【サンタガール】(後編)

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仕事は基本的には単純だった。
 
冷蔵設備付きの軽乗用車にケーキを積み、伝票で指定された家に持って行きお届けしてハンコをもらい「記念写真いかがですか?」と尋ね、持参したインスタントカメラでオート撮影してその場で写真を渡す。お客様が自分のカメラで撮りたいと言ったら、オート撮影の設定だけお客様にしてもらい、それで記念写真に収まる。そのため三脚持参だ。実はこれがちょっと重かった。けっこうな重労働である。
 
でも私は求めに応じて、笑顔で写真に収まった。
 
配達は15時から17時までして、いったんお店に戻り、また19時から21時までした。最初の2時間は主婦や独身の男女(ほとんど女性)が多かったが、あとの2時間は子供との記念撮影が多かった。子供のいる家では何枚も撮りたがる人があり、最終的には30分ほど予定時間をオーバーした。
 
23日はそんな感じで終わった。明日24日は10−12時、14−16時、18−19時半、20時半−22時の4回になる予定。ラスト22時と予定はしているけど、たぶん最後は23時近くになる。万が一にも0時を過ぎるとまずいので、夜の部では写真の回数は1回だけに制限させてもらうことになっている。
 
わたしは最初のうちは男とばれたらどうしようとドキドキものだったけど、そのうち開き直りができて、自分でも驚くほど、女性らしい動作ができた。・・・・と思う。自分にこんな素質があったとはと正直驚いていた。
 
主任格のみゆきちゃんや、他のバイトの子たちとも休憩時間にすぐ打ち解けた。なんだか凄く話が合う気がした。
彼女たちが話す男性アイドルの名前、だいたい知っていたし、ファッション用語なども何となく分かった。ふだん大学で同級生の女の子達の話の輪になんとなく入っていることが多かったので、そのおかげだ。
 
「私先に帰るね」とさくらちゃんが立ち上がると、いきなり服を脱いで着替えはじめる。そうだ。わたしは女子更衣室にいたんだ、と気づく。思わず目をそらしたら、みゆきちゃんが見とがめて「さくら、ゆうちゃんは男の子なんだけど」
と言うが、さくらちゃんは平気な顔で答える。
「え、でもこのお店では女の子なんでしょ、問題なし」といってそのまま着替え続けた。下着姿のさくらちゃんの豊かなバストが目に飛び込んで来た。それを見てわたしは一瞬『いいなあ』」と思った。
「ゆうちゃん、男の子が女の子の下着姿見るような目をしてない。
女の子が見る感じの目をしてる」とみゆきちゃんが言う。
「あ、いや、おっぱい大きくていいなあと思っちゃった」とわたしが言うと「これFカップだよ」とさくらちゃんが自慢げに言う。
「でもこんな堂々としてるのはさくらだけだからね」とみゆきちゃんが笑って言った。
 

 
家に帰って、服を脱いだら、自分の下着姿が鏡に映った。
じっと見つめてみる。バストが無いままのブラジャー。一応潰れたりしないように、ハンカチを詰めている。ガードルに押さえられてなんとなくスッキリした感じの股間。
 
私は家に帰ったら男の下着に着替えるつもりだったけど、なんとなくこのままでいたい気がして、そのまま女の子の下着を着けた状態で布団に入った。
 

 
翌朝。
起きたら新しい女の子用下着に替え、できるだけ中性的な雰囲気の服を着る。きちんとひげを処理してから、メイク道具を取り出し、自分でお化粧してみることにした。ファンデは・・・顔全体に塗るんだよな・・・これ何か気持ちいい。アイライナー・・・・分からない。どの辺に塗ればいいんだろう。うーん、省略しちゃえ。アイシャドウは・・・3色あるけど、どのあたりまでどれを塗ればいいんだろう・・・・分からないからいちばん薄い色だけ塗ってみよう。アイブロウ・・・・うーん。眉毛の描き方が分からない。なんとなく実際の眉毛(かなり細く削られている)の上とその延長線まで線を引いてみた。
 
これなんか顔をキャンバスにしたお絵かきだと思った。女の子って毎日こんな楽しいことしてんのか。いいなあ。少しちゃんと練習してみようかなあ。
 
チークもよく分からないので省略し、口紅を何となくこんな感じかなという感じで塗って出かけた。
 
お店に入ると早朝からの製造をしている人たちと挨拶を交わす。配達メンバーで来ていたのはまださくらちゃんだけだった。「おはよう」と言う。さくらちゃんは挨拶を返してから、私の顔をまじまじと眺め「メイク自分でしたの?」と訊く。「うん」「メイクしたの初めて?」「うん。やはり変かな?」わたしはちょっと恥ずかしくなった。「初めてにしては上出来だと思う。でも少し直したほうがいいかな」というと、私のメイクを最初からやり直させた。ひとつひとつ説明しながらさせてくれる。なるほど、アイブロウってそういう描き方しないといけなかったのか。でも面白い。わたしはよく分からないことを聞き返しながらメイクを終えた。うん、さっきより凄くきれいになってる。でも昨日より派手じゃない?これ。
 
そういうと「私はみゆきより派手だからね」とさくらちゃんは笑って言った。
 
しばらくしてみゆきちゃんがやってきた。
「わあ、誰かと思った。また女として進化してない?でもそのメイクはさくらね?」
「さくらちゃんに教えられながら自分でしました」
「さくら先生だと、メイクが濃くなっちゃうよ。でも女の子が板に付いてるなあ。そうだ。私の着替え用の服、貸してあげようか?カットソーとかスカートとかだけど」
えー!?と思っていると、みゆきちゃんは
「さくらの服を借りるよりは『ふつうの女の子』になれると思うよ」と微笑んだ。
 
結局その日はみゆきちゃんから借りた服を着て昼食に行くことになった。サンタガールはいわば劇の衣装みたいなものだったけど、普段着の女子服ってまた、少し恥ずかしい感じで、ほほを赤らめていたら「可愛い」と言われた。
「しばらく貸してあげるから、今日はその服で帰って、明日はその服で通勤してくるといいよ」とみゆきちゃんが言う。わあー。スカート姿で通勤?
 
24日はさすがに道が混雑していた。なかなか予定通りに進まず、予定時刻より遅れたことで文句を言うお客様もいた。が素直に謝るとみんな許してくれた。わたしが客でも可愛い女の子に謝られると許す気分になるかもな、と思った。女の子って得じゃん。これ男ならネチネチ文句言われるかも。
「お詫びに今度デートしてよ」などという男性のお客様もいたが、やわらかくはぐらかしておいた。
 
男の人とデートか・・・・それはさすがに出来ないなあ。
 
24日の第4部。20時半から22時の間に6軒の家を回る。この時間帯は面倒なことがあってはいけないので、男性のお客様は入れておらず、みんな女性のお客様のみという話だった。でも最初に行った家では、20歳前後の女性が酔って、できあがっていた。何か絡まれる。「話聞いてよ〜」というので仕方なく話を聞いてあげる。クリスマス直前に彼氏にふられてしまったらしい。わたしはドキンとした。他人事と思えないので、つい話に聞き入ってしまった。
 
「今夜は彼とこのケーキふたりで食べるつもりだったのに。ねえ、君もこれ食べて」と言うが、注文されたケーキは洋酒が入っているタイプだ。運転するので食べるわけには行かない。なんとか慰めたりしていたので、結局そのあとずれてしまい、最後の家は22時40分くらいになってしまった。一応店には途中の経過の連絡を入れている。
 
最後の家のベルを押した。「メゾンドパリです。ケーキをお届けに来ました」
とインターフォンで告げる。
「はーい」と言って出て来た女性を見て、わたしは心臓が飛び出るほど驚いた。 2日前に私の告白を拒絶した、マユちゃんだった。
え?マユちゃんの家ってこの辺だったっけ??
「ありがとう。私今日残業で遅くなっちゃって、今帰った所なの。でも不在通知票とか無かったから、うまい具合に遅れてるかなと思って待ってた」
「すみません。雪とかで交通渋滞もありまして」と反射的に無難な言い訳をしながら、わたしは頭の中が空白になりつつあった。
 
かろうじてケーキの箱を落とさずにちゃんと渡す。
「そうだ。サンタガールと記念写真撮れるのよね。このカメラでお願い」
 
三脚にカメラをセットし、一緒に記念写真を撮る。
ブログにアップしよう、とか言っている。
マユちゃん、わたしに気づいてない??
 
撮れた写真をモニターで見る。ちゃんとわたしは笑顔で写っている。
この2日間、何十回と繰り返した動作で条件反射になってるんだ、きっと。でも、告白が成功していたら、わたしは男の姿でここに写ってたんだよな・・・・。
 
「ありがとうございました」
私がほとんど頭が空白のまま、車へと戻りかけたところで彼女が声を掛けてきた。
「あの」
「はい」
「なんかあなた見たことがある気がして、知り合いの誰かだったっけと思って一所懸命今考えてたんだけど・・・・」
「・・・・・」
「まさか、ゆっくん?」
わたしはクラクラとして倒れそうになるのを必死でこらえながら、小さく頷いた。
 
「うそ。なんで女の子のかっこしてケーキの配達してるの?」
「ごめん」
「でも・・・・・可愛いよ。ゆっくん」
「ありがとう」
「もしかして、ゆっくん女の子になりたい男の子だったとか」
「そういう訳でもないんだけど」
「あのね、一昨日は私もこんなこと言ったら悪いかなと思って言えなかったんだけどゆっくんとの付き合いって、私はなんか女の子同士のお友達付き合いみたいな感覚だったの。なぜそんな感覚になったのか、自分でも分からなかったんだけど」
「わたし、子供の頃から女の子の友達多かったし」
あ、一人称を『わたし』にするように訓練してたから、マユちゃんの前でも「わたし」なんて言っちゃった。
「ゆっくん、なんか女の子の服着ているほうが自然な感じ。男の子の服着ているゆっくんってなにか違和感があったんだよね。自分でも何の違和感か分からなかったんだけど、今こうして女の子の服着ているところ見て、分かった。あ。『ゆっくん』というと男の子みたい。『ゆうちゃん』とか呼んでいい?」
「うん、バイト先でもそう呼ばれてる」
 
マユちゃんは明るく微笑んだ。
「今日バイトは何時まで?」
「マユちゃんとこが最後だから、このあとお店に戻って報告して終わり」
「じゃ、そのあと深夜になっちゃうけど、うちに来ない?
あ、ここ姉貴の家で、夫婦で海外旅行に行っちゃったのでお留守番に来てるの。ケーキも姉貴の名前で注文してたんだけどね。ケーキも正月前にくるはずのおせちも食べていいからと言われてて」
「それでさ、今夜は『女の子同士』でクリスマスを楽しまない?このケーキ食べて、シャンパンあるから、一緒に飲んで、いろいろお話しない?」
 
「でもわたし・・・・・男の子だよ。夜を一緒に過ごしたりしていいの?」
「ゆうちゃん、女の子でいてよ、私の前では。私、ゆうちゃんという
お友達を失いたくないの」
失いたくない・・・・それはわたしも同じだ。だから告白したのに。
でも女の子同士の友達?そんな付き合い方あったのか、男女の恋人ではなくて。
「わたし、マユちゃんに欲情して襲っちゃうかもよ」
ああ、完璧に女言葉が身についてしまっている。
「そうなっちゃったら、そうなった時だけど、そうはならない気がするな」
マユちゃんは何か確信したように言う。
 
「うん。じゃ、終わったら携帯にメール入れるね」
「うん、待ってるから」
マユちゃんは、わたしの手を取ると笑顔で強く握りしめた。
わたしは何だかとても晴れやかな気持ちになって車に戻った。
業務用携帯でお店に配達終了のメールを入れてから、車をスタートさせた。
 
女の子同士のクリスマス・・・・みゆきちゃんに借りた服でマユの家に行こう。普通のスカート姿のわたし見たら、なんて言われるかな。
なんかドキドキしてきた。でも不安じゃなくて楽しみなドキドキだ。
 
白い粉雪がフロントガラスにぶつかってくる。
通りがかりの教会の鐘が鳴った。
「メリークリスマス」
わたしは、明るい気持ちでそうつぶやいた。
 
でもわたし・・・ずっとこのまま普段も女の子のままになっちゃったりして?まさかね・・・と思いながらも、女の子ライフも悪くない気がするなと思っていた。メイクは楽しそうだし。スカート穿くのもなんか不思議な感覚だし。
最初はすごく頼りない感じだったけど。
このバイト代で、私服にスカート買ってみようかな・・・・・
 
街は明るいイルミネーションに満ちていた。
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