【あなたが言ったから合コンの日】(前編)

目次
 

「うちの妹の歩(あゆみ)です。数合わせですけど。まだ中学生なのでデートはいいですがH無しでお願いしますね」
と姉は僕を紹介した。僕は開き直って「あゆみです。よろしくおねがいします」と挨拶した。
 


姉は今年地元の大学に進学した。お世辞にもレベルの高い大学とはいえない学校であったが、姉は4年間遊びまくるつもりのようだったので、その目的には都合のよい大学のようであった。そもそも姉が受験勉強らしきものをしている所を見たことがない。合格して以来、ゲームセンターなどにもかなり行っていたようだが、男女の遊びについても熱心で、入学前から塾の同級生などに呼びかけて、2回合コンをしていたが、先週入学式を終えるとさっそく同じクラスのそういうのが好きそうな子を誘って合コンを企画したようであった。
 

ところが合コン当日になって、女子側のメンツの一人が急用で参加できなくなってしまった。姉はあちこち電話しまくっていたが、どうにも代わりのメンツが確保できないようであった。
 

「急用で来れなかったのはしょうがないんじゃないの?」
と僕は言ったのだが「人数が合わないのはまずいよ。男子は4人来るのに女子が3人だと誰かはあぶれてしまう。そんなの合コンの主宰者としては許せない」
この熱心さで勉強していればもう少し上のランクの大学にも入れたんじゃなかろうかと僕は思った。
「塾とか高校の友達にも片っ端から電話したんだけど、今日の今日ではどうにもならないみたいだし」
「マネキンでも座らせておく?」
「マネキンじゃ会話してくれないもんなあ、もうあんたが妹だったらマネキン代わりにでも連れて行きたいところだけど」
などと言い出した。
「妹じゃなくてごめんね」
と僕は笑いながら言った。
 

「まてよ・・・・」と突然姉はそのことを思いついたようであった。
「あんた、ちょっと妹にならない?」
「え?」
「あんた、まだ声変わり前だから、声出しても女の子で通じるよね」
「ちょっと待って」
「だってもう時間が無いんだもん。1時間後には出なくちゃ。私の服貸してあげるから。女装なんて、なかなか体験できないから、こういう時に体験しときな」
「そんな、恥ずかしいよ、女装なんて」
「恥ずかしいだけ?嫌ではないのね」
「えー?」
「やってみよう、やってみよう」
 

僕は抵抗したが、姉は強引に僕を自分の部屋に引っ張っていき「ね、これ着てみて」といって、スカートやらピンクのセーターやらを並べ始めた。「あ、その前に、その眉はまずいからカットしちゃうよ」と言い、僕を椅子に座らせると眉を細くカットしはじめた。「ヒゲは自分で剃ってくれる?」「う、うん」
「あんた、足の毛はどうなってんだっけ?。ちょっとズボン脱いでみて」
僕は姉の勢いに負けてズボンを脱ぐ。「あ、これは剃らなきゃ」といい、下に新聞紙を敷くと、電動のシェーバーに櫛刃をつけて、僕の足の毛を剃り始めた。
 

僕がヒゲを剃り終えた頃、足の毛の処理も済んでいた。久しぶりに毛の無いきれいな足を見て、僕は「これいいかも」と思ってしまった。さ、これ穿いてみてと言われて、つい渡されたスカートを穿いてしまった。少しドキドキ。
ヒゲの剃り跡をごまかすのにメイクするねと言われ、顔にお化粧を施された。
鏡を見たら、なんだか可愛い女の子の顔がそこにあった。「え?これ僕?」
 

「あんた、けっこう可愛くなるじゃん。充分女の子で通じるな。よし、それなら徹底的に女の子しちゃおう。下着も女の子の着ようか」
「はは・・・」
姉はタンスの奥から未開封のブラジャーとショーツを出して来た。
「ちょうど新品があって良かった。あんた背が低いしMで行けるよね。上の服脱いで。ブラジャーつけてあげるから」
ひぇー、と思ったが、顔を可愛くお化粧されたのが悪い気がしなくて、素直に服を脱いだ。ブラジャーを腕に通すと、姉が後ろのホックを留めた。胸の所には靴下をまるめて詰めた。ショーツも穿かせてあげようかといわれたが、遠慮して自分で穿くことにした。穿いていたブリーフを脱ぎ、ショーツを足に通して上まであげる。少しきつい気はしたが穿けた。でも・・・ 

「ちょっと飛び出しちゃうの、どうしよう?」
「ああそうか。余計なものが付いてるんだな。切っちゃうかなあ」
「ええ?痛そう」
「ん?痛くなかったら切られてもいいの?」
「いや、それは・・・」
「まあいいや。取りあえず下か横に向ければ何とかならない?」
僕はそれの向きを変えてみたが、下向きならちゃんと収納できた。
「おっけー」
 

そのあと僕はキャミソール、ブラウス、セーターと着せられた。セーターはピンクだ。鏡に映してみると、同じくピンクのスカートと合っていて可愛い感じがした。これだけ可愛ければ悪くないかもという気がしてしまった。
 

マニキュアしてあげるね、といわれて指にエナメルを塗られる。あ、なんか綺麗。
「よし。『妹』は完成。私も着替えなきゃ」
といって姉は手早くお出かけ用の服を着てお化粧をした。
「さ、行くよ」
 

靴は姉が高校の通学に使っていたローファーを履いた。ちょっと感覚が変だけどこのくらいなら転ばずに歩けると僕は思った。でも・・・スカート姿で外を歩くのは恥ずかしい。。。。僕はつい俯き加減になった。でも・・・このスカートって何なんだろう?膝の付近までを覆っている布は、単にその下にある下着を言い訳的に隠しているだけ。まるで、パンティーだけで外を歩いているみたいな感触だ。
 

バスに乗って待ち合わせ場所に行く。既に女子1人と男子2人が来ていた。
「よかった。女の子ひとりで心細かったよ」と待っていた女の子が言った。
この子は見たことがある。姉の塾の友人の蘭だ。「あれ、その子は?」
「うん。杏奈が急に来れなくなっちゃったから、数あわせで妹連れてきた」
「あんた妹いたっけ?」「うん。蘭は会ったことなかったかなあ」などと言ってる。
僕は少し笑顔を作って会釈した。
 

やがて人数もそろい、ファミレスに移動した。自己紹介が始まる。僕の名前は『歩』と書いて『あゆむ』と読むのだけど、今日は『あゆみ』になることになっていた。
 

「うちの妹のあゆみです。最初参加する筈の子が来れなくなって数合わせですけど。まだ中学生なのでデートはいいですがH無しでお願いしますね」
「あゆみです。よろしくおねがいします」
 

女子側は、姉と蘭と、もうひとりは姉と大学で同じクラスになった美月という子だった。3人ともなんとなく似たようなオーラを放っている。これはすぐ仲良くなるよなと僕は思った。男子側は四人四様だ。僕の目にもちょっと格好いいなと思った人が鈴太郎、すごく真面目そうな雰囲気の人が荘助、少し遊び好きっぽい感じの人が見斗、少し気が弱そうな雰囲気の人が大地と名乗った。
 

ファミレスでの会話はわりと盛り上がった。一見無口そうに見える大地さんが意外に話題が豊富で会話が途切れない。僕以外はみんな大学の新1年生なのでけっこうきわどい話題もあり、僕はちょっと顔をあからめた。しかし男子4人はやはり「H可能」な3人を狙っている雰囲気なので、僕は気楽だった。でも気配りの良い感じの鈴太郎さんが、時々僕に話題を話題を振ってくれたので置いてけぼりにはされずに済んでいた。
 

ファミレスで2時間ほど話したあとでカラオケに移動する。このあたりで何となく組み合わせが決まり始めていた。姉は見斗さん、蘭は鈴太郎さん、美月に荘助さんと大地さんが接近している感じだった。僕はとりあえず男の子に密着して会話されたりすることにはならなかったので、ちょっとホッとしていた。
 

姉は周囲に人がいるというのに見斗さんともういちゃいちゃした感じになりつつあった。美月さんを巡る闘いは大地さんが勝利を得つつあった。仕方ないかという雰囲気で荘助さんが僕のほうに寄ってきた。好きなアイドルとか旅行で行きたい国とか聞かれた。僕はボロが出ないように、同級生の女の子達がよく話題にしているアイドルなどの名前を挙げておいた。
 

カラオケの後解散になる。蘭と美月は各々の相手と更にどこかに消えていった。
荘助さんは「またね」と言って僕と握手をして帰って行った。姉も見斗さんと消えたい感じであったが、かろうじて僕の保護者としての意識が勝ったみたいで携帯のアドレスを交換してから僕に「さ、帰ろう」と促した。もう母も帰っている時間なのでそのまま帰宅する訳にはいかない。姉は途中でイオンに寄って僕のサイズのジーンズとトレーナーを買い、そこの試着室を借りて僕に着替えさせた。それからクレンジングを渡してお化粧を落とすように行った。僕の6時間ほどの女装外出は終了した。(下着は帰宅後自室で脱いだ) 

「ありがとね。でも可愛かったよ」と姉は言った。
僕は、あれだけ可愛くなれるんだったら、女装もいいかな、という気持ちがちょっとだけしてしまった。小さい頃、姉や母がスカート穿いているのに自分用のスカートがないので姉のをこっそり借りて穿いてみたことはあった。
スカート穿いたのはあの頃以来だなあ・・・・ 

2週間ほどした日曜日、母も姉も出かけていて、僕はひとりで家で宿題をしていた。電話が掛かってきたので取ると見斗さんだった。「姉は出かけてますが」
と答える。「あれ?こないだの合コンに来てた・・・あゆみちゃん?」「はい」
「いや、携帯に通じないものだからこちらに掛けてみたのだけど、困ったな」
「なにか伝言しておきましょうか?」姉が見斗とそのあと1度デートをしていたのは知っていた。「そうだな・・・・ね、あゆみちゃんでもいいや。少し頼まれてくれない?」「何でしょう?」
 

「実は前の彼女に絡まれていて・・・・別れるというのに絶対別れないと言われてちょっと困っていて」ああ、この人ならありそうな話だと僕は思った。
「それで新しい彼女がいるなら見せてなんて言い出しちゃって」
僕はいやな予感がした。
「しょうがないから萌ちゃんに来てもらおうかなと思ったんだけど、捕まらなくて、もしよかったら、あゆみちゃん、ちょっとだけ僕の彼女のふりしてくれないかな」
やはりそうきたか。僕はしぶったが、熱心に頼まれてついOKしてしまった。
場所を聞く。1時間ほどで行きますと答えた。
 

僕はふっと息をつきまずお風呂場に行くと足の毛を剃った。それから姉の部屋に行き、タンスを開けて、その中にある小さな箱を開けた。そこにこないだ僕が着たブラジャーとショーツが入っていた。姉はここにいれておくから女装したくなったらいつでも使ってね、上着やスカートはどれでも好きなの着ていいから、などと言っていたが、ほんとにまた女装することになるとは思わなかった。
ショーツを穿き、ブラジャーを付ける。ホックがなかなか填らない・・・かなり苦労してやっと填めることができた。青い刺繍入りのTシャツと短めのスカートを選んで着てそれだけでは少し寒い気がしたのでカーディガンを羽織った。ヒゲの剃り跡を隠すのにお化粧しなければならないが、やり方が分からない。眉毛は細くしないとやばいと思ったので、はさみで何とか細くした。いったん顔を洗い、化粧水と乳液を付けてからファンデーション(こないだ使ったのは姉が持ち出していたが古いのが鏡台の引き出しにあった)を塗った。アイシャドウとかチークは、やると悲惨になりそうな気がしたので塗らないことにした。眉毛がきれいには切りそろえられていないので、アイブロウでごまかす。口紅を塗る。鏡を見た。
 

なんか足りない。。。。分かった!マスカラだ。鏡台の引き出しからマスカラを取り出した。できるかな。鏡を見ながらおそるおそる塗ってみた。目にぶつかりそう・・・・でも何とかできた。ビューラーは使おうとしたがうまく睫毛を掴めないので、指で睫毛を上のほうへ向けて押さえて、なんとかカールさせた。
あらためて鏡で見てみると、一応女の子に見えるよなと思った。というか我ながら可愛い気がする。出かけよう。
 

帰りはまたどこかで男の子の格好に戻る必要がありそうなので、ポロシャツと綿パンを畳んで手提げ袋に入れて持ち、財布を持って家を出た。お金がいるかも知れないと思い、貯金箱から五百円玉を数枚取り出して財布に入れておいた。
しかし・・・女装外出は恥ずかしいなあ。それに足がスースーするし。
 

約束のファミレスに着くと、見斗さんは知らない女性と何か話していた。
「こんにちは、見斗、何かあったの?」と僕は女言葉で声を掛ける。
「あんたが見斗の新しい恋人なの?」僕はいきなり敵意むき出しの言葉を受けた。
あはは・・・。僕は特に発言せずにその場に座っていたが、なんか日記などには書けないような言葉がたくさん飛んでいた。ううう、大人の世界って凄いなあ。
僕は取りあえずコーヒーをオーダーして時々最低限の発言だけしていたが、話は全然まとまりそうになかった。
 

ちょっとトイレに立つ。先日のファミレスやカラオケでも僕は多目的トイレを使ったのだが、今日のファミレスには男女別のトイレしかなかった。ありゃ、困ったな。トイレの前で迷っていると、ファミレスのスタッフの人が通りかかる。
僕を見かけて、女子トイレのドアを開け中を確認すると「空いてますよ」と声を掛けた。「あ、ありがとうこざいます」そう言われると、入らないといけない気がしたので、僕は女子トイレに入った。中は(当然だけど)小便器は無くて、個室が2つ並んでいる。女子トイレに入ったのは初めてだったので、不思議な感じがした。僕はその中のひとつに入り、座って用を達して息をつく。
しかし、あの話まとまるのかな?見斗さんたちの話の行く末が気になっていたおかげで、女子トイレを使っていること自体はあまり考えずに済んだ。
 

個室から出た時、他の女性が中に入ってきてドキっとしたが、僕は軽く会釈して手を洗う。その女性は僕が使ったのとは反対側の個室に消えた。その時やっと僕はここにいるのが恥ずかしい気になり、手を拭くと早く出ようと思った。
ドアを開けようとした時、向こうから先に開き、見斗の元カノが入ってきた。
「あっ」「あっ」
僕は出ようとしたが、彼女につかまった。
「あたしが出るまで待ってて」
と言われたので手洗い場で待つ。先に入ったほうの女性が個室から出て手を洗い外に出て行き、また別の女性が入ってきた。個室が空いているのに僕がいるのを見て問いかけるような視線を投げかけてきたので「どうぞ」と言った。
その女性が個室に消えるのと同時に、元カノが出てきた。
 

「待っててくれてありがとう。ね、あんたもしかして中学生?」
「はい。中一です」
「あいつロリコンだったとはね。もう寝たの?」
僕は一瞬意味が分からなかったがすぐにセックスしたのかという意味と理解して、赤くなってしまった。しかしその反応を向こうはyesと解釈したようだった。
「中学生やっちゃうなんて犯罪だな。あいつ、女たらしだからさ、気をつけなよ。私は今日は引き上げるけど諦めないからね」
僕と元カノが一緒にテーブルに戻ったので見斗はびっくりしていた。
元カノは「今日は引き上げるけど、また連絡するから」と言い、自分が注文した分のお金をテーブルに置くと出て行った。
 

「ごめんね、でも助かったよ」と見斗は言った。
「じゃ、私も失礼します」と言い、僕はコーヒー代をテーブルに置いて出ようとしたが「あっちょっと待って。少し話そうよ」と言われ、押しとどめられた。
最初、姉のことについて色々尋ねられたので、答えても良さそうな範囲で答えておいた。しかしそのうち話が僕自身のことまで及んでくる。見斗の話はなかなか停まらない。
 

時計が4時を指したのでいいかげん帰らなきゃと思い、僕は見斗の話を遮り、そろそろ帰らないとまずいので帰りますと言ったが、見斗は「まあ待ってよ」
と言って、話がまだ続く。
「でもここ既に2時間以上居ますし」と言うと「じゃ、居酒屋に行かない?あ、中学生はまずいか。じゃカラオケ行こうよ」
「あの。。。。見斗さん、姉と付き合ってるんじゃないんですか?」
「いや、萌は萌としてさ、君もとっても可愛いし」
ちょっと待て、なんつう男だ?こいつ。
「私帰ります」と言って僕は少し怒って席を立った。ファミレスを出た所を見斗が追いかけてきた。僕がうっかり裏側に出てしまったので、大きな道に出る途中で捕まってしまった。
 

「ね、ね、もう少し話そうよ。いいじゃん」
「いえ、もう帰らないと母に叱られますから」と言って先を急ぐ。
すると見斗は僕の手をつかんで「そうつれない態度取らないでよ。ほんと君可愛いから好きになっちゃいそうで」
姉と付き合いながら、その妹も口説こうとする神経が僕は理解不能だった。
「離して。帰るから」
「ね、あと2時間、いや1時間でもいいから、付き合おうよ」
僕は手をふりほどこうとしたが、逆に体を密着してこられた。う・・・これはもしかして強引にキスしようとしてる?僕は抵抗しようとしたが腕力で叶わない。嫌だ。男の人とファーストキスなんて・・・・ 

そう思った時、ぐいっと見斗の肩をつかみ、僕から引き離した人がいた。
「やめとけよ」
鈴太郎さんだった。そばに蘭も立っていた。
「分かった」
見斗は「ね、この件、お姉ちゃんには黙っててね」と言って去っていった。
もちろん言わないわけがない。帰ったらすぐ姉に言おうと僕は思った。
 

「大丈夫だった?」
と蘭が近寄って声を掛ける。
「はい、ありがとうございました」
と言って歩きだそうとしたが、僕は歩けなくてそのまましゃがみ込んでしまった。
あれ?なんで体が動かないんだろう?「腰が抜けちゃったんだね?無理もない、あんなことされそうになったの初めてでしょ?」僕は頷く。
「ちょっと待ってて」と鈴太郎さんが言うとその場を離れ、缶入りのコーラを買ってきてくれた。「これ飲むといいよ。こういう時、炭酸が体にいいんだ」
という。「ありがとうございます」と言って、僕はコーラを飲んだ。
飲み終わってから立ち上がろうとすると・・・立てた! 

「バス停まで送るね」と蘭が言う「はい」
僕は歩きだそうとしたが、まだ少しふらふらする。
「少し休んでから帰ったほうがいいかな?」「そうね」
僕は蘭に支えられるようにして、大通りに出てところにあるカフェに入った。
「助かりました」僕はふたりにお礼を言った。
甘いのを飲んだ方がいいと言われて、僕は甘いミルクティーを頼んだ。
蘭はキャラメルマキアート、鈴太郎さんはブラックコーヒーを頼んでいた。
お金は鈴太郎さんが3人分出してくれた。
 

家に連絡したほうがいいと言われ、僕が携帯を持ってないというと蘭が貸してくれた。家に掛けると姉が出る。簡単に事情を説明したら迎えに行くと言われた。
 

「萌が迎えに来るなら安心ね」
「じゃ、任せてていい?僕はもう行くから」と鈴太郎さんが席を立とうとする。
「あれ、すみません、デート中だったんじゃないんですか?」
と僕はびっくりして言った。
「ううん。違うの。3回デートしてみたけど、性格が合わないことが分かって、別れましょうということで話がまとまったところ」と蘭。
「えー?」
 

「話がまとまって、とりあえずバス停までは一緒に歩こうか、なんてやってたところで路地で揉めてるの見かけて」
「本当にありがとうございました。でもお似合いみたいなのに」
「うーん。中学生にこういう話するのはあれだけどさ、セックスの趣向が全然合わなくて。何とか落とし所を見つけようとしたんだけど、無理かもということでお互いもっと合いそうな人を見つけようということになったのよ」
「はあ・・・・」
「じゃ、あとよろしく」と言って、鈴太郎さんは出て行った。
 

ふたりになると蘭は「見斗みたいな男って結構いるから、気をつけないとダメよ」
と僕に忠告した。「基本的には男はチャンスさえあれば女をやっちゃおうと思ってるんだから」「そういうもんなんですか?」「そうそう。特に今日のあゆみちゃん、スカート短いでしょう」「あ・・」「短いスカートはよけい男を刺激するから。心を許してる男と会う時でない限り、もっと長いの穿くか、敢えてパンツのほうがいいよ」「はい、そうします」
 

「でも、萌にこんな可愛い妹さんがいたなんて、全然知らなかったなあ」と蘭は言う。そりゃそうだ。妹なんていないんだから。
「中学1年だっけ?」「はい」
「小学生はさすがに大人の男の人はよほどのロリコンでない限り、恋愛対象外だろうけど、中学生になれば、一応範囲に入れられるから、自分の身は自分で守ること考えていこうね」
「はい、ありがとうございます」
「あと避妊具は持ってる?」「え?持ってません」
 

「じゃ、これ少しあげる」と言って蘭はバッグの中から近藤さんを出して3枚分けてくれた。「あのさ、もしどうしても男の子の誘い断り切れなくてHすることになったら、これ使うといいよ」「はい」「生は絶対ダメだから」
噂には聞いていたけど。。。。実物を見るのは初めてだ。
「萌も持っているだろうけど、妹にはかえって渡しづらいだろうからな。
男って生でやりたがるけど、これ出されたら渋々でも付けてくれるからさ」
「ありがとうございます」と言って、それをバッグのポケットにしまった。
 

蘭はそのあと男の見定め方や、恋愛のツボなどをいろいろ語った。
僕は恋愛そのものの経験が無いので、興味深く聞いた。女性の立場からの恋愛観というのは、凄く新鮮だった。恋愛話のあとはファッションの話になったが、僕は女の子の服の話がさっぱり分からない。素直に分からない言葉を訊くと面倒くさがらずに丁寧に教えてくれた。
「中高生の間って制服着てることが多いから、おしゃれの機会なさそうだけど休日のお出かけはいろいろ楽しめるから。ラブベリーとかは読んでると思うけどもっと上の年代向けのスイートとか、ノンノとかも読んで研究するといいよ」
「はい」
「お化粧とかも少しずつ練習するといいね。今日のあゆみちゃんのお化粧はやや適当かな」
「こないだの合コンの時は姉にしてもらったんですが、自分では全然分からなくて」
「最初はしかたないけどね。でもお化粧って、やってると楽しくなってきてさ。
女の子に生まれてよかったな、と思ったりするよ」
「へー」
僕は男の子だけど・・・・でもお化粧、確かにうまく出来るとちょっと楽しいかもという気はした。
やがて萌がやってくる。改めて事情を話したら、もの凄く怒っていた。
速攻で絶縁メールを送っていた。
「蘭、あぶないところ助けてくれてありがとうね」
「ううん。たまたま通りかかっただけだし。でも妹さん、無防備っぽいからいろいろ世間のことも教えてあげてね」
「うん、そうする」
「そうだ。私も鈴太郎と別れたから」
「え?そうなんだ?」
 

「また合コンやろうか?」
「うん。しかし相手を少しちゃんと見ないといけないなあ。美月はうまく行ったのだろうか」
「でも、萌、妹さん、ほんとに可愛いね」
「そ、そう?」
「そうだ!明日3人でさ、ぱーっとサーモスランドにでも遊びに行かない?私男の子と遊ぶのも好きだけど、女同士で遊ぶのも好きだよ」
「え、えっと・・・・」と姉は僕の方を見る。
流れ的に断れない気がしたので僕は「うん、私はいいよ」と答えた。
 

帰り道、姉は「下着の替えがいるなあ」といい、僕を連れて大きなスーパーに寄り、中学生っぽいブラとショーツを数枚買ってくれた。
「でも、よくひとりでその格好で外出できたね」
「お姉ちゃんの彼氏のためならと思ったんだよ」
「ありがとう。でもそんなとんでもない奴とは思わなかったわ」
「お姉ちゃん、見斗さんとHしたの?」
「してない。私、男には見境無いけど4〜5回デートするまではさせないもん」
「よかった。お姉ちゃんがああいう人とHしてたらいやかもという気がした」
 

「ありがとうね。そうだ、お詫びに、明日用の可愛い服買ってあげる」
「え?」
「可愛くなるのは嫌じゃないんでしょ?」
「うん、まあ」
姉は、これがいいかな?こっちかな?などと迷っていたが、これが合いそうと言って、ツインキャットの可愛いパーカーと、それと合いそうな膝丈のプリーツスカートを買ってくれた。試着したらウェスト57cmでちょうど良かった。
「あんた結構細いんだね」と姉は驚いていた。
その日はそこのスーパーの多目的トイレで男の子の服に戻って帰宅した。
 

翌日は姉と一緒に出かけ、途中の駅の多目的トイレで女の子の服に着替え、姉にお化粧をしてもらった。(下着は家で着けてきた)。現地で蘭と合流してサーモスランドに入場した。
 

ここに来たのは小学校の3年生の時以来だったので、凄く楽しかった。小学生の頃は身長制限で乗れなかった絶叫マシンに乗ったが、マジできついものもあり、何度か「ちょっと休ませてー」と言って休ませてもらった。午前中で僕はかなり消耗したが、姉と蘭はまだまだ絶叫系に乗りたがっている感じだったので、僕は休んでいるから、ふたりで乗ってきてと言った。じゃ遠慮無くということで、昼食後ふたりはまた遊びに行った。僕は少しお小遣いをもらって、お茶を飲みながらのんびりと景色など眺めていた。
 

「あれ?君、ひとり?」
声を掛けられて僕はそちらを見た。
「あ、こんにちは。昨日はありがとうございました」
鈴太郎さんだった。
「姉と・・・蘭さんと3人で来たんですが、私は疲れたので少し休んでいた所です」
「ここの絶叫マシンはなかなかハードだからねえ。僕も男友達3人と来たんだけど、体力がもたないから、休ませてもらってたところで」
「ストンと落ちたりする所はもう肝が縮みます」
「うんうん。僕もあれが苦手で。あと三半規管に来るやつが辛い」
「あれ私もダメです。しばらく休んでないと次に行けません」
鈴太郎さんはけっこう体格良いのに、そういうのがダメなのかと意外な気がした。
僕はしばらく鈴太郎さんとあちこちのマシンの話で盛り上がった。
 

「ところであゆみちゃん」
「はい?」
鈴太郎さんは急に小さな声になり、少し体を寄せてこう訊いた。
「ここだけの話、君、女の子になりたい男の子なの?」
「あ・・・・」
僕は自分でも女装のことは忘れていた。半ば反射的に女言葉で会話はしていたのだが。
「えっと、ごめんなさい。私、ふつうの男の子です。合コンの数合わせで女装させられちゃって、昨日も今日もそのなりゆきでこういう格好していて」
「なんだ、そうだったんだ!」
 

「いつ分かりましたか?」
「合コンの時に、見た時すぐ分かったよ。でも他の人は分からなかったろうね」
「わあ、最初からバレてましたか」
「僕のね、高校時代のクラスメイトに、女の子になりたがっていた男の子がいて、その子見ていたから、この方面の感覚が比較的磨かれてるんだ」
「わあ」
「その子の女装姿何度も見てたしね。一応授業は男の子の制服で受けていたけど、休日に部活に出てくる時とかはいつもスカート穿いてた。女の子にしか見えないから、休日はいつも女の子の格好で外出してトイレも女子トイレ使うし、プールに行く時も女子更衣室使うなんて言ってたな」
「へー」
 

「君は別に女の子になりたいわけじゃないんだ?」
「違います」
「それにしては君可愛いよね。これだけ可愛いと男の子にしておくのもったいない気がする。少し仕草とか行動パターンとかを磨いたら、誰にも女の子にしか見えないようになると思うよ」
「いえ、別にそんな磨かなくても・・・」
「ね。今度僕とデートしてみない?」
なに〜?僕は、蘭さんが言ってた『男はいつでも女とやりたがってる』という言葉を思い出した。鈴太郎さんなんて凄く紳士的に見えるのに。そもそも僕、男の子だって言ってるのに、構わないの??? 

「君、まだ恋愛したことないでしょ?」
僕は頷く。
「デートで行く所とか、デートの時の会話術とか、僕が教えてあげるから。
そしたら、君が男の子として、女の子をデートに誘うときに役立つと思うよ」
「ああ、それは確かに。でも私、男の子だから鈴太郎さんとHもできないし」
 

「あはは、中学生とHはしないよ。そもそも僕はH嫌いだし。それにしばらく恋愛はせずに勉強に集中したいんだ。だけど、僕がフリーでいると次々と女の子がアプローチしてくるし、こないだみたいに合コンには引っ張りだされるし」
 

「あぁ」もてる人はもてる人並みに悩みがあるんだな、と僕は思った。それと姉の大学でもやはりまじめな人はちゃんと勉強するんだなと僕は鈴太郎さんを見直した。「でもHが嫌いな男の人もいるんですね」
「蘭と合わなかったのはそこなんだよ。彼女はいっぱいHしたかったみたいだし」
「はあ」
「君はHしたい?」
「関心はありますけど、私にはまだ早いかなと・・・・」
「うん。中学生には早いと思うよ。せめて高校生くらいになってからするといい」
「はい」
 

「それで、僕は付き合っている子がいるからということで、しばらく女性からのアプローチを断りたいから、そのアリバイ作りに協力してもらえたら助かるかなと。
知り合いが見てそうな場所でデートを重ねて。もちろん中学生相手ということで節度を持った付き合い方するし。月に1度くらいの頻度でいいかな。僕もそれ以上は勉強に差し支えるし」
 

「でもなぜ私なんですか?鈴太郎さんなら、協力してくれる女の子もいそうなのに」
「いや、女の子じゃないから助かるんだよ。女の子だと、その子が僕のこと好きになっちゃうかも知れないし」
「あ、そうか。私だと、ほんとの恋愛になる可能性がないからいいんですね」
「そういうこと」
「じゃ、お姉ちゃんが許してくれたら」
「うん、それでいいよ、あゆみちゃん携帯持ってる?」
「いいえ、持ってません」
「じゃ、僕の携帯の番号メモで渡すね」
「はい」
「じゃまた後でね」
といって鈴太郎さんは手を振って離れていった。
 

この件を帰宅後姉に相談したら、僕の女装がばれていたことには驚いたが、偽装恋人ミッションについて、しばらく悩んでいた。
「あんた、女の子の格好で男の子とデートするの、嫌ではないの?」
「鈴太郎さんなら悪くないかな、と。それに月1回くらいなら」
姉は鈴太郎さんに電話して、しばらく話していた。
「取りあえず妥結した」と言って姉は電話を切った。
「条件7つ出した」
「うん」
姉はメモを見ながら言う。
 

「1つ。あゆむの勉強時間優先。試験前とかには誘わない」「うん」
「2つ。キスはもちろん体の接触禁止。腰を抱いたり肩を寄せたり禁止」「うん」
「3つ。原則として夕方6時までに帰宅させる。最悪でも8時には帰宅」「うん」
「4つ。居酒屋とかスナックとか、お酒を飲む場所には連れて行かない」「うん」
「5つ。デートの費用は全部向こう持ち」「それは助かる」
「6つ。デートは半年間。9月まで。その後は必要ならまた相談」「そんなものかな」
「7つ。あんたのことは女の子として優しく扱ってあげること」「あはは」
「あと嫌だったらいつでも言ってね。交渉するから」「うん」
 

しかしいざデート当日になったら、姉のほうが乗り気でまた前日に可愛い服を買ってきて、僕に着せて可愛くお化粧もしてくれた。姉は僕の女装を母にもオープンにしてしまった。いつまでも隠してはできないという判断だった。
僕の女装姿を見て母は仰天したが、その日姉はコスプレの集まりなのよといって僕を送り出した。
 

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