【紙風船】(1)
(c)2002.4.12 written by Eriko Kawaguchi.
ミキちゃんとはいつも土蔵の中で遊んでいた。それは物心付く前からだったかも知れない。
ミキちゃんは絵本を読むのが好きだった。だからボクはよく一緒に絵本を読んでいた。その頃ボクはまだ字が読めなかったけど、お母さんから何度も読んでもらった話は覚えていたから、ページをめくりながらミキちゃんにお話をしてあげた。
ミキちゃんは白雪姫とか、シンデレラとか、眠り姫とか、親指姫とか、苦労した女の子が幸せに王子様と結婚するお話が好きだった。「でも、いいよね。こんな素敵な王子様と結婚できたら。こういうきれいな服着て」
とボクが言うとミキちゃんはクスクスと笑った。その仕草が可愛い。
「ケイちゃんも、こういう服着て王子様と結婚したいの?」「うん」
「それは無理よ。ケイちゃん、男の子だもん。女の子でなきゃお姫様になって、王子様と結婚はできないのよ」「ミキちゃんは女の子なの?」
「そうよ」「いいなぁ。男の子・女の子っていつ決まったの?」
「生まれた時から決まってるのよ。ケイちゃん次にまた生まれる時に
女の子に生まれれば、王子様とも結婚できるかもよ」「ふーん」
その頃ボクには男の子・女の子というのはまだよく分かっていなかったかも知れない。でもミキちゃんはいつも可愛らしい服を着ていた。どうやらそういった可愛い服を着れるのも女の子の特権らしい。
ボクがあんまりうらやましそうにしていたら、ミキちゃんはある日「少し着てみる?」と言った。ボクが「うん」と言うと、ミキちゃんは自分の着替えを出してくれて、着てみてもいいよと言った。ただ大人に見つかると叱られるかも知れないから、土蔵の中だけという約束だった。
ボクは喜んでズボンとシャツを脱いで、その服を着ようとしたら「パンツも換えよう。そこにあるから」と言う。そのパンツにはちんちんを出す穴が付いていない。それを言うとミキちゃんはクスクスとまたあの可愛い仕草で笑って「別にいいのよ。それからこれも着てね」と言って変わった形の白い服を渡してくれた。シュミーズと言うんだって。
そのパンツとシュミーズを付け、上着を着ようとしたら何だかボタンが留めにくい。「これ、変。ボタンの付き方が逆だよ」「女の子用はそう付いてるの」
「ふーん」そして最後にスカートを履く。「これ履きたかったんだ。ボクね、スカート1枚も持ってないの。ミキちゃんがいつも履いてて可愛いから、お母さんにスカート欲しいって言ったら、ダメって言われた。どうしてかな?」
「スカート履くのも女の子だけなのよ」「ええ?ずるいな、女の子って」
ボクはミキちゃんから借りた服を着終わると一緒に鏡の前に並んでみた。ミキちゃんてボクと顔が似てる。こうしていると姉妹みたいだ。ミキちゃんの方が少し背が高いけど。「ケイちゃん、わりと女の子の服似合うね」「うん、そんな気がする」「似合ってるから、これからも時々着ていいよ」「ほんと?ありがとう」ボクは何だか嬉しかった。
春になってボクは幼稚園に行くことになった。お母さんは幼稚園に行くと沢山友達が出来るよと言っていた。ボクはユカちゃんとマリちゃんとアキちゃんと仲良しになった。一緒にママゴトしたり、お絵かきしたりして遊んでいた。ある時先生が「男の子とも遊んでごらん」と言って、コウタくん、ツヨシくん、たちの所に連れて行かれたけど、男の子たちのおすもうごっことか、ボール遊びにはあまりなじめなかった。いつかユカちゃんたち女の子の輪の中に戻っていた。
そして幼稚園から帰ると、また土蔵の中でミキちゃんと遊んでいた。幼稚園ではひらがなを教えてくれたので、ボクは絵本が読めるようになっていた。そこで土蔵の中に置いてあったけど自分が今まで知らなかったのでミキちゃん読んであげられていなかった本も読んであげられるようになっていた。ボクはアラビアンナイトの話とか、中国の昔の胡弓を弾くお姫様の話とか、いろいろな話をミキちゃんと一緒に読んだ。漢字のある本もだいたいルビが振ってあったので読めたし、それで逆にボクは少しずつ漢字も覚えて行っていた。
「ミキちゃんは幼稚園行かないの?」「うん。私はちょっとね」ミキちゃんは土蔵が好きだ。外で遊ぼうと言っても、私はここがいいのと言って出ようとしない。でもおかげで、ボクもミキちゃんと遊ぶ間はずっと女の子の服を着ていられた。その頃にはボクは毎日、土蔵に入るとすぐにミキちゃんの女の子の服に着替えて、夕方になって土蔵を出る時までずっとそのままにしていた。
「外ではずっとズボンでしょ。ここに着てスカート履くと、ボク何だかほっとするんだ」「ふーん。ケイちゃんて女の子に生まれてたら良かったのにね」
それはミキちゃんに言われなくても、よく近所のおばちゃんや親戚のおばちゃんにも言われるような気がする。幼稚園でもユカちゃんから何度か言われた。
その日はお祭りがあっていた。ボクはお母さんから濃紺の浴衣を着せられ、お昼前に神社に行った。参道にたくさん何だか面白そうな店が並んでいる。ボクは見てみたいと行ったけど、お母さんはダメですといってさっさと先に歩いていった。
人がたくさんいる。子供たちもたくさんいる。赤や黄色のきれいな浴衣を着た子もいる。「お母さん。どうせなら、あんな浴衣が良かったなぁ」「でも、ケイちゃん、あれは女の子用よ。ケイちゃんは男の子だから、こういう浴衣でいいのよ」「ふーん」男の子ってつまんない。どうしてきれいな服を着ちゃだめなんだろう。
お祭りはただ歩いただけなのに少し疲れたみたい。戻ってきてから少しお昼寝したらもう夕方近く。ボクはミキちゃんを待たせちゃったかなと思って慌てて土蔵に行った。ミキちゃんは来てたけど、別に怒ってはいなかった。一人で本を読んでたようだ。
ボクがお祭りの話をすると、ミキちゃんは珍しく行ってみたいなと言った。浴衣着るの?と聞くとうんと言う。そしてそのままちょっと首を傾げた感じで「私、浴衣何枚かあるんだけど、ケイちゃんも私の着たい?」と聞いた。ボクは喜んで「うん」といった。
ミキちゃんは自分の着替える所は見ないでと言って、ボクを後ろ向きにしておいた。そして終わると、ボクの着替えを手伝ってくれた。二人とも赤い浴衣だけど、ミキちゃんのはお花の模様、ボクのは金魚の模様。
でもミキちゃんの服を着たまま外に出るのって初めて。何だかドキドキする。ミキちゃんは「今日だけだからね」と言った。
二人で手をつないで神社まで行く。「先にお参りしよう」とミキちゃんが言いボクたちは拝殿まで一緒に行って手を叩いてお祈りする。そしてそれから参道のお店を見て歩いた。もう夕方で少し暗くなりかけているのであちこち電動のランプが灯っている。何だか不思議な感覚だった。
ボクたちはお金を持ってないから、ただのぞくだけなのだけど、なかなかに楽しい。そうこうしている内に風船釣りの所に来た。面白そうなので二人で見ていたら「お嬢ちゃん達もしないの?」とお店の人が言う。ミキちゃんが「私たちお金持ってないから」と言ったら「可愛いからタダで1回させてあげるよ」と言ってくれた。
最初にミキちゃんが挑戦する。かなりいい線行ったのだけど、あとちょっとのところで落ちてしまった。「うーん、残念。次は君の番だよ」と言う。ボクは慎重に糸を垂らし、カギを引っかけてゆっくりと引き上げる。でもやはり最後の最後で落ちてしまった。「うーん。だめだったか。君たち二人だけで来たの?」
「ええ。でもちゃんと帰れますから」とミキちゃんが言った。「そう。すごいね。気を付けて帰るんだよ。これおまけであげちゃう」そう言うと、お店の人はボクたちに紙の風船を1個ずつくれた。ボクたちはお礼を言ってそこを離れた。
あまり外で遊ばないミキちゃんだけに外出がこたえたのだろうか。ミキちゃんとはその後一週間くらい会えなかった。次会えた時、ミキちゃんは少し青い顔をしていた。「ミキちゃん、大丈夫?」「うん、だいぶ良くなったよ。ねぇ、ケイちゃん。ケイちゃんは大きくなったら何になりたいの?」「看護婦さんかなぁ。病院行った時とか、優しくしてもらっていいなぁと思ったの」「男の人は看護士さんて言うんじゃないの?」「ボクは看護婦さんにはなれないの?」
「看護婦さんて言ったら女の人だもん。それともケイちゃん女の子になりたい?」
「え?なれるの?女の子になれたら、スカート履いててもいいし、泣いても叱られないし」「男の子でも別に泣いてもいいよ」「そうなの?だって」
ボクはこないだ幼稚園で滑り台をしていて登るときに足を踏み外して落ちて、思わず泣いてしまったら、先生から「男の子はこのくらいで泣いちゃダメ」と言われたことを話した。するとミキちゃんは笑って言った。「そのくらいなら女の子でも泣いちゃダメよ。別に男の子・女の子は関係ないと思うな。先生が男の子は、って言ったのはただの言葉のあやよ」「あやって何?」「うーん、まぁ、どっちみちそう気にする問題じゃないってこと。ケイちゃんはもっと自分の心を強くしなくちゃね」「それは男でも女でも?」「そうだよ。むしろ女の人の方が強い心を持って生きてることあるんだよ」「うん。じゃボクも強くなる」「じゃ約束」ミキちゃんが小指を出したので、ボクは指切りをした。
「あのね、ケイちゃん。こないだ私神社でケイちゃんの望みが叶いますようにってお祈りしたんだよ」「え?そうなの。ボクはずっとミキちゃんといられますようにってお祈りしたんだ」「そう。二人とも願いが叶うといいね」「うん」
ボクと話している内にミキちゃんの顔色も少しずつ良くなってきていた。
「そうだ。ケイちゃん看護婦さんになりたいなら、お医者さんが忙しい時は、患者さんの様子とかもちゃんと見てあげられる?」「うん。ボク頑張る」
「じゃ、私の様子を見てみて」ミキちゃんが可愛らしい仕草でそう言った。ボクは戸惑って「えっと、どうしたらいいんだっけ?」と聞くとミキちゃんは「診察する時は洋服を脱がせるのよ」と言う。
ボクはちょっとドキドキしたけど、ミキちゃんの上着を脱がせ、下に着ているシュミーズも脱がせて上半身裸にした。お医者さんが病院でしていたのを思い出しながら、胸とかお腹とかを手でトントントンと軽く叩いてみる。「背中も見てね」「うん」ボクはミキちゃんの後ろに回って背中もトントントンとしてみた。「看護婦さん、私の身体の調子どうですか?」「大丈夫みたいですよ。すぐ元気になりますからね」「ありがとうございます」
ボクがミキちゃんのシュミーズを着せてあげようとしたら「看護婦さん、足の付け根の付近がちょっと痛むんです。見てもらえませんか?」とミキちゃんが言う。「え?」とボクが困った声を出すとミキちゃんは「横になりますから、スカートとパンツも降ろして、診てください」と言う。ボクはまたドキドキしながら、ミキちゃんのスカートを脱がせ、パンツを少しおろしたところで、驚きの声を上げた。「あっ」
「どうしたんですか?看護婦さん」「ミキちゃん、おちんちんが無いよ。どこかで落としてきちゃった?大変だ。それに傷口が。もしかして、おちんちんが切れちゃった跡?」「それだったら心配しないで。最初からおちんちんは無いし、そこは傷じゃなくてそうやって割れ目が元々あるんだから。女の子はこうなってるんだよ」「え?そうなの?でも、おちんちん無かったら、おしっこはどうするの?もしかしてうんちと一緒に?」「そんなこと無いよ。その割れ目の中におしっこが出てくる所があるの」「あ、じゃ、この中にミキちゃんのおちんちんは入ってるんだ」「おちんちんの形はしてないけどね」「ふーん」
「で、どうですか?私の痛い所分かりました?」「あ、ミキちゃん足の付け根のところが少し擦れてるみたい。お薬付けてあげる」ボクは土蔵の中に置いてある薬箱から膏薬を取り出すと塗ってあげた。「ありがとうございます、看護婦さん。少し楽になりました」「よかった」「じゃ、今度は私がケイちゃんを診察してあげる」「え?どうして?」「そうね。ケイちゃんが看護婦さんになるんだったら、私お医者さんになっちゃおうかな」「えぇ?」
ミキちゃんは有無を言わさず、ボクの着ている女の子の服を脱がせる。上着もスカートも、シュミーズもパンツも脱がされて裸にされてしまった。「おや、ケイちゃんは女の子になると言っているのに、おちんちんが付いてますよ。女の子になるんだったら、これは取ってしまわないといけないですね」ミキちゃんはボクのおちんちんを触りながら言った。「取るのって痛いの?」ボクはおそるおそる聞く。「さぁ、私は元々付いてなくて、取ったことないから、分からないわね。でも、おちんちん付いてたら女の子になれないもの。ほら、私のを触ってみて」
ミキちゃんはボクの手を取ると自分の割れ目のところに触らせてくれた。
「中も見せてあげるから、よく見るのよ。ケイちゃんも女の子になったら、こういう形になるんだから」ミキちゃんは足を大きく広げた。すると割れ目が開いて中が見える。でもよく分からない。「この付近からおしっこが出てくるんだよ」「あ、なんだかちいさなおちんちんがあるよ」「これはちんちんじゃなくて、おマメさんって言うの。確かに男の子のちんちんと同じ物かも知れないけど、ずっと小さいでしょ。でも、おしっこはそこから出てくるんじゃなくて、この付近なの」「ふーん」「ケイちゃん、女の子になるんだったら、ちんちんもその後ろの袋も取って、こういう形にならないといけないんだよ。それでもいい?」
「男の子と女の子って、こういう所が違ってたんだ。ボク男の子と女の子の違いを今まで知らなかった。うん。でもボク女の子になれたらいいな、と思うから、そのためならおちんちん無くなってもいいよ。おちんちん無くても、おしっこできるんだったら、困らないだろうし」「そう。じゃそうなれるといいね」ミキちゃんは不思議な微笑みをする。
「そうだ。ケイちゃんが女の子になれるように、注射打ってあげるよ」ミキちゃんはタンスの奥をごそごそしていたが、やがて本物みたいな注射器を持ってきた。「なんだか本物みたい」「本物だよ。怖い?」「ううん。ミキちゃんにされるんだったら」「じゃ、注射しますね。やはりおちんちんにするのかな」
ミキちゃんがボクのおちんちんをつかむ。ボクはなんだか変なドキドキ気分がして、おちんちんが大きくなってきた。「あら、おちんちんが大きくなってますよ。これはきっと病気だわ」「え?病気なの?これ、触ってたりすると大きくなるんだよ」「でも、女の子にはおちんちんはありませんから、こんな大きくなるものは、きっといけないものに違いありません。お注射して直してあげましょう」ミキちゃんはそう言うと、注射器に何か薬をセットし、指で押して針の先からちょっと液があふれたのを確認すると、ボクのおちんちんの先に突き立てた。痛い!でも我慢。ミキちゃんはそのまま指でピストンを押して、薬を注射し終わった。そして針を外すと「よくもんでくださいね」と言った。ボクはおちんちんをよくもむ。するとそれはもっと硬くなってしまった。
するとミキちゃんは「あら、硬くなったらいけませんね。しばらくお布団の中で安静にしていてください。私も付いていてあげますから」そう言うとミキちゃんは裸のままのボクをうながして、お布団の中に入れる。ミキちゃんも裸のまま入ってきた。ミキちゃんと一緒にお昼寝は何度かしたことあるけど、裸のままというのは初めて。しかもミキちゃんは布団の中でボクに抱きついてきた。「こうやってだっこしてると気持ちいいでしょ」「うん」ボクは何だか不思議に気持ちいい感じがした。でも、困ったことにおちんちんはますます硬くなっているような気がする。
「少し寝るといいよ。そしたらもう全部良くなっているから」ミキちゃんがもう女医さんの口調じゃなくて、普段の口調で、そう言った。
それがボクの耳に残っているミキちゃんの最後の言葉だ。
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「じゃ啓助が女の子の浴衣着て、お祭りに行ってたというのか?」「そうらしいのよ。近藤さんの奥さんが見たらしいの」「誰かと一緒だったのか?」
「ううん。一人だったらしいわ。一瞬誰かと一緒かと思ったのだけど、よく見たら一人だったって」
その男女は険しい顔で話をしながら土蔵の方に向かっていた。
「しかし啓助は何でいつも土蔵で遊んでんだ?」「子供って暗くて狭い所が好きなんじゃないかしら。子宮回帰願望よ」「しかし、あの中で一人で何して遊んでるんだろう」「あそこには、たくさん本があるから、それ読んでるんだと思うし、ほら美貴ちゃんの人形も置いてあるじゃない。それで遊んでいるのかも」「美貴か.....もう俺たちもミキのことは忘れなくちゃいけないのかも知れないな」「うん。もう美貴は帰って来ないのだし。あんな生きてたころにそっくりの人形なんか作って、それに合う服も色々買ったりして、やはりこういうことしてちゃ、いけないのよね。私たちには啓助がいるんだから」
「そうだよ。啓助は幼稚園でも女の子とばかり遊んでいるというんだろう?それに女の子の浴衣って、それたぶん美貴の人形用のだろうな」「うん。多分。ただ、どうして一人で着られたのか分からないけど」「人形遊びとかばかりしていたら、啓助も男らしく育てないよ。残念だけど、あの人形は処分しよう。な、いいだろう?」「うん」妻は力無く返事した。
二人は土蔵を開けた。その時、何か一瞬キラキラしたものが土蔵の中にあふれそれから消えたような気がした。二人はしばらくその入口のところで立ちつくしていた。それからふと我に返ったように付近をキョロキョロ見回して、それから夫の方が先に言った。「あれ、俺達何しに来たんだったっけ?」「うーん。そうだ。もうすぐ御飯だからって、ケイちゃんを呼びに来たんじゃなかった?」
「あ。そうか。啓子はいつも土蔵で遊んでるもんな」「うん。ここには亡くなった美貴お姉ちゃんの人形が置いてあるから、その人形に遊んでもらっているんだと思うわ」
「あはは。確かに人形で遊ぶじゃなくて、人形に遊んでもらっている感覚だろうな。でも良かったよな。あの人形。美貴が死んでしまって、何だか耐えられない気分で。俺もきつかったけど、お前があんまり沈み込んでるから、少し高かったけど、いい腕の職人さんに作ってもらったんだ」「うん。あのお人形たらちゃんと女の子の印まで作り込んであるのよ」「え、そうだったのか。それは見てないが」「父親が見ていいものではありません」「うん。まぁ。でもあの人形を作ってからしばらくして啓子が生まれて」「うん。なんだか生まれ変わりのような気がして大事に育てたわね」
「啓子、幼稚園であまり友達と遊ばないとか言ってたっけ?」「でも由香ちゃんたちとだけは仲良くしてるみたい」「まぁ女の子だから、おとなくしてもいいか」
「うん」二人は軽く談笑しながら土蔵の階段を登っていく。
「ケイちゃん、御飯よ!あらあら、美貴ちゃんと一緒にお昼寝してるわ」「おいおい、裸だぞ」「お人形も裸にされてる。面白い子ね」二人は楽しそうに笑って寝ている啓子を起こし、その付近に散らばっていた女の子の服を着せた。
「あれ、男の子の服がひとつここに落ちてるぞ。どうしたんだろう」「さあ、誰か親戚の男の子が来た時に忘れていったのかしら?」夫婦は首をかしげた。
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今日は合格発表の日だ。私は高まる鼓動を押さえつつ、厚生労働省のサイトに接続した。看護師国家試験・合格者発表コーナー。受験地を選択して、自分の受験番号を探す。あった! 自信はあったけど、やはり確認するまでは少し不安があった。
『ミキちゃん、私ちゃんと看護婦になれたよ。ありがとう』私は狭い寮の部屋の隅にちゃんときれいに椅子に腰掛けているミキちゃんのお人形に向かって、言った。それから引き出しをあけて、もう古くなった2個の紙風船を見る。
もう入る病院も決まっている。総合病院の内科だ。大変な仕事だけど
ほんとにやりがいのある仕事だ。私は研修を通してもそう感じていた。
携帯の着信が入る。「あ、ヒロシ?見てくれたの?うん。通ってたでしょ。あ、うん。きゃー、お祝いにおごってくれるの。嬉しい」
私はボーイフレンドからの電話を切ると、軽くシャワーを浴びて汗を流し、香水を肌に振る。そしてデート用の可愛い下着を身につけ、黄色い花柄のワンピースを着て、念入りにお化粧をし、ちゃんと彼が持っては来るだろうけど念のため避妊具も用意して、それからミキちゃんに「行ってきます」と言って部屋を出た。ドアを閉める時にミキちゃんがちょっと笑ったような気がした。
あの優しい笑顔の仕草!あれだけは、自分がどうしても身につけられなかったものだ。悔しいなぁ。携帯がなった。きっと待ちくたびれたのだろう。うふふ。私は楽しい気分でボタンを押した。
【紙風船】(1)