【男の娘とブーツを履いた猫】(1)

目次


 
昔ある所に年老いた粉屋が居て、粉屋には3人の息子が居ました。
 
長男のアンドレは力が強く、年老いて伏せがちになっていた父に代わって粉挽きをしていました。次男のベルナールは頭が良く口も達者で、ロバを引いて農家から麦を預かってきては挽いた麦粉を持っていって手間賃をもらっていました。しかし末の息子クロードは腕力も無ければ、お世辞など言うのも下手で、あまり仕事ができないので、母が亡くなった後は代わって食事の支度や掃除、針仕事などをして父や兄を助けていました。
 
将来自分はどうなるんだろう?という不安はあったものの、日々、兄たちのサポートをし、時間が空いてしまった時は、よく葦笛を吹いて過ごしていました。 
この地方では葦(あし:フランス語ではロゾ roseau)で作った笛はミルリトン(Mirliton)と呼ばれています。葦の茎は中空なので、東洋の竹同様に笛に加工するのが容易だったのです。この村のはずれに葦が群生している湿地があり、クロードはそこで葦を採っては笛に加工していました。クロードはこの葦笛作りが得意だったので、村の人に頼まれて作ってあげることもよくありました。葦笛を作れば手間賃をもらえますが、葦笛なんてそう需要があるものでもないので、結果的には兄たちの仕事に依存した暮らしをしていました。
 

「お前が、いっそ女だったら、どこかに嫁にやれるのになあ」
と長兄のアンドレは言います。
 
「お前、顔が可愛いし、女だったら美人だもんな」
と次兄のベルナールも言います。
 
「料理も針仕事も上手いし、気立ては優しいし、結構良い奥さんになるかも」
 
「ぼく、お嫁さんになるの〜?」
 
「あ、ちょっと母さんの遺した服とか着てみる?」
 
などと言って、兄たちに言われて亡き母の服を着せられてしまったこともあります。
 
「なんか充分女で通らないか?これ」
「弟じゃなかったら俺が嫁に欲しい。こんな美人は」
などと兄たちが言うので、クロードは真っ赤になってしまいます。
 
「この格好でマジで嫁に出しちゃおうか?」
「そもそもクロードって男でも女でも通る名前だし」
 
「それは無理だよぉ」
と本人は焦って言います。
 
「まあチンコ付いてたら夜のお勤めできないしな」
「それに子供も産めないだろうしな」
 
「夜のお勤め??」
「結婚したら奥さんが旦那にしてあげることさ」
「ふーん・・・」
 
まだ10歳で性的に未熟なクロードには「夜のお勤め」の意味は分からなかったのです。 

「でもアラビアの方では男を女に変える医術とかあるらしいぞ」
「それどうやる訳?」
「チンコ切って、穴を開ける。出っ張ってるものを取って引っ込んでる所を作ればいいんだよ。切ったちんこの皮で穴の中張りをすればいいんだって」
 
穴って何だろう?とクロードは思います。
 
「あ、それはうまい。それで凸を凹に変えるのか。しかし無茶苦茶痛そうだな」
「まあ痛いだろうな。暴れないように手足を縛り付けて舌を噛まないように布を口に咥えさせて手術するらしい」
「ほとんど拷問だな」
「痛みに耐えきれずに途中で死んでしまう者もあるらしい」
「まあそれはあるだろうな」
 
「でも昔のローマの皇帝がアラビアの医者を呼んで女にしてもらって女王になったことあるらしいぞ」
「それは凄いな」
 
クロードは兄たちの話を聞いて、自分にそんな手術受けろとか言われないよな、とドキドキしていました。そんなクロードの様子を、飼い猫のリルが不思議そうな顔で見つめていました。
 

それ以降もしばしばクロードは母の服を着せられて、その格好でお料理をしたり、針仕事をしたりしていました。クロードが針仕事をしていると、しばしばリルがやってきてお膝の上に乗っていました。リルが膝に乗っていると、何だか針仕事がよけいうまい行くような気がしていました。
 
クロードの針仕事はかなり上手かったので、その内「これは商売になる」と思ったベルナールが、裁縫や繕いの仕事を取ってきてくれて、おかげでクロードは一家の収入に少しだけ貢献することができるようになります。
 
「お裁縫とか、あんたの所、お母さんも亡くなって誰がするの?」
とお客さんから訊かれることもあります。
 
「妹がこういうの得意なんですよ」
「へー!あんたの所、妹さんがいたんだ!」
 
それですっかりクロードは兄たちの「妹」を演じることになってしまいます。 
「お客さん来たから、女の服着て」
などと言われて慌てて着替えます。
 
それでやってきたお客さんたちは
 
「あら、こんな可愛いお嬢さんがいたのね」
「うちの息子の嫁にもらえないかしら」
 
などと言ったりしていました。粉屋のお客さんの中にもそんなことを言う人がありました。しかし兄たちは
 
「まだこいつ女になってないから嫁にやれないんですよ」
などと言っていました。
 
「女になっていない」というのは、兄は「初潮が来ていない」という意味で言っているのですが、生理というものを知らないクロードは「女になる手術を受けていない」という意味かと誤解し、やはり兄たちは自分に女になる手術を受けさせるつもりなのだろうか?と思い、痛い手術受けるの嫌だなあ、などと思っていました。
 

クロードが13歳になった年、年老いた父が亡くなりました。葬儀を済ませた後でアンドレが言います。
 
「これからは各々別に生きることにしよう」
「そうだな。父さんの世話があったからこそ、俺たちは一緒に過ごしていたようなもんだったし」
 
「それで財産分けしようと思うんだけど」
「うん」
 
「粉挽き小屋は俺がもらっていいよな?」
「主として兄貴が使っていたからそれでいいと思う」
「家とロバはベルナールがもらっていいと思う」
「うん。俺はそれで荷運びとかの仕事をするよ。もちろん兄ちゃんとこで粉挽きする麦や仕上がった粉を運ぶのもするから」
「じゃ粉挽きの手間賃を俺とベルナールで2:1で分けるというのでどうだ?」
「OKOK」
 
「ぼくは?」
とクロードが尋ねます。
 
「お前には母さんの服を全部やるよ」
「まあお前しか着てないし」
「あと、その猫のリルはお前がもらっていいと思う」
「うん。リルはお前にいちばん懐いているし」
 
「じゃ、猫と母さんの服をもらう」
 
父の服は兄たちが山分けするようにしたようです。
 
「あと、作業小屋はおまえが使え」
と兄たちがクロードに言います。
 
「あそこ10年前に建てたものだから、建ててから多分50年経っている家の方よりもしかしたら良いかも知れん」
「まあ狭いのが玉に瑕だけど」
「うん。ぼくひとりだし、寝るところさえあれば充分だよ」
 
「それから、針仕事は俺が取ってきてやるから。あと葦笛作りの仕事も取って来てやるよ。それで小遣い稼げるよな?」
とベルナールが言う。
 
「うん。頑張る」
 
「あと俺たちの食事を作ってくれたら、その手間賃を毎日払うよ」
「分かった」
 

それで3人は別々に暮らし始めました。アンドレは水車小屋に寝泊まりし、ベルナールは家の方で暮らして、クロードは村はずれの作業小屋に住むようになります。クロードは家の方に置いてあった裁縫道具と葦笛作りの道具を持ち込み、ここで主として針仕事をして生活の糧を得るようになりました。また毎日朝晩食事を作ると、それを兄たちの家に配達していました。葦笛もたまに制作依頼されていました。
 
「結局、ぼくが受け継いだのはお前だけかな」
と言ってクロードはリルの背中を撫でながら、針仕事をしていました。 
クロードはむろん男物の服も少し持ってはいましたが、お金にあまり余裕が無いし、小さい頃から兄たちによく穿かされていてスカートを穿くことにはあまり抵抗を感じなかったので、大量にもらった母の服を着ていることが多くなりました。
 
「おまえはそういう格好似合うよ」
などと兄たちからおだてられたのにも、気を良くしていました。たまに余り布をパッチワークしてそれで新しい自分用のスカートを作ってしまうこともありました。ズボンを作っても良かったのですが、何となくスカートもいいなあと思って作っては穿いていました。
 
それに実は針仕事の時、スカートを穿いて椅子に座っていると、スカートが物を置くのに便利なのです。これがズボンだと置いたものが滑り落ちてしまいます。それで針仕事をする時はいつもスカートを穿いていました。
 
「スカートって針仕事のためにあるのかも」
などと思ったりします。
 
それでその格好のまま、縫い上げたり繕いをした服を依頼主の所に持っていくこともあったので、クロードのことを女の子と思い込んでいる人もけっこうあったようです。
 
クロードはまだヒゲも生えてないし、声変わりもしていませんでしたし、髪も切るのが面倒なので長く伸びたままにしていました。それで女物の服を着ていると、本当に女の子のように見えたのです。
 
「だけど針仕事の手間賃だけだと、ほんとに厳しいよ。まあ食材のお金はベルナール兄ちゃんがくれるから、食べるのにだけは困らないけどね〜」
などとクロードは独り言を言っていました。
 

しかしその年、ふたりの兄は相次いで結婚し、クロードは食事の配達をする必要は無くなりました。それとともにクロードは生活が急に厳しくなりました。 
針仕事の手間賃だけでは、食費に足りないのです。
 
数日食べるものも食べずに仕事をしていることもありました。時々兄たちが来ては食料を分けてくれたので、餓死はせずに済んでいたものの、クロードは先行きに不安を感じるようになりました。
 
「ほんと、お前が女だったら、嫁さんの世話してやるんだけど」
とアンドレなども困ったように言っていました。
 

15歳半になったクロードは、ひとりで針仕事をしつつ、膝に乗っているリルを見ながらつぶやきました。
 
「いよいよ食べるものが無くなったらどうしようか? リル、お前あまり食べる所無さそうだしなあ」
 
すると唐突にリルが言いました。
「クロード、私に可愛いブーツと大きな袋をくれない? それでクロードが食べるのに困らないようにしてあげるから」
 
クロードは驚きます。
 
「お前しゃべれるの?」
 
「猫はみんな人間の言葉分かるけど、しゃべれないと思われた方が可愛がってもらえるから、しゃべらないだけなのよ」
 
「へー。でもブーツと袋は用意してあげるよ」
 

それでクロードはなけなしのお金で靴屋さんに頼んでリルの履けそうな小さな牛皮のブーツを作ってもらい、また丈夫な帆布を買ってきて、それを得意の針仕事で、しっかりとした袋に仕立て上げました。
 
それでブーツを履いて満足げな表情をしたリルはクロードからもらった袋を持ってウサギがたくさん居る森にやってきました。袋の中にウサギの好きな人参を入れ、自分は死んだふりをしています。するとそこにやってきたウサギが人参を取ろうと袋の中に入ります。すかさずリルは袋の口を閉じ、ウサギの首の骨を折って殺してしまいます。
 
そして王様のお城にやってきました。
 
「Qui est la?(何者だ?)」
と門の所で警備していたマルサン中尉が咎めます。
 
「Je suis Lilou. C'est un hommage a sa Majeste de Marquis du Lacarabas」
(リルと申します。これは国王陛下へのラカラバ侯爵からの献上品でございます)
と言ってリルはウサギを見せます。
 
「おお、ウサギは陛下の大好物である。分かった。確かに陛下にお届けしよう」
と言って中尉は品物を受け取りました。
 
そして国王の所に行き、こう伝えました。
 
「C'est un hommage a sa Majeste de Marquise de la Carabas」
(これは陛下へのカラバ女侯爵からの献上品でございます)
 
「おお。それはそれは。よくよく礼を申しておいてくれ」
と若き国王は大好物のウサギを見て言いました。
 
ここでリルは「ラカラバ侯爵」Marquis du Lacarabas (マルキ・デュ・ラカラバ)と言ったのですが、中尉は「ラカラバ」というのが聞き慣れない名前だってので先頭の la を女性名に付く定冠詞と思い込んでしまいました。それで女性ならMarquis(マルキ)ではなくMarquise(マルキーズ)だったのだろうと思い込みMarquise de la Carabas(マルキーズ・ドゥ・ラ・カラバ)と言ってしまったのです。
 
(du は de le が縮んだ形)
 

自分がでっちあげた「ラカラバ侯爵」という名前が誤って「カラバ女侯爵」と伝わったとは夢にも思わないリルは中尉から「陛下は喜んでおられた」という話を聞いて満足し、その日は帰って行きました。
 
翌日、リルは畑の中で袋を開けてまた死んだふりをしていました。するとそこに山鳥が2羽やってきて、中に入っている麦の種をついばもうとします。鳥が中に入った途端、さっと袋の口を閉じ、中にいる鳥を殺します。そしてまたまたお城に行って「ラカラバ侯爵からの献上品」だと言ってマルサン中尉に渡します。 
すると中尉がまた「カラバ女侯爵からの献上品」と伝えて国王に見せます。国王は、また喜んで、よくお礼を伝えるようにと言いました。そして使いの者にはチップを渡すように言いました。
 
チップをもらったリルはそれをクロードに渡して「魚獲りの網と魚籠(びく)を買ってくれない?」と言うので、クロードはそれを村で買ってリルに渡してやりました。
 
それでリルは翌日、川に行ってその網で魚をたくさん獲ると、それをまたお城に持って行って「ラカラバ侯爵からの献上品」と言ってマルサン中尉に渡します。それでマルサン中尉は「カラバ女侯爵からの献上品です」と言って国王に渡しました。国王は「カラバ女侯爵は本当に色々よくしてくれる」と喜び、中尉によく御礼をしておくように伝えるとともに、使いの者にはチップと女侯爵へのお礼に干し肉を渡すように言いました。
 

リルはこのようにして、毎日様々な獲物を獲っては、お城に持っていって国王に献上しました。リルはその度に少額のチップやお土産をもらうので、これがクロードの暮らしにゆとりを与えることになります。
 
「凄く助かっているけど、これどこでもらってきてるの?」
とクロードが訊きますと
 
「まあいい人のお屋敷だよ。私が魚や山鳥を獲って持っていくと、お駄賃をくれるんだよ」
「へー」
 
それでクロードはどこかのお金持ちの家に出入りしているのかな?くらいに思っていました。
 

一方、国王は毎日自分にプレゼントしてくれる“女侯爵”というのにちょっと興味を感じました。それで贈り物が1ヶ月続いた時、国王はお使いのリルを直々に自分のそばまで呼び、お酒と果物でもてなしました。そして訊きました。 
「リルとやら、カラバ女侯爵(Marquise de la Carabas)というのは、何歳くらいのお方なのじゃ?」
 
ここで名前が誤って伝わっていることに初めて気付いたリルはびっくりしますが、あまり深く物事を考えるたちでもないので「うーん。まあ、いっか」と思いました。この時点ではリルもあまり先のことは考えていなくて、王様に気に入ってもらえたら、色々便宜を図ってもらえるだろう程度に思っていたのです。 
「もう少しで16歳になられます」
「おお、そんなにお若い方なのか」
 
この時、国王はまだ22歳でした。実は妃(きさき)にできる良い娘はいないか、などと思っていたのです。
 
「お名前は何と言われる?」
「はい。クロードと申します」
「クロード姫か。良い名前じゃのう」
 
と国王はクロードにかなり興味津々の様子でした。
 

リルは国王の様子を見て「何かまじいことにならないか?」と一瞬、不安が頭をよぎったものの「まあ何とかなるだろう」と考え、その後も3ヶ月、4ヶ月と毎日国王へのプレゼントを続けました。
 
リル自身も何度も国王のそばに呼ばれ、お酒や珍しいお菓子や食べ物などでもてなされました。
 
ある日は「そなたの女主人へのプレゼント」などと言われ、上等な銀の髪飾りをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
 
「すごく立派な髪飾りだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「針仕事している時に髪が邪魔にならないように留めておけばいいんだよ」
「ああ、なるほど、それなら使えるね」
 
またある日は「クロード姫へのプレゼント」と言われて、金のブレスレットをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
 
「すごく立派なブレスレットだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「針仕事している時に服の袖が下がって来ないように留めておけばいいんだよ」
「ああ、なるほど、それなら使えるね」
 
そしてある日は「姫へのプレゼント」と言われて、素敵なサンゴのピアスをもらいました。それを持ち帰ってクロードに渡すと、クロードは困ったような顔で言いました。
 
「すごく立派なピアスだけど、男のぼくがもらってどうするのさ?」
「ピアスは耳に付ければいいんだよ。クロードは村の女たちから結構女の子と思われているから、ピアスしてても変に思われないと思うよ」
 
「これどうやってする訳?」
「村の女の子たちがしてるの見てるだろ?耳に穴を開けてそこにこの先を引っかけるんだよ」
 
「耳に穴を開けるの〜?」
「女の子はみんなしてるよ」
「ぼく男の子だけど」
「女の子の服を着ているから、女の子と似たようなものだよ」
「痛くないの?」
「痛いけど我慢」
「うっ・・・・」
 
それでリルは木綿針の先を火であぶって消毒するとそれでクロードの耳たぶにピアスの穴を開けてあげました。
 
「痛いよぉ」
「その穴が閉じてしまわないようにこれ付けてて」
と言って、リルはクロードにピアス穴を保護するための特別なピアスを付けてあげます(実は母の遺品)。
 
「1ヶ月もすれば穴は安定するから、それからこのピアスを付けるといいよ。他にもお母さんの遺したピアスがあるから、それも普段付けてるといいよ」
 
「でも色々もらうのが、凄く立派な品物だけど、リルどこに行ってるのさ?」
「内緒」
 

“クロード姫”が裁縫が得意と聞いた国王は、母君(王太后)の服を縫ってくれないかと言って、リルに上等のサテン生地を渡しました。リルは王太后の採寸だけさせてもらって、生地を持ち帰ります。
 
「これ物凄く上等な生地。リル、いったいどこでこんな生地を預かったのさ?」
とクロードは驚いて言います。
 
「まあ身分の高い方だよ。寸法はこれね」
 
クロードもあまり詮索はせずにその生地を縫って素敵なドレスを仕立てました。それを受け取った王太后は大いに喜び、
 
「カラバ女侯爵は素敵な方のようですね」
と“彼女”をすっかり気に入ったようでした。
 
また“クロード姫”が料理が得意と聞いた国王は、何か得意料理でも作って持って来てはくれないかと言います。するとリルは
「クロード様はパイが得意ですから、それを作ってお持ちしましょう」
 
と言いました。クロードもパイは母直伝で得意なので、ちょうどイチゴの季節だったこともあり、ベルナールの家のオーブンを借りて、美味しそうなイチゴパイを焼き上げました。それをリルが国王の所に持っていくと
 
「なんて美味しいパイなのだろう!」
と国王も王太后もたいへん喜びました。
 

またある時、クロード姫が“葦笛”が得意と聞いた国王は、ぜひ姫の葦笛演奏を聞きたいと言いました。国王としても、この機会にクロード姫の顔を見て、場合によっては、そのまま・・・・という下心もあったのです。
 
リルは困ったなあと思いながらも、国王の言葉ですから、無下(むげ)に断ることもできず「クロード様に伝えます」と言って下がりました。そして取り敢えずクロードに新品の葦笛を1本作ってくれと言っておきました。
 
半月ほど経った頃、国王は森の別荘においでになることになりました。リルはその機会を捉えてクロードの笛を国王に聴かせようと思い立ちました。 
リルはクロードに普通の男の服を着て先日作った葦笛と、クロードの愛用の葦笛を持って自分に付いてくるように言いました。そして国王の別荘の近くで待機します。
 
国王が別荘に到着してまもなく商人の馬車がその別荘の近くを通りかかりました。するとリルはその馬車の前に飛び出して言います。
 
「あなたの馬車のお荷物があちらの方に落ちていましたよ」
「本当か?」
 
それで商人は馬車を停めて、落ちたという荷物を探しに行きました。実はリルがこっそり荷をひとつわざと落としておいたのです。
 
ここでリルは別荘の中に入ると、
 
「ただいまクロード様がいらっしゃってますが、恥ずかしくてまだ国王陛下にはお目に掛かれないので、笛の音だけで勘弁してくださいと申しております。どうかお庭に出てください」
 
と言いました。
 
「おお、そうか」
ということで、国王は王太后と一緒に別荘のお庭に出ます。そこからは立派な馬車の屋根だけが垣根の向こうに見えました。
 
そしてリルはクロードの所に行くと、ここで葦笛を演奏して、と言います。 
クロードは「何なんだ?」と思いながらも、愛用の葦笛でずっと以前に祖母から習った『草原の少女』という曲を演奏しました。
 
その音を庭で聴いた国王は、何と素敵な曲だろう。そして何と素敵な演奏だろう、と感激しました。王太后も笛の音に聴き惚れているようです。
 
やがて曲が終わった頃、馬車は動き出しました。商人が落ちていた荷物を拾って戻って来たのです。
 
リルはクロードが作った新品の葦笛(ミルリトン)を持つと別荘の中に入りました。
 
「これはクロード様が今吹かれました葦笛と同じタイプの新品の葦笛でございます。クロード様のお手製です。国王陛下に献上いたします」
 
と言って葦笛を渡しました。
 
「そうか。姫のお手製の笛か」
 
と言って国王はその葦笛を大事そうに胸に抱きしめていました。
 

リルが国王に毎日贈り物をするようになってから半年ほど経ったある日。リルは国王が王太后と一緒に隣の国の国王に会うためお出かけするという話を聞きます。どうも国王に縁談があるようなのです。
 
リルはいよいよ時が来たなと思いました。
 
リルは朝からクロードに母の遺した服の中にあったいちばん上等な女物の下着を着けさせ、その上に適当な男物の服を着せた上で連れ出します。そして大きな川のほとりまで来ました。
 
「ここで何するの?」
「まあもう少し待っていよう」
 
やがて国王の馬車が1kmくらいの距離まで来たのを見て、リルはクロードに 
「下着だけになって、川の中に入って」
と言いました。
 
「何のために?」
「いいから」
 
それでクロードは上着とズボンを脱ぎ、女物の下着だけをつけた状態で川の中に入ります。リルはクロードが着ていた男物の服は近くの茂みに隠してしまいました。
 
「真ん中付近まで行って」
「真ん中付近は流れが速くてうっかり足でもすべらせたら溺れそうだよ」
「だからいいんだよ」
 
そして国王の馬車がかなり近づいて来た時
 
「溺れてる振りして」
と言います。
 
「え〜〜!?」
と言いつつも、クロードが溺れる振りをし始めたのを見て、リルは国王の馬車の前に走り出ました。
 

「どなたか存じませんがお助け下さい!」
と大きな声で言います。
 
すると馬車の前を乗馬で進んでいたマルサン中尉がリルに気付きます。 
「おお、リル殿ではないか?どうなされた?」
 
するとリルは彼を認めて言った。
 
「中尉様でしたか!実はカラバ女侯爵が溺れているのでございます。どうかお助け下さい」
 
「それはいけない」
 
中尉は馬車の中の国王に一声掛けると川の岸まで降りて行きます。そして 
「失礼する」
と言って服を脱ぎ裸になると川に飛び込み、真ん中付近まで泳いでいって、クロードを助けて岸まで連れて行きました。
 
「ありがとうございます。助かりました」
 
その時は、カラバ女侯爵が溺れているという話を聞き、驚いた国王と王太后も馬車から降りて駆け寄っていました。
 
「朕は国王じゃ。クロード姫、災難であったな」
と国王がクロードに声を掛けると
 
「え!?国王陛下!?このような格好で申し訳ありません」
と言ってずぶ濡れの女物の下着姿のクロードは地面に手を突いて頭を下げます。 
「よいよい。頭を上げい。リル殿、姫の着替えは?」
「それが盗賊に襲われまして。姫は着ぐるみ剥がれた上で川に投げ込まれたのでございます」
 
「お供はあなたひとりだったの?」
と王太后が訊きます。
 
「はい、不覚を取りまして面目ありません」
とリル。
 
「いや、雌猫一匹では盗賊には対抗できんよ。怪我が無くて良かった」
と国王は言っています。
 
「あなた、下着もずぶ濡れね。私の着替えで良かったら着て」
と言って王太后は自分の着替えの下着とドレス、それにタオルを出すと、リルに渡します。
 
「ありがとうございます。そちらで着替えさせます」
 
と言ってリルはクロードを木の陰に連れて行くと、すばやく下着を脱がせ、タオルで身体を拭いた上で、王太后が貸してくれた立派な女物の下着、そしてドレスを着せました。
 
「え〜ドレスなの?」
「貸してくれたんだから文句言わない」
 
「ね。クロード“姫”(Princess Claude)って何?」
とクロードは小さな声でリルに訊きます。
「気にしない。気にしない。でもお姫様と思われているから、女の子のふりしててね」
「え〜〜!?」
 

リルはクロードの髪に国王からもらった銀の髪留め、腕には金のブレスレットを付けさせ、耳には国王からもらったサンゴのピアスを付けてあげました。それでドレスを着たクロードをリルが国王の前に連れて行きますと、
 
「おぉ!やはりすばらしい美人じゃ」
と言って国王は喜んでいます。
 
「その髪留めやブレスレットにピアスは気に入ってくれたか?」
 
「はい、素敵な物を頂きありがとうございます」
 
と答えながらクロードは『うっそ〜!?この髪留めとかブレスレットとかピアスって、王様からの贈り物だったの?』と内心驚いています。
 
「でもほんと可愛い人ね」
と王太后まで笑顔です。
 
何?何?これどうなってんの?とクロードは訳が分からない状態でした。 

「一緒に少しドライブしましょう」
と国王は言って、馬車の中の自分の隣の席にクロードを座らせます。王太后は遠慮して後ろの席に移動しました。
 
「今はひとりで暮らしておられるのか?」
と国王が訊きます。
 
「あ。はい。それで針仕事などして日々を送っています」
 
むろんクロードは「針仕事を生活の糧にしている」という意味で言ったものの、国王は「女のたしなみとして針仕事をしている」という意味に解釈しました。 
「ご両親は亡いのか?」
「母は7年前に、父は2年前に亡くなりました」
「おお、なるほど。それは寂しかったろう」
 
「あなた、お料理もお裁縫も、笛も得意なのね」
と後ろから王太后が訊く。
 
「料理や裁縫は母から習いました。笛は祖母から習ったのですが」
 
そんな会話をしながら、クロードは『なんでぼく、王様と並んで座ることになっちゃったの〜?』と内心焦っていました。リルを探しますが、近くには居ないようです。
 

その頃、リルは馬車に先行して走って行っていました。
 
やがて広い牧場(まきば)があり、牧人たちが牛の世話をしていました。 
「あんたたち、もう少ししたらここに国王陛下の馬車が来るからさ、この牧場は誰のものだと訊かれたら、カラバ女侯爵のものだと言うんだよ」
 
すると牧人たちは「どうして?」と訊きます。
 
「オグル様が、カラバ女侯爵と結婚するんだよ。だからそう言わないと、あんたたち、オグル様に食べられちゃうよ」
「それは困る。分かった。カラバ女侯爵のものだと言うよ」
 
リルが更に先に走っていくと、広いブドウ畑があり、多数の娘たちがブドウを狩っていました。
 
「あんたたち、もう少ししたらここに国王陛下の馬車が来るからさ、このブドウ畑は誰のものだと訊かれたら、カラバ女侯爵のものだと言うんだよ」
 
すると娘たちは「なんでよ?」と訊きます。
 
「オグル様が、カラバ女侯爵と結婚するんだよ。だからそう言わないと、あんたたち、オグル様に食べられちゃうよ」
「それは困る。分かった。カラバ女侯爵のものだと言うよ」
 
リルが更に先に走っていくと、広い麦畑があり、お百姓さんたちが麦の刈り入れをしていました。
 
「あんたたち、もう少ししたらここに国王陛下の馬車が来るからさ、この麦畑は誰のものだと訊かれたら、カラバ女侯爵のものだと言うんだよ」
 
するとお百姓さんたちは「なぜだ?」と訊きます。
 
「オグル様が、カラバ女侯爵と結婚するんだよ。だからそう言わないと、あんたたち、オグル様に食べられちゃうよ」
「それは困る。分かった。カラバ女侯爵のものだと言うよ」
 

リルは更に走っていきました。そこには立派なお屋敷がありました。これは人食い鬼のオグルが住んでいる屋敷で、実はさきほどの牧場(まきば)も、ブドウ畑も、麦畑も、このオグルのものだったのです。
 
「近くを通りかかりましたが、あなた様のご機嫌を伺わずに素通りするのもよくないと思いまして、顔を見せました。これはあなた様への贈り物でございます」
 
と言ってあらかじめ捕まえておいたウサギを進呈しました。
 
「おお、これはこれは。俺は人間も食うが、ウサギも好きだよ」
と言って、オグルはリルを歓迎しました。
 

その頃、国王の馬車は広い牧場(まきば)にさしかかっていました。
 
「これは広い牧場があるなあ。これは誰のものだろう。マルサン、ちょっと尋ねてみなさい」
と国王がおっしゃるので、マルサン中尉は近くの牧人に尋ねてみました。 
「この牧場は誰のものですか?」
すると牧人は答えました。
「この牧場はカラバ女侯爵のものです」
 
すると国王は驚き
「おやおや、クロード姫、そなたのものであったか。それをすぐに言わないあなたは奥ゆかしい」
と言ってクロードに微笑みかけました。
 
クロードは驚いたものの
「そうですね」
などと適当な相槌を打っておきました。
 
少しすると、国王の馬車は広いブドウ畑にさしかかっていました。
 
「これは広いブドウ畑があるなあ。これは誰のものだろう。マルサン、ちょっと尋ねてみなさい」
と国王がおっしゃるので、マルサン中尉は近くでブドウを狩っていた娘に尋ねてみました。
 
「このブドウ畑は誰のものですか?」
すると娘は答えました。
「このブドウ畑はカラバ女侯爵のものです」
 
すると国王は驚き
「おやおや、クロード姫、そなたのものであったか。それをすぐに言わないあなたは慎ましやかじゃ」
と言ってクロードに微笑みかけました。
 
クロードは驚いたものの
「いえ私は大した者では無いので」
などと適当な相槌を打っておきました。
 
そしてやがて国王の馬車は広い麦畑にさしかかっていました。
 
「これは広い麦畑があるなあ。これは誰のものだろう。マルサン、ちょっと尋ねてみなさい」
と国王がおっしゃるので、マルサン中尉は近くのお百姓さんに尋ねてみました。 
「この麦畑は誰のものですか?」
するとお百姓さんは答えました。
「この麦畑はカラバ女侯爵のものです」
 
すると国王は驚き
「おやおや、クロード姫、そなたのものであったか。それをすぐに言わないあなたは本当に気取らない方だ」
と言ってクロードに微笑みかけました。
 
クロードは一体何がどうなっているのか分からないまま
「私には身に余るものです」
などと適当な相槌を打っておきました。
 

その頃、リルは人食い鬼のオグルからお酒などもらい、和やかにお話をしていました。
 
「でもあなたは物凄い魔力を持っておられる。物の姿形を変えるのも得意でしょう?」
とリルは言う。
 
「ああ。そんなのはたやすいことよ」
 
「例えばそこに立てかけてある大きな包丁を立派なアラビア時計に変えることなどできますか?」
 
実はその包丁はオグルが人間を食べる時、解体するのに使っていたのです。 
「そんなのは簡単だ」
と言って、オグルがその包丁を見ると、包丁はあっという間にアラビア時計に変わってしまいました。
 
「すごーい。でも生きているものを変えることはできませんよね?たとえばそこのカゴの中に居るコウモリを駒鳥に変えるとか」
 
「そんなの簡単だ」
と言ってオグルがそのコウモリを見ると、コウモリはあっという間に駒鳥に変わってしまいました。
 
「すごーい。でも人間を男から女にしたりすることはできませんよね?たとえば今このお城の向かっている馬車に乗っている、王様の隣に座っている男の子を女の子に変えてしまうとか」
 
「ん?国王がこちらに来てるのか?どれどれ」
と言ってオグルは窓の外を見ます。
 
「何だ?あれは?国王の隣に女の服を来た若い男が座っている。どれ」
と言って、オグルはそちらに鋭い視線をやりました。
 

その頃、馬車に乗って国王と一緒に走っていたクロードはだんだん不安になってきていました。何だか王様、ぼくのこと女の子と思っているみたいだけど、もしぼくが男とバレたら、怒ってお手討ちになるのでは?と。
 
ところがその時、突然自分の身体に何か変化が起きたのを感じます。
 
え?何?
 
と思って何気なく胸に手をやり、ギョッとします。胸が大きく膨らんでいるのです。うっそー!?何が起きたの?と思います。更にさりげなく手をお股の所にやってまた驚きます。え〜〜〜!?無くなってる!?なんで〜〜!?? 

窓の外をオグルと一緒に見ていてクロードが女の子に変わったのを確認したリルは満足げに頷いてから、こう言った。
 
「ほんとにオグル様は凄い。見事に女の子に変えましたね〜。でもご自分の身体を変化させることはできないでしょう?」
 
「できないことあるものか」
と言って、オグルはたちまち自分の姿を大きなライオンに変えました。 
「きゃーっ」
と言ってリルは天井に飛び上がり、梁(はり)に捉まったまま言います。 
「びっくりしたー!でもそういう大きなライオンにはなれても、小さなネズミとかにはなれませんよね?」
 
「できないことあるものか」
と言って、オグルはライオンの姿から小さなネズミに変わりました。
 
その瞬間!
 
リルはそのネズミになったオグルに飛びつくと、むしゃむしゃと食べてしまいました!
 

やがて国王の馬車が屋敷の前まで来た時、リルが屋敷から走り出してきて、馬車を停めました。
 
「国王陛下。こちらはクロード様のお屋敷です。よろしかったら少し休んで行かれませんか?」
 
「おお、そうかそうか。では少し休ませてもらおう」
 
それで国王はクロードをエスコートするように片手を取って馬車から降ろしてあげました。
 
クロードは小さな声で「ここどこ?」とリルに訊きます。
 
「クロードが自由に使える場所。まあ任せといて」
とリルは答えます。
 
「それとさ、何だかぼく女の子になっちゃったんだけど?」
とクロードは小さい声で言います。
「まあそういうこともあるさ。気にしない気にしない。別に男だとか女だとか言うのは些細(ささい)なことだよ。私だって生まれた時は男だったけど女に変わったんだから」
とリルは答えます。
 
「え?そうだったの?」
とクロードは驚いて言いました。
 
「それから王様がぼくのこと好きになっている気がするんだけど」
「きっと結婚してと言われるだろうから、承諾しなよ」
「え〜?ぼく王様のお嫁さんになっちゃうの?」
「クロード、結構誰かのお嫁さんになる気無かった?」
「でもお嫁さんになるには、凄く痛い女になる手術うけないといけないって兄さんたちが言ってたし」
 
「まあ、手術受けずに女の子になっちゃう人もたまにはあるのさ」
と答えてリルはまた国王の方に戻って先導していきます。
 

リルは一行を広間に案内しました。そこにはりっぱな料理が並んでいました。実はオグルが仲間の鬼を呼んでパーティーをするつもりで小鬼たちに料理を作らせておいたのです。
 
しかし小鬼たちはオグルが死んだので逃げて行きましたし、仲間の鬼たちは国王が多数の兵士と一緒にやってきたのにおそれをなして、屋敷に近寄るのをやめました。
 
ちなみに料理は牛の肉やガチョウの肉などで作ったもので、人間の肉は入っていないことを、リルは匂いをかいで確認しておきました。
 
「国王陛下。そろそろいらっしゃる頃だと思い、料理をご用意しておりました。配下の料理人たちが作ったもので、姫のお手製ではございませんが、どうかお召し上がりください」
 
「それはかたじけない」
 
と言って、国王はリルに先導されて上座に着きます。そしてそのそばに王太后とクロードを座らせました。マルサン中尉をはじめとする護衛の兵士たちも、国王に許されて食卓に就きます。
 
リルはワインを多数蔵の中から持ってくると、いちばん上等なのをクロードに渡して、目配せします。クロードもすぐに理解して、ワインの栓を開けると 
「どうぞ」
 
と言って笑顔で国王の杯に、そして王太后の杯にワインを注いであげました。するとマルサン中尉が歩み寄って「失礼します」と言って、ワインの瓶をクロードから受け取り、クロードの杯にワインを注いであげました。
 
他の者は適当に栓を開けては、お互いに注ぎ合いました
 
そして国王の乾杯の音頭で食事は始まりました。
 

結局、国王はこの日、このお屋敷に「お泊まり」になることになりました。 
リルは近くの村に行くと、娘たちや若者たちが集まっている所に行って頼みました。
 
「あんたたち、お屋敷で働く気は無いかい? オグルはカラバ女侯爵の従者が倒して、屋敷はカラバ女侯爵のものになった。もう里で人が食われたりすることはないから、安心して働けるよ」
 
「オグルが死んだのか!」
「食われたりすることないなら、働いてもいいよ」
 
それでリルは取り敢えず10人の男女を屋敷に連れてきては、食事係・掃除係・屋敷の警備の係など担当を手早く決めたのでした。
 
それで翌朝の食事の支度や、国王のお見送りなども、滞りなく済ませることができました。
 

国王が旅立った後で、リルがクロードの所に行くと、クロードはため息をついていました。
 
「どうだった?初夜の感想は?」
とリルが訊きます。
 
「お嫁さんって、あんなことされるとは知らなかった」
とクロードが言います。
 
「何とかなったでしょ?」
「たぶん。でもぼく、女の子になっちゃったんだね」
「女にならないとお嫁さんになれないからね」
 
「女の子としてやっていけるかなあ」
「まあ何とかなるさ。私も女になってから10年やってきてるし」
「ふーん。リルはどうして女になったの?」
「内緒」
「まあいいけどね」
 
「結婚してと言われた?」
「毎日朕のためにパイを焼いてくれないか?と言われたんだよ」
とクロードが言うと、リルは吹き出します。
 
「『はい』と言ったんでしょ?」
「パイを焼くくらい別にいいかと思って『はい、お承りします』と言ったら、王様が凄い喜びようでさ」
「あははは」
 
「後から考えたら、それって結婚してという意味だったのね?」
「まあ一緒に暮らしてという意味だよね。第1夫人にはなれないかも知れないけど、第2夫人か第3夫人くらいかも知れないけど、いいよね?」
 
「ああ、それは気にしない。なんか生活は保証してもらえそうだし」
「まあ愛想を尽かされない限りは食うに困らないだろうね」
 
「お城の生活とか不慣れだし、失敗もして色々言われるかも知れないけど、まあ何とか頑張ってみるよ」
 
「クロードは私に似て、楽天的だから、何とかなると思うよ」
とリルは優しい顔でクロードに言いました。
 

クロードと一夜を過ごした国王は、当初の予定通り隣国の国王の城に赴き、「縁談含み」で、そちらの姫と会いますが、姫がまだ8歳であったことから、さすがに自分の相手には若すぎるからと言って自分の弟君(17歳)との縁談を進めてはどうかという話に持って行きました。
 
正直、国王の心は昨夜「結ばれてしまった」クロードのことで一杯になっていて、他の女性との縁談は考えたくなかったのです。
 

国王とクロードの結婚式は半年後に執り行われました。
 
クロードの屋敷で働いていた娘や若者たちの内、留守居役になってくれた人を除いて多くがそのままクロード姫付きの従者としてお城に一緒に付いてきてくれました。お城のしきたりに不案内なクロードにとって彼らはとても心強い存在となりました。お城ではリルと親しくなっていたマルサン中尉や彼の友人たちが親切にしてくれましたし、王太后も優しかったので、クロードも何とかお城でやっていくことができました。
 
クロードは1年後に可愛い男の子を産みました。国王はいきなり世継ぎができて、物凄い喜びようでした。
 
「クロード頑張ったね」
とお産が終わったクロードにリルが語りかけます。
 
「凄く痛くて苦しかったよお」
「まあお産は大変さ」
「でもぼく自分が赤ちゃん産めるなんて思いもしなかった」
「女の子になったんだもん。赤ちゃんくらい産めるさ」
「リルは赤ちゃん産まないの?」
「昔産んだよ」
「そうなの?」
「遠くで暮らしているんだよ」
「へー」
 

リルはクロードの兄のアンドレとベルナールの所に行って、クロードが遠くの町でお嫁さんになったことを伝え、お土産の品と言って、お酒と干し肉やお菓子に少々のお金を渡しました。
 
「うっそー!? クロード、本当に嫁さんになったのか!」
「急に居なくなったから心配してたんだよ」
 
「しかしあいつ女の服を着ると可愛かったもんなあ」
「あれだけ可愛いと、男でも構わんと言って結婚してくれる男もあったのかもね」
 
とアンドレとベルナールは言い合いました。
 
リルはしばしばふたりの所に行っては「お土産」を渡したので、兄たちの暮らしも豊かになっていきました。アンドレは水車小屋を10個まで増やし、多数の人を雇って粉挽きの仕事をしましたし、ベルナールは荷物を運搬する馬車を買って、更に商店も開いて、手広く商売をするようになりました。
 
クロードは王子を3人産んだ後、王女も2人産みました。弟君は隣国の王女と(王女が16歳になるのを待って)国王に8年遅れで結婚したものの、そちらは王女ばかり6人しか生まれなかったので、後継問題で揉めることもありませんでした。 
国王自身もクロード以外には妃を娶りませんでしたので、クロードは優しい国王・王太后・そして可愛くて元気な王子・王女たちに囲まれて王妃として幸せに暮らしました。
 
おしまい。
 

■野暮な解説
 
「カラバ侯爵」のカラバ(Carabas)という名前の由来についてはよく分かっていません。現在整理されている説としては下記のようなものがあります。

 
・ヘロデ王(アグリッパ1世.在位AD37-44)の時代にアレクサンドリアに居た狂人の名前がCarabas。

・トルコ語でCarabagというのが「山」のこと。

・有名な大悪魔にmarquis Decarabia(デカラビア侯爵)というのがいる。marquis Decarabia -> marquis de carabia とペローは発想したかも知れない。

・ワインで有名なボルドー近くのSaintonge県(現在のジロンド県付近)にMarquis Carabaz(カラバ侯爵:最後の文字が s ではなく z )という人がいてchateau de Garde-Epeeという砦があった。この砦は1553年にAncelin某なる商人が買い取って倉庫として使用した。ペローの年代は1628-1703なので彼の時代には「古い時代の記憶」の範疇であったろう。

・そのジロンド県にはCabaraという町がある。

 
この他に日本では「ユダヤ教の秘儀カバラ」と関係があるのでは、と言う人も居ますがカバラの綴りは Cabbala で、やや綴りが遠すぎる気がします。 
ちなみに貴族の階級は公爵 Duc (Duchess) 侯爵 Marquis (Marquise)
伯爵 Comte (Comtesse) 子爵 Vicomte (Vicomtesse) 男爵 Baron (Baronne) となっています。
 

オグル(Ogre 女性形 ogresse オグレス)というのは、ヨーロッパの民話にはよく出てくる人食い鬼で、特に赤ん坊を好んで食べるとされています。漫画「シュガシュガルーン」では闇の魔法使いがオグルと呼ばれていましたが、語源はこれだろうと思います。
 
英語ではこの単語は同じ綴りで「オーガ」と発音します(女性形はogress オーグリス)。オーガというのもRPGなどのゲーム関係ではよく妖怪の名前などに使用されていますね。
 
なお、このOgreというのは、そもそもこのペローの「長靴を履いた猫」に出てきた名前が、後に一般名詞化したのでは、という説もあるようです。
 
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