【トワイライト】(1)

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「あれ?お姉さん、男の人?」
まだ少女といってもいいくらいの彼女の声に、淳平はドキっとした。

※本作品はフィクションです。中で記述している様々な「わざ」や「テク」は架空のものです。作品内の特定の内容についてあまり本気にしないで下さい。「タック」をなさりたい方は、それが医学的に危険なものであることを認識の上で自己責任で実行してください。また、これはあくまで「お話」ですので、現実の男女別施設の利用については社会的良識を守って利用なさることをお願いします。

 
半日前。
淳平は長きにわたる「デスマーチ」気味のプロジェクトを終え、会社から5日間の休みをもらった。土日も入れて9連休である。ふだんはこんなに長い休みをとらせてはもらえないのだが、今回のプロジェクトは本当にきつい仕事だったので、会社もねぎらいの意味をこめて、休みを出してくれた。
 
「で、どこ行くの?」
「青森に親戚がいるので、それを訪ねがてら、東北の観光をしてきます」
「へー」
「車で、常磐道を北上して、水戸の偕楽園とか、仙台の先の金華山とか見て、帰りは東北道を一気に南下して帰ってこようという計画です」
「ああ、車で往復するんだ。プリウスだったよね?」
「ええ。どのくらいの燃費出してくれるか楽しみです」
 
淳平は昨年の春までは年代物のカローラに乗っていたのだが、ちょうど13年たっていたので、エコカー減税を利用してプリウスに買い換えたのであった。ところが、買い換えた直後から仕事がデスマーチに突入してしまい、折角の新車をなかなか使う機会がなかった。都内に住む兄が「使ってないなら貸してくれ」というので、頻繁に貸していて、自分ではあまり乗っていなかったのであった。だから今回は思う存分最強エコカーの実力を試してみようと思っていた。
 
しかし淳平はこの計画をしょっばなからくじかれることとなった。
「車が・・・・・」
 
自宅に帰り、とりあえず旅行に備えて、買い出しに行ってこようと駐車場まで行くと、自分のプリウスが無くて、代りに兄が仕事で使っている商用バンが駐まっていたのである。淳平は兄に電話を掛けた。
「プリウス持ち出した?」
「ああ、すまんすまん。急に博多まで行く用事ができてな。借りた」
「博多!?僕も今夜から東北に行くつもりだったのに」
「え?そうだったの。すまん。俺のトヨエース使ってくれ」「えー!?」
「荷物はたくさん詰めるぞ。荷室で寝てもいいし。そうだ。東北行くなら、笹かまぼこ、おみやげによろしくな、じゃ」
兄は電話を切ってしまった。
 
淳平は首を振って気を取り直すと、スペアキーを出してトヨエースのエンジンを始動させ、買い出しに出かけた。自分はとことんプリウスに縁が無いのか?
 
カップ麺、インスタント味噌汁、御飯のパック、紅茶、砂糖、ココア、カロリーメイト、単三乾電池の20本入りを3パック、カセットコンロを6本。ホッカイロ、冬の東北はかなり寒いはずだ。暖かいものが欲しい。どうせ大きな車だからというので米10kgにペットボトルの水も1箱買った。
 
そして、お出かけ用の服。ちょっとドキドキ。
 
レディスのカットソー、セーター、冬なので少し長めのスカート、厚手のタイツ数足、防寒用にショール、シーズン終わり近くなのは承知でピンクのダウンコートも買った。下着もブラとショーツのセットを5セット。化粧品も、ファンデーションとマニキュアが残り少なくなっていたので買い求めた。
 
淳平は女装趣味を持っていた。そしてこの旅行の間は完全に女装で通そうという魂胆でいた。この買い出しにも性別曖昧な服装で出てきていた。
 
いったん荷物を車に置いてから、マクドナルドに入り、パソコンで無線LAN接続して、Mapfanの地図を眺めながら、計画を再検討する。まずは今夜は常磐道の谷田部東PAで車中泊し、明日の朝水戸に入って偕楽園を見ようというところまで確認した。
 
取りあえずの行程が確定したので、鏡を取り出して自分の顔を確認する。眉は細くしてきた。ヒゲはちゃんと処理した。髪もこの旅行のために、忙しくて切りに行けない振りをして少し伸ばしている。OK。店内の女子トイレに入る。ピンク色の内装に囲まれて用を達していると、ホッとする気分になった。自分が本来の自分に戻れた気分になれる時間だ。ここ半年ほど、この時間を持つことができなかった。「よし。私は女の子」と淳平は笑顔を作り小さな声で自分に言った。いや、今からは「淳平」ではなくて「淳」だ。
 
自宅に戻り、紙の地図、一週間分くらいの着替え、布団と毛布・枕、そしてパソコンにカセットコンロ、鍋、包丁、まな板などを載せて出発だ。確かにこの車、荷物は積めるな、と淳は思った。荷室にはブルーシートを敷き、その片隅に保温用のアルミシートを敷いた上に布団を敷いておいた。
 
近くのICから外環道に乗り、三郷JCTから常磐道に入る。トヨエースも少しうるさいものの悪い車ではないなと思った。MTなので自由にパワーをコントロールできるのがいい。プリウスはCVTなので、どうしても全て
車まかせになってしまう。疲れがたまっていたのか、あくびが出たので安全策を採り、予定のPAよりひとつ前のSAで駐めて、荷室の布団で寝た。
 
翌朝、明るくなってからヒゲや体毛の処理をして、軽くメイクをする。女の子になっている時間って、このお化粧が楽しい。お化粧をしてなくても「パス」している(女に見られている)のは確認済みなのだが、お化粧をしていると「女の歓び」を感じることができるので淳はお化粧が好きだ。
 
SAのベーカリーコーナーでパンを買い、休憩所でサービスのお茶を飲みながら食べた。車内で食べてもいいのだが、車外で食べられる時はできるだけ食べるようにしておかないと、体がなまってしまうのである。
 
朝食後少し休憩してから出発。水戸ICで降りて偕楽園に向かった。
ここは今回が3度目になるが、とてもいい場所だ。のんびりと園内を散策する。まだ午前中なので観光客もまばらである。好文亭からの眺めを楽しみ少し休んでから車に戻った。
 
高速を降りてしまったので6号線をしばらく北上することにし、那珂川をわたって、6号線に合流したあと、少し走っていた時、淳は道路脇で
「仙台方面」と書いた段ボールを持って立っている若い女性を見かけた。速度をゆるめ、その子のそばに停めた。17-18歳くらいだろうか
「ヒッチハイクですか?」
「ええ。途中まででもいいので、方向が合ってたら乗せてもらえませんか?」
「いいですよ。私は仙台の先まで行くので、仙台近くの都合のいい所まで乗せてってあげますよ」
「わー、嬉しい。助かります。お邪魔しまーす」
淳がドアを開けると、彼女は嬉しそうに乗り込んできた。リュックひとつの軽装だ。自分は山ほど荷物を持っているのにと思うとちょっと心の中で苦笑した。しかしなぜこの子を乗せてあげる気になったのか、淳は自分でもよく分からなかった。ほんとうは女装がばれないようにするにはエネルギーが必要なので、旅の連れはあまり歓迎しないのであったが。
 
「何かの配送のお仕事ですか?」
「いや、個人的な旅行なんですよ」「え?」
「プリウスで出るつもりが兄貴に持ってかれちゃって。仕方ないので兄貴の仕事用の車で出てきました」と淳は苦笑しながら答えた。
「へー。あ、私、東京の大学生で、帰省するのにあまりお金がなかったものでヒッチハイクを試みてみたんです。でも、なかなか乗せてくれる人いなくて」
「あはは。みんな面倒な事には関わり合いになりたがらないからね。
でも、女の子のヒッチハイクは実際問題として危険だよ。変な人だと、変なことしようとする奴もいるから」
「ええ、それはちょっと考えたんですが、日本人の優しさに賭けてみようかなと。とりあえず今まで乗せてくれた人はみんないい人でした」
「それは、よかったね」
「あれ?」
 
「ん?どうしたの?」
「もしかして・・・・お姉さん、男の人?」
淳はドキッとした。うそ。リードされた(女装がばれた)?
声だって、ちゃんと女声で話しているのに。
「あ、やはりそうですよね」
「よく分かったわね」淳は女声のままで苦笑いしながら答えた。
「すごく女っぽいから、ふつうの人は気付かないと思う。喉仏の隠し方も巧いし。でも私も男の子だから。同類には勘が働くんです」と彼女はにこやかに言った。何?男の子?嘘、この子が?
 
「私、女装でメイド喫茶に勤めてるんです。女装子専門の店じゃなくて、ふつうのメイド喫茶で、他のメイドさんはみんな女子ですけど。一応仲間内にはバラしてますけど、お客さんにはまずバレません」
「それだけ可愛かったら男の子と思う人はいないよ。本当に男の子なの?」
「触っていいですよ」といって彼女は淳の左手を取ると自分の股間に当てた。「わ、わかった」といって淳は手を引っ込めた。確かに付いてる。
 
「私も触っていいですか?」「え?えっと、まあいいけど」
彼女は「触りま〜す」と高いトーンで言うと、淳の股間に触ってきた。
「あ、やはり付いてる。正解〜。でもガードル付けてるんですね」
「いや、スカート穿いてる時に突然たつと困るから」
「私はその手の事故の経験が無いんですよね〜。女の子の服を着ている時はずっと静かにしてくれているから。男性機能がそもそも弱いのかも」
「ホルモン飲んでるの?」
「飲んでません。性転換するつもりは無いので。女装するのは仕事の時と、今日みたいに趣味でこういう格好をする時だけで。あ、この格好で大学に行く時もあるけど」
「あ。そうか。本職は大学生か」
「ええ。メイド喫茶は学費稼ぎのためです。拘束時間の割りに実入りがいいから。理系なんでとても助かってます」
「ふーん。理系女子か。私も趣味の女装。ふだんは背広着て会社に行ってる」
「へー。でも雰囲気は完全に女性ですよね」
「ありがとう。でも君にはかなわないよ」
 
「そうだ。私は淳。本名は淳平だけどね」
「私、和実です。本名のままで女としても通ります」
「ああ、そういう名前はいいね。私は検問とかで警官に免許証見せたりすると一瞬変な顔されたりするから」
「免許証は性別欄が無いのがいいですよね。私は女装で写ってますよ」と言って、和実はウェストポーチから免許証を取り出した。淳は運転しながらチラっとそちらを見た。可愛い感じで写真も写っている。
「私は女装で免許更新に行く勇気が無いなあ。あ、仙台実家なの?」
「実家は盛岡なんです。でも仙台というかその近くの石巻という所に姉が住んでいて。姉には女装趣味はカムアウトしてるけど親にはカムしてないもので。姉の所で男の子の格好になってから一緒に盛岡に行こうかと思ってます」
「そのあたりも大変だよね。私は親にも友人にもカムアウトしてないよ」
 
ふたりは「同類」であったことが分かったことで、急速に打ち解け、女装にまつわる苦労話やお化粧やファッションの話、そしてホルモンや性転換関係の情報交換で話が盛り上がった。ふたりとも手術を受けたり、ホルモンを飲んだりする意志は無い、とは言ったものの興味が無いわけではないので、お互いの持っている情報の交換は貴重だった。東京でまた会いたいですねなどという話にもなり、SAで休んでいる間に携帯の番号とメールアドレスを交換した。またふたりともmixiのアカウントを持っていたので、マイミクになっておいた。 仙台に着いたのは夕方であった。
「このあたりの道路のつながり方は複雑だね」「ええ、初めて来られた方は仙台なんとか道路という名前がたくさんあって混乱するみたいです」「うん。どうもよく分からない」
「常磐道と三陸道を縦につなぐのが、仙台東部道路で、南部道路と北部道路は東側の高速と東北道を連結しています。南部道路は東部道路と東北道の連絡、北部道路は三陸道と東北道の連絡ですね」「うーん。あとで地図をゆっくり見ておこう」
 
淳が明日金華山に行くというと、和実も行きたいといったので、ふたりは翌朝再度落ち合うことにした。石巻市内の降ろしやすい所でというので、ちょうど信号に引っかかった所で和実は降りていった。淳は近くのPAに移動して車中泊した。
 
翌朝、石巻駅前で落ち合い、牡鹿半島の先、金華山を目指した。半島の付け根までの国道398号は良かったのだが、半島に入ると牡鹿半島の先まで行く県道2号は、曲がりくねり方がハンパではなかった。「いや・・・これは・・・凄い道だね」「少しずつ道路改良はしているみたいですけど、それでも凄いです」
「でもここを通るしかないからなあ」「女川からの船もありますが便数が少ないですから。やはり鮎川まで行ったほうがいいんです」
 
昨日はジーンズにスニーカーであったが、和実は今日は白いフレアースカートにパンプスを履いている。髪も昨日は適当にまとめただけだったのがきれいにセットしている。姉が美容師でしてもらったのだと言っていた。しかし・・・と淳は思った。和実はもの凄く可愛い。本当の女の子であったら恋人にしたいくらいだと。視線を感じたのか和実が訊く「どうかしました?」
 
「いや、和実ちゃんがあまりに可愛いもので、思わず欲情しそうになった」
「あはは。一応、私恋愛対象は女性ですよ。Hの経験は無いですけど。あれ?淳さんが女の人なら対象になるのかな・・・・うーん、分からなくなった」
「私も恋愛対象は女性だけどね・・・和実ちゃん女の子にしか見えないもん。あんなの付いてるのが間違いじゃないかと思っちゃう」
「MTFの人って、物心ついた頃から女性志向があったという人多いですけど、私はあまり女の子になりたいと思ったことなかったんですよね。高校時代にそれと知らずにバイトに行ったら、メイドさんだったという人で」
「へー、それでハマっちゃったのか」
「そうなんです。だから最初は凄く恥ずかしかったです。でも女の子の格好をしてると、男の子の格好の時とは世界がまるで違うんですよね。すっかり女装が癖になっちゃいました」
 
「じゃ、大学出たら男として生きていくの?」
「うーん。私も女として生きるつもりとか全く無いんですが。。。。。いや、なかったつもりなんですが、でも少し自分でも分からなくなっている感じもあります。例えば今、患者の取り違えとかで性転換手術されちゃったりしたら、それはそれで女として生きていける気はするんですよね」
「むしろ手術されたいとか」
「ええ。そんな妄想とかよくします。でも就職活動始めるまでには自分が女なのか男なのか決めないといけないし。とりあえずは今のメイド喫茶のお給料があれば生活は可能ですが、20代のうちしかできない仕事ですからね」
 
「確かに40歳のメイドさんはちょっと別の需要になっちゃうな。そもそもメイドはブームのものだし。でも自分の性別については、たくさん悩むといいと思うよ。君の年代というのは自分の自己同一性を確立していく時期だから」
「はい」
「就職については手術を終えて戸籍も変更していたとしても、女として就職するのは物凄く大変。それでなくても不況で仕事がないから特殊な人間は最初に弾かれてしまう。だけど困難だからといって諦めろとは私は言わないよ。ただ、とりあえず男として就職して、ある程度実績ができた所で性転換する手はあるね」
「ええ。私もいろいろな道を考えてみています」
 
やがて車は鮎川に着き、ふたりは車を港の駐車場に駐め、小型の船に乗って金華山に渡った。神社までの坂道を登っていく。淳は日頃の運動不足がたたり、どうしても遅れがちになるのを和実は待ってくれていた。これが19歳と29歳の差か?
 
拝殿でお参りをしてから、境内をのんびりと見て回る。入口の所に凄まじく急な石段のあるお社があった。和実はひょいひょいと石段を登っていく。パンプスなのに、よくこの石段を登れるものだと感心しながら、淳は下で待っていた。和実がお参りするのにあわせて、こちらもお辞儀をした。
 
金華山からの帰り、淳が松島を見たことがないというと、せっかくだから見ていきましょうと和実がいうので、石巻を通り越して松島海岸から遊覧船に乗り、また瑞巌寺にも寄った。そのあと淳は和実をまた石巻駅前まで送ってから別れた。和実は結局、姉のところで一週間ほど過ごしてから、来週の月曜日に美容室の休みの日に姉の車に乗せてもらい、盛岡に行くということであった。卒業式のシーズンというので明日の月曜日は美容室が臨時に営業するらしい。
 
「じゃ、私が東京に戻るのとちょうど入れ違いになるね」
「どこかですれ違うかも知れないですね」
ふたりはまた東京での再会を約束して別れた。別れ際に和実は淳の頬にキスをしてくれた。淳はしばらくその感触の余韻を楽しんだ。
 
和実と別れたあと、淳は三陸道を北上し、桃生津山ICで降りて国道45号に移り、そのまま三陸海岸を北上した。こちらは週末までに青森市内に着けばいいので、のんびりと風景写真を撮ったりしながらの北上である。日曜日は矢本PA、月曜日は宮古の道の駅、火曜日は久慈の道の駅に泊まった。
 
3月9日、今日は下北半島のほうに行こうかと思い、野辺地に出て、はまなすラインを北上しはじめて間もない頃だった。そろそろどこかでお昼を調達しなければ。。。。と思った時、突然突き上げられるような感覚があった。「!?」
なんだなんだ? 最初道路落下物でも踏んだかと思ったが、それとは違う感じだ。ハンドルが取られる!? 地震か!
 
淳はエンジンブレーキを使ってゆっくりと速度を落とし、道路の脇に停めた。停まってみるとかなりのゆれを感じたが、すぐに収まった。ふっと息をつく。東北は地震が多いからなあ。今のは震度3か?4行ったか?震源地はどこだろう。週末会う予定になっていた青森の叔母に電話する。集中するから無理かな?と思ったが、つながった!
「こんにちは。淳平です。地震大丈夫ですか?」
「ああ、淳ちゃん。こちらは大丈夫。あんたは今どこ?」
「野辺地の近くです。下北半島の方に行こうと思っていたところで」
「よかった。今頃仙台あたりだと大変かと思った」
「震源は仙台方面ですか?」
「うん。向こうは震度5揺れたみたい」
「ちょっと仙台の友人に連絡取ってみます」
 
淳は叔母に断って電話を切ると和実の携帯に電話を掛けた。つながらない。着信制限が掛かっている。震度5くらいなら大丈夫とは思うが。。。。数度掛け直す。つながった!
ちょっと喉に手を置いて声の出し方の回路を女声に切り替える。
「こんにちは。淳です。地震大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。色々物が落ちてきたけど無事です」
「良かった」
「このくらいの地震は今まで何度も経験しているので平気」
「そう?」
「でも片付けが大変そうです。見るからに」
「うん。それはまあゆっくりやればいいと思うよ」
「はい、ありがとうございました。淳さんは大丈夫でした?」
「こちらは青森県まで来ていたんで大丈夫」
ふたりは無事を確認しあって、電話を切った。
 
淳は再度青森の叔母と連絡をとったところ、あまり被害はたいしたことが無かったようであったので、予定を変えないことにして、その日は薬研温泉まで行って、民宿に泊まった。この旅ではじめての宿である。地震の影響が心配だったが普通に営業していた。最初、奥薬研温泉の一軒宿に泊まるつもりでいたのだが、廃業してしまったらしい。
 
10日の日は1日かけて下北半島をぐるっと一周した。尻屋崎は風が強かった。プリーツスカートを穿いていたのだが、風でスカートがめくれて大変だった。陸奥横浜の道の駅で車中泊したあと、11日金曜日、青森に向かった。9日の地震に関しては、和実が自分のmixiの日記に、家の中やお姉さんの美容室の写真などをアップしていて、大変そうではあるものの、元気そうなので安心していた。
 
お昼頃、青森市郊外のショッピングモールに車を駐め、食料や水の補給をした。あとは土曜日1日叔母と一緒にお墓参りや親戚巡りなどをして、日曜日に東京に帰るだけではあるが、9日の地震があったせいもあり、何となくしっかりストックしておこうという気になっていた。水、カセットボンベ、単三電池、レトルト食品やカップ麺、ついでにお米も10kg買っておいた。実は東京で出発前に買った米の袋も開けていないのだが。「腐るもんでもないしね。しかしこれ数ヶ月暮らせたりして」と苦笑いする。
 
夕方叔母と会うので、それまで本でも読みながら過ごそうと思い、書店で文庫本を買って、カフェでコーヒーを飲みながら読んでいたが1冊目を読んでしまった。そこで更にもう1冊買ってきて、近所のマクドナルドに移動して読むことにした。移動途中でガソリンスタンドを見たので、満タンに給油した。マンハッタンバーガーのセットを食べながら本を読んでいたら何か音がしたような気がした。ふと見回すも何も無い。何時かな?と思ってふと携帯の画面を見る。14:46だった。約束の時刻まであと3時間ほど。少し仮眠しておこうかな・・・などと思った時だった。
 
凄い揺れが店舗を襲った。
 
これはやばい! 淳はすぐにテーブルの下に潜った。テーブルの上のコーヒーが飛んでいった。ひぇー。店内で「きゃー」という悲鳴が聞こえる。何かが飛んできて、窓ガラスが1枚割れた。震度5あるなと思った。たぶん震源は近いと思ったが、その時微妙な違和感があった。一昨日の宮城の地震でこちらの地震が誘発されたのだろうか、とその時は思った。
 
やがて揺れが収まる。淳はテーブルの下から出て立ち上がった。スタッフがひとり店内に出てきて「お客様、ご無事ですか?」と声を掛けている。割れた窓ガラスで軽い怪我をしている女性がいた。「お客様、とりあえず応急処置をしましょう。こちらへ。消毒薬があります」といって、厨房に連れて行った。
 
淳は床に落ちていた携帯を拾うと無駄だとは思ったが、まず叔母の所に掛けてみた。つながらない。まずはこの地震の状況を知らねば。淳は店を出て車に戻った。幸い、車には被害は出ていなかった。カーラジオをつける。地震情報が流れていた。
 
震源は宮城県!?嘘!
 
宮城県が震源で、青森がこれだけ揺れるか?と思ってからさっき感じた違和感に思い至った。そうだった。縦揺れと横揺れの間に時間があった。縦揺れが来てそれが収まったかと思った頃に横揺れが始まった。宮城が震源なら300kmほど離れているから時間差は1分半くらいか?うん。確かにそのくらい時間差があった。
 
しかし300km離れた青森でこれだけ揺れるということは宮城はどれだけ揺れたんだ!?
 
和実に電話をする。つながらない。何度も掛け直したが無駄だった。
淳はとりあえず「無事ですか?」というメールを送った。
 
その直後、叔母から電話が掛かってきた。「大丈夫ですか?」「そちらは?」
とりあえず叔母はすぐに帰宅するということだったので、淳もそちらに向かうことにした。荷室の中で手早く男物の服に着替え、叔母の家に向かう。距離はほんの4-5kmなのに、渋滞がひどくて1時間ほど掛かった。玄関前に車を駐めて降りたところで、叔母の車も戻って来た。
 
ふたりはとりあえず中に入りテレビを付けようとしたが付かない。停電している。水は少し出たが赤い。たぶん断水している感じだ。固定電話も使えないようだ。
 
叔母は小型のポータブルテレビを出して来た。お風呂に入りながらテレビを見るのに使っているらしい。「とにかく情報、情報」
 
スイッチを入れてふたりの目に飛び込んできたのは、巨大な津波の映像だった。
「何?これ・・・・」
淳平も叔母も絶句した。
 
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