【徴兵検査の朝】(1)

目次
 
カズシは憂鬱な気分で家を出た。今日は徴兵検査の日である。
 
我が国では20歳になった男子は全員徴兵検査を受ける義務がある。検査の結果合格となれば、4年間の兵役義務が待っている。現在我が国は定常的な戦争は行っていないものの、国連や多国籍軍による平和維持活動やテロ防止活動のため、世界に軍隊が派遣されており、中には危険な地域もあるので毎年数百人単位の戦死者が出ている。確率的には戦死率は1%程度ということになるが、それでも死ぬ可能性はあるし、死ななくても大怪我をしたり、また人が死ぬ場面、自分が人を撃つ場面に遭遇して、強いトラウマとなり、鬱病などになる人も多い。
 
そこで様々な形で徴兵忌避をしようとする人達もいるが、悪質な場合、最高刑は死刑である。
 
先輩の中には直前に醤油を大量に飲んで、肝機能障害があるかのように装った人もいたが、これはよくある手法なのですぐバレて、刑罰は食らわなかったものの、即刻前線に行かされた。
 
ある先輩は自分の入信している宗教で人を傷つける行為が禁止されているので、兵隊にはならないと主張した。外国ではこういう人は代わりに社会奉仕などに回される所もあるらしいが、我が国では厳罰を食らう。この人は懲役刑を宣告され、いまだに刑務所の中にいる。
 
笑っちゃったのが別の先輩である。男だから徴兵されるのだから女なら不合格になるだろうというので女装して徴兵検査に出かけた。確かに女の格好で行って「帰れ」と言われて、そのまま帰された例もあるらしいのだが、その先輩の場合は、試験官の中にたまたま彼を知っている人がいて「お前、普段は男の格好してるじゃないか」と指摘され、偽装女装がバレてしまって、その場でバリカンで頭を刈られ、ふつうに乙種合格してしまった(帰りは丸刈りで女の服を着て帰宅したので無茶苦茶恥ずかしかったらしい)。
 

カズシは三人兄弟の三男である。長男のヒロシは高校時代にラグビーの選手だっただけあって体格が良く、運動能力にも優れていて甲種合格した。甲種合格は名誉なこととして、たくさん祝福されていた。剣術にも射撃にも優れていたので、海兵隊に入り、4年間の兵役の間に多数の戦地に赴き、多くの手柄を上げ、下士官試験を受けて正規兵となり、現在は出世して少尉である。
 
次男のタカシは身体はそれほどでもなかったが頭が良かった。それで士官学校に入って(そのため徴兵検査は受けていない)技術士官となり、兄より出世して大尉になっている。彼は戦地に赴いたりはせず、国内で勤務している。
無人戦闘機のパイロットの資格を持っており、戦乱が起きた時はそれを(国内の基地で)操縦して、多数の戦果を上げているようである。
 
運動能力が高い長男、頭の良い次男に比べて、何の取り柄も無かったのがカズシであった。いつも父から「兄たちを見習え」と言われて育った。学校の成績は下から数えた方が早かったし、体育では野球などやると、打てば三振、守ればトンネル、投げれば暴投、受ければ後逸。カズシはいつも劣等感漬けの状態で育った。高校もそこそこの学校に行ったが、まさか通るまいと思って受けた大学に奇跡的に合格して、4年間理学部の学生として過ごした。
 
通常徴兵検査は20歳で行われるのだが、理系の大学生だけは特例で、大学を卒業してから受けることになっている。
 
それで高校の同級生の中には既に徴兵されて軍務に就いている人も多かったのだが、カズシはこの3月に大学を卒業し、4月1日に行われる大学卒業者向けの徴兵検査に臨んだのであった。
 

徴兵検査の3日前。カズシは髪を切りに行かねばと思った。検査を受ける時には丸刈りで行くのが原則である。それまでカズシは髪をかなり伸ばしていた。これは短髪にしていると毎月髪を切らないといけないが、長髪なら3ヶ月に1度程度切るだけでも済むので、経費節約というのがあった。もうひとつは、長兄よりは少しは自分のことを理解してくれている次兄のタカシが「お前は髪が長い方が似合うよ」と言ってくれていたからであった。
 
しかしさすがにこの髪では徴兵検査は受けられないと思って、床屋さんにいくのに学生アパートを出たのであるが、これまで年に数回行っていた床屋さんの所に行くと閉まっていて「長らくの御愛顧ありがとうございます。当店は閉店しました」
という貼り紙があった。
 
「ありゃ〜」と思い、町に出て、床屋さんを探した。しかし、あそこの床屋さんに大学入学以来ずっと通っていたので、どこに他の床屋があるのか分からない。
適当に歩いていたものの全然見つからないので、困って大学時代のクラスメイトに電話してみた。
 
「ね、髪はどこで切った?」
「ああ、俺は○○町の○○理髪店だよ」
「ありがとう」
 
そういう訳で○○町までバスで移動する。
 
そして学友に聞いた理髪店の場所を探して歩いていた時、道でうずくまっているお婆さんを見かけた。
 
「どうしました?」
「ちょっと気分が悪くなって」
「それはいけない。病院に行きましょう」
「いや、それほどではないので、家まで帰れたら寝ておくのですが」
「だったら送りますよ」
 
そういうとカズシはちょうど来たタクシーを捕まえて、老婆を乗せ、行き先を聞いて一緒に行った。そして一緒にお婆さんの自宅に入り、布団を敷いて寝せた。
 
「お子さんかどなたかおられませんか?連絡しましょう」
「息子は2人いたけど戦争で死んでしまって」
「あらあ。他に身よりは?」
「全然居ないんですよ。一応息子が戦死したというので恩給をもらっているから、それで生活しているのですが」
「ああ。じゃ、今日は少し私が付いてますよ」
「でもお忙しいのでは?」
 
「大学は卒業して、3日後に徴兵検査なんで今は無職で暇ですから」
「あら、あなた男の子? 髪が長いから女の子かと思った」
「あ、済みません。奥さんも女の人だし、男性とふたりきりでいるのはまずいですかね?」
「あら、若いツバメでも欲しい感じだけどね」
「あはは」
 

ということで、その日は夕方まで、そのお婆さんの家にいて、おしゃべりの相手をし、食事なども作ってあげた。それでお婆さんもだいぶ体力を回復してきたようであったので「お大事に」と言って帰宅した。
 
まあ髪切るのは明日でいいや、と思って寝る。それで翌日また○○町まで行き今度はちゃんと○○理髪店まで行ったのだが「本日定休日」という貼り紙がある。
あぁ。。。と溜息を付いて引き返す。まあ明日切ればいいよね。
 
それで徴兵検査の前日、再度○○町の○○理髪店まで行った。客が多数待っていたので、自分も椅子に座り、漫画本でも取って読みながら待つ。今日は何だか客が多くて、かなり待つ気配であった。
 
しばらく待っていた時、店主さん?から話しかけられた。
 
「済みません。今日は凄く混んでいるので、女の人は美容室に行ってもらえませんか?」
「あ、えっと・・・」
「明日が徴兵検査で、髪を切りに来ている男性がたくさんいるんですよ」
 
自分もその髪を切りに来た男性なんだけど〜、と思ったものの、カズシは言われると反論したりせずに大人しく従ってしまう性格である。それで 
「済みません」
と言って店を出てしまった。
 
うーん。。。。美容室? そんなもの行ったことないけど。でも美容室に行って丸刈りにしてくださいとか言ってもいいのか? 
少し悩んでしまったが、取り敢えず美容室を探す。床屋さんがなかなか見つからなかったのに対して、美容室はすぐに見つかった。取り敢えず見つけた店に入る。
ここも客が数人待っていたが、やがて案内された。床屋では鏡の前の傾けられる椅子に座って髪を切られていたので、鏡も無い、ふつうの椅子に座らせられて何かちょっと変な感じ。
 
「徴兵検査受けるんで丸刈りに」
「お客さん、冗談がきついですね。短くするんですか?」
「あ、はい」
「じゃ、肩に掛からない程度くらいまで?」
「あ、そんなものかな」
 
カズシは自分は男で本当に丸刈りにして欲しいんだというのが言えず、流されるままに「女性としては短い」程度の髪の長さにされてしまった。
 
「とても可愛くなりましたよ」
「あ、そうかな」
 
などという会話をして料金を払ってお店を出た。
 
ショウウィンドウに映してみると、本当に女の子みたい! これやばくないかな〜という気がしたのだが、またどこかの床屋に行っても追い出されそうな気がする。
うーん。。。もういいことにしよう! 徴兵検査場でちゃんと髪を切ってきてなかった者は丸刈りにされるとも聞くし、それでやってもらえばいいか。
 
ということで放置してその日は寝ることにした。
 

それで徴兵検査の当日。カズシは取り敢えず髪はブラシで梳き、適当なポロシャツにジーンズを穿いて検査場となっている市の体育館に出かける。
 
バス停で体育館行きのバスを待っていた時、何故か眠たくなってしまい、うとうととした。夢の中に、先日町で助けたお婆さんが出てきた。
 
「先日はありがとうございました」
「お婆さん、そのあと体の調子はどうですか?」
「おかげさまで、何とかなってます」
「それは良かった」
 
「それでですね。親切にしていただいた御礼に、何か願い事があったら、叶えてあげようかと」
「あはは、まるで昔話みたいですね」
「何かこうなったらいいなというの、ありませんか?」
「そうだなあ。今から受けに行く徴兵検査、不合格になるといいかな」
「あら、そんなのでいいの? 欲が無いわね」
 
お婆さんはにこやかにそう言った。
 

バスのクラクションが鳴ってカズシは目を覚ました。目の前に体育館行きのバスがいる。慌てて飛び乗った。
 
バスの車窓から町の景色を眺める。平和な町並みだ。この国はここ100年ほど、本土が戦場になったことは無い。それは我が国が強力な軍事力を持っていることと、超大国との軍事同盟も結んでいるから、周辺国も手出しができないためであることはカズシとしても認めざるを得ない。むろんこの国は侵略戦争も行っていない。
 
しかしカズシは戦争は嫌いだ。
 
国連軍や多国籍軍絡みで戦闘に従事している兄たちが「今年は何人殺したかな」
などと得意そうに言うのを聞いているだけで鬱になる。それもあって大学に入るのと同時に家を出てアパートで一人暮らしを始めた。
 
なぜ人は戦争をするのだろう。お互いに少しずつ譲り合えば、何とか争いにならないようにできないものだろうか。カズシはそんなことをよく考えていた。
 

やがて体育館に到着する。カズシはふっと息をつくとバスを降りた。バスから降りた客のほとんどが丸刈りの若い男性だ。みんな徴兵検査を受けに行くのだろう。
 
体育館の前に列が出来ていたので、カズシもそれに並ぶ。
 
が後ろに並んでいた男性から声を掛けられる。
 
「君、これ徴兵検査の列なんだけど。バーゲンとかじゃないよ」
「あ、済みません。私も徴兵検査受けるんで」
「へ?」
「私、一応男です」
「え?そうなの?」
 
後ろの男性は首をひねっていたが、まいっかと思ったようであった。彼とはその後、少し言葉を交わした。彼はミノル君と言った。
 
やがて体育館の入口に来る。入口の所に軍曹の階級章を付けた人と数人の兵士が立っていて、入って行く男性たちから住所と名前を聞き、名簿にチェックしている。たまに何か文句言われている人もいる。どうも頭は「1分刈り」と決められているのに「5分刈り」だと言われている人や、ピアスは禁止だとかいわれている人などのようである。
 
やがてカズシの番が来る。
「○○市○○町○○番○○号、タナカ・カズシです」
と言ったのだが 
「ちょっと待て。お前女なのでは?」
と軍曹さんから言われる。
 
「男ですけど」
「なんだ?その髪は?」
「済みません。切ろうとしたのですが、どこも閉まってるか満杯でどうしても切れませんでした」
「まあいい。検査の後で切るぞ」
「はい」
 
それで中に入った。服を脱いでパンツ1丁になるよういわれる。それでポロシャツとシャツを脱ぎ、ジーンズも入れて名札付きの駕籠に入れた。カズシが脱いだ所を見てミノル君が 
「あ、やはり君、男なんだね」
と平らな胸を眺めながら言った。
 
「そうですね」
と言ってカズシは微笑む。何となく彼とは微妙な連帯感が出来ていた。
 
最初に採血されて、他の検査をしている最中に分析機に掛けられるようである。
心電図、レントゲンを撮られたあと、身長、体重、視力、握力などを測られる。
身長162cm, 体重48kg, 視力1.2/1.0, 色覚異常無、聴力異状無、握力25kg/20kg, 背筋70kg, 肺活量3000cc と数値が出てくる。その後、内科医に聴診器を当てられる。
 
「握力・背筋とか肺活量も小さくて女子並みだけど、特に軍役に支障は無いね。
君細いし筋力も無いみたいだけど、軍隊で毎日訓練やってれば、もう少し体格良くなるよ」
などといわれた。どうも乙種合格しそうな雰囲気。やだなあ。
 

その後、とっても憂鬱なものが待っている。性器検査だ。これまで穿いていたパンツも脱ぎ、全裸で泌尿器科医のチェックを受ける必要がある。それでその列に並ぶ。おちんちんを丸出しした男性の列。見ただけで逃げ出したい気分。
でも自分もパンツを脱ぐ。
 
カズシはその時にやってようやく、その「異変」に気付いた。へ? 何?これ?何でこういうことになってんの?? 
カズシは取り敢えず股の所に手を当てた。
 
「何?恥ずかしがってんの?」
とミノル君に笑われる。
 
「あ・・・うん・・・」
 
ミノル君は立派なペニスを堂々と露出させている。18cmくらいあるだろうか?かなり大きな方だという気がする。皮も剥けて円錐形のアイヘルも見えている。
ちょっと美しいと思ってしまった。自分に「付いてた」のは、こんなに大きくなかったし、こんなきれいな曲線でも無かったなあ、などとも思う。そう!「付いてた」という過去形であることが問題なのだ! 
「あ、もしかして包茎? 気にすることないのに。包茎の人って多いし、長さも最低10cm程度あれば子供作るのに困らないしね」
 
などとミノル君は言う。
 
まあ、確かに仮性包茎「だった」けど、それを気にしたことはない。学生時代銭湯ではふつうに露出してたし。
 

やがて泌尿器科医の少し手前に立っている上等兵の階級章を付けている人に咎められる。
 
「おい、こら、何を隠してる。男ならちゃんと見せろ」
と言って、手を撥ね除けられてしまった。
 
「は?」と上等兵さん。
「・・・・」
 
「お前、チンコどこに隠してんの?」
「それが見当たらなくて・・・・」
 
「ちょっと貸せ」
と言って、上等兵さんがカズシの股をまさぐった。
 
「お前、女じゃないか!」
 
そうなのだ。カズシのお股には、今朝まであったはずの、おちんちんもタマタマも無くなっていて、そこには女の人と同様の割れ目ちゃんがあるのである。
 
「でもお前、胸無いな」
「発達が遅れているのかも」
 
「え?カズシ君、やっぱり女の子だったの?」
と後ろでミノル君が驚いたように言う。
 
「病気か何かでチンコ取ったのか?」と上等兵さんに訊かれる。
「えっと・・・・」
 
とカズシがどう答えていいか分からずにいた時、前の男性の性器を診察し終わった泌尿器科医が 
「どうしたの?」
と言って椅子から立って寄ってきて、そばのベッドに寝るように言い、開脚させて、カズシの股間をチェックした。
 
「ふーん。大陰唇、小陰唇、陰核、尿道口、膣とちゃんと揃ってるね。君は間違いなく女だ」
とお医者さん。
 
「こいつ女ですか?」と上等兵さん。
「間違い無いです」とお医者さん。
 
上等兵さんが少し離れた所にいた士官を呼んできた。少尉の階級章を付けている。
 
「なんだ。お前、女なのか?」
「そうみたいです」
「だったら帰れ」
と言われた。
 
そういう訳で、カズシは徴兵検査場から途中退場となった。後日「丙種合格」
(一応合格の範疇だが、よほどのことが無い限り兵役に従事することはない)という書類が届いた。
 

カズシは仕事探しをすることにした。
 
大学を出た後、兵役があると思っていたので、就職活動は何もしていない。
しかし徴兵されないということになると、何か仕事をしなければならない。
 
取り敢えず職安に行ってみたが、徴兵検査が「丙種」であったということで内容を問われる。しかし何と説明すればいいんだ!? 
「身体上の問題と言われました」
「何か持病があるの?」
「いえ。でも体質が弱いからかなあ」
「ああ、確かに君、身体が細いもんね」
 
ということで、老人ホームなどを経営している社会福祉法人の事務の仕事を紹介してもらった。会社の面接でも、徴兵検査で丙種であったと言うと、何か健康上の問題でもあるのかと尋ねられたが、多少虚弱体質だからかもと言うと納得してくれたようだ。
 
「うちは基本的にはシフトはあっても残業はほとんど無いから身体が弱くても大丈夫でしょう」
ということで、早出の日、遅出の日はあったが、終業時刻になると「時間になったから上がっていいよ」
と言われて、帰宅させてもらえた。
 
この会社は服装規定なども緩く、背広など着ている人はいなかったので学生時代と同様のポロシャツにジーパンという格好で勤務した。髪がやや長いのも注意されなかったので、結局は散髪代節約で放置した。徴兵検査の前に切った髪も、夏頃には、また肩に掛かる長さになってしまった。
 

会社から給料をもらえるようになったので、風呂無し・トイレ共同の学生アパートを引き払い、一応トイレも風呂もあるアパートに引っ越した。取り敢えず風呂付きのアパートでないと、銭湯に行く訳にはいかないからである。
 
でも引越前、何日も風呂に行くことができなかった時、とうとう我慢できなくなって銭湯に行った。
 
いつものように男湯の暖簾をくぐって番台で料金を払い、中に入る。服を脱ぐが、あの付近は隠しておく。浴室に入り、椅子に座ってまずは身体を洗う。
ついでに髪も洗っちゃう。あの付近は慎重に洗う。あの徴兵検査の日から自分でこの付近の構造については充分調査したので、その付近に触っても今更ドキドキしたりはしないが、デリケートな部分なので優しく洗う。
 
そしてタオルでその付近を隠したまま湯船に行き、湯船に身体を浸けると手であの付近を隠す。ふっと溜息をする。
 
まあ、この先どうなるのか分からないけど、何とかなるんじゃないかなあ。
カズシは楽天的な性格なので、そう思った。
 
丙種判定であったことを父や兄に言ったら父は「もっと身体を鍛えてないからだ」などと言って怒っていたし、長兄は「ふーん」と馬鹿にしたような言い方。
次兄は「気を落とすなよ。普通の仕事をしていても、間接的に国に貢献できるんだから」と慰めるように言ってくれた。
 
もっとも自分は兵隊に行かずに済んで、ホッとしてるんだけどね! 
そんなこと言ったら「非国民」とか言われそうだから誰にも言わないけど。
 

のんびりと入っていたら、近くに25-26歳くらいの男性が来た。
 
「君、男だよね? 髪が長いから女の子かなと思ってびっくりした」
「まあ男湯に女は入らないでしょうね」
「学生さん?」
「いえ。大学は卒業しましたが、虚弱体質というので徴兵検査が丙種になったので、市内で事務系の仕事をしています」
「ああ、確かに君、身体が細いもん」
 
カズシは面倒くさいので丙種判定の理由は虚弱体質ということにしておいた。
 
しばらく彼と雑談していたら、結構話が盛り上がった。彼は男性にしては珍しく、あまり武術とか野球とかの話はせず、芸能界の話題など出すので、カズシとしても何とか話に付いていくことができた。
 
それで話が盛り上がったのでカズシはつい、油断してしまった。
 
そろそろ上がりましょうか、などといって湯船から立ち上がる。その時彼が「えっ・・・・」
と言って、カズシを見て絶句する。
 
あ・・・・お股見られちゃった!! 
彼がその場で固まっている間にカズシは曖昧な笑顔でそのまま脱衣場に移動しさっと身体を拭いて、さっと服を着て、さっと出てしまった。カズシが番台の付近を通る時に、やっとあの彼が浴室を出て脱衣場に入ってくるのを目の端で見た。
 

銭湯も大変だったが、当初やはりいちばん戸惑ったのはトイレである。
 
取り敢えず今までのようなおしっこの仕方ができないのは確かである。小便器では無理だよなあということで個室に入る。
 
ところがおしっこだけ出そうとしても、大の方までちょっと出ちゃう。座ると大を出すという条件反射ができているのだ。その条件反射を克服し、後ろを引き締めた状態で前だけ緩めるというのが、なかなかできなくて慣れるまで数日を要した。
 
それとおしっこをすると結構あの付近が濡れちゃう。これどうしたらいいんだ?このままパンツ穿くと、パンツを随分濡らしちゃうし、ということで考えた末にトイレットペーパーで拭くというのを思いついた。
 
女の子はみんなこんなことしてるのかなあ、と疑問を感じるが、親しい女性がいないので聞いてみることもできない。というか、親しい女性であってもそんなこと聞いたら、平手打ちくらいそうだ。
 
ちんちんが付いてれば、おしっこした後は、ちんちんを振ればけっこう水分は飛ばせるのだけど、この形では振るものが無いから拭くしか無いのかも知れない。
 
しかし・・・これ何か大変な事態が起きているような気もするんだけど、自分って物事に動じない性格なのかなあ、などとも思ってみる。
 

そんな生活を半年ほど送っていた頃、会社から打診された。
 
「○○園でね。急に人が3人辞めて、手が足りないんだ。募集も出しているけど若い人がいなくてね」
 
それはそうだ。兵役があるから、普通の人なら20-23歳、理系大学出身者なら22-25歳の間は男子はみんな兵隊に行っている。若い労働力が絶対的に不足している。
 
「それで、人が埋まるまででもいいのだけど、ちょっと手伝いに行ってもらえないかと」
「いいですよ。でも私、介護ヘルパーとかの資格持ってないですけど」
「それは構わない。日常的な食事の介護とか、おしめの交換とか、他にも洗濯や掃除などの雑用の仕事がたくさんあるんだよ」
「なるほどー。まさに労働力って感じですね。行ってきます」
 
ということで、カズシは福祉施設の現場勤務となった。
 

そこは認知症の老人が半分、若い知的障碍者が半分という感じの施設だった。
 
ここの勤務態勢は、朝7時〜16時、15時〜夜24時、夜23時〜朝8時という3つの勤務時間帯があり、カズシは体力がありそうだということで、夜23時〜朝8時の「深夜時間帯」を基本とし、この時間帯で週に4日と、連絡事項のやりとりも含めて昼間(早出)の時間帯に1日働くことになった。但しバイトさんの入り方の都合で、変則的な勤務になる場合もあった。
 
夜間の時間帯は入居者はだいたい寝ている(21時消灯)ので、その分少人数(というか3人)で管理しているが、広範囲に気を配らなければならないのが留意点といわれた。
 
最初2回は男性の先輩の人と一緒に勤務した(その日だけ4人で仕事した)。
おしめを替えるのをやりましょうと言い、ひとりの老人の部屋に入る。おとなしい感じのお婆ちゃんだなと思った。
「おむつ交換しまーす」
 
と言って脱がせている。あれ?女性でも構わず男性のスタッフがやってもいいのかな?と思って見ていたのだが、脱がせてみると、おちんちんがあった! 
えー?てっきり女の人と思ったのに! 
年取ると。性別がよく分からなくなる人っているもんなあ。しばしばお爺さんに見えてしまう老婆はいるのだが、この人はお婆さんに見えてしまう老爺ということのようである。
 
一応、深夜時間帯は、責任者の他、男女1人ずつのスタッフ態勢になっているようで、男性のおむつ替えは男性スタッフ、女性のおむつ替えは女性スタッフがやることになっているようだ(緊急時を除く)。また何人か、おむつは必要ないが、トイレまで連れて行ってあげないといけない入居者がいて、夜24時と朝6時にトイレ誘導を行った。
 

現場勤務になってから数日経った時「お風呂の付き添いお願いします」
と言われた。
 
入居者の中で軽度の知的障碍の人が付属施設の工場で働いている。その勤務が後片付けを含めて22時頃に終わるので、その人の入浴に付き添って下さいということだった。何か事故でも起きた時の用心である。
 
でもお風呂に付き添いって・・・・ 
「うん。Tシャツとパンツでもできるけど、ずぶ濡れになるから着替えることになるね。僕は裸になってやってるよ。その方が入居者さんも連帯感持ってくれるし」
 
あはは。。。でも自分が付き添いするのは男性入居者さんだよね? 男性入居者さんは多分男湯に入るよね? でも私、男湯に入るにはちょっと問題があるんですけど! 
でも仕方無いので、その入居者さんと一緒にお風呂に行く。40歳くらいの人で話していると少し変だが、まあ一応の会話ができないことは無い。難しい話でなければ彼もだいたい理解してくれる。雑談しながら彼が服を脱ぐのを見ていたら 
「あれ?タナカさんは脱がないの?」
と言われてしまう。あはは、やはり脱がないとダメ? 
「うん。今脱ぐよ」
と言って服を脱ぐと、 
「あれ、タナカさんって、胸が女の人みたいに膨らんでますね」
「ああ、お相撲さんの胸があるのと同じだよ」
「でもタナカさん、そんな太ってないのに」
「胸に肉が付きやすいのかなあ」
 
そうなのだ。例の徴兵検査の日まではふつうに平らな胸だったのに、あの後少しずつ、カズシの胸は膨らみ始めていて、今は小学6年生くらいの女の子程度の胸の膨らみが出来ている。
 
やがてパンツも脱いでしまう。
 
「あれ〜、タナカさん、おちんちんは?」
「僕のは小さいから、恥ずかしいんで、ちょっと隠してるんだよ」
「へー! でも男同士恥ずかしがることないのに。おちんちんなんてみんないろいろですよ。**君のとかも小さいし」
「へー」
 
そんなことを言いながらも一緒に浴室に入り、彼が身体を洗うのをそばで見ていて(ついでにこちらも身体を洗う)、浴槽には一緒に入ったまた色々な話をした。
 
「でもタナカさん、おちんちんの隠し方がうまい。まるで付いてないみたい」
「そう? これ昔から結構得意だったんだ」
「へー」
 

彼はそこまで頭が回らなかったみたいで、カズシが「おちんちんは隠してる」
という話を信じてくれたようであったが、入居者の中の特に女性たちには、《性別の疑惑》をもたれてしまう。
 
食事の時に食堂へ誘導していた時、30歳くらいの女性入居者から胸を触られた。
カズシの膨らんだ胸を感触で確認して、彼女は納得したような顔をした。
 
別の20代の女性は、いきなりお股を触ってきた。そしてそこに何も突起物が無いことを確認して、彼女はとても嬉しそうな顔をした。
 
それで数ヶ月、その施設で働いている内に、どうも女性入居者の間で、カズシは女性ではないかという噂が広がっていったようである。そしてその内その噂は男性入居者の方にも伝わっていく。
 
「あれ、そういえばタナカさんとお風呂入った時、おっぱいあったよ」
「タナカさん、いつもおちんちん隠してるね。タナカさんのおちんちん見たことない」
「それって、もしかして隠してるんじゃなくて、おちんちん無いのでは?」
 
「もしかしてタナカさんって女の人?」
 
それで、とうとう施設のスタッフにも疑問を抱かれるに至る。
 

カズシは課長(この園の実質的な責任者)からちょっと話をしたいと言って小部屋に招き入れられる。
 
「ちょっと最近、入居者さんやスタッフの間でも疑問の声が出てるんだけどね」
「はい」
「君って、男性だっけ? 女性だっけ?」
「えっと・・・戸籍上は男性のようです」
「実際は?」
「自分でもよく分からないんですけど、私の身体を見たら女に見えるかも」
 
「手術とかして直したの?」
「うーん。それに近いかも知れないですね」
 
「そうか。僕はそういうのには偏見は持ってないつもりだから、気にせず、ちゃんと最初から言ってもらえば良かったのだけど」
「済みません」
 
「いや、この施設では君も知っているように、男性の介護は男性スタッフが、女性の介護は女性のスタッフがすることになっている。でも実は最近、一部の男性入居者の中にね、タナカさんは女の人ではないのですか? 女の人からおむつ替えられるのは恥ずかしいとかいう声が出ていて。他にもお風呂に付いてもらってるけど、タナカさん女の人みたいな身体だから、つい押し倒したくなるのをずっと我慢しているという話も出ていてね」
 
「あはは・・・」
 
うーん。男性と万一セックスしてしまった場合、自分は妊娠しちゃうのだろうか?? 
「君が女性ということであれば勤務態勢を変更して、君には女性入居者の介護をしてもらった方がいいのではないかと思っている」
 
「分かりました。女性扱いでお願いします」
「うん、分かった」
 

ということで、その後、カズシは女性スタッフとして取り扱われることになった。
夜間の勤務は、責任者1人と、男女1人ずつで、これまでカズシは女性スタッフと組んで仕事をしていたのだが、男性スタッフとの組で対応することになった。
そして主として女性入居者のお世話をしたが、カズシが夜勤に入る日は責任者もできるだけ女性の幹部が入って、微妙なお世話(尿道カテーテルの挿入など)をする場合などはその人ができるようにしてくれたようであった。
 
女性スタッフ扱いになったので、入浴介護も女性入居者の担当になる。すると女湯に入らなければならない。すると、今までみたいに男性下着を着けておくわけにはいかない、ということでカズシは女性下着を着けることにした。
 
買いに行ったものの、恥ずかしくて結局ブラジャーは買えなかった。中性的なフレアパンティと、ババシャツを数枚買ってきた。自宅で着けてみたが凄く変な気分だった。実は性的に興奮してしまった。以前ならおちんちんが立ってしまうところだが、立つようなものが無い。カズシはそっと自分のヴァギナを触ってみて、少し濡れていることに気付いた。そっかー。自分は性的に興奮すると濡れるのか!と新鮮な発見をした気分になった。
 

女性扱いということで、トイレは女子トイレを使うように言われた。もっとも介護スタッフは、その職務の必要上、いつでも男子トイレにも女子トイレにも立ち入ることができるので、カズシはこれまでも何度も女子トイレには入ったことがあったし、入ったついでにそこで用を達したこともあった。
 
それで今後は女子トイレで用を達するのが標準ということにはなったものの、それまでとそんなに違った気はしなかった。
 
ただし、女子トイレを使う練習と思い、町などに出ていく時も女子トイレを使うことにしたので、これは最初結構ドキドキした。男が入って来たと思われて、「痴漢!」とか言われないかと不安だったが、そのようなことは無かった。
 
それどころか、実を言うと、カズシは髪が長いので、それまで町で男子トイレに入って行き「女子トイレが混んでいるからといって、こちらに来るなよ」
と言われたことが多数あったのである。
 
日常的に女子トイレを使うことにした結果、逆にトラブルが減った気もした。
 

勤務先で女性扱いになってしまったことで、カズシはそれまであまり話していなかった同僚の女性スタッフと結構仕事以外の話もするようになった。
 
「カズちゃんって、男装女子なのかなぁと実は思ってた」
「あれ?そう見えました?」
 
彼女たちからはすっかり「カズちゃん」と呼ばれるようになっていた。
 
「何か身体の線が女性っぽい気がして。でも男性として勤務してたから」
「そうそう。でも髪伸ばしてるし。男装女子なら髪は短くしちゃうだろうから、もしかして逆にすごくトランスの進んだ女装男子なのかもという気もして」
 
彼女たちとは昼間の勤務の日に一緒にお風呂に入ることもあった。
 
「カズちゃん、もっと色気のある下着をつければいいのに」
などと言われる。
 
「いや、買うのが恥ずかしくて」
「えー?でも女の子になる手術受ける以前に、普通に女の子の服着て出歩いたりしてたんでしょ?」
「うん、まあ」
「その段階で女の子っぽい下着も買うよね」
「勇気無くて」
 
「女の子の下着買う勇気はなくても、女の子になる手術を受ける勇気はあったんだ!?」
 
更にババシャツの下に何も付けてないのに突っ込まれる。
「カズちゃん、ブラジャーは?」
「したことない」
「有り得なーい!」
「一応持ってるんでしょ? 着けて来なよ」
「いや、実は持ってない」
「信じられない」
「何なら買い物に付き合おうか?」
 
ということで今度の非番の日に下着の買物に付き合ってもらえることになった。
 
「お股はふつうに女の子の形だね」
と浴室の中で言われる。
 
「ええ。最初は結構戸惑いもあったけど、だいぶ慣れました」
「おっぱいはまだ小さいね」
「そうですね」
「これ、どのくらいかなぁ」
「さすがにAカップは越えてる気がする。Bかも」
「ちゃんとブラしてないと、胸の筋肉を痛めるよ」
「そうそう。若い内はいいけど、年齢を重ねると型崩れしてくるから」
「はあ」
 

そういう訳で次の非番の日に、彼女たちが下着の買物に付き合ってくれた。
 
売場のおばちゃんに胸のサイズを測ってもらう。
「B75でいいですね」
 
最初《B75》という単語を聞いた時、戦闘機の名前かと思った。が兄が操縦している無人戦闘機はB74だった。唐突に中東の地域で展開されている戦闘に思いが及ぶ。高校時代の友人や大学時代の友人にも、あの地域に派遣されている人がいるようである。
 
しかしカズシは同僚の女性達の笑顔に思いが現実に戻る。笑顔で応じて、彼女たちと一緒に可愛いブラを数点選んだ。ブラとショーツのセットも幾つか買う。
 
更にはキャミソールを幾つか買った後、カズシがスカートを持ってないと言ったもので、それはぜひ穿いてもらわねばと言われて、アウターの売場に移動して、またまた可愛いチェックのスカートとフリフリしたブラウスを買い、その場でセットの下着からキャミからスカートから着せられた。
 
「おお、可愛い!カズちゃん」
「それで通勤しておいでよ」
「こんな格好じゃ介護の作業できないよ」
「職場では作業用の服に着替えればいいんだよ」
 
カズシは女性扱いになって以来、女子更衣室を使っていいよと言われていたものの、まだ一度も足を踏み入れていなかったのである。
 
「それで着替える時、私たちといろいろおしゃべりしようよ」
「うん、おしゃべりはしたいね」
 
などと言い合った。
 
それからカズシは通勤の時は本当に女の子に見えるような服を着て、女子更衣室で作業用のトレーナーとジーンズに着替えて仕事をするようになった。
 

あの徴兵検査の日から1年ほど経ってまた春が来る。カズシはふと前年老婆と会った町を歩いていた。
 
あのお婆さん、何者だったんだろうなあ・・・・ 
あの後、カズシは一度あのお婆さんの家を探して行ってみたことがある。しかしどうしてもあの家を見つけることはできなかった。
 
カフェに入ってコーヒーを頼む。スタッフが伝票の性別人数の所にF1と記入するのを見て微笑む。最近は女物ばかり着て歩いてるし、実は男物の服を着るのに違和感があるようになってしまい、先日男物の下着全部と男物のアウターのほとんどを捨ててしまった。
 
いっそ戸籍上の性別も女に変えてしまおうかな、なんてのも考え始めていた。
 
この国では、性別を女から男に変更するのは大変である。最低限兵役を経験しておかなければならないので難関の軍事学校に入り、2年間の訓練を経て(卒業すると軍曹になれる)軍人として就役し、半年以上の戦闘地域への派遣を含めて5年以上の軍務をこなして名誉除隊、あるいは普通除隊してから、男性並みの身体能力があることを証明する試験に合格した上で、女性としての法的保護規定(深夜労働の制限や生理休暇の付与など)を使用しないという宣誓書に署名し、裁判所の審判を経てやっと男の戸籍をもらえる。
 
しかし、男から女に変更するのは、裁判所に行く必要もない。単に市役所に届けを出すだけで良い。(但し性別を女に変更しても兵役の義務は消えない) 
男→女、女→男で性別変更の方法に格差があるのは、この国では男性は女性より優れた存在であるとして、給与や社会的取り扱いに歴然たる差があるからである。
 
当時カズシが考えていたのは、医師の診断を受けて女性機能証明書を取り、それで性別を女に変更するということであった。その方法を取ると結婚も可能なのである。結果的には給料も下がることになるが、当時彼はむしろ同僚の女性たちより良い給料をもらっていることが後ろめたい気分であった。
 

そんなことを考えていた時、「ねえ、君」
と男性から声を掛けられる。
 
へ?と思って見上げると、何と次兄のタカシだ! きゃーっと思っていたら「どこかで会わなかったっけ?」
と言われた。
 
カズシは開き直ることにした。
「ごぶさた、お兄ちゃん」
 
「やっぱり、お前、カズシ!?」
「うん」
「どうしちゃったの?」
「女になっちゃった。まだ戸籍は変更してないけどね」
「えー!?」
 
それでタカシとしばしコーヒーを飲みながら話をすることになる。カズシが実は徴兵検査で丙種になったのは、女の身体だったからということを打ち明けると仰天された。
 
「お前が女になりたがっていたとは知らなかった」
「うーん。明確に女になりたいと思ってた訳じゃ無いんだけど、徴兵を逃れる手は無いかなあとか考えてたら、いつの間にか女になってた」
「それはまた大胆な。でもお前、自然に女に見えるよ」
「ありがとう」
 
タカシはこういうカズシの状態を受け入れてくれたようであった。
 
「でも父ちゃんやヒロシ兄には言うなよ。たぶんお前勘当される」
「うん。まあそれは覚悟してるけどね」
 
今の職場が、女になった自分を受け入れてくれているということを話すと、それは良い会社に当たったと言って、喜んでくれた。
 
そんな感じで話をしている内に、カズシは女としての自分に少し自信が持てるような気がした。
 
考えてみると小さい頃から、この兄には色々精神的に助けられたことがあったような気がしてきた。自分にとって一番大事な人なのかも知れないと思う。
 

話が盛り上がってコーヒーのお代わりもしながら3時間近く話していた時、カズシは急にお腹がいたくなった。
 
「ごめん」
と言って、店のトイレに飛び込む。どうしたのかな?お腹冷やしたかな、と思っていたら、お股からたくさん血が出てきているのでびっくりした。どこか怪我したかな? とも思ったが、とりあえず便器に座ったまま体調が回復するのを待つ。
 
どこか炎症でも起きているのだろうか? などと考える。これって病院に行った方がいいのかなあ。でも自分の健康保険証は性別男になってる。その健康保険証で婦人科に行ったら、受付で追い返されたりして・・・ 
でも、お股からこんなに血が出てくるなんて、まるで生理みたい・・・ 
と思った時、ハッとする。
 
これってもしかして、本当に生理だったりして!? 
そう考えると納得が行く気がした。この1年でバストもかなり膨らんで来ている。多分、自分の身体の中には卵巣や子宮があるのではなかろうか。それで女性ホルモンが分泌されて胸が膨らんできたのだろう。だから生理が来てもおかしくないんだ! 
それで取り敢えずトイレットペーパーをたくさんパンティーに挟み、トイレを出た。兄が「大丈夫?」
と聞くが「ちょっとお腹冷やしたみたい。アパートに帰って寝てるよ」
と答える。
 
「そうか。じゃ、また。何か困ったことがあったら遠慮無く相談しろよ」
といわれるので「ありがとう」
と笑顔で言った。すると兄がその表情を見てドキっとするの感じた。
 

タカシと別れてから、カズシはそのままドラッグストアに行った。ナプキンを買わねばと思ったものの、どれがいいのやら、さっぱり分からない! 
見ていると、夜用・昼用とか、多い日用・少ない日用とかあるのが分かる。
多分夜用がたくさん吸収するもの、昼用は少なめのものかなと考える。あと、羽付き・羽無しというのは、どちらがいいのやら、さっぱり分からない! 
結局、夜用と普通の日用の羽付きを1個ずつ買うことにした。そのままそこのトイレに入り、夜用を1枚装着する。何か凄い巨大だ!付け方は何となく分かったが、既にさっきカフェのトイレではさんだトイレットペーパーは血だらけになり、パンティを汚していた。外側のズボンまで濡れなかったのが幸いという感じだ。
 
でも・・・生理が来たってことは、自分はもしかして妊娠可能だったりして!? 

秋になって、カズシは本部に呼び戻された。現場勤務を1年ほどしたことになる。補充人員が埋まるまでって話だったのに、1年も掛かるとは思っていなかった。本気で募集してたのかな? そう思いながらもカズシは、ブラウスにスカートという姿で本部に出勤した。
 
本部の課長さんは「男性社員」だったはずのカズシがいつの間にか「女性社員」
になっていたので驚いたが、カズシが自分は戸籍上は男だから、深夜残業などもできるし、給料は女性社員基準でいいですよ、と言ったら 
「中身が君であれば性別はどちらでも構わないよ」
と言われて、前と同じ条件で勤務させてくれることになった。給料もまだ戸籍が男なら男の基準で出すと言われた。
 
ただし女性社員になったということで、電話応対・来客応対、お茶出しなどは頼むと言われ、女性社員たちのお茶出しローテーションにも組み込まれた。
 
女性社員の入れ替わりが激しいので半分くらいは初めて見る顔だったが、男性社員時代を知っている女性社員たちからは 
「何かねぇ、もしかしてこの子・・・という気はしてたんだよね」
「あはは」
「でも手術も終わってるんだって?だいたーん!」
などとも言われる。
 
現場でけっこう同僚女性たちとやりとりしていたのが役立ち、この事務所でも違和感無く、彼女たちとおしゃべりができた。勤務が終わった後、一緒にお茶を飲んだり、ケーキなどを食べに行ったりした。
 

また彼女たちから「お化粧しなさいよ」と言われた。
 
○○園の現場では、入居者たちの糞尿にまみれて仕事をしていたので、女性の同僚でもお化粧などしている人はいなかったが、事務所の仕事ではみんなお化粧をしていた。カズシがお化粧したことないというと「信じられない」
 
といわれて、化粧品売場に連れていかれ、とりあえずお店のお姉さんの手でフルメイクをしてもらった。それで必要な化粧品を買った。
 
化粧水、乳液、ファンデーション、アイカラー、アイブロウ、アイライナー、マスカラ、ビューラー、チーク、チークブラシ、口紅、グロス、マニキュア、そもそも手鏡! 
給料の4分の1くらい飛んじゃった!女の人って大変。給料も男より安いのに。
 
最初どれをどの順序で塗ればいいのか分からなかった。アイライナーは目の縁に入れるのが怖くて怖くてたまらなかった。最初の頃は随分変な塗り方になって、朝会社に行ってから、他の女性スタッフに「あんた、そのメイク変」
と言われて、女子トイレに連れ込まれ、直されるというのを何度かした。
 
でも一週間ほどで何とか「メイク下手のおばちゃん程度にはなった」と言われた。
 
そして次第にメイクに慣れていくと、それが毎日の楽しみになっていった。
やはり女はいいなあ。
 
そういう気持ちが高まっていった翌年の春。カズシは婦人科で診察を受け女性身体証明書を発行してもらった。MRIで検査されて、予想はしていたがカズシには卵巣も子宮もあることが確認された。それでカズシは性別を女に訂正した。
 
会社の給料は下がったけど、何となく充実した気分であった。
 

カズシが戸籍上も女になってから2年ほど経った頃。
 
その事件は唐突に起きた。
 
カズシは急な現場の応援で夜勤に行き、それが終わった所で寝ていたのだが、長兄のヒロシからの電話で起こされる。
 
「大変だ。タカシが勤めている第七作戦本部が爆撃された」
 
カズシは「爆撃」ということばが信じられなかった。
 
「爆撃って、敵機はどこから来たんです? 警戒網をくぐり抜けてこんな所まで来るのは無理でしょう?」
 
「それがゲリラに、うちの国の戦闘機を乗っ取られたんだよ。システムにハッキングされて、訓練中のF-85戦闘機が全部で5機乗っ取られた。第七作戦本部の他にも国防本部、国会議事堂、ヨーク塔、アケボノヒルズもやられた。国防長官や軍幹部が軒並み死亡したみたいだし、ヨーク塔がやられたのでテレビの電波は全部停まっている。首相も国会議員もほとんど死亡。アケボノ・ヒルズは勤務していた民間人が3万人以上死亡。開催中だった経済円卓会議の参加者も全員死亡したと思う。つまり政財界のトップ全滅」
 
「タカシ兄ちゃんは?」
「連絡が取れない」
 
カズシは呆然として受話器を握りしめていた。
 

とにかく現場に駆けつけた。軍服を着たヒロシの姿を見たので声を掛けたら、最初こちらが誰だか分からなかったようであった。カズシだというのを説明すると 
「お前、何ふざけた格好してるの?」
と言われた。
「私、女になったんだよ」
と言って、「どう?状況は?」と尋ねる。
 
ヒロシも場が場だけに深くは追求せず、これまでに得られた情報を教えてくれた。
 
「どうもやったのは****のゲリラらしい。無人戦闘機でゲリラの基地が潰されているのに業を煮やしたみたいでさ。なにしろ苦労して撃墜したって、戦闘員乗ってないんだから、向こうとしては虚しいだろ?」
「まあ、そうだろうね」
 
「それで、その無人戦闘機をコントロールしている本部を潰すことにしたんだろうな。数年前から少しずつシステムに侵入していたんじゃないかと思う」
「被害は?」
 
「見ての通り、爆心から半径2kmがガレキの山。生存者はひとりも確認されていない。X爆弾を搭載した戦闘機を乗っ取られているから。X爆弾の威力から考えて、遺体も回収できるかどうか怪しい」
 
「小型の原子爆弾並みの破壊力があるからね」
とカズシも厳しい顔で言った。
 

タカシの遺体は発見できなかった。というより、8000人が勤務していたはずの第七作戦本部で、回収できた遺体は(多分)100人分程度であった。
 
なお「100人分」というのは推定である。回収できた遺体も断片ばかりなので、それが一人分なのか複数人分なのか判断に苦しむケースが多かったのである。
 
他の爆撃された施設も含めると死者は全部で30万人以上と考えられた。
 
国内には、ゲリラ許すまじという空気が高まった。国会議員全滅の事態に緊急全国知事会議で暫定首相に選出された老齢の都知事は行動を求める国民の声を背景にゲリラ本拠地への侵攻を決定。同盟国の承認も取った。派遣地は****の領内なので****政府は抗議したが無視である。義勇軍も募集された。
 
カズシはこの義勇軍に応募した。
 
「お前、女なのでは?」
「女ですが、今回の同時多発テロで兄が死んだんです。兄の仇を討ちに行きます」
「分かった」
 
ということで、一応医学的な検査と身体能力検査を経て、カズシは義勇軍の女性歩兵団に入れてもらえた。検査では……やっぱり裸にされて、やっぱり性器検査もされた! 
でも以前徴兵検査で男が全裸で並んでいるのは見たくねぇという気分だったのに今回女が全裸でずらりと並んでいるのはむしろ美しく、お互い和気藹々とした雰囲気でおっぱいの触りっこなどもしながらおしゃべりしていて女性の下士官に注意されたりしていた。
 
カズシはチェックに合格し、義勇軍に参加。輸送機に乗り込んだ。
 

「だけどさ。今回私もちょっと義憤に駆られて義勇軍に参加したけど、向こうが無人攻撃機の本部をテロで潰した気持ちも分からないではないよ。自分たちは安全な所にいて、彼らの同胞をたくさん殺していたんだから」
 
と20代の女性義勇軍兵士が言う。彼女は過去に兵役を経験したことがあるらしく、上等兵の階級章をつけていた。
 
「その話には理屈では納得するけど、今回は私は自分の感情で動いてる。
やられたらやり返す。そうしないと反撃能力無しと思われて、もっとやられる」
とカズシは言った。カズシは初めての兵役なので二等兵の階級章である。
 
「でも、こんな話もできるところが女兵士の良さかもね。こんなこと男性兵士の前で言ったら、ぶん殴られるか、下手したら軍法会議」
とやはり上等兵の階級章を付けている30代の女性が言った。
 
「やはり男と女の論理は少し違うよね」
と軍曹の階級章を付けている40代の女性レイカが笑って言った。
 

カズシは戦闘地域で1年半にわたって作戦に参加した。
 
実際には戦争は、最初の一週間で決着した。軍事同盟を結ぶ数ヶ国で編成した多国籍軍の無人戦闘機や巡航ミサイルが、まず空港を潰して制空権を取り、更にゲリラの拠点を徹底的に破壊して、向こうの戦力は壊滅し、ゲリラの幹部もピンポイント攻撃や諜報員による活動でほぼ全員殺害された。
 
その後3ヶ月ほど残党刈りを行ったあと、戦闘で破壊したり、元からゲリラが戦略上の理由で作っていなかった道や橋を建設したり、民間の医療施設や学校、ダム・水道・発電所などを建設する仕事をした。そして、この侵攻に抗議していたものの和解することができた****政府に後事を託して、多国籍軍は撤退。中立国の兵士からなる国連治安維持軍と交替した。
 

カズシたちの女性歩兵団は主として建設作業や住民への衛生指導などに当たったが、時折ゲリラの襲撃があり白兵戦を経験した。しかしカズシが撃った弾は全然狙った方向に飛ばず、結局ひとりも殺傷しないまま帰国することになった。
 
一応一年以上勤務したことで一等兵になっている。もし次にまた戦役に就けば上等兵にしてもらえる。
 
「あんた、でも次に来る時までに銃の練習しときなよ」
とレイカ軍曹から言われた。
「そうですね」
 
「軍役経験したから、簡単に銃の所持許可証は取れるけど、カズちゃんの場合は本物を扱う前にゲーセンでシューティングゲームした方がいい」
「あ、シューティングゲームならやってみようかな」
 

会社は元の福祉法人に復職することができた。今度はシステム課の方をやってくれといわれて、コンピュータシステムを運用する部門に配置された。給料は軍務を経験したということで普通の女性の給料より2割ほど多くしてくれた。
 
でも女性社員なので、電話来客の応対、お茶出し、コピーやFAXなどの雑用、お使いなど、何でもこなす。肩書きは係長にしてもらえたのに、平の男性社員から雑用でこき使われる、こき使われる。
 
まあ、この国はそういう国だから仕方無いかな。でも今度の総選挙では女権拡張を主張する、平和党に投票しようかな。そんな気持ちにもなってきた。
 

そしてまた春がやってきた。
 
カズシは兄の墓にお参りした。タカシの葬儀の時、父は女の格好をしたカズシを見て、真っ赤になって激高していたが、葬儀の席であまりみっともないまねもできないということで、長兄のヒロシにもなだめられて、抑えていたようだった。
 
後で勘当宣告書が送られて来たが、覚悟の上である。相続権が無くなるが、もとより遺産などはもしもの時も放棄するつもりでいたから気にならない。
 
最初はただカズシの性変に驚いていたヒロシも時々会っては「お前、可愛いな。お前、弟としてはつまらん奴だと思ってたけど、妹なら可愛い気がするぞ」
などと言ってくれる。
 
そんなことを考えていたら、お墓の向こうでタカシが笑ったような気がした。
 
同僚のユミからメールが届いている。
「○○堂でプリンアラモード食べてから、ギンブラ(ギンガムの町を散歩すること)しようよ」
と書かれているのを見て、カズシは微笑む。
 
そして自分の車に戻ってから、バックミラーでお化粧を直し、ギンガムへと向かった。
 

その内・・・私、恋愛とかして結婚とかして、子供産んだりするのかなあ。。。
 
そんなことも考えながら運転していたら雨が降ってきた。わあ、車で来て良かったと思っていたら、道路沿いの廃ビルの入口で雨宿りしている男性を見かけた。
カズシは何気なく車を停め 
「乗りませんか?」
と声を掛けた。
 
「いいんですか?助かります」
と言って、その男性は後部座席に乗ってきた。
 
「あれ?」
「あ!」
 
カズシはその男性に見覚えがあった。
 
「ミノルさん!」
「カズシ君・・・いや、カズシさんと言わなくちゃだね」
 
「私、すっかり女として生活してるの」
「女の子なら当然じゃない?」
 
それは徴兵検査の時にカズシの後ろに並んでいて、少し声を掛け合ったミノルだった。
 
「兵役は終わったの?」
「うん。予定より少し長めに勤めて去年除隊した。****に行ったから」
「あ、私も義勇兵になって****に行ったんだよ」
「へー、凄い」
 
車を運転しながら、カズシはミノルの行き先も尋ねないまま、楽しく会話をしていた。
 
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