【のろいの、雛人形】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2012-03-04
発端は2月上旬の日曜日だった。
母が買い物に行っている間、勉強しながらひとりで留守番をしていた俺は宅配便屋さんの荷物を受け取ったのだが、何やら巨大な箱であった。
差出人は個人名だが知らない名前である。母はヤフオク好きなので、また何かくだらないものを落としたなと思った。母はとにかく安く落とすのが好きだがそれが「使えるものか」というのはあまり考えないたちなので、しばしばそのまま粗大ゴミに出さなければならないようなシロモノも多い。
俺は箱に鼻を近づけた時、何か上品な香りがしたような気がした。
「おふくろ、何買ったの?」
帰ってきた母に俺は聞いた。
「雛人形」
「は?」
「七段飾りの凄く立派な人形なんだよ」
「へー」
「それがたったの500円で落とせたんだ。凄いと思わない?」
「500円!? 七段飾りの雛人形が? それ絶対おかしい」
「ま、送料は1500円かかったけどね。なんかいわく付きのものらしいのよね。
それを承知でお願いします、なんて書いてあったから、応札する人がいなかったみたいでさ」
「ちょっと待て。それを買うって、やばいだろ?」
「あんた、幽霊とか信じるの?」
「おいおい、幽霊が出るのかよ?」
「いわく付きって、そういう意味じゃないのかね?」
「勘弁してくれよ。これ、そのままリサイクルセンターに持ってかない?」
「まあ、そんなこと言わないで、とりあえず出してみようよ」
母のこういうのは、今に始まったことではないので、俺はしぶしぶ母と一緒に雛人形を開封した。
「なんかかなり古いものだね、これ。顔が古風だよ」
「うん。どうも明治時代のものらしいよ」
「へー」
人形はひとつひとつ箱に入っていて、俺達は幾つかの箱を開けて人形を眺めてみた。人形の顔はちょっと古風で、とても上品なもののようだ。どこかお金持ちの家に置かれていたものなのだろう。
「なんか、そんな悪いものには思えないなあ。のろいの雛人形とかだったら、もっと怖い顔していると思うよ」
「だよね。これ飾ろうよ」
「うん。じゃ、雛壇を俺、組み立てるよ」
俺はそういって、箱の中から木の枠や板を取り出すと、仏間に持って行き、だいたいの見当を付けて組み立てて行った。七段飾りだけあって、かなり巨大なものである。組み立てたあと、赤いビロードの布を掛ける。
「おお、なんかこれだけでも綺麗だね」
「でも、俺、どの人形をどこに置けばいいか分からないけど」
「あ、私も知らない。子供の頃、うちには雛人形なんて無かったからなあ」
「そういえば、だいたい何でうちに女の子なんて居ないのに雛人形なんて、落札したのさ?」
「うん?安かったからに決まってるじゃん」
俺は天を仰いだが、せっかくの人形だ。きちんと飾ってやりたい。誰か配置が分かりそうな友だちはいないかな・・・と考えてみて、学校で一緒に図書委員をしている、柴島小町(くにじま・こまち)のことを思いついたので電話をしてみた。委員会の関係で時々連絡を取るので携帯に番号が入っている。
「もしもし、指月(しづき)だけど、今時間ある?」
「うん。ちょっと暇してた所。何か図書館の用事?」
「そうじゃなくて個人的なことなんだけどさ、柴島さん、雛人形の配置分かる?」
「雛人形の配置って、段飾り?」
「うん。実はおふくろが七段飾りの雛人形を落札してさ。飾ろうと思うんだけど、配置が全然分からなくて」
「七段!それは凄い。五段なら従姉の家にあったから、見てるけど」
「じゃ、そこまででもいいから、ちょっと配置手伝ってくれない?」
「いいよ。指月君のうち、どこだっけ?」
俺はこの家までの来かたを概略で教え、近くまで来たらまた連絡してくれるように言った。
1時間ほどで柴島がやはり図書委員で一緒に図書館報の編集をしている広田五月といっしょにやってきた。バス停まで来た所を俺が迎えに行った。
「五月は人形が好きで、七段の配置もたぶん分かると言うから連れてきた」
「ありがとう。助かる」
「でも、指月君の家、女の子いたんだっけ?」
「いない。俺とあとは今、大阪の大学と京都の大学に行ってる兄貴が2人いるだけなんだけどね」
「なんで、雛人形なんて買ったの?」
「安かったからだって。500円で落としたらしい。送料は1500円だったそうだけど」
「500円!? 七段飾りの雛人形が? 500ドルじゃないよね?」
「雛人形がドルってことはないだろ?」
「じゃ、まさか変なものでも憑いてるとか?」
「いわく付きのものです、と書かれていたらしい」
「きゃー」
「でも人形の顔、少し見たけど、そんな変な物には見えなかったぜ」
「ふーん」
「もし、やばいという気がしたら、遠慮無く逃げてくれ」
「うん。その時は指月を殴って逃げ出すから」
「なんで俺を殴るのさ?」
「ひとり倒してから逃げたら、逃げ遅れた人に憑いてくれるんじゃない?」
「そうか、逃げるのがのろい奴に憑くんだな」
「のろい人に憑くのろいなのね」
馬鹿話をしながら家に入ったが、巨大な段飾りの雛壇と、無茶苦茶たくさんある人形の箱に、柴島と広田は絶句した。
「これ、夕方までかかりそう!」
「おやつくらい出すよ。おふろくがいつもどっさりストックしてるから」
「よし、おやつ食べながら頑張ろう」
俺達はまずいちばん大きな箱を、たぶんお雛様・お内裏様だろうと見当を付けて開けた。とても凛々しい感じのお内裏様に、とても美人のお雛様だ。柴島も広田も「すごーい」「びじーん」と歓声をあげている。
「お雛様とお内裏様の並べ方はね、2通りあるのよ。古式の並べ方は左がお雛様、右がお内裏様なんだけど、大正天皇の即位の礼の時に西洋式に天皇陛下が左、皇后陛下が右に立ったんで、それにならって、左にお内裏様・右にお雛様を置く流儀が生まれたのね。だから、最近ではその配置が多いんだけど、どうする?」
と広田が解説をしてこちらに尋ねる。
「古式に並べたい気がするな。だってこの雛人形、明治時代のものらしいし」
「へー、すごい」
俺達は古式の配置で、お雛様を左、お内裏様を右に並べた。次に大きな感じの箱が3つあったので開けると三人官女であった。
「三人官女が二段目だよ。座ってる人が真ん中。立ってる人が左右なんだけど、えっと・・・こっちが左だね」と広田は長い柄の銚子を持つ官女を左に置いた。
そんな感じで、三段目に五人囃子、四段目に左大臣・右大臣、五段目に仕丁(泣き上戸・笑い上戸・怒り上戸)と並べていったが、箱が必ずしも同じ段に並べるものが近くにあるとも限らないので、広田でさえも少し悩んだりして、配置していった。
人形だけ取り敢えず並べたところで、母がお茶を入れてくれたので一休みする。
「でも、すごくきれいな雛人形ですね。傷んでないし、大事に保存されていたんですね」と柴島が感心したように言う。
「私、少し霊感がある方だけど、変な感じはしませんよ。私も母も人形蒐集の趣味があるから、フリマとかにもよく行ったりして物色してて、これまでに何度か、呪いの人形も見たことあるけど、この雛人形にはそんな感じってしないなあ。もし憑いているとしても、悪いものじゃないと思います」
と広田は言った。
「私のうち貧乏だったから、子供の頃、雛人形って欲しかったけど、買ってもらえなかったのよねえ。そんなのもあって、この値段に飛びついちゃった」
と母。
「じゃ、お母さんのための雛人形ですね」
「どうせなら娘さんがいたら良かったのにね」
「ほんとほんと、いっそ信明が女の子だったら良かったんだけどね」
「いっそ性転換させちゃうとか」
「なんでそうなる?」
「でも信明君って、女の子でも行ける顔立ちって気がするなあ」と柴島。
「あ、私もそう思う」と広田は言い、更にこんなことを言い出した。
「こないだ図書館報の編集してる女の子でちょっと集まった時に、編集の男の子で誰が女装が似合うかって、話をしたのよね」
「ああ、あの時のね」
「女子はそういう話題が好きだよな」
「それで一番は田中君、二番は横田君、なんて言ってたんだけど、それで結構盛り上がった後で、指月君を忘れてたって話になってさ」
「じゃ、俺が三番?」
「ううん。別格、即刻性転換推奨という話になった」
「おいおい」
「ああ、性転換いいんじゃない?」と母。
「あんた、女の子になりたいとかいう気持ち無い?」
「そんなの無いよ!」
「もし、性転換したくなったら手術代は出してあげるからね」
「やめてくれ」
「お母さん、寝ている間に病院に運び込んで、スパッと切ってもらうという手もありますよ」
「ああ、それいいね。やっちゃおうかしら」
「安心して寝てられないな」
少し休憩した後で、みんなで手分けして、様々な小道具を置いて行った。屏風を立て、ぼんぼり、右近の橘、左近の桜、駕篭(かご)、牛車、長持ち、タンス。
この手の道具がひじょうに多く、広田でも悩むような微妙な道具などもあったので、なかなか苦労し、並べ終わったのはもう17時ちかくであった。
「遅くなっちゃって、ごめんね。私、車でふたりを送っていくわ」
「すみません」
母がふたりを送りに行っている間、俺は箱や人形を包んでいた新聞紙などを片付けていく。新聞紙を見ると10年くらい前のものだ。少なくともこの10年前の時点でこの人形は飾られていたということなのだろう。
あらかた片付けてから、あらためて人形を見ていたら、なんだか心和むような気がした。ああ、こんなの飾るのもいいなあ、と俺は思った。
ぼんぼりにはロウソクがたてられるようになっていたが、こういう燃えやすいもののところで火を使いたくない気分だ。小型のLEDランプでも買ってきて、入れてやろうと思った。また菱餅を載せる台、紅白の丸餅を載せる台もあったので、それも買って来ようと思った。
しかし笛とか銚子とかの小さい道具が全然紛失していないのは凄い。あるいは無くなったりしたものを補充したのかもね、とも広田は言っていた。ただ補充したにしても、腕のいい職人さんに見立ててもらい、作ってもらったのだろうと言っていた。
渋滞にかかったのか母がなかなか戻って来ないので、俺は晩御飯を作り始めた。
母が買ってきた材料を見て、八宝菜かな?と思ったので、材料を準備して中華鍋に入れて炒め、味付けをして、そろそろできあがるという頃に母は帰ってきた。
「うーん。うまく出来てるね。私が作るのよりうまいじゃん」
と食べながら母は言った。
「まあ、けっこう作ってるからね」
「あんた、小学生の頃から、晩御飯、よく作ってくれてたもんね」
「おふろくは仕事で7時くらいになること多いし、兄貴2人は夕飯なんて作るそぶりも見せないから、単純に自分が早く飯食いたいから作ってただけだけどね」
「これだけ料理できたら、あんたお嫁さんに行けるよ」
「ははは、もし性転換したらお嫁さんに行ってあげるよ」
「どうせなら20歳前に性転換してくれないかねぇ。そしたら成人式に振袖も着せてあげられるし」
「そんな高いもん、いらないよ」
「大丈夫、ヤフオクで安いの落とすから」
「また500円かい?」
「きっとそのくらいのあるって!」
「いわく付きなんだな」
「そうそう」
御飯が終わった後、食器を片付けて洗う。そういえば、こういう食器の片付けも小学生の頃からずっと自分がしているなと思う。柴島は性転換推奨なんて言っていたが、そういえば小さい頃は、女の子とばかり遊んでいたし、女の子だったら良かったのにね、なんて言われたこともあったっけ。そんな自分が嫌で、5〜6年の頃からはことさら男らしくしてきたし、中学では剣道部をしていた。
高校ではさすがに自分のレベルでは付いていけない感じだったので剣道部に入ることもせず、2年生になってからは、図書委員になったので図書館報の編集をやっていたが、編集委員のうち、男はあまり出てこないので、女子と話していることが多く、そういう時間はちょっと快適な感じはしていた。特に柴島とは結構気が合う感じだったのだが、といって柴島との関係は恋愛とは違う気がしていた。
そんなことを考えていた時、母が言った。
「でも、あんた本当に女の子になる気、無いよね?」
「え?無いけど」
「そっか。女の子の服とかを隠し持ってるようでもないしね」
「何それ?」
「いや、こっそり女装していたりしないかなと思って」
「そんなのしたことないよ」
「ふーん」
と言う母の意図を自分は正直、はかりかねていた。
3月3日の日は、せっかく雛人形を飾っているので、雛祭りをすることにした。
柴島と広田、それに柴島がクラスの女子何人かに声を掛けて、女の子が8人集まり、ちらし寿司、ひなあられ、菱餅や丸餅、それにフライドチキンなどを食べた。
「お料理、お母さんの手作り?すごいね」
「いや、これは指月君の手作りだよ」と柴島。
「え?あんた、そんなに料理うまいんだっけ」
「うん。まあ」
「でも、豪華な雛人形だね」
「たぶん、どこかのお金持ちの蔵に眠ってたんだろうね」
「でも指月君ち、女の子がいないのに、なんで雛人形なんて買ったの?」
「指月君が、女の子になるんじゃない?」
「ああ、なるほど」
「ちょっと、そこ、それで納得しない!」
3時間くらい、女の子たちの圧倒的なパワーにたじたじしながら、雛祭りのパーティーは終わり、みんなが帰って行く。自分ひとりで片付けるつもりだったのだが、柴島が片付け手伝うと言って残ってくれて、母と3人で片付けた。
「フライドチキン少し残っちゃった。小町ちゃん、お夜食に持って帰らない?」と母。
「あ、頂いていきます。ひなあられも少し残ってるから持って帰ろっと」
「でも、女の子8人も集まるとパワーが凄いな」
「まだ今日はおとなしい方だったと思うな」
「ひゃー」
「でも、雛人形たちも、女の子たちに雛祭りを祝ってもらって満足じゃないかな」
「だけど、女の子たちの中にいても、指月って違和感が無いよね」
「ああ、広田にもそれ言われたな」
「クラスの男子数人にも声を掛けたんだけど、女の祭りに興味は無いと言われてしまった」
「あはは、でもだいたい指月って、ふだんもあまり男子の友だちとそんなに会話してないじゃん」
「うんまあ」
「むしろ、私とか女子と会話が成立してるよね」
「うーん」
「実は女性志向あるんじゃないの?」
「それは無いつもりなんだけどなあ・・・」
「でも何かの間違いで、朝起きたら女の子になっちゃってたりしたらどうする?」
「そうだなあ。。。。女の子になっちゃったら、しかたないか」
「お母さん、やはりこれは」
「夜中に病院に運び込んで強制性転換かな」と母。
その夜、遅くまで勉強していた俺は十二時の時報の直後、トイレに行こうと思って下に降りてきて、仏間に灯りが付いているのに気付いた。あれ?LEDライトを消し忘れたかな?と思って行ってみると、ライトは消えているのに、なぜか雛壇全体がほのかな緑色の光に覆われていた。何だこれは? と思っていたら、『あのぉ』と声を掛けられた気がした。
声のした方を見ると、十二単を着た50cmくらいの背丈の女性がこちらを見ている。とうとう出たか!と俺は思ったが、特に怖い気はしなかったので、取り敢えず「どうしたの?」と言って、向こうの反応を観察することにした。
『今日は雛祭りをしていただいてありがとうございます』
「ああ、せっかく雛人形がうちに来たからね。友だちの女の子呼んで騒いだだけだけど」
『雛祭りをして頂いたのは今回がちょうど100回目です』
「へー。それは記念すべき雛祭りになったね」
『99回目をしてから10年箱の中に眠っておりました』
ああ、そうするとあの新聞紙を詰められたのがその前回祝った時だったのか。
『これで私たちもみな行くべき所に行くことができます』
「ああ、成仏みたいなもの?」
『はい。私たちには作られた当時、私たちを可愛がってくださいましたお嬢様方の様々な思いが籠もっておりました。それで雛祭りの前後にはその気配を感じて怖がる方もおられまして』
「ふーん。俺はそもそも幽霊信じてないから。これも夢かな?と思いながら、あんたと会話してるんだけどね」
『最後に私の舞を見ていただけませんか?それで私も向こうに行けます』
「ああ、いいよ」
『よければ、さきほど一緒におられたあなたのお姉様と、姉妹で見て頂くとよいのですが』
「姉・・・って、もしかして柴島のことかな?」
『はい、小町様とか呼ばれていた』
「ああ、あいつは姉じゃなくて友だちなんだよ。ここに住んでいる訳じゃない」
『何と・・・私は最後、持ち主のあなたとあの方と、ふたりの姉妹に見守られて舞を舞うことで、全ての思いが満たされると思っていたのですが。。。。』
「ちょっと待て。姉妹って、俺は男なんだけど」
『えー!?女の方とばかり思っておりました。だって、雛人形というのは女の子の家に置かれるものなのでは?』
「ふつう、そうだけど、おふくろが何も考えずに買ったんだ」
『困りました。それでは私は上に上がることができません』
「明日でもよければ柴島を呼んで来るよ。それで舞を舞うって訳にはいかない?」
『私がこのように外に出られるのは3月3日の夜だけなのです』
「うーん。。。こんな夜中に柴島の所に電話する訳にもいかないしなあ。せめて俺が女だったら、満足させてあげられたのかなあ」
『女なら・・・・』
「うん。少しの間でも女になれたりしたら、あんたを見送ってあげられるんだろうけどね」
『あのぉ・・・女になりたい気持ちあります?』
「俺を女にできるの?」
『あなたが希望なさるのでしたら。私たちは女の子の望みを叶える力を与えられております』
「うーん。じゃ、今夜一晩だけなら女の子になってあげるよ」
『ありがとうございます』
というと、その十二単の女性から明るい光が放出され、俺はその光に包まれた。
ふと気付くと、女の子の服を着ているが、なんかちょっと古めかしい服だ。
これって昭和40年代くらいの女の子の服装ではなかろうかという気がした。
白いブラウスに赤いプリーツスカートだが、デザインが何となく昔風である。
これって女装させられただけ?それとも・・・っと思って自分の胸に触ってみると、リアルバストがある感じだ。これCカップくらいあるぞ。そしてあそこは・・・と思っておそるおそるスカートの上からお股を押さえる。
あはは・・・無くなってる気がする。でもまあ一晩だけならいいかな。
「なんかちょっと変な感じだけど、まいっか。。。。ってあれ?声が」
『女の子になったので声も女の子の声になっています』
「へー。これもちょっと面白いかもね。ついでに小町も呼ぶ?」
『小町様にも随分可愛がって頂きましたし、できたら一緒に見送っていただきたいと思っておりました。小町様の住んでおられる所は分かりますか?』
「分かるけど」
『それでは呼びに行きましょう』
と言われたら、柴島の部屋にいた。机に向かって勉強している。
「小町」と俺は呼びかける。
「え?誰?ちょっと、あんたたち、どこから入ってきたのよ?」
「俺、指月だよ」
「え・・・・、ほんと指月だ! すごーい。やっぱり、あんた女装趣味があったのね。それに声も女の子の声だし」
「ちょっと、事情があって。ちょっと一緒にきてくれない?」
「こんな夜中に!?」
「今夜でないとできないんだ」
「うーん。まあ、いいけど」
と小町が言うと、俺達3人はまた俺んちの仏間にいた。
「あれ?ここは」
「このお雛様の力みたいだね」
『ご無理言って申し訳ありません』と、お雛様の霊?が俺達に言う。
「なんかさ、今日みんなで雛祭りパーティーしたので、この雛人形たちに籠もっていた念が、みんな昇華して上がるべき所に行けたらしい。最後にこのお雛様があがるのに、俺と小町の姉妹で見ているところで舞を舞いたいんだって」
「姉妹?」
「うん。雛人形の持ち主の女の子とそのお姉さん。ということで、俺もこういう格好しているんだけどね」
「なるほど!で、私は信明君の姉という設定なのか」
「そういうこと」
「じゃ、いいよ。じゃ、お雛様ちゃん、舞を見てるよ」
『ありがとうございます。御礼に、おふたりがずっと幸せでいられるように今後、御守りさせて頂きます』
五人囃子たちが雛壇のところで楽器を演奏しはじめた。その音に合わせて、お雛様の霊は扇を持ち、舞を舞い始めた。
「ああ、なんか美しい」と小町。
「まるで花が咲いているかのようだね」と自分。
『舞』というのは『踊り』とは違い、回転運動なんだ、と言っていたのは小町の姉ちゃんだったろうか・・・そんなことを思い起こしていた。ちょっとワルツのステップにも似た優雅な動きで、お雛様の霊は美しく舞った。
まだ季節は3月初め。けっこう寒いのだが、そこだけもう春が来たかのような暖かさを感じた。
俺達が見とれていると、やがてお雛様の霊?は少しずつ薄くなり、消えていった。
いつしか五人囃子の音楽もやんでいた。
「成仏したのね」と小町が言う。
「うん」と答えてから、俺はハッと思い呼びかけるように言った。
「おーい。俺は男に戻してもらえるんだよな?」
『あ、御免なさい。忘れてた』
「ちょっとー!」
『来年のお雛祭りにまた私たちを飾ってくださいませんか? あなたを元に戻すために出て参ります』
「え?来年? それまで俺このまま?」
『すみません。今年はもう出て来れないので』
「えー!?」
「行っちゃったみたいね」
「俺、どうしよう?」
「ん?もしかして、それ女装じゃなくて?」
「どうも身体ごと女にされてる気がするんだけど」
「あらら。胸はあるの?」
「Cカップくらいある感触なんだけど」
「どれどれ・・・」と小町は俺の胸に触った。
「うーん。Dカップだと思うな」
「げっ」
「おちんちんは?」
「無くなってる気がする」
「見せて。ちょっとそこに横になってみない?」
「うん」
俺が横になると、小町はスカートの中に手を入れ、パンティを下げた。
「あらら、ほんとにおちんちんもタマタマも無くなってるね。割れ目ちゃんが出来てる。この中も確認していい?」
「うん」
小町がそこを指で開けて中を見て、更に触っている。ちょっとこれ気持ちいいじゃん!「クリちゃん、おしっこの出てくるところ、ヴァギナ、あるね」
「あはは・・・・」
「完璧に女の子になったみたいね」
「どうしよう?俺」
「まあ、女の子になっちゃったものは、仕方ないんじゃない?」
「うーん・・・」
「ねえ、これ、夢ってことないかしら?」
「あ、そうだよ。こんなの夢に決まってる」
「じゃ、目を覚ませばいいのね」
「うん」
というところで俺は布団の中で目を覚ました。
ほっ。やはり夢だったのか。
しかしリアルな夢だったなあと思って時計を見ると6時だ。そろそろ起きて朝御飯の準備しないと。
そう思って俺は起きて、階段を下りて1階のトイレに行く。パジャマのズボンの前の開きから、チンコを取りだそうとして・・・・
え!?
何これ?
あはは・・・・無くなってる。
俺はズボンとトランクスを下げてみた。
見てみるが、やはり無い。チンコもタマタマも無くなっていて、割れ目ちゃんが出来ている。うーん。どうしよう?
とは考えてみたものの、取り敢えず、おしっこをしたい。どうすればできるんだっけ? やはり座ってするんだろうな。
俺は便器に腰掛けると、ふつうにおしっこをするような感覚にした。出た!良かった。何とかなりそうだ。
放出しながら、さてと考えてみた。
胸を触ってみる、あはは、膨らんでる。これってブラジャーとかいるのでは?喉を触ってみる。ああ、喉仏が無いな。これって声も女の声になってるんだろうな・・・・。ちょっと声を出してみるか。
「おはよう」
ああ!やはり女の声だ。まあ、声は別にいいよなあ。これ、身長・体重はどうなってるのかな?
おしっこが終わって、パンツとズボンを上げ、居間に戻り、メジャーを取り出して測ってみると160cmくらいのようだ。洗面所に行って体重計に乗ってみると56kgだった。俺は元々165cm, 60kg だったから、少しだけ身体が縮んでいる感じだ。視点がそんなに変わった気はしないから実際には162cmくらいかも知れないという気がした。身長計できちんと測らないと正確な所は分からない。
しかしさて、これを母親に何て言うかなあ・・・・
と思いながら、俺はいつものように朝御飯を作り始める。イワシが買ってあったので、内臓を出してからロースターに入れ、スイッチを入れる。それから大根を刻んで鍋で煮る。少し煮えてきた所でほうれん草と油揚げの冷凍ストックを入れ、お味噌をとかす。そんなことをしているうちに母が起きてきた。
「おはよう。ああ、いい匂いがしてる」と母。
「おはよう。あと3分でお魚も焼けるからね。今、御飯盛るね」と自分。
「あんた、どこからそんな声出してるの?」
「ああ。朝起きたら、こんなんになってた。大したことないよ」
「まるで、女の子みたいな声じゃん」
「そうなんだよねー。ついでに、ほら触って。胸がこんなに膨らんでるし」
「ちょっと、あんた!」
「こんなに胸があったらブラジャーがいるよね。取り敢えず2〜3枚、欲しいから、学校帰りに買ってくるから、お金くれない?」
「なんで、こんなに胸があるの!?」
「うーん。朝起きたら大きくなってたんだよねー。別に構わないけど。ブラジャーなんて付けるの初めてだなあ。うまく付けられるかな」
「ちょっと。あんた、病院行こうよ」
「ああ、大丈夫だよ。何か気分が悪いとかは無いから」
「ね?他に身体に異常は無い?」
「あ、全然平気。あとは、チンコとタマタマが無くなってることくらいかなあ」
「えーーー!?」
母は絶句しているが、俺は平気な顔で食卓に御飯・味噌汁と焼き魚を並べて、「いただきまーす」と言って食べ始める。母もこちらがあまりに平然としているので、食卓について食べ始めた。
「そういえば、あんた少し背が縮んでない?」
「うん。3cmくらい縮んでる。体重も4kg減ってるね。チンコが無くなった分、軽くなったのかなあ」
「えっと、でも胸が膨らんでるけど」
「そっか。あ、でもウェストによけいな脂肪がなくなってる気もするから、そのあたりかもね。あと少し足も細くなったような気がするし。あ、そうだ。
もしかしたら足のサイズも小さくなってるかも。25cmの靴があまるかも。
靴も買い直さないといけないかな。面倒だな」
などといったことを言っているうちに食事も終わったので、片付けて茶碗を洗い、水切りかごに入れる。そのあと自分の部屋に行って、ワイシャツを着ようとしたら、胸がつかえる感じだ。あぁ、これだけバストがあったらなあ。
俺はいちばん余裕のあるワイシャツを出して着てみる。あ、これだと何とかなる感じだ。ズボンを穿くが、困ったことにお尻がきつい。ウェストは相当余裕があるのでベルトを強くしめようとしたら穴が足りない。仕方ないのでキリを出してベルトに新しい穴をあけて締めた。でも、お尻きついなあ。
新しいズボン買わなきゃ。うーん。あれこれお金かかるな、これ。
学生服を着ようとしたら、胸のところのボタンが締められない! うーん。
ボタン開けっ放しにしていたら、先生に叱られそうだ。 などと思っていたら、母がノックして入ってきた。
「ね、あんた、ホントに大丈夫?」
「なんかさ、学生服のボタンが締まらないんだよね、胸があるから。ズボンのお尻もきついし。新しいの買わないといけないかなあ」
「あんた、その身体なら、むしろ女子制服がいらない?」
「ああ、それがいいかも知れないなあ。でも女子制服高そう」
「イージーオーダーだから作るのに2週間くらい掛かるだろうし。ね。取り敢えず着る服とか買うのに、今日は1日休まない?」
「そうだなあ。学生服がちゃんと着れないんじゃ、学校行っても叱られるし」
「そうだよ」
「じゃ、午前中に服を買って、午後から学校に出るよ」
「あんた、そんなに学校行くの熱心だったっけ?」
そういう訳で俺は午前中、会社を半日休むことにした母と一緒に町に出て、取り敢えず着る服を買うことにした。自分もトレーナーと母のジャージのズボンを借りて着て出かけた。
女性用の下着コーナーで、係の人にバストサイズを測ってもらったら、D75ですねと言われたので、それを取り敢えず5枚買う。ショーツも買おうよと母がいうので、Mサイズのショーツを10枚買った。アウターのコーナーに行き、ズボンを買うのにサイズを測ってもらったらW67のでいいですねと言われたので、それを取り敢えず2本、試着して買った。それから白いブラウスを2枚と女学生っぽいブレザーを取り敢えず1つ買った。また靴のサイズも23.5cmになっていたので、ユニセックスな感じのスニーカーを買った。
スーパーの試着室で着換える。ブラとショーツを付け、ブラウスを着て、W67の紺のポリエステルのズボンを穿き、女学生っぽいブレザーを着る。
「ごめんねー。たくさんお金を使わせて」
学校に向かう車の中で母に言った。
「それはいいけど、ほんとにお前、病院に行かなくていいの?」
「うん。だって、どこも病気じゃないよ」
「それはそうだろうけど・・・・」
学校に着いて母と一緒に職員室に行くと、担任の先生がいたが、こちらの変容に驚く。原因は分からないけど、朝起きたら女の子の身体になっていたと言うと更に驚かれ、保健室に連れて行かれた。担任の先生がいったん外に出て、保健室の先生に身体をチェックされた。保健室の身長計・体重計で測ると身長は161cm, 体重は(下着だけになって計って)55.2kgであった。
「でも完全に女の子の身体になってるね」
「ヴァギナも出来てました」
「病院に行くべきだと思う」
と保健室の先生も強く主張する。
「うーん。自分では別に何ともないんですけど」
しばし押し問答をしたが、どうしても病院に行かないと言うので、明日校医の先生に学校に来てもらって診察を受けるということで妥協した。その日はその服装で教室に戻った。
俺が女学生っぽい服を着ていて、女の声で話すので、教室内はかなりざわざわして、5時間目の授業は先生もやりにくい感じであった。
休み時間にさっそくみんなにつかまる。
「やっぱり女の子になっちゃったのね」と小町は言った。
「うん。なっちゃった」
「あれ、夢じゃなかったんだ?」
「ああ、あれ覚えてる?」
「うん。これ夢だよねー、なんて言ったあと、私はベッドの中で目が覚めたんだけどね。随分リアルな夢だったなと思った」
「何何?その夢って」
小町が昨日の雛人形とのやりとりを説明する。
「わあ、雛人形の呪い?」とクラスメイトの女子。
「呪いとは違うと思うなあ。俺、別に困ってないし」
「あんた、女の子の身体になって困ってないの?」
「うん。別に。おしっこの仕方が違って戸惑ったけど、別に問題無いよ。
雛人形の言葉が正しければ、来年の雛祭りには元に戻してもらえるみたいだから、それまで俺もちょっと女の子の身体を楽しむ」
「でもさ、その身体で自分のこと『俺』って言うの気持ち悪いから取り敢えず『わたし』とか『あたし』とか言ってくれない?」
「うーん。俺、性同一性障害とかじゃないし。心は男だからさ。そんな女みたいなことば使うの気持ち悪い」
「じゃ『ボク』とかは?ボク少女ってけっこういるよ」
「ああ、じゃボクと言おうかな」
「うん、それがいい」
6時間目は体育だったので、ボクは着換えるのに男子更衣室に行ったのだが、「お前、女子更衣室に行けよ」などと言われて追い出されてしまった。
これはさすがに困ったなと思って更衣室の前で少し悩んでいたら、着換えて女子更衣室から出て来た小町が「どうしたの?」と訊く。
「いや、女子更衣室に行けって言われて追い出された」
「そりゃそうだよ。こっちおいで」
と言われて女子更衣室に連れ込まれた。みんなの視線が突き刺さるのを感じる。
ひゃー、こちらも安住の地には思えんな。
「私が付いててあげるから、ここで着換えるといいよ」と小町。
「ありがとう」
といってブレザーを脱ぎ、ブラウスを脱ぐ。膨らんだバストを収めたDカップのブラが顕わになる。何だか突然周囲の空気がやわらいだ気がした。体操服の上を着てからズボンを脱ぐ。ショーツに視線が集中したのを感じたが、空気はすぐに和らいだ。どうも自分は女として受け入れられたようだというのを感じた。
体操服のズボンを穿き、小町と一緒に外に出た。
「柴島、ありがとう」
「ね。良かったら、私とは名前で呼び合わない?」
「あ、うん。仲良しだしね。じゃ、小町って呼んでいい?」
「うん。信明のことは、ノブって呼んじゃおうかな。男名前で呼ぶの違和感あるし」
「いいよ」
ボクはちょっと笑顔になって小町と握手すると、男子の体育の集合場所に行った。
が、そこから追い出されて、女子の方に行けと言われた。
その日の体育はラグビーだったので、女の身体してる奴にタックルできんと言われたのである。とぼとぼと校庭から戻り、女子がいるはずの体育館に向かう。
おそるおそる中をのぞき、思い切って近づいて行って、女子のほうの体育の先生に男子の方で「女子の方に行け」と言われたことを言うと、「うん。いっしょにしようね」と言われた。小町が寄ってきて「うちのグループにおいでよ」と言った。
その日はダンスだった。創作ダンスをやっていたようで、ボクは小町の踊るのを見ながら、一緒に踊った。
「ノブ、飲み込みが早いね」
「まあ、運動神経は割といいほうだと思うし」
「あ、中学の頃は剣道してたんだったね」
「うん。高校の剣道部はレベルが高いから入らなかったけどね」
しかしダンスも結構楽しいなと思いながら、その日の体育は終わった。
体育が終わった後、ひとりの子が「あ、トイレに行こう」と言い、隣にいた子に「一緒に行こうよ」と言う。その子が「うん」と言って、更に別の子を誘う。
そうやって5〜6人の集団でトイレに行く算段になったようであったが、私も腕を掴まれて「ノブも一緒に行こうね」と言われた。
「えっと、もしかして女子トイレ?」
「まさか、その身体で男子トイレに行く気じゃないよね」
「そもそもおちんちん無いなら、立ってできないでしょ?」
「うん、まあ」
「じゃ、女子トイレだね」
と言われて連れ込まれた。小便器が無くて、個室だけが並んでいるのがちょっと不思議な光景に思えた。
「あれ?ここ個室が3つしか無いの?」
「うん。男子の方は便器いくつあったの?」
「小便器が4つと個室1つだよ」
「わあ、ずるい。それじゃ女子トイレは行列ができる訳だよね」
「女子トイレの個室はこの倍くらい欲しいよね」
「ああ、確かに女子のほうが時間がかかるよね」
その日は取り敢えず家に帰ることにしたが、心配した小町と五月に、もうひとりクラスメイトの里美がいっしょに付いてきてくれた。ボクたちはまず一緒に雛人形を片付けた。
「この人形少なくとも来年まではきちんと取っておかないと」
「だね。でないと元の身体に戻してもらえないから」
「でも、きれいな人形だね」
「うん。可愛いよね」
「やはり、のろいというより、うっかりだね、これ」
「全く。まあ1年間女の子するのもいいか」
「でも、ノブ、ほんとにこの事態に動じてないね。ふつうパニックになったりしない?」
「さあ、もしかしたら大騒ぎすべき事態なのかも知れないけど、あまりにもとんでもないことが起きて、よけい平気なのかもね」
「ああ、たしかに。かえって周囲のほうがパニックだよ」
何となくおしゃべりしながら片付けたが、やはり人形や道具の数が多いので夕方18時くらいまで掛かった。
3人が今日は遅くなると言ってきたというので、夕ご飯も一緒に食べることにする。母はまだ遅くなるので、ボクが麻婆豆腐を作り、母の分を取っておいて4人で夕食を食べながらおしゃべりした。
「なんかノブって手際がいいね」と里美。
「ノブは料理上手だよ」と小町。
「それなら、このまま女の子のままになっちゃったりしても、お嫁さんのクチあるかもね」と五月。
「ああ、そういう人生もいいんじゃない? その身体、赤ちゃんも産めるのかなあ?」と里美。
「産める気がするよ。だとしたら、そのうち生理も来るだろうけどね」と小町。
「あ、そうか。生理来るかも知れないよね。ナプキン買っておかなくちゃ」
とボクが平然と言うと「ホントに困ってない雰囲気ね」と里美が半ば呆れるように言う。
「どこか、お勧めのブランドある?ナプキン」
「私はロリエのスリムガード使ってるけど」と小町。
「あ、私もロリエ」
「私はソフィ・ボディフィット」
「うーん。取り敢えず試しにロリエ買ってみようかなあ」
「あれ、けっこう肌との相性があるから、いくつか試してみて自分の肌に合うのを選ぶといいよ。私が使ってるロリエ少しあげようか?」
「そっか。ありがとう」
「じゃ、私もソフィをサンプルで2〜3枚あげるね、明日にでも」
「うん。ありがとう」
「でも、おちんちん無くなって変な感じとかはしないの?」
「うーん。別に気にしないけど。最初おしっこ、どうすればいいんだろうと思ったけど、ちんちんあった時と同じ感じで出たよ」
「へー」
「でも、おちんちんって男の子にはとても大事なものという感覚なのかと思った」
「そんな大事なものと思ったことは無いなあ。付いてるからそれを受け入れていただけで。無くなったら無くなったで、無い状態を受け入れちゃった感じ」
「そういう感覚を持てる子って、レアな気がする」と里美。
「うん。同感」と五月。
「いや、たぶんノブは本来女の子なんだよ」と小町。
「そうかな?」
「だって、もともとノブって女の子の友だちの方が多かったじゃん」と小町。
「うん」
「たぶん、こういう身体になっちゃったら、ますます男の子たちとは疎遠になって、女の子の友だちばかりになっちゃうと思うよ」
「ああ、そうかも知れないなあ」
そんな話をしながらその夜は更けていき、7時半頃戻って来た母が夕ご飯を食べると車で3人を各々の自宅に送り届けた。
翌日もブラウスにブレザーと紺のズボンという格好で学校に出て行き授業を受けていたが、2時間目が始まる前に、校医の先生が来たから保健室に来るようにと言われ、そちらに行った。女生徒固有の問題を担当している婦人科の女医さんである。ボクは最初、上半身裸にされて検診を受けたが、性器の付近も見たいと言われ、カーテンの奥のベッドに寝て、少しお股を開いて、あのあたりを調べられた。
「ふつうの女の子に見えますけど・・・・」と校医の先生は言う。
「あなた本当に一昨日まで男の子だったの?」
「ええ」
「ここでは充分に調べられないから、うちの病院まで今から来てくれない?」
「そうですね」
ボクは渋々、校医の先生と一緒に病院まで行った。初めて内診台なるものを体験した。何これ、ちょっとさすがに恥ずかしいんですけど!!
「処女膜があるから、中をよく調べられないけど、ふつうの女性器だね」
「はあ、まあ、ボクはそれで構わないんですけどね」
先生がMRIを取りたいというので、渋々、大きな病院まで付き合った。
なんか実験用の宇宙ロケットにでも入るような気分だ。それに何?この凄い音。
MRIは30分くらい取られていただろうか?もっと短かったのかも知れないが、自分としてはかなり長い時間に感じられた。
染色体検査とか血液検査とかもされた。結果は明日報告すると言われ、その日は昼休み前に学校に戻った。
女の子のクラスメイト数人と一緒にお弁当を食べた。内診台に乗せられたと言うと、乗った経験のある子が2人いて「あれ恥ずかしいよね!」というので大いに意見が一致した。MRIの経験がある子はいなくて、凄い音がしたというのに「へー、何の音なんだろうね?」などと言ったりしていた。ひとり従兄が交通事故にあった時に入れられていたと言っていた子がいたが、音の話は聞いてないと言った。
午後の5時間目は家庭科の調理実習だった。いつもボクの包丁さばきは見られていたはずなのに、あらためて「うまいねー」「いいお嫁さんになれそう」
などと言われる。「ああ、何かお嫁さんになってもいい気がしてきたよ」というと、「それなら、このまま女の子の身体でいられたらいいね」などと言われた。
6時間目は音楽だったが、先生が「ちょっと、あなたの声域を再確認したいんだけど」と言って、ピアノに合わせてドレミファソファミレドで歌った。
「B3からE6まで出てるね。ソプラノに入って。でも凄いね。指月さん、男の子の時はバリトン声域で2オクターブ半出てたけど、女の子になるとちゃんと、ソプラノで2オクターブ半出るんだね」
「ああ、たぶん発声機構が単純にシフトしたんでしょうね」
「だろうね」
6時間目が終わった後で、職員室に呼ばれて、もしこのまま女の子の身体のままであるようだったら、女子の制服を着ないかと言われた。
「そうですね。ずっとこのままではないとは思いますけど、当面この身体のままだと思うので、女子の制服を着たいと思います」
学校の制服を扱っている店のリストをもらったが、仕様が同じであれば、これ以外のところで買っても構わないと言われた。
「名前はどうするの?あなた」と女の先生から訊かれる。
「そうですね。男の名前が信明だから、女の名前は信代くらいで」
「じゃ、あなたの名前、学級の名簿の上では信代にしておくね」
「はい、お願いします」
翌日くらいになると、なんとなく学校生活もふだんと変わらない感じになってしまった。ボクの突然の性転換をクラスメイトたちも割とすんなりと受け入れてくれている感じだった。しかし小町から言われたように、男の子たちはボクに少し声を掛けづらく感じているようだった。そしてその分、女の子たちとおしゃべりする時間が増えた気がした。
4時間目の始まる前保健室に呼ばれた。校医の先生が来ていて、検査の結果を告げる。
「あなた、どこをどう見てもふつうの女の子」
「ああ、たぶんそうだろうと思いました」
「染色体もXXだし。子宮も卵巣もあるし、ホルモンも女性ホルモン優位だし」
「ああ」
「もしかしたら、半陰陽の一種で、今まで何かの原因で男の子みたいな身体になっていたのが、何かのきっかけで本来の身体に戻ったのかもね」
「うーん。とりあえずそういうことでもいいですよ。あ、そしたら私は医学的に完全に女性であるという診断書とかもらえますか?」
「うん、書くね。半陰陽の人が戸籍上の性別を変更できる書式があるから、その書式で書くから、家庭裁判所に申請すれば、戸籍上の性別を変更できるよ」
「戸籍の性別に関しては少し考えます」
「そうだね。やはり突然こうなってショックだろうし」
「完全に女性である・・・・か」
と母はボクが持ち帰った診断書を見てつぶやいた。
「それを添えて家庭裁判所に申請したら、戸籍上の性別も女に変更できるって」
「そうか。じゃ、変更するかね」
「あ、それは1年待って。来年の3月になっても、ボクがこのままだったら、戸籍の変更をしたい」
「1年後に何かあるの?」
「もしかしたらね。それに受検は再来年だから、それまでに性別はハッキリさせておけばいいよね」
「うん。大学を受けるまでには性別はきちんとしておかないとね」
その後、ボクはふつうに女子高生としての生活を送ることになった。
2年生では最初から女子のほうに名簿が入れられていた。小町とは同じクラスになったので、仲良くしたし、女の子のことも色々教えてくれたし、また女の子として不慣れなボクをいろいろ助けてもくれた。
最初は体育の時間に女の子たちと一緒に着換えるのはけっこう緊張したが、すぐに慣れてしまった。
制服はちょうど進級のシーズンだったこともあり、少し時間がかかって春休みの間にできたので、2年生の1学期から、その新しい女子の制服を着て学校に出ていった。
「お、ちゃんと女子制服で出て来たね」
「スカート穿くのが少し恥ずかしかった」
「今まで穿いたこと無かったの?」
「うん。全然経験無かったから、最初転んじゃった」
「ああ、転ぶだろうね」
「それと、何だか凄く頼りない感じなんだよね」
「スカートって開放的だからね」
「たくさんスカート穿いて慣れるといいよ」
「うん。お母ちゃんから、普段着のスカート5枚買ってもらった」
「じゃ、今度そのスカート穿いて町で一緒に遊ぼうよ」
「うん。遊ぼ、遊ぼ」
実際、新学期になると、ボクはクラスメイトの女子たちと一緒によく町に出てプリクラを撮ったり、ファンシーショップで可愛いアイテムを物色したりして楽しむようになった。こういうのって楽しいなと思う。何だかこのままずっと女の子でもいい気がしてきた。
生理が初めて来たのは新学期になってすぐの月曜日だった。授業を受けていたボクは「あっ」と、その感覚に思わず声を上げてしまった。
「どうした?」と先生に言われて「すみません。トイレに行ってきます」と言いスポーツバッグの中に入れているポーチを取り出すと、急いで女子トイレに駆け込んだ。個室に飛び込み、とりあえずその付近にトイレットペーパーを当てる。ふう。セーフ。
ショーツに付けていたパンティライナーを剥がす。パンティライナーは経血で汚れていたが、ショーツ本体にはほとんど付いてない。うん。セーフだよね、これ。少し落ち着いたところで、ショーツにナプキンを当てて、立ち上がり、服の乱れを直して教室に戻った。
隣の席の里美が「来たの?」と小声で訊く。
「うん。来た」と答えたら「おめでとう」と言われた。
「ありがとう」と答えた私は、まだお腹が痛いのだけど少し嬉しい気分になった。
夏になると、体育の時間に水泳があったので、女子用スクール水着なるものも体験した。この時期になると、母がかなり私の着るものについて、楽しんで買ってくる感じになっていて、母はスクール水着だけでなく、レジャープールなどに行く時用の可愛い水着なども買ってきた。
実際友人たち数人と誘い合って、市内のレジャープールに行き、私はビキニの水着を友人達に披露した。
「凄い。布面積が小さい!」
「えへへ。さすがにちょっと恥ずかしい気もしたけどね」
「お腹ひっこんでるねー」
「この水着を着なきゃというので、ここしばらく御飯を控えめにしてたよ」
「おお、頑張るね」
去年までは水泳パンツで来ていたプールも、ビキニの水着を着てくると、何だか違う場所のような気さえした。いや、そもそもプールだけでなく、全ての世界が自分が男であるのと女であるのとは違うように感じられていた。
その1年は、自分の今までの人生の中で最も楽しい1年のように思われた。女子の友人も随分増えた。そして学校の成績もそれまで320人中200番くらいだったのが30番くらいまで上がってきていた。
「随分成績上がったね」と担任の先生からも褒められた。
「オナニーしない分、勉強したのかも知れないです」
などとボクが言うと、「ああ、女の子は男の子ほど頻繁にしないもんね」
と言われる。
「ですよねー。男の子って、あれで随分時間を無駄にしてないかなあ。ボクも男の子だった時は、オナニーの前段階で2時間くらい使っちゃうようなこともありましたし」
「女の子になってから、オナニー全然しないの?」
「時々しますよー。何かしてると女の喜び感じちゃうし。男の身体じゃ絶対に味わえない快感だもん、あれ」
「うふふ」
そして、やがてまた桃の季節がやってくる。私はまた小町と五月を呼んで、雛祭りの一ヶ月前、2月3日に七段飾りの雛人形を組み立てた。
「何か去年見た時より、人形の表情が良くなってる気がするよ」と五月。
「そりゃそうだろうね。みんなちゃんと昇天することができた訳だから」
「最後のお雛様の昇天は、ノブが身体の犠牲を払って、してあげたんだもんね。
でも、やっぱり、ノブの基本って優しさだよね」
「そうかな」
「男でありたいとか女になりたいとか、そういう気持ちを超越した優しさを持ってるんだもん、ノブって。まるで天使みたいな存在だよ」
「ああ、天使って性別無いから、私も本来性別なんて無いのかもね」
と私は言った。
そうそう。この頃、私は「ボク」という一人称を使うのをやめて「私(わたし)」
と言うようになっていた。
「ねえ・・・3月3日にお雛様に会えたら、男の子に戻してもらうの?」
「もちろん」
と私が言うと、小町は「そっか。。。」
と少し寂しそうな表情で言った。
3月3日。また女の子の友人たちを呼んで、昼間に雛祭りパーティーをした。夕方にはパーティーは終わったのだが、小町が今夜は泊めてといったので、一緒にお雛様を待つことにした。このあたりは女の子同士になってしまったのでお互い気安い。この1年で、私のほうも何度か小町の家に泊めてもらっているし、小町がここに泊まるのも初めてではない。
その日は母と私と小町の3人でのんびりと遅めの夕食をとった。
「でも私も最初は戸惑ったけど、娘がいるのもいいもんだと思うようになったよ」
と母は楽しそうに言う。
「男の子ばかりの兄弟でしたもんね」
「そうなのよね。最初から子供作るなら女の子、と思っていたのに、生まれてくる子が男、また男、またまた男で。旦那が生きてたら、もうひとり挑戦したいくらいだったよ」
「じゃ、ノブは女の子になって、親孝行ですね」
「ほんと」
「もしノブがまた男の子に戻っちゃったらどうします?」
「その時は夕食に眠り薬混ぜて寝ている間に病院に運び込んで切っちゃう」
「あはは」
交替でお風呂に入ったあと、いったん寝室に入ってふたりでおしゃべりしていたが、11時半頃「そろそろかな」と言って一緒に仏間に行った。
「ねえ、ノブ」
「うん?」
「男の子に戻れたら、お祝いにセックスさせてあげようか?」
「へ?」
「セックスしたくない?私と」
「うーん。。。。じゃ、戻れなくても戻ってもセックスさせて」
「戻れなかった時は女の子同士のセックス? うん、いいよ、それでも」
と小町は微笑む。私はそんな小町にキスがしたくなってしまった。
じっと見つめる。ドキっとした感じの小町。私は彼女の唇に自分の唇を重ねた。
しずかな時が過ぎていった。
私たちは唇は離したけど、手を握って、その時を待った。
十二時を告げる時計の音がした。雛壇の前に微かに黄緑かかった光が現れ、そこから去年も見た十二単の女性が出て来た。
『去年はありがとうございました。おかげであちらに行くことができました。
でも、行く前にあなたを男に戻すの忘れてしまって、ごめんなさい』
「ああ、いいよ。結構、この1年、女の子の生活、楽しんだし」
『そうでしたか。では元に戻しますね』
「あ、ちょっと待って。これさ、このまま戻さないままってのできる?」
と私が訊くと、小町が驚いたような顔をしている。
『はい。それはできますけど、不便ではないですか?』
「戸惑うことはあったけど、こちらの方が快適な気がするよ」
『分かりました。でも私、このあとこちらの世界に出て来ることはありませんから、今年やらなかったら、もう男の身体に戻すことはできませんよ』
「うん、いいよ」
「ちょっと、ノブ、何考えてんの?男に戻れなくていいの?」と小町が言う。
「うん。私は女の子のままでいい」と私は明言した。
『それでは私はこのまま失礼します。最後にまた私の舞を見ていただけますか?』
「うん、見せて」
『それでは』
と言って、お雛様の霊はどこからともなく聞こえてくる音楽に合わせて舞を舞った。その舞が、ほんとに美しいと思った。
そしてやがてお雛様の霊は薄くなって消えていった。音楽もフェイドアウトした。
「ノブ、身体は?」と小町が訊く。
私は自分の身体に触って確認してから答える。
「女の子のままだよ」
「私とセックスする?」
「したい」
「じゃ、上の部屋に戻ろうか」
「うん。お母ちゃん起こさないように、あまり物音立てないように」
「OK」
私たちは微笑んでキスをし、手を取り合って寝室に戻った。