【女たちの結婚事情】(下)

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一方で千里は2階の「千里と桃香の部屋」にワーキングテーブルを2つ並べ、片方にパソコンを置き、片方に61鍵のキーボードを置いた。
 
「これって何だっけ?」
「私の仕事道具。私作曲家だし」
「そういえばそうだった!」
「演奏家なら88鍵のを置くだろうけど、作曲作業には88鍵は大きすぎるんだよ」
と千里は解説する。
 
「でもこの部屋がいいの?今取り敢えず空いている2階のクローゼットでもいいのに。あそこにも防音工事すればヘッドホン無しで鳴らしてもいいのでは?」
 
「だって桃香と一緒に寝た後、夜中に起き出して仕事するパターンが多いと思うし」
「それって私が後ろから悪戯してもいいのかな?」
「節度を持ってもらえば。あと締め切りが厳しい時は勘弁して」
「ふむふむ。締め切りが厳しい時に後ろから突っ込めばいいんだな?」
「いきなり〜?」
 
この部屋に千里は更に楽器用の棚を置き、龍笛・フルート・木管フルート・篠笛・明笛・クラリネット・ウィンドシンセ・ナイ・ヴァイオリン・アコギなどのほか数個のキーボードも置く。キーボードは25鍵の小さなものから88鍵のフルサイズのものまで6個もある。25鍵は旅先でのMIDI入力用だ。シフトキーを使うことで実際には88鍵と同様の広い範囲のデータが入力可能である。
 
「こんな楽器、今までどこにあったんだっけ?」
「自宅に置くスペースが無いから、あちこち友だちんとこに置いてた」
 
貴司がヴァイオリンを撫でている。
 
「このヴァイオリンもやっと落ち着き場所が決まったなあ」
などと言っている。
 
「それ私と貴司の間をこれまで何往復したんだろうね?」
と千里も微笑む。
 
「それって君たちの愛の交換の軌跡?」
と桃香が訊くが
 
「往復した回数≒私が貴司に振られた回数だと思う」
と千里。
 
「いや、申し訳無い」
と貴司は頭を掻いていた。
 
「私と貴司の関係が変化する度に移動していたから。まあそれ以外の理由で移動したことも何度かあるにはあったけどね」
 
「君たちの関係もほんとによく分からん」
 
貴司がそのヴァイオリンを弾こうとしたが音が出なかった。千里が持って弾くと美しい音が奏でられた。
 
「理歌の結婚式でも思ったけど、千里、随分うまくなったね」
と貴司。
「うん、以前よりうまくなってる気がする」
と桃香も言う。
 
「青葉と一緒にだいぶ練習したからね。まあヴァイオリンのお稽古している小学生程度の音だよ」
と言って千里は笑っていた。
 

なお阿倍子さんとの慰謝料交渉だが、双方の弁護士も交えて協議した結果、貴司は阿倍子さんに追加の慰謝料を4000万円、また未払い分の養育費200万円を払うことを決め、今後阿倍子さん側も追加の金品請求はしないことを約束してこれらの合意事項を公正証書にした。
 
それで1月末、千里が貴司に4200万円を貸して貴司が阿倍子にその金額を支払った。むろん千里は貴司に借用証書を書かせた。
 
結果的に今回の一連の出来事で千里が出したお金は、まず貴司を美映から「買い取った」5000万円、家を買った7000万円、バスケット練習部屋の改造費300万円、阿倍子さんに払った4200万円で1億6500万円にものぼる。
 
「貴司。万一他の女と浮気して私と離婚したいなんて言ったら、この借用証書を貴司に突きつけた上で慰謝料3億円請求するからね」
と千里は貴司に警告した。
 
「払えないよ」
と貴司は情けない顔で言う。
 
「だったら浮気しないことね」
と千里。
 
「まあこれで貴司君はもう千里の奴隷のようなものだな」
と桃香は言っていた。
 
「そもそも私美映さんから貴司を買い取ったんだし」
「確かにそうだった!」
 
「2012年にいったん婚姻届まで書いていたのに婚約破棄された件でも私は慰謝料請求したい気分だったんたけどね」
「あれもあらためて申し訳無い」
「その件は結果的にそれで千里が私と結婚してくれたんだから、こちらとしては構わない」
「あの時は正直、桃香が居なかったら私自殺してたかも知れないよ」
 
「まあ物事はなるようになるものだ」
 
「それでなくても性転換手術でホルモンバランスとか無茶苦茶になって精神的に不安定になってたしさ」
 
「なあ千里、2012年に性転換手術したという大嘘はいいかげんやめないか」
と桃香。
「うん。千里は2005年か2006年に性転換したはず」
と貴司。
 
「こないだは2007年5月に女の子になったと言ってたけど、それでも納得がいかない。どう考えても千里の性転換は2006年夏以前だと思う」
と貴司は更に言う。
 
「まあ私の性転換手術の証明書の日付は2006年7月18日になってるんだけどね。病院の領収書も2006年7月25日」
「やはりその時期か」
 
「私は千里の性転換手術に同行して、その時青葉にお土産を買ったんだけど、そのレシートの日付が2006年7月になっていたんだよ」
と桃香が言う。
 
「不思議だよね。私や桃香のパスポートに押されたタイ入出国のスタンプは間違いなく2012年、アテンダントの領収書も2012年4月なのに」
と言って千里は笑っている。
 
「それに私2011年に精子の採取をして、その精子で早月が生まれた訳で」
と千里が言うと
「それ本当に千里の精子なんだっけ?例えば貴司君の精子で誤魔化したとか」
と桃香が疑問を呈す。
 
「桃香の血液型はRh-B型・貴司の血液型もRh-B型。桃香と貴司で子供を作れば子供は必ずRh-になる。ところが早月の血液型はRh+B型だからね。私はRh+AB型」
 
「うーん・・・」
「親の血液型と子供の血液型を考えると、この4人の親が誰かというのは実はかなり分かるようになっている」
と千里は言う。これは美鳳さんからも言われた話だ。
 
「誰が何型だったっけ?」
と桃香は悩んでいる。
 
「まあ、こないだもちょっと紙に書いた通り、早月の遺伝子上の父親は間違いなく私だよ。自分が父親になったということ自体に私はかなり落ち込んだんだけどね、当時」
と千里は言った。
 

2021年4月。
 
京平は幼稚園の年長さんになった。貴司は1月以降の追い上げに貢献しチームも2部中地区2位(ワイルドカードは獲得ならず)になったことから、おかげで解雇されることもなく月給を20万(年俸換算240万円)から28万円(年俸換算336万円)に改訂してもらった。
 
そして千里はそれまで月給30万(年俸360万)だったのを3倍の90万(年俸1080万)に増額してもらった。冬のリーグ戦優勝とオールジャパン制覇に貢献し、リーグ戦およびオールジャパンの3P女王になったのが評価された。
 
年俸が1000万円を超す国内の女子バスケ選手は千里の他には数人しか居ない。その中の1人がリーグ戦およびオールジャパンの得点女王になった佐藤玲央美である。
 
そして千里は初めてキャプテンに任命された。
 
千里が「キャプテン」なるものをやるのは実に初めてである。千里は中学でも高校でもキャプテンはしていないし、ローキューツではキャプテンは石矢浩子、40 minutesではキャプテンは秋葉夕子が務めていた。実はキャプテンにされそうになる前に逃げ出していた面もある。
 
「えー!?私、人望無いですよぉ」
と言ったのだが
「世界の3P女王が何言っている?」
と今季から引退してコーチ登録になった前キャプテン・広川妙子(36歳)が言う。
 
「1軍に昇格して半年しか無いし」
「でもチームに加入してからは6年経ってる」
「サンは敵を作らない性格だからキャプテンにいいと思う」
「絶対に諦めない性格もいいよね」
「単に諦めが悪いだけなんだけど」
 
「みんなサンのこと尊敬してますよ」
と28歳のポイントガード湊川妃菜乃は言った。(サンは千里のコートネーム)
 
「尊敬してるし頼りにしてるよね。負けててもサンが居るから絶対挽回できると信じてプレイしてるもん」
と26歳のスモールフォワード鹿島深月。
 
「前半30点差付けられたのひっくり返したこともありましたね」
と昨年入団したばかり23歳のセンター春野さくら。
 
それで千里は初めてのキャプテンを潔く(?)引き受けたのであった。
 

桃香・千里・貴司の結婚式は当初の予定を大幅に前倒しして4月3日(土曜・大安)に行われることになった。
 
千里が今年も日本代表(候補)に指名されることを内々に伝達されたからである。当初の予定の6月25日頃は合宿とまともにぶつかってしまう。今年はアジア選手権(ワールドカップ予選)が行われるので、それに向けて6月から8月までは合宿につぐ合宿だ。
 

4月3日の結婚式は朝9時から越谷市のF神社で行われた。
 
白無垢を着た桃香、同じく白無垢を着た千里、紋付き袴の貴司が拝殿に並ぶ。千里と桃香がどちらも白無垢を着ていると「区別」が付きにくいのだが、ふたりで話し合い、桃香は角隠し、千里は綿帽子をかぶった。実は逆のパターンもしてみたのだが、特に桃香の綿帽子が全く似合わなかった(朋子が「宇宙服着てるみたい」と言った)。
 
参列者は、桃香の親族として朋子・青葉・彪志、伯父の高園洋彦・恵奈、千里の親族として両親、妹の玲羅と夫、浅谷賢二・美輪子、愛子と夫、吉子と夫、貴司の親族として両親、妹の理歌と夫、もうひとりの妹の美姫、桃香と千里の共通友人として冬子・政子・和実・淳・あきら・小夜子、千里の友人として玲央美・麻依子・江美子・浩子・夕子・広川妙子・レッドインパルスの監督さん、それに蓮菜・麻里愛・新島鈴世・雨宮三森、貴司のチームのキャプテンさんと監督さんが参列した。参列者が39名である。
 
吉子の夫と貴司は元チームメイトで数年ぶりの再会になった。
 
「桃香のお友達って居ないよね?」
「桃香は女の子が恋愛対象だから、友だちというのが居ないんだよ。元恋人なら大量にいるけど」
「なるほどー」
 
「千里のお友達は多いね」
「音楽関係、バスケ関係、クロスロード系がいるから。クロスロードは千里と桃香の共通友人だけど」
「あそこに並んでるの、なんかローズ+リリーの2人に似てる」
「間違いなく本人たち」
「うっそー!?」
 
婚姻の祝詞では「高園朋子の長女・桃香と村山津気子の長女・千里の婚礼及び細川望信の長男・貴司と村山武矢の長女・千里の婚礼を執り行わん」と読み上げた。千里の父の名前と母の名前を使い分け、更に前半はどちらも母の名前、後半はどちらも父の名前を読み上げている。これは宮司・辛島広幸さんが滝行しての瞑想の末、得られたものらしい。
 
おそらく3人を結びつける祝詞など書いたのは辛島さん以外には例が無いであろう。
 
三三九度は最初に桃香と千里の三三九度をして、続いて貴司と千里の三三九度をするという手順で行われた。銚子と提子を持ってくれたのは、巫女長の栄子さんと、氏子で千里の友人でもある深耶である。
 
通常三三九度では夫は5回・妻は4回お酒を飲むのだが、千里は桃香と貴司の双方の妻なので、8回もお酒を飲む羽目になり、最後はもう完璧に酔っていた。
 
指輪の交換も桃香と千里の交換、貴司と千里の交換という順番で行われたが、千里は桃香との交換で左手薬指にはめた指輪をいったん右手薬指に移動してから貴司との指輪交換をした。その上で右手に移していた指輪を左手薬指に移して2つの指輪をはめた状態になった。
 
なお千里も貴司もバスケット選手なので、普段は指輪を付けることができない。結婚式だけの装着となる。
 
この指輪は実はどちらの物も2012年に購入していたものであったが、3人ともサイズの調整をせずにはめることができた。
 
なおエンゲージリングは挙式直前まで貴司からもらったものと桃香からもらったものを左手薬指に重ねてつけておき、参列者に充分見せておいて、挙式が始まる前に外した。
 

なお千里と桃香の結婚指輪はプラチナ、千里と貴司の結婚指輪は18金である。実はこれは3人が以前から結婚指輪代わりに使っていた携帯ストラップのリングの色と同じなのである。
 
千里と貴司の携帯ストラップは最初2007年1月に理歌と美姫からプレゼントされたものである。当初使用していたものは真鍮製であったが、2010年1月に新たにステンレスの酸化発色ゴールド(携帯のボディなどに使用されているもので、耐久性が良く変色しにくい)のものを購入して交換した。元のリングもビニール袋に乾燥剤を入れそのまま保存している。
 
この金色リングは2010年秋に千里が振られた時に取り外したが2011年夏に復活した時に再度取付け、2012年7月婚約破棄された時に取り外したまま千里の机の中でずっと眠っていたが、昨年2020年11月5日にまた取り付けられた(桃香には内緒だが、千里はこの間、貴司とデートする時だけこのストラップを付けていた)。
 
桃香が大学入学当初つけていた銀色のリング・ストラップ(アルミ)は実は優子とお揃いで買ったものである。桃香は優子と別れた後も「惰性で」付けたままにしていた。2012年9月に千里と桃香が結婚した時、プラチナの結婚指輪を買ったの同時に、チタン製の銀色リングも2本購入して結婚指輪代わりにふたりとも日常的に携帯に付けておくようになった。千里はバスケをするので日常的に指輪が付けられないし、桃香は浮気する時に結婚指輪はまずいのでふたりとも指輪は「持っていた」だけで、ストラップがふたりの愛の証であった。桃香はこの時、優子とのお揃いのリングは廃棄した。
 
千里はこのチタンのストラップを信次と婚約した時に外したが、1周忌を過ぎた所で再度取り付けた。ただし桃香は千里が信司と婚約・結婚していた間も、ずっとストラップは付けたままにしていた。桃香は後日「ずっと千里のことが好きだったから」と言っていたが、優子とのお揃いストラップを惰性で放置していた前歴があるので、あれも惰性だったのでは?と千里は疑っている。
 
千里は昨年11月5日以降、金銀双方のストラップを携帯に取り付けている。
 

結婚式の後で、千里の妹・玲羅と貴司の妹・理歌の2人が代理で婚姻届を役場に提出してくれた。
 
この婚姻届は、美映が偽装で書いたものではなく、新たに用紙をもらってきて本当に貴司と千里が自筆し、千里の父と貴司の父に証人欄の署名をしてもらったものである。
 
千里の父は署名する時に色々ゴチャゴチャ言っていたらしいが千里は気にしないことにした。ともかくも父が自分の性別のことを認めてくれて婚姻届に署名までしてくれたことが嬉しかった。ちなみに2012年に一度作成したものの提出できなかった婚姻届では貴司の父と千里の母が証人欄の署名をしてくれていた。
 

今回の結婚式では、ふたりとも再婚で過去に友人や親戚から結婚祝いを頂いたことがあることから「祝儀などのお心遣いはなさいませんようお願い申し上げます」と案内状に明記し、披露宴も「お食事会」の名目で1万円の会費制とした。むろん遠方から来てくれた人には宿泊を確保した上で適当な額の交通費も渡したので、経費が1000万円ほど掛かっている。
 
これにはアメリカからわざわざ来てくれた花園亜津子に渡した5000ドルを含むが、亜津子は
 
「勘違いかなあ、千里って3年くらい前にも結婚するとか言ってなかった?」
などと言っていた。
「ごめーん。あの相手とは死別して今回再婚」
と説明した。
 
「ありゃ亡くなったのか。大変だったね。子供も産むと言ってたけど産んだ?」
「産んだよー。今4人の子持ち」
「いつの間にそんなに産んだ?」
「私が自分で産んだのは2人かな」
 
「なんだか複雑そうだ。しかしそんなことしてたからしばらく日本代表に来なかったのか」
などと言われる。
 
「うん。子供は産み終わったから、これからは頑張る。今年もアジア選手権は頑張ろう」
「うん。頑張ろう。今日もスリーポイント対決しない?」
「今日は花嫁なんでパス」
「つまらん」
 
「しかし結局千里が男の娘だったってのは嘘だったということでOK?」
「それは間違いなく男の娘なんだけど」
と千里が言っていたら
「千里って色々非常識だから」
と傍から佐藤玲央美が言い、亜津子もうなずいていた。
 
3人が話していると
「お、平成123トリオが揃ってる。写真撮らせて」
と言って旭川N高校の南野コーチが写真を撮っていた。
 
花園亜津子が平成元年、佐藤玲央美が平成2年、千里が平成3年生まれで、この3人がリオ五輪・東京五輪で女子バスケ日本代表を牽引して活躍したのでリオ五輪の少し前にバスケ雑誌が「平成123トリオ」と命名したのである。
 

なお、今日は玲央美も亜津子も振袖を着てきている。
 
「30歳過ぎてるけど独身だから振袖でいいだろうと思って着て来た」
と亜津子。
 
「大学時代の友人で『振袖会』って作ってて、今日もそのメンバーが何人も来てくれているけど、みんな60歳でも既婚でも振袖着ると言ってる」
「おおそれは心強い」
 
「民謡の人とかは60歳でも70歳でも孫や曾孫が居ても振袖着るし」
「なるほどー」
 
「今日の出席者の中には1人男の娘じゃない普通の男の子で振袖着てる人もいるし」
「ん!?」
「それはさすがに『普通』ではない」
 

「お食事会」名目なので、内容的にも披露宴的な進行を一切しない。桃香は京友禅の大振袖、千里は加賀友禅の大振袖、貴司は結婚式と同じ紋付き袴を着ていたものの、新郎新婦入場もケーキ入刀もお色直しもしない。形としては立食パーティー方式である(休みたい人のために椅子はたくさん用意した)。
 
なお来てくれた人には、このホテルにも入っている洋菓子店のフルーツケーキと虎屋の小型羊羹、バスケットボールを象ったメモ用紙、ヴァイオリン模様のボールペンの入ったお土産を渡した。
 
時間になったら出席者に会場内に入ってもらい、結婚の報告を司会者の青葉にしてもらった上で、★★レコードの町添社長の音頭で乾杯して、そのあとは自由に場内で食事を召し上がってくださいということにした。その中で青葉が頂いた祝電・祝FAX・祝メールを読み上げていく。また3人の過去の写真を時間中ずっとスライド投影していた(2時間で約700枚の写真を表示した。この写真を選んだのは淳である)。
 
「千里って幼稚園や小学校の頃の写真も女の子してた」
とゴールデンシックスの花野子が言う。
 
「桃香がこないだ留萌の私の実家に行った時、古いアルバムを見たり、もう動かなくなって押し入れに積み上げられていた古いパソコンからデータをサルベージして、男の子時代の写真を発見してやると張り切っていたけど、結局1枚も見つからなかったみたい」
と千里。
 
「それは千里君、君が最初から女の子だったからに違いない」
と同じくゴールデンシックスの梨乃。
 
「でも梨乃は私が男子制服着てたの見てるじゃん」
「あれは単なるコスプレだ」
 
「桃香は小学校までの写真はほとんど男の子って感じだったね」
と大学以来の千里・桃香の親友・朱音が言う。
 
「中学・高校の写真は女子制服着てたけど」
と同じく大学の友人の玲奈。
 
「きっと桃香は中学に入る時に性転換して女になったのに違いない」
と同じく大学の友人の友紀。
 
「まあ私と千里の片方は性転換していると言うと、だいたい私が性転換者だと思われるようだ」
と桃香本人まで言っている。
 

桃香と千里と貴司は基本的に3人ばらばら!に場内を巡回して出席者と色々会話を交わした。これは千里が2人の妻を掛け持ちしている都合上、ペアで巡回できないからである。
 
「3人の結婚」という特殊な形式をとるので、趣旨に賛同できる方だけご来場くださいと事前に言っておいたのだが、来てくれた人たちは
 
「なんかふつうの披露宴とそう違わないね」
と言ってくれていた。
 
忙しいはずの中来てくれた作曲家の上島雷太さんなど
「同性婚とか、片方が亡くなっていて遺影との結婚とか、片方が二次元とかの結婚式には出たことあるけど、3人というのは僕も初体験だ」
と言っていた。
 
今回来てくれたのは、千里と桃香の大学時代の友人「振袖会」のメンバー、千里のバスケ関係の友人、レッドインパルスの選手やスタッフなど、日本代表の常連、ゴールデンシックスと「愉快な仲間達」の中で都合の付いた人、雨宮派のクリエーターやミュージシャン、千里が楽曲提供している又はしていたアーティスト(山森水絵・大西典香・KARION・遠上笑美子・鈴木聖子・レッドブロッサム・アクア・川崎ゆりこ・山村星歌など)、海藤天津子、中村晃湖、藍川真璃子、貴司の所属するメトロ・エクシードの選手やスタッフなど、そしてクロスロードのメンバーたちである。それ以外にも鞠古知佐・留実子夫妻、留実子の姉敏美さん、旭川N高校の宇田先生・南野コーチ、旭川Q神社巫女長の斎藤さんなど随分と北海道の古くからの知人友人たちも来てくれていた。
 
「なんか男の娘が会場内に随分いる気がするのだけど」
「男の娘の知り合いは多すぎて、私も何人居るか把握できない」
「あそこのふたりお友達同士かと思ったけど、男性同士のカップルっぽい」
「男に見えるけど女なんだよ。男装しているだけ。あの子男装が好きなんだよ」
「嘘!?」
「女子バスケの元・日本代表だから間違いなく女」
「いろんな人がいるなあ」
 
「ねぇ、人間じゃない人がかなり混じっている気がするんだけど」
「気のせい!!」
 

出席者の数だけいえば親族を含めて100人を越える賑やかなパーティーであった。食事も洋食・和食・中華・デザートとふんだんにあり、お酒も北海道の銘酒とビールを揃え、ウィスキーや焼酎も人気の銘柄を揃える一方、更に女性の出席者が多いことから準備された、多様な銘柄の紅茶や中国茶にコーヒー、その場でミキサーで作る野菜ジュース、今朝牧場で絞ったばかりの新鮮な牛乳などソフトドリンクも豊富で好評だった。
 
「ねぇ、千里。これどう考えても会費1万円では申し訳ないんだけど」
と冬子(ケイ)からは言われたが
 
「私たちみたいな年収億の人ばかりじゃなくて、薄給の人もたくさんいるからそれ以上は取れないよ」
と千里は答えておいた。
 
しかしケイは結局500万円の小切手入り御祝儀袋を強引に押しつけていった。他に鴨乃清見の曲で近年何度もミリオンセラーを出している山森水絵なども100万円入りの御祝儀袋をマネージャーが「受け取ってもらえなかったら私クビにされます」と言って押しつけてきたし、アクアのマネージャーも似たようなことを言ってやはり100万円の御祝儀袋を押しつけた。雨宮先生も結構な額をいつの間にか置いて行っていた。貴司と千里の北海道の親族から各々3〜5万円程度入った御祝儀袋が郵送されてきていたし、結局収支的には千里が負担した額は100万円程度に留まった。
 

自主的に始まってしまった余興も、ローズ+リリーやKARIONにゴールデンシックスなどプロ歌手・バンドの歌唱や演奏もあり、バスケットのパフォーマンスありと賑やかであった。
 
会場の後ろの方ではWNBAプレイヤーの花園亜津子が、居並ぶ日本のプロ選手相手に1on1で連戦連勝していた。貴司のチームメイトの男子プロたちも全くかなわないので「アメリカのプロはすげー」と言われていた。
 
唯一亜津子に2勝をあげたのがレッドインパルスに4月1日付けで入ったばかりの22歳のポイントガード高橋真保で
 
「私はあんたを日本代表に推薦したい」
と亜津子は言っていた(取り敢えず代表候補に招集された)。
 

結婚式の後は都内のホテルで1泊した後、4月4日からアメリカへ新婚旅行に出かけた。
 
子供たち4人は深谷市に住んでいる愛子が自分の子供も一緒に期間中千里たちの家に泊まり込んで一緒に世話してくれることになっていた。
 
「緩菜ちゃんの扱いで気をつけないといけないこととかない?」
と訊かれたものの千里は
「ふつうに女の子として扱ってあげて。ほんとに女の子だから」
と言っておいた。
「でもおちんちんあるんでしょ?」
「まあ裸にしても付いてるようには見えないよ」
「嘘。もう性転換手術しちゃったの?」
「さすがに2歳を性転換する訳にはいかないから隠してるだけ」
「ふーん・・・」
 
どうも後から話を聞いていたら愛子は緩菜を「解剖」してみてお股の状態を確認したようだ。セクハラっぽいが、好奇心を抑えきれなかったのだろう。
 

ところで婚姻届は4月3日の結婚式の日に理歌と玲羅に頼んで出してもらったので、当然千里のパスポートは旧姓のままである。このパスポートは実は昨年日本代表をした時に海外合宿のために作った川島千里のパスポートを記載事項変更旅券の制度を利用して村山千里名義に作り替えたものである。
 
(昔あった記載事項の訂正制度は2014年3月に廃止された。これはそれに代わるもので新しい名前の旅券が発行される。ただし有効期限は旧パスポートの期限のままである)
 
桃香は2011年にアメリカに行くために作ったパスポートがまだ有効であった。貴司は2008年に仕事の必要で作ったパスポートが2018年に期限が切れていたので今回また新たなパスポートを作った。貴司の前回のパスポートの出入国記録の大半は仕事で行った韓国・中国で、日本代表などバスケ関係の出入国記録は6個であった。
 
「貴司、そのパスポートが日本代表の海外合宿に出かけるためのスタンプで埋まるように頑張ろう」
「うーん。さすがにもう日本代表は無理」
「そこを鍛錬して」
 
「千里はこれいくつめのパスポートだっけ?」
「2008年に作ったもの、2015年に作ったもの。この2つが村山千里名義。2019年に作ったのが川島千里名義で、今回持って来たのはそれを村山千里名義に変更したものだから実質まだ3冊目。でも帰国したらすぐ細川千里名義のパスポートを申請する。5月に海外合宿があるから」
 
「忙しいな」
「だからこのパスポートを使うのは今回1回限り」
「ふむふむ」
 
「千里は最初作ったパスポートだけ男性になってて、そのあと女性かな」
と貴司は言ったのだが
 
「それが千里はその2008年に作ったパスポートが最初から女性になってたんだよな」
と桃香が代わって答える。
 
「嘘!なんで?」
「うーん。私が申請書類に性別女と書いたからじゃないかなあ」
「いや、ふつうは性別女と書いて申請しても戸籍が男である以上、男で発行される」
「でも女で発行されたよ」
「それって、千里、2008年時点で既に戸籍が女になっていたのでは?」
「それはないと思うけどなあ」
 

今回の旅でホテルは基本的にツインを2部屋取るようにしている。千里は両方の部屋を行き来して、桃香・貴司双方の新妻を演じる。宿泊カード上の部屋割としては千里と桃香がいっしょで、貴司はツインのシングルユースにしている。
 
これは千里は村山千里、貴司は細川貴司になっているので「夫婦でない男女を同じ部屋には泊められない」というルールに従うためである。法的には貴司と千里が結婚したし、何かと妾的に扱われがちな桃香が、この点だけは嬉しそうにしていた。
 
4月4日夕方の飛行機に乗り、日付変更線を越えて同じ4日の午前中にロサンゼルスに到着。その日はそのまま国内便でサンフランシスコに移動し、金門橋などを見てから、夕方はサクラメントでNBAの試合を見に行った。アメリカを旅行先にしたのは実はこれが目的だった。
 
桃香も付き合わされて一緒に観戦していたが
「これなかなか面白い」
と言って楽しんでいたようである。
 
「やはりNBAってちゃんと魅せる試合をしてるよね」
と千里は観戦しながら言った。
 
「うん。ちゃんと観客を意識してる。日本はこのあたりが根本的になってないな」
と貴司も言っていた。
 

試合が終わってから3人で出口の方に行きかけた時、背の高い黒人姉妹(?)と目が合う。
 
「ムラヤマ?」
「マール?」
 
と声を掛け合う。
 
「コンニチワー」
「ボンジュール」
と言って千里は姉妹と手を取り合った。
 
桃香が
「誰だっけ?」
と訊くので千里は双方を紹介する。
 
「こちら、私の夫のタカシ・オソカワと、モモカ・タカゾノ」
と千里はフランス語発音で紹介する。
 
「タカシさんが夫で、モモカさんはお姉さん?」
「モモカも夫。私、夫が2人いるの」
「おぉ!」
「モモカさんって女性に見えるけど実は男性?」
「いや、モモカは女性。こちらとは同性婚」
「すごーい!」
 
会話はフランス語でしているので貴司と桃香は内容が分からない。
 
「貴司、桃香、こちらはフランスのLFB(女子プロバスケットリーグ)に所属する、カリアマ・マールさんとナミナタ・マールさんの姉妹。ふたりともセネガルのバスケ代表の経験がある」
 
と千里は2人を桃香たちに紹介する。
 
「ナミナタさんとは日本のインターハイで対戦したんだよ」
「へー」
「カリアマさんとは去年の東京五輪で対戦した」
「おぉ!」
 

「こちらは旅行ですか?」
と千里は尋ねる。
 
「そうそうNBAを見に来たんですよ。5月まで滞在してNBAプレイオフとWNBAの試合も見る予定」
と妹のナミナタさんが説明する。
 
「凄いですねこちらはNBAの試合を数日見てから帰ります。Wリーグの春のリーグ戦があるし、来月からは日本代表の活動が始まるので」
「ああ、そちらはアジア選手権ですね」
「そちらもアフリカ選手権ですよね」
 
「じゃまた来年、ワールドカップで会いましょう」
と言って千里は姉妹と握手した。
 
「そうだ。ムラヤマさん、サインくれません?」
と言ってナミナタさんがスケッチブックとシャーピーを取り出す。
 
「いいですよ。私もおふたりのサインください」
と言って千里も色紙2枚と油性マジック2本を取り出して彼女らに渡した。
 
「私サイン考えてなかった!」
とナミナタさんが言っているので
「今作ろう」
などとお姉さんのカリアマさんが言っていた。
 
千里がスケッチブックに青いシャーピーで華麗に鳥が飛んでいくかのようなサインを描く。
 
「これ初めて見た。美しい」
と桃香が言う。
「僕も久しぶりに見たけど、きれいだね」
と貴司も言った。
 
カリアマさんのは漫画のような可愛いサインだった。今考えたというナミナタさんは筆記体っぽい名前に花束を持った女の子の絵が添えてあった。
 
千里は再度2人と握手して別れた。
 

千里は試合が終わったあと会場を出る選手をキャッチして2人のサインをもらうことに成功したが、その内のひとり、シューターのマイケル・ウィリアムズさんからは
 
「あなた日本のムラヤマですよね?」
と言われ、「Yes」と答えると
 
「あなたのサインも、僕にちょうだい」
と言われたので、持参の色紙に千里自身のサインも書いて渡した。
 
「僕らシューター仲間では、ハナゾノをガルーダ(Garuda)、ムラヤマをロック(Roc)と呼んでいて、どちらが凄いかとよく話題になるよ」
などと彼は言っていた。
 
「私はアツコ・ハナゾノにだけはかなわないです」
と千里は言ったが、
 
「向こうもこないだチサト・ムラヤマにだけはかなわないと言ってたよ」
と彼は言った。
 
「もっともふたりともマイケル・ウィリアムズに比べたら赤ちゃん同然ですけど」
と千里が言うと彼は
 
「うん、君はよく分かっているね」
と軽快に応じていた。
 

4月5日はサンフランシスコ市内観光の後、また国内線でロサンゼルスに移動。こちらでも夕方から別のNBAの試合を観戦した。
 
なお市内の移動にはレンタカーを使ったが運転は国際免許証を準備していた千里がひとりで運転した。
 
「え?今赤なのに右折した」
と桃香。
「アメリカでは基本的に安全であればいつでも右折OK。日本もたまーに常時左折可って交差点あるよね。あれもっと普及させればいいのに」
と千里。
 
「アメリカでは踏切で一時停止しちゃいけないというのは聞いてたけど」
と貴司。
「うん。踏切で停止したら追突されるよ」
と千里。
 
「私が運転したら、うっかり左側を走りそうだ」
と桃香。
「ああ、桃香は事故起こしそうだよ」
 
千里が左折専用中央レーンも4wayストップ交差点もスムーズに進行するので貴司が
「千里、アメリカで運転したことあったの?」
と訊く。
「ううん。初めて」
「それにしてはうまいね」
と感心していた。
 
(実はアメリカ暮らしの経験がある《きーちゃん》が運転しているのである)
 
ちなみに日本国内でもそうだが、千里・桃香・貴司の3人で車に乗る場合、「桃香と貴司はできるだけ並ばない」というルールにしていた。
 
・千里が運転→桃香が助手席・貴司が助手席の後ろ
・桃香が運転→千里が助手席・貴司が運転席の後ろ
・貴司が運転→千里が助手席・桃香が運転席の後ろ
 
結果的に千里は後部座席には行かない。また貴司・桃香が後部座席のどちらに座るかは、千里とお互い顔が見やすい側ということで選んでいる。
 

6日はディズニーランドに行く。桃香はバスケットの試合は最初は物珍しそうに見ていたものの、途中から飽きていたようだったが、このディズニーランドに来ると
 
「やはりこういうのが楽しい」
 
などといって純粋に楽しんでいたようである。千里と桃香は2011年に渡米した時も一度ここに入っているのだが、
 
「こういうのは何度来ても楽しいよね」
と千里も言っていた。
 
「でも千里、夜セックスする時に前半私として後半貴司さんとするという順序には何か意味があるのか?」
などとアトラクションに並びながら日本語で尋ねる。
 
「途中での洗浄が楽だから」
と千里が言うと
 
「なるほどー」
と桃香も貴司も納得していた。
 
「やはり食器はちゃんと洗ってから出さないと」
「ふむふむ」
 
「でも8年ぶりに千里とできた時は感動した」
などと貴司は言っている。
 
「その間できなかったのは自業自得だけどね」
「それを言われると面目ない」
 

「貴司さんって千里以外とはセックスうまくできないわけ?」
「貴司は私以外の女の前では立たないし射精もできない。ひとりででもできない」
「なんで?」
 
「最初に貴司が自分でそういう暗示を掛けてしまったっぽい」
「え?そうだったの?」
「そのあと妹連合が私以外とは結びつけないようなおまじないをした」
「むむむ」
「理歌ちゃん、無自覚だけどけっこう霊的なパワーあるからなあ」
 
「私はその霊感とかは基本的に信じてないけど、千里に霊感があるのなら玲羅ちゃんにも霊感はあるのでは?」
「霊感って劣性遺伝なんだよ」
「ほぉ」
「大霊能者で、娘は霊感無いけど孫娘がまた凄いってのもよく聞く」
と貴司。
「いわゆる隔世遺伝、メンデルの分離の法則だよね。それで沖縄のノロとか孫に継承するケースが多かったみたい。青葉のところは曾孫に出たんだよね。青葉の曾祖母が凄かったらしい」
と千里。
「ああ、なんか言ってたね」
 
「だから理歌ちゃんや私は霊感があるけど、貴司や玲羅には霊感は無い」
「ふむふむ」
 
「まあそして最後は私が貴司が浮気した腹いせに呪いを掛けたからね」
「千里の呪いは無茶苦茶強そうだ」
 
「でも私が掛けた分はとっくの昔に解除してるよ。理歌ちゃんも私と貴司が今回結婚を決めた段階で古いおまじないの道具を処分したと言っていた。だから残っているのは本人が掛けた暗示だけ」
 
「じゃそれを貴司さんが解除すれば貴司さんは他の女性ともセックスできるようになる?」
「そうだろうけど、貴司はその解除の仕方が分からないだろうね」
と千里は可笑しそうにしながら言った。
 
貴司は首をひねって悩んでいる。
 
「まだ字の読めない子供が偶然並べてできた日本語の短歌を再度並べることができるか、みたいな問題だよ」
 
「それはかなり難しい」
 
「ちなみに桃香、貴司に興味あったら寝てみて立つかどうか確認してみてもいいよ。桃香なら許すよ」
「いや、私は男には興味無い。そもそもちんちんに触りたくない」
 
「自分におちんちんがあるのはいいんだ?」
「うん。相手にあるのが嫌だ」
 
「私がまだ男の子の身体だった頃はたくさん触ってたくせに」
「それは千里が触られるのを嫌がるからやっていただけ。もっとも今考えれば、千里はあまり触られると偽物と分かるから嫌がってたようにも思うのだが」
「本物だったけどなあ。自分では一切触ってなかったけど」
「それは存在しないから触っていなかったとか?」
 
「あと貴司は浮気したら借金と慰謝料で3億4千万、私に払わないといけないからね」
「ああ、それがいちばん怖いな」
 
貴司は頭を掻いていた。
 

「でも僕、浮気というものをしたのは美映が最後なんだよ」
と貴司は昼食の時、言い訳がましく言っていた。
 
「美映さんと結婚していた間は他の女の子とデートしてないの?」
「うん。千里と何度か会っただけ」
などと貴司が言うので桃香の目が厳しい。
 
しかし桃香は思い直したように言った。
「それが本当ならフェロモンの関係かもね」
「うん?」
 
「ほら、恋愛中の人ってもてること多いじゃん。今まで男に声を掛けられたこと無かったという人が、いざ恋人ができた途端、道で男に声を掛けられるようになるのもよくあることだ」
 
「ああ。恋人ってできる時はいきなり複数できることが多いよね」
 
「それってフェロモンの漏れだと思うんだよね。恋愛していることでフェロモンが出て、それに他の異性が惹かれる」
「ふむふむ」
 
「貴司君って、ずっと千里と別れて暮らしていたから、千里に会いたいという気持ちから、フェロモンが大量に漏れてたんだと思う。それに他の女が寄ってきていたんだよ」
 
「それはあるかも知れない」
と貴司自身も言う。
 
「ところが2018年に千里が結婚しちゃったから貴司君は失恋してしまった。それでフェロモンも停まって貴司君の魅力が落ちて、浮気が無くなった」
 
「ほほぉ」
「そしてフェロモンの停止で、美映さん自身も貴司君にあまり魅力を感じなくなっていったのかも」
 
「なるほどー」
 
「私もあまり関心無かったけどね。もう他の女には取られたくないから確保できる内に確保したという意味が多い」
などと千里まで言う。
 
「緩菜には会いたかったから行ってたけどね」
と千里。
「やはり千里はここ数年も貴司君に会っていたのだな?」
と桃香。
 
「セックスはしてないよ」
「それあまり信用できないのだけど」
 

6日も夕方からNBAの試合を見に行ったが桃香はホテルで寝てると言って先にタクシーで帰った(夕食を取ったレストランで呼んでもらった)。ちなみに桃香は英語はわりと得意なので、千里もあまり心配せずにひとりで返した。(貴司の英語は怪しい)
 
7日はサンタモニカ・ピア/サードストリート、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムなどロサンゼルス市内の観光をした上で、またまた、夕食後にNBAの試合を見に行く!桃香は「君たちには付き合ってられん」といって、やはりタクシーを呼んでもらってひとりで先に帰っていた。
 
8日午後の飛行機に乗り、4月9日の夜成田に到着する。4泊6日の旅であった。
 

帰国したら美映さんからの留守電が入っていたので、若干の抵抗感を持ちながら電話を掛ける。
 
「ご無沙汰してます。どうかしました?」
「うん。私、再婚しちゃった。一応報告しとこうと思って」
 
「わあ、おめでとうございます!結婚式はもうしたんですか?」
 
「しないつもりだったんだけどねー。こないだもしなかったし。今回も籍入れて記念写真だけ撮ってたのよね。でも親がうるさいから一応今度することにしたよ」
 
「まあお金出してくれるならしてもいいのでは」
「そうそう。私お金あまり無いし、親にほとんど出してもらうことにした」
 
お金無いしって、5000万円はどうしたんだ?と千里は疑問に感じる。
 
「相手はどんな人ですか?」
「28歳のプロバスケット選手。6つ年下。このくらい年下だと可愛いよ」
「おお、凄い」
「名前知ってるかなあ。日倉孝史というんだけど」
 
「大阪ヨッシーの選手ですね」
「あ、やはり知ってたか」
「でもやはりバスケットなんですね」
「うん。あ、そちらの貴司もバスケット復帰したんだね?」
「復帰したけど、ちょっかいは出さないでくださいよ」
「出さない、出さない。亭主一本で行くから」
「OKOK」
「でもそちらの旦那さんもタカシって紛らわしい」
 
「あ、私、これまで好きになった男が全員タカシなんだよ。全員字が違うけど」
「それは凄い!」
「寝言も安心して言える」
「あはは」
「とは言っても寝顔を見せたのは、そちらの貴司が初めてだったんだけとね」
「ふむふむ」
 
「でさ、凄く不思議なことで」
「うん?」
「こちらの孝史と初めて寝た時に、私出血したんだよ」
「へー」
 
「実際には緩菜を出産した時に処女膜なんて全部吹き飛んだはずなのにね。もしかしたら私、今処女喪失したのかも、と言ったら、彼、笑いながらも、じゃ僕もそう思うことにするよと言ってくれた」
 
「うん。きっと今まで処女だったんだと思いますよ。赤ちゃん産んだって男を入れてなかったら間違いなく処女。彼に緩菜のことは言ってあるんでしょ?」
 
「もちろん赤ちゃん産んでることは言ってる。それにしては乳首が小さいとかも言われたけどね」
 
「美映さん、もしかして直接の授乳はしてなかった?」
「そうなのよねー。私、緩菜におっぱいに吸い付かれても全然出なかったんだよ。搾乳器では出てたんだけどね」
 
「へー」
 
「それで泣かれるからつい叩いてしまったりして。私もけっこう育児ノイローゼになってたかも知れないと思う。私さんざん友だちからは、あんたみたいなのがノイローゼになったら天変地異がある。O型に典型的な楽観体質って言われてたんだけどなあ」
 
「やはり最初の子供では結構悩むものですよ。貴司は、あ、こちらの貴司は育児なんて全く協力しなかったでしょ?」
 
「そうそう。熱があったりして病院に連れてくの手伝ってと言っても、仕事があるからとか言って出て行くし」
 
「父親としての自覚が無さ過ぎるな」
 
千里は細川緩菜の名前で祝電と御祝儀送るからと言い、日時を聞いておいた。
 

「ところで緩菜は男の子に戻した?」
と美映は訊いた。
 
「ううん。女の子のままですよ。念のため男の子の服とか買ってきて女の子の服と並べてみたんですけどね。やはり女の子の服を取るのよ」
 
「それは実は私もやってみたことある」
と美映は言う。
 
「ああ、やはり。それで女の子として育ててたのね」
「うん。あの子はたぶん生まれながらの男の娘なんだと思う」
「初めて美映さんと意見が一致したな」
 
「ふふふ。でも幼稚園とかに入れる時にどうしようと思ってたんだけどね」
「最近はそのあたり理解のある幼稚園や学校も多いから、そういう所に通わせますよ」
 
「やはりあれ18歳くらいになったら即性転換手術コースかな」
「そうなる気がしますね。医者にも診せてみたけど、女性ホルモン剤処方されたから飲ませてるんですけどね」
 
「ああ、それはいいことだ」
 
千里としては緩菜の性別問題で美映がこちらの育児方針を知ったら異論を唱えてこないだろうかという不安が少しあったので、この日の電話ですっきりとすることができた。
 

翌10日は阿倍子さんのお母さんから電話があり、阿倍子さんが5日に子供を出産したと報せてきた。
 
「京平にも関わることだから伝えておかないといけないと思って」
とお母さん。
 
「おめでとうございます。男女どちらでした?」
「男の子でした」
「じゃ、賢太君たちにとっても、京平にとっても弟ですね」
「ええ。でも私、孫たちの相互関係がなんだかよく分からなくなって来た」
 
「ああ。取り敢えず全員『孫』という分類でいいですよ」
「そうよね!」
 
「でも千里さんと貴司さんが再婚したと阿倍子から聞いて私はびっくり」
「すみませーん」
「私、最初、抗議すべきじゃないかと阿倍子に言ったら、慰謝料を4000万円増額するというので手を打ったと言われて。そんなに払ってくれるのならいいかと思って」
 
この人もなかなか正直だ。
 
「まあそれで結局は2012年春の状態に戻っただけです」
と千里は言う。
 
「その話も私、今回初めて聞いたの。元々あなたと貴司さんが婚約して式場も予約していたところに阿倍子が割り込んだのね」
 
「ええ。でも古い話ですよ」
「なんかそれだと阿倍子の方が慰謝料払わないといけなかったんじゃないかいう気もして」
「その時、私が慰謝料もらってたら、私と貴司の復縁は無かったでしょうね」
「そうかもね。でもたぶん千里さんが貴司さんと切れてたら、阿倍子と貴司さんの結婚生活は1年もってなかったかもと阿倍子が言ってました」
 
「私が貴司の浮気をことごとく潰してましたからね。こちらとしてはこれ以上ライバル増やされてはたまらんから排除しながらドロップキャッチ狙いだったのですが、美事最後は他の子にさらわれたから、私も間抜けです」
 
と千里も苦笑いしながら答えた。
 

その日はお昼くらいに高岡から桃香の母・朋子が出てきた。
 
「あら、桃香は?」
「買物に出てるんですよ。夕方までには戻ると言ってました。貴司さんは試合です」
「へー」
「実際には桃香さんは秋花ちゃんとのデートだと思いますが」
と千里が言うと、朋子は顔をしかめる。
 
「あの子、まさか新婚早々浮気してんの?」
「昔から桃香さんは土日は他の女の子と会ってますけど、私は見ぬ振りしてます」
と千里は言う。
 
「ごめんねー。節操の無い子で」
「そういうのも含めて好きになったから」
「達観してるね!」
 
「青葉、忙しいんでしょ?」
と千里は訊く。
 
「そうそう。無茶苦茶忙しそう。あの子、インターハイやインカレにも出てるし、音楽関係のコネが凄いでしょ? だからスポーツ・芸能関係を一手に引き受けているみたいで、土日は基本的にほぼ全部お仕事なのよね」
「月火が代休になるんでしょ?」
 
「そうそう。水曜から金曜まではレギュラー番組持ってるから絶対に休めない」
「激務だね〜」
 
「東京オリンピックでバスケットとバレーと水泳のレポートとかしたので、その方面のコネも増えたとか言ってたし」
 
「バスケット関係で渡りを付けたい人がいたら気軽に言ってといってたから、結構紹介してあげたのよね」
 
しばらく朋子は千里と話していたのだが、やがて顔をしかめる。
 
「あんた本当に千里ちゃんだっけ?」
「すごーい。お母さんは分かるんですね?。桃香さんにはバレたこと無いのに」
「あの子、勘が悪いもん。あんた誰?」
「きーちゃんとでも呼んで下さい。私は本当は千里の守護神です」
 
「精霊みたいなものかな?」
 
「まあそんな感じですね。できたら青葉さんや桃香さんには内緒で」
「うんいいよ」
 
「私はある人から千里を守護するように命じられています。子供の世話なんてのは、本来サービス品目に入ってないんですけど、便利に使われていますね。本物の千里はついさっきバスケットの練習に出て行ったんですよ」
 
「へー。きーちゃんか。いや以前から千里ちゃんって2人いるのではという気がしてた。おっぱいあげてるのは本当の千里ちゃんで、絶対にあげないのが身代りだ」
 
「着眼点がいいですね。私は赤ちゃん産んでないから、おっぱいは出ません。あとさすがにバレるから私は青葉さんの前には出ませんよ」
 
「なるほど。でも千里ちゃんは赤ちゃん産んだんだっけ?」
「ふたり産みましたよ」
「どの子とどの子?」
「それは言ってはいけないことになってるので」
「まあいいや」
 
「その付近、千里本人もよく分かってないんですけどね。この4人の子供の中には桃香さんの遺伝子上の子供が2人、貴司さんの法的な子供が2人いますが、4人とも実は何らかの形で千里の子供なんですよ」
 
「へー!」
「千里は桃香さんの妻と貴司さんの妻を兼ねているから」
「なるほど、それはそれで合理的だ!」
 
「早月ちゃんが産まれた頃に、千里と桃香さんは、親って何だろう?って議論していたんですよね。法的な親・制度としての養親、遺伝子上の親、出産した母親。いろいろあるけど、結局は育てた人が本当の親なんじゃないかって結論に達したんですよ。千里と桃香さんはこの4人を育てて行くから、ふたりがこの4人の親だってふたりは思っています」
 
「貴司さんは?」
「子育てに参加する意志がまるでないですね」
「ああ、男ってそんなものか」
「ですです」
 
「でもその手の問題は青葉見ていても思ったなあ」
「あの子、あまり語らないけど、きっと悲しい思いをたくさんしてきているでしょうね」
 
「でもさっきから見てるけど、緩奈ちゃんはどこをどう見ても女の子だね」
「でしょ? 緩菜の戸籍上の性別なんて、誰も忘れてますよ」
 
「私はその付近の問題については桃香でそもそも常識をぶち壊されて、青葉と千里ちゃんも見ていて、理解せざるを得なくなったけど、世間ではなかなか理解されないよね」
 
「まあでも理解してくれる人が増えてきただけ、少しだけ居心地が改善されたかも」
 
結局、朋子は本物の千里が帰ってくるまで孫たちと遊んでいた。千里(千里A)は朋子が来ているとは知らずに玄関を開けてしまい、朋子と千里Bが並んでいるのを見て「きゃーっ」と叫んでしまったが、朋子は
 
「本物の千里ちゃん、練習お疲れ様〜、きーちゃんと一緒に御飯作っておいたよ」
と笑顔で言った。
 

4月下旬、千里が日本代表の合宿を終えて帰宅すると、庭にプランターが並んでいて、桃香が水をあげていた。
 
「あ、お帰り。お疲れ様」
「桃香、お花でも植えたの?」
「そうそう。緩菜がさ『お花ほしい』と言うんだよね。切り花買ってきてみたんだけど、どうも違うみたいで、それで京平が緩菜のことばを翻訳してくれたのでは、お花を育てたいということみたいなんだよ。それでプランターと土と種と活力剤と買ってきた。
 
「それはいいけど、桃香育てられるの?私、桃香が鉢植えとかでも育ててる所見たことない」
「うん。私も自信無い。千里は?」
 
「私はサボテンを枯らす女だよ」
「それではお先真っ暗だ」
 
「じゃ緩菜が言い出したんなら、緩菜を水やり係にするといいよ」
「そうするか」
「京平は緩菜を管理する係で」
「ああ、それがいいかも」
 
「たぶん早月や由美はこの手のものダメって気がする」
「ああ、するする」
と言ってから桃香は
「それ、私の娘はダメってことか?」
などと言っていた。
 

「でもなんで緩菜はお花を育てたいとか言い出したのかね?」
とお茶を飲みながらクッキーを摘まみつつ話す。
 
すると京平が
「かんな、たねまいてそだてたいといった」
と言う。
 
千里は、波留のお姉さんが、信次は死ぬ直前にあちこちの女に種を撒いたなどと言っていたことを思い起こした。
 
「自分が子供を残せないことを知ってて、代わりに花を育てたいのかもね」
と貴司が言う。
 
「そうだね。ふつうは男の娘は自分の子孫を残せないから」
「クロスロードには、和実にしても冬子にしても千里にしても自分の子供を作った非常識な男の娘が多い」
と桃香が言う。
 
「和実ちゃんって、男の娘なのに子供2人産んだんだっけ?」
と貴司。
「そうそう。ひとりは代理母だけど、ひとりは自分で産んだ」
「それって実際には半陰陽だったわけ?」
 
「あの子はハイティング陰陽と自分では言ってたね」
「何それ?」
と貴司。
「説明を聞いたけど分からんかった」
と桃香。
 
「だけど最近は体外受精とか代理母とかで、出産した人が必ずしも遺伝子的に母とは限らなくなってしまったよね」
と貴司が言う。
 
「うん。そういう事態を想定していない民法は前提が崩れている」
と千里が言うと、桃香が
 
「遺伝子上の母と出産の母を区別すべきなら、遺伝子上の父と突っ込んだ父を区別すべきかもね」
などと言い出す。
 
「何それ?」
「だって女の股から出てくるのの反対は、女の股に突っ込んだのだろ?入れたから出てくるんだよ」
と桃香。
 
「うーん・・・」
 
「でも桃香さん、射精した本人と精子の所有者が違うってことあるんですか?」
「出産した本人と卵子の所有者が違うことがあるんだし」
 
「状況を想像できないなあ」
と貴司は言った。
 
 
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