【シンデレラは男の娘】(3)
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(c)Eriko Kawaguchi 2017-11-11
■野暮な解説
シンデレラの物語で最も有名なのはペロー版『サンドリヨン−小さなガラスの靴』とグリム版『灰かぶり姫』ですが、両者には結構な差異があります。
ペロー版(サンドリヨン)
・助けるのは主人公の名付け親(Maraine 英語ならGodmother)。
・カボチャの馬車、ハツカネズミの馬、ドブネズミの御者、トカゲの従者。
・きらびやかな服とガラスの靴
・舞踏会は2日間で2日目の帰りにガラスの靴を落とす。
・姉たちはサンドリヨンに謝罪し、サンドリヨンは彼女たちを許す。
私はこの姉たちを許してあげるサンドリヨンが大好きです。
グリム初版(灰かぶり姫:アシェンプテル)
・実母の遺言ではしばみ(ヘーゼル)の苗を植える。
・助けるのは鳩で、はしばみの木を揺すると願い事が叶う。
・舞踏会に行きたいと言ったら豆の選り分けを命じられる。
・舞踏会は3日間。初日は鳩小屋の上から様子を見ただけ(舞踏会に行けない)。
・2日目、はしばみの木を揺すると銀のドレスと銀の靴をもらう。黒馬の馬車と銀の服の従者も用意されていた。
・3日目、はしばみの木を揺すると金のドレスと金の靴をもらう。白馬の馬車と金の服の従者も用意されていた。
・靴のテストは金の靴でおこなわれる。
・姉たちは靴に足を合わせようとして足の一部を切り落とす。鳩の歌で偽物だということがバレる。
個人的には鳩に指摘されなくても顔見て別人と分かれよと言いたい。
グリム最終版
・市場のお土産に姉たちはドレスや宝石をねだるが、末の娘は一番最初に帽子に触った枝をねだる。それを娘は母の墓に挿した。
・王子はシンデレラの後を付けて家まで到達するが、1日目は鳩小屋に隠れ、2日目は木に登って王子をまく。
・姉たちが婚礼の席で妹のそばに並ぶが鳩が姉たちの目を潰してしまう。
★最古の類話 ロードピス
シンデレラはひじょうに類話の多い物語で、中国民話の『葉限』(エーシャン)、日本の『落窪物語』などもありますが、最も古いのはこれではないかと言われるのがエジプト民話のロードピスの物語です。これはローマの歴史家ストラボン(c.BC63-23)が収集した民話で次のようなあらすじです。
エジプトの王様が大きな祭を催したが、ロードピスは意地悪されてお祭りに行けなかった。彼女は川で洗濯をしていたが履いていたサンダルを誤って川に落としてしまう。そのサンダルを隼が持って行ってしまい、王様の傍に落とした。王様はこれは神の啓示ではないかと考え、そのサンダルに足が合う娘を探した。サンダルはロードピスにピタリと合った。ロードピスはサンダルの片割れも見せ、王様は彼女と結婚した。
イベントに行けなかったことと『スリッパテスト』が既にこの物語には入っていたんですね。
★母殺しのヒロイン
テレビの「トリビアの泉」でシンデレラの類話バジレ作『灰まみれの牝猫』が紹介され、その物語ではシンデレラに相当するゼゾッラが冒頭殺人を犯しているというのが取り上げられ随分話題になりました。これは少し複雑な話で、このようになっています。
・ゼゾッラの生母が亡くなり後妻が来たが性格が悪くゼゾッラとも合わなかった。
・ゼゾッラに同情した家庭教師がゼゾッラを唆して継母を殺させる。
・ゼゾッラは共犯である家庭教師を父に推奨して結婚させる。
・ところが家庭教師(2度目の後妻)は共犯のゼゾッラを裏切って虐める。
個人的には自業自得って気がします。ヒロインが母を殺すエピソードはバジレ版の他、イラン民話『月の顔』などにもありますが、そんなに大きな勢力ではないと思われたのと、やはり本文配信時にも書いたように、人殺しのヒロインには感情移入しにくいことからこの話は不採用としました。
バジレ版(灰まみれの牝猫)のあらすじ
・継母を家庭教師に唆されたゼゾッラが殺し、家庭教師は3番目の妻に収まる。しかし家庭教師はゼゾッラを裏切って彼女を虐める。
・家庭教師の娘は6人。
・ゼゾッラが育てるのは、はしばみではなくナツメの木。
・1日目、従者が後を付けるが、ゼゾッラが金貨を撒くと、それを拾って見失う。
・2日目は真珠と宝石を撒いて、それを拾っている内に見失う。
・3日目は従者たちは馬車に身体を縛り付けて後を追う。ゼゾッラが落とした木の靴を拾う。この木靴で靴テストが行われる。
・姉たちは自主的に退散する。
★以下本文脚注
(*1)マニアンはロッシーニのオペラ「La Cenerentola」で出てくる主人公の父親の名前Don Magnificoから音の近いフランス姓を選択した。アンジェリーナは同オペラでのヒロイン(セレネントーラ)の本名。
この物語の主人公の名前は各言語で色々変化している。
英語:シンデレラ(Cinderella)
フランス語:サンドリヨン(Cendrillon)
ドイツ語:アシェンプテル(Aschenputtel)
イタリア語:セレネントーラ(Cenerentola)
ロシア語:ザルーシュカ(Золушка)
日本語では「灰かぶり姫」あるいは「シンデレラ」の名前が一般的。坪内逍遙は『おしん物語』(1900)というタイトルで訳している。但し坪内よりも古い翻訳で『新貞羅』という訳が郵便報知新聞・1886年に掲載されている。
この名前の起源はペロー版の「サンドリヨン」と思われるがフランス語でCendreは「灰」という意味で「灰かぶり」という日本語訳は、かなり上手い訳と思われる。英語でもcinderは灰である。英語圏では、彼女の本名はEllaで灰をかぶったエラだからcinder ellaでシンデレラという語呂合わせをする場合がある。
(*2)ロジェ(Roger)は英語風に発音するとロジャーである。ロゼ(Rose)は英語ならローズ。
なおBlessed Rogerの祝日は3月5日、Saint Rose of Viterboの祝日は3月6日。(Blessed:福者というのはSaint-聖人に準じるもの。更にその前段階のVenerable-尊者というのもある)
それでロジェの誕生日は3月5日という設定になっている。昔は、というよりもフランスではごく最近まで、子供が生まれたら、その日が祝日になっている聖人の名前を付けることになっていた。自由化されたのはほんの20-30年前らしい。
(*3)この名前もロッシーニの「セレネントーラ」から採った。ロッシーニ版で2人の姉の名前は、Clorinda, Tisbe になっているが、同じ名前の女性がほぼ実在しないよう少し音を変化させてクロレンダ、ティカベとした。
なおロッシーニ版では、クロリンダはソプラノ、ティスベはメゾソプラノが演じ、主役のセレネントーラはアルトである。あまり晴れ舞台の少ないアルトが主役というのは面白い。
(*4)ペロー版では、上の姉が Cucendron と命名しようとしたのに対して下の姉がそれはひどいと言って Cendrillon と言い直してあげている。
(*5)シュミーズ(chemise)が生まれたのはだいたい13世紀頃と言われる。当時は男女とも着る下着であったが、男性用は後に前をボタンで留めるようになり、現代のワイシャツへと発展する。それでフランス語ではワイシャツのことを現代でもシュミーズと呼ぶ。つまり現代のフランス語でchemiseというのは男性用と女性用がまるで別物である。
ペティコート・スリップ・キャミソールなどが登場するのはだいたい19世紀頃である。恐らくはペティコートが最初に登場し、その上部が長くなったものとして、あるいはキャミソールと合体したものとしてスリップが生まれたと考えられるが、スリップの丈を短くしたものがキャミソールであるという説もある。
コルセットは14世紀後半に登場し、王宮文化の進展とともに貴族の間で広まった。1789年にフランス革命が起きると革命派の人達の間にコルセットを使用しないのが流行した。しかし王政復古が行われるとまたコルセットは使用されるようになった。
(*6)薔薇の花言葉(花言葉 langage des fleurs / language of flower)は基本的には amour (愛)であるが、色や本数によっても様々な意味がある。ただ困ったことに、花言葉の意味は実にバリエーションが多く、文献によってかなりの差異がある。下記はその一例である。
白 純潔、無垢、純粋な愛、私はあなたにふさわしい。
赤 愛、情熱、美貌、あなたを愛しています。
ピンク 可愛い人、優しい愛、可愛い人、好きです。
オレンジ 魅惑、絆、信頼。あなたは私の誇り。
ピーチ 私はあなたに共感する。
黄 友情、不貞、嫉妬、衰えた愛、許しを請う。
青 神秘、忍耐、不可能の達成、永遠の希望。
紫 あなたに魅惑されてしまった。気品。
12本の赤いバラの花束はプロポーズを表す。
1本 一目ぼれ
2本 この世界は二人だけ
3本 愛しています
4本 死ぬまで気持ちは変わりません
5本 あなたに出会えて心から嬉しい
6本 お互いに愛し合いましょう、7本 ひそかな愛(片思い)
8本 あなたに感謝します
12本 私と付き合ってください
(*7)サンドイッチという名前が生まれたのは18世紀のことで、サンドイッチ伯爵ジョン・モンタギュー海軍卿(John Montagu, 1718-1792)にちなんでそう呼ばれるようになったものであるが、この料理自体は古くからあった。昔は単に「パンとチーズ」とか「パンとお肉」などと呼ばれていた。
なお、ジョン・モンタギューは「サンドイッチ諸島」(現在のハワイ諸島)、南大西洋(というより南極に近い)「サウス・サンドイッチ諸島」、アラスカのモンタギュー島にも名前を残した。
(*9)リンネル(liniere)は英語で言えばリネン(linen)。日本語では亜麻(あま)である。現代では寝具などに使われることが多く、ホテルや病院ではシーツ・タオルや浴衣など日々洗濯する繊維製品を「リネン類」と言っている。
「亜麻色(あまいろ)」というのはこの繊維の自然な色で薄茶色。ドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」は La fille aux cheveux de lin.
日本では元々大麻(たいま・ヘンプ)の繊維を麻と呼んだのだが、現代では苧麻(ちょま・ラミー)、亜麻(あま・リネン)を合わせて麻として扱われている。但しヘンプは現代日本では大麻取締法により、栽培許可を取るのが極めて困難で、むしろ亜麻の方が一般的には普及している。
いわゆる「麻袋」は麻と似た性質を持つジュート(縞綱麻・別名モロヘイヤ)で作られている。モロヘイヤは近年食材としても人気が高まっている。
(*10)ここでは伝統に従って「ハツカネズミ」と「ドブネズミ」と訳したが、フランス語では小さなネズミはsouris(スリ。英語ではmouse マウス 複数形はmice マイス)と言い、大きなネズミはrat(ラ。英語でもrat ラット)と呼び分けている。souris(mouse)は可愛いという感覚で、ratの方は汚らしいという感覚がある。
カボチャ(citrouille)が変化した馬車はペローのテキストでは carrosse と書かれている。これは英語ではcoachと呼ばれるもので四輪の重馬車である。通常四頭の馬に引かせるが、シンデレラの場合は6頭立てなので、相当大型のものと思われる。
(*12)本人はエステルは女名前と言っているが、正確にはEstelは男性名でEstelleが女性名である。どちらも音としては「エステル」。
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