【姉弟(しまい)-sisters】(1)

目次
 
「ただいま」と言ってボクがアパートに帰ると「おかえり」と姉が声を掛けてくれた。
 
「お疲れ様。今日はお仕事どうだった?」
「うん。今日は初めてのお客さんの所を訪問したんだけどね。向こうの社長さんに結構気に入ってもらえたような気がした」
「良かったわねぇ」
 
「でもお腹空いた。今日の御飯は何?」
「今日は肉ジャガよ。今から作るから、少し休んでて」
「うん。ボクちょっと一眠りするね」
「うん」
そう言って、姉は台所に立っていった。ボクは居間の隅で毛布をかぶって仮眠した。
 

「伊布雄、御飯できたよ。起きて」
という声で起こされる。
「あ、ありがとう」
 
ボクは起きて姉と一緒に御飯を食べた。
「美味しい!お姉ちゃん、ほんとに料理がうまいね」
「ふふ。あなたが美味しそうに食べてくれるから、私も作り甲斐があるわ」
 
御飯が終わって一息ついた所で、姉が「今日はこれを着てごらんよ」
と言って、服を持って来た。
「え〜? ボクがこんな可愛いの着るの?」
「うふふ。似合うと思うよ」
 
ボクは姉からその服を受け取ると、「先にシャワーしてくるね」と言い、バスルームに行き、ワイシャツとズボンを脱ぎ、シャツとパンツも脱いで、身体をよく洗い、足の毛もきれいに剃った。
 
身体をバスタオルでよく拭くと、ブラジャーとパンティを身につけてからバスルームの外に出た。姉が微笑んでいる。
「ほんと、そういう下着が似合うんだ」
「えへへ。なんかお姉ちゃんに勧められている内に、ボク癖になっちゃった」
 
と言って、ボクは姉から可愛いミディサイズのプリーツスカートとガーリーなチュニックを受け取り身につけた。
 
「ほら、鏡を見てごらん」と姉が言うので、覗き込んでみる。
「ふふ。可愛いわね」
「えへへ。ボク女装が癖になっちゃったら、どうしよう?」
「もう癖になってる気がするけど。いっそ性転換して私の妹になる?」
「えー、どうしようかなあ・・・・」
 
「今、貯金どのくらいあるの?」
「200万くらい」
「400万貯められたら、手術しちゃわない?手術代は100万くらいだけど、手術受けたあと、1年くらい静養が必要でしょ? その間の生活費がいるもん」
「うーん・・・・」
 
「おちんちん必要?」
「背広着て会社行ってる時はボク、男として頑張ってるけど、こういう服を着てると、なんか、おちんちん無くてもいいかなという気になっちゃう」
 
「あなた小さい頃、結構女の子の服を着てて、凄く可愛かったもん。みんなから『可愛いお嬢さんですね』って言われてたよ。男の子の服を着てても」
「へー」
 
「さて、私はそろそろ仕事に行ってくるわ」
「毎晩たいへんだね」
「学生しながらお金も稼ぐには、これがいちばん効率いいのよ」
 
そう言って、姉は少しセクシーなドレスを身につけ、夜の町に出て行った。
姉が勤めているお店は、24時閉店なので、いつも夜中の1時には帰ってくる。
ボクはいつも姉が帰ってくるのを待ってから寝る習慣だった。
 
姉が出かけたので、ボクは仕事で覚える必要がでてきた技術に関する解説書を読み始めた。
 

2時間ほど勉強している内に少し眠くなってきたので、また仮眠することにする。
携帯のアラームをセットして、ボクは布団に入った。スカートを穿いたままである。ボクはなんとなく「したく」なって、スカートをめくり、パンティを下げて、あの付近に触った。
 
指でちょっといじってると少し気持ち良くなってくる。
 
そういえば、中学生の頃はボクもこれを手で握って上下させて、白い液体を出したりしてたなあ・・・などと、ちょっと懐かしい気分になる。あの頃のことって、だんだん記憶が曖昧になってきている。
 
でも本当にボクって中学高校の6年間を学生服で通ったのだろうか?何だかそれさえも曖昧な気がしてきた。セーラー服を着てたような気もするのだけどお姉ちゃんのを借りてたのかなあ。。。。
 
でもあの頃、女の子の恋人がいて・・・・校舎の裏でキスしたっけ。 結構熱烈なラブレターとかやりとりしたなあ。
 
高校卒業とともに別れてしまったけど・・・・大学生の時に一度だけ偶然遭遇して・・・・一緒にホテルに行っちゃった。何だか燃えてしまって・・・・・避妊もせずにセックスしてしまった。彼女は安全日だから大丈夫、とは言ってたけど・・・・。
 
あの時なぜボクは「恋人になろう」って言えなかったんだろう。
 
そんなことを思うと、涙が出てきた。だめこれ。無理矢理逝かせて寝よう。
 
ボクは自分の性器を指で押さえると、ぐりぐりと回転運動をした。これ腕が疲れるんだよねー。でもこれ頑張らないと逝けないから。
 
それでも疲れて途中何度か休んだ。でも何とか逝くことが出来た。
 
大きく息をする。心臓が速い鼓動を打つ。私は少し落ち着くと服を汚さないように、パンティライナーをショーツに付けて・・・そのあたりで記憶が途切れている。
 

目が覚めたらもう0時だった。22時に起きるつもりだったのに! 3時間も寝てしまった。
 
パンティライナーの包み紙がそばに落ちてるので、トイレのサニタリーボックスに捨てて来る。服の乱れを直してから、ボクは勉強を再開した。
 
やがて1時に姉が帰ってきた。
 
「お帰り」
「ただいま」
 
夕方ボクが帰宅する時とは逆のやりとりがある。ボクはコーヒーを薄めに入れて、姉に勧めた。
 
「うん、美味しい。コーヒーの入れ方は上手いよね」
「えへへ。料理も少し覚えられたらいいんだけどね」
「うふふ。もし女の子になるつもりがあったら少し教えてあげるよ」
「それって花嫁修業?」
「そうだね。可愛いお嫁さんになれそうな気がするよ」
 
そんな感じで、1日は終わっていた。
 
朝はだいたいボクが朝ご飯(だいたい御飯と味噌汁に玉子焼きとか鮭の切身とか)を作り、姉と一緒に食べて、ボクは会社へ、姉は大学へと、一緒に出かける。
 

しかし我ながら、自分はいろいろな1人称を使っているなと思う。
 
会社に出て行って、ビジネス上では「私(わたくし)」と言っている。でも仲間内で休憩時間などに会話をする時は「俺」と言う。
 
家に帰ってきて姉と話す時は「ボク」だ。以前はもう少し男っぽいイントネーションで「僕」と言っていたけど、姉に女装を唆されるようになってから少しイントネーションが違うやや女の子っぽい「ボク」という言い方に変わった。
この一人称だと女の子の服を着ている時でもそんなに違和感がない。
 
更に「私(わたし)」という一人称を使うこともある。それはこんな時だ。
 

その日もボクが会社から帰ってきてから、姉と一緒に御飯を食べ、姉がホステスさんの仕事に出かけて行ってから、いつものように技術書を読んでいたら、携帯に着信があった。
 
「ハーイ、何してる?」
「え?ちょっと仕事関係の勉強をしてた」
「カラオケのメンツが足りないんだよぉ。出てこない?」
「ごめーん。私(わたし)、明日の営業で使うから、今日中にこの本読み終えないといけないから」
「しょうがないなあ。じゃ、木曜日とか出てこれる?」
「うん。木曜日なら大丈夫だよ」
「じゃ、木曜日の20時、サダックスで」
「OK。ああ、でも最近、私、あまり新曲入ってない」
「流しながら覚えればいいよ」
 

ボクが女の子の服を着るようになったのって、いつ頃からだろう・・・ 
何か物心付いた頃から、ボクってしばしば姉の服を着ていた気がする。最初の内は面白がって見ていた母も、ボクが小学校に入る頃になると「あんたは男の子なんだから、ちゃんと男の子の服を着ていなさい」
と言うようになった。
 
それでもボクは姉の部屋に行って、姉には少し小さくなったスカートとかを借りて穿いていたりした。姉とふたりで女の子の格好をして外を出歩くこともよくあった。
 
友だちにこういう性癖?をカムアウトしたのは高校生の時だ。それまでボクは学校や、家でも両親の前では男の子の振りをしていて、両親不在の日などに姉の部屋で女の子の服を着せてもらっていた。でも高校生くらいになると、お小遣いを貯めて、自分用のブラジャーやショーツ、そしてスカートなどを買うようになった。最初に買った濃い緑色のミニプリーツは、サイズが合わなくなって穿けなくなった今でも宝物で、タンスの隅に入れたままにしている。
 
高校の頃はしばしば女の子の友だちと一緒に、女の子の服を着て町で遊んだりしていた。だから今でもボクのプライベートな友人は女の子ばかりだ。会社では男性の同僚との付き合いがあるけど。
 

ボクのことを向こうも女の子(に準じる存在)と思っているから、女性の友人と付き合っていても、中学生時代のように恋愛要素が発生することは無い。
そういう場にはボクもだいたい女の子の格好で出ていくので、向こうも普通に同性の友人と同様に扱ってくれる。こういう関係はけっこう気楽だ。
 
しかも彼女たちからは、ボクという存在は、純正の女性の友人より、いろいろ話しやすい面があるようである。
 
「だって恋愛のライバルになる可能性ないから、微妙なことまで話せるんだよ」
などと、ある時ひとりの友人は言っていた。
 
要するにボクは彼女たちにとって「恋愛の対象にもライバルにもならない」という二重の意味での安全パイになっているようである。
 

玄関にベル。
「ごめん下さい。伊布美さん、いますか?」
「あ、久司さんでしたね。今呼びます。お姉ちゃーん」
と言って居間まで行くと 
「はいはい」
と言って姉が出ていく。ふたりは玄関口でどうも仕事のことで打ち合わせしているようである。しかし、姉の言葉にビジネス的な「営業用の愛想」以上のものを感じる気がしていた。
 
「お姉ちゃん、久司さんのこと好きなの?」
「へへへ。一応オーナーに交際の許可は取ってるよ」
「そんなの許可がいるんだ?」
「当然。ちゃんと許可もらってからやらないと、久司さん、お店の商品に手を付けたことになって、タダじゃ済まないもん」
 
「わあ、ちょっと怖い世界だね。指詰めろとか言われるの?」
「まさか! うちはその系統のお店じゃないよ。懲戒免職にはなるだろうし、損害賠償で何百万か請求されるだろうけどね」
「やっぱり怖いじゃん!」
 

金曜日、ボクが帰宅すると、お姉ちゃんは「今日はお注射の日だよ。お風呂できれいにしてきてね」
と言った。
「うん」
とボクはお風呂に入ると電気カミソリで、おちんちんの周りの毛をきれいに剃った。その上で石鹸を付けてよく洗う。
 
お風呂から上がると、姉は「そこに寝て」と言う。
ボクが横になると、お姉ちゃんはゴムのチューブでボクのおちんちんの根元をギュッと縛った。この縛られる時って結構痛いよなと毎週思う。
 
縛ったあと30分待つことになっている。その間におちんちんは血流が止まって紫色になってしまう。何か見るのも気持ち悪い。
 
「そろそろいいかな?」
と言うと、姉は新しい注射器に薬液を吸わせ、押し出して針の先から少し出し空気を確実に排除する。その上で、紫色になっているボクのおちんちんの静脈に注射針を刺した。
 
この紫色になっているおちんちんは触っても感覚が無いから注射針を刺しても全然痛くない。そして薬を注入しはじめてから、おちんちんの根元のチューブをほどく。血流が再開し、おちんちんの色は次第にふつうの色に戻っていく。
それとともに薬も身体全体に広がっていくみたい。でも実はここでまとめて痛みがやってくる。
 
ボクは高校1年の時に何とか症候群とか言われて、毎週注射をするようにお医者さんから言われた。本当は自分でしなければならないのだが、怖いって言ったら姉がしてくれるようになったのである。
 
ボクのおちんちんの痛みがやわらいで来た頃、姉は「そろそろ次していいかな?」
と訊く。ボクが頷くと、姉はその作業を始めた。
 
最初にふたつの睾丸を体内に押し込む。それから、おちんちんを後ろに引っ張り、いったんテープで留める。それから、玉が体内に戻されて中身が空っぽになった陰嚢の皮膚でおちんちんを包むようにしていったんテープで仮留めし、瞬間接着剤で固定する。完全におちんちんを包み終えた時、そこには、男性器が姿を消し、割れ目ちゃんと見まがうばかりの接着筋が出現する。
 
この疑似割れ目ちゃんはとてもよく出来ていて、かなり至近距離から見ない限り偽物とは分からない。そして、おちんちんの先は割れ目のいちばん奥の所にあるので、座ると先が出てちゃんとおしっこすることが出来る。おしっこは後ろに飛ぶけど。でも女の子のお股に見えちゃう股間で、おしっこも普通に出来ることから、これは長時間このままにして生活することができる。
 
これをタックというのだが、姉はこのタックがとても上手いのである。自分でやると、どうしてもジグザグの割れ目ちゃんになったりするし1〜2時間で外れてしまうのに、姉にしてもらうと、きれいにできるし、何日もそのまま崩れない。高校時代には2ヶ月くらいそのままにしておいたこともあるし、このお股で、女湯に入ってみたこともある。バストは無くても、高校生ならまだ胸の無い子もいるからできた技だ。
 
高校を卒業し、大学生になってからは、ボクは金曜日に注射をしてもらった後、タックをしてもらい週末はそのまま過ごして月曜日の朝外すようになった。
「だって大学のトイレで立って出来ないと不便よね」と姉は笑って言った。
そう。タックをしていると、男の子のように立っておしっこをすることはできない。女の子のように座ってするしかないのだ。
 
でも20歳になってからはタックを外すのは火曜の朝にして月曜日までは女の子の股間のまま過ごすようになったし、大学を出て会社勤めになってからは、水曜の朝までそのままにしておくようになった。
 
だからボクは今月曜・火曜は立ってトイレが出来ないから、会社でも個室でトイレをしている。ボクが立ってするのは水曜の朝から金曜の夕方までである。
これを更に木曜の朝までにしちゃおうかな、なんてのも最近思うようになってきた。姉は「いっそタックしっぱなしにしちゃう?」などと言ったりもする。
 

24歳の誕生日。その日は金曜日だったが、姉に会社を休むよう言われ、ボクは朝電話を入れて連絡した。
 
「誕生日プレゼントあげるから、おいで」と姉に言われる。
 
女の子の下着を着け、スカートを穿くように言われたので、コットンのブラ・ショーツのセットを身につけ、ポロシャツにスカートを穿いた。
 
姉は何も説明しなかった。一緒に電車に乗って、とある駅で降りる。姉は予約していた**です、と告げる。少し待って、検査室に通された。血液を採取され、血圧・脈拍なども測られる。お医者さんが聴診器なども当てて、ボクの健康状態なども調べているようだ。
 
「薬を飲んだり注射を打って気分が悪くなったりしたことは?」
「ありません」
「手術を受けたことありますか?」
「中学生の時に盲腸の手術をしました」
「その時、容体が急変したりしたことは?」
「ありません」
 
診察が終わった後、病室に行かされる。
看護婦さんが「剃毛します」と言ってきたが、ボクのお股を見て「あら、剃毛済みなのね」
と言って、そのまま帰った。
 
「では今から手術室に行きます」と言われた。
へ?手術??と思い、キョトンとする。
 
「手術しても良いですね?」と訊かれて、ボクは何となく「はい」と答えた。
 
スカートもショーツもブラも、服は全部脱がされ、手術着を着せられ、ストレッチャーに乗せられて手術室に運ばれる。ボクは自分は何の手術を受けるのだろうと疑問に思いながら待った。やがて麻酔が打たれる。
 
「ここ感触ありますか?」
「いいえ」
「では手術を始めます」
 
ジーっという電気メスの音がして、肉の焼ける臭いがする。ボクどこか悪かったっけ?などと思いながら、ボクはBGMを聴いていた。安室奈美恵の『How to be a Girl』が掛かっていた。
 
「女の子になる方法か。。。。」とボクがつぶやくと先生が「うん。君、きっと可愛い女の子になれるよ」と言った。
 
やがて、手術が終わり、ボクは病室に戻された。
しばらくして先生が何か生レバーみたいなものを金属製の容器に入れて持ってきた。
「こちらの摘出した睾丸はどうしますか?持って帰られますか?」
 
へ?睾丸?摘出した?? 
のんびりしすぎと言えばしすぎだが、ボクはこの時、初めて自分が睾丸の摘出手術を受けたことに気付いた。
 
「あ、いえ捨てておいてもらえますか?」
となぜかボクは答えた。
 
1時間ほどで退院になる。帰り道、ボクは姉に言った。
 
「プレゼントって・・・・玉を取る手術だったんだ・・・」
「うん。だって、玉要らなかったよね?」
「要らない! 使ってないし。ただ邪魔なだけだった」
「それに、多分もう機能停止してたでしょ?」
「そんな気がする。オナニーして逝っても何も出てこないようになってたもん。
手術受けさせてくれてありがとう」
「うん」
「これでタックする時も楽になる?」
「そうだね。体内に押し込まなくても最初から無いからね」
 
「なんかこのまま性転換手術受けてもいい気がしてきた」
「さすがに性転換手術代までは出してあげられないからね。自分で貯金したお金で手術してね」
「うん、そうする」
とボクは笑顔で答えた。
 

「でも、玉が無くなったから、もう男の子じゃ無いよね」
「そうだね」
「じゃ、今日からあなたは私の妹、ってことでどう?」
「うん。じゃ妹になる」
「私たち姉妹ね。sister and brother じゃなくて sisters」
「へへ。I am your sister」
「And I am your sister, too. じゃ、女の子ふたりなんだから、晩御飯作るの交代制にしない?」
「あ、うん。でもボク、レパートリーが少なくて」
 
「教えてあげるよ。それから、もう女の子になったんだから、『ボク』はやめて、『私(わたし)』にしよう。友だちの前では、あんた『私(わたし)』って言ってるでしょ?」
「そーだねー。じゃ、私(わたし)、これからはお姉ちゃんの前でも『私(わたし)』
って言うよ」
「よしよし」
 

去勢してから1ヶ月ほどたったある土曜日。
 
「ね、温泉にでも泊まりがけで行かない?」と姉が言った。
「ああ、たまにはいいよね」と私もいい、一緒に出かける。
 
電車に乗って3時間ほどのところにその温泉はあった。姉が記帳し、料金を払って私たちは部屋に通された。
 
「私の名前、伊布子って記帳したのね」
「だって、あなたはもう女の子でしょ」
「うん。そうだった」
 
「さあ、お風呂入ろう」
「うん」
「でもその前にタックするよ」
「え?なんで?」
「あなた、女の子なのに、まさか男湯に入るつもりじゃないわよね?」
「えー!? だって、タマは取ったけど、おちんちん付いてるのに」
「だから、それをタックしちゃおう」
 
「そんな、タックしても男なのに女湯に入ったらまずいよー」
「あなたは女でしょ?」
「そ、そうだけど・・・・」
 
「それに、あなた結構おっぱいあるじゃん。それで男湯には入れないよ」
「あ・・・・・」
 
そうなのだ。私のバストは高校2年生の頃から、なぜか少しずつ膨らみ始め、20歳頃まではAカップのブラジャー、昨年くらいまではBカップ、そして今年になってからはCカップのブラジャーを付けている。確かにこれでは男湯に入るのは困難かも知れない。
 
なんかうまく乗せられた気がしたが、姉にタックしてもらい、お股を女性形に偽装した。姉に連れられて一緒に大浴場に向かう。やがて男湯と女湯が左右に別れているところに来た。私はドキドキしたが、姉がニコって笑い、私の手を引いて女湯の暖簾を潜る。
 
初めて入る女湯の脱衣場。
 
そこにいるのは、みんな女の人ばかりだ。
 
きゃー。逃げ出したい。
 
でも姉は手を離してくれない。
 
「ここの続きのロッカー使おう」
と姉は言って、やっと私の手を離し、自分の服を脱ぎ始めた。私はもう開き直った。ここまで来て、脱がずにうろうろしてたら、それこそ怪しい人だ。
 
自分も服を脱ぐ。カットソーを脱ぎ、スカートを脱ぐ。下着だけになるが、この下着姿を見て、男と思う人はいないだろう。更にブラジャーを脱いで、Cカップのバストが露わになる。更にショーツを脱ぐ。タックしている疑似女性股間がそこにはある。もちろんブラブラするようなものは何も無い。
 
「さ、中に入ろ」と姉は笑顔で言った。
 
私も微笑んで、タオルとシャンプーセットを持ち、中に入る。まずはシャワーを浴びて、軽くその付近を洗い、浴槽に入った。
 
それであらためて浴室内を見まわすが、女の人ばかりだ。
 
さすが女湯! 
でも今は自分も女としてここに入っている。
 
あ、でも結構自分も女かも知れないな、という気はする。
 
美容室のカードとか、スーパーのポイントカードとか、そういうのは全部「伊布子」
の名前で作っている。プライベートでは女性の友人ばかり。おちんちんが立たなくなって久しいから、オナニーする時は女の子式に指で押さえてグリグリしている。もうタマも無いから、男性機能は完全に消滅済み。そしてバストはCカップ。
 
会社に背広を着て出て行く時も、ブラは付けているし、下も女物のショーツ。
男物の服って、何かの時のために少しだけ取っているだけで、もうタンスの中は女物で占められている。
 
会社に出て行く時も実は背広の下はワイシャツじゃなくてブラウスだったりする。
ネクタイしているから、ボタンの左前・右前は分からない。
 
自分の中で唯一男かもと思えるものって、おちんちんだけだけど、今はそれもタックして外界から姿を消している。
 
あ、やっぱり自分は女でいいのかなあ。
 
湯船に入って、姉といろいろおしゃべりしている内に、私はそんな気がしてきた。
 

お風呂から上がって少しすると、夕食ができたという案内があったので一緒に食堂に行く。海の幸たっぷりの美味しい夕食であった。
 
食べている時に姉が「あ、これいいわね」
と言う。
 
テーブルの上に乗っているスタンドに『全身エステ・女性専科』という案内がある。ちょうど通りかかった仲居さんに姉が声を掛けた。
 
「この全身エステ、頼めますか?」
「はい。1階のエステルームでやっております」
「2名お願いしたいんですが」
「2名様ですね。20時半から取れますが」
「じゃ、それでお願いします」
 

「2名って私も?」
「もちろん。女の子同士だと、こういうのも一緒に行けていいね」
「うん」
 
私たちは御飯が終わった後、お部屋でのんびりと過ごし、それから20時20分になってから1階のエステルームに降りて行った。
 
カーテンで仕切ったエステ用の小部屋が3つあり、私は真ん中の部屋、姉は奥の部屋に入る。カーテンで仕切っただけだから、カーテン越しにけっこう会話をすることもできた。
 
パンティ以外服を全部脱ぐ。そして最初うつぶせに寝る。
 
エステ用のジェルを塗られて、足の裏から首のところまでずっとマッサージされる。凄く気持ちいい! そしてジェルの香りも何だかいい。女の子でいると、こういう気持ちいい思いができるのね〜、と私は「女の子ライフ」の新たな楽しみを覚えた気分だった。
 
うつぶせ状態でかなりマッサージされた後で、今度は仰向けになる。顔に美容液のパックをされる。これがまた気持ちいい。その状態でまた足の方からずっとマッサージされる。結構凝っていたようで、揉みほぐされる感触がほんとに気持ちいい。やがてエステティッシャンさんは私のバストをマッサージし始めた。
キャー。これを揉まれるとは思っていなかった。
 
・・・・気持ちいいじゃん。
 
もし・・・自分に恋人とかできたら、恋人からバストを揉まれたりするんだろうか? と少し悩んでみた。でもその恋人って、女の子なんだろうか?男の子なんだろうか? 
最後は美容液パックをはずされ、顔のマッサージをしてもらう。これも本当に気持ちいい。ああ。エステしてもらって良かったなあ、そして女の子で良かったなあ、と私は思った。
 

エステが終わってから部屋に帰ろうとするが、私はトイレに行きたくなった。
ちょうど近くにトイレマークがあったので入ろうとした時、姉に腕を掴まれた。
 
「どこに行く?」
「え?トイレに?」
「トイレはいいけど、今どちらに入ろうとした?」
「え?男子トイレ」
「あのねえ、あなたは女の子なの」
「あ、そうか!」
「ちゃんと女子トイレに入りなさい」
「そうだよね」
 
「これからはプライベートで外出した時は必ず女子トイレ。いい?」
「うん。女子トイレは時々入ることもあったから、入れると思う」
「でも時々じゃなくて、今度からは必ずだよ」
「そうだね。そうしようかな・・・」
 
「あんた、女の子の友だちとカラオケとか行った時はどちらに入ってたの?」
「男子トイレ・・・」
「それも今度から女子トイレに入ろうね」
「そうだね。友だちも許してくれる気がするし」
「うん」
 

去勢手術から1年経って、私はとうとう性転換手術を受ける決断をした。
 
手術を受けた後はどうしても数ヶ月休む必要がある。休職を申し出る手もあるとは思ったけど、休職明けに女の格好で出て行ったら、即刻クビを言い渡されそうだ。クビになる前に自分で辞めたほうがいいと思った。
 
私はそこでその日、社長の所に行った。
「済みません、社長。お話があるのですが」
「うん?何?」
「えっと、打合せ室で話したいのですが」
「何か込み入ったこと?」
と言いながらも、社長は部屋に一緒に入った。
 
「唐突なのですが、実は会社を辞めさせてください」
と言って、書いてきた辞表を提出する。
 
「いや・・・それは・・・なぜ?」
「実は、ちょっと持病の治療に手術を受けたくて。その手術後の静養にたぶん半年くらいは掛かりそうなので、そんなに長く休んではご迷惑をお掛けすると思いまして」
 
「そんな持病があったんだ!」
「ええ」
「でも、そのくらい休職扱いにしてもいいよ? 何の病気なの?」
 
「えっと、性同一性障害といいまして」
「へ?」
「それで受ける手術は性別再設定手術というもので。世間では通称性転換手術と呼んでいますが」
「えーーー!?」
と社長は叫んで、絶句した。
 
「君、じゃ女になりたいの?」
「はい。実はもう睾丸は取っていて。女性ホルモンも長く飲んでいるので、男性機能は既に存在しませんし、バストも実はCカップあるんです。去年の夏はまだBカップだったので何とか誤魔化したのですが、今年の夏はもうバストを誤魔化しきれないな、、とも思っていました」
 
「そ・・・そうだったのか・・・・」
「そういうことで、休職ということにしても、私が女の格好で出てきたらお得意様とかにも仰天されると思いますし、それなら、どっちみち長期間休まないといけないので、辞職した方がいいかなと思って」
 
「うーん。。。。。ねえ、君、退職金がすぐ欲しい? その手術代にするとかで」
「いいえ。手術代は充分貯金があるので、特に問題はありません」
 
「だったら、君のことはやはり休職ということにしておくよ。だから手術が終わって体力が回復したら連絡してよ。女の格好で出てきてもいいよ。君の企画立案能力は捨てがたいから、何なら内勤で働いてもらってもいいし」
 
「分かりました。では体力回復したら連絡します」
 
私は社長と握手して会談を終えた。
 
私は要らないと言ったのだが、休職中、向こう1年間は基本給の1割を毎月払ってもらえることになった。休養中にわずかでもそういう定期収入があるのは、ちょっと頼もしい気がした。なお、私の性別のことについては、休職に入る時点では何も言わず、復帰する時に他の社員には説明すると言われた。
 

「いよいよ手術だね」
「うん。ちょっと怖いけど頑張る」
「女の子になったら、きっと素敵なお嫁さんになれるよ」
「そうかな?」
「だから少しくらい痛くても頑張ろうね」
「うん」
 
私は姉に見送られて手術室の中に運ばれていった。私を見送る姉の顔がとても優しくて、とても力づけられる気がした。ちょっと手術怖いけど頑張ろう。
 
やがて時間となり麻酔が打たれる。意識が遠くなっていく。遠くなっていく意識の中で「これからも頑張ってね」という姉の声が聞こえた気がした。
 

私は麻酔から覚めた。やがて猛烈な痛みがやってきたが、モルヒネを打ってもらったので少し楽になる。
 
付き添ってくれているコーディネーターさんが私に症状を聞き、それを看護婦さんやお医者さんに伝えてくれる。コーディネーターさんはずっとそばに付いていてくれた。
 
しかし私は何か足りないものを感じていた。
 
最初の1日はその痛みとの戦いで、あまり考えられなかった。そして2日目の夕方くらいになって、私は「その疑問」をコーディネーターさんにぶつけてみた。
 
「あの・・・姉はどこでしょうか?」
「お姉さん? お姉さんが来ていたんですか?」
「え? だって、一緒に日本から来て・・・・コーディネーターさんも姉といろいろ話してましたよね」
 
「あなたはひとりでここに来られましたよ。ご家族の付き添いはありませんでしたが」
「え!?」
 

手術が終わって一週間後、私は退院して帰国した。帰りの便で、私の隣の席は空席だった。
 
自宅に戻る。
 
半月ぶりのアパートだ。
 
「お姉ちゃん?」
 
私はおそるおそる呼んでみたが、返事は無かった。
 

私は区役所に行って住民票を取ってみた。
 
私はひとりだけであのアパートに住んでいることになっている。うそ! 
戸籍謄本も取ってみた。両親の名前が並んで載っている次には《伊布雄》という私の名前だけが長男として記載されている。戸籍に記載されているのは両親と私の3人だけ。私に姉がいたような形跡はどこにも見当たらない。
 

私はボーっとしたままの毎日を過ごしていた。
 
ダイレーションはちょっと辛いけど、手術自体の傷の痛みは日に日に少なくなっていった。私は帰国してすぐに戸籍の変更申請を裁判所に出したので、約1ヶ月ほどでそれが認められ、私は正式に女になった。
 
手術が終わってから4ヶ月ほどたった日。
 
玄関のベルが鳴る。
「はーい」と言って私は出て行く。
 
「あ、久司さん」
それは姉が勤めていたクラブのマネージャーさんだった。
 
「ああ、伊布美ちゃん、顔色だいぶいいね」
「えっと・・・・」
「君が持病の治療で3ヶ月ほど入院するのに休むと言ってたからさ。でももう4ヶ月たつし、連絡無いけど、携帯もつながらないしと思って自宅まで見に来た」
 
あ・・・この人はもしかしたら姉を知ってる数少ない人かも知れないと思った。
しかし・・・・なぜかこの人、私を姉と間違えてる?? 
「もし体調良かったら、最初は週に2〜3回でもいいから、お店に出てこない?君のお得意さんたちが、まだ病気は回復しないのかねぇって心配してたし」
「あ・・・じゃ、週2回くらいなら」
と私はなぜか答えてしまった。
 
「何曜日が都合いい?」
「じゃ、水曜日と金曜日に」
「OK。助かるよ。じゃ、水曜日と金曜日お願いするね」
「はい」
 

「あとさ」
と言って、久司さんは私の方に一歩近づいた。
 
「うちの母ちゃんが、君の顔を見たいって、ずっと言ってるんだよ。1年前に連れて行って以来でしょ。早く結婚式の日取りとかも決めたいと言ってて。
いや、僕も、『僕たちまだそこまでの段階に行ってないんだけど』とは言っておいたけどさ。だって僕たち・・・・まだ一度も一緒に寝てないしね」
「うん・・・・じゃ、今年のクリスマスイブには一緒にホテルに行ってもいいよ」
 
と私はなぜか答えてしまった。
 
「ほんと?じゃ、クリスマスイブにデートして、お正月にはまた実家に一緒に来てもらっていい? 今度は僕のフィアンセとして」
「うふふ、考えとく」
と私は言った。
 
彼は私の唇にキスをしてから、去って行った。
 
居間に戻り、姿見を見た時、姿見の中に写った姿は姉の姿だった。そして鏡の中の姉は私にニコリと微笑んだ。でもすぐに、それは自分が微笑んでいるのだということに私は気付いた。
 

それから数ヶ月が経った。
 
私は最初の頃、姉が勤めていたクラブに週2回出て行くようになり、様々なお客さんと談笑して、時を過ごした。私はなぜか各々のお客さんの細かいプロフィール、お仕事や家族構成なども知っていて、そつない会話ができていた。
 
一方、私は手術から8ヶ月経った時点で、性転換手術前に勤めていた会社に復職した。私の性転換は、男性の同僚には仰天されたが、女性の同僚からは「やっぱり」と言われた。
 
「だって、あなた背広の下にブラウス着てたよね」
「ズボンはレディスのを穿いてたよね」
「パンストよく穿いてたでしょ?」
「胸があるなあと思ってたのよね」
などという感じで、私のことは女性の同僚には元々バレていたようであった。
 
顧客についてはどうかな・・・と思ったのだが、どこの顧客も一様に驚かれたものの「中身が同じなら外見は気にしない」と言われ、結局、休職前に担当していたところを、女性社員として引き続き担当することになった。
 
そうして私は仕事に完全に復帰した。
 
昼間は「伊布子」として、女性用のビジネススーツを着て会社に行き、様々な顧客と接したり、社内の作業の指示をしたりする。
 
そして夕方からは「伊布美」として、華やかなドレスを着てクラブに行き、お客様の接待をする。
 
けっこう忙しいものの、手術から1年近くもたてばさすがに体力もかなり戻ってきて、このダブルワークは何とかこなしていくことができた。
 
そしてクラブの同僚の久司さんとも、恋人として付き合っていた。約束通りクリスマスの日に一緒にホテルに行き、私は彼と女として初めてのセックスをしたが、彼はとても感激していた。私もとても気持ち良かった。ああ、女になってよかったなという思いがする。だって、私のおちんちんはもう長らく使用不能になってたもんね〜。
 
もう男としてセックスした時のことはかなり忘却していたものの、何となく女としてのセックスの方が男としてのセックスより気持ちいい気もした。
 

そしてある日。
 
休日。少しのんびりと自宅で過ごしていた時、玄関のベルが鳴ったのでドアを開けると、久しぶりに会う母だった。
 
「ごめーん。すっかり不義理してて。とにかく入って」
と言って中に入れる。
 
母はお土産に田舎の洋菓子を持ってきてくれていたので、紅茶を入れて一緒に頂く。
 
「あんた、今日は女の子の方なのね。伊布美ちゃんね?」
「えっと・・・・」
 
「あんたさ・・・中学生の頃からかね〜。よく女装するようになって、女装の時は《伊布美》と名乗って。でも男の子の時はふつうに《伊布雄》で。最初は普通に女装趣味なのかなと思ってたんだけど、その内、どうも《伊布美》の時は《伊布雄》の記憶が無いみたいで、《伊布雄》の時は《伊布美》の記憶が無いみたいというのに気付いたのよね」
 
「・・・・お母ちゃん。私《伊布雄》でも《伊布美》でもないの。《伊布子》なの」
 
「第3のキャラクターができたのね?」
「じゃ、私、イブホワイトとイブブラックみたいなものだったのかな?」
「たぶん。あなた、もしかしたらそれが統合されたキャラ?」
 
「解離性同一性障害と言うんだっけ? イブホワイトとイブブラックはジェーンに統合されたけど、もしかしたら私はそれかもね。伊布雄は男として会社勤めしてたの。伊布美はクラブにホステスさんとして勤めてたの。でも今、私は伊布子として昼間は会社に行って、夜はクラブでホステスしてるのよね」
 
「会社にも女で行ってるの!?」
 
「えへへ。お母ちゃん、それでさ」
「うん」
「事前に言わなくてごめん。私、性転換手術しちゃった」
「えー!?」
「ごめんね。だから、私、お母ちゃんに孫の顔、見せてあげられない」
「いや、それはいいけど・・・・思い切ったことしたね」
 
「結局私の基本は性同一性障害だったと思うのよね。私の中に元々女の子になりたいという強い気持ちがあって、その部分が《伊布雄》の自我から独立して《伊布美》になっちゃったのかもね。だから《伊布雄》の方が徐々に女性化していって、その結果《伊布美》と融合して《伊布子》になったのかも」
「ああ・・」
 
「私、性転換手術の直前まで《伊布美》と話してたんだよ。でも手術が終わった後は、一度も会えないの・・・・」
 
私はそう話しながら、涙が出てきた。
 
「お前《伊布美》と姉妹みたいなものだったんだね?」
「うん。姉妹ふたりでいると、全然寂しくなかったよ」
 
母は私をハグしてくれた。
 
「寂しい時は私でも良かったら電話して。私もお前と話したら寂しくないから」
「えへへ」
 
母はその晩、泊まっていった。うちのアパートには布団が2組あった。《伊布美》が寝ていた布団に母が寝て、《伊布雄》が寝ていた布団に私が寝た。
 

翌日、母を駅まで送って行ってから、私はちょっと疲れた気分で、そのまま家に帰りたくなかったので、町を歩き、ひとりでカラオケ屋さんに行き、思いっきり歌って、それからケーキ屋さんで、なんとなくケーキを2つ買った。
 
とぼとぼと帰り道を辿る。脇から飛び出してきた子供とぶつかり、あやうくケーキを落とすところだった。
 
「お姉ちゃん、ごめーん!」とその女の子は言った。
「こちらは大丈夫。君は大丈夫だった?」
「うん」
と女の子は言って元気に走って行った。
 
ふと、その子が出てきたところを見たら神社だった。
 
あれ・・・この神社。
 
そうだ。姉の成人式の時、ここにお参りに来たっけ。
 
お姉ちゃん、振袖着て。自分はその付き添いで、結局こちらまで小振袖着せられて。姉妹でお参りしたんだった。
 
私は懐かしく思い、神社の境内に入ると、拝殿の所で心を空にして二拝二拍手一拝した。
 
それからアパートに戻った。
 

何気なく「ただいま」と言ってドアを開けると 
「おかえり」という声がした。
 
「伊布美姉ちゃん・・・・・」
「今日はどこに行ってたの?」
「えっと・・・お母ちゃんが昨日から来てたんだよ。だからそれを送って行って、そのあとカラオケで歌って、ケーキ買って帰ってきた」
 
そう言って、私はケーキの箱を開ける。
 
「わあ、美味しそう! 今お茶を入れるね」
 
私と姉は紅茶を飲みながら、ケーキを食べ、今日あった何気ないことを話した。
 
姉の携帯に着信があった。
 
「ハロー、久司。うん。愛してるよ〜。ああ、ごめん。そちらのお母さんに挨拶に行かなきゃね。今度の連休なら動けるよ。うん。振袖でも着ていこうかな。成人式の時に着たまま放置してたのだけど」
 
姉は彼氏の久司と楽しそうに話していた。
 
私はとても心が安らぐのを覚えた。
 

2年後。
 
私は土日を利用して北海道に赴いた。この水曜日に姉が待望の赤ちゃんを出産したので、そのお見舞いに行くのであった。最近交際している彼氏・阿茂も一緒だ。
 
新千歳空港に久司さんが迎えにきてくれて、一緒に病院に行った。
 
「僕ね。ある時期まで、伊布子ちゃんと伊布美って、ひょっとして一人二役なんじゃないかと疑ったこともあった」
「えー? なんで〜?」
 
「だって、ふたりを同時に見たことが無かったんだよ。家に訪ねていって、最初伊布子ちゃんが出てきた時は君が『お姉ちゃーん』と呼びながら中に入って行って、伊布美が『やっほー』とか言って出てくるけど、僕と伊布美が居間で話している最中、伊布子ちゃんは奥の部屋に入っていて、出てこない」
 
「それは邪魔しちゃいけないと思ってたからだよぉ」
「あ、そうか!」
「それに私は人工女性だから子供産めないけど、伊布美姉ちゃんは天然女性だからちゃんと子供産めるからね」
「うん。それは証明してくれたね」と言う久司さんは少し照れた表情だ。
 
病院に着く。病室で赤ちゃんをそばのベビーベッドに寝せて、ピンクのパジャマを着た姉は幸せそうな顔をしていた。
 
「名前は決めた?」
「うん。小貴人(こきと)と言うの」
 
「変わった名前だね」
「デカルトの『ego cogito ergo sum』(我思う故に我あり)から採ったの」
「姉ちゃん、ラテン語知ってるんだ」
「この子がいるということが、私が生きた証だから」
 
「そうだね。姉ちゃんって、いつも消え入りそうな顔してるもん」
「ふふ。久司にもさんざん心配掛けたけどね。でも、この子がいるということは私もいるということだし、この子を育てるために、私はしっかり生きていくよ」
 
「うん。頑張って。私も自分では子供産めないから、姉ちゃんの子供は自分の子供みたいに可愛いよ」
「うん。可愛がって。私と伊布子ってさ」
「うん」
 
「私は里子であの家にもらわれてきて。だから血もつながってないし、法的には別に姉妹でもないかも知れないけど、小さい頃から、すごく深い縁を感じていた」
「そうだね。小さい頃、ほんとに仲良く遊んでたから、結婚したいくらいまで思ってた」
と私が言うと久司さんも阿茂も「ちょっと、ちょっと」と慌てたように言う。
 
「でも私、そのうち、お姉ちゃんと結婚するんじゃなくて、お姉ちゃんみたいな可愛い女の子になりたいと思うようになったのよね」
「ふふふ。よく私のスカートとか勝手に穿いてたもんね。私の名前まで勝手に使ったりしてたし」
 
「えへへ。実はお姉ちゃんの身分証明書を無断借用したりしてたから。中学生の頃からは、けっこう女の子の仕草とか、女の子の発想・反応とかをかなり教えてくれたね」
 
「まあ、私がかなり唆した部分もあったね」
「でもお陰で、私も立派な女の子になれたし、素敵な彼氏をゲットできた」
「うん」
阿茂が頭を掻いている。
 
「そしてお姉ちゃんもこんな素敵な彼氏をゲットできたし、赤ちゃんもできた」
「うん」
今度は久司さんが照れて頭を掻いている。
 
「未来ってさ」と姉は言った。
「自分が強く望む未来が来るんだと思うの」
「・・・・」
 
「だから、この子が幸せになる未来、この子の子供ができて、私がおばあちゃんになる未来を私はしっかり希求する」
「うん。私もそういう未来を信じてるよ」
 
私は姉と見つめ合い、微笑んだ。そこに母が病室に入ってきて 
「お、なんだか今日は賑やかだ!」と言った。
 
阿茂が緊張した面持ちで母に挨拶する。
 
「こちらこそ、こんな変な娘をもらって頂いて、感謝です」などと母は言う。
 
「でも私、幸せ」と母。
「伊布美には孫ができたし、伊布子も結婚するというし。伊布美が産んだ小貴人ちゃんも可愛いし、阿茂さんの娘の絵留子ちゃんも可愛いし。孫がふたり同時にできて、もう盆と正月とクリスマスとひな祭りが一緒に来たような気分だよ」
 
と言う母は満面の笑みを浮かべていた。
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