【カット・ユア・ボール】(1)
(C)Eriko Kawaguchi 2013-05-31
中学2年の春。浩佳(ひろよし)は転校した。前の学校では卓球部に入っていたので、こちらの中学でも卓球部に入ろうと思い、放課後、体育館で卓球をしている「卓球部」っぽい人たちの所に行って、「私も入れてください」と言ったのだが・・・・
「ごめーん。うちは女子卓球部だから、女子だけなのよ」と言われた。
「男子の卓球部は無いんですか?」
「以前あったけど、2年前に部員が居なくなって消滅しちゃったのよね」
「また作れないものでしょうか?」
「うーん。メンバーを6人集められたら、同好会にはできるかも」
「6人ですか?」
「だって、団体戦は6人いるから、その人数いないと試合に出られない」
「あ、そうか!」
そこで浩佳は「男子卓球同好会メンバー募集」というチラシを作り、生徒会長の所に行って、掲示の許可をもらい、各学年の掲示板のところに貼った。一応1ヶ月間、貼ってよいという許可をもらった。顧問の先生については女子卓球部の荒井先生に内々に打診した所、メンバーが集まったら、女子卓球部と兼任で顧問を引け受けてもいいと言ってもらえた。同好会を作るのにいちばん大変なのが顧問のお願いと思っていたので、それがクリアできてホッとしたのだが・・・・
もっと根本的な部員募集の方がさっぱりであった。
5月の中旬頃、同じクラスで女子卓球部の珠美に「部員集まった?」と訊かれた。
「全然。6人はきついかも知れないけど、3人くらいは集まらないかなと思ったんだけど、全く反応無し」
「ああ・・・」
「最初に作ったチラシが地味すぎたかなと思ってカラー印刷でイラストも入れて作り直してみたんだけど、全然反応無くて」
「1人だけじゃ、愛好会にもならないもんね〜」
その点は生徒会長の所に行った時に聞いたのだが、一応顧問が居て6人以上の集まりなら「同好会」と認定し、3人以上で既存の部・同好会とかぶっておらず生徒会に承認を得ていれば「愛好会」と認定するらしい。
「そもそも1人じゃ練習のしようがなくて」
「青野君、卓球自体の腕は?」
「去年向こうの県の新人戦では地区大会ベスト4に入った」
「お、強いじゃん! ね、ちょっとうちの部員と手合わせしてみない?」
「あ、させてさせて」
そこで、浩佳は放課後、体操服に着替え、珠美に付いて女子卓球部に行った。
「何か格好いいラケット持ってるね」と言われる。
入部希望者が来て手合わせしようと言われた時のために、毎日ラケットは学校にもってきていたのである。
「松下プロモデルだよ」
「おお、カットマンなんだ!」
「うん」
カットマンというのは卓球のプレイスタイルのひとつで、基本的には守備重視の戦い方である。ひたすら相手のボールを拾いまくり、カットと呼ばれる下回転のボールで返して行く。耐え抜いて相手のミスを誘うので、体力が無ければできない戦い方である。松下プロというのは、そのカットマンとして有名な松下浩二選手のことで、浩佳が使っているのはその松下選手の名前を冠したシェークハンドラケットである。(テニスのラケットにはシェークハンドとペンホルダー型があるが、前の学校では全員シェークハンドを使用していた。両面にラバーを貼りフォアハンドでもバックハンドでも打てるのが特徴である)
他の部員さんたちに挨拶して、最初珠美と手合わせした。
「強〜ぇ! 青野君すごい!」
浩佳たちの試合を見ていた3年生の部長さん、篠原松恵さんが「私とやらせて」
と言って出てきた。
部長をやるだけあって、強い強い!
浩佳はかなり粘ったものの、左右に鋭く打ち分ける打法に翻弄され負けてしまった。
「負けました!」
「いや。こちらも本気・全力全開。さすが男子。強いなあ」
と部長は言う。
「でも2ヶ月ぶりに打てて気持ち良かったです」
「・・・ね、1人じゃ練習できないでしょ? 私と練習しない?」
「いいんですか?」
「私も下旬の大会に向けて、いい練習相手になりそうだし」
「じゃ、練習させてください!」
そこで浩佳はその後、毎日放課後、女子卓球部に行っては、部長をはじめ強い部員たちと日々打ち合うようになった。彼の身分については、女子卓球部の「マネージャー」ということにした。マネージャーなら性別は関係無く入部させることができる。一応部員ということにしておかないと、何か事故があったりしたような場合に困るので、名前を登録だけはすることにしたのである。
転校してきて以来、全然卓球ができなくて悶々としていたので、この日々の練習はとても楽しかった。女子といっても、さすがに部の上位の人たちはみんな強くて、浩佳もほんとに本気にさせられた。
5月下旬。中体連の卓球地区大会が開かれる。浩佳は他の部員達と一緒に試合の行われるK市までマイクロバスで行った。
試合前の練習では他の部員たちと一緒に体育館の周りをジョギングしてウォームアップした上で準備運動などもしっかりした上で(柔軟体操は顧問の荒井先生と組んでした)、まずは部長とラリーして練習する。
その時、参甲中とはライバルの伊城中の部長・原口月海(つきみ)がその打ち合いをじっと見ていた。
ちょうど参甲中の1年の子がトイレにでも行くのかこちらの方に歩いてきたのをつかまえる。
「こんにちは。あそこで篠原さんと打ち合ってるの誰ですか?」
「あ、青野さんって言うんですよ。2年生で今年転校してきたんです」
「転校生か!」
「でも試合には出ませんよ」
「出ない!?」
「私もよく分からないんですけど、何か事情があるらしくて正式部員じゃないんです。マネージャーとしての登録だし」
この子はあまり熱心に練習に来ていなかったので、浩佳が「男の子」であること自体を知らなかったのである。
「1年生でもなく、あの実力で試合に出ないってなぜ?」
月海は自問するかのように呟いた。
やがて試合が始まる。浩佳は試合には出ないものの、審判としてあちこちの試合を裁いた。やがて個人戦も団体戦も上位の方の対戦になり、ちょっと暇になってくる。控え室に持参のお茶を飲みに行こうと通路に出て歩いていたら、ひとりの女子に声を掛けられる。
「すみません」
「はい?」
「あの、良かったら2階の廊下の練習台でちょっとラリーしませんか?」
と彼女は言った。
浩佳はてっきり参甲中の生徒かと思い「はいはい、やりましょう。今ラケット持って来ますから先に行ってて下さい」
と言って、控え室に行き、お茶を飲んでから自分のラケットを持ち2階に行った。
「あ、そちらからサーブどうぞ」と言う。月海が打ち始める。浩佳は打ちながら「わあ、この子強い」と思った。参甲中女子卓球部の中で強い子とはたいがい対戦していたはずなのに、なぜ今まで打ってなかったんだろう?などとも思いながら、彼女の玉をとにかく拾って拾って拾いまくり、カットボールで返していく。
かなり長時間の打ち合いの末、浩佳が勝った。
「ほんと強いね! 青野さんだっけ? またやりましょう」
と言って、月海は浩佳と握手をし、階段の方へ行った。ちょうど入れ違いに珠美がこちらへ来る。
「あれ?ヒロちゃん、もしかして彼女と練習したの?」
最近珠美は浩佳のことを「ヒロちゃん」と呼んでいる。こちらから珠美のことは「マーちゃん」である。
「うん。さっき誘われて。でもあの子と打ったの初めて。あまり練習に出てきたなかったんだっけ?」
「いや、練習も何も、彼女伊城中のエースだよ」
「えー!? 参甲中じゃなかったの? それがなんで僕を誘ったのかな?」
「たぶん、松恵さん(部長)と打ち合ってる所を見て、強そうと思って手合わせしたくなったんじゃない?」
「ああ。でも凄く強かったよ」
「うん。去年の秋の大会ではこの地区で優勝したよ」
「ひゃー! 道理で強い訳だ」
この大会では、団体戦では参甲中が3位、伊城中が4位。個人戦では伊城中の月海が優勝、参甲中の松恵が準優勝だった。決勝戦で争い、対戦終了して握手した後、月海が小声で松恵に言った。
「まっちゃん、また強くなってる。今回はもう負けるかと思った」
「つーちゃんこそ、去年より強くなってるじゃん」と松恵。
「そちらは青野さんも秋の大会くらいでは出てくるんでしょ?参甲中同士の決勝戦にしないよう、私、この夏は鍛え直すよ」と月海。
「青野? ああ、あの子は出ないよ」
「なぜ? あんなに強いのに。私さっき手合わせして負けたよ」
「うーんと、出場資格が無いから。じゃ、また」
「うん」
と言って別れる。出場資格が無い??なんで? 月海はまた自問した。
自分のチームに戻って、副部長の玲菜に話しかける。
「ねぇ、大会に出場資格が無いって、どういうケースだっけ?」
「うーんと。その中学に在籍してないとか、留年とかしてるとか、休学中とか。
あとプロは出場禁止だろうけど、中学生にプロはいないし」
「転校で制限とかは無かったよね?」
「高校生の大会では転校して半年は出場出来ないけど、中学生は制限無いよ」
「うーん。。。。謎だ」
大会が終わり、マイクロバスで参甲中学に戻り解散する。
「ね、ね、ちょっと町に行かない?」
と珠美から誘われた。
「うん。いいよ」
と答え、珠美、敦子、樽美、と4人で体操服のまま町に出た。
「あっちゃん(敦子)準々決勝惜しかったね」
「うん。デュースを制して2セット目取って2対0になった時は行けるかなと思ったんだけどね。そのあと3セット続けて取られちゃった」
「私もルーちゃん(樽美)も初戦負けだしなあ」と珠美。
「やはり私もマーちゃん(珠美)もマジメに練習に出てないからだよ」と樽美。
「ルーちゃんやマーちゃんより、むしろヒロちゃん(浩佳)の方が最近は出席率がいいね」と敦子。
「そうだ。ヒロちゃん、性転換しちゃえば女子として出られるよ」と樽美。
「いや、出たいけど、そのために男を捨てるのはちょっと・・・」
と浩佳は困ったように言う。
「なに、ちょっとお股の所、手術しちゃえば済むことよ」
「女の子になったら可愛い服、着れるよ」
「いや、そもそもヒロちゃんって、顔立ちが女の子でも通る気しない?」
「あ、するする」
「声変わりもまだだから、女の子の声に聞こえるしね」
「そそ、凄く可愛い声だよね。羨ましいくらい」
「取り敢えず睾丸だけ抜けば、その可愛い声を維持できるよ」
「えーっと・・・」
「ね〜、女装とかしないの〜?」
「しないよぉ」
「じゃ、取り飢えず女装を唆してみるか」
「取り敢えずスカートを穿いてもらおう」
「スカートは性転換の始まり、だね」
「よし、ヒロちゃんにスカートを買ってあげよう」
「ちょっと、ちょっと」
冗談かと思ったら、ホントに古着屋さんに連れて行かれる。
「ヒロちゃんのウェスト、いくらだろ?」
「あ、メジャー持ってるよ」
と言って敦子がバッグからメジャーを出して浩佳のウェストを測る。
「63cm」
「お、それなら充分行けるね」
「ちょっと本気?」と浩佳も笑いながら言う。
「私たちも服を物色。そのついでね」
みんな 50円のTシャツとか、100円のスカートとか選んでいる。
「ヒロちゃんにはこれ合いそう」
と言って、樽美が黒いシフォンスカートを取り上げた。
「あ、行けそう行けそう」
「シフォンスカートって、男の子でズボンの上にオーバースカートする人もいるよ」
「そんなの聞いたことない」と浩佳は言うが「ファッション雑誌で時々見るよね〜」などと敦子も言う。
そういう訳でみんな200〜300円分の服を買い、その黒いシフォンスカートも一緒に買って「ハイ、ヒロちゃんにプレゼント」
「これを穿いて、女の子の気分になって、性転換を考えてみよう」
などと言われた。
浩佳は笑って、そのスカートをバッグの中にしまった。
その日の夜、浩佳は明日の授業の予習を少しした後、荷物の整理をしようとバッグを開けて、その中にシフォンスカートがあったことに気付いた。思わず笑みが漏れるが、ちょっと試しに穿いてみようかなという気分になった。
ズボンを脱ぎ、スカートを穿いてみる。敦子がちゃんとウェストサイズを測ってくれてそれに合わせて買ってくれたので、ウェストはぴったりである。ホックを留めてファスナーをあげてみたが、そのファスナーを前にすればいいのか横にすればいいのか、あるいは後ろなのかがどうもよく分からない。
部屋の中にある姿見に映してみる。
あ、何か可愛い気もするな。
でも、足に毛が生えてるのはまずいよなあ。よし、剃ってみるか。
母が出張に行った時に泊まったホテルにあった使い捨てのカミソリとかを使わずに持ち帰っているので、洗面所にはその手のカミソリがたくさん未開封のまま置いてある。浩佳はその中のひとつを手に取ると浴室に入り、足に石鹸を付けて剃ってみる。きれいに剃れる。おお、すごい。
10分ほどで両足の毛をきれいに剃ってしまった。毛の無い足って、こんなにきれいだったのか・・・。浩佳は不思議な発見をした思いだった。これいいな。いつも剃ってようかな?
お風呂を出て部屋に戻る。きれいにした足に、先ほどのシフォンスカートを再度穿いてみた。
おお、可愛い!
思わず鏡に向かってニコっと微笑んでみた。きゃー。これ癖になっちゃったらどうしよう。
と思っていた時、突然部屋の障子が開いた。
「ね、ヒロ、これもしかしてヒロのTシャツだっけ・・・あんた何してんの?」
それは姉の洋子だった。
「わっ」と浩佳は声をあげたがもう遅い。思わず座り込む。
「いや、今日友だちがふざけてスカート穿いてごらんよ。買ってあげるからとか言って、このスカート買ってくれたから、今ちょっと穿いてみようかと思って」
「ふーん。別にスカート穿くくらい、いいんじゃない。それに可愛いよ」と姉。
「そ、そうかな?」
「そうだ!スカート穿くんなら、下着も女の子のを付けなよ」
「女の子の下着って・・・・」
「ブラジャーとショーツよ。あ、こないだ買ったまままだ一度も付けてないのがあるから、あげようか。ちょっとおいでよ」
「えー!?」
そういう訳で、姉の部屋に連れて行かれる。
「ショーツは、このイチゴ模様と、ウサギちゃんのと、チェック柄とどれがいい? どれか1枚あげるよ」
「えっと・・・・その中ではチェック柄かな」
「あら、ウサギちゃんも可愛いのに」
「可愛すぎるのはちょっと・・・・」
「じゃ、チェック柄あげるね。ブラジャーは、このピンクのレース付きのと、黄色いシームレスと、紫のギャザーストラップのと、どれがいい?」
「なんかどれも色が強烈なんですけど・・・・できたらもっとおとなしい色のないの?」
「うーん。じゃ、私が既に何度か付けたやつだけど、このベージュの3/4カップのをあげるよ」
「うん、それならまあ」
「さあ、付けてごらん」
「えー!?」
ということでショーツとブラジャーを付けさせられたものの、興奮してアレが立って飛び出してしまう。そんなの姉に見せられないので手で隠す。
「あんた、なんでそこ隠すのよ」
「ちょっとお姉ちゃんには見せられないよお」
「ああ。ちょっと邪魔なものがあるのか」
「邪魔というか、僕には大事なものなんだけど」
「女の子の服を着るには邪魔でしょ。取っちゃったら?」
「そんな簡単に言わないで」
「取っちゃえば楽に女の子の服を着られるのに」
「別に女の子の服が着たい訳では無いんだけど」
「嘘つくのよくない。可愛い服着られたら、嬉しいんじゃないの?」
「えーっと。。。」
「あのね。タマタマって身体の中に押し込めると聞いたんだけど。うまく中に入り込む場所があるらしいのよ。それで棒は下向きに格納すれば何とかなると思う」
「へー」
「やってみない?」
「えっと・・・じゃ、やってみるから後ろ向いてて」
「まいっか」
姉が後ろを向いている間にショーツを少し下げて試してみる。タマタマを指先で押さえて体内に向けて押してみると、確かにうまく入り込む場所があった。
へーと意外な発見に驚く。そのあと、棒は下に向けてからショーツを上げるとその棒で蓋がされる形になり、タマタマも落ちてこない。こんな収納?の仕方があったのか!と浩佳は驚いた。驚いた拍子に少し性的な興奮が冷めると、棒も小さくなるので、小さくなった棒の位置を再調整すると、ショーツの上からあまり目立たない感じになった。
「何とかなったみたい」
と言うので姉が振り向く。
「おお、まるで付いてないみたいに見えるね」
「うん。ちょっとびっくりした」
「これなら、普通に女の子の振りができるね」
「女の子の振りしてどこに行くの?」
「そうだなあ。女の子水着を着てプールに行くとか」
「さすがにバレて逮捕されるよお」
「いや、女湯はさすがに無理としても、プールの女子更衣室くらい大丈夫そうな気がするけどなあ」
浩佳はその後も生徒会の許可を得て「男子卓球同好会メンバー募集」の張紙を出すものの、応募者がないまま、毎日女子卓球部に行き、練習に参加していた。
「先生、来月の三市合同のアマチュア卓球大会にはヒロちゃん出られませんかね? あれは個人戦があるから」
「うーん、出してあげたいけど、どこかの中学・高校の卓球部か、卓球サークルに所属していることが条件だから。青野さんは女子卓球部の部員ではないから参加資格として難しいかな」
「そっかー。仕方無いね」
「7月の市民親善卓球なら大丈夫だよ。あれは卓球部に所属していなくても、市民であれば参加できる。それに男女混合の大会で、男子と女子でも組合せで当たるからね」
「じゃそれに向けて僕も頑張ります」
そして6月の三市合同大会が来た。浩佳は「女子卓球部の男子マネージャー」
なので、参加することはできないものの、中体連の時と同様、部員の練習相手として行くことになった。ところがこの日の朝、ちょっとした?事故があった。
朝そろそろ起きなきゃと思いつつもまだ少しうとうとしていた時、突然頭から水が落ちてくる。
「わっ!」
水音と浩佳の声で母と姉がやってくる。
「何が起きたの〜!?」
天井が抜けて大量の水が部屋にあふれていた。どうも雨水がいつの間にか天井にたまり、それが限界を超えて天井の板とともに落ちてきたようである。
「なんか部屋が水浸し」
「というか、ヒロちゃんも水浸し」
「ちょっと、あんたシャワー浴びておいで。風邪引く」
「うん」
と言ってお風呂場に行き、暖かいシャワーを浴びたものの・・・・着替えはどうする!?
そんなことを考えていた時、姉が浴室のドアをトントンとする。
「ね。あんた私の下着でも着ける?」
「あ、うん。借りる」
自分の部屋にあった服は全滅、タンスの中の物まで含めてびしょ濡れである。
「それと私の体操服の上下も貸そうか?」
「うん、お願い」
「じゃここ置いておくね」
と言って姉は服を置いて脱衣場を出て行った。
浴室から出て、身体を拭き、姉が置いてくれた服を見る。こないだ着せられたチェックのショーツとベージュのブラジャーだ! あはは。それにベージュのキャミソールまで置いてある。これを着るの? でも自分の着替えがびしょ濡れなので仕方無い。
浩佳は首を振って、こないだやったのと同様、まずは自分のタマを体内に納め、棒を下向きにしてそれで蓋をする形にしてショーツを履いた。それからベージュのブラジャーを付ける。自分で後ろ手ではホックを留めきれないので、前でホックを留めてから180度回転して肩紐を掛けた。その上にキャミソールを着ると、ブラジャーがシームレスカップなので、まるで胸があるみたいに見える。
やだなあと思ったものの、自分の下着が無い以上どうにもならない。
その上に姉の体操服上下を着た。浩佳が通っているのは「参甲中学」、姉が通っているのは「参甲高校」で、どちらの体操服も Sanko という文字が入っている。その「Sanko」の文字のデザインが少し異なるのだが、詳しくない人には区別が付かない。
お風呂場から出てくると、母がおにぎりを作ってくれていた。
「あんた、もう出ないといけないんでしょ? これ途中で食べていきなさい。
部屋は私たちが片付けておくから」
「うん。ごめん」
「卓球のラケットも拭いてみた。これに入れて行くといい」
と言ってキルト地の小さな手提げに入れてくれている。
「ありがとう。じゃ、行って来ます」
ということで浩佳はおにぎりとラケットを更にトートバッグに入れて出かけた。
バス停でバスを待っている間、浩佳は自分の姿を近くのまだ開いてない商店のウィンドウに映してみる。やだあ。キャミソールの線が見えてるじゃん。でもランニングと思ってもらえるかな?
バスは混んでいなかったので、その中でおにぎりを食べる。やがて会場に到着するが、少し遅くなった感もあった。集合時刻にはまだ少しあるが、本当はあと10分くらい早く着いて、部長の松恵さんと練習することにしていたのである。
ちょっと焦りながら会場に入っていくと、入口正面の所の受付の人に呼び止められる。
「君君、参加する学校の生徒?」
「あ、はい」
「じゃここに名前書いて。もう受付時刻、あと5分で終わりだよ。もっと早く来なきゃ」
「あ、えっと・・・」
「急いで」
と言って、紙を渡されるので、浩佳は反射的にそれを受け取り、参甲中学・2年・青野浩佳、と書いてしまった。
でも、書いた後で、参甲中学には男子卓球部は無いから、受け付けられないのではと思ったのだが、自分が名前を書いた用紙には女子の名前ばかりが書かれていることに気付く。え? 僕女子と思われた??
「君、エントリーは個人戦だけ? 団体戦にも出るの?」
「あ、いえ出ません」
「じゃ、君個人戦は9:05から16番の台だから、すぐそちらに向かって」
「あ、はい」
浩佳は言われたので会場内に入り、いったん16番の台まで行ったものの、さすがにちょっとまずい状況ではないかということに思い至る。松恵さんか荒井先生に相談しようと思い、自分たちの中学が集合しているだろうと思った場所に行ってみたのだが、荷物だけ置かれていて、誰もいない。あちゃー。どこか他の場所で準備運動かあるいはお話でもしているのだろうかと思い、探す。しかし見当たらない。その内9時を過ぎてしまう。
16番の台の所ではプレイヤーが1人しか来てないので、スタッフの人がその子の名前を確認し、まだ来てない子(浩佳)を放送で呼び出した。
「参甲中学の青野浩佳(ひろか)さん、急いで16番台に来てください」
あはは、確かに自分の名前「ひろか」と誤読されること、時々あるんだよね。
でも呼び出されたら仕方無い。浩佳は急いで、台の所へ行った。
「君、ちゃんと5分前までには来てなさい」と注意される。
「すみません」
「はい、試合始めるよ」
「よろしくお願いします」
と対戦相手の女の子が言うので、こちらも「よろしくお願いします」
と言って、握手をした。
一方、参甲中学の女子卓球部のメンバーは浩佳が来ないものの、試合開始間近になるので、2階のロビーに行って顧問の先生から、簡単な注意事項などを伝達していた。
「ヒロちゃん何やってるんだろうね?」
「遅刻するって珍しい」
などと言いながら、伝達が終わり、各自客席に行って観戦するなり、練習場の方で練習するなりという雰囲気になる。松恵は浩佳と練習するつもりでいたのが来ていないので、その内来るかもと思い、いったん客席で自分たちの荷物が置かれている所に行った。浩佳は来たらここに来るだろうし、と思ったのだがその時、
「参甲中学の青野浩佳(ひろか)さん、急いで16番台に来て下さい」
というアナウンスを聞く。「ん?」という感じで、松恵はそばにいた珠美・敦子と顔を見合わせた。
会場を見ると、16番台の所に浩佳が走ってきて、何やら注意されてる。そして他の中学の女子と試合を始めてしまった。
「ちょっと、ちょっと。なんでヒロちゃんあそこで試合やってるわけ?」
「女の子と対戦してるね」
「うーん。参甲は女子卓球部しかないから、女子選手として受け付けられたんだったりして」
「それ困る〜。あとで責任問われちゃう」
「あ、1セット取っちゃった」
「だって、あの子、強いもん」
一方、その客席の別の場所では、伊城中の月海がじっと浩佳の試合を見ていた。
「どこ見てるの?」
とそばにいた玲菜から訊かれる。
「16番」
「ふーん・・・・あ、あの子強いね」
「うん。参甲中の青野さん。なんか中体連では参加資格が無いとか言って参加してなかったんだけど、この大会は規則がゆるいから参加してきたのかな」
「あの強さだと、かなり上まで来るのでは?」
「うん。いづれ私と当たるかもね」
一方その参甲中の松恵たちは、ハラハラしながら浩佳の試合を見ていた。
「ああ、あいつ勝っちゃったよ。きゃー」
浩佳はストレートで相手の子に勝った。
「ありがとうございました」
と挨拶して、握手を交わす。
記録表を持って本部に行ったら「次は9:50 23番台」と指示された。
うーん。どうしよう、と思いながら会場を出たところで松恵・敦子・珠美と顔を合わせた。
「ちょっと、ヒロちゃん何やってんのよ?」
「あ、助かった。ちょっと今朝家でトラブルがあって出かけるの遅れてしまって。それで慌てて体育館に入ってきたら、君君すぐ名前書いてって言われて、それでつい名前書いちゃったら、16番の台に行きなさいと言われて」
「ああ・・・」
「どうしたらいいんでしょう?」
「うーん。体調不良につき辞退とかにする?」
「あ、そうすれば角が立たないね」
「でも、ヒロちゃん、その体操服は?」
「実は今朝、僕の部屋の天井から雨漏りで大量の水が落ちてきて、部屋の中のもの全滅したんです。タンスの中もびしょ濡れ。教科書とかも買い直さないといけないかも。それで姉の体操服を借りてきたんですよ。選手じゃないし別に参甲中の体操服でなくてもいいかと思って」
「ああ、それ参甲高校の体操服か」
「でも参甲中学の体操服と似てるから、知らない人が見たら同じに見えるかもね」
「ってか、ヒロちゃん、おっぱいがある」
「あ、ほんとだ。もしかして女の子の下着つけてる?」
「それで女子と思われたのでは?」
「ええ。下着とかも含めて全滅したんで、姉の下着を借りてきて。だからブラにショーツにキャミソールなんです。ちょっと恥ずかしい」
「いや、お姉さんの下着を借りるにしても、ショーツとキャミソールまでは分かるが、なぜブラジャーまでつける必要がある?」
「え? あ・・・・気がつかなかった」
「お姉さんの悪戯心か」
「そんな気がするね」
「でも、それに今まで気がつかなかったヒロちゃんもヒロちゃんだ」
「実は本当は女の子の下着がつけたかったのでは?」
「こないだ買ってあげたスカート穿いてみた?」
「あ、えっと穿いてみた。実はその穿いてみた所をお姉ちゃんに見られて、スカート穿くなら、女の子下着つけなさいと言われて、それでその時つけさせられた下着を今日着てきてるんだよね」
「つまり、女の子の格好がしたかったのね?」
「そういう訳ではないけど」
「あ、分かった。むしろ女の子になりたいんでしょ?」
「へ?」
「ヒロちゃん、女の子になっちゃったら、本当に女子卓球部に入れるね」
「そんな、女の子になりたくはないですよお」
「恥ずかしがらなくてもいいよ。女の子になりたい男の子なんて今時珍しくないから」
「あ、うちの兄ちゃんの同級生がこの春から制服を学生服から女子制服に変えて通学しはじめたらしいよ」
「ああ、最近は学校もそういうの受け入れてくれるみたいね」
「ヒロちゃんもセーラー服で月曜から学校においでよ」
「えっと・・・」
「それにそもそもヒロちゃん、足の毛剃ってるね」
「あ・・・それが昨夜もお姉ちゃんに唆されて女の子の服着たから、その時剃ったままで」
「ああ、やはり日常的に女の子の服着てるんだ」
「ヒロちゃん、その格好ならトイレは女子トイレ使いなさいよ」
「えー!?」
「だって男子トイレに入って行ったら、痴漢と思われるよ」
「う? そうだろうか・・・」
そんなことを言い合っていた時、伊城中の月海さんが寄ってきた。
「青野さん、次、私との試合だね」
「え?」
「9:50から、23番台。相手は私だよ」
「青野は辞退するよ、ごめん」と松恵。
「辞退? なんで?」
「あ、えっと体調不良かな」
「全然体調不良に見えないけど」
「生理が重いらしくて」
「そのくらい試合を15分くらいする間は我慢できるでしょ。それとも私から逃げるの?」
「逃げない。出る」と浩佳は言った。
「OK。頑張ろう」と言って月海は握手を求めた。
浩佳も月美の手を握り、しっかりと握手した。
「じゃ、また後で」
と言って月海は手を振って向こうに行った。
「部長、ごめん。多分、原口さんには勝てないだろうけど、万一勝ったら、そのあと辞退するから」
「そうだね。私もヒロちゃんと原口さんの試合は見てみたいよ」
と松恵も言った。
「でさ、ヒロちゃん、試合の前に一度トイレに行った方がいいよ」
と珠美が言う。
「えっと、それって・・・・」
「当然女子トイレだよね」と敦子が楽しそうに言う。
「私たちも付き合ってあげるからさ」と珠美。
それで珠美と敦子に連れられて、女子トイレに入ってしまった!
何だか列が出来ている。
「凄い列だね」と浩佳は言うが「このくらい短い方だよ」と敦子に言われた。
女子トイレに列が出来るという話は聞いていたが、これ以上に並ぶのか!女の子も大変だなあと思う。
列はゆっくりと進んで行く。とりあえず珠美・敦子とおしゃべりしているので気が紛れるが、これ、おしっこ近い子は辛いよななどと考えている内、やっと順番が来た。個室の中に入ってふっと息をつく。
体操服のショートパンツを下げ、ショーツを下げて便器に座る。おしっこをするが、ふと「女の子はおしっこの後、拭くんだ」という話を思い出した。
トイレットペーパーを少し取って、おしっこの出てきた付近を拭く。へー、このやり方いいかも、という気がした。男子のパンツはおしっこしても拭かないから汚れやすいのではなどという気もする。
またタマを内部に格納して、下に向けた棒でふたをしてショーツをきっちり上まであげる。ショートパンツを穿き、流して外に出る。そして手を洗おうとしたら・・・・手を洗う所も列だ! ほんとに女の子のトイレって大変だ。
やっと手を洗って外に出ると、ほどなく敦子と珠美も出てきた。時刻は9:40。
そろそろ待機しておいた方がいい。浩佳は会場内に入り、壁際に立って、ぼんやりとあちこちの試合を眺めていた。ふと反対側の壁際に立っている月海と目が合う。ニコリとするので、こちらも笑顔で会釈した。
やがて9:45になる。23番台のそばまで行く。月海も来るが気合いの入った顔をしている。こちらも気合いが入る。
やがて前の試合が終わり、対戦者が握手をして下がってくる。浩佳と月海は卓球台の所に行き、握手をした。じゃんけんで月海が勝ちサーブを取る。浩佳が台を決めて試合開始である。
「さ」
と言い合って月海がサーブを打つ。月海は最初から強烈に打ってきた。しかしそれを浩佳はどんどん拾う。向こうが左右に打ち分けてもひたすら走っては拾いまくる。ラリーは長時間続く。最初のポイントは浩佳が取った。
ふたりとも激しく息をしている。
「さ」
というかけ声でまた月海がサーブをしてくる。浩佳は打ち返す。またまた長いラリーが続く。今度は月海が取った。
「さ」
と言って今度は浩佳がサーブを打つ。またまた長いラリーが続く。月海は緩急変化を付け、更に左右に丁寧に打ち分けるのだが、とにかく浩佳が拾いまくるので、なかなか決着が付かない。
結局1セット目からデュースになるが、デュースになっても実力が拮抗しているので、なかなか決着が付かない。結局22対20という恐ろしい所まで行って月海が勝った。
1分間休憩して2ゲーム目が始まる。シーソーゲームが続くまたまたデュースになる。今度は18対16で浩佳が勝った。
そして3ゲーム目は20対18で浩佳、4ゲーム目は19対17で月海が取った。そして最後の5ゲーム目に入る。ゲームとゲームの間の休憩は1分以内という規定なので実際問題として体力を回復させる時間が無い。ふたりとも、もう疲労の限界を越えていた。試合は五度デュースとなる。審判をしている子も疲れてきている感じだ。
ひとつひとつのラリーが長い上に、どちらも譲らず1ポイントずつ積み重ねていく。20点を超える。どちらも大きく息をしている。浩佳はもう目の前が真っ白になりそうな気分だった。もうここまで来ると気合いだけで身体をもたせているようなものだ。足もがくがくしているが、なにくそと再度気合いを入れる。
月海の強烈なサーブが来る。打ち返す。月海がゆるく右端へ返す。台のそばに寄って打ち返す。当然次は左端に強烈なのが来るだろうと思い、そちらに移動しようとした。。。。。ところに月海は再度右端へ強烈なのを打ってきた。
しまったと思い、走って行く。
が、ギリギリで浩佳のラケットは空を切った。
「はあはあはあ」とどちらも大きく息をしていた。もう動けなかった。審判の子がポイントを宣言する。そして「28対26で原口さんの勝ちです」と言った。
飛んで行ったボールを壁の所で見ていた珠美が返してくれたので、浩佳は礼をして受け取る。月海と握手した。
「いい試合だった」
「今回は負けました」
「またやろうよ」
「はい!」
ふたりは再度強く握手する。そして月海はそのまま浩佳をハグした。浩佳はちょっとびっくりしたものの抱き返す。そしてもう一度握手してから笑顔で手を振って別れた。
珠美と敦子がパチパチパチと拍手で迎えてくれた。
「負けちゃった〜」
「いや、凄い試合だったよ」
「頑張ったね〜」
「僕、また頑張って練習するよ。次は勝つ」
と浩佳は言ったが、珠美は困ったような顔をしていう。
「つまり、次回もヒロちゃん、女子の部に出るのね?」
「え?」
あはは・・・それ、どうしよう?
個人戦では、その後、月海はどんどん対戦する相手にストレート勝ちして行く。
何だか物凄く気合いが入っていて、高校生の選手も歯牙に掛けず圧倒して行った。
浩佳との試合で無茶苦茶体力を消耗したハズだが、あの激しい試合に勝ったというので、気合いが入りまくっていたようである。
そして決勝は参甲中の松恵との対戦になった。中学生・高校生が入り交じって試合をやっている中で、中学生同士の決勝戦になったというのは、本当にふたりとも凄い。
試合は激しい戦いになった。どちらも攻撃型なので、ラリー自体は長時間続かないものの、点の取り合いですぐデュースになる。最初の2ゲームはやはりここまでの疲れが出たのか月海が負けたものの、その後の2ゲームを気合いで取り返して結局5ゲーム目までもつれる。そして5ゲーム目もデュースにもつれる。どちらも譲らず点数は30点を超える。
会場のみんながそのふたりのプレイに注目していた。
そして32対31の状態で松恵の打ったスマッシュを受けようとした月海のラケットがわずかに角度がぶれた。ボールはそのまま高く跳ね上がる。月海が天を仰いだ。
ボールは遠く離れた所に落ちる。
「33対31で篠原さんの勝ちです」
と審判の子が宣言する。
ふたりは強く握手し、ハグし合った。
「負けちゃった」
「いや、こちらももう負けるかと思った」
「またやろう」
「うん」
「でもなんでそちらは団体戦には青野さん入れなかったのよ?」
「あ、あはは。まあ、色々あってね」
「まいっか。個人戦で対戦できれば」
再度強く握手してふたりは別れた。
なお団体戦ではさすがに高校生チームが強く、参甲中・伊城中ともに準々決勝で敗退し、対戦もできなかった。
「ね、ね、今度はこの服を着てみない?」
「勘弁してよお、お姉ちゃん」
と言いながらも浩佳は姉が渡すスカートを穿いてみる。
「あんた、結構女の子の服が似合うね」
などと母も笑いながらお茶を飲んでいる。
浩佳の服は母がコインランドリーに持っていき、取り敢えず数日分くらいは下着も上に着る服も使える状態にあるのだが、姉が悪のりして自分の服をあれこれ着せているのである。下着も可愛いイチゴ柄のショーツに、レーシーなブラジャーを付けさせられている。
「へー、じゃ今日は女子選手として出場しちゃったんだ」
「そそ。浩佳(ひろよし)を《ひろか》と読まれちゃって」
「ああ、確かにそう読めば、女の子の名前みたいだね。ひろかに改名する?」
「しないよー」
「でも2回戦負けかあ」
「当たったのが準優勝した子だもん。強い、強い。それでも5ゲーム目デュースまで行ったんだけどね」
「あんたカットマンだったよね」
「そうそう。とにかくボールを拾いまくって、相手がミスするのを待つ。でも今日の相手は強いから、めったにミスしない。だからラリーが続く続く」
「すごいね」
「でも今日は間違って女子の部に登録されたけど、次からはそうはいかないだろうから彼女との対戦も今日のが最初で最後かな」
「ふーん。でもあんたが女子選手になっちゃえば、また対戦できるんじゃない?」
と姉。
「ああ、あんたいっそ性転換する? 何だか女の子の服似合うし」
と母。
「なんで〜」
「その子とまた対戦したいんじゃないの?」
「うん、まあね」
「性転換しちゃいなよ。その子とまたやりたいんでしょ?」
「うーん、悩むかも」
「あんたボールをカットするのが得意なんだからさ、自分のお股のボールもカットしちゃえばいいのよ」
「あはは」
「そうだ。ネットによく広告出てるよ。えっとね・・・・ほら、この病院は睾丸除去10万円だってよ」
と姉がパソコンの画面を見ながら言う。
「へー。意外と安い費用でできるもんだね。10万くらいなら手術代出してあげてもいいよ」
と母が言う。
「やめてよ〜」
「あんたさ、まだ声変わりが来てないから、今睾丸取っちゃえば、男の声にならなくて済むよ」
「えっと。。。。」
「ああ、あんたボーイソプラノだもんね。だから女の子と思われたのもあったろうね、今日は」
「せっかく、そんな可愛い声持ってて歌もうまいしさ。男の声になっちゃうなんてもったいないもん。睾丸取っちゃいなよ」
「ちょっとやめて。本当にその気になりそう」
「睾丸なんて別に無くてもいいんじゃないの?」
「結婚できなくなるよ−」
「まあ、お婿さんにはなれなくなるかも知れないけど、お嫁さんにはなれるんじゃない? おちんちんまで取っちゃえば」
「ああ。あんたお嫁さんに行ってもいいよ。成人式も振袖で出る?」
「あはは」
「お母さん、いっそヒロに眠り薬飲ませてさ、病院にそのまま連れ込んで、女の子の身体に改造手術しちゃうなんてのは?」
「ああ、それもいいね。私の卵巣と子宮をあげようか?そしたら赤ちゃんも産めるし」
「怖い話しないでー」
「ささ、次はこのスカート穿いてごらん」
「また〜?」
と言いながら、浩佳はそのスカートに穿き換えてみた。
しかしこんなことしていると、女の子もいいかなあなどという気分になりそうだ。
「あんたの学生服、まだ乾かないんだよね〜。とりあえず明日は私が中学の時に着てたセーラー服着て、学校に出て行かない?」
「うちの中学とデザインが違うよ」
「水浸しになったから、といえばいいよ。お母さん、ヒロにここの中学のセーラー服作ってあげようよ」
「そうだねえ、じゃ明日採寸に行くかい?」
「ちょっとちょっと。本当にセーラー服着たくなっちゃうじゃん」
「うん。だから着ればいい」
と母と姉。
浩佳はセーラー服を着て中学に通う自分を想像して、まんざらでもない気がした。
「でも僕実際明日、何着て学校に行こう?」
「だから、セーラー服貸してあげるって言ってるのに」
あはは。。。明日の朝、姉に乗せられて本当にセーラー服を着て行ってしまったら、自分のその後が怖い気もしてきた。