【事故の後で】(1)

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父は交通事故でした。とは言ってもお酒に酔って車道に寝ていたところを轢かれたもので、黒い服を着ていて実際問題として夜間に道路との判別は困難であったことと、向こうは上向きライトにして制限速度より遅い速度で走っていたことが後続車のドライバーの証言とブレーキ跡から証明されたことから、轢かれた側が全面的に悪いということになり、結局保険金はほとんど出ませんでした。
 
会社は転職したばかりでまだ1年も経っていなかったので退職金は出ず、社長さんがお見舞い金といってポケットマネーから10万円渡してくれただけでした。父は大量の借金を抱えていて、前の会社を辞めたのも退職金でその一部を返済するためでした。それでも返しきれないくらいの借金が残っていましたが、母は相続拒否することで、この借金は返さない選択をしました。
 
私たちは社員寮に住んでいたのでそこも出ることになりました。また実際問題として相続拒否したにもかかわらず、しばしばガラの悪い取り立て人が来ていたので、早く引っ越したいというのもあったのです。しかし、引っ越しの費用もなく私たちは途方に暮れていました。
 
その時いつもガス会社の広報誌を配りに来ていた木下さんという女性が、それなら宗教で悪いけど、うちの宗派(仏教系)が母子寮を運営しているからそこに来ない?と誘ってくれました。母は何もアテがなかったので、その申し出を喜んで受けました。
 
母子寮は1DKで家賃が月2000円というとんでもない安さで一応信者さん向けということだったので、そのくらい入信するよと母も言い、荷物も1DKに入らないようなものは全部リサイクルショップに出したり捨てたりして処分しかなり身軽になって私たちは引っ越して行きました。
 
荷物の運び込みが一段落したところで木下さんが顔を出してくれました。そして私にこんなことを言ったのです。
 
「あら、何だか男の子みたいな格好してるのね」
 
私は目をぱちくり。
 
「えっとボク男ですけど...」
 
すると木下さんが驚く番でした。
 
「えー!?だってここ女性しか入れない寮なのに」
 
私と母はびっくりして顔を見合わせます。
 
「御免なさい。色白だし、可愛い顔してるから、てっきりお嬢ちゃんとばかり思ってた」
 
今更ここに入れないと言われても、なけなしのお金を荷物をここまで運ぶのに使ってしまっています。どうすればいいのか、私も母もほとんど頭が空白の状態でした。
 

私たちが呆然としている間、木下さんも困ったように考えていましたが、やがて難しそうな顔をしてこう言いました。
 
「けいちゃんと言ったっけ?」
「はい」
「あなた、ここでは女の子で通しちゃいなさいよ」
「ええ?」
「だって、あなた本当に可愛い顔してるから、言わなきゃばれないって」
 
「でもここお風呂も共同でしょ?どうするんです?」
「まだ小学3年生だっけ?」
「2年生です」
「だったらまだ胸なんかなくて当然だからね。ちんちん見られなきゃいいんだから、そのくらいタオルで隠しておけば平気よ」
 
「でも男の子の下着とか洗濯して干してればバレますよぉ」
「うーん。そしたら女の子の下着を着ればいいのよ」
「そんなぁ」
 
「いいじゃない、そのくらい。ついでに時々スカートとか履いていれば、だれも男の子とは疑わないわよ」
 
私はあまりにもとっぴなことを言われて、どうしたらいいのか分からなくなってしまったのですが、母のこのひとことで全て決まってしまいました。
 
「それしかないわね。どこかに引っ越せるようになるまで、それで通しちゃいましょう。けいちゃん今日からここではあなたは女の子。いいわね」
 

そういうわけで、私はその母子寮では女の子としか暮らすことになってしまったのです。女の子の服や下着は木下さんの小学5年生の娘さんのお古でよければ持ってくると言われたので、母がお願いしますと頼みました。実際私たちは新たにわたし用の女の子の服なんか買う余裕はなかったのです。
 
母は私にいつも女言葉で話すよう命じました。
 
トイレも座ってする練習をするよう言われましたが、最初はそれでなかなかおしっこが出せなくて苦労しました。翌日木下さんが女の子の服を沢山持ってきてくれて、それを着る練習もします。
 
でも女の子するのは大変でした。
 
スカート履いて歩こうとしていきなり転びました。
 
「おまえ、男の子みたいに大股で歩いたらダメ。膝の下だけを使って歩くようにしてごらん」
 
穴の空いてないパンティを履くとなんだかすごく変な気分になって自分でもそんなつもりなかったのに急におちんちんが大きくなってしまいました。するとお母さんが
 
「絶対ちんちん大きくしたらだめよ」
「だめと言われても勝手に大きくなるんだけど」
「どうしても大きくなるようだったら切っちゃうからね」
「そんな」
 
そんなぼくの様子を見て木下さんが
「こっちのきついパンツ履かせてみたら、どうだろう」
といって別のパンツを渡します。
 
それは履いてみるとものすごくぴっちりでちんちんが上にはみ出してしまいました。
 
「ちんちんを後ろにやってごらん」
 
木下さんはそのパンツを少しさげて、ぼくのちんちんを構わずつかんで股の間にぐいっとおしまげ、それからタマタマをぎゅっと身体の中に押し込んで、パンツを上にあげました。
 
するときれいにちんちんとタマタマはパンツの中におさまりしかも前に盛り上がったりしていません。
 
「これでいけばいいね。新しいパンツ買う時もこのタイプを買うといいわよ」
「ありがとう木下さん」
 
そうしてぼくはいつもこのぴっちりパンツでちんちんとタマタマをおさえられていることになりました。これが後でとんでもないことを引き起こすとはこの頃は全く思いもよりませんでした。
 

少し落ち着いてから、私たちはそこの宗派に入ることになりました。教会は寮から1キロほど離れたところにあり、木下さんのご主人の車で乗せていってもらいました。
 
正装するように言われたのですが大した服を持っていなかったので母は灰色のスカートスーツ、私は木下さんの娘さんから借りたビロードのワンピースを着ていきました。
 
変な宗教だったらどうしようとこの頃になって私も母も少し心配し始めていたのですが、幸いなことに教会はごく普通の民家だし、仏像とかがあるわけでもなく、教会長さんも、やさしい雰囲気の80歳くらいのお坊さんです。なんだか長いお経を上げていましたが、最後にみんなで「南無妙法蓮華経」と唱えなさいと言われ、その場に居る信者さんみんなで「なんみょうほうれんげきょう、なんみょうほうれんげきょう」と唱えたのでした。
 
私たちはこの日、帰教の儀式を受け、母は春蘭、私は春桜という法号を頂きました。この教団では男性信者にはおおむね動物や鳥の名前、女性信者には植物の名前を付けるのだそうです。
 
簡単に教会長さんから法華経の一節を引用した説教がありましたが、内容もごく常識的で、私も母もかなりホッとしました。
 
しかし今考えてみるとあの時女の子の格好をさせられ、ここで「春桜という新しい女の名前をもらった時が自分の新しい人生の出発点だったのかも知れません。実際、この教団の中で、私は他の信者さんからは「桜ちゃん」と呼ばれることが多くなったのです。
 

寮ではお風呂に入れるのは火曜日と金曜日の2日だけです。
 
女性だけが住んでいる寮なので、お風呂はそもそも女湯しかありません。私は母に連れられタオルでおまたのところをしっかりガードして入浴することにしました。
 
脱衣場に入ると、当然中にいるのは女の人ばかり。中に入ったとたん、私のおちんちんはキュンと立ってしまいます。
 
「あんた、まさか大きくなってる?」
と母が訊きます。
 
「うん」
「だったら収まるまで脱げないね」
「でも女の人がみんな裸なのに小さくなるかなあ」
 
「やはりおちんちん切るしかないね。あとで切ってあげるよ」
「えー?いやだよお」
「だってしょうがないでしょ。おちんちんなんて別に無くてもいいんだから」
「そんなあ」
 
しかし何とか収まってくれたので、私は服を脱ぐことができました。こんなんで入浴できるかなと思ったのですが、その後は、自分が男とバレたらどうしようなどということばかり考えていたので女の人ばかりの中に自分がいるということに興奮したりする余裕もなく、何とか再度大きくなることはないまま、無事入浴を済ませることができました。
 

お風呂から上がって服を着ていた時、私は突然肩を叩かれてびっくりしました。見ると私と同じくらいの年齢の女の子。
 
「あなた新しい人?こないだ引っ越しやってたよね」
「はい。山室けいと言います。小学2年生です」
「あら。私も小学2年生よ。私は田代ゆり子。じゃうちの学校に転校してくるのかな?」
「ええ、そうなると思います」
 
そんな会話を交わして、自分たちの部屋に戻ってから母が大きなためいきを付きました。
 
「どうしたの?」
「同じ学校に行く子が住んでるのね」
「うん。そうだね」
 
転校の手続きは早々に取っていたのですが、引っ越しの作業と種々の手続きが大変だったし、そのあとの私の「女の子」としての基礎教育に時間がかかって、まだその新しい学校には顔を出していませんでした。この時、私は母が言おうとしていることがまだ分かっていませんでした。
 
「そしたらあなた学校も女の子で通さないといけないわ」
「え?なんで....あっそうか!!」
 
そうです。この寮に住めるのは女性だけ。その同じ寮から同じ学校に通う子がいて、しかも同じ学年。学校で男の子していて、寮でだけ女の子するわけにはいかないのです。
 
「月曜日から学校にやるつもりだったけど。延期。水曜日くらいにしましょう。それまで、あなた学校でも女の子で通せるように特訓よ」
「僕、学校でも女の子なの?」
 
と私は情けない声でいいます。
 
「もう完全な女の子になってしまうしかないね。おちんちんも切ろう」
「いや。それだけは勘弁して」
 
「でもおちんちん切るのも、はさみとかで切ると血がたくさん出て大変だから病院に行ってお医者さんに切ってもらわないといけないだろうね。お金がかかりそうだから、しばらくしてからにしようか」
と母は言いました。
 
それで取り敢えず、私はここ数日より更に徹底した女の子教育を受けることになります。この時点でそれまで持っていた男の子の服は全部母がリサイクルショップに持っていったり、引き取ってもらえない下着などは捨てたりしました。
 
トイレも必ず座ってするように言われます。また母は私のことを「けいこ」と女の子名前で呼ぶようになりました。話し方なども徹底的に女の子っぽく聞こえるよう訓練されます。またおちんちんが大きくなったりすると、母は罰と言って、おちんちんにお灸をすえました。
 
「お母ちゃん、熱いよぉ」
「おまえがおちんちん大きくするから悪いんだよ」
「だって大きくなるんだもん」
「だから大きくならないようにしなさい」
 

約1週間にわたる「女の子教育」をしてから、私はやっと学校に出て行くことができました。
 
「転校生の冷宮敬子です。よろしくお願いします」
と言って、私は教室の前でみんなに挨拶をしました。私は2年1組でしたが、田代さんは2年2組と言っていました。正直、同じクラスにならなくてよかったと思った。同じクラスだと色々ぼろが出そうです。
 
席は後ろのほうに机が用意されていました。そこに座りますが、隣のなったのは、川尻あつ子ちゃんという子でした。
 
私の分の教科書が届くのに少しかかるということだったので、教科書は彼女が見せてくれました。ちょっとおとなしめの子でしたが、優しくしてくれました。
 
他のクラスの子もみんな親切で、私はすぐ仲良くなることができました。休み時間にいろいろおしゃべりするのも、私はもともと男の子とも女の子ともおしゃべりしていたので、特に問題なくできます。ただこの新しい学校では私はあまり男の子と話をする機会はなく、女の子ともっぱら話をしていました。
 
体育の時間は、同じ教室で、男の子は窓際、女の子は廊下側で着替えます。私はあつ子ちゃんに「こっちで着替えよう」と言われて廊下側につれていかれて、そこで女の子たちと一緒に着替えましたが、ここしばらく寮で女性たちと一緒にお風呂に入っていたので、体操服との着替えくらい女子たちと一緒にするのは特に抵抗はありませんでした。
 
最初の体育の日は、けいどろをしましたが、前半は女子が泥棒で男子が警官。私はとろいので、すぐ捕まってしまいましたが、私より先にあつ子ちゃんが捕まっていたので、私たちはニコっとほほえみあって、手をつないで前半を過ごしました。後半は女子が警官で男子がどろぼうでしたが、なかな捕まりません。結果的に20分ほどひたすら走り回って疲れました。10分ほどした所で逃げ回るのに疲れて座り込んでしまった男子を1人捕まえましたが、あつ子ちゃんは誰も捕まえきれなかったということで
 
「けいちゃん、すごーい」
などと言っていました。
 

体育のあとでトイレにいきました。女子5人ほどで一緒にトイレにいきましたが、みんなが女子トイレの方に入ろうとしていた時、私はうっかり男子トイレの方に入りかけましたが、
 
「ちょっとちょっと」
と言われて、あつ子ちゃんに服を引っ張られて、自分が女の子であったことを思い出します。
 
「女子トイレはこっち」
「ごめーん。まちがった」
 
「じつはけいちゃんは男の子だとか」
「まさか」
 
「いや、何人かで話し合ってたのよね〜」
「そうそう。けいちゃんって、ちょっと男の子っぽいよねって」
 
やばいやばい。つい半月ほど前まで男の子として暮らしていたので、そう簡単に女の子になりきれる訳がありません。雰囲気とか何かが男の子みたいだったのでしょう。
 
「けいちゃん、女の子だよ。だっておちんちん無いもん。着替えの時にパンツに盛り上がりとかなかったよ」
 
「どれどれ」
などと言って、私のおまたの所を触る子もあります。
 
「ほんとだ。何もついてないね」
「じゃ、まちがいなく女の子だね」
 
そういう訳で、初日の男の子疑惑は解消されたようでしたが、私が女の子としての生活をきちんとできるようになるまでには、まだいろいろなできごとがあったのでした。
 
この話の続きはまた。
 
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