【受験生に****は不要!!・転】転換させちゃえ!?
(C)Eriko Kawaguchi 2002.03.12
2学期が始まった。補講の最後に行われた実力テストの成績は18位だった。これは補講を受けていない子まで入れると80位程度の成績だと言われた。ボクは着実に力を付けていることを感じていた。
この学校は進学を優先しているので文化祭や体育祭は無い。2学期、2年生たちはもう自分の進学先を絞りに掛かっていた、3年生は最後の追い込みに掛かっていた。1年生も授業から体育と芸術、それに家庭科が外され、受験用の科目一色になってくる。みんな気合いが入ってくるその中で、ボクはテストの度に順位を上げていった。10月の中間試験は84位、11月の実力試験は65位(全国523位)、12月の期末試験で53位、そして3学期に入って2月の期末試験は38位。
2年生からは進路・成績別のクラス編成になる。ボクは国立大学上位の文系を志望にしていたが、期末試験が終わった所で担任から呼び出された。
「2年生は就職希望の生徒で1クラス、理系の志望者で3クラス、文系の志望者で4クラス編成する。キミは文系を志望しているが、少なくとも2年の間は理系のクラスに入らないかね」「どうしてですか?」ボクは意味が分からずに尋ねる。
「うん。キミは正直な話、入試では合格スレスレくらいの所で入ってきている。しかしテストの度にどんどん上位に上がってきた。キミはもっと伸びると思うんだよ」
「ボクももっと伸ばすつもりです」
「だったら理系に行きなさい。その方が生徒のレベルが高い。キミはレベルの高い生徒の中でもまれればもっと成績を上げられる」
あぁ、なるほど。ボクは先生の意図がだいたい分かってきた。できるだけいい大学の難しい学部にたくさん生徒を放り込めば、学校自体の評価が上がるということだろう。この学校のドライさは最初から分かっていたからボクはあっさり承知した。
「じゃ、志望校は東大の理3にしておきます」
「よし。キミは充分そこまで行ける可能性があるよ。頑張りたまえ。あ、それからキミ女の子なんだからさ、いつも気になっているけど『ボク』というのはやめて、ワタシとかアタシとか言いなさい」
「はーい」
ボクは空返事をして、職員室を出た。
その頃ボクはとうとうブラジャーをCカップに変えた。桜木先生はボクの身体がとても女性ホルモンを受け入れやすい素質があるんだと言っていた。ホルモンを幾ら投与しても、あまり胸が大きくならない人もあるらしい。女性ホルモンの「レセプター」というものが、元々存在しているんだと言われた。ところでその頃、ボクと『貧乳連合』を組んでいた西川さんはなんとDカップを付け始めていた。彼女のオッパイはボクよりもずっと凄い勢いで成長していったのであった。ボクらはしばしばオッパイの触りっこをして「あ、すごい」「そっちこそ」とやっていた。クラスの女子16名の中でもCカップ以上を付けているのは4人しかいない。ボクらはいつの間にか『巨乳連合』になっていた。もちろん西川さんとはずっと仲良しだ。彼女も勉強を頑張っていて、東北大学の理学部を受けたいと言っていた。同じ理系ということにはなるがしかし2月の期末試験の成績は52位で、ボクと同じクラスになれるかどうかは微妙な線だった。
終業式が終わってボクは美夏と一緒に帰省した。新学年が始まるまでは3週間あるが、当然その間にもたくさん勉強するつもりだ。ボクは数学と英語と現国の問題集を1冊ずつ仕上げるつもりで、美夏にみつくろってもらった。美夏の方も来年からは進学希望の人で1クラス作られ、そこに入れられることになったといって張り切っていた。
ボクの成績の上昇度には美夏も正直感心してくれていた。内容的な問題では、もう美夏に教わらなくても、かなり解けるようになってきていたが、ただ現国や英語で別の意味での少し壁を感じ始めていた。自分が絶対これで正解と思う解答を書いてもそれが間違いとされてしまい、しかも先生の説明に納得の行かないことがしばしばあったのだった。
そのことを美夏に言うと「春紀はそろそろ今まで私がやめときなさい、と言っていた受験技術を付けるべき時期に来ているみたいね」と言った。「数学や化学などは問題の正解はひとつしか無い。でも国語や英語は個人の解釈の問題が出てくるのよ」と美夏は言った。
「例えば、You have some information. これを疑問形にしたらどうなる?」
ボクは即答した「Do you have some information?」すると美夏は言う「うん、それが英語がしゃべれる人の答。でもそれは不正解にされるよ」「そうか、Do you have any information? が正解だね」「そういうこと。つまり疑問形になったらsomeはanyに変えなければならない、ということを知っているか、というのがこの質問の本意なのよ。でも、ここでanyを使うのは本当は変だよね」
「うん。まるでお前が知っているわけ無いよな、という感じになっちゃう」
「つまり、英語にしても、現国にしても、自分がそれが正解と思う答えを書くんじゃなくて、出題者がどんな答えを欲しがっているか、というのを推測して答えを書く。これができないと、英語や現国で満点は出ないのよ」
「なるほど....でも、それ、やはり変な気がする」
「変だけど、点数を取るにはそうするしかない。春紀が英語を操る能力があるかとか、文章を読解する力があるかというのは関係ない。自分の実力は自分が一番分かっているんだから、わざわざ試験官にまで認めてもらう必要はない。受験というのは、出題者の意図を読みとるゲームであって、それ以外の何物でもないよ」
「そうか、ゲームか」
「そういうこと」
「じゃ、割り切ってやっちゃえばいいんだ」
「そういうこと」
「ボクが女の子の振りしているのと同様だね」
「うん、春紀は女の子の格好していて、身体も女の子であっても、確かに中身は男の子だよ。それは私が知っている」
ボクは美夏にキスをした。
帰省している間は健診を受けながら注射で女性ホルモンを補給してもらう。病院には母が付いていくと言ったが、ボクは支払いだけ後でお願いと言って、美夏と待ち合わせて一緒に病院に行った。
ボクの身体は美夏の目にもかなり高校生の女の子らしくなってきているが、先生の見立ても同様だった。先生は「ホルモンのタイプと量を変えるかな」と悩んでいるようだった。
3日後に病院を訪れた時、先生が突然言った。
「ちょうど良かった。今連絡しようと思っていた所」
「何かあったんですか?」
「あんたのママにさ、あんたの身体に適合する女性器のドナーがあったら確保してくれるように、以前から言われていたのだけど」
え?何それ?
「5時間前に大阪で一酸化炭素中毒で亡くなった女子中生がいてね、その子が全ての臓器を提供するというドナーカードを持っていたのよ」
だから何なの?
「既に、心臓・肺・腎臓・肝臓は行き先が決まって、摘出も終わり、もう全国各地で移植手術に入っている。腸の一部を今取っている最中で、その次には角膜を取る所なんだけど、その後、女性器を摘出してもらう」
何かそれがボクに関係あるの?
「その子が春紀クンと組織適合性がものすごくいいんだな。これは数万分の1の確率なのよ。私も依頼は受けたけど、多分無理だよと言ってたんだけど」
え?まさか。
「1時間以内にここに届くから、あんたに移植するよ」
どうしてー?ボクは言葉にならない言葉を出した。付いてきてくれていた美夏もびっくりしている。ボクは思考回路が働かず「どうしよう?」と美夏に聞いてしまった。すると美夏は「うーん」と一瞬悩んだような声を出したが、すぐ「折角だから、もらっちゃうといいよ」と言った。
「じゃ、話が決まったね。手術、手術。準備始めるよ」
ボクはどうなるんだろう?突然のことで充分に事の重大性を考える暇もなく、ボクは浣腸を掛けられ剃毛され、ベッドに固定されてしまった。まもなく母も駆けつけてきて、何やら誓約書にサインしていた。ボクは上半身に口と鼻の付近だけ空いた布を掛けられ、外からは誰か分からないようにされた。そしてしばらくして何か箱のようなものを持った白衣の人達がやってきて、ほぼ同時にボクは麻酔を打たれて深い眠りの中に落ちた。
意識が戻った時、最初に飛び込んできたのは美夏の顔だった。
「付いててくれたの?ありがとう」
「行きがかり上だよ」
「ボク、未だによく事態が飲み込めない」
「私も実の所、よく分からないんだけどさ、先生呼ぶよ。ちょっと待っててね」
美夏はインターホンを取って、先生を呼びだしていた。ここは前にも入っていた個室のようだ。
桜木先生がやってきた。
「手術は成功。拒絶反応はほとんど出ていないね。移植した組織はみごとに定着し始めているみたい。念のため1週間入院してもらうよ」
「先生、結局ボクは何を移植されたんですか?」
「卵巣、子宮、膣、およびその周辺の組織一式。これをセットで移植することが定着率を高めるコツだということは、この分野の医師の間では知られているんだよね」
「それって、ボク、完全に女の子になったということですか」
「そう。冷凍保存しているきみの男性器を素材に使って人工の膣を作ったりしなくても、これでちゃんと本物の女性器が使える。卵巣があるからホルモンの補給も人工的に行う必要はなくなるね。あ、それからプライバシー重視の立場から女性器がドナーから摘出され、移植に回されたこと自体が秘密になっているから、マスコミなどの心配をする必要はありません。ドナーの家族には膣欠損症の女性に移植すると説明しています」
「しかし腎臓や心臓の移植手術は聞いたことあるけど....」
「アメリカに居た時に、私はこの症例は20回以上経験あるよ」
「先生ってそんな名医だったの?」
「失礼ね。ヤブ医者だと思った?」
「いや、少しアバンギャルドな女医さんかな、と」
「うん。私はアバンギャルドでアグレッシブだよ。それは褒め言葉と受け取っとくよ。とにかく、これできみはすっかり女の子になった。それをあなたの心の中で受け入れなさい、覚悟を決めて」
「はい」
ボクは迷いはあったけど、先生の勢いに負けてつい返事をしてしまった。
しかし先生が去るとボクは突然不安になってきた。
「美夏、どうしよう。ここまで女の子化してしまったら、もう男の子に戻れないかも」
「不安がる必要は無いと思うよ。私だってずっと女の子してるんだから、春紀にもちゃんと女の子できるって。実際この1年外見的に女の子を演じ続けられたでしょ?」
「うん」
「私の気持ちは変わらないよ。私は春紀が中身的に男の子であればいいの。だから、安心して完全な女の子になった自分の身体を受け入れなさい」
「ありがとう。あ、何だか美夏の言葉で安心したら眠くなってきた」
「まだ麻酔が残っているんだよ。寝るといいよ。明日も私来るから」
ボクは美夏に手を握ってもらいながら眠った。
//美夏は春紀が眠ったあと、そっとその手を布団の中に戻し、一人で病院を出た。そして帰りのバスに乗って座席に腰を落としてから「ちょっと私も参ったな」と珍しく弱音を吐いた。//
ボクは翌日の朝、思い直して美夏に来るには及ばないと電話した。女子高生にとって産婦人科というのは、そう毎日毎日くるのには人の目を気にする必要がある場所だ。その代わり、退院したら充分埋め合わせしようと誓い合った。
その代わり、買っていた問題集の内英語のと辞書を母に頼んで病室に持ってきてもらい、ボクはベッドの上で英語の長文問題を解いていた。雑音が極端に少ない環境で、ボクは時々見に来る看護婦さんに声を掛けられてもすぐには気づかないくらい集中していた。美夏に言われた通り、出題者の意図を考えて解答を書くようにしたら、ほとんど全て正解で、ボクはびっくりした。
手術から5日目に包帯が取れた。先生はボクの股間に鏡を置き、ボクの割目を手で押し広げながら説明した。「おしっこが出てくる場所は今まで通り、ここは何もいじってない。でもその奥、ここに穴が出来ているでしょ」「これが膣なんですね」「そうよ。その奥には子宮があり、その奥には卵巣がある。男の子の性器は露出部分が多いけど、女の子の性器はほとんどが身体の中に隠れている。それはそこで子供を育てなきゃいけないからだけどね」
「ボクも子供を産めるんですか」
「男の子とHすれば産むことになるよ。多分移植のショックで1〜2ヶ月は充分な機能をしないかも知れないけど、身体が落ち着いてくれば月経が始まって、赤ちゃんを産める態勢ができる」
「すごい」
「女性器の移植はね、成人になってから行った場合は、それまでの女性ホルモン不足で骨盤が充分に発達してなくて、妊娠は困難な場合が多いんだけど、あんたくらいの年齢までに移植した場合は多分3年もしたら妊娠可能なくらいに発達してくれるよ。だから、妊娠する場合は20歳すぎにしたほうがいい。男の子と結婚する場合も、20歳以降ということで考えておくんだね」
ボクは、そこで男の子とは結婚しません、ボクは美夏と結婚するからと言おうとしたが、なぜか自分でその言葉を呑み込んでしまった。
その晩、ボクは夢を見た。ボクの身体の中に何か赤いタネのようなものがある。それがじわっと体中に赤い汁を出し始めた。ボクはその汁に身体がさらされるのが心地よくて、しずかにその広がっていく状態を受け入れた。赤いタネのようなものが脈動を始めた感じがした。その存在をボクはまるで懐かしいものであるかのように認めてあげた。
手術して7日目。生化学的な検査が行われて、ボクに移植された卵巣が確かに女性ホルモンを生み出していることが確認された。先生が「女の子になったことを心で受け入れなさい」と言った意味が分かるような気がした。ゴールデンウィークにもう一度検査すると言われたけど、ボクには、移植された卵巣は、そして子宮や膣も、しっかり自分の一部になったという確信があった。ボクが免疫抑制剤を投与されたのは手術後2日だけだったことを後から知ることになる。
退院したその足でボクは美夏の家を訪れた。美夏のお母さんの前だったのに、美夏はいきなりキスをしてくれた。ボクはとても嬉しくなって、美夏のことが本当に愛おしく思えた。「急な怪我で入院してたんだって、大変だったね」と美夏のお母さんが言う。まさか女の子になる手術を受けましたなんて言えない。美夏のお母さんはボクは単に女装しているだけで、身体は完全な男の子であると思っているんだ。ボクは美夏に対する責任感を取り戻した。
春休みの間、ボクは美夏と毎日相互の家を訪問し合って一緒に勉強をした。美夏の方もかなり本格モードに入っている。この頃からやっとボクらはお互いに教え、教えられる関係になってきた。今まで美夏に教えてもらってばかりだったから、これからは頑張らなきゃ。ボクはそう思って、美夏とわかれた後の夜間にも一緒に勉強した内容を復習して、しっかり頭に定着させた。
2年生の1学期が始まる。ボクらはまたY市に行って美夏の伯母さんの家にやっかいになる。そしてそれぞれの学校に通いだした。美夏は予定通り進学を考えている子ばかり集まっているクラスに入り頑張りだした。さすがに気合いが違うようで、すぐに早朝の補講が始まり、美夏は朝6時頃家を出るようになった。
ボクは2年8組になる。1組が就職コース、2〜5組が文系コースで、6〜8組が理系コース。そして組の番号が高いほど成績の良い生徒が集まっている。正規の授業では使う教科書こそ同じだが、授業の進行速度が違い、また副教材が違う。西川さんも無事8組に入っていた。このクラスは理系で元々男子が多い上に、一番上のクラスで更に男子の比率が高い。女子はボクと西川さんの他あと2人、山中さんと青木さんだけだった。しかしお陰で、ボクら女子組はいたって待遇が良かった。
座席を決める時も男子は抽選だったが、ボクらは自由に席を選べたので、前の方に2席ずつ2列をリザーブした。ボクは裸眼で1.5あるが、西川さんは0.1でコンタクトを入れているし、青木さんは眼鏡を掛けている。山中さんは眼鏡こそ掛けていないが視力0.7ということで前の列が黒板の字が見えやすくて助かるのだ。当然席順は、前に西川さんと青木さんが並び、その後ろにボクと山中さんが並ぶ形になっていた。女の子4人まとまっていると色々と便利なことも多いのである。
クラスの色々な雑用は全部男子たちが引き受けてくれた。ボクらは黒板拭きも、掃除もする必要がなく、お姫様のような学園ライフを送ることができた。
その中でボクは相変わらず集中して勉強を続けていた。5月の中間試験は23位で、そろそろ「上が見えてきた」という感じ。6月の実力試験では9位になり、初めて一桁代の順位が出た。7月の期末試験は12位。ボクが半ばどうでもいいという感じで書いた志望学部、東大の理3にはまだ少しきついが、この付近をキープしていれば東大の理1くらいには通る確率が7割程度はあると思われる順位だ。先生にも最近解答がとみに正確になってきていると褒められていた。またもうひとつの課題だった設問を解くスピードの方も、かなりのものになってきていた。数学などでは制限時間の5分くらい前に全部解答が終わり、全体を見直して勘違いの修正などができるようになってきた。これでまた解答精度が上がった。
それは突然来た。5月末、下宿で美夏と一緒に練習問題を解いていた時だった。「お腹が痛い」そんな感じがして、次の瞬間何かが流れ出すような感覚があった。実は数日前からちょっとお腹が痛い気はしていたのだが、寝冷えかなと思って、少し厚着して寝るようにしていただけだった。ボクの様子を見た美夏はびっくりしたように部屋を飛び出していったかと思うと、すぐにティッシュと何か知らないものを持って戻ってきた。
「始まったんだよ」
そう、それは生理だった。ボクにとっては、それが初潮だった。ボクはどうしていいか分からずオロオロしていたが、美夏がきれいにふき取りそれから、そこに小さいビニール袋から取り出した厚みのあるものを当ててくれた。
「これ何?」
「ナプキンよ。女の子の必需品」
「生理の血をそれに吸収させるんだ」
「そう。使い方分かる?」
ボクは首を振る。美夏はもうひとつパッケージを破ると詳しく説明してくれた。
「ショーツ、ひとつ借りるよ」
と言って、勝手にボクのタンスから一枚取り出す。
「この粘着性のある方。これをショーツに付けるの」
「あ、肌じゃなくてショーツに付けるの?」
「肌に粘着したら痛いじゃない」
「そうか。でもそれでずれない?」
「ショーツがずれなきゃね。夜用とかは幅も広くて吸収できる量も多くなっているよ」
「そうか、卵巣があるということは、生理があるんだよね」
「当たり前じゃない。春紀はもう女の子なんだから」
「うん」
「今日は私のを幾つか貸してあげるから、明日一緒に買いに行こう。それで自分の気に入ったものを用意しておくといいよ」
「うん。これ毎月来るの?」
「私は最近規則的に来るようになったよ」
そうだ。美夏は以前生理不順ぎみでその治療薬を間違ってボクが飲んだのが、ボクの女性ホルモン初体験だった。
「でも春紀はこれが最初だからね。必ずしも規則的に来るとは限らないかもよ」
「毎日女性ホルモンを飲む苦労からは開放されたけど、代わりに月に一度これがあるんだね」
「うん。閉経するまではね」
「閉経?」
「女はだいたい40代か50代になると、生理が終わってしまうんだよ。それが閉経。それ以上の年齢で子供産むのは危険だから、もう身体がそのサイクルを止めてしまうんだよね」
「そうなると女性ホルモンも止まるの?」
「止まりはしないけどやや弱くなる。それで、バランスを崩して体調不良になる人もあるんだよ」
「そうか。それが更年期障害というやつ?」
「そう。春紀も30年後には悩むことになるね」
「美夏も?」
「同い年だから、同じ頃だろうな」
ボクは相変わらずお腹が痛いのだけど、美夏と話をしていると楽な気分になる。美夏も何だか楽しそうな顔をしていた。
美夏は自分の生理が来た日をちゃんとダイアリーに付けておくように言った。ボクは手帳の年間カレンダーの所に赤い○を付けた。ボクの2度目の生理はそれからちょうど28日後に来た。結構規則的に来るもんなんだな、と思ったが3度目は20日後に来てしまってちょっと慌てた。夏休みの直前で学校に出ている時、ちょうど昼休みだったのだが、美夏が
「まだ大丈夫と思っていても必ず最低2個は常に携帯しておくこと」
と言ってくれたので助かった。美夏はシンプルなタイプが好きらしいがボクは羽の付いてるのが面白そうだったのでそれを使っている。
しかし生理用品を携帯し始めてから面白い体験もできた。やはり用意がなかった日に突然来てしまって慌てる子もいるみたいだ。特にボクのクラスは女子が4人しかいないから「ねぇ、春紀あれ持ってない?」などと言われることがあった。最初にこれを体験したのはボク自身にまだ生理が来ていなかった頃だったので何のことか実は分からなかったのだが、2度目に言われた時は、無事貸してあげることができた。男の子達には秘密の行動で、何だか楽しい気がした。
夏休みになるとまた補講だ。美夏の学校は夏休みの補講は無いので、また昨年勤めたファーストフードでバイトをしながら、午後の時間をボクと一緒の勉強時間に当ててくれた。この頃になるとしばしば美夏が分からなくて、ボクの方が先に解けてしまい、逆にこちらが教えるということもよくあるようになった。
補講は今年は夏休みが始まるのと同時に始まった。昨年の大学入試の結果があまり良くなかったため、先生達が燃えている。お盆など無関係に7月24日から8月23日までぶっ通しである。週に6回で日曜だけが休み。朝8時30分から午後1時20分までの4時間50分、50分して10分休みの5回授業である。科目は英数国社理だが、英語はグラマーとリーダー、国語は現国と古文と漢文が適宜散らばっている。社会と理科は歴史・地理・公民、物理・化学・生物の3コースに分けられ、それぞれ希望する科目を受講する方式に2年からはなっていた。ボクは歴史と物理を選択した。物理の問題の多くは数学だけで解けてしまうので、いまや数学に対するアレルギーがほとんどなくなったボクにとっては理科の中で一番易しいのだ。しかし物理を希望する人はさすがに少ないので、ボクらは15人ほどで講義を聴いた。おかげでまた充分に理解することができた。
美夏はバイト先の同僚の女の子・飯島早苗から10日の非番の日、海水浴に行かないかと誘われた。海水浴なんて小学生の時以来行ってない。たまにはいいかなと思ってOKした。直前になって、もう一人その日非番になった前島和宏さんも行くことになった。
3人は電車とバスを乗り継いで、青い海原と白い砂浜のある浜辺にやってきた。「きれい」「遠出してきただけのことあるわね」近所の海水浴場では人を見に行くだけだろうということで、少し辺鄙な場所を選んだのだった。おかげで、これなら泳げそうだ。美夏は水にはいると、久しぶりの水の感覚を確かめるようにゆっくり平泳ぎをし、調子が出てくるとクロールで少し沖まで往復してきた。爽快な気分だ。一休みしよう。美夏はもっぱら肌を焼いている風の早苗のそばに腰を下ろした。「泳がないの?気持ちいいよ、ここ。水がきれいだし」
「うん、実は私カナヅチで...」「あ、そうなの。ごめん。でもひなたぼっこも気持ち良さそう」美夏はあまり日焼けしたくないので日焼け止めを肌に塗る。
前島さんも少し泳いできたようだ。水から上がって「お嬢さん方は泳がないの?」
と言いながら、こちらに来る。美夏はその時なぜそこに視線が行ったのか分からなかった。ドキ。
前島さんの海パンの前が盛り上がっている。つい目をそらしてしまった。遠くの崖の方を見ている振りをする。そうか、あの中に男の子のシンボルが収まっているのか。美夏は「私、もう一度泳いで来ようかな」と言って立ち上がり、前島さんと入れ違いに海に入った。『そういえば私、実物見たこと無いんだよな』とつぶやく。子供の頃のお医者さんごっこでは春紀のを見た、というか触ったり、引っ張ったりして春紀が嫌がっていた。でももう遠い記憶だ。
その日は3時頃になると日差しが強くなってきて、これ以上はきついねと言って引き上げることにした。結局、早苗はずっと浜辺で肌を焼いていたので、今日一日でかなり黒くなっている。美夏と前島さんが交互に泳ぎに行っている感じになった。シャワーを浴びて身体を拭いている最中に美夏は唐突に早苗に聞いた。
「ねぇ、早苗ちゃん、男の子のちんちんってさ、実物見たことある?」
「何、突然」
「どうやったら見れるかな」
「そんなの男の子と寝ればいいじゃん。男の子は喜んで見せたがるよ」
「うーん。ただ見たり触ったりするだけってのはダメ?」
「それは。そこまでされたら当然使われちゃうよ」
「うーん。面倒くさいもんだね」
「そうだ。あそこなら。ただ本当は高校生の女の子が行っちゃいけない所だけど」
美夏はできるだけ大人っぽい服を着て、メイクも少し濃ゆめの色でまとめてみた。眉を細くカットした上でしっかりとペンシルで描く。これだけで年齢が5つは上に見える、と自分では思う。
そして情報誌で調べた場所にドキドキしながら近づいて行った。軍資金に万札を数枚、銀行からおろして来ていた。「ここだ」心臓の鼓動を抑えるようにして、そのピンクのドアを開ける。
「いらっしゃい」とすぐに声が掛かった。「あら、あなた女の子?」とても可愛い顔をした多分18〜19歳かなという感じの女の人が声を掛けてきた。いや女の人じゃない。きっとこの人も.....
「多分、あなた生まれながらの女の子よね」
「あ、はい。生まれた時からおちんちん付いてません」
美夏はかなり開き直って来た。
「あのぉ、お姉さんは本当は男の方なんですか?」
「うふふ。ハッキリ言う子ね。気に入ったわ。私はもう男じゃないの。全部手術しちゃったから。私は真知子。よろしくね」
と言う。やっぱりそうなんだ。信じられない。声だって女の人の声にしか聞こえない。
「今日は、どんなタイプの子と遊びたいの?」
とその真知子さんが訊いた。
「タ、タイプ?」
「おちんちんはあるけどタマは無い子、完全性転換済みの子、まだ両方ある子、それからまだオッパイも無い子」
美夏は反射的に
「オッパイはあって、おちんちんもタマもある人いますか?」
と言った。オッパイも無かったら完全に男の身体だ。そういう人と密室で二人きりになることは、春紀を裏切る行為のような気がしたのだ。オッパイのある人なら、半ば女の人に分類してもいいだろう。
「空いてるわよ。ハルカちゃん!」
やって来たのは真知子さんに負けないくらいきれいな人だ。この人におちんちんやタマが付いてるの?信じられない。
「あの、私プレイとかよく分からなくて。ただ見たり触ったりするだけ、というの構いませんか」
「もちろん、いいわよ。ここは色々な要望の人がいるから」
とそのハルカさんが答える。
「えっと、料金は今払えばいいんですか」
「後でもいいけど今でもいいわ。ところであなた高校生くらいじゃない」
「あ、それは....」
美夏はヤバイかなと思って口ごもる。
「いいのよ。気づかなかったことにしてあげるから」
と真知子さんが言った。
「学生割引ということで、5000円払ってくれる?」
「あ、はい」
美夏は財布からお金を出して渡す。そしてハルカさんと一緒にひとつの個室に入った。
「あの、ハルカさん、とてもきれいですね」
「ありがとう」
「でも、おちんちんもタマも付いてるんですね」
美夏は次第にこういう言葉を口に出すのが平気になってきている自分に驚いた。
「そうなの。取っちゃうと後戻りできないからまだ決断が出来ないでいるのよね。お金の問題もあるけど」
「手術代って高いんですか?」
「完全に女の子の形にするのには100万円くらい。タマを抜くだけなら30万円くらいね。タマ抜きだけなら簡単な手術だけど、それでも技術のしっかりした所でしてもらわないと、大きな血管が通ってる場所だから」
春紀のお母さんは春紀の身体の手術に幾らかけているんだろう、と美夏は疑問に思った。
「あのぉ、見せてもらっていいですか?」
「もちろん。全部見せてあげる」
ハルカさんは服を全部脱いだ。
ボディラインは完全に女の子体型だ。腰もきれいにくびれている。バストは大きい。Dカップくらいありそうだ。でも股間には普通の女の子の身体に付いていないものがあった。「ちょっと待って。洗うわ」と言ってハルカさんはその付近にシャワーを当て、石鹸で洗っていた。そしてタオルで拭くと「OK。自由に触っていいわよ」と言った。
美夏はおそるおそるそれに触る。意外と小さいものかな、と最初は思ったが、美夏が触り出すと、それは大きくなり始めた。
「あ、ごめん」
「いえ、いいです。反射的なものでしょう?」
美夏は気にせずその大きくなってきた物の握り具合を見たり、少し全体の形を観察したりした。
「小さい時と大きい時で、どのくらい差があるんですか?」
「私のは平均的な男の人のよりは小さいと思うけど、小さい時で3cmくらい、大きくなると14cmくらいだよ」
とハルカさんは答えた。計ってみたことがあるということか。
「4倍以上に変化するんですね。すごいなぁ」
美夏は制限時間いっぱいまで、ひたすら観察をしたり質問をしたりした。
その日、美夏が今日は海水浴に行っているというので、春紀は補講が終わった後、図書館で数時間勉強した後で下校した。その時、校庭では陸上部の人達が砲丸投げの練習をしていた。
「あ、あれ、憧れの春紀ちゃんだ」
順番を待ちながら何気なく校舎の方を見ていた男の子が言った。それは1年の時に春紀にラブレターを渡して見事に振られた子だった。
「先輩の好きな人ですか?」
と後輩の男の子が訊く。
「うん。好きだったけど彼氏がいるんだって」
「じゃ仕方ないですね」
「鶴田春紀って言ってさ、顔も可愛いけど、頭もすごくいいんだぜ。学年の中でも10位以内に入ってるんだから」
「鶴田春紀?」
「ん?何か知ってるの?」
「いや、俺の中学の1年上に鶴田春紀って居て、この高校に学年で一人だけ合格したんですけど、だけど男だったから」
「それは別人だろ。同姓同名だよ。春紀って名前は男も女もあるから」
「でも鶴田春紀という名前自体はそう多くないですよ」
「じゃ何か、あの子は実は男で女装しているとでも言うのか?」
「いや、そんなのバレちゃいますよね。いくらなんでも」
「そうだよ。だって、あの子が男だったら、俺は男を好きになったことになる。俺ホモじゃねえし」
彼は何か考えているようだった。
翌日、美夏は午前中いつもの通りにバイトに出た。早苗は本当によく焼けていた。これで白いアイメイクなどしたら一時期流行ったヤマンバだ。さすがにそんなメイクは店では許されない。「昨日はありがとうね。ちょっと行ってきた」
「行ったの?すごーい。後で色々聞かせてね」「うん」
お盆が近いせいか、お客さんの数が少ない。いつもよりは少しペースを落としていいので、昨日のハードな行程の疲れを取るのにちょうどいい。しかしそれで余計途中で眠くなってきた。美夏はゴミ袋を持って外に出しに行った。袋を所定の場所に置き、ついでにひとつ伸びをして頭の中に新鮮な空気を取り入れる。そして店内に戻ろうとした時、ふと目の端にそれは飛び込んできた。美夏はそれには気づかない振りをして、そのままドアの中に消えた。早苗と前島さんが抱き合ってキスしていたのだ。向こうも夢中で周りのことには気づいていない感じだった。ドアの向こうで美夏は大きく肩で息をした。
「なーんだ。私はタダのダシに使われただけか。あははは」
美夏は首を振ると仕事場に戻った。
そこに店長が声を掛けてきた。
「亀井さん、君は13日から17日までの間は休み無しで良かったんだっけ」
「はい、大丈夫です」
「いや、どうもお盆の間の人手が足りない感じでね。君の友達でその間だけでも臨時に入れるような女の子っていないかな。経験無くてもいいんだけど。ただできればスタイルはいい方がいい。あまり太った子だと制服の合うのが無いから」
美夏は瞬間的に春紀のことを考えた。さっき前島と早苗のラブシーンを見て急に春紀のことが恋しくなってしまったのもあったかも知れない。
「ちょっと心当たりあります。今日上がった後で訊いてみます」
と答えた。
「え?バイト?ボクが?」
春紀はちょっと戸惑った。
「うーん、うちの高校はバイト禁止なんだけど」
「13日から17日まで5日間だけでいいのよ。それくらいならバレないでしょ」
「でも補講が」
「その後で構わないと思うよ。特に午後3時頃から夕方7時くらいまでが混むから、その間の人手があると助かるのよね。お勉強はその後で一緒にやろうよ」
「うーん、そうだなぁ」
「うちの制服可愛いよ。春紀も可愛い服着るの好きでしょ?男に戻ったら、こんなの経験できないからさ。女の子している内に一度してみようよ」
「それも面白い気がするな」
春紀は簡単に落ちた。
昨日が一緒に勉強できなかったので今日は2日分したら、終わったのがもう夜の12時近くだった。遅い時間まで居間を使うのは伯母さんに悪いので今日は途中から美夏の部屋でしていた。春紀が美夏の額にキスをして自分の部屋に戻ろうとした時、美夏は言った。
「ねぇ、今日はHしようよ」
春紀はびっくりした。
「今日はまだ金曜日だよ」
「いいじゃん。今週は今日したいんだもん」
「仕方ないな」
と春紀は言っているが嬉しそうだ。美夏に近づいて抱きしめて、唇にキスをした。
「ねえ、裸になって」
「うん」
春紀は嬉しそうに服を全部脱ぎヌードを美夏に見せた。こういう反応の仕方は男の子だよな、多分。と美夏は思った。しかしそのヌードは昨日見たハルカさんのとは全然違う。
ハルカさんも女の子体型だと思ったが、春紀の身体を今見るとハルカさんはやはり男っぽかったんだなと思った。ボディラインのきれいさとバランスが違う。バストはハルカさんよりは小さい。今春紀はCカップを付けている。しかし股間には何も無い。いや、無いどころかそこには本当に女の子の印があることを美夏は知っている。
「触っていいよね」と言って美夏はその股間に手を触れた。本当はここにはちんちんがある筈なんだ。ハルカさんにあったように。そしてそれを海パンに収めたら前島さんみたいに盛り上がるんだ。そう思った瞬間、前島さんと早苗のキスシーンが網膜によみがえった。不快だ。美夏は急にイライラして春紀に当たった。
「どうして春紀おちんちん取っちゃったのよ。遊べないじゃない」
「ごめん」
「本当に男の子に戻ってくれるの」
「もちろんだよ。高校卒業したらちゃんと手術してもらうから」
「こんなもの付けちゃってさ」
美夏は春紀の割目の中に指を入れると、その奥に指を進めた。穴にぶつかってハッとする。
美夏は引き出しの中から、いつかの鉛筆型消しゴムを取り出した。コンドームを1枚取り出してかぶせる。
「そこに入れさせて」
「また?しばらくしなかったから飽きてくれたかと思ってたのに」
と春紀は頭を掻きながら言う。しかし抵抗することもなく、ベッドの上に横たわって膝をまげた。
「違うの。今日は前に入れたい」
「え?」
「だって、こっちの穴に入れるのが本来でしょう」
「ちょっと待ってよ。ボクの処女を奪っちゃうの?」
「私に奪われるのは嫌?」
「いや、美夏にだったら構わない。でも消しゴムで?」
「私が春紀のおちんちんもらってくっつけて、それで春紀とセックスすればいいの?」
「いや、そんなことない。その消しゴムで構わないよ」
「素直でよろしい」
美夏は慎重にその場所を開き、ゆっくりとインサートした。
「どう?感じは?」
「よく分からない。でも初めてなのに、あちらの時よりスムーズに入っちゃった」
「それは、本来ここは物を出し入れするようにできている所だからね」
「出し入れって?」
「おちんちんを入れて、赤ちゃんを出すのよ」
「え?赤ちゃんってここから出てくるの?」
「他にどこから出てくるというの?」
「あ、そうか。ここが子宮とつながってるんだもんな。でもこんな小さな所からよく出てくるな。すごい。あ、ボク今日のこれで妊娠しちゃったらどうしよう?」
春紀は相変わらず性に関する知識が怪しい。美夏はつい吹き出したくなったがまじめに答えてあげた。
「大丈夫よ。ちゃんとコンドーム付けてるんだから」
「あ、そうか。だったら安心だよね」
美夏はサービスで出し入れしたり中で回したりしてあげた。春紀は何だかとても気持ちよさそうにしている。私がこの人の女の部分の開発を益々しているのかも知れないなと美夏は思った。しかし春紀が気持ち良さそうにしているのを見て自分も満たされてくる感じがした。やがて抜いたが春紀は眠ってしまいそうだ。美夏はそっと部屋を出て、春紀の部屋に入り、そこのベッドで睡眠を取った。
翌々日。補講が終わった後、春紀は町に出て美夏が勤めているファーストフードに向かった。うまい具合に美夏が店内でテーブルの掃除をして回っていた。
「ハロー、美夏、来たよ」
美夏は春紀を店長さんの所に連れて行った。店長は即OKを出してくれる。女子更衣室に連れて行き、Mサイズの制服を取り出して春紀に着るように行った。春紀の体型は美夏とほとんど変わらない。自分が着ているサイズで大丈夫と判断できた。
春紀はこういう店で働くのは初めてだったが、お客としては何度も入ったことがあるので、何となく何をすればいいかは見当が付いた。まずは店内の掃除をして周り、ゴミ出しをし、また番号札を持って待っているお客様の所に商品を届けたりした。4時すぎになると少し店内が空いてくる。そこでレジでの挨拶がすぐに覚えられるかチーフに試された。大丈夫と判断してもらえてテスト的に30分ほどレジ打ちをした。美夏は春紀が要領よく覚えていくので感心し、またこんな彼を持っているというのは自分は幸せ者かもと思った。その時前島の姿が見えた。美夏はまた急に不快な気分がした。
春紀のバイトは無難に終了した。心配はしていなかったが学校関係者に見とがめられたりすることもなかったようであった。補講の方も快調に授業内容を春紀は吸収していた。美夏も一緒にレベルを上げていた。
やがて夏休みが終わり、2学期が始まる。補講の最後に行われた実力テストでは春紀は500点満点の492点で受講者中1位だった。しかし同じ問題を美夏にさせたら、美夏は496点をマークした。「美夏、ひょっとして東大にも通るかもよ。ボクと一緒に受けない?」「でも二人とも一緒に進学すると結婚が先延ばしになっちゃう。私はやっぱり4年後に受験するよ」美夏は少し複雑な感情が混じるのを抑えながら答えた。
2学期が始まって3日目、春紀は担任の酒井先生から進路相談室に来るよう呼び出しを受けた。今頃何か相談をしなければならないような心当たりは無い。何だろうか。まさかバイトのことがばれた?春紀は少しビクビクしながら、職員室の向いにある進路相談室に入った。
酒井先生は何か難しそうな顔をしていた。
「済まないね。こんな所に呼び出して」
と先生は話を切りだしにくそうにしている。
「ものすごく唐突なことを訊くんだけど」
「はい」
「君って、男の子だってことはないよね」
春紀はバイトの件ではなかっので、ほっとして、ついでに吹き出してしまった。しかしその反応が先生には良い方向に映ったようだった。
「えー、冗談がきついですよ、先生。ボクが女の子に見えますか?ボクはこの通り男の子ですよ」
そう春紀は楽しそうに言うと、その場でくるっと回ってみせた。今日は短いフレアスカートを履いている。それが浮いて長い足が顕わになり、ほとんど下着が見えかかった。酒井先生は慌てて目を下に落とした。
「あ、いや変なこと聞いて済まなかった」
思わぬ反射をしてしまったことを隠すかのように腕を足の上で組み、春紀に帰っていいと告げた。春紀が出ていくと先生はブツブツとつぶやいた。
「あんな(可愛い)子が男なわけ、ないじゃないか。急に成績が上がってきているから、そのあおりで順位が下がった誰かから嫌がらせを受けたんだな。可哀想に」
そう言って彼は机の引き出しの中に置いていた便箋を取り出すと部屋に備え付けのシュレッダーに掛けてしまった。その便箋に太い油性マジックで「2年8組の鶴田春紀は男です。調べて下さい」という文章が書かれていたことを春紀は知る由も無かった。
春紀の成績は2学期・3学期も安定したまま少しずつ上昇して行った。10月の中間試験は8位。実力試験以外の定期試験で初めて出た1桁代だった。担任は今のままなら本当に理3に通るだろう。頑張れと春紀に言った。
春紀は嬉しくなってその日帰ってからそれを美夏に言った。すると美夏は難しい顔をして、春紀に問い直した。
「まさか、春紀、本当に東大の理3を受けるの?」
「うん、今のままなら受けてもいいなと思ってる」
「ちょっと待ってよ。だったら、私は春紀が卒業するまで6年も待たないといけないの?」
「え?6年て何?ボク留年したりしないよ。ちゃんと4年で卒業できるって」
「春紀、本当に自分がしようとしていること分かってるの?理3って何するところか知ってる?」
「え、理科系の第三類だろう」
「だから、何になるコースよ?」
「知らない」
「知らないで受けるつもりだったの。春紀一体、何考えてるのよ」
美夏は本当に怒った。今までは春紀の常識の無さを微笑ましくも思っていた。でもその時突然美夏の限界点を越えてしまった。
「御免。美夏」
春紀もさすがにこれはまずい事態だということに気づいた。
「ボク本当に理科3類って何する所か知らなかった。お願い教えて」
美夏は呆れながらも、今こんなに感情を爆発させてはいけないと思い直しながら、できるだけ冷静に返事をした。
「あのね、理3というのはお医者さんになるコースだよ。どこの大学でも、お医者さんコースというのは修業年限が6年なの」
「そうだったのか。ごめんボク知らなかった。ボク美夏をそんなに待たせたりしないよ。4年で卒業できる所に変える」
春紀は真剣な顔で美夏に言った。美夏はそれ以上その場にいると自分がとんでもないことを言ってしまいそうな気がして、自分の部屋に駆け込むと鍵を掛けてしまった。春紀が何度かノックをしたが無視した。
翌日。その日春紀は何だか授業が終わってからすぐ帰るのがおっくうな気がして、視聴覚室で資料ビデオを見て、それから帰った。いつもはすぐ帰るので校庭にクラブの人達がまだ出ていないのだが、その日はもう各クラブが練習を始めていた。
春紀が帰る姿を認めた1年生の男の子が先輩に言った。
「あ、春紀さんですね」
「あぁ、やっぱり可愛いよな。俺あの子のこと好きだよ。彼氏がいるとしても」
「例の彼女が男かもという件はどうなったんですか」
「馬鹿、男なわけないだろう」
「でも女みたいに可愛い男ってのも時々いますよ」
彼はしばらく考えていたがやがて口を開いた
「ここだけの話だぞ。俺さ、お前が春紀ちゃんが男かもなんて言うからさ、匿名の手紙出したんだよ、学校に」
「え?」
「鶴田春紀は男です。調べて下さい、ってさ」
「凄い、先輩。で調べられたんですか?春紀さん」
「と、思う。本当だったら前代未聞のことだからさ」
「で、どうだったんです」
「知らない。しかし、春紀ちゃんの様子は全然変わらないし、調べたらやはり女の子だったんだと思う」
「そうか。じゃ、俺の学校の1年上の鶴田春紀とは別人ですか」
「そうだよ。ここに合格したからといって、ここに入学したとは限らないだろう。他の学校に行ったかも知れないじゃんか」
「あ、そうか。きっとそうなんだろうな」
1年生は納得したようだった。
春紀が下宿に帰ると、美夏は外出していた。伯母さんに訊くと、ノートが切れたので買いに行ったということだった。春紀はやはり美夏に早く会いたいという気がしてきた。「済みません。ボクも出てきます」と言うと、飛び出して、美夏がいつも行っている文具屋さんに行ってみようと町に出るバスに乗った。
しかしその文具屋さんに行っても美夏はつかまらなかった。行き違いになったかな。でもついでにあちらのファンシーショップに行ったかも。美夏が行きそうな店は、何度も一緒に歩いているだけにたくさん心当たりがある。春紀はそういう所を何カ所も回ったが、やはり美夏は見つからなかった。春紀はとうとう諦めて、戻ろうとしたがそこに急に雨が降ってきた。春紀は急いで近くの店ののきさきに飛び込んだが、雨はなかなかやみそうになかった。「参ったな。濡れてもいいからバス停まで走るかな。でもバス停の所は雨をよけられるような場所無いんだよな。バスは20分に1本だし」春紀は本当に困っていた。
「君、傘が無いの?」
誰か大きなこうもり傘を手に持った男の人が声を掛けた。
「あ、君はこないだバイトに来た子だね」
春紀は急いで自分の記憶のページをめくって、その人が夏休みにバイト先にいた前島さんという人だということを思い出した。
「前島さん、でしたっけ」
「凄い。ほんの数日いただけなのに覚えていてくれたんだ。君は確か春紀ちゃんだろう?」
「あ、はい」
「僕は美人は記憶に残るんだよ」
男性に興味は無いが、こんなこと言われるのは悪い気がしない。
「傘無いの?」
「ええ。急に降ってきたんで、どうしようと思ってた所です。でも大丈夫です。バス停まで走っていきますから」
春紀はあまり男性と長時間話しているのが辛い気がして逃げ出そうと思い始めていた。
「それじゃ濡れちゃうよ。じゃバス停まで僕の傘に入って行かない?これ広いから。僕は今日暇だから、バスが来るまで一緒にいてあげるよ」
ここまで言われてしまうと、断るのも悪い気がした。あまり悪い印象を与えると、仕事仲間である美夏の印象まで悪くなるかも知れない、と余計な所まで気を回してしまった。結局前島の傘に入ってバス停まで行った。基本的には春紀としては男同士のつもりなので、男性の傘に入ることには抵抗がない。しかしこれが女の子としては少し無防備すぎるという所には考えが至らなかった。バス停まで行くと、バスはすぐ来たので、春紀はお礼を言ってバスに乗った。
美夏はノートを買いに町に出たものの、いつも行っていた文房具屋さんで気にいったのが見つからず、結局ずいぶんあちこちの店をハシゴしてしまった。結局あまり入ったことのない店で、必ずしも気に入らないノートを少し高い値段で買ってしまい、物足りないものを感じながら帰ろうとした所で雨が降ってきた。美夏は近くの店で500円のビニール傘を買う。そしてバス停の方に向かっていたら、あと50mという感じの所で目的のバスが来てしまった。
「あぁん、もう今から走っても間に合わないや。今日は何だか運が悪いのかな」
美夏はブツブツいいながら、それでもバス停の方に足を進める。その時、バス停の所で相合い傘をしている男女が美夏の目の分解能にひっかかった。女の子の方だけがバスに乗り、バイバイしている。その女の子が春紀だということに気づいて、美夏はその場で呆然と立ち尽くしてしまった。そして、バスが発車したあと、こちらを向いた傘を持った男性の方が前島であることを知ると、かつてないほどの怒りがこみ上げてきた。それはなぜ自分が怒っているのかも分からないような怒りだった。
このまま、あの男殴ってやろうかと思って大きく肩で息をしながら立ち止まっていると、その前島が美夏の方に近づいてきた。
「あれ、美夏ちゃんじゃない?」
と前島が言った。美夏は何と言ってやろうかと思ったが、言葉がうまく出てこない。
「奇遇だね」
前島はそう声を掛けたが、美夏が何か思い詰めたような顔をしているのを見てこのまま放っておくのは良くないかも知れないと思った。そこで
「ね、君。どこかで少しお茶でも飲まない?」
と声を掛ける。その瞬間、美夏の頭の中に良くない考えが浮かんでしまった。
その日、美夏が下宿に戻ったのは随分遅い時間だった。伯母さんが
「遅くなるんだったら電話くらいしなさい」
と注意するが、美夏は空返事ぎみの返事をして部屋に引きこもってしまった。ボクが美夏の部屋をノックしたが美夏は出てこなかった。
翌日、ボクが起きると美夏がもういない。
「あれ、もう美夏ちゃんの補講始まったんでしたっけ」
とボクが訊くが伯母さんも
「よく分からないのよ。あの子今朝は私と一言も口を聞かずにさっさとカバン持って出ていったの。あの子が帰ったら、春紀ちゃん、ちょっと様子みてあげてくれない?」
と心配するように言った。
しかしその日も美夏は帰ってくるなり自分の部屋に閉じ籠もり、出てこなかった。ボクは鍵がかかっていないことに気づき、思い切ってドアを開けてみた。すると次の瞬間、枕が飛んできた。
「勝手に女の子の部屋に入るな!」
美夏は凄い形相でそうボクに叫んだ。
土曜日。ボクが帰ると美夏がいない。伯母さんによると学校からは帰って来たがすぐに出かけてしまったという。ボクは本当に美夏を心配した。「心当たりを探してみます」ボクはそういうと、自分が知っている範囲の美夏の友人に次から次へと電話してみた。しかし誰も美夏の居場所を知らなかった。
困り果てていた時に急に先日偶然町で会った前島さんのことを思い出した。前島さんの番号は分からないが、あの店の番号は分かる。ボクはそこに掛けてみた。電話に出たのは早苗さんだった。自分が知っている人が出たのでほっとしてボクは自分の名前を名乗り、美夏を見なかったかということと、もし前島さんがいたら、そちらにも訊いてもらえないかと尋ねてみた。
すると早苗さんは何かしばらく考えていたようだったが
「かけ直すから、そこの番号を教えて」
と言う。電話はすぐに掛かってきた。
その頃、美夏は露出度の高い服装と濃いメイクをして、ホテルのスカイラウンジにいた。「きみ未成年だよね」「気にする必要ないわ」妖しげな微笑みを浮かべた美夏はカクテルのグラスに口を付けながら答えた。
「正直、君がこんなに積極的な子だとは思わなかったよ」前島はまさに本音でそう言っていた。「あなた程ではないわ」と美夏は言う。
前島は思っていた。こないだの雨の日、いきなりキスされたのには驚いた。今時の高校生なんて、こんなに遊び好きなんだろうか。その後は毎晩のデートだ。昨日など別れ際にこの子は自分から抱きついてきた。おもわず車の中でそのまま押し倒してしまったが、こんな場所では嫌だといって、一流ホテルのダブルルームを要求されてしまった。ひょっとして援助交際目的かとも思い、お小遣いをあげようとしたら拒否された。自分が好きでやっているからお金はいらないよと言われた。ただ「経験」がしてみたいのかも知れない。
早苗には少し飽きて来ていた所だった。これを機会に乗りかえてしまうのも面白いかも知れないという気がした。ただ早苗なら1年以内程度に結婚可能だが、この子の場合はまだ結婚するつもりはないだろう。しかし自分ももうしばらく遊んでいてもいいのかも知れない。しかし海水浴で見た時は、自分と早苗が浜辺で愛の営みをしているのにも気づいてない風で、泳いでばかりいた。恋などとはまだ無縁の若い子かと思ったが、案外進んでいるのだろうか。今の子はよく分からない。
美夏がカクテルの最後の一滴を飲み干すのを見て前島は切り出した。「じゃ、そろそろ行こうか」美夏はハンドバックを持って立ち上がった。支払いを済ませ美夏の腰のところを抱くようにしてエレベータの方に行く。ボタンを押してから表示を見ると、左側のゴンドラが上がってきている最中だ。これが来るだろう。そう思って、美夏をそちらにエスコートする。
やがて階数表示が最上階50階まで来てドアが開いた。
【受験生に****は不要!!・転】転換させちゃえ!?