【私の二重生活】(上)

目次
 
人気デュオのライブ、セカンドアンコールの曲の最後の音が、フェルマータで伸ばされ、やがて小さくなって消えていく。ホールが静寂を取り戻した次の瞬間、その静寂は割れるような拍手によって破られる。
 
ふたりが手をつないでステージの前面に立ち、お辞儀をする。会場をいっぱいにした観衆から惜しみない拍手と歓声が掛かる。
 
しかしその時点で、私たちスタッフはもう戦争のような忙しさで後片付けを既に開始していた。
 
運び出してよい荷物は全部既に車に積んである。バイトの子たちにイベンターの担当者が指示を出している。幕が下りる。客電が点いて、締めのアナウンスがされる。それと同時にセットを解体するスタッフがステージに飛び出して行く。
私は2時間近く歌っていたふたりに「お疲れ様でした」とねぎらいの言葉を掛けて、飲み物を渡した。
 
男性のアーティストなら、ビールなどを要求する人が多いのだが、今回のツアーをしているのはステラジオという女性のデュオなので、オレンジジュースである。
8月下旬の東北はもう夜になるとかなり寒いものの、2時間のパフォーマンスをしたふたりは汗だくだ。冷やしすぎていないオレンジジュースは、水分補給と、身体のほてりを冷ますのと、カロリー補給を兼ねている。リードボーカルのホシは結構カロリーを気にしていて、ふだんはブラックコーヒーやウーロン茶などノンカロリーの飲み物を好むのだが、さすがにライブの直後はカロリー補給が欲しいようである。
 
「美味しい!ノリちゃん、ありがとう」
と一気にそのジュースを飲んだホシが言う。
 
「今日は声が良く出ていたよ」
と私はこの日の感想を言う。
 
「やっぱり? 今日は自分でも調子いい気がしたのよね」
と彼女は答える。
 
「そうそう。ホシが調子いいから私も引きずられて調子良くなった」
と相棒のナミも言う。
 
「ナミちゃんも音程が凄く安定してたよ」
 
と私は彼女も褒めておく。女性デュオとの付き合いかたはなかなかデリケートである。ふたりは最大の親友であると同時に最大の敵(ライバル)でもある。
それでもホシとナミのように歌唱力に明確な差がある場合はまだやりやすい。
ふたりの実力が拮抗しているユニットだと、かなり神経を使う。駆け出しの頃に担当したあの2+2+3人のユニットとか大変だったなあと私は昔のことをふと思い出していた。
 
「ホシ特に高音がほんとに豊かに響いていた」
とマネージャーの舞鶴さんも言う。
 
「そうそう。いつもは自分でもちょっと辛いHigh-Eが今日は何だか余裕で出たんだよね」
とホシ。
「うんうん。『恋の迷い人』のサビのところ。あれ聞いて今日は調子よさそうと思ったよ」
と私。
 
そんなことを言いながら私は彼女たちを裏口に誘導する。舞鶴さん、イベンターの女性と5人で裏口そばに駐めてあるクラウン・マジェスタに乗り込む。イベンターの女性が運転席に座り、私が助手席、そして後ろにアーティスト2人と舞鶴さんが乗って、車は会場を抜け出し、郊外のビストロに向かった。そこで打ち上げを兼ねた食事をしてからホテルに連れていくコースである。それをしている間に会場の方では、セットや機材の片付け、客席の清掃などが大忙しで行われている。
 

「でもノリちゃんの担当になってから、私たち凄く活動がしやすくなった感じ」
とリーダーのホシが言う。
 
「売り上げも上がっているよ。昨年は年間CD売上シングル18000枚、アルバム2400枚、観客動員12000人だったのが、今年は6月までの半年だけで既にシングル48000枚、アルバム7000枚、観客動員40000人。恐らく最終的には昨年の5-6倍になるよ」
とマネージャーの舞鶴さんは自分のスマホを見ながら言う。
 
「お給料も上げてもらえるといいな」
などとナミ。
 
「それだけど、給料契約じゃなくて、マージン契約に切り替えたらどうだろうと社長が言ってたんだよ。ちょっと検討してもらえないかな」
 
「マージンって、つまり売れた分だけもらえるということですか?」
「そうそう。CD売上の1%をふたりで山分け。だから1200円のシングルが5万枚売れたら、容器代を除いて5400万円だから1%の54万円」
 
「それを2人で分ける訳ですか?」
「そうそう。ライブは今の実績なら1公演4万円かな」
「それを2人で?」
「うん」
 
「生活できないんですけど!?」
とホシが苦笑しながら言う。
 
「確かに今の実績では収入は半減する。でも今の10倍売れたら年収2000万円の世界」
「それって、2000万円稼げる状態になってから契約切り替えるの大変ですよね」
「大変なことはないけど、概して揉めがち。今なら会社側も喜んで応じる。でも君たちは今、上り坂だもん。絶対売れるようになるよ」
と舞鶴さん。
 
「今月いっぱいくらい考えさせてください」
「うん。OKOK。ふたりの契約は10月1日更新だから、その時に新しい方式を決めようよ」
 

ビストロのスタッフ更衣室を借りて2人に服を着替えてもらい、それからあらためてサイダーで乾杯して、打ち上げをする。
 
「ノリちゃん、いつもサイダーだよね。お酒飲まなくてもいいの?」
「僕は実はアルコール飲まないんですよ。飲めないことはないんだけど、飲まなくて済むなら飲まない方針」
 
「へー。こういうお仕事している人にしては珍しいですね」
「うん。酒もタバコもやる人が多いよね。この世界」
 
「そういうのもあるのかなあ。なんか前の担当者さんに比べて、垣根を感じなくて、それで結構私たち好きなこと言っている気がして」
 
「いや、それで僕もホシちゃん、ナミちゃんの考え方に沿って営業の政策を立案してるから」
と私は答える。
 
「うん。そのおかげで、今年は伸び伸びと活動できた気がするんですよね。
変な言い方だけど、女性の担当者と話しているみたいに気楽に話せるんですよ」
とホシ。
 
「ああ、僕は昔から女の子の友人の方が多かったから、女性と話し慣れているのかもね」
と私。
 
「それって凄くもてたってこと?」
「逆逆。安全パイと見られていた感じ。だから、好きな男の子にラブレターを渡す役とか、随分してあげたよ」
 
「なんかそれって、辛くないですか?」
「友だちの女の子から頼まれるのは普通に平気。こちらも友だちとしか思ってないから」
 
「もしかしてホモですか?」
「うーん。むしろアセクシュアルかもという気はする。僕ってあまり性欲無いんですよ。誰かを好きになったこともないし」
「へー!」
 
「大学生の頃は随分女子会に参加してましたよ」
「ほほぉ」
「僕自身、男子の友人とお酒飲みながら猥談とかするより、女子の友人たちと甘いものでも食べながら、ファッションのこととか、ジャニーズの子の品定めとか話す方が楽しかったし」
 
「あ、ノリちゃんって、ジャニーズJrの子の名前、ほぼ把握してますよね?」
「ほぼじゃないけど、目立つような子はだいたい分かるかな」
 
「でも女子会に出てたら、女子もけっこうHな話するでしょ?」
「するけど男子たちがする話ほどどぎつくないから、僕はそちらの方が気楽」
 
するとナミが少し考えるようにして言った。
「ノリちゃんって、ホモじゃないんだったら、もしかして、女の子になりたい男の子ということは?」
 
「中学の頃、そんなこと言われてセーラー服を着せられたことあるけど、二度と着せられなかったから、たぶんその傾向は無いのではないかと」
と私は笑いながら言っておいた。
 
「へー。ノリちゃん、女装させたら似合うような気もするのに」
 

ツアーは金土日に大きな都市を回る形で3週間で全国9箇所を回った。そして最終日の東京公演では、3200人収容の東京スターホールでほぼ満員という快挙を成し遂げ終了した。私はこの子たちは絶対売れると確信した。
 
最後の打ち上げを日曜日の夜12時近くまでやってからホテルには1時近くになって入った。東京なので自宅に戻ってもいいのだが、この時間に自宅まで戻ろうとしたらタクシー代が高額になるので、ホテルに泊まっていいことになっている。
この分までちゃんと出張費で落とせる。
 
私はホテルの部屋に入ると、とりあえず服を全部脱いで全裸になった。バッグの内ポケットから2種類の錠剤シートを取り出すと、3錠ずつ飲んでたっぷりの水で喉に流し込む。
 
それからベッドに横になり、足を曲げて自然に広げる。旅行バッグに入れたピンクの化粧ポーチを取り出す。その中から鉛筆型の消しゴムを取り出す。直径1.5cmほどもある太いタイプだ。ポーチの中に入れている花柄の生理用品入れの中から1枚避妊具を取りだし、その消しゴムにかぶせる。この時、避妊具の♂マークの付いている側を消しゴムにかぶせるので外側は♀マークの付いていた側になる。ドキドキしながら、それでしばらく遊ぶ。自分は♀側に居るんだということを意識すると心臓の鼓動が速くなりその音が耳に響く。
 
たぶん10分近くやっているうちに到達したような気分になる。そこで今度は自分のお股の前の方にある敏感な器官を指で押さえ、ぐるぐると回転させる。
 
男の子的にフィニッシュさせる場合に比べて、女の子としてフィニッシュさせるのには物凄く時間がかかる。かなり長時間やっていたものの逝くことができず、私はピンクローターを取りだした。当ててスイッチを入れる。
 
凄く気持ちいい。こういう快感って男の子は知らない快感だよなと思う。かなり長時間やっているが、これで逝けないことは知っている。
 
かなりその高揚感を味わった上で、ローターを停め、また指で刺激する。かなりの時間を掛けて、やっと逝くことができた。VモードからCモードに切り替えてから多分20分くらい。最初からだと30分くらい掛けて、ここまで到達する。自然に眠くなるので、そのまま軽く睡眠する。
 

30分くらい寝たようだ。私はベッドから出るとシャワールームに行き、ゆっくりと熱いシャワーを浴びた。足にせっけんを付けて、カミソリで剃りむだ毛を全部取り除く。排水を詰まらせないように、剃ったむだ毛はトイレットペーパーに取り、ビニール袋に入れてゴミ箱に捨てるようにしている。
 
髪もきれいに洗って、コンディショナー、トリートメントと掛ける。こういうのをしているだけでもけっこう女性的な気分になれる。
 
お風呂からあがると、今日はレース使いがとってもフェミニンなハイレグのショーツを穿き、おそろいのブラジャーを付けた。スリップを着け持参のスカートを穿き、ポロシャツにトレーナーを着る。部屋の鏡の前で化粧ポーチを取り出して化粧水・乳液を塗った上でファンデーション塗る。今はファンデはコンパクトを使うだけだけど、昔はリキッドを塗った上で更にコンパクトで二重塗りしてたよななどというのも思い出す。「顔のむだ毛の剃り跡」を目立たなくするには二重塗りする必要があったのである。
 
それからアイカラーを塗り、アイライナー・アイブロウを入れる。アイブロウは今日は時間があるので丁寧に毛の1本1本を描いていく。マスカラを付けてビューラーでカールを付ける。それからチークブラシを使ってチークを入れる。最後にお気に入りのエスティローダーの口紅を取り出し、丁寧に唇に塗る。口角にもしっかり塗っておく。
 
部屋の鏡に自分の全身像を映す。
 
うん。いい女だよね! 

私はその後で窓を開けて換気をできる状態にした上で、爪をきれいな形に整え、ピンクのネイルを塗った。本当は少し爪を伸ばしたいのだが、さすがにそれは会社で叱られる。ギター弾くからといって右手の爪を伸ばしたりしたらだめかなぁなどと思ってみるものの、やはり無理だよなあと思い、はぁとため息をつく。
 
取り敢えず今日のレポートを作って送っておかなければならないので、窓を閉め空調を入れてから、女装したまま部屋のテーブルに座り、パソコンを取り出し、Excelで作られた報告書のフォームを呼び出して必要事項を記入していく。
経費なども記入しておく。
 
このままだと足が冷えるので、膝掛けを出して掛けておく。普通の女性だとかえってズボンを穿いてしまうのかも知れないが、私は少しでも長い時間スカートを穿いていたかった。
 
作業が終わったのはもう3時近くである。会社から貸与されている通信端末(AU Wifi-Walker)からネットにつないで送信する。こういう時に、絶対にホテルのLANなどは使ってはいけないことが内規で定められている。日本国内のホテルは多くのところがしっかりしているのではあるが、たまにセキュリティの甘い所があるので、危険を回避するため禁止しているのである。
 
報告書の送信が終わったので、せっかくこういう格好をしているし、お出かけする。女性雑誌の付録でゲットした可愛いトートにお財布とハンカチ・ティッシュだけ入れ、部屋の鍵を持っていることを確認して外に出る。
 
エレベータで1階まで降りて、フロントの前をドキドキして通過する。
 
「行ってらっしゃいませ」
というフロントの声に会釈して外に出る。右手50mほど先にコンビニの看板が見えるので、そこまで歩いて行く。でもスカートで歩く感覚ってすっごくいい! 
中学生の頃まではスカートを穿くだけで興奮してしまっていたよなあと昔のことを思い出していた。中に入ってまずはトイレに入る。男女が左右に分かれているタイプだ。これっていいよなあ。男女共用だとあまり面白くない。私はもちろん赤いマークの付いた方のドアを開け便器に座った。さっき一度出したばかりなのでほとんど出ないけど、無理してちょっとだけ出してトイレットペーパーで拭く。
座ってして、した後を拭く、というだけでも結構女の子気分になれる。
 
トイレを出た後、女性雑誌のコーナーを見る。あ、nonnoの新しい号が出てるじゃん、というのでカゴに入れる。ついでにsweetも少し立ち読みする。
 
水分が欲しいなと思ったので、ウーロン茶を買う。それから衛生用品のコーナーに行き、ちょっとドキドキしながらナプキンの小さいパックを買う。生理があるわけでもないけど、こういうのを買うことで自分の「女としてのアイデンティティ」を追認できる。更に、着替えは充分持って来ているので必要ないのだけど女性用ショーツを1枚、パンティ・ストッキングも1足買う。女性用のハンカチも1個買っちゃう。更にお化粧品のコーナーで、少し迷ったあげくパープル系のアイカラーを買った。今持っているのがブルー系とグリーン系なのでパープルも一度試してみようかなと思った。
 
会計をする。レジの人が20代女性の客層ボタンを押すのを見た。この「コンビニチェック」って、けっこう自分の精神を左右するよなと思う。疲れが溜まっているような時は、完璧に女装しているのに男の方を押されてしまうこともある。それをされると結構落ち込む。やはり女をするには体調を整えることも大事だよなと日々思う。
 

ホテルに戻ってから、ショーツを取り出して眺めていると、それだけで気分が高揚する思いだ。最初、高校を出て大学生になってすぐの頃、ショーツ1枚買うのにも、物凄く勇気が必要だったよな、というのを思い出していた。取り敢えず今は買うのにそんなに勇気は必要無くなった。女子トイレに入るのもけっこう平気になったしな。
 
ナプキンは生理用品入れにも常備しているのだけど、せっかく買ったので1枚取り出してショーツにセットした。これを付けているだけでもけっこう女の気分が味わえる。また少しHな気分になったので、女装したままベッドに入りスカートをめくってショーツを下げて、あそこに指を当て、ぐりぐりと回転する。
さっき逝ってからあまり時間が経ってないのでさすがに逝けない。
 
でもそれをしている内にいつの間にか眠ってしまっていた。
 

朝目が覚める。もう9時だ! 
お化粧の乱れを整えてからせっかくなので昨夜買ったストッキングを穿いて、1階のロビーに降りて行った。朝食の無料サービスをしているので、ロールパン1個とサラダ、オレンジジュースを取ってテーブルに座り、のんびりとスマホでいつもやっているゲームサイトにアクセスして、軽くプレイしながら朝ご飯を食べた。
 
朝食のサービスは10時までなので、どうもチェックアウト前に食べて行く人が多いようである。荷物を持ったまま入って来て座る人たちが結構居る。その内混んできたので、引き上げようかなと思っていた時、高校生くらいの女の子がやってきて 
「すみません、ここ空いてますか?」
などと訊く。
 
「空いてますよ」
と私が答えると、彼女は座ってそこで御飯を食べ始めた。
 
私はスマホをいじりながらオレンジジュースの残りを飲む。女の子としては男性が座っているテーブルでの相席より、女性が座っているテーブルの相席の方が抵抗無いよなあと思い、私は一応女に分類されているみたいだなというのをまた追認される思いだった。
 

朝食後、ロビーのトイレに入る。もちろん女子トイレの方に入るが列ができていたので最後尾に並んだ。
 
思えば自分が女子トイレを使うようになったのは中学生頃からだけど、当時は恥ずかしくて列に並んでまで使うことはできなかった。列に堂々と並べるようになったのは20歳前後だったかな・・・・。
 
やがて個室が空いたので中に入って、便器をペーパーで拭いた後で座る。おしっこをしてから、またあそこを拭いてショーツとストッキングをあげスカートをきちんと直す。
 
これもまだ慣れてない頃はトイレに入った後、スカートの後ろが乱れていて、通りがかりの女性に注意されて、ギャッと思ったことなどもあった。今はちゃんと裾が乱れていないか確認するところまでが一連の動作になっている。
 

電車に乗って自宅アパートに戻る。
 
「荷物預かってます」
という大家さんのメモが入っているので、ふっとため息をつき、お化粧をいったん落として、スカートもズボンに穿き替えた上で取りに行く。ただし顔の化粧は落としたもののマニキュアはそのままである。
 
「すみませーん。お手数おかけします」
「いえいえ」
と初老の大家さんの奥さんは笑顔で荷物を私に渡してくれた。
 
スカートは穿いていないものの、バストは隠していないし、荷物の宛名は《八雲礼江》様になっている。自分の生態って、この奥さんにはバレてるよなあなどと思いながらも、荷物を持ち帰った。
 
荷物はユーキャンの通信講座のメイクレッスンである。そもそもこんなものを男性が受講するわけないし、その時点で奥さんは何か思ってるかな、などとも思うが、女性向けの通信講座を受講することで、自分のアイデンティティを確認するような思いだ。
 
いっそ会社とか現場にも女の格好で出て行ったらダメかなあ、などとも思うのだが、速攻でクビにされそうな気がする。でも最近、アーティストのツアーに同行して旅をする時は、男物の服は最小限しか持ち歩かないようになった。
下着ももう女物しか使っていない。
 

私が自分の性別に違和感を感じたのはもう物心ついた頃からだったと思う。自分が幼い頃、どんな子だったかについては実は記憶が曖昧だ。父が転勤族だったので、あまり継続して付き合った友人も無かった。それゆえに多くの友人たちは私のことをふつうの男の子だと思っていたと思う。
 
しかし小学1年生の頃、仲の良かった男の子とのことを「お前たち結婚するの?」
とからかわれた記憶があるので、その当時の友人たちは多分私の女性指向を認識していたのだろう。
 
幼い頃、スカートを穿くようにして、バスタオルを腰に巻き付けてみたり、また女の子のパンティを穿くように、ブリーフを後ろ前に穿いたりしていた。女の子のおしっこの仕方ってどうなんだろうと、和式のトイレに後ろ向きにしゃがんでおしっこしてみたりもしていた。
 
でもあの頃は女の子の身体って私には謎だった。
 

いつしか私はひとりで留守番している時に、勝手に母の服を身につけてみたりするようになっていた。それでみんなでお出かけする、などという時に、調子が悪いとかいって、よくひとりだけ残るようにしていた。
 
母のスカートは大きすぎて、そのままだとずれ落ちてしまうので、洗濯ばさみなどで留めて落ちないようにしていた。最初はスカートだけだったが、その内パンティを穿いてみたら、おちんちんを出す穴の無いパンティに男性器の形が盛り上がって見えるのになんだか凄くドキドキした。この盛り上がりが無ければいいのに、などと思って悲しくなった。
 
ブラジャーも付けてみたが母のブラジャーは巨大なのでぶかぶかであった。
 
よくおちんちんを足の間にはさんで「おちんちんの無いお股」を疑似体験してみた。また胸の所にテニスボールを1個ずつ入れて、まるでおっぱいがあるかのようにしたりするのが好きだった。
 
小学4年生の時、テニスボールで《豊胸》した自分を鏡に映して、その自画像を描いてみた。髪は短いのだけど、絵の中では長い髪に改変した。その絵を夏休みの宿題として提出したら、銀賞をもらってしまった。先生は姉か誰かを描いたものと思ったようだが、実は自画像だった。
 

小学5年生の時に思い立って、パンツの前開きを使用しないようになった。
おしっこをする時は、ズボンのファスナーは仕方ないから使うものの、おちんちんをパンツの上から出すようにして、前開きは存在しないものと思うようにしたのである。
 
初めて自分で女物のパンツを買ったのは小学6年の夏だった。スーパーのワゴンに「ショーツ100円」と書かれてたくさん置いてあるのを見て欲しい!と思ったものの、なかなかそのワゴンの傍まで寄って手に取る勇気が無くて、初日は撃沈。
2日目も近くまでは寄ったり、偶然を装って傍を通過するものの、なかなか手に取るところまではいかない。3日目になってやっと手に取ることができたが、なんだか派手なおばちゃんっぽいデザインのばかりで戸惑う。
 
今になって考えたら売れ残りを投げ売りしているものなので、変なデザインのものばかりで当然なのである。
 
それでも私は物凄く勇気を出してLサイズのショーツを2枚手に取った。それでレジの所に行くが、レジのお姉さんに何か言われないだろうかとドキドキした。
お姉さんは無表情で精算をしてくれた。
 

それは初めて自分のものとなった女物の服で、私は天にも昇る思いだったが、それを親に見付からないように隠す必要がある。あれこれ考えたあげく私は、部屋の棚の上に方にある分厚い辞書の箱の中に隠した。辞書本体は実は机の上にいつも置いている。
 
そして夜寝る時にそこからショーツを出して穿いたまま寝ると、女の子になった気分になって、私はつい「おいた」をしてしまっていた。そしておいたをした後は激しい罪悪感にさいなまれる。女の子の服なんか持っているのって、自分は悪いことをしているのではないかと、当時は思っていた。
 
それでしばらく自分に「女の子禁止」を課するのだけど、2ヶ月もすると我慢できなくなって、またそのショーツを穿いてしまう。またひとりで留守番をする機会があったら、やはり母のスカートを穿いてみたり、更にはお化粧をしたりしてみていた。
 

中学に入る時、同級生の女子たちがみんなセーラー服を着ているのを見て羨ましくて仕方がなかった。どうして自分は学生服なんか着なければいけないのだろう。私もセーラー服が着たいのに。
 
私はそう思ってずっと泣いていた。
 
そして中学1年の夏のことだった。
 
当時、私はコーラス部に入っていたのだが、大会に出るのに混声合唱で出るのか女声合唱で出るのか揉めた。
 
大会の出場枠は35人である。但し課題曲と自由曲で最大15人入れ替えることができるので最大で50人まで出すことができる。女子部員は登録されている子が80人ほど、実際に練習に出てきている子だけでも60人ほどいる。一方男子部員は登録されているのも15人ほどで、ちゃんと練習に出てきている子は私を含めてその3分の1ほどの5-6人しか居なかった。
 
当初顧問の先生は混声合唱で出る方針を部員に示していた。
 
その場合、最初課題曲で女子25人・男子10人ほどで出て行き、自由曲で女子の15人を入れ替えるような形になる。つまり2曲歌える女子が10人と1曲だけ歌える女子が30人になる。男子10人の内半数は、必ずしも練習に出てきていない子を使うことになる。そして男子は全員2曲歌える。また熱心に練習に出てきているのに出場できない女子部員が20人ほど出る。学年構成を考えるとその出られない20人の中に今回が最後の大会チャンスになる3年生も数名入る。
 
しかしもし女声合唱で出ることにすれば、20人の女子が2曲歌えて、1曲だけ歌える女子部員が30人ということになる。熱心に練習に出てきているのに出られない女子部員が10名になるが、この人数なら1年生だけで済み、2−3年生はほとんど出られる。しかし男子部員で熱心に出てきている5人が出られない。
 
やはりいちばん問題になったのが、女子で熱心に練習しているのに出られない子が大量に出る一方で、大して出てきていない男子が5名入ることになる問題である。ここに女子の一部から不平が出た。
 
「俺だって出たい」
と主張する男子部員がいる一方で「男子を出せばその分、この暑い中毎日出てきている女子部員で出られない子が増える」
と主張する女子部員も多い。
 
議論はかなり揉めたものの、やがて男子部員の中でリーダー格の子が 
「今回は女子に譲ろう。女を優先してやるのも男の美学」
と言って、それで他の男子も仕方無いかといって渋々了承した。
 
しかしその後で「男子部員でも女子制服を着たら、一緒にステージに立ってもいいかもね」
などと部長の宣代さんが言い出したら 
「お、俺、それでもいいからステージに立ちたい」
などと2年生の河内君が言い出した。
 
「じゃ女子制服を着ても違和感無かったらそれで行こう」
などという意見が出て、その時出てきていた男子5人が代わる代わるセーラー服を着せられることになってしまったのである。
 
特に出たいと言っていた河内君は実際にセーラー服を着せてみると、何とか女に見えないこともない感じだった。
 
「よし、あんたそれでステージに立ちなよ。眉毛とか直前に女の子っぽく整えてあげるからさ」
と言われて「やった!」
と喜んでいた。他の男子は「だめだ。変態にしか見えん」
とか「あんたそれで会場にいたらきっと通報される」
などと言われていた。
 
そして最後に私がセーラー服を着た。
 
するとそれまで大騒ぎになっていた音楽室が一瞬にして静まりかえってしまった。
 
何だか顔を見合わせている女子たちがあちこちに居る。私は、やはり変だったかなと思って、赤くなって俯いてしまった。その時「可愛い!」という声があがって私は更にドキドキした。
 
「ああ、それもう脱いでもいいよ」
と部長の宣代さんが言い、それで私はセーラー服を脱いで学生服に戻したのだが、私が出られるのかどうかについては誰も何も言われなかった。
 

結局、その年、私は指揮者としてこの大会に参加した。河内君は本当にセーラー服を着て課題曲の合唱に参加した。ただし男声がまざると変なので、彼は歌っているかのように口を開けるだけで実際には歌わない。それでもいいなあ、と思いながら、私は学生服を着て指揮棒を持ち、指揮をしていた。
 
その後も文化祭に出たり、市内の中学のクリスマスコンサートなどがある度に男子部員の女装大会(?)は行われたのだが、他の男子はセーラー服を試着させられるのに、私は「ああ、ノリちゃんはいいよ」と言われて私はセーラー服を着させてもらえなかった。
 
私はただ、自分もセーラー服着たいのにと思って、他の男子のセーラー服姿をながめていた。
 

女子トイレに初めて入ったのも中学1年の時だった。思えばあの頃は自分の性別意識が明確になってきた時期ではないかと思う。
 
私が通った中学は古い校舎で、トイレは別棟になっていて渡り廊下で結ばれていた。その廊下の突き当たりを左に行くと男子トイレ、右に行くと女子トイレである。さすがの私も日中はいつも男子トイレの方を使っていた。
 
しかし放課後になると人は少なくなる。
 
それで部活の無い日に図書館で居残りをしていたような時、トイレに行く場合、周囲に人の目がないことがよくあった。
 
そんな時、私は女子トイレを使った。
 
最初の頃はドキドキしてしまい、個室の中でつい「おいた」をしてしまった。
しかし慣れると、ふつうに、ちゃんとおしっこだけできるようになったし、特に興奮することもなくなった。
 
放課後で人が少ないので、私はトイレを使っていて他の生徒に見られたことは1度も無かった。ただ、個室の中に居た時、別の生徒がトイレに入って来る音を聞いた時はぎゃっと思った。彼女が個室の中に消えた音がした所で私は個室を出て、手を洗うと急いで外に出た。
 

当時はいわば「こっそり」女子トイレを使っていたのだけど、中学3年の時に初めて堂々と女子トイレを使うことになった。
 
その日は図書館に寄った後、参考書を買うのに商店街の本屋さんに行った。
大きな本屋さんなので参考書もいろんな種類が置いてあり、私はどれにしようか迷っていた。
 
その内トイレに行きたくなった。それでその書店の隅にあるトイレに行ったのだが、男子トイレの方に「故障中・使用禁止」と書かれた札が下がっている。
ドアを引いてみたものの、鍵がかかっているようで開かない。
 
えー?どうしようと思っていたら、モップを持ったおばちゃんが通りかかった。
そして私を見て言う。
 
「あ、トイレでしょ? ごめーん。今男子トイレ壊れているのよ。そちらの女子トイレ使って」
 
「え?こちらを使うんですか?」
「うん。今修理頼んでるんだけど明日くらいになりそうなのよね」
「分かりました」
 
それで私はドキドキしながら女子トイレのドアを開けた。
 
学校では頻繁に女子トイレを使っているものの、こういう所の女子トイレに入るのは初めてだ。
 
入ってみたら、中はピンクのタイルで覆われている。わあ、女子トイレってこういう色使いなのかと初めて知った。ここの男子トイレはブルーのタイルが使われているのである。
 
学校のトイレは殺風景で、こんなタイルなんて使われていなかった。私はそのピンクのタイルに囲まれた中で、個室に入り、ふつうに座って用を達した。
中学で使っていた女子トイレは和式便器ばかりだったので、洋式の便器を女子トイレの中で使用するのは初体験であった。
 

高校では英語部に入った。音楽が好きなので、高校でもコーラス部に入りたい気分ではあったのだが、自分がテノールに振り分けられるのが嫌だった。自分もアルトかソプラノに入りたいよ、と思っていた。実際にはそんな高い声は出ないのでどうしようもないのだが。
 
それでテノールを歌わせられるよりはと思い、音楽とは無関係の英語部に入ったのである。英語部の活動内容はアメリカ映画のDVDを原語のまま鑑賞したり、英会話のテキストを役割分担して読んだりというのが主だったが、私はしばしば女性の役をする時に心臓が高なるのを覚えた。
 
「Where are you from?」
「I'm from Japan. I am a Japanese girl」
「Are you a colledge student?」
「No. I am a schoolgirl」
 
「How do you do」
「Nice to meet you」
「My name is Susan. I am a sister of Bill」
「Oh, your father is Mr. James Brown?」
「Yes. I am a daughter of James Brown」
 
また映画の台詞の中に性的なジョークが入っている時にちょっとドキドキしたりした。
 
「I met Mr. and Mrs. Johnson little while ago」
「They are pansies, you know?」
「Don't speak such a unsure thing」
 
え?夫婦なんでしょ?それが同性愛ってどういうこと??もしかして奥さんが男なの?なぜ男なのに奥さんになれるの? 
自分が充分当事者なのに、この方面に知識が無かった私はその映画のセリフをどう解釈していいのか悩んだ。
 

その英語部で文化祭に英語劇をしようという話になる。その演目がシンデレラということになった。
 
主な登場人物は、シンデレラと両親、姉2人、王様・お后・王子、妖精。これに舞踏会の出身者多数である。特に重要なのが、シンデレラ、母、姉2人、王子、妖精の6人。
 
さてこの高校の英語部というのは、まともに活動している部員が極めて少ない部であった。3年生の大鳥部長、2年生の細木さん・也寸子さん、1年生の私、摩美ちゃん、邦子ちゃん、の6人くらいであった。
 
「本番近くになったらもう少し出てきてくれるとは思うけど、セリフの多い役はこの6人で回そうよ」
といった話になる。
 
「じゃ誰がどの役?」
 
「部長が王子様だと思う」
「シンデレラは也寸子先輩で」
 
とこの2つはすんなりと決まる。
 
「女子たちはお婆さん役は気が進まないだろ?僕がやるよ」
と細木さん。
 
「すると、母と姉が1年生3人か」
 
「僕が母をやりますよ」
と私は言う。
 
「じゃ、私たちは意地悪な姉で」
と摩美ちゃんが言って配役は決まった。
 

それでこの6人で練習を進め、残りの部員には勝手に役を割り振って、父、王様、お后様、ネズミ1・2・3に割り当てて行き、あとは友人たちを徴用して、舞踏会に出る娘たちの頭数を揃えた。
 
「ノリちゃんがいちばんかき集めた気がする」
「えー? 友だちにどんどん声を掛けただけだよ」
 
「ノリちゃんって女子の友だちが多いよね」
「ノリちゃんって男子の友だちが少ないよね」
「ノリちゃんも実は女子だったりして」
 
そんなことを言われると私は恥ずかしくなって俯いてしまった。すると摩美ちゃんと邦子ちゃんは何だか顔を見合わせていた。
 

そういう訳で私はこの英語劇でシンデレラの母役をしたのだが、個人的にはとりあえず女性の役なので、女性の服が着られるのが嬉しかった。衣装については、シンデレラ・王子・ふたりの姉の舞踏会衣装は部費で布を買って縫い、母の衣装、シンデレラと姉たちの普段着、妖精のお婆さんの衣装は各々自主調達することになった。細木さんはお祖母さんの服をもらって着たようである。
 
私は母に言ったら、母が「あんた細いからね」
と言って、押し入れの奥に入っていた古いワンピースを出して来てくれた。
着てみると充分着れたので、それを使わせてもらうことにした。
 
「W66の服なんて、私はもう着れないし、捨てようかとも思ってたんだけどね」
などと母は言っていた。
 
「胸とか無くてもいいかなあ」
などと私が言ったら 
「あんたブラジャー付ける?」
などと訊く。私が恥ずかしそうにして俯いたら、母は私のバストサイズ?をメジャーで測ってくれた。
 
「これならA75かA80って感じだけど、劇だから、おっぱいたくさんあった方がいいよね。だったらC70が使えると思う」
 
それで母は、しまむらでワゴンで売っていたというC70のブラを買って来てくれた。300円だったらしい! 
「ちょっと着けてごらんよ」
と母が言うので、私は服を脱いでそのブラの肩紐を通し、手を後ろに回してホックを填めた。
 
「ふーん。あんた後ろ手でホックを留められるんだ?」
と母が言ったのに、ギクッとした。
 
やばかったかなと思ったが、母はその問題を特に追及せず、靴下の丸めたのをバストカップに入れてくれる。それで衣装用に貸してくれたワンピースを着ると、ふつうに胸があるように見えた。私は鏡に映してみて、ドキドキしていた。
 

それで文化祭で上演したのだが、当日は舞台用にお化粧もしてもらったので、凄く気分が高揚していた。悪役向けということで真っ赤な口紅を塗られ、アイカラーも黒系統のものを入れられたのだが、鏡の中の自分を見て、自分自身に悪魔的な魅力を感じた。
 
実際のステージでは、意地悪な姉役の摩美ちゃんが熱演で、物凄い意地悪ぶりを発揮。完璧に主役を食っていた。
 
「私、本当にあのくらい意地悪だと思われたら、お嫁さんに行けなくなっちゃう」
などと本人は言っていた。
 
舞台が終わってから着替えてメイクも落として、他のステージも見ようと廊下を歩いていたら、さっきの英語劇の感想を言っている子たちがいた。
 
「さっきの英語劇面白かったね」
「演劇部の劇は内容が高尚すぎてよく意味が分からなかったけど、英語劇は筋も有名だし、スッキリしてるのがいい」
 
「大鳥さんの王子さま、格好良かった」
「也寸子さんのシンデレラも可愛かったけど、何と言っても摩美ちゃんのお姉さんが凄かったね」
「うんうん。あれSMの女王様になれるよ」
 
私はSMの女王様って何だろうと思った。
 
「魔法使い役は誰だっけ?」
「2年生の細木さんだよ」
「ああ。メイクが凄かったからよく分からなかった。だけど原作では魔法使いのおばあさんだけど、この劇では魔法使いのおじいさんに変更したのね?」
「配役の都合でしょ」
 
あれ、細木さんはちゃんとおばあちゃんの服を着て、妖精っぽいメイクをしたのになあと苦笑する。
 
「継母役はだれだっけ?」
「あれ、私も分からなかった。1年生の女子にあんな子居なかったと思うから2年生の女子の誰かじゃない?」
 
あれ〜?同じように男子が女性の服を身につけていても、細木さんは男に見えて私は女に見えていたのかな、などと思う。なぜか嬉しい気分になる。
 
「あの子も可愛かったよね。あの子がシンデレラでも良かったと思うけど」
 
私はそんなこと言われて、顔がかぁっと赤くなってしまった。
 

衣装の着替えは、部室として使っている地理歴史室の中央に移動式黒板を建てて男女別に着替えたのだが、私が着替えていたら、細木さんがやってきて 
「凄い。ブラジャーつけてたのか。何か胸があるなと思った」
などという。
 
「母がワゴンセールのを300円で買ってきたんです、中身は靴下です」
と言ってカップ内に入れていた丸めた靴下を見せる。
 
「へー、でもそんなものでブラジャーが買えるんだ?」
「細木先輩もおひとついかがですか?」
「そんなの持ってたら、下着泥棒でもしたかと疑われて俺、親父に殴られるよ」
 
「ふつうに買うと安いのでも2000円くらいしますよ」
「高っけー!」
 
そんなこと言ってたら、黒板の向こうで着替えている摩美ちゃんが声を掛けてきた。
 
「ノリちゃんって、ふだんでもブラつけてるよね?」
「そんなの着けてないよぉ!」
 
まあ何度かこっそり着けて学校に出てきたことはあったかな。母のブラの無断借用だったけど。
 

大学は東京の大学を受けたいと私は言った。親元から離れて、女の子の服をたくさん着たかったからだ。
 
父はとても仕送りできないから地元の大学に行けと言った。それでも頑張った私は、とうとう国立上位なら東京に行ってもいいと父から許しをもらった。
父が出した条件は地元の静岡大学より偏差値の高い所というものだった。
父とふたりで偏差値表を見ながらリストアップした。
 
「東大、東京医科歯科大、一橋大、東京工大、東京外大、お茶の水女子大、東京芸大、東京学芸大。ここまでかな」
と父。
 
「東京芸大は勘弁してくれ。どう考えても無茶苦茶お金が掛かる」
と父。
「僕も音楽や美術で、そんなハイレベルの域に到達するのは無理だよ」
と私。
「東京医科歯科大とか、東大の医学部も金がかかりそうだ」
「6年間行くつもりはないよ。4年で卒業できる所で」
 
「お茶の水女子大は入れてくれないのでは?」
と母が言うと「性転換したら入れてくれるかも」
などと父。
 
「お前性転換する?」
 
私はドキッとした。性転換したいよー! でもそれを言う勇気が無かった。
 
「じゃ東大、一橋大、東京工大、東京外大、東京学芸大。この中のどれかに行けそうなら受けてもいい」
 
実際には東大・一橋・外大は私の頭では無理だと思った。また工大は学生ま男女比が圧倒的に男子が多いと思った。そういう環境では多分私は精神的に行き詰まる。そこで個人的には東京学芸大に狙いを絞って勉強し、そこの英語教師コースに合格した。
 

私は大学に入ると、まずスカートを1着買った。それからショーツを5枚とブラジャーを3枚買った。もっとたくさん女の子の服が欲しかったのだが、お金がかかるので自分を抑制して女の子の服を買うのは1ヶ月に原則として6000円以内という枠を填めた。
 
もっとも大学に女の子の格好で出て行く勇気は無かった。ジーンズにポロシャツといった中性的な格好で出て行き、一応男子を装っておいた。しかし中学や高校でそうだったのと同様、女子の友人がたくさんできて、男子の友人はほとんどできなかった。
 
入学した初日にクラスメイトの伊代ちゃんから声を掛けられた。
 
「八雲君、もしよかったら、私たちと一緒にお汁粉たべにいかない?」
「行く!」
と私は即答した。
 
その後も私は、彼女たちとよくおしゃべりをし、また甘い物を一緒に食べに行ったりしていた。ファミレスに集まって御飯を食べながらあれこれ情報交換したりもしていたし、今で言うところの女子会にも普通に参加していたことになる。
 

バイトは居酒屋の店員、ハンバーガー屋さん、カフェなど飲食店の夜間スタッフをよくやった。私は実は大学に入るのと同時に髪を伸ばし始めたのだが、一般にこういう飲食店関係は髪の長さについては厳しい。しかしどこも私の髪に関しては、少なくとも店に出る前日にはシャンプーしておくこと、髪はまとめておくことだけを言われただけで、短く切れと言われたことはなかった。
 
一方、女装外出も大学に入ってから本格的に練習しはじめた。
 
最初は夜中にスカートを穿いてドアの外に出て10数えて中に入った。
 
そのうちカウントを30,50,100と伸ばしていき、やがてドアの外で携帯のメールチェックをして、5分くらい「滞空」するようになった。やがてゴミ出しにスカートを穿いたまま行くようになり、その内、自販機に行ってお茶を買ってくるということをするようになった。
 
コンビニに入ることができるようになるまでには3ヶ月近い攻防があった。何度もお店の前までは行くものの、なかなか店内に入る勇気が無かった。しかしある晩、店の外でためらっていたら、ちょうど店の中から出てきたスタッフさんが 
「いらっしゃいませ」
と声を掛ける。それでも私は一瞬反射的に逃げようと思って数歩あとずさりしたものの、思い直して勇気を振り絞って店内に入った。
 
取り敢えず最初に雑誌のコーナーに行き、今まで読みたいとは思っていたもののなかなか手に取る勇気が無かった nonno を手にした。開いてみる。わぁ・・・何だか可愛い服の写真がたくさん載っている。しかも値段を見てみると自分でも買えそうな値段のものばかりである。
 
この本いいなと思い、5分くらい立ち読みしたあとでカゴに入れる。
 
ストッキングが並んでいる所に行く。コンビニに来る度に気にはなっていたものの、なかなか手に取ることができなかったのである。幾つか実際に手に取ってみるが「高い!」と思う。特に可愛い柄の入っているストッキングなど600円もする。欲しいなとは思ったものの、その日は買うのはやめた。
 
しかし私はそれ以上に関心のあるものがあった。衛生用品が並んでいる所にいき、ナプキンの小さな包みを手に取った。もうこの時私の心臓は物凄い速度で鼓動していた。最初に手に取ったのは「多い日夜用」と書かれている。そんなに多くないかな、などと思って「普通の日用」と書かれたものの方を取った。
ハーブの匂い付きなどと書かれている。匂いがあるのは着けた時にまずいかなという気もしたものの、そういう香りに包まれた自分というのもいいよなと思い、それをカゴに入れた。
 
飲み物か何かでもと思い、店内を歩いていたら向こう側に買い物カゴを持った女性が居てこちらに歩いてくるのに気付いた。
 
きゃー!恥ずかしいと思い、逃げようとしたのだが、すると向こうも自分と同じ方向に動く。え? と思ってよく見たら、そこに居た女性というのは、鏡に映った自分の姿だった。
 
図らずしも私は自分がちゃんと女性に見えるという自信がついた。それ以降、私は女装外出の頻度が上がるのである。
 
その日私は他にお茶とおにぎりを買ってレジで精算した。ナプキンなんて買って変に思われないかなと少し不安はあったものの、レジの女性はそれをいったん黒いビニール袋に入れてから、私の持ってきたエコバッグに入れてくれた。
 

この日を境に、私は昼間の女装もするようになった。最初はできるだけあまり人通りの無い付近を歩いていたのだが、ある日勇気を出して電車に乗り、新宿まで出た。
 
それでもこの頃は「立ち止まる」のが怖かった。そんなことすると視線の集中砲火を受けそうな気がしていたのである。それでも行く時は電車が閑散としていたので助かった。
 
本屋さんに行くが、ここは素敵だった。本棚がたくさんあるので、あまり視線が通らないのである。私は実質周囲に人が居ないのに近い状態で本の立ち読みをすることができた。それでも自分の近くに他の人が来ると、読んでいた本を戻して、別の棚の間に移動したりしていた。
 
その日の帰り、私はもう開き直るしかないと思った。帰りの電車を待つ客がたくさんいたのである。「きっと大丈夫」そう自分に言い聞かせて、私はその満員電車に乗り込んだ。周囲は女性2人と男性1人だったが、けっこう圧迫され、その周囲の人たちと身体が接触する。私の(偽装している)バストが目の前にいる30代くらいの男性に押しつけられる感じになり、男性は目をつぶった。この状態で変な身体の動きをして痴漢に間違われたら困るというので寝ているふりに移行したのだろう。
 
電車はやがて中野に停まるが車内の「人間圧」は更に上昇した気がした。三鷹でけっこうな人が降りて、やっとそれで周囲の人との圧迫接触は解消された。
 
自宅アパートに帰ってから服を脱ぐと、皮膚にバッグの紐などの痕がついていた。
 

大学1年生の夏に、初めて女装旅行をした。
 
秋田の祖母の家までひとりで旅したのだが、男物は一切持っていかなかった。
すると男物の服を入れないと、荷物が凄くコンパクトになることに気づき驚いた。
女物の服って生地も薄いものが多く、サイズも小さいのでバッグに詰めると凄く容量が小さくて済むのである。これいいな、これからはもう男物は持たないようにしようとその時は思ったものである。
 
あの時は、往復の行程では、ずっとスカートを穿いていた。当時はまだ女子トイレを使う経験が浅くてけっこうドキドキしていたのだけど、あの旅の中では女子トイレしか使わなかったので、あれで随分度胸がついた。
 
もっとも向こうの祖母の家では、スカートは自粛して、七分丈のパンツに中性的なトレーナーを着ていた。
 
「へー、最近は男の子でもこういうの穿くんだね」
などと祖母は言っていたが、従姉はなんだかニヤニヤしていたので察していた気もする。
 
「ノリちゃん、可愛いもの好きだよね。これあげる」
などと言われて、マイメロのポーチをもらったのは宝物になった。
 
あの時期は自分でサンリオショップとかに入る勇気が無かった。
 
 
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