお」
「調理師の資格を持ってない者が調理師を名乗ってはならないという名称独占規定はあるものの、調理師の資格で無いとできない業務は存在しない」
「何だかサムライ商法っぽい」
「ね? 国家的なね。でも、うちの姉ちゃんが持ってる着付け技能士なんかもそうだよ。着付け技能士でないと出来ない業務は存在しないから」
「ああ」
「婚礼衣装の着付けをするには、むしろ美容師の資格が必須になってるし」
と言いながら、和実は姉から美容師の資格を取らないか?と言われたことを思い出していた。
「淳はOL生活半年どう?」
「なんか全てが変わってしまった感じ」
「だろうね」
「朝昼のお茶入れなんかもローテーションに組み込まれたし」
「言ってたね」
「最初の内は実は女子トイレに入るのが恥ずかしかった」
「なんで〜?いつも入ってたのに」
「プライベートではね。でも知ってる人のいる所で入ったこと無かったし」
「ああ」
「列に並んでいて同僚の子とか、同じフロアの他の会社の人と会話を交わすなんてのが自然にできるようになったのは夏近くになってからだよ」
「へー」
「電話とかは、うちは元々男女関係無くベルが鳴ったら飛びつくという訓練をされていたから、問題あまり無かったけどね。ただ1度以前の顧客から電話があってさ」
「うんうん」
「最初女声で応答してから、昔の顧客だったから、この声じゃまずいかと思って」
「ふんふん」
「『月山ですね。少々お待ちください』と女声で言って、それから男声に切り替えて『お待たせしました。月山です』と」
「あはは」
「いや、みんなからも笑われた」
その夜はひさびさのセックスをした。むろんレスビアンモードである。手術の後は和実の体調の問題もあったし、ずっと石巻・富山と行っていたので、全然できなかったのである。
「もう手術跡の傷は分からないね」と淳。
「うん。実際にほとんど目立たなくなってるし、陰毛で隠れてるしね」と和実。
「でもいいなあ。すっきりしたお股で」
「ふふふ。凄くいいよ。淳も早くこういうお股になりたい?」
「なりたい」
「松井先生に言ったら、すぐ臨時で手術のスケジュール入れてくれるよ」
「いや、あの先生に会うと、ほんとに説得されてふらふらと手術受けてしまいそうで怖い」
と淳が首を振って言う。
「唆すのうまいからねえ。先月も来年の夏くらいに手術したいって言ってたニューハーフさんをうまく口説いて、速効で手術しちゃったらしいよ」
と和実は青葉から聞いた情報を流す。青葉はあの病院で手術した患者の中で特に手術後の経過の重い患者のヒーリングを時々頼まれているらしい。(医療費として点数を出せないので料金は松井医師のポケットマネー)
「ああ」
「本人すごく嬉しがってたらしいけど。手術代は分割払いにしてもらったみたいだし」
「分割でもいいよって、私も言われた!」と淳。
「うふふ」
「今、ダイレーター入れてるの?」
「留め置き式のを今も入れてるよ」と和実。
「あれ入れてて感じちゃうこととかないの?」
「秘密」
「和実って秘密が多いなあ」
「女はミステリアスなのがいいのよ」
「うん。それは言える」
その日は(ダイレーターを抜いた上で)正常位(トリバディズム)の後、淳が前になる背面座位で楽しんだ。
淳はタックしているので、タックの上から和実の指で刺激されるとひじょうにゆっくりと高揚に到達するし、射精しないまま終わることも多い。この日も淳はドライで逝ってしまった。
「淳って元々ドライで逝きやすい気もする」
「それ和実とこういう関係になってから自分でも思うようになった」
「ね、今度ペニバン買ってきて、後ろに入れてあげようか?」と和実。「いや遠慮しとく」と淳。
「そう? こないだ気持ち良さそうだったから。私おちんちん無くなっちゃったから、もうあれしてあげられないし」
「でも私結局和実のおちんちん、生で触りはしたし、私の中に入れてもらったけど、目では見てないんだよな」
「見れば良かったのに」
と言って和実は笑うが、自分があまり見られたくないと思っていたのを淳が配慮してくれた結果である。
「あ、そうだ」
「うん」
「あの時、和実が射精した精液だけど、あれも冷凍してもらったよ」
「えー?そんな話、松井先生何も言ってなかったのに」
「だから和実の精液は手術直前に取られたのと合わせて2本保管されているから」
「うーん。別に使い道は無い気がするけどなあ。淳も精液取ったんでしょ?」
「うん。和実の手術の翌日に1本取って、そのあと提携している東京の病院で2回採取したから3本ある」
「じゃいつでも去勢できるね」と和実は言ってみる。
「うん。結構マジで去勢だけしちゃおうかという気もしてる。でも精子と精子を結合させても赤ちゃんできるといいのになあ」と淳。
「それはさすがに無理だろうね」と和実。
「卵子と卵子ではできないのかな?」
「人間では無理っぽいね。コモドドラゴンは自分の卵子2個から子供作れるみたいだけど。でもトカゲは染色体の組合せが違うから。メスがZOでオスがZZ。そしてメスがそうやって単性生殖してできた子供は必ずオスになる。多分Z卵子とZ卵子の組合せだけが、赤ちゃんとして成長できるんだろうね」
「うむむ」
そして9月15日(土曜日)。銀座店のオープンである。先着50名様に石巻で製造された鯨の携帯ストラップをプレゼント、というのを本店・新宿店とネットにだけ告知していたのだが、それを目当てに並ぶ客が20人近くいてびっくりした。用意していた50個は30分で無くなってしまった。
初日ということで、和実・秋菜の他にも比較的経験を積んだメイド2人を核に、この夏に採用したばかりの若い高校生メイド3人を配置して7人体制にしたのだが、その高校生メイドに早速ファンが出来ていた感じであった。
「アリスちゃん、毎日来るの?」
「いえ、私は土日だけです」
「じゃ土日に来よう」
などと会話を交わしている客などもいた。
(風俗営業ではなく飲食店営業にする最大のメリットは高校生メイドを使えることだと永井が言っていたこともある。客の方もエヴォンにはしばしば家族連れなどが来るし、キッズメニューもある。コーラまたはファンタ・クーなどとホットケーキのセット500円などというのは人気メニューだ。メイドがペンシルチョコでハートマークなどを描く。このあたりは子供客を嫌がる普通の喫茶店とも一線を画す)
高校生3人の内2人はこの店の専属スタッフだが、1人は白いリボンを付けた上級メイドで神田店・新宿店・銀座店を巡回する。
「リリーちゃん、こちらの店には何曜日に来るの?」
「週によって違うんですよ。私のブログに一応の予定アップしますから」
「ブログのアドレス教えて」
「お店のサイトからリンク張ってありますから」
「じゃ見とこう」
「でも急に誰かが休んだりして予定が変わる場合もありますから、居なかったらごめんなさいね」
このリリーちゃんこと乃愛がオムレツ作りもコーヒーを入れるのも凄くうまくてこの子が銀座店に出てくる日は助かるなと和実と秋菜は話していた、その乃愛は
「ここのお店のフライパン凄く使いやすい! すごくきれいにホットケーキが焼ける。個人的にも欲しい!」
などと言っていた。本店や新宿店はテフロン加工のフライパンだったのを銀座店は南部鉄のフライパンを試験的に導入してみたのだが、これがお料理上手の乃愛には気に入られたようであった。
「社長、これ本店や新宿店にも入れましょうよ」
とも言っていたが、永井は
「鉄のフライパンは上手な人が使えばいいけど、下手な人が使うと悲惨になるからなあ。分かってない子はこれ使用後に水に漬けちゃったりもしそうだし」
と言って、少し悩んでいるようだった。
初日と2日目のこの週末だけは生演奏も、10時、12時、2時、4時、6時、8時と6回にした。柿落し(こけらおとし)は♪♪音楽大学のピアノ科の学生さんで古城さんという人がショパンの『子犬のワルツ』を独奏してくれた。その後10時台は彼女のピアノで『愛の夢』『トロイメライ』『ノクターン』『エリーゼのために』など誰でも知っているような曲を演奏する。思わず客席から拍手が起きたりしていた。
12時台には△△△大学の女子学生4人(ユニット名:マティーナ・フォルトナート−名前が無かったので永井による命名)による弦楽四重奏で、ヴィバルディ『四季』
の『春』第一楽章、『ハイドンのセレナーデ』『ボッケリーニのメヌエット』
『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』など、これまた誰でも聞いたことのある曲を演奏する。お昼なので、昼食を取りに来た人たちも多かったが生演奏しているのを見て「へー」という顔をしている客が多かった。
2時台はピアノとフルートのアンサンブル(ユニット名:シュベステルン。実際に姉妹らしい)。生楽器と電子楽器のミックスになるので和実は少し緊張したが、無難に乗り切った。4時台は□□大学の学生さん(実は麻衣の友人)西崎さんのヴァイオリン・ソロ、そして6時台は箏と篠笛の合奏という生楽器同士の組合せ(ユニット名:湖風)。これは音響は運任せの気分だったが「ボリューム丁度いいと思ったよ」と言われてホッとした。
そして8時台はアコスティックギター2本とマンドリンにフルートという少し変わった組合せのユニット(ユニット名:招き猫)で、ポップス系の曲を演奏した。この日JASRACへの支払いが発生したのはこのユニットだけであった!永井がこのユニットを採用した理由は「招き猫」というユニット名が縁起良いからということだったらしいが、演奏もとても素敵だった。
この銀座店の生演奏への出演をお願いしているユニットは全部で20組ほどあるのだが、ほとんどがセミプロクラスのアーティストである。だいたいブログかウェブサイトを持っている人たちが多いのだが、そこに掲載する写真をということで、お店のメイドさんと記念写真などを撮っていた。
するとそれを見た(本店の)常連さんが
「あ、記念写真いいな。僕も撮りたい」
などと言ったが、和実は
「すみませーん。お客様との記念写真は法令違反になるので」
と断る。
「アーティストならいいの?」
「はい」
「じゃ、僕もアーティストとして出演しようかな?」
「岩田さん、何か楽器するんですか?」
「腹鼓じゃダメ?」
「オーディション落選です」
銀座店は順調な滑り出しを見せた。1日あたりの売上が平均で本店の1.5倍ほどあり、生演奏をしてくれる人たちへのギャラを払っても充分ペイできる売上で和実も永井もホッとした。町の性格の違いで、神田店では平日の方が売上げが多く、新宿店は曜日による差はあまり無かったのが、銀座店は土日が平日の倍近く客が入る傾向が出たのと、客の回転率が高い特徴が出ていた。またテイクアウトや周辺のオフィスなどからの出前注文は少なめだった。
そしてこの生演奏に関して面白い現象が起きる。アーティスト側からの売込みが相次いだのだ。ギャラはかなり低価格であるにも関わらず「ここで演奏したい」
というユニットからの接触が毎週5〜6組はある状態で、中にはノーギャラでもいいから演奏したいという人たちもかなりあった。永井は最初は自分で演奏を聴いていたものの、とても全部に対応できないということで「オーディション委員会」を作って、そちらに採用を丸投げした。
オーディション委員会には退職していたはずの麻衣も引っ張り出され、銀座店演奏者の中の「コアプレイヤー」であり、音楽大学の学生で耳が確かなピアニストの古城さん、同じくコアプレイヤーの一人でスタジオミュージシャンをしているヴァイオリニストの逸見さん、クラシックに造詣の深い本店チーフの若葉、そして銀座店チーフの和実の5人で演奏を聴いて採用可否とA〜Cのランク付けを行った。Aは本人たちが良ければ週2〜3回の演奏、Bは週1回の演奏、Cは月1回程度の演奏ということにした。
それで毎週水曜日の夕方、銀座店のステージを使って生オーディションをすることにした。但しあまりにも問題外の演奏だったらチューブラーベルを打って1分程度で打ち切り退場を願う「のど自慢方式」とする。しかし落選した人にも「お疲れ様コーヒー」と称してコーヒーをサービスしたので半ばタダのコーヒー目当てでリベンジと言って毎月挑戦してくる人もあり、オーディションは和やかな雰囲気だった。なお、チューブラーベルを鳴らすのは水曜日・金曜日だけ出てくる高校生メイド友子(メイド名ジューン)の役目だったが
「ジューンちゃん、あと少し演奏させてよ」
「えー?私は鐘を鳴らしてるだけで、決めてるのはそちらの先生方ですから」
などというやりとりはよくあった。1個鳴らしたのが即退場。2個は努力賞(オムレツセットサービス)。合格(A〜C)はドシラソドシラソドミレ〜とたくさん鳴らす。
本店常連客の岩田さんまで「昔取った杵柄」でギター演奏を披露すると言ってオーディションに参加したが、30秒で友子がカーンと鐘を1個鳴らして御退場を願うことになり「お疲れ様コーヒー」を飲んでいた。
また麻衣(メイド名:もも)がオーディションの審査員として毎週水曜日に銀座店に来るという情報が「ももファンクラブ」のメンバーの中で伝わり、もも目当てで水曜日に銀座店にやってくる客などもいた。
「ももちゃんのオムレツが食べたい」
などというリクエストもあり、麻衣は「はいはい」と言って気軽に応じていた。(麻衣はエヴォンの嘱託扱いなので店舗で調理をしても構わない)
「でも私、人妻なんですよ〜」
「うん。社長と結婚するんでしょ。おめでとう」
「あのオーディション、ももちゃんが審査委員長?」
「審査委員長は、はるかちゃん(和実)ですよ〜。ここのチーフだもん」
「私は古城さんだと思ってた」と和実が言うと本人は
「えー? 私はこのメンバーの中でいちばん若輩者だし。委員長はハミーちゃん(若葉のメイド名)ということで。ハミーちゃんはおうちで弦楽四重奏とかやるらしいですよ」
などと言う。古城さんは若葉とは同じ中学の出身ということで、学年は違うものの面識があったようである。
「クリスマスに何度かやっただけだよ。やはりここは最年長の逸見さんで」
と若葉。
「僕は雇われアーティストだから、やはり社長夫人のももさんで」
と逸見さん。
ということで「委員長」はお互い譲り合って定まらない雰囲気だった。
しかしそういう訳で、ここの銀座店はアマチュアのクラシック、セミクラシックのユニットにとっての「登竜門」っぽい雰囲気になってきたのであった。またアーティストが増えたので、夕方は17時から21時までの4時間、5組のユニットが連続演奏する方式になった(演奏40分+入れ替え10分)。特に週末は16時からの演奏と結果的に一体化して実質6組5時間連続になる。FM番組が取り上げてくれたりしたこともあり、この時間帯は特に金土日は満員に近い客が入った。
「ねね、増床しようか?」
「えー?でも固定費が」
などという会話を永井と和実はした。ここは元々1,2階をセットで借りているのだが、2階はこの時点では女子更衣室がある他は事実上倉庫になっていた。(元の居酒屋では1階が店舗で2階は事務室だった)そこに置かれているコーヒー豆や食器の予備などは、別にこんな家賃の高い所に置いておかなくてもよい。演奏の音はそもそもPAを通しているので2階席にも1階と同じスピーカー配置をすれば2階でも結構な臨場感のある鑑賞をすることが可能である。
また客たちの中に、このメイド喫茶が東北支援の活動をしていたことを知っていた人も多く、募金も多く寄せられた。この募金は現在は現地で支援活動や自助活動をしている団体に分割して提供している。
和実の友人たちもよく銀座店には来てくれた。
小さい頃からの友人で、同じ大学に通っている梓はしばしば大学の授業が終わった後、神田経由で有楽町まで出てきてコーヒー2〜3杯で4〜5時間粘ってゼミの準備などをしていた。彼女は西武新宿線沿線に住んでいるので帰りは高田馬場経由である。
「クロスロード」で知り合った歌手・作曲家の冬子も時々こちらに寄ってくれた。彼女の場合はどちらかというと、小学校からの友人である若葉がチーフを務めている神田店の方に来ることが多いようだが、こちらにも来て特に平日の夕方、生演奏連続4時間を鑑賞しながら作曲!や編曲をしたりしていた。
「音楽聴きながら、全然違う曲が書けるの?」
「ああ。問題無い。テレビ見ながらラジオも聴けるようなものよ」
「いや。それ普通できません」
冬子は一度、予定していたユニットが首都高の渋滞に巻き込まれて間に合わないなどという時に、ノーギャラでいいからと言ってピンチヒッターでピアノ演奏を披露してくれた。「私は代役の天才って言われてるのよ」などと彼女は言っていた。冬子の素性を知らない客が
「あの人うまいね〜。技術的には古城さんほどじゃないけど、その代わり凄くポップな雰囲気でノリがいい。プロになれるよ。バンドとか組んだら売れそう」
などと言っていて、和実は笑いをこらえるのに苦労した。
また高校の時の同級生で、梓は常連だが、奈津・由紀・照葉といった面々も時々やってきては、来たら長時間滞在した。和実は休憩時間にはメイド服を脱いで、彼女たちの席に座り自分もコーヒーやホットケーキを注文して一緒におしゃべりを楽しんでいた。
12月22日には、永井と麻衣の結婚式が都内の神社で、披露宴が都内のホテルで行われた。その日はエヴォン全店を臨時休業にして、ベテランのメイドや、既に退職していても過去に麻衣と仲の良かったメイドなどが披露宴に出席した。特に和実・若葉・悠子の3人は結婚式にも参列した。
三三九度では、麻衣があまりアルコールを飲めないので、その分永井が沢山飲んでいたようだが、結構な量のお酒なので、最後の大杯の酒を飲み干した後一瞬足がもつれて麻衣に支えられたりしていた。和実はそもそも永井がお酒を飲んでいる所を見たことが無かったが、麻衣の話でも自分でお酒を買って飲むことはないみたいということだったので、元々飲まない人なのだろう。
披露宴には盛岡ショコラの店長・神田、京都マベルの店長・高畑も来ていて、神田が友人代表で祝辞を述べ、高畑が乾杯の音頭を取っていた。ケーキ入刀の代わりに、花嫁がその場でIHヒーターとフライパンを使ってオムレツを作りそのオムレツに入刀するなどということをした。
二次会まで出席して少し高揚した気分で帰宅すると、珍しくもう淳が帰っていた。
「お疲れ様〜。何か最近会えないね」と和実。
「そうなんだよね! 同じ家に暮らしているのに!」と淳。
淳は今システムの作り込みで超多忙状態なので、家には時々着替えを取りに帰ってくるくらいで、ずっと会社に詰めているのに等しい状態である。
「今夜もこれからまた仕事?」
「うん。22時くらいまでには戻らなくちゃ。少し仮眠してから戻ろうかと思ってた。あ、社長さんの結婚式どうだった?」
「うん。素敵だったよ。お金掛けずに手間掛けたって感じで。花嫁さんも衣替えは1度だけにして、みんなのスピーチや余興をちゃんと聴いておけるようにしてたし」
「そうそう。主役の花嫁さんがずっと不在って披露宴は多いよね」と淳。
「せっかく遠くから来てくれた友だちとかもいるのに、あれは残念だよね」
と和実。
「新婚旅行はどうするの?」
「国内を車で回るらしいよ」
「へー。ハワイとかじゃないんだ?」
「うん。日本国内にたくさんいい所あるからって。北関東から南東北方面を回るみたいだけど。実際のコースは出たとこ勝負だって」
「ああ、いいね、そういうの」
「取り敢えず、今夜は都内のホテルで過ごして、明日の朝出発らしい」
「今夜は初夜か・・・」
「そそ。初夜が車中泊というのも何だし」
「それは花嫁さんが不満だと思うよ」と淳。
「私たちも今夜、初夜する?」と和実は言ってみた。
「え?・・・・・」
「今日**病院で検査してもらってね。もうセックスしても大丈夫だって。ただし当面は1日1回だけ」
「えっと・・・セックスって・・・・」
「淳のを私のヴァギナに入れていいよ。初使用」
淳がごくりと唾を飲み込む音がした。
「私たちだいたいいつもレスビアンだけど、最初会った頃に、淳のを私の疑似Vに入れて男女型セックスしたよね。私もうタックできないから疑似Vも無くなっちゃったけど、本物Vができたから」
「えっと。。。私の立つかなあ」
と淳はしばらくやってなかったので不安なようである。
「私が立たせてあげる」
と言って和実は淳のスカートの中に手を入れショーツを下げる。そして淳のバッグの中から勝手に接着剤の剥がし液を取り、タックを留めている接着剤を剥がした。
飛び出してきた淳の男の印を和実は口に咥えた。
「待って。お布団に行こう」
「少しくらい遅刻してもいいよね?」
「あ、うん・・・」
ふたりはキスして寝室に移動した。
淳の男性能力がかなり落ちている上に、ここのところずっと仕事ばかりで疲れも溜まっていたこともあり、和実がフェラしても淳のは、なかなか立たなかった。
「全然立たないね。立たないならもう切っちゃおうよ」
「凄く切りたい!」
「何なら私が包丁で切ってあげようか? ヴァギナ作れなくなるけど」
「う・・・切られたい気分」
淳はどうもおちんちんを切られる所を想像すると少し興奮するようであった。そこで和実は「早く女の子になろうよ」とか「手術の予約しよう」とかさんざん淳をそそるような言葉を掛ける。更にはハサミを持って来て根元に当てて「切っちゃうぞ」などと言った。それで次第に淳も興奮度が増していった。更にはハサミに力を入れて根元の部分の皮膚を少し切るとそれでやっと、淳のは硬くなった。
和実がハサミを離し「入れて」と言うと、淳は和実の上になって、そっと入れてきた。
「なんかこれ・・・・女の子に入れたのと同じ感触」
「だって私、女の子になっちゃったんだもん。こういう身体は嫌?」
「ううん。羨ましい。こういうこと、私がおちんちん取っちゃうまでしかしてあげられないけど」
「いいよ。でも今夜は淳が男の子役をして」
「うん」
淳が身体を動かしてピストン運動をする。和実は目を瞑ってそれを受け入れながら、淳の背中を撫でていた。
射精能力も弱くなっているようで、なかなか逝けないようだった。それで和実はまた「これ本当は淳が入れられてるんだよ」とか「年明けに松井先生の所に行って手術しちゃわない?」とか「おちんちんきれいに取って私みたいにスッキリしたお股になろうね」とか「タマだけでも年内に取っちゃおうか」とか「このセックス終わったら、おちんちん切ってあげようか」とか淳を刺激する言葉をささやく。更には「淳、本当はもうおちんちん無いんだよ」とか「淳も割れ目ちゃんが可愛いね」とか「あとでクリちゃん揉み揉みしてあげるね」などと淳が性転換済みであるかのような言葉を掛けたりしていたら、やっと淳は逝くことができた。
淳が逝った瞬間、和実は「ああ、これで私たちやっとひとつになれた」という気持ちになった。
淳はそのまま眠ってしまった。和実はそっと身体を外すと、あの付近をティッシュで拭いてあげて、それから根元の皮膚を切った所はアルコールで消毒してあげた。その上できれいにタックして女の子の股間の形にして接着剤で留めてしまう。そして自分も少し寝た。
21時頃目を覚ます。
「淳、起きて」
と言って起こそうとするがなかな起きない。やはりかなり疲れが溜まっているのだろう。しかし淳は22時までに戻らなければと言っていた。
「あ・な・た、お・き・て」
と言って普通の女性のように発達した淳の乳房を揉みながら、指にコンちゃんを付けてあそこに入れてGスポットを刺激する。
「あ・・・」
それで淳はやっと目を覚ました。
「今逝かせてあげるから待ってて」
と言って、和実は淳の乳房とGスポットを刺激し続ける。
「待って。。。逝っちゃったらまた寝てしまう」
とかろうじて回復した意識の中で淳が言うので、和実は刺激を中断した。
「着替えてて。車持ってくるから」
「うん」
和実が駐車場から淳のプリウスを出してマンションの入口の所まで持ってくると、もう淳はスカートスーツを着て着替えなどの入ったバッグを持ち、降りてきていた。そのまま淳が助手席に乗り込み、和実は車をスタートさせる。
「寝てて。疲れてるでしょ」
「そうする」
と言って淳はまた寝てしまう。和実は信号で止まった時にそっと淳にキスした。
淳を会社まで送り届けてから和実は帰り際、ふと高速のランプを見て思った。
去年の今頃はまだこのくらいの時刻から東北へ支援物資を運ぶ行程に出てたな。あれは体力的にはきつかったけど、何か充実したものがあった・・・・
そう思うと、何だか高速に乗りたくなってしまい、次のランプで和実は右ウィンカーを出してランプを上った。
ETCレーンを通過し、合流車線で加速して本線に合流する。どこに行くというあても無かったのだが、気がつくと川口JCTから東北道に乗っていた。
あれ〜。私東北道なんかに乗って、どこに行くつもり? などと思うものの、何十回と走ったルートを身体が覚えている。
夜間にひとりで運転しているので途中1時間おきにトイレ休憩しながら運転して、午前2時頃、石巻河南ICを降りた。私、こんな時刻にここに来て何するつもり??
こんな夜中、コンビニなど以外には開いている店なども無い。和実は仕方無いので、車を姉のアパートの所まで持っていった。姉の携帯を鳴らす。
「和実?こんな夜中にどうしたの?」
「今、アパートの玄関の前にいるから開けて」
「へ?」
姉がドアを開けてくれると
「ごめーん。ちょっと寝せて」
と言って和実はそのまま畳の上で眠ってしまった。
姉が毛布と布団を掛けてくれていたようだった。和実は5時頃目を覚ますと
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
と胡桃に呼び掛ける。
「あ、お早う。どうしたの?」
「うーんと。帰るね」
「あ、じゃ気をつけて」
こんな時、別に無理に何かを聞こうとしない姉の性格は好きだ。
胡桃がおにぎりを作ってくれて、ペットボトルに暖かいお茶も入れてくれたので礼を言い、手を振って和実は車に戻った。もう天文薄明が始まっている。和実はその薄暗い中車を進め、高速のICの方に向かおうとしたが、ふと思い直して市内某所に行ってみた。
そこはとある小学校だった。ここの体育館が避難所になっていて震災後数日、和実はここで多くの被災者と一緒に不安な時間を過ごしたのだった。ちょっと感傷的な気分になってしまったが、やがて和実は頭を振り、ついでにコンビニでコーヒーでも買おうかと思い、国道に出て少し車を進める。右手にファミマがあったので中に車を駐め、トイレを借りて身体をリセットしてからブラックの缶コーヒーとクーリッシュを買う。こんな冬にアイスも何だが、クーリッシュは頭を最高に明瞭にしてくれるのだ。寒いけど。そしてクーリッシュの良さは手を汚さないので運転しながら食べるのに最高に便利だし、途中で止めても融けたアイスが座席などを汚さないことである。
それで車に戻って出発しようと思った時、コンビニの前を反射たすきを付けた50歳くらいの女性が早朝の散歩でもしている感じで歩いているのを見た。和実はその女性に呼び掛けた。
「佐藤さん!」
「あ、月山さん!」
「お散歩ですか?」
「ええ。健康のために最近毎朝歩いてるんです。月山さんはまたボランティア?」
「いえ。個人的な用事で来ただけで、今から帰る所です」
外で立ち話するには寒いので、コンビニにいったん入っておでんを買い、一緒に摘まみながらプリウスの車内で少しお話しした。
「その節は本当にお世話になりました」
「いえいえ。こういうのはお互い様ですし」
「でも月山さんも被災者だったんでしょ? 本当に頑張っておられたんですね?」
「あれはですね・・・何か神様に仕組まれたって感じで」
「へー」
「私にとっても姉にとっても必要なことだったんですよ」
ここで姉というのは淳のことで、佐藤さんはふたりを姉妹だと思っている。
「そうだ。娘の日記が見つかったんですよ」
「へー!」
と言いながら、和実は佐藤さんがその子のことを「娘」と呼べるようになったんだなというのを思っていた。法的には佐藤さんの次男になるユキさんは短大の卒業式を目前にして震災に遭い命を落とした。彼女は成人式と卒業式に着るため貯金をはたいて振袖を作っていたのに、成人式には風邪を引いて出られず卒業式にも出る前に逝ってしまった。そのユキさんの心残りを解消してあげるため、和実はユキさんの振袖を自分が着て成人式に出てあげたのだった。
そしてユキさんは短大在学中に日記を書いていた。その前半、1年生の時の日記はがれきの中にあったのを発見され、お母さんに渡され、和実も読ませてもらったのだが、2年生の時の日記が未発見だった。
「実は、あの子が2年生の時に付き合っていた男の人がいて」
「ああ」
「その男の人が持っていたんですよ。結局あの子の形見になってしまったので大事にとっていたらしいのですが、これはお母さんに渡すべきじゃないかと思ってと言って持って来てくれたんです。でも私の所在がなかなか分からなかったみたいで、その人が接触した市の職員さんから照会があって、私も是非会いたいということで、やっと会えたのがちょうど先週の日曜日のことなんです」
「そうだったんですか・・・」
「読んでたら、何かすごく幸せそうで。その彼氏にもとても大事にされてたみたいで」
「良かったですね。ユキさんって、ほんとに友だちとかに恵まれてたんですね」
「ええ。それで、私も何だかあの子のことを『娘』と呼べるようになりました」
「ええ、そう呼んであげてください」
「それでですね」
「はい」
「そのユキの彼氏なんですが、結婚歴があって、前の奥さんと死別しているのですが、その奥さんとの間にできた子供がいて」
「はい」
「その子がユキになついていて、ユキも『パパと結婚して君のママになってあげるね』と言っていたらしいんです」
「ああ」
「先週はその子を連れてうちに来てくれて」
「へー」
「私その子が何だか可愛くて、つい、私の孫と思ってもいいかしらと言ったら、彼氏さんも『いいですよ』というので、その言葉に甘えさせてもらって、今後もお付き合いさせてもらうことにしました」
「ユキさんの忘れ形見みたいなものですね」
「そうなの!」
と言う佐藤さんは何だか嬉しそうな顔をしていた。
「私、ユキには子供ができないものと諦めてたから、よけい嬉しくて」
更にその『孫』のことを楽しそうに語る佐藤さんに和実は心が温まる思いだった。
佐藤さんを今住んでおられるアパートまで送って行き、それから和実は楽しい気分で高速のICを駆け上った。カーラジオが6時の時報を告げる。東京到着は10時になるだろう。あはは。お店に遅刻しちゃうな。途中でサブの秋菜にメールしとかなくちゃ。空がかなり明るくなってきている。そろそろ夜明けという感じだ。和実は何となく東北の夜明けも近くなってきている気がした。
24日の月曜日は遅番だったので、昼間友人たちとクリスマスイブということで新宿でお茶会をした。そこに向かう途中、梓が電車で痴漢に遭い、それを和実が撃退したのであった。
その日集まったのは、和実・梓・若葉、照葉・奈津・由紀、美優・晴江・則香といったメンツである。照葉・奈津・由紀は和実・梓と高校の同級生、美優・晴江は和実と大学の同級生、そして則香は梓・若葉と大学の同級生である。
「この中で彼氏とのデートで早めに帰る人は?」
と照葉が言うが誰も手を挙げない。
「和実は淳さんとデートしないの?」
「仕事で全然帰ってこないんだもん。最近月に1〜2回しか顔を合わせないよ」
「え?でも同じ家に住んでるんでしょ?」
「そう。だけど、お互いが家に帰る時間が交差しない」
「なんつーすれ違い生活」
「東北支援のボランティアしてた時は週に1度は一緒に東北まで往復してたからあの頃が懐かしい気分」
「離婚の危機だったりして?」
「まだ結婚してないよ〜。それにメールは毎日20〜30通交換してるし」
「それだけ交換してたら充分だな」
みんな大学3年生なので、就職のことなども話題になる。
「みなさんの卒業後の進路は?」
「修士まで行く」と和実・梓・若葉。
「私も修士まで行きたかったけど、親が渋ってるから多分就職」と美優。「私は長野に戻って学校の先生になるつもり。狭き門だけどね」と晴江。「私はコンピュータ関係を狙ってる」と則香。
「私も学校の先生狙い。愛媛に戻るかも」と東京理科大の由紀。
「私も学校の先生は狙ってるけど、今バイトで塾の講師してるんで、そのまま塾の先生になってしまうかも」と東京外大の照葉。
「私は法科大学院に行く」と一橋大法学部の奈津。
「じゃ一般企業狙いは美優と則香?」
「今凄く厳しいよね」
「もうここ15年くらいその厳しい状態が続いてるって感じ」
「学校の先生とかも厳しいんだよなあ。子供の数が減ってるから」
「何とかして今の日本の閉塞感を打破しないとヤバいよね」
「ねえ。和実、取り敢えず大学出た後は修士2年やるとして、その後はどうするの?」
と照葉が少し心配したように訊く。
「実は何も考えてない」
「考えてないというのはヤバすぎる」
「一般企業ではかなり難しいだろうなというのは覚悟してる。ふつうの子でもなかなか採用厳しいけど、性別変更している子を採用してくれる所はそうそう無いと思う」
と言いながら、和実は石巻のユキがバイト先を探すのに何十件も断られたと日記に書いていたのを思い起こしていた。
「まあ、そうだろうね」
「何か特殊な技術を持っていれば強みになるだろうけどね」
「例えばどんな?」
「宇宙CQCが出来るとか」
「うーん。それでCIAかMI6にでも就職する?」
「でも手術の跡はもう痛まないの?」
「ああ。全然平気」
「へー。割と早く回復するもんなんだね」
「照葉も性転換手術しちゃえばいいよ」
「そうだなあ。私もチンコ切っちゃおうかな」
「照葉、チンコあったんだっけ?」
「高校時代に伊藤から、お前チンコ付いてるだろ?って言われたよ」
「ああ。分かった。伊藤を騙して性転換手術の手術台に乗せちゃえばいいんだよ」
「女湯に入れるようにしてあげるとか言ったら騙されるかも」
「あいつはしぶといから、女になっても厚かましいおばちゃんになると見た」
和実はこれは伊藤は今頃くしゃみしてるなと思った。
「あ、戸籍上の性別はもう変更したんだよね?」
「したよ。クレカも MR から MS になった」
と言って、VISAカードを見せる。
「おお!」
と声が上がる。
「健康保険証もこの通り」
と言って性別・女と印刷された国民健康保険証を見せる。
「おおお!」
と何だかみんな嬉しそうな声を挙げていた。
「でも健康保険証が女になってれば病院に行ったら女として扱われる訳だよね」
「そうそう」
「体質的に問題とか起きないのかな。投薬なんかの問題で」
と由紀が心配そうに訊く。
「ああ、それはきっと大丈夫。和実って元々女性体質だもん」
と梓が言うと、何だかみんな納得したような顔をした。
みんなと別れて梓・若葉と3人だけで伊勢丹に行き、クリスマスプレゼントを買った。
「ん?でもみんなそれ誰にあげるの?」
「ああ。私は冬にあげる」と若葉。
「へー! 若葉と冬子さんってどういう関係なの? 小学校・中学校の時の同級生とは聞いたけど」
「まあ、このメンツだから言うけど、ちょっとだけ片想いしてた」
「ふーん」
「冬と一緒の時に、婚約者でーす、なんて言っちゃったこともあるよ」
「へー!」
「まあ、方便で言っただけだけどね。それに私の冬に対する気持ちってのは女の子の恋人への片想いって感じなのよね」
「なるほど、やはりそうなのか!」
「冬のこと、男の子だと思ったことは一度も無いよ」
「ああ」
「でもさあ。冬をずっと見て来た私にも、和実って、女装男子ってのは嘘で元々女の子なんじゃないかって思えて。最初の頃かなり疑ってたよ」
「ああ、和実は完璧すぎるんだな」と梓。
「ふふふ」
「梓はそれ誰にあげるの?」
「えへへ。秘密」
「今日会うの?」
「もちろん。クリスマスイブだもん。夕方18時に待ち合わせ」
「え−?さっきはシングルベルだって言ってた癖に」
「あはは、あれは公式見解。和実がよく使うやつ」
「ああ、和実も冬も公式見解が多い」と若葉。
「もう」
「私ね、今日ヴァージン捨てちゃうかも」と梓。
「頑張れ頑張れ。避妊具持ってる?持ってなかったらあげるよ」と和実。
「うん、大丈夫。持ってるよ。ありがとう」
「もししたくなくなったら彼氏に女性ホルモン飲ませるといいよ。あげようか?」
と若葉。
「いらん、いらん」
「若葉って色々危ないもの持ってるからなあ」と和実も笑いながら言う。
「いいクリスマスになるといいね」
「うん」
若葉と和実で梓を励まして別れる。
若葉は中央線で神田へ、梓は山手線で池袋へ、和実は丸の内線で銀座へ。そして和実が丸の内線ホームで電車を待っていた時。
!!
和実はお尻を触られる感覚で驚き、振り向いてお尻を触った男の手をがっしり掴んだ。
「何するのよ!? って岩田さん!」
「ごめん、ごめん。手が滑った」
それはエヴォンの常連客、岩田だった。
「痴漢として警察に突き出しますよ」
「あはは。勘弁勘弁」
「岩田さん、痴漢の常習犯じゃないでしょうね?」
岩田はしばしば店内でもメイドの肩などに触りたがるので、何度か『これ以上触ったら出入り禁止』などと、和実からも若葉からも言われたことがある。
「まさかぁ。僕は紳士だよ」
「紳士はいきなり女の子のお尻に触ったりしません」
「まあ硬いこと言わないで。あ、そうだ。これはるかちゃんにプレゼント」
と言って、何か小さな包みを渡そうとする。
「お客様からそういうの頂いてはいけないことになってますから」
と和実は言うが
「ここは店外だからいいじゃん。実はさ、和実ちゃんの手術が無事終わったお祝いをあげたいと思ってたんだよ。でもなかなか渡せる機会が無くて」
和実はちょっとだけ心が緩んだ。包みの角がすれている。けっこう長期間岩田の鞄の中にあったのかも知れない。
「じゃ、今回だけは特別で。ありがたく頂きます」
「うんうん」
「開けていいですか?」
「うん」
和実が包みを開けると、小さな古風なランプだった。
「それね、集光式なの。傘が太陽電池になってて、昼間明るいところに置いておけばエネルギーを溜めて暗くなると発光するんだよ。とってもエコ」
「へー!」
「点灯してから裏のボタンで設定している時間経つと自動的に消灯するけど、触るとまた点灯する。時間は30分から3時間まで調整できる」
「無駄に消費しないようにできてるんですね」
「はるかちゃんさ。よく東北に新生の灯りを点さなきゃって言ってるじゃん」
「はい」
「そのランプで少しだけでも明るくできないかなと思ってね」
和実は改めて岩田に礼を言い、そのランプを両手の掌に載せて微笑んだ。
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【新生・触】(2)