【バス】(1)

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雨の日、ボクが傘をさしてバス停で待っていた時、その子は水玉模様の傘を持ったまま濡れるのも構わず走ってきて腕時計を見ると、そのままハアハア大きく息をしていた。ボクは「大丈夫ですか?」といって自分の傘を彼女の上に少しさしかけてあげた。「ありがとう。何とか間に合ったみたい」
 
そうこうする内に、○△学園と書かれたスクールバスがやってきて、彼女はそのバスに飛び乗った。
 
それ以来、その子をしばしばバス停で見かけるようになった。結局ことばを交わしたのはあの雨の日だけだけど、目が合うとニッコリ会釈をしてくれたりするので、こちらも笑顔で会釈する。ボクたちはそんな関係だった。彼女はスクールバスだし、ボクは普通の路線バスだから、一緒にバスに乗るようなことはないのだ。○△学園というのは、この付近では少し有名な女子高である。市の郊外の広い敷地に校舎を持っていて、スポーツなども盛んなようである。彼女がテニスのラケットを持っていたのを何度か見たので彼女もテニスをするのかも知れない。ふたりの関係はあるいはそのまま終わっていたのかも知れない。あの出来事さえ無ければ。
 
その日は大雨だったが、その日はボクの方が遅くなって慌てて走ってバス停まで行った。しかし無情にもボクが乗るべきバスは目の前を走り去っていった。「もしかして今のに乗らないといけなかった?」彼女がボクに問いかけてきた。今日は彼女のほうのスクールバスが遅れているのだろうか。「うん。今日は遅刻だ」「でも。この雨の中、次のバスまで30分待っていたら風邪ひくよ。ねぇ、その校章、□◇高校よね」「うん」「うちの学校のスクールバスに途中まで乗せていってもらえないかな?」
 
確かに○△学園に行く途中にボクの高校があるのだ。しかし。。。「それは無理なのでは?」とボクは言った「一応聞いてみるよ」と彼女は言った。そしてちょうどそこに彼女のスクールバスが来た。彼女が運転手さんと何か話をしている。彼女が笑顔で手招きした「大雨だから緊急避難でOKだって。乗って乗って」ボクは恐縮して、彼女と運転手さんにお礼を言い、バスに乗り込んだ。「済みません。うちの弟がお世話になります」と彼女が言う。話が面倒になるので弟ということにしたのだろう。しかし少し好意を抱いている彼女から弟ということばを聞くと少しせつない気もした。
 
「ええ?A子、こんな弟さんいたの?」「うんまあね」女子高のスクールバスに紛れ込んだ珍客に彼女の友人たちから好奇心に満ちた声があがった。
「うん。弟のB雄。でも今日は女子の仲間だから、このバスから降りるまではB子ということにしよう」彼女が冗談めかして言う。この時はじめてボクは彼女が「A子」ということを知ったが、勝手につけられた名前B雄、いやB子というのには少し苦笑した。
 
「でもB子ちゃん、制服着てないのはよくない。何ですか?男の子みたいな服着て」とその輪の中のひとりが言う。「ああ、ごめんね。雨で濡れちゃったからその辺の服を着せちゃったのよ。そうだ、私の体操服でも着ておいてもらおうかな」と言ってA子さんはバッグの中から体操服を取りだした。どこまで本気でどこまで冗談かよく分からない状態でボクは聞いていたのだが、どうも本気でこの服に着替えてといっているようなので、ボクは開き直ることにして、彼女の体操服を借りた。
 
バスの後ろのほうの座席に行き、学生服とズボンを脱いで、彼女のジャージの体操服を着る。普段彼女が着ているものだと思うと少しドキドキした。
「あら、それならOKね。じゃこのまま○△学園に行くのよね」
「いや、ボクは□◇高校のあたりでおろしてもらえると嬉しいのだけど」
「あらダメよ。□◇高校は男子校でしょ。女の子は入れないのよ」
「ねぇ、ちゃんと○△学園まで行きましょ」
ボクは困った顔で彼女に助けを求めるように見たが、彼女も笑っている。ボクはどうにでもなるようになれと思った。どっちみちまだ□◇高校の付近までは40分ほどかかるので、それまでに何とかなるだろう。
しかしそれは甘かったのである。
 
「ねえ、B子眉太すぎない?」とひとりの生徒が言い出した。
「確かにね。私もいつもちゃんと手入れしろと言っているのだけど」とA子もいうので、ひとりが「私が整えてあげる」といってハサミを取り出した。ボクは眉とか何のことやらさっぱり分からなかったので、まぁいいかという気分で任せてしまった。鏡を見せられると、眉がかなり細く切られていた。何だか不思議な気分だ。
 
「あ、B子、ノーブラでしょ。ノーブラは禁止なんだよ」と言い出した子がいた。ノーブラというのが一瞬意味が分からなかったが、ブラジャーを付けていないという意味かと思い至ると、少し赤くなってしまった。「だって胸無いし」
と反論すると「無くたって付けなくちゃ。C美だってAAカップが余ってるけどちゃんと付けてるよ」などといってそのC美さんらしき人からつつかれている。しかし突かれながらも「ねぇA子、あなた部活のあとの着替え用とか持ってるでしょ?貸してあげたら?」などという。みんなはボクをA子の弟だと思っているのだ。A子は一瞬ためらった感じだったが「いいよ」と言うとバッグの中から白いブラジャーを取り出してボクに手渡してくれた。こんなものを触ったのは初めてなのでボクはドキドキした。
 
「付け方がわからない」とボクは正直に言った。
「わぁ純情」と数人の子たちから声があがる。
「じゃ私が付けさせてあげる」とA子が言う。「ジャージの上脱いで」
ボクは恥ずかしくてたまらなかったが、脱ぐとA子がぼくの上半身にブラジャーの肩ひもを掛け、うしろのホックを詰めた。胸が締め付けられる。変な感じだ。カップがあまって浮いているので、彼女はそこに靴下を1個ずつ詰めてくれた。それでジャージをまた着ると、胸が出てみえる。何だかすごく不思議な気分だ。
 
「おぉOK、OK」とみんなから歓声があがった。この時期になるとボクも完璧に開き直っていた。
 
「さてここまできたら最後の仕上げだよね」とひとりの子がいう。
「だれか私服のでいいからスカートの予備持ってないの?」と来た。
「私服ならあるけど、サイズ合うかな?」とひとりの子がバッグから短いスカートを取り出した。あれを穿けということなのか?ボクはくらくらと来た。が、こうなるともう本当にどうにでもなれである。ボクはそのスカートを借りて穿いた。腰は何とかギリギリ通ったが、さすがにファスナーはあがらなかった。
 
しかしこの扮装が「完成」したあとは、彼女たちといろいろなことを
おしゃべりして、実に楽しい時間が過ぎたのである。ふだん自分の学校で男の子の友人達と話をしているのより、話が合うような気さえした。
 
彼女たちはバスが□◇高校の近くまできてあと5分くらいというところでやっとボクを解放してくれた。ジャージをA子に返して、ブラジャーはボクの汗を吸ってしまっていたので「洗って返そうか?」と言ったが
「姉弟で何いってんのよ」とA子は笑っていってそのまま受け取った。確かにボクがブラジャーなど持ち帰って洗濯していたらボクの母親が
びっくりしそうだ。
 
結果的にはこの事件がボクとA子の交際のきっかけになってしまった。翌日の朝バス停で会った時、A子は「昨日は御免ね」と言った。ボクは「こちらこそ遅刻せずに済んだし、助かった」と言う。ボクたちは
携帯のアドレスを交換してメールのやりとりをするようになった。
 
そしてこの事件はボクを「女の子」に目覚めさせるものでもあった。
 
A子は携帯に男の子の名前が入っていたら色々面倒だからといってボクの携帯の番号とアドレスをあのバスの中で命名?された名前・B子で登録して、実際のメールも『B子ちゃん、こんにちは』などと書いて来ていた。ボクもそれに合わせて『B子です。こんにちは』と書いて、女言葉で
メールを書いて送った。彼女はボクに女の子の世界をたくさん教えてくれて、それに刺激されるようにボクの中で何かが目覚めていった。彼女の家に遊びに行くと、ボクは毎回女装させられて、お化粧の仕方なども教えられた。高校時代はさすがにそれで外出まではしなかったが。
 
大学に入るとボクたちは半ば同棲に近い状態になったが、この同棲生活というのは、イコール、A子がボクを女の子として調教してくれる生活にもなった。いつしかボクは日常的に女の子の格好をして大学にもその姿で行くようになっていた。だからボクが彼女の部屋に週末泊まりに行く時も他人の目には女の子の友人が訪ねて来ているようにしか見えなかったろう。
 
そしてそういう関係のまま、ボクたちは卒業前に入籍した。今ボクは
昼間は背広を着て会社に行き、家に帰ると女の子にもどって家事の半分を担当している。買い物くらいなら女の子の姿のまま行ってしまう。今
住んでいるマンションではだから、周囲の人には男1人と女2人の妻妾同居世帯かと思われているかも知れない。
 
(c) 2004.09.17 Eriko Kawaguchi
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