【ある朝突然に】(2)

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せっかくだから、ぐっと女の子らしくしてみよう。私は可愛い感じのクリーム色のセーターを着てみることにした。ブラジャーをつけている状態でこれを着ると、胸の部分が飛び出していて、鏡に映すと、本当に女の子体型みたいだ。悪くないじゃんこれ。そして、やはり女の子なら、フフフ。スカート履かなくちゃね。私はタンスの中で、かなり可愛い感じのプリーツスカートを手に取ると、履いてみた。スカートは初体験! うん。なんだか変な感じだけど、面白い。
鏡に映してみて、私は重大な問題に気付いた。すね毛、何とかしなくちゃ。私はいったん服を脱ぐと風呂場に行き、すね毛を剃りはじめた。ヒゲを剃るのとは要領が違って、なかなかうまく剃れない。これはかなりの苦労だ。もし、このままの状態がずいぶん続くのなら、永久脱毛でもするか、などと思ってちょっと苦笑いした。
少し肌も剃ってしまったようであちこち足の皮膚が痛いが、そのくらい気にしない。
あらためて女の子の服を身につけ、鏡に映してみると、意外に似合っていることに驚いた。あ、自分はこれ結構女の子でもいけるかも知れない。そんな変な自信がわいてきた。しかし、それと同時にちんちんが立ってきて、スカートの前に変な山が出来てしまった。これは困った。まずいよね、これ。
といってもチンチン切ってしまうのは痛そうだ。血だって簡単には止まらないだろう。
私は何かいいアイデアがないか考えたが、ガードルを使うことを思いついた。確かそれが整理ダンスの中にあったはずだ。スカートの中で履いてみる。きつーい!!しかしそれでちんちんが立ってくるのは押さえておくことができるだろう。
私はハンドバックの中にお財布と免許証、ハンカチ、ティッシュなどなどを入れると、家を出て町に出た。もう7時くらいだが、町中の店はまだ開いている。私は本屋さんに行くとお化粧の仕方を書いてある本がないか探してみた。
ところが意外にそんなもの無い。そうか。女の子は中学生の頃から少しずつ何かの機会に練習しているから、わざわざそんなものの解説を見ようとする人はいないんだ。それが見たいのはオカマちゃんくらいかな、などと思って自分がまさに今オカマちゃん状態であることに気付き、吹き出してしまった。自分は男の身体で女の服を着ているのだから、まさにオカマちゃんかも知れない。
結局本屋さんを3軒ハシゴして、そこでようやく小学生向けのお化粧のガイドとほかに、メイクに関する本を何冊か買った。それで帰ろうと思い、その前に化粧品コーナーなんて一度少しのぞいてみるかな、と思ってブラブラと通っていたら、「今少しお暇?」と声を掛ける女性があった。「はい?」私がよく分からずに返事をすると「ちょっとメイクしていきません?」とその女性は言う。私は何だか助かる気がしたので「あ、いいですよ」と答えると、さっそく椅子に座らされ、まずは顔をウェットティッシュできれいに拭かれた。
「あまりお化粧しないんですか?」と聞かれる。「ええ、まあ」「学生さん?」
「いえ、勤めてますが、あまり化粧の必要がない職場なので」「肌が荒れてるわ。
メイクしないでもいいけど、化粧水や乳液・美容液なんかは使っておいたほうがいいですよ」「あ、はい」化粧水というのは分かる気がするが、乳液って少しドロドロしたやつ??美容液って何だっけ???私はあっという間にきれいにメイクされてしまった。鏡の中を見てみるが、とてもきれいな気がする。こんなのだったら、やはりお化粧ってするのもいいもんだ。
そんな気がした。私は結局、そこで付けてもらった色の口紅を買うことにした。
すると、化粧水と美容液のサンプルをくれて、何だか得した気分がした。
私は家に帰ると、その化粧された自分を鏡に映し、デジカメで撮影した。うん。
これをお手本にやればいいんだ。自分でもやってみよう。えっとお化粧落とすのはクレンジングが必要だよな。私は服を脱ぐと、おふろ場に行きクレンジングを掛けて化粧を落とし、そのまま洗顔フォームで顔をきれいに洗った。そして全身にシャワーをして、汗を洗い流す。
ベッドに入って少し休むつもりだったが、そのままねむってしまったようだ。
起きたらもう朝の6時だった。お腹が空いた。昨日「けんちゃん」が買ってきてくれていた、おにぎりを食べ、お茶を飲む。一息付いたら顔をあらって、お化粧の練習だ。
うまく行かない。どうしても変な顔になる。私は何度も「こら、あかん」と思って洗い流し、再度挑戦するというのを繰り返した。2時間くらい格闘して、かなり不満ながらも、なんとか見れる顔が作れた。そこに電話がかかってきた。けんちゃんだった。「気分どう?」「あ、うん。まだ何だか調子悪い。今日は一日寝てるよ」
「うん、それがいいね。声の調子もまだ変だし」
声の調子か.....だよな。男の声だもん。これ何とかしなくちゃ。私は手早くポロシャツとロングスカートを履くと、町に出かけた。できるだけ空いてそうなカラオケ屋さんを探す。受付をして部屋に入った。
もっと女っぽい声が出せなきゃだめだよな。私はマイクの音量を少し調整して、あまり大きくならないようにし、おそるおそる、自分の頭の中で女っぽいと思えるような声を出してみた。ダメ。ただのキンキン声ではないか。どうすれば出るんだ。
裏声を使ってみる。確かにこれならハイトーンだが、女の声には聞こえない。それを少しずつ音程を下げていってみた。低くするにつれて次第に声の緊張感が弱くなっていく。あ、これいい感じかも知れない。裏声の範疇をわずかに逸脱したような感じのところで、けっこう女の声に聞こえるような気がした。よし、これを出せばいいんだ。
しかしいきなりこれを出そうとすると、なかなかうまく行かない。結局私はそこで3時間ほど格闘して、少しノドが痛くなってきたので帰ることにした。あとは少し経験を積むしかないだろう。
私は疲れたので近くのハンバーガーショップに入り、コーラを飲んでひとごこち付き、ポテトをつまみながら、これからのことを考えていた。一番問題なのはこの男の身体だよな....胸ないし、ちんちん付いてるし。女として生活するにはかなりまずい状況だ。私はスカートの中で足を組み替えながら考えた。
結局ハンバーガーは残してつつみを念のためトレーの上に敷いている紙に包んでハンドバッグに入れて持ち帰る。そしてブラブラと町を歩いてバス停のほうに向かっていた時、美容外科の看板が目に付いた。豊胸手術か....いくらくらいするんだろう。チンチンは取るのはちょっと抵抗がある気がするが、豊胸ならあとで戻すこともできるだろう。
私は聞くだけ聞いてみようかなと思ってビルの中に入った。病院というよりもなんだか少ししゃれた喫茶店か何かの雰囲気だ。受付で私は「あの、豊胸手術はどのくらい費用かかるんでしょうか?」と尋ねた。
すると受付の人は、方法にもよるしとりあえずカウンセリングを受けて下さいと言う。私は少し迷ったが「じゃ、お願いします」と言い、名前を書いた。山元倫英、ヤマモトノリエ、女、28歳。....ふう。
ソファに腰掛けて雑誌を見ているとすぐに名前を呼ばれた。先生は女医さんだ。
豊胸手術を考えていると言うと、胸を見せるよう言われる。私はちょっと迷ったが、隠しても仕方のない問題だ。上半身の服を脱いだ。真っ平らな胸が顕わになる。しかし先生は別に気に留めた風でもなく、手術の方法について説明した。
費用は80万円くらいだがローンも可能だという。「何でしたら、今すぐしますか?」
「え?今ですか、あ。じゃお願いします」私はその先生の話し方が優しくて、感触が良かったこともあり、同意してしまった。
手術は超痛かった。部分麻酔で行われた手術中もすさまじく痛かったが、手術後しばらく病室で休んでいる最中も、痛み止めを打ってもらっているのに、すごく痛くて痛くて、ほんとうにたまらない感じだった。
3時間ほどで少し気分がよくなってきたので痛み止めの錠剤をもらって帰宅する。
しかし私はそのままベッドの中にもぐりこみ、化粧も落とさずにねむってしまった。
起きたのは翌日の朝だったが、まだ傷が痛い。今日は休ませてもらおう。私は8時半になると会社に電話をかけると昨日鍛えた、女っぽく聞こえる発声法で風邪がなおらないので休みますと伝えた。ハンドバックの中に入っていた昨日のハンバーガーを食べると眠ってしまった。
お昼頃まで寝ていたが、お腹が空いたので起きあがる。冷凍室にピラフがあったのでそれを解凍して食べる。痛みの方は少しは落ち着いてきていた。それで鏡を見ようという気になれた。すごい。胸が大きくなっている。これなら女に見えるよな。私は何だか安心してきた。チンチン付いてたって、そこを見せるのは恋人くらいだし。
と考えて困ってしまった。けんちゃんとのことをどうしよう? さすがにそこまで手術してしまうのは..... それにもし元の世界に戻れたら、ちんちん無いと困るし。それに性転換手術って、そう簡単に受けられるものではない気がする。
日本では年間に2〜3人しかやってないんだよな。となると、けんちゃんとは別れるのが妥当な線か。しかし、いい人そうだけど。
悩んでいる内に眠くなって、私はまた寝てしまった。
そして何度も何度もなる着信音に起こされた。私はハンドバックの中から携帯を取り、ロックを外してからボタンを押す。「はい?」例の女声で答える。
「あ?のりちゃん。御免ね。寝てた?」けんちゃんの声だ。「うん。こないだから御免ね」「声の調子もだいぶ良くなったみたい。ちょっと話があるんだけど出てこれる?」「えっと、どこ?」私はメモを取った。
できるだけ可愛い洋服を着て、あまり破綻しない程度に控えめのメイクをして出かける。待ち合わせ場所のファミレスに、彼はもう来ていた。
「実は急な話があって」とオーダーをするまもなく彼は話し始めた。
「なんと、ソマリア支店に転勤してくれ、というんだ」「そまりあ?えっと、何県だっけ?」「日本じゃないよ。アフリカの北東部」「アフリカ?どうしてそんなところに」
「何でもソマリア支店のコンピュータ技師が爆弾で死んじゃって、すぐに後任が必要なんだって」「ちょっと待って。爆弾がそんなに飛び交っているようなところなの?」「ソマリア支店は、日本人・中国人・フランス人・アメリカ人あわせて20人くらいいるんだけど、毎年2〜3人は死んでいて、こんなのは日常茶飯事らしい」「それにしても、なんでけんちゃんが行くのよ?」私は興奮のあまり、とても自然に女言葉が出ているのが不思議な気がした。
「先月、俺とんでもない失敗やったろ?」私は聞いてないが、そういうことがあったのだろう。私は「うん」とうなずいた。「あれはまずかったよな。データを間違って消してしまって、復旧に大量の人員を導入して、オンラインシステムが1日乱れまくり、苦情の来まくりで、被害額は3000万円は超えている」
げっ。そんなことがあったのか。「どこか地方に飛ばされることは覚悟してたんだけど、国内じゃなくて海外だったよ」けんちゃんは苦笑している。
「私付いていくよ」と私は何も考えずに言葉が出ていた。「だめ。あんな危ないところに君を連れてはいけない」「だって」「一応2年勤務すればいい、といわれてるんだ。戻ってきたら課長にしてくれるらしいし」「でも毎年2〜3人死んでいるんでしょう?」「2年の間に死ぬ確率は2割くらい。でも君も一緒に行けばどちらかが死ぬ確率は倍の4割になっちゃう。だからのりちゃんは、日本にいて僕の無事を祈っててよ」私はうなずいた。「じゃ、私毎朝神社にお参りして、その日のけんちゃんの無事を祈るから」私はほんとうにそうしようと思った。
「ありがとう」「ねぇ、今夜は朝まで一緒にすごせるよね」私は自分の身体のことはどうにかすれば誤魔化せるかもと思いながらそう言った。しかしけんちゃんは首を振った。「今日君を抱いてしまうとさ、それで思い残すことは無いみたいな気分になってしまうと思うんだ。だから、君を抱くのは今度ソマリアから帰国した時。それまでお預け。そうしたら、君とやらずに死ねるか、って頑張れると思うんだ」
それは本当にそうかも知れない。私はそんな気がしてうなずいた。私たちはキスだけして別れた。彼が成田を発ったのはその3日後であった。私は出国ゲートの前で彼の手を自分のバストに当てて言った。「このおっぱいを忘れないでね。
これをもむために戻ってきてよ」「うん」けんちゃんは明るい顔で手を振りながら出かけていった。
私は自宅に戻ると、どっと疲れてベッドの上に寝転がった。
2年間か......その間に自分の身体のことはゆっくり考えようと思っていた。
その間にひょっとして元の世界に戻れたら、胸の方を再手術すればいいし、戻れずこのままだったら、彼が帰国する前に、こっちの方をどこかで手術してしまおう。そう思って私はスカートの上からそれを指で少しいじった。ちんちん取るのって何だか変な感じがするけど、女の子には付いてるべきものではないもん。それより、自分がほんの数回会っただけで、けんちゃんのことを好きになっているのに気が付いていた。
さてと。
私は鏡に向かうとまたお化粧の練習を始めた。会社の同僚の女の子たちからも「最近お化粧の調子がおかしいよ」と言われていた。頑張って練習しなくちゃ。
私は女の子なんだから。目の上にアイシャドウを丁寧に入れていると、何だかとても楽しい気分になってくる。女の子っていいじゃん!!前頁目次