【ドキドキ新入社員】(1)

目次


 
淳平は愛媛県小松町新屋敷(旧・新屋敷村/現・西条市)の生まれで、地元の公立高校を卒業後、東京工業大学の物理学科に入り、4年間主として宇宙物理学の勉強をした。東京の大学に出てきたのは、やはり都会に憧れていたこともあったし、5つ年上の兄・恭介がやはり東京の大学(私立)に入り、卒業後も東京で就職していたからであった。
 
淳平は恭介と同じアパートで暮らしていたが、兄は淳平の“趣味”に許容的であり、しばしばそれを煽っていた。
 
「パーティーのペアチケット、もらっちゃったんだよ。俺、彼女なんて居ないし、お前、女の子になって同伴してよ」
 
それで兄がドレス(イオンで9800円だった)を買ってくれて、それを着て、お化粧して、ハイヒール(これは持っていた)を履いてパーティーに行ったこともある。
 
淳平はふだんは女装であまり知人には会わないようにしているので、結構恥ずかしかったのだが、兄と一緒だったので、何とかドキドキ感を抑えることができたし、淳平が《男とバレないか》と思ってうつむき加減にしているのが、今時珍しい、おしとやかな女の子と思われた感もあって、パーティーの席上で
 
「え?月山、そんな妹さんがいたの?紹介してよ」
などと何人もから言われた。兄が
 
「ごめーん。こいつ彼氏がいるんだよ」
と言って断っていたが
 
「これだけ可愛ければ、ボーイフレンドくらい居るだろうなあ」
などと言って残念がっていた。
 

淳平は、一応大学には男装で行っていたので、淳平がしばしば女装でも出歩いていることはクラスメイトたちには知られていなかった。
 
淳平は成績はクラスでも1〜2位を争うほどだったので、最初の頃はよく試験前に「ノートをコピーさせて」と言われていた。
 
ところが淳平のノートを見た友人たちが一様に言う。
 
「読めん」
 
淳平の問題点は物凄い悪筆であることで、それに加えて素早くノートを取るために「自己流略字」を多用している。
 
それで他の人にはほとんど読めないのである。
 
「この『大』の右側が伸びて『P』が書いてあるのは?」
「それは『題目』の『題』だよ」
「なぜそうなる?」
「その字の繞(にょう)が複雑だから『大』に略す。その上に乗ってるのは『ページ』という字だから略して『P』」
 
淳平の解説を聞いて、何とかノートの解読を試みた者もあったが、大抵1ページも行かない内に挫折した。
 

淳平は修士課程にも進学し、高校の理科の先生の資格(専修)を取ってから、地元に戻り教職に就くつもりだった。それで大学4年の秋には修士過程の入試を受け合格した。理学部は卒論も無いので、淳平はゼミ活動ばかりやっていた。
 
ところが卒業を目前にした大学4年の1月。母から電話がある。
 
「父ちゃんがリストラにあった」
「え〜〜!?」
 
話を聞いてみると、父が勤めていた会社は、年々営業成績が落ちていて、残業代の支払い停止、更に給料のカットまで行われていたが、とうとう指名解雇に踏み切ったらしい。それで定年間近の父は解雇されてしまったということだった。
 
「職安にも行ってみたんだけど、父ちゃん、ずっと金属加工一筋だったし、何の資格も持ってないでしょ? それであの年齢だから、相当厳しいみたい」
 
「持ってる免許って、運転免許の他は、危険物取り扱いとか熔接とか、わりと特殊なものばかりで、潰しが効かないのよね。それにあの人、ぶっきらぼうでしょ?客商売には向かないし」
 
「お父ちゃんがレストランなんかに勤めたら、客がみんな怒って帰っちゃうよね」
 
それで結局、学資の送金ができなくなるということだった。母は明確に言わなかったが、むしろこちらから一時的にでも、実家に少し仕送りできないかという雰囲気である。実は自宅のローンがまだ5年くらい残っていて、退職金だけでは精算しきれないらしい。それで退職金をローンの繰上げ一部返済に使うべきか、生活費にリザーブしておくべきか迷っていると言っていた。当面母が何とかパートを探すという話である。
 
この時期、実は一緒に暮らしている兄の恭介も勤めていた会社が倒産し、流通関係の会社に再就職したばかりだった。給料も以前の会社に比べると下がっているので、とても実家を支えることはできない。
 

淳平は悩んだ末に、大学院への進学を諦めることにした。兄は、奨学金を受ければ何とかなるよ、実家の家はローンを払いきれないなら売却してもいいと思うと言ったのだが、大学院の奨学金は額が大きい。本当に返せるのか、淳平は自信が無かった。バイトしながらというのも考えたのだが、バイトで時間を取られてしまうと、ゼミの準備が間に合わない気がした。
 
「あのさ、わりと短時間で効率良く稼げるバイトあるけど」
と兄は言った。
「何か危険なバイトじゃないよね?」
「オカマバーに勤めてみない?お前、可愛いから、凄い人気になって、学費くらい簡単に稼げるよ」
 
「え〜〜〜!?」
 
確かにちょっとゲイボーイなんて、やってみたいような気は以前からしていたのだが、ちょっと怖い世界のような気がして、気が進まなかった。それに男の人とセックスとかすることになったら、どうしよう?などとも悩んだ。
 
淳平は女性志向はあっても恋愛対象は女性なので、男性とのHなことはあまり想像したくなかった。
 

それで結局、大学の教官には謝り、大学院への進学をキャンセルして、学部だけで卒業することにした。教員免許は「専修」ではなく「一種」になるが取得できる。しかしこの時期には教員採用試験はとっくに終わっている。大学の就職関係の教官に尋ねてみたのだが、今からの時期の就職は厳しいので、むしろ職安に行った方がよいと言われた。
 
それで淳平は職安に行ってみた。
 
「実家の経済状態が悪化して急に修士課程への進学を取りやめて就職することにしたんです」
 
「それは大変でしたね」
と言って、職安の人は理系の学生が就職できそうな会社を探してくれた。
 
「この時期からすぐにとなると、大きな会社は無いけどいいかなあ」
「中小企業でいいですよ」
 
「洋服屋さんの店頭販売員とかあるけど、どう?」
「ああ、私あまりファッションセンス無いし、あまり口もうまくないし」
 
「これはどうかな。CADオペレータなんだけど。CADって分かる?」
「分かりますが、私、絵心が無いから、向かないかも」
 
「これは?リフレクソロジスト」
「なんでしたっけ?」
「足とか手のツボを刺激して、体調の悪いのを改善するとか。マッサージみたいなものかな」
「それ資格が要るのでは?」
「最初は助手で入って、技術を学びながら資格を取ればいいみたいだよ」
「私、あまり腕力無いので」
 
「ああ、確かにあんた細いもんなあ」
 

淳平は係の人と話しながら、何かいやに女性向きの仕事を紹介されるような気がするなあと思った。あまり男性向きの求人って無いんだろうか?
 
「あんた東工大?だったら、プログラムは書ける?」
「一応C, C++, Javaなら書けます」
「だったら、ここ行ってみる?」
 
と言って紹介してくれたのが、足立区のBMシステムという会社である。
 
「プログラマーなら、何とかなるかな」
「ここ多分残業多いと思うけど」
「それは平気です。ゼミの準備とかで徹夜は慣れているし」
 
それで係の人が連絡すると、取り敢えず来てみてと言われた。
 
「あ、私今日面接になるとは思ってなくて、こんな格好なんですけど」
と淳平は言う。
 
古着屋で買った200円の時代錯誤的なポロシャツに穴の開いたジーンズである。
 
「多分大丈夫と思うけど」
と言いながら、係の人はその件を伝えたが、向こうは勤務する時にそれなりの服装をしていればいいので、今日は別に気にしませんよということであった。
 

それで淳平はコンビニで履歴書の用紙を買うと、それを手書きで記入して、スピード写真で写真を撮って貼り付け、足立区のBMシステムを訪問した。
 
ノックをして中に入る。受付のテーブルがあるが誰も居ない。
 
「こんにちは」
と奥に向かって声を掛けたのだが、誰も出てこない。数回声を出したが反応が無い。それで淳平は、勝手に中まで入ったら悪いかなとは思ったものの、磨り硝子の間仕切りの向こう側に入って
 
「済みません」
と声を掛けた。
 
すると、中で3人の女性に指示を出していたふうの30代くらいの男性が
 
「はい。どなたでしょう?」
と返事をする。
 
「失礼します。受付の所で声をお掛けしたのですが、どなたも出て来られなかったので。私、さきほど職安から紹介して頂いた、月山と申しますが」
 
「ああ、東工大を出たとかいう人?」
「3月に卒業する予定なのですが」
 
「あんた、PHP分かる?」
「ネット上で動いているPHPで書かれたSNSのプログラムを修正したことならあります」
 
「だったら、ちょっとこの仕事手伝って。月曜日までに納品しないといけないのに、ホストマシンが壊れてしまって、ソースが取り出せないんだよ。それで全社員総動員でリストから入力しなおしていて。あんたパンチ速度は?」
 
「だいたい秒7-8文字です」
「速いじゃん!取り敢えずこのソース頼む。あ、君名前は何だったっけ?」
 
「月山です」
と言って、淳平は履歴書を差し出した。
 
「OK。じゃtsukiyamaでidを発行するから」
「はい」
 

それで淳平は、面接も受けないまま、システムの復旧作業に投入されてしまったのである。淳平に指示を出したのは専務さんで、熊田さんという人だった。社長の猿田さんという人と2人で作った会社なので、BearとMonkeyでBMシステムらしい。猿田社長にも後で会ったがどちらも30歳前後で若い会社のようである。主として猿田社長が経営面、熊田専務が実務面を担当しているが、ふたりは同等の権限を持っていると聞いた。
 
淳平はパンチ速度も速く、しかも正確に入力することができたし、内容を理解できるので、疑問を感じた所はリーダー格っぽい24-25歳くらいの佐伯さんという女性に尋ねて確認して入力した。それで結果的に元のプログラムにあったバグまで直しながら入力することになった。
 
結局その日も、翌日の土曜日、その次の日曜日も短い仮眠をしながらみんな作業を続ける。食事もその猿田社長がたくさんお弁当やパン、カップ麺などを買ってきてくれて食べつつ作業する。
 
そして日曜日の夜遅く、何とか全ての入力が終わり、システムのテストを始める。こういう状態で入力しただけに、みんな気合いが入っていたせいか、間違いは意外に少ない。
 
月曜日の朝1番にメーカーの人が来て、ホストマシンからハードディスクを取り出し、持ち出した。工場に持っていき、データのサルベージをしてもらうことにする。
 
社内では、午前10時頃になって、これで完成だろうという所まで到達したが、念のためシステムのセットアップを夕方に延期させてもらい、その日はずっとコンピュータによる自動テストを掛けた。
 
膨大な量のテストデータが自動生成され、それがシステムに掛けられる。結果を自動で照合する。
 
しかし修正を要するような問題には全く当たらなかった。
 
幾つか「好みの問題」あるいは「宗教的問題」ともいえるものがあり、それを専務と佐伯さんが話し合って、方針を決め、多少の修正をする。そして夕方までには充分リリースしてよい状態になったので、佐伯さんがシステムを持って客先に向かうことにする。
 

「みんなお疲れ様。青木君と高山君、平原君の3人は何かあった時のために待機してくれる?他の人はこれで解散」
と専務は疲れ切った中にも満足げな表情で言った。
 
淳平はおそるおそる訊いた。
 
「あのぉ、私の面接は?」
 
「あ、そうだったね!」
と言ってから、佐伯さんに訊く。
 
「この子、どう思う?」
「凄い戦力になりました。頼もしかったです」
と佐伯さんが言う。
 
「では、月山君は採用ということで」
「はい、ありがとうございます!」
 
「じゃ明日から勤務でいいかな?」
「はい!ただ、3月19日が卒業式なので、その日だけは休ませて下さい」
「3月19日・金曜日ね。OKOK」
 
それで淳平はこの会社に入ることになったのであった。
 

淳平は通勤の服装についても尋ねたが、仕事中は制服(青系統の、ファスナー式上衣とズボン)を着るので、通勤はどんな服でもいいと言われた。
 
「みんな、好きな格好で通勤してきてるよ。スカートなんて穿いてくる子は少ないし。営業部隊はさすがに男女ともスーツだけどね。中津係長とか佐伯主任とかは客先を訪問すること多いから、訪問の時だけスーツを着るけど、社内ではやはり制服だもんね」
 
と竹田さんという女性が言う。彼女は
 
「月山さんの制服も渡すね。ちょっとおいで」
と言って、淳平を更衣室のような所に連れ込む。
 
「このロッカーが空いてるから、月山さん用にするよ。後で名札を貼っておくから」
「ありがとうございます」
 
「ここにタイムカードもあるから出退勤の時に押してね。月山さんのカードも明日までには作っておくから」
「よろしくお願いします」
 
「あんた割と背が高いよね。Lかなあ」
などと言いながらロッカーの上に乗っている段ボール箱をおろす。
 
「これ、ちょっと着てみて」
と言って、制服の上下を渡される。
 
ところが彼女は「着てみて」と言ったまま、こちらを見てる。
 
ちょっと・・・女性が見ている前で着換えるのは・・・
 
と思って、淳平がためらっていると
 
「あ、見られるの恥ずかしい?じゃ後ろ向くね」
と言って、後ろを向いてくれた。
 
それで淳平は着ているポロシャツとズボンを脱ぎ、制服の上衣とズボンを穿いた。
 
「問題無いみたいです」
と淳平が言うと、竹田さんはこちらを振り返り、淳平のウェストやお尻!?に触って
 
「うん。問題ないみたいね。じゃ、その制服使って」
と言った。
 
淳平はいきなり女性からお尻に触られたのでドキッとしたものの、
 
「ありがとうございます」
と言った。
 
脱ぐ時も彼女は向こうを見ていてくれたので、それで元の服に着替えた。
 

淳平は社会人になったら、スーツとか買わないといけないかなあとは思ったものの、通勤は普段着でいいよと言われていたのでだったらそれでもいいかと思い、結局ポロシャツとジーンズ(さすがに穴の空いたのは避けた)で翌日会社に行った。そして昨日入った更衣室に入ると、自分の名前のロッカーがあったので、私物のバッグはそこに置き、制服に着替えて私服もそのロッカーに入れた。
 
その日は早めに出社したので、来ていたのは女性3人だけだった。
 
「おはようございます」
 
「おはよう。今日から入る子だっけ?」
「はい」
「じゃ、お茶を入れるの手伝って」
「はい」
 
それで給湯室に行き、ヤカンでお湯を沸かす。その間に茶碗を用意する。
「これどれが誰のとかあるんですか?」
と淳平は尋ねた。
 
「無い無い。どれが誰に行ってもいい」
「だったら良かった」
「これだけ様々な種類の湯飲みがあって、使用者が決まっていても覚えきれないよね」
と光岡さんという18-19歳に見える女性が言っている。
 
(でも実は21歳だった!)
 
「いや、私が前勤めていた会社はそれだったのよ。覚えるの大変だった。間違うと『こんなのも覚えられないのか?』って叱られるしさ」
「だったら名前書いておいてほしいね」
「全く全く」
 

それで淳平を含む社員5人で手分けしてお茶を配った。淳平以外の4人は女性である。この会社では早く来た人がお茶配りをしていると言っていた。ローテーションを決めてもいいのだが、しばしば徹夜作業が入り、ダウンしている子がいるので、元気な人がやるというルールにしているらしい。
 
「結果的には特定の人が毎日やる感じもあるんだけどね」
と光岡さんが言うが
「私、お茶入れるの好きだから問題無い」
と中川さんは言っていた。彼女は事務の人なので、遅くまで残業することはめったにないという。それでもこの週末の作業にはフル動員されていた。
 
その中川さんからは「通勤手当を計算するから」と言われて、住所と通勤経路を書いて提出した。
 
やがて9時になり朝礼が行われる。専務が
「今日から入ることになった、つきやまじゅんこさん」
と紹介された。じゅんこ??なぜ淳平の字をそう読む?とは思ったものの、あまり細かいことにこだわる性格でもないので、気にしないことにした。
 
朝礼が終わった後、専務から呼ばれる。
 
「君、Javaもできる?」
「はい。JavaとAWT, Swing 勉強しました」
 
「だったら、マイヤー社のプロジェクトに入ってもらおうかな。立石君!」
 
専務に呼ばれて27-28歳くらいの感じの男性がやってくる。
 
「この子、そちらのプロジェクトで使ってくれない?」
「いいですよ。こちらは今詳細設計が進行中なので、わりと易しいプログラムも発生するから、まずはそのあたりからやってもらいましょう」
 
「うん、よろしく」
「よろしくお願いします」
 
それで淳平は取り敢えずその立石さんが担当しているマイヤー社というアパレル関係の会社のシステムの開発プロジェクトに参加することになった。
 

淳平は最初に渡された報告書を作成するプログラムは半日で完成させ、立石さんが
 
「ごめん。次のプログラムは少し待って。マシンとか言語とかのマニュアルとかを読んでてくれる?」
と言って慌てているようであった。
 
その後、少し難しいデータ更新のプログラムを渡されるがこれも1日で書き上げる。
 
「君、かなりプログラム能力あるね」
と言われて、どんどん難しいプログラムを渡されていった。
 
「これだけプログラム書けるなら、君仕様書も書ける?」
と言われ、プログラムの内容を説明した上で、他の人に渡す仕様書を書くよう言われた。ところが
 
「読めん」
と言われる。
 
「すみません。私、悪筆で」
「それが君の欠点か!」
「すみませーん」
 
「いや、いいよ。だったら君は仕様書はワープロで書いて。Kingsoft Writer使える?」
「はい、自分のパソコンにも入れています。英語のフリー版ですが」
「うん。実はうちもその英語のフリー版を使っている」
 
ということで、淳平は仕様書はワープロで書いてプログラマーに渡すようにしたものの、タイプが速いので、けっこう高速に仕様書を書き上げることができ、
「君は仕様書を書くのに貴重な戦力になるな」
などと言われた。
 

BMシステムは社長と専務が
「安い所を探した」
と言うだけあって、足立区内でもかなり不便な場所にある。淳平も初期の頃はいちばん近い駅から歩いていたのだが、実は駅から歩いて30分掛かる!それで車やバイクで通勤している人も多いようだ。
 
200平米の土地に2階建てのオフィスが建てられているが、駐車場もたっぷりあるので、結構車での通勤を推奨しているようである。実は車で通ってきていると、緊急事態が発生した場合に、顧客の所に急行するのにも便利というのもあるようである。
 
自社ビル(「ビル」と呼ぶのは若干の抵抗がある)なので、色々気楽な面もあるが、メンテなども自分たちでしなければならないのは大変っぽい。社長がしばしば作業服を着て、ケーブル類の張り直しをしたり、外壁のペンキ塗りなどをしているのを目にすることになる。室内の掃除も、もっぱら社長がしていた!
 
給湯室はかなり広く、シンクやIHも本格的で、マナ板・鍋なども多数置いてあるがこれは徹夜作業になった時に夜食を作るためだと言っていた。実際冷蔵庫の中にある食材は、夜勤の時は自由に使ってよいと言われた。
 
トイレは「男女分けると結果的に個室が不足する」という理由で男女共用になっている。小便器が4つと個室が6つあるが、淳平は基本的に個室を使っていた。
 
それは。。。支給されている制服のズボンに前開きが無いからである。
 
正確には一見あるように見えるが、ただの飾りであって開いていない。
 
前開きが無いズボンでも上端を下げれば小便器を使って立っておしっこすることはできる。実際、専務や立石さんなどは小便器を使っているようである。
 
しかし淳平は元々女性志向があるので座ってする方が好きだ。それで前開きが無いんだから仕方ないよね〜、などと半分言い訳のように自分に言いながら、個室を使用していた。
 
もっとも女性社員の中には「トイレは男女分けて欲しい」という意見が多いようではあった。
 

淳平はだいたい毎朝8:10くらいには会社に来ていた。これは実は兄と一緒に住んでいるアパートから「絶対に遅刻しないように」電車とバスを乗り継ぐとこの時間に着いてしまうからというのもあった。
 
たまに朝1番になることもあるので、玄関を開けるカードキーも1枚渡されているが、だいたい竹田さん・中川さんの後の3番目になることが多かった。日によっては、光岡さんも淳平より早いこともあった。
 
それで・・・・
 
淳平は取り敢えず4月中は、朝、更衣室で他の社員とかち合うことが1度も無かった。帰りはだいたい遅くなるので、帰りもだいたい更衣室を1人で使っていた。
 

仕事はどうしても残業が多かったし、4月中に4回も徹夜作業があった。しかし帰られる時は早く帰ろうということで、18時であがる日もある。そんな時によく光岡さんや佐伯主任などから誘われて、女子社員数人と一緒にお茶など飲みに行った。
 
淳平たちが帰る時も、男子社員の多くが残っているので、自分は残っていなくていいのかな?とも思ったが、先輩から誘われているのだからいいのだろうと考える。
 
淳平はわりとお酒に強いのだが、飲むこと自体はそう好きでもない。それでお茶を飲んでお菓子をつまみながら、色々おしゃべりする方が楽しかった。光岡さんたちとのおしゃべりは、いわゆるガールズトークっぽい雰囲気があったが、淳平は昔から女性の友人が多かっただけに、ガールズトークは得意で、かなり楽しむことができた。
 

4月下旬。
 
淳平が午前中高卒の若いプログラマからデバッグの相談を受けていた時、専務に電話がある。どうもメーカーの人のようである。
 
「ああ。分かりました。いいですよ。何人必要ですか?3名ですね。じゃ行かせます」
 
それで電話を切ってから専務が部屋の中を見回している。
 
「光岡君、原口君、それと河原君は?」
「河原さんは今日はお休みです」
「あ、そうだった。だったら・・・・月山君」
「はい」
 
名前を呼ばれたので淳平は
 
「このあたりにデバッグ行を入れてみて、値の変化を確認してみたらどうだろう?」
とアドバイスしてから、専務の机の所に行った。
 
「メーカーのオフィスフェアで、キャンペーンのコンパニオンが足りないらしいんだよ。3人くらい応援に来て欲しいということなので、行ってきてもらえる?」
 
「どこですか?」
と光岡が訊く。この中では彼女がいちばん先輩格である。この会社に入ってから2年ちょっとだ。原口さんは入って半年くらいらしい。
 
「池袋の**ホテル。光岡君の車で行ってきてくれる?駐車場代は掛からないようにしてくれるらしい。トーメスの安浦さんが受付の所にいるから声掛けてということ」
 
「分かりました」
と光岡さん。
 
トーメスというのは、メーカー系のソフトウェア会社で、BMシステムに多数仕事を回してくれている会社らしい。光岡さんと専務との会話の雰囲気から安浦さんというのは、わりとこの会社の人にはおなじみの人のようである。
 

「着替える必要あります?」
「制服のまま行って。向こうでキャンペーン用のユニフォームを渡されるはず」
「分かりました」
 
それで3人で光岡さんの車に乗り、池袋の会場になっているホテルまで行った。ホテルの駐車場に入れ、駐車券を取る。駐車料金は30分2000円などという恐ろしい金額が掲示されているが、これはホテルの受付で無料化の処理ができるのだという。ホテルと無関係の人の駐車を防ぐためにこのような高額の料金掲示になっているらしい。
 
3人で会場の受付の所に行く。光岡さんが
 
「こんにちは、安浦さん」
と30歳くらいの男性に声を掛ける。
 
「ああ、光岡さん、こんにちは。じゃ2人はこのフロアのWindows2003フェアに、1人は上の階のLAMPフェアに行ってもらえますか?」
と安浦さんは言う。
 
「じゃ、月山さん、LAMPの方に行って」
「分かりました」
「片桐さんに声を掛けて下さい」
「はい」
 

それで淳平は2人と別れてエスカレーターで上の階に昇り、そちらで行われていたLAMPフェアの受付の所で、片桐という名札を付けている26-27歳くらいの女性に声を掛ける。
 
「こんにちは。BMシステムから、応援にと言われて来たのですが」
「あぁ、助かった!そしたらそちらのスタッフ控室でこの服に着替えてきて、4番ブースに入ってくれる?基本的には通りがかったお客さんにパンフレットを渡せばいいから。あなたサイズはLかな?」
「LかMと思うのですが」
「じゃLの方が無難かもね」
と言って、紙袋とネームプレートを2枚渡される。1枚は着替えた衣装に付けて1枚は着替えを入れた紙袋に付けるということであった。
 
それで淳平は片桐さんが指した方向にあった、スタッフ控室と書かれた紙が貼られている部屋を見て「失礼します」と声を掛けてドアを開ける。中には誰も居ない。それで中に入り、会社の制服を脱いで渡された衣装を着た。
 
が若干戸惑う。
 
なんでショートパンツなの〜?
 
リゾートウェアなら分かるが、ビジネスシーンでショートパンツというのは失礼にならないのだろうか?と思うが、渡された衣装なんだから、それでいいのだろうと思い直す。名札2枚にできるだけ丁寧な字で月山と名前を書き、1枚は衣装の胸に付け、1枚は着替えを入れた紙袋に付けた。そして控室を出て受付の所に行く。片桐さんからパンフレットの束をもらい4番ブースに行った。
 
しかしこういうコンパニオンの仕事って、女性だけかと思ったのに、最近は男も使うんだなあ、などと思う。やはり男女共同参画社会になってきているのだろうとも思う。そもそもIT関係は男女の差があまり無い社会という気もする。女性のSEは昔からたくさん活躍している。
 

淳平はできるだけ笑顔で立っていて、通りかかる客に
「どうぞ」
と言って、パンフレットを渡した。
 
淳平が立っているブースは近年のネットサーバーの基本構成とされているLAMP(Linux + Apache + MySQL + PHP/Perl)を使用して自由度の高いネットワークシステムを構築する例で、主としてPCや携帯電話などから注文を受けるシステムのパッケージ説明がなされている。
 
通りかかる客から質問されることがある。淳平はその質問に分かる範囲で答えていた。向こうはコンパニオンはあまり内容は知らないだろうけどと思いつつも質問した雰囲気もあったが、淳平がけっこう専門的な受け答えをするので、感心していたようであった。
 

2時間ほど作業していたら、光岡さんがやってくる。
 
「お疲れ様〜」
「お疲れ様〜」
と声を掛け合う。
 
「下は終わっちゃったのよ」
「あ、そうなんですか?」
「下は17:30まで、こちらは18:00までになっていたみたいね」
 
それでその後は2人でそのブースのパンフレット配りをした。原口さんはもう直帰にしたらしい。
 
それで18時すぎにこちらの会場も終わりになる。片桐さんが来て
「お疲れ様でした〜。助かりました」
と言って、ねぎらってくれた。
 
「こちら、月山さんの着替えかな?」
と言って紙袋を持っている。
 
「はい、そうです」
「じゃこれお渡ししておきますね。控室はもう閉鎖してしまったので、申し訳ないですが、会社に戻ってから着替えてください。衣装は後で誰か回収に行かせますから」
 
「分かりました」
 

それでホテルを出たが、光岡さんに訊かれる。
 
「月山さん、おうちはどこだったっけ?」
「大田区のほうなんですが」
「だったら、会社に帰ってからまた帰宅って大変だね。このまま帰宅していいよ」
「そうですか?」
「その衣装は明日会社に持って来て」
「分かりました」
 
それで淳平はその日はフェアのコンパニオンの衣装のまま自宅アパート戻り、翌日その衣装は会社に持っていったのである。
 

後に淳平はこの会社ではほとんど休日というものが消滅していくのだが、最初の年は結構休むこともできた。
 
4月29日みどりの日(*1)、淳平が疲れが溜まっているのを少しでも解消しようと寝ていたら、兄から起こされる。
 
「春風アルトの突発女子限定ライブがあるんだよ。申し込んだら当たったからさ、付き合ってよ」
 
「女子限定なら、女の子だけじゃないの?」
「それが女子とペアの男子は入場できるんだよ」
「へー!」
 
それで淳平はライブに行くのならこれかな?と思い、以前パーティーに行くのに兄に買ってもらった白いロリータのワンピースにカーディガンを羽織る。髪をよくといてから、カチューシャも付ける。そしてしっかりメイクをしてから、パンプスを履き、兄と一緒に出かけた。
 
(*1)みどりの日が5月4日に移動したのは2007年から。
 

昨年デビューした春風アルトは、そのほのぼのとした雰囲気から女性ファンも多い。それで実際に来ている人を見るとほとんど女子で、たまに淳平たちのような男女ペアもいる。
 
入場の所で当選番号を提示し、それで一緒に入場した。
 
それでロビーで兄がグッズを買っている間、淳平は半ばボーッとしてロビーに貼られているポスターなどを眺めていたのだが、
 
「淳ちゃん」
という声が掛かる。
 
見ると光岡さんである。
 
きゃー!女装している所なんて見られちゃった、と恥ずかしい気分になって真っ赤になる。
 
「私、こんな格好で」
「ああ。これロリータだよね?」
「メアリーマグダレンなんです。以前パーティーに行くのに兄に買ってもらってそれを着てきちゃった」
「淳ちゃん、目鼻立ちがハッキリしてるから、こういうの似合うよ。恥ずかしがることないのに」
と光岡さんは褒めていた。
 
「あのぉ、もしよかったら、ここで会ったこと内緒に」
「別に隠すこともないと思うけど、いいよ。内緒で」
と言って彼女は笑っていた。
 
兄がグッズをたくさん買っている間、淳平はずっと光岡さんとおしゃべりをしていた。
 

ゴールデンウィーク明け。
 
淳平はお使いを頼まれた。
 
「この書類をリコーの田代さん所に持って行って欲しいんだよ」
「リコーの田代さんですね」
「うん。連絡しておくから」
 
それで専務は電話を掛けていた。
 
「あ、どうもぉ、BMシステムの熊田です。例の書類まとめたんで、今からうちの女の子に持たせますから。はい、よろしくお願いします」
 
女の子に持たせる?ボク男なのに?と淳平は思ったものの、あまり細かいことは気にしないことにした。多分、お使いは女子社員にさせることが多いから、うっかり女の子とか言っちゃったのかな?
 

それで淳平は会社のPASMOを持ち、中央区にあるリコー系のソフト会社まで出かけて行った。
 
受付でBMシステムの者で田代さんにと言う。それで呼び出してくれた。田代さんというのは、32-33歳の女性であった。
 
受付近くの近未来的?な応接室で話す。
 
「こちらの書類をお持ちするように言われました」
「ご苦労様。うん。よく書いてあるみたいね。ありがとうと言っておいて」
「かしこまりました」
 
「でもBMシステムさんの女子制服ってズボンなんだよね、いいなあ」
などと田代さんは言っている。
 
なぜ自分を見ながら女子制服なんて言うんだろう?と淳平は疑問を感じる。確かにうちの女子社員たちはみんなズボンだけど。
 
「リコーさんの女子制服は可愛いと思いますけど」
と淳平は言った。
 
「そうそう。それで結構女子大生には人気あるんだけど、スカートの制服って事務職とかならいいかも知れないけど、SEやるにはかったるくて」
 
「ああ、体力使う仕事ですもんね〜」
「そうそう。だから深夜にはスカートの下にジャージのズボン穿いてる」
「女子高生みたいですね」
「うん!高校時代もそれよくやってた。月山さんもしてた?」
と言って田代さんは少し懐かしむかのような顔をしていた。
 
いや、自分はさすがに男子制服だから「スカートの下にジャージ」は無かったけどとは思いながらも淳平は適当に話を合わせておいた。
 
結局田代さんとはそのままケーキと紅茶まで頂き、30分くらい話していた。どうもこの業界は?、長時間雑談をして用事は短時間でというパターンの打合せが多いような雰囲気もある。
 
(会社に来客して専務や社長と話している客もだいたいほとんどそのパターンっぽい)
 

5月中旬の月曜日。
 
その日淳平が会社まで来ると、ちょうど光岡さんが中に入ろうとしていた。
 
「おはようございます」
「おはようございます」
と言って、挨拶を交わし、おしゃべりしながら建物の中に入る。
 
そして更衣室に入る。
 
その時、初めて淳平は疑問を感じた。
 
「あれ?ここって更衣室で男女が偶然かちあった場合は、どうしてるんですかね?」
「は?」
と光岡さんは変な顔をしたものの、いきなり着ていたチュニックを脱いでしまう。淳平は慌てて後ろを向いた。
 
「すみません。私、外に出てますね。光岡さんが終わってから着替えます」
 
「あんた、何恥ずかしがってるの?見られて恥ずかしい下着でもつけてるの?」
と光岡さんは笑って訊く。
 
「え?だって私が女性の着替え見ちゃいけないだろうし」
「女同士で別に恥ずかしがることないじゃん」
「私男ですけど」
「へ?」
 

光岡さんは下着姿のまま、淳平の前に回り込んできた。彼女の格好を見て淳平はドキッとする。
 
「あんた男なんだっけ?」
「そうですけど」
 
「そういえば、声がわりと低いなと思ってた。でもそれならなぜ男なのに、女性社員として働いている。女の子になりたい男の子?」
 
「えっと・・・わりと女の子になりたいですけど、私・・・男性社員ですよね?」
 
「いや、女性社員のはず。下の名前は淳子ちゃんでしょ?」
「淳平です」
 
「でもでも、あんた春風アルトのライブにロリータのワンピース着て来てたじゃん」
「女子限定のライブだけど男女ペアなら入れるからと言われて、兄に女装させられたんです」
 
「それだけ?普通にロリータのドレスを着こなしていたけど」
「度々女装させられているので」
 
「うーん・・・・」
 
彼女は素早く制服を着ると「ちょっと来て」と言って、淳平の手を引き更衣室を出て、先に来ていた事務の中川さんのところに連れていく。
 
「月山さんって男の子?」
「え?女の子でしょ?」
「本人は男だと主張している」
「嘘。だって、名前も淳子でしょ?」
「淳平ですー」
 
「待って」
 
それで中川さんは事務机の鍵を開け、引き出しを開いて何か探していた。やがて見つけ出したのは、淳平の履歴書である。
 
「淳子って書いてあるよね?」
「淳平と書いたんですが」
 
「ん?」
 
中川さんと光岡さん、それに竹田さんも加わってその履歴書を見る。
 
「淳子と書いてあるようにしか見えん」
と3人は言った。
 
淳平の字が下手くそなので『平』の字が『子』にも見えるのである。
 
「でも、私、性別は男にOを付けましたよ」
 
そこも3人は見ている。
 
「男を斜線で消してあるように見える」
「えっと・・・・」
 
「つまり、淳子ちゃんの字があまりに下手なので、誤認されたのか」
と最も冷静っぽい竹田さんが言った。
 

専務が出社してきた所で、中川さんが専務に「お話があります」と言い、淳平と一緒に3人で会議室に入る。
 
「え〜〜〜!?君男だったの?」
「そうですけど」
 
「普通に女の子と思ってた!」
 
「履歴書の性別は女になってたよね?」
と専務が訊くが、中川さんが、本人は男に丸を付けたつもりが、斜線で消したように見えること、本人は名前を淳平と書いたらしいが、淳子に見えることを説明した。
 
専務はあらためて履歴書を見ていたが
「やはり淳子に見える」
と言っている。
 
「だいたい職安からも女子と言われたから受け入れたのに」
「もしかしたら職安の人も私の性別誤解していたのかも」
 
「社内では普通に女子の中に溶け込んでいたよね」
「私、昔から女の子の友だち多かったから」
 
「お茶に誘ったりした時、ふつうにガールズトークしてた」
「昔から女性の友人たちとおしゃべりしていたので」
 
「女の子になりたい男の子だっけ?」
「女の子になりたくないと言ったら嘘になりますけど、とりあえず男として生きていくつもりです」
「なんか微妙なようだ」
 
(この件では後で光岡さんから「淳ちゃん、いつもブラ付けてるよね?」と言われてしまった)
 
「更衣室とかどうしてたんだっけ?」
「今まで1度も他の女子社員と遭遇したことなかったそうです」
「じゃ女子更衣室で着替えてたの?」
「あれ女子更衣室なんですか?男女共用の更衣室と思ってました」
「男女共用の更衣室って更衣室の意味が無い」
 
「トイレは?」
「私座ってするのが好きだから、いつも個室使ってました。それにこの制服、前開きがないし」
「女子用には前開きがないよね?」
「ええ。男子用には前開きがありますけど」
「これ女子用だったんですか?」
 
「男子とは思いも寄らなかったし」
「それに髪長いし」
「すみません。何か忙しくて、切りに行けずにいました」
 
「確かにここの所忙しかったよね。他の社員でも切りに行けずにいる子あるもん」
 
「眉も細いし」
「済みません。細くしておくのが好きなので」
 
「だけどだけど、先月フェアのコンパニオンとかしてなかった?」
と専務。
「してた。キュロットの衣装つけてた」
と光岡さん。
 
「あれ、キュロットだったんですか?ショートパンツかと思ってました」
と淳平。
 
「すね毛とか無かったよね?」
「済みません。すね毛がズボンに引っかかるのが嫌なので、いつも剃ってます」
 
(この件も光岡さんからは後で「日常的にスカート穿くから剃ってるんでしょ?」と言われた)
 

専務は中津係長と佐伯主任も呼んできた。ふたりとも淳平が男と聞いて驚いていた。
 
「確かに声が低い気はしたけど、このくらいの声の女性は居るし」
「月山さん、話し方が女性的だから、声が低くても女性が話しているようにしか聞こえない」
 
「で、月山君としては女子社員として勤務したいの?男子社員として勤務したいの?」
 
「男子にしてください」
 
「どうする?」
と専務は係長や主任と顔を見合わせている。
 
「実は男子社員の枠は埋まっていて、君は女子社員枠で入社してもらったんだけど」
と申し訳無さそうに専務が言う。
 
「まあそれでお茶配りとかもしてもらっていたのだけど」
と佐伯主任。
 
なんかこのままだと採用取消しになりそうだ。それは困る!
 
「でしたら、女子社員枠のままでいいです。給料も女子の給料でいいですし、お茶配りもしますから」
 
「うーん。じゃ、女子並みの待遇ということで」
「制服も今着ている女子制服で問題ないみたいだから、そのままでいいね」
「どうせ、立っておしっこしないんでしょ?」
「確かにそうではありますけど」
 

「髪は短く切った方がいいですか?」
と淳平は訊いたが
 
「今みたいに髪ゴムでまとめていたら問題無いと思う」
と専務は言う。
 
「ロッカーはどうしましょう?」
と中津係長。
 
「面倒だから、そのままで」
と佐伯主任。
 
「えっと着替えに困るので男子更衣室に移して頂けないかと・・・」
と淳平は焦って訊く。
 
「うち、男子更衣室が無いんだよね」
「要望はあるんだけど、改造するのも大変だし」
 
「後ろ向いていればいいんじゃないですかね?」
と光岡さんが言う。
 
「じゃ月山君のロッカーは女子更衣室のままで」
 
「つまり、ほとんど女子社員だね」
「うーん・・・・」
 
「名刺はまだ作ってなかったけど、月山淳平で作る?月山淳子で作る?」
 
「淳平にしてください!」
 
「じゃ両方作っておいて、好きな方を使ってもらうとか」
と佐伯主任。
 
「じゃ、淳平・淳子両方作っておくね」
と専務は言った。
 

このようにして、淳平の男子(?)SE生活は始まったのであった。
 
しかし淳平の性別が明らかになっても、社内での扱われ方はほとんど変わらなかった!
 
毎朝女子更衣室で着替え、着替え中に他の女子社員たちとおしゃべりしたりもする。実は淳平は女子の下着姿など見ても何も感じないし、どうも何も感じてないようだというのも、他の女子社員たちには認識された。
 
そもそも淳平自身、しばしば女子下着を着けていたし!
 
また男子社員たちに比べると定時であがれる確率が高く、退社後他の女子社員たちと誘い合って、甘いものを食べに行ったりしていたし、洋服屋さんに一緒に行ったこともある。
 
ノリで一緒にスカートとか買ってしまったこともあり、淳平は、女の子に準じた存在と女子社員たちからはみなされている雰囲気もあった。
 
「淳ちゃん、スカート何枚くらい持ってるの?」
「うーん。。。。30枚くらいかなあ」
「私より持ってる気がする」
 
「お化粧もするんでしょ?」
「練習はしてるけど、あまりそれで人前には出てないかな」
 
実は兄と一緒にお出かけする時は随分女装してお化粧しているのだが、そのことはここでは内緒にしておく。しかしぱっちりお化粧をしている所を見たことのある光岡さんはニヤニヤしている。
 
「淳ちゃんって、恋愛対象は男の人だよね?」
「恋愛対象は女の子ですよ〜」
「ほんとに?」
 
「淳ちゃん、初恋の人は?」
「うーんと・・・・幼稚園の時の隣のクラスの子かな」
「それ男の子女の子?」
 
「・・・・男の子だった気がする」
 
「バレンタインにチョコもらったことある?」
「ううん」
「チョコあげたことは?」
「・・・・・ある」
 
「やはり恋愛対象は男の子だね」
「じゃ、やはり私たちは安心してお友達として付き合えるね」
 
ということで、今日も淳平は女の子たちとガールズトークを繰り広げるのであった。
 
そしてこういう性別曖昧な取り扱いは、淳平がこの会社に入ってから最初の3年間くらい続いた。
 
 
目次

【ドキドキ新入社員】(1)